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無用の用

一見役に立たず無駄に見えるものでも、それがなければそのものが存在できない。
老子は無用の用を教えてくれています。

老子11章 に  
三十の輻、一つの轂を共にす。其の無に当っりて、車の用有り。埴をこねて以って器を為る。其の無に当たりて、器の用あり。戸ゆうをうがちて室を為る。其の無に当たりて室の用有り。  
故に有の以って利を為すは、無を以って用を為せばなり。

自転車などの車輪には数十本のスポークが一点に集まり車軸を通す孔である轂をつくる。この孔が塞がっていると、車軸を作る事ができなく車輪でなくなり、車を動かすことはできない。
粘土をこねて器を作る時も、器として大切な用をなす部分は、土の部分ではなくなにも無い部分です。
家を立てるのも、外側の壁がなければ家を建てることはできないが、実際に住まいして用をたす部分は、なにもない空間のところです。
このことからも解るように、「無用の用」とは、一見無駄なように見えるものが、実は大切な役割を果たしているのです。

人でも同じことがいえます、組織の中で何ら役にたたない人はいないのです。それなりにどんな人でもそれなりの役割を果たしています。たとえ周囲から穀潰しだとか疫病神だなどと言われるような人でも、その組織や集団を形作っているのは、そのような人がいるから成り立っているのです。どれだけその人のもっている本来の力を引き出すかは周囲の力によるところで、それを引き出せないのはその組織と指導者によるところです。
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私の桜の観察木

私の観察木の桜の木も開花していまや繚乱になってきました。
   




これから庭の手入れも、一寸手を抜くと雑草が生い茂る季節になります。

コツことと少しずつ、草引きをしながら庭と私の身体の養生をします。
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魚を食べる

独り暮らしの高齢者の食事に変化が出てきているそうです。
今までの高齢者と比べると魚を食べなくなり、肉を食べる高齢者が増えているそうです。今の高齢者は若い時に、肉を沢山食べていたので当たり前だと言えるかもしれません。しかし今までの統計から言うと、若いときに肉を食べていても、年をとると共に脂っこい肉より、魚を好むようになっていました。
この傾向が数年前ごろから変化が見られ、年をとっても魚を食べるの高齢者が少なく、肉を食べる人が多くなってきたらしいです。

この原因はどこにあるのかを考えるに、魚は肉と比べ調理法が面倒だからと見られているそうです。焼くのも手間だし、煮るのはより手間がかかる。しかも魚を捌くのには手間がかかります。それでは切り身を買ってきたらいいではないかと思うが、台所などが昔のようにコンロの上に網を置き煙を出して簡単に焼けない。グリルを使って魚を焼くのは、使った後の後始末が結構面倒です。それに、買ってきても冷蔵庫に保存しても肉より永く持たない、などなどいろいろあるようです。

骨付きの魚は美味しいですが、調理にも手間がっかるし、食べるのも身をむしるのも手間がいる、食べた後の骨などの残飯も出てしまう。昨今ゴミを捨てるのも面倒になってきて捨てるのにも手間がかかる。そのようなわけで独り暮らしの特に調理に不慣れな男性が、魚を食べるのを敬遠してしまうようです。
しかしそれだけでもないように思う。

料理が好きな人は別にして、高齢者に限らず調理をすることを見ると、昔と比べ今は手間をかけることを惜しむようになっている。スーパーなどの棚には、いろいろとすでに刻まれ野菜などが並び。買って来て後は加熱するだけの、商品も棚に並んでいる。また、一週間か一ヶ月分のメニューが決まって、食材は調理によい大きさに切ってあり、後は味付け加熱するだけでいい宅配のサービスも人気があり。弁当を毎日宅配してくれるサービスもあるようです。このようなサービスは独り暮らしの高齢者にとって確かに便利で経済的であるかもしれない。

しかし、逆に時間のある元気な高齢者は、料理に時間をかけて料理をするのを楽しみ、食事も楽しめるようになれば、生活の楽しみが増え老化の防止にもなり、今までとは別の生き甲斐も見いだせるのではないだろうか。
魚の消費量を増やすこともかね、美味しい魚の調理のしかたなどの、高齢者むけの講習会や支援体制があれば良いなと思ったりする。
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樽の中で過ごし 足を知る

樽の中で過ごし 足を知る

バチカン教皇庁に描かれているフレスコ画で、ラファエロ作「アテナイの学堂」と呼ばれるものがある。その絵の中央に教皇庁の場に似つかわしくない、見窄らしい老人が描かれている。
この人物は古代アテネの哲人ディオゲネスだと言われているのだが、どんな人物だろうと興味を持ち調べてみていたら、youtubeで次のような「ディオゲネスの言葉」をみつけました。 

ディオゲネスの言葉
http://www.youtube.com/watch?v=jjM9xBT3UCM

ディオゲネスは何時も樽の中で生活して、皆からは「犬の哲学者」と言われている自由奔放な哲学者でした。アレキサンダー大王がギリシャを征服したとき、大王は噂に聞くディオゲネスに会い「何か所望するものはないか、何でも叶えてつかわそう」と言った。すると、ディオゲネスは「そこをどいてくれないか、ひなたぼっこをしているのだから」と言った。そして、この一言についてアレキサンダーは、なんと無欲であろうかと感心したそうです。

地上(樽の中)に臥すディオゲネスに富める心があり、富めるアレキサンダー大王はあらずもがな。
足を知っている者と、足に満足しない者との違いでしょう。しかし、アレキサンダー大王は、「今は自分には王に生まれた使命があるので、このギリシャにやってきたのだ。しかしこの次に生まれてくるときは、大王ではなく哲学者になりたい」と言ったそうです。

そしてこ話の最後は、天国でディオゲネスはアレキサンダーに「・・・人生において何事も鍛錬なしにはうまく行かないものだ。人は無用な労苦ではなしに、自然に適った労苦を選んで、幸福に生きるようにすべきだね。」としめくくっている。

知足の話のギリシャ番でしょうか。『足を知る 樽を知る』これは私の勝手なダジャレです。

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花びらが4枚の桜の花

今日は久しぶりに春らしい日差しになりました。
天気がよいので昼過ぎに散歩をし、いつもの桜の木の横を通り花をよく見ると、花びらが4枚の桜の花があります。
風で花びらの一枚が散ったのかと思ったのですが、なにか少し変なので額を観てみると、4っつしか額がありません。額が4っつと言うことは、花びらも4枚ということになり、風でとばされたのではなく、もともと4枚のようです。





他にも4枚の花があるかなと思って探したのですが、見つからなかったです。もっと時間をかければ、4枚や3枚の花も見つかったかもしれません。
桜の花の奇形でしょうか、なにかの突然変異でしょうか。面白いので写真に撮ってみました。



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憂い悲しみでなく喜び楽しみ

憂い悲しみでなく喜び楽しみ
へるとふさがるとは、元気の害なり
貝原益軒 養生訓 二 二五

人に対して、喜び楽しみ甚しければ、気ひらけ過てへる。我ひとり居て、憂悲み多ければ、気むすぼほれてふさがる。へるとふさがるとは、元気の害なり。

日常性かで楽しい事に越したことはありません。しかし、面白いから楽しいからと言って、その生活を追い求め過ぎてはいけない。単に浪費を戒めているのではなく、人のからだに本来ある気が、発散してしまい元気がなくなってしまう。気が開けすぎてしまうと、持っていなくてはいけない気も身体の中から外に出てしまい、身体の中の気が少なくなってしまい、外からの邪気に負けてしまうので注意しなくてはいけない。
憂いや悩み事が多すぎると、今度は逆に気が塞がってしまい、外に出ずに流れを妨げられ気が体に滞ってしまい、身体のあちこちの臓器に異常に溜まってしまい、身体の働きに障害が出てきてします。心配事やストレスが以上にかかると胃潰瘍になったりするのはこのためだといえる。

喜びや楽しみ、憂いや悩みは、多すぎても少なすぎてもいけない。
快楽に浸り追い求めることは、気を発散しすぎて身をすり減らすことになってしまう。
また、一つの出来事をくよくよと悩み憂うのは、気が滞ってしまい流れない水が腐るのと同じように、身も腐っていくようなものです。
どんなことにも、マイナス思考でなくプラス思考で考え、明るく楽しい方向に気持ちを持っていきたいですね。
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ネーデルランドの諺

またまた画集を観ていると(週刊グレート・アーティスト53 ブリューゲル 同朋舎)。沢山の諺を一枚の絵に収めた作品がありました。
この絵は以前から知っていましたが、街の人々を面白可笑しく描いたものと思っていたのですが、それは誤りで人の愚かさや過ちを戒めたものでした。題名は『ネーデルランドの諺』です。

主なものを紹介してみます。
・雄豚が栓を抜く(監督不行き届きで店が傾く)
・壁に頭をぶつける(不可能なことをしようとする)
・二つの口でしゃべる(二枚舌)
・一叩きで二匹の蠅を殺す(一石二鳥)
・自分が薪で暖まれば、誰の家が燃えようと気にならない(自分だけがよけれがよい)
・粥をこぼすと、全部は拾えない(覆水盆に返らず)
・一つのパンから他のパンに届くすべを知らない(遣り繰り算段ができない)
・箒を外にだす(鬼の居ぬまの洗濯)

などなど、数多くの諺が描かれていますが、なかなか日本人にはわからない言い回しなどもありますが、絵を見ているだけでも楽しいです。

追加--2012-4-17
百以上の諺が描かれているといわれますが、以下のようなページがありました。
85の諺が紹介されています
《ネーデルランドの諺》内容紹介図 http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/brueghel_proverbs01.html

同じyahooのブログにもありました。
double edgeさんのネーデルランドの諺/ピーテル・ブリューゲル

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身土不二

身土不二
「身土不二」は本来は仏教用語で、「身(正報=今までの行為の結果)」と、「土(依報=身がよりどころにしている環境)」は切り離せないということで、「世は人を映す鏡、人は世を写す鏡」という意味で、親鸞などが教えにこの言葉を使っています。

しかし、明治時代に石塚左玄が食についての食養会を作り、食養運動のスローガンとして「身土不二」を唱え、「地元の旬の食品や伝統食が身体に良い。」とした考えとされます。
私も本来は地元の物を旬に食べるのが一番よいと思います。しかし、流通技術の発達により、世界中のものが旬に食べられるようになり、また逆に商工業産業の隆盛により、公害や環境問題で地産の食べ物が必ずしもよいとは限らなくなってきている。
また、野菜の工場生産が可能になった今日、果たして人工光の下で育った野菜が、本当に栄養価高く良いのかは疑わしく私は思う。いくら科学技術が発達しても、自然の下で育った食べ物に勝る物はないのではないかと思う。

「身土不二」と似たような言葉に「医食同源」という言葉がありますが、もともと、「薬食同源」で中国の古い医書に出て来るそうです。薬も食べ物も、体の内に入って体を整えることにおいて同じであり、普段の食生活に気を配らないといけないと言うことです。ある料理人がテレビ番組で使ったことから「医食同源」と言う言葉が広まったと聞きます。
しかし、身土不二で地産地消は、簡単なことであるはずですが、今の世の中においてはそれは贅沢なことであるように思えてしまいますが、食育教育が叫ばれているなかこの「身土不二」は伝えていきたい言葉ことばではないでしょうか。

話は横道にそれてますが、このことを考えると、25年ほど前に、法隆寺の棟梁である西岡常一の講演を聴いた話を思い出しました。
それは次のような話しでした。千年持たそうとしたら、千年の木を使い、千年二千年持つ建物を造るのには、その土地に生えていた木を使うのが一番いい、その土地で育った木は、その土地の風土を一番よく知っているから。その土地の自然にも一番耐えられるのだ。
しかし、今時そのような家はなかなか庶民には建てられないのが残念です。

それはともかく、地産地消というものですか、地元で取れた旬の素材を食べたいものです。
となると、海の幸  山の幸があり私なんぞ住むところに悩んでしまいます。しかし、今の便利な食環境を改めて見直してみたく思います。
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心を喜ばして怒らない

心を喜ばして怒らない

心をしづかにしてさはがしくせず、ゆるやかにしてせまらず、気を和にしてあらくせず、言を少なくして声を高くせず、高くわらはず、つねに心をよろこばしめて、みだりにいからず、悲を少なくし、かへらざることをくやまず、過あらば、一たびはわが身をせめて二度悔ず、只天命をやすんじてうれへず、これ心気をやしなふ道なり。養生の士、かくのごとくなるべし。
貝原益軒 養生訓  二 二六

日頃からやたらとハシャいだりすることなく、心を落ち着けて静かにして、気持ちにゆとりを持ち、時間などに追われ続け窮屈なことをしないで、気持ちをしなやかにして、杓子定規に生真面目になりすぎ角を作らずに、正しくないからといい気持ちをあらげないでおく。たとえ相手が悪いからといって言葉もまくし立てるように喋るのはよくなくいので少なくして、声をあらげて大きい声をださず、笑うのも大げさに大きな声を出すのは良くない。
いかなる時も、いろいろな周囲の出来事などを好ましいこととしてうれしく思う心を持ち、意味も無いのに何かと不平を言ったりして心を怒らせたりしない。悲しみをすくなくして、過去の失敗などを何時までも悔やみ自分を責め立てるのは良くない。
只、天から与えられた使命として受け入れ、心悩まないのがいい、これが養生の秘訣で、これらを忘れ怠ることのないようにするのがよい。

何でもハイハイ受け入れるのが良いと言っているのではない。自分を持たずに心の動かされるままに、気持ちが揺れて動いてしまうのは良くないといっている、端から見ても風見鶏のようにも見え、根無し草のようにも見え、雲助のようにも見える。そのようなのは生き方としても良くないし、身体の養生の面からも良くない。自分をしっかりと持ちゆったりと日々を過ごせと言っているのでしょう。

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コレステロール0油と善玉コレステロール

コレステロール0油と善玉コレステロール

コレステロール0油と称するキャノーラ油と言うのを目にします。
私はこの油のことをよく知らず、悪玉と善玉のコレステロールが共に0の油だと思っていました。

悪玉はHDLコレステロールと言い、動物性食品に多く含まれ、飽和脂肪酸とも言いう。
HDLコレステロールを多く摂りすぎると動脈硬化になり心臓病や脳梗塞の危険性が高まるとされています。
一方の善玉はLDLコレステロールと言い、植物性食品に多く含まれ、不飽和脂肪酸とも言いう。
LDLコレステロールは飽和脂肪酸を肝臓で処理し、体に飽和脂肪酸である、HDLコレステルールが貯まらないようにする働きがあと言われています。
からだにはHDL・LDLコレステルールのどちらも必要で、動物性食品、植物性食品のバランスが、肥満や成人病の予防になると言われて、むげにコレステロールを排除するのはよくないです。

ところで、キヤノーラ油とはどんな物かを調べてみました。
キヤノーラ油と呼ばれる油には悪玉の飽和脂肪酸が数%しか含まれていません。残りが不飽和脂肪酸(善玉コレステロール)で、特に酸素が防げる一価不飽和脂肪酸が普通の製法の脂と比べると非常に多く含まれているようです。
どうやら、キャノーラ油は市販に流通している一般のサラダ油と呼ばれる物と比べると、酸化し難いと言うことで身体には悪くないようです。

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モリーユ茸が庭に生えてきた

今朝 庭を見ると、あしなが蜂の巣が落ちています。今の季節おかしいなと思ってよく見ると、それはきのこでした。

今までに見た
ことのないきのこなので、調べてみるとモリーユ茸で和名を「アミガサタケ」というそうです。

フランスでは、乾燥したものを水でもどし網のなかに詰め物をして料理したり
して重宝がられるそうです。
しかし、微量のヒドラジンを含むため食用にするにそれなりに気をつけないと いけないらしいです。

日本ではカナダ産の乾燥モリーユが、100グラム3800円もするそうですが、毒 性があると聞くので、食べてみるのはやめにしました。
でも、上手に調理するとどんな味がするのでしょうね。

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テクノロジーと脳と生活

10年ほど前に障碍者のパソコン活用についてのセミナーで、ヘッドベルトをつけてパソコンを操作する、試作品のデモを見たことがある。それはスイッチよ入れと、念じるとパソコンの電源が入るものでした。他の簡単な事もできたように記憶してるが、詳しいことは覚えていないです。しかし実用化には遙か彼方の技術でしたが、面白い試みだと興味を持ってそのデモと展示に接したのを思い出すような記事を読みました。

朝日新聞の4月16日の夕刊で、「商業化する脳」という連載の第一回目の記事です。
タイトルが「人目でわかるこの気持ち」とあり、白い猫の耳の形をしたカチューシャをつけると、その耳がその人の感情に合わせて耳が動くものです。カチューシャをつけた人の脳波のアルファー波、ベーター波を測定して耳を動かし、その人の感情を猫の耳の動きであらわすというものです。また、8個の電極のついたヘッドセットをつけると、コンピュータ上のキャラクタが「水を飲みたいです」などと喋ったりするものもあると書いてありました。

私はこの記事を読んで、コンピュータ技術と脳科学の進歩は、多くの可能性が在ると思います。言葉を思うように喋れない障碍者は、自分の替わりに喋りたいことを瞬時に、機械が話してくれる。身体が不自由で四肢を動かすことができない人が、思っただけでTVのチャンネルを変えたり、照明の明るさを変えたりできる。自分の意志を言語として表出できない人が、思っていることを言葉や視覚的な情報で表してくれる。などなど、10年前に私がデモを見て、こんなことができれば思ったことが、実現間近ではないかと思いました。重度重複の障碍者にとってますます、社会参加がしやすくなってくるのではと感じます。

しかし、これらの技術の必要とするニーズを、障碍者だけに絞ると開発費がかかるそのような商品は、一つあたりの単価も非常に高価なものになってしまいます。そのた、この猫のカチューシャなどの商品化により、誰でもが使えることにより、技術開発が進みより高性能なものが開発され、市場も広がり価格も安くなることは良いことだと思います。

しかし、これらの技術が進み誰もがみな、このような技術を使うようになると、障碍のない健全な人はどんどんと、退化していくのではないかとも思ったりします。

我々人類は、言語や文字を獲得する前は、いくつかの音を発して、仲間にいろいろな情報や感情を伝えていました。それは単純なものでしたが、いろいろなことを迅速に伝えるには充分なものでした。
言葉や文字を獲得してからは、複雑な感情や情報を伝えられるようになった反面、意見・考えなどが支障なく相手に通じないで、受け間違えや誤解を与えることも増えてき、迅速に伝わることもできなくなりました。
そして、文明が発達するにつれて、言葉の豊かさは発展し続けているかと言うとそうではないようです。昔の文学などを読むと、非常に奥深いものがあるが、現代人にはそれを読み解く力と感性を持っているかというと疑問です。むろん私も含めてですが。

このような状況で高度に開発された猫のカチューシャが作られ、人の感情を脳波で読みとり機械でそれを表出させことが、一般化するととどうなるでしょうか。人の感情を読みとったり感情を表現したりすることが、だんだんと退化していくのではないかと思ったりと余分な心配をしてしまいます。

冷暖房の効いた部屋で生活し、人の身体は季節感が鈍くなってきていると言われます。今まで手作業でしていた家事も、家電製品などがするようになり、作業をする事により感じていた感覚も感じることがなくなり、それらの感覚も衰えてきてると言う人もいます。
科学技術の発展により、生活が便利なりましたが、失うものがどれほどのものかも考えておきたいものです。

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直立二足歩行の運搬起源

直立二足歩行の運搬起源説

先日の新聞に載っていた記事の概要の紹介です。

日英米ポルトガルの4か国の国際チームの研究が、アフリカ・ギニアの森林に設けた実験場で、観察研究した成果が発表された。その内容は二足歩行をするチンパンジーのことでした。

地球上で二足歩行をする哺乳類は人間だけです、その人間がどのようにして、二足歩行を獲得していったかについての説明にも大きな波紋を投げるようです。

チンパンジーが貴重な食料を与えられると、多くの量を持ち運ぶために2足で歩く頻度が増えるというものです。
普段手に入る「アブラヤシ」と、なかなか入手できないが大好物の「クーラ」のナッツ2種をさまざまな組み合わせでチンパンジーに与えた結果、「クーラ」を与えたときに両手に「クーラ」を持ちしかも口に「クーラ」をくわえて持ち運ぶのが多く見られたといいます。
貴重なものは少しでも独占しようという意識がはたらき、それが二足歩行という術をあみ出したといえます。これも手でしっかりと物をもてるように発達していたからでしょう。
手が使える、独占欲が二足歩行へとなり、頭を身体の上に支えるようになり、脳が大きくなり、知能が発達したと言えるのでしょう。

それはともかく、新聞に載っていた写真は、人間が中に入っている着ぐるみのようにも見えるほど、しっかりした二足歩行をしている写真でした。

人間は直立二足歩行をするようになり、地球の重量を受けるようになりました。
その結果 脳を身体で支えることができるようになり、脳が発達して重くなっても頸などに、負担をかけなくて済むようになりおおきくなりました。
手の使える動物は、リスやラッコなど他の多くの哺乳類も使えますが、脳を発達させた動物は人間だけです。
そのきっかけは、欲にあったのでしょう。
欲が向上心を生み、今よりよりよい生活をしようとするのです。その欲が他者を排除しよとしたり、自分だけに向かうと、邪欲になってしまうのでしょうね。


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呼吸は人の鼻よりつねに出入る

呼吸の仕方は、健康法というより、武芸や芸能、茶の道や書をする上でも様々な分野で、呼吸の大切さを説かれている。また日本だけでなく、中国の気功や太極拳、インドのヨガなども呼吸の仕方が大切だとされ。西洋に於いてもダンスやオペラなどの声楽などでも呼吸の大切さをといている。呼吸について話し出すとつきることがないと思う。

貝原益軒は、養生訓においても、詳しく書かれているので紹介してみる。
呼吸の方法

・呼吸は人の鼻よりつねに出入る息也。呼は出る息也。内気をはく也。吸は入る息なり。外気をすふ也。呼吸は人の生気也。呼吸なければ死す。人の腹の気は天地の気と同くして、内外相通ず。人の天地の気の中にあるは、魚の水中にあるが如し。魚の腹中の水も外の水と出入して、同じ。人の腹中にある気も天地の気と同じ。されども腹中の気は臓腑にありて、ふるくけがる。天地の気は新くして清し。
・時々鼻より外気を多く吸入べし。吸入ところの気、腹中に多くたまりたるとき、口中より少づつしづかに吐き出すべし。あらく早くはき出すべからず。これふるくけがれたる気をはき出して、新しき清き気を吸入る也。新とふるきと、かゆる也。これを行なふ時、身を正しく仰ぎ、足をのべふし、目をふさぎ、手をにぎりかため、両足の間、去事五寸、両ひぢと体との間も、相去事おのおの五寸なるべし。一日一夜の間、一両度行ふべし。久してしるしを見るべし。気を安和にして行ふべし。
貝原益軒 養生訓 二 二六


・呼吸は口でするのではなく、鼻を使ってするものをいうのです。
呼とは息を吐くことで、肺の中に溜まった汚れたガスをだすことです。また自分の中に閉じこもった気持ちをも一緒に外に出すことです。
吸とは息を吸うことで、外の新鮮な空気を肺の中に取り入れることで、肺の中に溜まっている汚れたガスを、身体の外から追い出すことです。
呼吸は人が生きていく上で必要な、ガスといきいきとした気力や活力と、汚れたガスと社会生活を過ごして言る中で溜まったよっこしまな気持ちとを交換するです。この交換をしないと人はしんでしまいます。
呼吸は腹でするもので、快不快などの感情を自然の中に一つにするものです。魚が水の中で息をして生きているようなものです。
人の中にあるガスも邪気も、自分が生活し活動する世界と一体であるのを忘れてはならない。しかし、腹の中に邪気をためると、行動を汚し心も蝕む。ガスを溜めると身体が汚れ健康が損なわれてしまう。適切に呼吸をして新鮮なガスを取り入れていると、身体は汚れや淀みがなくなり澄んで健康になる。

続く

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セルフ ネグレクト(自己放任)

高齢者自身が己放任に陥ってしまい孤立化して、健康を害したり生活能力・意欲が低下し、自己判断能力が低下してしまう人がおられることです。その結果で極端に不衛生な環境で生活になって、住まいがゴミ屋敷化したり、外出などをしなくなり孤立化して孤独死したりするなどの、社会問題化してきているそうです。これをセルフ・ネグレクト(自己放任)というそうです。

しかし、精神的に健全で正常な判断力を有する高齢者が、自分の行為の結果を承知のうえで、自由意志にもとづいて起こした行為は、たとえそれが自分の健康や安全を脅かしたとしても、自分の家が屋敷化同然になていても、それはセルフ ネグレクトとは言わないそうです。セルフ・ネグレクトは心理的精神的な状況になっているのをいいます。そのセルフ ネグレクトが深刻な社会問題になってきてい、現在確認されているだけで1500人以上の人がいるそうです。これは、09年に調査グループが調べた結果で実際にはこの数倍はいると言われています。

私はこの事を知り思った事がある。セルフ・ネグレクトの予備軍になってしまわないかと。
第一線の仕事を退き、自分の趣味などにこもって、人との関わりを煩わしく思ってしまうと、このように自己放任に陥ってしまいそうです。私も注意しないといけないです、人と関わって生きていかなくてならないとおもいました。
現に晴耕雨読のような生活を、夢見て身体のことを考えたり、家に閉じこもり本ばかり読んでいて、外との関わりを避けているところがある。

言志録の自彊不則に「かの徒に静かに身心を養い 眼をつぶっり坐ることのみ能事とする者は、此の学派とは背馳している」とある。また、天台小止観にも書いてある。坐禅ばかり修行をして、他のことをなにもしないのは、生ける屍のようだといっている。

歳が幾つになっても、他人と関わりいろいろなことと関わっていかないといけないですね。さもないと、先のように自己放任になってしまい、果ては痴呆になったり孤独死をしてしまうことにならないように、常に気持ちを新たにし向上心を持ち続けて、周囲に貢献できるようかかわりを持ち続けていきたいものです。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 100年前の教訓
    竹林泉水 (05/09)
    コメントありがとうございます
  • 100年前の教訓
    レインボー (05/09)
    初めてコメントします。

    100年前のスペイン風邪が流行ですが、与謝野晶子の指摘、感心しました。
    ご指摘のとおり、100年前と同じことが繰り返されているとは、驚きました
  • 東京五輪の延期は
    竹林泉水 (03/27)
    オリンピックの開催はようやく、1年程度の延期との結論がでました。
    ただ、政府は新型コロナウイルスの封じ込めにどこまで、本気でいるのかヨーロッパやアメリカや韓国など
  • 東京五輪の延期は
    アジシオ次郎 (03/25)
     おはようございます。

     東京オリンピック・パラリンピックは1年延期となったわけだが、新型コロナウイルスという道の猛威には勝てなかったというか、この状況で予定通
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    竹林泉水 (02/20)
    「桜を見る会」などを棚上げすれば、モリカケのようにうやむやにされ、日本の行政がますますゆがめれれていく。
    コロナウイルスの対処は別問題では?
    一所にすれば、両方と
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    幽村芳春 (02/19)
    「桜を見る会」の論戦はいったん棚上げにして、今国会ではコロナウィルスなどの防疫問題を論議してほしいと思います。
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    竹林泉水 (02/07)
    コメントありがとうございます。
    五観の偈をとなえて食事をなさっておられるのですか。 頭がさがります。

    企業活動や時の政権も、この「五観の偈」を、政治や商売に置き
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    幽村芳春 (02/03)
    私も必ず「五観の偈」を唱えてから食事をいただいています。実際に唱えると五観の偈の意味がよくわかります。
  • 津久井やまゆり園の裁判
    竹林泉水 (01/15)
    こちらこそ 今年もよろしくお願いします。

    やまゆり園の裁判で、被告が突然暴れ出したとニュースされたとき、詳しいことが報道されなかったので、よく分からなかったです
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