FC2ブログ

竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

110歳の長寿細胞

理化学研究所の生命医科学研究センタートランスクリプトーム研究チームとピエロ・カルニンチチームリーダー、慶應義塾大学医学部百寿総合研究センターの共同研究グループが、110歳以上の長寿の人たちの血液を詳しく調べた。すると、通常の人にはほとんどない特殊な免疫細胞が多く含まれていることを突き止めたという。
110歳以上の人たちの血液に、がん細胞などを攻撃する免疫細胞「キラーT細胞」が多くあり、特に「CD4陽性キラーT細胞」と呼ばれる細胞は、20代から70代までの45人の平均と比べて、約10倍多く含まれていたことを発見したそうだ。
太古の人類の夢である不老不死の夢に一歩近づいたともいえる。
世界の中でも、日本はいま少子長寿高齢化社会のトップランナーです。この理化学研究所の発見によりさらに、長寿高齢化社会になっていくだろう。しかし、少子高齢化により産業構造や社会福祉などで大きな重荷となってきている。

ガリバー旅行記を思い出した。ガリバーが空中に浮かぶ島ラピュータを後にし、ラグナグ島を訪問すると「不死人間」ストラルドブラグの存在を耳にする。死なない人間が存在していることを知る。ガリバーは、そうなるといつまでも働くことができ大金持なれ、また長い間学問や芸術に取り組むことができ、その道を極められ第一人者になることができると考えた。するとラグナグ島の人たちに嘲笑されてしまった。
80歳を過ぎたストラルドブラグは絶対に死ねない前途を悲観し、若者の放蕩三昧の生活や老人の死を嫉妬する。死なないが老いは積み重なっていくことにより、何もすることができないにもかかわらず、頑固で気むずかしく、貪欲で不機嫌な人間で、しかも歳を取ると記憶力も薄れ、何も覚えていない。そのようなことから、国中の人々から軽蔑され憎まれる存在になるという。ガリバーはいままで不老長寿を求めていたがその現実を知ると不老長寿の夢は萎えてしまいました。
人間はゴールがあるから前向きになれる。もしマラソンでゴールがるから競うことができるし、すでにゴールのテープが切られていても、ゴールがあるから最後まで走れるものです。そう考えると、死があるから救われ、死は救いであるということも言える。

ガリバーが訪れたラグナグ島の国王はガリバーに「なんなら、不死人間を二人ばかりお前の国に送ったらどうか、そうしたら故国の者たちも死を恐れなくなるのではあるまいか、」と言った。

現在は、家で子どもを産むことは皆無と言ってよくみな産院などで産み、生命の誕生を見ることはない。また家で死を看取ることもほとんどなく、多くの人が病院で亡くなっていく。そのため昔よりというか、私が小学生ころに比べるとそのようなことがなくなっているので、死を忌避して、話すのが縁起悪いと考える人が多くなっています。
はたして、今回発見された長寿の細胞は本当に私たちのよいものを与えてくれるだろか。

今一度不老はよいとしても長寿を追い求めることが本当に、人の幸せと考えてよいのだろか。

朝の太極拳

わたしは、毎朝早朝にウオーキングといっても散歩のようなものだが、その後、公園で太極拳をしている。
太極拳の本を読み直していると、太極拳にもいろいろな形あり、簡化二十四式とか、四十八式や総合四十二式、様式太極拳伝統八十一式などがある。式というのは太極拳の一つ一つの形の数がいくつあるかを表している。この形を太極拳では套路という。
それぞれの太極拳では、必ず予備勢(ユイベイシー)と起勢(チーシー)がある。
この二つは、太極拳を始めるに当たって、その準備をするために重要なもので、軽くみて行ってはならない、それぞれの動作の流れの一つ一つを丁寧に行わなければならない。また予備勢に入る前に、その場に立つ前から気持ちを調え、息と身体を調えないといけない、また衣服も動きやすいものでなければならないと書いてある。
このような、太極拳の所信についての基本的な心構えを呼んでいると、坐禅の手引き書である「天台小止観」の第四章「調和をはかれ」に、坐禅の道場に入るまえ、から五法を調えなければならない、一つは飲食の調節、一つは睡眠の調節、後の三つは、身と気息と心だが、この三つは別々に論じられないと説いている。そして三事を調えるとは、坐禅に入る道場に行くときから、その立ち歩きに注意をこころがけ、立ち坐りももぞんざいにしてはならない。それらが粗雑だと息づかいがみだれ心もみだれると述べている。また、坐りかたも結跏趺坐のしかた、また坐ったあとの衣帯のゆるめかたも細かく書かれている。
そして、坐ったらすぐに坐禅に入るのではなく、手足肢節を揺り動かし、自按摩をし手足のしこりを取り除き、頭から頸を正、鼻と臍が垂直線上にあるようにして、面を平らかにして、ゆっくりと胸中の 気を吐き去り、鼻から清気をいれると続いてかかれている。

太極拳の本には、予備勢は太極拳を行うのに最も基本的でなもので、「心を落ち着け」「体をリラックスさせる」ことだとし。
「心を落ち着け」は、目を閉じて静かにすることではなく、「体をリラックスさせる」も、軟弱で無力になるということではない。健康を増進するために太極拳をするなら、決してだらけたり、怠けたり、気を抜いて練習してはならないと述べている。太極拳は連貫円滑、協調完整された運動が特徴で、『松(緩やか)』『静(落ち着き)』が基本であるというがこれは理に適っているとしている。

また、太極拳の呼吸のしかたも、口は自然にとじ舌は上顎の歯の付け根に軽く付け、鼻で呼吸するのは、坐禅や気功の静座功や臥位での静功の呼吸法と同じだ。

坐禅は静禅で太極拳は動禅だと言う人がいるがまさにそうだ。

電子タバコ

たばこに対する禁煙が大きく取り上げられることが多くなったが、日本では、電子たばこ*についてその有害性はあまり語られていない。

* 電子たばこ(でんしたばこ、英語: Electronic cigarette, e-cigarette, e-cig)とは、乾燥葉や液体をマイクロプロセッサで制御された電熱線の発熱によりエアロゾル(霧状)化して、利用者に吸引させる喫煙具

電子たばこについては、日本ではあまり語られないが、アメリカでは、トランプ大統領が、風味付き電子たばこ製品の販売禁止を検討していると語っている。

では、電子たばこはたばこより、有害なのだろうか。
症状がでた患者を調べると、せき、息切れ、胸の痛みなど一連の呼吸器症状がある。吐き気、嘔吐のほか、下痢の胃腸症状もみられ、発熱、倦怠感、体重減少も報告されて、数日で症状が急速に進む場合もある。まが、大半の患者は同時に白血球数が増加している。
原因は特定されていないが、電子たばこに関連する一種の化学物質への暴露によって肺に炎症または損傷が生じている可能性があるそうだ。

厚労省や政府は何らかの対策をすべきでないだろうか。

マイクロスリープと交通事故

数日前に睡眠についての本のことを書いたが。そこで、マイクロスリープというあまり聞きなんれない言葉についてふれた。

最近ベテランのドライバー、プロの運転手が起こした事故がよく報道される。それについて、このマイクロスリープが原因ではないかととも思ったりする。
ここで改めてマイクロスリープ(瞬間的居眠り)とは何か、名前の通りは1秒ら10秒程度の居眠りで、脳を守る防御反応だという。数秒なら本人もまた周囲の人も気がつくないことがないものです。
スタンフォード大学医学部西野精治教授の実験で次のよう亜結果がでている。
実験は、タブレットの画面で、5分間に丸い図形が約90回ランダムに出現する画像を見て、丸い図形が出るたびにボタンを押す。簡単な退屈な作業をである。
これを夜勤明けの医師にしてもらったら、約90回出現する図形に、3、4回も反応しなかった。夜勤明けの医師は反応しない間眠っていた。
一方、前日に通常どおり睡眠をとった医師は、正常に図形に反応した。

また、このように、ほんの数秒、寝てしまうのだから、本人も周囲の人も気がつかないという。タクシーやバスの運転手だと前日の生活管理や、飲酒の有無などの点検がされているが、一般の人だと前日徹夜や夜勤をして、車を運転して帰ることもあるので要注意だ。運転する方も夜勤明けだからと気をつけるだろう。
しかし、睡眠に問題がある人、熟睡できない人は、夜勤明けや徹夜をした人ほど気をつけないだろう、またタクシーやバスなどの運行管理する人も気がつかないだろう。


最近の、一般のドライバーや交通会社でも、このマイクロスリープの問題をわがこととして考えてみる都よいだろう。
一言付け加えれば、バスやタクシー会社だけでなく、鉄道会社や航空会社、またトラックなどの運送会社にも同じことがいえるだろう。

寝不足とマイクロスリープ

スタンフォード大学医学部の西野精治教授が、寝不足の怖さを次のように述べている。
熟睡できないと、眠りの借金地獄にいり、眠りの借金が貯まっていくと述べている。
「睡眠不足」ではなく「睡眠負債」といっている

