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竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

席を譲るとことわられて

お年寄りなどに座席を譲ると、断る方がおられるが、そのようなお年寄りには、強がりで断るのではなく、座る方がつらかったり、一度座ると座席を立つときつらい人もいる。そのために、座席を譲られても断るのです。
SNSに次のような書き込みがあった。「立ち上がるのが難しいんじゃ」この書き込みに対して、2日間で2万2000以上のツイートがあり、様々な反響をおこしている。
席を譲られて断る人には、個人々々それぞれ、様々な理由がようです。
NHKニュースによると、次のような書き込みがあったと報じられていた「私も杖をついている障碍者だから譲ってもらえるとうれしいけど、一駅だったら座って立つとかするより入り口近くに居ときたいというときがあります」これは、日本に限らず外国でも同じという書き込みがあったそうです。
また高齢になり加齢による筋力低下で、立ち上がったり、車内を移動するのがつらい一もいるようです。また、膝関節痛や腰痛などで立ったり座ったりすることが辛い人もいる。

私が肢体に障碍があり動作に不自由がある人などの、動作指導に関わったことがるが、確かに席まで移動して座るまた、立ち上がりドアまで移動するのは大変な労力で、座った方が楽だが一駅ぐらいならその立ったり座ったりすることを考えると立っている方が楽な場合もありそうです。しかし、ここで一番注意しないといけないことは、揺れなどでの転倒防止が優先されるべきでしょうが、座席を譲っても断られても無理強いしないことがよいでしょう。また、それぞれに事情があることも理解しておくことも必要だろう。
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カフカの『審判』

カフカの作品の『審判』第一章 監視人が主人公Kに対して次のようにいうところがる。「前略・・・・ おれたちはただの監視人なんだ。その監視人と身分証明書だの逮捕令状だの、そんなことを論議して、それであんたの呪われた大きな訴訟事件に、すばやくかたをつけようとでもいうのかね? おれたちは身分の低い雇われ者なんで、身分証明書などは見たところでわけがわからないし、あんたの事件とのかかわりあいといったら、毎日十時間あてあんたのところで見張りをして、その分の給料をもらうというだけのことなんだ。それがおれたちのぜんぶというもんさ。
ただしかしそのおれたちにも、おれたちの勤めている高級の役所では、こんな逮捕を行なうまえに、逮捕の理由や被逮捕者の人物などについて、きわめて正確に調査をしてあることぐらいはわかっているんだ。その調査には間違いなんかこれっぽちもありやしない。おれの知っているかぎりじゃあ、そしておれの知ってのはいちばん下っぱの階級のものなんだが、おれたちのお役所は、民衆のなかに罪をさがしまわるなんていうまねはしていないんで、法律にもあるとおり、ただ罪によってひきつけられるというだけなんだ。そしてそのためにおれたち監視人を送ってよこさなければならなくなる。これが法律というものさ、どこにいったいまちがいがあるというんだね?」岩波文庫 辻理訳

また、審判にでてくる話で、カフカの『審判』にもでてくるが、カフカ短編で『掟の門』というのがある。次のような筋です。
掟の門前に門番が立っていた。そこへ田舎から一人の男がやってきて、入れてくれと言った。今はだめだ、と門番はいった。男は思案した。今はだめとしても、あとでならいいのか、とたずねた。「たぶんな、とにかく今はだめだ。」と門番は答えた。掟の門は何時も開いたままだが、男は門を入ることができない。そして永い年月がたつが、男以外に誰として門の中に入れてくれといってこない。男の命の火が消えかけていた。そして、門番は男の意識を呼びもどすかのように言った。「他の誰ひとり、ここには入れない。この門は、おまえひとりのためのものだった。さもうおれは行く。ここを閉めるぞ」として話は終わる。

