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竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

五欲の味の欲について

仏教で修行を乱すものとして、「五欲は得れど厭くことなしとして、遠ざけべきもの」としている。
この五欲とは、色・声・香・色・触をさしている。
そのなかでも味は、酒肉・珍肴・肥腴・津膩・甘甜・酸辣・酥油・鮮血等なりと指摘している。
一つ目の、酒肉とはもじどおり、酒と肉のことです。酒池肉林のなどはもってのほかです。酒は百薬の長と言うがもってのほかで、この二つ過ぎれば百害にあまりあるものになる。
二つ目の珍肴(ちんきょう)とは、珍しくて美味い御馳走のことです。珍味佳肴といってこれももってのほかです。
珍未とか悪食とかいって、変わったものを食べるのはどうかとおもう。中華料理にツバメの巣のスープやカエルやヘビなどの料理がるが、それに飽き足らずもっと変わったものを食べたり。アヒルに餌をあたえつづけ肝臓を肥大せ肝臓病になったアヒルの肝臓を食べるフォアグラ料理がある。いろいろ珍未を追い求めるが、カエルやヘビは私たちホモサピエンスの永い歴史では、ホモサピエンスが誕生した黎明期では、食べられるものは何でも食べていただろう。しかし、フォアグラや霜降り和牛など、半分アヒルやウシを生活習慣病にさせて食べるのはいかがかと思う。
三つ目の肥腴(ひそう)とは、ジューシーな脂の乗った肉のこと。
・津膩(しんじ)とは、こってりした脂のこと。
・甘甜(かんかん)は、甘い旨味のこと。
・酸辣(さんしん)は、酸っぱい辛いもののこと。
・酥油(そゆ)は、ウシやヒツジの乳で作った飲やバターやチーズなど
・鮮血は、生血を味わおうとすること。
これらは、美食家はみな美味しいと追い求めているが、よく考えれば毒のようなものです。脂っこいものを好んで食べていれば肥満になり、塩辛いものを好んで食べていれば高血圧になり、甘いものを好んで食べていれば糖尿病になり。健康を害するものです。しかし、私たち人間は昔からこれらを美味として追い求めている。
また、スッポンやコイなどの動物の生き血を呑むなどはもってのほかです。新型コロナウイルスは、コウモリが媒体しているといわれているように、動物の鮮血などはもってのほかです。
味を貪り追い求めるのは、煮えてたぎる蜜湯を飲むと舌は焼けただれ、刃に蜜を塗って舐めるようなもので舌を切ってしまう。

しかし、私たち現代人は美味しさを追い求めている。この美味しさを追い求めることは悪いことでなく、生活を豊かにするもので大切なものです。季節の旬を頂き満足する、調理法にも道元あらわした精進料理の料理僧の教本である「典座教訓」にあるよに、料理は粗末な食材だからといって、いい加減な料理をしてはだめで、どんな食材も生かしきって、真心をもって調理すべきだとしている。そして、修行僧が美味しく食べてもらうことが、修行をなし終えるのに大切だとしている。
道元は、三徳を心得て料理するといっている。三徳とは軽軟(軽い味で柔らかい)、浄潔(食物も食器も清潔で安全である)、如作法(献立や料理方法や盛付けや食べる人への心遣い)そして、おいしさの本質・五味(甘味、酸味、塩味、苦味、旨味)の調味料、五色(黒[紫]、緑、黄、赤、白)のいろどり、五法(生物、煮物、焼物、蒸し物、揚げ物)の調理法が大切だといっている。
美味しいものでも過ぎてバランスを欠いて、脂っこいものや塩辛いものや甘いものばかり食べていたら、生活習慣病になってしまう。しかし、この生活習慣病という名の付け方も非常に面白いというか変です。
正しい良い生活の食習慣が身に付いていれば患わないものです。悪生活習慣病とすればいいかもしれない。
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AI時代の都市封鎖

いま新型コロナウイルスの拡散を防ぐために、都市が封鎖されたり、学校が休校になったり、会社などは、通勤をしての仕事ではなく、自宅での在宅勤務をすることなどが求められている。それより多くの人が、隔離状態を強いられている状態で、しだいに人々の精神的負担もましてきているようです。
それによる問題点はなにだろうか。仕事についてみれば、ディスクワークなどは、インターネットなどを使っての、在宅勤務ができる環境がある会社はいいが、中小零細企業など、インターネットやパソコン通信などでの、安全なシステムがない会社は、在宅勤務などの仕事ができない状態も多くある。その人たちは出勤しての仕事することしかなくなる。
私の小さいころの住んでいた町はそうでなかったが、地方の田舎にいけば地産地消のところがあり、鍬や鋤などの修繕は自分でしたり、技術がいるものは村の鍛冶屋で直してもらったりしていた。もちろん食べ物は自分で作ったものを食べていた。もちろん近くの商店や街にでて品物を買ってはいます。しかし地産地消の姿が数多く残っていました。だが、いまは都会も田舎もそのような痕跡はほとんどなくなっている。
それと同じように、この新型コロナウイルスにより、人の移動が制限され仕事が在宅勤務が奨励され、会社に出勤して仕事をするあり方が、今後この新型コロナウイルスの感染拡大により変わってくるかもしれない。社会全体の姿が代わるかもしれない。過去の病原菌の時代はAI技術がなくその時とは違うだろう。また経済システムや政治制度にも影響が受けるおそれがる。
経済制度は資本主義からグローバル株主資本主義、自由主義から新自由主義になっている。それがより貧富の格差を拡大する方向に進むのか、その揺り戻しの方向に進むのだろうか。
政治制度や統治制度も、大きな政府からいま小さな政府へと進んでいるし、それが、この新型コロナウイルスにより、貧困者弱者の救済が必要になり、社会保障と富の再分担の充実の方向へと進むだろうか。
また、いま国や行政機関が市民の管理を巧妙にするようになってきているが、この新型コロナウイルスにより、人の移動を制限し管理するようになり、それが一時的なものでなくシステムとして組み込まれる恐れもある。40年ほど前ならスマートフォンもインターネットもなく、マイナンバー制度もなく、電車などの定期券や運転免許所にICチップが埋め込まれていなかた。いま、すべてのものにICチップが埋め込まれ、それがインターネットに繋がれ人々の動向が判るようになってきている。今後、行政機関などは新型コロナウイルス拡大防止のために、今後どこまで人の市民の動きを制限管理するだろうか。またそれをいつまで続けるのか、いや一度動き出したシステムを止めることができるだろうか。
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これからの資本主義の在り方01

