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竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

三つの自

三つの自

世の中で自分で生活していける力、生活力をつけることが一番大切だといい、自立する事が求められます。

私が教師になり始めた頃、四月の一番最初に生徒に、黒板に板書した文字あります。「自律」「自主」「自立」の三つの「自」の文字です。

私は、中学で教えてきまいたが、障碍のある子供が学ぶ養護学校に勤務したこともあります。そこでは、いまから四〇年ほど前は、肢体不自由の生徒の通う養護学校で、機能回復訓練の時間には、人に頼らず自分一人でできるようにと、思うように動かすことができない、自分の体を無理やり動かさせたり。力を付けるため重い物を持たせたりしていました。しかしそのこちょうど、それまでの機能回復訓練から、養護学校の義務化が始り、養護・訓練の授業と替わりはじめました。わたしが勤務したころは、障害を乗り越えるために訓練して、自立するために養護・訓練の時間が設けられ、日常生活に最低限必要な生活的動作の授業がなされるようになりました。しかし、その内容は以前の機能回復訓練のように無理やり身体を動かさせることはなくなりましたが、脳性麻痺の方にとっては無理な身体の動かし方を強いるものでした。

それが10年ほど前に、自立活動支援法が施行され自分一人で自立生活を目的とする、ADL(Activities of Daily Living)より、一人一人の人生の内容の質や社会的にな生活の質を高める、QOL(Quality Of Life)に重視し目を向けるようになりました。
それは、自分で判断する自由を身につけることで、自律心を持つことが大切とされています。
身体障碍のある方は、不備はありますが自立支援法により、自分でヘルパーによるサービスを選び、自分で生活を設計し多くのヘルパーさんと関わりと繋がりを持ち、自分のすることを実現させています。
しかし、一人で何でも出来るようにとする「自立」は、「孤立」に向かっていくおそれがあることです。皮肉った言い方をすると、一人で何でもできる健常者は自立でなく孤立しているのかもしれませんね。


「自律」「自主」「自立」この三つの言葉ですが。広辞苑には次のように書かれています。
「自立」とは、自分の行為を主体的に規制すること。外部からの支配や制御から脱して、自分の立てた規範に従って行動すること。とあります。すなわち自分で判断して決めることができることが大切だということです。
「自主」とは、他人の保護や干渉を受けず、独立して行うこと。とあります。すなわち、自分の自我を大切のすることです。自我とは認識・感情・意志・行為の主体としての私を外界の対象や他人と区別していう語。とあります。すなわち、自分と他人との違い個性を知り持つことといえます。
「自立」とは、他人の援助や支配を受けず、自分の力で判断したり身をたてたりすること。ひとりだち「経済的に自立する」。とあります。この自立も自分で判断することももとめられますが、それより一人で出来ることが求められるのが大きい特別します。

そして、この自律の自分の行為を主体的に規制することは、他人の体験する感情や主張を受け入れる、共感を生みその共感はさらに思いやりを育てると私は思います。
それは、他人の主張に迎合するのではなく、自主性を持ち自分の学びたいものを自分で決める。自分の仕事を自分で判断して決める。自分の生活スタイルを自分で判断して決める。そしてこの自分で決めることが大切で、その結果に対しても自分が責任を取ることです。

しかし、最近この自分で決めて判断ができない人が増え、自分の取るべき責任から逃れようとする人、すぐ世の中の風潮に迎合してしまい、それを自分の意見のように吹聴する人が多くなったように見受けます。
そのような付和雷同するような人が増える国は、いずれその民主主義が崩壊してしまうと言われています。
民主主義が崩壊して時代が逆戻りしないように、費都議と一人一人はこの三つの「自」いや、四つの「自」である「自律」「自主」「自律」「自我」を自覚し育てないといけないでしょう。いやそれを自覚する自も含めて五つの「自」でしょう。
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テーマ : 「生きている」ということ
ジャンル : 心と身体

ワールドニュースを見て徒然思ったこと

NHK BS1の世界の放送局のトップニュースを紹介している「ワールドニュース」を見ています。
そしてそれを見ていると日本の放送局では流れないニュースや、日本の視点からではなくその国の視点からみた報道がされているので、私はいろいろ勉強になっています。

ベトナムやインド、タイなどでニュースは時々自国の環境問題の深刻な状況を報じています。
工場や自動車などの排気ガスにより、深刻な環境問題になって、喘息などの疾患が急増拡大していると伝えています。
外貨を稼ぎ自国の雇用や産業発展のため、工場誘致を推進することにより環境への法がまだ未熟で未整備です。そして環境への技術対策やその必要性の意識も政府も国民も低いようです。しかし市民の健康面への影響は、深刻で待ったなしの状況のようです。市民の生活は切実でそれへのへの対策の、必要性を訴える声も上がっています。

これらの国は、中国やベトナム、インドだけでなく新興国と呼ばれる国にで、いま経済発展が著しくこれからも、日本や欧米諸国の企業から誘致された、工場建設が進み煤煙や、経済発展に伴い車の量が増え排気ガス、工場誘致のためい森林伐採や、鉱山での採掘などで自然破壊での深刻な影響が増していくでしょう。

新興国での公害問題や環境汚染問題は、日本や欧州や米国などの企業が、環境基準が低い東南アジアなどの新興国に工場などを誘致する。それに応え企業誘致がしやすい、環境基準の緩和などのが地元政府の政策でなされることに原因があります。

先進国の豊かな生活は、この新興国の豊かな自然環境を破壊し汚染や公害問題を礎にして成り立っているのです。しかし、そのことをほとんどの日本人や欧州や米国の人は、それを知り自覚をすることなく暮らしています。また、それらに問題があると気づいている人も、私を含めそのほとんどの人はそれに対し、なんら思うことなく今までと同じ豊かな生活を暮らし続けて行っています。


今、経済は金融緩和策で経済が上向きに向いています。そして豊かな生活に呆けてしまっています。しかし、日本の実質はどうなのでしょうか、日本は労賃の高さと、人々が過酷な労働を嫌うことにより、国内の企業が工場の海外移転が盛んになっています。それにより国民の労働力が余っています。そんな生活をしている、日本人は豊かな家電製品などに溢れかえった中で暮らし、苦労がなく楽な生活になれてしまい、辛い汚いきつい仕事を嫌う都会民ばかりです。日本は製造業の現場の技術力や精度の高を強みとしていました、その技術を持っている者は高齢になり、若い後継者が辛い汚いきつい仕事を嫌い先行きが怪しくなり、企業は海外にその労働者の育成に力を入れています。
労働にも重労働で苦労の多い、仕事は嫌うようになっているので、それらの労働力は海外からの労働者に頼る用になってきています。どんどん外国からの出稼ぎ労働や、人口の減少もあるので海外からの移民も増えていくでしょう。


そのように考えこの記事を書いていると、政府やようやく重い腰を上げようとしているようです。
それは中国で日本が環境フォーラムが開かれることです。遅きに失した環境支援だが、四日市や水俣や川崎などの教訓を、過去のこととして葬らず、世界中の国に日本の技術使って、環境対策に支援することです。そしてその信頼をえるために、環境基準が低いので安価に生産できると工場誘致などをするのではなく、高い環境基準がその地域を守り価値を高めるとして工場を誘致していくべきでしょう。
自然を守り環境技術を高めるには、法的な高い規制や基準が必用であることを、政府や企業に伝え取り組んでいくことが、足かせになるのではなく信頼を得て絆を強くしていくことでしょう。そして、このことは中国だけでなく、アジアの国々やアフリカや南米、そして中東などの国にも同じ方針でいくべきでしょう。

環境面ではそのような動きがありますが、産業や金融面ではまだまだ物作りを大切にする方策は見つけられていないようで、これからの先行きは決して楽観してはいけないでしょう。
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FC2のメンテナンス後

FC2サーバのメンテナンスがあって、ブログの管理画面にログインできなくなりました。
しかも、メンテナンス後も、ログインができなく往生しました。

そしてあれやこれや考えて、ブラウザのクッキーとキャッシュを削除すると、そのようなことはなくなりました。

ごく簡単な初歩的なことでしたが、突然ログインできなくあわててしまいました。

時どき、メンテナンス情報などを見ておかないといけないと反省しています。
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見えないときに、ないと考えるのは?

海のほか何も見えないときに、陸地がないと考えるのは、けっしてすぐれた探検家ではない。
フランシス・ベーコン「学問の進歩」

目先のことだけに目を向けて、短期的なことだけを考え、物事を進めるのも必要でしょう。
しかし、状況が改善されたからといって、それに安堵してしまい有頂天になり、それだけに終始してしまってはいけないです。広く視野を広げて、長期的な展望で物事を押し進めないと、子孫に後戻りのできない、多大な負担を強いることになってしまいます。

捻れているからと決められないからといって、
96条改正の他に何も打ち出さないのは、
けっして優れた政治家ではない。

衆参の多数を持つ議席数が与野党で違うことについて、誰がねじれといったのだろうか。ねじれていることを悪の根源のように、一部の人は言うが決してそうではないはずです。
その衆参の議席の違う中で如何に、議論をするかしないかで民主主義としての決定を下せるか下せないかが問題になるのではないだろうか。

次のような言葉があります。「広く会議を興し、万機公論に決すべし」そして、「上下心を一にして、盛に経綸を行ふべし」といっています。この言葉を現代的に解釈して政治を行って欲しいものです。この言葉を誰が何時、発せられたか、96条改正を推進されている方はよくご存じでしょう。これで以上はなすのは釈迦に説法かもしれないので話は終わりにします。
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テーマ : 哲学
ジャンル : 学問・文化・芸術

二無き物を至宝と為す

物は一有りて二無き物を至宝と為す。顧命の赤刀、大訓、天球、河図の如き、皆一有りて二無し。故に之を宝と謂う。試(こころみ)に思え、己れ一身も亦是れ物なり。果して二有りや否や。人自重して之を宝愛することを知らざるは、亦思わざるの甚だしきなり。
佐藤一斎 言志録  186

二つとない物をこの上もない宝物。例えば、書経の顧命編にある赤鞘の刀、三皇五帝の書、鳴る球、河中の龍馬図のようなものは、この世に唯一つあるもので二つとは無いものです。
このことを当てはめて次のことをよく考えて見ることは大切です。自分の一身も、またこれは物である。果して二つあるのか。
この身体を自重し自愛する事を知らぬとは、誠に思うことを知らない最たる事である。


三千年ほど前に書かれた、中国最古の医学書と呼ばれている、「黄帝内経」に次のようなことが書かれています。昔の人は100歳になっても元気だった、しかしいまのひとは、40、50歳になると衰え初め病気に苦しんでいる。
それは、今の人は酒池肉林で欲に溺れ異性にも溺れているから40歳にしかならないのに病気に苦しんで当たり前だ。しかし昔の人は自然にいき自分の身の程だけを取り入れて、自分の命というものを大切にしていたから、100歳まで生きることができた。
自分の身体は一つしかないので、一番大切なものとして扱わないといけないと、佐藤一斎は「言志録」のこの項でいっています。
そして、その自分の身を大切にするこは分かり切っているが、それが逆に一番疎かにされてしまっている。これは、江戸時代から言われているもので、同じようなことを、貝原益軒も「養生訓」の始めに、一番大切にしないといけないのは体であると、幾つかの側面から説き諭しています。

この、自分の身体を一番大切にしないといけないことは、誰しもがわかりきっていることだと思います。しかし、現代の世の中、それを惑わすものが、いたるところに漂っています。
美味しい食べ物、美味しいお酒、美味しいお菓子。それ以上の美味しく見せて感じさせて惑わす宣伝。その上手間暇かけて苦労して作ることから解放させる。レトルト食や外食産業。
食べのだけでなく、日常生活のなかでは身体を積極的に動かすことをしなくなりました。昔は川や井戸から水を汲み、それを家まで運び甕に移し、しばらく置いて上澄みを使っていました。いまは、水道の蛇口をひねるだけです。このような生活の戻るのがいいとは、わたしは決していいませ。しかし、次のようなことはちょっといかがなことかと、思うのです。近所のポストに手紙を出しにいくのに、来るまでポストまで行く。なんか変だと私は思うのですがそれを少しも変とは思わない人が増えているようです。

佐藤一斎は「人自重して之を宝愛することを知らざるは、亦思わざるの甚だしきなり。」と言っています。
自分の身体を軽々しく考えないで大切にすることは、自分の気に入ってる宝物を愛でること以上に、重要なことだと知らないのは、何よりも、自分自身を思うことを知らない最も愚かなことだ。

デジタル化した現代文明の豊かさと、楽にした暮らしを追い求めるだけでなく、それによって失われていくものがあることを忘れないようにしたいものです。
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妻の病気の9割は夫がつくる

少し前の新聞の本の広告に次のようなものがありました。
「妻の病気の9割は夫がつくる」という題名の本です。

その本の内容の紹介文を見ると、次のようにありました。
■「おれのテレビだ」とチャンネルを独占する
■今日会った出来事を話しても上の空
■定年退職したとたん四六時中まとわりつく
■「誰に食わせてもらっているんだ」が口癖
■高熱で寝込む私に「飯は?」と詰め寄る
■「家事もやっている」とえらぶる
■几帳面で常に家の中の粗探しをする
■子供の悪い部分はすべて「おまえのせい」
■私の親の前でだけいい顔をする
■姑が言いたい放題でも見てみぬふり

これを見ているとこのような夫だと、仕事もできない夫だろうと思います。

それと同時にこの本と逆の本も、書けるのではないと思います。
「夫の仕事が出来ないのは9割は妻が原因」

「妻の病気の9割は夫がつくる」本のような夫は、気が小さい小心者でしょうが、そのようなことをさせる要因には妻の方にもあるのではないでしょうか。
この上の■に上げものは本の広告で、興味を引くように書かれてあるので、面白く誇張しているのでこれは、仕方がないこともあるでしょう。
しかし、会社などで仕事をするのには、大きなストレスもあり家は安楽憩いの場としたいので、先にあげてあることもうなずけることもあります。それを、ゴロゴロしているとか濡れ落ち葉とか、元気で留守がいいなど、家事を任されている専業主婦が考えていると、今日も元気で家族のために仕事を頑張ろうとは思い難いですね。
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テーマ : ◆◆日々の暮らしを楽しむ◆◆
ジャンル : 結婚・家庭生活

地震

大きな地震がありました。18年前の地震の再来かと思うほどでした。
しかし、その時は今回より10分程遅い時間でしたが、1月でしたから外はまだ真っ暗でした。
今回は、4月で外は明るく気持ちも落ち着いていました。
それと私の周囲では被害は無いようです。
地震には、いつも気をつておかないといけないと感じました。

これを書いていると、外から救急車のサイレンの音が聞こえてきます。どこかで何かがあったのかしれません。
しばらくすると、消防車の音も聞こえてきました。
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庭の草引きをしていて

どうもこのところ、新聞の記事を読んでいると、穿った物の見方をして素直にみたり感じたり考えたり出来なくなってきている。

すこし、新聞の政治欄などを見ないようにしたく感じるほどです。

それやこれやで、気晴らしに庭の草引きをしていると、春の芽吹きが盛んになってくるのを感じ、毎年思うことがあります。

それは、引いても引いても出てくる雑草の芽です。おまえも芽吹き生きたかろうにと思いながら、小さな芽を摘んでしまいます。中には小さく可憐な花を咲かせているのもあり、草を引く手を休め抜いてしまおうか止めておこうか、気が咎めることがあります。しかし、これをほっておくと花の種や野菜の苗などを植えることが出来なくなってしまいます。
そこで、無情にも引いて刈り取ってしまうのです、しかもゴミ袋に入れ燃えるゴミにして出してしまいます。
私の住んでいる住宅地でなく田舎の野良であったら、刈り取った草は干して焼いてしまい、草木灰として土に鋤き込んでしまうのです。
同じ草でも、住宅地に生える草と、田舎の野良に生える草、まあ野山に生える草。それぞれ邪魔者として捨てられるもの、厄介者とされながらも再利用されるもの、そして誰も見向きもされないで自然に枯れて腐りそして肥やしになるもの。それぞれ生きようとしてこの世に生まれてきたものですが、それにはそれぞれ大きな違いがあるものです。

「一切衆生 悉有仏性」と言う言葉があります。平たく言えば、一切の生あるものに、ことごとく仏になることの素性がある。ということでしょう。
この言葉は、お釈迦様が臨終のときに、弟子たちに言った言葉とされています。
生きとし生ける者に、すべて、仏となる性質がそなわっている。虫でも魚でも、犬でも猫でも、馬でも牛でも心の深層は性善で仏になることができる。
当然、全ての人間も、悪人も善人も、心の奥底に仏性があるので、まずは、自分を信じることが肝要だということです。


能の「杜若」に、次のようにあります。
「袖白妙の卯の花の雪の。夜も白々と。明くる東雲の浅紫の。杜若の。花も悟の。心開けて。すはや今こそ草木国土。すはや今こそ。草木国土。悉皆成仏の御法を得てこそ。失せにけれ。」

能の「白髭」には、
「天地の両灯現れて。両灯現れて。神前に供ふる御灯の光。山河草木かゝやき渡り。日夜の勝劣見えざりけり。竜神舞働」。
地「此南瞻部州を普く飛行して御覧じけるに。漫々とある大海の上に。一切衆生悉有仏性如来。常住無有変易の波の声。一葉の芦に凝り固まつて。一つの島となる。今の大宮権現の。橋殿なり。」

自然の息吹と人間の身勝手を振り返り、自然の息吹を大切にして、よきものが育つように調和できればと、思いながら草を引いていみました。
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テーマ : ベランダ菜園&プランター菜園
ジャンル : 趣味・実用

もったいない、おかげ、ばち

最近聞かなくなった言葉、
「もったいない」「おかげ」「ばち」

このところあまり聞かなくなっていたが、最近時々叫ばれることば「義理」「恥」「恩」

この六つの言葉どれも大切にしたいことです。
後の言葉の三つは、対人的 社会的な関わりにおいての規範をつくらさせるものです。

先の三つは、自然に対する恐れや畏敬の念からくるものです。
どちらかというと私は、過分で「もったいない」、まだつかえるのに「もったいない」。○○の「おかげ」です。そんなことをしたら「ばち」があたる。を大切にしていきたいです。

・もったいない 漢字で書くと「惜吝」などでしょう。
惜しいと思う気持ち、ありがたいと思うさま、おそれ多い。かたじけない。
・おかげ 漢字で書くと「恩恵」となるでしょう。神仏の加護。自分以外のことから受けた恩恵
・ばち 漢字で書くと「冥罰」などとなるでしょう。
人を越えた存在が人の悪事に対する懲らしめとして償いを与えるもの。

どれも自分の驕りをつつましめ、自然などの人以外の存在を大切にして生活をしていこうというものだと思います。
それにたいして、後の三つは、対人的 社会的な関わりにおいての規範をつくらさせるものです。
・ぎり 義理を欠く、義理人情 義理で○○する。
・はじ 恥をかく、恥をしのぶ、恥を知れ。
・おん 恩に着る、恩を売る、恩を返す。

私たち日本人は、2年前いまの物質文明のあり方方に対して、反省し振り返る機会をえて、多くの人は今のあり方を見直そうとしました。そして、地震や津波や原発事故は天罰だ天誅といった政治家もいました。
しかし、2年もすると喉元過ぎれば熱さ忘れるで、バブルの再来を望んでいるようです。
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百人一首 07


秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ
   天智天皇

秋の田のそばにある作業小屋の、屋根を葺いた苫の編み目が粗いので、私の衣の袖に露が落ちて濡れてしまっている。

天智天皇
 舒明天皇の皇子です。天智天皇は平安時代には、歴代天皇の祖として非常に尊敬されていました。

   1天智天皇碑s


秋といえば「収穫の秋」で、山や野や畑から穀物や野菜、果物の収穫の時季でね。
田に撓わに実った稲を刈るための、作業のために仮に建てた粗末な小屋にいると、苫で覆いがしてあるが、それでは着ている着物の袖が露で濡れてしまう。
どうも、この歌を詠んでいると、天皇が田のそばにある、見張りようの小屋に泊まること自体おかしなものです。
そう思ってました。調べているとこの歌は、万葉集では詠み人知らずになっている「秋田刈る仮庵を作りわがおれば衣手寒く露ぞ置きにける」があります。それがなぜか口伝で伝えられるうちに、歴代天皇の祖として尊敬される天智天皇が、農夫のそのような姿を人間味ある暖かい目でとらえた歌とされたようです。

それはともかく、すべて人の手でしていた時代です。野良作業の大変でしょうし、せっかく稔った農作物を山の獣のから守る見張り番の山小屋で収穫が終わるまでの間ですが、屋内にも夜露が降り落ちるのを憐れんむことは、現代の人にはなかなかそれを実感とする事はできないでしょう。




春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山
   持統天皇

いつの間にか、春が過ぎて夏がやってくると真っ白な衣を干していたという、あの天の香具山に衣がひるがえっているようです。

   2持統天皇碑s

持統天皇
天智天皇の第2皇女で、壬申の乱の時に夫の大海人皇子を助け、夫の天武天皇崩御後、持統天皇として即位しました。政治には高い能力を発揮し、夫である天武天皇に助言し常に補佐していたようです。そして夫の死後政務をとり続け称制としえ政を行った人です。

天皇は、飛鳥浄御原令を施行し、それまでの「倭」の国号から「日本」に改めた人でもあります。他にも政治において敏腕辣腕だったようです。ちょうどサッチャー元英首相いのようだったのでしょうか。いやサッチャーは宰相でしたから、天皇と同じ次元で話してはいけないですね。
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バリ島の幸福の三要素

バリ島の人たちは、幸福になるための三つの要素があると、考えているということを聞いたことがあります。
それは、次の三つです。「人と人との協和」「人と神との協和」「人と自然との協和」です。

都会で暮らしている人は、ナチュラル・リズムとか言い自然に対する願望を持っていますが、バリ島の人はそれだけでなく人は自然の中で生きるという感覚を持って生きていたようです。しかし、現代の文明文化が入り込んでしまったいまは、それらが本当にどこまで息づいているのか、私は詳しく知りませんが浸食されて行っていることは確かだとおもいます。

しかしバリ島で暮らす人々にはしっかり備わっていると、都会に人には見えてしまうようです。その生活を見ると「神々」「自然」「人と人」の三つの世界のかかわり合いの中で生活しているといわれます。
そして、神々と自然と人の世界の3つを生活の営みのなかに、織り込まれ自分と家族、家族と村のために、今まで暮らして続けてきた暮らしののなかで、決まり事や約束事などを守り続けることで、自分と人との幸福があると考えて過ごしてすいます。

こう書くとバリ島の人は楽園に過ごしているように聞こえるが、それは現代の欧米風の近代機械文明から見た見え方です。実際は貧しさによる文明と、欲とのかかわりから離れたところからくるものではないでしょうか。
明治維新前の日本や町民や庶民、また貧しい農村や漁村では50年ほど前まで、明治維新のころ日本にやってきた、欧米人の旅行記などを読むと、日本の庶民もそのバリ島の人と同じように見えたようです。

そこで、明治頃から昭和の中頃までの、生活記などを読むと昔は、農村や漁村の掟や村のしきたりや祭りなどが、人を育て村民同士が助け合い守り合う力になっていたようです。

そして、その掟はおおむね以下のようなものでした。
・親に孝行する
・内輪でわがままなことをしない
・神仏を敬う
・博打を打たない・大酒を飲まない
・喧嘩をしない
・火事や盗人から村を警護をする
このことは、田舎の村などは今も残っているところが多いです。そして、これは人と人が生きていくうえで、当たり前のことだと思います。
しかし、この当たり前のことが、都会で暮らす人にはすべて忘れてしまっているようです。しかも忘れているだけでなく、なくなってしまい。核家族かで高齢の親の面倒を見ない、自我を通し自分勝手なことをする、信仰心がない、夜遅くまで酒をのむ、ギャンブルは大流行です。気に入らないとすぐ暴力を振るう。都会の消防団は消滅していっています。

機械文明が発達し生活の仕方が楽になり、貨幣経済が行き渡り成長しGDP(国内総生産)が高くなっていくと、豊かな生活になっていくと言われています。
しかし、一昨年、ブータン国王が訪れました。その国はGDPは最下位クラスの国です。しかし、この国はGNH(国民総幸福)の方が、GDPより大切だとして取り組み、国民の多くが幸福だと感じているとして、話題になったことは記憶にまだ新しいことだと思います。そのときは、GNHが注目されましたがいまは、それよりGDPばかりに国民の目が向いているようです。

ブータン国王が訪れたころは、GNHが話題になりましたが、いまは誰もそれを口にしません。それより、GDPが注目されていそれを上げることに躍起になっています。
バリ島の人たちの幸福になるための三つの要素を今一度考えてみたいです。
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庶民の生活

日本の庶民は、江戸時代から、明治・大正・昭和そして平成の現代でも、今までの生活をお上などの方々の人から、なんのかのととやかく言われ、それを変えさせられようとしてきました。
それは、都会の人より田舎に暮らしている人の方が、言われ翻弄されてきたところがあるように見えます。農業や漁業や林業を営む地域の人々は、そのすんでいる村のしきたり慣わしを守って生活してきました。それが農業や漁業を営む上で大切なことだったからです。
しかしお上や町の人からそのような地域独自の問題や特性があるのに干渉され、田舎のしきたりは古いと言われ、都会の生活やしきたりがよいなどと言われ、それを変えるように押しつけられたり、時には金と権力の力で押し切られ痛めつけられてきていました。

徳川幕府の時代から、明治なると中央政権の政府や官僚などの文明開化とか近代化といい、今までの徳川時代のものは封建的で古い悪い制度として、新しい制度に強制的に従わされことが強くなり、いままでの習慣は旧弊や陋習、弊習として新政府の方針を強要されていきました。それは大正になり昭和なっても続き、昭和になってからや挙国一致や八紘一宇などとしてますます、地方は中央に従わされました。そして、戦後になるその明治以降に政府の方針い従ってきたものを、今度はまた転換させられました。そしてまた今度、特に東北の津波と原発事故を期に、今までの生活を大転換するように庶民は迫られています。

繰り返しになるが、明治以前の生活を封建的で時代遅れで悪だと言われ、今までの生活を変えさせられ、昭和になると富国強兵・挙国一致・八紘一宇として、農漁村の守り続けていた庶民の生活は潰され、さらに戦後は封建的だ民主的でないと、今まで村独自の経済的な繋がりを潰され、町と同じ経済制度なに従い取り入れることを余儀なくされ、今までの生活を変えさせられました。そしてそれは、都会も地方の村も変わりなく便利に過ごすことが出来、生活も豊かになりました。しかし、その代償としてそれまでその地で暮らしていた庶民の生活文化は、今は昔のものになり忘れ去られようとしています。その上地方の年齢構成には歪みができ、過疎化して人とのつながりも疎くなりさびれてきています。

それも、「強靭な美しい日本」を蘇みがえさせるために仕方ないことなのでしょう。
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山の小道の散歩

今日は今までに通ったことのない道を散歩しました。

普段誰も通らないのか、小道に入るといきなりアナグマにであいました。アナグマもびっくり、私もびっくりです。
一寸両者ともフリーズしてしまいました。写真を撮ろうと携帯を取り出しているうちに、アナグマ君は藪の中に消えて行ってしまいました。
この道は田んぼに水を引く溜め池の管理道のようで普段誰も通った様子はないですが、下草刈や枝打ちの整備はされえいました。ですから、アナグマ君もさぞびっくりしたことでしょう。


そしてしばらく行くと、道の両脇は山つつじが百花繚乱という感じで咲いていました。
鳥の鳴き声が聞こえてきて、とてものどかでした。

 山つつじ1 山つつじ2

しばらく進んでゆくと周囲の様子は変わってきました。竹が雑木林の中に浸食してきています。
さらに進むその竹林も密生して、中は薄暗くなってしまって、手入れがされていないようです。
竹の子を獲って食べたり売ったり、イカキ(ざる)や籠などの竹細工を作ったり、する人もいなくなってきたのでしょう。

 竹浸食2 竹浸食

若い人はキツイ重労働の農業を嫌い、都会で会社勤めに里を出ていき、山を管理する人手が足りなくなってしまっています。

よく都会の人は里山が綺麗だと憩いの里だとかいいますが、その里山を管理するのは、埃だらけになりキツイ重労働のおかけです。
竹林も、竹の素材を利用した生活用品を作らなくなり、プラスチック製品や金属製の製品にとって替わってしまいました。そして竹林の手入れをしなくなり、竹林は密生して痩せた竹の子しか生えなくなり、だれも竹の子を狩らなくなりました。
昔の貧しい生活の風情が現代では、観光になっているものもあります。京都の大原女などはそうでしょう。山から柴を苅ってきてそれを、紺絣と赤の帯に大きな柴の束を頭に乗せ、里に売りにゆくものです。頭に乗せて運ぶのは手に持つには重すぎ、荷車や馬や牛で運べないので、頭に乗せて運んでいたのです。現代の観光大原女は、少量の枝の束を手で添えながら頭の上にのせているようです。風情があっていいと思うのは、都会で現代の豊かで楽な生活をしている人です。しかし、その昔の実際の生活やそのための作業は、大変重労働で収益が少なく苦労の多いものでした。
その柴も日常の煮炊きものはガスを使くようになり、近くの赤松の山も柴を取にいかなくなり荒れてしまっています。

話は散歩をした小道に戻し、散歩したこの辺りは昔は赤松林があり、人が入り柴を苅ったりしていたので、秋の味覚の松茸が沢山とれたのも見かけなくなりました。


それはそれで、しかたがないことです。いま薪で煮炊きものをしろとは言えません。日本の田園風景の里山を残すために、田舎に住んで農業に携わっている人に、昭和20年代30年代以前の生活をしろとは言えません。
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一角仙人

最近の新聞やニュースの記事を読んでいると、自分の心が否定的に考えたり穿った見方をしてしまします。自分の心に余裕がなくなっているのでしょう。
そこで、依然ブログに書いた、「天台小止観」を読み直して見るとともに、改めて坐禅の作法と用心の事を書いた「天台小止観」(岩波文庫 関口真大)を読み返しています。

その第二章の「欲を呵せ」に、五種類の欲望を呵しないといけないと戒め、その五番目に触欲を叱り戒めないといけないと書いています。
その例えてとして次のようなことが書かれてあるのに興味を持ちました。
「五に触欲を呵すとは、男性や女性の異性の体や手足のやわらかさ、きめのなめらかさ、寒いときの体の温かさ、熱いときの体の涼しさ、その他の種種の快い感触などで、人人は無知でこれらのために沈没し、修道の障害となる罪を起こすことになる。経のなかに例えば、独角仙人が触ってみたいという欲望からついには神通力をうしない、婬女のために頭に馬騎りになられてしまったという話がある。このような種種の出来事の例から触ってみたいという欲望の過罪を知るべきである。経論のなかに広くこれを説いているところがあるのはそのためである」。

この「独角仙人」の、たとえ話を読んでいて、能の曲目にある「一角仙人」があるのを思い出しました。
一角仙人の話は「天竺波羅奈国に、鹿の胎内から生まれ額に一本の角を有する仙人がいて、仙人は龍神と威カを競い龍神を打ち負かし、神通力で岩屋に閉じ込めてしまいます。そのため数年の間雨が降らず民は困ってしまいます。それを見かねた帝は扇陀婦人という美人を使い、仙人が自滅することを画策します。役人と扇陀婦人を送り込み仙人の庵に近づき、酒を勧め面白く舞を舞い仙人を惑わします。夫人の容色に迷い神通カが失せた仙人は寝込んでしまうと。岩屋が鳴動して、龍神は雨をらせつつ龍宮に帰り仙人は力尽き倒れ臥してしまう」。という話です。


また、詳しくは知らないにですが、歌舞伎の十八番の一つと言われる演目に「鳴神不動北山桜 鳴神」という番組があるそうです。これは、能の「一角仙人」か作られたもので同じ内容で、市川團十郎のお家芸だそうです。話の筋は「時の天皇が鳴神上人に皇子が誕生したら戒壇を作ると約束して祈祷を依頼するが、天皇は約束を守らなかった。そのことで朝廷に恨みを持つ鳴神上人が、竜神を滝壷に封じ込めてしまい、干ばつが起きてしまいます。君は雲の絶間姫の美しさに上人を惑わせようと、滝壷に遣わせます。そして竜神を誘惑して酒で酔いつぶしてしまい。竜神を解き放って雨を降らせます。しかし酔いから目が覚めた上人は姫に欺かれたことを怒り欺かれたことを知り、雲の絶間姫を追いかける話しです。
歌舞伎の話は、能にくらべ人間のおどろおどろしさと、後半の上人と姫とのやりとりがリアルに描かれているようです。能の曲はそこまで描写されていないが、観る人によっていくらでもイメージが作られるようにできています。

この三つの話を読むと、酒好きで女好きなひとは、どこにでもいそうな話です。しかしその中で「天台小止観」はさらに欲を呵せの欲は、色声香味触のことをいっていますが、その次の第三章の蓋を棄てよとあります。その蓋とは、貪欲と瞋恚と睡眠と掉悔と疑と言っています。欲とか怒りとか眠気はわかりますが、掉悔は欲を形に現わそうとする動きのことで、疑とは物事を信じない心のことで、それが起こる心に蓋をしてコントロールできる自律の心を持たないといけないと説いています。

ここで、目先の五欲にかまけてしまってはいけないと言っていることだと思います。
そして、能の謡曲では、「いかにやいかに一角仙人。人間に交はり心を迷はし。無明の酒に酔ひ臥して。神力を失ふ天罰の。報の程を思ひ知れ」「山風あらく吹き落ちて。吹き落ちて。空かき曇り。岩屋も俄にゆるぐと見えしが磐石四方に破れ砕けて。諸竜の姿は。現れたり。」となって、竜神は竜宮に帰っていきます。

この能の曲と歌舞伎の演目の話を聞くと、昔も今も、日本もよその国も、宮殿で生活をする人も下々の巷で生活する人も同じで。欲を呵すのは太古から同じのようです。一時の快楽にふけってしまうのも、一時の景気を追い求めて浮かれるのは、この独角仙人が触ってみたいと、欲に負けてしまうのと同じようにも思えます。私は貧しかったら心が卑しくなり、粗雑になり悪いこともしてしまうことがある。裕福になると心豊かになり善いことをする。この考えは正しいものと思っていましたし、今もそのことは一理あり正しいとも言えると思っています。
しかし、逆も真なりで清貧の聖者である、アッシジのフランシスコのような人もいます。
そして、豊かなら益々貪欲になり今の生活を守るため、今よりより豊かになるために、よからぬことに手を汚してしまう人もいます。
ちょうど今の日本は、所得倍増計画から日本列島改造論、そして国土強靱計画と突き進んでいます。しかし、目的は達成されたのでそろそろ、今までの歩んできた道の中で、置いてきたもの、忘れてしまったもの、捨ててしまったものなそを今一度見直して見るのもいいのではないでしょうか。
これから昔の高度成長と同じことを追い求める時期でなく、発展を尽くした少子化高齢化国であることを忘れずに、自分がどうあるべきかを見直していきたいと思います。
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フランスのファストフード店

先日フランスのファストフード事情のニュースをしていました。
フランス人の昼食時間が20年ほど前は1時間半だったのが、いまは30分になってしまている。
その原因は、ファストフード店の進出が影響しているようです。
フランス人は昼食も手間暇かけて、時間をかけて食事をとるの習慣がありました。しかし、サラリーマンなどの仕事は、不景気だけでなくデジタル化などで効率化がもとめられて、それが昼食の取り方まで変わってきたようです。
それに、ちょうどファストフード店の経営の仕方が、食事の仕方まで変えていったようです。
ただ、フランスではアメリカのように立食やウオーキングフードは敬遠され、テーブル席で食べる方が好まれているようです。

日本ではどうでしょうか。ゆっくりと落ち着いて座って食べる、そのような意識より手軽さと効率を重んじるほうでしょうか。
もともと、江戸時代江戸の町では、屋台を担いで食べ物を売り歩く、そば屋・うどんや屋、天ぷら屋、すし屋。また、焼き芋屋、飴屋などなどが盛んに闊歩していたようですから、日本人にはファストフード店のような形は受け入れられやすいでしょう。

ただ、気になるのはその売られている、フライドチキンやハンバーグなどの食品が気になります。

たいてにのファストフードの食品は、高カロリーで栄養バランスが偏っているものが多いです。安くてお腹が膨れる高カロリーで低栄養は、生活習慣病を助長する食べ物です。

世界中に広がっているファストフードは、世界中の食習慣を変え、体も心もお金に食べられてしまうよに感じてそのニュースを聞いていました。
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テーマ : ファストフード
ジャンル : グルメ

■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
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記事へのコメント
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    幽村芳春 (02/19)
    「桜を見る会」の論戦はいったん棚上げにして、今国会ではコロナウィルスなどの防疫問題を論議してほしいと思います。
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    竹林泉水 (02/07)
    コメントありがとうございます。
    五観の偈をとなえて食事をなさっておられるのですか。 頭がさがります。

    企業活動や時の政権も、この「五観の偈」を、政治や商売に置き
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    幽村芳春 (02/03)
    私も必ず「五観の偈」を唱えてから食事をいただいています。実際に唱えると五観の偈の意味がよくわかります。
  • 津久井やまゆり園の裁判
    竹林泉水 (01/15)
    こちらこそ 今年もよろしくお願いします。

    やまゆり園の裁判で、被告が突然暴れ出したとニュースされたとき、詳しいことが報道されなかったので、よく分からなかったです
  • 地球温暖化の問題点
    竹林泉水 (01/15)
    年始葬送のコメントありがとうございます。
    今年もお互いに良い年でありますようねがっています。

    ハイ 温暖化問題の解決の一番は、私は人間活動に足るを知ることだと考
  • 津久井やまゆり園の裁判
    アジシオ次郎 (01/13)
     遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

     さてやまゆり園無差別殺傷事件の被告に対する初公判は、開廷して被告が謝罪したと思いきや突然口に手を突っ込むとい
  • 地球温暖化の問題点
    荒野鷹虎 (01/10)
    温暖化問題は難解ですねー。
    直ぐ原発再稼働に走りがちになりますのでとんだ飛躍ですよねー。
    水力や風力発電はいかがなものでしょうかね。
    恐ろしいことが現実化されてい
  • 日韓関係が戦後最悪
    竹林泉水 (01/05)
    北朝鮮脅威論や韓国敵視政策をとるような国の指導やがいるが、韓流ブームもあるし民間の間では、一部の政治の指導者が選挙の票集めのために嫌韓を煽っても、それは、一部の
  • 伝統食
    竹林泉水 (01/05)
    そうですね、食が便利にないり、曹洞宗の五観の偈のようなことを考えずにいることが多くなっています。
    だから、テレビ番組で、食べ物を笑いものに扱うような番組が制作さ
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