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文部省著作教科書「民主主義」18

新生国家、アメリカ合衆国の新大陸発見から今までの歴史が書かれている。歴史の浅いアメリカであるが、この数ページでアメリカの歴史が、書き尽くせるものではないが、大まかだがよくまとめられていると思う。アメリカ合衆国の歴史を知りたいかたには、ハワード・ジンの「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史 上・下」がお薦めです。もっと詳しく勉強したいかたは、この本の同じ元となる同じ著者の「民衆のアメリカ史 上・下」があります。
合衆国の成り立ちは、イギリスの植民地であった入植者たちが、本国からの搾取に反対して反乱を起こしたことに始ります。そして、イギリスからの独立を果たしたときに、どのような統治制度にするのかが問われたとき、最高指導者の在り方が問題になりました。それまでの国のように王を置くのがよいとされる意見もあったが、任期のある大統領制をとることになり、しかも初代の大統領は始めから2期しかしないと明言、その後アメリカの大統領はみな2期しかしていない、ただ、日本では民間人を大虐殺し戦争犯罪人の悪評な大統領、第二次世界大戦時のルーズベルト大統領は3期しているが、3期目は任期途中で急死している。これも、一人の指導者が永くその地位に就き権力を握ることは、独裁や汚職癒着につながるとことは望ましくないしたからです。
この項を読んでいるとそのアメリカも、紆余曲折しながら今日まであり続けています。今のアメリカ合衆国は、自由は守られてもその自由の恩恵を受けるのは、ほんの一握りの人で多くの人は貧困にあえいでいる今のアメリカを見ると考えさせられます。
戦後日本は戦争の荒廃から復興し、経済成長をし一億総中流という言葉が生まれる程、貧富の格差は縮小していました、しかし高度経済成長が終わりバブル系ぜいの崩壊により、貧富の格差が拡大して今は社会問題になっています。
アメリカでは2大政党政治が何とか機能し、共和党と民主党がお互いに政権を獲り争っています。日本も2大政党政治を目指し小選挙区制が導入されたが、2大政党が育たず、いま一強他弱の状態になってしまっています。一強他弱でも第一党が過半数を割るぐらいならよいですが、政党の暴走を許すほどになるのは問題でしょう。以前の中選挙区制ならここまで日本の政界は愚かにならなかったと思います。


文部省著作「民主主義」

第二章 民主主値の発達

三 アメリカにおける民主主義の発達

アメリカ大陸に最初に植民地を作ったヨーロッパ人は、スペイン人であった。スペイン人のアメリカに対する支配的な影響はずいぶん長く続いたが、その時代を通じて、この新スペインとよばれた新大陸には、民主主義のほんのかけらも一見いだされえない。それは、黄金をたずね求めて海を渡って行ったスペイン人が、原住民の労働の結実をしぼり取って、たゞひたすらにスペインを富ますための支配であった。新スペインの総督たちは、中世ヨーロッパの貴族と同じような絶対の権力を持ち、広い土地を領有して、そこに住む原住民たちを家畜のようにこさつかった。やがて、新大陸の生む無限の富の分けまえにあずかるために、フランス人が渡って来て、封建制度を打ち立てようとしたが、その試みは失敗に終った。つゞいて、オランダ人も同じようなことを試みたが、それはフランス人よりもなお成功しなかった。それは、白人による暴政と残虐の歴史であり、その犠牲となっだのは、原住民であった。 民主主義のほのかなあけぼのの光が、この新大陸の空にさしはじめたのは、イギリス人がこゝに植民地を作るようになってからのことである。
そのころ、イギリス本国で次第に有力な地位を占めるようになって来た商人や貿易業者は、新大陸の富源に着目しだんくとこゝへ渡って来た。そこには、かれらの期待した宝石や黄金はなかったけれども、地味豊かな広野があり、おののはいったことのない大森林があり、本国の産業のために必要な豊富な原料があった。こゝと本国との間に交易がひらかれれば、多くの職のない人々に職を与えうるという期待もあった。ヨーロッパでは、かねてイギリスとスペインとの間に勢力争いがあっだので、これに打ち勝とうとする強い愛国心もはたらいていた。更にまた、イギリス人の独立心や、自由、ことに信仰の自由を求める性格も、植民地の基礎を築くのに役立った。
これらの植民地の経営は、経営者の利益を目じるしとして営まれる私企業であったが、それがだんだんと大きくなって行くにつれて、貿易会社が設立されるようになった。貿易会社には、特定の地域の貿易を独占する権利が与えられ、かなりの程度にまで自由に事業を営むことを許された。しかし、植民地の統治権は本国の王ど議会の手中にあって、王はこれを治めるために代官を派遣した。こういう形で、イギリス人のアメリカでの植民地経営は、次第にその地歩を固めて行ったのである。
ところで、これらの植民地の経営をあやつっていた商人や貿易業者たちは、自分たちの利益を守るために、植民地にある程度の自治を許す方が都合がよいと考えた。なぜならば、そうしておけば、植民地経営のための費用も少なくてすむし、事業がうまく行かなかった時の損失もうちわになるからである。また、それによって移民たちを引き寄せ、植民事業を盛んにすることもできる。こういう動機によって、一六一九年に、ヴァージニア会社が、アメリカでの最初の代議制議会の設立を許した。そののち、利益のあからないことを怒ったイギリス王が、会社を解散してこれを王領に改めてからも、この議会はそのまゝ残った。
このヴァージニアの議会は二院制で、上院は総督と六人の参議員とから成り、すべて王によって任命され、それは植民地の実際の支配権を握っていた。これに対して、下院の方はヴァージニアの各地方区から選出されたふたりずつの代表者から成り、その力は弱いものではあったが、おおぜいの人々の利益を少数の支配者の権力から守るために、ある程度の役割を果たした。これが先例となって、アメリカの大西洋岸のイギリス植民地には、おいおいに代議制がしかれ、第十七世紀の末ごろには、各植民地が大同小異の人民議会を持つようになった。
このように、アメリカに民主主義が芽ばえたのは、最初は決して民衆のためを思う好意から出たことではなく、むしろ、支配者の利益を図ろうとする打算が動機となっていたのである。しかし、どのような動機から出たものにせよ、ひとたび民主主義の芽が出れば、それはあらゆる雪や霜の寒さともたゝかって、すくくと伸びて来る。
ことに、そのころアメリカに渡って行った移民の中には、イギリス本国での宗教上の圧迫からのがれて、信仰の自由を新大陸に求めた多くの清教徒たちがあった。かれらは、信仰の自由が政治上の自由と離れてはありえないことを確信し、強い信念と不屈の意志とをもって、不合理な伝統のない新天地に、理想の政治社会を建設して行こうとしたのである。中でも、「メイ=フラワー」という船に乗ってアメリカに移住したこれらの信徒の一団が、一六二〇年十一月十一日、はるかに新世界の陸影を望みながら、各人の意志と約束とによって自治的な政治組織を作り上げることを誓ったという事実は、のちのアメリカ独立の精神のさきがけどなった。本国の支配者たちが自分の利益のために種子をまいた民主主義の芽ばえは、こういう精神につちかわれて、だんだんと深く根を張って行ったのである。
このように、方々の植民地に民主主義が生長して行くにしたがって、それと本国の支配者たち、特にイギリス王との間に次第に激しい衝突が起るようになったことは、怪しむに足りない。植民地の人々が、自分たちの意志によって事業を経営し、生活を規律して行こうとするのに対して、支配者がこれを圧迫しようどした結果は、ついには武器によって自由を守ろうとするたゝかいとなって現われた。「われに自由を与えよ、しからずんば死を与えよ。」と叫んだパトリック=ヘンリーのことばは、これらの人々の、情熱にもえる理想をよく言い表わしている。
もちろん、それとならんで、植民地の人々の間にも、いろいろな対立があった。商人と農民との間にも争いがあり、都市と農村との間にも利害の対立があった。更に、各植民地相互の間にもねたみがあり、摩擦が起った。しかし、何にもまして、本国からの政治上および経済上の圧迫に対抗しなければならないという切実な気持が、対立するこれらの人々を結びつけ、各植民地を共同させて、これらを一つの戦線に統一した。かくして、独立のための大規模な戦争が起った。そうして、人々は、自分たちの立場を、民衆に対しても、また全世界に対しても明らかにするために、フィラデルフィアに代表者を送って、一つの声明書を起草することを託した。それが世界の歴史に名高い「独立宣言書」である。
一七七六年の独立宣言書に署名した人々は、決して植民地の全人民の代表者であったとはいえない。植民地の初期の住民の大部分は農民であるのに、これらの人々は、ほとんどすべて都市の出身者であり、法律家や商人が多かった。しかし、実際にこの宣言書を書いたトーマス=ジェファーソンは、農村の人々のために努力して来だ理想主義者であって、五十六人の署名者たちの大部分からさえ、むしろあまりに急進的であると考えられていたのである。それだけに、その文章には強い迫力がみなぎり、単にアメリカ建国の精神をよく言い表わしているばかりでなく、ひろく民主主義の理想を明らかにし、専制政治や独裁政治をあくまでも排斥しなければやまないという強烈な意志を表明して余すところがない。その中でも特に有名な部分には、次のように書いてある。
「われわれは、次に掲げる真理を自明のことと信ずる。すなわち、人間はすべて平等に造られ、造物主によって一定の譲り渡すことのできない権利を与えられている。その中には、生命、自由、および幸福を追求する権利が含まれている。政府は、これらの権利を保障するために人間の間に設けられたのであって、政府の持つ正当な権利は、被治者の同意を基礎としているのである。どんな形態の政府であっても、それがこれらの目的を破壊するようになった場合には、国民は、その政府を変革または廃止して、自分たちの安全と幸福とを実現するのに最も適していると考えられるような、そういう原理に立脚し、そういう形の権力組織を持つ新しい政府を樹立する権利を有する。」
このような理想を掲げて始められた独立戦争は、ついに植民地の勝利に帰した。アメリカ東部十三州は、イギリス本国の支配から完全に離れて、輝かしい独立をかちえた。中央政府の組織を定め、大統領、議会および最高裁判所の権限を明らかにしたところの憲法が制定された。そうして、長い困難な戦争を指導して、これを勝利の栄冠に導き、国の内外の尊敬を集めたジョージ=ワシントンが、新たに建設されたアメリカ合衆国の初代の大統領に選ばれた。
しかし、民主主義の根本原理を建国の精神として掲げたアメリカが、それだから最初から民主主義を高い程度に実現していたと思ったら、まちがいである。独立宣言書には民主主義の原理が高く示されていたけれども、できあがったアメリカ合衆国の政治が、ほんとうに民主主義的に運用されるようになるまでには、やはり、長い歳月と国民の大きな努力とが必要であった。そうして、その努力は、今日もなお絶えず続けられているのである。
アメリカの議会は、初めは、もっぱら財産のある人々によって組織されていた。それらの議員は、何よりもまず、自分たちの財産を守ることと、その商業を有利にひろげて行くこどとを欲した。かれらは民主主義を信用せず、むしろその成長を恐れた。そうして、政治の根本の目的は、財産を守り。特権を持つ人々の特権を維持するにあると考えた。ジェファーソンの書いた独立宣言書け、人問の平等と人権の擁護とを強調しているけれども、それはまだく、多くの人々から紙に書かれたことばであるど考えられていた。憲法は、「われら合衆国国民は」ということばで書き出されているけれども、憲法を作った人々がまず第一に考えたものは、決してすべての国民の利益ではなかった。選挙権は、初めのうちは国民のわずか八分の一にしか与えられていず、したがって、それは国民すべての意志を代表するものではなかった。これに対して、国民の間に、政治上の権力に参与する資格をあまねくひろめて行こうとする運動が起ったことは、もとよりいうまでもない。
これらの二つの動きは、やがて二つの政党によって代表されるようになった。一つは、有産階級の利益を代表し、財産家たちの特権を守るために中央政府の力を強めようとするもので、連邦党と呼ばれる。他の一つは、中央政府の力があまり強くなることを好まず、政治権力が少数の財産家の手に集中することに反対するもので、共和党と名づけられた。最初に共和党を指導したのはジェファーソンであったが、その勢力は時とともにだんくと強くなり、もはや連邦党の存続を許さないまでになった。そののちになって、今度は、共和党の中が二つの派に分かれるようになった。一方は、主として商業に利害関係を持つ人々から成り、共和党の中では中央集権を歓迎する傾きが強く、他方は、主として農業と西部辺境の発展とに関心を持つ人々で、各川の地方分権を支持する傾向かあった。そうして、第一の派が依然として共和党と称したのに対して、第二の派は民主党と名のった。これが成長して、今日のアメリカ政界を二つの分野に分かっている二大政党となったのである。
このような政治の動きとともに、選挙権の拡大が行われ、選挙資格として財産上の制限をつけることは、おいおい減少し、ついに、その制限の撤廃を見るにいたった。そうして、のちには、人種や性別による選挙権の差別もだんだんと取り除かれ、ほんとうの意味での国民の政治の実現へと近づいて
行った。これらの新しい有権者の大部分は、民主党に参加したので、民主党の勢力は次第に強くなり。さかのぼって、既に一八二八年の大統領選挙には、民主党の候補者たるアンドルー=ジャックソンの当選をみた。これは、民衆の力が政治の上に大きな影響を与えうることをはじめて明らかに示した意味で、アメリカの政治史上の新しい時期を画した出来事であったどいってよい。
民主党は、主として西部辺境に利害関係を有する人々によって支持されたが、この西部辺境は、大陸の開発かすゝむにつれて、だんだんと西方に向かって移動して行った。西部は、あらゆる失業問題や社会不安を解決する安全弁であり、ヨーロッパやその他の地方からあい次いで流れこんで来る多数の移住民をも吸収する希望の国であった。しかし、西部への発展の可能性も、決して無限ではありえない。やがて、西部への動きがとまり、アメリカは、更に新たに政
治と経済との関係を調整しなければならない時期を迎えた。
なぜならば、産業が興り、資本の集中が行われ、大規模な企業が発達して、財産のない人々の数が多くなり、失業者がたくさん出ても、西部の辺境にそれらの人々の働く場所があるうちはたいした問題はなかったが、辺境がそれまでのように、いくらでも仕事の場所を提供するというわけには行かなくなってみると、そういう社会問題は、改めてなんらかの政治上の革新によって解決されなければならなくなって来るからである。そこで、一八九〇年ごろから、なお残存している金権政治の弊害を除き、今まで以上にすゝんだ民主政治を行って、ひろく民衆の福利を増進することを目ざす革新主義の運動が起って来た。第一次世界大戦のころには、ウィルソン大統領が革新主義によって新しい政治を行い、第二次世界大戦の前には、ルーズヴェルト大統領によっていろいろな新政策が実施された。かくて、新しい国アメリカの民主主義は、絶えず発展して来た。今も発展しつゝあるし、これからも発展して行くであろう。ただ一つの目標に向かって、国民の、国民による、国民のための政治を完成して行くために。

次回は「フランスの民主主義」の発達です
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記事へのコメント
  • 安倍内閣改造
    アジシオ次郎 (08/05)
    こんにちは。

    お友達内閣と揶揄された反省から、今回は異なる派閥からすすんで入れた改造内閣、バランスいいとはいうものの、女性閣僚が2人だけというのは男性優位色が
  • 見ざる聞かざる言わざる
    竹林泉水 (07/30)
    いつもコメントありがとうございます。
    三猿の教えは、子どもより大人の方が三猿について考えないといけないでしょうね。

    一つのことしか知らない大人になるのは、人それ
  • 見ざる聞かざる言わざる
    アジシオ次郎 (07/26)
    こんにちは。

    周りをよく見る・すすんで自分の意見を言う・人の話を聞く。当たり前の常識だが、子供に説くのも大事だが大人も改めてそれを認識してそれに基づく正しい行
  • アベ政治はクーデター
    竹林泉水 (07/19)
    政権を握っているのでクーデタだと言えるのでは

    しかし、安倍晋三の頭の中の辞書には、民主主義の言葉はあるが、政治家としての誠実さをなかなか感じることができないので
  • アベ政治はクーデター
    雲と風 (07/18)
    勉強になりましたが、「安倍政権はクーデター」でしょうか? 権力と威嚇によるテロリズムだと思います。内閣府の中の一派が壊憲と日本の民主主義制度の堕落無力化を共謀し
  • 教育福祉などへの株式参入は
    竹林泉水 (07/12)
    なんでも自由競争になれば、サービスの質が向上すると考えるのは間違いで、鉄道などで見ると都市部はサービスが向上するが、過疎部では反対で最悪の場合は撤退になります。
  • 教育福祉などへの株式参入は
    アジシオ次郎 (07/10)
    おはようございます。

    教育や福祉に株式参入することは、教育や福祉をビジネスに利用しかねないし、アメリカ式の市場主義経済に基づく価値観を正当化しかねないです。た
  • 食べることは殺生をすること
    竹林泉水 (07/06)
    日本人は頂きます・ご馳走様と日本人なら誰でもいいますが、外国の方はどうなのでしょうか。キリスト教のクリスチャンなら食前食後の祈りがあります。
    私は中高とミッショ
  • 食べることは殺生をすること
    アジシオ次郎 (07/05)
    こんにちは。

    人間は生きる為に他の生物の命を奪わなければいけない。と言う「原罪」を背負っている以上、食べると言うことはそうなのかも知れないです。動物の命を奪い
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