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「民主主義」 3

「民主主義」 文部省著作教科書

        民主主義上  民主主義下

第十一章 民主主義と独裁主義
一 民主主義の三つの側面

今までの各章で述べて来たところをまとめて考えてみると、民主主義の根本の精神は一つであるが、人間の共同生活の中に表れるその形態には、いろいろな側面があることがわかる。
全ての人間を個人として尊重し、したがって、すべての個人の自由と平等とを保障しようとする民主主義の原理は、どこへ行ってもおなじであり、いつになっても変わらない。しかし、民主主義は、長い歴史的発達の産物であり、その具体的な形態は、これまでも時代によって変化して来たし、これからも絶えず発展を続けて行くであろう。それとともに、その適用される範囲もますますひろくなりつゝある。その結果として、今日では、民主主義について三つの側面を区別して考えるようになった。政治における民主主義、社会生活における民主主義、経済生活における民主主義の三つが、すなわちそれである。
第一の、政治における民主主義は、これら三つの側面の中でも最も基本的の形態だということができる。したがって、それはまた、歴史上一番早く自覚され、最初からきわめて強く主張されて来た。
人間はすべて生まれながらにして自由であり、平等であるという思想は、思想として古い淵源をもつが、特に近世の初め以来、次第に政治的にはっきりと自覚されるにいたり、人々は政治上の自由と平等とを目ざしてあらゆる努力を続けた。そうして、その努力の結果は、第十八世紀の末に起ったアメリカ合衆国の独立およびフランス革命とうい二つの大きな出来事を境として、着々と具体化されるようになった。ほんとうに民主的な政治の目的は、公共の福祉を向上させ、すべての人々に、幸福を追求するための平等の機会と条件とを与えるにある。このような「国民のための政治」は、国民自らの政治の根本方針を決定し、できるだけ多くの人々が自分たちの代表者の選挙に参加することによって、はじめて実現されうる。もしも、国民の間、もしくは国民の代表者の間に意見の対立があるならば、多数決によっ
てその中のどれを採るかを決めるべきである。これが政治的民主主義の根本方針であり、民主政治の制度のいろいろな型は、この根本の考え方を実現する方法の違いであるにすぎない。
政治的民主主義と並んで発達してきたものは、第二の、社会生活における民主主義である。
これは、共同生活を営んでいる人々の間に、身分や人権の別による特権が存在することを否定するものであって、あらゆる意味での封建制度の撤廃を要求する。貴族は門閥の家に生まれた者が、一般の人々より当然に高い地位についたり、人種や信仰が違うということを理由にして、その亜間に差別待遇を設けたりする社会制度は、人間の自由および平等の理念に反する。社会生活における民主主義は、そのような身分上の差別を否定するばかりでなく、女性が女性なるが故に男性に従属すべきものとする観念や、家庭の中で、夫が妻に対して特権を持ち、親、特に父親が子供に対して服従を強制し、長男だけが特別の取扱いを受けるというよう制度をも排斥する。もちろん、社会生活において、すぐれた能力を持つ人や、深い経験を有する者が、人々に推されて指導的な地位に立つのは当然である。しかし、各人がその能力と個性を伸ばすとういうことについては、人種・性別・信仰・年齢などのいかんにかゝわらず、すべての人間に対して均等の機会が与えられるべきであるというのが、社会生活における民主主義の立場にほかならない。
政治における民主主義、および社会生活における民主主義に続いて重要な問題となって来たのは、第三の、経済生活の民主主義である。
民主主義は、すべての人々が幸福を求め、幸福を築きうるような社会を目標としる。その場合にいう幸福とは、もとより、決して単なる「物質的」な幸福ではない。しかし。おゝぜいの人々が衣・食・住にも事欠く状態に苦しんでいるようでは、「精神的」な幸福ももとめられえない。だから、民主主義がすべての人々の経済生活の向上をもとめるのは、最初から当然のことである。ただ、初めのうちは、経済活動については政治の干渉を加えることをなるべく避けて、自由放任の政策を取るのが、この目的のために一番適当な方法であると考えられていた。ところが、その結果、だんだんと資本の独占が行われて、資本家と労働大衆との間に貧富のへだたりをますます増大させていった。経済的民主主義は、すべての人々の経済上の機会均等を図ることによってこのへだたりを緩和して行こうとする。したがって、民主主義の三つの側面のうち、今日最も切実で、いまだに十分な解決に到達していない問題は、この経済的民主主義であるといってよい。
しかしながら、経済的民主主義は、それだけ切り放しては実現できない。貧乏人の間に、金持ちを「いい御身分のかただ。」などといって敬う気持ちががあり、金持ちもまた、それをよいことにして、貧乏人を安い賃金で不利な労働条件の下に、何時間でも働かせることをあたりまえだと思うような態度がある限り、経済上の不平等は是正されない。尊ばれるべきものは、人間であり、人間の生活を築くための労働であって、財産ではない。資本主義の社会で大実業家が尊敬に値するとするならば、それは、そのすぐれた経営の才能と事業に精魂を打ちこみ、社会公共に尽くそうとする努力とのゆえであって、かれらが百万長者でるがためではない。経済生活における機会均等を実現するためには、まず、財産の多少によって人間のねうちを測るような観念を打破しなければならぬ。その意味で、経済的民主主義は、必ず社会生活における民主主義と結びつく。
だが、経済的民主主義を実現するための最も重要な条件は、政治的民主主義である。なぜならば、財産のある者だけが選挙権をもって、自分たちの利益だけを守ってくれる代表者を選んでいるようでは、勤労大衆は、ますます不利な立場に陥って行かざるえない。また、男女平等の普通選挙が行われても、選挙民が金の力による宣伝の乗せられたり、財閥が政党を買収したりするようなことでは、金権政治の弊害は改まらない。だから国民がみんなで民主政治の目的をよくわきまえ、選挙資格を有する人々がすべて「目ざめた有権者」となって、りっぱな代表者を選び、それらの代表者が、国民全体の福祉を真剣に考えて、適切な政治を行うようにならなければ、民主主義の要求に、ほんとうにかなった経済生活を築き上げて行くことはできない。かくて、経済的民主主義の問題の根本の解決は、あわせて政治的民主主義の徹底にまたなければならないのである。
しかも、経済的民主主義をどのようにして実現して行くかは、最も意見の分かれる点である。資本主義がよいのか、社会主義がよいのか。資本の独占を押さえるには、どういう方法で、どの程度の政策を実現すべきでるのか。労働の権利を保障し、失業者をなくするには、どんな手を打つのがよいか。国民はすべて勤労の義務を有するといっても、現に遊んで食べている人間がある場合、それをどうするか。勤労の義務は各人の道徳責任にまつべきか、あるいは、法律によっ民主主義の三つの側面
てそれを強制すべきであるか。そのほかいろいろな問題があって、その一つ一つについてさまざまな、そして時としては、激しい意見の対立が生ずることを免れない。
その場合に、民主主義の政治が採用するのは、「多数」の意見である。たとえば、代表民主主義では、国会で多数を占めた政党が、経済に関する立法についても一番大きな役割を演ずるし、国会議員の多数を支持する政府が、国会の多数決で定めた方針に基づいて経済政策を実行する。ゆえに、政治的民主主義の目標は、あくまでも「国民のための政治」であり、国民の公共の福祉であるが、その目標に到達すべき道を選ぶ方法は、多数決である。したがって、多数決原理を否定しては、政治的民主主義は成り立たない。言い換えるならば、どんなに「国民の政治」と旗じるしをかゝげても、多数の意見を無視するような政治を行うことは、断じて民主主義ではない。

