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野田新首相が誕生

野田新首相が誕生に期待するところは大きいが、足を引っ張るようなことも多いのではないかと思う。
菅首相の時も、みんなで選んで起きながら、四面楚歌で足を引っ張りあっていたのだが今回はどうだろうか。

野田さんは、朝日新聞を読むと、いろいろな構想があるようだ。
宇宙と海洋開発 
教育に対して、
政治改革、
国会議員の定数是正、
選挙制度改革、
特別会計改革、
公務員制度の改革など、

官僚や現職の議員の人にとっても、耳障りで目障りでもことを高らかに掲げている。それらは今まで実現できなかったことだが、周囲の人たちが自分の利害をからめてしまい、これからの日本の行く末の足を引っる動きをしないで欲しい。

どうも、今までの民主党や自民党、公明党などを見ていると、自分の利益を優先して考え足を引っ張りそうにも見えるのだが、それは私だけだろうか。


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天台小止観 蓋棄 0003-3-1

天台小止観 棄蓋
第三章 蓋を棄てよ

三つ目には、睡眠はよくないから注意しろとかかれている。
寝ることにより、身体は肉体的にも精神的にも休まるものだと思っているのだが、どうやら睡眠はそれだけではないらしい。
うとうとと、だらだらと、することがいけないということを、強くかかれてある。

睡眠には二つあって、
うとうととする、内心が恨暗になるのを名づけて睡といい、だらだらとする、眼耳鼻舌身の五感が暗く蔽われて手足をほうり出し横になって眠ってしまうのを眠という。これは精神面や心を休めるのを睡で、身体を休めるのが眠と言っているのだろうが、つぎにそれらは自分で制御できにくいものだと続いて書かれてある。

しかし他の、貪欲、瞋恚、掉悔、疑は、自分で気づいたら自分でとりのぞけるが。眠っているときは自分で意識できないので、自分で取り除くことが難しいと。
修業中にぼんやりとだらだらした心がでいるのがいちばんいけない、そのとき睡眠がおこり悪い心が湧き出てきて、気にも留めずにいてしまうと、悪い心が入り迷いの路に入り込んでしまう。

修業中だけではなく日常の生活のなかでも、うとうととだらだらしていると、ついには実際に悪いことをしてしまうことがある。
最近の、事件で奇妙な犯罪が多くなってきている。鬱病などから発作的に犯罪を犯してしまうのではないだろうか。仕事もなくぶらぶらしていると、いらぬことを考えうつになってしまい、自分の存在感を見失ってしまい、自殺をしてしまうことにもなりかねない。
秋葉原の通り魔、ライブの店でガソリンを撒いて火を付けようとしたじけん、どれも自分の存在を見つけきれず世を悲観しての犯行です。犯人のなかには人を殺して自分は死刑になろうとしたと告白している。

このように、ぼんやりとしていると煩悩がすぐに近寄ってきて、身体を乗っ取ってしまうのでだらだらした生活はよくないといっている。

それをいましめるために、天台小止観に次のように書かれてある。
ある菩薩が居眠りしていた弟子に教えてこういっている。
『起きよ、臭い屍を抱いて臥していることがあってはならない
種種のけがわらしいもののあつまりを仮に人間と呼んでいるのである
重病になり、矢が自分の体にささっているような状態だ
種種の苦痛がわが身に集まっている。どうして眠っていられるのか
人が縛られて無理やりに連れられ殺されようとしているように
災害がわが身に迫ろうとしている。どうして眠ってなどいられるのか
まよいはなくならないし害もまだ除かれてはいない
毒蛇と同じ部屋にいるようなものだ
また敵陣にのぞんで白刃を交えているような状態だ
そのときにどうか、それでも眠れるのか
眠りは大きな闇であって見るところがない
毎日毎日のように人を欺き誑かして人の明るさをうばっている
眠りは人の心を覆ってしまって何も識ることができなくする
このような大きな失がある。それでも汝は眠るのか』

本当に凄まじいことが書かれてある。それほど、だらだらするのでなく、その時その時を大切に過ごさなくてはならないと教えてくれている。

まだまだ、この睡眠についてはわからず不可解だ、改めてもう一度読み返してみる。

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自分を見つめると言うこと 1

自分を見つめると言うこと 1

ある人たちに
「自分を見つめなさい」と問いかけました。
するとある人が
「聴診器を貸してください」と言ってきました。
そこで
「聴診器を何に使うの」と尋ねると
その人は
「先生は自分を見つめなさいと言いました。だから自分の心臓の鼓動の音を聞くのです」
またある人は
「体重計を」、「体温計を」と言ってきました。
他にも「パルスオキシメータ(血中酸素濃度を計る機械)」等々自分の身体を数値で計るものはいくらでもあります。これは、生理学的に身体を数値で計って表すものです。

上の話は実は嘘です、普通そんなことを言う人は、まずいないでしょう。
自分を見つめなさいと言うと、その人の行いに対してどの様に思っているかを、問うときなどに使います。また、問われた人自身もそう解釈するでしょう。

私は、特別支援学校で教えてきましたので。主に二つの使い方をします。
一つは、自分自身の行いに対して、心はどうあるのかを問うとき
一つは、自分の身体に対して、どの様な意識を持って身体を動かすときです。
私自身、特別支援学校の生徒に対して、身体の動作の学習をするとき、その人の身体について見つめ、生徒にも自分の身体を見つめるよう強いります。しかし脚や腕の可動域が、何度あるなどはあまり重視しません。理学療法的に訓練をするなら、大切なことでしょうが。

動いているさなかの身体を意識する、血圧とか脈拍とかを計るようにはいきません。人の身体は非常に複雑な反応の集合体で、その反応も周囲の環境により刻々とさまざまに変化して行きます。
ですから、一言に「自分を見つける」といっても、大変なことなのです。それを、動作法(臨床心理リハビリテーションの動作学習)では身体を手で触れることにより、コミュニケーションを取りながら、動作の学習を二人で進めていきます。

「自分を見つける」には、動作運動の中から見つけていきます。運動にはには「支持運動と」「目的運動」があります。
「支持運動」とは、例えば真っ直ぐ立っている時の姿勢を保持している筋肉の働きです。一般的には運動とは言わないですが。「目的運動」は何かをするための動作です。歩くとか、コップを持ってお茶を飲むなどです。
長くなったので、この二つは改めて、書くことにします。

「自分を見つける」のにはこの「支持運動」を使います。

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「口で歩く」丘修三著 小峰書店

もう一冊、障碍者福祉の啓発本の紹介

「口で歩く」丘修三著 小峰書店
児童向けの本です。




「風の旅人」と同じ方を題材にして書かれた本だと聞いています。
ベッド型車いす、ストレッチャーでの、いろいろなひととの出会いが描かれています。
ストーリはだいぶ違いますが、作者が元養護学校の先生で、その時の経験も織り交ぜてあるようです。


この本の巻頭言に
**
人は
ひとりでいきているのではありません。
まわりにいる
おおぜいの人たちと つながって
ささえあう輪の中で
生きているのです。

だれひとりとして 意味のない人は、いない。
だれひとりとして 価値のない人は、いない。

ひとりひとりが なにかの役割をになって
人のささえあう輪の中に
生きているのです。
**

とあります。
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アレクサンダー・テクニックの本を読んで

アレクサンダー・テクニックについての本を読んでいて 01

解剖学の本を読んでいると、赤筋と白筋という言葉がでてきますが、アレキサンダー・テクニックの本を読んでいてもでてきました。

赤筋はゆっくりとした動きに適した筋肉で、遅筋とも言います。マグロなどの回遊魚は、海流の乗り泳ぎ移動します。ヒラメなどは普段は海底に潜んでいますが、敵に襲われそうになると、瞬時に逃げるための筋肉が必要で速筋とも言います。
しかし、筋肉にはこの二つの筋肉が別々にあるのではありません。使うことにより培われるのです、そしてどちらが多く使っているかによって、その身体の筋肉は変わってきます。
筋肉が変わってくると言いましたが、二つの筋肉があるのではなく、一つの筋肉のなかに、どちらの筋繊維が多いか少ないかの違いがでてきます。
陸上選手に例えると、短距離選手と長距離選手の違いで、どちらか片方が得意で、両方とも優れた選手はいないです。体型を見ると、短距離選手の脚は太く、長距離選手の脚は細いです。これも、二つの筋繊維の太さの違いからでてくるのです。

話を「支持運動」「目的運動」にもどします。
「支持運動」「目的運動」を筋肉でいうと、赤筋と白筋で、身体を支持するための筋肉、身体を動かすための筋肉ともいえなくもないです。
身体を休めて動いていないときも、筋肉は使っているのです。立っているとこに、身体の筋肉を全部ゆるめてしまうと、立つことはできなく崩れて地面に倒れてしまいます。

日常生活を見てみると。
座ったり休んだりするとき、近ごろ身体がでれっと屈曲してしまう人が多いです。電車で座っている人を見るとき、多くの人が腰を浅く腰掛ける、この姿勢が屈曲の姿勢です。

座っているとき動かないので、「支持運動」をしているのですが、赤筋である遅筋の使い方が悪いのです。それどころか白筋である速筋を使っていると思われます。

では、なぜ姿勢を保つために、白筋を使うのはよくないのか、それは白筋は疲れやすく、赤筋は疲れにくいからです。
身体を休めているときに、赤筋を使わなかったら、姿勢を維持するために、白筋を使ってしまいます。しかし、白筋は疲れやすいので、すぐに疲れて姿勢が崩れてしまうでしょう。
だらだらした生活をして、椅子に座るときも、腰を浅くかけ、すぐに横になってしまうのは、ますます、赤筋をつかわなくなる。そうすると、身体の筋肉が衰え、心肺機能も低下し、血液の循環も悪くなる。赤筋をマラソン選手のように、酷使する必要はないが、日ごろから鍛えておくことは大切なことだ。

ここで、思ったこと、太極拳はなぜ身体によいのか、太極拳はゆっくりと大きく円を描くような運動がおおいです、そのことは、赤筋を使うということで、赤筋を鍛えることになります。
赤筋を強くすれば、姿勢を綺麗に保つことができ、呼吸もよくなり健康になるということです。

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今日は太極拳の学習会の日でした

師匠から言われたこと。

みなさんは、動きをするときに、ねじれた動きをする。
ねじれた動きをするのは、一つ一つの動きに気をとられ、身体が先に先に動いてしまっているからだ。
全体の動きを捉え、形を決めて動いていかないとだめだと。
そのために、身体の軸を意識し、丹田を意識して、それぞれの動きを出していかないといけないといわれた。

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天台小止観 蓋棄 0003-4

天台小止観 蓋棄 0003-4

棄蓋
第三章 蓋を棄てよ

四つ目に、掉悔の蓋を棄てよと書かれてある。
掉には三つあって、一に身の掉、二に口の掉、三に心の掉とある。
さて、掉とは新漢語林を開くと「ふるえる、ゆれる、うごかす」と書かれてある。

一つの身の掉とは、身体をそわそわといつも動かし、落ち着きがないことで、ついふらふらと外に遊びにでかけてしまう。
二つの口の掉とは、たわいないことをベラベラと口にしてしゃべり、言い争ったりして災いを呼ぶこと。
三つの心の掉とは、心情がなげやりで、移りぎりな心や考えがは、悪いことを考えたりするといっている。

しかしそうであっても心配する必要はない、もともと人は移り気で落ち着きがないのが普通である。だから、修行をしてその身と口と心の動きに蓋をしないといけないと書かれてある。

お釈迦様は云われている。何のために厳しい修行をしているのか、それなのに、他のことに心うつろいで、決まりをまもらないでだらだらしてしまうと、厳しい修行で得たものも失ってしまう。

身口心の掉が沸いてきてもしかたがないが、それを悔いるものがないといけないといっている。
その悔いには二つある。
一つには掉によって後に悔を生ずるもの。
二つには大重罪をしてしまった人が、つねに怖畏をいただき、後悔の矢が心に深くつきささっていて抜くことができない状態である。

お釈迦様は
「侵した過ちは罪は、悔い改めたらよい。罪をくいたらそれ以上、悩まないことだ。そうすれば、心は安らかに修行にはげめる。
侵した罪は消すことができないのだから。」
後悔していつまでも悩むと、ストレスがたまり夜も眠れず、呼吸も不規則になり健康をそこなう。


要締は、
だらだら、ぶらぶらとした生活を送らないこと。
反省をしたらいつまでも、くよくよ悩まずに忘れること。
反省をしたら、後悔を繰り返さないように努めること。

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身体の動かし方を解放しよう。3

身体の動かし方を解放しよう。3

人が目的的動作をするときの身体と心の動きを次のように定義します。
意図、努力、身体運動

例えば
目の前のコップを取りたいという意識が生まれます。これが意図です。
実際に机の上に手を伸ばそうと、脳が命令を出し、筋肉の収縮が始まります。これが努力です。
そして、その結果として手にコップを持つことができます。これが身体運動です

この意図努力身体運動に、言語による介入を取り入れてリラックスを実感してゆきます。
この方法は、ストレス・マネジメントにも対応できるとも言われています。

○肩上げを例にして、その方法を紹介してみます。
・黙って行うのではなく、言葉かけをします。
・手を相手の肩に添えて、肩をゆっくりと上げてゆきます。
「ゆっくりと肩を上げます」「そうそうそのように」「こちらの動きに合って上手です~」「スー、スーとー」
・肩を上げきったら、肩を上げたままにします
「しばらく肩を上げたままにします」「いいです その調子で」「もう少し頑張ってください。いいですね!」
・肩を下ろすとき
「肩をゆっくりと下ろします、こちらの手の動きに合わせてください。」「いいです、ゆっくりとします」「そのように、いいですよ」「スーーー スー」
・肩が下がりきったとき
「肩の辺りがスゥーとして気持ちいいですか」「気持ちいいですね」「どうですか、気持ちよくリラックスできていますか」
このように、肩の上げ下げをするとき、言語による相手への介入をして、トレーニングを進めていきます。

実際に行う時に注意することがあります。
・絶えずクライアントの肩の動きを感じて、その様子を言葉でフィードバックしていきます。
・クライアントの肩に主動感のある動きを引き出していきます、静かに黙ったままセラピストの手の動きだけでは、クライアントにはわからないです。必ず声をかけるようにし、決してで黙ってクライアントにかかかわってはいけません。
・クライアントの様子をみて、動かすことへの自信と達成感を感じ取られるような言葉かけと、援助でのかかわり方をクライアントに合わせておこないます。
・肩を下ろしたときに感じるリラックス体験を豊富に感じ取らせていき、肩の上げ下げを通してクライアント自体のコントロール力を積み上げていきます。
・言葉とセラピーの手などのサインを多用し、オーバーな位な賞賛をしてクライアントにかかわります。

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デアゴスティーニの「和時計」

デアゴスティーニから模型組立シリーズの「和時計」がでるそうだ。

和時計は日本の不定時法の時刻を刻む時計で、今の時刻を刻む時計に比べると、格段に複雑なしくみだ。
デアゴスティーニのページを見ると、不定時法の昼と夜の時の刻み方を変えるのに二テンプ式で対応してると書かれている。
興味をそそられるが、60号で1年以上かけて、値段も12万円ほどもするのは、ちょっと手がでないな。

ことし、デアゴスティーニから、スタートレックのエンタープライズDを造ろうが広島で試験販売されたそうだが、数号で廃刊になってしまったそうだが。

この、和時計はそんなことはないだろうか。
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アレクサンダー・テクニックについて 02

アレクサンダー・テクニックについての本を読んで 02

解剖学や運動学の本を読んでいると、始めの頃にでてくるものとして、筋肉の収縮様式がある。
・短縮性収縮、救心性収縮 ・伸張性収縮、遠心性収縮 ・等尺性収縮 の三つがです。

具体的にわかりやすく言うと。
鉄アレイを肘を曲げて持ち上げるのを、短縮性収縮。
持ち上げている鉄アレイを肘を弛めて下げるのが、伸張性収縮。
鉄アレイを持ち上げるのを途中で停めているのを、等尺性収縮。

アレキサンダー・テクニックではこの等尺性収縮が大切のようです。

小学校のころ、体育の時間に起立のの仕方、正しい姿勢の仕方を教わりました。しかし今考えるとその多くは、生理学的にも、解剖学的にも、身体によくない立ち姿です。肩を後ろに引く、胸を張る、お尻を引っ込めるなどどれも、身体のそれぞれの部位を緊張をさせるばかりです。小学校のころ、同じクラスでその言いつけを、真面目に守っている人がいました。その人の姿を見て、友達が後ろに反り返って倒れないか、心配したのを覚えています。

そして、姿勢を維持するには、先に書いた赤筋の疲れにくい筋肉と、白筋の疲れやすい筋肉を適切に漸増強させて、等尺性収縮させていくかです。これはもともと私たちの身体はそう作られているので、身についていて知っていいるはずのものです。

しかし、小学校のころ間違った姿勢の仕方を教わったため、間違った使い方が身についてしまっている人がたくさんいるでしょう。自分が間違った姿勢を発達させ、有害な緊張を生み出した生活パターンを抑えることができれば、身体は楽になり姿勢を維持することも楽になるでしょう。
わたしは以前からよく言ってきました。「貴方の今の身体があるのは、貴方自身の身が作り出したもので貴方の責任です。だから、貴方がそのきになれば運動動作は改善します。」と。
また、この考えは脳性麻痺の方にも当てはまり、動作改善をすることができるでしょう。

次回は自分について。


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アメリカ映画「戦艦 バウンティ号の叛乱」

アメリカ映画
「戦艦 バウンティ号の叛乱」この映画は、軍律の厳しい英国海軍で起きた有名な叛乱事件を映画化したものです。



艦長の目に余る行為に、クルーたちが反乱を起こす物語。
帆船バウンティ号はパンの木を、タヒチから南海の島に運ぶため、英国ポーツマスクからタヒチに旅立つ。艦長は積み荷をごまかしたり、過失や失敗には厳しい懲罰を与えて、艦長の方針に反感を持つ一人の上級士官が反乱を起こし、艦長たちを救命ボートで追放してしまう。
艦長は少ない食料と水で何とか南海の英軍基地にたどり着き帰国する。
艦長は反乱を起こした者たちを、とらえるため再び南海に旅立つ。
反乱を起こした者たちは、英軍の地図には載っていない島を見つけそこで一生過ごす。

日本での上映は昭和11年だったので、軍部によって多くの部分がカットされ、題名も「南海征服」で公開されたそうです。

この話はその後、何本か映画化されています。
私の見たこの作品はアメリカ映画で、艦長をかなり悪く描かれていますが、実際はかなり違ったようです。
しかし1本はイギリス映画で、より事実に近い艦長の姿が描かれているそうです。こちらも見たくなりましたが今は手に入らないようです。


余談です
劇場版映画のスタートレックの第4作「故郷への長い道」で地球に帰還するための船がバウンティ号でした。
スタートレックのバウンティ号は地球に帰還しましたが、「戦艦 バウンティ号の叛乱」の方は、故国には帰らなかったですが。

これを観ていると船の規律は、昔も24世紀も変わらないところがあるように感じるところがありました。スタートレックの宇宙大作戦の時代の規律はかなりおおらかだが、新スタートレックやヴォイジャーの時代はかなり厳格になっている。


船底一枚下は地獄。 宇宙船の隔壁?の外は地獄。
だからこそ、規律は厳しく絶対なでないといけないのでしょう。

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天台小止観 蓋棄 0003-5

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棄蓋
第三章 蓋を棄てよ

5つ目に疑うのをやめよといっている。
疑う気持ちが沸き起こってくると、正直にものを見ることができなくなり、信じる心もおこらなくなってしまう。
信じる心がなくなると、素直に教えを受け入れることができなくなり、あれやこれやといろいろなものに気が散り、修行も勉強もおろそかになってしまう。

しかし、疑う心すべてがよくないとは言っていない、修行や勉強などに悪い疑いは三つあると言っている。

一つは自分自身を疑うこと。
二つは師を疑うこと。
三つは教えを疑うこと。

一つの自分自身を疑うとは、自分は大きな成功をしないので駄目な人だと思い込んだり、あんなことをしてしまったので悪い人だと思い込んだりすることです。だれしも自分に自信がなければ、向上心も湧いてこないもので、ますます落ち込んで卑下してしまう。そうなるとややもすると悪い考えが沸き起こってしまうことがある。

自分自身を疑わないで自身を信じるためには、自分自身を軽んじてしまわないことで、自分の中には計りしがたいものがあると信じることです。一歩一歩目標を定め進んでいくことが大切です。それにより達成感や成熟感を得て、疑いの心が沸き起こらないよにします。

二つの、師を疑うとは、教えを乞う師匠や先生を疑うことです。あの師匠は身なりが悪い、下賤なことを言うなどとして、師匠や先生を疑い、蔑み莫迦にする心があると、素直に教えを受け入れることができないばかりか、修行しよう勉強しようという心も亡くなってしまいます。

師匠を信じるためにはどうしたらよいか、お釈迦様が言われている。
「臭い皮嚢のなかの金のごとし、
金がほしかったら その臭い皮嚢も棄ててしまってはいけない、
われわれも同じことで、
師はたとい清浄でなくても、
またまさに仏に対するのと同じ想いをもたなければいけない」
といっている。


三つの法を疑うことは。今までの教えに対して新しい言葉が出てくると、それまでの教えに捕らわれてしまい、新しい教えを敬いの心で、受け入れることがなかなかできないものです。
誰しも多くの人は、新しいことを受け入れるのは、難しいものです。今までの生活信条や生き方に捕らわれるのは、不安が先立ち億劫になるのはしかたがないことです。
しかし、教えに対して疑いの心が沸くと、新しい教えを受け入れられず、教えを学べずになにも実行できなくなり、修行も勉強もそこで止まってしまい、進歩向上することがなくなってしまう。

そこで天台小止観には、疑いの義の偈に次のように書かれてある。
「人が岐にさしかっかて
疑惑がはじまったら行くところがないのと同じである
諸法の実相のなかの疑いもまたこれと同じことである
疑う故に
諸法の実相を勤求しようとしない
この疑いは癡より生じたものであり
悪のなかの悪なるものである
善・不善のものごとのなかで
生死と涅槃は
定んで実なるものであって真にそれがある
なかにおいて疑いを生じてはならない
汝がも疑惑をいだいたとすれば
地獄の獄卒に縛られたように
師子に搏われた鹿のように
すくわれることができない
世にあっては疑いがあったとしても
まさに仏の教えには随うべきである
譬えば岐れ道を見たときに
利好の者はまさに逐うべきがごとし。」
と。

新しい教えを疑い信じなかったら、新しい教えを受け入れることができない、だから疑いの心は棄てるべきだと書いてある。

最後に、五蓋の、貪欲、瞋恚、睡眠、掉悔、疑 は、必ず戒めなくてはならないと書かれてあり。

これが、次の第四章の調和を実現することができるかできないかの要になる。


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オイゲン・ヘリゲルが、「弓と禅」

岩波文庫に「日本の弓術」という本があるが、その著者オイゲン・ヘリゲルが、「弓と禅」(福村出版)という本も著している。そのなかに、ヘルゲルの習っていた阿波研造道場で「最初にたやすくこなす人は後にそれだけこなすのが難しくなる」
という諺がはやっていたと書いてあった。
神童と言われても、努力を怠ったら、ただの人になる。努力の積み重ねが大切なのだろう。


そしてそのなかにこうも書いてあった、
阿波研造はヘルゲルに
「弓を射ることは、筋肉を強めるためのものではないということに注意してください。弓の弦を引っ張るのに全身の力を働かせてはなりません。両手だけにその仕事をまかせ、他方腕と肩の筋肉はどこまでも力を抜いて、まるで関わりのないようにじっと見ているのだということを学ばねばなりません。・・・・・。」
ヘルゲルは師範の言われたようにしようとしたが、腕だけでなく全身に力が入ってしまう。日本の弓と西洋の遊戯の弓と、弓の引き絞り方がちがうからだとして、熱心に練習をするが上手くできない。
そこで再び阿波師範は「息を吸い込んでから腹壁が適度に張るように、息をゆるやかに圧し下げなさい。・・・・  ・・・・・。それからできるだけゆっくりと一緒に息を吐きなさい。そして少し休んだ後、急に一息でまた空気をすうのです。・・・・」「吸気は結び、結びあわせる。息を一杯に吸ってこれをぐっと止める時、一切うまく行く。また呼気はあらゆる制限を克服することによって、解放し完成する。」。

この部分は、理解仕切れないところがあるが、天台小止観の本や白隠禅師に書かれていることが、頭に浮かびあがってくる。知ギや白隠が云わんとすることが重なるようなきがする。

また、私がいま習っている太極拳でも動きや呼吸について、「結びあわせ解放する」抽象的でわからないが、これもその言葉と重なるように思える。

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書庫を少し整理します。

書庫の日記は一番下に移動しました。
この覧には、私が、いままでに また これから 出会った言葉を書き留めていきます。

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天台小止観 調和 0004-1

天台小止観 調和 0004-1

いよいよ 第四章の調和についてだ。

仏教の坐禅だけでなく、中国の気功や太極拳。日本の弓道などの武道、能などの芸道どでも、調身、調息、調心が重要な三要素とされている。何事をおこなうにしてもこの調和は大切で、天台小止観ではこの三つに加えて、飲食と睡眠を調節する五つが大切だとしている。

    調和
    第四章 調和をはかれ
坐禅をするに当たって、大切なことが五つあると書かれてある。そのれはつぎの五つを整えることである。
一には飲食を調節する。
二には、睡眠を調節する。
三には身を調える。
四には気息を調える。
五には心を調える。

なぜ、これらを整えていかないといけないのか、その方法はどうすればよいのかも、身近な譬えを借りてそれを説明されている。

陶芸かが作品を作るとき、一番大切なのは土をよくこねることである。土の練りが足りないと、土が均一でなく粘りも適切でく、ろくろで整形するときにうまく形作ることができない。土と水の加減がよく練りもよく練れていると、器をつくるときも思い通りの形ができ、器を乾燥させても形が崩れない。これと同じようにこの五つをよく調えないと修行もうまくいかない。

また琴を弾くには、その前にまず弦を調節し、音階や今日の演目に合わせて弦のはりを調節する。それにより妙曲が演奏できるようなものである。
わたしが、能楽を見に行ったときも、小鼓や大鼓などの囃子方は、皮の湿り具合や、紐の張り具合を刻々と調べ調節して、シテ方の舞いを引き立てて奏でていました。そうしないとよい舞台を務められないからです。

坐禅の修行もこれと同じで、この五つの調和が大切なのである。
よく五つの条件が適当な状態で調っているときには三昧が生じやすく、それが調っていないと、様々な雑念や妄想が沸き起こり、坐禅の修行も妨げられるといわれている。

一番目の飲食を調節するとは、身体を養って修行をするためには適量というものがあり。
食べ過ぎると、気はあせり体はだるく、全身の具合が悪くなり、心も閉ざされ塞ぎになり、坐禅の修行に集中できない。まさに、いまでいう生活習慣病であり、メタボの常態はよくないと昔から書かれていたのだ。
少な過ぎても気力がでず、思うところも考えることもはっきりしなくなる。そればかりかもっと食べたいと、食事に執着心が起きてしまい。修行するという、気持ちも起きにくくなってしまう。
また、体に悪いものや古いものや濁れたものを食べていると、人の心を卑しくし迷いやすくなる。もし体によくない刺激物を食べていると、かねてからの病が動いて来るし、体の調子も悪くなる。
だから飲食は調和と保ち深くこれらを慎まなければならない、そこでお釈迦様は、
    「身が安ければ道は隆んである
    飲食に節量を知り
    常にねがって閑かな処あり
    心を静かにして精進をねがう
    これが諸仏の教えである」
と、いっている。

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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    竹林泉水 (03/18)
    今一度野田首相が宣言したように、安倍総理は原発事故は収束したと本当は言いたいのでしょう。政府は必ず嘘をつく、それは、オリンピックの施設建設や、豊洲市場もそうです
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    アジシオ次郎 (03/18)
    おはようございます。

    今年の東日本大震災追悼式典で福島第一原発事故に言及しなかった安倍総理だが、未だに原発事故処理が解決していない、避難区域解除も進んでいな
  • マンションの挨拶禁止
    竹林泉水 (03/13)
    アジシオ次郎さん
    コメントのお返事大変遅くなり申し訳ありません。
    いまのよのなか、スマホが行き渡り本当におかしくなってきた感じですね、友達と集まってもみなそれぞ
  • マンションの挨拶禁止
    アジシオ次郎 (03/01)
    こんにちは。

    マンションで挨拶禁止って、正直近所づき合いを否定するようなものだし、挨拶をしっかりすると言う人としての常識に思いっきり反する行為だと思います。
  • これからの世界のゆくへ
    竹林泉水 (02/20)
    わたしには、トランプ大統領のメディア批判は、日本の首相を見習っているように思えてしまいます。
    アメリカは自由と民主主義国の国でこのようなことはないと思っていまし
  • 軍隊は国民を守るにあらず国を守るもの
    竹林泉水 (02/20)
    コメントありがとうございます

    自衛隊法にどのように明記されていようが、文官と武官との考えの違いはあるのではないでしょうか。
    栗栖弘臣の言ったことは、上級指揮官
  • これからの世界のゆくへ
    アジシオ次郎 (02/18)
    こんにちは。

    アメリカのトランプ大統領のメディア批判は、自分に都合の悪い話をする者はケチョンケチョンにこき下ろすと言う子供じみた言動にしか見えないが、自分に
  • 軍隊は国民を守るにあらず国を守るもの
    まり姫 (02/07)
    自衛隊法第三条に人命救助をする仕事として書かれていますよ。
    主たる任務ではないけれど、副次的任務としてきちんと規定されています。
    元統合幕僚議長の述べていること
  • 世界の民主主義が行き詰
    竹林泉水 (01/26)
    以前から時々コメントされるのですが。
    コメントを投稿されても、ロシア文字のような文字化けや、タグを書き込みそれがそのまま表示されるコメントがります。

    そのよう
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