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自律型殺人兵器の開発はよいのか

最近の人工知能に関する開発の進展は凄まじい勢いで進んでいる。人工知能が将棋や囲碁やチェスの棋士やプレヤーを破ることや、自動車の自動運転車の実用化などのニュースを毎日のように耳にする。そもそもコンピュータは人間の脳より複雑な計算を瞬時にするのに長けている。そのことを考えるとコンピュータの膨大な記憶容量と計算速度の高速化により、コンピューターが棋士に勝つことはそれほど驚くことはない。しかし、よく言われる小さな子供が簡単にできる「枕カバーに枕を入れる」ことは苦手と言われていたことが、自動運転自動車実現のように次第に人工知能ロボットが「枕カバーに枕を入れる」ことができるようになるかもしれない。

日常生活での人工知能の活用はお掃除ロボットが普及しだしているが、人工知能と軍事目的の兵器にも使われるようになってきている。しかも、命令を遂行するだけの人工知能兵器だけでなく、自律型人工知能兵器の開発も進んでいるという。そこで思うことはアシモフのロボット原則には、「ロボットは人を傷つけてはならない」の大原則があったはずです。
第一法則:ロボットは人間に危害を加えてはならない.またその危険を看過することによって,人間に危害を及ぼしてはならない.
第二法則:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなくてはならない.ただし,与えられた命令が第一法則に反する場合はこの限りではない.
第三法則:ロボットは前掲の第一法則,第二法則に反するおそれのない限り,自己を守らなければならない.
(コトバンク https://kotobank.jp/ から)
このアシモフのロボット工学三原則は何らの束縛力のあるものではないが、科学者や人文学者のなかでは一応重要なものとしていたものと私は思っていた。

「2001年宇宙の旅」などのSFに登場するロボとは自らの権利を主張して人間に反乱を起こすものであるが、この自律型人工知能兵器は、初めから人間を標的にしているもので、自律型人工知能兵器は自ら標的とするものが、兵器か兵士か民間人かなどを判断して、任務を遂行するものです。
現在米軍などが実戦で使っている、無人機攻撃機は前線の軍事基地か米国内の施設の中で無線操作をして、攻撃をするかしないかを判断してしているものです。その判断を自律型人工知能ロボット兵器に任せることにより、その判断がより正確に迅速になることを前提として、いまその開発が進めれれている。
しかし、大切なことは生物兵器や化学兵器などの国際的な取り決め条約があるが、現時点で人工知能兵器にはそのようなものがないことです。これからこの分野の開発は格段にすすむであろう。そのようことを考えると、グローバルな安全保障・国防における人工知能利用について、国際的な規制の動きや人工知能の倫理問題につての規制を考えるべきだろう。

人は言う、ロボット同士戦うので人間同士が戦く事が少なくなるという人がいるが、はたしてそれは本当に人道的であろうか。

しょせん戦争とはまた、軍隊とは政府とはとどのつまり、その国の人民民衆をまもるのではなく、国家をまもるとするもので、人民民衆や市民はそれの犠牲になるのは、どんなに科学技術がすすんでも、政治形態がよくなっていてもそれは変わらないのではないだろうか。
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受動喫煙防止法といい加減にしろヤジ

衆議員の厚生労働委員会で、受動喫煙防止の審議で参考人の発言に対して、穴見陽一衆院議員が「いい加減にしろ」とヤジを飛ばしたという。
柔道喫煙防止法は当初の案より、飲食店の屋内を原則禁煙としたが、例外規定により、既存店の55%で喫煙が認めらなど大幅に後退している。参考人はガン患者としての立場での発言だが、穴見氏は「喫煙者を必要以上に差別すべきではないという想いで呟いた」と発言を妨害する意図はないとしている。しかし、参考人は>「喫煙者の方がどこも吸うところがないじゃないかとおっしゃるのもすごくよくわかる」の発言に対して、受動喫煙の防止の必要性を訴えたあとの発言です。民主主義の表現の自由を押さえこむような発言ではないだろうか。聞くところのよると、穴見氏はファミリーレストラン運営会社の役員をしているという、つまり、受動喫煙防止法の規制の当事者ともいえる。そのようなひとが、対策の強化を求める発言に対しての「いい加減にしろ」とは、しかも国会の委員会の委員の発言となれば、大きな問題です。

また、安倍首相は、河村建夫衆院予算委員長との会食の際に「もう集中審議は勘弁してほしい」と言ったそうです。
国会審議というものは、政府の説明責任を果たす場であるところです、審議は勘弁してほしいとはその説明責任を否定するようなもので、重大なお思い違いをしていることになる。会食というばであろうとも、政府の最高責任者が言う言葉であろうか、まるで独裁者のような発言ではないか。

安倍政権下での国会審議では、首相本人や麻生財務相らが、答弁席から不規則発言することがしばしばある。黒衣であるはずの首相秘書官が、野党党首の質問に対しヤジを浴びせたこともあった。
異論に耳を傾けず、批判に対し、敵意もあらわに言い返す。そんな政権の姿勢が、国会論戦の荒廃を助長しているのではないか。軽んじられているのは、結局、私たち国民であることを忘れてはなるまい

マスコミもモリカケ問題ばかり報道するのではなく、受動喫煙防止法がどのようにザル法になっていくのか、働き方改革法がどのように働かせ方改革法になっているのか。国会中継をしたり、それに対する問題点の番組を作ってほしいものだた、よく考えると、受動喫煙防止法は税金を握る財務省の関係や、働かせ方改革法は民放はスポンサーによって収益を上げるので、働き方改革法を悪法のように扱うとスポンサーがつかなくなるので、そのような番組は作らないだろう。
となると、公共放送であるNHKの出番だがNHKも、籾井前会長のころからおかしくなってきているのであまり期待できないのが残念です。
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黙っているとどうなるか

丸山真男が『日本の思想』岩波新書S36年で、学生時代の末弘厳太郎の民法の講義で、「時効」についての説明での思い出を書いている。「金を借りて催促されないことをいいことにして、<ねこばば><傍点>をきめこむ不心得者が得をして、気の弱い善人の貸し手がけっきょく損をするというのは、図分不人情な話のように思われるけれども、この規定の根拠には、権利の上に長く眠っている物は、民法の保護に値しないという趣旨も含まれている、というお話だったのです。」
丸山はこの話に甚く思うと同時に「権利の上に眠る者」という言葉に強く印象に残ったと書いていいる。そして丸山は続けて、この考えは民法につていだけでなく、きわめて重大ない意味が潜んでいると述べ。日本国憲法の第十二条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」そして第九十七条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現、在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」として、この二つの条項は対応して〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕と〔基本的人権の由来特質〕があり、それは今ある自由と権利の上に安住していると、ヒットラーが権力を掌握した結果、当時最も民主的な憲法とされたドイツが、血の塗られた道筋を至ことになった歴史の教訓を忘れてはならないと書いている。
そして、丸山は続けてアメリカのある社会学者が言っていることを紹介している、「自由を<祝福><傍点>することはやさしい。それに比べて、自由を<擁護><傍点>することは困難である。しかし自由を擁護することに比べて、自由を市民が日々<行使><傍点>することはさらに困難である。」これも、先に上げた民法の時効についての考えと類似し同じ発想だと述べています。
北朝鮮や中国では主権在民をうたいながら政権を担っている者を批判すると咎められたり行方不明になったりしています。今わたたち日本では、安倍政権の悪口を言ったり批判したりしても咎められることはないです。自由であることに有り難さがある。しかし、特定秘密保護法や共謀罪法やまた、安倍政権のもくろんでいる、自然災害での緊急事態条項の新設などをみていると。いま、私たちが自由だ自由だと言っていても、安倍政権の国会運営や先に上げた法案が次々と強行採決されていくことを見ると。その自由を定義がかわり実質的にいまの自由が空っぽになってしまいかねないのではないだおるか。
事実自民党が2012年に発表して批判された改憲案は、「第十二条この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。」とされ、第九十七条は削除しています。
このことについて自民党の改憲Q&Aでは次のように書いている。
「人権は、人間であることによって当然に有するものです。我が党の憲法改正草案でも、自然権としての人権は、当然の前提として考えているところです。
 ただし、そのことを憲法上表すために、人権は神や造物主から「与えられる」というように表現する必要はないと考えます。こうしたことから、我が党の憲法改正草案11条では、「国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。」と規定し、人権は神から人間に与えられるという西欧の天賦人権思想に基づいたと考えられる表現を改めたところです。
さらに、我が党の憲法改正草案では、基本的人権の本質について定める現行憲法97条を削除しましたが、これは、現行憲法11条と内容的に重複していると考えたために削除したものであり、「人権が生まれながらにして当然に有するものである」ことを否定したものではありません。」
としているが、現行憲法の11条は「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」となっている。基本的人権を享有を妨げられず、将来ないわたって国民に与えられれ保障されるべきものとしている。ここには、12条の不断の努力によって保持しなければならないとして、国民の自由を行使する努力をすることの大切さを国が保障しているが、自民党案ではそれが為政者側に後退しているように受け止められる。

また、丸山は次のようにも言っている「自分は自由<であると><傍点>信じている人間は、かえって、不断に自分の思考や行動を点検したり吟味することを怠りがちになるために、・・・中略・・・。 逆に、自分が「とらわれている」ことを痛切に意識し、自分の「偏向」性をいつも見つめている者は、なんとかして、より自分の物事を認識し判断したいと努力することによって、相対的に自由になりうるチャンスに恵まれていることになります。」と。

このことは、自由にたいしてだけでなく、民主主義についても同じようなことが言われ、不断の努力の民主化への働きかけにより民主主義が維持されてゆくものではないだろうか。
民主主義を崩壊させるのは民衆であり、民主主義の敵はそこに内在する民衆でもるといえる。このことをよく考えなければならないでしょう。
安倍政権以来、丁寧に説明するといいながら、丁寧に説明せず数の力に任せて強行採決を留など姑息な国会運営をしている。野党が割れてしまい結果的に自民党が多数を占める結果になってしまっている。それらを見ながらも有権者は、なおも今までと同じ行動をとっていると、ますます安倍自民党は驕り昂ぶり暴走して、麻生副総理のいうように気が付いたら、自由と民主主義の憲法が壊憲により日本という国が、民主主義の後進国になってしまっていることがないようにどのようにすべきか考えていこう。
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カジノ法の正体

カジノ法とは統合型リゾート整備推進法でカジノを中心とした複合型施設なのでカジノ法ともよばてているが。
金融情報サイトのiFinanceによると次のように説明している。

統合型リゾート整備推進法は、正式には「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」と言い、また「IR法」や「カジノ法」とも呼ばれ、2016年12月15日に成立した、カジノを中心とした複合観光施設の整備を促す法律をいいます(2016年12月26日に公布・施行)。これは、大型ホテルや商業施設、会議場などが一体となった施設で、その一部にカジノも含まれる「統合型リゾート(IR:Integrated Resort)」の整備を日本国内において促すものであり、基本法という位置づけになっています。

カジノを中心とした説明されているので、そのカジノの在り方はどうなるのだろうか。日本では、カジノいわゆるギャンブルである賭博は法律で禁止されている。しかし、公営ギャンブルは競馬・競輪・競艇・オートレースの四種類がみとめられている。また、その事業主は都道府県や総務省が指定した市町村などの地方公共団体だけです。宝くじも公儀の意味で公営ギャンブルとされています。そして大切なことはその収入は、公共事業に使われることです。

しかし、カジノは民間企業である株式会社などが運営することになると、その収益はその株式会社のものとなり、またその株主への配当にも使われることになる。

カジノに対しての問題は、ギャンブル依存症についての問題がよく指摘され取りざたされるが、日本の統治のあり方として、ギャンブルの在り方を根本から覆すものだが、その点はテレビや新聞などのメディアはあまり伝えていないし、カジノ法に反対する野党もそれについてはあまり取り上げていないようだが。本当の問題点はそこにあるのではないだろうか。

カジノ法に自民党や維新の会などは賛成するのはわかるが、公明党がなぜ賛成するのかはわからない、与党としての公明党の存在感がないように思う。

先にも書いた通り、現在の公営ギャンブルは、その収益は全額公共事業に使わるが、統合型リゾート施設でのカジノは、そのカジノを運営する会社に入るものです。収益のいくらかは施設を誘致している自治体に入るとしても、公営ギャンブルの用に全額ではなく、そのいくばくかは運営会社にはいり、株主の配当になるのです。
これは、ギャンブル依存症になった人の使われたお金が株の配当となりその配当で生活をする人が出てくることになる。これは今の、日本の理念にあうものだろうか。
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原子力と人工知能

自動運転自動車に対して注目が集まっているが、学習型人工知能の技術の進展によりそれが実現されるかのように言われています。超高齢化社会により高齢者が自動車運転をすることも多くなり、また判断力が衰えたり、認知症の方も生活をするために自動車は必需品です。そのためにも自動運転自動車は必須として、その開発に国を上げて推し進められている。また、自動車だけでなくほかのあらゆるものに対しても、人工知能を搭載することが普通になってきている。
人工知能やロボットは私たちの未来の生活を明るくすると思われるようにいま、産業界や国やマスコミなどもこぞってそれを啓発啓蒙しているように思えいる。しかし、それは本当の人間の未来にとってよいのだろうか。

1950年代ごろの原子力に対しての期待は非常にたかく、原子力によりなんでもできる、無人のエネルギーと思われたいた。
原子力で何でもでき、原子力自動車、原子力飛行機などなど、その期待を最もあらわしているのが、日本の漫画「鉄腕アトム」ではないだろうか。その主題歌には、「心ただしララ科学の子 みんなのともだち鉄腕アトム」となって、人気漫画になりテレビのアニメにもなりました。
何も知らないで原子力は良いものだというものが独り歩きしていきました。
しかし、原子力は危険なものだという声もあったが、それは良いものだとの声にかき消られていきました。
そして福島の事故が起き原子力について考え直してみようという動きがでてきた。しかし、原子力ムラの大きな力でその声がかき消されてしまったり。しています。

この原子力と同じように、あと数十年たつと同じような議論がされるのではないだろうか。人工知能やロボットは各自に今の時代よりはるかに、至るところで使われ見るようになるだろう。宅配便などは自動宅配車や自動ドローンなども走りまわり飛び回っているだろう。そして、その便利さに感謝するしなく当たり前になっているでしょう。
しかし、その感謝することもなく空気のように当たり前になっていることが問題ではないだろうか。人工知能の次は、自律型人工知能で、人工知能自身が自ら判断して行動を起こすことが本当に、人間にとってよいことだろうか。

むしろそれが、人間本来持っている感覚をなくしてしまうことにならないだろうか、それにより、人間は人工知能の判断によってしか判断できなくなることはないだろうか。
いやその兆しはもう現れているかもしれない。
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防犯カメラとテロを防ぐ外交

私の子どものころは防犯カメラなどなかたが、今は店の店舗の中だけでなく、街中いたるところにおかれている。数年前大阪の梅田周辺に設置されている防犯カメラ?監視カメラ?に映っている画像を、画像認識ソフトで街を歩いている人の顔を識別して、AIコンピュータでその街に設置されている複数のカメラのビックデータを処理して、任意の人を特定しその人の行動を追跡する実験が行われようとした。そのニュースが流れると反対と抗議の声が上がりその時は中止された。しかし、その後どうなっているのだろうか。
中国のある都市では、警察官が顔認識カメラのついた、眼鏡をかけてパトロールを始めたといいます。イベント会場などでのテロリストを見つけ出しテロを未然防止するためだという。
また、中国の新疆ウイグル自治区では、民族問題によりテロなどが起きていることから、特定の人物が通勤路から300m以上離れると、監視カメラの顔認証カメラがそれをキャッチして、公安などの当局に通報するシステムが作動することになっているそうです。

いまは、会社や研究機関などでは、身分証の提示やIDカードとパスワードの認証が必要なところも多くなってきた。顔認証の制度があがると、その個人の認証があらゆるところで行われるようになるだろう。
日本でも何かあると、周辺の防犯カメラが警察の捜査に利用され、犯人と思しき人の動向が追跡されたり、防犯カメラに映っている不審者の追跡をしたりして警察の捜査に利用されているようです。
そのような、ことを考えると中国の防犯カメラによる市民への監視は他人事と思えなくなってくる。2020年には五輪パラリンピックのイベントがある。それに乗じてテロリストが日本に潜入してなにか騒動を起こさないとも限らないですが、日本ではヨーロッパやアメリカのように深刻な民族問題もない。また中東のアラブとの外交も積極的に友好関係を築こうとしてきたので、日本国内ではイスラム過激派のテロも今のところいきていなです。

しかし、アメリカ従属追随の姿勢をするなら、今後2020年を境に日本でも、イスラム過激派のテロが起きる恐れもでてくる。今まで以上にアラブ諸国に対しての外交が重要になってくるでしょう。
ISに日本人ジャーナリストが人質になり殺害された事件があったが、そのようなことが起こらないように、慎重にしていかなくてはならないでしょう。
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働かせ方改革法

働き方改革法成立したが、安倍晋三首相は「二度と悲劇を繰り返さないとの強い決意」というが、過労死防止の決意は本当にどこにあるだろうか。
雇用者側と働く側とでは、その力関係は働く側にあるのは火を見るよりも明らかです。首相は労働者が働きやすくするものだと言うが。
長時間労働を助長するとの危惧を抱かざるを得ないことにはかわりないです。
労使の合意で決めるというが、雇用主がこれで働けと言われればそう簡単に、いやそうではなく別のほうがいいと言い難いものです。もし、断れば人事異動で左遷させられてしまうと思うのは自然でそれにより、雇用主の条件に合意してしまうことが多くなるのではないか。
しかも、労働組合の組織率が落ちているいま、ますます働く側の有利に条件になっている。
また、派遣法などのようにこの、高プロの働かせ方改革法も、その対象となる条件や基準の条件がますます低くなっていくことは、容易に想像できるものです。
この、高プロは労働基準法を壊す恐れがあり、政府や経団連などはいづれ、労基法は高プロのある今の現状に合わないとして、労基法を改正いや働く側からして改悪をもくろんでくるだろう。

今回の前にも、安保制関連法の場合も10本の法の改正?改定を個別にすべきものを、一括して強引に強硬採決した。今回の高プロ法も8本の改正法案が束ねて強硬採決をしていく。

このような国会運営を見ていると、もはや日本には民主主義というものが健在して存在しているのだろうか。

また、国会自体も、アメリカのような二大政党ではなく、選挙結果で見ると国民の三割ほどが支持投票する自民党と、あとは自民党の金魚の糞のような公明党と、野党の乱立で票を奪い合っている。その上、野党の中にも自民党の亜種のような党もあれば、いまだに冷戦以前の夢を追っているような社民党の党のようなものもある。
そのようなことで、本来自民党と対立する政党になってほしい票をそれらの党が食ってしまっている。

この働かせ改革法も、野党が一致して自民党に挑んでいたらもっと、自民党も国会での審議に真面目に挑んでいただろうが、野党がバラバラなので今のようになってしまっている。

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自動運転自動車の哲学的な問い

自動運転自動車の事故について哲学的な問い。

走行している自動運転自動車が、信号なない横断歩道のある四つ辻で、急に少年の運転する自転車が横断してきた。
少年をはねる事故を回避するには、急ブレーキをかけても間に合わない。横断歩道側にハンドルを切ると歩いているお年寄りの歩行者をはねて死んでしまう。反対側にハンドルを切ると対向車と衝突して自分も死に対向車の人も死んでします。急ブレーキをかけると自分と後続車が死んでしまう。このような事故を想定した場合、どのような選択をするプログラムを組むべきか。

また、奈良には神鹿とされる鹿がいる。このしかが急にしかが車道に飛び出してきた場合をみる。
神鹿としての鹿を重視するのか、鹿を避けた場合前記のような事故を想定した場合。人の命と神鹿の命をどちらを大切にするのか。また、他の動物と神鹿と差をつけてよいのか。
また同じ鹿でも、奈良の春日神社周辺の鹿だけを神鹿として他の地域はたの動物と同じようにあつかうのか。

これらの問題は、自動運転自動車のプログラムに限らず、人が運転する自動車でこのような状況に遭遇することが考えられ、そのとき自動車の運転手はどのような判断をせまられるのか。そのとき死亡事故が起きたとき、司法はどのような判断を迫られるのか。

それが、自動運転自動車の人工知能のプログラムをどのように組めばよいのか。それを組むときになにを優先させるかの判断をさせるプログラムの責任はそのプログラマーに問われるのか。

この問題は真新しい問いではなく、昔からある問ですが、プログラムのアルゴリズムを作るうえで、その人工知能なりの自律性のおける責任を人工知能に問うのか、それをプログラムした人に問うのか。未永年のしたことに対しては、その保護者が責任を負わなければなりません。それと同じように人工知能のプログラムを作ったプログラマーにも問われるでしょうが。問題としての複雑さはそのプログラムを作ったのは、一人ではなく多くの人が介在していることでしょう。今後ますます、日常生活で人工知能を搭載されたものが出てくるでしょう。その製品が何らかの事故を起こした場合、その製造責任は機械自体にあるのか、それを動かすOSにあるのか、それを設計した人にあるのか、それをプログラミングした人にあるのか。また、自律型学習型人工知能であれば、それを使って学習させたユーザにあるのでしょうか。

このことを考えると夜も眠れなくなってしまいました。

to be not to be さらに to do not to do

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自律型ロボット

自動運転自動車のことを少し前にこのブログで書いた。

人工知能は現在ではあらゆることにつかわれている。そのなかでも産業用・工業用ロボットは、現在の工場など産業の現場で活躍している。熟練工の仕事を効率よく正確に素早くこなしてりる。配送センターなどでは自動制御ワゴンカーが走り回り正確に迅速に荷物の仕分けをしている。それらは、自律型のロボットではないが、自動運転自動車のことで書いたように、自律型学習型人工知能の技術開発は他の面でも開発が進んでいる。

そして、産業間だけでなく他の分野でも開発が進められているとっきます。その中でも、ロボットドクターやロボット兵器の開発が進められている。
また、ロボット会計士などは、データを入力すれば会計処理を速やかにするので、すでに会計ロボットは完成していると言ってもよいかもしれない。

しかし、直接人と対面するロボットとなれば、まだまだ解決するには課題がある。ロボット店員などはコミュニケーションを必要とするロボットであるが、売り手と買い手である生身の人間とのやりでは上手くいくだろうか。買い手が気持ちよく希望のものを買うことができるようなプログラムを組むことが目的だ。しかし、できるだけ高いものをできるだけ多く客が買うことを目的としたプログラムが組まれるとどうなるだろうか。ロボットと人間である客との、その優位性はロボットの方に軍配が上がってしまう恐れがある。つまり買わなくてもよいものまで買わされてしまうことも考えられる。
このことは、オンラインショップなどの客がみて商品の購入を決める場合でも、広告などは売り手は書いての購買動向を今までの履歴から、好みの商品を表示して買わせようとする技術はかなり進んでいるという。それにより画面に表示されるのをみて、気がついたら不要なものをクリックして買ってしまったと言う経験をした人もいるでしょう。それが、自律型学習型の店員ロボットだと、オンラインショップより能動的でより巧妙に商品を買うようにプログラムをすることもできるわけです。
ロボットドクターやロボット兵器が任務を遂行する上で、それが倫理的に正当なのかを判断し決める、ロボットのルーティンがどのように組み立てられるのか。兵器ロボットや医療ロボットだけでなく、巷で使われる店員ロボットにもやはり、倫理サブルーティンあ組み込まれることはひつようでしょう。

ロボット開発では、人手不足のためいまは技術的に無理だと思われている、理髪理容師や建築業の大工や左官工なども、ニーズに応えていずれロボットが人間にとって変わってしまうかも知れないと心配している人もいる。

他にも、こんなロボットが出てきたらどうだろう、ロボット教師、ロボット検事、ロボット裁判官、ロボット弁護士。
ロボット裁判官などは、法に従ってそれだけで判決を下してよいものだろうか、これらのことについて考えると、また、夜も眠られなくなってきそうだ
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権力は人を堕落さsる

「権力は人を堕落させる」と、19世紀の政治家ジョン・アクトンは言った。古今東西の権力者は、あの彼とは私は違うと言うが、権力を長期に手に入れるとしだいに、権力は我がものと思いほしいままなことをする。わたしはその彼らとは違うと言うが、権力者というものはおうおうにして、違うといった彼と同じことをしてしまう。ナポレオンなどはそのよい例ではないか。
私は権力をしだいに乱用することはあり得ないといい、丁寧に説明しながら、法に従って粛々と進めるというが、法の解釈を都合のよいようにねじ曲げて、理解しにくい説明をしていく。そしてしだいに民衆はあまり疑問に思わなくなってしまう。為政者が自分の思い描くものは正しいと信じてか、決断して進めていくのは、決められる政治で良いことだと押し進めていくのは、アクトンの言う堕落の始りではないかそうなるとしだいに衰微の始りです。

教育基本法の改正をし憲法の改正のための国民投票法を成立させ、特定秘密法、安保法制、共謀罪法などを次々に、強行採決を繰り返す。国会での審議を誠実につくすといいながら、答弁はあいまいにしてのがれているのでは、政治が真っ当に機能していると言えるだろうか。まだ、反対する者は何を言っているのか、これしかないからこれで行くのだと押し通す方がましだ。

AI法であるカジノ法や国会議員の定数削減のはずが、1票の格差をなくすとして議席を増やす選挙法、国民投票法では、改憲に対する意見広告の規制をすべきとの意見が合るのそれには触れず場外投票所をもうけ投票しやすいようにするとしている。国政運営は好き勝手にしているとしか言いようがないではないか。

いままで政治家の力よりも官僚の影響のが大きく政治を左右されてしまうとして、官僚の人事に内閣の影響力を強くした。それにより私は日本の政治もようやく政治家主導の方向に進むと思い歓迎した。しかし、安部内閣は官僚の人事を握り、自分たちに辛いことを言う官僚を排除していった。それにより、首相に諂い侍るようななことしか言わなくなり、顔色を見て仕事をするようになってきている。これは民衆のことを思わず国の事ばかりを思う独裁者が政を行なっているのに等しいのではないか。

幾つもの内閣での私的諮問会議などをつくり、広く意見を聞くようなそぶりを見せるが、所詮内閣が人選した諮問委員なので、概ね結論ありきの審議になり、出てくる答申は同調するような意見しか出てこない。見せかけだけの茶番のようにしか私には見えない。このことは前からありさほど問題でhあにが、パブリックコメントを取り入れるといい、私的諮問会議などをたくさん作り、さも民意を聞き入れているふりをするのは、今までにないことで、そのようなことが以前よりますます多くなりつよく感じるようになってきた。

今や民主主義は世界中で本当に良い制度だろうかと疑問に思われている。そのためナショナリズムやポピュリズムな考えを持つものの登場してきている。
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息子を裏口入学させた受託収賄罪

文科省の現役幹部が私大に支援事業に便宜を図る見返りに裏口入学で、受託収賄の容疑で逮捕された。

文科省の今回のことに限らず、民間企業は事業の工事を請けるために、さまざまの備品の受注を請けるために、官僚や地方自治体の役人にすり寄ってくるのは今に始まったことではない。しかし、今回の自分の息子を裏口入学させるなどはお粗末すぎて、大金を受け取るのではなく、自分の息子を裏口入学させてらうなど、今の世の中でこんなことが起きるのかと驚いた。

大学に限らず大きな公共事業の時などは時々出てくる話だが、役人や官僚は企業からの巧みな働きかけには気を付けないといけないでしょう。しかし今度はどちらから働きかけたのだろうかそのあたりを、明らかになることを期待しています。

明らかのな受託収賄ではなくても、官僚が忖度して便宜を図ったり、することも気をつけてその罠にはまらないように、官僚は襟を正して今後仕事をしてほしいものです。
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インプラントと人工知能

先日から自立型学習型人工知能について書いたが、その技術の進歩?進化?は日進月歩だがそれと同様に。医療技術も遺伝子工学や分子生物学や分子医療学の面でも、特にミクロ、ナノの技術で飛躍的に進んでいっている。まさに日進月歩です。

歯科の治療の一つに歯を人造の歯であるインプラント歯にする治療がある、インプラント技術は歯のインプラント技術だけでなく他の医療にもつかわれている。歯のようにそのものが他律的・自律的に動き働かないものだけでなく、内蔵のような臓器にそのものが他律的・自律的働くインプラントもすでにあり、その技術がつかわれいる。
その代表的な例が血液を身体に循環させる人工心臓でその大きさは握り拳大になり、身体に埋め込まれている。いまでは、その人の活動により人工心臓の動きを調節するもまである。
他にもいま身体に埋め込む大きさにまでいかないが、多くの機械臓器の開発が取り組まれている。
人工呼吸器は以前は持ち運べない大きさだったが、いまでは鞄ほどの大きさとポンべを持ち運ぶ大きさになっている。
腎臓が悪い人は透析を病院に行って、血液中の尿線分などを濾過しているが、これも技術が進めば身体に埋め込み、頻繁に病院に行かなくても済むこともなるだろう。

また、高齢化社会や人口減少のこれから高齢者の介護や人で不足の解消のため、重いものでも軽々もてるように、介護スーツや荷物を持つ強化スーツの開発も進められている。それらの技術がいずれ、介護スーツなどを介護するときに着替えるのは面倒だとして、生体インプラントとして身体の中に埋め込まれるようになるかもしれない。この介護スーツは倉庫や工事現場で重い物を運ぶ作業もできないか検討されているようです。

また、足をなくした人のアスリートは競争用の義足をつて、健常者より早い記録を出すようになると、健常者が自分の足を切断して競争用の義足をつけることをする人も現れてくるかもしれない。

医療インプラント、障碍者の支援インプラント、障碍者への介護インプラント、などの開発がすすめられてくるだろうか。
障碍者への支援インプラントは、筋肉の電気信号によって義手を動かすことも実用化されつつあると聞きます。
この筋電を利用した技術はと脳科学は進んでいき、脳の解明も進み、物事をするときにどこで脳が働いているのかわかってきて、どのような信号が送られているかもわかってきているという。
そうなると、今後脳と人工知能とを通信する技術が確立して、人工知能が脳の補助をするようになるかもしれない、いやそうなると、ヘッドギア型の自律型学習型人工知能が脳と通信して、脳を補助するだけでなく乗っ取ってしまうようになるかもしれない。

・・・・・このようなことを考えていると荒唐無稽なSF的になってしってきた。この話題はこのくらいにしておこう。
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鹿と人

奈良を訪れた時、早朝に散歩した時に見た光景がある。奈良公園からほどなく離れたところに、やすらぎの道というのがある。ちょうど近鉄奈良駅の高天と言うところを南北に通っている道だです。そばに奈良女子大があるがところです。早朝で車がちょうど走っていないときだったが、鹿が十頭ぐらい群れをなし、その街路樹の植え込みのところに茂っている草を鹿が食べていた。ちょうどそこに車が走ってきたが、車は鹿が立ち去るまで静かに止まって鹿が立ち去るのを待って走り去っていた。
さて当の鹿の方も、何事もなかったように道を横断して移動していった。鹿は誰にも教わることなくこれは、食べられる草、食べられない草を見分けているのです。

私は都会育ちで道端の雑草で食べれるものとわかるのはヨモギとツクシぐらいです。しかし、農村地に行くとその土地の人は野山に入り、さまざまな食べられる野草を採ってきて料理し、また怪我をしたり熱がでるとその症状に合わせて薬草を採って、揉み練ったりして傷口につけたり、煎じたりしてして服薬してつかう。それは、鹿のように誰からも教わらずに判るのではなく、先人から教え受け継いできたものです。
これは、農村の人だけにかぎらず、南洋の島やアマゾンの奥地などの未開の地で、最近まで狩猟採取のような生活を送っていた先住民の人たちも、食べられるもの薬草として使えるもの、毒になるものと見分けてることができる。

となると鹿は生きるすべとしての知恵をもっていて、農村で生活している人は生きる知恵としてのすべを受け継いでいて、都会の人間は生きるすべてしての知恵を忘れてしまい、生きるすべを失ってしまっているのか。
私たちはATMで現金を引出、お金を使って便利なものを手に入れ、スマホで必要な情報を得ることができる。しかしその便利さと引き換えに、生命体として一番根幹となる生きるために糧を見極める本能的な能力を劣化させてしまっているのだろうか。そう考えるとこの地球の頂点に君臨している人間は鹿より劣ることになるのか。

いまさらスマホを捨てろとはいわないが、かといって私たち人間はこの銀河系に浮かぶ宇宙船地球号に一員であり、そこには人間以外の動植物や生命生命体種族が生存している。そのことを考えると、一つの生命としての本来ある能力を埋もれさせてよいものだろうかと思う。
農村の村人や、昔の風習を受け継いでいる先住民の持っている自然に対する感覚によって呼び起される感情や衝動を感性を、研ぎ澄ませていくことは大切ではないだろうか。
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ツバメ

わたしの家の近くのガレージで春になるとそのガレージのシャッターが一日中開けている。ふとそこを通ると、ツバメが時々出入りしているのに出会う。ツバメが巣を作っているのだ。
そして、しばらくするとツバメが絶え間なく出入りするのにであう。そうか、托卵を終えて雛が孵ったというのがわかる。ガレージの持ち主がシャーたーを閉めないその心優しさを感じます。
そして、しばらくすると近くでツバメが数羽飛び交うのに出会うようになる。ツバメが巣立って親鳥が子供に餌の獲り方などを教えているのだろう。

しかし、今日そのガレージを見ると、シャッターが完全に降りている。これは、子ツバメは完全に成長して、もうこの巣には来年の春まで帰ってこないのだろう。

秋になれば、南の国に帰り春になるとまたやって来て、親ツバメは同じ巣に戻ってきて、卵を産み子育てをし、子ツバメは大人に成長して新たな巣をつくるのだろう。
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QEWERTYのキーボドは進化するのか

使いにくQEWERTYのキーボドは進化するのか

いま、パソコンで日本語キー入力をするには、ローマ字入力が一般的だが、キーボードにはひらがなの刻印もされているので、50音入力も出来るようになっている。以前はひらがながアイウエオ順に刻印されていたものもある。それとローマ字入力でひらがなから漢字変換をするするのではなく、直接文字コードを入力するのもあったようですが。こちらは文字コードさえ覚えていれば変換作業の手間がなく誤変換もないので、プロ仕様だが文字コードを覚えるのが値変なので世にするら出なかったようです。

いまのキーボード以外に、未だに根強い人気があるのが、富士通が開発した親指シフトキーボードです。キー入力を効率化したキー配列のワープロキーボードです。そのそのキーボードはパソコン用もあったが、いまは普及していないどころか、店頭で見ることすらなくなっている。なにを隠そう私は以前その親指シフトの愛好者だった。そのキー入力の使い良さや早さは、いま使っているローマ字入力キーボードよりも使い勝手がよかった。しかし、私はなぜかいまはそれを使っていない。
また、今のキーボードはタイプライタをそのままパソコンのキーボードにしたものです。そのため、文字キーの位置が微妙にずれています。これは機械仕掛けで文字キーを押して文字を紙に印字する方法なので、その機械の構造上そのようなキー配列になっている。しかしパソコンのキーボードならそのような制約を受けないので、もっと入力をしやすいキー配列にしてもよさそうだがが、いまだにタイプライターと同じキー配列です。
また、アルファベットの文字配列もQWERTYになっている。アルファベットの使用頻度の多い文字を中央の方に集めものも考えられているが、それも普及していない。
もともと今のタイプライターの配列は、あまり早く打つと文字同士が重なり合ってしまうので、わざとキーニュー力のスピードを落とすように作られたと聞いたことがある。たしかに、タイプライタででたらめに早くキーを叩くと、先に打った文字が戻る前に次に打った文字がきて重なりあってしまう。

しかし、パソコンなどの電子キーボードではそのような心配がないので、文字が効率的に打てるキー配列にしてもよさそうだが、今まで使っていたキー配列に慣れ親しんでいるのか、タイプライタ時代のキー配列を捨てきれないで使っている。このことは、いくら新しい技術や便利な技術でもそれが、その社会集団が受け入れないとその技術を取り入れるこてゃないといえる。つまり、いくら技術が革新的でも社会がそれを受け入れるかは別の問題といえることだろう。


私たち日本人は明治維新の脱亜入欧運動のなか、漢字やかなは複雑で難しいので、漢字をすて仮名だけにすべきとか、漢字やかなを捨ててローマ字を使う方がよいとの運動があった。敗戦直後の戦後も一時期そのような動きがあったが、私たちは漢字を捨てることはしなかった。それは、漢字の表意性の便利さをとったからだろう。
しかし、朝鮮では、15世紀の李朝時代に、10の母音字と14の子音字の組み合わせによって音節を表すハングルが開発され、当初は諺文(オンモン)などとよばれ、漢字に対して劣るものとされていたが、いまでは韓国・朝鮮の正式な文字と公用されている。
ベトナムなど東南アジアでは、ヨーロッパの植民地時代の文字政策のためか、アルファベットに似た文字が使われ漢字は使われていない。

敗戦後の漢字はやはり複雑で難しいということで、日本では画数の多い文字を他の字に置き換えたり簡略化した藝を芸とし畫を画の文字を使っている。中国でも戦後日本が、漢字の簡略化を進めたのと同じように、中華人民共和国政府が、文字改革をして簡略化した簡体字を使っている。
それまで中国も日本も朝鮮・韓国も漢字は簡略化する前の繁体字だが、朝鮮・韓国は漢字の使用をやめてしまい、日本は字数の多い文字を他の字に置き換えたり簡略化し、中国は略字や崩しも字を常用の漢字にしてしまっている。両国で使われる漢字は同じも字でも形が変わってしまっているものもある。しかし、国民党が逃れた台湾では今でも繁体文字をつかっている。

このように文字でも、複雑な感じを捨ててしまった民族もあれば、文字を簡略化したり、それをせずにそのまま使っているところもある。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
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・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 安倍首相の愛国心とは
    本当に教員? (09/10)
    興味ある内容なので拝読したが「教育勅語」を親孝行等の道徳ではなく戦争に洗脳させるためだとか思い違いも甚だしい。
    貴方が現役の教員であれば授業中が退屈で眠気が襲っ
  • トランプは白人至上主義者か
    アジシオ次郎 (08/07)
    おはようございます。

    アメリカにおいてまた立て続けに銃乱射事件が起こったけど、テキサス州・エルパソでのケースは容疑者がヒスパニック系に対する憎悪感丸出しの書き
  • 商業捕鯨に思う
    竹林泉水 (07/11)
    調査捕鯨のための捕鯨業者への補助金は、毎年数十億だときくが、商業捕鯨になればそれはカットされるのだろうか。商業捕鯨で補助金を政府がだしていたら、反捕鯨団体はどう
  • 商業捕鯨に思う
    アジシオ次郎 (07/08)
    おはようございます。

    IWC(国際捕鯨委員会)を脱退して今月から商業捕鯨を再開した日本、組織として機能していないIWCへの反発から脱退して商業捕鯨再開に至った
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    竹林泉水 (07/05)
    菅官官房長官は徴用工問題に対する報復ではないとの趣旨の発言をしている。
    しかし、誰が見ても徴用工に対するもににしかみえない。
    それを白々しくそうではないといい、よ
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    アジシオ次郎 (07/05)
    おはようございます。

    韓国への半導体輸出規制という措置に踏み切った日本、でも韓国が徴用工問題を蒸し返すという日韓請求権協定に反する行為をしたことで、その見返り
  • 日本の報道の自由
    竹林泉水 (06/17)
    コメントありがとうございます
    まったくそう思います。
    民放は広告収入元のスポンサーからの収入があるので、その顔色を見るからしょうがないにしても、政権の顔色を見る必
  • 日本の報道の自由
    風と雲 (06/10)
    政権に不都合なことは隠す、曖昧にする、知らしめない。これは政権が世論を最も恐れっるからだ。現政権は硬軟取り混ぜた巧みなメディア操作と中身の無いパフォーマンスが功
  • 日本の報道の自由
    アジシオ次郎 (06/10)
    おはようございます。

    こういう指摘についてすぐに「内政干渉だ!」って反論も出てくるけど、日本の報道の自由度というか報道が健全かという点において先進国において❝
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