秘密保護法、共謀罪、トランプ、モリカケ問題など、疑問を持つったり違和感を感じることを認めない雰囲気や否定されたりしてする空気が流れる。そのような世の中では、自由に考える余裕がなくなっていく。『審判』では突如ある日罪状も告げられず逮捕されるそのよう世界が知らず知らずに忍び寄ってきているのではないだろうか。いま、インターネットで誰もが発信できるが、皆が自由に意見を言い合い議論が高まり熟して行き、成熟していくと始めは思われたが現実はそれとは反対の方向に進んでいるようです。
いま、世の中に奇妙な空気が支配してきている、それを多くの人は気にもせず見過ごしていっている。そしてマスコミも視聴率や販売部数を伸ばすために、あまり深く取り上げないでいる。それは政府の願う民衆の思考停止を進める、愚民政策に加担していくことになるのではないか。それは、民主主義が少しづつ薄く削り取られていっているのではないだろうか。いつでもどこでも政府というものは、陰湿で嘘をつきそれを巧妙に人目につかないようにさりげなく行なう。いまの政権の責任者はよく、法に従ってというが、そのようなことを言う人自身が法を捻じ曲げて解釈してしまう。その何処が信用できるだろうか。
そう、麻生副総理の迷言「しらないうちにワイマール憲法がナチ法にかわっていった、ナチの手口をを真似てはどうか、」。まさにこれは、今まで歴代内閣の継承してきたことを、憲法を捻じ曲げて解釈し、閣議決定だけっで変えてしまうことをすでにしているように思う。
このカフカの『審判』は今まさに読んで価値のある本だろう。
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稀有な日本国憲法をより稀有に

フランスには環境憲章が2004年に制定されている。
そこには、次のように書かれている。
「フランス人民は、以下のこと、すなわち、
自然の資源と均衡が人類の出現の条件であったこと
人類の将来および存在そのものが、その自然環境と切り離しえないものであること環境は人間の共有財産であること
人は、生命の諸条件およびその固有の進化に対して益々大きな影響を及ぼしていること
生物の多様性、人格の開花および自然資源の過度の利用により影響を受けること
環境の保全は、国の他の重要な利益に関してと同様に、追求されねばならないこと永続的発展を保障するために、現在の必要に応ずるための選択は、将来の世代および他の国民が彼らの必要を満たす能力を損ねてはならないこと
を考慮して、次のように宣言する。」
とあり、全部で10条のことが書かれえ入る。
そしてその第10条は次のようにある。
第10条本章は、「フランス国家のヨーロッパおよび国際社会における行動の精神的基礎をなす。」
と書かれている。

フランスは1789年にフランス人権宣言の出した、人権についても歴史ある国ですが、現在のフランスの憲法には人権条項がないのです。
この環境憲章があるようにフランスの憲法にも、日本の憲法の第三章のように人権条項があるともっと、立憲主義の憲法として完成度が上がるでしょう。

日本の憲法は世界的に見ても稀有な、まだまだ立憲主義としては不備にところもあるが、憲法で世界に誇れるものと私は思っています。そのように見ると現行の憲法は人間中心の憲法といえる。この地球上に生息する植物や動物や昆虫などの生き物や自然に対してのことは、考えられておらず書かれていないので、そこで、フランスの環境憲章のようなものを憲法に書き加えるとどうだろうかと思うがどうだろうか。

自民党の2012年に公表した、憲法改正草案には、25条の生存権についての2項として次のように加えているが、次のように書かれ「国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。」一見よいように見えるが、他の条文の関係から見ると、自然環境の優先よりも開発を国の主導で行ないやすいように、国民は国に協力しなければならないとなりかねないとです。

この宇宙船地球号の後の子孫に残していくためにも是非とも、この人間以外の生き物や自然環境保護のための条項を組み入れたくなてきました。
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本棚の塵劫記

私の書架に、江戸時代の数学書である『塵劫記』の影印とそれを現代語に訳した、研成社が出した、「『塵劫記』初版本 (吉田光由著/寛永四年版)がある。その一番はじめには、数の読みかたについて書いてある。そこには、一から始まり無量大数まで書かれている。

それを紹介してみる。

大かすの名の事
一     十     百     千
----------------------------------------------
万     億     兆     京
千十をいふ 万十をいふ 億十をいふ 兆十をいふ
----------------------------------------------
垓     杼     穣     溝
京十をいふ 垓十をいふ 杼十をいふ 穣十をいふ
----------------------------------------------
澗     正 十正  載     極
溝十をいふ 澗十をいふ 正十をいふ 載十をいふ
----------------------------------------------
恒河沙といふは 万万極をいふなり
阿僧祇といふは 万万恒河沙をいふ也
那由多といふは 万万阿僧祇をいふ也
不可思議と云は 万万那由多をいふ也
無量大数と云は 万万不可思議を云也

となっている。これを見ると、いま私たちの数の数え方が少し違うことが分かる。
万までは位が一つづつ上がっていくのは同じが、この塵劫記を見ると、億も兆も極まで位が一桁づつ上がていき、恒河沙からは、万が万集まって位が上がり呼び方が変わっている。

本屋さんにいきたまたま見た、岩波文庫の『塵劫記』寛永二十年版では、数の名の付け方が変わっている。
そこでは、次のようになっている。

大数の名
一  十  百  千  万   億   兆   京
             十万  十億  十兆  十京
             百万  百億  百兆  百京
             千万  千億  千兆  千京
-----------------------------------------------------------------
垓   杼   穣   溝   澗   正   載   極
 十垓  十杼  十穣  十溝  十澗  十正  十載  十極
 百垓  百杼  百穣  百溝  百澗  百正  百載  百極
 千垓  千杼  千穣  千溝  千澗  千正  千載  千極
-----------------------------------------------------------------
恒河沙   阿僧祇     那由多     不可思議
万万極を云 万万恒河沙を云 万万阿僧祇を云 万万那由多を云
 十恒河沙  十阿僧祇    十那由多    十不可思議
 百恒河沙  百阿僧祇    百那由多    百不可思議
 千恒河沙  千阿僧祇    千那由多    千不可思議
-----------------------------------------------------------------
無量大数
 むりょう大すう
 万万ふかしぎを云

となっている。こちらはいま私たちが使っている、数の位の付け方と同じです。
以前から、江戸時代の数の名の付け方が、今の付け方と違うことは私の書架のある本で知っていたが、今のようになったのの明治になってからだと思っていたが、岩波文庫の『塵劫記』を見ると、初版の本がでてから、16年経つといまの数え方と変わらなくなっていることになる。

日常生活では、一十百千ぐらいの数字までしか使わないだろうが、商いをしていたりすると、万以上の数字も日常つかうであろうし、加賀藩は加賀百万石などと言われるているが、塵劫記初版本で云うなら、加賀一兆石となるのではないだろうか。
また、江戸後期になると、塵劫記がベストセラーになるほど数学に対する庶民の熱が高まっていたことを考えると、庶民の中の数学熱の高い人には、難しい問題を解いたりしていたという。また、江戸時代に正確な日本地図を作製した伊能忠敬は、なぜ全国を行脚する日本地図を作る熱に取りつかれたかというと、地球の正確な大きさを天文学で計算して割り出そうとしたからだと言う説もある。そのようなことを考えると、やはり塵劫記初版本の位取りでは不便です、規則的に万単位繰り返す方が計算しやすい。いま私たちが使っている西洋数学では、キロ、ギガ、テラと1000単位で位があがっている。
そのようにかんがえると、実際の計算では初版本が出版されたときも、寛永二十年版のような使い方がされていたのではないだろうか。

では何故、吉田光由は極という、1,000,000,000,000,000.と千兆までの数を紹介しているのだろうか。
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視覚障碍者に席を譲るときこころがけること

私は以前、白杖を持った方がホームで電車を待っていたのですが、そこでお手伝いしましょうかと声をかけ、私の肘を持ってもらい、来た電車に一緒に乗ったことがあります。車内の乗ると一人の方が気がつき白杖の方に座席を譲ったのですが、するともう一人別の方が席を立ち私に座るように促したことがりました。わたしは、ただ白杖を持った方が安全に電車に乗れるようにと声をかけただけなのですが。

また、このような光景もみました、これも白杖を持った方がホームで電車を待っていたのですが、電車が来てドアが開くと急に一人の女性が近寄ってきて右片腕をつかみかけると、左側から別の一がやって来て、左片腕をつかみ電車の中に消えて行きました。それをみて私はびっくりしてしまいました。ここでの問題点は、
声をかけて助け必要か必要ないかを確認してから行う。
急に両腕をつかまれるとつかまれた方もびっくりしてしまう。
白杖をもって一人でいることは、ここまで一人で歩いてきたので手助けなくても電車の乗降ができる。

そこで白杖を持った方に対して気をつけることは、
一番危ない点として、乗車際のホームと電車の隙間がどれぐらいあるかを知らせる。
席が空いていればその席へ案内する、座った席とドアの位置を伝えるか、吊革があればその吊革まで案内し、立っているところとドアの位置を伝える。

ドアとホームの隙間は、手引きする人が電車に乗るとき、その肘を持ってもらうことにより、白杖を持って一人で外出されている方なら、外出の訓練を受けているので、感覚でどれぐらいの隙間があるか判るものです。
また、白杖を持ったかたは、だいたい電車に乗るとき同じ車両に乗り同じ席に座ったり位置に立ちます。そうすると降車のときに迷わずドアまで行けるからです。