会社が儲けるために商品を作りうるのであるが、よりよく商品が売られるために、食品会社では人間に害のある食べ物が作られ売られていることがある。毒ははいていないが、食べ物の味が美味しくするために、健康によくない添加物を加えられている。また、美味しい食べ物には毒があるいうが、味を美味しくするため、必要以上に甘くしたり、脂っこくしたり、塩辛くした味付けをしている。それにより、人は美味しいものに憧れて食べすぎてしまったりする。それにより現代の生活習慣成人病が多くなっている。食品会社が食べ物に必要以上に味付けをするのあは、善だろうか悪だろうか。
会社としては、作った食品の味を魅力的にして、作った食べものがよく売れることは、株主への配当を増やすことができている。それにより、株主は株の配当が増えれば、商品に健康の害がある食べものが売られていうても文句は言わない。
株主中心資本主義に会社では、それにより、どんどん美味しが味の濃い添加物が沢山添加されている食品を作ってしまう。それを考えると、会社に倫理観と社会的貢献度と言う考えが必要で、株主資本主義ではなく本来に資本主義さらには倫理資本主義というかステークホルダ資本主義という三方いや四方よし資本主義というか、近江商人に三方よしとう「売り手よし、買い手よし、世間よし」がこの「世間よし」が必要とされるのではないだろうか。これに使用人が入り四方になり、株式会社ならさらに株主が加わり五方よしとなるだろう。
そしてその優先順位となると、買い手よし、使用人よし、世間よし、売り手よし、株主よしの順がよいだろうか??。

食品会社は美味しい味にするために、さまざまな添加物を食べ物に添加して、食品をつくるのは、本当の買い手よしだろか。
食品会社は添加物を添加した美味しい食べ物を売ることにより、食品加工会社は利益を上げ、株主はその利益から配当を得ている。食品に添加物を加えるのをやめ、美味しさが減れば食品の売り上げがさがり、株の配当が少なくなるかもしれない、それに対して株主はどのように考えるかです。
しかし、ここに健康という社会貢献を重要視しなければならないだろう。さらに考えなければならないのは、食品の添加物の国の食品安全基準は、食品会社のロビイスト活動に左右されるのではなく、消費者の健康安全に視点を置いて安全基準は決められるべきでしょう。
また、イギリスでは食品に必要以上の砂糖を規制するために、砂糖税の導入が議論されているよだが、そのように糖分や塩分や脂肪分などへの規制なども、いまの食べ物への貪りの欲望があるなら考えるべきかもしれない。

これは、食品会社だけのことでなく、すべての企業会社に言えることだろう。
そこで次のことがこれからとくに、重要だと考える。
・会社は税金を払うことは重要な社会的貢献をはたすことになるということを、会社の経営者や政治家はよく知っておかなければならない。
・従業員の賃金や経営陣の賃金やCEOの報酬や株への主配当との関係はどうあるべきか見直すべきだろう。
・会社の定款である会社の目的・組織・活動・構成員・業務執行などについての基本規約・基本規則の説明を公表しその責任をはたし守ることが必要だろう。

応能負担を見直し企業への大きな減税をし、応分負担・自己責任だと消費税を上げていくの如何かと考える。企業はただ商品を売ることだけではなく、社会貢献をしなければならない。その社会貢献の仕方には、企業が独自に起こす事業と、税金を国に納めることにより、社会福祉の充実に当てたり社会インフラに充てたりして、企業の社会貢献が果たされるのです。
1980年代に、レーガン、サッチャー、中曽根という保守・右派政権が新自由主義を押し進め、小さな政府と自己責任のよのなかにになり、今日にいたっているがその綻びが拡大してきている。

これら、グローバル化した世界をどう再生させていくかが、これからの課題だろう。
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オリンピックの1年延期 と万博

オリンピックが正式に丸一年延期になったことが公表された。これにより、世界大会などが重なるスポーツ大会などはどのようになるのだろうか。夏の暑さ対策でマラソンが札幌で競技されることになったいたが、どうせ延期されるなら1年と3か月ほど伸ばし10月開催にできなかったのだろうか。なんだかへんだな?

