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神戸大学の国旗掲揚

神戸新聞によると、神戸大学は、6月に下村文科相が全国86の国立大学に「国旗と国歌の取り扱いについて、適切にご判断いただきたい」と口頭で要請し、入学式や卒業式で国旗掲揚と国歌斉唱を実施するように事実上要請した。これをうけ、神戸大学武田廣学長は、「文科相の要請にはそれなりの意味があると受け止めている」として、今まで卒業式のときに。場外に掲揚していた国旗を壇上に掲揚することを決めたそうです。ただ、国歌は海外の留学生が多いことを配慮して、斉唱は行わないそうです。
昔なら、大学の自主独立と自治の観点から、学生の猛反対は必至だった。しかし、今の学生は昔のように、学生運動は活発でないので、今の大学のキャンパスはどのようなのだろうか。その後の神戸新聞を見ると、今の学生の反応につての記事は載っていない。新聞メディアとして大学のその後として記事にしてほしいものです。

国は、国立大学の文系への圧力を強めている。学問の自由が奪われていくのがすでに始まっているとしか言いようがない。私学の神戸学院大学の上脇博之教授は「安倍政権になり、教育の中身や大学運営などについて国の介入が激しくなっている」。国立は私学より「言うとおりにしなければ、交付金が減らされるかもしれないという考えが働く」といっています。

大学に国の言うことをきけと圧力をかけるのは、まさに焚書坑儒としか言いようがなく、そのような国は発展がなく、いずれ衰退して滅んでしまう。そのことは、中国の歴史もすだし、つい70年前の日本も、大政翼賛、挙国一致として、戦争に突き進んしまっています。いつか来た道を再び歩み始めてはいけないです。
さまざまな、「学問の自由」「大学の自治」があり、意見が飛び交う百家争鳴こそ、国の発展があり誤った道を歩まない基となる。
政府が大学への余計な口出しは、直ちにやめるべきでしょう。
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朝の散歩

もう八月の上旬も、すぎてしまいました。一年が経つのを早く感じるこのごろです。
正月のころは、6時を過ぎても真っ暗ですが、6月頃になると、4時を過ぎれ薄明るくなっていたが、今日このごろ8月中旬になると、まだ星が輝いています。自分では心を落ち着かせ早朝の散歩をしているつもりでも、最近、私ごとで、心が落ち着かないとこもあったりして、一日の朝の変化に気をとられずに歩いていた。そのことは、あまり気持ちを落ち着けず、ゆったりと歩いていなかったといえるだろう。
だが、今日はひさびさに、よが次第に白んでくる様子や、木の葉のささやく声や、木から木の実が落ちる音に気をとられた。また、林の茂みの奥から、散歩をしている足音にビックリしたか、動物のたぶんイノシシだろうが、うなり声と動く音が聞こえてくる。

このように、朝の一つににしても、それぞれの日々の移ろいに気がつきながらいたいものです。
私ごともあり、また、このところの国会の審議をネット中継をみたり、新聞などを読んでいると、全国の各紙の社説などをネットで読んだりして、早朝の庭の手入れが、おろそかになり、気も入らず手入れもおろそかになってしまった。
しかし、それは本当は逆だろう、そのような時こそ、小さな庭だが、庭の自然に目を配り、自分の気持ちを穏やかにすることが必要でないかと思ったりする。
明日もまだまだ、暑いだろうが庭の手入れをしていこうと。

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あけび

毎日の散歩の楽しみの一つに、散歩途中の雑木林での楽しみがある。まだ青いですが、今年も、アケビの実が成っている。去年は、見かけなかったですが、今年はたくさん成っている。アケビも柿のように、隔年の生り年というのがあるのだろうか。
秋ごろに濃い紫色に色好き、縦に割れるころが食べごろだが、一昨年はいくつか成っていたが、人間が採るよりさきに、目ざとく鳥が先に食べてしまっていた。

   アケビ001
 
   アケビ002

あおアケビ 鳥がさき 人がさきか
      日々成りを見 鳥と先陣
                  泉水

ほの甘い 懐かしい味の アケビかな
     いまはだれも みむきもしない
                  泉水


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カジノ型デイサービス?

カジノ型デイサービスがあるそうです。
機能訓練の名の下で、パチンコやマージャンやトランプなどを楽しむものだそうです。施設によれば、利用時間の大半をそれらの遊技に割く施設もあるようです。
神戸市では、それらの施設に対して、規制をする方向だそうです。久元市長は、「遊技には高齢者の頭脳や体を活性化するメリットもあるが、不適当なサービスは利用者負担の増加につながると」説明しています。
マージャンやトランプなどや、また、囲碁や将棋などと同じですが、頭の活性化には役立つとされ、以前からそれらをサービス提供の一つとすることはあります。
しかし、
・ほとんどの時間がそれらの遊技を提供する時間にさかれる。
・実際に金銭のやりとりをするなら、明らかに賭博行為になるので違法ですが、疑似通貨などを使っても依存性が生じる恐れがあります。
・広告が賭博や風俗を連想させる施設
これらのことが、明らかな施設は指定の不認可や指定の取り消しができるようにするとされいます。

パチンコやマージャンやトランプなどのサービスが中心の、デイサービスは本末顛倒です。福祉の観点を忘れ、補助金目当ては金儲けしか考えていないとしか思えないです。一自治体が規制するのではなく、国が一つのサービス事業としての施策を立てるのではなく、一つの福祉制度として施策を立て事業者を指導していかないと、このような、サービスがまかり通ってしまうでしょう。
国会でも問題にしてもらいたいものの一つです。
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8月15日

今年の8月15日は、ポツダム宣言受諾の詔勅の放送があり、太平洋戦争が終わったとされる日とされ、70年目の日を向かえました。

今年は、いつもの年より平和について、みんなが真剣に考える日となるでしょう。在日米軍が、ベトナム戦争や朝鮮戦争のために、日本の駐留基地から、爆撃機が頻繁に飛び立っていったときより、日本のこれからの平和政策について、考えないといけなくなってきています。

国会で安保法制(戦争法案)が審議されいます。いままで、敗戦後日本の政府が守り続けてきた、戦争をしない国としの専守防衛の姿勢が、日米の集団的自衛権という名の下に、戦争ができる国に変わろうとしています。
今の政権は、戦争抑止力になりむしろ戦争をしない国の方針が、強化されるというようなことを言っています。しかし、歴史をみれば過去の戦争はすべて、正当性を訴えて始まっています。そのことを考えると、抑止力になると云うのは詭弁のほかないと言えます。

いま、その戦争法案に対して反対運動がおきているが、そのことについて、興味深い話しを、ジャーナリストのむのたけじさんが、2008年に出した岩波新書「戦争絶滅へ、人間復活へ」で述べている。「戦争は悲惨だ、兵士はかわいそうだ、あれは許せない罪悪だ、ということを百万回大声でしゃべったて、戦争をやろうとしている連中には、痛くもかゆくもないわけです、戦争が始まってから反戦平和誘導をやったところで、戦争の論理とエネルギーに引くずられてしまう。戦争をなくすには、戦争をする必要をなくして、戦争をやれない仕組みをつくらなければあめです。かつえそこまで踏み込んだ平和運動は一つもなかた。」
いま、安倍政治は日本が、堅持してきた戦争をやれない仕組みを、積極的平和主義とか安全保障法制などの、ことばでその仕組みを壊そうとしています。
国会議論を聞いていても、野党の反対意見にたいして、正面から答えようとしないのは、余程戦争がしたいので、痛くもかゆくもないので、のらりくらりと関係ないことを答えたるほかないのでしょう。

最後にもう一度、15日という日を、おもうに、先の日本が起こした戦争では、かつてないほど民間人が殺されました。非常に多くの日本人も、外国の人も、戦争に巻き込まれしにました。とっくに日本の市民は、日本臣民は天皇の子であるから、殺され死んでいった人も多いです。
それらの、多くの犠牲になった人に、二度と同じ過ちを繰り返さないと誓いたいとおもいます。

東京の靖国神社の近くに、千鳥ケ淵戦没者墓苑があります。この墓苑はは、昭和34年(1959年)国によって建設され、先の大戦で亡くなられた全戦没者の慰霊追悼のための聖苑で、現在、36万2,570柱が奉安されている。
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首相の談話

安倍首相の70年談話が、首相官邸のWebページに載っています。
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html

戦後50年の村山談話と小泉談話と比べると、倍以上の長さです、村山談話が1300字弱、小泉談話が1150字弱、それに対して、3400字弱です。

閣議決定してだされた、総理大臣として文字数が増えたからといって、それだけ中身が濃くなったのでしょうか。
この談話を読むと、確かに今までの談話を、継承しているかのように見えます。しかし、この談話には、安倍首相の考えや思いが色濃く随所にちりばめられています。それにより、曖昧な表現が多く成っているように感じる。

また、気になる点もあります。侵略の文言にたいしては、先の日本政府が行った、朝鮮併合や台湾併合や中国や東南アジアに対する侵攻には直接触れず、西欧列強もしていたと前置きし、日本はこれから侵略戦争に断固反対するとのべていいます。
しかし、いま、国会で審議されている。安保法制関連法は、集団的自衛権という蓑を借りてアメリカの行う戦争に加担するものです。9.11の時、ブッシュ政権のときの、これは戦争だといって、アフガニスタン政権を崩壊させ、イラクも大量破壊兵器があると、フセイン政権を崩壊させてしまいました。いまのように、日米安保条約のもとで、日米同盟を強化し、アメリカに追随していけば、アメリカの世相に巻き込まれかねないです。
ここでは、日本は、憲法を堅持し戦争に反対し、平和を追求する国だと言ってほしかったです。

また、天皇の子として、侵略戦争に戦闘員とし参加させられた兵士、沖縄では民間人も戦闘に直接巻き込まれ、日本と多くの都市でも、空襲出多くの犠牲者をさしました。それらの人々に対しての謝罪の気持ちが感じられないです。
このことは、首相の思いのが、天皇は国家元首であり、国民は臣民として、国家のために国民はつくして当然という考えがあるのではないだろうか。

残念ながら私は英語や中国語や朝鮮語がわからないですが、この談話の日本語版と英語版と中国版と朝鮮語版、それぞれどの様に表現され、その内容の受け止められる意味がどのように違うかも知りたいです。



内閣総理大臣談話
 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。
 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。
 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。
 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。
 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
 そして七十年前。日本は、敗戦しました。
 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。
 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。
 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。
 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。
 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。
 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。
 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。
 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。
 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。
 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。
 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。
 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。
 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。
 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。
 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。
 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。
 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。
 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。
 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣  安倍 晋三



村山内閣総理大臣談話
先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。
 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。
 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。
 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。
 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。
                             村山総理大臣談話 / 平成7年
  

60年談話 小泉純一郎 内閣総理大臣談話
 私は、終戦六十年を迎えるに当たり、改めて今私たちが享受している平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とされた多くの方々の尊い犠牲の上にあることに思いを致し、二度と我が国が戦争への道を歩んではならないとの決意を新たにするものであります。
 先の大戦では、三百万余の同胞が、祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは、戦後遠い異郷の地に亡くなられています。
 また、我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明するとともに、先の大戦における内外のすべての犠牲者に謹んで哀悼の意を表します。悲惨な戦争の教訓を風化させず、二度と戦火を交えることなく世界の平和と繁栄に貢献していく決意です。
 戦後我が国は、国民の不断の努力と多くの国々の支援により廃墟から立ち上がり、サンフランシスコ平和条約を受け入れて国際社会への復帰の第一歩を踏み出しました。いかなる問題も武力によらず平和的に解決するとの立場を貫き、ODAや国連平和維持活動などを通じて世界の平和と繁栄のため物的・人的両面から積極的に貢献してまいりました。
 我が国の戦後の歴史は、まさに戦争への反省を行動で示した平和の六十年であります。
 我が国にあっては、戦後生まれの世代が人口の七割を超えています。日本国民はひとしく、自らの体験や平和を志向する教育を通じて、国際平和を心から希求しています。今世界各地で青年海外協力隊などの多くの日本人が平和と人道支援のために活躍し、現地の人々から信頼と高い評価を受けています。また、アジア諸国との間でもかつてないほど経済、文化等幅広い分野での交流が深まっています。とりわけ一衣帯水の間にある中国や韓国をはじめとするアジア諸国とは、ともに手を携えてこの地域の平和を維持し、発展を目指すことが必要だと考えます。過去を直視して、歴史を正しく認識し、アジア諸国との相互理解と信頼に基づいた未来志向の協力関係を構築していきたいと考えています。
 国際社会は今、途上国の開発や貧困の克服、地球環境の保全、大量破壊兵器不拡散、テロの防止・根絶などかつては想像もできなかったような複雑かつ困難な課題に直面しています。我が国は、世界平和に貢献するために、不戦の誓いを堅持し、唯一の被爆国としての体験や戦後六十年の歩みを踏まえ、国際社会の責任ある一員としての役割を積極的に果たしていく考えです。
 戦後六十年という節目のこの年に、平和を愛する我が国は、志を同じくするすべての国々とともに人類全体の平和と繁栄を実現するため全力を尽くすことを改めて表明いたします。

平成十七年八月十五日
内閣総理大臣  小泉 純一郎
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ハトはなぜ首を振って歩くのか

岩波科学ライブラリー 237「ハトはなぜ首を振って歩くのか」藤田祐樹


    ハトはなぜ首を振って歩くのか

公園などでよく見かけるハトを、見ていると首を振って歩いています。には鳥なども首を振ってあるいている。スズメはピョコピョコ両足で飛んで移動するので首を振らないです。
この本をよんでいると、実はハトが首を振っているように見えるのは、歩くときに頭の位置を固定して、身体を頭に引き寄せて移動しているからだそうです。
ハトは人間のように、両目は前についているのでなく、頭の両側についています。移動するとき、人は両目が前に付いているので、両目が合う前方の視覚が160度ほどです、前の景色がぶれないです。しかし、ハトは両側についていて、前の視覚が22度ほどです。逆に横の視覚の方が広く、片側170度ほどあります。そのため横を見ながら移動しているので、景色がブレてしまうので、目の位置を固定するために、まず、頭をズートー前に出し、身体を移動させるのに、頭の位置に引き寄せて歩くのです。

なかなか、面白ことがこの本には書かれています。人の歩き方との違いや、ペンギンは他の鳥とは違い、胸が地面に対し垂直で人の立っている姿に似ているようにみえます。しかし、実はペンギンはいつもしゃがんでいる。つまり、相撲の基本中の基本練習で、中腰の姿勢で上体はまっすぐ起こし、身体が上下左右にブレないようにして移動しています。この歩き方は大腿筋、大臀筋、腹筋、背筋が鍛えられ、太ももパンパンになってしまします。ペンギンのあのよちよち歩きは、可愛く見えても大変辛いもののようです。
他にも、魚や爬虫類などは、身体を左右にくねらせて歩くが、脊椎動物の多くは、身体を上下に上げ下げして移動する。などなど、人と鳥の違いなどがわかりやすく興味深く書かれている。

他に私の持っている本で、「ヒトはなぜ坐れるのか?」藤澤宏幸 北樹出版 なども面白いです。

    ヒトはなぜ坐れるのか?
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ヒグラシ

来週の日曜日は、処暑です、残暑が続くが、朝夕は涼しく、秋の気配が漂ってくる頃とされています。
暦の上だけでなく、この、2 3日は、昼間は暑いですが、夜は今までのように寝苦しくありません。
蝉の鳴き声も、アブラゼミやクマゼミに混じって、ツクツクボウシの鳴き声も聞こえてくる、今日この頃です。そして、夕方になると、ヒグラシも鳴きだします。


声聞けば 小学生ころ 思い出す
       宿題あせる ツクツクボウシ
                        泉水

このところ 昼の暑さに うだるかな
        ヒグラシをきき こころおちつく
                        泉水
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良寛さんの戒のことば

良寛さんの「自戒のことば」があります。
そのいくつかを見ると、人の生き方を戒めるものより、政治家のあり方を問うたものでもあると、読むことができます。今の自称責任者に読んで欲しいものです。


・ことばの多き 口のはやき さしで口
いろいろと前置きを長々と話し、話しの筋を変えてしまう。

・手がら話 へらず口
反省をすることは、自虐的だといい、自画自賛をしたり、言い訳をする。

・唐ことばを好みてつかふ
難しい言葉を多様したり、意味不明の新しい言葉をやたら作り出す。

・おのが意地をはりとほす
他から説明不足と言われながら、自説を強引に押し通す。

・にくき心をもちて人を叱る
自分の考えに合わない人を、懲らしめないといけないという。

・親切げにものいふ
いかにも言葉穏やかにいいながら、聞く耳をもたず自説を押し通す。

・おれがかうしたかうしたといふ
自分の手柄話を誇大に吹聴し、自画自賛する。

・はなしの腰をおる おどけのかうじたる
問いにたいして、関係ない話しを長々とし、話しをそらしてしまう。

・みだりに約束する
勝手にアメリカと約束をしてきて、これは約束してきたものだと、事後に国民の了解を強引に得ようとする。
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山窩

5月22日に、文字を持たない定住生活せずに、移動生活をして、歌や踊りなどで街の民から、施しをもらうなどをして、生活する民のジプシーの女性詩人、『パプーシャノ黒い瞳』の映画のことを書いた。

それとはまったく関係ないが、日本にも昔から、住居を定めない浮浪漂泊者がいた、そのような人がどうして生まれたか、一つの説として、落人(ちゅうど)戦乱において敗者として逃亡した武士として、源平合戦において敗北し僻地に隠遁した敗残者した末裔との説もある。また、社会から孤立し村社会に受け入れられない落ちこぼれという説もあるそうです。
そして、ヨーロッパのジプシーは一つの集団をつくり移動生活をする民族だが、日本のサンカは、家族単位が多いようです。
昭和の初期ころまで日本にも、村里に定住せずに、山中や河原などに定住しないで、漂泊の民、サンカと呼ばれる人がいました。サンカは、できるだけ人との交わりをせずに、川魚やイノシシや鹿などをを狩猟したり、箕の作りや竹細工をつくり、村の人と交易をして生活していました。そのような人たちは、1950年代頃までいたと言われています。そのような人は戸籍も持たず、当然ですが税金も納めていなかったです。一方、村に定期的に廻っていた、鍛冶職人や炭焼き職人や木挽き職人とは、まともな商売をし、戸籍もあり税金を納めているので、それとはまた違ったようです。

しかし、いずれにせよその土地の山の中で暮らし、竹細工を作って売ったり、イノシシなどの動物を獲るのだか、勝手にすることができず、その土地の村の許可を得ない。つまり、まったく人との繋がりや交流を避けていたことはたしかだが、まったく拒否して生きていたわけではないです。
ただ、山賊などの言葉があるように、治安の面から独自な犯行手口を用いる犯罪専科の単位集団を指す場合もあるようです。それとか、源頼光の土蜘蛛退治の話の土蜘蛛もサンカかもしれない。私は土蜘蛛伝説は日本の先住民族と思っているのだが。

それはともかく、サンカ、についての本は多くないが探せば幾つかみつかりました。

幻の漂白民・サンカ 文春文庫 沖浦和光
山窩は生きている 河出文庫 三角寛
サンカ外伝 河出文庫 三角寛
異形にされた人たち 河出文庫 塩見鮮一
など

しかし、この本の幾つかをよんでいると、その地域の村の人とトラブルを起こさないで掟を守っているなら、山窩は自由に生活をしていたようです。また、竹細工や蓑づくりの技術が高ければ。その山窩は幾つかの地域を定期的に廻り、その村人は定期的にやってくる山窩のつくる品物待ち望んでいいたとも言われています。得体のしれない漂泊民として排斥などしていなかったようです。
しかし、今の高度に経済が発達した社会では、山窩のような生活はできないでしょう。そうして、山窩は消えていったのでしょう。
ただ、今の日本の労働環境や雇用関係をみると、格差が拡大して格差が固定化してします。そして、住む家がないので、ネットカフェなどで泊まり廻っている、若い人もいると聞きます。出生届けが出せず戸籍がない人もいるとききます。
これらは、競争社会、自己責任社会といわれ、社会保障制度が後退してきている、今の社会の歪みが産み落とした、違った意味での山窩ともいえるのではないでしょうか。
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公明党と創価学会と安保法制

安保法制関連法の参議院での審議が再開されました。
ここにきて、公明党の支持母体である創価学会の会員から、安保法制は平和の党として、その姿勢に学会員が怒りを露にしている。
いままで、公明党はある程度は、不十分ではあるが、自民党の暴走を抑える役割は果たしてきていました。
こと、この戦争法案と揶揄される、安保法制は公明党は金魚の糞のように、いつまで自民党についているのだなく、今こそその存在意義を示すときだろう。

また、創価学会がつくった創価大と創価女子短大の、教員や卒業生らが11日に安保法案に反対する「有志の会」を設立し声明をだしたたそうです。
声明は戦時中に弾圧を受けて獄死した牧口常三郎・初代会長に触れ、「いかなる圧迫にも屈せず、民衆のために声をあげること。これこそが創価教育の魂」といっている。そして、13日現在、氏名を公開した学校関係者だけで200人以上が署名をしているそうです。呼びかけ人の創価大非常勤講師の佐野潤一郎さん(50)は「憲法軽視は許せない」と感じていたが、公明党を公然と批判する声はほとんど聞こえてこなかった。やがてツイッター上で同じ考えの学校関係者とつながるようになり、一緒に声をあげることに決めた。「『安全保障関連法案に反対する学者の会』も活発に活動している。私たちだけ何もしないわけにはいかない」と話しているそうです。

そして、集まった署名は、公明党の山口那津男代表に届ける予定だそうです。
これにたいして、今の公明党の執行部はどのような態度をとるでしょうか、もし、学会員の声より自民党の意向を大切にするなら、学会員や国民から見放されるでしょう。学会員の声を重視すれば、自民党から政教分離をしろなどと、難癖をつけれるでしょう。平和の党としての存在感をいまこそ示すべきだ。是非とも公明党は小手先の法改正でなく、戦争法案には反対に回ることも視野にいれいくべきでしょう。それができないなら、少なくとも一括審議でなく、個別に法を審議することも与党の一党として自民党に対等に伝えるべきでしょう。

今後の公明党に暫く注目したいです。

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敗戦期の憲法構想

『新編 明治前期の憲法構想』という本がある。この本は、大日本帝国憲法の制定に先立ち、日本の各地、国民の各層で、様々な人が構想した憲法草案を集め、解説した本です。私はこの本を持っていないが、通称五日市憲法など、50以上の憲法草案や構想が集められています。
そして、それぞれの憲法の中には、今の『日本国憲法』にひけをとらない民主的な憲法もあります。
天皇制を打ち立て国体護持の憲法から、州制を取り入れ日本連邦にする、天皇も横暴な政治をするとリコールできるものや、大統領制のものなどが、集められているそうです。この本に紹介されている以外にもあり、明治初期から、国民の間からも、明治政府に憲法制定要求がされていました。今わかっているだけでも、100以上あり、その存在が確認されているだけでも、80程あるそうです。
これらのことから、いかに国民の間で、熱心に憲法論議がされたことがわかります。

先の大戦に敗れ、ポツダム宣言を受諾し、日本は民主的な新憲法をつくることを求められました。しかし、明治政府は、大日本帝国憲法を焼き直したものしか作れなかったです。それにより、GHQが示した草案をもとに、新憲法をつくることになりまし。
しかし、日本の民間の間や、政党の中で様々な憲法草案や構想が練られました。
その一部は国会図書館のWebページの[日本国憲法の誕生]で見られます。ここでも、現行の憲法と同じような内容のものや、天皇制を廃しするもの、天皇を君主とするものなど、さまざまです。

これらの、敗戦期の憲法構想や草案を集めた本があればと思います。いま、安倍政治のおかげで、いまほど憲法に国民が感心を集めている時期なかったです。
是非とも、仮題『敗戦期の憲法構想』が出版されたいです。
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自民党総裁選

自民党の総裁選が来月9月に行われる、安倍総裁は立候補するつもりですが、他に立候補する人がいないようです。日本の将来を左右る重要な法案審議されそれを問われています。
そのようななか、無風で再選されることは、日本の民主主義にとって大きなマイナスになるでしょう。

有力な候補者として、石破茂地方創生相、岸田文雄外相、小泉進次郎内閣府政務官、稲田朋美党政調会長、小池百合子元環境相などが上がっているが、誰もがだんまりか、早々と安倍氏を押すと表明している。自民党はもう少し骨のある人がいると思っていたが、第二次安倍総裁が誕生してから、今までまともなことを言ってきた人も、骨を抜かれたようで自民党らしさがなくなってしまている。

村上誠一郎さんのような人はいないのだろうか、それこそ誰も対立候補が出なければ、自民党はそれこそ死んでしまうだろう。

自民党が死んでしまい、亡霊となった自民党がそのまま政権を執りづづけると、日本は不沈幽霊船の空母となってしまうのだろうか。


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ニュースから

武藤貴也衆院議員は、草の根学生運動 SEALDs が、戦争に行きたくないための「自分中心、極端な利己的考え」と批判したが、武藤議員の方が独善的ではないだろうか。そしてそのことを指摘されても、自分の考えは正しいと言っていると主張する。そのような国家主義的な考えもあるが、それが現代に通用するのか考えて欲しいものだ。そうこうしていると、週刊誌から、出資金詐欺まがいともいえる金銭トラブルを起こしたと暴かれている。こちらの方は、事実なら法的に処分されるが、前者の方はそのような法的な処分はない。しかし、言論表現を潰してしまえというような考えを持って、国政を預かる場にいるのはどうかと思う。こちらの方が民主主義国家として問題だと私は思う。


2020年東京五輪公式エンブレムのデザイナー、佐野研二郎氏は、いままでにも、制作し発表され使われているマークなどにも、類似していると指摘されるものが、いくつもでてきている。これではオリンピックのイメージダウンにもなる。早めにこのことに対して結論を出すことが望ましい。新国立競技場の立て替えも、早々と旧競技場を取り壊してしまい。建設ありきですすめられた。しかし、あまりにも建設資金などの面が不透明なので白紙に戻された。
同じ事を繰り返すのはぶさいく至極です。早めに結論を出すことがよいと思う。



川内原発の出力を上げるのを見送られた。これは冷却用の復水器内で、海水を通す細管の一部に小さな穴が開いた可能性があるとされいます。このパイプに穴があいていたためだが。再稼動するための審査でそれを見落としてしまったわけです。安全性より、再稼動ありきの審査だった事は、否定できないだろう。このまま通常運転をするのではなく、燃料棒をもう一度ぬき、再審査しすることが、原子力規制委員会や原発に対して、信頼性を高めることになるのではないだろうか。一からの見直しをした方が、原発依存への早道ではないかとおもう。


安保法制の成立前の先取りか、この内部文書にたいしての、政府の答弁も不誠実であり過ぎる。このようなことならば、そうなると文民統制が堅持できるのか疑わしくなってくる。
毎日新聞http://mainichi.jp/select/news/20150819k0000e010220000c.html
戦前と同じように、軍部が先取りしていつのまにか統制が取れなくなってしまわないか。これは、自衛官出身者を大臣にすべきでないと思ってしまう。


中国の株下落により、世界経済への影響が及んでいます。
中国は、今まで社会主義計画経済だったのが、1992年当時の最高指導者であり、改革派の鄧小平が、改革開放路線を押し進め、市場経済を導入したことにより、飛躍的に産業経済が発展した。そのためか経済に対して、国家の介入により、市場を意図的に操作しようとするのも事実です。日本はいままで、日銀は政府に対して独立した立場にあったが、アベノミクス実現のために、政権の考えに近い人が総裁になっています。中国も日本も同じようなところがあるのでしょうか。
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高校の[公共]という新科目

高校の社会教科の公民に公共という科目が追加されるようです。これは、選挙年齢が引き下げられたこと、若い人の社会規範に対してや参加への意識が低いことから、公共と言う科目の創設が求められているとしている。

しかし、なぜ公共と言う名の下かと思う。現行の指導要領の中でも十分対応できるのではないかとおもう。

公民とは、明鏡国語辞典によると、『選挙などを通じ、国・地方公共団体の政治に参加する権利と義務を持つ国民』となっている。
よく選挙投票の、疑似体験をさせようというが、形式的な投票を体験したらよいものとは言えない。それより、学校生活での、生徒会運営に参加し、自治を学ばし、立候補者のなかからどのような人を選んだらよいかを考える機会にする方が大切ではないだろうか。
私の高校じだいは、公民という教科はなかったと思う。「倫理・社会」で、ギリシャ時代の哲学やカントやルソー等について学んだが、いまは、公民の教科のなかに倫理という科目があるようです。

それより、いまの自民党の指導者の考えを穿った見方をするならば、公共と言う科目の名前を、いずれ公益という何変えてしまわないか心配です。いや公民が公共となり、公益となってしまうかもしれない。
そうなれば、全体の為とかいい個人の独自性が押しつぶされ侵害されかねなくなるのではないだろうか。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    幽村芳春 (02/19)
    「桜を見る会」の論戦はいったん棚上げにして、今国会ではコロナウィルスなどの防疫問題を論議してほしいと思います。
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    竹林泉水 (02/07)
    コメントありがとうございます。
    五観の偈をとなえて食事をなさっておられるのですか。 頭がさがります。

    企業活動や時の政権も、この「五観の偈」を、政治や商売に置き
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    幽村芳春 (02/03)
    私も必ず「五観の偈」を唱えてから食事をいただいています。実際に唱えると五観の偈の意味がよくわかります。
  • 津久井やまゆり園の裁判
    竹林泉水 (01/15)
    こちらこそ 今年もよろしくお願いします。

    やまゆり園の裁判で、被告が突然暴れ出したとニュースされたとき、詳しいことが報道されなかったので、よく分からなかったです
  • 地球温暖化の問題点
    竹林泉水 (01/15)
    年始葬送のコメントありがとうございます。
    今年もお互いに良い年でありますようねがっています。

    ハイ 温暖化問題の解決の一番は、私は人間活動に足るを知ることだと考
  • 津久井やまゆり園の裁判
    アジシオ次郎 (01/13)
     遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

     さてやまゆり園無差別殺傷事件の被告に対する初公判は、開廷して被告が謝罪したと思いきや突然口に手を突っ込むとい
  • 地球温暖化の問題点
    荒野鷹虎 (01/10)
    温暖化問題は難解ですねー。
    直ぐ原発再稼働に走りがちになりますのでとんだ飛躍ですよねー。
    水力や風力発電はいかがなものでしょうかね。
    恐ろしいことが現実化されてい
  • 日韓関係が戦後最悪
    竹林泉水 (01/05)
    北朝鮮脅威論や韓国敵視政策をとるような国の指導やがいるが、韓流ブームもあるし民間の間では、一部の政治の指導者が選挙の票集めのために嫌韓を煽っても、それは、一部の
  • 伝統食
    竹林泉水 (01/05)
    そうですね、食が便利にないり、曹洞宗の五観の偈のようなことを考えずにいることが多くなっています。
    だから、テレビ番組で、食べ物を笑いものに扱うような番組が制作さ
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