竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

グーグルのナノテクノロジーと医療

グーグルはネット事業だけでなく、そのノウハウを利用して、自動車産業などに参入してきている。今度は医療業界への参入を計画しているそうです。
CNNによると、米グーグルは28日、ナノ粒子を使って癌などの病気の兆候を早期に発見する技術の開発に取り組んでいることを明らかにした。と報じています。
ナノは1億分の1ですから、塵劫記では埃にあたるのでしょうか、埃 りの万万をわるをいう、と書かれています。
それはともかく、ナノサイズの特殊な粒子を体内に入れ、装着式の端末でその動きを監視することによって、腫瘍細胞の変化などを初期のうちに検知することができるそうです。
この技術が実用化されると、カプセルを飲むだけでそのカプセルの中にナノ粒子が、体中の細胞を調べてガン細胞を発見することがでそうです。

そして病院に行って血液検査などをしなくても、そのナノカプセルを呑み専用のデバイスを身に着けていれば、リアルタイムで身体がモニターされ、それを通信機器を使て病院とむすばれていたら、即座に身体の異変の兆候がわかることになるそうです。

この話を聞いていると、スタートレックの中にでてくるボーグのナノテクノロジーや医療に関する話を思い出す。とくにボーグはサイバネティクで強化され、その血液の中にあるナノ機械が人体改造をしたり、からだの故障箇所を直したりするのものです。

これからの未来社会はどれぐらいSFの世界に近づいていくのでしょうか。
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ブルーライトと眠り

ブルーライトと眠り

以前からブルーライトの光が、人間の脳や心に対して悪い影響があると心配されています。
ブルーライトとは、パソコンやテレビの液晶画面、ゲーム機やスマートフォンタブレットの画面、また最近急速に普及してきているLED照明などの明かりのことです。

生物は原始の時代から、日の出とともに目覚め活動をはじめ、日が沈むと活動をやめて脳と身体を休めるというリズムを、太古の昔から続けてきて身体のなかに染み着いているものです。それが心と身体の健康を維持するための大切な要素となっていると言えます。
しかし、現代は夜も照明を灯し、昼間より明るい室内で生活しています。
しかし、それらは自律神経系や内分泌系、免疫系にも悪影響を及ぼすと言われています。それにより寝付きが悪くなったり、眠りが浅くなったりしています。
そして、特に悪い影響があるとされるのは、紫外線を含むブルーライトと言われている。
網膜に強いブルーライトの刺激を与えると、脳は「朝だ」と判断し、睡眠を司るメラトニンというホルモンの分泌が抑制され覚醒し、逆にブルーライトの量が減少すると「夜だ」と判断して、メラトニンの分泌が活発になり眠くなると言われています。

イギリスで今回、脳波をとる実験が行われたそうです。3人の被験者に、一人は読書を一人はタブレットでゲームをさせ、一人はブルーライトをカットするメガネをかけてタブレットでゲームをさせましたそして3人はどのように眠りにつくかを実験したそうです。
すると、一番早く眠くなったのは本を読んでいる人、次にメガネをかけてゲームをした人です。裸眼でゲームをした人は眠くならなかたそうです。
また脳波もそのような結果がでたそうです。

現代の忙しい日々を過ごしている私たちは、仕事から帰ってくると、眠る前の数時間心や体もくつろぐため、テレビを見たりスマホをいじったりして過ごしてしまいます。
また、寝ようと思ってもなかなか眠れにときは、ついついスマホを触ってしまう人も多いと思います。
私もそうですが、寝る前にパソコンやスマホでメール等をチェックしたりします。しかしそれが、睡眠に影響を与え不眠を招いているおそれがありそうです。

紫外線といえば、夏の日差しが気になります。それでは太陽光とLEDと蛍光灯、白熱球だとどれが一番紫外線が多いかというと太陽光です。
わたしはまったくの素人で詳しく知りませんが、紫外線の線量は μW/cm2 という値で測るそうです。
それによると太陽光は、直射日光で 約98,000μW/cm2、窓ガラス越で 6,000μW/cm2 ぐらいだそうです。
それに対して、白熱球は40Wで約1,200μW/cm2ほど 直管蛍光灯40W: 約180μW/cm2ほど 電球型蛍光灯40W相当タイプで約380μW/cm2ほど LED電球電球色240ルーメン(40W相当)で 約280μW/cm2 だそうです。
これによると、白熱球が一番紫外線が多いことになりLEDは紫外線がすくないことになります。またその上、光源から50センチ以上離れてると、10μW/cm2ぐらいに減衰してしまうそうです。そう考えると、人体柄への紫外線の影響はあまり考えないでよいと言ってかもしれませんが、ここで問題にしているのは睡眠に対する影響を問題にしています。イギリスでの実験結果あきらかに、明るい光それも朝日の光ににた青い光は睡眠を阻害することは確かのようです。、

