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宇宙人の存在

27日の朝日新聞の「ニュースがわからん」に、アメリカの『エリア51』という秘密基地のことが載っていました。

アメリカネバダ州の砂漠にある米軍基地で隣には核実験場があるそうです。今までアメリカはこの施設の存在を否定していましたが、この秘密基地は公然の秘密の存在だそうです。しかし、6月に開示されたCIAの機密文書のなかで、「エリア51」の存在のことが書かれいということです。冷戦時代のソ連の高高度の偵察機U2型を監視する施設だと説明しているそうです。しかし巷では「地球に不時着したUFOや宇宙人を研究している」と噂されているそうです。
この話を聞いて、もともと1947年アメリカ合衆国ニューメキシコ州ロズウェル付近で墜落したUFOが米軍によって回収したと噂されているロズウェル事件でがあります。この事件は世界で最も有名なUFO事件の一つとされていますから、U2型の監視より、UFOやエーリアンの研究と思われても仕方ないでしょう。
その上、「エリア51」という施設は、今も絶対の秘密で近くに近寄ることすら禁じられ、近づく者には銃での発砲も辞さないとされているそうです。ますます、UFOの研究施設臭く思ってしまします。

この、新聞記事を読んで、アメリカの人気SFテレビドラマの「スタートレック」の「ディープ スペース ナイン」シリーズの一つのエピソードを思い出しました。
日本名「フェレンギ人囚われる」です。
この「フェレンギ人囚われる」はフェレンギ星の宇宙人は、商売のことしか頭にない宇宙人ですが、そのフェレンギ人の少年が地球などが中心になる惑星連邦の士官養成学校のアカデミーに入学するこため、地球に向かっていく途中でタイムスリップにあい過去の地球にいってしまうものです。そして、エイリアンとしてアメリカ軍の施設に捕らわれて尋問されるエピソードです。そしてもとに時間に戻るのに、水爆の実験の時にでるエネルギーを利用して帰るものです。

本当に地球に宇宙からの知的生命体のエイリアンが訪れるでしょうか、私ははなはだ疑問におもいます。
何れにしろこの広い宇宙に、地球以外にも生命が存在しているでしょう。また人間のように高度に知能が発達した生命もいるでしょうし、人間よりも科学技術が高い知的な生物も多いでしょう。しかし、遠くの星から地球まで訪れる可能性は限りなく低いと思います。一つはその知的生命が自分の住んでいる星の重力から解きはれるのは大変なエネルギーをつかうことです。もう一つは星と星を移動するには限りない時間がかかります。

しかし、この限りなくあり得ないことに、国が真剣調査しているのもアホらしいこととともに夢のある面白いことでもあると思います。

みんなは、宇宙人の存在をどのように思いまた、宇宙人との接触やコンタクトをどのように考えているのでしょうか。
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テーマ : 星・宇宙
ジャンル : 学問・文化・芸術

10月 別名「神無月」

今日からカレンダーでは、10月です別名「神無月」といいます。旧暦では今年は、11月3日です。

「神無月」は日本中の諸々の神が出雲大社に集まり、諸国の神がいなくなるからとされています。
先日、伊勢神宮の遷宮の式が行われています。これも9月から、10月2日には遷御という遷宮斎の中核となる祭儀が行われるのですが、神さまが出雲大社に出かけて間に行うのは何かあるのでしょうか、それとも旧暦で暦をみているのでしょうか。

それはともかく、この秋も正倉院展を見に行くつもりですが、平成27年に春日大社の式年造替がありますが、ついでに古都の寺や神社にもお参りしてこようと思っています。
ところで、春日大社は同じ場所になので遷宮ではなく式年造替です。なぜ20年に一度なのかというと、御殿の御屋根は桧皮で葺かれていますが、その耐用年数が20年程度で、建築技術の継承という見地から宮大工の技術は特殊で、その技を代々引き継ぐのに20年ぐらいよいともいわれています。


春日大社は造替といっても現在は新たに全くの建て替えでないそうです。なぜかと言うと御本殿が国宝に指定され、諸社殿もほとんどが重要文化財に指定されているので、文化財保護の法律によって新築にできないそうです。だから、御屋根を葺き直したり、御色を塗り替えたり、傷んだところを修理したりする程度だそうです。それを考えると神様としては、なまじ国宝や文化財に指定されて、社殿を新しくしてもらえないので迷惑しているかもしれません。
となると、伊勢神宮の社殿は国宝や重要文化財に指定されることは永遠にないし、世界遺産にもなることはないのですね。
ただ、宝物や周囲の自然やその、神宮の環境の在り方などは、文化遺産としては指定されているでしょう。
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木挽きでの身体の使い方

先日、NHKテレビの「おはよう日本」を見ていると、日本の「木挽き」職人が殆どいなくなってきている。このままでは木挽きの技術が廃れ伝承できなくなってしまうと危惧されています。そこで職人が木挽きの技術を伝えようと、体験教室を定期的に開いているところに、一人の小学生の女の子が来たそうです。
その女の子が木を挽いている映像が映っていました。「木挽き」の体験教室を開いている上林歳明さんとの映像をみると、その少女は身体がぶれないで非常に上手に挽いていました。
その指導している上林歳明さんの話では、この子は教えないでも始めから上手だと話していました。そして、その少女は木挽きが面白いと度々訪れるそうです。

木挽きとは、大きな専用の鋸で、大きな大木を板状に製材する職人です。木の大きさや板目にきる木口に切るなどで、それぞれ鋸を使い分けていきます。
ホームセンターなどで買ってきた幅20センチぐらいの板を、目的の寸法に切りでも四苦八苦している人がいます。木挽きは数メートルの木材を、鋸一つで一枚の板に仕上げます。切る角度が少しでも狂うと、鋸は板に挟まり動かすことが出来なくなります。鋸が少しでも歪まないようにきるのですが、それには身体の軸がぶれない使い方しなくてはなりません。

葛飾北斎の富岳富岳三十六景に「遠江山中」があります。
  葛飾北斎の富岳富岳三十六景に「遠江山中」
  http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/f5/954530720f1bf1cd1302b2339d5f77ea.jpg

上の浮世絵は、日本男道記さんのブログにリンクしたものです。
http://blog.goo.ne.jp/4126nk/e/14434f35b7ef2ca58f579cdc0dd8f0bc


先の勉強会体験教室の話に戻りますが、その少女ですが、「大きな木を切るのは楽しい」と行っていました。それは身体をぶれないように動かすことの面白さ爽快感やその楽しさを感じているのでしょう。この女の子は、身体を動かす動作に対しての興味も持っているのでしょう。またその子の日常の所作もきっと美しく、運動能力も高いものだと思います。

記事を追加しました。

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介護を成長産業に

最近は何でも金儲けにつなげて考える。
「介護を成長産業に」の掛け声もそうです。
介護事業に参入する企業を増やし、互いに競争させることによりサービスが向上し質も高くなると言う論理です。
しかし、私は重度重複身体障碍者の福祉に関わってきたことを振り返ると。身体障碍者や高齢者介護は、非常な重労働であり、介護支援の知識と経験も必要です。また、専門的な知識は、福祉や介護のことだけでなく、精神的なサポートもしなくてはなりません。それ以上に重要な生活解除や介護の中には、医学的医療的知識や経験が必要なものもあります。食事の介護は嚥下や咀嚼の昨日が未発達だったり衰えて弱くなっていると、一歩間違えると誤嚥し、肺炎になったり窒息する事もあります。
また、人工呼吸器をつけている人、尿を出すのに導尿の介助、経管栄養、吸入や吸引を必要とする人もいます。これらは医療的行為で、医者の指示を受けた看護師しか出来ないものです。
しかし、それらが必要としている施設では、その現場で働いているスタッフがおこなっています。それは非常な精神的な負担になるものです。しかし、それらの人の賃金は非常に安いものです。

今後高齢化がすすみ医療的ケアが必要とする入所者が増えてきます。そのような中で利潤追求の業者が参入することにより、小さな良心的な事業者は潰れていき、効率のよいところだけが生き残るでしょう。そうなれば、そうすれば介護施設の質は低下し、場合によれば医療的ケアの介護ができないので、退所を迫られることもあり得るでしょう。

いま、介護施設や老人ホームなどをファンドが買っては売るころがしえいる事例が増えているそうです。
老後を楽しみ終わりの住みかとして選んだ施設が、施設管者がころころ変わり、提供される介護サービスもころころかわる。これにより困るのは入居者・利用者です。ファンドなどが参入し、採算と効率を最優先にされて、介護事業の質が落ちてしまいます。そうなれば楽しく将来に希望を持って生きることはできなくなります。
食事時になれば給食がでるだけになると家畜と同じではありませんか。

すくなくとも、介護などの福祉分野への野放図なファンドの投資や参入は法的に規制すべきでしょう。
何でもかんでも効率と利潤を求めてそれでよしとする時代は過去のものと思っていましが、形をかえ其れは現代でも生き続けているようです。利潤追求は資本主義社会では正当なことです。それはよいが、消費者や国民が安心して生活出来るように国が企業や団体を監視・監督・指導するのが、現代の資本主義社会です。
それなのに、規制緩和で国際競争力を付けるというのは、企業の成長のため国民を踏み台にしないがしろにしていると言わざるをえないです。
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天台小止観を読んで 4-3-4

天台小止観を読んで 4-3-4
心構えについて書こうとおもったが、もう一度坐禅の入り方を復習してみる。

天台小止観の第四の調和の中の「身息心」この三つは別々に語ることが出来ないものでとありるが、特に息について自分の感じていることなどを、この天台小止観に枯れていることから離れながらもかいてみた。

これから、坐禅の仕方につていその具体的に書いてあることを、改めて読んで行こうと思う。

坐禅を始めるのその座る場所は、心が落ち着き邪魔されない場所を選ぶように書いている。騒がしい場所や来客で坐禅が途中で中断せざる終えない処はよくないと言うことです。
そして、姿勢を正して座ることで座り方は、半跏趺坐また結跏趺坐ですると書いてある。
その坐り方は、左足を右腿の上に乗せ、踵を股につくくらいまで引き寄せる。結跏趺坐の場合はさらに、右足も左の脚の上に置く。
この脚の組み方が正しく出来ているかのチェックポイントは、両膝を床に着き尾てい骨の三点で三角形を作る。
身体の纏っている
衣帯をゆるめるが身体からずり落ちてしまわないようにする。
次は手の置き方は、左手の掌を右手の上に置き、両手をかさねて相対にしゆったりと、左脚の上に置き、身体に引きつけて、下腹に当ておちつける。いわゆる法界定印の相に組む。
これでいよいよ坐禅の瞑想に入っていくのですが、身体の軸を真中心に置き、身体を振り子が振るように左に右に前に後ろに七八回振って自然に止める。これは自分の身体が一番落ち着くところを探すためです。
そして、手足など身体の節々の間接に余分な緊張や力が入っていないように心がける。そのためには、全身を端正にし、脊骨をまっすぐにして、身体が前のめりになったりそり返っていないかチェックする。つぎに頭・頸を正しくする。鼻と臍が垂直線上にあるようにし、それが偏らず斜めにならず、顔をを平らかにして正しくする。
これが姿勢の取り方であり、身体の弛め方になります。

次に呼吸のしかたです。
口を開き、肺の中にある汚れた空気である穢気を吐ききります。息を吐くのも物理的に肺の中にある汚れた二酸化炭素を吐くのではい。そのときに、自分の身体の具合が悪いところに滞っている気も一緒にはき出て行くイメージを作ることです。次に口を閉じ鼻から新鮮な空気とともに、精気が入って身体の隅々に行き渡るイメージを描く。このイメージ呼吸を何回か繰り返し、心の中が落ち着いて心身が調和しているかを確認する。
調和していることが実感できると、口を閉じて鼻から吐き鼻から吸うようにする。
唇と歯をそっと相合わせ、舌は上の歯の付け根の処に当たるようにし、上顎に舌を向けるようにする。
つぎに眼は半眼といい、わずかに外光を断つ程度でに目をじます。床2メートルぐらい先を見る程度です。もう一度坐り方を確認し端身正坐します。
身体のお尻から床を突き抜けて、碇を降ろしたようにどっしりとさせる。碇のごとくあり、身や首や手足を細かく動くようだと、もう一度始めからチェックしてみて出来ていないところを直していく。
これが禅定に入るときの、身を調える方法である。要諦は「寛ならず急ならざる」でこれが「身・息・心」の調った相である。
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天台小止観を読んで 4-3-5

天台小止観を読んで 4-3-5

9月4日に、「天台小止観を読んで 4-3-3」で呼吸について書いたが、改めて読み直して考えてみる。

坐禅に限らずどのようようなことでも呼吸は大切だとよく言われます。
スポーツはもちろん、歌をうたうこと、舞踏などでも呼吸が重要だと言われています。
また、人と話すときでも相手のペースに飲み込まれるのを防ぐことができます。

天台小止観では、呼吸のあり方には四種類あるといっています。
一に風、
二に喘、
三に気、
四に息。
風・喘・気の呼吸は乱れていてよくなく、息の呼吸が調った呼吸でよいとされている。

風といわれる状態続けていると、気が散って集中できない。息をしているとき、息に出し入れに鼻のところで音がする呼吸の状態です。
喘といわれる状態の呼吸を続けていると、心が塞ぎ気分がふさぎ憂鬱になりやすい。息をすると、鼻からの呼吸の音はしないが、息の出入が滑らかでなく滞りや途切れることがあ状態です。
気といわれる状態の呼吸を続けていると、疲れがでる。息をしする音もなく、息が滞ることもないが、呼気と吸気が滑らかでない状態です。
息といわれる状態を続けていくと、心が落ち着いて次第に気持ちが落ち着いて何事にも惑わされず定まってくる。息をするとき音もしないし、息が途切れたり滞ったりする乱れもなく、粗くもなく、出入りが同じ調子で絶えることなく続いていて、息をしているのかしていないのかわからないようになり、身を資けて息に変わったことがなく穏やかになり、よい気持ちにななってくるの息です。
要は風・喘・気の三つの呼吸は、調わない悪い呼吸で、坐禅をするうえでは、集中できず煩悩が沸き起こったりして心も定まりにくい呼吸です。

ここからは、9月4日書いた再掲です。
・風の呼吸とは、鼻で息をするときに空気の出入りする音がする状態です。普段でもスースーとかヒューヒューとか音がする人がいるがいます。ゼーゼーと苦しそうな音がするのは、、咽喉周辺の炎症や心臓、や気管支などに異常があると言われています。ヒューヒュー音がするのは気道が敏感に反応して気管支の筋肉が緊張して収縮して気道が狭くなっているかもしれません。
そして、このような音が少しでもすると、気が散り気持ちを集中させることはできないといわれます。鼻息が荒いいう言葉があるが、気性の激しい人や興奮しやすい人などをさそます。集中心や穏やかな心が欠けている状態といえます。つまり、まだ禅定に入る心の準備ができていないともいえます。坐禅をしないといけないと呼吸の意識しすぎると、逆に呼吸が乱れて余計に鼻息が荒くなり音が出てしまうこともあるでしょう。風の相と気づいたときは、鼻からゆっくり息を吸い込んで、口を窄め口から少しづつゆっくり吐き出してゆくと、呼吸が落ち着いてきます。私はそれを練習するときは、ストローを咥えストローから息を吐きます、そうすると口からより鼻からより少しづつ息を吐くことができます。このとき無理に息を吐こうとしてはいけません。息苦しい時はストローの太さを太くして少しづつ細いのに換えればいいです。紙パックについているストローなどは細すぎます、私は最近それで練習していますが・・・・。

・喘の呼吸とは、呼吸するとき音はしないですが、息が滞ったり途切れたりするもので、呼吸をするのに意識し過ぎたりすると起きます。ヨーガなどの練習で呼吸を意識し過ぎて途切れる人がいると聞きます。そのときヨーガの身体の動かし方と呼吸の仕方のバランスが崩れるからでしょう。このときは身体の動かし方より呼吸の方を優先して穏やかに深い呼吸を意識するように言われているようです。
これと同じように、息が途中で途切れたり、ゆっくりと息をすると息苦しくなって、呼吸が滑らかな状態を保つことができなくなると、心が乱れて落ち着かなくなり雑念も湧いてきます。そのようなときは、坐禅をするのだという意識を棄て、平らに息をするのだと心もを落ち着けることでしょう。

・気の呼吸は、呼吸するとき音もしないし、息の滞りなどないが、息の出入りが滑らかでない状態でしす。滑らかでないとは一定の規則唯いいリズムでないことでしょう。その状態を続けると、やがて疲れがでて呼吸をしようと頑張りすぎると、息をすることに集中しすぎて、腹に力が入りすぎたりして、身体に全身に力が入っていたりしまいこれもよくないものです。前の二つはどちらかと言うと外的なものもあるのですが、この気の呼吸は自分自身の意識の持ち方に在るようです。何事も頑張り過ぎないように凡凡とすることが必要なのではないでしょうか。


「息」といわれる呼吸を続けるには、気持ちを落ち着けて、体の下の方に気が落ち着くのをイメージする。身体を広く解き放ったイメージを持つ。三には、気が偏り無く隅々に行き渡り全身の毛孔から出入りしていくのを感じる。そのイメージや気を持つことを、疑い邪魔するもの心に思い浮かべことが大切で。それをして続ければ自然と息も微然となり、息が調え患は生じず、坐禅の中に入っていける。
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神戸海洋気象台がなくなる

神戸にある日本で最古の「神戸海洋気象台」が気象庁の組織改編で、93年続いた名称が「神戸地方気象台」に変わるそうです。
神戸港はかつて日本最大の港で、地元海運業界から港の霧などの予報をする海洋気象台が求められて、神戸海洋気象台が設立されたそうです。
設立当初は外洋を航行する、日本の商船から甲板で測った風向や気温、潮流などのデータを寄港地から報告もらって業務をしたそうです。そのご独自の観測船を持ち、神戸海洋気象台が独自に観測してきました。今は、レーダーや気象衛星などの観測で、1960年以降は観測船での観測の存在も薄れてしまっているようです。
いまは、海洋気象業務は大阪管区気象台が受け持っているとのことです。
今の気象観測は神戸港の点ポイントで行われるのでなく、近畿の中の一つとして、日本のなかの一地域として、東アジアの中の一つとして、観測され予報がだされます。観測方も気象衛星など、グローバルで行われ予報もそのように行われています。しかも観測点は今まで以上に多く細かくなり、予報精度が上がり局地的な予報も可能になってきました。
この気象業務が一元化されることは、いまの多様化し複雑化した中では非常に重要なことで、日常の生活にも欠かせないものです。

ただ、寂しいのは身近なものでなくなってしまうことです。海洋気象台の設立当初は、外洋を航行している船に観測してもらいそれを報告してもらった。なんとのどかなことでしょう。その次に独自の観測船を持って観測していた。人の手で地道にデータを集めていました。それが気象観測衛星の制度と技術の向上で、人の手で地道に集める気象データなど、それらの役割が以前とは替わってきているのは寂しく思うのです。
海洋のことだけでなく、農作業をするとき、山登りをするとき、ヨットで外洋にでるとき、これらは気象情報はこれからどうするかを判断する上で非常に需要なものです。ただ、発表される気象情報以上に大切なことは、自分がいま肌で感じている気象の移ろいです。

何でもかんでも、中央集約したり中央管理されていくのは、時代の流れかもしれませんが、ローカルなものや不効率な手作業なども残しておいてもよいのではと思います。

時代遅れな考えかたかもしれませんが・・・・。
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生活インフラ

現代の街は都会に限らず、道路や橋などインフラの維持・管理がこれからの大きな課題となっています。
橋や道路など作ることを最優先されてきていました。
有料道路の通行料も維持管理の使われるより、建設費の償還と新しく道路を作ることに重きが置かれていました。しかし問題は必要性より道路を作るために道路が作られていました。それによりゼネコンが儲かり自然破壊がなされ、作られた道路はあまり利用されていないものがります。
半世紀前ごろから作られた、橋や道路などの老朽化により、中には今にも崩壊しそうなものもあると言われています。

昔のインフラの構造物には、大がかりなものでなく、それを利用して使っている人が、ときどき点検し修理して維持管理することができるものでした。しかし、今の道路や橋などは大がかりで維持管理も専門的な知識が必要で、維持する経費や補修する費用も莫大なものです。
私が小さいころ育ったのは都会の近郊の住宅地でしたが、生活道路である家の前の道は、土ではれた日が続くと土埃がたち雨がつづくと水たまりができ、車の通行量の多いところで轍ができていました。しかし、いまは日本の殆どの道はアスファルトで覆われています。アスファルトの道により、水たまりはなく土埃も立たないので、生活は非常に楽になっています。しかし、道路の管理などは自治体にすべて任せになってしまいます。

このことはアスファルトの道に限らず、他の生活インフラもおなじことです。そしてことは、日本に限らず経済発展して便利な生活を送れるようになった、国や地域はどこも同じでこれから深刻な問題になってくるでしょう。

これから人はどのように生きたらよいのか、一人の人間として考ええてみたいし、宇宙船地球号に生きる一つの生命体とし、自分たちのあり方を見直して生きたいと感じます。
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ユネスコの世界文化遺産

先日の朝日新聞の「ニュースがわからん」に世界文化遺産のことが紹介されていました。

世界文化遺産に「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」が日本からの推薦になりました。もともと文化庁や文化審議会は「長崎・熊本の教会群とキリスト関連遺産」を推していました。世界文化遺産への推薦は今まで文化財保護法指定されて保護されているのが条件だった。しかし政府は文化財保護法に指定されていなくても、保護されていれば推薦できるように変えたことにより、「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の推薦が決まったそうです。明治以降の重工業の産業発展に大きく寄与し、今の平和で高度に経済成長を果たした礎ともいえるもので価値のあるものでしょう。ただ、官房長官の政治判断で決まったそうです。なんだかしっくりしないですね。
「長崎・熊本の教会群とキリスト関連遺産」はいわゆる隠れキリシタンの遺産です。長崎・熊本の地域や民衆の信仰心を知ることだでき。またそれを脈々と息づき伝統を伝えてたことは、日本人の敬虔な心に改めて誇りに思えるものでしょう。来年は是非ともこちらを推薦してほしいものです。


数年前に世界記憶遺産に「山本作兵衞の炭坑画」が指定されました。この世界記記憶産は国が推薦できるだけでなく、民間の団体も推薦申請ができるものです。日本政府は『鳥獣戯画』や『源氏物語絵巻』などが候補として挙がっていたが国宝である『御堂関白記』『慶長遣欧使節関係資料』を推薦しました。しかし、ユネスコは福岡県田川市と福岡県立大学は共同で推薦した、山本作兵衛が描き残した筑豊の炭鉱画など約700点などが選ばれました。
「山本作兵衞の炭坑画」は明治維新後の日本の発展を支えた原動力の下での炭坑現場の労働者(炭坑夫・婦)のありのままの姿を書き残したものです。それは、採炭の過酷な労働と、労働や管理の生々しい姿を語りかけてきます。作兵衞は働いていた炭坑でのことだけでなく、他の三井三池炭鉱や三菱炭坑や麻生炭鉱などの別の炭坑の現状も一部紹介しています。

今回の推薦された世界文化遺産群は、ヨーロッパの20世紀初頭に生まれた、美術運動である未来派の機械による近代社会の速さを称え表現した絵をおもいおこさせます。それはちょうど安倍のミックスの一本の矢を象徴するにふさわしいものと思います。
「山本作兵衞の炭坑画」の絵と「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」を選ばれたことにより、文化文明の発展において、華々しい表の面と、其れを支える裏の面を対比して考えられることは、過去の歴史を学び考えそこから多くのことを学び、これからの自分たちのあり方を考える上でよいことでしょう。
もう一つの近代産業遺産にもなりうる、明治・大正期の養蚕業と富岡製糸場などの紡績業も推薦されて欲しいものです、記憶遺産としては細井和喜蔵の紡績工場で働く女性労働者の生活を克明に記録した『女工哀史』を合わせて推薦するのも非常に意味があることでいいことだと思います。

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飲食は薬の如く

「言志録(佐藤一斎)」につぎのようにある。

126
周官に食医有りて飲食を掌る 飲食は須らく視て常用の薬餌と為すべきのみ 「食は精なるを厭わず 膾は細なるを厭わず」とは 則ち是製法謹厳の意思なり 「食の饐してアイし 魚の餒して肉の敗るるは食らわず 色の悪しきは食らわず 臭いの悪しきは食らわず」とは 即ち是れ薬品精良の意思なり 「肉多しと雖も 食気に勝たしめず」とは即ち是れ君臣佐使分量の意思なり
127
聖人は強健にして病無き人の如く 賢人は摂生して病を慎む人の如く 常人は虚羸にして病多き人の如し
128
身恒に病む者は 其の痛みを覚えず 心恒に病む者も 亦其の痛みを覚えず

周官とは、周公が著したとされる書物のことで、そこには「食医」という役職のことが書かれあるという。仕事の内容は食事のことと調剤のを掌る人である。現代で言うと調理師であり薬剤師を兼ね備えたものであろう。それも単に栄養計算をするだけでなく、スポーツ選手の食事や高齢者などの施設での食事の調理師であろうか。そしてこの食は日常食べる食事は、薬と同じように考えないといけないといっている。中国には薬膳と言う言葉があるが、それは特別なものではなく、医食同源と言うことが書かれてある。そして、「食は精なるを厭わず 膾は細なるを厭わず」と書いてあるのは、手間暇かけて注意深く調理しなくてはならないと言うことであるという。道元の「典座教訓」に次のようにある「凡そ物色を調弁するは、凡眼を以て観ること莫れ 凡情を以て念うこと莫れ 一茎草を拈りて宝王刹を建て 一微塵に入りて大法輪を転ぜよ」とあるのもこのことであろう。
道元のこの言葉は「ちょっとしたどのような食事でも、食事を調理するのには支度の時から、凡夫の考え方で見てはいけないし、心の持ち方もそうであってはならない、一本の草を取るような仕事でも、そこには仏道のはっきりとした姿・形を見て取れるもので、どのような狭い調理場であってもそこには大法輪があるので疎かにしてはいけない」です。

このあとに、「腐ったものや新鮮でないものは、食べてはいけない。色のわるいものや、臭いのわるいものも食べてはいけない」。とあるがこれは材料をよく精選して選ばないといけないということ。
そして、食べ方は、副食の肉などは、飯より多く食べてはいけないということは、食のバランスをよっく考え適度な良で満足しなくてはいけないといっているのでしょう。


次にあるは、本当に悟りを開いたひとは、健康で病気にかからない、賢く徳のある人は養生に心がけ摂生して病にかからないように心がけている。しかし、常人は美味しいものに目がくらみ食べ過ぎたりして、身体が弱く病気をしやすくなる人である。いわゆる生活習慣病にかかりやすいような人のことでしょう。


そして最後の、絶えず病気をしている人は、身体がそれになれてしまっているので、痛みをかんじなくなる。よく風邪を引いたことも感じないぐらい身体が弱っている。などというのはこのことでしょう。
心の病も同じことで、日ごろよからぬことばかり考えていると、悪いことをしても罪の意識がなくなり、良心の呵責が麻痺してしまう。


この三つ目の心のことを読むと、先に書いてあることは、身体のことだけでなく、聖人は健全な心を持ち、賢人は自ら修行に励み心の病にかかりにくい、しかし常人は絶えず色々な煩悩や欲に惑わされてしまうとも読みとれるとおもう。
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雇用特区と歴史ある日本型雇用形態

雇用特区を作ろうとする動きがある。働き方が多様になってきたので、それに合わせた働きかたを創出するためで、解雇をし易くするのが目的ではないと説明している。
同じような言い方は、派遣社員制度が作られた時にもいわれた。しかし、派遣法の成立するとその、派遣社員の範囲が当初と比べるとどんどん拡大されていっている。それにより働く人を使い捨てるような会社も出てきている。

これから、今までの日本の企業が作り上げてきた雇用形態がいま大きく変わろうとしているようです。

日本の何百年と続く老舗の家訓に次のようなものがある。
○野田醤油の茂木家
・人として守るべき道徳は本なり 財は末なり この本末を忘れてはならない
・衛生を心掛け 食事は麦飯に汁一碗にせよ 使用人も同じ品に限る
・規律を厳しくし 使用人を優遇せよ
・私費を割いて公共事業に取り組め しかし身分不相応の事をしてはならない

○菊正宗の本嘉納家
・祖父の業を専守すべし
・主人は雇人と共に働け
・勉めて公共事業に尽くせ
・雇人はわが家族と思え

この二つとも働くものを大切にし、社員の生活を守る責任感をかんじる。それが、今まで日本の企業が社員を、家族のように考え扱ってきたのでしょう。

なかには、山本作兵衞の炭坑画に描かれている坑夫や、細井和喜蔵の女工哀史に書かれている女工のような企業や現場もあったです。
しかしそのような企業だけでなく、なかには製糸・生糸業のなかので甲州財閥の基礎を一代で築いた若尾逸平の家法には、次のように書かれています。
・小作人を優遇し、決して苛酷な扱いをしてはならない。
・使用人は樹の枝葉のようなものである。よろしく優遇して一家の繁栄を図らなければならない。

このような歴史ある日本の雇用の形はこれからどうなるのでしょうか。アメリカ的な利潤追求ばかりが重視され、人間的な雇用関係はもう時代遅れなものになってしまうのでしょうか。
派遣社員に関する法律が施行されたころ、テレビドラマで、ぬるま湯に使った正社員より、託された仕事に打ち込んでいる派遣の契約社員が頑張っているテレビドラマが作られ美化されていました。そして、今後日本の企業は執心雇用制よりもこうあるべきだと訴えていました。
これから国際競争力に対抗すべく、雇用特区のドラマが作られ特区が美化されるのでしょうか。利潤追求に追われてしまい、「雇用人を家族と思え」という社員を大切にすることはどうなるのでしょうか。

これかっら、日本はどのような形態の社会の国になっていくのか、ブラック企業と呼ばれるような雇用形態が増えていくのか、それてとも今まで培ってきた日本型雇用形態を守り続けていくのか、これからが大きな分かれ目になっていくようです。
私自身すでに第一線を退いた身ですが、これからの若い人たちが働く姿を考えると、明るいことばかりを思い浮かべることが間違いのように感じることがある。なにか非常につらいものです。
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OECDの成人力調査

イギリスやドイツの国では経済協力開発機構(OECD)の国際成人力調査(PIAAC)の結果では、読み書き計算のスキルがどんどん下がっていき問題になっています。そのうえ、上の世代より下の世代の読み書き計算のスキルが低い結果がでています。そしてこのことは子供野世代への連鎖することが心配されています。
読み書き計算のスキルの低いのは、低所得者に多く学力スキルの連鎖が起きています。
また年々学力のスキルの低下が続いていると言われています。そこには次世代の人の読み書き計算のスキルを高めて行くことがことができていないことを著しています。
そして、その原因の一つとして、教育が社会的背景に左右されていることが指摘されています。

この報告を聞いて、今の日本は強いものが勝ち弱いものは負ける、能力の有るもの努力する者のみ勝ち残り、それ以外の者は負けてしまい、そこから蟻地獄のようにもがいてももがいても這い上がれないようになっています。
大学を卒業しても、就職活動がうまくいかず、派遣社員として働いても正社員になることができずにいる。そのため生活は安定せず家庭を持てない人が増えているといいます。
学校でいくら学力向上の指導をしても、学力の底上げの対策をとっても、家庭がそれに協力できる状況でなければ成果はあがりません。規則正しい食習慣や宿題や復習などをする余裕は、余裕なのある裕福な家庭はできるでしょうが、その日の生活がやっとの家庭ではむりです。
いまの日本の雇用状況では豊かな家庭では塾などに通いより学力が向上しますが、その日の生活がやっとの家庭では塾などに通わす余裕がなくその差は開く一方でしょう。

また、以前は生活に今ほどお金はかかりませんでした。食料を買うお金があれば生活でき、それ以外は子供の教育などに使うことができました。しかし、現代の生活ではいろいろな家電製品や携帯電話やスマホやインターネットなどの通信費もいります、またゲーム機など子供たちの遊びにもお金がかかります。
このゲーム機やスマホの使い方が、学習の妨げになっていると言われています。今も昔も、子供たちに勉強をとるか遊びをとるかと聞と、まず遊びをとるでしょう。そこで遊びやスマホの使い方を家庭でよく話しあってルールを作ることが大切だといいます。
しかし、そのように家庭で子供と時間をかけて話し合うことができるのは裕福な家庭です。時間を惜しんで良心共働きの家庭ではなかなかそのような時間を持つことすらできないし、その話し合う心の余裕もない家庭も多いと思います。

また今の学力の低下や、いじめや、体罰の問題は教育委員会の機能が働いていないとして、教育委員会を廃止し教育の責任を首長に持たせるうごきがあります。
今の教育をよくするには、教育委員にしっかりと仕事をさせ、教育委員会の機能が働くようにすべきです。
「はだしの源」の閉架措置をとった松江市をみれば、閉架措置の通知は、教育委員での審議はされず、教育長など教育事務所で決定し校長会で通知されています。
私の住んでいる市の教育委員会の公式Webページで、委員たちはどのようなことを審議しているかを調べたとき唖然としました。それは、おもに予算執行の議題がほとんどでした。なかには、30年勤務した教員を慣例で表彰する議案があり、そのなかに私の名前も書かれていました。
このように、重要なことは議題として上げられないことがあり、予算の執行のための決議機関になってしまう。
このことは、この二つの教育委員会だけでなく他の多くの自治体でも同じことだと思います。
私は何度かこのブログで、教育委員会制度につてい書いてきました。
その内容は、教育委員に仕事をさせるために、月に数回の会議で議案を承認するだけの名誉職のような組織は辞めるべきです。
報酬を上げ専従で委員をさせ、各の委員が議事の内容を充分に審議できる時間をとることです。また、委員会管理の施設や学校への視察や訪問や、委員会の主催の行事への参加や出席を義務づも考えられます。
そのために、各教育委員に部屋を持たせ秘書官を付けるのもよいでしょう。
教育事務所は教育委員会への説明は、単に予算を通す為の議事を提出するだけでなく、時間をかけて丁寧にすべきでしょう。
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核不使用声明への署名

安部・菅政権は核の不使用を求める、16カ国でなる国際声明に書名するようです。

日本は1995年以降、核兵器禁止条約の交渉開始を求める国連決議には、一貫して棄権してきている。そして今年の4月の核不拡散条約再検討会議の準備委員会の声明でも、で70カ国が書名したが、日本は米国の核の傘の下にあるとして、その声明の「いかなる状況でも核兵器が二度と使われることが人類存続の利益になる」の文言を理由に書名しなかった。

それにより、日本の非核三原則について、国際社会から不信感をもたれ、被爆地などからも強い反発がありました。それにより安部政権は核不使用が書かれた声明にも書名できるかを模索してきました。それがようやく結実しるようで、声明に署名することになりそうです。
ただ、前回4月の生命では、記述の内容が悪いと署名しなかったです。唯一の被爆国は署名するかわりに、声明文の内容が決して後退し記述になるようなことを、国として要求をする事がないように思います。


今まで、アメリカに対して、遠慮したり追随しているように見えていましたが、このことにより明確にアメリカに対しても言うことはいう姿勢をとってくれることと思います。
TPPに対しても、日本にとって不利になることを、時間が内からと、聖域の見直しを進めるのこともしない表れでもあるでしょう。
それでこそ、日本としの自律した交渉と行動ができ、食料に対しても自立ができ、エネルギー政策も後の処理に困るエネルギーに頼ることが、自立したエネルギーを得られるという、夢のような話から目覚める時もそう遠くないと信じられるようなるでしょう。

水俣条約も発効していくでしょう。この名前を付けるときも、いろいろ議論がありましたが、この名前になることを政府が認めたことの意義は大きいです。それと同じように核不拡散の声明に署名したことの意義も大きいでしょう。
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骨の双六

身体のことを考えていると、以前に面白い非常にマニアックな双六を入手したのを思い出した。株式会社エヌ・ティー・エスが出版している、骨各部位の日本名と英語名について書かれた「骨単」という本の、CD姉妹書「骨単MAP&3D」のユーザー向けにネット提供した付録です。名前は『骨単MAP&3D双六』です。

   骨単双六

   骨単双六
   骨単MAP&3D双六

双六をしながら、身体について学べるものです。
例えば双六の
5目は「上腕骨 humerus上腕骨に停止する筋を挙げ、言えた数だけ進む。間違えたらスタートに戻る」

   骨単双六1
 

8番目は「主根骨carpals次の回までに主根骨8種を暗記する(次回、見ないで全部言えればさいころの振った数の倍進む)」
16番目は「有鉤骨hamateゴルフで芝を打ってしまって有鉤骨鉤骨折!次回の回まで空気椅子に座る」
34番目は「踵骨
calcaneus高い所から飛び降りて踵骨骨折!!一番遅れてる人のコマの場所まで落ちる」
などのゲームをしながら、人の身体に200ある骨の名前を覚え、その機能なども学べるものです。

この双六を持っているのを忘れていました。いま見直して見ると結構のスグレものの双六に感じます。

この出版社は他にも「単シリーズ」として、筋肉についての「肉単」や、内蔵などについての「臓単」、神経についての「脳単」。変わったところでは、鍼灸のツボについての「ツボ単」などの本を出しています。

肉単には3Dシリーズもあり、こちらは筋肉の働き方をパソコンで確認できるようになっています。
   骨単双六

ところで、人間の身体には骨が200あるとかきましたが、では間接は幾つあるかと云うとこれも200あります。
ただ、骨と骨が隣り合わせになっているとすべてそれは間接になるかと言うとそうではなく、頭蓋骨にある縫合されているのは動かないので間接にはならないです。
筋肉は骨と隣にある骨とに繋がり、骨を動かすのですが、その筋肉は骨格筋といいますが、幾つあるかと云うと約400あります。

人の身体は面白いですね。いや人だけでなく動物の身体は面白いです。いや昆虫もふくめ生物のからだや仕組みはおもしろいです。
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核不使用の声明

スイスなどの16カ国が核不使用の声明を出す動きがあるが、日本政府はその声明に署名するそうです。昨日もかきましたが、日本は1995年以降、核兵器禁止条約の交渉開始を求める国連決議には、一貫して棄権して署名をしていなかったです。

しかし気になることがある。外相は声明の文言が「適切な修正がなされ、全体の趣旨を精査した結果、我が国の立場からも支持しうる内容と判断した」と説明しているそうです。
署名自体は今まで署名しなかったことから考えると、一歩も二歩も前進と言えるでしょう。
しかし、逆に考えると声明自体が不使用・核兵器廃絶へ向けての声明としては後退してはいないだろうかと心配です。
日本は今まで、「いかなる状況でも核兵器が二度と使われることが人類存続の利益になる」の記述に問題があると署名してこなかったでが、その文言が今回も盛り込まれています。しかし、NHKのニュースによると、それとは別に今回の声明には、「核軍縮に向けた「あらゆる手法」支持する」という趣旨の文言が追加されているそうです。
それは、条件付きで核兵器使用を容認すると言う意味なのでしょうか。
この文言の声明に、世界で唯一の被爆国である日本が署名するこは、核兵器の使用を状況によっては認めることになり、核廃絶が逆に遠のく結果となるのではないだろうか。そうすると、その声明事態が意味をなさなくなってしまう。
また、核兵器使用を容認する立場にたつのは、自国日本も含め世界中の国が、核兵器を持つ考えを完全には否定しないということになるのではないだろうか。
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テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争
ジャンル : 政治・経済

■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 安倍内閣改造
    アジシオ次郎 (08/05)
    こんにちは。

    お友達内閣と揶揄された反省から、今回は異なる派閥からすすんで入れた改造内閣、バランスいいとはいうものの、女性閣僚が2人だけというのは男性優位色が
  • 見ざる聞かざる言わざる
    竹林泉水 (07/30)
    いつもコメントありがとうございます。
    三猿の教えは、子どもより大人の方が三猿について考えないといけないでしょうね。

    一つのことしか知らない大人になるのは、人それ
  • 見ざる聞かざる言わざる
    アジシオ次郎 (07/26)
    こんにちは。

    周りをよく見る・すすんで自分の意見を言う・人の話を聞く。当たり前の常識だが、子供に説くのも大事だが大人も改めてそれを認識してそれに基づく正しい行
  • アベ政治はクーデター
    竹林泉水 (07/19)
    政権を握っているのでクーデタだと言えるのでは

    しかし、安倍晋三の頭の中の辞書には、民主主義の言葉はあるが、政治家としての誠実さをなかなか感じることができないので
  • アベ政治はクーデター
    雲と風 (07/18)
    勉強になりましたが、「安倍政権はクーデター」でしょうか? 権力と威嚇によるテロリズムだと思います。内閣府の中の一派が壊憲と日本の民主主義制度の堕落無力化を共謀し
  • 教育福祉などへの株式参入は
    竹林泉水 (07/12)
    なんでも自由競争になれば、サービスの質が向上すると考えるのは間違いで、鉄道などで見ると都市部はサービスが向上するが、過疎部では反対で最悪の場合は撤退になります。
  • 教育福祉などへの株式参入は
    アジシオ次郎 (07/10)
    おはようございます。

    教育や福祉に株式参入することは、教育や福祉をビジネスに利用しかねないし、アメリカ式の市場主義経済に基づく価値観を正当化しかねないです。た
  • 食べることは殺生をすること
    竹林泉水 (07/06)
    日本人は頂きます・ご馳走様と日本人なら誰でもいいますが、外国の方はどうなのでしょうか。キリスト教のクリスチャンなら食前食後の祈りがあります。
    私は中高とミッショ
  • 食べることは殺生をすること
    アジシオ次郎 (07/05)
    こんにちは。

    人間は生きる為に他の生物の命を奪わなければいけない。と言う「原罪」を背負っている以上、食べると言うことはそうなのかも知れないです。動物の命を奪い
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