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反省させると犯罪者になります

本の紹介です。

     一泳ぎ
     反省させると犯罪者になります 岡本茂樹 新潮新書

岡本茂樹 立命館大学産業社会学部教授で、日本ロールレタリング学会の理事長を勤めています。
また、刑務所の職員の刑務官でなく、刑務所の職員に対して指導助言をする外部支援者のスーパーバイザーをしています。また、別の刑務所では篤志家として面接員をしています。

この本のなかで、もめごとや犯罪などが起きた起きたとき、よく「反省文」を書かせます。それはよくないむしろ逆効果だと書いています。
学校などで生徒が問題行動を起こしたとき、よく「すみませんでした、もう二度としません」などと反省文を書かせたりしますが、これはよくないとと書いています。また、著者は、是非とも学校の生徒指導の先生に読んでいただきたいと書いてあります。

さまざまな場面でこの、反省させることが常識的価値観として行われているが、この著書を読んでそれこそそれは間違いと反省させられます。

また、この本は子どもの言動や友達関係に対しての、しつけに悩んでいる子育て世代の親や、それを見守る地域の人にも解決策のヒントが得られのではないかと思います。

今までは刑務所は罰を与えるところで、厚生教育はおざなりで、厚生プログラムがあっても、被害者の手記を読ませたり、法務省が作ったビデオを見せ、感想文を書かせる程度だった。それが2006年に「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律)」ができ、出所してからの再び犯罪を犯すことなく、自立生活が送れるよう厚生教育が問われています。

問題を起こすと出所が遅くなり問題をおこさず過ごすこと、仮出所につながるので、受刑者はずっと気持ちは抑え込んでいる人が多いと推測できる。しかし、そのように気持ちを抑え込んで、真面目に務めることは刑務官から評価は得られても、社会自立の厚生に対して何も学んでないことになり、その人の価値観や人生観は何も変わってないことになる。そうなると、刑期を終え外へ出た時に同じような罪を犯してしまう。

そこで、著者は反省をうながす厚生ブログラムでなく、自分の今までの人生と向き合う、カウンセリングが大切のなってくるとと述べています。
そのカウンセリングは一般のと同じで、人間関係がしんどい、自分の性格がすぐにカッとしてしまう、などのことは自分の問題として捉えています。そのようなことを聞きながら、いつからそういう風な感じになっている聞いてきます。そうすると、罪を犯した人は一応は、人に悪いことをしたという自覚はあることが分かります。そして、罪を犯したもともとの原点は「自分が傷ついていたこと」にあったことに気付くと、人はガラッと変わっていくと述べています。
この本にはそれらのことが書かれています。

是非とも、刑務所や拘置所にたずさわっている人だけでなく、学校関係者や子どもを育てている親など、多くの人に読んでもらいたい本です。

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テーマ : 教育問題について考える
ジャンル : 学校・教育

リニア新幹線

東京名古屋間のリニア新幹線は太平洋沿岸の東海道を通るのでなく、甲州道中山道よりのルートに決まっていますが、名古屋以西のリニア新幹線のルートがどうなるかはこれから決まるようです。

京都を通るか、奈良を通るかが協議されているが、奈良経由が強まっている。
奈良は近畿でも経済的には他府県と比べるとあまり活発でないといわれ、奈良が活性化すると期待さしている人もいます。しかし、京都からは強い反発がでて京都経由を実現させようとする働きかけもあります。

私個人としては今の奈良が好きですから、奈良経由でなく京都経由の方がよいと思います。
経済的に見るなら、奈良経由で奈良の経済活性化を進め、京阪間のつながりの他に、奈良と京都間の新しい交通網を建設するか、JR奈良線の整備をし時間短縮すれば、奈良と京都の観光も増え、経済の流れもよくなると思います。

近畿圏特に京阪神奈に置いては今は、大阪と神戸、大阪と京都、大阪と奈良のようにすべて大阪に通ずです。そのように大阪中心でなく、もう一つ二つの軸を作り多軸制にするのが、今後の関西経済の発展にもなると思います。


それより、東京と大阪を1時間程で結ぶような、そんなに早く移動する必要があるのでしょうか。10年後20年後は人口が減り利用客も減っていくでしょうから、人口減少してからの採算は取れるのかと思います。
それともう一つ、鈍行で長距離旅行をのんびりして、駅で窓を開けて駅弁を買ってみるのも楽しみですが、それはかなわぬ昔の夢になってしまったのでしょうか。
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指導者が口にする言葉

最近国の指導者が口にする言葉があります。「法に基づいて粛粛と行う」。これは、法治国家である国であれば、言うまでもなく当然のことです。そして次のようなことも言っています。「立憲主義は王政時代の過去の遺物で、それを唱えるのは民主主義国家にはあたらない」。

前の言葉については、国家間の問題や外交関係などに対して言うことが多いようです。特に日本の周辺に於いては、戦後アメリカの力での秩序で作られ、それが70年近く続きいています。しかし、それに対して意を唱え時に、強引に事実をねじ変えよ国もあり、それは周辺関係国に摩擦と軋轢を生むものです。

そのようななかでも、今の法律や条約に基づいて外交関係の物事を、すべて一様に解決しきれるのでしょうか。もちろん現状を変えようと武力を行使したり、意見や要求を強引に押し通すことは許されないです。それと同時の既得権を守るために、今までの自分の立場を強引に押し通すことも、よいことだとは言い切れないでしょう。
国家間に於いては、領土問題でも通商問題でも大国と小国があり、成長を成し遂げた国と成長期に入った新興国と、これから発展する国があります。それらの国と国との取り決めには、過去に強い国が弱い国に押しつけたものもあります。そして、その中には国の力の差により、不平等に結果的に押しつけられてしまったものもあるでしょう。それらの、不平等な既得権を守り重視しようとする交渉もあります。しかし、これからの地球規模の国際社会を考えると、不平等条約と言える条約は、今後は無効となってゆくべきものでしょう。
また、先進国は自国の豊かさを守るだけでなく、新興国やこれからの発展を目指す国には、積極的に支援援助をしていくべきでしょう。それは、確かに短期的にみれば、先に発展を遂げた国にとっては不利なものです。しかし、成長が限界にきた今日の国際社会を永い目で見れば、それは些細なことで地球の安定に貢献することでしょう。

始めに書いた「法の支配」「法に基づいて行動する」一見きわめて当たり前のことのように思えます。しかし、法を重視し過ぎると、先に述べたような不平等なこともあることを忘れてはならないでしょう。
また、私たちの日常の生活の中にも、いろいろな法律が実状にあわなくなったり、現状にそぐわない法律もあります。それらは、実状と現状に合うように変えて行くことが望ましいでしょう。

「立憲主義」については、まずは憲法はなんの為にあるのかを考えるべきです。一般の法律は、国民が守るべきことを書いたものです。しかっし、憲法は、国民が守るべきことではなく、国家権力が守るべき決まりを決めていることです。
王政の国は、王位を継ぐ者が、立憲君主乗っ取り帝王学や王道学を学び、政を執り行います。しかし、国民から選ばれ指導者は、時に暴走をしてしまうことがあります。それは、フランスのナポレオンしかり、ナチスのヒットラーしかり、第二次世界大戦後に植民地を解放したリーダーも、独裁政治走ってしまう例が枚挙にいとまがないです。だからこそ、民主主義の国こそ立憲主義のその方針を明確に打ち立てることが必要です。

今の、政府の政治の運営の仕方をみていると不安に感じるところがあります。
憲法解釈を集団的自衛権や集団的安全保障など行使可能にかえ、戦争ができる「積極的平和主義」や、「美しい日本」「誇りのもてる国」「」など、耳障りがいいが意味が曖昧な言葉を多く使い、国民の人気をとっています。
国際舞台のなかで、「原発は完全にコントロールされている」「汚染は完全にブロックされている」などと大見得を切ったが、それを聞いていた多くの日本人はそらぞらしく思えたことと思う。
「法に基づいて」と言いながら、自分の考えと近いものばかりを集めて話し合って都合のよいように、法の解釈を変えたり、法自体を変えたりすることはどうでしょう。

憲法解釈の変更や、労働者の働き方の多様性といい、残業代ゼロや成果主義へ働き方かえる。弱い立場の労働者を守る法から、強い立場の企業活動が自由に行えるように法を変えるなどなど。法による支配には違いないが、人権意識の高まった現代の法治国家かと、疑わざるを得ないことが強引に進められている。
「誇りのもてる国」といいますが、リーダーがそのように嘘をついたり、明言でなく迷言を好んで使う、リーダーでは誇りなど持ちようにも持てないです。しかし、それを選んだのは国民ですから、自分たち自身一人ひとりが自分の考えを持ち、今後の声を上げ選挙などでもその政府の行いにたいしての、応えを突きつけてゆくことが大切でしょう。
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反省させると犯罪者になります 2

「反省させると犯罪者になります」新潮新書 520 岡本茂樹 の感想です。
     一泳ぎ

悪いことができる人は、悪いことをされてきているという見方をしてみる。
人を傷つける人は、自分が傷ついているという見方する。ですから、悪いことをする人、人を傷つける人は、その前から心が傷つき病んでいると言うことです。
さらに言うなら凶悪なことができる人は、大変深い傷があるとみることができます。
逆に言うと、幸せな人は犯罪を起こさないという見方もできます。犯罪をみると犯人は確かに、その犯罪については加害者だが、その根は心が傷ついている被害者だといことです。
犯罪を犯した人に対して、刑罰でもって犯罪者の反省につながらない。罪を犯した人に対し反省の為、被害者の心の痛みを考えさせても、それは表面だけの反省であったり、罪を犯した人の厚生にはつながらない。
自分を見つめることができ、自分は傷ついているのだと気づくと、心の中が整理され「俺はこういう事で、悪いことをしていたんだな」理解できてくるといいます。そうなると自然と被害者の事が考えられるようになる。そこで初めて本当の反省ができるようになる。

よく、学校などでトラブルを起こした生徒に「相手の気持ちを考えて、痛みを分かれ」と、加害者の生徒に反省をうながします。被害者の事ばかり考えさせていては、「ごめんなさい、すいません。」しか出てこないし、上辺を取り繕っているだけです。
そのときは、それでよいでしょうが、その生徒が犯した根は癒されていないので再び同じことを起こす可能性があります。
自分のことを理解しないと他者の事も理解できない。傷つけた相手のことばかりを考えるのではなく、まずは自分のことを考えることから始める必要があります。

著者は「反省させると犯罪者になります」の中で、過ちを「必要行動」と言っています。
少年の非行の始めの問題行動は、子供が出す心のシグナルだとよく言われます。ですから、問題行動を起こしたからと、叱ってばかりでは、それに対して謝ることしか学ばないことになります。その上子供の心の逃げ道はなく、傷がさらに深くなるばかりです。
また、反省ばかりさせていると、「ごめんなさいと」取り繕うとする、裏と表のある人間になると言っています。

子どもは親には問題を見せない子でも、怖い教師の前ではいい生徒を演じ、影で悪いことをする子供はよくいます。そのような子は自分の受けている、ストレスに対してそこで助けてもらっていたいと演じるのではなく、自分で解決して一人で生きようとしているのです。
周囲に迷惑をかけないことは、よいことのように思えますが、それは孤立するだけで問題を一人で抱え込んでしまうだけと言えます。

最近、周囲の人目を気にし、自分の気持ちを素直に表さない子が多いと言われます。それは普段でも自分を、偽っていることでもあります。これは悪さをするしないだけでなく、外面は明るく振舞っていても、内面は苦しんでいる場合もあります。そう考えると問題を起こす子供は、自分の抱えてるストレスをサインとして発信しているのです。逆によい子は心の中に抱えているストレスを覆い隠していると言えます。
そのような子供が増えていることは、これからの世の中がどのようになるのか考えると、大きな問題だといえるでしょう。

最近、少年が起こす凶悪な犯罪がニュースになります。そして、必ずその被害者の心の痛みの大きさを、大きく取りあげた報道がされます。その上に加害者が日頃から、凶行を起こす下地があったかのような取り上げ方がされます。

それらのニュースを聞くといつも思うことは、その罪を犯した少年はどれだけの傷を心に負っていたのかを思います。そして、犯行を起こした人のサインをもっと早く受け止めることができなかったのか。人を頼っていいんだよ、迷惑をかけてもいいんだよと、手をさしのべられなかったのかとも思います。

そして、人目を気にして生きて善い人間を演じている、子供・少年も・若者・大人・年寄りが、このところ増えている世の中を心配に思います。
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品川正治の[遺言 「財界の良心」から反骨のジャーナリストへ]

品川正治の[遺言 「財界の良心」から反骨のジャーナリストへ]を読んで。
    財界の良心」から反骨のジャーナリストへ

品川正治の[遺言 「財界の良心」から反骨のジャーナリストへ]に旧制三高での軍人勅諭読み替え事件について述べている。
そこには次のようなことが書かれています。
三高で軍人勅諭事件が起こった。京都師団長の査閲があり、軍人勅諭を暗唱する事になっていた。手を挙げた品川の友人が指名され「我が国の軍隊は世々天皇の統率し給う所にぞある」と言うところを、「我が国の天皇は世々軍隊の統率し給う所にぞある」と主語を入れ替えてよんだ。査閲官はすぐに気づき、「もう一度言え」。すると友人は「わが国の天皇は世々軍隊に統率され給われたのであります。違いますか?」と言った。査閲官はすぐに駆け寄り軍刀に手をかけたが思いとどまった。友人は確信犯として退学処分、品川は生徒総代をしていたので、責任をとらないといけないと考え、退学願いを出し一兵卒として最前線に志願する嘆願書を軍にだした。品川が10ヶ月後中国大陸の最前線に出征し、瀕死の重傷を負い帰還する。
友人は事件後行方不明になるが、戦地から帰還してみると、自殺して轢死していたことを知らされる。
戦後、品川は友人のこと、軍人勅諭読み替え事件について調べる。しかし、読み替え事件の記録はなく、友人の記録もなく、中退した品川自身は卒業したことになっていて、同窓会名簿にも載っている。その上出した覚えのない、東大に入学願書を出したことになっている。
そして、読み替えた友人は、その実家も含めて家そのものが絶えてなくなっていたそうです。

この話を読んで組織の恐ろしさを感じました。特に国家権力や軍隊が暴走したとき、どのようになるのかをしめしています。学校の在学生台帳や卒業者台帳などの公文書を書き換えたり抹消したり、一国民の一家を跡形もなく抹殺してしまうことができるものだと背筋が寒くなりました。

いまも外国の独裁政権の中には、権力者が不都合な事実はもみ消し、恣意的に都合の悪いことは隠す。都合の悪いことを揉み消す、そしてそのためには人の命を奪うことも厭わない政権もあります。

日本でも秘密保護法ができ、国家機密というものを隠すことが法的に認められるようになりました。今の首相は断じてそういうことは(恣意的に隠す)ないといっています。そのことが何時までも守られることを願います。
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広島原爆忌日

今日は広島の原爆忌日です。

峠三吉の詩を哀詠んでみようと思います。

    一泳ぎ
   原爆詩集 峠三吉 平和文庫

長州新聞の峠三吉原爆詩集

長崎と広島の市長がそれぞれの原爆忌日に、核兵器廃絶を願い「核兵器は国際法違反」と宣言するが、日本政府代表は「政府見解とは別」と主張主張せざるを得なかったですが。
今年は憲法解釈を変え、集団的自衛権を容認し集団安全保障を可能になります。そのことに対して、長崎は集団的自衛権のことを盛り込むそうです。
それに対する政府の見解は「平和宣言はわが国の方針と相容れないもので間違い」。となるでしょう。

戦争は個人の理性としては、ほとんどの人が否定するでしょう。しかし、国という政治の視点からは、戦争は必要悪ととして是としてしまいます。
しかし、核兵器に関しては、国際司法裁判所の裁判長だった、モハメデ・ベジャウィ氏「ICJ判事も人間、人間である以上、政治的に信じるところを持っている。高度に政治的な問題については、法律のみでなく、自分自身の良心に基づいて意見を示すべきだと思っている」といっています。

それなら、日本はどのような立場をとればよいのでしょうか。現実的には日米安保条約のために米国の後ろ盾に頼る日本政府は、核兵器にしろ軍事面にしろそれに関することや経済面にも、米国に遠慮して曖昧なことしかいえない。そのような日本に対して、日本国民のなかにもどかしく思っている人はどれだけいるでしょうか。
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脱法ドラッグ

『脱法ドラッグ』の呼び方が、『危険ドラッグ』と言われるようになりました。○○ドラッグと言うが、その中身の実体は劇物であり劇薬で、麻薬や覚醒剤より危険で命を脅かすものがほとんどです。
危険ドラッグに関わらず、麻薬や覚醒剤に手を出す人が、何時の時代にもいるのはなぜでしょう。
朝日新聞によると、摘発される8割が初犯だそうです。また7割が20代から30代といいます。
最近の若い人対象の調査によると、周囲に気を使い、自分の気持ちを抑え、取り繕うことが多いそうです。そのことは常に自分の気持ちを抑えていることと言えます。

そんことは、今の日本の若い人は、自分の気持ちを正直に表すことを、避けているといえます。そのため、世の中を生きづらく感じ、自分の感情を押し殺して生きている。
そのため、それらの精神的に重く強くのしかかり、その気持ちから解放されたいとの思いから、麻薬や覚醒剤などではなく、違法性への意識の垣根の低い、危険ドラッグに向かってしまうのでしょう。

薬物からの離脱を支援する、民間団体〔ダルク〕の創設者 藤恒夫氏が、『拘置所のタンポポ』双葉社で、自らの経験も踏まえ「クスリを断とうと思うなら、弱かったと反省するのではなく、もっと自分を知り、弱かったと思うなら、なせ弱かったのかを掘り下げることだ。クスリに手を出す人は心の傷みを持った人だ。自分はどんな傷みを持っているのかを考えることだ」と書いている。
自分のあり方を見直すことがたいせつですが、世の中社会自体が、異物を排除するような雰囲気が合ることをやめない限り、危険ドラッグに走る若者が減らないでしょう。


自分が困った時には人に頼ることができる人はよいですが、人に頼ることが下手な人や、人に頼むことは悪いことと教わってきた人もいます。周囲から困っているときに、人から助けの手をさしのべくれたことに対してそれにすがる人はよいでしょう。しかし、それを拒む人が中にいますそして、その人がより窮地に追い込まれると、アルコールや薬物に頼ってしまうのでしょう。
お互いに気が置けない間までも行かなくても、何かあったときに頼りやすい人間関係が作れる人にものです。また、社会の雰囲気も必要以上に気を使い、周りと同調せざるを得ない社会でなく、それぞれの違いを認め合い尊重しあえる世の中であってほしいものです。
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しっかりした人がよいのか

「しっかりとした人」「立派な人」とはどんなひとでしょう。「我慢できる人」「一人で頑張れる人」「弱音を吐かない人」「人に迷惑をかけない人」。これらの価値観は社会一般で、社会生活を送る上で、当たり前に思われていることです。これが本当にしっかりとした人でしょうか。もし、そうだとすれば障碍がある人には、永遠に絶対に慣れないことになります。
自分が手も足も動かすことができない障碍があると想像して考えてみるとわかると思う。なにも活動しない生活を送るのにも、24時間人の手助けがいります。人に頼むことをしなければ、その人の生活はただされるままに介助され、一日一日を過ごす生活をするだけです。
そのような日々は楽しいものでしょうか。障害者が何か自分で考えて活動するには、自分で判断して決定して、人に頼んで実現させて行かなければならないです。
このことをみると、「我慢して人に頼ない人」と「我慢せず人に頼る人」どちらがしっかりとした人でしょう。どちらが有意義な人生を日々おくっているのでしょうか。

このことは、障碍がある人だけに言えるのではなく、障碍のない健全な人にも同じことが言えるでしょう。何でもかんでも自分一人でできる人は、自立しているのではなく、独りで孤立(独立)した人だと言えるかもしれません。

社会から独立してしまうとどうなるでしょうか。物事がうまく行っているときはよいですが、一度つまづくと歯車が狂ってしまい、うまく行かなくなります。そのようになったとき、今まで人に頼ることをしてこなかったので、その方法がわからずに、自分を否定してしまい自殺や、逆に自暴自棄になり歯止めが利かなくなり、人に迷惑をかけてしまうことがあります。

最近のニュースを聞いていると、凶悪な事件を起こったことがたびたび報じられます。それらを聞いているとなかに、人を殺して死刑になりたいと言う人が何人かいます。
そのような人には、子どものころに親や周りから「人に迷惑をかけず、弱音を吐かず、嘘をつかず、頑張れる人になりなさいと」厳しく躾られた人がいます。その人たちはそれまで人に頼らないで独りで、努めて頑張って生きてきているのです。そして、ついに頑張る息が切れてしまい、その頑張らなければいけないという、重圧に耐えかねて暴走してしまうのでしょう。そして、失敗や挫折を繰り返すと、自分自身の存在感を否定してしまいます。
また反対に相手の些細な過ちなどが、許せなく殺してしまう事件もあります。頑張ることができる人の中には、他人も自分と同じように頑張れるとみて、自分が頑張っているのだから、他人も同じように頑張らなくてはならない、頑張れない人は怠けているので許せにない人だ。ただそれだけの理由で相手の命に手をかけてしまった人もいます。

立派な人でなく、人に頼ることができる人になり、人にも頼られる人になり、互いにそれ感謝しあえる、弱い普通の人になることを、幾つになっても心がけることが大切ではないかと最近とくに感じます。
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長崎原爆忌

今日は長崎原爆忌です。
1945年(昭和20年)8月9日午前11時2分、長崎に投下された一発の原子爆弾により、街は壊滅的な被害を受け、多くの尊い人命が奪われました。

二度と人類がその惨事を繰り返さないために、長崎市は長崎市民平和憲章を定めます。
1.私たちは、お互いの人権を尊重し、差別のない思いやりにあふれた明るい社会づくりに努めます。
1.私たちは、次代を担う子供たちに、戦争の恐ろしさを原爆被爆の体験とともに語り伝え、平和に関する教育の充実に努めます。
1.私たちは、国際文化都市として世界の人々との交流を深めながら、国連並びに世界の各都市と連帯して人類の繁栄と福祉の向上に努めます。
1.私たちは、核兵器をつくらず、持たず、持ちこませずの非核三原則を守り、国に対してもこの原則の厳守を求め、世界の平和・軍縮の推進に努めます。
1.私たちは、原爆被爆都市の使命として、核兵器の脅威を世界に訴え、世界の人々と力を合わせて核兵器の廃絶に努めます。


今日は、無くなられた方を悼み、永井隆博士の「長崎の鐘」を読んでみようと思います。

     
     長崎の鐘 永井隆 平和文庫

この本をもとに、「こよなく晴れた 青空を  悲しと思う せつなさよ  うねりの波の 人の世に  はかなく生きる 野の花よ  なぐさめ はげまし 長崎の  あゝ 長崎の鐘が鳴る」がつくられました。

  「長崎の鐘」作詩:サトー・ハチロー 作曲:古関裕而 歌:藤山一郎
  Youtube 長崎の鐘

NHKのWebページに、NAGASAKI×PEACというページがあります。
http://www.nhk.or.jp/nagasaki/peace/

被爆69周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典
http://www.ustream.tv/channel/nagasaki-peace-jpn
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天知る、地知る、子知る、我知る。

天知る地知る子知る我知る(四知)
「天知る、地知る、子知る、我知る。何ぞ知る無しと謂わんや」

中国では食肉の偽装や政界中央のトップクラスの汚職。日本では、そのような企業の偽りや、政治と企業の汚職は、少なくなったように見えます。ひょっとして法の笊の目をを掻き潜っているのかもしれませんが。少なくとも今の中国の企業のように、なり振り構わないかつてのヤンキー行商人のようなことはしないのは確かです。
特にアメリカ経済は金融を中心とした経済で、会社を社員のためユーザーのために経営するというより、持ち株会社で株主の配当を中心に利潤を追及しています。そのため利益を最優先させることにより、今回の食肉の事件が起こるべくして起きたとも言えるかもしれません。
しかし、いくら物事を利潤追求のため、悪いことをしてもそれは、四知でありいずれ発覚するものでしょう。

政治のことも同じようなことが言えますが、反面、政治の世界では公然と隠し事ができたり、公約した事業の施策を実行できるようにするために、今まで防いであったその行いを正当化できる法律があったり、また正当化できるような法律が新たに作られていくものです。


冒頭の話は、後漢書の楊震伝や十八史略の東漢・孝安皇帝にある話からとったものです。
震畏四知
後漢の楊震は、茂才に推挙され、順々に出世し遂に荊州刺史となった。後、東莱の太守に任命され、東莱郡へ向かう途中、昌邑を通った。その時の昌邑令は王密だった。王密は、楊震が荊州刺史だった時、茂才に推挙した人間だった。王密は、大恩ある楊震が自分の任地に来ていると知り、挨拶に来た。そして深夜、懐からこっそりと金十斤を取り出して、楊震へ贈った。
楊震は言った。「私は君の人格を見込んで推挙した、だのに君は私の人格を見くびっている。」
王密は「夜も遅く、誰も知る人はいませんから。」
楊震は言う「天知る、地知る、子知る、我知る。何ぞ知る無しと謂わんや」
王密は恥じ入って退出した。


いつの世もどこにも、王密のような人もいれば、楊震のような人ともいるものです。

この、楊震については次のような話もある。
楊震は清廉潔白な人物で、内緒の贈り物など、絶対に受け取らなかった。そのため、家は貧しく子や孫は粗食に甘んじ馬車も持てないほどの暮らしだった。楊震の知人は見かね、子孫の為に生活の基盤を造ってやれと助言した。
そこで楊震は「清白な官吏の子孫とゆう誉れを遺してやるのだ。それが最高の遺産ではないか」。と言った。
その後、安帝の時に太尉となったが、中常侍に讒言され、卒した。

讒言され、卒してしまうとは。
人から事実をねじ曲げられ善行を悪く言われ陥れられ、そのため、今の地位を剥奪され死刑に処されてしまっう。

ということですから、いくら善行を行っても、周囲から疎まれるだけでなく。自分の地位やこれから行おうとしていることに対して、邪魔になるからと排除してしまことは、最近の日本の政治をみているとそれを地で行っているように思えます。

政治家はいろいろなことを聞き入れると言いながら、自分の考えの近い人を集めた委員会をつくり審議させたり。
自分の方に取り込み口封じをさせ、自分の方にこなかったら役職を与えないで手足を封じてしまったり。
また、官僚は自分たちの行いが正しいと信じ、これが国のため国民のためになると考え、その立場を守ろうとしています。そのため企みをいろいろな手段で巡らし、邪魔になる政治家や同僚を、ある好ましくない状態に追いやて排除したりて、政治を操ることをしています。
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日本の戦後69年間

日本が戦後69年間、一人も軍の力で人を殺すことが無かったのは、憲法9条の[戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認]とくに、2項の「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」があったからです。

しかし、このところ現在の政権だけでなく、経済界やマスコミも憲法9条の見直しを唱えています。集団的自衛権の容認や、武器輸出三原則、非核三原則の見直しへの動き加速しています。なかには日本は核武装をすべきと唱える人もいます。巷ではそのよう発言が強まるなか、それらに惑わされ同調するのかの、世論もそのような空気に惑わされてきているようです。

すでに武器輸出三原則や非核三原則を見直し、その規制が緩和されています。産官軍複合体の経済で武器の精度と生産力を高め、集団的自衛権容認への憲法解釈の捻じ曲げています。次々と日本が他国の争いに参加できる、下地が作られているように思える。

日本が再び単独で他国を侵略することはないでしょう。しかし、現在世界で一番戦争をしている国である、アメリカを同盟国として追随政策をとっていくなら、集団的自衛権をや集団安全保障を行えるようにするなら、日本人を海外に派兵して、人を殺させに行かせざるを得ないでしょう。

戦後押しつけられた憲法といいながら、69年間「日本国憲法」のもとで、世界中から平和主義の日本と高い信頼を得て発展してきました。そのことをこの8月15日を迎えるに当たり考えておきたいです。
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むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう

「もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。われわれはわが芸術および理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。」
この一文は、岡本覚三の「茶の本」に書かれている一節です。
「茶の本」は、岡倉覚三が西欧に日本の茶道を紹介するために英文で書かいたものです。しかし、この「茶の本」は単なる茶道の紹介というより、西洋の人に日本文とはなんたるかを書いたものです。。

この後、次のようにつづきます。
「日本が長い間世界から孤立していたのは、自省をする一助となって茶道の発達に非常に好都合であった。
《鎖国について短い文ですが、覚三はこのように述べ》
ーー中略ーー
おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例に過ぎないと思って、袖の下で笑っているであろう。西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は、野蛮国と見なしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的に殺戮を行ない始めてから文明国と呼んでいる。近ごろ武士道――わが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術――について盛んに論評されてきた。しかし茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の術を多く説いているものであるが。


自分の国を優れて立派だと思うことは、構わないがそのあまり尊大になり素直と控えめを忘れてはならない、それを忘れると、他国のさまざまな文化文明のよいところが分からなくなってします。
そして、覚三は、西洋人が日本の茶の湯を見ると、変わっていて劣ったものに見えるだろう。そして茶の湯は珍しく変わったものとして、野蛮国だと見ていた。西洋の列強が植民地政策で領土を拡大していたころ、日本は茶の湯に親しみ、平和を愛し文芸に心奪われ夢中になっていた。
しかし、日本が満州に侵攻して戦争をして殺戮を行いだすた。すると。日本は文明国だと見るようになった。
それなら覚三は、戦争をして富国強兵になるなら、たとえ貧しくても、今までの日本が大切にしてきた「孔子の心よき沈黙、老子の奇警、釈迦牟尼の天上の香り」を大切にする方がよ言っています。

戦後日本は、目覚ましい復興を遂げ、経済の復興と成長をはなしました。それは、戦後一貫して「平和国家」「民主国家」「経済大国」「中産階級国家」を追い求めてきたからです。
しかし、ここ数年その進路は大きく面舵を切っています。それは、世界の警察と自称するアメリカに倣い、「戦争のできる国」。今までの日本型経営でなくアメリカ型経済で利潤追求をした「金融経済大国」。経済の配分は平等であったのが一部の富豪を裕福にする「格差大国」。戦後の日本国憲法の下の民主主義から公益を重視した「今までとは違う価値観の民主主義」へと変わろうとしています。

ここに、岡倉覚三の次の言葉を記しておこうと思う。
「現代の人道の天空は、富と権力を得んと争う莫大な努力によって全く粉砕せられている。世は利己、欲悪の闇に迷っている。知識は心にやましいことをして得られ、仁は実利のために行われている。東西両洋は、立ち騒ぐ海に投げ入れられた二竜のごとく、人生の宝玉を得ようとすれどそのかいもない。この大荒廃を繕うために再び女カ(女+咼)を必要とする。われわれは大権化の出現を待つ」。
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科学 医学の発展をどう受け止めるか

医学の発展により、人類はさまざまな疫病を克服することができました。
科学工業の発展により、人の生活は大変便利になってきています。
今の医学や科学の発達のスピードは、年々その成長のスピードが早くなっているようです。ただその結果さまざまな問題が起きているのも事実です。

生命医学では不妊治療の技術が進み、多くの妊娠できない人が、妊娠し出産して子どもが持てるようになってきています。そして、ついにそれでも妊娠できない人は、受精卵を他人の身体を借りて子どもを出産させる、代理母出産が当たり前のように行われているそうです。
また、出生前検診の精度があがり、出産前から生まれてくる子どもの障碍の有無が、判るようになってきています。それにより、障碍があるからと、中絶する人がでてくると、問題になってきています。

実際に障碍がある人は、日常生活を行うのに、今の世の中は障壁が高いです。また、その家庭は健常な子どものいる家庭にない苦労もあります。しかし、私のしっている障碍がある人の家庭の多くは、明るく絆が強く他の家庭とも交流が深いです。確かに中には大変苦労され、孤立してしまっている方もいます。その方は他人に迷惑を掛けたくない、自分で解決しないといけないと、思いこんでいる家庭の方が多いです。

出生前検診は確かに人工中絶のおそれもありますが、逆に障碍者を受け入れサポートする社会整備が整っていれば、ダウン症などの障碍児が生まれてくると分かっていれば、生まれる前からの準備ができます。

障害児を育てるには、出生前からのサポートやカウンセリングは大変重要なことです。生まれてから障碍があるとわかれば、まずは両親はショックを受け混乱し、そこから子どもの為の準備をしなくてはならないです。
生まれる前から判っていれば、出産前から同じ障碍がある人の両親と交流し、心の準備をすることができます。また行政の制度を勉強したり、社会的受け皿を探したりして。子どもが生まれてからすぐにそれらを利用できます。

出生前検診の話が長くなったが、中絶のおそれもある反面、先の話のように子どもを受け入れる準備が早くできる利点もあります。

このことは、何事にでも言えることだと思う。
今の科学技術に進歩には、現実の世の中のシステムや考え方追いついていけていない。また、それより人の心がそれに適応できない、そのことが非常に大きな問題だと思うのです。

日常のことで言うと、携帯やスマホのメールのやりとりでいうと。メールをしたが直ぐに返事がないので、喧嘩になったりイジメになったりすることがあると聞きます。
直ぐに返事が欲しいなら、なぜ音声通話をしないのかと思います。どうも世の中が自分中心で動いていると思ってしまっているのでしょうか。また、そのようなことから、メールを受け取った方も、直ぐに返事をしないといけないと言う強迫観念があるようです。携帯のメールは便利なものですが、その使い方が逆に人の生きづらさを生むようなら、実の不便な厄介なものになってしまいます。

今、目まぐるしく様々な技術が発達し、グローバル化しています。しかし、人々の意識や法的な整備が遅れ、それに追いついていけてないのが現状でしょう。だからといって、法整備を整えてそれより、人の意識の方がそれに合っていないおそれもあります。
一度、ゆっくりと時間をかけて、今の科学技術に対して、考えってみる時間が欲しいものです。
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戦争とは

明日は、終戦記念日です。太平洋戦争で多くの犠牲が払われたことに対して、祈念する日と言われています。

戦争が終わったのでもちろん終戦もよいと思います。ただ単純に考えると主導権をもって戦争が終わらせたらなら、終戦でかまわないです。
しかし、現実は日本が支配していた、東南アジアなどの各地は支配権を奪われ敗走していました。日本の防空権は皆無になり、各都市は焼夷弾や爆弾の空襲をうけました。さらに、広島・長崎に原子爆弾が落とさました。それにより多くの一般市民が犠牲になりました。それにより無条件降伏を受け入れたのが現実です。それはやはり終戦ではなくて、敗戦といってもよいと思います。

太平洋戦争の死者数はさまざまな数字がありますが、戦争で亡くなった人の数でみても同じようなことが言えます。日本人は300万人、アメリカ人は10万人です。これほど多くの人が殺されました。殺された人がいるということは、そこには必ず殺した人もいます。日本兵の死者の多くは、戦いにより死んだ人より、食べ物がなく餓死した人が多いともいわれています。

ただ、この日はただ戦死した人に対して尊崇を祈念するだけでなく、多くの戦いに参加した普通の兵士一人一人が、敵である相手を殺さなくてはないのが戦争だということ、それにより人間としての尊厳が破壊されるもの、だと言うことを考える日にもしたいです。

最近、過去の日本の行った負の面を否定したり、無かったことにする人が増えていること。そしてそれらを考えることは自虐的で愚かなこと言う人がいます。そして勇ましいことを言う人が増えています。
本当の尊厳を持った人は、自分の過去の誤った行動も受け入れことができるひとで、それが本当の勇気ではないでしょうか。
しかし、当然戦争の悍ましい体験をして、その体験が語ることが出来ない人が多くいても構わないことだと思います。それだけその戦争体験が悲惨で残酷で悍ましかったからでしょう。
ただ、直接その体験をしていない人が、戦争の負の面を否定したり、無かったことにしたり、葬り去ったりすることは愚かなことであり、同じ過ちを再び繰り返すことにならないとも限らないです。
そのような動きをみると、これからの日本の行く末を杞憂するばかりです。
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終戦記念日です。

今日は、終戦記念日です。
8月15日に昭和天皇の玉音放送の詔勅は「耐え難きを耐え 忍び難きを忍び」欲聞くが、その全文は私は今までほとんど読んだないです。また、それを読んだとしても、それは書き下し文で非常に難解なものです。

しかし、戦後70年になるいま、それを読んでみようと思います。

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々惜カサル所曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ心霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ
朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負イ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス
朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ
御名御璽
昭和二十年八月十四日


この後半の部分を私なりに、書き下し文でなく今の、言葉に直して解釈してみようと思います。

「今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス
朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ」の部分を私なりに、意訳してみようとおもう。

「これからの日本の歩む道は、苦難の道のりでそれは普通の苦難以上だろう。天皇である私は臣民のその気持ちはよく理解することができる。天皇である私はこの苦難を逆らわずに、堪え難きところは堪え忍び難きところは忍び、今後の日本と世界の平和を切り開くために、これから永遠につくそうと思う。
天皇である私は、今後国家としての形を維持することができれば、今まで誠偽りのない忠君をした、臣民とともに過ごすことができるであろう。
しかし、その中に戦争に負けたことに対して、激昂して事に及んだり、同胞をを陥れたり、互いに時勢の成り行きを混乱させることがないように。そして人として、進むべき正しい道を誤って、世界の国々から信頼を失うようなことになることは、天皇である私が最も強く恐れ心配するところである。
是非とも、臣民はこの国難を一家子孫に語り伝えて、誇るべき自国の不滅を確信して、先行の道のりは険しく遠いことを覚悟して、国の総力を将来の為に傾けて行くべきです。そのためには、人としてふみ行うべき正しい道を、常に忘れずその心を堅持し、誓って国のあるべき姿の道の奥義とし、その精神を奮い立たせて、これから世界の流れに遅れを取らぬよう決意しなければならない。天皇の臣民であるあなた方は、これらこのことをよく理解して行動してください。」

概ねこのようになるのでしょうか。
天皇陛下は、「国破れて山河あり」の状態を憂い、国の人心が乱れてるのを憂い、それに対して国民が戦後の混乱を乗り越えて欲しいことを強く願っているのがはかりしれます。
そして、この国難を忘れることなく子々孫々伝えて行くべき事の大切さを国民に訴えています。

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・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
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記事へのコメント
  • 茶番の衆議院選挙
    アジシオ次郎 (10/05)
    おはようございます。

    民進党の解体、小池百合子東京都知事が立ち上げた希望の党、ハッキリ言って今回の選挙は乱立の様相を呈しそうですが、野党票割れを起こして自民党
  • 独裁者の国会解散
    竹林泉水 (09/26)
    > 政策に反対表明するための無抵抗なデモ行進、座り込みや集会を無理に解散させようとする警察官たちが、職務とは言え反対する人たちを排除しようとするのを見るとむし
  • 独裁者の国会解散
    風と雲 (09/24)
    民主的な選挙で政権交代がなされるようになり、政府への反対で暴力を使うことは、民衆の支持を失い反発され逆効果になるようになりました。>政策に反対表明するための無抵
  • 独裁者の国会解散
    竹林泉水 (09/24)
    日本人は長いものにはまかれろ、付和雷同性の国民性もあるのは確かだと思います。それは別段日本人に限ったことではないと思います。
    第二次世界大戦でフランス政府はドイ
  • 独裁者の国会解散
    風と雲 (09/23)
    かかる為政者の存在を許してきたのは、日本人の「ながいものにまかれる、お上に任せば・・、なるようにしかならない」と付和雷同性の強い国民性に由来するものではないでし
  • フェイクニュース
    アジシオ次郎 (09/16)
    おはようございます。

    ネットの普及に伴い様々なニュースが見れるようになった昨今、ただ自分の好みに合った情報しか信じないという弊害が出ることもそうだし、多様性を
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    竹林泉水 (09/10)
    顔認証技術が進み、個人の識別だけに利用されるならまだしも、個人の管理に利用されるのは非常に問題が多いと思います。

    松井知事の発言があまり問題になっていないのも不
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    アジシオ次郎 (09/09)
    こんにちは。

    いくらギャンブル依存症対策とはいえ、入場確認や顔認証システムを導入するのは一部から「プライバシーの侵害だ」と批判を浴びてもおかしくありませんね。
  • 終戦の日の前後のテレビ番組
    竹林泉水 (08/23)
    国際的な政治・外交問題は素人的な言い方をすれば、早い者勝ちで勝ち逃げすればセーフ的なところがありますね。
    国の名前に「帝国」冠して大日本帝国として、そのころ時代
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