ただでさえ寝る前に脳に情報を送ると、脳が目覚めて興奮してしまいます。寝るのだから本来は、活動する交感神経が副交感神経に切り替えてるのに、逆に脳を刺激してしまいます。その上、スマートフォンの画面を光らせるバックライトはLED放つブルーライトは睡眠のリズムを狂わせてしまう光と言われています。光には色々な長さの種類があり。紫外線や赤外線のように人の眼に見えない光から、人も眼に見える光でも波長が長い光や短い光などがあります。ブルーライトは名前の通り青色で波長は短い光です。波長が短いブルーライトは朝日の光に似ている光で、朝日は脳を目覚めさせる働きがあるといわれています。ですから寝る前にスマートフォンを使ったり、部屋を明るくして寝るのはよくないと言えるでしょう。
気をつけたいと思います。

そうそう、最近の自動車は運転席の表示は液晶でされています。そのことを考えれば夜間運転するには、液晶の景気は居眠り運転防止の一助になるのかもしれませんね。
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エボラウイルス

エボラウイルスによる死者が以前衰える気配はないです。
しかし、基本的に考えてエブラウイルスは、インフルエンザなどのウイルスと比べてはるかに、感染力は弱いものです。
エボラウイルスの保菌者とが同じ部屋にいても、直接接触したり保菌者が触るものを共有しない限り感染することはない。インフルエンザのように空気感染はしないのです。
何らかの方法でウイルスと接触しない限り感染のリスクはないことがわかっています。ウイルスに感染したコウモリや霊長類などの接触や、ウイルスに感染し症状が出ている患者の体液への接触、ウイルスに汚染された器具接触により感染するものです。ここで一番注意しないのは、院内感染のような状況で広がることと言えるかもしれない。そのため政府は特定の隔離できる施設が整っている医療施設をしていしている。
それらの施設では隔離病室は他の部屋より気圧を少し減圧しているそうですが、空気感染しないことを考えるとそこまでの施設より、隔離施設の汚染された中のものを外に出さないことが重要なのでしょう。
ですから、そんなに感染については恐ろしいものではないと言えますが。エボラウイルスは宿主の体外で驚くほど長い期間生存するといわれ、室温で数日間にも生存すると言われているので、消毒を十分にしておく必要があるでしょう。

それでは、感染すると、人体にどんなことが起こるかというと、致死率が非常に高いことが恐ろしいところと言える。
エボラウイルスが体に入り込むと細胞内に入り自己複製する。その後、私たちの細胞を破壊する特定のタンパク質を作りだす。この特定のたんぱく質はエボラウイルス糖タンパク質と呼ばれ、血管内で細胞に付着し血管透過性が高まり、血管から血液が流れだし出血性ショックから死に至ると言われている。ウイルスは体内の血液を凝固する能力に異常を引き起こすそうです。なんだか非常に難しく私にはよく理解できませんが、致死率が非常に高いことは恐ろしいことです。

エボラウイルスに関して、政府はようやく危機感を持って取り組んでいき始めました。まずは水際での防止と感染者が国内で出た場合の対応がとられることを望みたいものです。
インフルエンザのように感染力が強くないので、正しい対応をすれば充分防ぐことができるのではないでしょうか。そのため間違った知識でエイズウイルスのときのように、不用意に偏見や差別などが起きないようにしなくてはならないでしょう。

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天台小止観を読んで 6-1-5

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第六章「正修行」の作作について

縁について行・住・坐・臥・作作・言語について述べている、四番目の作作とは、身体の動かし方のこについて言っている。

○こう考えるがよい。心が体や手を動かすことによって、いろいろものごとを作すことになり、それによっていろいろな善悪等のものごとがあることになる。ところが反って作す心を観察してみるに、すべて相貌は見られない。すなわち作す人も、作されるものごとも、結局は空である。これを観を修習するという。作すことのなかにもまた五番に止観を修行する意味があること、前に説明したとおりである。

太極拳をしていてそれぞれの套路をする時、動かすことに意識を向けるとその動きがバラバラになってしまう。意識をしまいと思うと今度は緊張をしてしまい、それぞれの動きが硬くなってしまう。太極拳の動きで一見手を動かしているように見えるが、実はからだ全体の動きの中で、結果的に胸を広げて腕が開き打解いているのです。それについてよく師から言われるのは背骨背筋から手がでていると思えと言われます。また、気功の本などを見ると、手を動かすときも手だけが動いているのでなく、丹田から手は出ていることを知るべしという。丹田は宇宙と繋がり気に通じているので、手だけが独自に動くことはありえないと言う。人の身体の動きは一挙手一投足は丹田から出ていてそのまま、宇宙とつながっていると言う。

太極拳の套路をしているとき、この動きは間違っているかなと思ったり、いま自分の身体の軸や重心が捻じれたりズレタリしていると感じることがある。そのようなとき自分の身体の動かし方が良くないと思えば、そのまま続けるのではなくそこからやり直してみることが大切だと言われる。
悪い動きを続けるとそのままいつまでも悪い動きを引きづってしまうので、いつまでも上手にならないばかりか正しい動きが身につかず逆に間違った動が癖になってしまう。

これらのことは、今まで、行・住・坐・臥で述べてきたことと同じでことだと言える。
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天台小止観を読んで 6-1-6

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第六章「正修行」の言語について

「口は災いの元」という言葉がある、まさにこのことである。自分の口から出た言葉が、周り回って返ってくるのである。また、人の悪口などを言っていると、ますますその人を憎むようになってしまう。

○ われ、いま、何等の事のために語らんと欲するや。もし不善・無記の事に論説せんと欲するがためならば、すなわちまさしく語るべからず。もし善・利益のためならば、すなわちまさに語るべし。

話す時も、妄念を起こしてはならない、悪口を言うとそのことで頭の中は、妄念の想像はますます膨らみ、人を憎む気持ちでいっぱいになってしまう。それでは心の安楽など起きるはずはない。そして呼吸は粗くなり心にも身体にもよくない。だからよく「口にする前に考えて言うべし」というのだろう。


○心の覚観によって気息を鼓動し、咽喉・脣舌、歯齶を衡くが故に音声・言語をだす。これに因ってすなわち一切の善・悪等の法あり、故に名づけて語となす。反って語の心を観ずるに相貌を見ざらん。まさに知るべし、語る者および一切の法は畢竟して空寂なり。これを観を修すと名づく。語のなかにまた預かりて五番に止観を修するの意あり。前に分別せるがごとし。

穏やかな心や怒りなどの心の動きにより、呼吸はかわり気息の鼓動も変わる、喉・脣舌、歯齶を衡くそれにより、言葉の調子や抑揚も変わってくる。
このことから人が話す言葉を聞いていると、その相手はどのように考えているかわかってくるものです。
だから、第六章「正修行」の縁のなかに言語あるのです。
言葉と言うものは、今まで述べて来たことと同じように、形や色はなく、実体もない、つまり語ったことや語られたことには空無だと天台小止観の正修行でいっている。ことことも前から説明しているとおりである。
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過労死等防止対策推進法

過労死等防止対策推進法が11月1日から施行されました。
法案が審議されているときから、また法案が成立した時から、本当に過労死が無くなり問題が解決していくのかが疑問視されていました。
法律にいろいろな条文がかかれていますが、それらは本当に効力を産むことができるのでしょうか。
過労死を無くすにはまずは、日本人の一人一人、雇用主側が雇用して働いてもらってる、労働者側も人として働いていると意識を変えていかないと無くなることはないのではないかと思う。

過労死等防止対策推進法ができてからも、ブラック企業やブラックバイトなどの言葉を聞きます。いや過労死等防止対策推進法成立以前より多く耳にするようになったのではないでしょうか。

給料が良くても、馬車馬のように働かされ自分の生活を持つことができない労働環境は問題があります。また、企業利益利潤を追求するあまり、働く側の労働者の人権や生活権を奪ってしまう者や、個人の生活の干渉してしまうのも善くないものです。

過労により自殺者や死亡者を出さなければよいのでなく、上に書いたそれらは過労死の予備軍であることを、認め理解しておくことが重要なことだと思います。
いま、日本は大きく労働環境が変わろうとしています。その代り方は見方によれば時計の針が逆回りしているよに見えるものが多々あります。労働時間の規制の緩和や派遣労働の在り方、終身雇用の見直し等々、雇用者側に非常に都合のよいものです。今の政権はその、雇用者側に都合がよいのとの指摘は当たらないといいますが、本当にそうでしょうか。実際のそのいま政府が描いている働き方になれば、働く側の者より雇用する側の方が力関係は強いのですから、雇用側の都合のよいように解釈されてそれが行われてしまうように思います。
だから、今まで国は企業側に働く側の権利を守るよう、いろいろと規制や指導をしてきたのではないでしょうか。それを何の代替の補償もなく規制を取り払ったりするのは問題が多過ぎると思います。

過労死等防止対策推進法が施行されたので、とりあえず本来の方の趣旨が実現することをねがっていきたいです。
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カジノ特区