いろいろと、心配りも必要ですね。
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人類の進歩と調和

人類はいや人間は、森を切り拓き、湿地を干拓し、川をせき止め平原を灌漑していき、周囲に生息するすべての生物とその環境にとらわれそれに依存していく必要がますますなくなってきている。道路や鉄道を敷設していき、産業基盤・生活基盤を強固なものにしていっている。そして、超高層ビルを建ていくことにより、ほんらいそこに生息しているはずの、動植物の生態系を破壊して、まったく違ったものにつくりかえてしまっている。
私が小学校のころまで済んでいたところは、その当時にはすでに住宅地化していたが、近くには原っぱがあり10分少し歩けば山があり生前が豊かだったが、いまは山の中腹あたりまで縦に延びる長屋である高層の集合住宅が建っている。
以前に住んでところは、私がそこに住む数年前は山林でタヌキやキツネやイノシシが走り回っていたところだった。そしてそこに引っ越したころは、夜になるとキツネの鳴き声がしていたが、いまはめったに聞くことはなくなってしまっている。いま住んでいるところも、昔の地図をみると何本も水路があり、畑や田に灌漑していたようだが、いまなくなっているか暗渠になてしまっている。
そのように、五六十年で様変わりしてきている。また、私たちの出す生活ゴミもそのほとんどが、自然分解するものだったがいまや、プラスチックゴミが毎日大量に排出されている。

これも、私たち人間が増えすぎたために起きている現象です。しかも人によっては、このように人もいる、人類をすべて上皿天秤の片方に乗せ、大型野生動物をもう片方の上皿に乗せると、人間の方の皿が下がるといいます。

人間が飼育している家畜やペットの犬などの数と、野生動物の数を比較しても、前者の家畜やペットの数の方が遙かに多いという。そのようなことを考えるともうすでに、人間はこの宇宙船地球号の取り返しのつかない生態系に影響を及ぼしてしまっていることになる。

私が学生のころ、世界の科学者や経済学者や教育学社や経営者が集まって結成したローマクラブが、地球の資源の人口問題や枯渇や環境汚染などの警鐘をならした。そのなかで、資源についてはいままでに見つかっていなかった資源があらたにみつかり、資源の枯渇はとうぶん先き延べされているようです。
しかし、人口問題や環境問題はいまや先に書いたようなことを考えると喫緊のことといえます。これらの、問題は人間のあくなき欲の追及により、現代の豊かな文明と文化が築かれているのだが、本当にそれでよいのだろうか、失われてしまったものも多いのではないだろうか。


先日大阪府知事が万博を誘致するためにプレゼンをしに言ったようだが。どのようなことを目的に万博をひらくのだろうか。1970年大阪万博ではそのシンボルとして太陽の塔が岡本太郎によって建てられた。岡本太郎が太陽の塔を造るときに、万博のテーマ「進歩と調和」だったが、岡本太郎は、お祭り広場の屋根をつらぬく現代文明に疑問をなげかけ、「縄文の怪物」を表現している。
いま、欲の追及に貪欲に邁進している、人類の文明の進歩に疑問を投げかけられている。2025年の大阪万博なにをテーマにするのか、大阪府市はカジノを含み統合型リゾートを誘致しようとしているが、カジノは賭博博打を含む施設で、欲を象徴したものである。そのようなところに本当に、万博を誘致してよいものかと疑問に思うがどうだろうか。


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薬の副作用

高齢化社会で認知症の方がふえたり、アルツハイマー病の方おられまた、若年性認知症の問題がります。それらの方の社会での活躍について思うことです。

私は肢体不自由の人が通う養護学校に勤務していたが、通ってくるの生徒さんのなかには、痙攣・意識障害などの発作を繰り起こす方もおられ、そのような人のほとんどは薬を服用し、発作が起きるのを押させている人が多くいました。
しかし、その人たちは薬を飲まなかったり活発に活動するのですが、薬を飲むと覚醒が落ちて身体も弛緩してしまい。生徒によっては薬が強く、寝てしまう人も多いです。しかし、薬を飲まないと命に係わるもので、飲まざるを得ない人も多いです。

養護学校の生徒たちだけでなく、このことは、精神疾患の人にも言えることで、日常の生活で感情の起伏が激しく起こりぽっくて、感情を制御しにくい人もいます。しかし、薬をのむとうつろになり暴れたりすることがなくなります。また、認知症やアルツハイマーを煩っている人で、感情の起伏が高い人などが、同じように薬を飲むと落ち着くといいます。しかし落ち着くとは言葉の聞こえがいいが、うつろになるすなわち、その人の人格としての中身がなくからっぽのようになり、その人を見ていると気をぬかれぼんやりしてい姿を見ます。