これらも一年延期されるのだろうか。また次のオリンピックや他世界大会はどうなるのだろうか。
東京オリンピックの次のオリンピックは何年に開かれるのだろうか。

そのようなことを思っていたら、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれる、ドバイ万博が1年延期さえること方針になり、博覧会国際事務局(BIE)の総会で正式に延期が決められることになるようです。
こちらはスポーツのイベントのように重なっても構わないだろうから。万博の延期の決定は迅速になされるだろう。

それとも、ドバイ万博の国際博覧会以降の万博はどうなるのだろうか。次のオリンピックは何年後に開くかまだ決まっていないようだがどうなるのだろうか。

ビエンナーレのように一年おきの隔年に開かれたり、トリエンナーレのように3年ごとの鼎年に開かれたり、オリンピックのように4年に一回のクヮドリエンナーレのように、四年ごとに開かれるなら、大阪万博も1年先送りされるのだろうか。
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鳥毛帖成文書屏風の六扇の文言

書聖と言われる王羲之が君子の鑑戒としてのこした文言を、聖武天皇は座右の銘として屏風に仕立ていつも傍らに置いていた。それが正倉院の宝物とのこされている。
聖武天皇は国民の安寧を祈願し、東大寺の建立をした。明仁上皇や今の天皇には同じような気持ちがあるだろうが。今の政権を担っている政治家にはどれほどのその気持ちがあるだろうか。

正倉院の宝物の鳥毛帖成文書屏風の六扇の文言は次のようなものです。

・種好田良易以得穀
・君賢臣忠易以至豐
  種好く田良きは、以て穀を得易し。
  君賢に臣忠なるは、以て豐に至り易し。
種子がよく田をよく耕せば、よく育ち穀物がたくさんとれる。
君主が賢明で、家臣が忠義を尽くせば、国は栄え豊かになる

・諂辭之語多悦會情
・正直之言倒心逆耳
  諂辭の語は、悦び多く情に會ふ。
  正直の言は、心に倒らひ耳に逆らふ。
媚び諂いは耳に心地よく 嬉しく受け入れやすいものだ
嘘や偽りのない諫言や箴言は、耳障りが悪く心にも痛い

・正直爲心神明所佑
・禍福無門唯人所招
  正直を心と爲せば、神明の佑くる所あり。
  禍福は門無し、唯だ人の招く所なり。
正しく嘘偽りがなく素直に非を認めるていると、天が見守り助けてくれるものだ
禍や幸せには信条や性別や社会的身分や門地によるものではない、唯だこれ人の行いから来るものだ

・父母不愛不孝之子
・明君不愛不益之臣
  父母は不孝の子を愛さず。
  明君は不益の臣を愛さず。
父母は親孝行をしない子を愛さず
賢明ですぐれた君主は不益の家臣を受け容れず重用しない

・清貧長樂濁富恒憂
・孝當竭力忠則盡命
  清貧は長く樂しみ、濁富は恒に憂ふ。
  孝當さに力を竭すべく、忠則ち命を盡す。
貧しくとも清い生活は長く楽しめるが、富があると汚れて得て思い煩うことになる
孝に従うよう尽くし切ること、真心もって君主に仕え尽くす

・君臣不信國政不安
・父母不信家閨不睦
  君臣信ぜざれば、國政安からず。
  父母信ぜざれば、家閨睦まじからず。
君子と臣下において信頼関係がなければ、国の政治は安定しない
両親が不仲なら家庭の円満はなく子供は非行にはしる

この、聖武天皇が枕元に飾っていた六扇の屏風の文言は、いまの政治家が鑑戒として心得ておくべきことだと思うが、いまの政権の中枢者はこの言葉を知っているようにはとても見えないです。そうなればいずれ国は傾き取り返しのつかないことになりそうです。
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君賢臣忠易以至豐

・種好田良易以得穀
・君賢臣忠易以至豐
  種好く田良きは、以て穀を得易し。
  君賢に臣忠なるは、以て豐に至り易し。
種子がよく田をよく耕せば、よく育ち穀物がたくさんとれる。
君主が賢明で、家臣が忠義を尽くせば、国は栄え豊かになる

家庭菜園で自家増殖して野菜を育てる場合、普通な葉ものの野菜なら花の薹ができて来る前に収穫し、実物などでも成熟させないで収穫するが、種を採るために花を咲かせ実を熟させ種をとる。また、種を採るためには苗一つを種を採るために育てます。実物なら普通は実がなり出したらどんどん収穫するが。種を採るためには花が咲きだしたら、いくつも花を咲かせないで幾つかだけ花を咲かせ、一つの株が良質な実がなるように、株の体力を付けれるようにする。そして種を収穫する実も大きく形のよい物から種を採るようにする。これが種好のコツだと考えている。私は農家ではないので間違っているかもしれないが、優良な種をつくるコツではないだろうか。
また、野菜をそだてるには良質な土づくりが必要です。耕耘してフカフカで水はけがよく水持ちがよい土をつくり、肥料もそだてる野菜に適した肥料をつくります。そうすると実がよく育ち実が大きくなり実が多くとれるようになる。
それと同じように、国の政治にも同じことが言えるます。王制君主制の場合は、その王位は世襲だから、王の跡継ぎの子が生まれたときから、帝王学をまなばせる。横暴な暴政は悪く民を重んじ豊かになるように教え、品行もないが善いか悪いかを教えていきます。そのため王が直接子を養育するのではなく、第三者が国の将来のために王の継承者に育つように教育していく。
民主主義の世界では、政治家を育てるのは、国民であり、また国民の知る権利を保障し護するてめに、国で政治はどのようにおこなわれているかを情報として知らせるジャーナリズムが必要です。
王制でも選挙の代表民主主義制でも、家臣や官僚がしっかりしえ入れば、多少国のトップの頭が悪くても、間違いを指摘し諌めて政治は正しく行なわれていく。しかし、いくら官僚や閣僚が諌め指摘してもトップが聞く耳をもたなければ、それどころか諌める臣下を更迭したり粛清したり叱責するなら、官僚や閣僚はもの言わぬ人になり、王は裸の王様になり国は傾いてくだろう。
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正直之言倒心逆耳

・諂辭之語多悦會情
・正直之言倒心逆耳
  諂辭の語は、悦び多く情に會ふ。
  正直の言は、心に倒らひ耳に逆らふ。
媚び諂いは耳に心地よく 嬉しく受け入れやすいものだ
嘘や偽りのない諫言や箴言は、耳障りが悪く心にも痛い

トップに立つ者は、この言葉をよく噛みしめて銘じておくべきだ。政治を行なうとときそのリーダーは、ブレーンとしてどのような人を置くことが適材適所なのかを考えてすべきだ。
リーダーが自分の考えを実現させる事のみを重視し力点を置くいて、大臣の組閣をするとリーダーに侍る人ばかりになり、もの言わぬ人になる恐れがでてくる。
そうなると、気に入られるように機嫌をとったり、気を引くためひっつきむしのように離れようとしなくなる。だからだといって。近寄ってささやいてくるそれらの言葉に気持ちがよくなり、喜んで得意の絶頂点になり、他の意見などをかえりみなくなってはいけない。
箴言・諫言は鑑戒であり、行動・判断・評価のよりどころとなる規準などを教え戒めるものです。そのため耳に痛く心に突き刺さるものが多い。しかし、だからと言ってそれらの言葉に耳を塞ぎ、それらの言葉を聞き受け入れることを拒むことはすべきでない。逆に、それらを心に突き刺さる矢とし、心の策として自分の勤行の糧としてこれからの行いに役立てるべきだ。
しかし、自分に向けられる諫言・箴言と理解できなければ。また馬耳東風な頭の悪い人が、王や国のリーダーになれば、王や
国のリーダーは能転気でいいが、国民にとっては直接生活にかかわってくるので不幸にないる。やはり、リーダーとなる人は諂辭を退け、倒心逆耳な言葉をこそよく聞き、そのような人を大切にすべきだ。
アメリカでも日本でも、リーダーがお友だち人事をしてしまっているので、これから日本は世界はどうなるのだろう。
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緊急事態宣言を出す法的根拠

緊急事態宣言を出す根拠は、特措法だがその正式名称は、新型インフルエンザ等対策特別措置法
この法律では、都市封鎖などはできない。感染防止のため外出の自粛の要請に留まると読み解ける。
もともとこの法律では、新型コロナウイルスでは適用できなかったが、急遽今国会で新型コロナウイルスも付け加えられ、ほとんどの与野党の賛成で可決成立している。

感染症法の正式名称は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律
ことらは一定の箇所の消毒のため封鎖が72時間に限ってできる。延長ができないのが通常の読みかた。
感染者の強制隔離もでき、こちらは隔離の延長がでる。どちらも違反者には罰則規定がある。
どの感染症がこの法律に適用するかは政令できめられる。政令では新型コロナウイルスについては指定されていなかった。
感染症の分類は1類型から5類型まであり、1類型はペストやエボラ出血熱など感染するとほとんどが死にいたるもの。
2類型は鳥インフルエンザ(H5N1・H7N9)やジフテリアなど、3類型はコレラや細菌赤痢や腸チフスなど、4類型はA型肝炎やE型型肝炎やH5N1・H7N9型をのぞく鳥インフルエンザなど、5類型は梅毒や破傷風やウイルス性肝炎(E型・A型を除く)などです。
新型コロナウイルスは指定されていなかったので、閣議決定でしかも持ち回り閣議で1類型に急遽指定された。

新型インフルエンザ等対策特別措置法
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=424AC0000000031


https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=79998826&dataType=0&pageNo=1
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律


ニュース専門ネット局 ビデオニュース・ドットコム

政府が密かに手に入れていたロックダウン権限を検証する
ニュース・コメンタリー (2020年3月31日)


日頃オープンな議論ができない政権には非常時の強権発動を委ねられない
山尾志桜里氏(衆院議員)
(2020年3月31日)


強制力を伴う権限を得たければ特措法を改正すべきー感染症法の準用でロックダウンに踏み切るなら政府は説明を尽くせ
後藤祐一氏(衆院議員)
インタビューズ(2020年3月31日)


法律の条文をねじ曲げて適用すれば乱用の危険性が高まる
木村草太氏(首都大学東京法学部教授)
インタビューズ(2020年3月31日)


中国から早く入国制限すべきだった
石破茂元幹事長が政府の新型コロナ対応を批判
プレスクラブ(2020年3月30日)


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IWJ Independent Web Journal 岩上安身
安倍首相は総理記者会見で岩上安身質問!「報道、言論の自由は担保されるのか?」「非常事態宣言」と改憲の「緊急事態条項を導入」を質問。
緊急事態宣言は報道の自由は保障されると明言。特措法の緊急事態宣言と憲法の緊急事態条項とは別物で、憲法改正は国民投票により国民が選ぶこと答える

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「ミリンダ王の問い(那先比丘経)」

「ミリンダ王の問い(那先比丘経)」というのがある。
ギリシャの王とインドの仏僧ナーガセーナ長老との対話です。
そのとき、仏僧のナーガセーナ長老が、対論を始める前に述べたことばは、次のようなものから始まる。

ナーガセーナ長老がミリンダ王に答える。
「大王さま、もしあなたが〈賢者の論〉をもって対論なさるなら、わたくしはあなたと対論しましょう。けれども〈王者の論〉をもって対論なされるなら、わたくしはあなたと対論はしません」
ギリシャの王が、この二つのどこが違うのかと問と。
長老は「王様。賢者の対論においては解明がなされ、修正がなされ、区別がなされ、細かな区別がなされるが、賢者はそれによって、怒ることがありません。賢者の対論は実にこのような仕方によって対論をするのです。王様。しかし、王の対論の多くは王がひとつのことのみ主張する。もしも王のことばにに従わない者があるなら、『この者に罰を加えよ』、といってその者に対する処罰を命令する。実にもろもろの王様はこのように対論する、これを王者の対論といいます」
そこでミリンダ王は明言する。
「長老様。わたしは賢者の論をもって対論しましょう。王者の論をもって対論をしません。尊者は安心し、うちとけて対論しましょう。たとえば尊者が比丘(修行僧)、あるいは沙弥(見習いの小僧)、あるいは在俗信者、あるいは園丁と対論するように、安心してうちとけて対論しましょう。恐れ怖がることは無用です」

これは、人と討論するときや、哲学的な対談や鼎談や会談をするときには、重要な必須事項です。
自分の考えと対立するとき、その考えに対して反対の考えを述べるのはよいが、反対の考えを否定したりしてはいけない。自由に話すことが需要です。それには、反対の考えに対して寛容な態度ないといけない。
こどもの哲学的対話必要性を展開してる、東京大学の梶谷信司教授は、次のようなルールが必要だと指摘している。(1)何を言ってもいい。
(2)人の言うことに対して否定的な態度をとらない。
(3)発言せず、ただ聞いているだけでもいい。
(4)お互いに問いかけるようにする。
(5)知識ではなく、自分の経験にそくして話す。
(6)話がまとまらなくてもいい。
(7)意見が変わってもいい。
(8)分からなくなってもいい。

相手の考えを否定したり押し込めたりするのでは、討論や対論は成立しない。思想上や考えの討論や対談、鼎談や会談などをするとき、権力や権威を持っている側が、圧力をかけっるようなことがあると、まともな議論が成立がしなくり、思想上の正当な理解と発展をさまたげてしまう。
ここで重要になってくるのは、ただ聞いているだけでもいいで、自分の頭で自由に考えることだう。それがあって初めて自由に発言をすることができる。また、論理的に辻褄が合っているかいないかであり、意見を変えてもよいという点にある。それによい論理の幅がでてくるという。

しかし、日本ではこの梶谷のいう8つのルールは、なかなか定着せず行なわれない、逆に空気を読んで自分の意見を封印してしまたり、他人の意見を封じ込めてしまう。このことは、一般の社会や世間だけでなく、会議などの場でもそのようなことがある。さらに国政の国会や政党の中での会議などでもあるようだ。それでは本当の民主主義にならないだろう。
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正直爲心神明所佑

・正直爲心神明所佑
・禍福無門唯人所招
  正直を心と爲せば、神明の佑くる所あり。
  禍福は門無し、唯だ人の招く所なり。
正しく嘘偽りがなく素直に非を認めるていると、天が見守り助けてくれるものだ
禍や幸せには信条や性別や社会的身分や門地によるものではない、唯だこれ人の行いから来るものだ

むかしから「正直者には福が来たる」や「正直の頭に神宿る」の言葉があり、誠実な心をもって正直に生きると天はそれを知っているので、必ずそのご加護がある。正直は大切さだと教え諭されてきている。
正直とは自分の行いに責任を持つということで誠実だということとすると。それは、自分の行ったことに非があればそれを、素直に認めるるこがです。また、嘘をついたり偽りをしたらなら、素直に認めることにが大切でしょう。
それを国政に当てはめてみると、天帝や天地神明とは国民のことで、正直誠実であれば国民からの信頼が得られると私は考える。それには、政治の説明責任や政治家の日頃の言動についての風通しのよい責任を明らかにすることは重要ではないだろうか。会議の議事録を作らなかったり、説明をハグラカシたりしていると、そのうち必ずその化けの皮が剥がれ、本性をさらすことになるだろう。すでに本性があらわれているのになぜ、いまの政権が持ちこたえているのか。
禍福に門地がないように、政治を担う人はその日頃の品行が大切なはずです。三代目のボンは政治家の名家かも知れないが、だれをファーストにするかを誤っていたなら、これからどのような社会になっていくのだろうか。
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サンダース候補撤退

アメリカの大統領選の民主党の予備選で、サンダース氏が選挙戦から撤退すると発表した。これにより、バイデン氏は「共にトランプ大統領倒そう」と声明をだし。さらに、「サンダース氏は新たな運動を作り出した。その運動は今も力強いままだ」と述べ、サンダース氏のこれまでの主張や活動を称え、「サンダース氏は撤退するが、今回の選挙が終わったわけではない。われわれは格差の是正や、すべてのアメリカ国民が医療保険に入れること、さらに学生ローンの負担の軽減などに取り組む」と述べ、サンダース氏が掲げていた公約の一部を自らの政策に反映させることを表明した。
一方、トランプ大統領はツイッターに「サンダース氏が撤退だ。ウォーレン氏よ、ありがとう。彼女がいなかったらサンダース氏はスーパーチューズデーでほとんどすべての州で勝っていただろう!「これは民主党や民主党全国委員会が望んだとおりのものだ。サンダース氏の支持者は共和党に来るべきだ。トレードだ!」と投稿し民主党の候補者選びを非肉をこめてからかった。

この二人の違い、知性のあるものと反知性主義的な人の違いがあらわれている。バイデン氏は、対立していたが相手の考えや意見を、寛容な態度で受けとも理解して、そのなかで善いところを自分の政策に包み込もうとすることが見て取れる。
しかし、後者のトランプ大統領は、ありのままの事実を軽視したり無視したりして、自分の望む世界のように理解したりその方向に物事の流れをつくろうとするところが見受けられ。このようなことが、政治の世界で行なわれると政治は劣化して、都合のよいように事実を理解して物事が捻じ曲げられてしまう。
さて、アメリカでは11月の大統領本選挙では、どちらが選ばれるだろうか。しかし、前回の選挙のときもそうだったが、フェーク合戦になってほしくないものです。他の国の選挙でも相手候補を貶める、フェーク合戦に火花が散ることが多く見られる。それがますます加速すと、選挙による代表を選ぶ民主制が崩壊してしまう。

日米の首脳は気心が合うと自ら、首相はいっているが国会でのやり取りなどを見ていると、政治の行い方が似てきているが、どちらがどちらの行いから学んでいるのだろうか。
日本の政治では、以前は与野党の議席が伯仲までいかなくても、野党の議席も多くあり、与党はそれなりに相手の考えも聞き入れていた。しかし、今や一党与党と多数の弱小党になり、野党の意見を聞き入れようとしなくなっている。それは、与党全体が驕り反知性主義的に陥ってしまている。与党のなかにどれだけの人が、このことに気づいているだろうか。
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明君不愛不益之臣

・父母不愛不孝之子
・明君不愛不益之臣
  父母は不孝の子を愛さず。
  明君は不益の臣を愛さず。
父母は親孝行をしない子を愛さず
賢明ですぐれた君主は不益の家臣を受け容れず重用しない

子が道楽者で極道者で不孝者なら、父母は子の心配を通りこしてしまうだろう。戦前は勘当という制度があり、親が子のおこないを叱責して親子の縁を切り義絶できたが、民主主義の世の中になり、勘当は廃止されできなくなった。勘当は簡単にできるものではなく、明治時代はもちろん江戸時代から、親戚一同が集まり相談し奉行所に届け承認をえるなどの複雑な手続がいるが、それは公式なものだた。
君子が臣下の行いが悪ければ、三国志に蜀の諸葛亮が日ごろ重用していた配下の馬謖が命に従わず魏に大敗したために、泣いて斬罪に処したという故事がある。民主主義の現代でも、国務大臣などの行いが悪ければ、愛でている人を徴用して大臣の職に就かせていても、更迭して処分すべきです。それも解からない大臣の任命権者なら、大臣たちは面従腹背しながらしたい放題になり、国は腐ってしまう。現代の国政に当てはめると、勘当は役職の更迭であり、所属政党からの除名処分にあたるだろう。更迭する人が多くなれば、任命責任を問われるからと言って、行いの悪い人をいつまでも、役職に留めておくのは、政治の腐敗を招きくのでよくないものだ。
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清貧長樂濁富恒憂

・清貧長樂濁富恒憂
・孝當竭力忠則盡命
  清貧は長く樂しみ、濁富は恒に憂ふ。
  孝當さに力を竭すべく、忠則ち命を盡す。
貧しくとも清い生活は長く楽しめるが、富があると汚れて得て思い煩うことになる
孝に従うよう尽くし切ること、真心もって君主に仕え尽くす

清らかに生きていれば貧しくとも日々生活の中にささやかな喜びを見出して楽しむことができる。あれも欲しいこれも欲しい、もっともっと欲しいと富を追い求めると。取られはしないか、減りはしないかと心配し心の苦労が絶えないものです。
多くの仏典では、貞享版沙石集に次のようにある。
「清貧は常に楽しみ、濁富は恒に愁ふと云云、又云はく、財多ければ身を害し、名高ければ神を害すと云云」
また、仏堂教経の中に次のようにある。
「知足の者は 貧しと雖も富めり  不知足の者は 富ねりと雖も貧し」
また、北斎漫画の十一集の後付けにに次のようにある。
事たりる 足につけても 足らぬなり  足らで 事たる身こそ やすけれ

次の「孝當さに力を竭すべく、忠則ち命を盡す。」
父母への孝行は全力をつくせとあり、次の忠則ち命を盡すを読むと。
教育勅語の「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」を思いおこさせる。
これについては、文部省図書局の「教育に関する勅語の全文通釈」の口語訳は、次のようになっている。
「万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ。」

参考までに、以下のくだりは次の通りである。

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君臣不信國政不安

・君臣不信國政不安
・父母不信家閨不睦
  君臣信ぜざれば、國政安からず。
  父母信ぜざれば、家閨睦まじからず。
君子と臣下においてお互いの信頼関係がなければ、国の政治は安定せず混乱をまねく
両親が不仲なら家庭の円満はなく子供は非行にはしる

君子と忠臣としての臣下の信頼関係とは、君子に盲従して面従腹従することではない、君子の行いに非があれば、率直に諫言でき、君子はその言葉に素直に聞き入れ受け入れる事できることです。君子の言葉のなかから、物事の事情・状態・程度や心情などをおしはることができ、それを推進したり逆に諫めたりすることができる関係です。
そのような信頼関係がなければ、臣下が王の座をねらったり。逆に媚び諂う臣下ばかりだと、王は裸の王様になり国が傾いてしまう。それではその国は他国から隙ありとして攻められ国が滅ぶだろう。また統治がわるければ、人民の間に不満がつのり、人民は反乱を起し国が乱れるだろう。中国では易姓革命というのがありそのようにして朝廷がいくども変わっている。
このことは、家庭においても同じことが言えるようだ。たえず夫婦喧嘩をするなど両親が不仲だと、子どもはそれを見て、家の中での居場所を見つけられず、外で遊ぶようになり悪い友達とつきあい非行に走ることになる。そうなればますます家の中は睦まじくなくなり、つねに家の中でいざこざがおきてしまうということだ。
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COVID19のパンデミックが起きる前に考えること

新型コロナウイルスCOVID19がパンデミックが起きたらどうなるか。
中世のヨーロッパではペストが流行したときは、流行が数年続き人口の4の分1とも、3分の1が死んだとも言われている。第一次世界大戦中に流行した、インフルエンザ通称スペイン風邪でも、2年間にわたり流行し、戦争で死んだ人の数より多い400万人が死んだと言われている。
いまのところ、COVID19は、ペストやエボラ出血熱や重症急性呼吸器症候群(SARS)のように、致死率は高くないようです。しかしウイルスの正体についてわからないことが多く、今後どのようになるか予断が許されないのは確かです。
感染症などのウイルスについては、感染力が強く強力なウイルスなら急速に広が収束も速いといわれ、感染力が弱いと広がりも緩やかで収束にも時間がかかり、広がりについては海底地震のときの津波のように、第一波第二はと繰り返されると聞く。

しかし、いままでのペストやコレラの発生はもちろん、今世紀に入り新たにわかったウイルスである、新型インフルエンザやエボラ出血熱やSARSが、流行の兆しが出出した時と大きく違うことがある。
それは、経済のグローバル化と交通手段の発達により、世界中に広がるスピードと規模が非常に速く大きいこと。また、カミュが「ペスト」で書いたように、移動行動の自由が奪われる不条理の世のなかとは、格段にその質や規模や性質が違うようです。インターネットの普及と監視カメラが、全体主義の国だけでなく、自由な民主国家でもいたるところに設置されてる。また、多くの人が携帯電話はスマートフォンを持ち歩き、常に自分の居る位置を第三者に知らないうちと、いうより自覚しないで自ら進んで知らせていることです。
新型コロナウイルスでは、中国では施設に入るときスマホに自分が立ち寄った先の履歴が表示され、それをいま利用しようとする施設の係員に見せてその施設を利用する。そのようなアプリが使われているとニュースで伝えていた。また、自分の現在いる付近に、どれだけのウイルスに感染し発症した者がいるかを、知らすアプリも開発され使われているという。
このように、個人の行動が常に第三者に把握されていて、時にそれにより行動が監視され、制限される社会になる恐れもあるようです。
この新型コロナウイルスの世界中でのパンディミックにより、世界中の一人ひとりの市民の生活の仕方がかわる。また、ある機関からの監視のありかたが、これらのアプリの活用により監視の目的や使われ方がかわってくるかもしれない。
また、経済に関しては仕事のありかたや働かせ方働き方などそのやり方が、テレワークやてテレビ会議やインターネットを使った仕事のやり方が導入され、働かせ方働き方がかわる変化が加速される恐れもある。それらについて、私たち一人一人の心の準備ができないままに、進められていく恐れが高くなる。それ以前にシステム的にハード面・ソフト面での準備が調輪ない間に、進んでいる所に引きずられるというか振り回されて進められるところも出てくるだろう。いまから、それについて自分で考え判断ができるようにしていかなければならないと言える。

ペストなどのような、致死率の高い病原菌が発生しパンディミックが起きたときは、地域や施設の封鎖命令などは、あって当然しかるべきだが。それを施行発令するにはそれなりの正当性が必要です。また、それを正当化する根拠となる法律の制定が必要だし、その制定過程も公開で熟議されみなが納得できるものでなければならないです。それにつての検証などが無ければ、その移動制限などを発令する人のしたい放題になる恐れがありる。いま真剣に、それらを考えず進めてしまえがあとで取り返しがつかないことになりかねないです。
また、石原慎太郎が東日本大震災と原発事故をがおきたときに、日本全体が弛緩してきたので1つの戒めだという意味で『天罰だ!』といった。COVID19禍を世界全体の問題として受けともめず、自国の利益や新自由主義を追い求め、欲望の株主資本主義で便利さと富ばかり追い求るなら、本当に緩んで弛んだ状態になるなら、本当の天罰が下されるかもしれない。そしてその、天罰を下すのはだれか、天帝が下すのか権力者が下すのか。

権力者が市民・国民の行いは弛緩しているとして、天罰天誅として下すならそれは、全体主義の世の中に近づいていくだろう。そうなると権力者は暴政を下し欲しままにする。そうなると権力者にたいして、易姓革命として人民・市民が下す天罰が起きるまで、一人ひとりのやすらぎを得ることはできないだろう。
これから逃れるために、現代人はどのように、いまの世の中をみ考え判断し決断を下すべきだろうか。全体主義的監視の強化と権力者の決断が恣意てきのままになされるのか。それとも、世界の市民の一人一人が知性と教養と理性を持ち、自律的な市民になり、エンパワーメントの自己決定力の自由化が活かされる道をとるのか。また、経済面でみると、新自由主義や欲望の株主資本主義や新ナショナリズムや、国家主義や自国至上主義一国主義による、孤立をしてでも生きのびようとするのか。またグローバルな連帯と連携と強調と互恵により発展する道を模索するのか。何れの道を選ぶかの瀬戸際となるかもしれない。

では、天帝が下す天罰とはどのようなものだろうか。
人間であるるホモサピエンスが誕生してから、ホモサピエンスは7万年前ごろまでは、弱い生き物で強靭な肉食獣に怯えてい細々と生きていた。そして5万年前ごろにアフリカの地を旅立ち、中東に広がりアジアやヨーロッパに広がっていったが、その近前ごろから、自分たちの幸せと幸福のため、他を省みず欲望を追求し、勢力を広げ他の種を絶滅に追い込んでいったり、地球を汚染しつづけてきている。5万年前ころは人類の人口も少なく、持っている技術も零弱で過小なもので、周囲の環境に及ぼす影響はほとんどなかった。ところが、しだいに人口が増え技術を発展させていき、水力による動力を考えだし、機械化するにつれ蒸気機関を発明し大きな動力を得て工業力を高た。その後、電気を発明して加速級数的に技術を発展させてきている。さらに原子力という如何わしい技術と原子爆弾という恐ろしいものを持つにいたっている。そして人間はこの宇宙船地球号に70億以上に人口を乗船させるようになっている。

さらに70億の人口を養いながら、既得権者は自分たちの生活がさらに、快適で便利で豊かな生活への飽くなき欲望を貪ろうとしている。そんななか、都会に生活する人が目にすることのないところで、多くの自然環境が破壊され環境を汚染し、今までそこに棲息していた動物や植物が消えていっている。また、人間が居住する所を得るために、今まで野生動物が棲んでいたところまで、人間が侵蝕していき野生動物との接触をす機会が増えている。それにより、人間今まで遭遇してきていない未知の動物が持つ細菌・ウイルスに感染する機会が増えている。
新型コロナウイルスは聞くところによると、COVID19はもともとコウモリが持っていたウイルスで、それがセンザンコウに感染し、中国ではウロコが中国の伝統薬として使われ、また肉がアジアの一部地域で珍味とされている。それにより、人間に転移感染したとの説もあるようです。これらはみな人間人類の自然や神をも畏れぬ行いともいえる、それが天地神明の天罰としたら、その怒りはどれほどのものだろうか、ホモサピエンスだる人間人類は許しもらえるだろうか。宗教的呪術的に思索すると、人類はノア以外は天罰を受け絶滅させられるのだろうか。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
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・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 臨時国会の開催はいつか
    竹林泉水 (08/09)
    日本の現状いや世界でも同じよな風潮になっている。
    アメリカでも、トランプ政権の外交政策や内政も、アメリカ自己国第一主義のアメリカファースト。
    日本の安倍政権も、こ
  • 臨時国会の開催はいつか
    風と雲 (08/04)
    一体今の日本はどうなってしまったのだろうかと思う。アベ内閣も与党も憲法に違反することを完全に無視して悪びれもせず堂々と実行してきた。、政府高官も最高裁も報道機関
  • 難病と尊厳死
    竹林泉水 (07/29)
    コメントありがとうございます。

    自ら生きる権利、自ら死ぬ権利があるのはよくわかります。
    それにはどちらも人・個人としての尊厳が保たれている必要がある考えます。
  • 難病と尊厳死
    風と雲 (07/28)
    意識して自ら命を絶つことができるのは人間だけだと思います。人には生きる権利と自由があるように、自らの命を絶つ権利も自由もあって然るべきではないでしょうか。このA
  • 不自由な国、日本
    アジシオ次郎 (07/01)
     自分よりも周りを優先する集団主義的な考えが同調圧力などがまかり通る社会なことについて前に
    >日本的なこの価値観は、海外から見たら奇異の目でしか見られないでしょ
  • 不自由な国、日本
    竹林泉水 (06/29)
    日本語に「世間」と言葉があります。「世間体が悪い」「世間がうるさい」「世間を渡る」「世間に顔向けできない」「世間の目を気にする」「渡る世間に鬼はいない」などとつ
  • 不自由な国、日本
    アジシオ次郎 (06/27)
     おはようございます。

     日本はやはり集団主義が根強い社会であり、いわゆる「ムラ」社会的価値感が強い為に変に「和」を重んじる傾向の上に上の言うことは絶対だという
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    竹林泉水 (06/26)
    なんで日本人は欧米人に対してコンプレックスを持っているのだろうか。明治政府は今までの幕藩体制をぶっ壊し廃藩置県をし、国内の不平不満のエネルギーを外に敵を作ること
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    アジシオ次郎 (06/25)
     こんにちは。

     日本人は長年欧米コンプレックスを抱いたせいで白人に対して好意的に見る一方でアジア人や黒人を平気で見下すような傾向が強いけど、自分たちが置かれて
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