一部の与野党の国会議員や閣僚の一部や大阪などの一部の首長は、日本にカジノ特区を作り外国人観光客を増やし経済効果が出るのを期待している人たちがいます。そして政府は今国会での法案通過を目論んでいました。与野党の議員の中にもカジノ特区をつくるのは、青少年の育成やギャンブル依存症や風紀の乱れなどに対しての問題があるとして反対の立場の人がいることなどから、今国会での法案提出は断念するようです。

そもそも、なぜ日本にカジノをつくる必要があるのでしょうか。アメリカのラスベガスのように砂漠のまん中で、周囲になにも経済効果を産みだすものはなく孤立している所ならわかりますが。大阪などの人口密集地につくること自体おかしいのではないでしょうか。

日本のいたるところに、ギャンブルとしか言いようのないパチンコがあり、競馬や競輪や競艇などそしてさまざまな宝くじがあります。すでに日本中がカジノ特区に指定されているようなものではないかなと思ってしまうほどです。

だいたいカジノはなんらそれによる、付加価値も生み出すことはしないです。単に、お金を右から左、左から右と動かしいるだけで、そこには生産性がなく価値も生み出していないです。経済活動は労働することによって付加価値を生み出す活動のはずです。その付加価値を人が認めれば、お金が動き経済活動が活発になります。経済行為とはギャンブルのようにお金を儲けることでなく、付加価値を生み出すことのはずです。それが、最近の経済の回り方は金融経済で株式や債券などの金融商品を動かすことにより、経済を維持しようとすうひとが、政府の中にもいるのでこのようなカジノ特区という考えがでてくるのでしょう。
カジノ特区をつくることは、まともな生産性のある経済活動を推奨するのではなく、経済行為を否定するギャンブルを国が推奨することになります。
安倍首相は勤勉な日本人とよく言われますが、国民の勤労欲を惑わし阻害させるようなことは、国民の勤労から産みだされるものを否定したら、国民は勤労を疎かにするようにないり、生産性は落ちて税金による国の収入も減ってしまうでしょう。

一部の国会議員や一部の首長たちは、外国人観光客が増えお金を落としてくれるという、目先の利権に飛びつくのはなんとも能のない人ばかりと思います。
その上、統合型リゾート施設で観光客誘致というが、そこに本当にカジノがあるとよいのだろうか。アジアにはすでにマカオ、シンガポールだ、韓国にカジノはある。それをいまさら日本にカジノを作って上手くいくのだろか。それらの国とカジノどうしを競争しだすと、いろいろと規制を弛めていくことになるだろう、それは風紀の乱れやギャンブル依存症を増やすことになるのでないだろうか、それが日本人の心にどのような影響を及ぼすかを考えたことがあるのだろうかとおもう。
これから日本が観光立国として生きていくためには、カジノ等に頼らない健全な統合型リゾート施設を考えていくの大切だと思う。日本には四季さまざまな自然たあり、その中で人々た暮らしてきたなかでの祭りがあり、世界遺産にもなった美味しい独特の日本料理があります。まあ、文化芸能も歌舞伎や能や文楽などや。また仏教や民間信仰での生活に密着した、宗教行事なども観光資源になるでしょう。
カジノに頼らないでそれらを大切にした戦略を立てることがよいと思います。

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天台小止観を読んで 6-1-7

天台小止観 6-1-7

第六章「正修行」の見るということについて。

今までは、日常生活での身体の動き動かし方について述べられていた。

こんどは人間の五感について述べてある。
五感とは、見る 聞く 嗅ぐ 味わう 触れるのことです。

一番初めは、ものの見方についてです。
一言でいうと、見るものにより心が惑わされたらいけない、ということを述べています。

○色を見るときにしたがってすなわち水中の月のごとく定実あることなきを知り、もし順情の色を見るも貧愛を起こさず、もし違情の色を見るも恚悩を起こさず、もし非違・非順の色を見るも無明および諸の乱想いを起さざれ、

池の水に写った月のように、目に見えているものはそこには実態がないことを知るべきといっている。気に入った者や心地よいものを見ても、心がとらわれてしまうと心が乱れるもとになる。なぜならそれは得ることができないものに執着してしまい求め続けることになるからという。
また、意に合わないものや嫌なものを見ると、恚に囚われたり気分が萎えたりしがちだが、そのようなことに心を惑わされると、より恚りの気持ちが膨らんでしまたりするので、やはりそれらに囚われてしまうのはよくない。
そのほか日常のさまざまなことを見ても、心を乱したしまってう、この世は煩悩に囚われ事実が見えず、因果の道理に暗くなり、心が乱れてしまう。

しかし、よく考えると眼でみたことによって、起きたいろいろな思いや考えや、好きだとか嫌いだとかいう、それ自体には実体がないことを知っておくべきです。
だからそれらをいつまでも思い悩んでいると、心の平安はいつまでたっても訪れないだろう。

だかっら、最後にこの見ることについて、次のように締めているのだろう。

○これに因ってすなわち一切の善・悪等の法あり。すなわちまさに返って色を念ずるの心を観ずべし。相貌を見ざらん。まさに知るべし。見る者および一切の法は、畢竟して空寂なり。これを名づけて観となす。眼に色を見るなかに預かり五番に止観を修するの意あり。前に分別せるがごとし。
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昨日は立冬でした。

昨日は立冬でした。
旧暦の十五日したから、今日は十六夜(十六夜)の月です。

今朝早朝いつもより早く、4時半ごろから散歩をしたのですが、月はまだ西の空に高く輝いていました。
その横にオリオン坐の三つ星が輝いています。以前にブログに書き込んだアイヌの民話の「すばるとオリオン」のスバルである牡牛座のプレアデス星団ですが、どこに在るかさがしたら、ちょうど月が輝いているあたりです。
アイヌの民話ではないですが、働き者の三人の男である三つ星から叱られないため、月明かりを利用して隠れれ手いるようです。

この三つ星とスバルの追いかけっこは、後数日するとまた再び見れるようになるでしょう。
夏は夜が更けるのも遅く、夜が明けるのも早いので、日常生活のなかで星空を眺める機会も少ないです。しかし逆に冬は夜が暮れるのは早く、朝が明けるのも遅いので、少し早起きをすれば夜空の星を眺めることができます。

アイヌの星の民話以外にも、全国各地や世界の国々でもそれぞれの国に在った星に関する民話があることでしょう。
できれば、それを少し調べてまた、夜が明ける前の散歩をして、星空を眺めてみようと思います。
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天台小止観を読んで 6-1-8

天台小止観 6-1-8

第六章「正修行」の耳 鼻 舌ということについて。

耳 鼻 舌についても、目と同じことが言えると書かれている。

○ 聞くところの香にしたがってすなわち化のごとく実ならずと知り、もし順情の香を聞くも著心を起さず、違情の臭気にも瞋想を起さず、
○ 鼻に香を嗅ぐときに止を修すとは、聞くところの香にしたがってすなわち化のごとく実ならずと知り、もし順情の香を聞くも著心を起さず、違情の臭気にも瞋想を起さず、
○ 舌に味を受くるときに止を修するとは、受くるところの味にしたがってすなわち夢のなかに得たる味のごとしと知り、もし順情の美味を得るも貧著を起さず、違情の悪味にも瞋心を起さず、非違・非順の味にも分別憶想を起さざ、

日常生活を送っていると、さまざまな話が耳に入ってくるよいいい話ばかりでなく、心地よいが心を惑わす声もあれば、怒りを覚えるような声もある。また臭いもおなじである、臭い、匂い、香り、薫り、漢字で書けばいろいろある。これも同じで心を惑わす香水のにおいもあれば、経をあげるときにたく香の薫りもある。
味も同じで、食欲をそそる味もあれば、食すれば死ぬことになりかねない毒の味もあれば、美味しい味のあまり貪欲になってしまう味もある。また、いやな味のあまり気分が悪くなってしまうような味もある。
味には六味あると言われる。六味とは、苦味 酸味 甘味 辛味 鹹味 淡味であるが、これには実体がない。

それと同じように、この味に関することだけでなく、音にも音階があり音色がある。においにも同じように違いがある。それらはみな実体がないものだが、色と同じようにそれを受ける人の、心の気持ちによって変わってくるものである。

それらには、繰り返しが実体のないもので、空なものだと知って置くべきでああろう、それにより貪欲になりすぎたり、憤りや怒りや腹立ちなどを持つことが、真剣に取りあげるだけの価値がないことを知ることにより、それらへの取り組み方も変わってくるであろうと思う。

自分もそうありたいと思うが、未熟者の私にはなかなか遠いことである。
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ベルリンの壁崩壊 25年

