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竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

「核のごみ」処分

ドイツは原子力発電所から出る「核のごみ」最終処分場の候補地絞りを、地質の調査データから90の地域が適しているとの中間報告を出し発表した。今後、市民の意見を聞きながら候補地を絞り込み、2031年までに設置場所の決定を目指すとしている。
それについて、シュルツェ環境・原子力安全相は「最終処分場を受け入れてもらうために、選定には政治的な基準ではなく科学的な基準が必要だ」と強調した。
ドイツでは、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、脱原発を進め原発から出る高レベル放射性廃棄物と呼ばれる「核のごみ」の最終処分場の候補地だった北部の自治体で住民の反対運動が強まり計画が白紙となり、候補地の選定が懸案となっていた。今後どのように候補地が選定され決められるかが注目される。

世界の国々では「核のごみ」に対してどのようしているのか、フィンランドでは500トンの廃棄物を地下420メートルの深度に埋め
る計画だが、「核のごみ」が無毒化されるには」10万年以上とも100万年ともいわれている。
「核のごみ」を埋めた地が100年後どのようになるかわからないのに、10万年後など到底管理できない年月です。
われわれ、人間であるホモ・サピエンスが20万年前にアフリカのエチオピアあたりで発生し、その10万年後もまだアフリカの狭い地域で棲息していた。アフリカの地を旅たったのはその5万年後です。
もっとも、人類が10万年後も繁栄しれイルカは疑わしい以上に絶滅しているかもしれない。となうと、私たちホモ・サピエンスの後を継ぐものたちにどのように引く継ぐのか。
いやそれ以上に、1000年後の子孫に「核のごみ」の捨て場を引き継いでいけるだろうか。

いま、北海道神恵内村で「核のごみ」の最終処分地の応募が検討され、村が二分されている。村が手をあげたのは今後の村の財政面や村の活性化のためだが、それは、1世代2世代先の解決にはなるだろうが、アメリカの先住民の言葉に「七世代先のことをかんがよ」と言う言葉があるが、目先のことを考えるのではく私たちの子孫だけでなく、ポストホモ・サピエンスの種のことも考えるべきでです。
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ニシキヘビがヤギを呑みこむ

インド北部ランプールで9月28日に、、巨大な獲物を丸のみした後、動けなくなっているニシキヘビが森林当局に保護された。
当局の人は、呑み込んだのはヤギではないかとみて、ヘビは近くの山に放たれたという。
映像をみていると、日本のツチノコ伝説は、ヘビが動物を丸のみしたもののようだ。

ツチノコかニシキヘビか
 

少し調べてみると、去年インドの森で偶然撮影された長さ4m級の巨大ニシキヘビが、犬を呑み込みノタウチ廻り、仕方なくか呑み込んだ獲物を吐き出す瞬間を、至近距離で捉えた映像が海外のネットで話題になっていた。

獲物を吐きだすニシキヘビ

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アベ政治とスガ政治

アベ政治とスガ政治

アベ政治も相当ひどかったが、スガ政治はアベ政治で培った官僚支配と報道の支配と政治の暴走をさらに発展させるようだ。
アベ政治はマスコミをコントロールする手法を手にいれたが、スガ政治は学問の自由をコントロールする手立てを着々と進めるようだ。
日本学術会議の推薦者名簿にのっている人のなかから、安保法制や共謀罪を批判的な科学者を任命しなかった。これは恣意的な人事をしにあたる。今まで推薦者名簿の名を連ねた人は、官邸の意向があってもみな任命してた。
これは、天皇が国会や内閣から指名を受けた人の任命を拒まないのと同じで、学問の自由を保障するための慣例です。このことは、今後政府が、学問の自由に対する介入する予兆とも受け止められる。
今後、それは表現の自由にも波及し、文学や音楽や美術などの芸術作品などが、国益・公益に反する、秩序を乱すとして、そのうち、表現の自由も規制してくるのではないだろうか。
いま、愛知では自分たちの意にそわないからと、県知事のリコール請求の署名がおこなわれている。これに力を得て、政府の方針に反対する、自治体の首長も同様に、内調などの諜報機関をつかって弱みを握ったり、お友だちの夕食会などで市民にそそのかし、リコール運動を煽動したりしないだろうか。