睡眠負債の具体的な症状は、起きている間に数秒眠ってしまい意識がなくなる症状です。

西野精治教授は、夜勤明けの医師に、タブレットの画面に丸い図形が約90回ランダムに出現する画像を5分間見て、図形が出るたびにボタンを押してもらった。すると、夜勤明け医師は、図形が約90回出現するうち、3、4回も数秒間図形に反応しなかったという、つまり眠っていたことになる。
同じテストを前日通常に睡眠をとった医師おこなったところ、正常に図形に反応した。
西野教授はこのような症状をマイクロスリープ(瞬間的居眠り)といい、この状態は脳波で確認でき、マイクロスリープは1秒から10秒程度の居眠りを指すもので、脳を守る防御反応とも説明している。
また、睡眠負債によるマイクロスリープは、数秒なので、本人も周囲の人も気がつかないことが多いという。

これが、車の運転中にマイクロスリープが起きたらどうなるだろうか。

睡眠に問題を抱えている人に、脳波を測定する装置をつけてドライブシュミレーションで運転した実験がある。その結果、3~4秒、脳波上に睡眠を示すパターンがはっきり出たという。
最近原因が特定しにくい大きな自動車事故が時々おきている。このマイクロスリープは、見て目にはわからない、本人も自覚がないので恐ろしいといえる。運転中に数秒であるが完全に眠っているで、数秒間眠ったとしても数十メートル暴走していたことになる。

黄帝内経 の四気調神大論編 春

夏のことと秋のことを書いたが、春のことは書いていなかった。黄帝内経には春について次のように書いてある。
春の三ヶ月は、万物が古いものを推し開き、新しいものを推し出てくる季節。
春の養生は、少し遅く寝て少し早く起きる。朝、庭に出てゆったりと散歩をし、髪を解きほぐし体を伸びやかに動かす。心持ちは活き活きと生気を充満させる。つまり、春の植物の芽と同じように、心身とも陽気を発生させる。殺生をしてはならず、ただひたすら成長を促すべきで、剥奪してはならず、自然に息吹に心と目を楽しませるべきで、また、気候がよくなったからと、体を虐げてはならない。

春眠暁を覚えずというが、春は冬にくらべ夜が明けるのは早くなってくる。それに併せて就寝をすべきで、体の体内時計を自然の運行と合わせるということか。
また、早朝の散歩をし、太極拳などのゆったりとした運動をすることは、からだにとってよいことだといえる。

黄帝内経 の四気調神大論編

黄帝内経 の四気調神大論編
その秋の季節について、次のように述べている。
秋の三ヶ月は万物が成熟して集まり、収穫の季節で収斂される。天気は夏のように暑くはなく涼しい、風は強く急いで、地気は静粛とし万物は色を変える。人々は鶏のように、早寝早起きをすべきである。夜明けとともに起き夕暮れとともに眠ることにより、秋の寒くなってくることに、身体に対するダメージを緩和させる。
心を外にはたらかせいないで、肺気を清浄に保持するとことにより、秋に適応し収気を保養できる。これに反すると肺気を損傷させ、冬になると潜伏閉蔵し、気に適応する能力が衰える。

秋こそが冬への滋養を蓄えるためにも、季節がいいからと暴飲暴食や夜更かしなどをすることは慎まなければならないということか。

暦では立秋もすぎもう秋だが

暦のうえでは旧暦七月八日の立秋もすぎもう秋ですが、ますます暑い日が続きそうです。黄帝内経の第二編 四気調神大論には次のようにある。
夏の三箇月という季節は、万物が繁栄し、秀麗となる季節で、天地間の陰陽が盛んに交流する、陽気が多くなり万物も花開き実を結ぶとなっています。

しかし、こう暑くては陰陽の交流も滞ってしまいそうです。

さらに次のように書かれている。
夏は、夜は少し遅く寝て、朝は少し早く起きるべきである。夏の日の長さ、暑さを厭うことなく、気持ちを愉快に持ち、ものごとに怒ってはならない。つまり、体内の陽気を外に向かって気持ちよく発散させる。これに背くと心気が傷む。
これが夏の養生法だとかいている。

外は暑いからと言って家の中でクーラーを聞かせてゴロゴロしていてはだめで、外に出て適度に汗をかくことがよいのだろう。しかし、最近年々と夏は暑くなってきている。黄帝内経が書かれたころと比べると、地球は温暖化しているであろうし、、都会はヒートアイランド化している。
それに応じて戸外での運動には気をつけて汗をかこうと思う。

真人 至人 聖人 人

中国の古典、「黄帝内経」のなかに、上古の時代に『真人』『至人』『聖人』『賢人』がいたと黄帝が問うている。

明鏡国語辞典で、
【真人】と引いてみるとつぎのようにある。
(1)仏教で、真理を悟った人。仏や羅漢(らかん)をいう。
(2)道教で、奥義を悟り、道の極致に達した人。至人。
【至人】
道を修めて最高の境地に達した人。
【聖人】
(1)仏教で、広大な智慧(ちえ)と慈悲心をそなえ、悟りの道へと進む人。
(2)高僧の敬称。上人。
【賢人】
(1)かしこい人。また、聖人に次いで徳のある人。賢者。

しかし、黄帝内経での、真人、至人、聖人、賢人はそれとは違う。黄帝内経は医学書であり養生書であるので、次のように言っている。

「まんが黄帝内経」医道の日本社によると
『真人』心身とも天地の運行にとけこんだ状態となり、その寿命は天地と同じく無限である。
『至人』天地の大道にかない、その寿命は可能な限り延ばすことができる。
『聖人』心身ともに過労せず、百歳以上の寿命が享受できる。
『賢人』自然の正邪をわきまえ、悪い気に当たらないように気をつけ、長生きできる。
以上のように書かれている。ざっくり述べられていて非常に大まかだが当を得ているだろう。

真人の心身とも天地の運行に溶け込んだについて考えてみると、江戸時代の人はそれに近い生活をしていたといえる。
明治以前の江戸時代は、不定時法というと時刻表示を使っていた。現代社会では、時の流れは定時法で、地域の緯度や経度に関係なく指定された地域はすべて同じ時間です。しかし江戸時代は不定時報といい、太陽の運行により時間が計られ、太陽の日の出と日の入りにより、明け六つと暮れ六つが決められ、日の出から日の入りまで正確には、太陽の中心高度が-7°21′40″となる時刻、夜明け、日暮れです。これをそれぞれ6等分しています。
とうぜん春から夏は夜明けの早く明け、夕暮れは遅くくれます。冬は夜明けは遅く明け、夕暮れは早く暮れます。ということは、夏と冬の時間の長さが違てきます。また、その地域の経度と緯度によって、夜明け夕暮れの時間も変わってきます。
わたしは、毎朝早朝にウオーキングをしていますが、定時に家をでるのではなく、国立天文台の暦計算室で調べておいた時刻表をみて、だいたい五日おきぐらいに出かける時間が変わってきています。
つまり、私の散歩は、真人の心身とも天地の運行に溶け込んだについて考に合致しているといえます。しかし、後の食事や運動の素行はといえば、決して褒められたものでないので、この賢人までもいかないでしょう。

ではなぜ、真人、至人、聖人、賢人のようなおこないができないのか、それは現代社会のなかでは出家遁世でもしない限りむりです。日ごろの食事も狩猟採集で日常の糧を得ない限り、農薬や化学肥料や添加物などを避けて生活することができないからです。また、社会生活をするうえでは、日常の活動をするうえで人との共同活動を行うことに支障をきたすからです。

これらについては、またこれからジックリと考えてみることにする。

黄帝内経 のつづき02

漢の時代に、昔の人は100歳まで生きられたと言うが、漢の時代の今はその半分ほどすると、からだが衰えてくるそれは、生活習慣人がいきるのに自然の理にかなってないからということだった。
漢の時代よりはるかに便利になった現代は、科学技術や医学が進歩しているので、からだが衰えるのが漢の時代に比べて伸びているはずです。しかし、本当に年を取って衰える年齢がのびているだろううか。

若いうちに病と共に暮らすようになっている人もいるし、働き過ぎて身体の変調をきたしている人もいる。また、家電製品や自動車などの乗り物や、あらゆることが人の労力に変わり機械がするようになり、昔のように身体を動かすことがすくなくなりって便利になっています。しかし、今の便利さを避けて、この世の中から取り残されてしまい、生き残れるだろうか。

今まで人類が遭遇した大きな改革は、何か、狩猟採集生活から農耕牧畜に産業が変わったこと、宗教の教義中心からルネッサンスの人間の文芸復興、近代の産業革命と大きく生活が変わってきた。
しかし、これらの変化は狩猟採集から農耕牧畜への変化は1000年から万年単位で徐々に変わっていった変化だった。ルネッサンスの運動でも急激にかわったのではなく百年程の時を要している。また産業革命でも短くみても50年ほどの時間を要していた。しかし、現代の金融とIT革命と遺伝子工学での変化は数年で変わっていってる。変かはどんどん加速していっているが、そこまでの急速な変化に人間の肉体と心である精神はその変化に適応できるのだろうか。