ベルリンの壁が崩壊して25年になります。
ベルリンの壁は、第二次世界大戦でドイツが連合国に負け、アメリカなどの自由主義国とソビエト連邦の社会主義国が敗戦国のドイツを、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)とドイツ民主共和国(東ドイツ)に東西に分断しました。
ソビエトが占領した東ドイツの首都ベルリンを両陣営が分割して統治したことが始まりです。
当初は西と東の往来は自由でしたが、東側から西側に行く人多く、それに対して危機感を持った、東側陣営は有針鉄線で往来をできなくした。それいより往来ができなくなったので、東側から西側に逃れる人が出てきました。そのため高さ3メートルの壁で西ベルリンを包囲したものです。
この壁は1989年11月10日に民衆によって破壊さるまでありました。それにより、1990年10月3日に東西ドイツが統一され、それまで東西ドイツの分断の象徴でした。
のちに東ドイツによって壁はほぼすべてが撤去されました。その壁は歴史的な意味のある建造物として、一部は記念碑として残されています。また壁の一部は世界各国に送られ、モニュメント(記念碑)として飾られています。
そのベルリンの壁は日本にもあるそうです。
2005年に、民間会社のテュフ ラインランド ジャパンが企業の社会的責任の一つとして横浜市都筑区にベルリンの壁設置したものです。平和について考える契機になればと願い、テクノロジーセンターの公開区域にベルリンの壁が設置されています。
この企業の活動は評価したいですが、日本国内の平和団体や平和を推進する自治体などが、ベルリンの壁を設置ことがされていないことは、何か一つの寂しさを感じるものがあります。

話は変わり、一つの国が分断されてしまうことは不幸なことです。
太平洋戦争で日本が連合国に負けた時も、ソ連と米国や英国と中華民国が分断統治することも検討されたそうです。さらに、朝鮮半島もソ連と中華民国と米国と英国が統治しよとする考えもあったそうです。しかし、敗戦国の日本は、小笠原諸島と奄美以南の沖縄諸島を米国が統治することにより、日本は分断されることを免れてたが。
日本により併合されていた、朝鮮半島はソ連と米国が統治し、朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国とに分断されています。そのうえ、互いに相手にたいして不信感を募らせ、1950年には戦い始め、朝鮮戦争ととしてアメリカや中国を巻き込もう国際紛争になりました。そしてその分断の不幸が今も続き、互いに武力挑発を今も続けています。
同朋同士がいがみ合うような、そのような不幸な状況は、いつまでも続くことがないように願いたいです。
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天台小止観を読んで 6-1-9

天台小止観 6-1-9

第六章「正修行」の触について。

次に、触であるが、感触のことである。様々な触る感触もあれば、寒暖の感触もある。それらをどのように受け止めて感じていけばよいのだろうか。
特に触ることはそのさわり方で大きく違ってくることを知っておく必要があるとおもう。
天台小止観のこの項には次のように書かれている。

○ 覚するところの触にしたがってすなわち化幻のごとくにして実ならずと知り、もし順情の楽触を受くるも貧著を起さず、もし違情の苦触を受くるも瞋脳を起さず、非違・非順の触を受くるも憶想分別を起さざれ、

手や肌に物がふれたときの手ざわり肌ざわりによって、化幻のようなものであって、実体があるものではないと知り、気にいっったもの楽しいものに触ることにより、うれしさを露わにしたり、気に入らないものに触ってもそれと反対に、怒りや嫌悪の気持ちを露わにしない。また、そのどちらでもないような感触も、憶測をめぐらしたりその是非を勝手に判断してしまわないようにする。

人の身体は宇宙が凝縮したものと、東洋思想や東洋医学や仏教では考える、この後に[頭等の六分が四大と和合せるを、これ名づけて身となす。]と書かれているが、六分とは頭、身体と四肢のことで、陰陽思想などで四大とはすべての物質を構成する要素で地・水・火・風のことです。
触れた時の感触は、心中の表に出ない感触と外見が一致しにくいものです。

触れることについて述べているが、ここで横道にそれるが、私は身体の運動が不自由な子供たちと接してきたが、そこで子供たちの運動改善のために、九州大学で研究開発されてきている、臨床動作法という療法を学習に取り入れてきた。そこでは、子供たちに実際に手で触れて、身体の動作の動きを伝え押していくのだが、そのときの触れ方により学習の度合いが大きく違ってくる。言葉ではなかなか説明できないが、適度な触れ方が必要になってくるのです。
このことは、わかりやすい例として、按摩や指圧などの治療で例えるといいかもしれない。触ることにより初めて治療できるものですが、療治者は患者に触れるに対して、その患部に対して適切に治療が施されるように触れなければならない、それが弱すぎても強すぎても行けないし、心地よすぎても不快に感じてもいけない。それは医療者としてその適切な感触を知って置かないと、相手を不快にさせたり痛がらせたりするだけで、治療効果はないと言える。


話を天台小止観のはなしにもどす。
○誰かよく触を受けん。和合の因縁もてすなわち身識を生じ、つぎに意識を生じて苦楽等の相を憶想分別す。故に名づけて触を受くとなす。すなわちまさに反って触を縁ずるの心を観ずべし。相貌を見ざらん。まさに知るべし。

和合のその触ろうとするものと触られるもの因縁は、その身のが感じ取るものでそれにより、その感触がどのようなものかを意識するのである。それが楽しいとか苦しいとかの感触になる。だからそこで、触ったことによる感じた感触よりその感じた心がどのようであるかを注意深く見ることが大切となる。
この触についても、今までのべてきた見る聞く嗅ぐ味わうなどと同じようおとりだと書いている。
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白隠禅師の寝禅と天台小止観 正修行の臥

天台小止観を読んで 6-1-4のところで、第六章 正修の行で、臥について書いたが、寝禅について白隠禅師の夜船閑話序に、白隠が白幽仙人から学んだ、寝禅の方法がかかれている。
それをここで紹介してみることにする。

「我に仙人還丹の秘訣あり、爾じが輩試に是れを修せよ、奇功を見る事、雲霧を披きて皎日を見るが如けん。若し此の秘要を修せんと欲せば、且らく工夫を抛下し、話頭を拈放して、先づ須らく熟睡一覺すべし。其の未だ睡りにつかず、眼を合せざる以前に向つて、長く兩脚を展べ、強く踏みそろへ、一身の元氣をして、臍輪氣海 丹田腰脚 足心の間に充たしめ、時々に此の觀を成すべし。」

仙人が私に教えてくれた、なんじがこれを試せば、不思議なほどに、もやもやがとれて明るく先が見えてくるであろう。この寝禅を修めようとするなら、まず参禅の工夫をすることや公案を考えることを止めることで。一にぐっすりと眠り目を覚ますことだ。それには床についたら寝る前と、目覚めたときに長く両脚を伸ばし、脚を強く踏みそろえ、身体の中の元の気を臍下丹田と腰と足と土踏まずに充実させることにより、熟睡できなかったのが熟睡できるようになり、気も心も身体も充実することを感じ取るようになる。

要するに、寝るときはいろいろな悩み事があっても、ただ寝ることをするだけで、いろいろなことを考えたり思いめぐらしたりしないことだといっています。
夜寝る前と朝目覚めた時にするのが一番ようのだが、私もそうだが夜眠りにつくとき、今日の出来事や明日のことをいろいろ考えてしまう。特に仕事などしていると何も考えないで眠りにつくことはまず不可能に近いだろう。
それでは、朝起きた時はそれがしやすいと思う。今日一日のことは朝の目覚め寝禅が終わってから考えればよい。
朝、目覚めると床の中で延びをして、ゆっくりと呼吸をして行くのです。
再度の紹介になりますが、2011-12-13に書いた記事、<蒲団の中でのウォーミングアップ><蒲団から起きあがってのウォーミングアップ>を照らし合わせると、同じようなことをしているようです。あながち間違っていないかもしれないので、もう少し気持ちを入れて行ってみようと思う。

よく考えてみると私は朝目覚めたらまず、からだを伸ばしその後、早朝の散歩をします。この散歩も動禅とすることができるだろとおもう、これからそのことをもっと思って朝の散歩しすることにする。
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天台小止観を読んで 6-1.1-

天台小止観 第六章 正修行を読んでそれにつていかいているが、「正修行」は、始めに(1)坐禅中修止観(坐禅中に止観を修行する方法)について書かれている。
しかし、ここでは、(2)の歴縁対境修止観(日常生活の中で止観を修行する方法)の方から書き始めてみた。
しかし、その中でそれぞれの行・住・坐・臥・作作・言語の仕方や、色・声・香・味・触の感じ取り方について、繰り返しこれが要で大切だと述べているものがある。それは、坐禅中における禅定と智慧のバランスを取るための止観法のことです。

その部分について、そのことについて、第六章の正修行を読み終わる前に、読んでおこうと思う。

第六章 正修行の坐禅中に止観を修行する方法の5番目に禅定と智慧のバランスを取るための止観法とし次のようにある。

○第五に、定・慧を均斉ならしめんがために止観を修すとは、
というのは、禅定と智慧とを均等に調和さえ活用させないと修行ににならない、

この定と慧の二つは、車の車輪と車軸のようなもので、どちらが欠けても止観の修養にならないといえる。定心は身体で得るもので、智慧は心のはたらきだと言える。この二つが調和して一体になって修行ができるのだろう。
気功や太極拳やヨーガや様々な呼吸法も同じようなことを言っている。

定・慧のどちらが先でも後でもなく、どちらが主で従でもなく、どちらが重でも軽でもないことなのだろう。
しかし、どうしても意識の方が先にたち身体の方が後になってしまう。太極拳を練習してもいると、次はこのように動かすのだと意識してしまうと、手の方が先に動いてしまったり、手が身体の軸よりも越えて動いてしまう。眼方を据えて身体が動いて行くようにするようにと言われる。

○智慧すでに多くして心は豁然として開解し、智慧は分明なれどもしかも定心を得ず。定心少なきが故にすなわち心は動散す。故に風中の燈が物を照らすこと了らかならざるがごとくならん。

どちらか一方は主であったり、先に行きすぎると定・慧もバラバラになり、より迷路にはいるように解らなくなると言うことだろうと思う。

仏典に次のように書かれている
「もし定心なければ
空・無相等を観ずる智慧ありといえども
これを顛倒の智慧となし
これを狂の智慧となす 生死を出離することあたわず」

このことは、繰り返し繰り返し
「定」「慧」の二法を全体がつりあい整わせることが止観を身につけるのに大切だと説いていると私は理解する。

坐禅をして端身正坐するも日常生活の中でもこのことが大切なことなのだといっている。
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これで、正修の行の章は終わり次のように書かれている。

止観を修習すると、修行の中や日常の生活の中で、人は菩薩の摩訶衍となり悟りに導くことができる。
この第六章は、最後に釈尊言った次の言葉で締めくくっている。

閑かに林樹の間に坐し
寂然として諸悪を滅し
澹泊にして一心を得る
この楽は天の楽にあらず
人は世間の利
名・衣・好牀蓐を求む
この楽は安穏にあらず
利を求むれば厭足することなし
衲衣にして乞食を行じ
動止に心は常に一にして
自から智慧のを眼をもって
諸法の実を観知し
種種の諸法のなかの
みな等観をもって入り
解慧の心が寂然たらば
三界に倫匹なし


静かに林樹の中で坐禅をして
寂然としてこれまであった諸悪が絶えなくなってゆく
欲や執着が強くなくなり心が一つにまとまる
その楽しみは天の楽しみではない
人間は世間の利益や
名や衣やよい牀蓐をもとめるが
そのようなとで楽は本当の心の穏やかさは得られない
利を追い求めると満足をすることはない。
粗末な衣で乞食をおこない
動止に心は常に一にして
自分自身で煩悩を消滅させて真理を悟る正邪・成否・真相などを見抜く能力もて
あらゆる物事のありのままのすがたを観察し
種々の諸法のなかにたいし
みなひとしくものを見る見方をもってかかわり
智慧の心が寂然としているなら
このよの三界すなわち欲と色と無色において倫匹なくすぐれた人となることができる。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
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記事へのコメント
  • 茶番の衆議院選挙
    アジシオ次郎 (10/05)
    おはようございます。

    民進党の解体、小池百合子東京都知事が立ち上げた希望の党、ハッキリ言って今回の選挙は乱立の様相を呈しそうですが、野党票割れを起こして自民党
  • 独裁者の国会解散
    竹林泉水 (09/26)
    > 政策に反対表明するための無抵抗なデモ行進、座り込みや集会を無理に解散させようとする警察官たちが、職務とは言え反対する人たちを排除しようとするのを見るとむし
  • 独裁者の国会解散
    風と雲 (09/24)
    民主的な選挙で政権交代がなされるようになり、政府への反対で暴力を使うことは、民衆の支持を失い反発され逆効果になるようになりました。>政策に反対表明するための無抵
  • 独裁者の国会解散
    竹林泉水 (09/24)
    日本人は長いものにはまかれろ、付和雷同性の国民性もあるのは確かだと思います。それは別段日本人に限ったことではないと思います。
    第二次世界大戦でフランス政府はドイ
  • 独裁者の国会解散
    風と雲 (09/23)
    かかる為政者の存在を許してきたのは、日本人の「ながいものにまかれる、お上に任せば・・、なるようにしかならない」と付和雷同性の強い国民性に由来するものではないでし
  • フェイクニュース
    アジシオ次郎 (09/16)
    おはようございます。

    ネットの普及に伴い様々なニュースが見れるようになった昨今、ただ自分の好みに合った情報しか信じないという弊害が出ることもそうだし、多様性を
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    竹林泉水 (09/10)
    顔認証技術が進み、個人の識別だけに利用されるならまだしも、個人の管理に利用されるのは非常に問題が多いと思います。

    松井知事の発言があまり問題になっていないのも不
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    アジシオ次郎 (09/09)
    こんにちは。

    いくらギャンブル依存症対策とはいえ、入場確認や顔認証システムを導入するのは一部から「プライバシーの侵害だ」と批判を浴びてもおかしくありませんね。
  • 終戦の日の前後のテレビ番組
    竹林泉水 (08/23)
    国際的な政治・外交問題は素人的な言い方をすれば、早い者勝ちで勝ち逃げすればセーフ的なところがありますね。
    国の名前に「帝国」冠して大日本帝国として、そのころ時代
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