そのように思うと、アベ政治以上に、学術会議の推薦者を任命しなかったのは、異常な政治になる予兆として受けとも、スガ政治を監視し抗議をしていくべきだろう。
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クマムシ

アメリカの人気SFテレビドラマにスタートレックがある。日本では第1作目のシリーズは1960年代に公開された「宇宙大作戦」だが、そのシリーズが今も制作され、第6作目が放映されている。
宇宙大作戦が作られ、その200年後の新スタートレック次いでDS9さらにヴォイジャーが制作された。そして宇宙大作戦から一転して100年時間を遡ったエンタープライズとなり、現在続いている最新シリーズのディスカバリーは、第一作の宇宙大作戦の10年前を想定して作られてる。
前置きが長くなったがその、最新シリーズ ディスカバリーのシーズン1に「クマムシ」と言う虫が話の大きな役割を果たしてる。ドラマのなかでは、真空の宇宙空間でネットワークが作られ、瞬時に銀河と銀河をジャンプするように移動できるという。それを胞子ドライブという設定なので、私は「クマムシ」を初めて聞く名前だし、ジャンプする話が唐突名ので、よくわからないまま見ていたので、想像上の生物だと思っていた。

しかし、先日図書館で「クマムシ?! 小さな怪物」という本が目にとまった。
ディスカバリーに出てくるクマムシは熊ほどの大きさだったが、実際のクマムシは大きくて1ミリにも満たない生き物で0.1mmほどの大きさだという。そして驚いたことに、完全に乾いてしまっても休眠状態になり、マイナス二七〇度の極低温とか一五〇度以上の高温でも休眠状態にない酸素がなくても窒息仮死状態になり、極端な高塩分濃度の環境では塩眠状態になり、水があり元の環境になうと活動状態になるという。また、深海のような超高圧での生きて行ける。さらに高レベルの放射線を浴びても、電子レンジでチンされても生き延びるという。つまり、真空の宇宙空間のなかでも、仮死状態になても死なないことになる。
クマムシという名だが、虫ではなく昆虫でも節足動物ない極小さな生き物です。脊椎動物でもなく、脊索動物門の緩歩動物に入る生き物だそうだ。
このクマムシが隕石などに付着したりして、地球に衝突すると、遙か彼方の宇宙の彼方か、クマムシがやってきていても不思議でないことになる。スタートレックディスカバリーの「クマムシ」の話は全くの作り話ではないのだ。
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人の進化と退化

わたしたちは進化しているのだろうか。01
ホモサピエンスがあらわれてから20万年経つが、その時から15万年後にアフリカを出立するまで、ほとんど時計の針が止まったように変わっていなかった。アフリカを旅経ち一部は中東を経て北西に進みヨーロッパに、一部は東に進み海沿いに進んだ者、中央アジアに進んだものがいて、やがて1万3千年前ぐらいに、ベーリング陸橋をつたって、北アメリカに渡った。
5万年前から1万3千年前の石器時代の狩猟採集生活のなか、非常にゆるやかに文明を発展するしかなかった。しかも、その頃のホモサピエンスは動物としての野生の感覚を持ち続けていただろう。その後、農耕と牧畜生活が始まると、その本来持っている感覚が衰えていった。日々飢えのともなう狩猟採集生活から、食料を蓄えることができるようになったからと言われている。しかし、狩猟採集生活の時以上に自然の移ろいには敏感に正確に知る能力を身につけていった。

このようなことを考えると人間は、今も進化し続けているのだろうか、逆に退化してしまったところの方が多いのではないだろうか。
たとえば、現代人は縄文時代などまでいかなくても、江戸時代いや昭和の中期の戦前のころと比べ社会様式が違い、自動車など今のようになく、日常の買い物などをするのはよく歩いていた。また、仕事をするのにも身体を動かして仕事をして働いていた。つまり、筋肉をよく使っていたということです。私が中学のころの保健体育の教科書に、「筋肉は使わないと退化する。適度に使うと発達する。過度に使うと破壊される」。という筋肉の三原則が書いてあったのを覚えている。たとえば病気で3週間も床に臥していると脚の筋肉は衰えてします。スポーツ選手など筋肉を鍛えるとよい記録を出せる。過度に無理なトレーニングをしたり筋肉を使いすぎると、テニス肩のように故障する。
私たち人類は、文明が進歩発展するにしたがって、自分の手足や身体の筋肉を使わなくなっている。農耕時代はすべて人力だったが牛や馬を使うようになり、さらに機械化されますますからだを使わくなり。道具を作るのも手作業で作っていたのが、工作機で作るようになり、からだをを使わなくなり現代は工作ロボットがすべてをこなすようになっている。

そのように、農耕牧畜文明の時代は皆で協同して仕事をし富の分配をしたというより、初期の段階は私有財産という発想はなかった。それがより大きな集団生活を営む時代になり、人びとは作業仕事の分担をするようになり、階層階級ができていく。それは人間社会を複雑にして政治を作り出し社会の仕組みをより複雑になり、私有財産というものができ、貧富の格差と主従関係ができ階級が生まれていった。
これにより、人と人との精神的な繋がりや関係が変わり、狩猟採集生活時代と比べ、コミュニケーションの取り方が変わり、みんなで協同で意思を疎通し合ってものごとを成し遂げるのではなく、主従関係の命令従うだけの行動に退化していった。

このことが、いま、AIによりさらに進んでいるではないだろうか。

つづく いつの日か
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大統領選挙討論会

大統領選挙の討論会
11月3日の米大統領選に向けた初の候補同士のテレビ討論会が9月29日行なわれた。
民主主義のお手本と思っていたアメリカのトップを争う大統領選挙候補者の、討論会とはとても思えない内容だと言う。

トランプ米大統領はルールや司会者を無視してバイデン前副大統領への攻撃を重ね、バイデン氏は「あなたはうそつきだ」などと応酬がくりかえされる異例の混乱状態だた。
前の大統領選挙のときの、トランプ、クリントンの討論会も同じだったが、今回は、それに輪をかけてヒートアップしている。
司会のクリス・ウォラス氏(フォックス・ニュース司会者)トランプの不規則発言を制止しようと、トランプ氏に「あなたの陣営が同意したルールに従うつもりはないのですか」と問い正したりしても、焼け石に水のようだったようです。

90分間の討論会は、アメリカで20万人以上が犠牲になっているCOVID-19問題や、経済、最高裁判事人事、郵送による投票の選挙そのものの信用性、人種問題などが主なテーマとなったが、まともな討論はされなかった。
それよりも、トランプ大統領は、白人至上主義者を非難するよう求められても直接非難しないで、選挙結果は信用できないと話題をすり替えている。(なんか、安倍前首相の答弁とにてるなと感じる)
さらに、選挙結果によっては、白人至上主義団体に「待機」するよう指示したかのように感じる発言もあったという。

これは、民主主義のアメリカだろうか、アメリカ政治の衰退を感じるものだった。
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日本学術会議の議員の任命拒否

日本学術会議の推薦名簿の6人を任命しなかった問題。

日本学術会議は、教育基本法と同じように前文がある。
その前文には「日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし、ここに設立される」。とある。これは、戦前に、科学や人文・社会学などの学問が政府の意図により左右されずそれらの自由を保障するために、学術会議が設立されそのあり方を法的に明文化したものです。

菅内閣が、推薦名簿から6人を任命しなかったことについて、加藤官房長官などが法に従って進めたといよりどころは次のようなものです。

第一条
2 日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする。
(平一一法一〇二・平一六法二九・一部改正)
第七条
2 会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。
(昭二四法二五二・昭二五法四・昭五八法六五・平一六法二九・一部改正)
第十七条 日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者の
うちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦する
ものとする。
(平一六法二九・全改)

しかし、これらのことから解釈するのは解釈の捻じ曲げであり、またこのときの制定された首相や改正された時の首相の答弁は、「学術会議は独立した機関で政府の関与をあたえるものでなく、任命は形式的な文言です」、を覆すものです。

また、推薦名簿から6人を任命しなかった理由を説明する責任があるのにそれを拒否することは、学問の自由に対してそれを、真っ向から否定し、学問は時の政治により左右され、政権に都合のよいように従うべきもんだということになる。

このことは、非常に危惧するものです。アベ政治時代には、報道をに介入しコントロールしたのは、内閣の報道官でもある菅官房長官でした。
そのこともあって、自分たちに都合の悪い人は認めないという感覚が当たり前になっているのだろう。さらに、この学術会議の推薦名簿の6人を認めなかったことは、学術会議の人事にあたるだけでない。
「官僚は政策反対なら異動してもらう」と菅首相は官房長官時代に発言していので、他の行政人事、官僚人事、内閣人事にも影響するだろう。

これはとんでもないことです。全体主義・独裁政治への道のりの足がかりの、第一ステップとなるのではないだろうか、次のホップさらに、しあげになるジャンプをさえないように、学術会議への推薦名簿の6人を任命しなかったこを大きく抗議すべきだろう。
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トランプ大統領のCOVID-19感染

トランプ大統領のCOVID-19感染
9月29日に討論会があったが、自身のツイッターでトランプ大統領のCOVID-19の感染が陽性だったを公表したのが10月2日だから、討論会の時すでに感染していた可能性も高い。
トランプ大統領は体調は悪くないようだが、軍の病院に入院して執務をとるという。
大事にならないように願うばかりです。
第一次世界大戦が集結して、ドイツへの賠償問題で、アメリカのウィルソン大統領は国際協調を唱え、フランスによるドイツへの多額の賠償の報復には反対していた。しかしウィルソン大統領はスペイン風邪に感染し、ウィルソン明確な的確な判断ができないなか、ドイツの賠償を討議するパリ講和会議は米国不在の会議は、ドイツに巨額の賠償を求めることになった。

このようなことを考えると、国のナンバーワンが不在になったり、冷静な判断ができない状態になったときには、国の指導を引き継ぐ者はだれになるか。第二次世界大ではルーズベルト大統領が急死し、副大統領のトルーマンが大統領なた。ルーズベルトはドイツが核爆弾の開発をしてるとの情報から、マンハッタン計画で核爆弾の開発を指令したが、原子爆弾の使用には慎重にしなくてはならないと考えていたと言う。しかし、トルーマンはマンハッタン計画については詳しく考えておらず、原子爆弾の使用については何ら考えていなかったと言う。そのためドイツが降伏し核開発の正当な意義をうしなったが、原子爆弾の実験に成功し太平洋戦争の終結も目に見えていたが、ソ連などのに対して日本を見せしめにして原爆を二発も落とした。トルーマンがもっと原発についての情報を得て日頃から考えていたなら、アジア太平洋戦争の終結の仕方はかわっていたかもしれない。

指導がどのような判断ができるかは、その指導者の考えもあるが、身体と心の健康からも大きく左右されるだろう。
さいわいに、トランプ大統領は重篤な状態にまでなっていないようで、執務も一応は普段のように執れるようです。ただ、トランプは今の世界情勢よりも、大統領選挙の方が気になるようで、こちらの方でどのような判断をして行動にでるかが気になるところです。アメリカ国民の注目を集めるために、突飛な妄想の考えに取りつかれなければよいが。
大統領は核発射ボタンの最終命令を持っている。
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政治のありかた

政治家は何をもって政治を進めていくのか、絶対王政の国では王は生まれたときから、帝王学を学びどのように生きるかを学び身につけていく。またそれと同時に如何に国を治めるかの統治学をある年齢に達してから学ぶ。
現代の為政者はその統治による利益を正当化するからには、帝王学の教えでも統治学を使って国を治めるのではない。現代民主主義政治では、国民に対しての説明責任を負っていることを自覚しなければならない。法は国民の支配者のため、国の利益のためにつかうのではない。けっして国体のためと理解してはならない

法の支配は国家のためにあるのではなく、公共の福祉のためにあり、それにより国民は秩序をつくり、国はそれを支援する。近代以前の国は、古くは宗教が法と国家の上にあった。今もそのような国はイスラムの国など幾つかあるが。
宗教の教義にしたがって政治を行なうことにより、国民の心をまとめまた国と国との間の衝突や国の暴走や無慈悲な法を抑制できた。
欧州国ではキリスト教の教義が君主を諌め国を抑えてきた。しかし一神教でない国、中国やとくに日本では、君主の勅が法となり命令となったが、君主の暴走を抑えるための法治の考えがあった。しかし、最近の日本の政治のアベ・スガ政治は、天皇から指名された宰相だから、宰相である自分たちは法なりと勘違いしているではないかと思う。
しかし、法は身分・貴賤に関係なく人びとに偏りなく適用されべきものです。またこのことは法だけでなく国の施策にも同様に当てはめるべきものです。
世襲の王は生まれたときから臣民に尊敬され慕われるよう、正しい道徳価値観を成長段階に応じ教育される。しかし選挙で選ばれる政治家はそのような道徳的価値観を身につけない。そこで政治の道を立志したときから、自分のおこないについて権力欲にかられ政治を私物化したり横暴な振る舞いをするようにしない。しかし世襲の政治家には、商家の三代目のボンの話のような人もあれば、親が政治家としての資質を植え付けてられていく人もいる。しかし、英雄はいずれ独裁者になるという言葉があるように。政治の椅子を温め始めると。自分は選ばれし者で特別だと勘違いする人も多いようだ。そして選挙の地盤に再び選ばれるように、利権を地盤に誘致誘導したり、お金をばらまいたりして次の選挙で選ばれるようにする人もいる。そのような人はいずれ暴君となる資質を隠れ持っているので気を付けなくてならない。

世界の国々ではいつの時代でも君主としての地位に相応しくない人が地位に付き、暴政をすれば、反乱が起き皇帝は天帝からの天命を失ったとして、易姓革命が起きる。今様に云うならクーデターが起きる。王が正義に反し堕落したた治政をすれば、易姓革命は正当化されることは、為政者への抑止力と自覚して治政をすべき
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女性はうそをつける

女性はうそをつける
杉田水脈衆院議員の「女性はいくらでもうそをつけますから」の発言に対して自民党はなかなか処置をとらず、ネットなどでの批判が広がり、橋本聖子男女共同参画担当相が「自民党として適切な措置をするべきだった」と指摘しし、漸くようやく、党幹部が9月30日に杉田氏を口頭で注意するにとどまっている。
それにより、杉田氏は今まで発言を否定していたが、今月1日に一転して、自身のブログに謝罪を掲載して発言を認めた。ただそれは、ただ謝罪をしているとは思えない、そのブログには、「うそをつくのは性別に限らない」と前置きしているのは、論点をすり替えているので、性暴力被害者への謝罪とは感じられない。しかも、公式な謝罪でなく私的なブログをもちいての表明なので、誠実さに欠けているだろう。自民党の総裁直属の「女性活躍推進本部」を政策調査会の下部組織に格下げるようだ。

安倍内閣の時から、「女性活躍社会」というが、閣僚に女性が入ることはすくなく、菅内閣では2人りで一人は五輪相で安倍内閣からの引き続きです。実質一人と言うことになる。つまり、菅政権に積極姿勢は見られない。現状は「女性活躍」を掲げた安倍政権の時代から後退しているようだ。少子化問題もあり、子育て支援などは積極的に推進するようだが、それでは「うめよふやせよ」のように聞こえる。

安倍晋三は、そのなかみはともかく、一応自分のなかに日本の理想、政治の理想などがあり、ロマンチスト的なところもあった。しかし、菅総理は官房長官を長くこなしてきただけあり、実務に熟達しているので、その点の気配りしかできず、人の心によりそうことは前首相以上に不得手のようだ。しかも、アベ政治を継承していくと言うので、菅氏自信の政治的理想などはどうでもよいのだろうか。
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政治のありかた

法の支配とは何か、新しい法を制定することではない。新しく制定した法であろうと、前からある既存の法を、公正に執行する能力があるかないかにかかわっている。
そして重要なのは、立法機関が制定した法を、行政機関が法に従って公正に執行できるかできないかが大切になってくる。
法には二種類ある、単なる法ー自然法と呼ばれるものや、神の教え 掟や慣習法ーなどと、制定法ー立法機関がつく他ものや、人が定めたものーがある。この自然法は法治国家になるいぜんからあるもので、それを為政者も含めて人々は守るものとされてきている。近代国家は制定法が整備され、
しかし、制定法・実定法は、時の王や大統領などが自分の権威にもとづいて作ったルールといえる。
しかし、実定法でも一旦定められた法は、王であれ大統領であれ、その法に従わなければならない。自然法が実定法に優先するときはあるのか。
為政者が自然法の拘束を受けるべきとの意識があるときは、そのしきまりに則って法は作られ、為政者の好き勝手な考えにもとづいて制定法を作ることはできない。アベ政治スガ政治ではよく法の解釈の変更がされたが、その解釈も変更も立法府でもできず、なおさら行政府ではしてはならない。そのような行いは法に従っていないことになる。

憲法の解釈や法律の解釈や今までの慣習などを勝手に変えることは、法に従ってるとは言えない。それに対して、当事者に説明責任を果たすことが求められ。それは具体的に説明すべきで、「総合的・俯瞰的に判断した」では、全く何を言っているか判らず説明になっているとは言えない。つまりそれは、法を公正に執行する能力がないことになる。
アベ政治からスガ政治になったが、ますます日本の政治は衰え悪くなってきている。これがどこまで進むのだろうか、それを正すのは選挙であるが、それ以前に日本の報道機関が今のその現状を国民に伝える責任を果たすことです。
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傀儡スガ政権??

7年8ヵ月の安倍内閣はひどかった。安倍内閣と言うより安倍政権で独裁的のように感じた。
菅内閣はどうかというと、日本学術会議の人事もんだいで、露呈したことがある。それは菅総理と言うより菅総裁の次のことばだ「99人の名簿は見たが、6人の名前は知らない」と云う趣旨のことばだ。つまり、菅首相は任命しただけでということにな。

日本学術会議は、内閣府の特別の機関の一つで日本学術会議法でその運営が定められ、内閣総理大臣に任命権がある。そして、平成16年に、第十七条が「日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする」に改められ、第7条2項の「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」により、総理大臣が任命することになっている。
そして、その職務権限は、第三条に「日本学術会議は、独立して左の職務を行う」とあ独立機関となっている。
その人事に内閣が介入するべきでないし、介入するならそれなりに説明責任が必要になる。

菅総理の「99人の名簿は見たが、6人の名前は知らない」と云う言葉は、菅総理の知らない所で6人を、日本学術会議から除外することが決められていることになる。となると、天皇が日本の象徴であり権能を有しないとされているように、日本の首相も自民党の象徴となるのか。
そして、6名を除外した人選はどこでされたのかその会議の議事録はあるのか。このように滅茶苦茶なのでその人選をした事実自体を隠蔽されるから、議事録など残していないだろう。数十年たってこの会議の一員のだれかが、私的日記に残していてそれが、ノンフィクション作家などにより発掘され、その事実がわかるのだろう。
菅政権は他だの菅傀儡政権であり、そのくぐつ師はだれか、二階 麻生 安倍だろうか?、そうではなく自民党外にその陰の黒幕がいるのだろうか。50年程前はそのようが○○ドンと呼ばれる人がいたが、今はますます陰に隠れてしまっているのか。
しかし、岸や佐藤や田中や中曽根などは、政治家としての信念は持ってたようだが。今の政権の中枢にいる人にそれらの信念はどれほどあるだろうか。
いまの自民党の政治家は、選挙区で立候補できるように、党本部の顔色をみてるだけで全くそのようなものがあるようには思えない。日本の政治特に自民党の腐敗が露わになった。

人生幸路が生きていたら。頭から湯気をあげて「責任者出てこい!」とぶち上げるだろう。
「菅傀儡のくぐつ師でてこい!!」
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再び「核のごみ」処分

北海道の北海道寿都町の片岡春雄町長と北海道神恵内村が原発からでる放射性廃棄物のいわゆる「核のごみ」の最終処分地をきめる、選定プロセスの第1段階の「文献調査」に正式に応募した。

この問題には、大別して二つ+一つのことを考えないといけない。一つは、核のごみの保管には安全になるには、10万年以上かかるのでその10万もの長きにわたり、安全に管理できるのかという問題。
もう一つは、過疎化にによる町村の税制問題で、こちらは北海道の二つの町村に限ったことではなく、国の一極集中問題と過疎化する地方の創生をどうするのかという問題。
そして+αの一つは、原発電力の恩恵を受けている大都市の責任問題、原発が安全なら消費地で発電すればよいし、ゴミもゴミを出した人が責任を負うべきという考え。

北海道の二つの町村が、第1段階の「文献調査」の応じたは、プロセスの第1段階の文献調査と概要調査だけで最大計約90億円の交付金が支給されることもある。過疎化が進みなんら産業もなく、新しい町おこし村おこしといっても、人口の流出が続くなら廃村の道しかない状態になている。しかし、この人口減少により町村の存続の死活問題はこの二つの町村だけではないです。

一番目の問題である、絶対安全の原発も原発事故をお越し、日本の全国の原発でも軽微な事故は幾度も起きている、また、世界的にもスリーマイル島やチェルノブイリの原発事故が起った。絶対安全といわれていても事故を起こしている。「核のごみ」では炉心の暴走などは起きないが、地震などの地殻変動に対して10年や100年の対策ではなく、10万年もの長きにわたり管理できるのか、それより人類が棲息しているかも疑わしい。知的で高度に文化を発達させたホモサピエンスが、如何わしく危険なものを放置していなくなってよいのだろうか。

+αの問題として、この「核のごみ」問題は、日本の全体で、世界全体で考えるべき問題です。
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政治のありかた

日本の民主主義にもとずく政治は、戦後の明治憲法改正による、アメリカから与えられたようなものだが。日本人みずから産み出したものでなく、与えられただけあり何処まで根付いているのだろか。
欧米では、王政の時代から為政者の説明責任が要求されたが、中国や日本では為政者の説明責任は要求されなかった、しかし、中国でも日本でも一部の王である為政者を除いて、庶民を無慈悲に弾圧して搾取するようなことはなかった。それは儒教の教えなどを為政者が重視したからといわれている。

戦後の政治はある意味で、安岡正篤が自民党の政治家に対して影響を与えたからとも言えるのではないだろうか。岡正篤が亡くなられて37年になる。安岡氏は生前は、自民党政治家のアドバイザーとし精神的指導者として、政界の陰の御意見番、首相指南役と呼ばれた。それにより、自民党政権は暴走せずに済んだともいえる。またいままで安岡正篤の致知の教えを受け継出来た政治家がいたが、いま自民党の中に安岡正篤を知る人もいないようです。
今のアベ政治スガ政治をみて、安岡正篤氏はどのように政治家を叱るだろうか。

いまこそ、欧米でみられるよな政府の説明責任が重要になってくるのではないだろうか。
民主主義において、統治機構が正当な行いをすることで、政府の権威を人々は認め受け入れる。しかし自民党の中に正当でなく正統を権威の象徴として統治を民衆に押しつけようする人がいる。民主主義は、立憲主義・法の支配・知る権利を守り、移動と表現の自由・生活の保障を尊重しないと暗黒国家となる
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ノーベル化学賞

今年のノーベル化学賞に、生物の遺伝情報を自在に書き換えることができる「ゲノム編集」の新たな手法を開発した、ドイツの研究機関とアメリカの大学の研究者2人が選ばれた。
二人の研究は、今後生物科学の進展に大きな弾みをつけることになるだろう。
ウイルスの遺伝子解析に応用し、新型コロナのワクチン開発などにも利用されその成果にも期待されている。そのようことを考えると素晴らしい研究のようにおもえるが、その裏側についても考えることが必要です。

オルダス・ハクスリーが1932年に発表したディストピア小説「すばらしい新世界」では、そこに描かれているテクノロジー革命のなかに、バイオテクノロジーについても書かれている。人は子宮の中で生まれ育成されるのではなく、卵子を人口孵化させるボカノスキー法があり、埋め込まれた電極で感触映像を見ることができ、ホルモンが管理され行動が制御される道具がある。
ハクスリーが、小説のなかで現代でいうバイオテクノロジーに対しての脅威をすでにかたっている。
中国の一人の医師が、特定の遺伝子操作をして赤ん坊を産ませたニュースは記憶にあたらしい。また、中国では、マウスに感染するウイルスの遺伝情報を書き換えて、感染の仕組みや、体への影響を調べる研究が行われているという。

アメリカで1960年後半に制作されたテレビ映画の「宇宙大作戦」に、遺伝子操作で知能と体力が強化された優生人類がつくられ、それらの優生人類は自分たちは優れた者として、人類を下等なものとして地球を支配する権利があると考え、人間に戦いを挑み
人類との戦争が勃発する話がある。そのエピソードが現実のものとならないかと感じさせる。

この二人のノーベル化学賞の受賞は喜ばしいことだが、山中伸弥のiPS細胞も同じだが、これらの研究については細菌兵器や化学兵器や核兵器以上に、キリスト教的に考えると、神の領域を侵ものとして、国際的な議論を積み重ね管理していかなければならないです。
核兵器や細菌兵器は直接戦争に使われその脅威が目に直接見え、また想像もしやすいので、議論の俎上に乗る。しかし、バイオ技術などは目に見えないし、其の研究の行く末を想像しにくので。明るい面だけに注目して取り上げられる。しあし、遺伝子工学やバイオ技術の負の目についての議論の俎上に載り難いです。科学者の科学者魂には、禁断の技術に手を染めるフランケンシュタイン博士の誘惑に進んでのめり込む、科学者には常にあるものです。私たちはそれについて関心を持ち、歯止めがかかるようにしていかなければならないです。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 臨時国会の開催はいつか
    竹林泉水 (08/09)
    日本の現状いや世界でも同じよな風潮になっている。
    アメリカでも、トランプ政権の外交政策や内政も、アメリカ自己国第一主義のアメリカファースト。
    日本の安倍政権も、こ
  • 臨時国会の開催はいつか
    風と雲 (08/04)
    一体今の日本はどうなってしまったのだろうかと思う。アベ内閣も与党も憲法に違反することを完全に無視して悪びれもせず堂々と実行してきた。、政府高官も最高裁も報道機関
  • 難病と尊厳死
    竹林泉水 (07/29)
    コメントありがとうございます。

    自ら生きる権利、自ら死ぬ権利があるのはよくわかります。
    それにはどちらも人・個人としての尊厳が保たれている必要がある考えます。
  • 難病と尊厳死
    風と雲 (07/28)
    意識して自ら命を絶つことができるのは人間だけだと思います。人には生きる権利と自由があるように、自らの命を絶つ権利も自由もあって然るべきではないでしょうか。このA
  • 不自由な国、日本
    アジシオ次郎 (07/01)
     自分よりも周りを優先する集団主義的な考えが同調圧力などがまかり通る社会なことについて前に
    >日本的なこの価値観は、海外から見たら奇異の目でしか見られないでしょ
  • 不自由な国、日本
    竹林泉水 (06/29)
    日本語に「世間」と言葉があります。「世間体が悪い」「世間がうるさい」「世間を渡る」「世間に顔向けできない」「世間の目を気にする」「渡る世間に鬼はいない」などとつ
  • 不自由な国、日本
    アジシオ次郎 (06/27)
     おはようございます。

     日本はやはり集団主義が根強い社会であり、いわゆる「ムラ」社会的価値感が強い為に変に「和」を重んじる傾向の上に上の言うことは絶対だという
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    竹林泉水 (06/26)
    なんで日本人は欧米人に対してコンプレックスを持っているのだろうか。明治政府は今までの幕藩体制をぶっ壊し廃藩置県をし、国内の不平不満のエネルギーを外に敵を作ること
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    アジシオ次郎 (06/25)
     こんにちは。

     日本人は長年欧米コンプレックスを抱いたせいで白人に対して好意的に見る一方でアジア人や黒人を平気で見下すような傾向が強いけど、自分たちが置かれて
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