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文部省著作教科書「民主主義」19


フランスの民主主義は、フランス革命に始まるとされますが、フランス革命で王政が倒されても、王政が復活したり。ナポレオンが王政を倒しても、自らが皇位につくなど、共和制に移行するのに紆余曲折しています。
民主主義を問う時に、主権がどこにあるかが論点でです。
「Nation 国民」か「People 人民」すなわち、フランス革命は、王ではなく、ブルジョワジーすなわち資本家層が政治参加に着いていくと、こんどは、その資本家層が、民衆層、無産階級の政治参加をするのを退けてゆき、金持ちだけが政治を操り、それによる特権を利用して自分たちだけの幸福を追求できるようにしていきます。
これらは、選挙制度をみればわかります。選挙の年齢制限や税金を収める金額制限や、男性だけにしか選挙権を認めなかったりしました。これは、アメリカも同じだし、日本の戦前の明治憲法もそうです。
しかし、労働運動や民衆運動が高まり、民主主義や平等思想が国民の間に浸透していくと、一般の民衆にも選挙権が与えられるのですが、そのためには永い時間がかかり、多くの血が流れることもありました。フランスやアメリカの憲法と民主主義は自分たちで血を流しながら、作り上げられたものです。
日本の憲法と民主主義は、GHQから与えられたものですが、戦後70年間自分達の血と肉となるよう、紆余曲折しながら今まで何とか保ってきていいます。それが、今否定されようとしてきているが、日本の若い人たちも年寄りも、それぞれの職に就いている人も、そのそれぞれの立場で考え、今の政治の流れを考えるようになりました。このことこそが、民主主義を本当に血と肉とする、機会になればよいと思います。この章を読んでそのことを考えていきたいと思います。


文部省著作教科書「民主主義」

第二章 民主主義の発達

四 フランスにおける民主主義の発達

終りに、ヨーロッパ大陸に民主主義の時代を迎え入れたフランス革命前後のありさまを、簡単に省革命の起る前のフランスには、専制君主を中心とする貴族および僧侶の特権階級があって、政治上の権力はその手に握られていた。これらの特権階級は、地方に大きな土地を有する大地主で、政治上の権力とともに社会の富をも独占していた。これに対して、地方の農民はもとよりのこと、都会で商業を営んでいた市民たちは、被支配階級として、その下に長いこと屈従していたのである。
しかし、商業や工業が発達して来るにつれて、市民の富もだんくど増加し、それだけその社会的な勢力も向上するようになった。そうして、政府の発する公債を引き受け、政府の事業をうけおって、国の財政をさゝえていたのも、これらの商人や銀行家であった。それなのに、支配階級はあいもかわらず、ぜいたくなくらしを続け、国の財政が傾くような状態になることを省みなかったばかりでなく、租税を免除されるという特権を持っていた。こういうありさまが長く続くはずはない。これに対する市民の不満がだんくと強くなり、次第に爆発点に近づいて行ったのは、自然の勢いであるといわなければならない。
そのころのフランスには、民主主義の思想が既にかなり発達していた。モンテスキューという学者は、一七四八年に「法の精神」という大著を著わして、専制的な権力の濫用によって国民が苦しめられることを防ぐためには、立法・行政・司法の三権を、別々の機関によって分立させるのがよいと説いた。また、スイス生まれではあるが、フランスで活躍した民主主義の思想家ルソーは、一七六二年に出版された名著「社会契約論」の中で、いかなる国でも主権は国民にあるのであるから、国民の総意によって作られた法律を、あらゆる政治の根本としなければならないと論じた。これらの思想がたんたんと知識階級の中に行きわたるにつれて、専制政治の不合理がいよいよ明らかに認められ、革命の機が熟して来たのである。
第十八世紀の終りごろになって、ますく財政の困難に悩んだブルボン王朝のルイ十六世は、一七八九年に、貴族・僧侶および市民をそれぞれ代表する三つの議院から成る等族会議をひらいて、これに財政難を切り抜ける方法をはかった。ところが、貴族および僧侶の代表者たちと市民の代表者たちの間に、たちまち大衝突が起り、市民の代表者を中心とする第三院は、独立して国民議会を組織し、その手によって、今までの専制主義の秩序の変革を断行することを声明するにいたった。大革命の幕は、こゝに切って落されたのである。
そこで、国民議会は、貴族や僧侶の持っていた特権を廃止することを議決すると同時に、その年のうちに有名な人権宣言を制定して、革命の根本原則を明らかにした。この宣言によれば、人間は生まれながらにして自由および平等の権利を有する。そうして、すべての政治組織は、人間が天から与えられたこれらの権利を、保護するために設けられているのである。したがって、政治組織を動かして行く権力の根源は国民に存しなければならない。言い換えれば、主権は常に国民にある。国民は、その総意によって法律を作り、国民の権利を保障するど同時に、社会にとって有害な行為を禁止する。
ゆえに、国民はすべて法律の前に平等であり、法律に反しない範囲内であらゆる自由を持だなければならない。各人は自由であるが、その自由は、他人の自由を侵すものであってはならないのである。人権宣言は、このような原則を確立して、新しい民主主義の時代のいしずえとした。だから、その精神は、「自由」と「平等」と「友愛」の三つに帰着するといわれる。
つゞいて、国民議会は、一七九一年に憲法を作り、人権宣言をその初めに掲げて民主政治の基礎とした。しかし、ものごとすべて、破壊はたやすいが、建設はむずかしい。フランス革命は、まもなく民主政の廃止というところにまですゝみ、前王ルイ十六世に死刑を宣告したが、一方には、革命に反対の勢力があり、他方には革命の不徹底をいきどおる急進派があって、国内の対立は激しくなるばかりであった。そこへ、ヨーロッパの諸外国の支配者たちは、フランス革命の影響が自分だもの国に及ぶことを恐れて、これに圧迫を加えたので、革命政府の前途はますく困難となって行った。その時、ナポレオンが現われ、無力となった革命政府を倒して独裁制をしき、一八〇四年には国民投票を行って皇帝となったのである。
その後まもなくナポレオンは没落して、ブルボン王朝のルイ十八世が王位につき、立憲君主制が行われるようになったが、これも長くは続かなかった。なぜならば、反動的な傾きの強い政府は、小市民階級を政治から締め出そうとしたので、これらの民衆の不満は強まるばかりであった。そこへ、近代工業の発達につれて、新たに広い労働者階級ができあがり、それらの人々もまた激しく政治に参加する権利を求めた。それらの新興政治勢力は、一八四八年に至って、いわゆる二月革命を起し、王政は倒れて共和政にもどった。
ところで、今度は、同じ革命勢力の中に、経済上有利な立場にある市民階級と、社会主義の色彩を強く持つ労働階級との争いが起り、労働階級は、社会主義の共和国を作り出そうとして同じ年の六月に革命を起したが、激しい市街戦ののちにやぶれた。それがいわゆる六月革命である。その間に、普通選挙による憲法議会が設けられ、一(四(年の憲法を作って、立法権を持つ国民議会と、行政権を有する大統領とに権力を分けた共和政の組織を定めた。しかも、六月革命は市民階級の心に社会主義に対する恐怖を植えつけたし、農民の間には、ナポレオン崇拝の気持が残っていたために、まもなく反動勢力が強くなって来て、ナポレオンのおいのルイ=ナポレオンが大統領となり、一八五二年には皇帝となって、ナポレオン三世ど称するにいたったのである。けれども、ナポレオン三世もまた、一八七〇年のドイツとの戦いにやぶれて失脚し、フランスはこゝに三たび共和政に立ち返った。
フランスは、そののちも、急進勢力と反動勢力との間に一進一退の争いが繰り返され、君主政への復帰を図る王党の力の方がむしろ強いくらいであった。しかし、王党の中にもいろくな派か分かれていたために、まとまりがつかず、結局、王政復古の運動はものにならないで終った。だから、フランスは、それ以来ずっと共和国として存続している。
これで見てもわかるように、フランスでは、君主政と共和政とが互に目のまわるように交替を続けて来た。そうしてそれとともに、民主主義と反動主義との間に激しい争いが繰り返された。バスチーユの牢獄破壊を発端とする大革命によって、専制政治を一挙にくつがえし、重い封建時代のとびらを押しあけて、近代民主主義の光をヨーロッパ大陸に導き入れたのは、フランス国民である。しかし、それからすぐあとでナポレオンの武勲を賛美し、ついにこれを皇帝にまでまつり上げたのも、同じフランス国民である。そこには、君主政にあこがれる保守党が根強い勢力を持ってぃたかと思うと、労働者の利益のために市街戦を繰り返す急進派もあるというふうであった。
これは、一方では、感情的なフランス国民性にもよるし、他方では、フランス人の強い愛国心の表われでもあって、そのために、フランス民主主義の歴史は、イギリスやアメリカについて見たように、一つの方向にだんだんと発展して行くというようなわけには行かず、行きつもどりつの経過をたどったのである。しかし、どんなに反動勢力が押さえようとしても、ついに押さえることのできない民主主義の力が、最後にはいつも歴史を導いてきたのである。
第二次世界大戦において、フランスはナチス-ドイツの攻撃を受け、ひとたびはその全本土をドイツ軍のために占領せられたが、連合軍の協力によってついに光栄ある自由を回復した。フランス国民は、この大きな試練を経て、民主主義に対する信念をいっそう深め、改めてそのゆるぎない基礎を確立する必要を痛感するにいたった。このような信念と必要に基づいて、一九四六年の九月に新しいフランス共和国憲法が憲法議会を通過し、同年十月十三日の国民投票によって確認せられたのは、まことに意味の深い事柄であるといわなければならない。
フランス共和国の新憲法は、一七八九年の人権宣言によって定められた基本的人権をおごそかに再確認し、共和国の標語が自由と平等と友愛とであることを改めて宣言し、共和国の根本原則が、国民のための、国民による、国民の政治であることを明言している。それと同時に、男女の完全な同権を保証し、各人が労働の義務と就職の権利とを持つことを約束している。そればかりでなく、労働者はだれでも、その代表者を通じて労働条件を団体的に取り決め、更にすゝんで、企業の経営に参加しうることを明らかにした。それらの点て、この新憲法は、フランス革命の精神をたゞ単に守り抜いているばかりでなく、その精神を新しい時代にふさわしく拡充しようとしているものであるということができる。
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記事へのコメント
  • 茶番の衆議院選挙
    アジシオ次郎 (10/05)
    おはようございます。

    民進党の解体、小池百合子東京都知事が立ち上げた希望の党、ハッキリ言って今回の選挙は乱立の様相を呈しそうですが、野党票割れを起こして自民党
  • 独裁者の国会解散
    竹林泉水 (09/26)
    > 政策に反対表明するための無抵抗なデモ行進、座り込みや集会を無理に解散させようとする警察官たちが、職務とは言え反対する人たちを排除しようとするのを見るとむし
  • 独裁者の国会解散
    風と雲 (09/24)
    民主的な選挙で政権交代がなされるようになり、政府への反対で暴力を使うことは、民衆の支持を失い反発され逆効果になるようになりました。>政策に反対表明するための無抵
  • 独裁者の国会解散
    竹林泉水 (09/24)
    日本人は長いものにはまかれろ、付和雷同性の国民性もあるのは確かだと思います。それは別段日本人に限ったことではないと思います。
    第二次世界大戦でフランス政府はドイ
  • 独裁者の国会解散
    風と雲 (09/23)
    かかる為政者の存在を許してきたのは、日本人の「ながいものにまかれる、お上に任せば・・、なるようにしかならない」と付和雷同性の強い国民性に由来するものではないでし
  • フェイクニュース
    アジシオ次郎 (09/16)
    おはようございます。

    ネットの普及に伴い様々なニュースが見れるようになった昨今、ただ自分の好みに合った情報しか信じないという弊害が出ることもそうだし、多様性を
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    竹林泉水 (09/10)
    顔認証技術が進み、個人の識別だけに利用されるならまだしも、個人の管理に利用されるのは非常に問題が多いと思います。

    松井知事の発言があまり問題になっていないのも不
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    アジシオ次郎 (09/09)
    こんにちは。

    いくらギャンブル依存症対策とはいえ、入場確認や顔認証システムを導入するのは一部から「プライバシーの侵害だ」と批判を浴びてもおかしくありませんね。
  • 終戦の日の前後のテレビ番組
    竹林泉水 (08/23)
    国際的な政治・外交問題は素人的な言い方をすれば、早い者勝ちで勝ち逃げすればセーフ的なところがありますね。
    国の名前に「帝国」冠して大日本帝国として、そのころ時代
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