このように考えると、その人の生き生きとした生活が薬により奪われているいえます。
話をもどし、私の勤務していた養護学校の生徒たちで、薬をのまない時は、活発に学校生活を過ごし活動しています。そして、美術や音楽の時間などでとてもよい創作活動をします。特に音楽は目を輝かせています。ところが今日は薬を飲んで来たという日には、寝ているときが多いです。そのようなときは発作を起こす心配は低いので、生徒への気配りは安心だが、飲んでいないときにはいつ発作が起きるか判らないので常に気を配っておかないといけないです。

ここからが私の一番いいたいことです。
認知症はアルツハイマーに処方される、精神薬には覚醒を押さえるものが多いです。そして、感情の起伏が激しく他人とのトラブルがでたり、暴れたりものを壊したりすることがなくなります。それは薬の効果といえるもので、薬が効いている証拠で薬を飲むことは有効に見えます。
しかし、それにより薬を飲んだ人の活動は落ちてしまうのです。創造力が落ちたり運動量が減ったりすることがしあれている。そのため、薬を飲む処方にしかたが重要になってくる。
ビジネスマンなら、月~金曜日は薬を飲み、土日は薬を飲まない、それにより月から金は外勤の営業活動ができるでしょう。土日は、自分の好きなスポーツや音楽や創作活動ができる。この人の本当のその人はどちらがその人なのでしょうか。
薬の処方は様々なことを考慮してなされなければならず、飲んでいる人も常に医師と相談しながら病院に通うことが大切と思います。
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学校保護宣言

2015年にジュネーブでの多国間協議で、「学校保護宣言」が策定されているそうです。
この学校保護宣言は、いま紛争が起きている地域では、軍や反政府派の過激派が学校が砲撃や空爆をして、多くの生徒や学生また、教師らが殺されたり負傷したり、また、拉致さら拘禁され兵士として使われている。
そのようなことから、政府軍や反政府勢力からの軍事攻撃や、学校の利用から守ろうとするもことから生まれた運動です。
この策定にはすでに74ヵ国が調印していると聞きます。
当然、平和憲法である日本も調印しているのかと思ったら、日本は有事の際には自衛隊が学校を利用することを想定しているのか、調印していないといいます。

アジア太平洋戦争のとき、学徒学徒動員で多くの学生が戦地に赴き、また、小学生や中学生なども学校が軍事工場と化してしまい。沖縄は沖縄師範学校女子部や沖縄県立第一高等女学校の教師・生徒などが、ひめゆり部隊として動員されて多くの犠牲者をだしている。
また、沖縄戦では軍が学校を軍の兵舎などのしたため、米軍の標的とされてしまっている。
本来学校は子供たちを守るところで、軍事利用などは許されないものです。

また、日本では軍用機からの落下物が学校の敷地内に落ちたり、軍用機が校舎に突っ込んだりする事故も起きている。校舎の方では日本の警察は米軍が来るまで、被害者を救出しようとする人を締め出したといいます。
また、2001年2月10日に起きたえひめ丸事件は、ハワイオアフ島沖で愛媛県立宇和島水産高等学校の練習船が、原子力潜水艦が急浮上してえひめ丸を撃沈させて乗務員の員5人と生徒4人が死亡者をだしている。そのようなことを考えると、自衛隊が有事の時学校を利用する考えがあることは許されないことではないか。
ぜひとも自衛隊は学校の軍事利用については再考を求めたいものです。6月23日は沖縄慰霊の日です。

この「学校保護宣言」について考えていきたいです。
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スモークフリーオリンピックへ

奈良の大宮あたりの三条通りを通っていると、オヤット!目を引いた看板を見た。[禁煙パチンコ]と書かれた広告看板です。
パチンコ店でまず思うことは、たばこの煙がもんもんとしていることを想像します。しかしその店は禁煙にしているパチンコ店というわけです。

ところで、2020年の東京五輪パラリンピックが開催されるが、2008年の北京五輪からスモークフリー五輪が引き継がれている。>2020年の五輪誘致には、WHOやIOCが国際標準の受動喫煙防止条例を制定することが求められていました。それは五輪招致の絶対条件ではなかったが、国際的な信頼度から言うと非常に重い意味を持ったものでした。そこで日本でも受動喫煙を防止する法案が審議されていたが、どうやら与党や財務省は飲食店、たばこ産業からの反対で骨抜きにされているようです。
いま国会に提出されている受動喫煙防止法案をみると、当初は厳しい規制の盛り込みがあったようだが、各方面からの反対圧力があり、店内を全面禁煙としなければならない対象から床面積100㎡以下の飲食店と、資本金5000万円以下の事業者は除外するとなるそうです。

また、JTからの強い抵抗があったようです。JTと言えば日本たばこ産業で、専売公社が民営化されたが、税金をにぎるので今の財務省は民営化に反対しいまも半ば国営企業といえます。OECDの国のなかでは、たばこ会社が半国営は日本だけという、国営のたばこ会社を持ている国は中国や北朝鮮などだけで、それらの国と同じレベルということになる。世界的に健康の問題につてい関心があつまり、たばこへの規制は強まっているのにそれに逆行するのは、世界から見て恥ずかしいことです。

日本国内や先進国では、タバコは健康にわるいとして、タバコの消費がどんどん縮小してきているといいます。そこで、JTは収入をえるためにタバコへの健康意識が低い国や、タバコへの規制が緩い国に、タバコを海外のそれらの国に売ろうとしている。からだに悪いものを、健康の意識の低い国に売り込みをするのは、先進国の立派の国のすることだろうか。タバコは麻薬と違って法律に違反しないのでよけい性質がわるいです。

そのようなことにならないように、まずはJTを完全民営化してはどうだろうか。そうすれば法的に国が規制をしやすいでしょう。たばこは税収にかかわるので財務省の抵抗があるが、民間企業なので国民の健康にかかわる厚労省がたばこの規制強化する発言力も強くなるでしょう。
日本ももっとWHOからの称賛に値する国になってほしいものです。日本はWHOから、科学技術は先進国だがたばこについて19世紀のままですねと言われていると、神奈川県知時代に受動喫煙防止条例の制定をした松沢成文氏はと言っています。

2020年の五輪パラリンピックを機会、タバコについて世界の先進的ない国になって欲しいものです。そうすればタバコによる健康被害も少なくなり、医療費や健康保険費の抑制にもつながるでしょう。また、世界的にも信頼高まるでしょう。
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線路内の壁への落書きで死亡か

イギリスで列車の線路ないで3人の死後数時間の遺体が見つかり、近くにスプレー缶がみつかり、落書きアーチストではないかと見る人もいると、イギリスのBBCが報じていると、BSNHKのワールドニュースが報じていた。
日本でも落書きアーチストがいてビルや塀などの落書がされているところを見る。また、歩道のトンネルにもあり、鉄道の線路の壁にも落書きがされている。
列車から見える、壁は落書きアーチストにとって、自己顕示欲を満たすところであることは、日本でもイギリスでも同じじようです。
落書きじたい犯罪であるが、それ以上に線路内に入ること自体非常に危険な行為です。日本で電車にのると、線路の敷地内に入らないとかけないようなところに落書きがされているのを見る。線路なは危険だと言うことを啓発するためにも、日本のテレビニュースでも、通常のニュースでも報道したらどうらろうか。
私の知らないでけで、民法などのニュースでもすでに流れているかもしれないが。
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カフカの「掟の問題」

カフカの作品に「掟の問題」と言うのがある。
岩波文庫のカフカ寓話集 池内紀訳に、収録されているが、その書き出しは次のようになっている。「残念ながら、われわれの掟はあまりよく知られていない。支配者である小さな貴族間の秘密であるからだ。」この「掟」の原文はどのようなものか私は調べていないが、日本語で単純に「掟」といえば「しきたり、定め、取り決め」となるだろう。明鏡国語辞典では「古い言い方で公の定め、法度、法律。その社会で必ず守らなくてはならない取り決め」と書かれている。

そしてさらに、「掟の問題」では次のように続く「古い掟はきちんと守られているとみていいのだが、自分の知らない掟によって支配されるのは、けっこう苦痛なものである。だからといって私は掟に対するさまざまな解釈のこと、また、ほんのひと握りの者たちだけで、民衆全体は解釈に加われないことや、それによって不都合のことをいっているのではない。」
古い掟とは、その社会でで長い年月の間に受け継がれきて、その社会の人々に承認されているならわしのことだろうが。その後に書かれている、さまざまな解釈や民衆全体は解釈に加われないこととなると、法度や法律の事と指すのであろうか。
しかし、掟について、「貴族はその拘束の埒外にある」と書かれていることから見ると、掟は貴族が作ったのので掟を守るのは民衆ということになる。
だから、民衆は自分の知らない掟によって支配されることになる。

民衆を支配するための掟となると、法に当てはめていうなら、欽定法となり民定法ではなくなる。カフカは次のようにも書いている。「貴族たちは、民衆の伝統は認めようとしない。民衆の伝統は百害あって一利もない」。つまり民衆を支配しやすい掟がよい掟となる。
しかし、掟が民衆が作るものとなると、「いずれ伝統とその研究が晴れて終止符をうち、すべてが明らかになって、掟は民衆に帰属し、貴族が滅びると信じているふしがあって、これが見通しに一筋の光明を投げかけている」。とカフカは書いている。
つまり、民衆が作る掟は支配者を縛るものであるべきもので、歴史の流れはいずれそうなるということをを言いたいと解釈してよいだろうか。

カフカの作品など今読み返して、今の時代に照らし合わせて読むと深く考えさせれるところがあるように思う。
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米国の人権理事会離脱と日本

米国は国連の人権理事会からの脱退をすることを表明している。
イスラエルのガザ地区への入植について批判的なことや、パレスチナ人の抗議運動にに対して、武装警察をつかっての強権的弾圧への避難をしている、これはイスラエルに偏見を持っているからだとしている。
また、米国はすでにユネスコからだったいしている。米国はますます親イスラエルとなり、イスラエルの取る行動を擁護することを強めている。

世界はこの米国の行動に対して避難の声明を出すべきでなないか、
そのなかで、日本の安倍政権は、どのような行動を起こすだろうか。

日本国憲法の前文の中段以降には次のように書かれている、
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」

日本は自国の事ばかりを考えるのではなく、国際社会のなかで一国の利益を考える自国第一主義ではなく、世界の国々で生活する人々が、恐怖と欠乏から免かれ、平和わかちあえるように、国際社会に働きかけるべきではないか。それは絵空事で理想主義にしか過ぎないと言う人もいる。たしかに、日本国憲法は理想を高く掲げすぎてはいるだろう。しかしそれは、第一次世界大戦と第二次世界大戦の惨禍を教訓に世界が冀求し冀望したところからくるものでした。だから、上述したように、自国のことのみに専念して他国を無視してしまうと、再び惨禍を繰り返してしまうことになりかねないことを、イスラエルやアメリカに訴えていくべきではないか。
安倍政権はトランプ政権と親密で強い同盟関係のあるいうなら、日本国憲法の精神のもとで、アメリカの今の行いに対して諫言をすべきではないか。トランプ大統領の言う力による平和と、安倍首相のいう積極的平和主義とは同じ意味をもののようだが、本来の積極的平和主義が、憲法の前文にある、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めることにあることを改めて肝に命じるべきです。

もっとも、安倍政権は今の日本国憲法をアメリカからの押し付けられたものだとして、憲法を破壊するような政治運営をしているので、まずはアメリカの人権理事会からの離脱に対いて苦言を言うようなことは考えられないが、逆にいうなら、アメリカから押し付けられたと言う憲法の積極的平和の考えを教えてもらったことを学び、今のアメリカの行いはそれに反するのではないかと言えるのではないか。
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親子が引き裂かれるのは忍びない

米国のトランプ大統領のメラニア夫人は、「不法移民の子どもが親から引き離されるのを見るのは忍びない」と、メキシコ国境の引き裂かれる親子があることを批判した。
メラニア夫人は夫の大統領のトランプ氏のアメリカンファーストがアメリカンオンリーになるのではなく、その前にアメリカは、全ての法律を守り、同時に思いやりの心を持って統治する国で当てほしいと願っているようです。
日本のファーストレディーとは違いまだまだ、健全な良識をもっているようです。

アメリカは、4月以降、不法移民の取り締まり強化しているが、そのため性急しすぎ、正式な書類な手続きを踏まずに、入国した大人を全員刑事訴追がされ、その結果親子連れはこの時点で引き離されてしまう事態になっている。アメリカは敬虔なキリスト教の国でもあるが、メラニア夫人の不法移民の子への発言はそのことを表しているといえるだろう。
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鍬を捨ててウサギを得ようとする

韓非子の五蠹に次のような話がある。

宋人有耕田者 田中有株 兎走触株 折頸而死 因釈耒其而守株 冀復得兎 兎不可復得 而身為宋国笑

高校の漢文の教科書で読んだ記憶がある話しです。

宋の国で畑を耕している者がいた、その畑の中に切株があった。たまたま兎がそこに走ってきて、切り株にぶつかれり首の骨を折って死んでしまた。それを見た男は、鋤を捨て畑を耕すのをやめ、再び兎が株にぶつかり兎を得られることを願った。男は兎を得られないばかりか、宋国中の笑いものになった。

そして次のように続きます。

今欲以先王之政 治当世之民 皆守株之類也

いま古代の聖王の政治によって、現代の民を治めようとするのは、この株を守って兎を得よとしている男と同じだ。

憲法の護憲派は不磨の大典のように死守しようとしている人がいるが、それはこの株を守って笑い者になった男と同じになってはいけない。そのようなことをすれば、憲法を自在に解釈して壊憲して改憲をしようとする者に押し切らてしまう。

国際情勢は変わり世界の秩序は、二度の世界大戦の反省によって作られた憲法の時代とはかわってきている。冷戦がはじまりそれも終焉せていき、経済がグローバル化し、国という一つの枠では物事が進まなくなり理解もできなくなってきている。また、国政をつかさどる政治家も戦後生まれの政治家がほぼ殆どで、戦前生まれといっても戦中の体験を記憶している人はいない。そのため、立憲主義と国民主権の本当の意味を理解しようとせず、統治権者として憲法を解釈しようとしている。そのため、立憲主義とは王政の時代のものだと言う政治家が首相に選ばれたりしている。そのようなことを考えると、憲法を改正するなら立憲主義の縛りを強めること求めるべきではないか。

私はこのブログで、そのことをいくどが書いてきたが、今の安倍政権の国会運営を見ているとますます改めて強く思う。どこまで横暴になるのだろうと心配でたまらなくなってしまうのはわたしだけだろうか。
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ゲーム障害

WHO(世界保健機構)がパソコンやスマホなどによる、ゲーム依存症を「ゲーム障害」として正式に認定した。
ゲーム障害とは、
・ゲームを何よりも優先
・弊害が起きてもゲーム継続加速
・本人・家族・学業・仕事に重大な支障
・こうした状態が12ヶ月継続

つまり、オンラインゲームやテレビゲームのやり過ぎで日常生活が困難になることです。

いままで、WHOは、けがや病気、それに死亡の原因を分類する国際的なガイドラインを示してきたが、精神的な疾患と位置付けて対策を取らないといけないと警鐘を鳴らしたことになるだろう。

WHOの担当者は、「ゲームをしている人の全体の数に比べれば、ゲーム障害にあたる人は少ないが、確実に存在する病気だ。予防と治療法の確立を急ぐ必要」としているので、今後日本の医師界や教育界また、厚労省などもこの対策に本腰を入れていかないといけなくなるだろう。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 商業捕鯨に思う
    竹林泉水 (07/11)
    調査捕鯨のための捕鯨業者への補助金は、毎年数十億だときくが、商業捕鯨になればそれはカットされるのだろうか。商業捕鯨で補助金を政府がだしていたら、反捕鯨団体はどう
  • 商業捕鯨に思う
    アジシオ次郎 (07/08)
    おはようございます。

    IWC(国際捕鯨委員会)を脱退して今月から商業捕鯨を再開した日本、組織として機能していないIWCへの反発から脱退して商業捕鯨再開に至った
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    竹林泉水 (07/05)
    菅官官房長官は徴用工問題に対する報復ではないとの趣旨の発言をしている。
    しかし、誰が見ても徴用工に対するもににしかみえない。
    それを白々しくそうではないといい、よ
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    アジシオ次郎 (07/05)
    おはようございます。

    韓国への半導体輸出規制という措置に踏み切った日本、でも韓国が徴用工問題を蒸し返すという日韓請求権協定に反する行為をしたことで、その見返り
  • 日本の報道の自由
    竹林泉水 (06/17)
    コメントありがとうございます
    まったくそう思います。
    民放は広告収入元のスポンサーからの収入があるので、その顔色を見るからしょうがないにしても、政権の顔色を見る必
  • 日本の報道の自由
    風と雲 (06/10)
    政権に不都合なことは隠す、曖昧にする、知らしめない。これは政権が世論を最も恐れっるからだ。現政権は硬軟取り混ぜた巧みなメディア操作と中身の無いパフォーマンスが功
  • 日本の報道の自由
    アジシオ次郎 (06/10)
    おはようございます。

    こういう指摘についてすぐに「内政干渉だ!」って反論も出てくるけど、日本の報道の自由度というか報道が健全かという点において先進国において❝
  • 夏のサンマ
    竹林泉水 (06/02)
    逆に一年間漁をやめるなどしてはどうだろうかと思うが、それでは漁業者の生活権を奪うことになる。また、今まで、外国人に日本の美味しい食材を紹介して、それを海外に売り
  • 夏のサンマ
    荒野鷹虎 (06/01)
    漁獲量は年々細くなっていますが、資源本来の減少も一因と思います。期限を撤廃するのは大きな間違いと思います。
    資源は有限ですから資源保護政策をとる必要はあると思い
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