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大学の再編

国公立と私学の大学の統合による大学の再編が検討去れ始められているという。
少子化により大学の定員割れが深刻化して、大学の統廃合や廃校について本腰で考えなくてはいけない。とりわけ人口減少の地方は深刻な問題といえる。
地方活性にはその地域の独自性を生かすためにも、大学の存在は重要で、地域の産業と連携し成長させ研究機関ととしての役割もある。何より若者を呼び込むことにより、地方が活性化するものです。
しかし、大学の再編は今の安倍政権の体質か見てると、心配なところばかりが気になってしまう。

何かにつけ放送局に政府の政策に批判的な番組に対し、公正中立といいながら口出しをして、放送をコントロールしようとしていること。また、初等・中等教育にたいしても、その教科書の内容に対し干渉したり、して国の管理を強化しよとすることから、大学までが国に管理されてしまわないか心配です。

大学は学問の府であり学問の自由を守る砦でもあるはずです。私の学生時代は、大学キャンパスでの集会や講座などは、非常に自由で活気がありました。ある教室で一つの政治的な講習会や研修会が開かれていたら、その隣の教室ではそれと全く反対の立場の講座が開かれていたりした。まさに玉石混合、百花繚乱、百家争鳴で非常に活気がありmした。
それが、いまの公立の施設などで政治的な研究会や研修会の講座を開こうと、会議室や講座室を借りようとすると、政治的に中立でなとして断るところがでてきているという。その現象が大学のキャンパスなどでも起きてきているとききます。
しかも、国立大学の文系の学部を軽視する、平成27年6月に、国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについてとの通知が、文科大臣名でだされいます。
それは、理工学部や産業経済学部を重視するという動きが色濃くでています。

少子化によりる大学の再編は地域の活性化のためにもどのような再編がよいか考えることは急務です。
しかし、今のアベ政治の原発はアンダーコントロールされているとか、日本は表現の自由が守られているなど平気で嘘をつき。民主主義国家だといい法の下でといいながら、都合のよいように憲法や法律の解釈をまげてる。私が責任者だと言って、自分と違う意見を聞く振りをして聞かずそれに反論もせずにいる。
このようななされ方をみていると、まさに隣の北の世襲の国とうり二つです。

そのような政権下での少子化により今まで乱立してきた大学の統廃合の再編は急務であろうが、国家権力が学問の自由と大学の自治が脅かされるようなことはあってはならないでしょう。
これからの、大学がどのように再編されるかを注視していきたい。それに対する市民の意見や、マスコミの活躍を期待するとともに、何よりも自分で自分の首を絞めるようなことをしないように、学者や大学関係者にその危機意識を持ってもらいたものです。
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熊本で震度7の地震と緊急事態条項

熊本で震度7の地震があった。かなりの被害がでているが、自然災害の時に緊急事態条項の必要背性だという声がでてくるだろう。中央集権的な緊急事態対処法よりも、現場で即対応できる裁量権を委ねることがたいせうだが、首相に全権を委任するような法律はかえって、即時対応を遅らせてしまう。
憲法改正をとなている、安倍政権の出方も注目される。早速中谷防衛相が記者会見し、自衛隊は即対応できる憲法に緊急事態条項は必要だとアピールしているようだ。つまり、軍がでてくると言うことは自然災害でも戒厳令をしくとも言いたげに聞こえてしまった。
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夜船閑話の内観法と自律訓練

夜船閑話の序
に白幽から教わったことが書かれている。

「若し此の秘要を修せんと欲せば、  らく工夫を放下し話頭を拈放して、先須らく熟睡一覚すべし。其末だ睡りにつかず、眼を合わせざる以前い向かって、長く両脚を展べ、強く踏みそろへ、一身の元気をして臍輪気海、丹田腰脚、足心の間に允たしめ、時々此観をなすべし」とある。
つまり、内観の法を実践せよと説いている。この内観の法は「自律練法」とよく似ている。
自律訓練法の標準練習として、七つの言語公式がある。
1、背景公式 安静練習
2、第一公式 両手足が重たい
3、第二公式 両手足が温かい
4、第三公式 心臓が自然に静かに規則正しい
5、第四公式 自然に息をしている
6、第五公式 お腹が温かい
7、第六公式 額が気持ち良く涼しい

白隠禅師の言う、内観の法は、夜船閑話に、今まで激しく修行してきたことを捨てて、先ずは深く熟睡して眠ることだとしている。そして、その前に仰向けに横になり、両脚を伸ばし、踏み揃え、一身に気を臍の周りから臍下丹田へと下ろし腰、脚から土踏まずへと落としていく。そして、気を落ち着け満たしていく。と書かれている。

自律訓練法は名の通り自律神経を訓練するものだが、自律神経は随意にコントロールできるものではないです。しかしその能力を高めることはできるとされています。
呼吸筋は自律神経の支配されているものだが、息を止めたり深く息をしたり、激しく息をしたりと随意に呼吸することができる。
また、寿司職人の板前さんは、まな板の前にたちシャリを握ると手の温度が数度下がるそうです。それにより魚の刺身が変化しないように、シャリが手に付かないようにするためだそうだが、これも板前さんが意識して呼吸の時のように意識して下げているのではないです。
このように、その無意識かでも自律神経は左右されることがわかる。

では、自律訓練法では、どうするか先ず仰臥位姿勢では、枕は深く首に掛かるようにするが、方までかけない。歯はかみしめないで顎をゆるめるが、口は開けず唇はやや開く程度。眼を閉じる。両足は肩幅ほどに開き、脚の筋肉は弛め足先は扇のように開く。肘や手首の下に手折ろう等を置き楽になるようにする。此の姿勢ができたら、呼吸を静かにして整えながら深くしていく。それと同時に両手脚が重くなっていくと思う、これは、四肢一度になろうとすると難しいので、右手右腕から左手左腕、右脚右腿左脚左腿と思い、四肢の緊張を抜き取っていく。次に、血の循環がよくするために片手両手片足両足と温かくなっていくと思う。さらに、心臓の鼓動が落ち着いていくことを想像し思う。そらに、同じように呼吸がさらに深くなってくことを思う。

まさに、「夜船閑話」に書かれていることそのもので、同じようにこのことは「天台小止観」にも書かれている、調心、調身、調息の心体息の調整のこといえる。

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放送局への圧力が増している

このところ放送局への圧力が増している。
「放送法遵守を求める視聴者の会」が、TBSに対して、意見書をもとめさもなくば、同局の番組スポンサーに圧力をかけることを示唆したことは、自ら言論の自由を放棄して力で屈服させよとしていることの表れと言える。
反論するなら、言論は言論ですべきで正当な方法ですべきです。それをしないのは、表現の自由、民主主義に対する重大な挑戦としか言えないです。

このようなことをする団体は稚拙な団体としかいいようがないが、それがまかり通っていることに恐ろしさを感じます。
特にTBSに対いての圧力に、TBSはつぎのように反論をしている。
「弊社は、少数派を含めた多様な意見を紹介し、権力に行き過ぎがないかをチェックするという報道機関の使命を認識し、自律的に公平・公正な番組作りを行っております。放送法に違反しているとはまったく考えておりません。
今般、「放送法遵守を求める視聴者の会」が見解の相違を理由に弊社番組のスポンサーに圧力をかけるなどと公言していることは、表現の自由、ひいては民主主義に対する重大な挑戦であり、看過できない行為であると言わざるを得ません。
弊社は、今後も放送法を遵守し、国民の知る権利に応えるとともに、愛される番組作りに、一層努力を傾けて参ります。」
TBSテレビ「弊社スポンサーへの圧力を公言した団体の声明について」 2016/04/06

この「放送法遵守を求める視聴者の会」は、作曲家のすぎやまこういち氏や弁護士でタレントのケント・ギルバード氏、上智大学名誉教授の渡部昇一氏などが名を連ねているだんたいです。そのなかで、「放送法遵守を求める視聴者の会」は、4月1日、TBSが2015年9月に放送した安保法制を扱った全番組が反対意見の報道に大半の時間を費やしていることを問題視。番組編集にあたり政治的公平性や多角的論点の明示を義務付けた放送法4条に違反すると主張した。また、スポンサーに調査報告書や提言書を送るなどの運動を検討する考えもしめしていました。
それに対して、ケント・ギルバード氏は会見で具体性の書いた意味不明なことを言っている。「『これは憲法違反だからだめだ』ということを裏付けるコメントしか出さない」。公的に発言発信していることに対して、反対するならもっと責任あるやり方をしてもらいたいものです。とてもアメリカの弁護士とは思えないような発言です。まるで、「放送法遵守を求める視聴者の会」を見ていると、ヘートスピーチややくざの言いがかりのように見えてしまう。

この団体と安倍政権との関係はよくわからないが、安倍政権は極度にマスコミに対して神経質になっていることは事実です。それは安倍氏の身近なにいる人の発言やNHK籾井会長や高市総務相の発言からもあきらかです。この神経質になったのは、1993年にテレビ朝日の椿貞良報道局長(当時)が「反自民の連立政権を成立させよう」などと日本民間放送連盟の会合で発言し、そのご、政権交代につながり下野に下ったことから、政権側に批判的な極度のマスコミを意識するようになったようです。それに呼応して、親衛隊のような団体が生まれたように思えてしまいます。

このこと自体おかしなことで、マスコミは本来権力者を批判するのが務めなはずです。また、それにさらされることに恐れてそれに蓋をしようとするようなおこな行いは厳に慎むべきはずです。それが安倍政権以前の自民党はそれを受け入れることができていたが、どうも世襲政治家が総理大臣についたためか、御坊ちゃまか王様気取りの政治運営になってしまっているようです。
そして、政権が交代することは悪だと考えているようです。これはまさに自民党の驕りでしかないです。自民党には真っ当な人もいるだろうが、それらの人もみな口が開けないようになっているのか、自ら進んで口をを閉ざしてしまっている。
いま一度、自民党をぶっ潰すような、総裁がでてきてほしいが、そのうち、今のままのアベ政治のやり方をしていたら、自民党はもたないだろうが、その前に日本が持たないいで、アメリカに売り飛ばされ差し出されはしないかと思うほどす。
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過剰適応

生物学に過剰適応という言葉がある。
【過剰適応】周囲の環境に合わせ過ぎてしまうこと。生物は周囲の環境に自分を合わせるて、適応することによって存立が守られます。しかし、その適応が、行き過ぎて生物の存在が脅かされる方向へはたらくようになる。さらにそれが進むと「自己破壊的同調」となる。

生物が互いに以前関係が密接になりすぎてしまうと、相手の存在がなくては生きていられなくなる。それが個体だけにいえるならよいが、種全体に及ぶならその種の絶滅になりかねない。

このことは、人と人の関係に言え心理学としての言葉にもある。個しての個人が他人に偉人して埋没してしまったり、集団に依存して埋没してまう。人は社会集団の中で生きる生き物であるが、単に群れているのではなく、高度に発達した脳により、それが効率よく働くようになっているが、依存度が強すぎると脳にストレスになり精神障害が出てくると言われてる。
最近テレビのバラエティー番組を見ていると、タレントが空気を読めないと批判されたり、和を乱すなと批判されている。少し前はそれらの行為や演出で、タレントの個性としてそれを売りにしていた番組が多かったのではないだろうか。
いつのまにか、相手に合わせることを、有言無言におしつけられたりしているようで、必要以上に自分を押し殺してしまうようになる。そうなると、個を主張することよりまわりに合わせることしかできなくなってくる。

社会制度のあり方にも言えることです。
自治体で破綻した、夕張市などは炭坑に依存して、行政サービスや事業を拡大したが、炭坑の閉鎖により市の財政は急激に悪化し破綻した。もっとも夕張はそれ以前に放漫な市政運営にも大きな原因があるのだが。
原発を誘致した過疎地域の自治体もそうである。過疎地だからといって、原発や巨大な一つの事業に依存していると、その地域の独自性が失われてしまい、自立と自律が損なわれ宇だろう。今一度、過剰適応になっていないかを考えてみたい。
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最後の授業

小学校や中学高校での国語の教科書で読んだ教材で、そのいくつかに内容を強烈の覚えているものがある。その一つに、小学校の教科書と思うが、アルフォンス・ドーデーの「最後の授業」というのがる。この物語は、『月曜物語』の中にある一つです。

その内容は、
フランスがドイツに占領され、明日からフランス語の授業ができなくなる。今日がフランス語の授業の最後です。そして、授業終了の鐘がなると、先生が黒板に大きく「フランス語 万歳!」と大書して、生徒を家路につかせる。

ごく簡単に述べるとこのようなものです。

岩波文庫から確か出版されていたと思って調べたら、絶版になっていました。
そこで、ネット上で著作権切れの著作物をテキスト化して公開している青空文庫を調べてもなかったですが、次のようなブログをみつけました。

SOGO_etext_library
http://e-freetext.net/saigono_jyugyo.html

私だけでなく多くの人が、同じように強く心に残っているようです。自分が今まで使っていた言葉を明日から使ってはいけないと言うことに対して、この物語は大きく問をなげかけています。
いま、このような悲劇が再び起こらないようにしたいものです。

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低く生き、高く思う

孫崎享氏がワーズワースの「ロンドン・1802年」にでてくる次」のような詩を紹介している。

「質素なる生活、高遠な思想は既になく 昔ながらの善き主張の飾り気なき美はさり、われらの平和、われらの敬虔に充つる天真、家法となる宗教もすべて失せたり」
(『ワーズワース詩集』 田部 重治 (翻訳)、岩波文庫)の「ロンドン一八〇二年(一)に出てくる一節である。

つまり、「生活は質素に、思想は高潔に」ということだが、政治家、特に自民党の議員は、公認を得て選挙で当選することのみによって、政治生命をつなげることを優先している。自分の政治信条や理想とするものが、総理からの公認取り消しにより、それらを投げ捨てているように思える。
今までの、自民党はもっと多様でいろいろな考えを持ち、骨がありそれぞれが自己主張をしてきていた。しかし、いまは、総裁に盲従しているように思える。このような人には私は絶対に票を入れたくない人です。

それより、私自身の考えに反する人でも、信念を貫こうとする人の方がよほど信用ができる。

ワーズワース『ロンドン・一八○二年』
Wordsworth,"London,1802"
岩波文庫 ワーズワース詩集 田部重治訳

O FRIEND! I know not which way I must look
For comfort, being, as I am, opprest
To think that now our life is only drest
For show─mean handiwork of craftsman, cook,
Or groom!─We must run glittering like a brook 5
In the open sunshine, or we are unblest;

The wealthiest man among us is the best.
No grandeur now in nature or in book
Delights us. Rapine, avarice, expense,
This is idolatry; and these we adore─ 10
Plain living and high thinking are no more.

The homely beauty of the good old cause
Is gone; our peace, our fearful innocence,
And pure religion breathing household laws.

この中の
・・・前略
強奪、貪慾、浪費、これぞわれらが偶像、
われらはこれらを崇むる。
質素なる生活、高遠なる思索は既になく、

昔ながらの善き主張の飾りなき美は去り、
われらの平和、われらの敬虔に充つる天真、
家法となれる純粋なる宗教もすべて失せたり。

とあります。

また、ワーズワースの『質素なる生活、高遠なる思索』を無教会主義のキリスト教徒として知られる、内村鑑三は「低く生き、高く思う」と訳し、簡素な生活と高尚な思考が失われたことを嘆いたことに共鳴し、低く生きるとは、簡素な生活をすることで、ぜいたくに慣れ快楽に浸ってしまうと、性根が慎みがなく下品になってしまう。足を追い求め多くを願うと、欲望にとらわれて高遠なな思索が失われてしまう。
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嚢中三升の米 炉辺一束の薪

良寛の詩から

生涯懶立身
騰々任天真
嚢中三升米
炉辺一束薪
誰問迷悟跡
何知名利塵
夜雨草庵裡
双脚等間伸

生涯 身を立つるに懶く
騰々天真に任す
嚢中 三升の米
炉辺 一束の薪
誰か問わん 迷悟の跡
何ぞ知らん 名利の塵
夜雨 草庵の裡
雙脚 等閑に伸ばす

身を立てようということには興味無く
なにをするでもなくのほほんと生きたのだ
頭陀袋には米三升
炉端には一束の薪
迷や悟だのそんな痕跡はどうでもよい
名声や利益だのそんあ塵芥には関わりを持たず
夜に雨ふる庵で
のんびりと足を延している

この詩は、ワーズワースの「質素なる生活、高遠な思想」とは違うが、まずは良寛の名誉や物欲に貪欲になるのではなく、足を知り坦々とするなかで、平々凡々となりそこには、物事を冷静に見る眼の糧が培われていく。質素な生活はとは貧することではく、物欲に惑わされないように努める課程からうまれるものろう。
結果「貧すれば鈍んす」という言葉と反対に、物事の判断に冷静になり、いろいろなものも受け入れられるようになるのだろう。
逆にものや地位や名誉を持つと、それを失うことを恐れるようになり、それらに貪欲になり鈍し判断を誤ってしまうことになりかねない。

しかし、現代のよのなかか、なかなか良寛のようには生きられないが、この詩は忘れたくない詩の一つです。
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予備自衛官と民間企業契約

東日本でも予備徴用された、即応予備自衛官の召集され、生活支援を行っている部隊で活動がなされる。
自衛隊は被災地に隊員2万5千人と航空機118機、艦艇10隻を派遣し、救助や生活支援に当たっているが、それに加え元自衛官の即応予備自衛官300人も参加することになる。

予備徴収といえば、2月の新聞に防衛省は、大型船舶の運航に必要な海技士の免許を持っている人を、予備自衛官に登庸するとの計画が記事になっていた。
要するに、平時は一般の貨物船や客船だが、有事になると自衛隊の指揮下に入りということのようです。
防衛省は、有事になれば、武器や隊員を危険地域に運ぶ船も操船者も足りなくなるといっている。つまりそれを補う活動をするといことでしょう。予備自衛官といっても戦闘行為に関してはずぶの素人、そのためか、自衛隊は2月1日と2月15日に、技能資格を保有する予備自衛官を招集して、転地訓練を実施しています。
この訓練は海事に対してではな、軍事外国語の教育や、放射線管理の技能保有者に対して装備品の取扱教育等を実施したそうです。また法務教育等を実施したそうです。
ところで、陸上自衛隊では、予備自衛官には、一般と技能の予備自衛官があるそうで、それに応じた訓練だたそうです。
それに対して今回の、海事についての予備自衛官計画は
いままで単に海運にたずさわる者として職を選んだのに、戦場にいくことになりかねなくなる。
この唐突さに、海員組合は、防衛省に反対を申し入れたそうです。そして、森田保己組合長は「我々船員の声はまったく無視されている。反対に向けた動きを活発化させたい」と述のべています。
防衛省は、「予備自衛官になるよう船員に強制することはない」と言っているが、生活をかけて海で働いているので、上から言われればそれに対して拒否はなかなかできないものです。また、民間会社も国から言われれば、それに対してNOとはなかなか言えないものです。
現に、日本の放送界や新聞社みると、政権についている自民党の言うことを忖度してしまてる。ましてや、国から言われれば、生活があるので個人がなかなか反対できないです。そのため、森田組合長は「戦地に行くために船員になった者はいない。会社や国から見えない圧力がかかるのは容易に予想される」と言っています。

毎日新聞には、次のような記事が載っていた。
「会見に同席した組合幹部も「船はチームプレーで1人欠けても運航できない。他の船員が予備自衛官になったのに、自らの意思で断れるのか。防衛省は、できるだけ多くの船員が予備自衛官になるようフェリー会社に求めている」と危惧を表明した。
 太平洋戦争では民間の船や船員の大部分が軍に徴用され、6万人以上の船員が亡くなった。森田組合長は「悲劇を繰り返してはならない」と訴えた。」

20日の神戸新聞に、「はくおう」というフェリーが陸上自衛隊の高機動車70台や隊員270人を乗せ、非公開で神戸港の六甲アイランド埠頭にから、博多港出航すると載っていた。これについて神戸市は岸壁使用料mを免除したそうです。この「はくおう」は「新日本海フェリー」の定期便の船を、企業連合が設立した「高速マリン・トランスポート」が所有しているフェリーです。2月の民間航海しの予備自衛官の記事が載っていたが、それとは直接は関係ないがようだが、3月に防衛省は、有事の際に人員や武器の輸送に使うための事業契約を締結していた。それの初めての運用だという。

少しずつ有事のさいに、予備自衛官や民間の組織や力を肩代わりさせて、それらに対する国民の経過観を薄らげようとしているのか。
自然災害や他国軍が日本に攻めてき自衛のために、日本を自衛するために、自衛隊と協力するのはごく自然なことだが、去年に成立した戦争法や特定秘密法などとの関係をもとに考えると憂慮すべき処があるように思う。
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日本で報道の自由が危機に瀕している

4月19日に国連から派遣され日本の表現の自由の現状を調査した、カリフォルニア大学教授のデイビッド・ケイ氏が日本外国特派員協会で記者会見を行いた。日本のメディアの独立が深刻な脅威に直面しているとの見方を示した。


日本で報道の自由が危機に瀕している・国連特別報告者が特派員協会で会見
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日本の報道の自由に対する危機

国連jの人権理事会から委嘱を受けた、世界各国の「表現の自由」を巡る状況を調査で、報告者のデビッド・ケーン氏が4月19日、約1週間の日本滞在を終え、政府やメディア、市民団体関係者やジャーナリストらと面会し、つぎのニュースリリースを発表しました。
その問題点の要旨は以下のようなものです。
■多くのジャーナリストが「匿名」を条件に情報提供
■特定秘密保護法、公益通報者保護法
■高市早苗総務相に面会を申し入れたが会えず
■自民改憲草案「公の秩序」規定は問題
■「記者クラブ制度は廃止すべきだ」
■「報道の自由への懸念は強まった」
■「ヘイトスピーチ対策、反差別法の制定を」

去年発表された日本の報道の自由度は世界で61位だったが、ケーン氏は日本の報道の自由を巡る懸念は「より深まった」と言っているので、今年はもっと自由度が下がるだろう。と思っていると、昨日の新聞を見ると「国境なき記者団」は、日本は自己検閲状況に陥っているとして、72位になってしまっている。古賀氏にいわく、独裁と戦争に向かうホップステップジャンプがあるという、1ホップ、報道の自由への抑圧。2ステップ報道機関自身が体制迎合(体制翼賛会)と国民の洗脳。3ジャンプ選挙による独裁政権の誕生。
まさに今は、ステップを終えて、今度の6月の選挙ではジャンプさせよとしている。
特に放送局に「政治的に公平であること」を定めた放送法第4条や、特定秘密保護法について「改正が必要」と提言し、首相や政府機関と度々会食を重ねる、とメディアは癒着を招き忖度するという圧力の温床になるといいています。また、政府機関などの記者クラブ制度の廃止も求めています。

詳しくは、ハフィントンポストHUFFPOST SOCIETYにその内容がのっています。
http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/19/freedom-of-expression_n_9728404.html
また日本外国人特派員協会のWebページにも、その内容が載っています。
http://www.fccj.or.jp/news-and-views/club-news-multimedia/1052-video-un-rapporteur-on-freedom-of-expression-david-kaye-freedom-of-expression-in-japan.html

この記事を読んでいると、私が想像している以上に深刻な状況になっているように感じる。

■多くのジャーナリストが「匿名」を条件に情報提供
報道の自由が保障されているのに、ジャーナリストに取材すると、現状に言いたいことが沢山あるが、多くの人から実名を公表されると困るから匿名にしてくれと言われてたそうです。
このことは、日本の報道界にかなりの権力者からの圧力がかかり、ジャーナリストがそれに萎縮してしまっていることの現われでしょう。また、そのような萎縮した状態なら、その人のかく記事や報道内容も権力者に忖度したり意向を反映したもので、まるで北朝鮮のような報道になってしまうのも目に見えているだろう。最も北朝鮮のいまの報道機関にたいするものは、戦前の日本の報道統制を倣ったものでしょうから、日本を取り戻す政治の行いなら不思議はないかもしれない。

■特定秘密保護法、公益通報者保護法
これについては、質問に対して次のように答えている「一般的に日本は法的、社会的な表現の自由の基盤は高く、社会で表現の自由への期待は高いです。しかし最近の傾向には非常に懸念があります。法的な制限、政府からの規制、組織の限界といった懸念です。メディアの独立が弱くなっています。」と語っています。
敗戦後、日本はポツダム宣言を受け入れ、GHQに押し付けられた憲法であろうとも、それを受け入れて自由で民主主義の日本をつくてきました。それにより、今までの日本は、社会的な表現の自由の基板は高いと評価されていました。しかし、安倍政権になりその基盤がくずされ、メディアの独立性が崩れてきているようです。特に、政権交代のあった時に自民党は今までの自民党政治への批判を反省せずに、それをメディアが反自民的な報道をしたからとしています。それが今の、安倍政権の報道統制に走るようおこないがでてきたのでしょう。まさに、個人個人の表現の自由がなくなり、権力者にとって不利な情報が制限され、見た目に有利ないことしか報道されなくなってきているのでしょう。

■高市早苗総務相に面会を申し入れたが会えず
充分に時間があったはずなの、忙しいからと面会を避けるのは、不都合なことのぼろが出るからと恐れているとしか思えないです。まさに、国民の知る権利に自ら蓋をするようなものとしか言いようがないです。

■自民改憲草案「公の秩序」規定は問題
「憲法21条で「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動」の除外規定を追加しています。」つまり、このことは先に書いたことと同じで、公益すなわち権力者に不都合なことの報道は、秩序をみだすとして憲法違反になるということ。こうなるとまさに報道統制と進みかねないです。
日本は「市民的及び政治的権利に関する国際規約」を批准しているので、その19条と矛盾が起きるので、このまま通ることはないとケーン氏はみているます。しかし、この、公益と公の秩序は言論の自由を弱体化する懸念があると心配しています。さらにケーン氏は「公の秩序」が条文に入ってしまうと、公共の場でデモ活動が制限されるといい。多様な意見を許容する社会をつくるべきで、政治的な意見表明や発言の自由は奨励されるないといけないです。五箇条の御誓文の「広ク会議ヲ興シ 万機公論ニ決スベシ」にも反するのではないだろうか。

■「記者クラブ制度は廃止すべきだ」
記者クラブ制度は廃止すべきだと思います。と言っている。日本のフリーランスの人たちからも記者クラブの弊害がいわれている。また政府や権力者んは夫れ利用して情報をコントロールしてしまている点が指摘されています。情報は「オープンなディスカッションは限られ、オフレコのメモや議事録は公開されません。メディア内の一部で回覧されていますが、情報へのアクセスを弱体化し、市民の知る権利を制限しています。」と言いてます。これが今の日本のジャーナリズムを劣化させて利のでしょう。

■「報道の自由への懸念は強まった」
「報道の自由については、聞きとりの結果、私の懸念はより強くなりました。ジャーナリストと会って、管理、圧力、制約など、法律で明文化されているものは何一つないが、変えるべきことはたくさんあります。放送法を変えるなどのプロセスは簡単ではないが、特定秘密保護法もかなり多くの改善の余地があります。確固たるステップでメディアの独立性をより強化する必要があると考えました。」といっています。
さらに「政府が表現または意見表明する自由を十分に保証される仕組みをつくらないといけません。」と言っています。このことを見ると、安倍政治は全く逆なことをしてとしか思えないです。
政府がフリーランスやマスコミを問わず「現地に行くな」と言ったことについては、パスポートを返納させられたケースなどは、そうした制限はジャーナリストに適用されるべきではないと指摘し、日本の市民はシリアの情報を得ようとしいることに対しての、渡航制限は取材制限位繋がり国民の知る権利を奪い、国際社会の流れから国が進んで、国民の目をつぶらさせるものと言えるもので許されることではないでしょう。

■「ヘイトスピーチ対策、反差別法の制定を」
ヘイトスピーチ対策法案については「反人種差別法を持つべきです。ヘイトスピーチ以前に人種差別への法律が必要です。雇用、住居など、人種だけでなく、とにかく差別は罰せられると法で制定するべきです。」と言っています。さらに、「ヘイトスピーチ規制法は、逆利用されて被差別対象に不利益になる可能性があります。」と指摘しいる。
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鳶は喬木の頂に巣くい 黄雀は其の株に聚まる

鳶巣喬木頂
黄雀聚其株
鳶使雀啄コウ(殻+鳥)
雀憑鳶護烏
此物猶尚爾
両箇逓互扶
如何其為人
彼此為相誅

鳶は喬木の頂に巣くい
黄雀は其の株に聚まる
鳶は雀をして啄コウ(殻+鳥ひな)せしめ
雀は鳶に憑って烏より護る
此の物すら猶を爾りとなす
両箇 逓互に扶く
如何ぞ其れ人と為って
彼此 相誅することを為すや


鳶は高い木の上に巣を作り
黄雀は木の下に集まる
鳶は黄雀に雛の餌を運ばさせ
黄雀は鳶に憑って烏から護ってもらう
このように種は違っても
お互いに助け合っている
いかに、人間は人間同士でありながら
なぜお互いに争い殺し合うのか


この広大な宇宙の、生き物も含めありとあらゆるものは、何らかな関わり合っている。それが生き物同志ならおさら深い関わりがある。ここで鳶と雀の関係で説かれているが、共生関係にあるものは多い、それが、動物同志であったり、植物と動物との関係立ったりもする。
しかし、同じ種の人間同士になれば、おのれの利害を優先し、欲をだせば他のことが見えなくなってしまうのか、争いが絶えなくなる。いつになれば、お互いの立場を認め合ってどこかで妥協点を見つけだそうとすることができないものだろうか。
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無欲一切足

昨日の詩に続いて、良寛の次の詩がある。


無欲一切足
有求万事窮
淡菜可療飢
衲衣聊纏身
独往伴ビ鹿
高歌和村童
洗耳巌下水
可意嶺上松

無欲なれば一切足る
求むる有れば万事窮す
淡菜飢えを療やす可く
衲衣聊か身に纏う
独往してビ鹿を伴とし
高歌して村童に和す
耳を洗う 巌下の水
意に可し 嶺上の松


欲がなければ一切が足りる
何かを求めると万事がゆきずまる
淡菜でも上はしのげる
衣服は衲衣で体を覆える
独り山を行けば、山鹿と遊ぶ
高らかに歌い村の童と歌う
巌下の清水で耳を洗う
嶺上の松を見れば快い

欲を出さなければ、なんでも満ち足りる
何かを求めれば、いつかは行き詰まる
粗食であっても腹は満足し
衣服も贅沢しなくても寒さはしのげる
独り山を往き鹿を伴にすればいい
村に出て一緒に歌えばよい
清水で巷の汚れごとを聞いた耳を清めればよい
峰の松の青色はなんと快いものだろうか
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自民党憲法草案と戦争法との矛盾


自民党憲法草案と戦争法との矛盾

自民党憲法草案の前文には、「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、 ・・・・中略・・・・ 基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。 ・・・・中略・・・・ 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。」となっている。
また、そのQ&Aでは、人権については、「日本にふさわしい憲法改正草案とするため、まず、翻訳口調の言い回しや天賦人権説に基づく規定振りを全面的に見直しました。」として、「国民の権利義務については、現行憲法が制定されてからの時代の変化に的確に対応するため、国民の権利の保障を充実していくということを考えました。そのため、新しい人権に関する規定を幾つか設けました。また、権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。例えば、憲法11 条の「基本的人権は、……現在及び将来の国民に与へられる」という規定は、「基本的人権は侵すことのできない永久の権利である」と改めました。」と書いてある。

Q&Aに書かれている、憲法第十一条の原文は各々次のようにあります。日本国憲法「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来に国民に与えられる。」で、自民党草案は「国戸民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことができない永久の権利である。」

一方、安倍首相や自民党の人たちはしきりに、日本の伝統や文化を守り引き継いでいかなければならないと言っています。そもそもそのようなことを憲法に書き入れるものではないが、それを明記しようとしている。しかし、そのことを明記すると日本の文化や伝統は繚乱するような発展は阻害されてしまい、古来からの伝統をまもるだけになりかび臭いものになってしまうだろう。

それはともかく、安倍首相が進めようとしてる安全保障に関することは、憲法で集団的自衛権を認めるとどうなるのか。アメリカと共同作戦に参加することを可能にするものとなる。それは、つまりテロとの戦いであるが、今起きているテロはアメリカとテロ集団と見えるが、歴史的に見ていくとキリスト教の価値観とイスラム教の価値観との戦と言える。つまり一神教どうしの戦いということになる。

安倍首相の言うように日本の伝統は文化を尊重するなら、日本の思想的土台である宗教は神道は八百万神であらゆるものの神が宿っていると自然を敬い感謝して生活を営むとする宗教であり、仏教には神を対象としなく自分自身と向き合いおのれの人格を高める宗教です。すなわち、キリスト教対イスラム教やユダヤ教の、唯一絶対神での宗教のような対立はないものです。そのため日本は他者の神に対し寛容に受け入れられ、イスラム圏の難民支援が行えるのであり、キリスト教国でないち言うことから、いままでも経済活動が積極的にできてきた。イスラム教とキリスト教の相克に巻き込まれるような、キリスト教の価値観を重視する国に従属するように戦闘行為と共にすることは無理がある。このことにいて、日本の伝統や文化をよきものとしてる人は、これらのことに関してどのような説明ができるのだろうか。
国家神道は別として、八百万神や仏教のような宗教観を持った日本が、キリスト教の価値観がある米国が世界の警察と称して、テロと戦いの戦闘行動を共にすることは、安倍首相の理想とする日本の伝統と文化を尊重することに対して矛盾すことにどう考えているのだろうか。
つまり、安倍首相以下はよく日本を取り戻すなどと言うが、結局はアメリカに従属することの方が、日本の独自性や文化や伝統より重視していることのあらわれでないだろうか。そうなれば、イスラムの原理主義のテロ集団からキリスト教国と同様に見られてしまうことは必定だろう。まさに、日本のよき伝統と文化を守り、日本を取り戻すといいながら、売国いや米国に見返りを得ずに朝貢をしているようなもです。

また、問題の根本は、現代のグローバルな国際社会の国で、複数民族が暮らしそれぞれ価値観が違う個人個人が暮らすなかで、その国の憲法に、伝統とか文化とかをかくありきいうようなことを書くこと自体が、憲法にそぐわないものと言えいる。

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自民党議員

自民党の一年生議員いや今の多くの議員に、徳富蘆花の謀叛論の一節を読んでもらいたい。

 諸君、幸徳君らは時の政府に謀叛人と見做されて殺された。諸君、謀叛を恐れてはならぬ。謀叛人を恐れてはならぬ。自ら謀叛人となるを恐れてはならぬ。新しいものは常に謀叛である。「身を殺して魂を殺す能わざる者を恐るるなかれ」。肉体の死は何でもない。恐るべきは霊魂の死である。人が教えらえたる信条のままに執着し、言わせらるるごとく言い、させらるるごとくふるまい、型から鋳出した人形のごとく形式的に生活の安を偸んで、一切の自立自信、自化自発を失う時、すなわちこれ霊魂の死である。我らは生きねばならぬ。生きるために謀叛しなければならぬ。古人はいうた、いかなる真理にも停滞するな、停滞すれば墓となると。人生は解脱の連続である。いかに愛着するところのものでも脱ぎ棄てねばならぬ時がある、それは形式残って生命去った時である。「死にし者は死にし者に葬らせ」墓は常に後にしなければならぬ。幸徳らは政治上に謀叛して死んだ。死んでもはや復活した。墓は空虚だ。いつまでも墓に縋りついてはならぬ。「もし爾の右眼爾を礙かさば抽出してこれをすてよ」。愛別、離苦、打克たねばならぬ。我らは苦痛を忍んで解脱せねばならぬ。繰り返して曰いう、諸君、我々は生きねばならぬ、生きるために常に謀叛しなければならぬ、自己に対して、また周囲に対して。
 諸君、幸徳君らは乱臣賊子となって絞台の露と消えた。その行動について不満があるとしても、誰か志士としてその動機を疑い得る。諸君、西郷も逆賊であった。しかし今日となって見れば、逆賊でないこと西郷のごとき者があるか。幸徳らも誤って乱臣賊子となった。しかし百年の公論は必ずその事を惜しんで、その志を悲しむであろう。要するに人格の問題である。諸君、我々は人格を研みがくことを怠ってはならぬ。

安倍首相を裸の王様にしたてあげる、自民党議員に読んでもらいたい。「肉体の死は何でもない。恐るべきは霊魂の死である。」、自民党議員は各々個人であるはず、しかし公認を得るめ、心を悪魔に売るようなことをして、何の徳になるのか。自分が惨めにならないのか、鋳物工房いや工場で作られてた人形は、一個人の政治家とし彼らは生きているのだろうか、将棋の駒のように使い捨てられるとは思っていないのだろうか。政治家としてこのようなことをしたい、こうありたいと思うことはないのだろうか。政治家として、党中央により支配制御されず自分の規範に従うことはできないのだろうか。自身の無知や物事の道理に詳しくないことを自覚し、その状態から脱却するために人と議論し合ったり学ぶことを怠るのは、自称責任者の人の意見に耳を傾けず、相手と正面から討論をしないこと同じで、それをよく見習っているだけでよいのでしょうかね。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
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記事へのコメント
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    幽村芳春 (02/03)
    私も必ず「五観の偈」を唱えてから食事をいただいています。実際に唱えると五観の偈の意味がよくわかります。
  • 津久井やまゆり園の裁判
    竹林泉水 (01/15)
    こちらこそ 今年もよろしくお願いします。

    やまゆり園の裁判で、被告が突然暴れ出したとニュースされたとき、詳しいことが報道されなかったので、よく分からなかったです
  • 地球温暖化の問題点
    竹林泉水 (01/15)
    年始葬送のコメントありがとうございます。
    今年もお互いに良い年でありますようねがっています。

    ハイ 温暖化問題の解決の一番は、私は人間活動に足るを知ることだと考
  • 津久井やまゆり園の裁判
    アジシオ次郎 (01/13)
     遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

     さてやまゆり園無差別殺傷事件の被告に対する初公判は、開廷して被告が謝罪したと思いきや突然口に手を突っ込むとい
  • 地球温暖化の問題点
    荒野鷹虎 (01/10)
    温暖化問題は難解ですねー。
    直ぐ原発再稼働に走りがちになりますのでとんだ飛躍ですよねー。
    水力や風力発電はいかがなものでしょうかね。
    恐ろしいことが現実化されてい
  • 日韓関係が戦後最悪
    竹林泉水 (01/05)
    北朝鮮脅威論や韓国敵視政策をとるような国の指導やがいるが、韓流ブームもあるし民間の間では、一部の政治の指導者が選挙の票集めのために嫌韓を煽っても、それは、一部の
  • 伝統食
    竹林泉水 (01/05)
    そうですね、食が便利にないり、曹洞宗の五観の偈のようなことを考えずにいることが多くなっています。
    だから、テレビ番組で、食べ物を笑いものに扱うような番組が制作さ
  • 日韓関係が戦後最悪
    omachi (12/17)
    お腹がくちくなったら、眠り薬にどうぞ。
    歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。 グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索するとヒットし、小一時間で
  • 日韓関係が戦後最悪
    風と雲 (12/13)
    全くお説の通りだと思います。小生古希を過ぎていますが、この歳になっても、何故日本国民の中に 嫌韓とか韓国人を蔑むような輩が居るのかよく分らない。右翼系のある団体
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