たぶん、そこには三つのグループに分けられるのではないだろうか。その変化の随時適応していけるグループと、その変化に戸惑いかたくなに旧態の生活を守ろうとするグループ。そして、もう一つのグループがある、それはその変化に取り残され見捨てられるグループ。

変化についていこうとせず、昔の生活様式を守ろうとするグループはいつの時代にもいる。アメリカには、中世の時代の生活を守り電気も引いていない生活をしているアーミッシュと呼ばれる人たちがいる。アーミッシュの人たちは、アメリカ合衆国のオハイオ州・ペンシルベニア州・中西部で暮らすドイツ系移民の宗教集団で、移民当時の生活様式を保持し、農耕や牧畜によって自給自足生活をしている。
また、アメリカの福音派の人たちのなかには、ニュートンの万有引力やガリレオの地動説を受け入れても、ダーウィンの進化論を受け入れず、学校で教えることを禁止しようとしている人もいる。日本でも民主主義は日本の伝統ではないとし、家族制度の復活を夢見ている政治グループもいるようです。その人達は自ら信じている呪縛に縛られた生活の道を選んでいるのです。

反対に、今の最新技術を受け入れようとする人もいる。スマートホンを使って「OT」と「IT」を融合され、離れたところから家電製品を操作させるなどはまだいいだろう。最新の健康長寿の技術を取り入れたり、遺伝子工学によるゲノム編集による自分の体質を変えたり。デザイナーベビーとよばれる、受精卵の段階で遺伝子操作を行い、親が望む外見や体力・知力等を持たせた子供を産ませよつしたり。最新のIT技術を内蔵されたインプラントを自分の身体に埋め込んだり。
人工知脳との生体との融合をこころみようとしている人もいるときく。それらはいまのところ倫理的な面で問題にされているが今後どのになるかわからない

しかし、深刻なのは三つ目の部ループに属する人たちです、社会的地位や環境や経済的理由で、今おころうとしている変化について行こうとしても取り入れついて行けなかったり、不適格と見なされそこから振り落とされたりする人もいる。この人達は新しくこようとしている社会は受け入れ助けようとするだろうか。またその人たちはどのようにその後の社会を生きて行けばよいだろうか。

自然界の世界では多くの動物の種は複数の種が混在したり共棲しているが、私たちサルから進化した新人はホモサピエンスしかいない。それが、今の最新のテクノロジーを取り入れた人類が誕生したら、後の二つのホモサピエンスは生きのびることができるだろうか。ホモサピエンスや他の種のネアンデルタール人や原人などとの争いで絶滅に追いやったのか、それらの種は生き残ることができなく自然淘汰されて消えていったのだろうか。
それと同じように、ITの技術によるAIの自律型学習型人工知能やゲノム編集の遺伝子生物学、さらに新自由主義経済による競争に参加しようとしなかった人や、それに乗ることができなかた人は今後どのように生きてゆけばよいだろうか。

私は後長くても30年ほどの寿命だろうから、人類がその後どのようになる姿は見れない。しかし、1970年ごろに「成長の限界」発表したローマクラブのヨルゲン・ランダースが2052今後40年のグローバル予測を2012年に著しているが、それより深刻な事態になるのではないかと思うがどうだろう。

黄帝内経 のつづき

私は毎朝、ウオーキングをして公園で太極拳をしているが、太極拳は中国の武術の一つだが、中国では健身・養生健康法としての太極拳が盛んに早朝の朝など行われているという。また、世界各国でも健康法の一つとして行われるようになっている。

一昨日と昨日は黄帝内経素問のはじめの部分についてかいたが、今日もその続きです。
はじめに太極拳のことを書いたが、太極拳のテキストにかかれているのと同じようなことがかかれている。昨日の最後に坐禅のテキスト書ともいえる、天台小止観、夜船閑話にも通じているとかいたが、それと同じことがいえる。

昨日の箇所と後には、「黄帝内経 素問」には次のように書かれている。

夫れ上古の聖人の下に教うるや、皆謂う、虚邪賊風、これを避くる時あり。恬憺虚無なれば、真気これに従い、精神内に守る、病安んぞ従い来らんや、と。
是を以て志 閑にして少欲、心安らかにして懼れず。形 労するも惓まず、気 従いて以て順。各おの其の欲に従いて、皆願う所を得。故に其の食を美しとし、其の服に任せ、其の俗を楽しみ、高下相い慕わず。その民 故に朴と曰う。是を以て嗜好も其の目を労すること能わず。淫邪も其の心を惑わすこと能わず。寓智と賢不肖と物に懼れず。故に道に合す。能く年 皆百歳と度えて、動作衰えさる所以の者は、其の徳全くして危うからざるを以てなり。

 「古代の修養の道理を深く理解した人は、人々を教え導くにあたって常にこう述べたものです。外界の虚邪賊風に注意して回避すべきときに回避すると共に、心がけは安らかで静かであるべきで、貪欲であったり、妄想したりしてはならない。そうすれば真気が調和し、精神もあた内を守ってすりへり散じることはない。このようであれば病が襲うというようなことがあろうか。と。
このため人々の心はきわめて閑かで、欲望は少なく、心境は安定していて、恐れることがありませんでした。肉体を働かせても過度に疲労することはなく、正気は治まり順調だったのです。それぞれ望むところは満たされ、食べたものをおいしく思い、着たもの着心地よく思い、習わしを楽しみ、地位の高低をうらやむことがなく、人々はいたって素朴で誠実でした。正しくない嗜好も彼らの耳目をゆりうごかさず、淫らな邪説も彼らの心情をまどわすことはなかったのです。愚鈍、聡明、有能、また不肖な人を問わず、何事に対しもまったく恐れることはありませんでした。してみると彼らがあらゆる点で、養生の道理に合致していたことがおわかりでしょう。だから皆が年百歳に達することだできて、しかも動作にも少しも衰えたところがなかったのです。これは彼らが養生の道理をすべて掌握していたからであり、こうであってはじめて疾病の危害を招かずにすむのです」。



修養するには、外界のよこしまな気持ちを持たず、俗風に気が取られることがないように注意し、

常に、気持ちを安らかに落ち着かせることが大切で、そうすれば真気が調和し、精神は内を守ってすりへり気が散ることはないとしている。そう心がけないと、気が散って貪欲になり、病が襲ってきてしまい、食を貪れば生活習慣病や糖尿病になり、酒に溺れれば肝臓を悪くしたり高血圧にになるだろう。
つねに、心安らかになるように心がけると、心はきわめて閑かで、欲望は少なく、心境は安定していて、恐れることがなくなる。それにより、身体は労働をしても過度の疲れることはなく、病気などにはならない、
また、食べ物も得られるもので満足をし過食をしなければ、偏食になったり肥満になったりはしない。また、つねにその心に心がけていたら、惑わされることはないだろう。昔の人は、周囲にあまりある豊かさが無かったので、いまのように惑わされることがなかった。この書がかかれたのは漢の時代のころです。
現代社会は、漢の時代よりさらに多くの誘惑があり惑わすものが多い、今後そのような社会でどの様に生きていけばよいのだろうか。

黄帝内経 

昨日は、黄帝内経 の冒頭で昔の人は100歳まで元気だったが、いまはその半分の年でもう衰えているのはなぜかだった。
その原因を、「黄帝内経 素問」にはさらに次のように書かれている。

岐伯対えて曰く、上古の人、其の道を知る者は、陰陽に法り、術数に和し、飲食に節あり、起居に常あり、妄りに労を作さず。故に能く形と神と倶にして、尽く其の天年を終え、百歳を度えて乃ち去る。
今時の人然らざるなり。酒を以て漿となし、妄を以て常となし、酔いて以て房に入り、欲を以て其の精を竭くし、以てその真を耗散す。満を持するを知らず、時ならずして神を御す。努めて其の心を快にし、生楽に逆らい、起居に節なし。故に半百にして衰うるないり。

 岐伯が答えて曰く「上古の人はほとんどは、養生の道理をわきまえ、陰陽にのっとり、術数にあわせ、飲食には節度があり、労働と休息にも一定の規律があり、妄に動くことはありませんでした。それゆえに肉体と精神とは、とても健やかで盛んであり、彼らが当然享受すべき年令まで生きて、百歳をすぎて世を去ったのです。
現在の人はそうでなく、酒を水のように貪り飲み、異常なことを平常として生活し、酔っては房事を恣いままに行い、色欲のおもむくままにして、精気を使い竭し、真元を消耗し散佚させてしまいます。充満された精気を保持することを知らずに、常々精力を用い過ぎ、一時の快さを貪り、養生に反して享楽しています。労働と休息とに一定の規律がありません。こんなことだから五十歳になるやならずで衰老してしまうのです。」

太古に生きていた人は、自然の中でいきて無理をしないで暮らしていたといっている。
私たち人類人間は、樹上生活から地面に降りくらすようにないり、狩猟採集生活をしていた。そのころは自分達が生活する上で必要ものを必要なだけ狩猟採集して、後はあくせくいまのように働いてはいなかったといわれている。また、集団の中では皆が均等に同じ役割をして働いていたと考えられている。
しかし、それが農耕牧畜するようなり、今のように耕運機などの機会はなく、すべて人力で作物を栽培し家畜を育てるようになる。そうなれば、狩猟採集のように全員でするのではなく。農業をするには農作業の計画をたてそれをしきする人がいるようになり。指揮をする人と農作業をする人の階層ができてきた。それにより重労働で働き詰める人と、働かず指揮をすることにより時間を余す人もでてきた。それにより、農民は働きすぎで体を壊し、支配者は暇をもてあまし不摂生な生活をして健康を損ねてしまうことになった。

今なの現代人は、黄帝内経が著された時代より、健康志向やそれに対する科学的な知識はあるが、酒を水のように飲み、足を知らず欲におぼれてやまない人も多い。そのよ不摂生不養生をする人もいる。
この、黄帝内経のこの部分を呼んでいると、坐禅のことについて書いた、天台小止観や白隠禅師の夜船閑話にかかれていることにも通じていることを感じる。

過労死、生活習慣病に思う

現代、過労死が問題になったり、生活習慣病が大きな問題になっている。
中国の太古の医学書の「黄帝内経素問」に、昔の人は100歳以上いきたが、今の人は50歳で衰えてしまうとかかれている。
黄帝内経素問は、いまから、前漢代に編纂されもので、いまから二千二百年ほど前にかかれたとする書物です。

それからすると、いまから100年前は人生50年といわれていた。そう考えると前漢の時代から2000年以上たっても、少しも変わっていないことになる。ここ数十年で医学の進歩や衛生科学や養生について飛躍的に進歩してきているが、ようやく2200年ころと同じレベルに達したのだともいえる。
しかし、今日、医学がいくら進歩し健康衛生管理がなされていも、美味しいものを追い求め飽食に走り、お腹を膨らますため脂っこいものをとる。また自分の今の生活をよくしようと、自分を振り返らずに働く。
また、人によっては低賃金の加重労働を強いられている人もいる。いくら医学や健康への意識が高まっても、肝心なところは黄帝内経素問がかかれたころと、ほとんど変わっておらず進歩していない。
それどころか、健康のためだと栄養剤や栄養食品やサプリメントなどを大量に接収すしたり、薬を服薬する人もいる。

いま一度、中国の医術書の古典の「黄帝内経 素問」を読んでみよう。
黄帝内経素問に次のようにある。(現代語訳 黄帝内経素問 東洋学術出版社参照)

余聞く、上古の人、春秋皆百歳を度えて、しかも動作衰えず。今時の人、年半百にして動作皆衰うる者は、時世異なるか、人はたこれを失するか。

 「私は『上古の人はみな百歳になるまで生き、しかも行動は衰えたりしてはいなかった』と聞いている。ところが、偏在の人は五十歳になるやならずで動作が衰えてしまう。これは時代環境がことなっているためなのか、それともお人々が養生の道にはずれているためなのか」

太古の人はみな長生きして100歳まで生きていたが、今の人は50歳になればもう人生の終わりだが、それはどうしてだろうかと問うているが、漢時代は今のような医学も衛生学もなかったので、成人になる前、十代で死んでしまう人が多かっただろう。また、機械かされていないので農耕もすべて人力と家畜の耕耘だったの、体も酷使されていた。一方支配階級の人は、これからいかに説かれている、不養生な生活を悦楽していたのだろう。たしかに、当時の一般の庶民は重労働のために、そんなに長く生きられなかっただろう。しかし、時に政権の支配階級の権力者などは、70歳以上生きている人も多くいる。しかし、上古の人が100歳まで生きられたというのあは、いくぶん白髪三千丈のようなものと解していいだろうが。
それ以降を読んでいると、私たちの今の生活を考え直さないけないと教わるところがおおくある。

またまた、太極拳について

私は毎朝、朝のウオーキングをして、そのあと公園で太極拳をしているが、そのときに心掛けることを改めて振り返ってみたい。
まず、太極拳をするうえでたいせつなのは。

・呼吸を重視した運動だが、意識し過ぎないこと、まずゆったした気持ちで呼吸するようこころがけている。
・筋肉の隅々まで意識が行き渡るように身体を動かす。
・気持ちのいい運動をすることを心掛ける、雑念や嫌なことを考えずに、身体に意識を集中させる。
・ゆっくりとした身体の動きを心掛ける。
・24式の太極拳をしているが、身体のうごかしかたは始めから終わりまで同じ速度で身体を動かす。
・身体の左右の均等を意識して身体を動かす。
・全身を気持ちよく伸びやかに動かす気持ちをもってする。
・太極拳は見た目にゆったりと身体を動かすので、軽運動でだが質的には技術性が求められる高い運動である。
・自分のそのときの体調を訊いて身体を動かす。

以上の九つほどを心掛けている。

陸上競技でのインターセックス

国際陸上競技連盟(IAAF)は、陸上女子800メートルの五輪女王キャスター・セメンヤ(Caster Semenya 南アフリカ)選手28歳を、生物学上は男性に分類されるべきだとして、彼女の出場資格を制限するとしていた。
キャスター・セメンヤ選手は、平均的な女性と比べて3倍以上のテストステロン(男性ホルモンの1種)を分泌しているとして、う。英国の週刊誌「ニューステーツマン」はセメンヤを,「世界中のジェンダー差別解消運動のインスピレーションとなった」「50人の重要な人物」の一人として選んでいる。また、ベルリンの世界選手権後、IAAFは両性具有の選手で男性ホルモン過剰症である場合、他の選手に対して不当な利点を持つと判断して、2011年、テストステロンなどの男性ホルモンの分泌が一定以上になった場合、女性選手としては競技には出られない決まり,競技に参加するには、この設定枠を超えないようにテストステロンの分泌を抑制する薬を飲むことが条件となっている。

セメンヤ選手は、テストステロン値が高い女子選手の出場資格を制限するIAAFの規定について、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴した。セメンヤ選手の弁護団は、「セメンヤ氏は紛れもなく女性である。世界中の人々にとって、彼女はヒロインであり刺激を与える存在」「彼女は他のアスリートと同様の敬意と処遇を求めている」と表明していた。

なんだか、筋肉増強剤などの薬物を飲んでいると、ドーピング違反になり出場資格を剥奪されるが、その逆は違反にならないのかとも思う。
しかし、神は人間を公平にまた、それぞれのこの違いがあっても人間として完全に精工にはお造りになられていない。
LGBTの問題もその一つでしょう。それぞれの違いを認め合って共に生きていくのが今の現代社会だ。
しかし、スポーツの世界で対等に戦うにはどうしたらよいのだろうか。
しかし、彼女の問題は、性的マイノリティのLGBTとはちがい、インターセックスです。
インターセックスの正式名称は「DSD」です。これはDisorders of Sex DevelopmentまたはDifference of Sex Developmentの略。
人間の体が胎内で作られるとき、男・女になるための様々な構造が発達していくが、この性分化の過程で一般的でない変化が生じ、性腺、内性器、外性器の分化が非典型に発達していることで、「性分化疾患」とされている。日本では新生児の約2000人に1人がインターセックスだと言われて、つまり日本では6万人程いることになる。

ボクシングや柔道などは体重によって等級をつくり競技をしている。しかし、日本の相撲にはそのような等級は設けていないです。この陸上競技にも男女で別けるのではなく、テストステロンの値によって競技の等級を分けてするようにかもしれない。

ゴリラの直立

ソーシャルメディアでコンゴ民主共和国でゴリラの直立している写真が話題になっているが、このゴリラ保護官のまねをしているようで、数歩歩くことがあるそうです。
写真をみていると、ゴリラはかなり腰を反らしているように見える。このゴリラ腰痛にならないか心配です。

        ajigoyomi1.jpg
        REUTERS SmartNews
        Mathieu Shamavu for www.virunga.org via REUTERS(2019年 ロイター)

腰痛は人間特有の疾病だといわれ、草原狩猟採取せいかつから、農耕作業をするように腰痛になりだし、決まった姿勢を続ける工場労働になりより腰痛になる人が増えたという、さらに椅子に座って事務作業をする事に、人間の慢性の疾病になってしまった。
ただ他の映像で、ゴリラに保護官がコチョコチョしているよな映像で、ゴリラが笑っているような様子だったので、かなりゴリラは保護官になつき慕っているようですね。
ゴリラは保護官の人のまねをしているだけだろうが、ゴリラの脊椎の背骨は直線です。人は直立生活をするようになり背骨はS字曲線をえがくようになり、重力の負荷をやわらげています。
しかし、ゴリラはそのような体の構造になっていないので、骨盤は前に倒れ腰椎は前に反ってしまっているでしょう。
ゴリラに、時々直立するのはいいが、あまりその姿勢をしない方がよいよと、教えて上げるのがよいと思います。

また、このゴリラ写ったの写真の姿をよくよく見ると、私が小学生のころ、先生から胸を張って背筋を伸ばして気をつけ! と言われたときに取った姿勢だ。
しかし、よくみると、ゴリラの脚は通常の姿勢では膝が、屈曲している。しかし、この写真では膝が過伸展しているようだ。また、頭は頸椎と人間のようについているのではないので、自然と顔は上を向いてしまうので、顎をを強く引いた姿勢になる。そこで頸に負担をかけてしまうことになる。
しかし、ゴリラがドラミングをするときは、直立してすることが多いので、この写真で見た姿勢に近い姿勢になる。ただ、このゴリラは手は下げて体側においている。まるで人間を真似ているような感じです。

そこで思うこと、私たちホモ・サピエンスは、アフリカから発生し世界中に広がりました。このゴリラは、新しい霊長類に進化する前兆でしょうか。ホモ・サピエンスである私たち人類は、進化するにつれ技術を身につけ科学を発展させてたが、本来持っているはずの、自然に対して持っている能力を失ってきています。

しかし、ゴリラはそれを持っているので、このゴリラが進化していくと、映画『猿の惑星』のように、科学技術の進んだ便利な人間は次第に退化していき、人間に飼われていた猿は次第に、人間のする事を学び、人間以上の能力を持つようになった。そして、猿が人間を支配する世界になってしまった。

その前兆だったりして-----

歩き方

魚はどうやって泳ぐのか、胸鰭などの鰭を使って泳ぐように思えるが、身体を左右に振って泳ぐのが本当のところのようです。は虫類のトカゲやヤモリなども進むときに、四肢を使って前に出して進むが、身体脊柱は左右に振れてすすむ。四肢のない蛇も同じように進む。足のない生き物であるミミズは蛇のようには進まない、身体を収縮してまっすぐに進む。足が多い具足虫であるムカデなども、蛇とおなじで身体を左右に振って進む。では哺乳類はどうかというと、走る時とゆっくりと歩く時は違う陽です。歩いているときあは、身体を左右に振れるが、走るときは左右には振らない、脊柱を大きく曲げて伸ばしてすすむ、前足を出して後ろ足で地面を蹴るときは、身体を伸ばすが、次の瞬間は前足と後ろ足は互いに前後に交差し、背骨は大きく曲がる。

では直立二足歩行をする人間はどうなのだろうか、人間は直立して二本の脚を使って前に進むので、身体をくねらせては歩かない、走る時もそのようなことをしない。必要がないからしない、体幹の軸を中心に上肢を交互に振って歩く、四足で歩いたり走ったりするとき、動物や魚のようになこ身体を左右に振ったりはならない。もしそのような歩き方は異常歩行となり、それぞれの症状により障碍がある。大臀筋歩行やトレデレンブル徴候がそれででしょう。

このような事を書いていると、人が泳ぐときは身体を水平にするので、魚のように体軸が左右に振れるかというと、そうではなく平泳ぎやバタフライなどや上下にうって泳ぐことを考えると。陸棲動物が泳ぐときも魚のような泳ぎ方にならない。これは何故だろう、もう少しこのことについて考えて見ようと思う。

呼吸と動作は両立しない

三木成夫は、『海・呼吸・古代形象』で、「呼吸に専念しているときは、だれも隙間だらけ」「動作と呼吸はけっして両立しない」という、わたしはこの隙間だらけということはよく解らないが、両立しないはこのことを聞くまで呼吸と動作は密接な関係があり一蓮の上のものだと思っていた。

しかし、よく考えると人の臓器は肺を除いては自律神経によって動いて、個々の臓器はそのこの臓器がその時々に適応して働いている。しかし、肺は横隔膜の上下運動や肋骨の骨格筋によって、肺が膨らんだり縮んだりして、肺の肺胞に空気が取り入れら酸素と二酸化炭素のガス交換が行われる。
肺の細胞が受動的に酸素を取り入れ二酸化炭素を排出しているのではなく、肋骨につく骨格筋が自律的に動いているからになる。
それにより、呼吸は意図的に息を大きく吸ったりユックリと永く吐くことができる。しかし、坐禅などで静坐をするになかなか簡単にはできないのも、三木成夫が言うように、「動作と呼吸はけっして両立しない」と言うのもそのことだろう。

昨日の話に関連して

ドイツの解剖学者Julius Wolff(1836~1902年)と言う人がいるが、「正常にせよ、異常にせよ、骨はそれに加わる力に抵抗するのに最も適した構造を発達させる」と言っているが、つまり、[骨は使わなければ骨密度は減る]ということで、ウォルフの法則とよばれている。
また、デイヴィスの法則というものがある。身体を動かす可動域は、使わなければ失われるし、エネルギーを靱帯や腱にためる能力も失われる、といっているそして、アフリカで生まれた我々人間すなわちホモサピエンスは、アフリカの地で狩猟採取生活をしてくらいしていたが、農耕を始めることによりいままで、獲物を追うために走り続けていたが、それをやめ定住するようになり、農業革命がおこなわれそれを数万年つづけていた、しかし大きくそれをかえたのが、ヨーロッパで近世の初めに起きた産業革命ほんの500年ほど前の話しです。
しかし、それが人の身体を大きく変えることになり、いままた新しい産業革命というか電子革命というか新しい変化が急速に起きているが、それら今私たちの身体の動かし方をもかえ、身体のつくりも変わってきているという。

人は直立二足歩行をしているが、それには足裏の土踏まずに形成が必要だが、土踏まずが未形成の人が増えているときく。また、直立した時の足裏での重心がだんだんと後方に移動してきているという、このままそれが進めば人は立っていられず後ろに顛倒してしまうということを聞いたことがある。
また、床に坐って講義していて長座の姿勢をすると(足を延ばして床にお尻をつける)、手を後ろ側に床につけて坐っている人が増えてきているように感じる。
これも長座をしたとき重心が後ろに来ているので、後ろに倒れるので体を支えている。

後数十年したら、人の身体の重心はどうなっているのだろうか。

イヌが癲癇を予知し知らせる

犬は意識を突然失う発作「癲癇[てんかん]」の発作を予兆できると、フランスのレンヌ大学の研究チームが発表した

[てんかん]の発作をおこすときわずかなの臭いを犬が嗅ぎ分けられるとして臭いがあることを突き止めたとしている。さらにこの臭いの分析の研究を進めることによて、[てんかん]を感知できる可能性がでてきたと述べている。研究チームは、糖尿病やガンに特有の臭いがあると言われることに着目して、[てんかん]にもあるのではとないかと、それを確かめるために5人の患者から、発作を起こしたとき運動したとき、落ち着いているときの汗を採取し、特殊な訓練をした5頭の犬に嗅がせた結果、3頭の犬が100%、2頭の犬が67%の確立で臭いを突き止めたと発表した。
研究チームはイギリスの科学誌「サイエンティック・リポーツ」の電子版に「いぬが臭いを嗅ぎ分けるのは明らかで、[てんかん]の発作に伴う得意的な臭いをが存在することがしめされた」として、[てんかん]の発作がどのようなものか突き止め分析することで、発作の予兆を感知できるようになる可能性があるとしている。

このようなことは、研究室の中で研究されるだけでなく、臨床やフィールドワークでの研究が重要になってくるのではないだろうか。犬は飼い主に従順で他にも、飼い主に異変に気が付き、犬が周囲にその異変を知らせようとしたことなどの報国もあります。[てんかん]がある人が犬のペットを飼っていたら、飼い主が[てんかん]をおこしたとき、犬がどのような反応をしているかを観察してみるとよいだろう。それには、犬の飼い主に犬が[てんかん]をおこしたときどのような様子だったか、主治医が聞き取り調査などをすることにより、情報をあつめて分析して[てんかん]の患者にとって発作が起きる前に対処しておくことなどや、その予防をすることもできるようになってくるのではないだろうか。
今後の研究に期待したいです。


*テンカン 痙攣(けいれん)・意識障害などの発作を繰り返す脳疾患。原因不明の真性と外傷・腫瘍(しゅよう)などの損傷によって起こる症状性とがある。

よる深く眠るには

深く眠ることは大切なことです。人間に限らず動物はみなそうだと私は思っている。そこで、深く眠るためのコツと言うものがあると聞きました。
NHKのテレビを見ていると、1日3分で熟睡できる「ぐっすりストレッチ」を紹介していた。
おおむね次のようなことだった。

眠るには、体温を下げることにより、眠りのモードに入っていくといいます。子供が眠たくなってくると、手足がぽかぽかしてくるのは、体温が上がっているのではなく、手足でからだの体温を放出しているからだとききました。
それでは、手足の血行をよくして、手足をラジエーターの役割を果たさせたらよいことになる。

そこで、「深く眠るための簡単3分ストレッチ」となる。すべてで3分のストレッチでよく、一つを1分間で3セッションです。
このストレッチは、深部体温を上げてから、下げることをねらっている。つまり副交感神経を優位して睡眠につくということを狙っている。

具体的な方法を右に紹介してみる。
・首もモミモミ
  後ろの首筋を上から下にマッサージする
首もみをすることで首こりも解消する。首を揉むことにより血行が促進され深部体温が上がりやすくなる。

・肩胛骨ストレッチ
  肩胛骨を廻す意識を持って腕を廻す
  菱形筋の伸縮、前鋸筋の伸縮
両腕を曲げ、脇を開いてひじを上にあげる、腕をそのまま後ろに向けて、大きくゆっくりぐるりと肘を回すように肩甲骨を寄せるようなイメージ

・リラックスストレッチ
  床の中で横になり(仰臥位)
  深呼吸をしながら足首の曲げ延ばしをする。
  血行をよくして深呼吸を意識する。

鼻でゆっくり息を吸い同時に足首を手前に曲げるようにする。布団なかでもよい。
・足の動き
足首を手前に曲げることでふくらはぎをほぐし、脚の血行を促進される。
・呼吸
口からゆっくり息を吐くときはゆっくりと吐ききる。同時に足首を元の位置に戻す。これを1分間繰り返す。

寝る前に入浴すると、入浴で一度上がった深部体温が下がりやすくなって眠気が訪れるということです。

私はこのところ夜何度も目が覚めるので、試してみようと思う。

アイマスクをつけての太極拳

毎朝、近くの運動公園までウオーキングをして、その後に太極拳をしている。わたしは空が白みかける頃に家を出るようにしているが、冬は白むのが遅いので、暗いうちから家をでて、運動公園についてもやはりまだ暗い。
太極拳にかぎらず他の運動もそうだろうが、明るい方がしやすい。太極拳は眼法を重視して行うとよいと言われている。からだの向いている方の前方を注視して行うが、明るい時に太極拳をするのと、目の先の見えるものに視点を定めることができる。しかし、周囲が暗いとその目を据えるももがはっきりしない。そうすると、特に片足立ちになるときに、からだのふらつきがでやすくなる。明るいときと暗い場で太極拳をするとき安定性が違う。暗いときはやりにくい時がある。これはまだまだ未熟な証拠だろう。自分の身体に意識を集中するために、視覚情報を遮って太極拳をするのもよいだろう。

一度、アイマスクをしてやって太極拳をしてみると、からだの動きを視覚情報に頼らず、からだのバランス感覚に集中を専念してみるのもいいだろう。太極拳は四方にからだを向けて動作をするが、便宜上基本姿勢をとった方向を南として、東に向き、180度返り、前に進み45度から60度方位をかえたり、方位を変えながら先進や後退しする。そうすると、アイマスクをして太極拳をすると、その方位がずれてしまうことがないように、自分のからだの向きを常に意識する必要がある。それにより、自分の体の感覚を研ぎすますこにもなるのではないかと思う。

まずは、目をつぶって足踏みを30回する、30回足踏みをしたら、目を開けて足踏みを始めた所と同じ場所にいるのか、どれだけすれどれだけ向きが違うのか。
この、テストでは人によって違うが、かなり動いてしまう人や向きが回転してしまう人もある。人によっては1メートル以上動く人もいるので、安全な広い場ですることが大切です。

朝のウオーキングで思ったこと

早朝のウオーキングをしているが、早朝にも関わらず、私以外にも他に多くの人が歩いている。
そこで、その人たちの歩いている歩き方をみてみると、なかに気になる歩き方をしている人もいる。

次の観点で歩き方を観察してみたら、その人の歩行において歩き方がぎこちないのはどこからくるのかと想像してみた。

まず一般的な歩き方観察として、運動の対象性がとれていない、足の運びの運動の円滑性でない、腕の振りがなかったり不自然なところがある。歩いているときに体幹に傾きがある、歩いているとき身体が波打つように上下運動をする。
次に、かな点を観察すると専門的になってくる。それは次のような点でになる。身体の軸が歪んで頭部や肩の位置がずれている。骨盤が傾いている。股関節・膝関節や足関節の動きの可動域が過伸展や逆に拘縮している。歩いているとき足の運びを見ていると、立脚期や遊脚期の足部の状態が左右に差がある。これらを観察しているてみると。

なんんか酔っぱらったような歩き方。歩幅が小刻みな歩き方。足を引きずって歩く。何かはずみをつけて歩いているような歩き方。足を分廻して歩く。歩いているとき膝をあげて足先から地面につく歩き方。逆に踵を打ち付けた歩き方。お知りをフリフリして歩く。歩くとき遊脚足が身体の正中線を越えている歩き方。
歩き方を観察するには、例記したような歩き方があるが、早朝歩いている人には、これらが顕著に表れて歩いている人はいないが。よく観察すると少なからずこの傾向が見られる人が何人かいる。

しかし、そのような人の中で、夫婦と思われる人が一組いてその連れ添いの一人が、若干分廻し傾向があり身体が揺れ歩く人がいるが、だんだんとその動き方が改善されているのを感じる。毎日リハビリがてらに早朝のウオーキングをしているのでしょう。

太極拳の階梯の心がけ

ものごとを始めて早く何かの結果を出したいと言うのは世の常です。特の世の中の流れが速くなった現代は、物によっては1分1秒の差が結果を大きく左右する時代になってきしまている。
経済活動などでは相手を抜きんでることにより優位に立とうとする。しかしそれがスポーツや芸術や学術などでもそれが求められてきている。
このことは布いては事を急いでしまい基礎を疎かにしてしまう恐れに陥ることになれば、それは本末顛倒といえるだろう。

太極拳総合教程と言う本の太極拳の練習階梯 盤画子の習い方に次のようにある。
 習い初めの時は、毎日一手或いはニ手だけ学習すれば十分である。多すぎてはならない。多いと姿勢が不正確になり、また安易な横道に入りやすく、太極拳の正しい意義を失うことがある。 と。
早く上達しようと欲張って練習することを戒めている。
焦って多くを学び練習したり、力を用いることも避けるべきでだとある。それは、「速ならずして速さを求めれば則ち気を傷つけ、力無くして力に努めれば則ち血を傷つける」しすて拙速・速成に多くを求め練習をすれば、気と血を傷つけ躰を危うくするという。

盤架というのは太極拳をゆっくり、丁寧に練習することでだが、習い始めて直ぐに全套路を繰り返しても効果はそれほどなく、逆に無用な癖がついてしまったりする。

太極拳の練習を始めるのに先ずは、起勢の前に予備勢をして始める。それは、単に姿勢だけでなく、両脚を揃えて姿勢を正し立、舌先を上顎につけ、唇と歯を互いに合わせ、鼻で呼吸する。体を中正にし、胸を含み背を抜き、肩を沈め肘を垂らし、頭は正しく頂上に懸げ、尾閭を収める。つまり、口は唇を軽くとじ、胸を張ったりお尻を後ろに突き出したりしない。頭と体幹と下肢は一致させ、足は足裏で左右均等にたち虚実を分ける。
とある。

そして動きは、常に円満な動きを心がけ、ムラのない動きをで軽やかにする。太極拳に限らないが、視線は重要です手の前方をみる、手は動く方向を先導するのでが、視線や手の動きより身体が先に行われてはいけない。初心者はよく陥りやすいので気をつけないといけない。

呼吸はとくに意識をするひつようはなく自然にする。正しく套路が行なわれれば自然と呼吸は正しく行なわれるという。
総合教程に次のようにある「上下左右を互いに繋げ、陰陽剛柔を明白に分ける。心を澄ませ神を斂める。無思無慮となり、気を沈め力を鬆めることにも気を配る。なぜなら、気を沈めれば、呼吸が調和し、力を鬆めれば拙力が消えるからである。」

まずは、姿勢を伸びやかにして、少しも無理をなくすと、胸郭は自然tの開展し、血気が調和して階梯の盤画子が上手くいくと言う。

焦らずぼちゞゞと一歩々々することが、大切でそれがとどのつまりははやみちになるのだろう。

太極拳と坐禅と修行 続編

白隠禅師が寝食押さえて坐禅に励んだところ、禅病になったのは、無理な修行のしすぎだったと書いたが、夜船閑話に心火逆上、肺金焦枯、拳措恐怖多し、心神困倦し、寐寤しなどと書かれていることから、医師の高山峻氏は、大法輪閣からだされている「白隠禅師夜船閑話」(この本で著者の紹介はなく、出版は昭和18年となっている)で、白隠禅師の禅病を次のように分析している。種々の境界を見る、両腋に汗を生ず、両眼常に涙を帯ぶ、などから神経衰弱とみている。また、肺結核を患うと神経衰弱を随伴するので、白隠の肺金焦枯の症状から呼吸器に異常があったとみて、結核により神経衰弱を併発しているとみている。

昨日、白隠禅師は坐禅のし過ぎで、禅病にかかり内観法で克服したと書いたが、白隠禅師は江戸時代の当時、結核は不治の病とされたものを、内観の法により肺結核をも克服している。

太極拳は動く坐禅で動禅と言う人もいるが、太極拳は内観法を内蔵しているということを聞いたことがる。
太極拳は「真綿に鉄弾を含むが如し」のようにしなければならないと言う。これは、外面的には綿のように柔らかく、内気は鋼鉄のように堅固であれということとされている。
具体的には、太極拳は、ゆったりとした動きで自然に呼吸し、気をおさめ神を凝らし、不用意な過度の力を用いずに、柔和を主としなければならない。そうすれば、呼吸が和順となり、精・気・神と内力が十分にみなぎってくるそうすると、筋骨は伸びやかになり、呼吸も自然と深く長くなり精神を奮発させるという。

つまり、話はもとにもどるが、身体運動を正しくしていれば、自ずと身心を鍛錬し、精神を奮い起こすことになり、運動していれば「流水は腐らず」と言うように身体は健康になる。錆のついた鉄の道具も使っていれば錆がいつのまにか消え光ってくるようなものなのでしょう。
ことわざに「健全な精神は、健康な身体に宿る』と言い、学校で体育やスポーツが重視されてなされているが、昨今のスポーツ界の出来事はいささか怪しいものです。また、いまはこの諺は身体障碍者は健全な精神は育まれないのかと差別につながるとして使われなくなているが、まさに白隠禅師が禅病と結核を克服したことは、内観法と坐禅によって精神修養に勉めた結果であり、むしろ「健全な精神があって初めて健康な肉体になる」というべきだと考える。

太極拳と坐禅と修行

スポーツと武術の違いは何か、武術もスポーツも身体運動の一つであることには変わりない。スポーツは競技であり、点数を取相手に勝ことが一番のもくてきだが、武術について書いてある書物を読むと、これを以て心身を鍛練し、精神を奮い起こすと書いてある。また、人は身体を動かすことは、流水腐らず、使う鉄は錆びずのように、身体を動かさないと人の身体機能は落ちてしまうといわれている。しかし、過ぎたるは及ばざるがごとしで、筋力を鍛えすぎてもいけない。

太極拳は「真綿に鉄弾を含むが如し」とよく言われるが、皮肉は綿のように柔らかく、内気は鋼鉄のように堅固でれということです。だが、柔軟を求めすぎて、気力が萎えてしまってはよくない。
太極拳の基本の特徴は初めから終わりまで同じようにゆったりとした動きで自然に呼吸し、気を斂め神を凝らして、過度の力を用いずに優しく穏やかにすべしとしている。これは、精・気・神と内勁を充分みなぎらせるので、心身内外とも気力を萎えてしまうようになってはいけない。
太極拳総合教程に次のようにある。
「夫れ、慢(=緩慢)にして後、能く柔たり。匀(=均)にして後、能く和たり」という。この柔和となりて、初めて筋骨は伸びやかになり、気血が調和する。呼吸もこれによって深く長いものになり、精神を奮発させるのである。」

これをおこなううえでの要諦は次のことだと思う、よく太極拳の練習は常に正しい姿勢を要求する、拙力を用いてはならないとする。心中は泰然とし天道と一体となり、無念無想を目ざせという。
そして、太極拳の練習は全身をゆったりとさせ心は何事にもとらわれない気持ちでする。また、疲れる前にやめてよい、練習の長さはその人の熟練度とそのときの状態できめる。

無理に練習をするなら、弊害が生じやすいという。
意気を上昇させ過ぎると脳充血、神経錯乱の患いが生じ。意気を中間に隔てた時は胃病、心臓病の患いとなり、意気を沈め過ぎると痔疾、脱腸の患いが生じる。と、太極拳総合教程に書いてある。

これの部分を読んでいたら、白隠禅師の「夜船閑話」を思い出した。
白隠禅師は悟りを開いたとして、恰悦踏舞しさらに侵食ともに廃せんとして修行に勤しんだら、「心火逆上し肺金焦枯して、双足氷雪の底に浸すが如く、両耳渓声の間を行くが如し、肝膽常に怯弱にして、拳措恐怖多く、心神困捲し、寐寤種々の境界を見る」ことになり禅病になった症状を夜船閑話に書いている。
白隠禅師はいろいろ医師に診てもらい薬石を試したが効果がなかった。白川の邑に住まいす白幽仙人に内観の功を授かり全治したとうい。
白幽仙人は白隠を診て「坐禅修行の度がす過ぎた結果だと、それで重症になりにくく治りにくい、坐禅観法の病なので内観の法によって直すしかない」と言った。

このことは、太極拳はもちろんのこと、あらゆる武術はもちろん、スポーツなどの練習鍛練は、よき指導者のものその人の身体に合った方法とペースでやらないと、健康になるためや身体を鍛えるために、しているはずが逆に身体を壊してしまうことになることを示している。
いまオリンピックだのパラリンピックだの、健康のためだのと、身体を動かして鍛練することがよいことだと言われているが、バカすんなよと五歳のチコちゃんに叱られないようにしたいと思う。

太極拳の教程書を読んでいて

私は、太極拳の学習会は、日本武術太極拳協会の先生が指導してくれたが、毎回練習に入る前に歩行練習をしていた。この歩行の練習は、左右野馬分鬣や左右ロウ《手偏+婁》拗歩を手の動作を付けずにしたり、手の動作を付けたりをまず初めに充分にしてから練習に入っていた。その時は深く考えずにしえいたが、「太極拳総合教程」の本を読んでいると、次のように書かていた。

太極拳の練習階梯
架子の種別 《わたし注記》
現在、太極拳を学習する者は   中略   練習はわずか三、四箇月で「すでに門径を得たり」などという。
先人たちが初歩の段階では、まず馬歩站椿、川歩站椿《手揮琵琶》などを練り、これを基本功夫としたことを知らないのである。これをかなりの間練ってから初めて十三勢拳式に入った。しかも、一勢一式の練習ででさえ二、三箇月かけた。どの技どの構えも完全に習熟し応用できるようになってから、初めてこれに合わせて太極拳の全套(=体型)としたのである。  以下略

現在、世の中の時代の流れや、何でも便利になり則結果を求められる時代になってきて、習う人もせっかちになり地道にコツコツとすることに耐え堪えることができにくくなってきているようです。同じことは伝統工芸や手作業による工業技術などでも、師匠と弟子の関係の技術伝承は時代遅れと言う人もいる。
この太極拳の練習階梯 架子の種別にかかれている、このことは合わなくなってきているかも知れないが、基本は大切にしないといけないということです。基本は大切にしていきたいと思います。

このことは、太極拳にかかわらず他のすべてに対しても言えることでしょう。

人間の感覚

ポーランドのアンジェイ・ヤキモフスキ監督の『イマジン』と言う映画があるが、視覚障碍者が白杖を使わずに外出することだ出来る講師と一人の目の不自由な女性の物語です。
主人公イアンは口を鳴らしたり口笛を吹いたり指を鳴らしたりしてその反響音で自分の位置を知り街を自由に歩き回る。
まるで、コウモリが暗い夜や洞窟の中で蛾などの餌を獲るかのように、街を歩き回るのです。

人間は情報の8割が視覚情報といわれている。しかし、視覚障碍者はそれが無いのです。では他の情報を感じる手段としては、音と皮膚感覚しかないです。

人間が見ることができるのは赤から紫の色の波長だけしか見えないように、音も一定の音の領域しか聞こえないが、コウモリが夜自由に飛びまわり虫を捕らえることができるのは、人間が聞こえる以外の音域を聞き取ることができ、また音質も聞き分けられるのでしょう。色には明度と色相と彩度がありそれが組み合わさった色調(トーン)というものがあります。音にも同じようなものがありそれを巧みにコウモリは情報しょりできるのでしょう。
音音痴の私にはあまりよく解らないが、音色や音程やトーン等があり、主人このイアンは特にそれらを聞き分けることに秀でているのでしょう。
コウモリが音波を出し、反響を頼りに自由に飛べるように、口笛や指を鳴らして正確に周囲の状況を把握し反響定位歩行ができるのでしょう。

コウモリが人間が音情報として得られる物以上の情報を得られるのは不思議のように感じるが。コンピュータセンサーで音を様々なフィルターにかけて分析処理すると、多くの情報をお得られるといいます。
衛星の搭載した高感度カメラで地球を撮影し、赤外線処理などでさまざまな分析をすると、その地形がどのようになっているか、実際に現地に行くより詳しくわかるといいます。それとことが、コウモリは音により感じ取り分析ができるのでしょう。

イアンが口笛や指を鳴らしたりしてその反響音で自分の位置を特定して目的物がどこにあるかを見つけ出すことは、まるでコウモリのようです。ホモサピエンスである人間が、誕生したころはまだそのような感覚をたくさんもっていたが。だんだんと進化するとともにそして農耕文化を発展させるとともに、それらの素晴らしい感覚を使わなくなり忘れてしまってのでしょうか。

太極拳の練習と日常の生活

太極拳の練習をするのに、
動きが緩やかで呼吸が自然で無理に力を入れずに精気神を鍛練して心身を一つにする
身体に適合し鍛練すること、時間に余裕を持ちよい環境でおこなう
心を静め気を和らげてすること
そしてよき指導者に学ぶことの四つが大事たと指摘している

また、天台小止観では
持戒清浄 心身の清浄に勉めよ
衣食具足 衣食の準備をしておく
閑居静処 落ち着ける静かなところで行なう
息諸縁務 雑務から解放されるように努める
得善知識 よき指導者を選べ

ものごとはなんでもそうだと思うが、特に心の修行をするにはこのことが一番たいせつです。

しかし、そればかりにとらわれていると、実社会では過ごすことができないのはあたりまえといえる。

維摩経では、釈迦が維摩の見舞いに行くように、10大弟子に頼むが、弟子たちはことごとく固辞します。
それは、この太極拳の練習をする時の心構えや、坐禅の心構えばかりに固執していたら意味がない、実際の社会の中で役に立たせることことができる方法でなければならないと同じでしょう。
一大弟子の舎利弗に「坐禅というのは俗世間のなかにあって、身とこころを現わさないこのです。修行を捨てず俗事をするのが坐禅だ」言い。
二大弟子の木蓮には「在家の人に聖者やの道を説くのは間違っていないか、有りのままの姿を説きその立場に立つことが仏教だ」
三大弟子の大迦葉には「乞食行は平等に世界に立脚し、自然のままに実践すべきで、智慧によってものごとに接し、現象は幻だと知ることです」
のように、維摩を見舞いに行くと言う釈迦の頼みを弟子たちは断ります。維摩は仏教の教えや修行は、その形だけより中身が大切で、現実の世界に生きている者のためにあるのだと言います。

スポーツ選手などはそのスポーツを窮めるためにその競技をしてる時だけに焦点をあて、日常の生活の中にそのスポーツが活きていず、逆にそのスポーツ障害を患ってしまう人が多いです。

太極拳に限らず、中国や日本などの武術は心身の鍛練をするのだと言います。太極拳もただ、太極拳の套路をしているときだけでなく、日常生活のなかにもそれが活きていかないといけないのでしょう。



太極拳について

私は毎朝おきてから、練功の前段をして、(本当は後段と、続集益気功もしたいのだが)歩いて20分程の公園で簡化二十四式太極拳をして家にもの戻っている。

二十四式太極拳は、共産党が国民党との争いに勝ち中国を解放し、毛沢東が中華人民共和国の樹立を宣言し、戦争で荒廃した国を建てなおすためには、国民が健康が重要だとして、毛沢東が日本のラジオ体操のように中国人民が簡単にだれでもできる健康体操を作れないかと思い。中国に多くある古来の武術のなかから太極拳の各流派に、国民がだれでもできる健康体操を考えさせて作らせたものだという。

日本のラジオ体操と違う点は、ラジオ体操は日本の古来の伝統武術にもある、心身を一致させる点を大切なものとして取り入れなかった。NHKのテレビテキストのまる得マガジンに、「これが正しいラジオ体操」と言うテキストがあるが、そこには、身体の動かし方には詳しくふれているが、心とからだについての事は書かれていない。
しかし、太極拳の本を読んでみると、まるで坐禅の教本のように、心と身体の合う致つについてや呼吸のことについても書かれてる。簡化二十四式太極拳にも、その点を重要なものと位置付けたている。

「太極拳総合教程」と言う本があるがこの本は、中国が国民党と共産党の合作により日本の占領に抗して解放される直前に出版された本です。その本のページを繰ってみると、中国ではすでに中国の伝統武術の太極拳は、動きが緩やかで呼吸が自然で無理に力を入れずに精気神を鍛練して心身を一つにするとところにが要諦だとしている。そして、身体に適合し鍛練すること、時間に余裕を持ちよい環境でおこなう、心を静め気を和らげてすること、そしてよき指導者に学ぶことの四つが大事たと指摘している。

これらの言葉を読んでいると、坐禅の指南書とされる、智顗天台大師が撰述した「天台小止観」のはじめに、持戒清浄 衣食具足 閑居静処 息諸縁務 得善知識と書かれている。
太極拳に限らずに中国の武術も日本の武術も単に技を磨くだけでなく、それには心身の合致が必要だといわれている。坐ってする座禅を静禅といい、太極拳を動禅ともいうそうです。

「太極拳総合教程」を読んでいると、「十三勢行功心解」と言う言葉がでてきた。
十三勢行功心解とは。
・心を以て気を行らせ、務めて沈着ならしめば、収斂して骨に入る。気を以て身を運び、務めて順逐ならしめば、乃ち能く利を便にし心に従う
・全身の意は精神に在りて気に在らず。気に在れば則ち滞る。有気ならば則ち無力、無気ならば則ち純剛なり
・意気は須らく換えるに霊を得れば、乃ち円滑の趣有り
・行気は九曲の珠の如く、往きて利ならざるは無し
・気は直を以て養う、而して害無し
・心は令と無し、気は旗と為す
・腹ゆるめ気沈め骨に入るべし
・牽動往来、気は背に貼るべし
・気は身躯に遍くして少しも滞らず
・腹内は鬆浄にして気は謄然たり
・意気は君来るがごとく骨肉は臣なり
・意気等しく来れば骨肉は沈む

これらについてはこれからゆっくりとこの本を読み進めていこうと思う。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

記事の整理棚
禅 (2)
最新の30の記事
月別の過去の記事
11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   09   08  
単語による記事検索
竹林の過去の戯言のタイトル

過去の記事タイトルを100件づつ表示します

記事へのコメント
  • 安倍首相の愛国心とは
    本当に教員? (09/10)
    興味ある内容なので拝読したが「教育勅語」を親孝行等の道徳ではなく戦争に洗脳させるためだとか思い違いも甚だしい。
    貴方が現役の教員であれば授業中が退屈で眠気が襲っ
  • トランプは白人至上主義者か
    アジシオ次郎 (08/07)
    おはようございます。

    アメリカにおいてまた立て続けに銃乱射事件が起こったけど、テキサス州・エルパソでのケースは容疑者がヒスパニック系に対する憎悪感丸出しの書き
  • 商業捕鯨に思う
    竹林泉水 (07/11)
    調査捕鯨のための捕鯨業者への補助金は、毎年数十億だときくが、商業捕鯨になればそれはカットされるのだろうか。商業捕鯨で補助金を政府がだしていたら、反捕鯨団体はどう
  • 商業捕鯨に思う
    アジシオ次郎 (07/08)
    おはようございます。

    IWC(国際捕鯨委員会)を脱退して今月から商業捕鯨を再開した日本、組織として機能していないIWCへの反発から脱退して商業捕鯨再開に至った
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    竹林泉水 (07/05)
    菅官官房長官は徴用工問題に対する報復ではないとの趣旨の発言をしている。
    しかし、誰が見ても徴用工に対するもににしかみえない。
    それを白々しくそうではないといい、よ
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    アジシオ次郎 (07/05)
    おはようございます。

    韓国への半導体輸出規制という措置に踏み切った日本、でも韓国が徴用工問題を蒸し返すという日韓請求権協定に反する行為をしたことで、その見返り
  • 日本の報道の自由
    竹林泉水 (06/17)
    コメントありがとうございます
    まったくそう思います。
    民放は広告収入元のスポンサーからの収入があるので、その顔色を見るからしょうがないにしても、政権の顔色を見る必
  • 日本の報道の自由
    風と雲 (06/10)
    政権に不都合なことは隠す、曖昧にする、知らしめない。これは政権が世論を最も恐れっるからだ。現政権は硬軟取り混ぜた巧みなメディア操作と中身の無いパフォーマンスが功
  • 日本の報道の自由
    アジシオ次郎 (06/10)
    おはようございます。

    こういう指摘についてすぐに「内政干渉だ!」って反論も出てくるけど、日本の報道の自由度というか報道が健全かという点において先進国において❝
  • 記事へのトラックバック
    ブロとも一覧

    うたのすけ

    山下道場

    荒野鷹虎

    海空居士

    紀瀬美香

    marihime

    お父さんの旅

    キラベル

    silver camellia

    kbrkのつぶやき

    魚京童!

    俊樹

    アジシオ次郎

    ほんわか?絵日記

    吾輩と旅と副業

    Chronos Moon

    ざっくり読書感想文

    Taiwa Sato

    びとら

    Resale Japan

    QWERT 5w1h

    (o ̄∇ ̄o)♪

    HIROGACHAN+

    しんのすけたろ

    勝ち組の日経225

    ハセッチブログ

    五月雨 時雨

    諭吉

    さくらさくら1

    不思議な不正義2
    ブロとも 申請フォーム

    竹林乃方丈庵のブロとも申請はこちらからです。

    Webページへのリンク
    Powered By FC2ブログ

    今すぐブログを作ろう!

    Powered By FC2ブログ

    更新履歴
    今日の暦と天気

    日めくりカレンダの説明

    ■2016年旧暦 日月の出入■

    10 | 2019/11 | 12
    -----12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930

    ★☆今宵の夜空☆★

    NHKらじる★らじる
    大阪東京第2FM大阪
    何の日



    ご訪問ありがとうございます
    竹林泉水のTwitter
    FC2掲示板
    [ブログ記事へのコメント 掲示板のレス 感想など]
    ■□FC2のブログ□■
    _/_/_/竹林乃方丈庵を_/_/_/
    _/_/_/ リンクに追加 _/_/_/
    □■□■徒然諸諸■□■□ □■□■心の時代■□■□ □■□■息身心/健康■□■□ ----- □■□■厚生福祉■□■□ □■□■その他■□■□
    □■FC2以外のブログ■□
    諸諸 徒然 「身・息・心」 こころの時代
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR