竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

西遊記と謡曲「大般若」

謡曲の「大般若」というのがある。

この謡曲、三蔵法師が、流砂河を通る時の話です。西遊記の話では、第二十二回に流砂河を渡る話がでてきます。そして、沙悟浄を弟子にするのもこの回です。すでに、孫悟空、緒八戒、白馬は弟子になっています。
「西遊記」では、沙悟浄は、もと、霊霄殿の捲簾大将だったが、玻璃の盃を落として壊したために、流砂河に流された。その地で通る旅人を喰らい過ごしていた。沙悟浄は、今まで取経僧を七人(一説に九人)を喰らって、その髑髏を河に投げ込むが沈まず浮いてくるので、髑髏に紐を通し首に掛けていました。
そこに取経僧を助ける者を探している観音菩薩があらわれ「天竺に取経をもとめる唐僧の弟子になり、無事に取経が完遂できれば、元の職に戻れる」と沙悟浄につたえる。
取経の旅をしてりう三蔵法師が通りかかり弟子になります。

私のもっている謡の本には「大般若」は載っていませんが、内容は次のようなものです。

唐の僧玄奘が、大般若経を伝来しようと、天竺へ向かう途中、西域の流砂河に通りかっかると、一人の男が現れて語る。
この河は千尋の難所であり、その向こうに見える高山は葱嶺で険しく、超えることは困難でできないであろう。男はさらにこの河の主は深沙大王といい、姿かたちは恐ろしい怪物だが、仏法を敬っていると語る。実は三蔵は前世でも七度、大般若経を得ようと志していたがいずれも、この流砂河で命を落としてきたと語る。
実は自分こそがその深沙であり、以前は志を試すために旅人の命を奪ってきたが、今度こそ取経を成し遂げさせようと言って姿を消す。
その夜、三蔵のもとに菩薩が現れて舞楽を奏す。三蔵を拝すると大般若経の笈を背負った深沙大王が現れる。笈を開いて三蔵とともに大般若経を読み上げ、この経の守護神になろうと約束する。三蔵は喜び笈を背負って流砂に向かうと河は二つに割れ、三蔵は河を渡ることができ深沙大王は見送る。


ワキ(三蔵)「流沙葱嶺の謂は承りぬ。扨々身はいかなる人ぞ。(*葱嶺はパミール高原)
シテ「今は何をか包むべき。我此川に住んで年久しき、
真蛇大王とは、我事なり。汝の前世七度迄、障をなし〃も我ぞかし。疑ふべからず疑ひの、

地「深沙(真蛇)神力の感応、般若の御経与ふべしと、夕波の川づらを、瑠璃の面を走るが如くに、さら/\と向ひに渡りて、三蔵よ待ち給へと、云ひ捨て姿は失せにけり、
地「落ち来る両端に雲水うづまき、山河大地も六種に震動し、自然の洞の岩戸の内より、般若の御経を胆頭に背負い、深沙の御姿顕れるたり。
シテ「すは/\汝が所願の御経、
地「/\今こそ汝に与へんとて、懸けたる笈を、汀におろし、扨彼の笈の上段を開き般若の初白の諸軸を押取り、三蔵に与へ、我も岩ほの上に上りて御経を開き。
ワキシテ「大般若波羅密多経第一、三蔵法師玄蔵訳と、
地「高らかに読み上げた給へば、悪事悪魔は万里に退き、十方世界の渡天の来現、吉事は日夜に限りなし。扨こそ汝が所願も叶ひぬるよと、又此経を押取って、笈の上段に納め給い、早々汝も下向して、四方に御経をひろめ給はば、我法身の姿を現じ、此の経の守護神たるべし。頼もしく思ふべし。
ワキ「三蔵御経の笈を負い、/\、真蛇を礼し奉り、流沙の波を平沙と渡り向ひに行けば、
シテ「真蛇も巌の上に立ちて、
地「留るぞ玄蔵/\よばわり給えば、三蔵も帰り、名残の御暇川越に申し、真蛇も千尋の淵に臨み、/\、姿は泥犂に入りにけり。

この曲は、ながらく廃曲になっていたが、昭和58年に梅若記彰らによって復曲されたものです。

それはともかく、「西遊記」や、そのもととなる史実の「大唐西域記」などの話とはだいぶ違います。西遊記や史実では玄 は、天竺まで行き、経mを持ち帰っています。「西遊記」では、三蔵が流沙河につくと、妖怪があらわれ三蔵をさらおうとし、そこで何合りもの戦いになります。この謡曲の「大般若」では、流沙河につき流沙の幅の広さと、葱嶺の険しさに途方に暮れていると、真蛇大王があらわれもう取経僧を食べない、大般若波羅密多経を与えると名乗りでます。そして、三蔵は天竺まで行かずに、ここ流沙河で引き返し唐に帰ったことになります。また、三蔵は、ここで「大般若波羅密多経」を中国語の訳したとなっていますが、史実は唐に帰り訳したとされています。


それはともかく、「西遊記」を読むときシルクロードの風土と「大唐西域記」などを読み比べて読んでいくと、単にストーリーの荒唐無稽さだけでなく、別の面白さを見つけられそうです。

須菩提祖師に教わった、道術の要諦

次の句は、西遊記の第二回の中にでてくる、孫悟空が須菩提祖師に教わった、道術の要諦です。

顕教と密教に通暁するは真の妙訣 生命の道を修むるにほかの説なし。
すべてこれ精と気と神の三つなり 謹みて堅く牢蔵し漏泄するなかれ。
漏泄するなかれ体内にこそ蔵せよ 汝わが教えを受け自ずから昌えん。
この口訣を記えなば多く益あらん 邪と欲とを除きされば清涼を得ん。
清涼を得たれば光は皎く清らにて 丹台にて明月を賞ずるに好からん。
月は玉兎を蔵し日は金烏をば蔵す 自ずから亀蛇生じ互いに絡みあう。
互いに絡みあえば生命は堅くなり 却て火中に金蓮を種うること能う。
五行をみな簇め顛倒して用いなば 功完るやただちに仏と仙にならん。


はじめの、顕教と密教に通暁とは、仏教の密教と他の宗派の教えのことでなく、私は道教の気功法のことと思います。
次の、牢蔵し漏泄するなかれ。漏泄するなかれ体内にこそ蔵せよ。は還精補脳のことで、閨房のなかでの過ごし方で、漏らしてしまわずに、脊髄に環流させ脳髄を補うこと。
これらを堅く守り行えば、清らかになりなるとかかれています。この後も、道教の教えのことについて、述べられているのですが、私には今一つ難しすぎてわかりません。
五行をみな簇め顛倒して用いなば は、五行思想のこと、仏教のこと、玄奘と三人の弟子と白馬の三人のこととも言われています。そうしてみると。最後に書かれている、功完るやただちに仏と仙にならん。は、取経の旅は完遂され、無事に大唐に経を持ち帰ることができ。そして玄奘は栴檀功徳仏、悟空は闘戦勝仏 悟能は浄檀使者 悟浄はケン簾大勝に、白馬は八部天龍馬になったこることを暗示しているのでしょう。

徳高く隆なれば魔障また高く

「西遊記」を読むと、玄奘三蔵法師と三人の弟子、孫悟空、緒八戒、沙五悟浄それと、白馬が出てきます。

玄奘三蔵法師は、実存の人物ですがテレビなどでのドラマでは、弱々しい僧として描かれ、男ですが女優の人がなることが多いようです。人物としては、うぶで正直者で嘘を知らない者に描かれています。

孫悟空 は、三蔵法師に遭い仏門に帰依する前は、展開を荒らした自分勝手な暴れ者でした。しかし、三蔵法師のともをして天竺に経を取りにいくため、妖怪をみぬき正道を貫き師を助けます。
緒八戒 も三蔵法師に遭う前は無法者でしたが、経取りの供をすることになります。しかし欲深さを捨てきれず無祖ぼり、自分の損得には計算高く、兄弟子の足を引っ張り、三蔵を唆し妖怪退治の邪魔をしてしまいます。
沙悟浄 もつみあって流沙河に流されていたが、三蔵法師の経取りの供をすることになります。
白馬竜馬 

そのような一行の経取りの話で、度々妖怪が高潔高清な三蔵法師を食べようとしてきます。

そんな話の第四十回の話に出てくる詩です

枯松澗火雲洞の聖嬰王が一行を騙して、三蔵を連れ去ろうとしているところです。

道徳の高いところは魔物にも住みよい
禅の心は静だけど静は妖をも生み出す
心君悟空は真正直道のまん中歩きます
木母八戒愚か者外れた道をよったよた
沈黙の意馬は意外にむっつりすけべい
無言の黄婆つらいことひとりであせる
妖怪だけはねらいが当たりほくそ笑む
それでも畢竟つまるとこ正義が勝つよ
         (岩波文庫 西遊記 四)


この詩を読んでいて、はじめの二句は、世の中のあるようすを言っています。
世の中が平和に穏やかに収まって、人々のこころも悪いことを考えなくなると、厳しい法律などは必要でなくなってきます。しかし、そのようなところにはおうおうにして邪な思いを抱く人がでてくるものです。
禅の修行から得られた無我の境地は心静かだが、油断をして修養を怠ると邪な重いが芽生えてくるものです。
次の四句は、弟子三人と白馬のことを言っています。
悟空は、一目みるなり妖怪なりの怪しいことを見抜き、悪を退治しようとする。
八戒は、見た目に騙され道をはずれてしまい悟空の邪魔をしてしまう。
白馬は、むっつりすけべい。悟浄は、あまり語らず己を出さす、一人憂いて心配する。
次の一句は、それにつけ込む妖怪、そのような四人の足並みの乱れをほくそ笑むようになる
最後の一句は、さまざまな経緯があっても最後には正義が勝ち、邪なものは消えてしまう。

現実の世界でも、悪はいずれ滅びる 驕る平家久しからず ということでしょう。

法はもともと心より生ず さればやはり心より滅ぶ

法はもともと心より生ず
さればやはり心より滅ぶ
生と滅は誰によりうもか
君に請う自ら弁別せよと
すべて己が心の故なれば
何ぞ別人の説を用いんや
ただ須らく苦功をくだし
鉄中の血を絞り出すべし
紐縄をば鼻につけて穿ち
挽き定め虚空に結ばんか
無為の樹につなぎとめて
自らを顛倒せざるべくす
賊を認めて子となす莫れ
心と法のすべてを忘れよ
他をして我を瞞しむるな
一挙もてまず打ちのめせ
現心は亦た無心におなじ
法を現わせば法また輟む
人と牛の見えさるときは
碧天の光は皎く潔らなり
秋の月はいままさに円く
彼と此とを分別しがたく

「孫悟空」第ニ十回 の冒頭の詩
そこには、三蔵法師(玄奘法師)が『多心経(摩訶般若波羅蜜多心経=般若心経)』を会得して、門戸を開いたあと偈を唱えたものとされています。

この偈のはじめのことば、「法はもともと心より生ず さればやはり心より滅ぶ」法とは仏の教えのことで、そもそも仏の教えとは、その人の心の中にあるもので、心に煩悩があったり、修養ができていなかったら、仏法事態も意味のないものだと解せばよいのでしょうか。


ところで最近、企業の倫理にたがうことをしていたことが、次々あかるみになりました。

食品の虚偽表示や金融機関の不法融資もそうでしょう、電力会社の事故隠し・隠避絵や鉄道会社の杜撰な安全管理もそうでしょう。

特に食品の偽装などは、これくらいいいかと思い込んでしまう。消費者もこれくらいいいのではと思ってしまうものもるようです。ただ、この偽装はコストの関わる問題から等派生しているので。これくらいはいいのではだけではすまされない問題でしょう。その上、法治国家は法律でこの問題を捉えなくてはならないでしょ。
何も企業や商売の倫理や道徳だけでなく、私たちの日常の生活においても、これらのことは残念なことに当たり前のようにあります。

特に政治の世界などは、昔から閣僚や政治家の発言は、その裏の裏まで見抜かないといけない。玉虫色の発言なのでいかようにも解釈できると言われてきています.
発言する政治家のもともと持っている心は何かをしっかりと見抜いて、その発言の真意は何かを受け取っていきたいと思います。

仏は即ち心にして心は即ち仏なり

仏は即ち心にして心は即ち仏なり
心と仏はむかしから共に物を要む
もし無物は無心でもありと知らば
すなわち是れ真如たる法身仏なり
法身仏には模様など一切ありえず
一顆の円光が万象をばつつむのみ
無体の体こそ即ちもことの体なり
無相の相こそ即ちまことの相なり
色に非ず空に非ずまた不空に非ず
来たらず向かわずまた回向もせず
異なるなく同じきなく有無もなく
捨て難く取り難くまた聴望し難く
内外の霊光は到るところ同じなり
一つの仏国は一粒の砂の中に在り
一粒の砂は三千大千世界をば含み
一個の身心は万の法と同じゅうす
之を知るには須く無心の訣を会り
染らず滞らずして浄業を為すべし
善悪の千端に為すところ無くんば
便ちkれ南無釈迦葉にほかならず


これは、「西遊記」の第十回めの話の冒頭の詩です。

三蔵法師が大東の端に来て、いよいよ
韃靼の領土に入りります。
そして、いよいよ孫悟空を弟子にし取経の旅にでかけます。しかしして、虎や追い剥ぎにあい孫悟空は尽くそれらを懲らしめ殺してしまいます。三蔵法師は孫悟空の乱暴を咎めると、孫悟空はへそを曲げて東海の龍王のところまで行ってしまいます。三蔵法師のもとに戻ってきた孫悟空は頭に金箍をはめられてしまいます。

孫悟空は綺麗事だけではことはうまく行かない、たとえそれが乱暴であっても現実をみないといけないいいますが、三蔵法師は「出家人は、たとえ死んでも暴力はふるわない。、かりに死んでも私ひとりだが、おまえは六人も殺した」と、仏道の大切さを貫きます。
そんな孫悟空に観音は、三蔵法師に金箍を渡し孫悟空の頭にはめるよういい、「定心真言」「緊箍児呪」の呪文を教えます。

さてや、金箍をはめられた孫悟空と三蔵法師の旅はつづきます。


それとは別に、最初に紹介した詩でが、これを読んでいると白隠禅師の坐禅和讃が頭の中に浮かびました。

白隠禅師の坐禅和讃
生本来仏なり 水と氷の如くにて
水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし
衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ
たとえば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり
長者の家の子となりて 貧里に迷うに異ならず
六趣輪廻の因縁は 己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏そえて いつか生死を離るべき
夫れ摩訶衍の禅定は 称歎するに余りあり
布施や持戒の諸波羅蜜 念仏懺悔修行等
そのしな多き諸善行 皆この中に帰するなり
一座の功をなす人も 積し無量の罪ほろぶ
悪趣何処にありぬべき 浄土即ち遠からず
かたじけなくもこの法を 一たび耳にふるる時
讃歎随喜する人は 福を得る事限りなし
況や自ら回向して 直に自性を証すれば
自性即ち無性にて 既に戯論を離れたり
因果一如の門ひらけ 無二無三の道直し
無相の相を相として 行くも帰るも余所ならず
善無念の念を念として うたうも舞うも法の声
三昧無礙の空ひろく 四智円明の月さえん
この時何をか求むべき 寂滅現前するゆえに
当所即ち蓮華国 この身即ち仏なり

西遊記

百歳の光陰は流水に似て
一生の事業も泡沫に等し
昨日の顔に桃花が咲けど
今日の頭上に雪片が舞う
白蟻の陣は幻の如く崩れ
子規の声しきり頭を回す
古より陰徳は長寿を約す
善は憐み不要これ天の理

これ、「西遊記」の第十一回の冒頭に書かれている詩です。

鴨長明「方丈記」の冒頭に「ゆく河の流は絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし、世の中にある人の栖と、またかくのごとし」。

陶淵明の「桃花源記」には、武陵の漁夫が道に迷って、桃林の奥にある村里に入り込み、そこで、戦乱を避けた民の子孫が、平和な暮らしをしていてる理想の世界で歓待されて帰るが、再び訪ねようとしたが見つけられなかったという話。

南柯の夢の話があります。淳于 が酔って古い槐樹のしたで眠ってしまい、大槐安国の王より、南柯群守に封ぜられ、20年間栄華を極める。夢からさめ槐樹には、白蟻の巣があたという故事。

子規はホトトギスのことで、中国では鳴き声が、[不如帰=帰るにしかず、帰ったほうがいいよ]。と聞こえることからこの名前がついたそうです。

幸若舞の「敦盛」にあ「人間五十年 化天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり げにや一度生を受け 滅せぬものあるべきか ・・・・」

准南子の人間訓に「陰徳あれば必ず陽報あり(人知れず善行を積んだ人には、よい報いが目に見えて現れるが)」と書かれています。

ここではまだ、孫悟空はまだ五行山に閉じこめられ、唐の太宗が取経者を募り、玄奘が名乗りをあげるまえです。

それはともかく、「西遊記」じっくり読んでみると、いろいろと人生訓が随所に散りばめられています。

さて、もう少しすると三蔵法師と弟子の孫悟空が出てきてますます、面白くなってくるでしょう。

南貴瞻部洲 ?

「西遊記」を読んでいくと、釈迦如来にに五行山に孫悟空卯が閉じこめられたあとの、第八話 八回目に東土の取経者をさがすため、観音菩薩が東土に旅立ち、沙悟浄、緒悟能、西海龍王太子、そして孫悟空の順で取経者の弟子を決める話ですが、そのなかに、如来は四大部洲という地域があり、その地の衆生の善悪のあり方述べられています。

その四大部洲というのは「東勝神洲、北倶蘆洲、西牛貨洲、南貴瞻部洲」で、それぞれ次のような違いがあるとされています。
東勝神洲
天を敬い地を崇め 心は爽やか気も平ら
北倶蘆洲
殺生を好むと雖も 糊口を がんため
愚かゆえ情も薄く 悪を踏むは少なし
西牛貨洲
貪らずして殺さず 気を養い霊に潜む
上真おらずと雖も 人みな固より長寿
南貴瞻部洲
淫を貪り禍を楽み 殺し争い共に多し
まさに口舌の凶場 是非の悪海ならん

そして、この衆生をすくうのは三蔵の真経をもって救うことができると如来はのべられています。そうして、観音菩薩に取経者を探しに行かすとともに、それに随行する弟子たちも決めてこさせます。
三蔵の真経とは、経蔵 律蔵 論蔵の仏教聖典のことで、これに精通した法師を三蔵法師といい、また、それを取りにいく者も三蔵法師と言うようになったそうです。唐の玄奘法師を西遊記のなかで三蔵法師と呼ばれるのはそこからきているそうです。

ものがたりは、この後観音菩薩は玄奘法師に取経者にして、玄奘法師は天竺に旅立ちその途中で、沙悟浄、緒悟能、西海龍王太子、孫悟空を弟子にしてゆきます。そのときに、金箍を孫悟空の頭に嵌めさて取経にでかけます。

それはともかく、現実の今の世界でも、東勝神洲、北倶蘆洲、西牛貨洲、南貴瞻部洲それぞれ、似たり寄ったりで、多くの巷は「南貴瞻部洲」のようです。これからいかにして、私たち人間界に住む者は、玄奘、孫悟空、沙悟浄、緒悟能、西海龍王太子(馬)のように、三蔵を学び修めていくことができるのでしょうか。

金箍と孫悟空

大学生のころに読んだ、中国の三大奇書の一つである「西遊記」(平凡社 中国古典体系全二巻)を読みましたが、いまそれを返しいます。若い頃に読んだときは、ただ、でたらめだらけで荒唐無稽な娯楽小説と読みとっていたと思います。しかし、中国の老子や易経や気功などの書物を読み勉強し、還暦もすぎたいま改めて「西遊記」(岩波文庫全j十巻)読むと中国の世界観が随所に書かれていることを感じます。(二つの本を読み比べ、注釈もよく見ながら読んでいます。)

全部で100章の読み物ですが、その一章を一回づつの話として書かれています。みながよく知っていいる三蔵法師が孫悟空をつれて旅にでるのは一三回ですが、今ま私が読み終わったのは四回です。

一回目は、宇宙が混沌としたところから、天地が生まれその秩序についての前書きが書かれています。そして孫悟空が、東勝神洲花果山で石から生まれ、水簾洞でサルと過ごし美猴王と名乗るが、修行にでて須菩提祖師から孫悟空の姓名を与えられる。
二回目は、須菩提祖師のもとで、修業をして仙術を学ぶが、仙術をひけらかしたため、追い出され水簾洞に帰る。混世魔王に攻められていたので、混世魔王を打ち負かし武具を奪って水簾洞に持ち帰る。
三回目は、混世魔王に攻められたことから、傲来国にいき武器をせしめ手持ち帰る。猿の数を調べると四万七千余匹におよび、恐れた七十二洞の妖王から貢ぎ物を献じ。さらに東海龍王にいき如意金箍棒をせしめる。そして地獄にいき生死簿から自分の名前を消し去る。悟空横暴を抑えるため、天界の官職に就かせ天界に束縛させるための天界から任官の迎えがくる。
四回目は、天界に召されるが待遇が不服として逐電出奔して、水簾洞に帰り斉天大聖と名乗る。玉帝は水簾洞は討伐軍の兵を送るが打ち負かされる。天界に名前だけの職なし禄なしの官位をつくり、玉帝に斉天大聖に任じられる。

この後、孫悟空は蟠桃や金胆を盗み食いし、次々と問題を起こしていきます。
この「西遊記」を読んでいると、中国の五行思想が深く描かれているのを読み解いていくと今までにない面白さを発見します。それと同時に、混沌としたところから生まれた孫悟空の身の程を辨ええない立ち振る舞いが、いまちまたを闊歩している時の権力者と重ね合わさってしまうところがあります。
孫悟空はこの後に、釈迦如来に五行山に閉じこめられ、三蔵法師に五行山から助け出され、観音さまからいただいた金箍(頭の輪っか)を頭に嵌められ、経を取りに天竺への旅をします。そしてそこで妖怪退治をするも、そのときに孫悟空のおこないのいき過ぎたとき三蔵法師から咎められ、呪文により頭を金箍で締め付けられます。
金箍の[箍](たが)は、桶や樽などの外側に竹・金属などでつくられてえいる輪で、桶や樽の木一片一片を締め付けています。それが緩むと桶はバラバラになってしまします。

さて、日本ではいま暴走しようとしている政治家の頭に、金箍を嵌める人が、また呪文を唱えて諫める人が現れるでしょうか。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

記事の整理棚
禅 (2)
最新の30の記事
月別の過去の記事
11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   10   09   08   07   06   05   04   03   02   01   12   11   09   08  
単語による記事検索
竹林の過去の戯言のタイトル

過去の記事タイトルを100件づつ表示します

記事へのコメント
  • ブッシュ父子のトランプ氏のイメージ
    アジシオ次郎 (11/10)
    こんにちは。

    今のトランプ大統領を「ほら吹き」「嫌い」と嫌悪感を露わにしたジョージ・ハリー・ブッシュ元大統領とその息子でジョージ・ウォーカー・ブッシュ元大統領
  • 謙虚な政治とは
    竹林泉水 (11/01)
    どうしてでしょうね、明治大正時代は西洋の追いつけ追いこそと、政治家も経済界も保守陣営も革新陣営も前に向いていたと思います。
    しかし、いまは戦争に負けアメリカから
  • 企業の不祥事と組織
    竹林泉水 (11/01)
    どれも日本を代表する大企業です。このようなことをする企業は今では、企業倫理が薄かったり国の法規制がないかそこお抜けたバケツのような国でしょう。
    それがなぜ今の日
  • 謙虚な政治とは
    風と雲 (10/31)
    全く お説の通りです。でもそのような、狡知だけ長けた、矜持無き烏合の政権党を(選挙制度の歪もありますが)継続させたのは国民なのです。お座なりの政権批判だけでお茶
  • 企業の不祥事と組織
    アジシオ次郎 (10/30)
    こんにちは。

    神戸製鋼といい日産といいスバルといい、どうも組織としての体を疑いたくなる不祥事の問題、企業のガバナンスというかコンプライアンスと言うものはどうな
  • 今回の選挙で思う
    竹林泉水 (10/26)
    > 今回の選挙の勝利を謙虚に受け止めると安倍総理は言うものの、口だけにならないことを願いたい。
    安倍首相は毎回、そのようなことを言っていますが、そのたびにむなし
  • 今回の選挙で思う
    アジシオ次郎 (10/26)
    おはようございます。

    また自公の大勝に終わった今回の衆院選、自民党が支持を集めて勝ったからではなく、野党の足並みが揃わず有権者が消去法で仕方なく自民党に入れる
  • 茶番の衆議院選挙
    竹林泉水 (10/06)
    安倍首相の政治を私物化したような解散
    これで2度目です、この選挙の結果次第では、挙国一致国家総動員の国に足音を立てて突き進むことだけなないようにねがいたいです。

  • 茶番の衆議院選挙
    アジシオ次郎 (10/05)
    おはようございます。

    民進党の解体、小池百合子東京都知事が立ち上げた希望の党、ハッキリ言って今回の選挙は乱立の様相を呈しそうですが、野党票割れを起こして自民党
  • 記事へのトラックバック
    ブロとも一覧

    うたのすけ

    山下道場

    荒野鷹虎

    海空居士

    紀瀬美香

    marihime

    お父さんの旅

    キラベル

    silver camellia

    kbrkのつぶやき

    魚京童!

    俊樹

    アジシオ次郎

    ほんわか?絵日記

    吾輩と旅と副業

    Chronos Moon

    ざっくり読書感想文

    Taiwa Sato

    びとら

    Resale Japan

    QWERT 5w1h

    (o ̄∇ ̄o)♪

    HIROGACHAN+

    しんのすけたろ

    勝ち組の日経225

    ハセッチブログ

    五月雨 時雨

    諭吉

    さくらさくら1
    ブロとも 申請フォーム

    竹林乃方丈庵のブロとも申請はこちらからです。

    Webページへのリンク
    Powered By FC2ブログ

    今すぐブログを作ろう!

    Powered By FC2ブログ

    更新履歴
    今日の暦と天気

    日めくりカレンダの説明

    ■2016年旧暦 日月の出入■

    10 | 2017/11 | 12
    ---1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    2627282930--

    ★☆今宵の夜空☆★

    NHKらじる★らじる
    大阪東京第2FM大阪
    何の日



    ご訪問ありがとうございます
    竹林泉水のTwitter
    FC2掲示板
    [ブログ記事へのコメント 掲示板のレス 感想など]
    ■□FC2のブログ□■
    _/_/_/竹林乃方丈庵を_/_/_/
    _/_/_/ リンクに追加 _/_/_/
    □■□■徒然諸諸■□■□ □■□■心の時代■□■□ □■□■息身心/健康■□■□ ----- □■□■厚生福祉■□■□ □■□■その他■□■□
    □■FC2以外のブログ■□
    諸諸 徒然 「身・息・心」 こころの時代
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR