竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

ニュースから

今日は四月一日です、首相は4月1日のこの日に、次のことを発表することが判りました。
いろいろと、問題があるので何時に発表するかは今調整中だそうです。

「原発事故現場での作業員の被曝線量の年間制限量を越え、作業員の不足が懸念される。また、原発事故現場の作業員の人たちに疎外感を感じている人が増え、単純ミスによりトラブルが続出して、今後の原発事故処理に支障がでてくる。政府は世界の国々に、原爆事故の影響をうけない、オリンピックを安全に開催すると約束した。これを確実に実現するためは、福島などの放射線汚染の除去作業を万全に成し遂げなくてはなりません。そこで次のことを、阿部首相は国民に課すことにしたそうです。
日本人全員に今後100年間、福島などの放射線汚染の除去作業に従事させる。従事させる期間は総トータルの時間は最長2年間。最前線で現場での労働奉仕をさせる。特に重点的に、オリンピック・パラリンピックが終了するまでの6年間は、大企業の社員を労働奉仕として派遣するときは、国がその補充員としてホームレスの人を強制的に徴用して斡旋することにより、ホームレスの一の自立につなげることができるための法律を立法化して実行する。
そして、まず手始めに国民の理解を得るために、自らと閣僚、そして高級官僚は率先垂範して原発放射線除去に奉仕させるそうです。

これにより、
・現場作業員が不足する心配はなくなる。
・一人一人の年間被曝制限量を押さえられる。
・大企業の優秀な人材を活用できる。
・ホームレスの人の再起への動機づけになる。
このことに、「国民の理解をえ国民総動員で、オリンピックを成功させる。私は責任を持って実行する人です。」と言っているそうです。


安倍晋三「頑張る人は報われる」 池田勇人「貧乏人は麦を食え」 「私は嘘は申しません」岸信助「私の描いた作品にたいして私はかぎりない愛着を覚える」

今日は、四月バカですね。
////

日本エネルギー省は、「昭和30年代に東京都江東区南部の荒川放水路付近をに、東京の家庭から出るコミを捨てた夢の島から良質な油田が発見された。」と発表しました。
都市資源学の第一人者である、法良築造博士はつぎのように言っています。
戦後復興のために、東京湾は戦争の瓦礫が埋め立てられ、都民からでる生活資源うや産業廃棄物が捨てられつづけました。それらの埋め立て地はには、「ゴミ・石油・ガス・希少金属などがたくさん含まれていて、高度経済成長期からの、ヒートアイランド現象によりゴミの発酵や化学物質の化学変化が急速に進んだと考えられる」と言っています。
まだどれぐらいの埋蔵量があるか正確にはわかっていないですが、日本が今後エネルギーの100年分程あるそうです。
政府はこれについて、「2020年のオリンピック開催於いて有効利用していきた」。また、これのエネルギー資源の発見により。日本はエネルギーを自給できる量が産出されるが、原発は推進し続ける。また、今後も世界各国からエネルギーを輸入する。それは、長期のエネルギー政策にもとづいて、世界のエネルギーが枯渇してきても、日本が生き残るために備蓄していくためだと発表しました。

「愚公移山」と山を削り住宅地を作り、その土を海を埋め立て人工島を造り、空港島を作った神戸市の市長は、残念がって次のコメントをしました「しまった、全国から生ゴミを集め埋め立てて、人工島と空港島を造ったらよかった」
今日は四月一日です。


こんどこそは、本当のニュースです。

追加 記事に書きます。下をクリックして読んで下さい。


続きを読む

関連記事

ならぬもの十訓

永平寺の門前町の土産物屋で売られている「つもり違い十か条」の話に、ある人から拍手をいただきました。
それに、次のようなことを教えてくれました。

「ならぬもの十訓」
忘れては ならぬもの「感謝」
言っては ならぬもの「愚痴」
曲げては ならぬもの「つむじ」
起こしてはならぬもの「短気」
叩いては ならぬもの「人の頭」
失っては ならぬもの「信用」
笑っては ならぬもの「人の落ち度」
持っては ならぬもの「ねたみ」
捨てては ならぬもの「義理人情」
乗ってはならぬもの「口車」
こちらも、驕り高ぶらずに謙虚な姿勢で人と接していきたいものです。

この言葉、私なりに考えてみました。

言っては ならぬもの「愚痴」
愚痴は言っても仕方がないことをで、それを嘆き悲しんでいると物事を明るく前向きに見れなくなる。そうすると人を恨んでしまう。


曲げては ならぬもの「つむじ」
周囲をうらやんで自分の不幸に対し、気分をそこねて逆恨みし意地悪くふるまうと、性質がねじけすなおでなくなってしまう。

起こしては ならぬもの「短気」
不平不満がつのり、辛抱ができなくなると、いらだち忿怒してしまう、短気は損気という。

叩いては ならぬもの「人の頭」
人の頭を叩いて叱るのはよくない。出る杭は打たれるというが、そのような組織は先が発展はしないだろう。

失っては ならぬもの「信用」
信用とは認められることであり、受け入れられてもらえることです、周囲から受け入れられなければ孤立してしまうばかりで、楽しみも生き甲斐もないでしょう。

笑っては ならぬもの「人の落ち度」
人の落ち度を笑っているとところを、周囲の人はよくみています。その人や物にそなわっている品のが疑われ、とどのつまりは笑われるものです。

持っては ならぬもの「ねたみ」
人を羨ましく思うとやがて、憎みたくなってきます、それが憎悪になり、互いの人との関係も悪くなり、自分が孤立してしまうことになりでしょう。

捨てては ならぬもの「義理人情」
社会生活をおくるのに人に対して、守るべきこと果たすべきことは、いつのつねにもあります。それと、他人に対する思いやりの心や情けも大切です。

乗ってはならぬもの「口車」
巧みな口先だけのうまい言い話に乗ってしまうと、大損をしてしまうだけでないです。口車に惑わされ今までの自分の信条と違う方向に進まざるを得なくなり、今まで培ってきた信用も失ってしまいます。

充分に注意したいものです。
関連記事

朝早く起きる

毎朝早朝に散歩していますが、夜が明けるのがだいぶ早くなってきました。真冬の頃はまだ、5時半ごろに歩きだしてもまだ、星明かりがきらめいていて、散歩を終えるころもまだ日の出前でした。
この頃は、五時前にの歩き始めはまだ薄明るいですが、明るくなる早さも真冬の頃より早く感じます。歩いていると真冬との頃とは違って、だんだん清々しく浮き浮きしてきます。そして、いろいろな鳥のサエズリも聞こえてきます。
私の住んでいる処では、冬至のころの日の出は 7:03ですが、今日の日の出は 5:44です。冬至のころと比べると、一時間半ほども早くなています。これから6月のまで夜が明けるのが早くなり、夏至では 4:46と、あと一時間ほど早くなります。朝早く歩くのがますます楽しみになります。

この時期から、草花の芽吹きも次第に盛んになってきます。それと同時に、自分の体の動かし方も、なんだか軽やかになっていくようです。

静まりる 暗き山道 明かりを見
     歩みゆく足 軽やかになり

明けぬまえ 山道ぬくに 山すそは
      薄紅さして 白けゆくそら

東の空 黒雲一片 白みさし
    散歩の歩み 暖かくなる
関連記事

人の生きる価値

先日の「天声人語」の冒頭に書かれていたことばです。
「まじめで正直だが仕事は遅い。仕事は遅いがまじめで正直だ」
この記事を読んで感じたことです。その内容とは関係ないことでうが・・・


「的確に判断するが時間にルーズだ。時間にルーズだが的確に判断する」
「情け深いが厳格で冷たい。厳格で冷たいが情け深い」

これらの互いの言葉、かなり印象が違います。
よい言葉で締めると、好意的にまた前向の言葉として受け取られます。人生も同じといえるようです。

・革命などにより英雄と称えられた人も、晩年は独裁と汚職や虐殺などで、極悪非道だとされる人がいます。
・逆に若いときは憂き目を見なくても、晩年に花咲く人もいます。
・アッシジのフランチェスコのような人もいます。
聖フランチェスコは裕福な家に生まれ、若いときは不良で非行を行い放蕩な生活を送っていたそうでうが、キリスト教に帰依してから、生活が一変し小鳥と語り合い、弱い貧しい者に寄り添って助け、教義を広めていきました。そして、フランチェスコはその死後、聖人なるのは異例の早さで聖人の冠を授けられたそうです。このような、偉い人ばかりでなく、普通の人の日常生活でも同じようなことがいえるようです。早咲きの人もいれば、遅咲きに人もいます。また、子供のころ悪童不良と呼ばれていても、大人になるとその分人の痛みがわかり慈善に尽くす人もいます。
また、人生は千変万化であり、いろいろな人生があります。その中には人の世の中に背くような行いをし、とりわけ人を殺すような凶悪な事件をおこしてしまった人もいます。そしてそのような凶悪な事件をおこした中には、生まれたときから劣悪で不遇な環境の中で育ったため、歪んだ人生観や社会観や倫理観もち、反射的に偶発的に、誤って事件をおこしてしまった人もいます。また、逆に確信的に犯行を行う人も中にはいるようです。しかし、私は犯罪心理学の専門でもないし、知識もそんなにないですが、その場合は犯行の惨状は違ってくるのではないかと思います。通り魔のような犯罪と、ギャングが抗争をしてい相手のボスを射殺する。このような場合前者と後者とは、人を殺したことには変わりないですが、後者の方は正しいと判断しての犯罪です。前者はどちらかというと自虐的になりその時、精神的の追い込まれていて判断能力が落ちている場合があるでしょう。
この場合どちらも人を殺したのですから、その罪は償わなければならないです。しかしそのため、人を殺して罰として死刑囚の判決を受けた人も、拘置所という空間で刑の執行までの時を過ごすことにより、その人の心の在りようの変わり方に違いがあるでしょう。
死刑囚の場合その執行までの間にその囚人は、いろいろな変わりますが、その変わり方は人のよって大きく差があるようです。しかし、それらの人がどのように過ごしているか、私たち国民は知ることできなく秘密のされています。裁判員裁判が行われようになったいま、国はもっと裁判のことやその判決がどのような意味を持つのか、どのような実体であるかを、明らかにすべきでしょう。それと同時に国民はもっとそれに対して関心を持つべきでしょう。それはいつ自分が裁判員なり死刑判決に関係する裁判に関わらないとも限らないからです。


そして、次のことも思います。
罪を犯してしまう人の中には、自己啓示欲が強いがために、人間関係で問題がもとで事件を事件を起こして知ったり、外面をよく見せようと外聞を気にして、見栄っ張りで虚栄を張ってしまい罪の種を蒔いてしまった人が多いともいえるのではないだろうか。そんな人が、外と隔離された刑務所や拘置所では、幾ら虚栄を張ったり見栄を張ったり、自分を目立つようなことをしたりしてもなにもならないです。前にも『処刑前夜』の後書きに書かれている、「ここ(獄中)におりますと、外では必要な飾りや嘘がいりません。いくらすましてみようとて、人からは彼奴は罪人だと指され、自分でもすなおにそれを認め、詫びるよりほかに道のない身。ここには裸になった人間の本当の姿があります」。を紹介しました。このように自分を塀の外の世界に囚われずに裸になることにより、宗教に帰依し威徳を得ることができるともいえます。
罪を犯し、このような心境になりうる人たち対して、どのように人として答えを出したらよいのだろうかと。
関連記事

刑に服している人のことば

冤罪として無罪を主張していた、袴田さんの再審請求が認められしかも、48年ぶりに釈放されました。
今まで日本人は裁判については、検事や弁護士や裁判官のすることとして、自分にとって関係のないこっと思っていました。しかしこのことは、裁判員裁判が行われるいまは、自分にも直接関わってくる問題です。
裁判員に指名されたときになってあわてるのではく、普段の日常から裁判のことや刑を勤めっている人や死刑のことについて考えて置きたいと思います。

以前にもこのブログで、教誨師のことや刑務所のことなどの本を紹介しましたが。
<刑務所の中で生きる人の人としての生きるあり方>
ほかに、刑に服している人自身が著した本が、私の書架に並んでいるのを紹介してみます。


死刑囚句死刑囚
郷隼人夜の記録死刑囚の祈り

異空間の俳句たち 死刑囚いのちの三行詩
海曜社
死刑囚たちの句集

処刑前夜
北 山河・北 さとり編
東京四季出版
北 山河(1893年 - 1958年)は俳人で、極刑者に俳句を教えた。大阪拘置所を訪れ、「大樹」を主幹し、俳句を指導し囚人の心を支えた。その囚人たちの句集。

死刑囚 島秋人 獄窓の歌人の生と死
海原卓編
日本経済評論社
島秋人(本名中村覚)
強盗殺人事件を引き起こし、1960年の一審の死刑判決、1967年の死刑執行、享年33歳。獄中で7年間短歌を詠みつづけ、1963年に毎日歌壇賞を受賞

棺一基 大道寺将司全句集
大道寺将司
太田出版
三菱重工爆破事など9件の「連続企業爆破事件」で起訴され、最高裁において1987年3月24日に死刑が確定。
2014年現在、東京拘置所に収監され、再審請求中。現在、癌(多発性骨髄腫)を患い、一時は自力での歩行も困難になり拘置所生活を送っている。


夜の記録 聖母文庫
正田昭
聖母の騎士社
バー メッカ殺人事件の犯人、1969年12月9日、死刑執行。享年40歳


死刑囚の祈り 聖母文庫
山野静二郎
聖母の騎士社
死刑囚山野静二郎の日記。不動産会社社長山野静二郎は、同業の不動産会社社長を殺害し、1996年死刑確定。現在、事実の一部を否認し、2010年11月、第三次再審請求。


LONESOME隼人 獄中からの手紙
郷隼人
鹿児島県出身。若くして渡米。1985年、殺人及び殺人未遂の二件の罪で有罪の宣告を受け収監。以後、終身服役囚として服役中、カリフォルニア州立刑務所で服役。現在ソルダッド・プリズンに在監中。96年に、「囚人のひとり飛び降り自殺せし夜に“Free as a Bird”ビートルズは唱う」が朝日歌壇初入選以降「朝日歌壇」の常連


裁かれた命 死刑囚から届いた手紙
堀川惠子
講談社
1966年、長谷川武は東京国分寺市で主婦を被害、強盗殺で逮捕され、裁判ではさしたる弁明もせず、半年後に死刑判決、5年後に刑の執行。長谷川死刑囚が、独房から関係者に送た手紙からのノンフィクション。



最後に、先日の新聞の書評にあった本を紹介します。
教養としての冤罪論
教養としての冤罪論 森 炎
岩波書店 2,730円
裁判員裁判では、冤罪がおきたら裁判員のわたしたち自身にもその責任を負わなくてはならなくなってきていること。冤罪はまれにあることではなく、いつでもどこでも起こり得るものだと説いています。そしてもっと冤罪を身近な問題として考えないといけないとしています。
関連記事

ニュースを読んで

イギリスの2歳の男の子が、お母さんが床に倒れているのを見つけて、999(日本の119)に電話して、「ママが床に倒れている」と告げました。救急隊は急を知り住所はと聴くのですが、男の子はただ「ママが床に倒れている」と言うばかりです。しかし、それで充分でした。救急隊と警察は電話をかけている住所を特定して、血栓で倒れている母親を無事救助し、母親は元気に回復しました。2歳の男の子は表彰されたそうです。


////
中国で村の村長を選ぶ選挙が市民が投票して行われました。
選挙というと、住民が直接投票するのが、当たり前と日本では考えます。しかし、中国の選挙は共産党員が選んで決めるそうですから、住民の直接選ぶことは画期的なことといえます。
その選挙の様子を映像で移っていましたが、これも今まで住民の直接選挙がされたことがないことを思わせました。日本の選挙管理された選挙の様子と違い、学校の学級委員長を選ぶようなものでした。選挙民が学校に集まり、投票用紙に住民がなにやら書き入れ、大きな箱に押し込んでいました。また、開票の様子は黒板に〔正〕の字を書いていました。
日本も戦前は知事などは官選でした。今も中国の住民の代表を選ぶ選挙制度は、日本の戦前びように大きく民主的な選挙制度から遅れているようです。これからこのような地方の直接選挙が広がってゆけば、中国の民主主義が進んでゆく一歩になるかもしれません。


////
国際司法裁判所は日本の調査捕鯨を中止するよう命令しました。日本側はまさかの捕鯨中止の判決に戸惑っているようです。
しかし、もともと調査捕鯨とはなんでしょう。商業的捕鯨禁止だが、政治的判断で調査捕鯨という名目で捕鯨を認めてきたのではないかとおもう。
民主的な国では、三種の国家統治権の立法権・司法権・行政権は分立して、政治と司法は独立しています。
捕鯨の問題も外交ルートでは認められいても、国際司法の場においては、調査捕鯨を拡大曲解するのは許さないということでしょう。


////
国土地理院は、日本の主な山岳標高を改定したそうです。
「日本の山岳標高一覧 -1003山-」の標高値を4月1日に改定しまこれは、新しい測量技術の発展・普及に伴そうものだそうです。
詳しく、国土地理院の「日本の山岳標高一覧 -1003山-」のWebページを見てください。
いくつかそこから拾ってみました。
高くなった山は
羅臼岳 らうすだけ北海道 1,660が、1,661になり 1メートル高く
鉢伏山 はちぶせやま長野県 1,928が、1,929 1メートル高く
蓼科山 たてしなやま長野県 2,530が、2,531 1メートル高く
峰の松目 みねのまつめ長野県 2,567が、2,568 1メートル高く
茶臼山 ちゃうすやま愛知長野県 1,415 1,416が、1メートル高く
霧島山の高千穂峰 たかちほのみね宮崎県 1,573が、1,574 1メートル高く

逆に低くなった山は
安達太良山鉄山 あだたらやまてつざん福島県 1,710が、1,709 -1メートル低く
箱根山金時山 はこねやまきんときざん神奈川県静岡県 1,213が、1,212 -1メートル低く
大江山千丈ケ嶽 おおえやませんじょうがたけ京都府833が、832 -1メートル低く
後山 うしろやま岡山県兵庫県 1,345が、1,344 -1メートル低く
皇座山 おおざさん山口県 527が、26が、 -1メートル低く
嶮岨山星ケ城山 けんそざんほしがじょうやま香川県 817が、816 -1メートル低く
英彦山 ひこさん 福岡県大分県1,200が、1,199 -1メートル低く


////
南米のチリで大きな地震が在りました。半世紀以上前にも、チリで大きな地震があり、東北地方に津波が押し寄せました。今回も同じように津波が押し寄せましたが、比較的大きな被害がなくて、日本にとっては幸いでした。
また、3年前の大津波のこともあり、津波に対する報道は大きくされますが、チリの様子の報道は控えめのようです。朝日新聞は、チリの地震のニュースや津波の情報はほとんどないです。
チリではいまも余震が相次いでいるそうです。しかし、現地の住民は大きな混乱はしていなそうです。それは4年前の大きな地震が教訓になり、防災スピーカや携帯メールなどの、最小限の取り組みが行われているからといわています。


////
バンコクの近郊で、第二次世界大戦時の連合国群の不発弾が爆発したそうです。
爆発の原因は建設業者が大きな金属の固まりを見つけ、それを大きなオモリと思い、廃品回収業者に売却しました。その業者が不発弾と知らずに、解体処理したときに爆発したそうです。バンコクではこの付近で、最近いくつもの不発弾が見つかっているそうです。また、ドイツには不発弾収集家がいるそうです。第二次大戦時に、ドイツと連合軍が使った不発弾や、施設した地雷だそうです。しかし、収集家の集めたものは、信管などははずされていないので非常に危険だそうです。そのような人が隣に住んでいると思うとゾットします。
日本でも今も、第二次大戦時の不発弾が時々見つかり、交通は遮断され住民が避難して、自衛隊により適切に処理されています。戦争が終わってから70年以上になるのに、未だに戦争の被害が起きる恐れがあわけです。

関連記事

マレーシア機の各国の捜索

4月1日のエープリルフールの日に、アメリカの人気テレビSF映画スタートレックに出てくる、ブリオーリという異星人がマレーシア航空機を、転送技術で乗員を拉致したという冗談を書きました。

その記事に対して、いま宇宙人が現われたら、世界はまとまることができるでだろうか、パニックになりよりバラバラになるだろうか、との意見をいただきました。

いま、マレーシア航空の捜索のために、アメリカや中国や日本などの各国軍隊が協力仕合ながら捜索活動をしています。これを期に互いの軍の関係者どうしのパイプや繋がりができ、偶発的な緊急事態のホットラインが出来たり、少しでも緊張の糸がほぐれる糸口になればと思います。

それはともかく、ブリオーリ星人というのは、アメリカの昔の人気SFテレビ映画「スタートレックのヴォイジャーシリーズ」にでてくるものです。
ただそのスタートレックで、地球からいがみ合いは消えて一つにまとまったのは、スタートレックの中での第三次世界大戦が終わり、世界が無政府状態の混乱しているときです。コックレーン博士が光速飛行するワープ技術を開発し、太陽系を飛びたったのバルカン星人が通りかかりそれをみました。バルカン星人は高度な科学技術であるワープ技術を持っていることを知り。バルカン星人が地球人とコンタクトをとるため、地球に大きな宇宙船着陸し現れました。それにより、地球外にもヒューマノイドがいることを知り、人類は狭い地球のなかで、戦争ばかりしていがみ合ってはいけないと、地球は一つにまとまったとされます。

しかし、いまの地球では宇宙や自然の出来事からみれば、小さな利権などを争っているばかりです。そのような中今回のマレーシア航空機事故のように一時の軍事関係などで交流がなされても、他の部分でいがみ合っているばかりでは、残念でっすが地球が一つにまとまるようなことはまだ先のことのようです。
流れ去った水は元には戻りません。山が崩れても元には戻りません。仮に人の力で元に戻しても、それは元の山より地盤が弱く崩れやすいもんです。自然のなかでは高いものは低い方に流れ、平坦になろうとしています。いまそれを無理に元の戻そうとしり、平坦にしようとしてもその中には、見逃しているももや人の見つけせないでいるものがあります。いま、いがみ合っているものを無理矢理形を調えようとしても、流浪の民ユダヤ人を集めパレスチナに住んでいる人を追い出しイスラエルを建国しても、新しく難民が生まれ新たな歪みが出来てしまいます。

経済的な格差がなくなることが大切だと、人々は早くから気づきわかっているのですが、先に利権を得た人はなかなかその利権に群がって手放そうとしません。しかし、そのようなことをしていると、格差は縮まるどころか逆に経済的な格差が大きくなり、社会は混乱してしまうでしょう。富める者は手放すことも、しないことも大切なのではないでしょうか。


関連記事

アメリカの刑務所

「LONESOME隼人 獄中からの手紙」 郷隼人、を読んでいて、アメリカと日本の刑務所は随分とその、処遇が違うように感じます。
日本でも刑務所で服役している人の処遇は、その刑務所の裁量がありるようですが、かなり管理化されて日常の行動には、厳しく制限されて自由がないです。
アメリカは州によりかなり違い、州内でもその刑務所での裁量というのがあるので、一概に比べることは出来ないですが、罪を犯した人に対しての人権のあり方には、日本とアメリカではかなり差があるようです。

「LONESOME隼人 獄中からの手紙」を読んで、一つ気になったことを書いてみます。
タイトルが[TOP RAMEN]に書かれていることです。
まずは、刑務所内でTOP RAMENすなわちインスタントラーメンが売られていることです。
そして、著者の郷隼人はカルフォルニア州の囚人の人数と刑務所の数、そして一月に囚人がいくつのラーメンを買い、カルフォルニアの刑務所全体で一月何個売られているかを調べっています。刑務所の中でそのようなことまで調べられるのです。
また、2010年6月14日の朝日新聞の朝日歌壇に載った短歌を紹介しています。
高齢者カップラーメンを食べている 悲しいゴミの出る月曜日 群馬県 小倉太郎
このように、日本の新聞も読めるようです。
日本でも、食べ物や趣向品のパンやラーメンや菓子類は、差し入れや自弁品(自分で買うも)で手に入れられるようですが、刑務所内には販売店などはないと思います。
また、新聞は一般紙は1紙までは購入できるそうです。

そして、その[TOP RAMEN]の原稿を書いている、20110年3月10日(カルフォルニア現地時間)に、ラジオでそのニュースを聞いたことです。「日本のセンダイ沖でM八・九の巨大地震が発生し、津波が太平洋沿岸の漁村と町を襲って大きな被害が発生。多数の行方不明者と犠牲者が出た模様」と報じた。とあります。
そして、郷隼人はこのニュースを聞き次のようになことを思い出したと書いています「一九六〇年代後半より、急速な高度成長の波に乗って、戦争のない平和な国ニッポンの日本人たちは、ファスト・フードからフランス料理、健康食、美食などを謳歌しつづけてきた。その果てには飽食のツケが回ってきて、昔は耳にしたこともなかった太り過ぎの用語のオビシティ(肥満)まで見かける・・・・」という日本の子供を案ずる米国誌に書いてあったと。
そして、アメリカの新聞には、「多くのジャパニーズは終戦直後のひもじさと、電灯、水道のない不便さをすっかり忘れ去ってしまっていた。・・・・・・」ことを、「ツック・フォー・グランテッド」(~を当然のことと思っていたの意)を紹介しています。アメリカの囚人食は非常に少ないためひもじいそうです。そこでそれを補うためにラーメンを買うそうです。丁度、トップラーメンの原稿を書いていたので、囚人のひもじさと家を失った被災者が支援物資でひもじさをしのいだのだが、当然あるものがなくなることが在ることを誰が想像しただろうかと書いています。
これも、ラジオが聴けたのもラジオを自室の持ち込めたからですが、日本の刑務所では、ラジオやテレビは鑑賞会などがあるとはききますが、自室に持ち込めるのでしょうか。
ところで、おもしろい話としては、アジア系の囚人はヌードルを、箸を使ってたべるが、白人や黒人やメキシカンはヌードルを袋から出さずにまずは細かくつぶしてから、湯で戻してスプーンで食べるそうです。これは、フォークやナイフは、喧嘩や自殺に使われる恐れがあるので、禁制だからだと紹介しえあります。

また、アメリカの刑務所では受刑者は職業訓練になる課勤だけでなく、刑務所内の自治的な仕事もするようです。先の販売店の使途や、舎内のビデオ放送の仕事や、厨房などの仕事もあるようです。もちろんこれらで働ける人は優良な受刑囚であるでしょう。これらの仕事をすることにより、自分は人に役立ち貢献していると感じることが、自立意識を高め出所後の生活にも大きく役立つものだと思います。

他にも郷隼人は自分で花壇を作ってそれに[ZEN]と名前をつけていることも書き綴っています。このことについては詳しくは書きません。

日本の刑務所では、受刑者が自分以外の人の為になる仕事はあるのでしょうか。また、以前は花壇を作るなどのようなこともしていたとききましたが、今は大きく制限がされているともききます。実際の塀の中の様子はどのようになっているのでしょうか。
関連記事

裁判員制度

刑務所や拘置所での生活について、罪を犯した人にも人権があり、人としての尊厳は確保される必要がある。今の刑務所や拘置所は1970年頃以前と比べると、管理が強化され人権が疎かにされて、教育刑罰より応報刑罰的要素が強くなってきている。また、社会の声もこのところ厳罰化すべきとの声が高まっているように感じると、ブログに書いてきました。
すると、意見を罪を犯したらそれ相応の罰を受けるのが当然だと言うこと。また、刑務所内での生活は、健康管理され食べるものにも不自由しない、まじめにこつこつと生活している人より、食べ物のに困らないで楽な生活をするのことは、罪を犯した罰にはならないから管理強化されて当然だと言う意見をいただきました。

わたしは、罪を犯したならそれ相応の罰を課すのは正当だと思います。ただ、その正当な刑罰とはどのようなものかを、真剣に考えられ聢りしたものないといけないです。
また、自分よりよい生活だと言うなら、その受刑者の生活と交替してみてはどうかと言いたくなります。

罪を犯したからと幽閉された生活が、どのようなものかを知っているのでしょうか。それは、社会の中で暮らす生活とは、全く違うもののようです。そこには罪を悔い改める教育的は配慮より、応報的なことに重きを置かれていようですが、それより別の処に問題が在るようです。それは、刑務所や拘置所ないで、喧嘩や自殺や暴動などの事故が起きたとき、それがもし外に漏れたときには、大きな問題になり政権の基盤にも影響しかねないと言われているからです。刑務所や拘置所は国が運営し統治しているものです。それ故にその中で騒乱や受刑者が自ら命を絶ったりすることは、統治のあり方が問題とされてくる恐れがあるからでしょう。
いま、裁判員制度により市民が裁判に関わることになっています。それは、市民が今まで以上に裁判がどのように行われどのようなものか、そしてそこで刑に服するようになった人がどのような生活を知る必要があります。しかし、裁判の公開されて誰でもが傍聴できますが、ほとんどの人は裁判を傍聴したことはないでしょう。ましてや罪を犯した人が、どのような生活をしているかを、考えたり想像することはないでしょう。いま、成人になりえばいつ裁判員になり、裁く側の人間になるかわかりません。そのために日頃から裁判のあり方や刑に服している人が、どのような場所でどのように過ごしているかを、知っておく必要があります。そのためには、刑務所や拘置所での中の様子を秘密にするのでなく明らかにしておくべきでしょう。


いま、少年の犯罪が凶悪化してきていると言う人がいます。わたしは、確かにニュースになり目にすることが多くなりましたが、実際に統計的に今までと比べて増えているのか変わりないのかは、知らないので私は何ともいえません。そして、少年法の適用年齢を引き下げることもされ、その年齢はよい引き下げようとする意見もあります。
触法少年に対する罰の厳格化や厳罰化と同じように、成人の罪を犯し人に対しては、より厳しくあるべきだと言う声が広がってきています。

裁判員制度は、犯罪に対して刑法の適用を検事や裁判官だけ判断するのでなく、市民の感覚も取り入れてゆくという趣旨です。それは、犯罪を犯したことによる刑罰は、市民も責任を負わなければならないということです。死刑が確定した人には、自分の罪を認めきれず自暴自棄になってしまう人もいるでしょう。また、死刑が確定したことにより自分と向き合うことをはじめ、自分が犯したことにたいし、悔いて被害者に対し罪をあがなおうとする人もいます。また、冤罪という可能性もありますせ。
それらのことにたいして、裁判員であるでないに関わらず、判決にたいして国民は責任を負わないといけないとおもいます。
責任を負うとは、犯罪が起きその裁判に対して、国民が自分には関係ないこととして無関心でいてはいけないと言うこです。第三者的なものの見方をして、そのことを考えるのではなく、被害者の当事者として、また加害者の立場に立ってその事件を考えて見なければならないと言うことだです。

犯罪については、いつ自分が被害者になるかわかりません。また、自分は絶対に加害者にならないと思っている人も、加害者にならないとは言い切れないはずです。そのうえ、自分が犯罪に対して刑を判断する立場に立つ可能性もあります。ですから、日頃から自分の生き方や社会のあり方などに無関心でいてはいけないということだと思います。

関連記事

歌に詠んでみました。

庭も暖かくなってきたので、庭仕事をして、

菊芽さし どこからか 桜の一片 
       空を見上げば 雲と甍

去年植えた小菊から、新しく芽が出てきたので、苗用の紙ポットに差していると、気がつくとどこからか飛んできた桜の花びらが一片


毎日 朝散歩をして、いままで囲まれて見れなかったが、塀が取り外されてみることができたなかのようす。

使われぬ リハビリの園 日差し差し
       路傍の草に 野鳥戯れ

昔は使われていたが、理学的な機械を使ってのリハビリになり、以前はつかっていた屋外の遊歩施設が寂しがっているように見える。つかわれないリハビリの園をみると、雑草がはえそこに野鳥が遊びにきている。
関連記事

台所重宝記から

村井弦斎の「台所重宝記」(村井米子編訳)平凡社ライブラリーに、台所禁制五十カ条と言うのがある。

その五十カ条の最後は、親切が大切だと言っています。

親切のこと
ミツ「奥様、第五十番はなんでございますか」
妻君「お料理をするときは、親切の心を忘れるな、ということですよ。なんでも、お料理は人の口へ入れるものだから、こうしたら毒になるだろう、これではお体に悪いだろうと親切に考えてこしらえなければなりません。煮物の中から髪の毛がでたり、吸い物の中から蠅が出たりするのは親切がたりないからです。お料理はおいしくこしらえるというよりも、親切にこしらえることを第一としなければなりません。昔の人が、よく食べ物はこしらえるところを見たらきたなくて食べれないといったが、それではいけません。こしらえるところを見るとつまらないお料理でも、おいしく食べられるというようにしなけれればいけません。これがなにより肝腎ですよ」
注 現時点では、この親切の心に、栄養や消化、吸収など科学知識も見につけてほしい。

台所重宝記は村井弦斎の小説食道楽の中に書かれてなかから、実用的なものを集めたものです、注は弦斎の娘の米子が書いたものです。出版されたのが明治三十八年ですが、この注は、後書きの日付をみると昭和五十二年となっています。

最近の食材は非常に便利なています。
スーパなどで買い物をすると、大根など土のついているものはなく、野菜がきれいに洗ってあります。しかもすでにすぐ食べれるように刻んで在るものもあります。
また、すでに料理された総菜も売ら、レトルト食品が大繁盛しています。
私の子供のころは、米の脱穀や精米の技術も今ほどよくなかったので、米に小石が混じっていることがありました。それに気づかずに炊いて食べると、口の中でガリとして、歯が砕けそうになり、非常に不愉快になったものです。親切な心気配りをしないと、小石を食べてしまうことになるのです。
ですから、米を研ぐときに、「一粒も見逃さず一粒も流さず」という言葉がありました。世の中便利になり、いまは無洗米とかいう洗わずに炊ける米が売られているぐらいです。

それによりだんだんと、料理をする気遣いがなくなり、親切な料理とは贅沢な食材を使い、おいしい料理だと思いこんでしまいます。それにより、本当の親切な料理とは何かが、わからなくなってきているのではと思います。
関連記事

早朝の散歩

ようやく暖かくなり、昼間は暑いぐらいの時もありまが、まだ朝晩は冷たく寒いぐらいの時もあります。冬は寒さのため肩を窄めて肩胛骨は上がって、首も硬くなっり、骨盤も縮まってしまっていました。
毎朝早朝に歩いていると、まだ肌寒いですが歩くことにより体を動かし、昼間の暖かさ向け体をほぐそうと思います。

そのために、肩を落として肩胛骨を開き、首筋を緩めて後頭部を開くようにイメージを意識します。そして、軽やかに歩くことをイメージすることにより、股関節と骨盤が緩まっていくようです。

日本には寒いとき暑いときと四季がありますが、それを負担に感じる人もいるようですが、その四季は体にメリハリをつけてくれるものにもなると考えます。
それは、四季の移ろいは身体にその気温や湿度の変化の適応能力を高めて活性化させてくれいます。しかし、病気になったり高齢になるとそれが働かなくなたり衰えてきます。また、幼児などはまだ身体が出来ていないのでその働きは未熟だといえるでしょう。

それはともかく、春になり暖かくなってきたので、冬の硬く緊張した身体を朝目覚めて、散歩することによ身体を目覚め差すと同時に、徐々に緩めていき夏の身体にしていきたいと思います。

歩きながらゆっくりと深呼吸をしたり、首筋をツボを押すようにマッサージしています。また、指先から身体の付け根の方に、軽く押さえながらさすって血流を促しています。

歩き方は、前にある足で身体を引き寄せてあるく、逆に後ろ足の膝を伸ばして身体を前に移動させることを意識しながら身体を運び。また、それと同じ要領で後退する足運びをしています。このとき、自然とどちらかというと身体は緊張してくるので、それに気がつくと一呼吸おき、身体を緩めるようにして続けるようにしています。

それではそろそろ散歩の出かけ、これが正しいかよくないか判りませんが、とりあえずいま散歩の途中でしていることです。
関連記事

教育勅語の原本

教育勅語の原本、半世紀ぶり確認されました。
昭和37年の「学制公布90年記念式典」で東京・銀座のデパート白木屋で展示されが最後、その後は所在がわからなかったが、平成24年、東京・上野の東京国立博物館の書庫にあるが確認されました。
おりしも、戦後の教育制度の改革や、教育委員会の責任の資材のあり方が問われています。また、少年の犯罪が凶悪化していると言われ、道徳教育のあり方の見直しが言われています。そのようななかで、下村文部科学大臣は8日記者会見で「教育勅語は軍国主義教育の象徴のように使われたことが問題だったが、戦前の教育における重要な文書であり国民が教育勅語の位置づけを学ぶことは大切だ」といっています。

教育勅語に書かれている言葉の読むと、当たり前のことがかかれています。
その当たり前の書かれている、12の徳目とされるのは概ね次のようなことでしょう。
1.親を尊敬しめんどうをみる。
2.兄弟姉妹は仲良くする。
3.夫婦は互いになか睦まじ。
4.人はお互いに信じ合う。
5.恭儉己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)
6.自分以外の人を慈しむ。
7.勉学に励み職の技を磨く。
8.それは知識をつけ能力を伸ばすこと。
9.人格の向上に努める。
10.公益のためになる仕事に励む。
11.規範意識を持ち社会の秩序に従う。
そして最後に、
12.一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ。と書かれています。
国に危機があったなら身を挺して国のため力を尽くす、然すれて無限の皇国を支えられる。

教育勅語の中に書かれていることは以上のことです。
これを読むと、仏教観や儒教観などでなく、国学的な要素が強いようです。
勅語とは、天皇が大権に基づいて直接国民に発した意思表示ですから、天皇が元首である明治時代には、法律より天皇の勅語が上回るともいえます。
また、安部首は立憲主義は王制の時代に、王の権力を縛るものの考え方で、民主主義のいまの日本では、立憲主義は当たらないといっています。これは、憲法は最高法規で国家を縛るととする立憲主義は過去のもので、立憲主義を唱えるのは今の時代にそぐわないと言いたいのでしょうか。それはともかく、自民党の憲法草案は前文で天皇を元首として位置づけていいることを知っておきたいです。


教育勅語は明治二十三年の勅語ですから、この、12徳の善後の文を詠むと、国民は臣民とされ天皇に使えることが大前提になって書かれてます。
この教育勅語の個々は部分的に人として、世の中として当たり前のことともいえます。しかし全体の大きな流れとしてみると、人間としての象徴天皇と位置づけてある日本国憲法にはそぐわあないところがあります。私自身戦後うまれで教育勅語の教育を受けていませ。そこで戦後の民主主義教育を受けた者として、大日本帝国がどのように成り立っていったのかをしるために、教育勅語を読んでみようとおもいます。


この教育勅語の原本は、歴史的な資料として国立公文書館で、修復のうえ公開されるそうです。
それと同時に、現在は旧文部省庁舎の3階にある「情報ひろば」という文部科学省の今と昔をテーマとした展示室に展示されている、森有礼が明治19年に省員に訓辞した文書も同時に、公文書館に移管されるそうです。

その森有礼の「自警」には次のようなことが書かれいます。
「自警」(概要)
文部省は全国の教育学問に関する処でその責任重大である。
省の職務を担当する者は、専心鋭意その責任を尽くして、行政官吏の任を真っ当する。
そのためには、決して他の官吏と比べてはならない、ひたすら文部省の職務に熟達するこ、職務が出来たからと満足せずに常に上に進むよう努力し、殉職してもよいぐらいの気概でいることが必要である。

この森有礼の「自警」の言葉、文科省官僚だけにいえることではなく、他の省の官僚や政治家にもよく読んでもらいたいものです。また、わたしたち日々の生活のなかにも自戒としておければとおもいます。
関連記事

学んで思わざれば則ち罔し

論語に次のようにある。
子曰、學而不思則罔、思而不學則殆。
             為政第二

子曰、学んで思わざれば則ち罔(くら)し、思うて学ばざれば則ち殆(あや)うし。

孔が宣まわれた、学問を学びながら思考しなければ、本当に物事を理解する事などは出来ない。もし学ばずに思考すれば独り善がりに陥って当てにならないものになってしまう。


科学などの学問の論文も、一つの筋を論理的に通して一つの説をあらわすことですが、それを都合のよいところだけ見せたり、他説を無視して自論を通そうとするのは、科学や学問とは違い妄想や戯言だと言われても仕方ないことです。

これは、昔から学問の学び方は、斯くあるべきと言われてきていることです。

中庸 第二十章には、「博くこれを学びて、審かにこれを問い、慎んでこれを思い、明かにこれを弁じ、篤くこれを行う。学ばざるあり、これを学んで能くせざれば措かざるなり。問わざるあり、これ問うて知らざれば措かさるないり。思わざるあり、これを思うて得ざれば措かさるなり。辨じて明らかならざれば措かざるなり」。とある。そしてさらに「一たびこれを能くすれば、己これを百たびし、人十たびこれを能くすれば、己これを千たびす。果たしてこの道を能くせば、愚と雖も必ず明らかに、柔と雖も必ず強なり」とあります。

ものごとを学ぶ時は、細かなところまで注意深しらべて、過ちがないようにしなければならない。その上に理解しきれないところは問う必要があり、注意深くそれを思索し、義利の辨・真実と虚妄をしっかりと見分けないと毫釐の差は千里となってしまう。そして疑問に思ったことは中途半端に納得するのではなく、徹底的に納得するまで、探求し研究に取り組まなければならない。
そして、人が一するなら百し、人が十するなら千して始めてそれが成し遂げられるものだ。とざっと中庸に書かれていることはこのようなことでしょうか。

最近、世の中便利になり食品はレトルトやインスタントが大流行です。卒論論を書くのも自分で研究するのではなく、インターネットで調べそれをコピペをしてしまう時代です。
世の中の出来事を見るのも、ワイドショーのニュースや2チャンネルなどの書き込みを見て、自分の考えの合うところだけを取り込んで思い込んでしまう人が増えているようです。

ない事も基本に帰り初心を忘れずに取り組んでいくべきことなのでそしょう。
関連記事

ニュースから

ルワンダ虐殺
1994年4月6日にワンダ大統領のジュベナール・ハビャリマナとブルンジ大統領のンタリャミラの暗殺をきっかけに、フツ系の政府とそれに同調するフツ過激派によって、多数のツチとフツ穏健派が殺害されたものです。正確な犠牲者数は明らかとなっていないが、およそ50万人とも100万人とも見られ、すなわちルワンダ全国民の10%から20%の間と推測されています。ルワンダで大量の虐殺起きて20年になり、大量虐殺20周年の追悼記念催されてました。そして、そのなかで虐殺された側が虐殺した人を赦すことにより、いま国民の融和が進んでいるようです。
この大虐殺は、外部の人から見ればおよそ見分けがつかないフツ族とツチ族との間の抗争と憎しみがエスカレートしたものがジェノサイドと発展しものと見られています。*ジェノサイドとは、1944年、ユダヤ系ポーランド人法律家のラファエル・レムキン(英語版)によって創られた造語、一つの人種・民族・国家・宗教などの構成員に対する抹消行為をさします。
ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺(ホロコースト)に対して使われたことから、「大量虐殺」の意味で使われる。国外強制退去による国内の民族浄化、あるいは異民族、異文化・異宗教に対する強制的な同化政策による文化抹消、また国家が不要あるいは望ましくないと見なした集団に対する断種手術の強要あるいは隔離行為など、あくまでも特定の集団等の抹消行為を指す。
この虐殺は、互いの勢力がラジオの放送やニュース報道を利用して、互に憎しみを増長させそれが虐殺を深刻させたものとみられています。ニュース報道一つが誤解や憎しみを生みだしていく一つの例といえます。

そういう意味で、最近の日本の排外的風潮、なかでも在日特権を許さない市民の会(在特会)などの行いもジェノサイドと言えます。また、週刊誌や新書本などで、極端な過激な嫌韓や嫌中の本が刊行されているのも気になります。
過去に、関東大震災の際、同じ地に住む隣人の朝鮮人を虐殺したことがあり、朝鮮半島併合や満州帝国の樹立のなかでも、現地の言葉の使用を禁止し日本語を押し付けたり、日本名の改名させたりした¥て日本文化を押し付けたことも一つのジェノサイドの定義に合致するでしょう。
国際的には、それらを禁止するジェノサイド条約がありますが、日本はまだその条約に署名すらしていません。


////
フィリピン沖で今、頻繁に熱帯低気圧が発生しているそうです。地球の温暖化の影響もあるとみられています。そして、熱帯低気圧だけでなく、高潮の心配もあり、海岸沿いに生活している人や、水上生活者などは深刻な影響を受けそうです。地球温暖化やそれによる異常気象などは、今まで温暖化効果ガスを排出し続けてきた国や、経済成長をとげ新たに温暖化効果ガスを排出するくには、これらの、異常気象などに対してどのような責任が問われるかというと、それらの国々の責任は曖昧にされていくようです。


////
地球の内部に、地表にある水と同程度の量のみずがあると言う説が発表されそうです。
12日、英科学誌ネイチャー(Nature)に、地球内部のマントルに大量の水が貯蔵されていることを示す希少鉱物を発見したと発表された。地表から深さ400~600キロメートルの層に、地球上の全海洋水に匹敵する膨大な水が蓄えられている可能性があるそうです。
「巨大地下水脈」の証拠として示したのは、水を多く含む性質を持つ鉱物「リングウッダイト」で、地球の上部マントルと下部マントルの間に挟まれた「マントル遷移層」です。
発見に繋がったのは、2008年にブラジル・マトグロソ(Mato Grosso)州のジュイナ(Juina)の小川の川床で、鉱物資源を採掘していたアマチュアグループが発見したブラウンダイヤモンドの原石で、ダイヤモンドとしては全く商品価値のないもですが、鉱物調査していた科学者が調べたら水分が含まれていることがわかったそうです。


////
オーストラリア西沖でマレーシア機のブラックボックスのバッテリーが切れ、電波が探知出来ない期限がすぎました。しかし、まだ一抹の期待をもって捜索が続けられています。オーストラリアと中国が受信したと言われています。しかし、まだ多くの国が捜索に協力しています。

////
政府は原発は重要なベースロード電源と閣議決定しました。東京電力福島第一原発事故後、民主党政権の「原発ゼロ」から大きく方針を転換することになる。
原発は、発電コストが安く、昼夜問わず安定して動かせる電源として、石炭火力とともに重要電源としています。
原子力規制委員会が安全と判断した原発は、再稼働することを明確にしました。太陽光や風力などの再生可能エネルギーの導入などで「可能な限り低減させる」としていますが、エネルギーの安定供給やコスト面から、理想を夢として現実離れしていると否定したことにもなるのではないか。
想定外のことが起きても、原発事故が起きないようにどうするのか。事故が起きたときに地域の住民をどのようにまもるのか。国はその対応を地域に押しつけるのでなく、国が責任を持ってその処理をどうするかが大きな課題です。いつ起きるか判らないからと疎かにしないようだけは願いたいです。


////
少年法 厳罰化への改正法が成立しました。有期刑上10年を15年へ、不定刑の下限を上限が10年を超えるなら、半分以上へ、仮釈放を刑の3年後から、刑の1/3が経過してからへ、無期懲役以上の場合は上限15年から20年になりました。また、少年審判に検察官が関わる範囲も広げられます。被害者遺族らが少年事件は、成人と比べて刑が軽すぎると改正を求めていたことにようるものです。
今までの少年法は、少年は成人に比べて更生されるという理念から刑が軽かったものです。厳罰かはそれを否定おそれがあり、罪には教育より罰を持ってすると言う考えでになりかねないです。
少年犯罪の厳罰化にたいして、「少年犯罪被害当事者の会」一人は「反対の声もあったので、ほっとした」話していますが、恨みはらさでかの強化だけにはならないようにおもいます。
谷垣法務大臣は「今回の法改正は少年に対する科刑を一律に引き上げて厳罰化を図るものではない。現在、少年に対する不定期刑は上限が10年だが無期懲役との間に差がありすぎて、『なだらかな科刑ができない』という声が裁判の現場からも聞こえていたので、少年に対する適切な科刑を可能にするものだ」と述べています。
日本弁護士連合会の村越進会長は、「未成熟な少年にとって長期の刑罰を科すことは社会復帰を困難にし、再び罪を犯すリスクを高めるおそれがある。『国選付添人制度』の対象が拡大されたことは大きな前進だと評価できるが刑罰の適用は少年の更生と再犯の防止に十分配慮すべきだ」という声明を出した。


////
中学運動場で、男性の焼死体がありました。焼死体のそばにライターと携行缶があったそうです。自殺にしろ他殺にしろ教育機関の敷地ないでの事件で、生徒への心理的影響が心配です。その中学校は生徒と教職員計171人全員が無事、11日は臨時休校しましたそうです。当該の教育委員会の適切な生徒のケアが望まれるでしょう。


////
憲法9条が、ノーベル平和賞候補に選ばれました。。
「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会が、ノーベル平和賞を推薦していたが、ノルウェイのオスロのノーベル委員会から推薦所を受理した連絡が入ったと連絡があったそうです。これは、正式にノーベル賞候補になったことになるそうです。
「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会事務局は「受理されてうれしい。受賞者は個人か団体となっているが、受賞者を日本国民としたことを委員会は受け入れてくれた。これで日本国民一人一人が受賞候補者になった」と話しています。


////
沖縄県の八重山地区(石垣市、竹富町、与那国町)で、竹富町が異なる中学公民の教科書を使っていることに対して、国からの是正要求に対して、竹富町教育委員会は11日、不服審査を申し立てないことを決めた。
「審査のために膨大な労力が割かれ、教育現場が混乱しかねない」とした。また、教科書は変更せずに東京書籍の教科書が使われるそうです。このことに対して、国は町を相手に裁判を起こす可能性が起きてくる。
下村博文文部科学相は11日の閣議後の記者会見で「八重山地区が一体となって共同採択することが法の趣旨からみて望ましい」と述べ、竹富町教育委員会を牽制しましています。

////
ブラジルではワールドカップ開催に対し、反対の声が上がって挙いる。サッカー大国ブラジルで、ワールドカップ開催に異をとなえるのは、それよりも国内の問題を解決すべきではないかという庶民の声でしょう。教育の向上や生活への施策にもっと目を向け投資すべきといものです。
ブラジルでのワールドカップ開催が決まった当初は、ブラジル国民は興奮にわきました。それによりワールドカップ開催に全力が投入され、国民生活を守る施策は疎かにされたようです。
日本の東京でのオリンピック開催に向けて、国民の目がそちらに向いています。東北の大震災と津波への復興、福島での原発事故ごの、地域への事故処理と住民の生活を守ることに対して、関心が薄れてきている面もあるようです。また、景気回復のため大企業への投資は順調のようですが、格差拡大して零細企業や低所得者へ、労働環境や雇用対策へのとりくみや、教育、福祉への支援取り組みを優先して、ブラジルの二の舞にならないようにしてもらいたいものです。


////
国内の亀のうち、その1/3が外来湯だそうです、しかもそのほとんどがミドリガメといいます。私の若いころは夜店でミドリガメが大量に売られいました。
そのカメが大きくなり飼うのに面倒になり、川や池に捨てられてしまたものでしょう。いまは、日本のどこにでも見られるセイタカワダチソウは、園芸用として輸入された北アメリカ原産の帰化植物です。
今も、外来のペットや、外来の植物の新しいものが沢山入ってきています。これから、第二第三のミドリガメやセイタカアワダチ草が出てこない取り組みが必要でしょう。


////
政府は2020年までに、人が自動車のハンドルを持たなくても完全自動化走行する技術を確立し、2030年に普及させたいと目標を定めたそうです。自動車事故をなくすためとしますが、電車のように軌道上のレールを走るのではなく、一般道路での自動運転は本当に事故が減るのでしょうか、私は増えるようにおもうのですが。
また、朝目覚ましで起きて、電動歯ブラシで歯を磨き、自動炊飯器で炊いた飯をたべ、タイマーでセットした全自動洗濯機で洗った服をきて、自動運転で会社にいき、・・・・・。なんだか息苦しくなってきた。
関連記事
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

記事の整理棚
禅 (2)
最新の30の記事
月別の過去の記事
03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   09   08  
単語による記事検索
竹林の過去の戯言のタイトル

過去の記事タイトルを100件づつ表示します

記事へのコメント
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    竹林泉水 (03/18)
    今一度野田首相が宣言したように、安倍総理は原発事故は収束したと本当は言いたいのでしょう。政府は必ず嘘をつく、それは、オリンピックの施設建設や、豊洲市場もそうです
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    アジシオ次郎 (03/18)
    おはようございます。

    今年の東日本大震災追悼式典で福島第一原発事故に言及しなかった安倍総理だが、未だに原発事故処理が解決していない、避難区域解除も進んでいな
  • マンションの挨拶禁止
    竹林泉水 (03/13)
    アジシオ次郎さん
    コメントのお返事大変遅くなり申し訳ありません。
    いまのよのなか、スマホが行き渡り本当におかしくなってきた感じですね、友達と集まってもみなそれぞ
  • マンションの挨拶禁止
    アジシオ次郎 (03/01)
    こんにちは。

    マンションで挨拶禁止って、正直近所づき合いを否定するようなものだし、挨拶をしっかりすると言う人としての常識に思いっきり反する行為だと思います。
  • これからの世界のゆくへ
    竹林泉水 (02/20)
    わたしには、トランプ大統領のメディア批判は、日本の首相を見習っているように思えてしまいます。
    アメリカは自由と民主主義国の国でこのようなことはないと思っていまし
  • 軍隊は国民を守るにあらず国を守るもの
    竹林泉水 (02/20)
    コメントありがとうございます

    自衛隊法にどのように明記されていようが、文官と武官との考えの違いはあるのではないでしょうか。
    栗栖弘臣の言ったことは、上級指揮官
  • これからの世界のゆくへ
    アジシオ次郎 (02/18)
    こんにちは。

    アメリカのトランプ大統領のメディア批判は、自分に都合の悪い話をする者はケチョンケチョンにこき下ろすと言う子供じみた言動にしか見えないが、自分に
  • 軍隊は国民を守るにあらず国を守るもの
    まり姫 (02/07)
    自衛隊法第三条に人命救助をする仕事として書かれていますよ。
    主たる任務ではないけれど、副次的任務としてきちんと規定されています。
    元統合幕僚議長の述べていること
  • 世界の民主主義が行き詰
    竹林泉水 (01/26)
    以前から時々コメントされるのですが。
    コメントを投稿されても、ロシア文字のような文字化けや、タグを書き込みそれがそのまま表示されるコメントがります。

    そのよう
  • 記事へのトラックバック
    ブロとも一覧

    うたのすけ

    mikazuchisunlight

    荒野鷹虎

    海空居士

    紀瀬美香

    marihime

    お父さんの旅

    キラベル

    silver camellia

    kbrkのつぶやき

    魚京童!

    俊樹

    アジシオ次郎

    ほんわか?絵日記

    吾輩と旅と副業

    Chronos Moon

    ざっくり読書感想文

    Taiwa Sato

    びとら

    Resale Japan

    QWERT 5w1h

    (o ̄∇ ̄o)♪

    HIROGACHAN+

    しんのすけたろ
    ブロとも 申請フォーム

    竹林乃方丈庵のブロとも申請はこちらからです。

    Webページへのリンク
    Powered By FC2ブログ

    今すぐブログを作ろう!

    Powered By FC2ブログ

    今日の暦と天気

    日めくりカレンダの説明

    ■2016年旧暦 日月の出入■

    03 | 2014/04 | 05
    --12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    27282930---

    ★☆今宵の夜空☆★

    NHKらじる★らじる
    大阪東京第2FM大阪
    何の日



    ご訪問ありがとうございます
    竹林泉水のTwitter
    FC2掲示板
    [ブログ記事へのコメント 掲示板のレス 感想など]
    ■□FC2のブログ□■
    _/_/_/竹林乃方丈庵を_/_/_/
    _/_/_/ リンクに追加 _/_/_/
    □■□■徒然諸諸■□■□ □■□■心の時代■□■□ □■□■息身心/健康■□■□ ----- □■□■厚生福祉■□■□ □■□■その他■□■□
    □■FC2以外のブログ■□
    諸諸 徒然 「身・息・心」 こころの時代
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR