FC2ブログ

竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

自動運転車の所有者責任

アメリカで自動運転車の試験走行中に、歩行者を撥ねる人身事故を起こし死亡させたニュースがあった。
ついに心配していたことが起きた。どちらに過失があるのか。
人を撥ねる事故でなくても、人が運転している車と、自動運転車が事故を起こしたとき、どちらに過失があるのか。自動運転車は安全に運航されるので過失はないとして、自動車メーカは巨額の費用を使ってその責任がないことを証明しようとするだろう。一方自動車を運転していた人は個人で、安全運転で過失がなかったことを証明しなくてはならないです。万一裁判になったときには、その費用の面で不利になるでしょう。
また、自動運転車を所有している人や管理している人また、乗車している人に対しても運行責任が問われなければならないです。そうなれば、いま自動運転車の活用にたいして、自動運転車タクシーや自動運転車での荷物の輸送などの利用が見込まれているという。そうなれば、自動運転車にはその管理者が同乗していないことも考えられる。
その時の事故に対して誰が責任を負うのかを問うのが問題になるでしょう。いま、技術の粋を集め素晴らしいと注目を浴びているが、そのようなことも考えないといけないでしょう。SF小説の話しでは、自動運転の人工知能を裁判にかけその責任に対する罪を問うことになるかも知れない。
また、自動運転バスなどが実用化されるなら、非常時の乗客に対しての非難誘導のあり方も考えておかなければならないでしょう。いま、乗り合いバスは運転手のワンマンだが、車掌のワンマンバスになるのだろうか。なんだか滑稽なはなしで、技術面では先行しているようだが、法整備や制度上などのソフト面での問題解決や共通認識を作っていかなければならないでしょう。
関連記事

夜間中学校の重要性

夜間中学校のあり方が変わってきているといわれている。夜間中学校は戦後、中学校に行けなかった人の救済のために設置されたもので、私が教鞭を執っていたころは、その市内に2校ありいずれも、当初は同和対策法の対象地区にあり、わたしの教鞭についていた学校には分校として設置されていました。当初は戦前戦中に貧困のため中学校に行けなかった人たちが通っていましたが、私が教鞭についたころは在日朝鮮韓国人の一世のお年寄りが多くいたようです。
そしていまは、その役割もかわり不登校で中学校を卒業できなかった人や、在住外国人労働者が多くなってきているとききます。そのような夜間中学校は全国で現在31校あるそうです。日本に出稼ぎに来ている外国労働者が多くなってきていることに対して、公立中学校としての夜間中学校にあり方に対して、税金が使われることを指摘する人もいるようです。しかし、日本の出稼ぎ労働者の実態をよくするひとは、少なくとも全国の都道府県に1校は必要とする人もいる。また、日本国憲法には義務教育に対しては、国民はその保護者に対して義務教育を受けさせる義務を課している。しかし、
他の多くの人権に関することに対しては、何人もとなっていてい日本国民に対してだけでなく、外国人にもその保護をすることを求めている。また、外国人であっても税金の納入を義務づけられているので、税金が使われることに対して疑問を指摘するにはあたらないといえます。
日本がこれからも国際的に需要な地位に在ろうとするなら、それらの人への支援の制度をもっと整備する必要があるだろう。
関連記事

日本の憲法の前文はどうあるとよいのか

今の日本の憲法である「日本国憲法」では、その前文に平和主義と人権尊重の民主主義の主権在民を目指すことを高らかに掲げています。
70数年前は、第一次世界大戦そして20年後の第二次世界大戦で、多くの人が犠牲がでたことから、世界中の人たちが二度と繰り返してはならないと、平和へを強く願い求めることから制定されたものです。もちろんそれはポツダム宣言に、民主国家を目指す国になることを求められ、事実上GHQの主導で作られたものです。しかし、それて同時に帝国議会の憲法改正を審議した人の中にも、日本の自由民権を求める人たちもいてそれは同じだったはずです。それにより、世界でも稀有な全文がもりこまれています。
「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」という文言が明文化することになった。
この憲法前文には、ヨハン・ガルトゥングの提唱している積極的平和主義の先取りといえます。安倍首相のいう力による平和の積極的平和主義とは正反対のものです。いま世界では貧困の問題・難民の問題・民族対立による差別の問題などがあり、それに取り組みにはその「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を」こそが大切です。それは理想主義でしかないと批判されても、毅然としてその方向に向いていることを示すことが大切です。

安倍晋三氏は今までの首相になく改憲にいよくてきで、自民党は憲法改正に向けての動きを活発化しています。9条の平和主義のあり方の見直し、国の緊急事態条項の新設や、国民の権利と義務の見直しなどを狙っています。
それに対する懸念や杞憂はあるものも、今の地球規模で世界情勢を俯瞰したとき、このまま、地球が人類の発展のため経済と科学技術が進められると、自らを葬ってしまう方向に進むのではないかとの指摘もある。そのようなことを考えると、地球と人類をいつまでも護っていくことをの理想を求めることを盛り込んでもよいのではないでしょうか。

わたしは、現行の憲法が制定されてから、地球の人口が倍以上に増え、経済もグローバル化し金融経済は複雑化し、富める国と貧しい国の格差が広がる、国のなかでも貧富の差が拡大しています。また科学技術が格段に進みその進み方も加速しています。また、地球の温暖化などの環境問題などの自然環境の破壊の問題も深刻かしています。さらに、人間の経済活動の行いのなかで、同じ地球に生息している生物たちを絶滅への追いやってもいます。
これから、この宇宙船地球号をいつまでも、青く美しい地球号の未来を守るため持続可能な開発を進めて行くことを憲法の前文にもりこむことが重要ではないでしょうか。
今の平和主義人権尊重を目標とすることに加えて、いまの地球規模の深刻な問題をどのように取り組むかの指針を書き込むことは、これから日本が国際社会でされに信頼される国になるものだと思います。

憲法にそのようなことを書き込むのは相応しくないかもしれません。しかもなかには、そのような事を明記すれば、日本の経済発展を阻害しかねないと反対する人もいるでしょう。
しかし、いまはもう地球の人口問題や環境問題は待ったなしで、深刻な状態になっています。
政治家は結果をだしてなんぼのものです。そうなると、政治家がだすその政策は目先の政策しか打ち出さないのがつねです。長くて10年ぐらいを目標にしたものです。しかし、今深刻な人口や環境問題を解決するには、50年100年単位で考えないと、解決することができない問題ではないでしょうかす。
地球温暖化や絶滅危惧種への取り組み、国際社会の格差の問題。科学技術の発展が今後の地球への影響の対策などと、経済の発展との兼ね合いのバランスをとり、この宇宙船地球号をいつまでも守り持続させていくことを希求していくこと宣言するような憲法の前文が書き込まれればすばらしい事だと思います。

最後に、日本は日米安保条約や日米地位協定により米国従属国家と世界ではそう見ている国があります。安倍首相の理想とする憲法改正は、集団的自衛権の主張からもわかるように、ますます米国従属を強固にするものになってしまいそうです。日本は真の独立国としてあるなら、今の日本国憲法をより発展させ、憲法の前文に本当の意味での積極的平和主義と宇宙船地球号を守る文言を盛り込むのがよいと考えています。
関連記事

古紙の回収と私たちの生活のあり方

中国が今まで屑鉄や古紙を大量に買っていたが、やはりそれらにより再生された鉄や紙は不純物が混じっている恐れがあるので、質の悪い粗鉄や質の悪い紙として再生され、価格の安い鉄や紙として輸出されてきました。
アメリカが中国などのからの安い鉄鋼に高い関税をかけるとしている、それに対して中国は屑鉄や古紙の輸入を見直しをしているとニュースで聞きました。
私が自治会の役員をシていた時に、古紙回収業者に聞いた話ですが、いまは古紙を中国がどんどんかってくれるといい、業者が古新聞などを買ってくれるから、この価格で古新聞を買い取ると言っていました。
そうなると、これから中国が古紙を買わなくなると、古新聞などの回収が、業者の処分費などのためにお金を払わないといけなくなる恐れが出てくるかもしれない。
さてこれから再生資料となる古紙などの回収はどうなるでしょうか、いま、さまざまなようとの紙がつくられ、その紙のさまざまです。私たちの日常生活はいま、紙やプラスチックに多く依存しています。それらについて自分の生活を見直してみようと思う。
関連記事

プラスチックゴミ

イギリスではプラスチックを使わないような生活をしようとする、取り組む運動が広がっていると聞きました。日本でも私は知らないがそのような取り組みをしようとしている人はいるでしょう。

しかし街に出てスーパーに行ってみると、プラスチックだらけです。実際にプラスチックレスの生活はできるのでしょうか。それよりも、プラスチックレスの生活は高くつくことになるようです。しかし、イギリスで実際にそのようなプラスチックレスの生活に取り組むことに、誇りに思うと言っている。

現在の日常の生活をみると、ほとんどの商品がプラスチックの容器か包装されている。また薬局に行っても多くの薬がプラスチックで包装されている。
私の小さいころは、市場に買い物をするには買い物籠をもっていき、店には新聞を半分に切ったものがぶら下げられていて、店員は買われた品物を新聞紙で包んで渡すか、そのまま渡してくれました。豆腐などは鍋をもって買いにいた。三河屋で醤油や味噌やお酒などは量り売りだった。
お菓子は、量り売りで紙袋にいててくれていました。
また、スーパーでのレジ袋は紙袋でした。大学生のころは私の住んでいた地域は、今のように指定のゴミ袋がポリ袋ではなく、内側が防水処理した紙でした。