二 民主主義に対する非難
三 民主主義の答え

長くなるので、二、三はまた改めて紹介します。


この、民主主義の三つの側面である、政治における民主主義、社会生活における民主主義、経済生活における民主主義についての文章をいま読むと、今の政治はこれにことごとく反しているように感じられてならないです。
経済生活における民主主義は、労働者派遣法や世界一企業活動をしやすい国にするなど、この「民主主義」の本に書いていることと正反対に進んでいます。私の小さいころ、「資本家が労働者を搾取するな!」と労働組合が自分たちの労働環境を善くしようと運動を展開していますた。社会生活における民主主義は、国民皆健康保険や年金制度や障碍者年金や生活保護制度なが充実されてきました。政治における民主主義は、議会制民主主義のもとに憲法を順守して政治が行われてきました。いまこれら三つとも破壊されようとしています。

戦後の平和主義と民主主義国家として世界から認められたことが、独裁主義、国家主義国家とし評価し直されるのではないかと思います。
世界に恥じない国を守るために、今の政治の流れをもとに戻すためにも、いや今まで以上にその戦後歩んできた、平和と人権尊と民主主義と自由を追う国家に取り戻していきたいです。
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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

東芝の水増し問題

東芝が利益の水増しをしていたが、東芝は、家電から重工業まで手がける、日本を代表する大企業です。その、東芝は、テレビなどの家伝製品からコンピュータや鉄道、原子力発電また、軍事産業まで腕を広げている巨大企業だが、今回発覚したことは、世界的な信頼を失う、問題に発展してしまうもんです。
かつて、日本は家伝製品など世界を席巻して、パソコンも世界的に優位にたち、鉄道でも新幹線に代表されるようにリードして、そのトップを走っていた。しかし、家伝製品は韓国に抜かれ、パソコンは中国に越されて、鉄道も世界的な競争にあえいでいる。
戦後の荒廃のなか貧困に喘いでいた日本は、アメリカやヨーロッパを、羨望の目で見ていた時期があった。しだいに日本の産業が発展するにつれ、日本より遅れた、韓国や中国を見下した時期があった。しかし、それらの国に今や、追い越されようとしている。その上、安全神話で築かれていた原子力産業も、福島原発に事故で、安全と言うその皮がめくれて、世界的な信頼が揺らいでいる。
それらの焦りが、今回の利益水増しをするようなことに、なってしまったのではないだろうか。

これは何も、東芝に限ったことではないように思う、戦後高度経済成長の波に乗り、急速に成長した企業は、以前のように利益がでないことにあせり、今後の企業活動をどのようにすれば、利益を確保でき利益率を増やし、成長でくるか不安になっている。
そのため、東芝のように利益の水増しをしてたり、小売業かでは店舗拡大の過度の自転車操業により、利益が出ているように見せかけている。店舗拡大第一主義は、小さな町の小売店から、日本一の販売額を達成するなどをした、ダイエーがつぶれたように、成長ありきの戦略ではいずれは行き詰まるであろう。飛ぶ鳥を落とす勢いの、イオンなども、いつどうなるかわからないのが事実です。

そんな中でも、日本の江戸時代やそれ以前から続く老舗企業は、薄利でも品質のよい商品を作ることをもとめ、従業員も家族同等に扱って、商売をしてきている企業がいくつもある。

いまや、世界はグローバル化し、企業活動も多国籍企業が増え、企業経営は株式方式により、資金を集めさらに企業活動をしている。また、経営の利潤は出資者の株の配当にまわさる。そのため、そこで働くものの待遇や、時には製品の質よりも、利潤の追求が優先されている場合もみうけられる。

拡大成長戦略で突き進んでも、ブラック企業や、利益のごまかしなどをするなら、小さな島国の日本は、そのような企業活動をするのでなく、かつての家族経営とよばれ、社員を大切にしていた。それなら、小さくてもそれなりの日本であったほうが、国民みんなが幸せになるというものだ。


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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 臨時国会の開催はいつか
    風と雲 (08/04)
    一体今の日本はどうなってしまったのだろうかと思う。アベ内閣も与党も憲法に違反することを完全に無視して悪びれもせず堂々と実行してきた。、政府高官も最高裁も報道機関
  • 難病と尊厳死
    竹林泉水 (07/29)
    コメントありがとうございます。

    自ら生きる権利、自ら死ぬ権利があるのはよくわかります。
    それにはどちらも人・個人としての尊厳が保たれている必要がある考えます。
  • 難病と尊厳死
    風と雲 (07/28)
    意識して自ら命を絶つことができるのは人間だけだと思います。人には生きる権利と自由があるように、自らの命を絶つ権利も自由もあって然るべきではないでしょうか。このA
  • 不自由な国、日本
    アジシオ次郎 (07/01)
     自分よりも周りを優先する集団主義的な考えが同調圧力などがまかり通る社会なことについて前に
    >日本的なこの価値観は、海外から見たら奇異の目でしか見られないでしょ
  • 不自由な国、日本
    竹林泉水 (06/29)
    日本語に「世間」と言葉があります。「世間体が悪い」「世間がうるさい」「世間を渡る」「世間に顔向けできない」「世間の目を気にする」「渡る世間に鬼はいない」などとつ
  • 不自由な国、日本
    アジシオ次郎 (06/27)
     おはようございます。

     日本はやはり集団主義が根強い社会であり、いわゆる「ムラ」社会的価値感が強い為に変に「和」を重んじる傾向の上に上の言うことは絶対だという
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    竹林泉水 (06/26)
    なんで日本人は欧米人に対してコンプレックスを持っているのだろうか。明治政府は今までの幕藩体制をぶっ壊し廃藩置県をし、国内の不平不満のエネルギーを外に敵を作ること
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    アジシオ次郎 (06/25)
     こんにちは。

     日本人は長年欧米コンプレックスを抱いたせいで白人に対して好意的に見る一方でアジア人や黒人を平気で見下すような傾向が強いけど、自分たちが置かれて
  • 長期政権
    アジシオ次郎 (06/24)
     おはようございます。

     長期政権がもたらすもの、それは腐敗と閉塞感以外の何物でもないが、一人の人間が十何年、何十年と居座ってては健全さなど皆無だし、変化を知ら
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