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日本経済の実態

日本の経済が上向いてきているように言われているが、本質的にはたして本当にそうだろうか。

確かに日本の大企業の業績が上がっているが、それらの多くは多国籍企業や、海外の現地で生産を進めている会社が多いです。

私は経済が専門でないので詳しくは解りませんが、このことは本当に日本の産業力、経済力が活発になってきと言い切るには、疑問の残るところではないでしょうか。投資家などのお金の動きだけのようにも思います。そして、そのような人は、国のことや周囲のことなど考えないで、自分の儲けだけを貪っているようにしか見えないのです。

話はもどして、生産の海外移転や多国籍企業はどの大企業だけでなく中小企業の多くも国内での生産を躊躇い、海外の工場を建設してそこで生産し企業活動を海外に移しているからです。単に企業の業績が上がっても、それはアメリカの経済回復の兆候がみられ、企業の生産活動が活発にないでしょうか。

百貨店などの高級なものはよく売れているようですが、日本の若い人の雇用は安定せず不安定なままです、派遣社員や非正規雇用がますます増えて、将来の生活の不安があるため日用品の消費は低迷したままです。

しかも、世界中が営利投資に走るかぎり、マネーゲームは続き物を作ることより、お金を動かして儲けることは、本当の意味での、安定的な経済成長はとは言えないでしょう。これからも経済は乱高下をして安定した経済は見込めないでしょう。このことからして、日本の産業・経済の業績があがっていると喜でいいとは言えないでしょう。

一番肝心の日本国民の一人一人が働ける場と、生活の質の向上がどれだけあるかに目を据えた施策と、町工場などの生産現場が活発化する取り組みが大切でしょう。それには単にお金を市中に行き渡らせるだけでなく、国民自身と政治家が自分たちと自分以外の人たちの生活をもっと考えるべきでしょう。
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インターネット国会中継を見て

インターネット国会中継を聞いていて、腹が立ったというか幻滅してしまったと言ったらよいのか。

与野党の議員が同じ問題を質問するのはいいのですが、質問者はそれぞれの党の立場から質問するので、それぞれ違う角度から違う趣旨で質問されています。
それに対しての答弁は、概ねいずれの質問に対しても、同じ内容の答弁でした。

国会の質疑は前もって内容を伝えて、それに応える側は充分に答弁の資料を作り内容も吟味して答弁できるはずですし、そうするのが国民に対しての説明責任を果たしていると言えると思います。。

それにしては、あまりにも同じ内容でお粗末と言うか、文才が無いと言うか、脳がないと感じると同時に、国民を愚弄しているのかと怒りも感じそうでした。

もっとも、アメリカの議会調査局からもあの様に、言われてるのだから仕方ないかもしれません。



 衆議院インターネット審議中継

 参議院インターネット審議中継
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天台小止観を読んで 1-3

天台小止観 1-3
三は、犯した罪を深く恥じて反省する事だと言っています。先ずは自分の犯した過ちや罪を認め、良心の呵責を感じ認め受け入れることです。それは、自虐的な自己虐待(masochist)とは違います。己とどれだけ向き合えることが出来るかと言うことだと思います。何かとんでもない過ち、例えば恨みが募り殺意を抱いて人を殺めてしまった。このことも、真からそのことと向き合い、悪いことをしたと受け入れれば、その行いは消えることはないですが、の行いの責め苦くにより、苦しめられることはないでしょう。それより、その過ちを忘れようとしたり、相手が悪いからしたのだと問題をすり替えて美化したりすると、いつまでも自分が犯した罪の意識から逃れられないで、
その責め苦にさいなやまされ続けるでしょう。またそれに関わる人からも何時までも、攻められるその恨みなどの連鎖が断たれることはないでしょう。


四は、罪を滅ぼす方法を考え実践せよ。色々な教典にそのことが書かれているのでそれに従え。
罪を滅亡させるとはどういうことなのだろうか、未熟な私には理解しにくいことです。ただ、先にも述べられていたように、汚れた布でもそれをよく洗えば、綺麗な色に染められるように。罪滅をすることにより誰でもが、「衆生本来仏なり、水と氷のごとくにて、水を離れて氷なく、衆生の外に仏なし」と白隠禅師の坐禅和讃で言っていることなのでしょう。
そして、「衆生地下記を知らずして、遠く求めるはかなさよ」といっています。どんな罪深い過ちを犯した人でも、修養のしかたによって、涅槃を得られるということなのでしょう。


五は、今までの罪を包み隠さずに、犯した罪悪を告白し、悔い改めることを誓いそれを、修養や行いで表すこと。
この、包み隠さず告白することは、言葉では簡単いえることですが、勇気がいることとともに自分の心に十分に向き合っていないと、その善悪や功罪も分からなくなり、それに気づいたり何か言い忘れたりしするでしょう。
そのことは、一朝一夕に出来るものではなく、常に清浄になろうとすることが、最も大切なところなのでしょう。
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太陽の塔の生命の樹

大阪吹田にある万博記念公園にある、太陽の塔の内部が常時公開されるそうです。

太陽の塔は、1970年に大阪の千里で万国博覧会が催されたときに、故岡本太郎氏制作した記念モニュメントです。
外観は、鳥が翼を広げた姿で中央に顔がある姿は誰でもが知っている通りです。博覧会開催中は中を見学することができました。中には生命の進化を表した生命の樹があり、原始生物、恐竜から哺乳類までのオブジェが張り付けれられ、生物の進化をみることが出来ました。
この内部の展示内容は万博開催に新聞報道やパンフレットで知っていましたが、単に生物学者などがつくるので地球上の生物の進化を現すのではなく、岡本太郎が制作するのでそこの人間の驕りや未来への警鐘があるだろうと楽しみにして見たのを思い出します。

万博終了後は万博記念公園が出来ることになり、太陽の塔もエッフェル塔のように末永く保存されると聞いたとき、その内部も何時でも見学できるものと思っていました。しかし、内部は公開されないで今まで来たのを残念に思っていました。

ところが、今回、耐震工事をして痛んだところを補修して、万博開催当時に復元され常時公開されることになったそうです。

私は、太陽の塔が常時公開されることになり、非常に頼もしく楽しみにしています。太陽の塔に込められた、「生命の躍動や人類の発展と地球上の生物の崇高さと人類を驕りを戒める」モニュメントとして万博開催の時に内部を見たのを思い出すからです。
公開されたら是非とも見学に行こうと思っています。
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農業と株式会社

農業が国際競争力がないのは、効率的、大規模に農場でないからだ。そのためには株式会社組織の農業への参入を、積極的に推し進めるべきだと言う意見がある。

本当にそれはよいことであろうか疑問に思うところがあるので、それについて考えてみたい。

農業に株式会社の参入が拡大推進されればどうなるのか。
株式会社なら大きな営利を追求することになります。株による資金を集め、利益のでる農作物をつくり、それを大量に売り、株の配当をしなくてはなりません。個人で農業を営んでも営利の追求はされますが、農場経営者の理念や追求したいものが、単なる営利追求より優先されますから、その生産地ににあった多様な作物とニーズに合わせてた農産物の生産とその安全性が保たれるでしょう。

しかし、少し偏った見方ですが、農業が営利企業になりえば、売れる農作物しか作られず、希少な珍しい作物や、伝統的に産地で生産され消費されてきた作物が消えてしまうかもしれません。また、害虫などか農産物を守るため大量に農薬が使われ、早く大きく育てるため有機肥料より科学肥料が大量に使われるでしょう。そうなると今の日本の食の安全性が今より低下する恐れがあります。

そして、安く安全性に不安のある株式会社がつくった、農作物や外国から輸入した農作物が、国内で消費されます。しかし、国内で個人農業者が生産した、安全な農作物は高くても国際競争力があるので国外に輸出され、所得の低い国民は外国の安いものを、買わざるおえないようにでけはならないようにしなくてはいけません。そのためには、農業政策を農家にとって将来希望の見える、農業のやりがいのある方策を考えていかないといけないでしょう。
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昆虫食

NHKの「おはよう日本」の世界のニュースザッピングで、イギリスのBBCが放送したニュースを紹介していました。その内容は、人口爆発で、このままだと今世紀末にはタンパク源が足りなくなる。その解決策として昆虫をタンパク源とするようになる。おいしい昆虫の食べ方などが研究されていると紹介されていました。

昆虫を食べると言うと、ゲテモノ好きだと眉をひそめられそうですが、イナゴやハチの幼虫など本当は、日本人も昔か良よく食べている食材です。フランスなどではカタツムリは高級食材として食べています。それを考えると昆虫を食べることはそんなに奇異なことではないのでしょう。
ニュースの映像をみていると、無造作に鉢に盛られるのでなく、姿造りでしたが、洋皿にフランス料理のように美味しそう?に盛られていました。

去年私の近所の資料館で、昆虫についての展示をしていましたが、その中に世界の昆虫食のコーナがあったのをおもいだしました。そのときは、いろいろな虫を食べる地域があり、それぞれの文化があるのだと思いながら見ただけでした。
しかし、このニュースを見て、これからの人口爆発などからの、食料危機として昆虫も魚や肉や大豆などの穀類などと、同じように昆虫を食べることを考えて見るのも一つかなと思いました。

私はイナゴの佃煮やハチの幼虫や、スズメの焼き鳥などは、その姿を見るとなれていないと食欲はあまり起こらないです。
それは、それが何であるか知っているかより、その見慣れた昆虫の姿がをみるからと、その棲息している処もよく知っているからでしょう。

私たちが日常たべている、豚のロースや、ハムなどは何ら抵抗無くたべますが、目の前で焼いている豚の丸焼き見ると、食欲はそそるでしょうが、一寸驚きと豚君可哀相と思い、感謝の念を抱いて食べるでしょう。魚なども鰯の一夜干しを食べる。生きたエビを剥いて食べるときの、咽を通るときの感触は生きたものを戴いているという感触をうけます。

また、見た目が判らないように調理してあっても、普段食べ慣れていないものに対して、抵抗感もあるのも現実でしょう。
私は依然友人と中華料理を食べに行ったとき、次のようなことがありました。手羽先を揚げたような肉がでてきました。私も初めて食べたのですが、鳥のようですがすこしちがくので、これはカエルではないかと思い、店の人に尋ねてみました。すると店の人はカエルだと教えてくれましたが、そのとたん今まで美味しそうにた食べて、もう一皿追加しようかと言っていた友人、は食べるのを止めてしまいましった。

先に述べた、資料館での昆虫食の展示コーナーには、どのように食べるのかや、缶詰や袋詰めなども展示されていたので、国によっては食料品店で手軽に買えるもののようです。それを見ると、これから昆虫が飼育養殖され、スーパーなどの棚に並ぶ日が、日本でも来るかもしれませんね。
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やるせない事件

何とも言いようもないやるせないことです。

埼玉県で自分は人を殺してしまうかもしれないとからと、「自分の身を拘置して保護してくれと」警察に求めた人が、警察はその人から話を聞き相談にのったあと、義兄に身柄を預けて帰したそうです。しかし、その後その人は隣の家の人を包丁で刺して怪我をさせ、傷害で逮捕されたそうです。

新聞記事だけでは詳しくは解りませんが、「(隣家から)低周波の電波が飛んでくる。殺される」と言っていることから、精神的に病んでいるところがあったように見受けられます。

警察もまだ何もしていないうえ、冷静で落ち着いているようすだったので、話を聞くだけで拘留することもできないでしょうから対処に困ったと思います。それが、結果的に傷害事件に発展してしてしまいました。

この事件は、いくつかの問題点があると思います。一つは警察の対応が問題になっています。しかし、わたしはそれより他の事の方が気になります。

それはその人がなぜ、隣から電波が飛んできて殺されると思うようになったのか。
そしてそれに対して周囲の人はどのように係わっていたのか。
そして、自ら自分の行動を制御できないかもしれない、自分を保護してくれ拘束してくれてと訴えうるのが警察しかなかったことです。
周囲の人間関係や相談機関、カウンセラーや街づくりのNPOや共働センターや福祉センタや医療機関や民生委員などなど、なにかこれらが連携できる方法がなかったのかと思います。

この事件、今の巷は景気回復かと浮かれた雰囲気ですが、自分の置かれている地が先行きが見えない不安を感じている人は多いと思います。そしてこの加害者は実は被害者でもありそのような立場に追い込まれる人は、身近にもいるのではないかとまた、いつ自分もそうなってしまうのではないかと思い他人ごとではないような気がします。
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天台小止観を読んで 1-4

天台小止観 1ー4
六 今までに行った過ちを断ち切るために、間断なく常に念仏修行してすることが大切なことです。
自分の行いが悪いことだと、そのことが自他ともに明白だと自分を戒めて、それを行いそうになっても押しとどめることもできます。その押しとどめる力が大切だと思います。大きな過ちならそれを押しとどめる力も明らかになりやすいですが、小さなことはさほど押しとどめる力も強くないので、知らぬうちに見過ごしてしまうこともあるかもしれません。しかし、ここで間断なく常に修行せよといっています。この相続を断つということは、いつも留めておかないと、つい疎かになってしまうものだと言うことでしょう。

能に[実盛]という謡曲があります。その内容は、「諸国遊行の他阿弥上人が加賀の国篠原での合戦で、木曾義仲と組もうとしたが手塚太郎光盛に打ち取られた齋藤別当実盛の幽霊とであいます。実盛は髪を黒く染めて戦いに挑み打ち取られるが、首実検で首を洗わられ白髪があらわれ実盛と判ります。そのため200年の実盛の執念が幽霊となって現われてる話を聞きき、上人が池のほとりでねんごろにその弔うと実盛の霊は消えてゆく」という話です。
その中にに次のようにあります。
シテ「極楽世界に往きぬれば。永く苦界を越え過ぎて。輪廻の故郷隔たりぬ。歓喜の心いくばくぞや。処は不退の所。命は無量寿仏となう。頼もしや。念々相続する人は。
地「念々ごとに。往生す。

今までの苦しみや悩みの絶えない世界でも、今まで修行によって達した段階を後退しないように、念々相続することにより、極楽浄土に生まれ変わることが出来ると、謡っています。

実盛の幽霊が200年もの間さまよっていたが、強く一心に修行に勤めることが大切なのでしょう。


七に、仏教の教えを護ろうとするその決心を持ち続けることが重要です。
仏教でも、キリスト教でも、イスラム教でもその教義の教えは、それぞれの視点はちがいはあるが教義により、生き方を正しくしようとすることが的は同じだと思います。そして、その正しく生きようとする事を常に持ち続ける必要性は、どの宗教も同じでます。
しかし、社会文化が発展していくと、様々な物事のおこないは多様になって、その仏教の教えを護ろうとするのは難しのが現実です。それなのに原理主義的に、教義を頑なに護って生きようとする事は不可能です。だからといって臨機応変にその教えを解釈したり、行いをいい柔軟にしてしまっては、結果的に加減にしてしまいます。よき指導者のもとに自分の中に一つの真を作って、それを核としてその芯からずれないようにまた、その核がぶれないようにすることを心掛けていくことです。それを原理主義的になってしまっては、時代についていけないばかりでなく、周囲から孤立してしまい曳いては反社会的になってしまいます。
この天台小止観に書かれている、仏教の教えを守ろうとする決心を持ち続けることは、涅槃を開くためだけでなく他の日常の生活にも言えるでしょう。仕事や趣味やスポーツなども、基本を大切に自分の定めた目標を諦めずに持ち続け、それに向かって進み続ける人が最後には巧みになり一人者になりトップアスリートになるのものです。
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驕る二人の発言

いろいろと権力を握っている人たちの驕った発言が目に付くようになってきました。二人の発言。

自民党は去年の春に、自民党のWebページに憲法草案全文を公表しているが、それについて驚く発言があった。「憲法案、昨年の衆院選で審判もらった」と、高市氏が発言したそうです。
この事について私は、どれだけの人が自民党の草案を見ただろうかと思う。そしてどれだけの人がそれについて、自分の生活にどのように関わるかを考え、いろいろな人と議論を深め話し合っただろうか。
そしてさらに次のようにも言っています。昨年の衆院選公約に「憲法改正の発議要件を衆参それぞれの過半数に緩和」すると書き、審判を得たと言っています。選挙で自民党に投票した人は、景気対策に対しての期待感と、民主党のお家騒動にうんざりしたからで、憲法問題に対して投票したからではないです。それを一緒にしてしまうのはあまりにも乱暴な考えであり、無知だと言わざるを得ないです。
そして、他国を併合したり他国の中に独立国を作ることが帝国主義的な侵略に他ならないのに、「当時は日本の生存が危うく、自存自衛が国家意思だと思い、多くの人が戦争に行った。私自身は『侵略』という文言を入れている村山談話にしっくりきていない」言うのも、あまりにも短絡的単純な考えで、政治家としての発言としてはお粗末すぎます。
自民党の官房長官もあまりにな発言にビックリしたようで、10日に「歴代内閣と同じように全体を引き継ぐ」と表明するほどです。


もう一人は、いつも民衆の気を引く発言をして、物議を醸すのを得意とする橋下氏ですが、いままで良く計算され一定の線を引いていたが、今回の発言にはいささか驚かされました。
新聞報道なので話の前後の文脈が判らないのですが。女性蔑視の考えを持っているとしかいいようがないです。
今月初めに沖縄県の米軍普天間飛行場を訪問した際、司令官に「もっと風俗業を活用してほしい」と言ったことを大阪市役所で記者団に語ったそうです。『法律の範囲内で認められている中で、性的なエネルギーを合法的に解消できる場所は日本にある・・・・』
私は昭和33年3月赤線廃止以来は公娼制度は無くなり、その様なものは法律違反です。

このことが明らかになる前に、慰安婦問題について必要悪だと言う趣旨の発言もしています。
「猛者集団をどこかで休息させてあげようと思ったら、慰安婦制度は必要なのは誰だってわかる」と言っています。このことは、女性の人権人格をいかに考えているのかおどろかされます。
市長として公人としてこのような言葉が口からでることには驚かされます。
また、人権団体や女性団体などから抗議の声が鈍いのにも驚いています。
これから日本はどのような方向に進むのでしょうか。
憲法の第14条「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」。また、第24条や第97条を知らないのでしょうか。
もともと改憲論者ですから、これらの条項は無効と考えているのでしょうか。

自民党もこの発言に関しては流石に、女性蔑視と外交上問題と受け止めて、批判していますがどちらも今までの言動を見ていて大同小異だと思います。
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情報保全という監視

朝日新聞の記事によると、
陸上自衛隊の中に、情報保全隊という組織があるそうです。

その組織に、陸上自衛隊のイラク派兵に対して反対運動をしたときに監視されたとして訴訟の控訴審で口頭弁論がおこなわれました。
そのとき、元隊長が証人尋問で情報保全の監視対象に次のようなものがあると証言したそうです。
・成人式の会場で憲法の前文と9条のビラを配布
・スーパーの前で反戦平和の歌を歌う
・核兵器廃絶の署名活動
・プロレタリア作家の展示会
・春闘での街頭宣伝活動
他にもあるでしょうが、現行憲法を守る運動も監視対象になるそうです。
他の、反戦歌を歌うのも監視され、署名活動も監視対象になっていたのは、驚きを隠しきれません。

日本国憲法の第99条には、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」とあります。そして、この尊重擁護義務は国民には課せられていません。
しかし、自民党の改正草案には、憲法尊重義務が国民にも課せられています。

わたしは、だんだん恐ろしくなってきました。このようなことをブログやツイッタに書き込んでいると、まさに監視対象になってしまっているでしょう。

そろそろ、ブログを閉鎖すべきか迷ってきました。


以前に憲法について書き、
・「日本国憲法」
・「大日本国憲法」
・「十七箇条の憲法」
・「五箇条の御誓文」
・自由民主党「日本国憲法」改正草案
・日本国憲法の改正手続に関する法律
を紹介したページです。
http://tikurinnnohoujyoann.blog.fc2.com/blog-entry-1016.html
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加害者 弱者への攻撃

このところ私にとってビックリするようなニュースが多いです。「中学生がいじめを苦にして自殺」「大阪清掃局でのおこない」などには驚かされます。しかしそれ以上に喫驚驚愕するのは、それらの加害者に対しての、必要以上に攻撃的な一撃を加える人がいることです。
いつ頃からその様な人たちが増えてきたのでしょうか。確かに昔からその様なことがあったが、逆にその様な行為がなされるとニュースになり批批判されてきました。それが批判されるより、評価されっるような報道もあることは何故かとおもいます。
そして、何故そのような風潮なのか考えてみると、次のようなことではないかとも思います。。

社会の先行きの不透明感や、それによる自分の不安感を、背景に短絡的に身代わりや人身御供を作り、つるし上げ私的制裁を加えてることにより、自分のなかに安全な側にいると確認しようとする傾向が強まっているし、その様な人が増えてきている。相手への思いやりやそれに対する想像力が後退して、相手を理解しようとしたり、受け入れることができなくなている。このような状況になってくると、人はますます孤立しいき、社会全体も閉鎖的になり独りよがりな社会になってしまう。その様な社会になれば、互いに疑いの心が妄想をかきたて、さまざまな不安を呼び起こすことになり、人と人とのつながりが弱くなりその社会は弱くなってしまう。このような状況になれば、そこでは民主主義は成熟しないで、強い者のに従って着いて行けば安心だという、雰囲気が強まり集団的な暴走に進みかねない。

もともと、日本の文化はそのような、お上は正しく従って行けばよいという土壌があるのかもしれない。「水戸黄門」「暴れん坊将軍」「必殺仕置人」「遠山の金さん」「大岡越前」などのテレビドラマはその様なところに人気があったのだろう。最近その様なテレビドラマが放送されなくなったので、日本も変わってきたかと思っていました。
しかし、テレビのワイドショーなどは、一つのことを取り上げ、些細な点をあげつらって、これが正義の見方だとするような番組が、視聴率を稼いでいるようでいるようです。そしてさらには、インターネットの中ではそれがより顕著で、根拠のない一面だけを見て短絡的に捉え、過激なつるし上げているようなものの方が注目されるようです。しかも、感情に左右されないで、落ち着いて考えを巡らし正しく判断しようとしているものに対して、優柔不断の考えだとか、考えの見通しが安易で厳しさに欠けるとか、偏っているとか批判や攻撃をされることも多いようです。

そして、「生活保護費不正受給」や「隣国との関係悪化人」などで、その当該しない人にも的外れな攻撃をするのは先に言った、社会の先行きの不透明感や自分の不安感から短絡的に身代わりを作り攻撃するのは、弱いものいじめになんら他ならないです。
私自身も情報源はテレビのニュースと一つの新聞ぐらいしかないので、その一面的な情報をもとですが、誤ったものの捉え方や考え方に陥らないように注意したいと思います。


元の禅僧中峰は
「若し愛憎揀擇の情毫釐も尽さざれば 霄壤相去りその遠きに勝えず」と言っています。

物事を見るとき、愛と憎しみの心の動きを持ち込むと、その情を出し切らぬ限りは、同じ現実の世界でも、天と地との違いになってしまう。。

愛や憎しみといったことの感情や、驕ったさからしい心を厳しく戒めことは大切でしょう。そして身の回りで起きることに対して落ち着いて向き合うこと。自然に対しておごりたかぶらず素直なに向かうことが大切でしょう。そしてものごとにとらわれる気持ちや驕ったさからしい心は棄て、心を空にすることにより、本質が見えてくるので、憎悪や争いなどの間違った心は湧いてこないのではないだろか。
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夏に向けての身体

気候もよくなり日差しも強くなってきました。庭仕事をしていると、暖かく気持ちがいいです。しかし、ここ二、三年ぐらい前から、油断しているとて身体が火照ってきます。歳をとったせいか以前と比べって、汗をかくことをしなくなってきたのでしょうか。熱中症に気をつけないと生けないと感じます。また本格的に暑くならないうちに、いまから適度な運動をして汗をかく身体づくりをしないと生けないと感じます。

毎日早朝に散歩をしていますが、それ以外にも昼間も運動をして、身体を動かすことにしなくてはならないと感じています。

最近は昼間に時間の開いているときに、散歩をしていますが気候がよいときは、身体が火照ってしまうようです、そして夜になってもなかなか体温が下がらことがあるようです。
十分注意したいと思います。そして、晩酌を控え飲まない日をつくる。酒を飲んだ後十分時間をとってから、風呂に入りそれからも直ぐに寝ない身体を休めてから寝るように心掛けようと思っています。

また、最近はLEDライトで非常に明るく便利ですがそれも考えものだと思います。明るいのは仕事をするにはよいですが、明るすぎると脳が目覚めたままで、なかなか寝付けなくなります。そのため、やはり夜は寝る準備をするためにも、明るさを落として過ごすことが大切だと思います。

話を運動と汗をかくことに戻してます、汗をかくためには、どんな運動がいいでしょう、卓球やテニスなどもいいでしょう。また、ヨガや太極拳もいいかもしれません。卓球やテニスなどは相手がひつようで、ヨガや太極拳はよき指導者について稽古をしたいものです。そうなると、一人で気楽にできるのはランニングでしょうか、しかし一人でするランニングは無理をしてしまわないように、自分で自分の体調を見極めコントロールしないと生けないと思います。こちらも自分自身で身体の調子を知ることができるようにしたいものです。そうなると何もできなくなってしまいます。

まずは、ぼちぼちと汗をかく運動をして、夏の身体に整えて今年の夏も乗り切ろうと思います。
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国際的な信頼をえるのは

「侵略の定義は国際的に定まっていない」国の責任のある人の言葉として、国民人として恥ずかしいです。
まるで、いじめをした子どもが、あれは遊びだった。体罰を加える親が、これは躾だ。体罰をする指導者が指導だ暴力暴行ではない。と言っているように感じる。

いじめと言うのは、その人の人格を否定したり無視したり、人権を蹂躙ことをいいます。いじめる方やいじめられる方に意識がある無いに関わらず、いじめはいじめです。
まさしく、子どものいじめに対する言い訳のように思えるのです。

大人がいう詭弁もあります。
体罰は身体に苦痛を与え、悪いところや過ちなどに対してのお仕置きです。躾は礼儀作法を身につけさせることで、体罰のは無関係です。暴力は身体に物理的な危害を加えや苦痛を与える乱暴で無法な行為です。
そこには、他人を思いやる気持ちがないから、体罰と言う暴力がのさばるのでしょう。

いじめも体罰も教育に関係してくるので、視点を変えて考えてみます。
現在学校の教師を教諭と言います、教え諭して指導する人ということです。戦前は訓導と言っていました、唱え教え導く人と言う意味です。
メダカの学校とスズメの学校の違いでしょうか。
♪ 誰が先生か生徒かわらない
♪ 鞭を振り々々チーパッパ

なんだか♪むーちをふりふり・・・・・のようになっていく前触れ言葉にも感じます。


侵略の定義はともかく、行った事実はどのようなものだったでしょうか。

満州国を建国をした。朝鮮半島を併合した。
満州国を建国当時は、中国の満州地域は未開の地で、中国政府の支配権も弱いものでした。そこの目をつけ満州地域の開発のため、日本の貧困に喘ぐ人たちなどを、入植させ開拓させるて、独立国?傀儡国?を作ろうとしたものでした。
朝鮮半島も当時、地権などの利権や戸籍などの法律が未整備未熟として、法整備をして近代国家とするとことを目的に、両国の力関係が不平等な中での併合を進めました。そして、その地の独自の文化には関係なく、日本文化を押しつけて行き、創氏改名や生まれ育ってから使っていた言葉を禁止して、日本語を使わせたりしました。
それらの行いをなんというのでしょう。

それらを手本にしたと思われる見本は、アメリカ合衆国の成り立ちでしょう。新大陸発見後、アメリカ大陸に人があまり住んでおらず国家というものもなかったのでスペインなどヨーロッパの国や人は開拓団として、どんどん新大陸に入植していきました。そして入植者たちは自分たちに都合のよい法律をつくり、元から住んでいる人たちの土地を取り上げて、辺境な地に閉じこめてしまいました。そして合衆国が独立戦争で勝った後、東に領土を拡張していくことを止めないで、東海岸まで拡大後も海を渡り東に進み続けています。

「侵略の定義は国際的に定まっていない」というのは、偏狭で偏狂な考えとしか思えのですが、私の方が辺境場に住む偏屈むな考えでしょうか。このようなことをしていたら、今まで日本が国際的な信頼を得ていたのが失われるのでは無いでしょうか。
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東北の大震災の遺構

15日のNHKのクローズアップ現代で、東日本大震災で被害を受けたビルの幾つかを、震災遺構として残そうとする動きを取材した番組がありました。

その中で大槌町と女川町のことが紹介されていました。
大槌町の紹介では、昭和20年代は町役場は高台にあり、高度成長期に平地に移転し、それにより住民も町役場の近くに移り住み始めたそうです。また、昔の石碑を調べると津波などの被害が記されていたこともわかりました。
その番組を見ていて、わたしは40年ほど前の学生時代に、東京放送(TBS)の朝のラジオ番組で「おはよう片山竜二です」という朝の番組で、樋口清之氏が話していたことを思い出しました。詳しくは覚えていないですがが、その内容は次のようなものです。「昔の人は「谷口扇状地」住まなかった、またそのような地には神社仏閣も建てなかったと言っていました。谷の出口の扇状に広がった緩やかな斜面の、見晴らしの良い土地です。しかしそこには昔の人は住まなかった。理由は地質学的に扇状地は山からの土砂が堆積しえ軟らかい土地とちで、危険な場所であるとされていたからで、水害や地滑りが起こりやすい土地だからです」。
しかし、科学技術の発達した現代、そこに見晴らしが良いから、交通の便が良いからなどの理由から、住宅地として開発などがされています。

この大槌町の役場は、戦後高台から海辺の平地に移転したそうです。東北はチリ沖の地震で太平洋の対岸から押し寄せた津波で被害を受けました。また、石碑からも過去に津波で何度も大きな被害を受けてきていることはわかっていたはずです。なのに、なぜ町役場を平地に移したのでしょう。その責任は誰にあるなどはどうでもいいです。
それより、平地の方が便利だからとか、コンクリート造りで技術も進歩したので災害に耐えられるからとか、なかに過去の災害が風化して忘れ去られのもあうでしょう。
そして今、解体されずに残っている遺構を残すべきか、津波の恐ろしさを思い出すから早く撤去しべきと、意見が分かれている他と聞きます。その中で、中学生が震災のことについて学習するなかで、過去にあた震災を記した石碑などしり、自分たちは1000年後の人に、この震災の記録を残すべきだと考えたそうです。それにより、大槌町の津波で横倒になた建物は残されることになったようです。どのような形で残すかはこれからの課題でしょうが、東北の小さな町で永年保存することは財政的にも技術的にもまた、残す施策の実効性にも限りがると思います。そのために、県や国また協賛する人々からの支援も必要だと思います。

また、女川町でも残す残さないの議論がわかれたそうですが、ここでも中学生が広島の原爆ドームのように何時でも見ることができる形にして残すことが、自分たちの辛い体験を伝えたいと考え。修学旅行で訪れた東京で震災体験を話したことにより、その動きがでてきているようです。

淡路阪神大震災で、戦前から防火壁として使われ、震災の大規模な火災でも焼け残った神戸市長田区若松町の防火壁が「神戸の壁」として保存と言われていましたが、今は跡地として復興へのシンボルとして残っているだけです。

保存には多くの費用と労力が必要です。原爆ドームも被爆から20年かかって保存が決まったそうです。小さな町ではその保存の費用も労力も大変なものです、この津波で押し流された建物を、日本全体の一つの教訓として、県や政府や国として取り組めていければと思います。
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天台小止観を読んで 1-5

天台小止観1ー5

八は、人ばかりでなく、感情や意識を持つすべての、苦しんでいる生き物を救い助けることの願って立て。生命のあるすべての俗世の苦しみからのがれさせる大きな誓いをたてる。
自分だけがよい、人類だけがよいと思いこむのは人間の驕りでしかないと思う。人は生あるものを食べて生きています。それは悪ではないですが、そのために必要以上に、動物や魚を殺したり、草花を採ったりしてはいけないです。すべての生類は生きる権利があるのだから。
庭の手入れをしているとき、雑草を引くのもお前が成長したら、他の花が大きくならないから引くのだ許せ、と思いながら雑草を刈り取っていきます。そして、折角お前がこの庭に生えてきたしかしこのように刈り取られてしまうのだから、せめても緑肥にしたり、草木灰にするため燃やそうと思うが、町中では煙を出したりするのは心が引けるので、どうしてもゴミとしてだしてしまう。しかし、このときも自分だけが都合がよければいいというのでなく、他のことよく考えて、循環しているのだとなにごとも、車輪が周り続けるように、移り変わってとどまることがないことしって、人のためになるとする心が大切でしょう。


九は、常にいたるところに仏があること信じ、願いがかなえられ実現することを強く願うこと。
白隠禅師が「坐禅和讃」でも言っています。
「・・・衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ 譬えば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり 長者の家の子となりて 貧里に迷うに異ならず 六趣輪廻の因縁は 己が愚痴の闇路なり・・・」。
人の善悪の業のよって生まれる六つの迷いは、身近なところにあり、それから逃れるのも身近なところにあるもので、自分の行いや関わりが未来に報いをもたらすのであってるから、日頃の行いを正しくしなければならない。
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■竹林乃方丈庵の主から■

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記事へのコメント
  • 100年前の教訓
    竹林泉水 (05/09)
    コメントありがとうございます
  • 100年前の教訓
    レインボー (05/09)
    初めてコメントします。

    100年前のスペイン風邪が流行ですが、与謝野晶子の指摘、感心しました。
    ご指摘のとおり、100年前と同じことが繰り返されているとは、驚きました
  • 東京五輪の延期は
    竹林泉水 (03/27)
    オリンピックの開催はようやく、1年程度の延期との結論がでました。
    ただ、政府は新型コロナウイルスの封じ込めにどこまで、本気でいるのかヨーロッパやアメリカや韓国など
  • 東京五輪の延期は
    アジシオ次郎 (03/25)
     おはようございます。

     東京オリンピック・パラリンピックは1年延期となったわけだが、新型コロナウイルスという道の猛威には勝てなかったというか、この状況で予定通
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    竹林泉水 (02/20)
    「桜を見る会」などを棚上げすれば、モリカケのようにうやむやにされ、日本の行政がますますゆがめれれていく。
    コロナウイルスの対処は別問題では?
    一所にすれば、両方と
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    幽村芳春 (02/19)
    「桜を見る会」の論戦はいったん棚上げにして、今国会ではコロナウィルスなどの防疫問題を論議してほしいと思います。
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    竹林泉水 (02/07)
    コメントありがとうございます。
    五観の偈をとなえて食事をなさっておられるのですか。 頭がさがります。

    企業活動や時の政権も、この「五観の偈」を、政治や商売に置き
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    幽村芳春 (02/03)
    私も必ず「五観の偈」を唱えてから食事をいただいています。実際に唱えると五観の偈の意味がよくわかります。
  • 津久井やまゆり園の裁判
    竹林泉水 (01/15)
    こちらこそ 今年もよろしくお願いします。

    やまゆり園の裁判で、被告が突然暴れ出したとニュースされたとき、詳しいことが報道されなかったので、よく分からなかったです
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