今は、お菓子でも肉や魚を買ってもプラスチックのトレーに入っていたり、ポリ袋にいれてあります。野菜も個別に包装されています。個人の小売店でかうと、初めからポリ袋に入れられていないので、野菜などは裸で買うことができます。そのように考えると、やはり小売店はスーパーよりも高めなので高くつくのでしょう。

では、なぜプラスチックゴミが問題なのかというと、プラスチックゴミは自然分解しないが、劣化していきもろくなっていきナノプラスチックになることにより、それが川などに流れ魚がそれを食べ体内に蓄積され、それが人間がた食べることになります。また、環境汚染されることも心配されています。
私の住んでいる地域では、燃やせるゴミとプラスチックゴミを分別して出すようになっている。燃やすごみは週二回、プラスチックごみは週2回だが、ゴミのカサを見るとプラスチックゴミの方が多い時もある。いかに今の生活はプラス地区に依存しているかということでしょう。

わたしも、プラスチックレス生活を考え私の今の生活を振り替えてみようと思います。
関連記事

太陽の塔の修復と公開

私が大学のころ万博が開かれたが、その時に一番興味を持っていたのは、アメリカ館でも日本館でもなく、太陽の塔の内部の生命の木でした。そして、私は万博が終わってもパリ万博のエッフェル塔のように一般に公開されるものと思っていた。しかし、取り壊しの話がでたりしたが、取り壊しは免れたがその内部は公開されずほったかされていました。
それが、内部はだいぶ痛んでいたが復原され3月から一般公開された事は非常に喜ばしいことです。
太陽の塔の制作者の岡本太郎のねらいは、科学技術の進んだ未来の地球を表そうとした万博だが、その原点は何かを問い、地球の創世と生命の誕生にあるとし、プリミティブの重要さを訴え作ったと、私は考えていました。
私はもう一度見にいきたいと思っていたが、それが一般公開されるようです。しかし、予約制で半年先まで予約が詰まっているそうです。

いま、再び大阪に万博を誘致しようと大阪府などがはかりごとを巡らしています。まずはどのような目的でどのようなものにしようとしているのでしょうか。
大阪万博は、世界大戦が終わりつかの間の平和の終演を迎えるころでした。みな未来は明るいと思い月の石などを見にきていた。
しかし、それから50年がたち今の地球をみてみると、争いは絶えず、貧富の差は拡大し、環境汚染は先進国では見た目では回復シているように見えるが、地球規模でみると死に瀕しています。それにより、地球の温暖化が進み異常気象や超大型の台風などが頻発している。
岡本太郎の願ったことに対して真逆の世界になっています。
万一大阪で再び万博が開かれるなら、どのようなものになるでしょうか。また、太陽の塔のような意味を込めたものが作られるでしょうか。
50年前の万博は自然豊かな丘陵地帯につくられました。それが、いまでは、ニュータウンの一角の街になっています。今度誘致される予定地は、海を埋め立てた人工島です。
さて、また万博が大阪で開かれたとすれば、半世紀たつとその地はどのようになっていて、世の中はどのようになっているでしょうか。

大阪府市は隣接にカジノを含めた施設を作ろうとしていいる。しかし万博の本当のねらいは、己の身勝手な欲を満たすものではないはずです。
是非とも明るい未来になっているためにも、太陽の塔以上のメッセージを込めた、オブジェを永年残るものを作るのがよいでしょう。
関連記事

放送法4条の撤廃

自民党は放送法の4条を撤廃することを考えている。第2次安倍政権が誕生以来、自民党は放送法4条をとりあげて、テレビの自民党批判の放送に圧力をかけていました。しかし、ここにきてなぜ自民党は放送法4条の、・放送番組について・政治的に公平である▽報道は事実をまげない・多角的に論点を明らかにする、この条文を撤廃の方針に転じたのか。
岩盤規制に孔をあけるとうい安倍政権は、新しいコンテンツ産業の参入を促して、経済を活性化させる規制改革の取り組みの一環だと言っているようです。
総務省内や民放各社や公共放送であるNHKなどは、この自民党の方針には意義をとなえ反対のようです。野党各党もこの自民党の放送法4条撤廃に疑義を唱えていあます。
アメリカであは30年前に日本の放送法にあたる法律の、同様の規定を撤廃したが、トランプを讃辞する放送を繰り返す放送局が現われ、社会の分断を助長したと指摘する人もいる。4条の放送倫理の箍が外れれば、番組全体の質の低下を招く恐れがある。野田聖子総務相は「4条は非常に重要。多くの国民が今こそ求めているのではないか」と撤廃に異論を唱えています。
安倍首相は依然、政権批判報道に不満がありしきりに日本には、アメリカと違い選挙報道での「公平中立、公正」がるので、それを守るように要求し、テレビ局に圧力や萎縮させるようなことをしていた。しかし、ここにきて一転して4条の撤廃を打ち出している。
では自民党のいや安倍晋三氏の本当の狙いは何か、それは憲法改正のための国民投票にたいての、テレビでの意見広告のコマーシャルに真の狙いがあるのではないだろうかと思う。
4条を撤廃することにより、どのような憲法改正賛成の意見広告をテレビのコマーシャルとして、民放のテレビ局やラジオ局に流させることができるようになる。
第1次安倍政権の時に成立した憲法改正の国民投票法には、最低投票率がなく、意見広告の制限がないなど問題点が指摘されています。そのようなかさらに、放送法4条撤廃の箍を外らてしまえばどのようになるのでしょうか。
マレーシアのフェークニュース防止法は、フェークニュースから国民を守るたと法の成立を政権はねがっているが、同様な動きは世界各国ではも起きている。表現の自由を押さえつけるような、フェークニュース防止法はとんでもないものです。しかし、その上をいくようなものがこの自民党は4条撤廃ではないだろうか。

放送は市民が知るべき情報を提供し、民主主義の基盤となっています。放送法4条は見直しには、国民的議論が欠かせないものです。しかし、このことについて、ニュースで大きく取り上げられないのはなぜでしょうか。
啓蒙思想家のヴォルテールに次のよな言葉がある。「私は君の意見には反対だ。しかし、君がその意見を表明する権利は、私は死んでも守る」これが政治家に本当に必要なことだろう。法の支配に基づいて粛々と行うといいながら、岩盤規制に孔開けるとか、今までの法の解釈を捻じ曲げて解釈したり、報道に圧力を掛けようとする政治家には、この言葉がないのでしょう。
逆に、しきりにテレビや新聞の会長や社長と会食を重ねるの政治家は、オーウェルの次の言葉をよく知っているのだろう「よく調教された犬は、調教師が鞭をふるうと跳びはねる。しかし本当に調教さらた犬は鞭をふるわなくても宙返りをする」。
官僚が政治家に忖度するはよくないが、マスコミが政治家に忖度するのはもっとよくない。民主主義の崩壊に始りで日本はすでに音を立て始めているのではないだろうか。

関連記事

ショッピングモールと個人商店

日本は少子高齢化が進み、人は都市に集中していき地方の過疎化がますます進んでいる。
町の商店街は、郊外に大型のショッピングモールができ、シャッターが下りたままのところが増えている。
大型のショッピングモールやスーパーなどは、一所でいろいろな用を済ませるので便利で、経済効果に高まるるとい、経済人や政府の人たちは言うが果たしてそうであろうか。大型のショッピングモールを有り難く人々は思っていると言うが果たして本当にそうであろうか。

今まで小さいが個人商店が並んでいた市場は、家の近くにあり便利だった。夕飯の仕度をしているとき、一寸醤油が無くなった味噌が切れていたとなると、直ぐに買いに行けたものです。しかし、それらの店がなくなりショッピングモールまで行かないといけないとなると、自動車で出かけて駐車場にとめて店舗までいってレジに並んで買い、また自動車に乗って帰らなければならない。このどこが便利であろうか。
また、普段いつも買いものしている店では心おきなくいろいろなことを相談でき、時にはお金の持ち合わせがなければ、掛け売りをしてくれる。これがスーパーなどではなかなかそのようなことはしてくれないです。
個人商店は日々の人々の暮らしの中で商われているので、個人商店のありがたみが感じられるものです。

大型ショッピングモールは集客力があり経済効果があると言うが、果たして本当にそうだろうか。逆にシャッター商店街のように、その地方の賑わいを凋落させてしまうもので、商店街で買い物途中に逢ったひとと立ち話となれば、そこはコミュニケーションの場になり活気がでてきます。また、個人商店街の店は、その地域に住んでいる人のライフスタイルのニーズに合ったものを置きます。しかし、大型の店では多方面から客が来るので、いろいろなものがごちゃ混ぜで並んでしまうことになる。そう考えると、地域の商店街は住民同士の融和にも寄与しているといえるのではないか。

さらに、大型ショッピングモールができ、地域の商店街がシャッター商店街になると、地域経済の衰退につながってしまう。
つまり、大型ショッピングモールは、地域住民の和融を妨げ、地域を凋落させ、井戸端会議ならぬ商店街会議を無くしてしまい人情風俗をがいすることになり、しいては、郷土愛を阻害してしまい、シャッター商店街になることにより人通りがすくなくなり、防犯にも悪影響を及ぼし、さらに、地域の伝統行事や祭りなどを行なうのが困難になり、地位の文化財の維持が困難になるだろう。また、昔から住んでいる人が所有している文化財なども散逸してしまう恐れがある。そう考えると、地域の再開発と称するがそれは、逆で地域の文化や風習うなども廃れさせてしまう。

もっと言えば、郊外の大型ショッピングモールはもとは、田畑があったり自然豊かな雑木林などのところでした。そこにはいろいろな昆虫や野生小動物が沢山暮らしていたところです。つまり環境の破壊もおこなわれていることになります。

これらを考えると、自治体や政府などは地域興しとして郊外に大型ショッピングモールの立地に積極的のようですが、長い目で見るとそうではなく逆にその地方の人と人の絆を弱め、地域の経済の底時からを奪い取ってしまうことになる。もういい加減に大型ショッピングモール志向はやめにどうだろうか。
関連記事

自民党の政治

戯言です

自民党はますます憚るという言葉を知らなくなってきている。
放送法の見直しや、政治主導はよいのだが、官僚を牛耳てしまっているようだ。
官僚は政権党の下で働くのはよいのだが、官僚は主権者である国民のために働くのであって、政権党が暴走すればそれに対して、忠言し諫言するのが本来の官僚のはずではないか。
しかし、今の官僚をみていると、政権党に媚びてしまっている。
このままでは、この日本は独裁国家のようになってしまい、気が付いたら取り返しのつかない国になってしまわないかと心配してしまう。

さてこれからの日本はどうなることやら。自民党は国民に愛国心を持てというが、このような政治が行われていくと、愛国心は育つと思っているのだろうか。面従盲従の国民を育てたいのだろうか。面従すれど腹背がよいのであって、魂まで売ってしまってはいけない。
関連記事

脳の解明はどこまで進むのか

針千本のようなへッドギアーで、からだの動きを脳のどの部分が活動しているのか、脳が発する電気信号を磁場信号で捕えることが、今まで以上に詳しくわかるものが開発と言う。
いままでは大型のMEGスキャナーやMRLなどでは、体を動かしたりしての検査は不可能だったがこの装置では、飲み物を飲んだり、ボールを投げたり受けたりしての検査もできるという。
この装置で脳性麻痺の人やパーキンソン病の人たちの、機能回復訓練などに役立つと期待されている。
脳の解明がどんどん進んでいるこのまま進むみ、医療の面で技術が進むことはよいことだといえる。しかし、人が今なにを考えているのかを盗み見るようなものができてしまうのではないだろうか。

今後のこれらの技術の進歩はどこまで進むのでしょうか、科学者や技術者の開発の欲望により、恐ろしい管理社会になってしまうことがないように、してはならないこととすべきことをよく考えそれらの技術を公にして広く周知すべきでしょう。
関連記事

明夷待訪録

明末期から清初めの中国の近代思想家である、黄宗羲の父である黄尊素は当時政治の横暴を仕切っていた宦官(いまの日本でいうと首相に媚び諂う高級官僚のようなものか?)に対して、しばし弾劾その横暴を糾弾したので、弾劾した同志と共に罪に貶められ獄中死している。そのような父の下で育った、宗羲も君主の専制を非難し、公論を重んじなければいけないことを主張した。ひとで中国のルソーとも言われて、封建制度の隷属的な人間関係による知性を批判し、国家は自由平等な人間同士の取り決めによって成り立つとした、「社会契約論」にも似たところがあ考えをもっていた。
東洋文庫に明夷待訪録 黄宗羲 西田太一郎訳で、君主のあり方、臣下のあり方、法のあり方、宰相のありかたを説いている。

それによると、まずは君子のあり方から。
「人類の歴史がはじまった当初、人々はおのおの自己本位であったのである。人々はおのおの利己主義であったのである。天かにおおやけの利益があっても、これをおこすものがなく、天下におおやけの害があっても、これを除くものがなかった」
これは狩猟採取時代のころのことを指しているのだろう。誰もが富を蓄えることをしなかた、その日その日の糧を得ることに精いっぱいなだった。しかし農耕と牧畜をするようになり、それを算段と遣り繰りをするリーダが必要となってくる。
そこで、次のように言っている。
「そこへひとりの人が出てきて、おのれ一人の利をば利とせずして、天下にその利を受けさせ、おのれ一人の害をば害とせずして、天下にその害をまぬがさせた。かくてはその人の苦労は天下の人々の千倍万倍であるに違いない。そもそも千倍万倍の労苦をしながらも、自分がその利を受けないとすれば、天下の人の人情としてつきたい地位でないにきまっている。だからいにしえの君主で、よく考えつきたがらなかったものは、許由や務光がそれである。・・・・以下略」「後世の君主はそうではない。彼らは「天下の利害の権限は、みなわが手ににぎられている。私が天下の利をばことごとくおのれのものとし、天下の害をばことごとく人に押しつけても不都合はない」と考える。・・・・以下略」
中国の歴史で王朝が幾度とも倒れ変わっているが、中国の人民を支配するうえで始めは天下、民のためとしていたが次第に、これだけ苦労しているで自分の利としていいだろうとし、その利の取り分が膨らんでいき天下が乱れ、王朝が倒れ入れ替わっている。
昔は、今のように国の指導者を選ぶときに選挙をするような考えはなかった。国の指導者は君子であり君主とは民のためにあるもの考えてきた。それがかわったのは、アメリカの独立戦争であろう。イギリスの植民地であった北米大陸の今のアメリカの13州は、イギリスからの搾取に反旗を翻し、独立戦争を起こしそれに勝利した。そこで今までの宗主国の王にかわる人として、ワシントンを王に立てようとしたがワシントンは王位に着かず人々から選ばれる代表者として大統領となった。
君主であっても選挙で選ばれた大統領であっても、人々をかえりみず天下の利を私のものとするなら、王国では革命や一揆が興り王朝は倒されるし、共和国で弾劾制度というものがある。

次のようにも言っている。
「むかしは、天下の人はその君主を親愛の念をもっておしいただき、父にたとえ、天になぞらえたが、まことに行きすぎではなかったのである。いまや天下の人はその君主を怨み憎み、かたき同様にみなし、独天と名づけているが、もとより当然である。」
善政をすることの大切さを説いている。また、暴君ん為政者ほど愛国心をとなえ、国や君主に忠誠を誓わそうとする。そのように愛国心を民に強制させなくても善政をしていれば自ずと、忠君と国を好きになる心が自ずと芽生えてくるものです。

そのようなことを考えると、道徳の教科化されたが、道徳の指導要領には愛国心を芽生えさせるように指導すること書かれているが、それで本当によいのだろうか。

他の章の、臣下のあり方、法のあり方、宰相のあり方については、また、紹介し書いていきたいと思う。
関連記事

歩きスマホの危険性

歩きスマホの危険性が問題になっているが、昔から車の運転士ながらの携帯電話は、会話に気がとられ危険だと指摘されていた。スマホは画面を見るので気が取られるので前方不注意になるので、明らかに道交法違反といえるないだろうか。街を歩いていると、こちらが対向してきていることに気づいていない、スマホを操作をしながら歩いている人をよく見かけます。
これは日本だけでなく世界中で同様なようです。
中国でもながらスマホは深刻なようで、その危険性を啓発するようなテレビニュースが報道されていました。

それは中国で起きたショッキングな事故の映像が映されていた。
二人の子どもを連れた母親が、信号が赤のときスマホをいじっていたとき、二人のこどもが信号が赤だが車が走っていないので、車道を横断しだしても、母親は気が付かず、一人の子どもは道路の中央分離帯で止まり、もう一人は道の反対まで渡り掛けたが途中で走って戻り出した。そこに車がきて跳ねられてしまった。警察は双方に注意義務がるとして子どもの治療費は双方で話し合って双方で負担するように伝えたという。
歩行者が歩きスマホをして横断歩道を渡っていてバイクに跳ねられるのも紹介されていた。
赤信号の時にスマホを操作していて信号が青になっても気づかず後続の車が動けず渋滞してしまている。
実際に人が跳ねられるところの映像はショッキングだが、日本でも歩きスマホや車のスマホながら運転は後を絶たず大きな問題です。

以前、歩きスマホをしていて、マンホールの蓋が開いていてそこに落ちる映像や。道路工事がされているが、その進入防止の枠を越えて、道路工事の穴に落ちてしまうニュース映像が流されていたことを見たことがある。

歩きスマホやながらスマホは、スマホ依存症スマホ中毒となどの一つの現れといえるでしょう。
これらの映像は他人事としてではなく、対岸の火事として学び、反面教師として学び、スマホの使う場所と時をよく考えていかなくてはならないですね。
関連記事

ジョージ・オーウェルの「動物農場」

ジョージ・オーウェルの「動物農場 おとぎばなし」は、農場で飼われている家畜が反乱を起こし人間を追い出して、動物たちはブタをリーダーとして七の戒律を作って楽園をめざしていくが、リーダーとなったブタはしだいに、自分たちに都合のよいように、その戒律を他の動物が知らないうちに変えていった物語です。

七戒
一、二本足で歩くものはすべて的である。
二、四本足で歩くもの、あるいは羽根があるものはすべて友だちである。
三、動物は服を着るべからず。
四、動物はベットで寝るべからず。
五、動物は酒を飲むべからず。
六、動物はほかの動物を殺すべからず。
七、すべての動物は平等である。

このように、動物農場の戒律を決めたが、ブタは牛の乳を自分たちは、頭がよく、他の動物の指導と監督をするために頭をつかっているとして、そのために牛の乳を他の動物に相談しないで独り占めする。また、動物農場の恩恵は動物たちみんなにゆきわたっている。これは私の指導と監督のたまものであるから、みなより少しその恩恵を多く受け取る権利があるというのです。
そして七戒めをだれも知らないうちに、次のように変えていったのです。

四、動物はベットで寝るべからず、シーツを用いては。
五、動物は酒を飲むべからず、過度には。
六、動物はほかの動物を殺すべからず,理由なしには。
七、すべての動物は平等である。しかしある動物はほかの動物よりも、もっと平等である。

そして最後には戒律の七の、「すべての動物は平等である。しかしある動物はほかの動物よりも、もっと平等である。」しか残らなくなるのです。

この物語がオーウェルが書いたのは、第二次世界大戦末期だったが、なかなか出版を引き受ける出版社はなく、ようやく出版されたのは日本が戦争に負けた二日後です。何故そこまで出版されなかったのか。それはこの物語がソ連の体制を批判したもので、当時はイギリスはドイツと戦っていてソ連と同盟関係にあって、ソ連を批判するようなものを出版することは英ソ関係を悪くすると判断されたからだと言われている。

共産党一党独裁の管理社会の国家に限らず、民主主義の国家でも非常時には、そのように表現の自由、出版の自由が奪われてることがありうることを肝に命じ忘れてはならないと思う。
関連記事

家畜と健康

一つ気になっていることがある。

スポーツ選手で、健康で釣り合い・均衡・調和のとれたコンディションがとれ、長寿の人のしているスポーツや運動活動はなにをしているのだろうか。
また、逆にスポーツ生命が短かったり、あまり長生きできなかったり、故障によりからだに障碍がでたり、からだの調子を崩してしまったりするスポーツ、また選手寿命が短いスポーツはあるだろうか。
いま、日本だけでなく先進国のひとは、健康に非常に神経質になり運動をしたり、食事につて気をつかっているが、それらが過剰になれば逆に健康に害がでているといわれる。

また、まったく違う話になるが、食用家畜は生まれてから、1年か2年以内ぐらいに、出荷され屠殺され市場にでて、消費者の食卓に並び、食べられてします。それらの中でとくに美味しいとされる家畜を、死ぬまで飼育すると何年(何歳)ぐらい飼育できるのか。また、そのまま飼育していくと病気などにならないのか。
私は、霜降りの肉にする牛などは、メタボと同じではないか、フォアグラは肝臓肥大ではないかと感じている。そう考えるととても健康で長生きできないと言える。それらの家畜は人間でいう成人病いまでいう生活習慣病ではないかと感じている。
そのようないわば病気とでもいえる、牛や豚などの肉を食べることは、人間の健康によいのだろうか。

人の食用になるため短い命をしかも病気になるように飼育されている家畜たち、人はそのような生活習慣病にかかったものを食べて健康には影響はでてこないのだるか。
関連記事

松山刑務所大井造船作業場からの逃走

刑に服役している人でも、刑務所の中で服役している人と、比較的開放的な施設で服役している人もいる。後者の場合刑が比較的軽く、凶悪な犯罪を犯したひとではない。また、模範的な受刑者で寮で職業訓練を受けながら作業をしている人です。
そんな中で松山刑務所で服役者が脱走したという。その施設は受刑者が部屋を自由に出入りでき、塀や鉄格子もなく鍵もかけられていないと聞きます。
その施設の開所は1961年だが、今までに20人が一時所在不明になったといいます。今までにもその施設から脱走した?一時行方不明になったニュースをを聞いたような気もするが。今回のように大きく報じられていなかったのではないでしょうか。

刑務所はもともと、罪を罰するところとして、監禁したり強制労働をさせるところでした。しかし、最近は世界的にも更生して社会復帰の準備をするところとの考えも取り入れられてきています。そのことを考えると、今回の松山刑務所大井造船作業場から逃走者がでたこは非常に残念なことだといえる。この事件により、松山刑務所大井造船作業場の服役者の生活管理が問題になり、時代と逆行するようなことにならないか心配です。
今後も今まで通り、松山刑務所大井造船作業場の開放的ない環境が改められないことが、服役者の更生と社会復帰に大切なことだといえます。

私はこの松山刑務所大井造船作業場のことはよく知らないが、自立した生活を送るため、塀や鉄格子もなく鍵もかけられていないそうですが、一般の刑務所よりも規律が厳しく躾けられるとネットで書き込まれているものもある。実情は知らないが今後の刑務所の在り方を考える機会になればと思います。逆に、このような、社会復帰の準備を支援できる刑務所を増やすことも必要だと、私は思います。
関連記事
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

記事の整理棚
禅 (2)
最新の30の記事
月別の過去の記事
07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   09   08  
単語による記事検索
竹林の過去の戯言のタイトル

過去の記事タイトルを100件づつ表示します

記事へのコメント
  • 商業捕鯨に思う
    アジシオ次郎 (07/08)
    おはようございます。

    IWC(国際捕鯨委員会)を脱退して今月から商業捕鯨を再開した日本、組織として機能していないIWCへの反発から脱退して商業捕鯨再開に至った
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    竹林泉水 (07/05)
    菅官官房長官は徴用工問題に対する報復ではないとの趣旨の発言をしている。
    しかし、誰が見ても徴用工に対するもににしかみえない。
    それを白々しくそうではないといい、よ
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    アジシオ次郎 (07/05)
    おはようございます。

    韓国への半導体輸出規制という措置に踏み切った日本、でも韓国が徴用工問題を蒸し返すという日韓請求権協定に反する行為をしたことで、その見返り
  • 日本の報道の自由
    竹林泉水 (06/17)
    コメントありがとうございます
    まったくそう思います。
    民放は広告収入元のスポンサーからの収入があるので、その顔色を見るからしょうがないにしても、政権の顔色を見る必
  • 日本の報道の自由
    風と雲 (06/10)
    政権に不都合なことは隠す、曖昧にする、知らしめない。これは政権が世論を最も恐れっるからだ。現政権は硬軟取り混ぜた巧みなメディア操作と中身の無いパフォーマンスが功
  • 日本の報道の自由
    アジシオ次郎 (06/10)
    おはようございます。

    こういう指摘についてすぐに「内政干渉だ!」って反論も出てくるけど、日本の報道の自由度というか報道が健全かという点において先進国において❝
  • 夏のサンマ
    竹林泉水 (06/02)
    逆に一年間漁をやめるなどしてはどうだろうかと思うが、それでは漁業者の生活権を奪うことになる。また、今まで、外国人に日本の美味しい食材を紹介して、それを海外に売り
  • 夏のサンマ
    荒野鷹虎 (06/01)
    漁獲量は年々細くなっていますが、資源本来の減少も一因と思います。期限を撤廃するのは大きな間違いと思います。
    資源は有限ですから資源保護政策をとる必要はあると思い
  • 維新の会 丸山穂高氏の発言 記事追加
    竹林泉水 (05/16)
    私は丸山氏の日頃の言動をよく知らないので、何とも言えないがマスコミやネットなどを見ていると、もともと議会制民主主義の国会議員としてのあるべき資質を否定しているよ
  • 記事へのトラックバック
    ブロとも一覧

    うたのすけ

    山下道場

    荒野鷹虎

    海空居士

    紀瀬美香

    marihime

    お父さんの旅

    キラベル

    silver camellia

    kbrkのつぶやき

    魚京童!

    俊樹

    アジシオ次郎

    ほんわか?絵日記

    吾輩と旅と副業

    Chronos Moon

    ざっくり読書感想文

    Taiwa Sato

    びとら

    Resale Japan

    QWERT 5w1h

    (o ̄∇ ̄o)♪

    HIROGACHAN+

    しんのすけたろ

    勝ち組の日経225

    ハセッチブログ

    五月雨 時雨

    諭吉

    さくらさくら1

    不思議な不正義2
    ブロとも 申請フォーム

    竹林乃方丈庵のブロとも申請はこちらからです。

    Webページへのリンク
    Powered By FC2ブログ

    今すぐブログを作ろう!

    Powered By FC2ブログ

    更新履歴
    今日の暦と天気

    日めくりカレンダの説明

    ■2016年旧暦 日月の出入■

    03 | 2018/04 | 05
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930-----

    ★☆今宵の夜空☆★

    NHKらじる★らじる
    大阪東京第2FM大阪
    何の日



    ご訪問ありがとうございます
    竹林泉水のTwitter
    FC2掲示板
    [ブログ記事へのコメント 掲示板のレス 感想など]
    ■□FC2のブログ□■
    _/_/_/竹林乃方丈庵を_/_/_/
    _/_/_/ リンクに追加 _/_/_/
    □■□■徒然諸諸■□■□ □■□■心の時代■□■□ □■□■息身心/健康■□■□ ----- □■□■厚生福祉■□■□ □■□■その他■□■□
    □■FC2以外のブログ■□
    諸諸 徒然 「身・息・心」 こころの時代
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR