竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

ヤマユリ園の事件

ヤマユリ園の事件は衝撃的で非常にショックでした。重度の障碍が重複して生きている人を価値がない決めつけ、安楽死させた方がその人のためにもなりよいとの考えは、劣るものは価値がなく社会のお荷物になるとするのは、ヒトラーの優生思想と同じもで許せないです。このような考えは政治の指導者の中には昔からあるもので、そのような考えが出て来るたびにその考えは間違っていると否定されてきました。社会的弱者を自己責任だとして切り捨てるもので、民主主義社会では許されないものです。

私は、長く特別支援学校で教鞭をとっていました、その中の生徒には人工呼吸器をつけ意思の疎通がなかなかできない人もいました。しかし、そのような人も生命として生きようと鼓動を脈々と打っています。児童生徒たちは学校の活動の中でも、特に重度重複の生徒たちは楽しい、嫌だ、辛いなどいろいろな表情をみせ、自分の意志を様々な方法で表現し伝えてくれます。このヤマユリ園での事件を起こした容疑者は、それらを受け止めることができなかったのでしょう。
重度重複の障碍者に限らず、障害があるになしに限らず、人を支援するには莫大な費用がかかります、この容疑者はそれらは無駄なものだとして切り捨てていく考えをもっているのでしょう。しかし、彼自身も一人でがんばって生きているのだとし、自分の不幸だけを見つめてしまい社会のシステムが悪いのだなどと考えてしまったのでしょう。いまだ、重度重複の障碍者は生きている価値がないとする考えは変わらないとききます。彼自身、多くの人と助けを得て生きているのだということを知り悟ことができないのでしょう。このやまゆり園の事件だけでなく、自分の不幸を一人で背負い自暴自棄のような犯罪を犯す人は秋葉原の殺傷事件など振り替えてみると時々起きています。世の中自体の受容力や摂受が弱くなり折伏すべきとする考えが強くなってきているように感じる。
本来は摂受と折伏は一対をなすものであるはずが、折伏ばかりになれば排他的になり受容できないものは、排除すべき粛清すべきとなり、私たちが戦後めざして来た社会とは反対に方向のものではないでしょうか。

最近の政治は自己責任として弱者を切り捨てる施策をとっています。大げさに言えばヤマユリ園の容疑者と同じよな考え方とも言えないでしょうか。
だれもが、障碍者や弱者や負け組とされる人の権利を尊重し、理解をしそれを支援することは大切なことだと思います。自分さえ良ければいい、自分より弱い立場の人間は見下していいなんて考えを許してはいけないことは同感です。
強い者が正しいなんて考えは原始人の考えです。野蛮人の価値観です。そうですね。岡倉覚三の茶の本の一説を思い出した、「もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。」文明や利益や効率などを優先させるのが文明人とするならそれは逆に野蛮人に等しことでしょうね。

「ああいう過激な人間は徹底的に監視せよ!」と言われるが、監視してどうするのですか、それらの人の行いを間違でありそれが逆に自分自身の生き方を息苦しくしていることだと諭していくことはひつようです。
監視はひつよだが、それが行き着く先は総監視社会になりかねないので心配です。それが、民主主義社会の問題点であり課題でもあります。日本国憲法の12条の国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならないであり、97条の「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」これらの意味しているものは何か、よく考え民主主義を保持していきたいと思います。
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子育て支援 宝くじ

「子育て支援」の宝くじ発売 来年春から発売されるようです。
新しい宝くじの「子育て支援くじ」は仮称だそうだが、子育て支援の地方自治体の財源確保が狙いだという。
国からの財源だと使い道などが制限されるので、子育て支援の拡充に取り組みやすい環境を整備するのが目的だそうです。
高市早苗総務相が28日、記者会見で「この宝くじにより、社会全体で子育てを支える機運が広がることに期待したい」。と述べている。

趣旨狙いはよくわかるが、小さな政府を目指している安倍政権としては、国防費などには税金をつかっても、福祉などは国民のことなどで自己責任として削減される中で、各市町村が地域の実情に合った使い方ができるとして期待はできるが。見方によっては国の責任放棄の目くらましのようにも見えてくる。

発売開始時期はこどもの日がある4月から5月ごろだそうです。まずは、厳しい財源状況の自治体としては、少子化対策として子育て支援に力を入れられることを期待したいです。
しかし、先にも書いたように国の教育や子供の福祉の責任放棄のことのないように、宝くじの財源に甘んじることなく、地方は国へのすべき要求はしていかなくてはならないし、国はそれにこたえるべきものです。憲法で保障されている国民の生活権や教育権などに対してもっと応えていくべきでしょう。

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電子チップのインプラント

NHKのワールドニュースを見ていると、親指と人差し指にマイクロチップを埋め込み、電子キーの開錠をすることを取り入れた企業がニュースになっていた。
IDカードをかざしたり暗証番号を入力する必要もなく非常に効率的で、入室退室の管理も簡単にできるでしょう。
これから人の身体へのインプラントチップの技術は進むでしょう。
いま私たちの日常生活では様々なカードが使われている、商店のプリペードカードや会員カードなどさまざまで、それらはその店独自のものもあれば、他の店と連携しているものもある。そのために多くの人が非常に多くのカードを持ってしまっている。それらのカードには磁気記憶のものもあれば鉄道会社のICカードのように、端末にかざすとカードと情報をやり取りして情報処理するものもある。そして鉄道会社のICカードは段段と共通化して統合されていくようです。
これらのカードの統合が進み、マイクロチップ化されていくこともそう遠くない時期に到来するかもしれません。
これらの技術はいま凄まじい勢いで、あらゆる分野でのテクノロジーが発達発展進化してる。私もそれに興味関心があり、電子テクノロジーやAIの進化は目を見張るものがある。しかし、そのテクノロジーが今どこまで進化しているか、その実状と内容を正確に知る人は少ないでしょう。また、それに対する問題点はあまり明らかにされていません。いや中には意図的に問題点を伏せているものもあるでしょう。
これらの技術に対し私は、興味関心があると書いたが、問題点に対しては目をつぶったり、考えなかったりはしないでおくことのないように心がけたいです。
テクノロジーなどを詰め込んだ新しい機器にすぐに飛びつき買い換えていく人がいるが、テクノロジーの問題点について考えるより、好奇心を優先して新しいテクノロジーを追いかけることはしないでおきたい。それは、そのテクノロジーに生活が左右されたり使われたりすることがないようにしたいからです。
いま、あらゆることに対して、電子機器のテクノロジーが応用されて便利になってきている。しかし、便利になり過ぎてその原理や仕組みが見えないので、簡単なことでもその原理しくみが分らなくなっている。また、その便利なものがトラブルでも起すと、なくなると何もできなくなり右往左往する人もいる。
また、以前は自分で判断してしていたことやなどが、システムや機械が自動的にしてくれるので、その自分で判断し決断する必要がなくなり、その決断力が落ちて来ているののではないだろうか。小学生の低学年ころは朝起きて外に出て西の山を見て傘を持って出るか判断していた。それが、家にテレビ買ったころから、外に出て山を見ることはなくなり、テレビの天気予報を見て判断するようになった。
考えて見れば、私はよい時期に生まれ育ったと思う、江戸時代や明治時代に比べればハイテクの時代で、上水道とガスや電気は普及していた。下水道はまだ排水溝に垂れ流しで屎尿は汲み取りだった。道路もアスファルトではなく未舗装で土ぼこりが立っていた。テレビは黎明期でチャンネルもNHKしかなかったです。今のように24時間放送でいくつもチャンネルがなく、朝と昼っと夕方から夜にかけてだけ放送し、あらゆる情報が洪水のように氾濫しているいまの状態は幸せなのだろうか。

人は好奇心が旺盛で新しい技術は魅力的に感じるものです。この電子キーのマイクロチップのインプラント、また、GPS機能を利用した犯罪者の足枷がマイクロチップ化しインプラントされたら、歯のインプラントだけでなく、人の記憶を操作できるかの研究も進んでいると聞く、様々なインプラントが人にほどこされていく、子どもの頃興味を持って読んだマンガのサイボーグのような人間にやさしいもんではなく、しまいにスタートレックにでてくる、価値のあるものは総てを同化し、価値のないものは無視するボーグのようなものを追い求めていくのではないかと心配になる。
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安倍内閣改造

安倍内閣は第二次政権になってから、三回目の内閣改造をした。その陣容を見ると、形の上では野田聖子氏を総務大臣に起用するなど、安倍晋三氏と距離を置いている人も入閣しているが、やはりお友だち内閣の感は色濃く残っている。また、女性大臣は2人になり女性の活用を称える割には、男性中心の内閣と言えるだろう。
これから、自民党としては総裁選があるが、3年二期までとしていたのを、3年三期までにし、次の総裁選に出馬し長期政権を目論み、安倍氏の悲願である日本国憲法の改憲に突き進んでいくのだろう。

現行に日本国憲法はアメリカからの押し付けられたもので屈辱だと言う。自主憲法を作るというが誰が自主的に作った憲法にするのだろうか。屈辱的というなら、いまアメリカに従属している状況を作っている日米地位協定は屈辱的ではないのだろうか。
日米安保条約は片務的だというが、その安保条約の日米地位協定は不平等協定ではないだろうか。安保条約を片務的でなく双務条約にすべきというなら、日米地位協定は相互の国と主権と独立を尊重した対等な協定にすべきではないだろうか。米兵が自由に日本に出入りでき、米兵が犯罪を犯しても日本の法律で罰することができず、東京の上空の横田空域は日本の民間機が飛べない、米国では民間人が住んでいる上空を米軍機はとべないが、日本上空は米軍機が飛んでいる。これこそ屈辱ではないだろうか。日本国憲法は成立の経緯はいろいろあるが、世界に類を見ない稀有な憲法であることはたしかです。しかし、その憲法だからこそ戦後の復興はたせ、平和国家として世界から認められてきたのではないか。
安倍首相は積極的平和主義と言う言葉を使い、積極的に武力を行使できる国にしていってる。
閣議決定でいろいろなことを国会を通さずにおこなっているが、集団的自衛権行使は憲法違反や武器輸出三原則を防衛装備移転原則など、閣議で決められるからと、いままで国の大きな柱としてきたものを国会の意見も聞かずに押し進めてよいのだろうか。
これでは、まるで北の国と同じではないか、今回の内閣改造後安倍内閣がどのよなことをするか注視していきたい。
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中曽根康弘の憲法案

憲法に調べていると、改憲案は幾つも出てくるが、どれもいまの憲法を護憲して発展的に民主主義憲法を強固なものにしようとするものには行きあたらない。
どれも、憲法9条を変え、国民主権を称えながらもいまの国民の権利義務より後退させるものばかりです。
そう思っていたら、また、別の憲法案が出ていきました。元首相の中曽根康弘氏の私擬憲法案です。
名前がまた中曽根氏らしい奮ったもので「高度民主主義民定憲法草案」となっています。

この憲法の章立ては次のようになっている。
高度民主主義民定憲法草案
日本国憲法
勅語
前文
第一章 日本国及び天皇
第二章 国民の地位及び国家の責務
第三章 国会
第四章 内閣
第五章 憲法評議会
第六章 司法
第七章 財政
第八章 防衛
第九章 地方自治
第十章 改正
第十一章 補則

中曽根氏は以前に現行憲法を「押し付けられた憲法」といわず「与えられた憲法」と言いたことがる。
この憲法の特徴は、
「首相公選」と総理大臣を内閣首相とし、憲法評議会をつくる三点にあるといえます。

その憲法評議会について、第93条に、現に職にある両議院の議長及びかつて内閣首相の地位に在つた者は、当然に憲法評議会の委員となる。
とありつまり総理大臣経験者が憲法評議会の委員となり、政権に都合の良い人が委員につくことができるようになっている。
本来憲法裁判所は違憲立法審査権や憲法保障に関する争訟や勝手な憲法解釈に歯止めをかけるもで、95条では、憲法評議会は、内閣首相及び内閣副首相の選挙の適法性を監視し、その結果を発表する。2憲法評議会は、法律の定めるところにより、前項の選挙に関する異議について審査する。3憲法評議会は、法律の定めるところにより、国民投票の執行の適法性を監視し、その結果を発表する。
このように書かれているが果たして、いまの日本のように自民党の独裁のような長期政権の下では本来の機能がこれでは果たせるだろうか。
首相の公選制をとなえながら、憲法評議会の権力が制限されていないのでは、首相を自由に罷免など出来るようになるのではないか。


前文は次のようになっている。
 わが国日本は、主権が国民に存する民主主義共同体である。日本国のすべての国権は、その源を国民に発するものであつて、国民の信託に基づいて、その代表者を通じ、国民の幸福を目的として行使される。
 国民は、ひとしく人間としての尊厳を保障されるとともに、共同体の一員としての責務を負担する。
以下略
主権在民と現行憲法と同じような、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」ことが書かれいるが、「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」は、「国民は、ひとしく人間としての尊厳を保障されるとともに、共同体の一員としての責務を負担する。」になっている。この共同体の一員とはなんだろうか。
前文の最後には、「大日本帝国憲法及び日本国憲法の歴史的意義を想起しつつ、その経験を生かして、新時代にふさわしいわが日本国の根本規範として、すべての国民の名で、この憲法を確定する。」となっています。

天皇については、象徴といわず、第一条 日本国は、天皇を国民統合の中心とし、その主権が国民にある民主主義国家である。としている。

国会議員には憲法を守る義務をおわし、内閣首相には、就任前に「私は内閣首相の職務を忠実に遂行し、日本国憲法を守り、全力をつくして国際平和と国民の福祉の増進に努力することを誓う。」の宣誓を行なわなければならないとしている。
しかし、国民の権利義務については、第二章 国民の地位及び国家の責務 という表現になっている。
第三十五条 すべての国民は、憲法その他の法令を順守しなければならない。
第三十六条 すべての国民は、国を防衛する義務を負う。
として、主権者である国民に憲法についても順守義務をおわしている。

このあとに、中曽根康弘氏は公益財団法人 世界平和研究所を作り、平和研憲法試案を公表してるようです。
こちらの方も調べて見たく思います。
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レム睡眠とノンレム睡眠と脳のゴミ

レム睡眠とノンレム睡眠と脳のゴミ

私も年を重ねるごとに、認知症などを心配するいきにちかづいてきた。脳が活動したときに生まれる老廃物であるアミロイドβの蓄積は、アルツハイマー病発症の引き金と考えられていり、この考えると生まれるアミロイドβが溜まらないようにするにはどうしたらよいか。
方法は簡単考えないようすることとなるが、考えないなら初めから認知症みたいなもので、これではお話になりません考えてもアミロイドβを溜めないのが一番よいのですね。
最近の脳科学の研究で、脳は活動するとアミロイドβ生まれる、それは脳のゴミとも呼ばれている。このアミロイドβが認知症発祥の原因だとわかっていた。このアミロイドβが溜まらないようにするにはどうしたらよいか研究されていたが、最近別のことがわかってきたそうです。それはアミロイドβを溜まらないようにではなく、アミロイドβが洗い流されるのだということが分かってきました。
最近の研究では睡眠がよい方法と判ってきたそうです。寝るとアミロイドβを脳から洗い流す能力が高まるということです。

脳の神経細胞の活性化として、効果的なことが3つあるそうです。
1.有酸素運動
有酸素運動をすると神経細胞を活性化するホルモンが分泌され、アミロイドβを分解する酵素を増やすことがが判ってきている。また、運動後だとよく眠れるのでアミロイドβの排出にもよい影響をもたらすとそうです。
2.コミュニケーション
いつも同じ人と会話をするのではなく、色んな人と出会って新鮮な会話をすると、脳を活性化させるそうです。
3.知的活動
囲碁や将棋、裁縫、創作折り紙など頭を使いながら指先を動かす知的活動が、神経細胞を活性化するのによいそうです。

1の有酸素運動ですが、眠れるのでアミロイドβの排出に注目してみたい。
アミロイドβは脳のゴミともよばれ、考えることにより溜まっていくといわれている。しかし最近の研究でノンレム睡眠の時にアミロイドβが排出されることが分かってきたといいます。
睡眠には一定の間隔で、眠りの浅いレム睡眠と眠りの深いノンレム睡眠があり、レム睡眠の時に夢を見ることがわかっている。夢を見ないで熟睡すると、脳のゴミであるアミロイドβが排出されるので、熟睡はよいこととなるようです。しかし、最近わたしは数時間おきに目がさめ眠りが浅いです。また夢を見ることも多くありこれでは、アミロイドβが溜まりつづけているのではないだろうか。

そこで、最近あまり意識することが少なくなっていた、呼吸について振り返ってみたい。このブログにも呼吸や瞑想についての記事を幾つか書いたのでまずはそれを、降り返って読んでみることにする。
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日本の古代史 の備忘録

日本の古代史 の備忘録

邪馬台国や卑弥呼については、「三国志」のなかの「魏志 30巻 東夷伝」のなかの「倭人の条」に書かれいる。これは外国の文書であり、日本の有史はそれからはるか後のことです。神武天皇から開化天皇は伝承上の天皇とされ、十代天皇の崇神天皇からとされている。本によれば十四代仲哀店の前を神話時代とするものもある。
十四代仲哀天皇の神功皇后(開化天皇の玄孫の子)のような皇太后になってから身籠の身で三韓征伐をして凱旋して十五代応神天皇を産んだ話など。話しが荒唐なものもあります。
そして、日本の歴史として公式な文書とし残され始めたのは、用明天皇の子である厩戸皇子であある聖徳太子が33代推古天皇の摂政となったあたりからといわれている。

日本の古代史を著した記紀は、大和朝廷を平定し畿内を統治下に治めた朝廷が、西国や東国、九州、東北をおさめるために、今までに各部族などにあった言い伝えなどを、天皇家の正当性を裏打ちさせるためにまとめ上げらたもので、それを神話としてみるのではなく、戦略的な目的で編纂されたものとして見る方が、日本の成り立ちを正しく見れるものだと思う。

以下に、記紀や六国史や大日本史などの概観並べてみた。特に水戸光圀が着手させたのは、完成まで250年程かかっている。明治維新を挟んで明治政府が天皇制を正当化し確立させる目的に利用させられたことは言うまでもないだろう。

・古事記(40代天武天皇・43代元明天皇の勅712年) 3巻 天地開闢~鵜葺草葺不合命・神武天皇~応神天皇・仁徳天皇~推古天皇 稗田阿礼・大安万侶
六国史
・日本書紀(舎人親王らの撰720年) 30巻 神代~持統 舎人親王
・続日本紀(桓武天皇の勅を奉じて797年) 40巻 文武~桓武 藤原継繩・菅野真道
・日本後紀 40巻(840年) 桓武~淳和 藤原冬嗣・藤原緒嗣
・続日本後紀(文徳天皇の勅を奉じて撰進。869年) 20 仁明 藤原良房・春澄善繩
・日本文徳天皇実録(文徳実録)879年 10 文徳 藤原基経・都良香・藤原是善
・日本三代実録(三代実録)901年 50 清和・陽成・光考 藤原時平・大蔵善行

・大日本史(徳川光圀1657年着手 1906年完) 397巻 神功皇后を皇妃伝に、大友皇子を本紀にのせ、南朝を正統 神武天皇~後小松天皇 

日本の古代の歴史をしるのに、岩波新書の「日本国家の起源」品切れ、講談社現代新書「「神道」の虚像と実像」、「歴代天皇事典」PHP文庫、「歴代天皇総覧」中公新書、「天皇はいつから天皇になったか?」祥伝社新書、などをもう一度読んでみることにする。
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山本有三と憲法

山本有三と憲法

日本国憲法の口語訳にもかかわったとされる、山本有三が1946年1月5日にいまのNHKであるJOAKで「竹」と言う談話をしている。山本有三と言えば、教科書にのっていた『路傍の石』や『真実一路』ぐらいしかいしらないが、戦後間もなく貴族院議員にも勅撰され、新憲法の下では全国区から参議院議員にも当選していることはよくしらなかった。実は私が有三が憲法の口語訳に関わっていたことをしたのも、改憲派が現行憲法をGHQの押し付けだとし英文を翻訳したようなものだというので、それについて調べていたら最近山本有三が関わっていたことをしったほで、有三については前から気になってはいたがほとんど知らなかったです。

話しを「竹」にもどします。
有三は戦前の日本は50年前の日清戦争ごろは上り坂にあったが、アメリカのエール大学ラッド教授が日本人について、「感情的で激しやすくうまくゆきそうにないと冷めやすく移り気だとし。人民の幸福や社会正義よりも、忠孝の道徳観を信じている。これを改めないと日本人は世界の注目を引くだろうが、それを改めないと世界の人民の中で偉大な国民となれないだろう」と50年前に言っていると紹介している。そして、50年後に偉大な国になれなかったばかりかもっともみじめな国民になり下がったと書いている。その原因は、政治家や軍部やマスコミなどの責任だけでなく、国民の中にもそれがあると書いています。
そして、桜と竹に例えて、桜よりも竹がよいと言っています。桜はパッと咲いてパッと散る、これは熱しやすく冷めやすい日本人の気性にあてはまる。
そして、竹につてい有三は次のようにいっている。竹は冬になって大雪が降っても、じっと耐えて辛抱しているどんな上からの圧迫が強かろうが、ポキッと折れるようなふがいないことはめったにない。竹は雪が必ずいつかは降りやみことを知っている。そして雪が小やみになると自分の力で雪をはねのけて払い落として、ピンんと元の姿に返ってゆく。と言っています。
そして最後に次のように閉めています。
「日本人は、感情的な国民だと言われえおります。しかし、意志の力が恵まれていないでしょうか。 ・・・中略・・・ 、われわれ日本人が実地にこれをおこなってみることが、もっと大事です。日本人みずから立ちあがらないで、どうして国の建てなおしができますでしょうか。その意味におきまして、新日本建設の最初の正月にあたり、特に竹の話を申しあげたしだいでございます。」

有三はこの年の十一月に新憲法発布で、戦争放棄について朝日新聞に「戦争放棄と日本」の表題で寄稿し、その中でつぎのよう箇所がある。有三は外国人とこの戦争放棄に問題で話し合ったとき、戦争権を放棄することは、日本としては真剣なことなのだと言うと、「あなたは文学者だから・・・・・・」と、簡単にあしらわれたと言っている。そこで有三は中大兄皇子(のちに天智天皇)は、新羅が百済に攻め入ったとき、百済を救うために唐と新羅に攻め入った白村江の戦いで大敗した以来、明治の初めまで秀吉の出兵以外には外国に攻め入ったことはなく平和を愛する国だと言っている。そう思えば戦った相手である唐とは、遣唐使を送り公式の使節団で交流しているし、朝鮮とも外交使節団が朝鮮通信使として交流している。江戸時代には日本に拉致された朝鮮人送還も兼ねておこなわれている。このように有三のいうように、日本は本来は平和を望む国なのであろう。それでは明治初期以来の脱亜入欧で国の発展をめざし、西欧の帝国主義を見習い、片や神道国家を目ざす廃仏毀釈を打ち進め、軍国主義・侵略主義に進んだのは、本来の日本の在り方だったのだろうか。
鎖国をしていた日本は開国をし幕末以来、多くの西洋の文物を取り入れたそのとき、善いものも取り入れ大きく発展したとともに、如何わしい帝国主義まで取り入れて、西洋の大国と対峙しようとした。そして日清日露戦争の勝利により、思い上がり亡国愛国主義がはびこったとしている。
そして、日本は惨めな敗戦をした経験を踏まえ、戦力不保持・戦争放棄について有三は次のように言っている。
武力について「そんなものは、きれいさっぱりと投げ出してまって、裸になることである。そのほうが、どんなにさばさばするかしれない。裸より強いものはないのである。なまじ武力なぞ持っておれば、痛くもない腹をさぐられる。それよりは、役にも立たない武器なぞ捨ててしまって、まる腰になるほうが、ずっと自由ではないか、そこにこそ、本当に日本の生きる道があるのだと信ずる。」
この言葉など、安倍晋三などの9条に改憲に積極的な人が読むと、なんて脳天気だと腰を抜かすだろう。確かにいまの国際情勢で日本一国が戦争に背を向けることはできないであろうし、国際貢献をする大国としての日本を目ざすなら避けられないことです。
しかし、二度と世界大戦をして世界が大きな犠牲を払った直後のことをかんがえると、平和への有三のこの意気込みを感じます。
有三は最後に「前略・・・・・・この新しい憲法の発布されたのを機会に、はっきりと自分の道を歩みだしてもらいたい、我々は敗戦国民に相違ないが、今や真理と自由と平和を目ざして、新しい国家を築きあげんとしているのである。・・・・・・以下略」

付け加えになるが、明治維新により、大政奉還がされ薩長土肥の藩閥せいじにより、天皇制を正当化するため国家神道がつくら、軍閥や財界に抗することができず海外進出をしてゆくが、天皇制をよりどころにする記紀なども、白村江の戦い後に作られてもので、万葉の世やと大仏建立などの天平文化が花開き、西はペルシャに至るまでの交流をし、美と信仰と平和のために力を尽くしてきことは、蔑韓嫌韓や中国脅威論に馳せるのではなく今の世も見習いたものです。
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太極拳の歩行練習と呼吸

毎朝太極拳をしているが、最近思ったことがある。太極拳は左の手足の運びとからだの動き、右の手足の運びとからだの動きを、別々に交互にしていくが、これと呼吸の兼ね合いを考えてみた。
ラジオ体操などはほぼ左右同時に同じ動きをする。しかし、太極拳は先に書いたように同じではなく、片側づつして行くことが多い。このとき呼吸を考えると肺の動きはどうか、右手を前に出すと左手は引くそうなると片側の肺は空気を吸うか吐くかをするが、一方の肺は止めるかその逆のことをする。

太極拳の套路につて書いてる本を読んでも、呼吸のことについて書いてる本はないが、ゆったりと同じ流れで調和をとりながら太極拳をするために、このことについて、太極拳の歩行練習をする時に手の動きをつけ、この呼吸の方法を意識をしながらこれからしてみようとおもう。


大極拳の呼吸法のタイミングにつて考えてみた。
概ね次のようになると思う。

◆息を吐く
腕を下げる時
前へ進む時
身体を沈める時
身体を曲げる時
腕を外へ分ける時
動作の終わり

◆息を吸う
腕を持ち上げる時
後ろへ下がる時
身体を上げる時
身体を伸ばす時
腕を内へ寄せる時
動作の始め

呼吸するには、吸気の時は横隔膜、外肋間筋、副呼吸筋(胸鎖乳突筋、斜角筋、僧帽筋)が使われ、呼気の時は腹筋、内肋間筋が使われる。
肺自体は動く筋肉でなく、横隔膜や肋骨の筋肉を動かして肺を脹らませたり縮ませたりする。

これらのことを考えてみたい。

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とまらない失言

江崎沖縄北方担当大臣は、身内の会合で役所の文書を読んで行くだけと発言したそうです。
国会の委員会中継を見ていると、質問に対しての担当大臣の答弁は、官僚の書いた答弁書を読み上げているだけの人が多いです。
首相の記者会見でも、まずは左右にあるプロッターの画面をみて喋っている。はじめの首相の発言は原稿があるので、それをもとに間違いのないように喋るのは悪いことではないでしょう。
しかし、一つ不可解なのは、その後の記者からの質疑応答がるが、記者の質問に対しなぜか手元の原稿を見ながら質問に答えていることがあります。これは事前に記者からの質問内容を聞いていると言うことなのでしょうか。もしそうなら首相の記者会見の質疑応答は茶番だと言えるでしょう。

これらのことを考えると、江崎大臣の役所の文書を読んでいくと言うのは、間違いでなく正直に本当の所を述べただけのものでしょう。

しかし、それを正直に言う大臣がいることは、安倍首相の「謙虚に丁寧に説明して理解してもらい国民の付託に応えてい」と言うのは、国民は言葉で惑わすことができる、そとづらをよくして、国民に面従腹背でまだまだいけいると思っているのでしょう。早くも全く反省はないことを露呈してしまったようです。

もっとも、いまの自民党は反省ができないようです。自民党が下野したときその原因として、自民党内のごたごたなどに嫌気をさしたからのことを棚に上げ、マスコミが自民党の悪いところを書いたからと言っていた。そして政権を取り戻したのは国民はやはり自民党でないとだめだと選択したといっている。自民党が政権を取り戻したのは自民党がよいのではなく、当時の民主党が未熟過ぎたのと、官僚政治からの脱却を打ち出し官僚を敵にまわしてしまったからです。自民党は民主党政治の失敗から学んだことは、官僚支配を対岸の火事として学んだことでしょう。

この調子だとまだまだ、大臣の不用意な発言は繰り返されるのではないだろうか
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中曽根康弘のもう一つの憲法

中曽根康弘元首相は、2005年1月に世界平和研究所(中曽根康弘主宰)から、高度民主主義民定憲法にかわる、平和研憲法試案なるものを発表している。
その条建は次のようになっている。

前文
第一条 天皇の地位
第一章 国民主権
第二章 天皇
第三章 安全保障及び国際協力
第四章 国民の権利及び義務
第五章 国会
第六章 内閣総理大臣
第七章 裁判所
第八章 財政
第九章 地方自治
第十章 改正
第十一章 最高法規

となっている、国民主権を強調したいのか、第一章は国民主権になってるが、その前に、天皇の地位を前置きし「国民に主権の存する日本国の元首であり、国民統合の象徴である。」と、意味のよくわからない条文を置いている。

前の憲法案にあった「主権が国民に存する民主主義共同体である。日本国のすべての国権は、その源を国民に発するものであつて、国民の信託に基づいて、その代表者を通じ、国民の幸福を目的として行使される。」は、これは現行憲法の「国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり」の焼き直しのようなものだが、アメリカの独立宣言にある「人民の人民による人民のための政治」からもちいたものだとしてか、なくなっている。
しかしこれは人類普遍の原理とあることをどのように考えているのだろうか。
他の、自民党案や読売や産経や日本青年会議などの憲法もこの普遍の原理を疎かにしてることは、今後日本の民主主義がどのようになるか心配でだ。

始めの案のように、内閣総理大臣を内閣首相にすることは取り下げているが、条文をよんでいくとキナ臭いところが、そこかしこに見うけられます。

どうも前の憲法は、高度民主主義民定憲法と言う名前もそうだが、平和研憲法試などとつけることじた、朝鮮人民民主主義共和国の国の名前のように感じる。ソ連時代のプラウダの小話のように、北朝鮮のどこに民主主義があり共和制であろうか。中華人民共和国と言うが、共産党独裁のどこに人民の政治があるのだろうか。
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高プロ制度 

残業代の支払いなど労働時間に関する規制から一部の専門職を外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ制度)」を含む労働基準法改正案について、7月に容認することに執行部が合意する姿勢を見せたことは、労働者の権利を守るべき連合としてある姿だったろうか。
そのため、下部組織から「組合員への裏切り行為だ」などと組織内で批判を浴び、それにより連合は政労使の合意見送った。
これは当然のことだろう、高度プロフェッショナル制度は聞こえがよいが様々な問題点がある。政府は年収が年収1075万円以上の人で、コンサルタントといった高度な専門的知識を必要とする業務に就くことが条件なので問題ないとしている。
しかし、その内容を詳しく見ていくと、高収入の専門職を「労働時間は1日8時間まで」「時間外労働には割増賃金を支払う」と定めた労基法の労働規制から除外され、しかも管理職よりも規制がないと言われている。
そのため、連合の執行部は、「年間104日の休日確保の義務化」のほか「連続2週間の休日取得」「臨時の健康診断」などから労使に選ばせ、働き過ぎ防止を図ることを提案した。しかし、労働組合が弱体化し労基法の対象外となるなら、労使の力関係からそれがどこまで守らるだろうか。このようなことを提案する連合は労働者の立場にたって、政府と交渉しているのだろうか、これでは会社の御用組織になり下がったように感じる。

労働界は「残業代ゼロ」で、際限なく働かされかねないとして反対し、いったん導入されれば、対象が高収入労働者以外にも拡大していく恐れがある。

労働者派遣法が施行されたのが、1986年で始めは13業務に限られ、一時的に外部から労働者を拝借する手段として、派遣期間を1年として始められがが、施行されたその年に16業務に改められた。10年後の1996年には専門性の高い業務を対象に26業務に拡大た。さらに1999年にはし、派遣業務を原則自由化し、26業種は3年、新たに追加した者は最長1年の制限が設けられた。
また、派遣を認可する方式から、禁止する物を指定する方式に変更されている。
2000年には、紹介予定派遣が解禁され、一定期間派遣先企業で就労し、期間就労後労使の合意の場合直接雇用できるシステムが導入される。
2004年には、自由化業務の派遣期間を3年に延長し、26業種は派遣期間を無制限になる。
2006年には、派遣禁止業務の医療関係の業務の一部が解禁。
2007年には、製造業務の派遣期間を3年に延長。
2012年に、派遣法が改正、26業種から28業種になる。
2015年、派遣法改定、すべての労働者派遣事業を許可制になる。

このように派遣法は今は、ブラック企業と呼ばれる会社だけでなく、名のある企業もこの制度は重宝だと活用し、雇用者が労働者を使い捨てできるような法律になってしまている。
今安倍政権が強引に進めよとしている、高プロ制度もいくら規制が儲けられても、労働組合が弱体化してるいま、時間が経つと高プロ制度の規制はどんどんと雇用者に有利なようにゆるめられ、しかも岩盤規制には孔をあけるとして、どんどんと取り払われてしまう恐れが現実のこととしてなってしまうのではないか、それは、派遣法が物語っていないだろうか。

安倍政権は「官製春闘」と呼ばれるように、労働者の賃金上げをされ、政労使会議などで組合への関与を強めてその結果、連合執行部はまるで政府にすり寄る組織になり下がってしまっている。
政府は、高プロ制度を進めるため、労基法改正案を、残業時間の上限規制と抱き合わせ、秋の臨時国会に提出を目論んでいる。
安倍政権が日本の経済発展を押し進めるのに、三本の矢を打ち出したがそれは、働く者にとって我慢して犠牲を強いるものです。連合執行部はこのような時こそ労働者の立場に立つのが本来の役割で、それをしなければ連合としての存在価値はないです。連合執行部は高プロ制度ついて、反対姿勢を強く打ち出し、働く人の権利や生命を守る原点に立ち戻るべきではないだろうか。いまのままでは、日本の働く人は使い捨てされるばかりだろう。
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認知症ケアの手法 ユマニチュード

フランス生まれの新しい認知症ケアの手法に、ユマニチュードというケアーの考えがある、この方法で認知症のかたに接すると、わずか1分程度で驚くほどの、行動が改善をもたらす。

そのユマニチュードの基本的な柱は、見る、話しかける、触れる、立つとされている。
この四つはどれも、認知症であるなしにかかわらずコミュニケーションの基本です。認知症だから良く判っていないとして、ぞんざいに扱われ自尊心が軽視され傷つき、それを訴えるが思うように伝わらない、そのために暴言を吐いたり暴れたりとなるでしょう。

見ることにたいしては、よく相手の目を見て話しなさいといいます。それは人と話すときに基本ですが、それを大切にしなさいと言うことだけでなく、認知症の方や高齢者特有の事情もあります。認知症になると視野が狭くなるといわれています。そこで一寸した声かけでも相手の視界の中に入って、声を掛ける人に存在に気づいてもらうことが大切だといいます。健常の人でもいきなり声を掛けられたらびっくりします。
そして、相手の目の高さで20㎝ほどの距離で、笑顔で親しみを込めた視線を送る。これは、子供に対しても同じで大切なことは、しゃがんで子どもと同じ視線で話しなさいと言います。施設などで家庭でも認知症の方は座っている場合が多いですが、施設の方などケアする人はいろいろなことをしているので立っている場合が多いです。しかも忙しいので通りすがら声を掛けることも多いのではないでしょうか。なかなかしゃがんで一対一で視線を合わせることは大変です。しかし、高齢の認知症の方は、今までの人生経験もありプライドもあるでしょうから、相手の自尊心を大切にするため視線を合わせることは重要なことでしょう。

また、話しかけるのも、積極的に肯定的に言葉を掛けることが大切だといいます。何をするにもまたケアーをするにも、言葉を掛けてからすることが大切だといいます。いつもしていることだからわかっているだるから、言葉も掛けずいきなりするのは、だれでも反発してしまうでしょう。こんなことは大人の仕事のなかでは当たり前のことですね。

触れるについては、ボディータッチ、スキンシップは人間関係を親密にさせ、非常に効果的だといいます。口のケアーをする時も相手に口を開けさせブラシを口の中に突っ込むだけでなく、一寸相手の膝や腕にやさしく触れるだけでも安心感を与えると言います。
このとき、触れ方は恐る恐るちょっと指先で触れるのは逆効果で、強く押さえつけるように触れるのもよくないです、手のひら全体でふわーピッタと言う感じで触れるのがよいでしょう。これは一度誰かにこの三通りの触れ方をしてもらうとよくわかるでしょう。
また、無言で触れてしまうと逆効果で、不信感を与えてしまうので、優しく声を掛けながら触れることが必要でしょう。

最後の立つは、目線の高さと、自分の足で立つことにより自尊心を覚醒させると言われています。このユマニチュードでは最低1日20分は立つことを目指しているといいます。自分の筋肉で立つことは、筋力の維持向上や、骨粗鬆症の防止など、身体機能を保つのに効果があるだけでなく、座った姿勢よりも立つことにより、目線が高くなり視界が広がり、他の人と同じ空間を共に過ごしていることをにいることが認識できることは大切だといいます。

ユマニチュードでしてはならないことを、幾つか指摘しています。
腕などを突然「つかむ」、視界に入りにくい「横や後ろ」から声をかける、無理やりに立たせようとする。
ここに上げたことなど、認知症の方でなくてもだれでもが嫌なことです。たとえどんな人であろうと相手の尊厳を大切にすれば、このようなことはしないはずですね。

ユマニチュードの技法は単に認知症の方へのケアだけでなく、私たちの日常のコミュニケーションの取り方にも参考になるのではないでしょうか。もう少し詳しく調べてみようと思います。
これから近くの図書館に行って調べてみます。
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太極拳と呼吸 2

8日に、太極拳と呼吸のことについて簡単に書いた。

その中で、大極拳の呼吸法のタイミングにつて吐くときと吸うときの手の動きについて書いた。

腕を上げ下げするとき、腕を前に出すとき引くとき、後ろへ引くとき戻すとき、これらの時に使う筋肉は腕と肋骨や肩甲骨に付着している。
では、前に進むとき後ろに下がるときは、腰椎と大腿骨の小転子に付着し、それらの動きは横隔膜の動きを助けることになるのでしょう。
身体を屈曲させる伸展させるときは、腰多裂筋や下後鋸筋を使い中に肺がある肋骨を動かし、腹直筋は横隔膜に影響を与える。
腕を外に広げるときや腕を内に寄せる時は、前鋸筋や僧帽筋、大胸筋、広背筋などを使い、肋骨を動かし肺を広げたり縮ぼめたりする。

これらのことを、もっと確認してみたくおもう。毎日太極拳をしているとき、呼吸より自分の軸は今、どこにあるのか、右足か左足かを意識しながらしている。
ここで呼吸のことを書いているが、呼吸は自然とからだの動きについてきているようです。

続きはまた後日書きます。
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安倍新内閣は今後国民に謙虚に丁寧に説明していくだろうか

安倍政権は内閣改造して、今までお友だち内閣と呼ばれてきたが、河野外相や野田総務相として入閣させるなど、安倍晋三氏と距離を置く人も登用した。そして今後もより、国民に丁寧に説明していくと言っている。しかし、今まで丁寧に説明していく、意見は聞くと言ってきた。しかしその一方で、これしかない、結果を出す内閣と言い続け、国会で審議に時間をかけても、納得のいく答弁ではをせずに、強行採決をし続けてきた。
謙虚に丁寧に説明して理解してもらい国民の付託に応えていくと言うが、言わずもがないままでの言行不一致からしてどこまで信用できるだろうか。
今後もこれしかないので結果を出していと言うのは、今までと同じことを繰り返していきますと言っているように聞こえてくる。

去年に野党が臨時国会の開催を要求したが、安倍内閣は拒否した。臨時国会を開かない理由が、傲慢としかいえないものでした。そのいいわけが憲法の「第53条内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」と書いてあるが、何日以内に開かなければならないとは書いてないのですぐ開く義務はないとして先延ばしして、臨時国会を開かなかった。
今年も内閣改造前に、加計学園や当時の稲田防衛相問題などで、臨時国会開催の要求があったが、これも安倍内閣は拒否しています。
このようなことを繰り返し憲法を無視しているので、これで、本当に国民に丁寧に説明していくのか俄に信じられないです。

内閣改造前の閣僚を見ると、多くの人が日本会議国会議員懇談会に所属していたが、今回の閣僚の名簿を見ると
安倍晋三、菅義偉、麻生太郎、野田聖子、加藤信勝、齋藤健、小野寺五典、茂木敏充、梶山弘志、鈴木俊一、西村康稔、など多くの人が、日本会議国会議員懇談会所属している。
もともと、日本会議は民主主義よりも皇国や国体などの価値観を重視する考えを持っているので、自分たちの考えの信義誠実の原則に基づいているので、権利の行使や義務の行いは、公益と秩序が保たれるの範囲内のものであって、それを誠意に国民い課し行動することが日本の在り方だとする考えを持っている。

閣僚の多くがそのような考えに賛同している人たちだから、憲法前文にある、「国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」を国民が希求するこの普遍の原則を誠実に履行するだろうか。

内閣改造して一週間以上たつが、本当に、内閣改造の記者発表のとき、「謙虚に丁寧に説明して理解してもらい国民の付託に応えていく」ことができるだろうか。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
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記事へのコメント
  • 茶番の衆議院選挙
    アジシオ次郎 (10/05)
    おはようございます。

    民進党の解体、小池百合子東京都知事が立ち上げた希望の党、ハッキリ言って今回の選挙は乱立の様相を呈しそうですが、野党票割れを起こして自民党
  • 独裁者の国会解散
    竹林泉水 (09/26)
    > 政策に反対表明するための無抵抗なデモ行進、座り込みや集会を無理に解散させようとする警察官たちが、職務とは言え反対する人たちを排除しようとするのを見るとむし
  • 独裁者の国会解散
    風と雲 (09/24)
    民主的な選挙で政権交代がなされるようになり、政府への反対で暴力を使うことは、民衆の支持を失い反発され逆効果になるようになりました。>政策に反対表明するための無抵
  • 独裁者の国会解散
    竹林泉水 (09/24)
    日本人は長いものにはまかれろ、付和雷同性の国民性もあるのは確かだと思います。それは別段日本人に限ったことではないと思います。
    第二次世界大戦でフランス政府はドイ
  • 独裁者の国会解散
    風と雲 (09/23)
    かかる為政者の存在を許してきたのは、日本人の「ながいものにまかれる、お上に任せば・・、なるようにしかならない」と付和雷同性の強い国民性に由来するものではないでし
  • フェイクニュース
    アジシオ次郎 (09/16)
    おはようございます。

    ネットの普及に伴い様々なニュースが見れるようになった昨今、ただ自分の好みに合った情報しか信じないという弊害が出ることもそうだし、多様性を
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    竹林泉水 (09/10)
    顔認証技術が進み、個人の識別だけに利用されるならまだしも、個人の管理に利用されるのは非常に問題が多いと思います。

    松井知事の発言があまり問題になっていないのも不
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    アジシオ次郎 (09/09)
    こんにちは。

    いくらギャンブル依存症対策とはいえ、入場確認や顔認証システムを導入するのは一部から「プライバシーの侵害だ」と批判を浴びてもおかしくありませんね。
  • 終戦の日の前後のテレビ番組
    竹林泉水 (08/23)
    国際的な政治・外交問題は素人的な言い方をすれば、早い者勝ちで勝ち逃げすればセーフ的なところがありますね。
    国の名前に「帝国」冠して大日本帝国として、そのころ時代
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