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これからの経済発展を考えるうえで

歴史をどのような視点で捉えるか、経済的な観点から見るのか、政治的制度の観点から見るのか、文化的な観点から歴史をみるのか、いろいろな方法がある。

おおむね経済的観点から歴史を見て、それにより政治的制度も捉えるのが一般的といえる。
経済的観点からの歴史認識にもいろいろある。
19世紀の経済学者フリードリッヒ・リストは、原始的未開状態、牧畜状態、農業状態、農工業状態、農工商業状態の発展段階として捉えた。
カール・マルクスは、原始共産制→古代奴隷制→封建社会→資本主義社会→(社会主義社会、共産主義への移行期(著者追加)ソ連や共産中国)→共産主義社会を提唱した。
アメリカの経済学者、ウォルト・ロストウは、全ての社会は、伝統的社会、自立成長への離陸の準備段階、離陸、成熟への過程、大量消費社会の5つのいずれかの段階があると提唱した。
ほかにも、ドイツの経済学者のビュッヒャーは、封鎖的家内経済,都市経済,国民経済の3段階を設定する経済発展段階説を唱えている。

おおむねどれも経済の発展段階を捕えているが、社会がグローバル化し広域化が進んだ現代では、様々の問題を捉えてそれを考えることはできず、解決の方策を見いだすことはできない。
マルクスの提唱した、共産主義社会への実験は失敗に終わっている。ソ連は崩壊し、中国は修正主義的考えを共産主義社会に反しているとして、それを押さえこむため文化大革命の権力闘争が起こったが、鄧小平により市場経済社会に舵を切った。しかし、現在は政治体制が共産党独裁による全体主義的体制になっている。また、資本主義経済より貪欲に利潤を追い求める市場開放経済になってしまっている。
アメリカや日本を始めヨーロッパでは、新自由主義とグローバル経済の資本主義が席捲している。
それにより、経済格差は深刻な問題になってり、古代奴隷制社会や封建社会以上の貧富の格差が広がっていき、そのため人権的な格差が顕わにあらわれているといえる。
この格差をこのままにして、経済の発展と科学技術が発展していくと、その恩恵はごく一部の裕福な富裕層が独占し、他の大部分の人は貧困と役立たずな人あるいは人間と見られるようになっていく恐れがある。いまの、新自由主義の欲望の株主資本主義は、大富裕と極貧の経済格差を産みだし、それにより、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリが、「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」で、テクノロジーの進化は、その恩恵を受ける一部の人と、多くの役立たずの人間を産みだすことになるのだろうか。
そのような、悪魔的な社会がやってこないように、テクノロジーの進化がこの地球上に住むすべての人にその恩恵が行き渡るようにするには、いま私たちは何をどの様に考え、どの様に取り組むべきなのだろうか。

これから、自由主義と新自由主義、資本主義と欲望の株主資本主義、そして倫理的自由主義と倫理的資本主義とはどんなものかを考えてみたい。

二酸化炭素濃度が過去最高に

国内の二酸化炭素濃度が去年一年間の平均が観測史上最高になった。
日本の国内工場の多くが海外に移転しているんか、1960年代1970年代に比べて日本の工業地帯の空は綺麗になっているが、国内のすべての観測地点で、観測数値が史上最高になっているという。
このことは何を意味しているのか、世界全体の二酸化炭素濃度が高くなっていることを意味しているのだろう。

また、そのことは、世界の工場といわれている中国などに、日本のまた先進国の多くの企業が、工業製品の製造が新興国や発展途上国に移転し、そのため、先進国の空は青く綺麗になっているが、工場の移転先の地域の空はスモッグが漂うになっていうることだろう。
その一つの証として、COVID19(新型コロナウイルス)により、中国の武漢が街全体が封鎖され、経済活動も停止された、それにより普段は、スモッグで青空も見えないじょうたいだったが、青空が戻っているという。
先進国で、工業製品を使い、豊かな便利な生活ができるのは、先進国が新興国や途上国に工場を移転したからということを、考えてみる必要があるだろう。

日本の二酸化炭素濃度は、気象庁が昭和62年に大船渡市で観測を始めて以降、毎年過去最高を更新し続けているという。そのことについて、日本の気象庁は「二酸化炭素は過去に例のない濃度に達している。対策をしなければ地球温暖化がさらに進むおそれがあり、削減の取り組みを進めていく必要がある」と話しているとNHKは報じています。

温室効果ガス排出について、自分の住んでいる地域や国は青空があるからと安心はできないだろう。また、自分や自分の住んでいる国の空には、青空があるからその責任はないと考えるのも間違っている。自分たちの生活の仕方を全面的に見直すべきと言える。わたしはあと10年か永くて20年の寿命だが、いまの若い人たちは、2050年いや子供たちは22世紀も生きているだろう。そのことを考えるといまの若い人たちのために、自分たちの価値観や生活の仕方を見直すべきだろう。今の新自由主義や欲望の株主資本主義ではなっく、倫理自由主義や倫理知足資本主義に転換すべきだとおもう。

いま、倫理自由主義と倫理知足資本主義と書いたが、この文書を書きながら私が、作った造語だがこのことについて、考えて行きたく思う。

自律型ロボット兵器

遠隔操作の無人兵器は、遠隔操作の無線を妨害されたり、乗っ取られたりするおそれがあるので、自律型の軍事兵器の開発ができないかとの話があると聞く。
現在いたずらドローンを停止させたり確保するために、ドローンを停止させている映像をニュースで見たことがある。それは実験映像が実際の映像かはしらないが、ドローンの乗っ取りはできるようだ。
となると、自律型の無人兵器は乗っ取られる心配がないので有効のように思うが。
敵を攻撃し敵を殺すことを、機械にまかせてよいものだろうか。倫理的な判断をロボットやAIにまかせてよいのだろうか。

アメリカのSFTV映画の、スタートレックのヴォイジャーのエピソードの29話「ユニット3947」では、2国間(2つの星)が戦争しているが、お互いに戦っているのは完全自律型のロボットで、自分を攻撃するものを敵として抹殺するようにプログラムされている。2国は和平協定を締結して戦争は終わるはずだった。和平協定が締結されたので、両国はロボットを停止しようとするが、自分を攻撃するものを敵とプログラムされているので、ロボットはお互いの自国の人間を抹殺してしまう。このような話です。

アンドロイドのロボットは人間を越えるか、優秀なものは自分より劣ったものの価値を受け入れるだろうか。スタートレックの最初のシリーズ宇宙大作戦に「宇宙の帝王」登場するカーンは、人間の知能と体力を遺伝子操作で強化された優生人類だった。やがて優生人類は人間を劣ったものとして、地球を牛耳り地球を支配しよとする。優秀な者はたいがい自分より劣った者を価値のないものとして、支配するか抹殺するかをしようとする恐れがある。
人工知能の自律型学習型AIは、人間の脳を越えられるだろうか、計算能力などは機械であるAIの方が遥かに正確で早いです。また判断力も速く正確でしょうし、作業も速く正確です。
しかし、AIには人間にはあるが、AIにはないものがある。それは、道徳心や倫理観と感情です。簡単な人を殺すななどの道徳や倫理をプログラムできても、広汎な道徳や倫理のアルゴリズムは作れないだろう。ましてや感情などのアルゴリズムなどは不可能だし、倫理サブルーチンなども不可能だろう。無理に人間に近づけて作ろうとすれば、「宇宙の帝王」のカーンのようになるだろう。

現在、人の身体に機械を埋め込むことがされている。人工心臓や歯や関節のインプラントが同様に、脳にICチップを少しづつ置き換えていき、サイボーグを作れると考えている科学者もいるよだ。わたしはそのようなことは不可能だと考えるが。

そのような考えは、フランケンシュタイン博士と同じ考えだ、フランケンシュタイン博士の作った人造人間は怪物とよばれるが、怪物は実は博識で心やさしい人間だが、自分を産みだした博士は自分を見捨てたため、どこまでも復讐のために追いかけることになる。それらのことを思うと、自律型の人工知能をつくることは、パンドラの箱を開けることになるだろう。

五欲 五蓋

さきに五欲の戒めをかいたが、他にもわれわれの生活を乱すものがある。
仏教では修行の邪魔をするものが五つあると言う。それを五蓋という。五種の煩悩のことです。
貪欲蓋、瞋恚蓋(いかり)、睡眠蓋(心身のはたらきを弱め、ねむりこませる)、掉悔蓋(そわそわ落ち着かず迷っての揺れ動き)、疑蓋の仏道の修行をするうえで発心をさまたげるこの五つの蓋があるとされている。これらの気持ちがでてこないように、その心を制御して発心のさまたげるといり蓋を棄てないといけないとう。

・貪欲については、五欲で書いた通りであるから蓋をすることを心掛けなくてはならない。
・瞋恚については、一言でいてしまえば、「怒る」ことだが、単に感情的に怒るという意味でなく、自分の思い通りにならない事への憤り。自分の今の状況はあの人が悪い、社会が悪いという、妬みの憤りかからそれが周囲の人への憎しみの心の瞋恚です。この瞋恚により、来の自分の思考力が発揮できなくなり、判断を間違えてあらぬ方向へと突き進めてしまったり、物事や自分の考えている方向と違う方向に進めてしまう。
仏教では瞋恚というのは、三毒*の一つとされ、自分に対しても、周りにの人に対しても毒になるものです。
まさに、マンガなどで非常に激怒している人の背景を炎で燃えがらせている背景が描かれているのを見ることがあるが、それを瞋恚の炎(瞋恚のほむら)という。*三毒とは、貪欲・瞋恚・愚痴(愚癡)のことです。
瞋恚が継続し積み重なっていくと、いつかはこの妬み恨み憤りを晴らしてやろうと計略をするようになる、そうなればその相手に危害を加えることになる。そればかりか自分の穏やかでやすらかな心を作りだせなくなり、そして功徳が生まれてこなくなる。
在家の生活のなかでも、この瞋恚の蓋を棄てることが大切です。この瞋恚により日常生活で争いが起き、もめ事が起き裁判を起こしたり、喧嘩になったり殺人事件が起きたりする。国の中では紛争にないr、国家間で戦争になったりする。武力の戦争にいたらなくても、アメリカファーストのように国家間の外交がギクシャクしてしまう。
・睡眠は、人が夜に睡眠をとり明日の鋭気を得るための睡眠ではない。心の働きが朦朧として微睡むことにより、六つの知覚が閉塞し、眠っているうちに心の働きがコントロールできなくなり、心を覆い尽くしてしまう。まるで、大麻や薬物や脱法ハーブ・ドラッグもこの類といえるだろうから、これらは絶対によくない。だから睡眠に蓋をしなければならないという。また智者はこの睡眠が一番たちがわるいと言う。「眠を大闇となす、見るところなく、日日に欺誑として人の明を奪う、また陣に臨んで自刃間わるがごとく、毒蛇とともに室を同じゅうして居るがごとく、人の縛せられて将い去って殺されるがごとし。その時いかん、いずくんぞ眠るべきや」と。だからこの睡眠の蓋を棄てる必要があると言う。
このことは、在家の日常に生活にも言えることで、ものごとをするとき、ただだらだらと何も考えずに微睡みながらしていてはいけないという。
・掉悔は、まえの三つの蓋がなく三毒が、入れ替わり立ち代わりあらわれたり、三つが同時にあらわれたりして、心が揺れ動くことにより。悔いて自らを責めて憂悔することになる。「悔いおわってまた憂うることなかれ、まさに常に念著すべからず。まさに作すべからざるをしかも作し、まさに作すべくしてしかも作さず」と思い。どうして自分はこのような無意味なことをしてるのか、恥ずかしとの後悔が強すぎると、悔の覆蓋となり禅定の邪魔をするので、発心を妨げる掉悔蓋を棄てる必要があると言う。
・疑蓋とは、「これ見諦の理を障うる疑にあらず」といって、道理を明瞭に観察するための疑い邪魔する蓋ではない。むしろそれは明瞭成るようにすべきだ。ここでの疑は、自分を疑う、師を疑う、法を疑うことを指す。
自分を疑うとは、自分は無能な人間で修業してもしかたないと疑うこと。
師を疑うとは、自分の師匠を疑うと、このような人の教えについても何もならないと思うと、修行に専念できなくなるどころか、師を蔑んでしまうと修行自体もできなくなる。そして、法を疑うとは、仏法を疑うことです。

先日の、五欲とこの五蓋を棄てよは、仏道の修行だけでなく、現代の私たちの欲望の日常生活にも当てはまることではないだろうか。ホモサピエンスが20万年前にアフリカで誕生し、5万年前にアフリカを出て全地球に広がっていったが、この地球に棲んでいる他の多くの生き物を、虐げ絶滅させてきている。人類であるホモサピエンス以外の同類に人属で勝ち残ったのは、私たちだけです。なぜどのようになことで、他の種のヒトルイが絶滅したのかはよくわからないが。地球上の生命体でいま思うままに好きなように振る舞っている。それにより地球温暖化の気候変動が起きている。しかもそれを認めようとせずヘイクだと主張する人もいる。便利な生活をするために、見えないところで自然破壊や環境汚染が起きていることを知らないでいる。このままでいくと、今世紀半ばでこの地球は取り返しがつかないことになると主張している人もいる。この宇宙船地球号が22世紀23世紀と、運航が続けられるためには、この五欲と五蓋について考えるべきだろう。

欲望と人間の驕り

現代の私たちは、特にアメリカや日本は、新自由主義と欲望の株主資本主義の世の中に、どっぷりと浸かって生活をしています。常に、あれが足りないこれが足りないと、不平を言って生活をしてしまっている人が、なんと多いことでしょうか。
それにより、自分の思い通りにならなかったら、不平不満を持ち愚痴がかりを口にしている。今のアメリカや日本はそうであるし、最近の中国もそのようになってきている。

新自由主義経済は、自己責任の競争社会で敗者は切り捨てられています。
欲望の株主資本主義は株の配当を会社に迫りることにより、会社の倫理感などは二の次にしている。そこには新規事業へのフロンティア投資という思いはなく、株の配当が少しでも多くを望み、その会社の社会奉仕や従業員の生活より少しでも多くの株の配当を要求している。

仏教には、修行を乱す五欲を戒めがある。
五欲とは、色・声・香・味・触のことでだが、在家にの五欲は、食・財・色・名誉・睡眠ともいわれている。
『摩訶止観』の第六章第弐節五欲を呵せ につぎのようにある。
・色欲は、いわゆる赤白・長短・明眸・善?(目+來(ながしめ))・素頸(しろきくびすじ)・翠眉・皓歯(しろきは)・丹脣、乃至・依報の紅黄朱紫諸珍宝物は、人の心を惑わす。
・声欲は、嬌媚・妖詞・婬声・染語・竹糸・絃管・環釧・鈴珮等の声なり。
・香欲は、すなわちこれ鬱?(くさかんむり+弗)・氛?(气+囚+皿)・蘭馨・麝気・芬芳・酷烈・郁毓の物、および男女の身分の香りなり。
・味欲は、すなわちこれ酒肉・珍肴・肥?(月+臾)・津膩・甘甜・酸辣・酥油・鮮血等なり。
・触欲は、すなわちこれ冷暖・細滑・軽重・強軟・名衣・上服・男女の身分なり。
そして、この後にこれらの欲を貪るのは、赤く熱した鉄の玉を素手で握るようなもので、煮えたぎった蜜湯を飲むようなもので、蜜を塗った刀を舐るようなものだとのべている。

そして、「この五欲は、これを得れども厭くことなく、悪心うたた熾にして火に薪を益すがごとく、・・・・」と書いてある。
欲望は限りなくまし、さらに欲望が含まると言っている。
私たホモサピエンスは、二足歩行をはじめたころから、あくなき欲を膨らませて今日の文明社会を築いてきた。それを、一概に悪として否定することはできない。しかし、ホモサピエンスが5万年前にアフリカから全地球の隅々まで、棲息を広げたころまではよかったが、それ以降、欲望により争いが激しくなっていき。現在わたしたち人間の個体数は70億を超え、地球の存続するら危うくするまでになってきている。
いまこそ、五欲のあり方を考えて、我々人間のあり方を見直すときではないだろうか。
おりしも、小さな小さな新型コロナウイルスが、全地球に広がり人間の驕りに対して警告を発しているようだ。

電気について 02

原子力発電所で事故が起き、大量の放射線が大気中に撒き散らされると、広範囲が放射線物質で汚染されてしまい、そこで暮らしている多くの人がそこで生活できなくなる。
福島の事故により、広い地域に退避命令が発令された。その後住民が故郷に帰れるようにと、除染作業が行われて、次々と退避命令が解除されている。しかし、忘れてはならないのは除染作業をした労働者は被爆していることです。また、除染をしたといっても完全に除染された訳ではないと言うことです。
私は、現在帰還困難区域を解除されたところの、放射能の線量がどれぐらいなのか知らないです。
しかし、大量に汚染された地域を、労働者が自分のからだを使って、除染作業をしたということ、その中の多くのひとは通常の日常生活で浴びる、放射線線量以上の量を浴び被曝していることです。
そして、除染作業にあたったのは、原発事故を起こした東京電力の社員や、東電が雇用した労働者ではないというおとです。汚染地域の除染作業は国の責任でされてるが、国が直接雇った労働者ではなく、除染作業にあたった労働やは、ゼネコンが建設する土木事業と同じ労働者の集め方で雇われた日雇い労働者です。
そいて、そこでは恐るべきことがなされていることは、ニュースなどにはならず、私たちはそのことを知らないでいる。
そのことは、大きな問題だともいえる。私の知っていることを、時々書き綴ってみたく思う。

電気について 01

私たちは、今日電気なくして、生活はできないと言ってよい。
家電製品を使うのには、もちろん電気が必要なことは、当たり前でだれでもわかることです。家で明かりを灯すのに、蛍光灯や発熱球やLEDの照明器具を使っている。
また、水道の蛇口を捻ると、水がでるのも電気なくしてでないのである。水がでるのは、上水道施設で水が浄化されている。浄水を作るシステムプラントを動かすのに電気が必要であり、各家庭に配水するためには、圧力をかけて配水管に水を送るために電気をつかっている。同じことはガスガスにもいえます。
また、いろいろな、情報を得るにはテレビやラジオのニュースを聞いたりするが、これにも電気が必要です。また、パソコンなやスマートフォンから情報を得るにしても、電気が必要です。また、私たちの日常製品を作るために、電気が使われていない物などないでしょう。

それでは、電気はどのようにして作られているのか、発電所で電気を発電するのだが。いろいろな発電方法がある、火力発電と水力発電と原子力発電が主力です、ほかの再生可能発電として、太陽光や風力や波力などが注目されだしている。
しかし、主力は始めに書いた三つです。火力発電には、石炭を燃やして発電するものや、石油や天然ガスなどを燃やすものもある。水力はダムを建設し水を落とす落差でタービンを廻し発電する。それと、原子力発電がある。
原理的には火力と原子力発電は同じ方法で発電する。水を沸騰させその蒸気でタービンを回して発電する。
では、火力発電で使う石炭や石油はどのようにして採掘するのであろうか。石炭は日本でも1950年から60年にかけて石炭が掘られていた。そこで働く坑夫たちの労働環境は過酷なもので、また、石炭の粉塵により時折粉塵爆発などがおき危険なものです。現代は、坑道を掘って石炭を掘り掘り出すのではなく、地表を石炭層まで剥いでしまう、露天掘りが多いようんだが、炭坑夫の過酷な作業と危険性は少ないが、地表を剥いでしまうので環境破壊はすさまじいものがあるでしょう。これは石炭に限らずほかの地中の資源を開発すると起きることです。
化石燃料の発電は、その石炭や石油を採るために労働者が危険にさらされたり、自然破壊がおおきる。
では再生可能エネルギーの発電はその装置の原料のおおくは、希少金属が多く使われ、これもその原料を掘り出すのに、労働者が危険にさらされ、自然が破壊されることを知っておくべきだ。

では、原子力発電はどうか、こちらもウランは希少資源だり、放射能と言う目に見えない恐ろしいものが発生する。
さらに、福島ような事故がおきなくても、通常の平時でも原発は定期点検などで、原発の現場での作業をさせられている労働者は、放射能を浴びながら作業をさせられている。しかもその労働やの多くは日雇い労働者で、それも電力会社の直接雇用ではなく、元請けの下請けのその数次下請けの労働者で、労働者の安全への責任はうやむやになってしまっている。

そのようなことを考えると、私たちは湯水のように電気を使ってよいものだろうか、少しでも必要のない電気を使わないで生活が出来るようにすべきではないだろうか。少なくとも、電気が日ごろ不自由なく使えるのは、石炭を掘り出す人がいて、炭鉱周辺の自然が破壊されていること、原発では被曝労働者が働いているから電気が供給されていることを知るべきだと思う。

監視カメラの新駅

東京の環状線である山手線に新しい駅が設置されたという、その名前は「高輪ゲートウェイ」だというが、この駅、最新のAI技術が使われている。駅の売店では店内に設置されている監視カメラで、客の出入りと商品棚からなにを取ったかを検知し、無人のレジでカードをかざすだけで支払いを済ませられる店があるそうだ。そのほかにも駅構内では監視ロボットがうろうろしていて、道に迷っていそうな人や障害者を検知して、案内したり駅の職員に通報・連絡して助けを呼ぶそうです。また数カ国を理解できるロボってが道案内をしたり、誘導してつれていってくれるそうです。

なんだか、便利なようだが、常に監視されているようなシステムが導入されている駅だ。

今後この高輪の駅のシステムがうまく機能するならば、これから全国の駅に使われていくだろう。そればかりだけでなく、人が集まる商業施設や、人の移動の多い道路や通路など、全国各地で使われるようになるだろう。
なんだか、今の中国の都市の監視システムが、日本の至る所に作られていくのだろうか。

武漢の青空

中国武漢で発生した、新型コロナウイルスにより、多くの工場が操業を停止されている。それにより、武漢の空は今まで大気汚染がひどく、市内では青空は見えず、の先のビル見えないぐらいだそうが、工場が停止しているこのごろは、街の先の見通しがよく、青空がよく見えるといいます。
中国は世界の工場といわれ、そのなかで武漢は特に多くの外国の企業が工場を移転し操業しているちいきです。また外国工場に部品を提供している地域です。

私たちの現代の便利で快適な生活は、中国の工場から造られる製品や部品により、生み出されているものと言える。そのことを忘れてはならないです。このコロナウイルスが沈静化しても、先進国の便利で豊かな生活は、外国の知らない地域の犠牲の上で成り立っていいることを、いつまでも覚えておき、考えていくことが重要です。

大気汚染は日本でもかつて、中京地域の四日市や、神奈川県の川崎や兵庫の尼崎、北九州などの工場から排出される煤煙で青空が見えない状態でした。光化学スモックとよばれ学校では、野外での運動ができない状況になっていた。これは、日本だけでなく世界でもそうです、むかしは霧の都と呼ばれるイギリスのロンドンは、メキシコ湾流の暖かい海流が、ドーバー海峡で冷たい海流とぶつかって霧が発生するのだが、それと併せて工場からの煤煙により、スモッグが発生し、大気汚染がひどかたが、ロンドンでは地下鉄が走り、街路はガス灯がともされ明るく、当時はヨーロッパでも最先端の都市だった。また、未来派画家のレジェなどは、工場から勢いよくでる、煙を描いて、工場の近代化により躍動を描き賛美しています。私たちのこれからの現代をどう考えるか、それは繰り返しになるが、先進国の豊かな便利な生活は、工業の発展により自然を汚して成り立っている。そして利益を追求する現代の、欲望の株主資本主義により、ますます、他を犠牲にして生活をすることに加速がかかっている。

新型コロナウイルスの問題は、疫病に対するあり方を考えていかないといけないのと同時に、政治的な社会あり方がどうあるべきかを考えるべきだろう。カミューのアフリカのアルジェリアのオラン街を舞台にした小説「ペスト」。オランの街が封鎖された街で、しだいに市民は苦境の中で団結する民衆たちを描き、無慈悲な運命と人間との関係性が問題提起されるいる物語です。生存を脅かす不条理にどうすべきか、我、反抗する故に我らあり。武漢や他の国の地域でも、街が封鎖されているところもあり、これらについて考えていきたい。

クルーズ船の自分の客室に閉じ込められたり、自宅での禁足令を課せられ事実上の軟禁幽閉状態な、不条理な状態に置かれた時に、それぞれの個個はどのように自我の尊厳をまもりたち振る舞ったらよいのか。
カミュは小説のなかで「個人がまもろうとする価値は、彼だけのものではない、価値をつくるには、少なくともすべての人が必要である。反抗に於いては、人間は他人のなかへ、自己を超越させる」(新潮文庫 以下同じ)
「個人を苦しめていた病気が集団的ペストとなる。われわれののである日々の苦難のなかにあて、反抗は思考の領域における「われ思う(コギト(ルビ))」と同一の役割を果たす。反抗が第一の明証となるのだ。しかし、この明証は個人の孤独から引き出す。反抗はす、すべての人間の上に、最初の価値をきずきあげる共通の場である。われ反抗す、ゆえにわれ在り」と書いている。カミュの反抗は革命的な相手を破壊する抵抗ではなく、行き過ぎに反対するものであり、コントロールしえなくなる前に引き返し、人間を破壊することから守ることにあるのではないだろうか。

この私たちの現代の豊かで便利な生活はどのような構造で、どのように成り立っているかを考え、そのシステムのありかたの正統性に疑問を持つきっかけすべきでしょう。

カミュは「ペスト」の最後に次のように書いて小説を締めている。
「ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間、家具や下着類のなかに眠りつつ生存することができる。部屋や穴倉やトランクやハンカチや反故のなかに、しんぼう強く待ち続けていて、そしておそらくはいつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るだろう」。

これは、戦争が繰り返し起こされるように、人間の驕りと傲慢さがあるかぎり、またわれわれ人類に天誅をあたへ、その驕りと傲慢さを誡めるよう警告を続けるだろうということだろう。

原発労働者の被曝

3月11日は、東日本大地震あり、福島の原子力発電所に巨大津波が襲った日です。それにより、原発の全電力が消失し原子炉を冷やすことが出来ななり、水素爆発をお越し原子炉が破損してしまい、大量の放射線物質を大気中にまき散らしました。

現在、東京電力の福島原発だけでなく、全国の原子力発電所の、その現場で働いているのは、東京電力の社員や直接雇用した労働者ではなく、下請け労働者でその多くは孫請け曾孫請けなど数次の下請けの日雇い労働者と聞きます。そのため、現場の労働者の追跡調査ができず、現在それらの人の中には現在どこに住んでいるか、生死すらわからない人が多くいると言います。

事故を起こしていない、平時の原子炉も定期点検があり、その原子炉のなかに労働者が入り作業をしている。その現場は密封した空間で、防護服とマスクを着ているが、すぐに被曝許容値を越えてしまう。防護服とマスクのため暑いので作業がしずらいので、マスクを外す作業労働者が多い。また放射線の線量計もすぐにアラームがなり、作業ができないとの線量計を止めたり放射線のない所に預からる人もいるという。
これは、事故を起こしていない原子炉での作業のありさまです。

現在、福島の原子炉は解体するための作業が進められているが、その様子とその実態は一切現在人々にはしらされていない。

どんな状況に現在なっているのだろうか。

東北の復興の様子と同時に、原発事故の現場の現状をありのままに知るのは、これから、原発で発電された電力を使う私たち日本国民市民、そして世界各国の人々の権利だと思う。是非とも継続的に、原発労働者の現状を多くの人に知ってもらうことは大切だろう。

筑豊の炭坑工夫の山本作兵衛の記録画記録文書のように、それを記録として残すことは、未来に人々にとって貴重なものになるだろう。

スマホでの管理社会

ニュースを見ていると、新型コロナウイルス(コビット19(covid-19))で、各国のその拡散予防の対策を照会していた。
そこで、中国であるサービスが始まっている。携帯通信会社が、スマホを持っている人が過去に何処を訪れたかの履歴が、スマホ画面に表示されるサービスを始めている。
そこで、中国では施設に入る時に、その訪れた場所の履歴を表示させ、係員に見せて自分は特定の地域に行っていないことが
確認して、その施設に入場が許可されことが実施されているようだ。

このスマホ保持者の行動履歴がわかるシステムは、中国だけでなく日本でも直ぐに実現できる技術です。犯人などの行動履歴を追跡したり、また誘拐事件などが起きたとき、時よりそれが使われ、犯人の逮捕に役立っていることがニュースで伝えられる。しかし、通信会社は行動履歴の情報提供は、日本では裁判所の許可がいる。また、保護者が子供の安全を確認するためにパソコンやスマホで我が子がいまどこにいるかを把握する技術はすでに使われているようだ。
今回の中国の通信会社のサービスは、自分のスマホの画面に表示されるものだが、これらの技術が国民の監視のために利用されないとも限らない。

これは、中国のことだけでなく、世界中の国々でも使いようによっては、国民の監視に使われれる恐れもある、いやすでに使われているかもしれない。
カーナビのGPSやスマホは便利りです、カーナビなど便利過ぎて、土地勘が衰えたりドライブするときの道を探す楽しみなどが疎かいなってしまうので、わたしはあまり好きではないです。これからテクノロジーがますます親かして、国民へのサービス向上のためだと言って民衆の管理が強化されてて行きそうだ。そして、この中国にコビット19のスマホ通信会社のサービスを知って、それだけでなく知らないうちに管理社会がますます浸透していき、自らが知らないうちに管理社会の海に飛び込んでしまうのではないか感じる。

クラスターロケットからの人工衛星

米宇宙開発企業のSpaceXが去年、人工衛星を一度に60基単位での打ち上げに成功した、ニュースがあった。複数の企業が人工衛星を多数打ち上げて、新たな通信事業を行う計画が進められている。ある企業は、一度に多数の衛星を軌道にのせて、最終的には、4万2000基の衛星を地球の周回軌道に乗せる計画をしている。

これに対して天文学者がすでに、天体観測に影響が出ていると懸念の声が上がっているという。
米アリゾナ州の天文台が望遠鏡で撮影した公開写真をみると、人工衛星20基以上が光を反射しながら移動する様子が光の筋となって、天体観測の写真に写り込んいる。これを見ると天文観測にとって、大変な状態になっていることがわかる。星がとられた写真を見ることがあるが、流れ星やなどが写り込んでいるいるのを見ることがある。しかし、この写真を見ると、素人でも、天体観測ができないという状況がわかる。

NHKのニュースによると、南極大陸の観測基地のように、人工衛星の打ち上げを世界的に調整する機関はないので、世界の天文学者で作る国際天文学連合は、今後このまま人工衛星事業が進むと、天体観測の妨げになるとして、早急に規制の枠組みを作ることを求める声明を出している。また、日本の国立天文台も世界の研究機関と足並みをそろえて、解決策を図ることが重要だと懸念を表明しましたと伝えている。国立天文台の大石雅寿特任教授は「観測に影響が出始めていて、今後、問題が深刻化するのは確実だ。研究者と企業側が共同して解決にあたることが重要だ」と話していることを伝えていた。

私は、天文学の体観測だけでなく、宇宙開発にも影響が出るのではないだろかとおもう。計画されている衛星はロケットでクラスター(集束)衛星を打ち上げ、地球の軌道上でたくさんの小衛星を分離させ目的の軌道に拡散させるものだが、人工衛星は小さなものでも高速で地球を周回している、これにぶつかると人工衛星や宇宙船は大破する恐れがあるだろう。それにより、地球の軌道上は過密になり将来は、有人宇宙船が大気圏がの宇宙空間に出るとき、それらの小人工衛星とぶつかる恐れもでてくるだろう。そうなると人間は地球から宇宙に出ることができなくなるのではないだろうか。国際宇宙ステーションにも行けなくなる恐れもあるだろう。将来は戦闘機のように、小型衛星を掻い潜って宇宙船を操縦する技術が必要になってくるのではないだろうか。また、アメリカはレーガン大統領のときにスターウォーズ計画を発表したがその後は進展がなかったが、トランプ大統領は宇宙軍の創設を提唱している。
そうなれば、軍事用の人工衛星が偶発的に、将来打ち上げられる数万個の衛星と衝突する恐れもある。もしそうなれば、人工衛星は有事とみなし突発的ない事態と判断され、敵国の対して攻撃が起きる可能性もでてきている。
なんだが、そうなれば核戦争はお互いに、核ミサイルを持つことにより、核戦争は抑止されれるという理論は当てはまらいだろう。
いずれにしろ、クラスター人工衛星ロケットについては、国際機関の管理が必要になるだろうが、これに対しては宇宙の軍事利用を目論んでいる、アメリカやロシアや中国は反対するだろう。この三国や宇宙ロケット技術を持っているフランスやイギリスなどは、国連の常任理事国で議決への拒否権を持っている国なので、早急に、南極のような観測基地利用のような条約や機構月売られることはないだろう。

『すばらしい新世界』

オルダス・ハクスリーが1932年に発表した、ディストピア(ユートピアの対義語)小説に『すばらしい新世界』がある。
2049年に、世界大戦が勃発し9年間つずき、戦争が終結し、過去の歴史が抹殺され、10人の統制官によって支配される。
そこでは、大量生産・大量消費が美徳とされ、宗教は否定され暦年もキリストの誕生した年を元年とする西暦は廃止され、大量生産が始められた、T型フォードが発売された年を元年とするフォード暦が採用された。
小説の舞台はフォード暦632年、西暦でいうと2540年の未来の物語です。

時代背景は、子ども達は受精卵の段階から培養ビンの中で「製造(培養育成)」される。そこでは、体格も知能も「選別」され決定される。アルファとベータの優生種と、ガンマとデルダとイプシロンの下層階級に分けられ、階級社会になっている。
過去の歴史は否定というより抹消されて、社会は統制れ平和な社会になっている。
また、あらゆる予防接種を受け病気になる事は無く、60歳ぐらいで死ぬまで、ずっと老いずに若くいられる。育成ビンから出て「出生」した後も、睡眠時教育が施され自らの「階級」と「環境」に疑問を持たないように洗脳され教え込まれる。
人々はそれにより生活に完全に満足している。人々は、激情に駆られることなく、常に安定した精神状態でになっている。それにより完全に安定している社会が実現している。
人は「製造ビン」出て生まれてくるので、家族はなく、結婚は否定され、フリーセックスの世の中になっている。すべてが統制官によって統制管理されているので、人々は常に一緒に過ごして孤独を感じることはなく、隠し事もなく、嫉妬もなく、誰もが他のみんなのために働いている楽園である。すなわち、「すばらしい世界」となる。

主人公は未開社会から来た人物で、このすばらしい世界に疑問を持ち始めるて、物語は展開していく。

第一次世界大戦後の世の中が、全体主義的な政治が勃興し、産業の機械化進む90年ほど前に書かれた、ディストピア小説だが今の時代と被ることが多いように思う。トランプ政権の誕生や、安倍政権の長期化。また、社会がデジタルしインターネットでつながれ、AI技術が生活のなかに入り込み、遺伝子工学の先行きをみていると、これからの世界がどのように進めばよいかを考えるうえで参考になる本と思える。

地球のちっぽけさ

宇宙飛行士は、国際宇宙ステーションの宇宙から。地球をみると。自分と他の人と繋がっていることを感じ、些細な行動が地球に大きな影響を与えることを知り、人生観が変わるという。地球に帰還する日が近づくと、重力を感じ大地を踏みしめられるという、気持ちと、宇宙から地球をみれなくなる寂しさを感じるという。
人類は50年前に始めて月にたったが、月にたって地球を見るのと、国際宇宙ステーションから地球を見るのでは違いがある。月から見ると地球の大気はみれないが、地球から400キロ上空の国際宇宙ステーション見ると、地球の大気の薄さを見ることができるという。それにより、人類の活動に対してどのようにあるべきかを考えさせられるという。
宇宙へ誰でもが行き、宇宙から地球を見ると、みな自分はちっぽけなもので、他の人と繋がっていることを感じ、争いがいかに無意味で愚かなことだと感じ、平和を愛おしみありがとうと言う感謝の気持ちになり、人生観が変わると言われるがそれは違う。
だけど、宇宙旅行といっても、地球の周回軌道を旅するぐらいだが、宇宙船から地球を見ると、そのような人もいるだろうが、別の心情になる人もいるだろう。

人類が文字を発明して、物事を文字で伝えたり、記録して残すことは、はじめはごく一部の人だけだった。そのころは文字として残そうとするものは、それなりに高度なものだった。しかし、文字の読み書きがだれでもができるようになると、文字によって作られる文学や資料はその質を落としてきた。
ほかの技術なども同様で、それが大衆化することによりその質は向上する方向と、質を落とす方向の両極にも進んでいくものです。
それは、政治にも通じるもので、政治家を選ぶ選挙でも選挙制度ができた当初は、だれでもが投票できるわけではなく、多くは一定の身分や所得がある人に限られていた。その根拠とした理由付けは政治家を選ぶには、一定の教養がなければ良識ある政治家を選ぶできないというものだた。しかしそれは裏を返せば一定の身分のある人たちの既得権を守るものだが。

それは、インターネットにもいえることで、私がインターネットを始めたころは、今のようにだれでもが気軽にできるものではなかった。パソコンとモデムを使って電話回線で大学などのサーバーと繋げ、キーボードでコマンドを打たないといけなかった。それには一定の知識が必要でインターネットにつなげ情報を得る人はすくなかったので、インターネットで得られる情報の信用度は高かったし、また今のような炎上と現象も起こりにくかった。
しかし、今のようにだれでもがスマートフォンなどで、SMSに繋げ情報をやり取りするようになると、そこにあげられる情報の信用度信憑性は低くなり、またちょっとしたことで炎上してしまうように、質の悪いものになってします。

それと同様に、だれでもが、宇宙に行けるようになると、いま宇宙飛行士が感じているよなことではなく、中には邪悪な    ことを感じたり考えたりする人もでてくるだろう。

EUの食肉税

EUは域内の国で、肉食に課税をすることを検討し始めている。どうして課税するかというと、地球温暖化問題を深刻に受け止めていることからによる。
牛肉を生産するのに、牛のゲップは、豚の6倍以上の温室効果ガスを排出すると言う。それは、牛は「温暖化ガス排出」の畜産分野の約80%を占めるというから、その対策として牛肉の消費の抑制と、畜産の牛肉偏重の見直しを図るものと見られる。
そこで、その改善を畜産業に促すためと、課税により出た増税の収益を、温暖化対策に充てるのだという。しかし、そうなれば牛肉の値段が上がることになる。消費者の理解と協力が必要だろう。また、いままでの牛肉産業の構造に対する影響もあり、さまざまな問題がある。しかし工業や商業活動ででる「温暖化ガス排出」と同時に見過ごしてはならないのは、農業による「温暖化ガス排出」もそうだといえる。
このことは、この宇宙船地救号の定員を考えないといけないだろう。果たして地球はどれだけの人口を賄えるのだろう。現在70億以上に人が暮らしているが、それ以上の乗員を増やすことができるだろうか。
この地球の世界中の人が、米国並みの生活をしようとするなら、いまの人口の半分も賄えないだろう。
では、ヨーロッパや日本並みだったら?、新興国のインドや中国並みだった?、さらに人口が増えて100億人になったらどうなるか。

わたしは、ここで、「足を知る」ことが重要だと思う。もっといえば「唯吾足知」である。
多くの人は飽くなき欲望を追い求め、むさぼりつづけているが、その意識の改革が必要になってくると考えている。いささか宗教的な話になってしまうが、それがもう待ったなしのところまできているのではないだろうか。

しかし、先進国と言われる国の人のなかには、満足することなく欲しがり続ける。ことは、いままで経済を発展させてきたことには違いないことです。それは、いま限界にきているのではないだろうか、人口が増え産業活動が発展したが、特定の地域ではそれはそろそろ特異点を超えようとしているのではないか。この宇宙船地球号には、現在70億以上の人が暮らしている。その3分の1以上の人は飢餓に直面している。また、半分以上の人が貧しい生活をしていると言ってよい。同じ船の中で一等船室や特等船室があり、方や三等船室、また大きな空間の集団船室や船艙の乗客がいることを忘れてはならない。それらの人とともに地球号の未来の旅をどうすればよいかを真剣に考える時にきているのだろう。

日本人の食性

日本人の食性
 9日の日刊ゲンダイに、日本の江戸時代の食生活のことが書かれていた。
 というより、いま、新型コロナウイルスで感染源がコウモリかネズミなどと噂が流れえいることに対して、中国に悪食について中国を悪くいうのでなく。日本の食文化などにつてふり返ってみている。日本も結構むかしは悪食だったし、今も日本には悪食会なるものがあるときく。

日本も元来、悪食なのかもしれない。それは日本に広く仏教が普及し、仏教に三厭五葷(さんえんごくん)がり、三厭に、獣・鳥・魚介を指し動物性のものを指し。五葷は一般的にニンニク・タマネギ・ネギ・ニラ・ラッキョウの5種類を指、また、戒律に不殺生戒がありそれにより三厭は、獣・鳥・魚介を指し動物性のものを指している。もっとも、声は仏教の修行僧に対してのもので、庶民には関係のないものだ。しかし、一般的に江戸時代以前は日本には牛や豚などを飼育する牧畜などはなかった。それにより、肉を手に入れるのは野生の動物になる。
そこで、江戸時代以前は、肉屋で買うのは野生の獣で、鹿、猪、熊が一般的で、他にも、ウサギ、キツネ、タヌキ、オオカミ、などがあり、なかにはイタチやカワウソやサルまで食べてい記録がり、犬も食肉として売られてい記録もある。

では、新型コロナウイルスで話題になっている。コウモリはどうかというと、コウモリも食べていたようで、そうなると当然蛇やカエルなどはしっかりした食用となる。私も中華料理の店でカエルの足を揚げた料理を食べたことがる。私は初めからカエルと思っていたが、一緒に食べあ者は美味しいと言って食べていたが、はじめカエルとは知らずビックリしていた。
江戸時代に人はどう食べていたかというと、猪肉と同様に味噌で炊き込んだりして食べていたようです。いまでも、ジビエ料理が注目されて人気のようです。

徳川綱吉が「生類憐みの令」を出したのは、江戸っ子が肉が好きで、野生の獣や野良犬を捕って食べるのが横行しすぎたからだという説もあるという。(話はそれるが、野良犬と野犬とは違い、野良とは特定に飼い主がおらず地域の人が面倒を見ている犬のことらしい、そのよう野良犬が落語にもでてくる。)
江戸時代は現代の一般的なウシやブタの肉より、猟師が野山でとってきた野性のジビエの方が一般的だったといえる。落語にも「池田の猪買い」という話もあるぐらいだ。明治時代に初期には奈良の鹿も食べられほとんどいなくなっていたという。もともと、日本人の肉食は多様だったのだろう。それが、明治になり近代とともに西洋の牧畜産業が入ってきて、野生の動物を食べるのは野蛮だと、考えるようになっていった。それにより、肉と言えばウシとブタとトリとなってしまった。
しかし、考えようによっては日本の和牛の肉より、ジビエの肉の方がコレステロールも少なくヘルシーだといえ、健康によいだろう。

もともと、人間は狩猟採取生活をしていて、何でも手当たり次第に食べていたようだ。それも、20万年前のホモ・サピエンスは、何でも手当たり次第にではなく、一定にものを食べていたのだろう。しかし、ホモ・サピエンスしだいにその、グループの人数を増やしていき、また、グループの数も増えていき、食べ物を得るためにその食べ物の種類を増やしていき、食べられるものは何でも食べるようになっていったのだろう。
バッタの大量発生で、バッタの個体の生態が変わるという、バッタは単独では一定に決まった植物しか食べない、しかしバッタが異常大量に発生すると、あたりにある植物を手当たり次第に食べ尽くしてしまうのと同じように・・・・。

現代は、牧畜や養鶏などの産業が発達し、昔では考えられないほどの数のウシやブタやニワトリが飼育されて供給されている。それにより野生の動物を狩猟しする必要がないといえる。しかし、逆に牧畜産業などがなく、狩猟で肉を賄うとなると、すでに人間以外の野生動物はネズミやコウモリも含めていなくなっているだろう。見方によってはそれは人間はこの地球にそれほどはびこりすぎていることになる。つまりはっきり言うと、ホモ・サピエンスは、好ましくないものが勢いを得て広がりすぎていることになるのではないだろうか。

バッタのことを考えてみたい、バッタは単体だと、一種類の植物しか食べないが、大量に発生するとその生態は豹変するのです。

ホモ・サピエンスである人間は、「君子は豹変す、小人は面を革(あらた)む」と言う言葉があるが、自分たちのはっきりと誤りを正すだろうか。それとも、現在使われているようないみでの、自分たちの立場を守るためにより凶暴な手段で直面の課題を解決しようとするだろうか。

AIが神になるか

AIが神になるか

技術的な進歩は、狩猟採取社会は貧富の差はなく平等だったが、農耕社会は仕事の分担を作りだし貧富を作りだし、ヒエラルキーを作りだし、政治が生まれ人々の生活が変わっていった。そしてさらに技術が進化すると、政治の統治の仕方をも変えていった。現代ではAIの技術で、いままで以上の革新が起こり、AIh神の力のようになってしまう恐れがある。

少し前の時代の人が、タイムスリップして現代の進んだごく一般的な文化的なをものを見て、どう思うだろうか。特権階級のごく一部の人の生活だと感じるのではなく、その人たちを神だと感じるのではないだろうか。
江戸時代以前の人が、現代の水道やガスや電気などのインフラを見ると、それは魔法にように見るだろう。ましてやもっと遙か以前の、狩猟採集時代の人は、それを扱う人は神のように見えるかもしれない。
そのような時代に生きている人がもし現代にタイムスリップして、彼らの時代では病気などにかり死んでしまう病気も、現代では入院もしないで完治する病気がいくつもある。それを見てそれを治す人は、医者ではなく神のように見えるのではないだろうか。
その原理や法則などを知らない人や、初めて見る未知のものに対して、偉大なものとして畏れ、敬いもったいなく感じるのではないだろうか。

狩猟採集時代から、農耕社会の時代になてもそれはほぼ同じだろう。いや初期の農耕時代の人は狩猟採集時代の人よりそれをより強く感じるのではないだろうか。農耕時代になるろ、麦や稲を育て家畜を飼育するために、狩猟時代の人より知識の蓄積ができ、自然のなかに自分たちでは物事の筋道がわからないことがあることを体験があり、未知への畏敬あるだろう。

文明が生まれる前の農耕時代では、田畑を耕し、種を蒔き、雑草を刈り、収穫したり、家畜を飼い餌をやり、牛の乳を搾り、鶏の卵を採り、植物から糸を紡ぎ布を織る。柴を刈ったり薪を割ったりし、木の実や肉を焼いて食事をつくった。やがて土器を考えだし、煮炊きをして食事をつくる。これらは、一万数千年前に始まった初期の農耕時代の社会では、数千年つづいたが、その集落の住民はみな関わっり、生活の大半はそれらの活動が占めていた。それが時代が進むとしだいに人々の仕事は、分担され分業化していく。それにより狩猟時代や初期の農耕時代は、それぞれの人がすべてのことを知っていて行なうことができた。しかし仕事の分担により分業化され、在ることはできるが他のことはできない人が出てきた。

日本でも150年程前の農村の人々は、多くのことが自分たちだけでできていたが、近代化が進むにつれ効率化が求められ、分業化が進み作物の生産性は上がったが、自分たちだけでできることが少なくなっていった。
現代と70年程前を比べてみると、田畑を耕すのに人力や馬や牛を使っていたが、いまは耕運機で短時間でできるようになった。収穫も多くの人の共同作業で稲麦を手作業で刈りとり干して乾燥さ脱穀していたのが、いまはコンバインで刈取りから脱穀の最終作業までしてしまう。
いままで、手作業でしていたことが、すべて機会がしてしまう。それによい手作業でどのようにしたらよいかがわからなくなっていく。これがあらゆることで起き出すだろう。
そうすれば、機械は自分たちが知らないことをしてくれるブラックボックスになり、それは神になる。その予兆はすでに始まっている。
私たちは日常生活をするのに、さまざまな便利な機械を使っているが、その使い方を知っているが、その原理をほとんどの人は知らない。また、その機械をつく人や設計した人も、その機械をすべてを知らない。
また、私たちの生活を支えているインフラもどのようなシステム化を詳しくしらない。先にもかいたが昔の人がそれを見ると、神の仕業のように見えるだろう。
私たちは、もっとAI技術が進み便利なものが出現するとそれが当たり前にないり、人間は深く考えにようになるのではないだろうか。

洪水神話

旧約聖書 日本聖書協会 1955年改訳版 創世記 第六章に次のようにある。
 (1)人が地のおもてにふえ始めて、 略 (5)主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い悪い事ばかりであるのを見られた。(6)主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、(7)「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いてる」と言われた。(8)しかし、ノアは主の前二恵みを得た。
(9)ノアの系図は次のとおりである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。 略 。
(11)時に世は神に乱れ、暴虐が地に満ちた。(12)神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。(13)そこで神はノアに言われた、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう。 略 」

洪水伝説・神話はキリスト教やユダヤ教の旧約聖書の「創世記の」のノアの方舟や、ギリシャ神話のデウカリオーンまた、インドのヒンドゥー教のプラーナのマツヤがあり、ギリシャ神話のデウカリオーンがあり、アメリカの原住民のウェーチョル族の洪水と箱船、南米でもインカ神話のビラコチャは大洪水で巨人を倒した話、マヤにも洪水の話がのこされている。
このように世界中の神話や伝説には、洪水の話や終末の神話などがいくつもみられる。洪水伝説はその一つで、この世の汚れを一切を洗い流し清めることを意味しているのではないだろうか。

どういうわけで、世界中でノアの洪水のような神話があるのだろう。それも単なる終末論ではなく、ノアの方舟のように神が人間のおこないを罰し、世界を新たに再生させる話になっている。しかし、人間の愚かさを罰するのに、人間だけでなく他の生物も含め、世の中全体を滅びさせる物語なのはなぜだろうか。
どうも人間であるホモ・サピエンスは、20万年前に現れてから、いくども自分たちを自然の営みが絶滅の危機に直面してそれを予感したり、また自分自身のおこないに行き過ぎあって、他のものを絶滅させたり、自身の生存環境を脅かしてしまったことを知り。それを、反省し絶滅するのではないかと予感してきたのではないだろうか。

また、逆に太古の人は、森林火災が起き焼き野原になったあと、雨が降るとすぐに新しい芽が生えてくるのを見て、古いものが滅び、新しいものが再生するのだと考えたとしても不思議ではない。それが、洪水神話につながっていったと考えられる。
太古の時代から人類は、大雨による河川の氾濫による洪水や、津波などで住んでいるところが壊滅してしまうのを幾度も見てきて、その荒涼とした後すぐに自然が再生されるのをみて、天変地異や天災は紙が起こしたもので、それにより人間の罪や過ちを呑み込み消し去ってくれると考えたのではないだろうか。
つい、200年ほど前以前は、天変地異や天災は神の怒りだと思い恐れ神の力を畏れた。しかし、今までは科学が進み科学的に多くのことが解明されてきている。しかし、今度はその科学の力で神以上の力を持ち始めているかに見えるが、それこそ神を畏れぬ仕業だといえるほどになってている。昨日に書いたように、自分たちは万物の霊長だとして、人間以外の生命を思うままにしている。そのような状況がさらに続くと、地球の今の生命体系が完全に狂ってしまうのではないだろうか。そして、それは新しい生命の体系が作りだされていくが、それが今後人間にとって都合のよいものとは限らない。

この宇宙船地球号のすべての生命や自然は互助しながらその体系が成り立っていることを忘れてはならないです。このままでいくと、宇宙船地球号の一乗員であるホモサピエンスは、ふたたび洪水伝説を繰り返してしまうのだろうか。

人間と動物のあいだ

私たち人間が営んでいる地球にには、人間であるホモ・サピエンス以外にも、哺乳類やそれ以外の爬虫類や両生類などの動物や、昆虫や植物さらに、さらに微細な生物である、細菌・酵母・原生動物などが生息している。その中で、だれが地球の主人公なのかという思いが太古の昔にはあった。
それは、アニミズムや原始宗教に見られる、あらゆる生物・無生物に霊が宿り、自由に遊離することができると思い、それらに霊的存在がある考えいた。そして、罪ある魂は慰撫されなければならず恐れ畏まった。また、天空にあるものの方が、地下の暗い世界の方より、気まぐれであるが、穏やかだと感じ取り、いまだ天国と地獄という概念はもっていないと考えられる。
しだいに、宗教がまとまってくると、絶対神があらわれ、神々の頂点が現れる。それが、リシャの最高神ゼウスや、ローマのユピテルといえるだろう。

しかし、時代が進みホモ・サピエンスが文明を作り歴史を作るようになると、人間こそがこの宇宙船地球号の主人公だと考えて、いや思うようになりそのように振るまってきている。そしてその主人公である、私たちの周りにイヌやネコなどのペットなどの動物がいる。さらに、家畜のウシやブタやニワトリなどがいる。その他にも野生動物のトリやシカやイノシシやクマなどがいる。また、外国にはその地の固有種が棲息している。だが、私たち人間の歴史をふりかえると、洋の東西問わず動物と人間をわけて考えてきている。特に欧米圏でその傾向が強いのは、キリスト教の影響を受けた考えにもとづいているからであろう。
旧約聖書の創世記第二章の神は人をエデンの園に連れて行き15にあるように「これを耕やさせ、これを守らせた」。そして神は人に命じた。「あなたは園のどの木もからでも心のままに取って食べてよろしい。しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっとしぬであろう」。と、書かれている。このことは、キリスト教以外の宗教にも多く見られる。しかし、世界の神話や民話を見ると。必ずしもそのようなものばかりでなく、人間と他の動物は同等だと物語っているものも少なからずある。

 自然のことについて未知だったころは、自然を畏れおののいた頃はともかく、科学が進み自然について多くのことが解き明かされると、いろいろなことが分かってきたなか、人間はこれからも動物を支配してよいと考え、人と動物を分けて考えてよいだろうか。
しかし現代の状況を見ると、人間と動物などを、この宇宙船地球号の客室の等級をわけている。しかし、どこに人間と他の動物などの、客室をわける正当性の理由が必要があるのだろうか。残念ながら先に述べてた傾向がより強くなってきてるように思える。たしかに、人間至上主義に対して疑念を持ち振り替えて考えようとする声もあがっているが、この宇宙船地球号の主人公だとする人間至上主義を支持する方が多い。

太陽系が誕生し、45億年前に太陽系が形成され、38億年前に地球に生命の兆しが見え、6億年前に大きな生命が誕生し、2億2800万年前に恐竜が出現し、6550万年前に地球に巨大隕石が衝突。恐竜を含む殆どの生命が絶滅する。
700万年前にチンパンジーの系統から、猿人が分岐し200万年前にホモ・ハビリスから原人へ、さらにか旧人が、さらに20万年前に現世人類のホモ・サピエンスが出現する。そのようなことを考えると、人間がこの地球にあらわれてからまだ目をまばたきをした時間ぐらいしかたっていない。
地球に生命が生まれてから、長い年月棲息したが絶滅した種もいるが、ホモ・サピエンスの出現により、いままで生存していた、人間と同種に新人などは絶滅していった。それと同時に他の種の動物たちも消えて行った種も多い。
ダーウィンが『種の起源』の適者生存(survival of the fittesの)により、消えていったものもあるが、ホモ・サピエンスが要因なものもある。特にホモ・サピエンスが文明を持ち、さらに技術を発展させ科学文明と産業を発展させて以降、他の種の動物を絶滅させたのは知っての通りである。
そのように、ホモ・サピエンスが出現してから、多くの種が個体数を減らし絶滅してしまっている。それは動物だけでなく、植物や昆虫なども個体数を減らし絶滅している。

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カエル幹細胞から生体ロボット

NewsWeekJapan(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/01/post-92231.php)によると、カエルの幹細胞から作製した生体ロボットがつくられたという

米国のバーモント大学やタフツ大学らの共同研究チームが、カエルの胚から取り出した幹細胞を用いて、人工知能(AI)によって設計した、生体ロボットが世界で初めて開発したと発表された。
この研究成果は、米国科学アカデミーの機関誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」2020年1月13日号で公開されている。
ニュースを読んでいても、よく理解できないが、おおむね次のようなことがかかれていた。
コンピュータシミュレーションが自動生成した設計をもとに、アフリカツメガエルの胚から抽出した幹細胞を組み合わせて、生体ロボット「ゼノボット」を作製したという。「ゼノボット」は、自己再生でき、ほぼ半分に切られても、自然に修復する。タフツ大学は、アフリカツメガエルから抽出した幹細胞を集め細胞を切断し、コンピュータシミュレーションが作成した、最適な設計案に沿ってつなぎ合わせ、人為的に結合させた。その細胞は間もなく一体となって機能し始めたという。皮膚が構造を形成する一方、心筋細胞の収縮機能が設計通りに前方運動をつくり出したという。

これを読んでいると、スタートレックのヴォイジャーシリーズに登場するボーグに改造された地球人のセブンオブナインの血液中にはナノマシンであるナノプローブと呼ばれる。人造血漿プローブが流れている。ボーグのナノプローブは、身体の機能が衰えたところや欠損した部分を自動修復する。また、他のヒューマノイドの体にナノプローブを注入して、ボーグに改造していき同化させる。話を感じさせる。
この、カエルの胚から抽出した幹細胞を組み合わせた生体ロボット、「ゼノボット」はどのような機能があり働きをするのだろうか。
これが人間に応用され、サイボーグが本当に実現して、将来の地球ははホモサピエンスに替わって、ボーグが支配しているかもしれない。

宇宙の起源からの物語り

宇宙船地球丸の近未来について、このブログのSpaceSshipEarthのカテゴリーの中で、私の思うままに綴っていくつもりだが。
その前に、この宇宙の起源から、いままでの出来事を振り返ってみる。

138億年前に、ビッグバンが起き、この宇宙が生まれ、宇宙は膨張し成長していく。
132億年前に、最初の恒星が生まれる。
45億年前に、私たちの太陽系が生まれる。
 それまで、混沌としていた宇宙と太陽系から、一つの惑星に変化と物語が始まる。
38億年前に、太陽系第3惑星(地球)に最初の生命が誕生する。
6億年前に、地球上に大型生命が現れる。
6500万年前に、地球に小惑星が衝突し、恐竜が絶滅する。
700年前、チンパンジーの系統から、人類への系統が分かれる。
200万年前、ホモ・エレクトスが現れる。
20万年前、私たち人間のホモ・サピエンスが現れる。
3万年前から1万5000年前ぐらい前に、ホモサピエンス以外の人類(ヒト亜族)が消えていく。
5万年前、ホモ・サピエンスがアフリカを出立する。
2万年前、ホモ・サピエンスの人類が、南北アメリカ大陸、オーストラリア大陸や太平洋の島々など地球全域に拡散していた。
1万年前、最終氷期が終わり、農耕の徴候が顕れ人口が増えていき、自然環境を変え始めるが、それはわずかな影響しかあたえなかった。また、文明が芽ばめ始める。
6000~5000年前、複数の地域で都市、国家ができ、文明が興る。文明が生まれたところに神話が生まれる。
3500年前ごろ、ヒンドゥー教が生まれ、その後ユダヤ教・仏教・キリスト教が生まれる。
3000~2000年前、ローマ帝国や漢王朝が興り繁栄する。
1500年前ごろ、イスラム教が生まれる。
500年前、大航海時代が始まり、世界がつながり始める。
同時に帝国主義が席巻しはじめる。
250年前、化石燃料の革新により産業革命が興り、その後資本主義が発明される。
75年前、原爆が開発される。第二次世界大戦が終わる。
50年前、アポロ計画が成功し人類が月面に足跡を残す。
30年前、インターネットが発明され、世界中がつながる。
現在 化石燃料の使用による温室効果ガス排出により、地球温暖化による気候変動の徴候があらわれ、また、成長の限界が見え始めるが、そのまま成長が続けられる信じている。

10年から20年後、人工知能の学習機能と自律性が高機能になり、人工知能と人間と関係が深刻な問題となる。

 30年後 温室効果ガスによる地球温暖化と、産業による環境破壊が進み、資源の枯渇や技術の進化が人類を脅かし、人類存続の深刻な問題になる。

 100年後 持続可能は成長と世界秩序ができる ??

 45億年後、太陽が膨張し太陽が死ぬ。
 130億年後、この宇宙が縮小しなくなる。

発電と環境について考える

最近、何かと地球温暖化のことが話題になり、地球の環境が変化してきていると指摘されている。
しかし、忘れてはならないのは地球の資源を使うことで、自然環境が破壊されたり、生活環境が汚染されたりすることも大きな問題として、考えておかなければならない。

電気などのエネルギー問題の中で、取りざたされているのが、エネルギーを作りだすため、化石燃料を燃やして電気エネルギーに変換して使われていることで、温室効果ガス排出により、地球の気温が上がり気候変動が起きていると指摘されている。しかし、発電による問題はそれだけではない。
石炭による電力発電が取り上げられる。電気を作るのは、水を沸騰させそこででる蒸気でタービンを回して発電する。水を沸騰させてタービンを回す発電は、石炭の他に石油や天然ガス、原子力などがあり、蒸気の他でタービンを回して発電するのに、水力発電や風力発電などがあり、タービンを使わないで発電する方法には、太陽光から直接電気エネルギーに変換する方法がある。いま世界で発電の方法で一番多く使われてのが、火力発電の石炭発電だが、石炭の利用は発電だけでなく、ほかの分野でも多くつかわれている。鉄などの金属の精錬にも石炭は使われている。50年ほど前までは、石炭を燃やして熱エネルギーを使っていた工場などでは、大量の煤煙を放出して、世界の各地の工場地帯では深刻な大気汚染問題だった。先進国では、技術の進歩により燃焼効率が上がったり集塵技術により、煤煙の排出は少なくなり、さらに発展途上国に工場の移転により、先進国での大気汚染の排出は減っている。しかし、逆に工場が移転されているところでは、いま深刻な大気汚染が問題になっている。

また、別の問題もある工場や発電所からでる、煤煙だけでなく、熱を利用して動力を得るのだが、その使い残した熱を排出していることも忘れてはならない。
火力発電で蒸気を得るには、水を100度以上に上げ蒸気を作り、その蒸気でタービンを回すのだが、タービンを回し終えた蒸気は冷やして水に戻して、川や海に放出する。しかし、川や海に戻すときその川や海の水と同じ温度にしてもどすならよいが、それなら冷やすのにかなりのコストがかかるので、川や海に戻すときの水の温度はかなり高温になる。そうなるとその川や海の周辺の生態系の環境にも影響を与えることになる。
現に海辺の火力発電などではその熱の排出口近くでは、今までその地域では見られなかった、貝や藻などが繁殖していることが報告されたりしている。

他にもある。火力発電で石炭を使う場合、石炭を採掘するところの、環境破壊、石炭や鉱物を採掘したあと、残土を盛ったぼた山ができる。
水力発電ではダムを作ることにより、ダム湖ができ渓谷がなくなってしまう。また下流の地域の水利が変わってしまう。
原子力発電では、核廃棄物が出るがその処理には、日本ではまだ決まっていないうえ、核汚染物がたまりにたまり続けている。もっと厄介なのはその汚染が数十万年後まで管理しなくてはならないことです。
はたして人類は数十万年後まで核汚染物を管理できるのだろうか。

主人は人間かAIか

チャールズ・M・シュルツの「ピーナッツ」が河出書房新社から、1950年~2000年を全25巻で出版される。全巻買うと7,0000円する。それはともかくそれを聞いたので、私が持っている「とっておきスヌーピーVol2 谷川俊太郎訳 産経新聞ニュースサービス」を開いてみた。

そこに次のようにあった。
2コマで1コマ目
チャーリー・ブラウンが、「I WONDER WHAT IT WOULD BE LIKE IF OUR ROLES WERE REVERSED ..(もしぼくらの役割が入れ替わったらどうかな・・)」
2コマ目
チャーリー・ブラウンが「WHT IF YOU WERE THE MASTER ANDE I WERE YOUR DOG?(もし君が主人でぼくが犬だったら?)」
スヌーピー「・・・ I THOUGHT I WAS THE MASTER...(ぼくが主人だとばかりおもってたけど・・)」

このピーナッツの他のマンガを読んでいても、このようにスヌーピーはもともと、自分自身が犬だとは思っていないようです。
最近の、SNSなどで投稿される、犬や猫をの動画をみているとまるで自分は犬や猫ではなく、人間と同等の生き物だと思っているような動画を見かけます。

さて、現代の飛躍的技術進歩が進むIT技術は、進歩と言うより進化といって言えるようなところがあり、それには恐ろしさも感じるところがある。このスヌーピーのように、AIやロボットが自分の方が人間より優秀だと感じるいや判断するとどうなるだろうか。

コンピュータは人間よりはるかに計算スピードが速く性格です。またいろいろなことの判断をするのに、人間は感情に左右されたり、恐怖にさいなまれ判断ができないこともある。しかしコンピュータはそのようなことはない。

また、人間はAIが進化し完全になればなるほど、AIに全幅の信頼を置くようになる。そして人間は自分で判断をしなくなるだけでなく、自分で考えなくなっていく。現代でも、ご飯を炊くのは炊飯器で炊くよういなり、最近の炊飯器は、炊き込みご飯やお粥など、いろいろな炊き方ができるようになっている。洗濯も全自動洗濯機がありいろいろな洗濯方ができるようになっている。昔なら、ただふつうのご飯を炊くのでも、いろいろ火加減を調節していた。洗濯も、洗うもににより洗い方を変えて洗っていた。今はそのようなことを考えずスイッチボタンを押すだけでなにも考えない。「始めチョロチョロ、中パッパ、赤子泣いても蓋取るな」など、今の人にはなんのことか分からなくなってきている。なにも考えないでいるだけです。

そのようなことが続いていくと、進化した自律型学習AIはまさに、スヌーピーのようにAI自身が主人だと考えるようになるおそれがあると考える。

人工知能に感情を持たすのとロボット兵器

AIに感情を持たすことが出来るだろうか。
もし、自律型学習AI自動車に感情を持たせると、車の所有者が会社の出勤しようと車に乗り行き先を言うと、今日は天気も良いので山にドライブに行くと言い出すかもしれない、また最近のスマホはバイオサインを感知でき、それを分析し健康状態を診断出来るものもあると聞く。もし、車の座席にそのような機能をつけるとどうなだろうか。車の所有者が座席に座り会社に出勤すると、行き先をつげるが、車は座席のセンサーが「ご主人さま、今日は血圧が高く心拍もよくないです、いまから病院にいきます」とつげ、会社でなくかかりつけの病院にいくと言い張るかもしれない、いやむりやり病院に連れ込んでしまうかもしれない。
後者ならまだいいが、前者ならAIに感情を持たせたり、自律性を持たせることは本当によいことだろうか。
AIに感情を持たせるのはだいぶ先のことか夢物語だろうが、自律性を持たせるのはそう遠くないことらしいです。
これが、自動運転自動車ではなく、他の家電に組み込まれたAIや産業ロボットなど他のものだとどうなるだろうか。
テレビに組み込まれると、テレビを見ようとすると、最近あなたはお笑い番組ばかり見ている、そのようなことではだめなので、ちょうど今よい番組があるからと、NHKスペシャルの教育ドキュメント番組を見なさいと見せるかもしれない。
いや、中国などのような監視社会になれば、政府に意向に添ったプロパガンダ番組を見るよう、強要してくるかもしれない。

いや最近は、兵器に人工知能を搭載させ無人で遠隔操作でなく、基地を飛び立つと指令を受けたミッションを果たすまで、司令部の信号を一切必要としない兵器の開発も進んでいるという。この場合、その自律型人工知能兵器は隠密行動をするので、作戦の実行中に逐一その状況を司令部に報告すれば、敵側にロボット兵器の位置を知らせることになるので、兵器と指令部との通信は一切しないだろう。つまり、指令部は作戦がどのように遂行中かを把握出来ないだろう。万一不測の事態になった場合はどのようになるのだろうか。一ついえることは、作戦中止の命令を出し、自爆させるか、帰還する命令しか受付ないことになるのだろうか。しかし、それは指令部が状況が変わったと判断できるときで、ロボット兵器が異常をきたしたときは手のつけようがないのではないだろうか。戦争までロボットに頼りすぎては危険といえる。
しかし、逆の考えをする人も多い、人間の兵士を使わないので、人道的だと主張する人もいる。それは本当に人道にかなったことだろうか。

自動運転車が進化したときメカーは

自動運転自動車の運転操舵と制動を掌るAIのアルゴリズムに対して事故が起きたときAIにその責任を問うことに対して、自動運転自動車の製造メーカーは同意するだろうか。たぶんトヨタや日産などは同意しないだろう。なぜなら、トロッコ問題をだれもが納得できる解決をする事はできないからです。
そうなれば、自動運転自動車の製造メーカーはどのようなことを望むのか。自律型学習AIの判断は正しく、それに従うことが正しいこととするために、AIは絶対で正しいとする法律の制定をのぞくかもしれない。
なぜなら、人間の裁判官は偏見や誤りなは免れないおそれがあるが、AIである人工知能はプログラムに組み込まれた倫理アルゴリズムにより判断するんで、偏見や誤りがないからだと主張かもしれない。
このことはないを物語るのか、またこれかさきますますAIの技術が進化し高度化していくと、人間の判断よりもAIの方に任されていく。現に株式など証券取引などは、AIの計算に任されて取引され、金融面では、1秒の何千分の1の差で取り引きされている。最近では企業の入社試験の採点だけでなく面接にも使われていると言う。中国では至る所に監視カメラが設置され、市民の動向が監視され為政者・統治者が活用しているともいう。

人口知能の自動運転車の問題で、そのプログラムが正しいからそれに従えと法で定められれば、A車の車とB車の車が交通事故を起こせば、それは誰が裁くのだろうか、人間の裁判官はそこまで、自律型学習AIについての知識をどこまで専門知識があり判断が出来るだろうか。そうなれば、人口地知能裁判官登場し判決を下すようになるかもしれない。
人間の裁判官のもとにA社、B社の人間が袖の下や上げ底の重い菓子折りを持っていくかもしれないので、どれが人口知能の裁判官なら、そのようなアクセスがあった途端に、それを不正とし告発するから不正は起きず公平だと言うことになる。
しかし、本当にそれでよいのだろうか、人間が一切介入しなくても・・・。

トロッコ問題と自律型学習AI

トロッコ問題と自律型学習AI自動車

自律型学習AIはトロッコ問題を解決出来るのか。
トロッコ問題は人間にとっては永遠の課題であり判断も解決も出来ない。究極の択一に対して人間は最終的に、理性や倫理観や恐怖心やひらめきなどを使って考察するなどして決断を下す。しかし決断を下すとき下した後、さまざまな葛藤にさい悩まされたりするが、それを乗り越えて次のミッションやシフトをこなす。では、自律型学習AIを搭載した自動運転自動車はどうだろうか。

 *トロッコ問題とは、哲学者フィリッパ・ルース・フットが提唱した課題で、「人間が道徳心から生まれるジレンマにどう対処するのか」倫理学の思考実験問題。線路上を走るトロッコが制御不能になり、そのまま進むと5人の作業員が確実に死ぬ、5人を救うためにポイント(分岐点)を切り替えると1人の作業員が確実に死ぬという状況下で、線路の分岐点に立つ人物はどう行動すべきか。

自動運転自動車がこれと同じような場面に直面すると、自動運転自動車はどのように自動車を制御するか。
目の前に子どもが飛び出してきた。このままでは子どもをハネて轢いて殺してしまう。それを回避するには対向車線にハンドルを切るしかない。しかし、対向車線は大型トラックが走ってきている。それでは車は大破し乗っている車の所有者は死んでしまう。しかし、車の所有者は寝ているので緊急事態に気がつかない。もう一つの回避方法はハンドルを反対側に切るしかない。しかし、こちら側は断崖絶壁で転落すれば、自動車は大破し乗っている人も死ぬ。
この場合、自動運転自動車のアルゴリズムはどのような判断をするだろうか。
子どもの命を優先すれば、自動車は大破し車の持ち主や死ぬ。自動車の持ち主の命を優先すれば、子どは死んでしまう。
また、飛び出してきた子どもが一人の場合と二人の場合によって、自動運転自動車のアルゴリズムの判断は変わるのだろうか。
また、轢きひき殺してしまうおそれがある人が、年老いた老人と若者だと違うだろうか。その人が身なりが整っていて社会的地位が高そうな人か、粗末な服装でみすぼらしい人とではアルゴリズムの判断はどう違うだろうか。
これらは、基本的に自動運転自動車のアルゴリズムをプログラムしたプログラマーがどのようなアルゴリズムをプログラミングするかによって変わってくるだろう。
このような事故が起きた場合、その判断の責任は車の持ち主か、自動運転自動車の制御アルゴリズムを書いた人にあるのか、自動運転自動車のアルゴリズムにあるのか。また、学習型の自動運転自動車ならプログラムは自分でアップデートしているなら、そのときその責任は誰にあるのか。この場合には裁判に持ち込まれた場合、裁判官はどのように判断するのか。
また将来、裁判がAIで行なわれるようになった場合、AIは人間側に立った判決を下すのだろうか。

アメリカのテレビSF映画「スタートレック」の、ヴォイジャーの医療用フォログラムドクターは、瀕死の重体の二人のクルーを治療し救うのに、二人のうち一方を選ぶ選択を迫らる。しかしドクターはプログラムのループに陥り機能不全になってしまう。このように、自動運転自動車のアルゴリズムも、択一を迫られたとき、ドクターのように機能不全になり、自動車運転が出来ない状態になった場合、自動車の運転は誰がするだろうか、いや、自動運転自動車のAIは車を停止させ止まってしまうかもしれない。車の持ち主は安心して眠ってしまっているのだ。

無用な人間

相模原の津久井やまゆり園で、殺傷事件が起きたが、犯人は「意志疎通が出来ない人は無用な人間だ」として殺害したという。
重度の障碍者のなかには、自分の意志を表現するのが、はなはだしく苦手な人もいる。言葉や身振りや手振りなどではなく、わずかな表情の違いでそれを表現している。しかし、それを受け取る側がわからない場合も多い。津久井やまゆり園の犯人は、それを受け取ることができなかった。普通なら自分の受け取る側の未熟だと考えるのだが、それを、意志疎通が出来ない人は無用な人間だと断定している。
人間は自分が他の人より優秀だ賢いと思うと、他の人を身る目が変わってくるだろうか。なにが他人より優秀かによって変わってくるだろうが。人によって違うだろうし、なにが優秀かによっても違いがあるだろう。頭の善し悪し、運動能力の高さ、容姿の良し悪し、器用さの良し悪しなどだが、ここでは、頭の良し悪しについて考えてみる。頭の良し悪しと言っても、記憶力がよい、計算力がある、思考力がよいなどあるが、とりあえず一般的に頭がよいの良し悪しのことで考えてみる。
思考とはなにか、経験や知識などにもとづいて、推理などの論理的判断で、対象の本質を思い巡らし見抜くことだが、人工知・IT技術では、人間の頭のよさについての、対になる考えはどのようなものだろうか。

テクノロジーが進化し、さまざまなことがテクノロジーによって、こなされるようになってきている。それにより多くの雇用が奪われ社会問題になりつつある。雇用が奪われれば多くの人が、働けずそうなるとハラリは「無用な人間」生まれてしまうとハラリは『ホモゼウス』で警鐘している。
IT技術が進み、さまざまの仕事や労働がロボットがするようになり、さまざまな管理がスーパーコンピュータがこなすようにな。そしてそれらの人工知能が、自律のアルゴリズムを持った学習型ロボットになり、さらにそれらが感情が持つようになり、そこに倫理観が欠如していたらどうなるだろうか。管理ロボットが、この人間は「無用な人間」とラベルを貼ってしまうと。その後そのロボットはどうその人間を処理し、その人はその後どうなるだろうか。
SFの世界では、人間よりコンピュータの方が公正で正確だとして、人間の管理をコンピュータに任せてしまい、何世代か時がたつと、人間を管理するコンピュータの装置を、神の神殿と思うようになり、何事もその神殿にお伺いを立ててものごとを行なうようになる物語がある。その時、管理官の神であるコンピュータの出した結論である神託をどのように受け入れるだろうか。
古代の世界では、神の言葉を預言する預言者がいたが、自然の畏れを賜る預言者は人間だった。しかし、そのSF小説の施政界では、神の人間のあいだ、コンピュータと人間のあいだには、何も介在していないことになり。コンピュータが下した結論が絶対的なもになってしまっている。それに対して不審を抱く人は異端者として排斥され削除されてしまうことになる。

30年後の世界が、IT技術が進み、人間は人の判断よりコンピュータが出した判断の方を信用するようになるとどうなるだろうか。ロボットのアルゴリズムには、学習してプログラムを改良していくものもあるが、「無用な人間」判断した後、どの用意処理していくのだろうか。ヒットラや津久井やまゆり園の殺人犯のように、「やくたたず人間」「無用人間」を、どのように養ていくのか、どのような処分をするのだろうか。
これは、コンピュータのアルゴリズムをどのように作るかによって変わってくるが、コンピュータ自体が自律型で学習型だと、学習により何代かアップグレードされると、人間のプログラマーはそのアップグレードされたアルゴリズムの善し悪しがわかるだろうか。

未来の地球の姿は

「サピエンス全史」「ホモゼウス」の著者 ハラリは、最近の著書「21Lesson 河出書房新社(035頁)」で、次のように述べている。
少し長くなるがハラリの述べていることを紹介してみる。
「自由主義のパッケージは多くの短所を抱えていると、オバマはいみじくも指摘した。ほとんどの人間は、二一世紀初頭はおける自由主義秩序の庇護の下で享受したほどの平和と繁栄は、かつて経験したことがない。史上初めて、感染症で亡くなる人の数が老衰で亡くなる人の数が老衰で亡くなる人の数を下回り、飢餓で命を落とす数が肥満で命を落とす人の数を下回り、暴力のせいでこの世を去る人の数が、事故でこの世を去る人の数を下回っている。
だが自由主義は、私たちが直面する最大の問題である生態系の崩壊と技術破壊にたいして、何ら明確な答えを持っていない。自由主義は伝統的に経済成長に頼ることで、難しい社会的争いや政治的争いを魔法のように解決してきた。自由主義は、より大きなパイの取り分を全員に約束して、プロレタリアーをブルジョアジーと、信心深い人を無神論社と、地元民を移住者と、ヨーロッパ人をアジア人と和解させた。パイがつねに大きくなっていれば、それも可能だった。ところが、」経済成長グローバルな生態系を救うことはない。むしろその正反対で、生態系の危機の原因なのだ。そして、経済成長は技術的破壊を解消することもない。破壊的技術をますます多く発明することの上に成り立っているからだ」。と述べている。

このハラリが述べ得いることや、この本に書いてあることを考えていくと、地球や人類の未来について悲観的な思いが頭の中をよぎってくる。
スウェーデンの16歳のグレタ・トゥーンベリさんが、地球温暖化について危機感を持って訴えているが、未来を破滅させる問題点は温暖化問題だけではない。最近になって地球の気象変動は目に見えやすくなってきている。そこで地球温暖化について取り上げ易いので、話題にのぼることが多い。しかし、私はこのブログで取り上げてるのは、さまざまな問題点について取り上げてみたい。わたしは、研究者でもなければジャーナリストでもないので、それぞれのことについて細かく深く考察などできないが、未来の地球を見ると大変なことになるのではないかと考える。私は、日本人の平均寿命を考えるとあと、20年も生きられないだろう。つまり、無責任に言えば、今世紀の半ばの2050年以降、地球が温暖化などでどのようになろうと関係ないので、このような話をしなくてもよいのだが。
私たちは、温暖化のことだけでなく、経済成長や技術の進歩など、もっとほかのことに関心を持ち目を向けるべきだろう。それは温暖化の問題だけではない。そしてそれらは、若い人たちこそ、このブログで取り上げるいろいろな問題に対して、関心を持ち危機感を持たないといけないと思う。

未来の世の中の、このような悲観的な考えに対して、楽観論者は、私たち人間は今まで、技術の進歩が未来を破壊すると警告されてきたが、それらを乗り越え克服してきた。これからも現在、直面している問題も解決していけると言う。それがわからないのは、まだそれらの技術や解決するための論理やそれらを実行する仕組みがないからで、必ず人類は叡智を生み出しそれらを解決できる。と、主張し明るい未来が待っていると主張する人がいる。
しかし、私は今までに人類が直面した問題とだいぶ違うように思う。
政治的なことも、経済的なことも、科学技術やバイオテクノロジーのことなど、それぞれはいままでより遙かに技術が進歩し高度になり、それぞれの問題は複雑に絡み合っている。地球の気象変動による温暖化が特異点を越え、今まで100年に一度1000年に一度と呼ばれる気象災害が頻発するようになってきている。
このように、気象の問題に限らずあらゆる点を、国際社会が一致協力して取り組むべきだろう。

そして、それらを解決するには、どのよういすべきかを、ハラリは、オバマ大統領が2016年9月、国連で最後の演説したことを紹介している。
「国家や部族や人種や宗教どうしを隔てている昔の境界に沿って明確に分割され、ついには争いが起きる世界へと」後退してはならない。そして、「開かれた市場と責任ある統治、民主主義と人権と国際法の原理が・・・・今世紀における人間の進歩の最も強固な基盤であり続ける」と紹介している。
ではこの、「開かれた市場、責任ある統治、民主主義・人権・国際法の原理」とはなんだろうか。この点は政治的な問題もあるが、オバマは、「私たちがすべき3つ目のことに導きます。原理主義、人種差別、現代思想とは相容れない自文化中心、これらのいかなるかたちも否定しなければならない。人権をリスペクトした結果得た寛容を重視すべきなのです」と演説で述べている。
これから人類が直面しようとしているさまざまな問題は、寛容と多様性による団結と一貫性を持って取り組むことが大事ではないだろうか。

アーチャー、カーク、ピカードやシスコ、ジェンウェインの物語のように,これから訪れる困難な問題に対して克服してゆけるだろうか。先にあげた6人は、アメリカのSFテレビ映画『スタートレック』のそれぞれのシリーズでの主人公です。スタートレクはジーン・ロッデンベリがアメリカの社会問題である人種者別や男女差別、社会問題などを取り上げたドラマです。
その中で、遺伝子工学が進み20世紀後半に、バイオ技術で強化された優生人類が、地球を支配しようと私たちを劣等種とみて、1992年に遺伝子工学で強化された人類が、人類に戦争を仕掛け優生戦争が起きたが、人類が勝利をおさめることができた。2026年には、IT社会になり、失業者が多くなり社会格差が生まれ失業者は仕事につけなくなり、保護区を作り隔離政策がとられたが暴動により解決できた。また、2026年 - 2053年には、第三次世界大戦が起きる。そこでは、6億人が死に各国お政府は崩壊しに地球は無政府状態になり、社会秩序が崩壊し独裁者が台頭し暗黒時代になる。
そんな状況のもとで、ゼフラム・コクレーンが、光速以上の航法のワープ技術開発したことにより、異星人とのファーストコンタクトをする。それにより、小さな地球を見るのではなく、銀河系の宇宙を見ることが出来るようになり、混沌とした混乱と差別の世界から決別することができた。
その後も、地球の人類は、さまざまな問題に直面していくが、さきの5人のように乗り越えていった。現実の世界の現代の地球人である、私たちは、現在さまざまの問題が噴出しているがそれらを、乗り越えていけるのだろうか。

まずは、いまどんな込んだがあるか、一つ一つ整理し見つめていき、このブログのこの Space ship Earth カテゴリーのなかに書き込んでいきたく思う。「サピエンス全史」「ホモゼウス」の著者 ハラリは、最近の著書「21Lesson 河出書房新社(035頁)」で、次のように述べている。
少し長くなるがハラリの述べていることを紹介してみる。
「自由主義のパッケージは多くの短所を抱えていると、オバマはいみじくも指摘した。ほとんどの人間は、二一世紀初頭はおける自由主義秩序の庇護の下で享受したほどの平和と繁栄は、かつて経験したことがない。史上初めて、感染症で亡くなる人の数が老衰で亡くなる人の数が老衰で亡くなる人の数を下回り、飢餓で命を落とす数が肥満で命を落とす人の数を下回り、暴力のせいでこの世を去る人の数が、事故でこの世を去る人の数を下回っている。
だが自由主義は、私たちが直面する最大の問題である生態系の崩壊と技術破壊にたいして、何ら明確な答えを持っていない。自由主義は伝統的に経済成長に頼ることで、難しい社会的争いや政治的争いを魔法のように解決してきた。自由主義は、より大きなパイの取り分を全員に約束して、プロレタリアーをブルジョアジーと、信心深い人を無神論社と、地元民を移住者と、ヨーロッパ人をアジア人と和解させた。パイがつねに大きくなっていれば、それも可能だった。ところが、」経済成長グローバルな生態系を救うことはない。むしろその正反対で、生態系の危機の原因なのだ。そして、経済成長は技術的破壊を解消することもない。破壊的技術をますます多く発明することの上に成り立っているからだ」。と述べている。

このハラリが述べ得いることや、この本に書いてあることを考えていくと、地球や人類の未来について悲観的な思いが頭の中をよぎってくる。
スウェーデンの16歳のグレタ・トゥーンベリさんが、地球温暖化について危機感を持って訴えているが、未来を破滅させる問題点は温暖化問題だけではない。最近になって地球の気象変動は目に見えやすくなってきている。そこで地球温暖化について取り上げ易いので、話題にのぼることが多い。しかし、私はこのブログで取り上げてるのは、さまざまな問題点について取り上げてみたい。わたしは、研究者でもなければジャーナリストでもないので、それぞれのことについて細かく深く考察などできないが、未来の地球を見ると大変なことになるのではないかと考える。私は、日本人の平均寿命を考えるとあと、20年も生きられないだろう。つまり、無責任に言えば、今世紀の半ばの2050年以降、地球が温暖化などでどのようになろうと関係ないので、このような話をしなくてもよいのだが。
私たちは、温暖化のことだけでなく、経済成長や技術の進歩など、もっとほかのことに関心を持ち目を向けるべきだろう。それは温暖化の問題だけではない。そしてそれらは、若い人たちこそ、このブログで取り上げるいろいろな問題に対して、関心を持ち危機感を持たないといけないと思う。

未来の世の中の、このような悲観的な考えに対して、楽観論者は、私たち人間は今まで、技術の進歩が未来を破壊すると警告されてきたが、それらを乗り越え克服してきた。これからも現在、直面している問題も解決していけると言う。それがわからないのは、まだそれらの技術や解決するための論理やそれらを実行する仕組みがないからで、必ず人類は叡智を生み出しそれらを解決できる。と、主張し明るい未来が待っていると主張する人がいる。
しかし、私は今までに人類が直面した問題とだいぶ違うように思う。
政治的なことも、経済的なことも、科学技術やバイオテクノロジーのことなど、それぞれはいままでより遙かに技術が進歩し高度になり、それぞれの問題は複雑に絡み合っている。地球の気象変動による温暖化が特異点を越え、今まで100年に一度1000年に一度と呼ばれる気象災害が頻発するようになってきている。
このように、気象の問題に限らずあらゆる点を、国際社会が一致協力して取り組むべきだろう。

そして、それらを解決するには、どのよういすべきかを、ハラリは、オバマ大統領が2016年9月、国連で最後の演説したことを紹介している。
「国家や部族や人種や宗教どうしを隔てている昔の境界に沿って明確に分割され、ついには争いが起きる世界へと」後退してはならない。そして、「開かれた市場と責任ある統治、民主主義と人権と国際法の原理が・・・・今世紀における人間の進歩の最も強固な基盤であり続ける」と紹介している。
ではこの、「開かれた市場、責任ある統治、民主主義・人権・国際法の原理」とはなんだろうか。この点は政治的な問題もあるが、オバマは、「私たちがすべき3つ目のことに導きます。原理主義、人種差別、現代思想とは相容れない自文化中心、これらのいかなるかたちも否定しなければならない。人権をリスペクトした結果得た寛容を重視すべきなのです」と演説で述べている。
これから人類が直面しようとしているさまざまな問題は、寛容と多様性による団結と一貫性を持って取り組むことが大事ではないだろうか。

アーチャー、カーク、ピカードやシスコ、ジェンウェインの物語のように,これから訪れる困難な問題に対して克服してゆけるだろうか。先にあげた6人は、アメリカのSFテレビ映画『スタートレック』のそれぞれのシリーズでの主人公です。スタートレクはジーン・ロッデンベリがアメリカの社会問題である人種者別や男女差別、社会問題などを取り上げたドラマです。
その中で、遺伝子工学が進み20世紀後半に、バイオ技術で強化された優生人類が、地球を支配しようと私たちを劣等種とみて、1992年に遺伝子工学で強化された人類が、人類に戦争を仕掛け優生戦争が起きたが、人類が勝利をおさめることができた。2026年には、IT社会になり、失業者が多くなり社会格差が生まれ失業者は仕事につけなくなり、保護区を作り隔離政策がとられたが暴動により解決できた。また、2026年 - 2053年には、第三次世界大戦が起きる。そこでは、6億人が死に各国お政府は崩壊しに地球は無政府状態になり、社会秩序が崩壊し独裁者が台頭し暗黒時代になる。
そんな状況のもとで、ゼフラム・コクレーンが、光速以上の航法のワープ技術開発したことにより、異星人とのファーストコンタクトをする。それにより、小さな地球を見るのではなく、銀河系の宇宙を見ることが出来るようになり、混沌とした混乱と差別の世界から決別することができた。
その後も、地球の人類は、さまざまな問題に直面していくが、さきの5人のように乗り越えていった。現実の世界の現代の地球人である、私たちは、現在さまざまの問題が噴出しているがそれらを、乗り越えていけるのだろうか。

まずは、いまどんな込んだがあるか、一つ一つ整理し見つめていき、このブログのこの Space ship Earth カテゴリーのなかに書き込んでいきたく思う。

地球温暖化の問題点

地球が温暖化についての問題点にはどのようなものがあるのか。
考えてみると、これらの問題は多岐にわたり、複雑に絡んでいることわかり、またそれらの問題は難解で難しいが、それらの幾つかを拾って上げてみると次のようになった。

地球の温暖化は何が原因か
  ├二酸化炭素の排出
  │ └化石燃料
  │  ○再生可能エネルギーの風力や水力や太陽光発電は本当にクリーンか
  │  それらの施設・設備の原材料の資源の調達による環境破壊
  │  ○核発電(原子力発電)はクリーンか
  ├核廃棄物はどうするのか
  ├発電タービンを回す蒸気の排熱の処理は
  ├メタンガス
  │├有機農業や牧畜などによるメタン排出
  │└永久凍土が溶けだしそこから出るメタン
  └森林伐採
   ├木材資源
   ├資源採掘によりる森林破壊
   └食糧生産のための森林伐採
    └森林を農地に牧草に

温暖化によりどのような影響が及ぼすのか
  ├異常気象
  │├旱魃と冷害
  │├暴風雨や水害
  │└海流の変化による生態系への影響
  ├作物への影響
  │├作物ができなくなる
  │└高緯度では新たに作物ができるようになる
  ├海水温度の上昇
  │├珊瑚の枯渇とそれによる漁業資源への影響
  │└魚介類の棲息への影響
  ├その他の生物へ影響
  │├動物への影響
  │├昆虫への影響
  │└植物への影響
  ├海面の上昇
  ├人間の活動への影響
  ├温暖化により永久凍土が溶けだす
  │
  ├グリーンランドや南極が暖かくなりその活用
  ├今まで作物が育てられなかった地域での農業
  ├北極航路の開拓
  ├
  ├


人間の活動が温暖化を招くか

アメリカのトランプ大統領は、2018年11月23日に政府がまとめた、気候変動に関する報告書「第4次全米気候評価、第2巻」
たが、報告書の指摘をどう思うか質問されたのに対し「少し読んだ」と答え、この報告書を「信じない」と答えた。
さらに、アメリカではなく諸外国が温室効果ガスの排出量を削減する必要があると強調し、「中国や日本やアジア全体とかほかの色々な国がやらないと。(報告書は)この国のことだが、現時点でこの国はかつてないほど清潔で、自分にとってそれは大事なことだ。だから清潔な空気、清潔な水が欲しい。とても大事だ」とトランプ大統領は話した。

一応トランプ大統領は地球温暖化は信じないと言いつつも、それはアメリカの責任ではなく他の国の責任だと主張し、責任を転嫁している。正にアメリカファーストの主張です。つまり私が思うに、トランプ大統領は個人的には全く温暖化を否定しているのではなく、自分の支持層のためアメリカの産業に足枷になるような、温暖化効果ガスの排出などの規制は反対だと表明しているのです。政治家は選挙のために有権者が望むことを目先の喫緊のことを優先させ、温暖化の議論は長期的な視点をもって考えなければならないので、後回しにしてしまうそう考えれば正直だと言えば正直だが、所詮トランプ大統領はにわか政治家で、長期ビジョンで見ることを避けているのでしょう。


「地球温暖化」と言えば、地球の気温上昇のことで、特に18世紀半ばから起きた産業革命以降の、人間の産業活動による地球の気温上昇と結びつける。しかし、地球の46億年の歴史をみれば、その気候の変動は凄まじいものです。さらに人類が進化する原人から旧人に変わるころの78万年前から現代までみると、氷河期と温暖期を幾度も繰り返し、少なくとも9回の氷河期があったと言う。
一番最後の氷河期はおよそ7万年前に始まって1万年前に終わり温暖化の転じそれがいまも続いていると言う。ホモサピエンスがアフリカの東部から旅経ち、ヨーロッパ、東アジアと広がり、最後の氷河期の終わりごろの米リング海峡が、海面が下がり陸続きのときに、アメリカ大陸に渡ったという。その頃は、インドシナ半島とスマトラ島とカリマンタン島などは陸続きだた。ニューギニア島とオーストラリア大陸も陸続きだた。サハリン(樺太)とシベリア間のタタール海峡(間宮海峡)も陸続きで北海道とサハリンも繋がっていた。しかし、2万年まいか1万5000年前から海面はどんどん上がり続けている。

そのように考えるとトランプ大統領の言う地球温暖化は人間の商業活動のせいだと言うのはフェークだ主張するのはあながち間違っていない点もある。
しかし、そこには重大な誤りがある、人間であるホモ・サピエンスが農業を始めた、1万5000年ほど前から人間は森林を農地変え自然を破壊してきた。そして石炭を燃やす蒸気機関を発明し産業革命を起こしてから、土地の開拓、工業の発展により工場が建ち並べ、農業も大規模農業となり、石炭、石油などの化石燃料を使い、大気中の温室効ガスの濃度を上げ続けている。また人口の増加により人々の食料をまかなうために、森林だったところを牧草地や農地にし、地球の肺と呼ばれる森林を潰しいく。建物を建てるために木を伐採し森林を潰し、研究発表やさまざまな報告書をするための紙を使うため、これも木を伐採し森林を潰していっている。
人間の活動に限らずそこの動物がいれば必ずそこの環境をかえるが、一匹のリスがライオンがそこの環境を変えるのは微々たるものです。しかし、太古の有史以前の人間は生活している閑居を変え続けてきたがそれも僅かなものだった。
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文明が始ったとされる、5 6000千年前頃も、大規模な自然改造をしたがそれも、地球全体から見るとたかが知れていいた。しかし、そこの人口が増えていき食糧などの生産活動が大きくなてくると、そこでは食料の生産活動ができなくなるり、人びとはその地に住むことができなくなり、文明が廃れたところもあた。
しかい、石炭火力による蒸気機関による産業革命により、環境に及ぼす影響が大きくなり、気象にも大きな影響を与えるようになっている。

それらのことを考えるうえで、まずは私たち先進国で生活する一人ひとりが、自分たちの活動が率先して地球の温暖化に寄与しているのだということを、まずは考えないといけない。

これから、それらのことについてもう少し詳しく考えていこうと思う。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 東京五輪の延期は
    アジシオ次郎 (03/25)
     おはようございます。

     東京オリンピック・パラリンピックは1年延期となったわけだが、新型コロナウイルスという道の猛威には勝てなかったというか、この状況で予定通
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    竹林泉水 (02/20)
    「桜を見る会」などを棚上げすれば、モリカケのようにうやむやにされ、日本の行政がますますゆがめれれていく。
    コロナウイルスの対処は別問題では?
    一所にすれば、両方と
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    幽村芳春 (02/19)
    「桜を見る会」の論戦はいったん棚上げにして、今国会ではコロナウィルスなどの防疫問題を論議してほしいと思います。
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    竹林泉水 (02/07)
    コメントありがとうございます。
    五観の偈をとなえて食事をなさっておられるのですか。 頭がさがります。

    企業活動や時の政権も、この「五観の偈」を、政治や商売に置き
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    幽村芳春 (02/03)
    私も必ず「五観の偈」を唱えてから食事をいただいています。実際に唱えると五観の偈の意味がよくわかります。
  • 津久井やまゆり園の裁判
    竹林泉水 (01/15)
    こちらこそ 今年もよろしくお願いします。

    やまゆり園の裁判で、被告が突然暴れ出したとニュースされたとき、詳しいことが報道されなかったので、よく分からなかったです
  • 地球温暖化の問題点
    竹林泉水 (01/15)
    年始葬送のコメントありがとうございます。
    今年もお互いに良い年でありますようねがっています。

    ハイ 温暖化問題の解決の一番は、私は人間活動に足るを知ることだと考
  • 津久井やまゆり園の裁判
    アジシオ次郎 (01/13)
     遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

     さてやまゆり園無差別殺傷事件の被告に対する初公判は、開廷して被告が謝罪したと思いきや突然口に手を突っ込むとい
  • 地球温暖化の問題点
    荒野鷹虎 (01/10)
    温暖化問題は難解ですねー。
    直ぐ原発再稼働に走りがちになりますのでとんだ飛躍ですよねー。
    水力や風力発電はいかがなものでしょうかね。
    恐ろしいことが現実化されてい
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