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民主主義 文部省教科書 10

民主主義 文部省

    民主主義下


第十七章 民主主義のもたらすもの

三 民主主義のなしうること
われくは、第二章で、旧時代の専制主義から、主権を持つ国民の政治への進化の跡をかえりみた。昔の専制時代の国王は、自分だけの手に権力をいつまでも独占していたいと思ったにもかかわらず、貴族たちにその権力をある点まで分かち与えることを余儀なからしめられた。また、封建時代の専制者たちは、その意に反して、富裕な商人や大地主の力と発言権とを認めざるを得ないようになった。そうして、数世紀にわたる長い年代を経て、だんくとそれ以外の人々や階級が権力の分けまえにあずかり、政治の責任をになうようになってきた。熟練した職人や、小さな農業経営者や、小作人や、工場や農場に働く労働者や、そうして最後には、国民の約半数を占める女子が投票権を獲得し、公の仕事にたずさわるにいたった。
このようにして、長い経過をたどって、政治は国民の政治となってきたのである。すなわち、国民によって運用され、国民に奉仕し、国民の利益を主眼とする政治になってきたのである。このような政治の形態は、国民が、政治は国民のものであることをはっきりと意識しているかぎり、また、国民が、政治の第一の目的は国民各自の権利を保護し、国民のひとりひとりに自分自身をじゅうぶんに伸ばす機会を与え、ひろくその生活を豊かならしめるにあることを深く自覚しているかぎり、いつまでもつゞいていくてあろう。
かくて、民主主義は、安寧と幸福と繁栄との最も確実な基礎となる。この基礎のうえに、国民が営々としてたゆまない努力によって築き上げていく成果が、民主主義のもたらすものなのである。政治が国民のうえに君臨する尊大な主人ではなく、国民のために奉仕する忠僕であるということは、民主主義によってのみ保障される。国民生活をできるだけ幸福に、豊かに安全にするための政治は、政治的権力が国民の手の中にあるかぎり、から手形に終る心配はない。
もちろん、一つの国家の国民が実際にどこまで豊かになれるかは、その国の広さや、資源や、その他の自然条件によって左右される。多くの国々は、原料が不足し、天然資源が貧弱であるために、長い開苦しんできたし、今でも苦しんでいる。たとえば、アジア全体として食糧が不足し、世界全体として住宅難に悩まされているのは、今日の実情である。しかし、どんな政府でも、いかにほんとうに民主主義的にできあがった政府でも、土地のないところに土地を生み、鉱脈のない山を鉱山に変化させることはできない。民主主義は、国民に、できうる範囲内で最もよい生活のあり方をもたらすことを約束する。しかし、それは、無から有を生み出すわけにはいかない。
日本のように、国土が狭く、資源はひじょうに限られ、そのわりに人口があまりにも多すぎる国では、特にこの点を最初からはっきりと勘定にいれておく必要がある。民主主義は、戦災の廃虚の上に日ならずしておとぎの国を築き上げる魔法やてじなではないのである。たから、民主主義はできるかぎりの安寧と幸福と繁栄とをもたらすといったからといって、そのような状態がまもなく到来すると期待し、それが思うようにいかないのを見て、民主主義の理想をあきらめてしまうというような態度は、はなはだしい短慮であり、また、きわめて危険である。自ら招いて歴史上みぞうの敗戦のうきめをみた日本国民が、当分の間、苦難に満ちた険しい道を歩んでいかなければならないのは当然であり、そこに一時的な混乱や、容易に取り除きえない運命の不公平が生ずることも、やむをえない。しかし、それに絶望し、それをのろう気持にとらわれていると、そこを利用して、不平を助長し、混乱を増大させつゝ、急激に社会機構を変革させようどする政治の動きが現われてくる。
しかし、民主主義が戦災の廃虚の上に日ならずしておとぎの国を築き上げる魔法ではないのと同様に、民主主義以外にも、てのひらをかえすように歴史の歩みを転換させて、不合理なことの多い世の中から、きれいさっぱり不平不満の原因をなくしてしまうてじなは、ありえないのである。荒廃した国土の上に、平和に栄える祖国を再建するにはどうしたらいちばんよいかを国民みんなで考え、お互にそれについて自由に論議をかわし、その中で多数の支持する方針を試みっつ、その方針をだんだん改善して、その方向に向かって国民の真剣な努力を傾注していく以外に、確かで安全な道はない。そうして、それが民主主義であり、民主主義以外の何ものでもない。
日本が天然資源に乏しいこと、敗戦によってはなはだしく荒廃した状態に陥ってしまったことは、なんともしかたのない事実である。しかしそれだからといって、日本の前途について絶望したり、単なる他力本願の気持をいだいたりする必要はない。ヨーロッパの例をとってみても、スイスのごときは山ばかりの小国で、取り立てていうほどの資源は何もない。しかも、スイス人は、その勤勉と技術とによって、精密工業、中でも時計の生産において世界に誇る成果をあげている。デンマークも、九州にほゞ等しい面積しかない小さな国で、しかも、一八六四年のドイツおよびオーストリアとの戦争にやぶれ、いちばんよく肥えた土地であるシュレスウィッヒ、ホルシュタインの二州を失った。それにもかゝからず、ダルガスという先覚者の着想と努力とを生かして、ユトランド半島の荒地の開発と植林とに成功し、世界有数の農業国および畜産国として、みごとな祖国再建をなしとげた。その際、デンマーク独特の国民高等学校による農民教育が、農業や畜産の技術をすみやかに普及向上させ、農業協同組合の高度の発達をうながし、デンマークを物心両面におけるヨーロッパの楽土たらしめるのにおゝいに力があったことを、忘れてはならない。
およそ、悲観と絶望との中からは、何も生まれてはこない。困難な現実を直視しつゝそれをいかに打開するかをくふうし、努力することによってのみ、創造と建設とが行われる。そうして、国民こぞっての努力に、筋道と組織とを与えるものが、民主主義なのである。

もちろん、日本の再建は、日本国民だけの力ではできない。それには、外国の好意ある援助も必要だし、特に貿易の振興に力を注がなければならない。今日の世界では、国と国との間の持ちつ持たれつの協力の関係が、ますく必要どなってきている。その関係を組織的に秩序づけていこうとする努力が、前の章に述べた国際民主主義となって現われているのである。日本は、一日もはやく国際社会の正常な一員としての地位を回復することを、せつに念願している。しかしそれには、まず日本国民が自分自身の力で立ち上がることが先決問題である。「天は自ら助くるものを助く」という。自分で自分の陥っている苦境を克服しようとする気慨のない者は、天からも人からも見離されるであろう。日本は天然資源に乏しく、人口過剰に大きな悩みを持ってはいるか、日本人にはまた、きわめてすぐれた技術がある。この技術を生かすと同時に、日進月歩の科学を産業面に高度に活用していくならば、輸出をさかんにすることによって国民経済の水準を向上させることは、けっして不可能ではない。その場合にもまた、自頼の精神こそ、日本国民の将来のために民主主義が何をもたらすかを決める第一のかぎなのである。


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