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驕れる人も久しからず

「驕れる人も久しからず、只春の夜の夢のごとし」、これは盛者必衰の理です。
また、「賢い猫でも旺盛な好奇心はその身を滅ぼす」。いま、自然科学は等比級数的に進化しているともいえます。
自然科学の分野だけでなく、社会活動、経済活動や政治の面でもめまぐるしく変わっていっています。

次のような言葉があります。
「人間によったものたちは人間に滅び、愛によったものたちは愛に滅んだ、科学に驕るものたちは科学によって滅んだ、食に驕るものたちは食によって滅ぶ、国家を求めれば国家の牢に住む。」

これは沖縄で1981年に公表された、琉球共和社会憲法C私(試し)案の冒頭の部分です。

この文の前には次のようにありる。
「浦添に驕るものたちは浦添によって滅び、首里に驕るものたちは首里によって滅んだ、ピラミッドに驕るものたちはピラミッドによって滅びた、長城に驕るものたちもまた長城によって滅んだ、軍備に驕るものたちは軍備によって滅び、法に驕るものたちもまた法によって滅んだ。神によったものたちは神に滅び」

全文の最後にはこうかかれています。「前略 「日本国憲法」とそれを尊守する国民に連帯を求め、最後の期待をかけた。結果は無惨な裏切りとなって返ってきた。日本国民の反省はあまりにも底浅く、淡雪となって消えた。われわれはホトホトに愛想がつきた。好戦国日本よ、好戦的日本国民と権力者共よ、好むところの道を行くがよい。もはやわれわれは人類廃滅への無理心中の道行きをこれ以上共にできない。

この中の「裏切りとなって返ってきた」は、サンフランシ講和条約で、日本は独立し沖縄は米軍の統治下に置かれたことです。さらに沖縄は日本に返還されたが、米軍基地はなくならず今までと変わらなかった。また、さらに日本政府は米軍従属を続けている。それに対して、沖縄社会は琉球王国時代から、中国と日本の江戸幕府とは等距離外交で朝貢をして平和外交の道を取っていた。しかし、薩摩の琉球侵攻そして、明治政府により琉球処分により琉球は沖縄県となった。
それに、いままで従っていたが、沖縄の事を考えず平和憲法を持ちながらそれを尊守しない、それなら愛想が尽きたというのです。

今から四半世紀以上前のものですが、憲法解釈を変え戦争法をつくるなど、今の雨政権を見ると、琉球共和社会憲法C私(試し)案は、今の時を予見していたようで新鮮に感じます。

これからの民主主義はあるのか

戦後日本が主権在民、人権尊重の民主国家として平和国家として歩んできた道を、安倍政権になってことごとく壊されている。

武器輸出三原則を壊し、防衛装備(武器)移転(輸出)原則により武器輸出を進めている。自衛隊の中古艦船をアジアの国に売却譲渡することにより、軍事産業育大国になろうとしている。
今までの憲法解釈を変え、集団的自衛権ができる国にし、米国艦船の護衛をするなどしている。

秘密法を作ることにより、国民の知る権利に覆いを掛け、共謀罪(テロ等組織犯罪準備罪)をを成立させ、国民生活を監視しやすくなる。

教育の現場は教育基本法が変えられ、政府は「憲法や教育基本法に反しない形で教材として使用することは否定しない」という答弁書を閣議決定をした。それにより教育勅語を教育現場で使われることを厭わない考えを定着させようとしている。
武器開発購入に関しては、専守防衛中心ではなく、適地への先制攻撃などもできる兵器の装備配備を進めている。
また、平和利用のために科学技術を研究することから、武器開発のための科学技術研究をさせるために、防衛省が大学や研究機関に資金を出す制度を拡充させている。

自分の在任中に憲法を改正すると、改憲集会で自民党総裁として明言している。しかも憲法9条を変えずに自衛隊を明記することを付け加えてるなどの、今までの自民党との整合性や憲法の前の条文との矛盾をなんとも思わないのであろうか。

このまま進めば、憲法を厭わないで政治を何処まで進めるのであろうか。

共産党 維新 社民 生活 こころ の憲法談話

共産党の憲法記念日の談話
憲法施行70周年にあたって四つのことを上げている、憲法の三つの柱のうちの、平和主義と国民の権利と義務が具体的に明記されていることを高く評価し、憲法を生かす政治を実現する決意を新たにすると宣言している。
しすて、安倍政権の積極的平和主義や集団的自衛権が可能の憲法解釈は、日本を「戦争をする国」にするとし安倍政権の危険な改憲策動に断固反
するとしています。
また、北朝鮮など日本の周辺の緊張の高まりについて、その安倍政権の米国の軍事対軍事の緊張を高める行動を支持、歓迎する対応は、軍事対軍事の緊張をエスカレートさせ、トランプ政権が軍事力を行使したときに自衛隊を自動参戦させてしまうと指摘している。平和主義の日本として外交努力にもっと尽くすべきとしてき。
さらに、安倍政権の政権運営は憲法破壊の暴走政治としています。今審議されている「共謀罪」法案は、憲法19条で「侵してはならない」とする思想や内心を処罰の対象とする違憲立法として反対するとしている。
安倍政権の改憲については、自民党の改憲案の問題点をしてきしそれが、自民党自身がそれが問題だとわかっているから、現行憲法のどこをどう変えるのかを示すことができないとしています。また、「教育勅語」の再評価にも表れている安倍政権の戦前回帰の姿勢は、多くの国民には受け入れがたい異常なもので、安倍政権を暴走とモラルハザードとして批判しています。


日本維新の会の憲法記念日の談話
日本国憲法は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則を日本に根付か、国際社会での日本の地位を高める役割を果たしたとして、現行の憲法を評価してている。
しかし、国際社会の情勢や人権の考え方が変わってきて、そぐわないものもあるとしている。日本維新尾党は去年の3月に憲法改正原案を発表している。
その柱が、教育の機会均等を実現する「教育無償化」
東京一極集中を打破するため、地方自治の改革として道州制の導入。
安全保障上の重要法案等の合憲性判断のための「憲法裁判所の設置」の三点が必要としている。
それを下に日本維新の会の憲法改正案の理解を求めるとしてる。自民党のように自党の改憲案を唯一とせず、各党の意見にも耳を傾け真摯に協議を行き、国民にとってより身近なものとなるよう努力するとしています。


社民党の憲法記念日の談話
憲法の武力不行使の原則は、国連憲章をさらに発展させた、交戦権を認めないこと。憲法に書かれている生存権や幸福追求権を保障する人格権の人権尊重は、人類の叡智を結晶させた人類共有の財産としています。
日本の平和主義は諸外国とりわけ、アジア近隣諸国から信頼をかちとることができた支柱としている。
憲法が戦後70年改正されずにきたことは、国民が改憲の必要性としていない証であり、憲法の掲げた目標をさらに具体化し、現実の政治や生活に活かしていくとしている。
社民党の談話が一番長く書かれているが、その多くは自民の改憲案に多くが裂かれ、社民党自身の憲法に対する考え取り組みをどのようにして、政治に生かして行くかがかかれていない。
たしかに、憲法を無視したような安倍政権の政権運営に対して危機感を持たないといけない。しかし、社民党自身が国民主権、人権尊重、平和主義を具現化する立憲政治を社民党がどのように考えるか知りたかったです。
社民党が自民党憲法案のどこが問題なのかと考えているか、その項目をあげてみると、
9条で自衛隊を憲法に「国防軍」と明記し、国民の権利に対して「公益及び公の秩序」の枠内に制約し、憲法の国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則を踏みにじるとしています。
また、自民党の実際の政策は、文化的な最低限の生活保障は、生活保護費を下回る年金受給など社会保障制度、学問の自由については高額の授業料や不十分な奨学金制度、働き方改革では非正規労働の拡大、男女や正規・非正規等の格差の拡大、過労死や過労自殺を生み出す長時間・過密労働などの問題。地方自治を無視する辺野古新基地建設の強行など憲法が踏みにじられているとしています。
さらに、特定秘密保護法、集団的自衛権行使を容認する「戦争法」、共謀法は内心の自由を脅かし国民監視になりかねない。朝鮮半島情勢につては、米国に賛同し追随することは、危機を煽っていることになり極めて危険だとしてきしている。
これらに対しては、12条の「憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」をもって、押しとどめないといけないと締めくくっている。


生活の党と山本太郎となかまたちの憲法記念日の談話
現行憲法が日本の国のありかたと国民生活と意識に果たした役割を評価し、「憲法と立憲主義の精神が、この国と、国民の生活全体を支える欠くことのできない基盤となっていることはいうまでもない。」としている。
それを、この普段あまり意識することのない、憲法について考える機会とすることが大切だとしている。
また、安倍政権により戦後培って築きあげたものが崩されようとしていることに危機感をしめしている。
また、安倍政権の時代に逆行した考え、立憲主義は絶対王政の時代のものだと否定するに近いことを言っていることにも強く批判をしています。
憲法の三原則と国際協調を守り、国家権力の暴走を食い止めるのが、憲法の本質であることを理解していないとして、自民党改憲案に反対を表明している。そして、憲法軽視、権力の濫用の安倍政権に反対し、立憲主義も、議会制民主主義を守るために、徹底的に安倍政権に対峙するとしています。


日本のこころを大切にする党の憲法記念日の談話

日本国憲法のあるべき姿とはどのようなものか、独立国家としての憲法とはどうあるべきかなど、長時間議論を重ね、完成したものとしている。
いるが、自党の名前に冠している「日本のこころ」とはどのようなものであるかを語っていないです。
そもそも、「日本のこころ」とか「美しい日本」などの概念は100人いれば100通りあるものです。そのようなものを政党の名前にするのは、多様性を否定し一つの考えを押しつけるようなものです。

徳仁親王や秋篠宮文仁親王の憲法観

昭和天皇も明仁天皇も憲法ということについてよく勉強されているようです。
昭和天皇は美濃部達吉の「天皇機関説事件」について、1935年昭和10年2月が帝国議会貴族院で、天皇機関説事件がおきる。元陸軍中将菊池武夫が、「我が国で憲法上統治の主体が国家にあるということをだんぜん公言する学者著者というものが、いったい司法上から許すべきものでございましょうか。これは緩慢なる謀反になり明らかなる叛逆になるのです。」と美濃部を批判した。それに対し昭和天皇は侍従長の証言によれば、「君主主権説はむしろそれよりは国家主権の方がよいと思う、美濃部ほどの人がいったい何人日本におるか、ああいう学者を葬ることはすこぶる惜しいものだ」と語っています。このことは、昭和天皇が明治憲法の君主主権説と国家主権説、君主制原理説と国家法人説を併せ持つ矛盾点についても勉強していることこの考えを持たれていたのでしょう。
また、今上の明仁天皇は、天皇皇后両陛下御結婚満50年に際して、記者団から新たな皇室のありようについて聞かれたことに対して、「私は即位以来,昭和天皇を始め,過去の天皇の歩んできた道に度々に思いを致し,また,日本国憲法にある「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるという規定に心を致しつつ,国民の期待にこたえられるよう願ってきました。象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず,その望ましい在り方を求めて今日に至っています。なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば,日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天
皇の在り方に沿うものと思います。」と語っています。これも明仁天皇は憲法のありかたについてよく勉強をされているように感じます。
天皇の退位が話題になり、それに対する法律も成立される方向に進んでいます。皇太子殿下である徳仁親王や秋篠宮文仁親王の憲法に対する考えはどのようなお考えを持っているのでしょうか。お二人とも、昭和天皇や明仁天皇のように考えているのでしょうか。近代憲法学の考えにもとづいた考えを常日頃から考えられ、どのように考えておられるのか。
次期天皇が戦後今まで続いた国の在り方を守られるのか、復古主義的な考えをもった人たちに担ぎ上げられ、政治利用などされないか心配です。明仁天皇の言われた「日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います。」を引き継ぐ考えでおられて欲しいものです。

自民、民進党、公明党の憲法談話

自民党の憲法記念日談話について。
自民党の憲法記念日においての談話は、強く憲法の改正に対しての思いがでている。しかし、自民党は2012年に自民党の改憲正草案を公表している。それにも関わらず、具体的にでの部分を変えたいかを明らかにするのを避けている。
安倍首相や自民党幹部も、今の時点で具体的にするのは、適切ではないとしてさけています。しかし、自民党の憲法草案や安倍内閣の閣僚や自民党の国会議員が多く参加している、日本会議や神道政治連盟などから、その考えと同じくするもと見るのが自然といえるでしょう。
現行憲法の三原則の国民主権、基本的人権、平和主義については、基本原理は普遍的価値として国民のなかに定着しているとしながら、基本的人権と平和主義の順番を入れ替えています。また、この三原則はわが国を取り巻く情勢が大きく変化し、時代の変化に即していかないといけないと、平和主義の考えを安倍流積極的へ和主義に変え、個人としての基本的人権と国家との考えをも変えようとしてい。それが基本的人権と平和主義を入れ替えた理由ではないだろうか。
憲法改正については、改正に対して強い願いがあるとしているが、護憲の考えも強くあることについては言及を避けあくまでも改憲を押し進める方向です。

民進党の憲法記念日談話について。
民進党も憲法三原則の順番は、「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」となっている。自民党との違いは今後も、この三原則をこれまでの歩みを重く受け止めるとして堅持していくとしています。
民進党のなかには、憲法の改正を必要とする人とその必要はないとする人がいて、護憲、改憲の意見はわかれるが、不磨の大典としないとしながら、自由と民主主義に立脚した立憲主義を断固として守るとしています。自民党の改憲ありきでの議論の進め方を批判しそれには反対している。
また、安倍政権の憲法の解釈の仕方を変えるのは、立憲主義、平和主義の本質を無視するものと批判している。安保法制も今国会で審議されてる「共謀罪」法案も、国民の内心を取り締まり、表現の自由などを委縮させるもので、憲法違反としえいます。さらに、憲法という国の根幹を、数の力で押し通そうとしていることに危機感をあらわしています。
民進党は改憲と護憲と意見がわかれていることにより、難しいであろうが、まずは現行の「日本国憲法」をよく吟味して行くことが求められます。そのなかで、変える必要があるべきところを、どのように考えているのかを考えて公表してほしいものです。


公明党の憲法記念日談話について。
公明党は、以前から現行憲法を維持した上での条文付加する加憲を主張している。
憲法の三原則である。国民主権主義、基本的人権の尊重、恒久平和主義の3原理を、積極的に評価しているとし3原理は将来とも変えるべきではないとしてる。しかし、自民党はこの口では三原則を堅持するといっているが、閣僚や自民党議員のかから、三原則を否定したりする発言があり、それが自民党の本音ともちれます。それに対して公明とはどれだけ抗することができるか、それにつては触れていないです。
戦争方も秘密法も反対しながらも、最後は連携を取っている自民党の歩調に合わせているの、どれだけ現行憲法の三原則とくに、国民主権と基本的人権が守れる不安です。
東日本大震災、熊本地震の復旧復興や核廃絶についてのべているが、自民党の暴走をにどこまでとめるか、それに対してどのように行動をとり努力するかが書かれいないです。
公明党が、国民の党、平和の党とうなら、自民とどこまで歩調をあわせるのではなく、与党の一党しての存在感をしめすためにも、自民との対峙も厭わない決意をしめしてほしかたです。

他の党はまた後日

憲法改正の国民投票

3日は憲法記念日でした、それにより憲法についてまた憲法改正についての新聞報道やテレビやラジオで取り上げられました。

しかし、すでに第一次安倍政権の平成19年5月時に成立している「日本国憲法の改正手続に関する法律」は、審議中や成立したときに多くの問題点があると指摘されたが、いまはその憲法改正についての国民投票法についてその問題点などは報道されていないです。

この法律が審議されたときも、国憲法改正という国政のあり方に大きな影響を与えるものに関わらず、国民に充分にその内容が知ることなく、国会の審議もわずか1か月間という短い審議で、審議が不十分と言える状況で可決・成立しています。憲法改正手続法の国民投票に関する規定の施行は公布から3年後とされているのですでにこの法律は有効になっています。
しかし、多くの問題点があり付帯決議もなされているにも関わらず、国民の意思を反映した国民投票ができるような法律になるように、抜本的な見直しが多くの団体から求められているにも関わらず、抜本的見直がなされいません。

さらに今の安倍政権の国会運営を考えると、憲法改正の案件がどのように上程されるかわからないが、自民党主導の国会で審議がなされると、私たちの生活に大きくかかわり国の在り方を変えることにもなるにも関わらず、国民の納得のいく審議が十二分になされない懸念があります。

それでは、憲法改正手続き法の問題点はなにか、よく言われていくつかを上げてみると、発議後投票までの期間に関する規定。
最低投票率または絶対投票率に関する定めがない。公務員・教育者の運動を規制する規定。憲法改正案の広報が公正かつ十分に広報されないおそれが強い。国会の発議から国民投票までの期間が僅か60日ないし180日とされている。

このなかで、日本国憲法は第96条で「この憲法の改正は、各議員の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、と特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と規定されている。この、国民投票の過半数とは何を分母にするのかが問われています。総有権者の過半数なのか、有効投票数の過半数なのかなどが明らかになっていないです。しかし、この過半数の母数にかんする議論は、2007年の国民投票法採択で決着がついたとされいます。白票や無効票を除いた投票総数の過半数の賛成で改正が成立するとういう条文である。

しかし、憲法改正という大きな問題を単純な有効投票総数の半分以上でよいのだろうか、多くの

アメリカでは、修正発議には上下両院の三分の二の賛成、または各州中三分の二の議会の要請があるときは憲法修正を目的とする憲法会議を招集しなければならない。そしてい修正は四分の三の州議会による承認か、または四分の三に州における憲法会議による承認によって修正は有効となる。アメリカでは国民投票に規定はないが、アメリカは連邦制で州の独立性が高く州議会あるいは憲法会議の賛否が国民投票にかわるものと考えられる。
大韓民国憲法は。改正発議は国会在籍議員の過半数または大統領とされ、改正案は国会在籍議員の三分の二以上の賛成を必要とし、国会が議決した後、30日内に国民投票に付し、国会議員選挙権者の過半数の投票と投票者の過半数の賛成をえなければならないとされている。
フランスは、改正手続きは複雑だが、改正案は、有効投票の五分の三の多数を必要としています。

このことから、日本の憲法改正がいったん発議されると、非常にあいまいな数字でそれが成立してしまう恐れがあると言えます。まずは、有権者の投票率の下限を明記しておくべきでしょう。

各党の憲法記念日での談話

各党の憲法記念日にあたっての談話・宣言を見てみました。
各党の考えを読み解いてみたいと思います。
新聞には要約・要旨しか紹介されていないのもあるので、各党のWebページから全文を紹介してみます。

=・=・=・_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/・=・=・=
自由民主党 https://www.jimin.jp/news/discourse/134851.html
憲法記念日にあたって 平成29年5月3日
自由民主党

本日、憲法記念日を迎えました。
本年は、現行憲法が施行されて70年の節目の年にあたります。この間、わが国は不断の努力で平和と繁栄を築き上げ、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という基本原理は普遍的価値として国民のなかに定着しています。一方で、わが国を取り巻く情勢は70年間で大きく変化しており、時代の変化に即し未来への責任を果たしていかねばなりません。
憲法施行70年という節目を契機に、新しい時代の理想の姿を描き、憲法改正に向けた道筋を鮮明に示すことは、国民各層の願いであり、こうした認識のもと、衆参両院の憲法審査会等で議論を深め、各党とも連携を図りながら、憲法論議を加速させてまいります。
憲法改正は国民投票において国民の過半数の賛成が必要であります。このため、憲法改正への理解促進と国民各層の幅広い合意形成に向けた活動を、これまで以上に党を挙げて取り組んでまいります。今後とも多くの国民の皆様のご理解ご参加を頂きながら、わが国の未来は私たち一人ひとりの国民が自らの手で切り拓いていくという気概を持って、憲法改正に向け全力で取り組んでまいります。

=・=・=・_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/・=・=・= 民進党
https://www.minshin.or.jp/article/111643
【代表談話】憲法記念日にあたって
民進党代表 蓮舫
 本日、日本国憲法の施行から70年を迎えました。
 「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」という3つの基本原則を柱とする我が国憲法は、日本国民が長い年月をかけて育んできたものです。戦後の日本は、日本国憲法と国民とが手を携えて歩みを進めることで、自由と民主主義、平和と繁栄を築き上げてきたのです。
 これまでの歩みを重く受け止め、本日の憲法記念日を祝したいと思います。
 民進党は、綱領において、自由と民主主義に立脚した立憲主義を断固として守るとともに、時代の変化に対応した未来志向の憲法を国民とともに構想すると掲げています。憲法を「不磨の大典」とするのでなく、しかし「まず改憲ありき」という風潮に流されることもなく、着実な議論を進めてきました。
 しかし、いま日本国憲法は、大きな危機に瀕しています。
 安倍総理は、年々憲法改悪への野心を露にしてきました。衆参両院で3分の2を制しており、憲法改悪を数の力で達成することも厭わない姿勢さえのぞかせています。憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認にはじまり、安全保障関連法の強行など、立憲主義、平和主義の本質を全く理解しようともせず、これを大きく損なわせた安倍自民党政権が、いよいよ憲法改悪に手をつけようとしているのです。
 また、現在国会で議論が行われている「共謀罪」法案も、その本質は国民の内心を取り締まり、表現の自由などを委縮させようとするものです。憲法で保障されている基本的人権を侵害するおそれのある法案を、「テロ対策」とはならないのに、それを名目として、強引に成立させようとしているのです。
 数の力のみで日本の国のかたちを変えていこうとする安倍自民党政権の暴挙に、民進党は正面から対峙してゆきます。来たる衆議院選挙は、誤った方向への改憲を目指す安倍政権の暴走を止める機会にしなければなりません。
 憲法記念日にあたり、民進党は日本国憲法の根幹である「国民主権」、「平和主義」、「基本的人権の尊重」をさらに深化させ、時代の変化に対応した未来志向の憲法を国民とともに構想していくことを、改めてお約束致します。
以上

=・=・=・_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/・=・=・= 公明党
公明党のWebページからは、党の談話がどこにあるかわからなかったので、朝日新聞のWebページからの転載です。
■公明党「現行憲法を維持した上で条文付加する加憲を」

 日本国憲法は本日、施行から69回目の憲法記念日を迎えました。憲法に基づき日本は、民主主義を定着させ、平和を守り、国際社会からの信頼も確実に広げてきました。
 公明党は「人類普遍の原理」というべき、国民主権主義、基本的人権の尊重、恒久平和主義の3原理を骨格とする憲法を、優れた憲法であると積極的に評価しています。3原理は将来とも変えるべきではありません。この憲法の精神を具体化するため、公明党は真剣に努力を続けてまいります。
 公明党は、5年が経過した東日本大震災の復興について「一人として置き去りにはしない」との決意で被災者に寄り添い、「人間の復興」へ全力で取り組んでいます。この姿勢は、この度の熊本地震の復旧復興でも変わりません。
 また、国民主役の政治の実現では、公明党の長年の主張であった18歳選挙権が今夏の参議院選挙からいよいよ実施されます。若者の声を政治にしっかり反映させてまいります。
 核廃絶でも、公明党がかねてから提案してきた世界の政治リーダーによる被爆地訪問が、4月に広島市で開催されたG7外相会合によって一歩前進しました。核保有国と非核保有国の外相が共に平和記念資料館を訪れ、原爆死没者慰霊碑に献花し、原爆ドームを視察した意義は大きく、公明党は「核のない世界」に向けてさらに努力をしてまいります。
 3月には平和安全法制が施行されました。平和安全法制の目的は、憲法9条の下、専守防衛の基本理念に則(のっと)り、厳しい安全保障環境の下で国民の生命と平和な暮らしを守ることです。もっぱら他国防衛のための集団的自衛権の行使は、公明党が訴え、法律に明記された「自衛の措置の新3要件」があるため許されません。また、国際平和への貢献に関しても、人道復興支援や後方支援の分野で協力を進めます。
 非核三原則、他国に脅威を与えるような軍事大国にはならないとする戦後日本の平和主義の理念も変わっておらず、しっかり堅持されています。平和安全法制は日本の抑止力を高め、日本らしい国際平和貢献のあり方を明示しました。その上でさらに、他国との外交・対話を一層促し、紛争を平和的に解決できるように取り組んでまいります。いわば平和外交の推進力の裏付けとなる法整備です。
 公明党は、憲法も法規範である以上、新しい時代に対応した改正があってしかるべきとの立場です。憲法の施行時には想定できず、憲法改正しか解決方法がないような課題が明らかになる可能性もあります。公明党は改正について、現行憲法を維持した上で、改正が必要になった場合に新たな条文を“付け加える”形の加憲という方法を主張しています。
 公明党は加憲のテーマとして、環境権などの新しい人権、地方自治の拡大などを党内で議論してきました。今後、何を加憲の対象にすべきかについてさらに党内論議を深めるとともに、衆参両院に設置されている憲法審査会を中心に政党間の合意形成に努め、国民の理解を深めてまいります。

=・=・=・_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/・=・=・= 共産党
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-05-03/2017050301_04_1.html
憲法施行70周年にあたって
 憲法施行70周年記念日にあたり、日本共産党の小池晃書記局長が発表した談話は次の通りです。
 一、今年は、憲法施行から70年の節目の年になる。日本国憲法は、第9条という世界で最も進んだ恒久平和主義の条項をもち、30条にわたる豊かで先駆的な人権条項も盛り込まれている。日本共産党は憲法記念日にあたり、日本国憲法の全条項を守るとともに、憲法を生かす政治を実現する決意を新たにする。
 同時に、日本を「戦争をする国」にするための安倍政権の危険な改憲策動に断固反対し、広範な国民・市民のみなさんと、安倍改憲を阻止するため、ともに力をあわせる決意を表明する。
 一、国際的な緊張が高まっているもとで、憲法9条を生かすのかどうかが問われている。北朝鮮の核・ミサイル開発は断じて許されないが、解決の方法は外交的手段しかない。深刻な犠牲が必至となる軍事的選択肢は絶対にとってはならない。米国のトランプ政権が4月26日に経済制裁の強化と外交的措置の追求という声明を出したことは注目されるが、安倍政権が米国の軍事対軍事の緊張を高める行動を支持、歓迎してきたことは重大である。とくに、安保法制=戦争法を発動し、自衛艦に「米艦防護」の任務を付与したことは、それ自体が軍事対軍事の緊張をエスカレートさせるとともに、トランプ政権が軍事力を行使したときに自衛隊を自動参戦させてしまう、きわめて危険な行為である。日本国民の命と安全を守る立場に立つなら、軍事的緊張を緩和し、戦争を起こさない外交での解決に全力をあげるべきである。まさに日本国憲法の立場での外交が求められている。
 一、安倍自公政権は、憲法破壊の暴走政治を続け、「共謀罪」法案の強行をねらっている。「共謀罪」は、憲法19条で「侵してはならない」とする思想や内心を処罰の対象とする違憲立法であり、法曹界、作家、漫画家、ジャーナリストなど幅広い市民から強い懸念と反対の声が上がっている。日本共産党は、もの言えぬ監視社会をつくる共謀罪法案の廃案めざし、総力をあげてたたかう。
 一、安倍首相は、改憲になみなみならぬ執念を示しているが、現行憲法のどこをどう変えるのかを示すことができない。その本心は、9条を変え国防軍を明記し、基本的人権を侵してはならない永久の権利とした97条を全面削除するなどの「自民党改憲案」だが、これを真正面から国民に訴えることもできない。「教育勅語」の再評価にも表れている安倍政権の戦前回帰の姿勢は、多くの国民には受け入れがたい異常なものである。
 いま、くらし、平和、人権、民主主義などあらゆる分野で、安倍政権の暴走に立ち向かい、立憲主義を守り、個人の尊厳が大切にされる日本を願う国民・市民の運動が広がっている。野党と市民の共闘をさらに前進させ、必ずや安倍政権の改憲策動を打ち破り、暴走とモラルハザードの安倍政権を打倒しなければならない。
 日本共産党は、きたるべき総選挙で「改憲勢力3分の2体制」を打破し、自民・公明とその補完勢力を少数に追い込むために全力をあげるものである。

=・=・=・_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/・=・=・= 日本維新の会
https://o-ishin.jp/news/2017/05/03/3512.html
松井一郎代表による憲法記念日についての談話発表のお知らせ
2017.05.03 声明
 日本国憲法は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則を我が国に根付かせるとともに、国際社会での日本の地位を高める役割を果たしてきた。憲法の三原則をはじめ、現行憲法の良い部分は引き続き守っていくべきである。
 一方で、憲法制定当時に想定していなかった種々の問題も生じている。現行憲法でこうした問題に対応しきれない場合には、必要な範囲で変えていくべきである。 我が党は、国民が必要性を納得できるようなテーマについて、国民的議論を深め、憲法改正を進めるべきと考えている。
 我が党は、昨年3月に憲法改正原案を発表した。教育の機会均等を実現するための「教育無償化」、東京一極集中を打破するための「国と地方の統治機構改革」、安全保障上の重要法案等の合憲性判断のための「憲法裁判所の設置」の三点につき、あるべき憲法の姿を示している。
 今後、憲法改正の発議に向けて、我が党の改正原案への理解を求めるとともに、各党の意見にも虚心坦懐に耳を傾けて、真摯に協議を行っていく。そして、日本国憲法が国民にとってより身近なものとなるよう、国民とともに努力していく。
日本維新の会
代表 松井一郎

=・=・=・_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/・=・=・= 社民党
http://www5.sdp.or.jp/comment/2017/05/02/
2017年5月3日
憲法記念日にあたって(声明)
社会民主党
 本日、70回目の憲法記念日を迎えました。第2次世界大戦の惨禍の反省と教訓から生まれた日本国憲法は、「武力不行使の原則」を盛り込んだ国連憲章をさらに発展させ、「交戦権」を否認し、「戦力の不保持」を定め、生存権や幸福追求権を保障するなど、人類の叡智を結晶させた人類共有の財産というべきものです。わが国が平和国家として歩むことを定めた国際的な公約であり、他の諸国とりわけアジア近隣諸国の人々から信頼をかちとるための支柱でもあります。憲法が施行70年を迎えたということは、国民が改憲の必要性を感じていないことの証です。社民党は、本日の栄えある日本国憲法施行70年に当たり、憲法の掲げた目標をさらに具体化し、現実の政治や生活に活かしていくことを、改めて誓います。
 安倍首相は、施政方針演説で、「憲法施行70年の節目に当たり、……次なる70年に向かって、日本をどのような国にしていくのか。その案を国民に提示するため、憲法審査会で具体的な議論を深めよう」と呼びかけ、明文改憲に向けた準備を加速する意思を鮮明にしました。しかし、自民党の「憲法改正草案」は、自衛隊を憲法に「国防軍」と明記し、人権は「公益及び公の秩序」の枠内に制約し、政治権力を縛る憲法を逆に国民を統制するものに変える内容となっています。まさに安倍政権が目指す明文改憲は、現憲法の国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則を踏みにじる改悪であり、社民党は、衆参憲法審査会において、「自民党憲法改正草案」の問題点を厳しく追及します。
 憲法審査会の第一の任務は、「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制についての広範かつ総合的な調査」です。改憲の論点をあげつらう前に、国民に保障された諸権利を守る観点から、現憲法の理念・条項がどう活かされているかを、広範に総合的に調査することが必要です。「戦争法」の強行、生活保護費を下回る年金受給など社会保障制度の改悪、高額の授業料や不十分な奨学金制度、2000万人以上の非正規労働の拡大、男女や正規・非正規等の格差の拡大、過労死や過労自殺を生み出す長時間・過密労働、沖縄県民の民意を否定した辺野古新基地建設の強行、原発避難者の現実などは、立憲主義や憲法9条の戦争の放棄、平和主義の問題であるにとどまらず、13条の幸福追求権、14条の平等権、25条の生存権、26条の教育を受ける権利、27条勤労の権利、第8章地方自治などが踏みにじられ、活かされていない結果です。社民党は、こうした憲法理念や条文の空洞化をゆるさず、現実の政治や暮らしに憲法を活かす広範な「活憲」運動を展開します。
 この間、安倍政権は、特定秘密保護法の制定など監視国家化を進め、集団的自衛権行使を容認する「戦争法」を強行し、南スーダンPKO部隊への「駆けつけ警護」等の任務付与など、アメリカと一緒になって戦争できる体制づくりをさらに進めようとしています。そしていままた、テロ対策を口実に、国民の強い反対で3回廃案としてきた「共謀罪」を導入する組織犯罪処罰法改正案を強行しようとしています。憲法の理念や現行刑法の基本原則に反し、合意という「心の中」を処罰し、思想の抑圧、人権侵害や市民監視の強化、運動への萎縮効果をもたらしかねないなどの問題点や危険性は全く変わりません。「現代版の治安維持法」であり、断固廃案に追い込みます。
 米朝対立の深化によって、朝鮮半島をめぐる情勢が緊迫しています。もちろん、北朝鮮が核実験や弾道ミサイルの発射を繰り返し、アジアに大きな緊張をもたらしていることについては、社民党としても厳しく批判しています。しかし、安倍首相が、アメリカの軍事行動を容認し、共同訓練を実施するなど、米国に追随し一緒になって危機を煽っていることは、極めて危険なことと言わざるをえません。挑発に対し挑発、軍事力に対し軍事力では何も解決しません。外交の失敗が戦争につながるのであって、平和憲法を持つ日本こそ、朝鮮半島の緊張緩和のための非軍事的解決に積極的な役割を果たし、戦争の危機を回避する努力が求められています。「平和的な方法による朝鮮半島の検証可能な非核化」と「北東アジア地域の永続的な平和と安定のための共同の努力」を約束している、2005年の「6か国共同声明」に北朝鮮が立ち戻るよう、アメリカはもとより中国、ロシア、韓国への働きかけを強め、相互の主権尊重、平和共存、国交正常化の措置をとるとした6か国の合意を前に進めるようにするべきです。あわせて、2002年の「日朝平壌宣言」等に基づく懸案事項の解決のために、粘り強い交渉と対話を行うべきです。社民党としても、あらゆる努力を惜しまず後押ししていきます。
 本日は、地方自治法施行70周年でもあります。戦争放棄を宣言した日本国憲法は、官治中央集権の旧憲法とは異なり、第8章に「地方自治」の章を設け、地方自治を明確に位置づけ、保障するものとなり、第92条に基づく地方自治法が日本国憲法と同時に施行されました。「再び戦争をしない」という国家的意思・国民合意と、民主主義の学校である地方自治創設のねらいははっきり結びついています。地域に民主主義と自治を根付かせることによって、二度と戦争は起こさせないとした決意を今一度かみしめたいと思います。一方、地方自治条項の拡充や教育の無償化などを改憲の突破口にしようとする動きもありますが、地方自治基本法などの法律制定や予算措置で豊富化すればよく、あえて改正する必要はありません。9条をはじめとする憲法そのものの改悪のための「お試し改憲」は認められません。
 平和と民主主義が、今まさに危機に立っています。次期総選挙は、後戻りできない「ポイント・オブ・ノーリターン」と言われています。戦後日本の礎である日本国憲法を、安倍政権の意のままに変えさせるわけにいきません。国民に保障された諸権利を奪い、何より大切な「いのち」を切り捨てる暴走政治をなんとしても終焉させなければなりません。「憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」(12条)ことが問われています。社民党は、これからも平和を愛し憲法改悪に反対する多くの人々とともに憲法を活かす運動を全力で闘い、改憲の流れを押し戻していきます。
以上

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自由党 生活の党と山本太郎となかまたち
http://www.seikatsu1.jp/activity/declaration/20170503-2.html
憲法記念日にあたって
平成29年5月3日
代 表 小 沢 一 郎
 日本国憲法が施行されて、本日で70年を迎えた。
 確かに普段国民が憲法そのものを意識する機会は決して多いとはいえない。しかし、憲法と立憲主義の精神が、この国と、国民の生活全体を支える欠くことのできない基盤となっていることはいうまでもない。
 我々が、日々自由に活動できるのも、自由に発言・表現できるのも、すべて憲法の保障によるものであり、憲法記念日は、そうしたことを国民一人ひとりが改めて噛み締める良い機会である。
 しかし、同時に、憲法と立憲主義は現在、これまでにない最大の危機を迎えている。安倍政権は、現行憲法が戦後の「押しつけ」であるとして肯定的な評価を与えないばかりか、安保法制の強行採決に見られたように、あからさまに憲法をないがしろにする政治姿勢を続けている。
 そもそも総理は、信じがたいことであるが、「憲法で国家権力を縛るというのは絶対王政時の旧い考え方」と国会で答弁するなど、現行憲法と立憲主義を全く理解しておらず、この総理が提唱する憲法改正など、考えただけでも恐ろしいことである。
 すなわち、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義、国際協調主義の四原則をしっかりと守るため、国家権力の暴走を食い止めることこそ憲法の本質なのであり、これを全く理解せず、情緒的な反立憲主義の立場をとる安倍政権下での憲法改正は、全く認められない。
 このまま安倍政権による憲法軽視、権力の濫用・私物化を認めていけば、この国の立憲主義も、議会制民主主義もいずれ必ず終焉を迎える。我々は絶対的にそれを阻止すべく、この国の将来のため、引き続き徹底的に安倍政権に対峙していきたい。

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日本のこころを大切にする党
https://nippon-kokoro.jp/news/discourse/post_290503.php
声明・談話・コメント
【代表談話】憲法記念日を迎えて
2017.05.03
 4月27日、「日本のこころ」は、「日本国憲法」草案を発表しました。
 多くの有識者の方々のご指導を頂きながら、日本国憲法のあるべき姿とはどのようなものか、独立国家としての憲法とはどうあるべきかなど、長時間議論を重ね、完成したものです。
 「日本のこころ」は結党以来、自主憲法の制定を党是としてきました。私自身は、政治の世界に入りました時から、当時は自民党でしたが、自主憲法制定のための活動を続けて参りました。
 それは、中央アジアの国の特命全権大使を務めていた1999年夏に発生した、日本人鉱山技師4人がイスラム原理主義グループに拉致された事件に際し、幸いにもこの事件では、中央アジアの人々の協力があって、無事4人は救出出来ましたが、この救出に当たって、現行憲法では、海外で被害にあった日本国民を日本国が救出することになっていないこと、現行憲法が独立国家としての憲法ではないことを痛切に思い知らされた経験に基づいています。
 更に、その後北朝鮮による拉致問題に関わる中で、何故政府が一体となって救出することが出来ないのか、これも現行憲法が独立国家の憲法ではないことに行き着きます。
 今回の草案では、序章を設け、立憲君主国家であること、主権は国民にあること、人間の尊厳は保障されること、世界平和の実現を国是とすること、そして、国は、主権と独立を守り、国民の生命及び財産を守らなければいけないこと、更に文化を尊重し、国際交流に努めることを明記しました。
 今回の「日本国憲法」草案は、現行憲法の良い面は全て採用しつつ、憲法とは、国民自身がどのような国を創るのか、その「国のかたち」の基本となる法体系であるとの考えに立ち、日本の歴史や伝統、文化を基礎に置きつつ、現在の日本を巡る新たな情勢に対応できることを目指すものとなっています。
 私どもは、現行憲法の部分改正ではなく、日本国が本来持つべき憲法についての議論が深まることを願っています。そして、この「日本国憲法」草案が自主憲法制定に向けて一助とならんことを祈っています。
日本のこころ
代表 中山恭子

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新党改革のホームページにアクセスできなかったです。
朝日新聞に載っていたものを紹介します。

新党改革
「幅広く憲法のあり方を議論する」
 国民の皆様と共に、平和主義を守りつつ、私たちの生命や人権等を守るために、さらにどうあるべきかを真剣に検討し、幅広く憲法のあり方を議論して参ります。

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憲法記念日

5月3日、今日は憲法記念日です。
1047年に施行されて、70年が経ちます。そのような中今の憲法は、連合軍(実質米軍)の占領下に置かれたなか、作らされ進駐軍に押してられた憲法だ。また、施行されてから70年簡一度も改正されていないので、実状に合わなくそぐわなくなってきているので改正すべきだ。これらの主張ををする人たちは、それにより憲法を改正の必要性を説きます。

ではなっぜいまの「日本国憲法」押しつけられたのか。
現行の「日本国憲法」は、「大日本帝国憲法」通称「明治憲法」の改正手続きを踏んで作られたものです。そのため憲法の章立ては、「第2章 戦争の放棄」と「第8章 地方自治」が付け加えられているだけで、明治憲法と同じです。この二つの章は、日本を悲惨な惨事にした反省と、主権在民と民主主義を制度と作り上げるための住民自治具体的な形にするためのものです。この二つは日本が連合国に降伏するための、ポツダム宣言に書かれた必須条件のうちの二つです。

明治憲法は国民からすると欽定憲法であり、天皇が国民にこうあるべきだと押しつけた憲法といえる。日本国憲法は国や権力者からすると米軍から押しつけられたものといえます。
その日本国憲法を国民かすると、主権在民、人権尊重と民主主義制度が、明治憲法の下では「法律ノ範囲内ニ於テ」により制限されていたが、主権在民、人権尊重と民主主義制度が明記され、公共の福祉に反しない限り制限されなくなり自由になったんで、連合国から与えられた憲法となります。つまりどちらの言い分としても、自分たちで作った憲法ではないとなります。しかし、現行の憲法の成立過程を調べてみると、一方的に連合国に押しつけられたものでなく、日本の当時に民主的な憲法を望む人たちの憲法案が下地になっています。また、ポツダム宣言には、日本の政治体制を解体して、民主的な国家体制を作り上げることが条件だが、当時の日本政府はそれを有耶無耶にして当時の現状を維持することに腐心していました。それにより連合国側が新しい憲法案を作るように言われたが、時間稼ぎをし憲法案を出し渋り、明治憲法とほとんど同じ通称松本案を作っていた。それが毎日新聞社にスクープされたのですが、それをみたマッカーサーは憲法案では連合国を説得できない上、天皇の戦争責任まで追及されかねないと考え、他の日程からして急遽マッカーサーは日本の憲法案を9日間で作るように民政局の人たちに指示をだした。
このことについては、以前にこのブログで述べているのでこれ以上書かないです。

改憲について70年以上前に作られ、1度も改正されていないので、現状に合わなくなっていると主張する人がいます。これについては、そもそも日本国憲法はアジア太平洋戦争の惨事を二度と繰り返さない、また国際社会も力で押し通す帝国主義的外交交渉や軍事行為への反省が強くあり、理想とする平和な社会を作り上げることを希求していました。そして、このことは、民政局の人たちだけでなく、世界中の人や政府そして日本国民や政府もそう思っていまました。

そのような状況の中で作り上げられたのが「日本国憲法」です。日本国憲法の前文に次のようにあります。「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」

今の国際社会の現状や日本の近隣とりわけ北朝鮮や中国の海洋進出は、この日本国憲法にある、崇高な理想と目的はますます求められるものとなってきている。しかし、それは時代遅れや現状に合わないではなく、それらに対してますます背をむけ遠ざかっているようです。

いまこそ、「日本国憲法」の前文に掲げてある内容に基づいて外交努力を高め国際社会での役割を果たすべきではないか。憲法は時代・実状に合わないのでなく、70年経ったが未だにそれが実現できていないことの反省に立った上で、憲法の改正を考えるべきのはずです。
しかし、自民党などの憲法改正案を見ると、それとは正反対の改正案であり、主権在民、人権尊重、平和主義の憲法の三本柱を後退させ、戦後作りあげてきた民主主義と知る権利や表現の自由なども制限するものです。
いま、アメリカや西欧ではポピュリズムの嵐がまし、一国至上主義の道に進もうとしています。そのような状況だからこそ、いまの日本の憲法の理念を理想・目的を広げ押し進めるべきではないだろうか。

さらに言えば、今の現行の崇高な理想と目的を達成を実現するために、さらに高めた改正をしてゆくのが今日本にいきる人たちの努めとです。

改憲を主張する人たちのなかには、国家神道や皇国史観立っている人もいるが、その人たちも先の戦争による惨禍を繰り繰り返そうとは思っていないはずです。天皇中心の社会が日本の文化伝統というなら。天子である天皇の望むところは、「自国のことのみに専念して他国を無視するのではなく、国際的な政治道徳は、普遍的なものとしてそれに従い、日本の主権のもとに、他国と対等関係に立つことが各国の責任と義務としての行動をとり、それを国家の名誉にかけ、全力をつくしてこの崇高な理想と目的を成し遂げるためにつとめる」ことにあるのではないか。これは、現行の日本国憲法の前文にかかれた内容です。

教育勅語と日本国憲法

森友問題で森友学園で園児に「養育勅語」を暗誦させていることが話題になり、いままでさほど注目されていなかった「教育勅語」に国民の目が注目されることを期待している。
教育勅語に書かれている「父母ニ孝ニ、兄弟ニ友ニ、夫婦相和シ、朋友相信ジ、恭儉己レヲ持シ、博愛衆ニ及ボシ、學ヲ修メ」などは人として普遍なことだからよいことが書いてあるので、教育勅語は広めるのがよいという人もでてきて、閣議でも容認するような決定をしている。
そもそも、「教育勅語」を教えるなら、この前後の部分をしてきし、それにより国民に多くの犠牲を強いた事実を教えるべきです。家族愛とか学問に励めなどは、教育勅語をつかわなくても、他の教材で十分に教えられるものです。
そもそも教育勅語の一番要の部分は、父母孝行の部分ではなくその前後の「天皇は皇祖皇宗と続き世界的にも希有で素晴らしいものなので、その下で暮らす天皇の臣下である臣民は、ひとたび、天皇家国家に何かあれば駆けつけて、天皇家国家のために命を懸けて駆けつけなくてはならない。」であるはずです。
この部分は、日本国憲法が施行され教育基本法ができたことにより、「教育勅語」は、衆議院が「教育勅語等排除に関する決議」を、参議院が「教育勅語等の失効確認に関する決議」を決議し廃止され否定されています。
いま、教育勅語はよいことも書いてあると言っている国会議員や閣僚の人は、日本会議国会議員懇談会に入っている人たちです。
そもそも、日本会議は明治維新以降に作られた皇国の国家観がよきものとし、戦前の天皇を頂点とした国家体制がよいもので、それが日本の美しい伝統であると考えるひとたちです。それを実現させるためには天皇を敬い守ることの大切さを述べた「教育勅語」は重要視重要視しているものです。
それは、天皇を元首として戴く天皇主権のくにであり、個々の個人の個性よりも、全体としての秩序を重んじ天皇のための公益を優先することで。信仰信教の自由、思想の自由内心の自由、良心の自由が脅かされていった。
これは今の日本の三本柱である、主権在民、人権尊重、平和主義とは正反対のものであり、自由と互いの個人の幸福追求のための行いを否定しかねないものです。
さらに日本会議の人たちは、ポツダム宣言特にその中の「日本の人々の間に民主主義的風潮を強化しあるいは復活するにあたって、障害となるものは排除する。言論、宗教、思想の自由及び基本的人権の尊重が確立されなければならない」は、伝統的な天皇を戴いた国体の日本のあり方と相容れないところがあるとして、これを斥けそれにより日本国憲法を否定しています。
そのため多かれ少なかれ、日本会議国会議員懇談会に入っている人は、日本国憲法の全部もしくは一部は日本の伝統にあわないとの考えを持っていたり、主権在民や個人としての人権尊重はよくないと考えている人たちがいます。そして八紘一宇により、天皇家の繁栄が国民生活の向上につながると考えているのでしょう。
また日本会議国会議員懇談会に入っている人は、この日本会議の教育勅語に対する考えに近いものと思われます。それが稲田防衛相のような発言がでてくるのでしょう。

しかし国会の衆議院では「教育勅語等排除に関する決議」では、憲法98条により排除すると決議して。参議院の「教育勅語等の失効確認に関する決議案」でも、日本国憲法の人類普遍の原理に則り、教育基本法を制定したことにより、効力を失っていると決議しています。
このように、排除決議と失効を正式に決議されています。一度両院でそのような決議をしたなら、それを再び使うなら両院での「教育勅語」有効決議か、排除決議と失効決議の無効決議をするべきです。
それをしないで、「教育勅語」の一部であろうと有効だとするような閣議決定は憲法違反と言えるでしょう。
しかし閣議決定をしたということは、憲法に反しないと解釈ているのです。ここでも安倍政権は憲法のねじ曲げ解釈をしていると言える。なぜこれをマスコミや野党は追及しないのでしょうか。
そもそも、第98条には、「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」とあります。それにより、何度も書いているように教育勅語を使うことは認められないものです。
ますます安倍政権は憲法を自在に解釈して、改憲ならぬ壊憲をしている、安倍総理や菅官房長官は、法に従ってとか法治国家と口にするが、都合の好いように法律や憲法を解釈することではないはずです。憲法違反の過去の遺物を取り出して埃をはたいても、憲法違反は違反です。

もともと日本会議は任意団体であり、そこには憲法で保障されている思想信条の自由はあり、表現の自由があるので日本会議の主張は主張として問われることはありません。しかし、その内容が学問的に正しいかどうかは、討議し論戦しすることは憲法違反にはならないです。
だが、これが国会議員となると憲法の尊重擁護義務から憲法違反に当たるものです。そのように考えると教育勅語に関する閣議決定は憲法違反であり無効と言わざるを得ないですね。

憲法改正の可能なところから??

3月16日に仕事をしながら、ラジオのニュースを聞いていると、憲法改正について、「可能なところから改正したい」と語ってとアナウンサーが言っていた。16日は9時から衆議院で憲法審査会が開かれていたので、そのときの委員が言ったことばでしょう。以前にも自民党の高村正彦議員が、「実現可能なものからやるのは当然」言っていました。
16日の憲法審査会では、災害時の緊急事態条項の新設が議論され、国会議員の任期延長などがでた。大規模災害が国政選挙と重なったらと、緊急事態条項の新設の理由付けと位置づけしているが、その緊急事態条項の国会議員の任期延長だけでなく、他の内容の方が重大なことが書かれている。緊急事態が発令されると、全権が首相に委任されるようなもので以上に危険です。阪神淡路大震災のとき、東日本大震災のときは、国に伺いを立てるより地方自治を強化させ地方自治の首長の権限を強化すべだと言われました。災害時にも発令される緊急事態条項は、かえって災害からの復旧を遅らせると言われています。
これは、国民の憲法改正に対して慣れさせて、他の条項も変えていこうとしているとも言われいます。なにが何でも改悪でも改正でも一度変えて見ようというのが、見え見えです。
そもそも、憲法を改正をすることについてどのように思っているのだろうか。

可能なところからと言うことはどのような意味だろうか、憲法は必要なところを主権者である国民が熟議して改正すべきものです。憲法の改正の案を出すのは、国民の厳粛な信託によって選ばれた代表者が、国民が個人としての福利を享受できる案を国会に発議して、国民が国民投票により改正するかしないかを判断し選ぶものです。
憲法の改正の必要性とは、今の国際社会からみて時代に合わないもの、国際社会からみて近代国家として、主権在民、人権尊重の定義・価値観との整合性がとれているかなどとのかねあいから、その必要性が問われるてくるものからでてくるものです。

では、憲法改正の可能性とはどのようなことをいうのでしょうか。
現行の「日本国憲法」の三本柱である主権在民、人権尊重、平和主義だが、それらを改正することは非常に国民の反対が根強いです。そこで、お試し改憲として現憲法の96条にある、改正要件の3分の2による発議と国民投票である硬性性を、一般法律と同じ2分の1による発議に変えようとしたが、強い反発にあいその話はいつの間にか言わなくなりました。その代わりに自然災害でも発令できる緊急事態条項の創設を出してきています。
いま、自民党、公明党の与党に加え、改憲の必要性を高く謳う議席は3分の2を越えています。そして、それらの勢力のなかに改憲すべき理由に、現行憲法は敗戦によるGHQに押しつけられた憲法である、70年一度も改正されていないことをあげています。
また、現行憲法は日本の伝統文化精神に合わないものだとも言っています。

自民党がどのような憲法にしたいかは、自民党の憲法草案のQ&Aには概ねつぎのようなことが書かれています。
占領体制から脱却し、日本を主権国家にふさわしい国にする、現行憲法は、連合国軍の占領下におい制定された憲法で、国民の自由な意思が反映されていない。そして、その内容に我が国の歴史・伝統・文化を踏まえた文章が書かれていないことが問題だとしています。
現行憲法の前文には、憲法の三大原則の「主権在民」と「平和主義」は書かれているが、「基本的人権の尊重」は書かれていないと言っています。
次に、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分ええを、ユートピア的発想で自衛権の放棄にほかならないと書いています。

現行憲法は押しつけられたもので、日本の憲法にふさわしくないと言って、平和主義は理想主義の妄想だと決めつけています。平和主義の理想に向かってそれが実現するために努力すると言うことを否定しています。さらに、国民の基本的人権については、第三章の国民の義務と権利を両者を読み比べると、現行憲法では国民の個人としての人権は保障されているが、自民党案では「公益と公の秩序」のもとに大幅に制限され、個人としての人権ではなく人としての人権になって、国民の人権は動物愛護と同じレベルのようなものです。
現行の日本国憲法では国民主権について明快に「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。」とかかれています。しかし、自民答案では「国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される」と簡単に書かれているが、その前に「国民統合の象徴である天皇を戴く国家」と宣言しています


自民党の党是が「憲法改正」だから、必要性で改正するのはなく一度変えてみたいと聞こえてきます。さらに、第2次安倍政権になてから多くの法律が、強い反対意見があるにも関わらず、強引に強行採決されてる。このことから、憲法改正も数の力に任せて、国民の熟議が熟さないで強引に改正される恐れを感じます。
戦後レジームからの脱却と言って、憲法改正を唱えるがその前に、「占領体制から脱却し、日本を主権国家にふさわしい国にする」と言うなら、日米安保条約による日米地位協定の不平等を解消することから始めるべきではないだろうか。

また、なかなか改正できないからと、集団的自衛権を、憲法解釈を変更し正当としたように、憲法解釈変更は解釈改憲は壊憲につながるものです。
国務大臣や国会議員には、憲法尊重擁護の義務があるのに、憲法を軽んじるなら例え自民党憲法案に改正されても、都合が悪ければ都合のよいように、解釈を変更してしまうので、そのような人たちに憲法を改正させてよいものだろうか。

憲法のありかた

アメリカ独立宣言の起草者でもあり、第三代大統領ジェファーソンは、「アメリカ合衆国憲法は人民の自由を保障するために書かれた。しかし、いかなる社会も永遠の制度あるいは永遠の法とは成り得ない。地球は常に生きている世代に属している」して、ある世代がのちの世代を法的に拘束することはできないとして「世代憲法構想」の持ち主だった。
このこと世代憲法構想は、大統領が替わる度に憲法が変わることだが、一見するとその時々の情勢や実情や政権の統治者の考えに合わせられ、即応できるので悪くないように思う。しかし、このことについて第四代大統領マディソンは、世代憲法構想論に対して、「ある憲法が消滅し、次の憲法が成立するまでの間に、さまざまな出来事や党派てき確執が繰り広げられ、時には暴力を煽る可能性もあり、政府の安定性が著しく害されること必定である」と言っている。憲法は国のあり方の骨幹を明記したもので、時々の政権や情勢に簡単に左右されるべきでないものであると言うことを、世代憲法構想は否定するものです。

安倍首相が言った、「立憲主義とは王政の下での国の時代の話だ」、と言ったがこのジェファーソン第三代大統領の考えだと、王に限らず国民による選挙によって選ばれた人も、憲法によって縛られるのは当然なのは勿論となります。それはどのような憲法の国でも、立法府の主や行政府の主が、憲法規範に尊重し遵守する敬意を払わないでいたら、憲法は他の法律に対しての最高法規ではなくなり、しかもそれが不都合なものか判断しそれが施行されるのを阻止する仕組みが存在しない場合は、憲法は有名無実化してしまう。そこで、民主主義を標榜する国こそ、国民から選ばれた執行権者はそのことを銘記して執行権を行わなければならないことになる。

今の日本や世界の政治に目を向けてみれば、ここにきて急にこの危うさが現実になってきているのではないだろうか。
日本に於いては、今まで内閣は集団的自衛権は憲法上認められないとしてきたが、安倍政権は閣議で集団的自衛権は憲法上認められると憲法解釈を変え、安全保障法制として11もの法律を作ったり変えてしまいました。この安倍政権の行いかたは、憲法は有名無実化しかねないものではないだろうか。
そこで、チェックする仕組みである憲法裁判所が行うのだが、日本には憲法裁判所がないが、日本国憲法の81条に、〔最高裁判所の法令審査権〕が明記されている。
第81条最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。この条項は、最高裁判所に違憲審査権を付与されていることになる。
しかし、この最高裁判所の違憲審査権はしっかりと機能しているかと言えば、最高裁判官の任命は内閣にあるので、憲法規範に敬意を払わない内閣なら、最高裁判官に圧力を掛けたり、自分の考えに近い人を任命し機能しなくなるおそれがある。実際に憲法に関わる問題は、砂川判決にみるように、最高裁判所は憲法判断を放棄しているというか避けている。

また、第四代大統領マディソンは「人民が情報を持たずもしくは情報を取得する手段を持たない人民の政府は、道化芝居かまた悲劇の序幕にすぎず、あるいは多分その両方であろう」とも言っている。これはすでに日本にも忍び寄ってきているのではないか、政府が右と言ったことを左と言えないというような人が公共放送の会長なら、国民は偏った情報しか得られなくなり、道化の三流国となりはててしまうおそれが大いにある。

いかなる社会も永遠の制度あるいは永遠の法とは成り得ないが、その時々の執権者に都合のよいように解釈することは、その執権者の暴走を許すことになり、弱者や少数者は小声の人は無視されていくことになる。
大きな施行権を持った者こそ、多くの考え意見を真摯に聞き入れることが大切だろう。1月30日に書いた「孝経の諫爭章」を思い出した。

テーマ : 憲法改正論議
ジャンル : 政治・経済

憲法と緊急事態条項

安倍政権は今国会から、本格的に憲法の改正に向けての取り組みを始動させるつもりのであることが新聞に書かれていた。
衆参両院で現在、憲法改正発議を国会でするための、憲法改正に前向きな議席である3分の2以上を占めている。また、今まで安倍政権になってから、国民の反対の声が強いのに関わらず、幾つもの重要法案が強行採決されていった。それに国民はならされ強行採決が不自然なものだと思わなくなってきているとふんでいるのだろうか。

それはともかく、憲法破壊国会運営とでもいることをいつまでも許して置くことは、戦後今まで国民主権により民主主義を目指してきたこと葬りさるに等しいことです。

その一番端的なのは、憲法に緊急事態条項を付け加えることです。一見、他国が攻めてきたり、大自然災害が起きた場合に、迅速にそれに対応するために、内閣が法律と同等の効力を持つ制令を出すことや、宣言が発令している間衆議院が解散されないこと、地方自治体の首長に指示をすることがで、国民は政府のだす指示に従わなければならないなど、戦中の国家総動員法を思わせるものです。

自然災害に置いてならよいのではと考える人もいるが、現行法で充分に対応でき、逆に緊急事態条項により、現場の自治体が災害に対して中央に伺いをたてなくないといけなくなると、災害に対して即応できなくなり逆に混乱を招くと言う指摘もある。

また、現在よその国が日本に戦争を仕掛けてくることはまずあり得ないです。尖閣諸島などが中国軍が侵攻してきてもそれは、日中間の地域紛争として解決すべきで、戦争間戦争まで拡大する事は、日中両政府とも望んでいないでしょう。中国の漁船などの民間船が領海侵犯をしたときは、外交交渉で解決すべきだし、日本の海上保安庁にあたる中国の中国海警局の公船が侵犯しても、外交交渉で抗議し解決すべきです。そこに軍隊と同等の自衛隊が出動すると、中国も軍艦を出動させざるを得なくなり領土問題の解決は逆に遠のくでしょう。

安倍政権は緊急事態条項を憲法に追加する事を目論でいるようだが、それは戦後の日本が今まできづいてきた、国民主権の民主主義と人権尊重と自由と平和主義を脅かすものと言えるでしょう。
緊急事態条項の中に何が書かれているか。それがどのようなことを意味するのかを、私たち国民はよく考えていくべきでしょう。

いままでの、安倍政権の国会運営のしかたや、沖縄での基地問題に対する対応や、原発再稼働反対に対する政府のやり方、それと今までのマスコミへの圧力ともとれるやり方をみていると、天が落ちてきて日本の今まで築いてきたものが崩れ去るのではないと言う杞憂の終わらず、現実のものとなってしまわないかと思うところです。

自民党憲法改正草案の緊急事態条項

第九章 緊急事態(緊急事態の宣言)
第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
(緊急事態の宣言の効果)
第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

憲法と最高執権者

日本の憲法は民定憲法であり、改正には一般の法律よりも改正し難くできている、硬性憲法だといわれています。

そのことを考えて第一次から今までの安倍政権を見ていると、京都大学名誉教授の佐藤幸司が、放送大学叢書の『立憲主義について』で次のように書いてあることに考えさせられる。
「硬性憲法の国であても、立法権者や執行権者(行政府の長)が憲法規範に敬意を払わず、しかもそれをチェックする信頼にたる仕組みが存在しない場合には、憲法は有名無実化してしまう。」( )内は泉水が書き込み。

安倍政権は今までの政権が、集団的自衛権は憲法違反だという解釈を閣議決定で変更して、集団的自衛権は可能だと解釈を変え、自衛隊の海外派兵を可能にしてしまいました。
憲法改正について、今の時点での改正に批判的、慎重な人たちが、改憲ではなく壊憲だと、自民党の憲法草案で改訂すると、悔憲になるという人がいます。
確かにそのように思えるが、それいよりも今の状態なら憲法を改正する必要はなく、ときそれぞれの状況に合わせて憲法の解釈の仕方を変えていけばよいのであって、憲法がないにも等しいことになってしまっている。
いまの、政権の人たちは憲法に限らず、ことあるごとに法に従って粛々と進めると言う。
法を都合のよいように変え、変えることができなければ解釈を変えて、それに基づいて進めるなら。どのようなことでもできることになってしまう。

いま、憲法や法律のことを述べているが、学問のことに照らして考えてみると、学問で使われる言葉は一つ一つその言葉に決まった意味を定義して、話を筋道を立てて展開してい結論を導いていきます。
これが社会科学分野だったらその学問は支離滅裂になるでしょう。
しかし、自然科学の物理や化学ならその学説を実証していと、それが計画の通りいかず、目的が達せられることはないです。

外交や政治の世界も同じで、言葉の定義を一つにするために、二国間の条約なら条約文は互いの国の言葉で、その言葉の持つ定義を吟味して作られ結ばれます。
それをしないと条約を締結したがいいは、互いの国が批准の段階で、全権委員が調印した条約文を当事国の国会がそれぞれの言葉の定義はどのようにされているかを確認して承認されます。
これは、国内法に於いても同じで、その定義が曖昧なら裁判で多様な判決でてしまい混乱をしてしまいます。

政治をおこなうものとして、執行権者の都合で勝手な解釈をすすことは許されないことです。そのようなことをする国は民主主義国家と言えず、独裁国家と同じようなものです。

ことしも、安倍政権がどのように法を解釈し執行していくのか見守っていきたいです。

テーマ : 憲法改正論議
ジャンル : 政治・経済

不断の努力の民主主義

国家社会主義者、日本ファシズムの理論的指導者とされる北一輝は、明治維新は西欧的な政治の近代化を目指したが、民主主義に向けての準備を欠いた近代革命と言うようなことをいっている。

日本の場合フランスなどのように下から持ち上がった革命で民主主義を作り上げたものではなく、飛鳥時代からつづく天皇家の権威を借りた権力者の争いの中で権力の後退がなだれてきた。明治維新も徳川幕府を倒しそれを正当化したのも天皇の権威に基づいたものでしかなかったというのです。

しかし日本の政治を今まで見ると、飛鳥時代から奈良時代頃までは政治の実権を握っていたといえるかもしれないが、平安時代以降は権力の実権は武士が握り、天皇の威光のもとでそれ正当化され、天皇は権力の象徴としてりようされてきた。黒船到来により欧米列強から鎖国政策対し開国を迫られた。それが倒幕を目指す薩摩長州は今までの徳川家の大御所の地位を崩すために、尊皇攘夷を掲げ天皇家の権威を最大限に利用して打ち立てたのが明治政府といえるんだろう。
そのため、明治維新は上の権力がすげ替わっただけで、公方を倒した新しい権力は、天皇の権威のもと正当化された。
そのため、明治22年まで国会も開かれず、憲法も日本には存在されなかった。しかし、明治維新を景気に民権運動がわき起こり、中江兆民 植木枝盛や北一輝らの運動や千葉胃卓三郎の私擬憲法である通称五日市憲法などつくられている。その数は現在わかっているだけで100を越え、五日市憲法のように、実存するものもかなりの数が残っている。

これらの中には、明治政府が明治22年に天皇の名で勅下した、大日本帝国憲法よりも強度の欽定憲法もあるが、民権を重視した民定憲法と言えるものが多くある。その中でも政府が国民を弾圧したりしたときの、人民の武器を持っての抵抗権を明記し、それを権利として保障したものもある。
このことは、いかに明治時代に多くの人が、日本の在り方はどうあるべきかを考えていたといえるものであり、また、明治政府が自分たちの政権を守るために、多くの人民を抑圧弾圧していたから、それは許されざることと言う住民の危機感があったのであろう。

また、ポツダム宣言を受諾し降伏した後に、連合国から新しい憲法を作るように言われたとき。帝国政府はすぐに応じようとしなかったが、このときも民間で明治維新期ほどではないが、新しい憲法を考える動きもあったようで、そのいくつかは国会図書館に、社会黨や自由黨、進歩黨、共産黨などの案が所蔵されている。ほかにも、巷下でいくつもつくられたようで、わたしが聞いたところで50ほどあると言う人もいるようです。

連合国とっくに米国は敵国である日本のことをよく調べていて、日本には明治政府いらい封建的な非民主的な皇国でそれ以外の動きはなかのではなく、自由民権の運動は明治維新以前から合ったとしているようです。
そのことは、ポツダム宣言の10条と12条に表れている。

十、・・・前略 日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ
十二、前記諸目的カ達成セラレ且日本国国民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府カ樹立セラルルニ於テハ聯合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収セラルヘシ

10条の日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化は、明治の民権運動や大正デモクラシーの運動をさしているといえる。
しかし、日本憲法を制定し、サンフランシスコ講和条約を結んでも、12条の平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府カ樹立セラルルニ於テハ聯合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収セラルヘシは実現していない。これは、枢軸国を敵としていて東西の冷戦生まれていないときのもので、中国に共産党政党ができ、朝鮮戦争が勃発し東西冷戦が始まり、ベトナム戦争が激化したことにもよるが。神道指令がでて今までの体制は解体されても宗教法人として神社本庁が復活したこともあるのではないだろうか。

いまの安倍政権は憲法の改正に並々ならぬ情熱を持って取り組んでいるが、その素案となるであろう自民党の憲法改正草案の、前文と第一章やほかの各条項を読むと、帝国憲法の復古の臭いがしてくる。

日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、
この部分は皇祖皇宗の国家のことをさしていることは秋あらかで、国家神道の復活の意図が見え隠れする。

第一条 天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、
この第一条の元首の解釈の仕方により変わってくるが、この部分は他の条文の読み解いていく必要があるだろう。
しかし、特に国民の権利義務について、公益と秩序に反しない限りの文言が頻繁に出てくることをどのように解釈かが問題とわたしはみる。

このことは万一自民党の憲法案のようなものが、国民投票で実現すればいまだ日本は、北一輝の言うように、民主主義に向けての準備を欠いた状態に戻ってまうのではないか。

国家神道と信仰の自由

本の敗戦後、GHQが1945年12月15日出した神道指令により、政教分離がなされ、明治維新後の1871年明治4年に太政官布告により、大・中・小の官弊社、別格官弊社、大・中・小国弊社、府・県・郷・村社と無格社に分けられた社格制度は廃止された。
この、徳川幕府の体制を否定し、新政権の正当性を定めるため、天皇を利用し天照大神から神武天皇の皇祖皇宗の、国家統治のために作られたもとの見方もある。それは、伊勢神宮を頂点としいた、神社の国家管理を正当化するためのものです。
また、明治維新の廃仏毀釈運動は、仏教と日本の民族宗教が、入り混じり寺のなかでも、鎮守などが祀られ手いることに、仏像や仏典に対して、排斥運動がなされていた。
しかし、それが一部地域で過激になり、廃寺させられた寺も多くあるという。
社格は神道国教化政策を進めるために、官弊社・国弊社が位づけされたと言える。
そこで、官弊社・国弊社は国家の保護のもと、保護され支援された。
明治維新までは、秋の実りに感謝する、秋の祭りは天皇家で行われていた新嘗の行事だったものだったが、国家としての祭りとして、新嘗祭が行われるようになり、現在でも勤労感謝の日として、国民の祝日に指定されている。
明治政府になってから、国家神道を押し進めるため、新嘗祭に関わらず、紀元説、天長節などが、国家行事として行われたいた。
ここで、政治と宗教の関わり方をみる上で、憲法にかかれている政教分離について見てみる。

それぞれの、「信教の自由」の条文をみてみる。

・日本国憲法
第20条信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

・自民党改正草案
第二十条 信教の自由は、保障する。国は、いかなる宗教団体に対しても、特権を与えてはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及び地方自治体その他の公共団体は、特定の宗教のための教育その他の宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。

・大日本帝国憲法(明治憲法)
第28条日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス

明治憲法では「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限」とかかれ、世の中を乱すようなこと、天皇に仕える国民としの義務に背かない限り保障されると制限されている。

このように、戦前は国家と国家神道が結びついていたことの怖さを感じます。
自民党案の3項の「ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。」は、これが拡大していき、伊勢神宮を頂点とした神道神社への国家の関わりにまで、国がその活動を支援したり幇助刷る方向に進まないかと心配なところがあるように思う。

タイの国民投票

タイのインラック首相が2014年に軍のクーデターで失脚し、軍政下にあるそのタイで、民政移管に向けた新憲法草案が国民投票で承認さました。
しかし、新憲法は軍から民政へ移管され、軍政から民政への復帰として喜ぶべきものだが、その新憲法の内容は、軍の政治介入を許す内容となっている。
共同通信の遠藤一弥氏よると、非民選議員だけでなく軍人なども首相就任を認め、選挙後5年間は上院議員の公選を廃し事実上軍の任命制となっている。また、上院は下院知音や政権に強い監視権限を持つ、憲法裁判事の任命権限を持つなど、軍の政治介入を認める軍政色の強いものとなっている。
このような新憲法をタイ国民は選んだのだが、タイは2001年にタクシン氏が首相に就任し民政への行政改革を進め、軍予算の削減など伝統的権力基盤と既得権益の打破をしようとしたが、軍や既得権を持っている者から抵抗を受け、2006年に軍のクーデターで失脚、その後の総選挙でタクシン氏の妹のインラック氏が首相に就任したが、2014年に失脚した。
タイの国民の信望を集めるプミポン国王も88歳で心臓病などの健康不安も指摘され、以前のような両派への仲裁が難しい状況となっているそうです。
一方隣国のミャンマーは民政移管されているが、タイはその逆を進んでいるようです。

遠藤一弥は、1970年代以降、タイでは軍主導のクーデターが頻発している、そのことに対して「40年前に戻った時計の針と」たとえている。

日本では自民党が主だって憲法の改正を押し進めようとしているが、自民党の憲法改正草案は70年前の憲法に戻ろうとしているところがある。また安倍政権の閣僚の多くが所属している、日本会議や神道政治連盟などの憲法観や産経新聞の憲法案も70年前の憲法と似ている。

タイは40年前にもどるのだが、日本は70年前に戻ってしまうことが無いように、今の私たちの民主主義と自由と個人の人権尊重の大切さを今一度考えて見たく思う。

日本国憲法と自民党改正草案

日本国憲法と自民党の日本国憲法改正草案

両憲法のそれぞれの最も重きを置いているものはなにか。
日本国憲法(以下現行憲法)は、自由と平等と平和といえる。
前文には次のようにある。
日本国民は、恒久の平和を念願し、・・・中略・・・、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
・・・中略・・・
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


自民党の日本国憲法改正草案(以下自民党案)は、国民の自由やびょうどうより、天皇制・国体・秩序を重きにおいていると言える。
自民党案にの前文は次のようになっている。

日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
・・・中略・・・
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
・・・後略・・・

国民主権といいながら、「天皇を戴く国家」としている。また、「日本国民は、国と郷土を誇りと気概をもって守り」は国体護持にもなりかねない。さらに、「自由と規律を重んじ」や条文本文の随所にみられる「公益と公の秩序」は、国あっての国民という考えです。

また、それを具体的にもっとも示しているのが、次にあげるところと言える。
第11条国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

このところが自民党案では、「妨げられない」と「現在及び将来に国民に与えられる」が削除されている。
このことは、現行憲法では、国や政府など権力者に対して、この基本的人権は不可侵であり、永久の権利とし保障するものであり、改正するにあたってもこの条文は維持されなくてはならないといっているといえる。

また、
第12条この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

これにたいしても、つぎに公共の福祉のために利用する責任を負うと書かれ、他人の権利や社会秩序を侵し、踏みにじることをしてはならないと書かれているのに、お節介にも「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し」が付け加えられ、さらに「常に公益及び公の秩序に反してはならない」となっている。

現行憲法で13条と22条は次のようになっている。
第13条すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第22条何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

しかし自民党案では、個人が人になり、ここでも「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」になっている。さらに「必要」とするが、「されなければならない」になっている。個人としての尊厳より国体としての秩序を求めよとしていることが窺える。

戦争法とも呼ばれる安保制法が国会で審議されているとき、多くの人が国会前で抗議集会を開きデモをしました。そのとき国会前の集会をテロと同じだと言った閣僚がいました。デモをテロと同一視するなら、公の秩序を乱したことになり、70年以前の学生運動が盛んな時の過激なデモでなくとも、デモ参加者は逮捕されることになり、それ以前にデモは禁止されできなくなります。表現の自由のところで自民党案は2項で「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」とあり、国政に対して抗議行動を計画するだけでも罪に問われるおそれがあります。

また、22条ではほかの国民の権利義務の条項では書かれている、「公益及び公の秩序」が書かれていないです。これは何を意味するのか。安倍首相はよく、世界一経済活動をしやすい国にすると言っている。つまり、公共の福祉である。人と人の衝突による個人の不利益、つまり企業活動は働くものの権利よりも優先されうるとも解釈しうるものです。これはますます、ブラック企業や残業代ゼロや企業の都合でこよう打ち切りや、契約社員などが、さらに自由にできることを可能にしうるとも言える。
主権者は国民であると、憲法に明示していうなら、国民の生活基盤である働く権利と義務を、ないがしろにするようなこの条文はよいのだろうか。

どうみても、天皇を戴く国家で天皇が元首であり、国民はその下で国家のために働く人として位置づけいるように読みとれる。
これは、明治憲法と何らか変わらないのではないだろうか。

ポツダム宣言に10条に書かれた、「民主主義的傾向の復活強化」と真逆のもので、GHQが驚愕し9日間で憲法を作らすことになった、松本案と同類なものといえる。
国連憲章にはいまだに敵国条項明記されているが、それがまだ有効であるなら、厚木や横田基地の米軍は再び日本を占領しようとすると、それに対して安倍政権はどのように対応するのであろう。

このような自民党案は、立憲主義の観点においても、安倍政権は法に基づいてとよく言うが、国際的な法の歴史的な流れにおいても、非常に問題点が多いといえるものだと私は考えます。

二つの憲法の一条文を読み比べて

自民党案
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。
国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない

日本憲法
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

この二つの条文の主語は、それぞれどこにあるのだろうか。それぞれの前段の部分の締めくくりは「保持されなければならない」と「これを保持しなければならない」です。

私自身法律を学んでいないので、ここで使われている言葉をどう定義し、どう解釈するれば正しいのかはわからないが、私なりに解釈してみた。

それによると、自民党案では、文脈から憲法は国に対して自由と権利を保障する事を怠ってはいけないとしている。そして国が怠ることが無いように受け身的に働きかける権利があるとなっている。つまり、これは自民党憲法は国民に国家が、与えるものという性格をもってるのではないか。

現行憲法は、保持する努力を対象を明確にこれとして指定し、しなければならないとことは権利であり努力義務を課している。つまり国が自由と権利を保障しなければ、国にそれを履行するように働きかけないといけないと、国民の義務を明記している。これは国民主権の一つである抵抗権がかかれてていると言えないだろうか。


では後段の部分はどうか。
自民党案では
国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない

とあり濫用してはならずと明確に国民に命令している。その上お節介にも「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し」と説教文が書かれている。
さらに、公益及び公の秩序に反してはならないと、秩序を大切にするように国民に押しつけている。
この「公益及び公の秩序」とは何だろう。多数の意見に異を唱えずに従えということか。そうなると、以前にも書いたが選挙で選ばれた政府の政策に反対するデモなどはどこまで保障されるかが危うくなってくる。


現行憲法は
国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

「濫用してはならないのであって」とあり国民の自覚のもとで責任ある行動をとるように促している。さらに、国民お互いの自由と平等のたの公共の福祉を実現させるためとあり、「公共の福祉」とは自由と権利を行使する義務を負うということであり、他人の権利を脅かさない限り認められるとなる。

自民党は、現行の日本国憲法を押しつけ憲法と言うが、自民党憲法は、国民に押しつける憲法と言うことが言え。現行憲法は、国家や政府、権力者に押しつけた憲法と言うことがいえる。

では誰が押しつけたかであるが、現行憲法はマッカーサーがGHQの民政局の職員に起草案を作らしたので、GHQと言えるが、その内容は当時の日本の国民の中の考えが多く取り入れられていることは、今までの研究者のあいだで明らかになっている。

そして、国民にとっては、自分たちで直接起草したものでないので、GHQから与えられたと言える。しかし、鈴木安蔵の憲法研究会の案などの考えが取り入れられていることを忘れてはならないです。

さて、この条文を読み比べてどちらがよいだろうか。

日本の憲法を書いたのは、

米国のバイデン米副大統領が異例の発言をした。
クリントン民主党米大統領候補の演説で、トランプ氏の主張する日本や韓国が核武装の容認に対して、「私たちが核保有国になり得ない日本の憲法を書いた」と述べ批判しました。
これは、安倍晋三などの改憲派にとっては、押しつけ憲法だという絶好の追い風の材料になるだろう。

トランプ氏の発言を私の知る限りでは、日本の米軍基地がフィリピンや韓国などの基地に比べ、日本政府がどれだけ資金を拠出して、他のいろいろな面で優遇しているかを知らないようです。

また、バイデン米副大統領も、日本国憲法は私たちが書いたと言うのは、日本国憲法がどのように作られたかを正確に知らないようです。

現行の「日本国憲法」は、確かにGHQの最高司令官であるカッカーサの指示でその原案は、GHQの民政局の人たちと手で作られました。しかし、マッカーサーが日本の憲法の草案を民政局員に作るようにの指示を出すにいたったのは、ポツダム宣言に基づいて、新しい憲法を作るように言われたが、日本政府が明治憲法と殆ど変わらない憲法を考えていることが、毎日新聞のスクープでわかり、これでは他の連合国の同意を取り付けられないと考えたからです。
その前に、自由民権運動期の憲法学者の鈴木安蔵らが作った「憲法研究会」が日本の新しい憲法を考え、それをGHQにも提出し受理されている。それをGHQの民政局法規課長マイロ・ラウエル中佐は詳細検討をして、「この憲法草案中に盛られている諸条項は、民主主義的で、賛成できるものである」と評価している。それを日本の憲法を作るように言われた民政局の人たちも当然、見せられて参考にしているだろう。また、その憲法研究会案とGHQの原案を比べて類似点があることから明らかだといわれています。

それらのことを踏まえていくと、戦争放棄の条項は、日本は武装しないというのは、GHQからの押しつけではなく、日本が早く独立国になるために選び、独立後に改正すればよいと考えていたとも見方もあります。その後サンフランシスコ講和条約が結ばれた後、今までに憲法の改正がしてこなかったのはそれを日本国民が受け入れてきたからと言えるでしょう。


また、バイデン米副大統領は中国の習近平主席との会談で、北朝鮮の核開発防止の協力を求める文脈のなかで、「日本は事実上、一夜で核兵器を製造する能力がある」と語ったそうです。これは新聞に載っていた記事で、前後に何をどのように会話されていたかがわからないが、以前から言われている潜在的な核保有国であることを改めて言ったことになる。
いろいろ物騒な発言をする閣僚がいるが、日本は非核三原則を改めて強調しておきたいものです、

しかし、この非核三原則も武器輸出三原則が、防衛装備移転三原則にかわり、憲法解釈がねじ曲げられて集団的自衛権を合憲としているので、非核三原則の持たず、作らず、持ち込ませずの三原則を、使わず、作らせず、使わせずに変えられてしまうかもしれない。
そのようなことがないように、今まで以上に核に対して敏感になってる必要があるだろう。

日本国憲法と自民党憲法

日本国憲法と自民党の日本国憲法改正草案

両憲法のそれぞれの最も重きを置いているものはなにか。
日本国憲法(以下現行憲法)は、自由と平等と平和といえる。
前文には次のようにある。
日本国民は、恒久の平和を念願し、・・・中略・・・、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
・・・中略・・・
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


自民党の日本国憲法改正草案(以下自民党案)は、国民の自由やびょうどうより、天皇制・国体・秩序を重きにおいていると言える。
自民党案にの前文は次のようになっている。

日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
・・・中略・・・
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
・・・後略・・・

国民主権といいながら、「天皇を戴く国家」としている。また、「日本国民は、国と郷土を誇りと気概をもって守り」は国体護持にもなりかねない。さらに、「自由と規律を重んじ」や条文本文の随所にみられる「公益と公の秩序」は、国あっての国民という考えです。

また、それを具体的にもっとも示しているのが、次にあげるところと言える。
第11条国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

このところが自民党案では、「妨げられない」と「現在及び将来に国民に与えられる」が削除されている。
このことは、現行憲法では、国や政府など権力者に対して、この基本的人権は不可侵であり、永久の権利とし保障するものであり、改正するにあたってもこの条文は維持されなくてはならないといっているといえる。

また、
第12条この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

これにたいしても、つぎに公共の福祉のために利用する責任を負うと書かれ、他人の権利や社会秩序を侵し、踏みにじることをしてはならないと書かれているのに、お節介にも「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し」が付け加えられ、さらに「常に公益及び公の秩序に反してはならない」となっている。

現行憲法で13条と22条は次のようになっている。
第13条すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第22条何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

しかし自民党案では、個人が人になり、ここでも「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」になっている。さらに「必要」とするが、「されなければならない」になっている。個人としての尊厳より国体としての秩序を求めよとしていることが窺える。

戦争法である安保制法が国会で審議されているとき、多くの人が国会前で抗議集会を開きデモをしました。そのとき国会前の集会をテロと同じだと言った閣僚がいました。デモをテロと同一視するなら、公の秩序を乱したことになり、デモ参加者は逮捕されることになり、それ以前にデモは禁止されできなくなります。表現の自由のところで自民党案は2項で「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」とあり、国政に対して抗議行動を計画するだけでも罪に問われるおそれがあります。

また、22条ではほかの国民の権利義務の条項では書かれている、「公益及び公の秩序」が書かれていないです。これは何を意味するのか。安倍首相はよく、世界一経済活動をしやすい国にすると言っている。つまり、公共の福祉である。人と人の衝突による個人の不利益、つまり企業活動は働くものの権利よりも優先されうるとも解釈しうるものです。これはますます、ブラック企業や残業代ゼロや企業の都合でこよう打ち切りや、契約社員などが、さらに自由にできることを可能にしうるとも言える。
主権者は国民であると、憲法に明示していうなら、国民の生活基盤である働く権利と義務を、ないがしろにするようなこの条文はよいのだろうか。

どうみても、天皇を戴く国家で天皇が元首であり、国民はその下で国家のために働く人として位置づけいるように読みとれる。
これは、明治憲法と何らか変わらないのではないだろうか。

ポツダム宣言に10条に書かれた、「民主主義的傾向の復活強化」と真逆のもので、GHQが驚愕し9日間で憲法を作らすことになった、松本案と同類なものといえる。
国連憲章にはいまだに敵国条項明記されているが、それがまだ有効であるなら、厚木や横田基地の米軍は再び日本を占領しようとすると、それに対して安倍政権はどのように対応するのであろう。

このような自民党案は、立憲主義の観点においても、安倍政権は法に基づいてとよく言うが、国際的な法の歴史的な流れにおいても、非常に問題点が多いといえるものだと私は考えます。

テーマ : 憲法改正論議
ジャンル : 政治・経済

敗戦の日

今年も8月15日がきます。8月15日は昭和天皇が、国民に向けて敗戦の肉声の勅語をラジオで放送された日です。

それを、終戦の日として紀念する日です。

そして、それはどのようにするかは、日本国憲法の前文と9条に書かれいます。

日本国民は、・・・中略・・・諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


第9条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

ここで、この敗戦にいたった戦争の責任は誰にあるのかが明確に書かれいます。国民にあるのではなく政府にあると明記されています。そして国民は政府が再びそあのような戦争を犯さないように、国家の名誉にかけてそれが維持実現できるように努義務があると書かれています。

平和とは安倍首相の言う「積極的平和主義」ではなく、ヨハン・ガルトゥング博士の言う戦争や争いがない「消極的平和主義」から一段高め、戦争や争いがなくその中で格差や差別などもないて「積極的平和主義」の実現に向けての努力をいかにするかを考える日にしたいです。

ガルトゥングの積極的平和における「積極的」は「positive(自信のある 建設的な 前向きのなど)」の訳であるが、安倍首相積極的平和の英語訳は、外務省の英文Webページでは「proactive)(先取りする 先を読んで行動するで事前対策)」で。つまり、安倍首相の言う「積極的平和主義」は、武力によって平和を作り出すことで、ガルトゥング氏のとは真逆です。

今日8月15日、平和についてしっかりと考えてみよう。

兵庫県の改憲に関する18.19歳へのアンケート

7月20日に神戸新聞社が、兵庫県内の18、19歳の人に、今回の選挙結果についてアンケートの結果が載っていました。対象人数が192人とやや少ないが、高校生、大学生、社会人と18、19歳の全てを対象にしているので、今の若い人の考えが、概ね反映されていると、言えるのではないかと思う。

改憲勢力が3分の2を超えたことに対して、満足が14.1%、どちらかといえば満足が27.1%で両方合わせて4割を超えている、一方どちらかと言えば不本意が15.1%で不本意が5.2%で2割ほどに留まった。また、分からないが36.5%で、選挙戦の争点として自民党が改憲の内容を避けてきたことを顕している。

憲法改正の必要があるかは、あるが182%,、どちらかと言えばあるが27.6%で、どちらかと言えばないが16.1%,、ないが14.6%、わからない無回答が18.8%だった。
こちらも、改憲に必要を感じているのが、45%を超えているが、一方改憲に慎重な回答は3割を超えている。改憲勢力が3分の2を超えたことに対して不本意と答えた5.2%にくらべ、必要がないと答えた人は3倍近い14.6%担っている。また、ここでも分からない、無回答が4分の1近くもしめていることから、今まで憲法についての議論が深まっていなかったことを顕している。
それなのに、自民党は参議院選挙での争点に改正についてはあえて避けてきている。
あえて避けたと書いたのは、自民党のマニフェストをみれば分かる。改憲は党是だとし選挙前機会あるごちに改憲を口にしていたが、マニフェストで一番最後に数行書かれているだけだった。本来ならトップに挙げて何のために何処を度のように変えるかを書くべきでなかったのか。

また、政治への関心は高まったかの質問にたいして、70%が高まったと答えている。

憲法9条と自衛隊の今の活動状態の、整合性を合うようにすべきとの意見もある。
反面、「権力者を縛り国民の権利を保障する憲法の役割を、国民や政治家は軽視している」。「信用性の欠ける政治家もいる」などと、今後の改憲論議が進み本格化すると、その中身を不安視する意見もあったようです。

一方、「各政党の改正案を知らない」「改憲で生活がどう変わるかわからない」「改憲内容の説明が国民にしっかりされることを期待したい」という意見も多くあるようです。

これから、憲法改正の議論を国会で深めていくなら、自民党が特定秘密法や、安保法制とよばれる戦争法の時のような、傲慢で強引な国会運営をするようなことをしてはならないです。
国民は今憲法で保障されている、自由及び権利は普段の努力によってこれを保持しなければならないです。
憲法にはしなければならないと、その自由と権利を守ることを義務づけています。。
このことは、また、不誠実で傲慢強引な国会運営をするなら、一昨年去年より大きな国会前また全国で、国民は声を上げて行動する義務があると言うことです。
国会前での若い人たちの集会に対して、ある政治家はテロと同じだと言った、また同じようなこと言うなら政治家にたいして、その言葉に対しての責任を問いただし非難する権利を、国民は持っています。
多くの議席を得っている、自民党が再び驕り高ぶり同じようなことをしないように、監視し続けることが重要でしょう。

憲法を改正のしかた

7月に参議院選挙があるが、選挙戦の争点の一つに憲法改正がある。

憲法の改正につてい、護憲派と改憲はがあり。改憲派は現行の憲法は、GHQから押しつけられたものだから、日本独自の憲法に改めなければならないという。これに対し護憲派は現行憲法や70年あまり改正されず、今の日本人の中に馴染み定着しているという。しかし、どちらも説得力がないです、それは具体的にどの部分を何のためにどのように変えるのかが示されてい。
護憲派もどの部分がなぜ良いのかについて深く議論されていないように思う。

憲法を改正するその内容には、このブログで今まで自民党憲法草案について、批判的に書いてきたので、いまここではそれを置いておき、憲法を改正や作り直すに事に対し、どのような方法があるかについて考えてみる。

まずは自民党が憲法改正草案を出しているでそれについて。
これは、前面改正といえる。自民党はあたらしく日本人が独自に考えた憲法を作るといっていたが、ここでは現行の「日本国憲法」の条立てと構成は同じなので、自民党の憲法改正案といえるだろ。
しかし、日本国憲法全文を一度に出してきている。しかし憲法のような国の根幹を作るようなものを、短期間に一度に変えて良いものだろうか。
明治憲法と呼ばれる「大日本帝国憲法」が「日本国憲法」に一度に一気に変えられたではないかという人がいる。しかし、あのときは、ポツダム宣言の受諾により、日本は敗戦しその条件として、戦前の封建的帝国主義的な国の体制から、民主的な国家体制に転換するのが条件で、現行憲法が生まれている。また、章立て条立てが明治憲法と同じなので、現行憲法も明治憲法の改正という形で成立している。

前置きの話が長くなってしまったので、この話はここらでいておく。

憲法を変える方法は、次のような方法があると思う。
一、一度に全文を変える改正
一、部分的に修正を加えての改正。
一、あたらしく条項を追加する加憲
一、不都合な条項を加筆修正追加していく

そして、一番大切なのは国会にどのように発議し審議し改えていくかです。
わたしは、時間がかかっても、一条一条逐条を審議していくことが大切です。決して15年の戦争法案のように10本以上に法案を一束一絡げにして審議するのは、絶対にあってはならないことです。

最後の方法はアメリカなどで行われている方法で、今までの条文は残り、どのように修正されたかが明らかになる方法です。
憲法とはその国の根幹を示すもので、それがどのように発展修正されたかが分かるものです。つまり今までの伝統ある憲法を守り発展させるということです。
今の時代に合わなくなったからと、削除改正してしまうことは、今までの歴史が正しいのであれ間違っていたのであれそれを削除してしまうことになるという考えです。

私は今まで一番最後のこの方式をあまりしらなかったが、一番よいように思います。とうぜん民主主義や自由と個人の人権尊重に逆行するようなものであってはならないのは当然です。

「あたらしい憲法草案のはなし」

「あたらしい憲法草案のはなし」というふざけた本がでるようです。戦後いまの、日本国憲法が発布された時に、文部省は「あたらしい憲法草案のはなし」と言う本をつくり、中学生に配布しまた。その本のパロディー版のようなタイトルの本です。

    あたらしい憲法草案のはなし


あたらしい憲法草案のはなし
自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合 著
出版社 太郎次郎社エディタス
発行日 2016年06月18日発行
頁数 96ページ
800円税込

目次
はじめに
1 憲法を変える理由
2 国民主権の縮小
3 戦争放棄の放棄
4 基本次郎的人権の制限
5 強く美しい国へ
資料1 「あたらしい憲法のはなし」(抄録)
資料2 自民党憲法改正草案(現行憲法条文対照)

買おうと思った予約したが、もう少し調べてみると、ページ数が96ページで、資料として「あたらしい憲法のはなし」(抄録)と自民党憲法改正草案(現行憲法条文対照)がついている。そうなれば本文はそんなにない、中身をよく見てみないとどのような本かわからない。
自民党憲法草案を高く評価する本か、それとも逆説的に自民党憲法草案を批判している本か確かめるため、店頭に並んでから買おうと思う。

e-honで、早稲田大学教授の憲法学者である、長谷部恭男氏が、「自民党が何をしようとしているか、とくに憲法に何をしようとしているのか。このブックレットを読んでまず知って下さい。いまの自民党は、「行き過ぎだ」と思えば逆方向のバネが内部で働いていた、かつての自民党ではありません。「道理の通らないことでも一丸となってやり通す」-ことが、何より大切だと思い込んでいる人たちです。この人たちに日本の将来を委ねてよいのか、このブックレットを読んで考えてください。」と書いています。
hontoでは、「国民が国家をしばる約束」から「国家と国民が協力してつくる『公の秩序』」へ。草案の提案する憲法観の大転換を、起草者たちの論理と願望にぴったりとよりそって語る。【商品解説】 となっています。
出版社の太郎次郎社エディタスは、この本について「憲法改正に賛成する人も、反対する人も、どうぞこの本をお読みください。この草案を考えた人びとが、どれほど強い、熱い思いをもって、あたらしい憲法を つくろうとしているかが、きっとおわかりになるでしょう。そのうえで、憲法を変えたほうがよいのかどうかを、しっかり考えてもらいたいと思います。」といっています。太郎次郎社エディタスの「あたらしい憲法草案のはなし」の特設ページより。

しかし、いずれにしろ自民党どのような国づくりのビジョンをもっているかを解き明かした本のようです。
この本を読んで読み取るかは読者自身の判断です。


太郎次郎社エディタスの「あたらしい憲法草案のはなし」の紹介ページ
http://www.tarojiro.co.jp/constitution_draft/#はじめに(本書より)

憲法記念の日 18、19歳のアンケートから

憲法を改正してよいか悪いか。
一つ言えることは、今の安倍政権では絶対に改憲をするのは危険すぎるといえる。
国民や国際社会に向けて、平気で嘘をつく。
丁寧に説明すると言って、的外れな答弁をする。
法に従ってといいながら、憲法や法をねじ曲げ解釈する。憲法をねじ曲げて解釈して作った法をもとに、憲法は実状に合わないから会見するという。
国民の意見を聞くといいながら、粛々と進める。
どれも恐ろしいくらいに、国民を愚弄している。
さらに、報道は公正にといいんがら、報道機関に巧妙に圧力をかけていく。
ましてや、立憲主義について語りかけるとすかさず、私はそのような憲法観をもっていないと、議論を深めることを拒否してしまう。

これでは、憲法論議をしても手練手管で、ごまかしたり話をそらしたり、それは公平でないと言って圧力をかけたり、真っ向からの議論を避けてしまうだろう。
そのような相手の作ったものは、どんなによいものでも運用の仕方で危険なものになってしまう。

神戸新聞の兵庫県かの18歳19歳に対象にした、新聞のアンケートによると、憲法改正の必要があるかに対し「ある」が11.6、「どちらかと言えばある」が32.2、「どちらかといえばない」が18.9%、「ない」が11.6%、「わからない」が25.8%でした。
これに対して20歳以上の全国の調査では同じアンケートを見ると、「ある」が19.7、「どちらかと言えばある」が34.7、「どちらかといえばない」が23.7%、「ない」が16.3%、「わからない」が5.6%です。
この二つの数字をくらべると、18歳19歳の人は、「わからない」が非常に多いです。アンケートにたしての応えに今まで政治のことを考えた事がなかった。や政治のニュースはほとんど見ないと答えています。

改正が必要がどうかの理由に対しての答えも、条文や内容があわなくなっているが半数以上です。アンケートの記事には、その部分がなぜ合わないかが書かれていないので、詳しくはわからないが、改憲論者が制定されてから70年が経ち時代に即していないと言っていることからくるものと思われる。
必要でないとするのは、戦争を放棄し平和が保たれているが38.0%でもっとも多いです。これも護憲論者の言い分の従っているように思われる。
もっと大切な基本的人権や立憲主義てきな問に対しての数字は非常に低いです。

それは、憲法改正で論議する対象はとの問に対してもそれは現れているといえる。
新聞などに話題に上る、「9条と自衛隊」が56.9%、「知る権利プライバシー」が27.5、「緊急事態の新設」が19.6%です。基本的人権や地方自治んどいん対して非常に低いです。

自民党が党としての草案を公表していることから、今の現行憲法で変える必要がない条項に対しても、議論の俎上にあげる必要があるでしょう。それにより、日本の国民の生活を守り形作っている憲法をもっと身近に考え議論するよりどこりとして議論していくことは非常意義深いものです。

そのため、テレビや新聞はもっと憲法特集を、教だけでなく、1週間、10日と長期に組むことが必要でしょう。

憲法と超自我

日本国憲法の9条について思想家の柄谷行人は、フロイトの第一次世界大戦後の戦争神経症患者を目の当たりにし、その攻撃性が自らの内に向かう超自我の存在に照らして考えています。それにより、憲法9条をこの「超自我」として見るべきだと言っています。
日本国憲法は、憲法学者や法律の専門家が作ったものでははく、また政治家が作ったものでもないです。敗戦の占領下でGHQ最高司令官であるマッカーサーの指令のもと、GHQ民政局の25人の人たちが作ったものです。
アジア太平洋戦争は、日本の国土を焦土と化しただけでなく、アジアの各地も焦土と化し、人々の心も荒んだもおににしました。それだけでなく勝者である連合国側の人々にも大きな心の傷を当てています。
それらを見ている25人の人たちは、戦争の対する嫌悪・忌避感等も伴って、法律学的よりまた政治的外交的な文言のようなものでなく、倫理的な人類の過去の過ちを見据えた倫理的な訴えを強く前面に表した、9条の条文になったのでないかと思う。
そして、押しつけ憲法とし幾度も憲法9条を変えようという声があがるが、それを変えてこなかったのは、日本国民の中にも同じように、その超自我てきな戦争を嫌悪・忌避をする倫理観がそれを阻んできているのでしょう。
そのためい、GHQに押しつけられた憲法だといいなが、それが今も在り続けられているのでしょう。

このことは、9条に限らず、第三章の「国民の権利及び義務」が生き続けるのも、明治憲法の「臣民権利義務」から、個人への解放されたことが大きいものでしょう。明治憲法の下では国民は臣民とさてれ、大幅に国民の権利は制限され、天皇のために尽くすことを義務づけられていました。そのため、アジア・太平洋戦争では天皇のため多くの国民は、外国の地で命を落とし、国民生活もそのために自由は制限され奪われていました。明治憲法下と書いたが始めから、国民をそのように扱うために明治憲法ができたのではなく、明治憲法にも国民の自由は一様保障され、欧米諸国から劣等国野蛮国とみなされないために、民主主義や立憲主義の考えは織り込まれていた。しかし、二様に解釈できる記述が憲法に書かれていたため、ある時から軍部の国政への干渉がまし、国民はまさに将棋の駒の臣民になってしまった。しかし、GHQの押し付けられたとされる日本国憲法は、国民に人間として個人としての自由とその人権が明記されてた。

このことを忘れてはならないし、今後も守っていかないといけないです。しかし、平気で憲法や法律を都合のよいように解釈することがまかり通ろうとして、いまそれが音を立てて崩されようとしている。これはなんとしても、阻止しなくてはならないものです。

タイで、新憲法の国民投票が実施されよとし、それに対しての議論がなされ始めているが。しかし、選挙管理委員会は、多額の費用をかけた大掛かりな運動は禁止されるとされながらも、個人がフェイスブックなどソーシャルメディアで意見を表明したり、賛否を表す小さな看板を自宅に掲げたりするのは可能だといっている。しかし、先日の時事通信によると、フェイスブックに新憲法草案を批判するメッセージを投稿した東北部コンケン県の団体を国民投票法違反容疑で警察に告発されている。このことはまさに、対岸の火事として見るのではなくいついま、まさに己に振りかかかろうとしているものとして捉えていく必要があるだろう。

産経新聞憲法草案

私は今まで知らなかったが、2013年4月26日に産経新聞が発刊80年を記念して、紙面のほとんどを使って、「国民の憲法」という特集していた。

それを見ていると、産経新聞社は、田久保忠衛杏林大学名誉教授を委員長として、佐瀬昌盛、西修拓殖大学客員教授、大原康男國學院大學名誉教授、百地章日本大学教授の起草委員会が作った、「国民の憲法」という草案と称する者を掲載してる。
その内容は、PDFファイルで読むことができるば、その内容は自由闊達にかかれていて、国のあり方をしめす憲法という枠を飛び越えたものです。
是に比べると、まだ自民党の草案の法がましと言えるところがあります。

この「国民の憲法」を起草した委員である学者先生は、自民党のように直接政治に関わらないので、何者にも捕らわれずに自分の考えや立場を五人で互いに話し合って練り上げた者のようです。しかし、それを大々的に新聞に掲載するのも、よほど度胸のある行為といえます。

田久保氏は日本会議の会長であり、他の委員も同じような考えを持った人のようです。それを考えると、憲法はどのようなものかという事がよくわかります。

自民党の憲法草案もそうだが、この憲法案も実現させるのあら、先の太平洋戦争を今一度見直し、先の大戦の敗戦を否定するなら、ポツダム宣言受諾の破棄や見直しもすべきでしょう。
今の日本は国際的にも信頼され評価されいるが、それは戦後日本国憲法のもとで今までたゆまぬ努力をつづけて、戦争をしない平和主義を貫き、日本国憲法の前文にあるように、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚し諸国民の公正と信義に信頼して、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてきたからです。
そして、憲法前文の理想すぎる理想の文言を掲げてきたからです。それを否定するような憲法は認められないです。
そでも、時代を逆戻りするような憲法をするら、敗戦を否定することになると思う。そうすれば国連憲章の敵国条項に触れることになるでしょう。

とももかくも、自民党の第二次憲法草案も産経新聞の憲法案も、明治憲法へと回帰するようなもので、ともに受け入れられないようなものです。
もうすぐ5月3日は憲法記念日です。日本国憲法を読んそこに何がかかれているかを改めて読んでみたく思う。


新聞紙面がPDFファイルになり読むことができるようになっている。産経新聞の力の入れようがわかり、産経新聞とはどのような新聞かが窺えるといえる。
「国民の憲法」要綱(PDF) - MSN産経ニュース

産経新聞80周年「国民の憲法」要綱 前文
以下最下部に各章の目次があるのでその前文をよむことができる。

「憲法改正」の真実

「憲法改正」の真実 <br />
「憲法改正」の真実
集英社新書 0826
樋口陽一/著 小林節/著

この二人の「護憲派」と「改憲派」の二人の重鎮のが出版を記念して対談をおこないました。その様子がyoutubeで紹介されていました。
いま自民党は何を狙って、憲法を改正しようとしているのか、そして憲法が改正されたらどのような国になるのか、その憂いをわかりやすく語っています。
もともと、樋口陽一先生は護憲派で、小林節先生は改憲派でしられています。しかし、二人とも立憲主義を蔑ろにし、国民を欺くような国会運営をしていることに対して、お二人の先生は危機感をいだいています。そのような自民党に憲法の改正の俎上にのせるのは、改正でなく改悪いや壊憲させることになると考えています。

樋口 陽一(東京大学名誉教授)×小林 節(慶応義塾大学名誉教授) 護憲派の泰斗と改憲派の重鎮が読み込む自民党草案

自民党憲法草案と戦争法との矛盾


自民党憲法草案と戦争法との矛盾

自民党憲法草案の前文には、「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、 ・・・・中略・・・・ 基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。 ・・・・中略・・・・ 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。」となっている。
また、そのQ&Aでは、人権については、「日本にふさわしい憲法改正草案とするため、まず、翻訳口調の言い回しや天賦人権説に基づく規定振りを全面的に見直しました。」として、「国民の権利義務については、現行憲法が制定されてからの時代の変化に的確に対応するため、国民の権利の保障を充実していくということを考えました。そのため、新しい人権に関する規定を幾つか設けました。また、権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。例えば、憲法11 条の「基本的人権は、……現在及び将来の国民に与へられる」という規定は、「基本的人権は侵すことのできない永久の権利である」と改めました。」と書いてある。

Q&Aに書かれている、憲法第十一条の原文は各々次のようにあります。日本国憲法「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来に国民に与えられる。」で、自民党草案は「国戸民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことができない永久の権利である。」

一方、安倍首相や自民党の人たちはしきりに、日本の伝統や文化を守り引き継いでいかなければならないと言っています。そもそもそのようなことを憲法に書き入れるものではないが、それを明記しようとしている。しかし、そのことを明記すると日本の文化や伝統は繚乱するような発展は阻害されてしまい、古来からの伝統をまもるだけになりかび臭いものになってしまうだろう。

それはともかく、安倍首相が進めようとしてる安全保障に関することは、憲法で集団的自衛権を認めるとどうなるのか。アメリカと共同作戦に参加することを可能にするものとなる。それは、つまりテロとの戦いであるが、今起きているテロはアメリカとテロ集団と見えるが、歴史的に見ていくとキリスト教の価値観とイスラム教の価値観との戦と言える。つまり一神教どうしの戦いということになる。

安倍首相の言うように日本の伝統は文化を尊重するなら、日本の思想的土台である宗教は神道は八百万神であらゆるものの神が宿っていると自然を敬い感謝して生活を営むとする宗教であり、仏教には神を対象としなく自分自身と向き合いおのれの人格を高める宗教です。すなわち、キリスト教対イスラム教やユダヤ教の、唯一絶対神での宗教のような対立はないものです。そのため日本は他者の神に対し寛容に受け入れられ、イスラム圏の難民支援が行えるのであり、キリスト教国でないち言うことから、いままでも経済活動が積極的にできてきた。イスラム教とキリスト教の相克に巻き込まれるような、キリスト教の価値観を重視する国に従属するように戦闘行為と共にすることは無理がある。このことにいて、日本の伝統や文化をよきものとしてる人は、これらのことに関してどのような説明ができるのだろうか。
国家神道は別として、八百万神や仏教のような宗教観を持った日本が、キリスト教の価値観がある米国が世界の警察と称して、テロと戦いの戦闘行動を共にすることは、安倍首相の理想とする日本の伝統と文化を尊重することに対して矛盾すことにどう考えているのだろうか。
つまり、安倍首相以下はよく日本を取り戻すなどと言うが、結局はアメリカに従属することの方が、日本の独自性や文化や伝統より重視していることのあらわれでないだろうか。そうなれば、イスラムの原理主義のテロ集団からキリスト教国と同様に見られてしまうことは必定だろう。まさに、日本のよき伝統と文化を守り、日本を取り戻すといいながら、売国いや米国に見返りを得ずに朝貢をしているようなもです。

また、問題の根本は、現代のグローバルな国際社会の国で、複数民族が暮らしそれぞれ価値観が違う個人個人が暮らすなかで、その国の憲法に、伝統とか文化とかをかくありきいうようなことを書くこと自体が、憲法にそぐわないものと言えいる。

憲法改正について

新聞社が加盟している、日本世論調査会の世論調査がされ、その記事が載っていた。

改正すべきがそれぞれつぎのようだった。
9条と自衛隊 52.4%
知る権利・プライバシー保護 23.3%
緊急事態条項の新設 15.9%
基本的人権 15.5%
内閣・議会制度 12.0%
地方分権・地方自治 11.4%
国際貢献 9.6%
前文 7.2%
環境権 5.6%
天皇制 5.5%
改憲発議用件 5.5%
財政規律条項の新設 4.1%

このような、結果でした。多くの人が9条について関心があることが読みとれるといえる。

憲法改正に賛成の理由について、憲法の条文や内容が時代に合わなくなっているからと回答した人が、61%。反対の人の理由で、戦争放棄を掲げ平和が保たれているからが、40%だそうです。

わたしは、「日本国憲法」と「自民党草案」を読み比べたが、現行憲法は決して言うほど時代に合わないとは言えない、むしろ先進的なところもある程で、世界的な稀有な憲法と言える。
逆に自民党草案は、国民主権、基本的人権の尊重、民主主義と自由と平等に対して逆行している。
自民草案のQ&Aには、このことについて「日本国の歴史や文化、国や郷土を自ら守る気概、和を尊び家族や社会が互いに助け合って国家が成り立っていることなどを表明」と書かれているが、歴史的に見ても奈良時代はともかく、それ以降は武家社会に以降していき、明治維新後の明治22年に大日本帝国憲法ができ、天皇を戴いた国であり、国民は天皇に使える子であり臣民だとなっています。自民党草案もそのようなことがうかがえる文言があります。
「第一段落では、我が国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であることを明らかにし、」。さらに、「国民は国と郷土を自ら守り、家族や社会が助け合って国家を形成する」と書かれています。よく読むと、「明治憲法」より国家主義的な要素があるようにかんじる。

話はもどしてわたしは、改正すべき点はあると考えている。しかし改悪や壊憲になってなはならない。
ましてや、自民党憲法草案のような、愚憲のようなものに決してしてはならないです。

憲法改正と言えば、9条の不戦の誓いと軍隊の府保持の条項が問題によくあがる。
9条については、軍隊の保持をするには、個別的自衛権のみを認め、専守防衛に徹すべきでしょう。
海外への人道支援は行うにしても、その運用を明確に居続けられるべきです。

知る権利とプライバシーの保護は、国民の知る権利と国家や権力者からプライバシーを保護されるべきです。

緊急事態条項は、3.11や1.17の大震災でもその被災地は大混乱をしたが、日本全土はいつもと同じ生活をしていました。つまり、自然災害などで緊急事態宣言を発令する必要はないです。ましてや、自民党草案では戒厳令を引くような、首相に全権を委任し国会の任期をなくすようなことは非常に危険としか言いようがないです。

基本的人権は、国家から個人の人権を守られるもので無くてはならないです。

行政改革として、内閣と国会のあり方を見直す必要があるでしょう。今のように、国会の解散と臨時国会の開催を首相が随意できるようなことであってはならないです。

地方自治はさらに進めるべきで、中央集権的に逆戻りするようなことではいけないです。

前文は、自民党草案の前文はお話にならないです。まるで北朝鮮や中国の憲法のようです。

天皇制はいまの象徴天皇制は国民の中に広く定着しています。それも、明仁陛下が国民に寄り添ってつねに国民のことを考えておられるからでしょう。

財政規律条項の新設は、いまの安倍政治の経済政策では、グローバル企業だけが潤い国民生活が潤うことはないでしょう。国民の生活権をよく考えて文化的な生活が送れるように考えるべきでしょう。

それと、世論調査の新聞発表では書かれていなかったが、「憲法尊重擁護義務」については、現行のままでよく、自民党の草案のように、その全て国民に尊重義務をかすのは国民主権の憲法としておかしいです。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 日本の民主主義
    風と雲 (05/25)
    現憲法を、与えられ押しつけられたことを改憲の理由にするのは戯言としか思われない。GHQの優れた選良達が、強い意志と理想を以って日本国の改革に込めた理念と体系の案
  • これからの世界情勢
    竹林泉水 (05/16)
    ポピュリズムは民衆迎合主義ともいわれ、民衆に人気のある政策を主張するが、多数派(マジョリティー)の意見を重視し、少数派(マイノリティー)を無視したり、時には敵対
  • これからの世界情勢
    アジシオ次郎 (05/15)
    こんにちは。

    移ろい易い国際情勢、韓国とフランスで大統領が代わり、欧米ではポピュリズムに訴えて支持を伸ばす政党が台頭するなど、予断を許さない状況ではあります
  • 安倍総裁のビデオメッセージ
    竹林泉水 (05/11)
    > 2006年に安倍晋三は「新しい国へ 美しい国へ」という本を書いています。
    これについて、追加です上記のタイトルの本は、2013年に増補として出されたもので、2006年の
  • 安倍総裁のビデオメッセージ
    竹林泉水 (05/11)
    2006年に安倍晋三は「新しい国へ 美しい国へ」という本を書いています。
    それを読んだらわかるのではないかと思います。
    70年前の日本を取り戻したいと思っているようで
  • 安倍総裁のビデオメッセージ
    風と雲 (05/07)
    安倍政権になってから、日本の国をどういう風にしたいのか、何が今の日本で足らないのか、不整備だとしているのかさっぱり分らない。70年間大きな過誤なしに比較的平和に
  • 今村氏の発言より二階氏のマスコミへの苦言
    竹林泉水 (04/29)
    > 自民党・二階幹事長のこの発言は「報道規制」につながりかねないが、自分たちに都合の悪い情報や報道を・・・・
    マスコミがこのことに対して抗議しないのは、すでに
  • 今村氏の発言より二階氏のマスコミへの苦言
    アジシオ次郎 (04/28)
    こんにちは。

    自民党・二階幹事長のこの発言は「報道規制」につながりかねないが、自分たちに都合の悪い情報や報道を抑圧しようとするのは客観性がない以前のもので、
  • 山本大臣の発言
    竹林泉水 (04/22)
    自民党の議席を多数とったことによる驕りと、下野に下った時のトラウマがあり、自分のすることが正しい思いこんでいるのでしょう。

    アメリカ追随が自民党の一部の反動的
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