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辺野古基地問題と地方自治と民主主義

辺野古基地問題と地方自治と民主主義

憲法には地方自治という章があり、地方自治の大切さが認められています。沖縄では、辺野古に新基地を建設することに対して、基地建設に反対する翁長氏が当選し知事になり、また他の選挙でも基地賛成派の自民党候補は落選して、反対を主張する人が当選し、基地反対の大きな答えを突き付けました。

民主主義というものは、「人民による、人民のための政治」を実現することが目的です。しかし、中央政府だけでは、民意を充分吸い上げることはできず、「人民による、人民のための政治」が不十分で、国民主権の要求にうまくこたえられないことという事実があります。
それが、この辺野古基地の問題で身近に感じるものです。

中央政府は国民による選挙で選ばれた人によって構成されています。しかし、自民党の一強他弱のなかで、国民不在の党派政治と官僚政治になると。国民主権の国会が国政の中心でなく、内閣が国政の中心となり国会がそれを十分に統制できない状況なってしまっています。そうなると、地方自治が認められいかされないと、それは民主主義とはいえなくなってしまいます。

中央政府の政治は、全国民・全国土を対象とする法律によっておこなわれます。それにより、それぞれの地域の自然や社会や文化や歴史の条件の異なる各地域の多様な必要や要求にこたえることも困難といえます。辺野古の基地問題も本土の人は沖縄に基地を押し付ければよい。原発は事故が起きたら危険なので過疎地に作ればよい。など、一方的に中央の意図政策を押し付けてしまいます。

しかし、地方自治をもっと大切にすると、市町村や都道府県では、地域が比較的に小さいので、住民の意見をもっと吸い上げやすくなり、また、直接民主制も可能な地域もあるでしょう。それは、各地域の住民の声にきめ細かくこたえる政治もで着ることになります。また、地方自治を中心に考えると、住民は身近な政治問題にたいし、情報を得て身近な問題として関心を持ち考えることができます。
本当は、国民主権の政治は地方自治を重視することから始まるのですが、今の沖縄以外は地方の住民は往々にしえ、自分の住んでいる地方自治に無関心な人が多いのもじじつです。しかし、民主主義を考える上で地方自治を考えないといけないことは当然と思います。

いま、政府は沖縄の県民の声を無視して、辺野古新基地建設のすすむのは、地方自治を蔑ろにする全体主義的なものを感じます。しかし、本来、地方自治は、その地方団体自治でなければならないということです。地方自治体は、二つのことを要求しています。一つは、地方公共団体がその事務を政府から独立して処理し、中央政府はそれに干渉してはならないということです。

日本国憲法から、人権保障と国民主権を大切にするこにより、地方の自治体は、地域自治体に住んでいる個人個人の基本的人権を保障し、地域の生活や産業や文化など、住民全体の利益を守ることを目的とするものでなければならないです。つまり、沖縄に米軍基地があることにより、沖縄県民の生活がおびやかさrて、人権がないがしろにされている事実があることです。辺野古に新基地を作ることはその人権侵害がさらに作られることを意味します。このことは地方自治体として当然異を唱え反対することは正当と言えるでしょう。
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日本人の偉さの研究

国会図書館のデジタルライブラリーにで、おもしろい本を見つけた。「日本人の偉さの研究」 中山忠直 先進社

発行が、昭和6年9月15日で、その三日後の18日に満州事変(柳条溝事件)が起こり、15年戦争の始まった年であす。それにより、日本は次第に議会勢力が後退して、軍部勢力が増大し全体主義が擡頭していきました。ですから、この本の「日本人の偉さの研究」タイトルからして、大概の内容の察しがつくと思います。
序文や、目次を見ると、櫻井よしこや安倍晋三が小躍りして喜びそうな文言が並んでいます。

序の冒頭は次のように始まります。
「時代は移った。西洋を盲目的に崇拝する事を、真理の探求と感ちがひして新しがったり、意味なく日本を軽蔑して、同胞から優越を感じたりする處の、錯覚的賢人主義の時代は過ぎてしまった。ー西洋有難家の御本尊様の西洋から、逆に日本が尊敬される出されては、如何に西洋崇拝病が膏肓に入った重病患者も、多少は自覚せずには居れなかろう。ー今はまさに其時期である。」

このごろ書店に行くと、三種類の本が山積みされているのが目に付きます。
一つは、嫌韓論、嫌中論の韓国や中国などを誹謗し攻撃するほんです。
もう一つは、今の政治の在り方を、戦後民主主義の危機として、自由と個人の権利の重要さを説き、民主主義と平和主義の大切さをかいたものです。
最後の一つは、戦前の日本を美化したり、大東亜戦争の正当性を述べたものや、天皇制の国家主義的な良さを訴えているものです。

この「日本人の偉さの研究」が出版されたときと、いまの日本の巷の雰囲気は、同じような状況ではなかったかと、この本を読んでいると思います。

日本が、明治憲法ができた明治22年以来、日清戦争、日露戦争、と戦争に勝ち進んできました。そのことに、岡倉覚三が「茶の本」で、「日本がこの平和でおだやかな技芸にふけっていた間は、西洋人は日本のことを野蛮な未開国だとみなしてきたものである。それが近頃になて日本が満州を戦場にして敵の皆殺しに乗り出すと、日本は文明国になったというのである。・・・中略・・・戦争というおそろしい栄光によらねば文明国と認められないというのであれば、甘んじて野蛮国にとどまることにしよう。・・・以下略」と書いています。

岡倉覚三は、明治維新後の近代化の名で西欧化路線が主流と廃仏毀釈の時代に、フェノロサと日本の文化伝統を研究するために、古寺を廻ったときにその荒廃を目の当たりに見ています。西欧に追いつき富国強兵に邁進して、伝統的な日本文化をなおざりにされているのをみ、日本の将来を長い目でみるには、日本の伝統文化を評価するべきものだと考えていました。それにより日本文化の再発見を試みた本と言えます。同じように日本のよいところ見直そうとした「日本人の偉さの研究」ですが、その思想は真逆の本といえます。

この本の目次を見ると、
第一章日本人の科学的才能は世界一
第二章なぜ明治以前に日本の科学の発達は阻止されたか
第三章日本人はなぜ強くて利巧か
第四章日本主義の科学的論
第五章日本の未来
とあります。

そのなかで、第三章日本人はなぜ強くして利巧か、ではおもしろいことが書かれている。
日本人は強いのはなぜか、それは日本の米が粘着性があるからだ。切手の裏につけてある糊は日本米出ないとつくれないとか書かれている。この切手は今は合成のPVA糊が使われているようだが、以前はアラビアゴムが使われていた。戦前はどうかしらないが、この本には切手に始めから塗ってあるようにかかれているが、昔は今のように糊が塗られていなかったと聞いたことがある。私の小さい頃は封筒をするとき、ご飯粒を水でふやかし潰して糊にして使っていた。それと同様に、切手を使うときに、それと同じようにすることを書いてあるのだろ。
また、木材も日本の桐は粘着性があり、下駄にすると割れないが、ドイツから輸入された桐は直ぐに割れてしまう、建築の足場の木材も、日本の杉は強いがアメリカ杉は太くても折れてしまう。今は荷造りは段ボール箱が使われているが、私の小さい頃は薄い杉の板が使われ板が、この本にはアメリカ等から輸入されてた杉の箱は二倍の厚さだとかかれている。
そういえば、垂木の杉と、油絵のキャンバスの枠の杉とは全然違う。キャンバスにするアメリカ杉はどう見ても建築資材には使えそうにないです。
紙は日本の和紙がつよく、そのなかでも鳥の子紙は絶品で、二千年以上もち、第一次世界大戦の講和条約は永久に保存しないといけないので、日本の鳥の子紙が使われたと。
ほかにも、日本の革わ強いとか、日本人女性の髪の毛は織物などにするため輸出され、西洋人の髪は薬品に耐えられず、支那人も同じで、朝鮮人は凝塊してしまうので日本人の髪がいいとかいてある。
そして、それは、日本人が肉体的にも精神的にも弾力に富んで、世界的に希有な特質だと褒めている。


そして、おもしろいのは、日本人は、腰が強いとかいてある。
日本文化は、腰を重用ししている。腰の着いた言葉もおおい「腰を据える」「腰が入る」「腰を落ち着ける」とか、「へっぴり腰」「及び腰」「浮き腰」などたくさんあります。
この本では、世界的に見て日本人ほど腰の強い民族はいないといい、それ日本人の生活様式が坐ることにあるといっています。「日本人の坐る事は安息でなく、むしろ一種の労働であて、安楽椅子にもたれて居るのとは自から選を異にしてゐる。坐つて居ることは実は常に脊椎をまつ直ぐに保って、倒れまいとする労働であり、而して立ち上がるには一々腰を過分に使わねばならぬ。ーこれに加ふるに日本の便所の構造が実に腰を使わねばならぬ事になってゐる。
確かに明治時代の荷夫が荷を担いでいる写真を見ると、自分の背丈より高さのある荷を担いでいる。江戸時代の、魚・野菜などをてんびん棒で担いで売り歩いている棒手振りや、夜泣きそばなどを市中を廻って売って居る姿の絵も、屋台を担いでうっている。江戸時代は道が舗装だれていないので、一般に大八車などを使うと轍ができるので禁止されていたと聞きます。ということは、屋台を担って売り歩いていたのは誇張でないでしょう。

現代の日本では、便所は西洋式の座る便器だが、しゃがむ便器だと、かがむ事で腰が鍛えられ、さらに立ち上がるときにも腰の筋肉をつかう。そうなると、椅子に座る生活が多くなった現代では、以前の人より腰がよわくなってきているのはたしかだろう。
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10段のピラミッドに挑戦と知性

10段のピラミッドに挑戦で怪我人が出る事故。

中学校に限らず小学校でも、運動会・体育祭で組体操が盛んにおこなわれている、その中で難しい演技に挑戦させ、児童生徒に達成感を与えようとする指導目的が、難しい競技への挑戦が拍車をかけていったのでしょう。
最近の学校の現場にも競争原理が導入され、教師間でも結果を出すことにより、勤務評定に差をつけることがあるのではないだろうか。それはつまり、賞与や給与号俸にも影響してきます。
運動会体育祭を企画する教師は、近隣の学校より難しい演技に生徒を挑戦させてみようとすることは悪いことではないです。そのなかで、学校内での問題もあるります、中学生一年生から三年生を参加させる演技とういうことは、各学年から10段のピラミッドに挑戦させるだけの、能力があるとみられて生徒が集められたのでしょう。
しかし、学校内でこの10段ピラミッド演技について、危険性を指摘する人はいなかったのでしょうか。全学年選抜か参加の演技かは別として、危険度が高い組体操であることは、だれでもが容易に想像ができます。この組体操の計画は各学年の教師の会議や職員会議で、是非のついて話し合われたはずです。その会議のなかで10段ピラミッドに対して、安全性に対して疑問を問う声は出なかったのか、また、その声の対して十分な答えと対策は取られたのでしょうか。
生徒指導の名の下に10段ピラミッドンの危険性を指摘する声が憚られたことはないのでしょうか。また、もっと深刻な問題は教師集団が、10段ピラミッドの安全性に対して問題意識持つ人がどれだけいたかということです。

幾つかの中学校では、体育科の先生が生徒指導を担当している学校があります。そしてそのような学校では、体育の授業と生徒指導が関連付けられてしまうことが多いです。さらに、問題行動に対する生徒指導が、体育の教師に任せてしまっているような学校では、他の教科の教師の生徒指導への取り組みが低くなりがちです。そうなると、他教科の教師は体育科や生徒指導の教師に対して、ものを言うことを控えてしまう傾向がでてくるでしょう。

今回の10段ピラピッドの計画も、多くの教師は10段ピラミッドなどできるのか、崩れる危険性はあるが出来たら素晴らしいなと思ったでしょう。また、ピラミッドが崩れ怪我人がでることを思った教師も少なくないでしょう。そこで、職員会などでの運動会・体育祭の計画が立案されたときに、その事故の危険性を指摘した人がいたでしょうが、多くの教師は日頃性指導をまかせているのだからと、危険性や問題性があると思ってもその発言を控えたり、そのような危険性があることを避けて考えてしまった人もいるようです。
そのような学校の教師集団は、事故が起きても不思議ではないという、客観性を避けたり軽く見て、その体育会計画で体育会を成功させようとする態度は、知性を生徒に教える学校とは言えないでしょう。むしろ学校自体が反知性主義的になってしまっていいます。

この、10段ピラミッドの事故で思ったことは、今の、日本に政治のされ方とダブって見えてしまいました。いや、自民党自体が一人のリーダについて同じ方向に向かっている、今までリベラルだった人ももの言わぬ人になっています。また、信念を貫いてきた人も国会の決議では党議拘束があうため反対票をいれられないので、採決のとき病欠などで欠席した人もいます。自民党だけでなく、国会自体も同じような状態になってきている。

わたしたち国民も、安保法案に賛成ならまだわかるが、安保法案反対に反対する人は、まさに反知性主義と言っていいだろう。私は、今後も知性を大切にしていきたいと思う。

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報道機関への圧力発言問題の処分軽減

自民党は、安保法審議のさなかの6月に、自民党の若手の勉強会で、安保法に対して安倍首相の意に沿わないような報道をする新聞社などに対して、「懲らしめないといけない」などの発言をした。この事に対して国民の間から批判が高まり、自民党執行部は、木原稔前青年局長の役職停止一年処分と他の3人を厳重注意としました。

10月の半ばにある、党内人事と内閣改造のためか、木原氏の処分を3か月と軽減した。これにより木原氏は党執行部や内閣の一員として活動できることになります。

もともと、安倍晋三は、2001年にNHKに番組内容を変えるように殴り込みにいっています。このようなことをした首相のもと、首相に気に入られようと行った行為ですが、時は安保法の審議中で、事態の鎮静化をするために、首相は翌日にが衆院平和安全法制特別委員会で「事実とすれば大変遺憾」と表明しています。また二日後には、党が懇話会代表の木原稔青年局長を更迭し、1年の役職停止処分。大西、井上貴博、長尾敬3衆院議員を厳重注意しています。

ところが、10月2日に、その処分を事実上解除し、今後の党内人事と内閣改造に登用するためでしょうか。そのめよくぞ研修会を開いたと褒めているようなものです。
谷垣禎一幹事長は、「本人も反省し、その気持ちが明確だったので、3ヵ月で『役職停止』を終わらせたい」と言っています。自身の総裁時代までや法務大臣ぐらいまでの谷垣氏の言葉とは思えないところがあります。
これらにたいして、野党側は、「どさくさに紛れて、処分を軽減するのはめちゃくちゃだ」。
民主党の枝野幸男幹事長は「真面目にコメントするレベルの話ではない。『笑うしかない』の一言だ」と自民を非難。
維新の党の今井雅人幹事長は「最初は厳しく処分して世論が冷めたころに、処分を甘くする。自民党の体質だ」と言っています。

安倍氏の、NHK番組改編事件からもわかるように、自民党の表現の自由、報道の自由を軽視していることがよくわかります。

また、自民党の憲法草案によると、その表現の自由の項で、「第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。」となています。そして、第2項で「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」となています。

最近の自民党は国民の声を聞き入れず、自分が欲する世界観により物事を理解しそれに基づいて推し量ろうとしています。そのような人から見ると、自分の意に反するものは、公益や秩序を乱すものと映るでしょう。そして、ただ映っているだけならいいですが、それを、憲法に書いてあるからと、そのような人に都合のよい法律を作り、報道機関や出版物に対して取り締まられたらたまったものではありません。

国民のもう一つの権利である知る権利が侵害され、国民が知ることができなくなると、ただしい判断ができなくなってしまいます。

自民党のこのような、処分の軽減は国民にとって他人事とは言えないと言えるでしょう。
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憲法9条にノーベル平和賞

今年も村上春樹氏がノーベル文学賞を受賞するか、話題になり書店でもフェアーを開催してるところもあれば、新聞でも報道されている。特に村上氏の出身地兵庫の地元紙神戸新聞では、一面で大きく取り上げられていた。

去年の今ごろは、新聞などでも、「憲法9条にノーベル平和賞を」が話題になった。今年も「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会は推薦状を送っていたが、ノルウェーのノーベル委員会から「憲法9条を保持する日本国民」が今年のノーベル平和賞候補として推薦が受理されています。
しかし、安保法案が通り政府の意に沿わない報道を差し控えるようになったのか、私は、ノーベル賞と憲法9条に関する記事を見ない。新聞社は、今の日本の政治の方向が変わろうとしているいま、私たち日本の国民市民に、今日本の進もうとしている道と、憲法の関係がどのようにあるのかを考える機会にするためにも、新聞は、なぜ「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会がこの運動をしているかを、解説して報道して行くべきではないだろうか。何も、憲法と安保法の関係を考えないことは、何もしないことではなく積極的に米軍の戦争と共同の歩調を合わすことに参加することになると言える。

私は、憲法9条による日本の平和主義は、日米安保条約などの圧力があるが、今までは憲法9条を楯に曲がりながりも貫かれてきました。しかし憲法の捻じ曲げ解釈により、安保法案が強引にも可決されてしまいました。

今後ますます。憲法に何が書かれているのかをよく読むことが必要だと感じている。そして、今の憲法に書かれていいることの素晴らしさを知るために、明治憲法と自民党の憲法案を読んでみることを進める。

さらに、自民党の変容を見るのには、自民党の憲法案の第一次案と第二次案を比べてみると今の自民党の変貌を知ることができるだろう。
そのうえ、第一次案は2005年の小泉総裁のときで、第二次案は自民党が野党に下り谷垣総裁の時です。私は今まで谷垣氏は弁護士で立憲主義とは何かを知っていて、リベラルな人と思っていました。しかし、第一次案と第二次案を比べると大きく変容している。しかも、進歩しているならいいが、国家主義的になりナショナリズムが協調されて、明治憲法に近づいているようにしか読めないです。

自民党憲法案は、自民党のホームページで見ることができます。また、自民党憲法草案の一次案は、「自民党憲法草案」で検索すると幾つかヒットします。
また、現行憲法と自民と一次案と二次案の対比は、講談社現代新書の「憲法改正のオモテとうら 枡添要一」で紹介されています。
岩上安見と梓澤和幸と澤藤統一郎の鼎談の「前夜 日本国憲法と自民党改憲案を読み解く」などを読むことを薦める。
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安保法の附帯決議

国会の決議に「附帯決議」というものがあります。

安保法が参議院の特別委員会で政府原案が可決された後、混乱の中、私が5党を代表して附帯決議を読み上げ、賛成多数で可決されました。この付帯決議がどれだけ今後行かされるかが問われるでしょう。


付帯決議とは三省堂の大辞林を見ると次のようにあります。「議決された条約・本案などに関して,施行細則・解釈の基準などを希望意見として表明する決議。法律上の効果を伴わない。」
また、Wikipediaには、
「附帯決議(ふたいけつぎ)とは、国会の衆議院及び参議院の委員会が法律案を可決する際に、当該委員会の意思を表明するものとして行う決議のこと。 また、地方議会においても委員会で議案を可決する際に、同じく附帯決議がなされることがある。
意義
国会の委員会における附帯決議の場合、その法律の運用や、将来の立法によるその法律の改善についての希望などを表明するものである。法律的な拘束力を有するものではないが、政府はこれを尊重することが求められる。


要約は次のようなものです。
武力攻撃には国会の「例外なき事前承認」が必要。
国会承認の際、「情報開示と丁寧な説明」国会に「180日ごとの報告」。
国会の終了決議で直ちに終了。
弾薬の提供は緊急の場合のみ、拳銃、小銃、機関銃の弾薬に限る。
自衛隊の出動は攻撃を受けた国の要請を前提とする。




安保法の付帯決議は参議院議員 山田太郎 オフィシャルで、付帯決議の案がPFFファイルで紹介されいます。
http://taroyamada.jp/wp-content/uploads/2015/09/ea98e293cc51b4c765087434c5b11b69.pdf

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ニュースから

シリアの難民
政府は「言葉や習慣が異なる多数の外国人を引き受ければ、国民生活への影響は避けられない」と言い、難民受け入れに難色をしめしている。安倍首相は、「今回の難民に対する対応の問題であります。これはまさに国際社会で連携して取り組まなければならない課題であろうと思います。人口問題として申し上げれば、我々は移民を受け入れる前に、女性の活躍であり、高齢者の活躍であり、出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手があるということでもあります。同時に、この難民の問題においては、日本は日本としての責任を果たしていきたいと考えております。それはまさに難民を生み出す土壌そのものを変えていくために、日本としては貢献をしていきたいと考えております」として、赤字財政のなかお金で国際貢献をするだけで、難民は受け入れないと言っている。

なにか問題の本質を理解しているのだろうかと思う。シリア難民の問題はシリア政府と反対勢力との内戦にによる、シリア住民の人権問題からきていることで、国際社会の一員としての人権支援としてどのように思っているか、日本国憲法を持つ国の国民として恥ずかしく思う。一方う人手不足と言い経済難民を出稼ぎ外国人労働者として受け入れている。欧州以外のくにで、ベネズエラは2万人、オーストラリアは1万2千人、アメリカは1万人、ニュージーランドは2年半で750人、ブラジルも受け入れを表明している。しかし、経済先進国で平和国家である日本は受け入れに慎重な姿勢をくずしていない。
国際条約の難民と豊かさを求めてくる移民を混同しているといわれている。欧米からは、「日本は危機克服のため国際社会と協力するといいながら、難民受け入れ準備もしていない」と言われている。菅官房長官は「顔が見える方で財政支援を行うことがまず大事」と、人的難民の受け入れ支援に難色を示している。
平和と人権重視の日本国憲法だが、先に戦争ができる安保法を国民の反対を押し切って通し、難民受け入れを事実上拒否したことは、日本の国際的信頼度を低下させることになるのではと危惧する。


自動運転自動車
安倍総理大臣は、京都市で開かれている科学技術に関する国際会議で、ドライバーがハンドルやアクセルを操作しなくても走行できる「自動運転車」が、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに走り回っていると予測した考えを述べた。
東京オリンピック誘致のときは、福島原発の汚染水は完全にコントロールされていると言ったのに続いた、大ぶろしきと言えるでしょう。
たしかに、いまの、日本の自動車メーカーが開発している自動運転技術の進歩には目覚ましいものがあります。しかし、周囲の環境整備や法的な整備、またドライバや人と人と間での受け入れなど問題はまだ山積しています。
それはともかく、ここでも安倍晋三のロマンチストとその限りない反知性的な自己顕示欲と傲慢を吐露した発言だ思う。


今年のノーベル平和賞は、
今年のノーベル平和賞は、誰になうでしょうか。
欧州難民問題で指導力を発揮した、ドイツのメルケル首相。米国とキューバの和解を仲介した、フランチェスコローマ法王などが有力視されています。
今年も、ノーベル賞作家の大江健三郎が呼びかけ人の護憲団体である「九条の会」は、国際平和研究所のハルプビケン所長は有力候補の4位の位置づけています。また、核兵器廃絶を訴えている、「日本原水爆被害者団体協議会」も候補に挙がっています。

今年も村上春樹氏の名前も挙がっていると言われ期待が高まっています。文学賞は8日ころ、平和賞は9日に発表されます。

平和賞の受賞に「九条の会」や「日本原水爆被害者団体協議会」選ばれれば、集団的自衛権行使容認や安保法を強引に可決に持ち込んで言った、安倍支持のありかたに対して、強い牽制球になるでしょう。
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応能負担税、応益負担税

70年代頃は一億総中流と言う言葉は流行りました。
それからバブル社会になり、バブルがはじけると、失われた時代になりました。

いまは、日本は競争社会のもと、これしかないとの掛け声で、貧富の格差が固定し拡大して行く社会になるのでしょうか。

そして税の仕組みも変わってきました、平等のもとに応能負担でなく、高額所得者の高負担、低額所得者の低負担でなく、できるだけ平等のもとに税金かけられるようになりました。
その極めつけた一律にかけられる消費税です。消費税導入前には物品税があり、特定の高額の商品に10%の税金がかかりました。

障碍者の福祉制度の言葉に、応能負担・応益負担というのがあります。
応能負担は、本人の収入等から、本人の支払い能力に応じて負担してもらうこと。応益負担は、本人の利用したサービスの量(受けた利益)に応じて負担してもらうことです。

応益負担だと、収入の少ない障碍者は福祉制度のサービスを受けるのに、自分が必要とするサービスを受けることができなくなることもあいます。収入多い人は自分の受けたいサービスを思いのままに受けられることができます。

応分負担と似た言葉が最近使われているようです。それは、応分負担と言いますが、応分負担とはなんでしょうか。応分とは、分に応じた負担をすることですが。ここには、主語がないです。その人に経済能力に応じたものか、その人が受けたサービス応じた負担をすることでしょうか。
もう少し突っ込んでかんがえると、能力の応じたサービスを受けることができるとなると、低所得の人には多くのサービスを受けることは、分相応でなく分不相応になてしまいます。
これは、憲法の基本的人権と生活権に違反するのではないでしょうか。

消費税が10%に上がるのに、軽減税率導入の議論がだれています。もともと消費税は応益負担で、高額所得者にとっては定率負担で、低所得者には効率負担です。高額所得者のなかには、低額所得者の受益を負担するのは不公平と言う人がいます。

では、先の福祉制度の話で考えてみます。身体障碍者には生活日用品支援として、電動車椅子が給付されます。この電動車椅子のなかには、その人の障碍に合わせたシーティングなどをすると、小さな車を一台買えるほどのものもあります。
それを健常な人のなかには贅沢で不公平だと言う人がいました。
そこで私はそのような人に訊ねたことがあります。そんなにうらやましいですか。それでは、重度障害者の身体と健常なあなたの身体と入れ替えて、あなたは身体障害者手帳をもらたら、電動車いすをただでもらえますよと。そうするとその人は何も言わなかったです。

自分の富を独り占めするのではなく、富の分配は今の民主主義と人権重視の近代社会では必要なことです。しかし、そのような考えでなく自分の特権や利益を守ろとする考え、それとその制度が出来上がってきているように思えます。それが貧富の格差の固定かです。所得の高い人は高等教育を受けられ、所得の低い人はお金のかかる高等教育を受けるのをあきらめないといけない人もいます。これはまた、学習塾に子どもを通わすのもしかりです。

いま一度、日本の消費税の在り方とその使われ方を考えなおすべきです。特の税金の使われ方は、どうも高額所得者に有利のように仕組みが作り返られているように思えてしかたないです。
そして、いつしか一億総中流から、一億総貧民になりかねないと言えないでしょうか。
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TSUTAYAの武雄市図書館

レンタルビデオ・CDを全国展開をする、「TSUTAYA」が佐賀県の武雄市図書館を運営しえ、大幅に来館者が増えている。図書館内にはコーヒー店のスターバックスなども入り人気があるそうです。蔵書も大幅に増えて、Tカードで本の貸出ができる。映画音楽の有料レンタル、などができ自動貸出機、居心地のよい空間などで人気があるようです。

この武雄市の図書館は、公設民営なのでしょうか、私立の図書館なのでしょうか。それとも公立の図書館の運営を民間委託しただけなのでしょうか。
わたしは、武雄市の図書館位行って実際に調べていないので、ネットで調べた限りのことで判断して書きます。

まず、図書館は図書館法と言う法律にもとづいて設置・運営されなければならないです。

図書館法には次のようなことが義務付けられています。
・図書館は地域のライブラリーとしての役割があること。
・地域の文化の発展のための事業を行うこと。
・時事に関する資料情報の収集。
・地域の社会教育や博物館や研究所と密接に協力すること。
・公立図書館は入館料を徴収できず、私立図書館は入館料を取れる。

武雄市の蔦屋図書館では、蔵書が大幅に増え、入場者?来館者?も大幅に増え一見成功して、成功したように目ます。
しかし、あららしく蔵書登録されたものには、古書店から不要な本が集められたようなものがあるといわれています。「TSUTAYA」の子会社から見切本を集めたからではないかと言われています。
それより重要なことは、今まで蔵書された本の中には、貸出記録がないが貴重な本も沢山あります。その中には貴重な文化遺産と言われるものです。それが、民間委託なり民営になると採算が合わないからと破棄されないとも限らないです。

図書の分類は、NDC分類通でするべきですが、テーマ別の配架にして図書館を始めて利用する人にとては便利ですが、物事を研究しようとする人にとっては、どこに何が置いてあるか分らず戸惑てしまいます。コンピュータでデータベース化してあるから機械で検索すればいいと言うかもしれないが。それならそれは逆で初めて来る人が端末を操作して検索すれば、図書の分類のされ方も勉強することができ、一石二鳥ではないかと思う。

また、もう一つ大きな問題があると思う、武雄市の蔦屋図書館では、本の貸し出しと、新刊図書や雑誌の販売もしているそうです。つまり、街の本屋さんの営業を圧迫しかねないとです。街の、本やさんや古本屋さんは、一つの文化レベルのバロメータです。これらの店の経営が圧迫され閉店に追い込まれると、地域にとって大きな尊守つになるでしょう。

特に、株式会社の公立図書館の委託経営は、利潤に合わないものの切り捨てになったり、公共団体からの補助金を食い物にするようなことになってはならにです。

図書館がレジャーランド化や大型商業施設のようになり、人が集まるようになり街が活性化されても、図書館を公設民間委託なり公設民営にするなら、厳密な図書館法による経営とその監視監査がなされないと、地域の文化が死んでしまうことになりかねないでしょう。

◆資料 図書館法には次のように書かれています。
図書館法
第一条 社会教育法の精神に基き、図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もつて国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする。
第二条 この法律において「図書館」とは、図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーシヨン等に資することを目的とする施設で、地方公共団体、日本赤十字社又は一般社団法人若しくは一般財団法人が設置するものをいう。
2 地方公共団体の設置する図書館を公立図書館といい、日本赤十字社又は一般社団法人若しくは一般財団法人の設置る図書館を私立図書館という。

第三条 一 郷土資料、地方行政資料、美術品、レコード及びフィルムの収集にも十分留意して、図書、記録、視聴覚教育の資料その他必要な資料を収集し、一般公衆の利用に供すること。
六 読書会、研究会、鑑賞会、映写会、資料展示会等を主催し、及びこれらの開催を奨励すること。
七 時事に関する情報及び参考資料を紹介し、及び提供すること。
八 社会教育における学習の機会を利用して行つた学習の成果を活用して行う教育活動その他の活動の機会を提供し、及びその提供を奨励すること。
九 学校、博物館、公民館、研究所等と緊密に連絡し、協力すること。
第九条 政府は、都道府県の設置する図書館に対し、官報その他一般公衆に対する広報の用に供せられる独立行政法人国立印刷局の刊行物を二部提供するものとする。
2 国及び地方公共団体の機関は、公立図書館の求めに応じ、これに対して、それぞれの発行する刊行物その他の資料を無償で提供することができる。
第二章 公立図書館
第十七条 公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない。
第二十条 国は、図書館を設置する地方公共団体に対し、予算の範囲内において、図書館の施設、設備に要する経費その他必要な経費の一部を補助することができる。
第三章 私立図書館
第二十五条 都道府学校県の教育委員会は、私立図書館に対し、指導資料の作製及び調査研究のために必要な報告を求めることができる。
2 都道府県の教育委員会は、私立図書館に対し、その求めに応じて、私立図書館の設置及び運営に関して、専門的、技術的の指導又は助言を与えることができる。
第二十六条 国及び地方公共団体は、私立図書館の事業に干渉を加え、又は図書館を設置する法人に対し、補助金を交付してはならない。
第二十七条 国及び地方公共団体は、私立図書館に対し、その求めに応じて、必要な物資の確保につき、援助を与えることができる。
第二十八条 私立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対する対価を徴収することができる。
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歌集 小さな抵抗 殺戮を拒んだ日本兵

岩波現代文庫「歌集 小さな抵抗 殺戮を拒んだ日本兵」渡部良三
敬謙なカトリック教徒であった、渡部良三は、中国捕虜を殺す命令を受けるが、拒否したことにより、凄惨なリンチを受けた。その戦場の日常と軍隊の実像を歌に詠みつづけた歌集。

   無題


その本の「はじめに」の冒頭に次のような歌が詠まれている。

いかがなる理にことよせて演習に罪明からぬ捕虜殺すとや

生きのびよ獣にならず生きて帰れこの酷きこと言い伝うべし

新兵が古参兵から度胸をつけるためだと、新兵教育担当が五名の捕縛された中国共産党の八路軍の捕虜を、四十八名の新兵が虐殺させられたことを詠ったものです。

NHKの朝の連続テレビどらまで、「カーネーション」と「ごちそうさん」があったその中での、徴兵で出征したが間もなく帰還してきたが、戦地で何かあったのか精神的に不安定になって帰ってきていた。

「カーネーション」の隣に住んでいる気の弱い勘助は、戦地に行き戦場から帰還したが、部屋に閉じこもり外に出ることができなくなた。母親は始め軍隊に行きひどい目に合わされた加害者だとおもったが、次第に実は加害者にだったのではないかと考えるようになった。そして再び召集されて帰らぬ人となた。
「ごちそうさん」の幼なじみの源太は肉屋につとめ働いていた。戦場に行き帰還したが、肉を見ると吐き気がして、肉屋で働くことができなくなっていた。
カーネーションの方は心の病の原因には触れなかったが、ごちそうさんの方は、店の肉を目の前で見ると、自分が手にかけた人の肉塊が頭に浮かんでしまうと告白していました。

このほかに、「歌集 小さな抵抗」は次のような歌がある。

朝食(あさいい)を食(は)みつつ助教(じょきょう)はさとしたり、「捕虜付殺し肝玉をもて」

救いなき酷さの極み演習に傲れる軍は捕虜殺すとう

旧約のイザヤアブラハム思い出す殺さるる八路の胸張るを見て



わたしは、この日本軍のありかたは、神の僕の天皇軍隊ならこのような非道なことはできない思ったりししたが、上官の命令は天皇の命令として死線の上ので軍隊規律は絶対なら、この歌集のことは一兵士としての事実とし読むのが当たり前だろう。
また、先の中東でのアメリカ兵の証言に次のようなものがある「銃を持ってる者は撃て携帯を持ってる者は撃て何も持ってなくても走ってたり逃げる者は撃て、動くものは撃て犬、鶏も動くものがなくなったら死体を撃ってた」今の平和の日本では異常に感じる人が多いと思う。

しかし、一般人の中にテロリストやゲリラが紛れ込んでいて、自分が何時殺されてしまうかわからない状況を想像してると、この事は異常ではなく現実のこととして考えることだ出来るでしょう。

戦争とはかくも恐ろしい怖いものです、人の心をどこまでも蝕んでしまい、麻痺させるものです。間違った積極的平和主義の解釈している人は、なら真っ先に銃剣を持って最前線に赴くでしょうか、しかり、官邸深くの地下で無人偵察機の映像を見ながら、ボタンを押す事すらせず、報告をうけて判を押すだけでしょう。
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天動説 地動説

児童文学者であり、反戦活動家のジャーナリストであった、吉野 源三郎(1899年 - 1981年)の代表作、『君たちはどう生きるか』がある。吉野は昭和を代表する進歩的知識人として知られています。

    君たちはどう生きるか

その『君たちはどう生きるか』の主人公はコペル君という少年だが、本名は本田潤一という、なぜコペル君というあだ名がついたか。そのいきさつはいわれはこの話の初めにでてきます。
コペル君が叔父さんと霧雨の降っているときに銀座にいったとき、潤一少年はデパートの階上から銀座の街の様子を眺めていて、叔父さんに「人間て、まあ、水の分子みたいなもんだね。」といいました。

そのことに対して、叔父さんはいたく感心して、次のような話をしました。

・・・・前略・・・・
 もちろん、世の中の波というものも、一つ一つの分子の運動か集まって動いてゆくのだし、人間はいろいろな物質の分子とはわけのちがうものなんだし、そういうことは、君がこれから大きくなってゆくに従って、もっともっとよく知ってゆかなければいけないけれど、君が広い世の中の一分子として自分を見たということは、決して小さな発見ではない。
 君は、コペルニクスの地動説を知ってるね。コペルニクスがそれを唱えるまで、昔の人は、みんな、太陽や星が地球のまわりをまわっていると、目で見たままに信じていた。これは、一つは、キリスト教の教会の教えで、地球が宇宙の中心だと信じていたせいもある。しかし、もう一歩突きいって考えると、人間というものが、いつでも、自分を中心として、ものを見たり考えたりするという性質をもっているためなんだ。
 ところが、コヘルニクスは、それではどうしても説明のつかない天文学上の事実に出会って、いろいろ頭をなやました末、思い切って、地球の方が太陽のまわりをまわっていると考えて見た。そう考えて見ると、今まで説明のつかなかった、いろいろのことが、きれいな法則で説明されるようになった。そして、ガリレイとかケプラーとか、彼のあとにつづいた学者の研究によって、この説の正しいことが証明され、もう今日では、あたりまえのことのように一般に信じられている。小学校でさえ、簡単な地動説の説明をしているようなわけだ。
・・・・中略・・・・
 こういうことは、君も『人間はどれだけの事をして来たか』を読んで知っているにちがいない。が、とにかく、人間が自分を中心としてものを見たり、考えたりしたがる性質というものは、これほどまで根深く、頑固なものなのだ。
 コペルニクスのように、自分たちの地球が広い宇宙の中の天体の一つとして、その中を動いていると考えるか、それとも、自分たちの地球が宇宙の中心にどっかりと坐りこんでいると考えるか、この二つの考え方というものは、実は、天文学ばかりの事ではない。世の中とか、人生とかを考えるときにも、やっぱり、ついてまわることなのだ。
 子供のうちは、どんな人でも、地動説ではなく、天動説のような考え方をしている。子供の知識を観察して見たまえ。みんな、自分を中心としてまとめあげられている。電車通りは、うちの門から左の方へいったところ、ポストは右の方へいったところにあって、八百屋さんは、その角を曲ったところにある。静子さんのうちは、うちのお向いで、三ちゃんところはお隣りだ。こういう風に、自分のうちを中心にして、いろいろなものがあるような考え方をしている。人を知ってゆくのも同じように、あの人はうちのお父さんの銀行の人、この人はお母さんの親類の人という風に、やはり自分が中心になって考えられている。
・・・・中略・・・・
 しかし、大人になるとこういう考え方をするというのは、実は、ごく大体のことに過ぎないんだ。人間がとかく自分を中心として、ものごとを考えたり、判断するという性質は、大人の間にもまだまだ根深く残っている。いや、君が大人になるとわかるけれど、こういう自分中心の考え方を抜け切っているという人は、広い世の中にも、実にまれなのだ。殊に、損得にかかわることになると、自分を離れて正しく判断してゆくということは、非常にむずかしいことで、こういうことについてすら、コペルニクス風の考え方の出来る人は、非常に偉い人といっていい。たいがいの人が、手前勝手な考え方におちいって、ものの真相がわからなくなり、自分に都合のよいことだけを見てゆこうとするものなんだ。
 しかし、自分たちの地球が宇宙の中心だという考えにかじりついていた間、人類には宇宙の本当のことがわからなかったと同様に、自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のこともヽついに知ることが出来ないでしまう。大きな真理はそういう人の眼には、決してうつらないのだ。もちろん、日常僕たちは太陽がのぼるとか、沈むとかいっている。そして、日常のことには、それで一向さしつかえない。しかし、宇宙の大きな真理を知るためには、その考え方を捨てなければならない。それと同じようなことが、世の中のことについてもあるのだ。
以下略・・・・

叔父さんあ、潤一君が、自分中心の天道説のような考えでなく、地動説の考えを感じたことに感心し、その潤一君の考えの発見を忘れないようにコペルニクス君とよび、それがいつしか縮まってコペル君と言うようになたそうです。

この話、今の日本の政治家や大人たちの様子をみていると、この地動説と天動説の話を説諭したいです。

佐藤優氏は「知性とは何か」で次のようにいっている。「反知性主義を大雑把に定義するならば、「実証性や客観性を軽視もしくは無視して、自分が欲するように世界を理解する態度」である」
そして、リチャード・ホーフスタッターは、「反知性主義は、思想に対し無条件に敵意をいだく人々によって創作されたものではない。まったく逆である。教育あるものにとって、もっとも有効な敵は中途半端な教育を受けた者であるのと同様に、指折りの反知性主義者は通常、思想に深くかかわっている人びとであり、それもしばしば、陳腐な思想や認知されない思想にとり憑かれている。反知性主義に陥る危険のない知識人はほとんどいあに。一方、ひたむきな知的情熱に欠ける反知識人もほとんどいない。」。つまり、無教養な人が反知性主義に陥るのではなく、一定の知識と教養がそれに加え情熱がある人と言うことになる。そうなるとつまり、安倍首相は祖父の夢をかなえようと、夢見るロマンチストと言えるから、そのロマンにまっしぐらに突っ走ってしまうことにより、反知性主義に陥ってしまっていると言えるのではないだろうか。

そのような、反知性主義である人の言うことに聞く耳をかさず、自分の思い通りに事を運ぼうとする。まさに自分が宇宙の中心で、天が動いているのだと言わんばかりの、国会運営は手前勝手な考え方に陥ってしまい。歴史の流れの中の国際的なもの真相が判らなくなり、自分に都合のよいことだけしか見えなくなってそれに基づいて判断してしまいます、そうなれば国には滅んでしまいます。

今の安倍政権の閣僚に読んでもらいたい本です。
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戦争をしない国 明仁天皇メッセージ

戦争をしない国 明仁天皇メッセージ
    戦争をしない国 明仁天皇メッセージ
    

敗戦から、今まで明仁天皇陛下が、皇太子殿下時代から歌として、お言葉として述べられてきた、国民へのメッセージが詰まっています。
今の、明仁天皇がいかに国民のことを思っているかがよくわかります。
それに対して、今の政治のリーダは国民より、宗主国?の方に気を遣い、片や相矛盾するようにかつての日本の栄光を夢見ている人の言葉とは大違いです。

この明仁天皇陛下の、歌で詠まれたり、お言葉として国民に向けられたメッセージをよむと。天皇陛下の国民へ向けられる気持ちは並々ならぬものを感じます。

保阪正康氏の「天皇 「君主」の父 「民主」の子」を読んでも、自分が始めた戦争ではないが、過去の戦争の過ちを悔い反省し国民への寄り添ったお考えを持っておられることを感じます。

    天皇 「君主」の父 「民主」の子」

そして、自分は天皇になるしかなく、そのことから逃げることができないことをよく自覚されています。それは、天皇が15歳の時に英語の授業で、「将来、何になりたいか書きなさい」と言う課題に、「I shall be Emperor.(私は必ず天皇になります)」と回答したということです。天皇はこのことについて、1987年9月の即位の1年4ヵ月前にアメリカの報道機関からの質問に、「普通の日本人だった経験がないので、何になりたいと考えたことは一度もありません。皇室以外の道を選べると思ったことはありません」。と答えています。

また、先の戦争で唯一地上戦が行われ、多くの犠牲者をだした、沖縄に対しての思いれも深いものがありあます。皇太子時代に沖縄を訪問する前に、「石ぐらい投げられてもいい。そうしたことに恐れず、県民のなかに入っていきたい」とのべられています。そして、沖縄訪問をしますが石以上の、大きな抗議が皇太子を待っていました。しかし、それ以降も何度も沖縄を訪問し「花よおしやげん(ゆうしゃぎゆう) 人(ふいとう)知らぬ魂 戦(いくさ)ないらぬ世よ(ねらぬゆゆ) 肝(ちむ)に願いて(にがてい)」(花を奉げます 人知れず亡くなった多くの人の魂に 戦争のない世を 心から願って)と詠い。沖縄戦の最激戦地に建てられている『魂魄の塔』に花を奉げています。
そのように沖縄訪問を繰り返すことにより、沖縄の人たちは天皇に好感を抱く人が多いです。
米軍と共同作戦を海外で展開できるようにする首相は、帰れと罵声を浴びされれたのと大違いです。

このほかに、この本には、広島長崎の原爆、自然災害や公害のこと、また戦争で外国に迷惑かけたことなど、そしてこれからの日本がどうあってほしいか、皇太子時代や天皇のメッセージが載っています。
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憲法についても一度考えてみる

集団的自衛権やそのための安保法制関連法にしばらく注意をそちらに傾けていたので、このブログに書いていた、日本国憲法と自民党の憲法草案についての記事が中断していた。
安保法制関連法があのような形で可決されたが、もう一度、日本国憲法と自民党の憲法草案をじっくりと考えてみたい。

しかし、よく考えて見ると自民党の憲法草案は、自民党の中でリベラル派と知られていた、谷垣偵一総裁のときです。その総裁のときですら、あのような草案がつくられるのですから、今の安倍自民党が憲法草案をつくるとどのようなものになるでしょうか。

安倍自民党は、次の参議院選挙をにらんで、憲法改正に向けて動いて来るでしょう。そうなれば、実際に自民党が発議する憲法案は、いまの草案よりもっとひどい物になって、国会に発議されるかもしれません。そのことを加味しながら二つの憲法を読んでいきたいと思う。

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憲法を読んでみよう

自民党の安倍政権の安倍政治により、街の書店には憲法に関する本が今までより多く書棚に並んでいます。

戦後70年になるが、敗戦直後をや日米安保条約闘争の時をのぞき、いまほど平和と民主主義と人権と憲法に国民の関心が集まっていることはなかったと思います。
安倍政権は、秘密法についで、集団的自衛権行使を可能にする、安保法制関連法を強行に可決させました。このつぎは、憲法改正を見据えて今後の政権運営がされていくでしょう。
わたしたち、国民が憲法とはどうあるべきかを真剣に考えるべき時だと思います。そのためには、現行に日本国憲法に何がかかれているのか、自民党が発表した憲法草案とはどのようなものかを知っておく必要がるでしょう。

自由民主党 日本国憲法改正草案
http://tikurinnnohoujyoann.blog.fc2.com/blog-entry-1015.html


日本国憲法
http://tikurinnnohoujyoann.blog.fc2.com/blog-entry-990.html


また、憲法の原文を読むだけでは、その内容を知ることは難しいです、その中でわかりやすく書かれた本を幾つか紹介します。
・「前夜」日本国憲法と自民党憲法を読み解く 現代書館
   梓澤和幸、岩上安身、澤藤統一郎鼎談
この本は、憲法の全文から、一条一条の条文について、三人が鼎談しているものです。
憲法について書かれている本の多くは、戦争の放棄の9条について、批判したり擁護したりしているものが多いですが、この本は、憲法の平和主義や安全保障のことはもちろん、天皇章のこと、国民の人権と権利と自由から、国会や司法などすべてのことについて、語られています。自民党案を批判しています。

   前夜

・日本国憲法の誕生 岩波現代文庫
古関彰一
現行の日本国憲法の制定過程でGHQとどのような関わりがあったか、それぞれの条文の意図するとは何かについて、分析されている本です。

   日本国憲法の誕生 

・憲法読本 第4版 岩波ジュニア新書
杉原泰雄
この本は、日本国憲法について書いたものではなく、憲法とはどうあるべきかを、中高生向けに書かれたもので、近代憲法における、民主主義、自由と権利とはどうあるべきかがかかれている。

   憲法読本 第4版

・日本国憲法を生んだ密室の九日間 角川ソフィア文庫
鈴木昭典
1993年2月5日に朝日放送局で放送されたテレビドキュメンタリ「日本国憲法を生んだ密室の九日間」に加筆されたものです。
GHQがなぜ憲法草案を作り、日本政府に押し付けたか、どのように作らたかかが、当時の国際情勢もまじえて書かれています。

他にも今まで、このブログで幾つか紹介しました。
憲法などで検索するとヒットすると思います。



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リニア新幹線

リニア新幹線と聞けば、時速500キロをだし、東京大阪間を50分程で結ぶと聞けば、よいことずくめのように聞こえます。
昔、夢の原子力と言われ、平和の原子力、原子力発電、原子力船、原子力飛行機、原子力自動車の登場により、未来は明るい社会となると言われました。
しかし、原子力は発電と軍事用の原子力潜水艦と空母にしか使われず、後は原爆だけが開発が続けられ、今は一個で広島長崎の数万倍の威力になています。
そして、原子力発電は日本国内だけでも、50基ほどになり時々小さなトラブルや事故が起き続けていました。そして3.11の原発事故が起きてしまいました。
この原発事故は、安全神話により作られた、人災と言えるでしょう。原子力は安全だと宣伝され、安全だけの情報が公開されてきました。それにより、地震と津波により、原発がダメージを受け史上最大の事故が起きてしまいました。

日本では大きなプロジェクトや事業がると、そのメリットの面ばかりが強調され、負の面は隠され国民はその情報を知ることができないことが多いです。

リニア新幹線は、その多額の資金がいることから国は難色をしめしてたが、JR東海は単独で自己資金ですると表明するや、国は前向きになっています。
しかし、リニア新幹線には多くの問題点があります。

まず資金面で本当に大丈夫なのか、これから人口が減少し労働人口も減少していきます、そのよななか本当に採算がとれるのか
採算が取れない時の、赤字は誰がふたんするのか、決して税金などが投入されてはならないです。

リニア新幹線はその7割以上がトンネルの中を走行します。そしてそのトンネルは地下40メートル以上の大深度に建設されます。
そのトンネルを掘った後の残土はどうするのか、地下水の出水はどうするか、
そして地上部の川の水枯れの問題があります。この残土と水枯れの問題はすでに実験線で問題になっています。
また、トンネルのルートには日本最大のウラン鉱があると言われます。そのウランの放射線の問題も解決されていません。
ウラン放射線汚染された残土の問題、ウラン鉱のトンネルを通ると、乗客は被曝しないのか。
また、新幹線の何倍もの電力を使うといいます。原発数基分とも言われてます。
また、電磁波の問題もあります。
JR東海はこれらの問題にたいして、明確に答えようとしていないといわれています。
明確に答えないということはどういうことでしょうか。答えるだけの資料がまだない。あるいは、答えると不都合だということでしょうか。

ただ、一番もんだいなのは、リニア新幹線についてマスコミは利点や未来の技術だと、賞賛する報道が殆どだということです

5分でわかるリニア新幹線の問題点
http://www.chikyumura.org/environmental/report/2015/01/01100000.html


“悪夢の超特急”リニア中央新幹線 樫田秀樹
旬報社
   リニア1



リニア新幹線 巨大プロジェクトの「真実」 橋山禮治郎
集英社新書 0731
   リニア2

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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 安倍内閣改造
    アジシオ次郎 (08/05)
    こんにちは。

    お友達内閣と揶揄された反省から、今回は異なる派閥からすすんで入れた改造内閣、バランスいいとはいうものの、女性閣僚が2人だけというのは男性優位色が
  • 見ざる聞かざる言わざる
    竹林泉水 (07/30)
    いつもコメントありがとうございます。
    三猿の教えは、子どもより大人の方が三猿について考えないといけないでしょうね。

    一つのことしか知らない大人になるのは、人それ
  • 見ざる聞かざる言わざる
    アジシオ次郎 (07/26)
    こんにちは。

    周りをよく見る・すすんで自分の意見を言う・人の話を聞く。当たり前の常識だが、子供に説くのも大事だが大人も改めてそれを認識してそれに基づく正しい行
  • アベ政治はクーデター
    竹林泉水 (07/19)
    政権を握っているのでクーデタだと言えるのでは

    しかし、安倍晋三の頭の中の辞書には、民主主義の言葉はあるが、政治家としての誠実さをなかなか感じることができないので
  • アベ政治はクーデター
    雲と風 (07/18)
    勉強になりましたが、「安倍政権はクーデター」でしょうか? 権力と威嚇によるテロリズムだと思います。内閣府の中の一派が壊憲と日本の民主主義制度の堕落無力化を共謀し
  • 教育福祉などへの株式参入は
    竹林泉水 (07/12)
    なんでも自由競争になれば、サービスの質が向上すると考えるのは間違いで、鉄道などで見ると都市部はサービスが向上するが、過疎部では反対で最悪の場合は撤退になります。
  • 教育福祉などへの株式参入は
    アジシオ次郎 (07/10)
    おはようございます。

    教育や福祉に株式参入することは、教育や福祉をビジネスに利用しかねないし、アメリカ式の市場主義経済に基づく価値観を正当化しかねないです。た
  • 食べることは殺生をすること
    竹林泉水 (07/06)
    日本人は頂きます・ご馳走様と日本人なら誰でもいいますが、外国の方はどうなのでしょうか。キリスト教のクリスチャンなら食前食後の祈りがあります。
    私は中高とミッショ
  • 食べることは殺生をすること
    アジシオ次郎 (07/05)
    こんにちは。

    人間は生きる為に他の生物の命を奪わなければいけない。と言う「原罪」を背負っている以上、食べると言うことはそうなのかも知れないです。動物の命を奪い
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