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中曽根康弘のもう一つの憲法

中曽根康弘元首相は、2005年1月に世界平和研究所(中曽根康弘主宰)から、高度民主主義民定憲法にかわる、平和研憲法試案なるものを発表している。
その条建は次のようになっている。

前文
第一条 天皇の地位
第一章 国民主権
第二章 天皇
第三章 安全保障及び国際協力
第四章 国民の権利及び義務
第五章 国会
第六章 内閣総理大臣
第七章 裁判所
第八章 財政
第九章 地方自治
第十章 改正
第十一章 最高法規

となっている、国民主権を強調したいのか、第一章は国民主権になってるが、その前に、天皇の地位を前置きし「国民に主権の存する日本国の元首であり、国民統合の象徴である。」と、意味のよくわからない条文を置いている。

前の憲法案にあった「主権が国民に存する民主主義共同体である。日本国のすべての国権は、その源を国民に発するものであつて、国民の信託に基づいて、その代表者を通じ、国民の幸福を目的として行使される。」は、これは現行憲法の「国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり」の焼き直しのようなものだが、アメリカの独立宣言にある「人民の人民による人民のための政治」からもちいたものだとしてか、なくなっている。
しかしこれは人類普遍の原理とあることをどのように考えているのだろうか。
他の、自民党案や読売や産経や日本青年会議などの憲法もこの普遍の原理を疎かにしてることは、今後日本の民主主義がどのようになるか心配でだ。

始めの案のように、内閣総理大臣を内閣首相にすることは取り下げているが、条文をよんでいくとキナ臭いところが、そこかしこに見うけられます。

どうも前の憲法は、高度民主主義民定憲法と言う名前もそうだが、平和研憲法試などとつけることじた、朝鮮人民民主主義共和国の国の名前のように感じる。ソ連時代のプラウダの小話のように、北朝鮮のどこに民主主義があり共和制であろうか。中華人民共和国と言うが、共産党独裁のどこに人民の政治があるのだろうか。

山本有三と憲法

山本有三と憲法

日本国憲法の口語訳にもかかわったとされる、山本有三が1946年1月5日にいまのNHKであるJOAKで「竹」と言う談話をしている。山本有三と言えば、教科書にのっていた『路傍の石』や『真実一路』ぐらいしかいしらないが、戦後間もなく貴族院議員にも勅撰され、新憲法の下では全国区から参議院議員にも当選していることはよくしらなかった。実は私が有三が憲法の口語訳に関わっていたことをしたのも、改憲派が現行憲法をGHQの押し付けだとし英文を翻訳したようなものだというので、それについて調べていたら最近山本有三が関わっていたことをしったほで、有三については前から気になってはいたがほとんど知らなかったです。

話しを「竹」にもどします。
有三は戦前の日本は50年前の日清戦争ごろは上り坂にあったが、アメリカのエール大学ラッド教授が日本人について、「感情的で激しやすくうまくゆきそうにないと冷めやすく移り気だとし。人民の幸福や社会正義よりも、忠孝の道徳観を信じている。これを改めないと日本人は世界の注目を引くだろうが、それを改めないと世界の人民の中で偉大な国民となれないだろう」と50年前に言っていると紹介している。そして、50年後に偉大な国になれなかったばかりかもっともみじめな国民になり下がったと書いている。その原因は、政治家や軍部やマスコミなどの責任だけでなく、国民の中にもそれがあると書いています。
そして、桜と竹に例えて、桜よりも竹がよいと言っています。桜はパッと咲いてパッと散る、これは熱しやすく冷めやすい日本人の気性にあてはまる。
そして、竹につてい有三は次のようにいっている。竹は冬になって大雪が降っても、じっと耐えて辛抱しているどんな上からの圧迫が強かろうが、ポキッと折れるようなふがいないことはめったにない。竹は雪が必ずいつかは降りやみことを知っている。そして雪が小やみになると自分の力で雪をはねのけて払い落として、ピンんと元の姿に返ってゆく。と言っています。
そして最後に次のように閉めています。
「日本人は、感情的な国民だと言われえおります。しかし、意志の力が恵まれていないでしょうか。 ・・・中略・・・ 、われわれ日本人が実地にこれをおこなってみることが、もっと大事です。日本人みずから立ちあがらないで、どうして国の建てなおしができますでしょうか。その意味におきまして、新日本建設の最初の正月にあたり、特に竹の話を申しあげたしだいでございます。」

有三はこの年の十一月に新憲法発布で、戦争放棄について朝日新聞に「戦争放棄と日本」の表題で寄稿し、その中でつぎのよう箇所がある。有三は外国人とこの戦争放棄に問題で話し合ったとき、戦争権を放棄することは、日本としては真剣なことなのだと言うと、「あなたは文学者だから・・・・・・」と、簡単にあしらわれたと言っている。そこで有三は中大兄皇子(のちに天智天皇)は、新羅が百済に攻め入ったとき、百済を救うために唐と新羅に攻め入った白村江の戦いで大敗した以来、明治の初めまで秀吉の出兵以外には外国に攻め入ったことはなく平和を愛する国だと言っている。そう思えば戦った相手である唐とは、遣唐使を送り公式の使節団で交流しているし、朝鮮とも外交使節団が朝鮮通信使として交流している。江戸時代には日本に拉致された朝鮮人送還も兼ねておこなわれている。このように有三のいうように、日本は本来は平和を望む国なのであろう。それでは明治初期以来の脱亜入欧で国の発展をめざし、西欧の帝国主義を見習い、片や神道国家を目ざす廃仏毀釈を打ち進め、軍国主義・侵略主義に進んだのは、本来の日本の在り方だったのだろうか。
鎖国をしていた日本は開国をし幕末以来、多くの西洋の文物を取り入れたそのとき、善いものも取り入れ大きく発展したとともに、如何わしい帝国主義まで取り入れて、西洋の大国と対峙しようとした。そして日清日露戦争の勝利により、思い上がり亡国愛国主義がはびこったとしている。
そして、日本は惨めな敗戦をした経験を踏まえ、戦力不保持・戦争放棄について有三は次のように言っている。
武力について「そんなものは、きれいさっぱりと投げ出してまって、裸になることである。そのほうが、どんなにさばさばするかしれない。裸より強いものはないのである。なまじ武力なぞ持っておれば、痛くもない腹をさぐられる。それよりは、役にも立たない武器なぞ捨ててしまって、まる腰になるほうが、ずっと自由ではないか、そこにこそ、本当に日本の生きる道があるのだと信ずる。」
この言葉など、安倍晋三などの9条に改憲に積極的な人が読むと、なんて脳天気だと腰を抜かすだろう。確かにいまの国際情勢で日本一国が戦争に背を向けることはできないであろうし、国際貢献をする大国としての日本を目ざすなら避けられないことです。
しかし、二度と世界大戦をして世界が大きな犠牲を払った直後のことをかんがえると、平和への有三のこの意気込みを感じます。
有三は最後に「前略・・・・・・この新しい憲法の発布されたのを機会に、はっきりと自分の道を歩みだしてもらいたい、我々は敗戦国民に相違ないが、今や真理と自由と平和を目ざして、新しい国家を築きあげんとしているのである。・・・・・・以下略」

付け加えになるが、明治維新により、大政奉還がされ薩長土肥の藩閥せいじにより、天皇制を正当化するため国家神道がつくら、軍閥や財界に抗することができず海外進出をしてゆくが、天皇制をよりどころにする記紀なども、白村江の戦い後に作られてもので、万葉の世やと大仏建立などの天平文化が花開き、西はペルシャに至るまでの交流をし、美と信仰と平和のために力を尽くしてきことは、蔑韓嫌韓や中国脅威論に馳せるのではなく今の世も見習いたものです。

中曽根康弘の憲法案

憲法に調べていると、改憲案は幾つも出てくるが、どれもいまの憲法を護憲して発展的に民主主義憲法を強固なものにしようとするものには行きあたらない。
どれも、憲法9条を変え、国民主権を称えながらもいまの国民の権利義務より後退させるものばかりです。
そう思っていたら、また、別の憲法案が出ていきました。元首相の中曽根康弘氏の私擬憲法案です。
名前がまた中曽根氏らしい奮ったもので「高度民主主義民定憲法草案」となっています。

この憲法の章立ては次のようになっている。
高度民主主義民定憲法草案
日本国憲法
勅語
前文
第一章 日本国及び天皇
第二章 国民の地位及び国家の責務
第三章 国会
第四章 内閣
第五章 憲法評議会
第六章 司法
第七章 財政
第八章 防衛
第九章 地方自治
第十章 改正
第十一章 補則

中曽根氏は以前に現行憲法を「押し付けられた憲法」といわず「与えられた憲法」と言いたことがる。
この憲法の特徴は、
「首相公選」と総理大臣を内閣首相とし、憲法評議会をつくる三点にあるといえます。

その憲法評議会について、第93条に、現に職にある両議院の議長及びかつて内閣首相の地位に在つた者は、当然に憲法評議会の委員となる。
とありつまり総理大臣経験者が憲法評議会の委員となり、政権に都合の良い人が委員につくことができるようになっている。
本来憲法裁判所は違憲立法審査権や憲法保障に関する争訟や勝手な憲法解釈に歯止めをかけるもで、95条では、憲法評議会は、内閣首相及び内閣副首相の選挙の適法性を監視し、その結果を発表する。2憲法評議会は、法律の定めるところにより、前項の選挙に関する異議について審査する。3憲法評議会は、法律の定めるところにより、国民投票の執行の適法性を監視し、その結果を発表する。
このように書かれているが果たして、いまの日本のように自民党の独裁のような長期政権の下では本来の機能がこれでは果たせるだろうか。
首相の公選制をとなえながら、憲法評議会の権力が制限されていないのでは、首相を自由に罷免など出来るようになるのではないか。


前文は次のようになっている。
 わが国日本は、主権が国民に存する民主主義共同体である。日本国のすべての国権は、その源を国民に発するものであつて、国民の信託に基づいて、その代表者を通じ、国民の幸福を目的として行使される。
 国民は、ひとしく人間としての尊厳を保障されるとともに、共同体の一員としての責務を負担する。
以下略
主権在民と現行憲法と同じような、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」ことが書かれいるが、「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」は、「国民は、ひとしく人間としての尊厳を保障されるとともに、共同体の一員としての責務を負担する。」になっている。この共同体の一員とはなんだろうか。
前文の最後には、「大日本帝国憲法及び日本国憲法の歴史的意義を想起しつつ、その経験を生かして、新時代にふさわしいわが日本国の根本規範として、すべての国民の名で、この憲法を確定する。」となっています。

天皇については、象徴といわず、第一条 日本国は、天皇を国民統合の中心とし、その主権が国民にある民主主義国家である。としている。

国会議員には憲法を守る義務をおわし、内閣首相には、就任前に「私は内閣首相の職務を忠実に遂行し、日本国憲法を守り、全力をつくして国際平和と国民の福祉の増進に努力することを誓う。」の宣誓を行なわなければならないとしている。
しかし、国民の権利義務については、第二章 国民の地位及び国家の責務 という表現になっている。
第三十五条 すべての国民は、憲法その他の法令を順守しなければならない。
第三十六条 すべての国民は、国を防衛する義務を負う。
として、主権者である国民に憲法についても順守義務をおわしている。

このあとに、中曽根康弘氏は公益財団法人 世界平和研究所を作り、平和研憲法試案を公表してるようです。
こちらの方も調べて見たく思います。

憲法を擁護義務は誰に対して

憲法改正への備忘録

最高法規について各憲法案から抜書きしてみた。
現行憲法では、97条で基本的人権の由来特質を明記しているが。また、国民主権の民定憲法として国民には憲法尊重擁護の義務課していない。
しかし、ここに上げた各憲法案は国民に課している。
産経新聞と日本青年会議は、天皇や国務大臣や官僚などの公務員などにも、憲法擁護義務を課している。
読売新聞案は国民のみに課している。天皇や政権を担ったものは、憲法を守らなくてもよいのだろうか。
自民党案は天皇には憲法の擁護義務を課していない、これではまるで欽定憲法と言わんばかりです。
安倍首相や自民党憲法Q&Aでは立憲主義は君主制時代のもので暴君を縛るものだと言うが、自民党は第1条で天皇を元首としているが、天皇に擁護義務を課さないことは、どのように理解したらよいのだろう。


自民党
十一章 最高法規
(憲法の最高法規性等)
第百一条この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
(憲法尊重擁護義務)
第百二条全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。


産経新聞
第十章 憲法秩序の保障
第一一一条(憲法の最高法規性)この憲法は、国の最高法規であって、これに反する条約、法律、命令、規則または処分は、効力を有しない。
第一一二条(憲法の遵守義務)天皇または摂政、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を遵守し、その条規に反する行為をしてはならない。
2国民は、この憲法を遵守する義務を負う。
第一一三条(最高裁判所による憲法保障)憲法の最高法規性を保障するため、最高裁判所の中に、憲法判断を専門に行う憲法裁判部を設置する。憲法裁判部の裁判官は、最高裁判所の裁判官の中から、互選により選出する。
2裁判所が、具体的争訟事件において、適用される条約、法律、命令、規則または処分が憲法に違反するおそれがあると認めたときは、裁判手続きを中断し、最高裁判所の判断を求めることができる。
3憲法裁判部は、適用される条約、法律、命令、規則または処分が憲法に違反しないと判断したときは、当該下級裁判所に通知し、憲法に違反する疑いがあるとき、または判例の変更もしくは新たな憲法判断が必要と認めたときは、裁判官全員で構成する大法廷に回付しなければならない。
4最高裁判所が憲法違反と判断した条約、法律、命令、規則または処分は、その争訟事件において、効力を有しない。
5憲法裁判部の組織および運営については、法律でこれを定める。


読売新聞
前文
この憲法は、日本国の最高法規であり、国民はこれを遵守しなければならない。


日本青年会議
第十一章 最高法規
(憲法の最高法規性、条約及び国際法規の遵守)
第百八条この憲法は、国の最高法規であって、その条文に反する条約、法律、条例、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
②日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
(国旗及び国歌)
第百九条日本国の国旗は日章旗であり、国歌は君が代である。
(憲法尊重擁護義務)
第百十条天皇又は摂政及び内閣総理大臣、国務大臣、国会議員、地方自治体の長及びその議会の議員、裁判官その他の公務員は、国民とともに、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。


日本国憲法
第10章 最高法規
〔基本的人権の由来特質〕
第97条この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
〔憲法の最高性と条約及び国際法規の遵守〕
第98条この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
〔憲法尊重擁護の義務〕
第99条天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

読売新聞の2004年の憲法案 

このブログで、現行の日本国憲法を押しけ憲法だとして、自民党、産経新聞、日本青年会議などが独自の憲法案を発表している。
これ以外にも、読売新聞がそれよりも前の0994年、2000年、2004年の3回にわたり、憲法案を発表していました。
いままで、前文と天皇に関した部分と、国民の権利と義務に関したところを、それぞれを対比しながらこのブログに載せてみた。
この読売新聞案も、備忘録としてここに書きとどめておきたいと思う。

まず初めに読売憲法は現行憲法と章立てが違うので、現行憲法と対比してその違いを見てみる。

日本国憲法
前文
第1章 天皇(1条-8条)
第2章 戦争の放棄(9条)
第3章 国民の権利及び義務(10条-40条)
第4章 国会(41条-64条)
第5章 内閣(65条-75条)
第6章 司法(76条-82条)
第7章 財政(83条-91条)
第8章 地方自治(92条-95条)
第9章 改正(96条)
第10章 最高法規(97条-99条)
第11章 補則(100条-103条)

読売新聞憲法
前文
第一章 国民主権(94年試案で新設)
第二章 天皇(現行第一章)
第三章 安全保障(現行第二章 戦争の放棄)
第四章 国際協力(94年試案で新設)
第五章 国民の権利及び義務(現行第三章)
第六章 国会(現行第四章)
第七章 内閣(現行第五章)
第八章 司法(現行第六章)
第九章 財政(現行第七章)
第十章 地方自治(現行第八章)
第十一章 改正(現行第九章)

章立てで大きく違うところは現行憲法は、形上は大日本帝国憲法(明治憲法)の改正として作られたので、章立ては天皇から始まり同じです。しかし、読売新聞憲法は、国民主権を新設して、国際協力を新設し、最高法規を削除しています。
内容を見ると、前文は他の憲法案とどうように文言は短いが、中国の憲法とどうように自国の優れていることに言及している。特段にそれに言及することは悪いことではなく、中国の憲法のように延々とくどくど言及していないでこれもよいでしょう。しかし、「日本国民は、民族の長い歴史と伝統を受け継ぎ、美しい国土や文化的遺産を守り」は、日本はアイヌ民族や沖縄の人たちも日本を形成している一要因であること忘れてはならな
いです。
一つ判らないのが、国民の権利義務の章の19条に天皇の摂政のことが書かれていることです。

また、「〔憲法尊重擁護の義務〕第99条天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」
が削除され、
人権条項に関しては、「公共の福祉」が「公共の利益と調和」に変わっている。
また、地方自治については、その財政などは「地方自治は、地方自治体及びその住民の自立と自己責任を原則とする。としながら、「地方自治体は、国と協力して、住民の福祉の増進に努めなければならない。」として、国が地方を管理指導できる上下関係が書かれ、自民党憲法案の緊急事態条項のようなところがある。

先にあげた、自民党憲法や産経新聞、日本青年会議など、現行憲法を押し付け憲法といいながら、これらの憲法は国民に押し付けた憲法と言えないだろうか。


前文
日本国民は、日本国の主権者であり、国家の意思を最終的に決定する。国政は、正当に選挙された国民の代表者が、国民の信託によってこれに当たる。
日本国民は、個人の自律と相互の協力の精神の下に、基本的人権が尊重され、国民の福祉が増進される、自由で活力があり、かつ公正な社会をめざす。
日本国民は、民族の長い歴史と伝統を受け継ぎ、美しい国土や文化的遺産を守り、これらを未来に活かして、文化及び学術の向上を図り、創造力豊かな国づくりに取り組む。
日本国民は、世界の恒久平和を希求し、国際協調の精神をもって、国際社会の平和と繁栄と安全の実現に向け、不断の努力を続ける。
地球環境は、人類の存続の基盤であり、日本国民は、国際社会と協力しながら、その保全に努め、人間と自然との共生を図る。
日本国民は、これらの理想と目的を達成し、国際社会において、名誉ある地位を占めることを念願する。
この憲法は、日本国の最高法規であり、国民はこれを遵守しなければならない。

第一章 国民主権(94年試案で新設)
第一条(国民主権)主権は、国民に存する。
第二条(主権の行使)国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じ、及び憲法改正のための国民投票によって、主権を行使する。
第三条(政党)
(1)国民は、その政治的意思形成に資するため、自由に政党を結成することができる。
(2)政党は、国民主権の原理を尊重し、国民の政治的意思を集約し、統合する役割を果たし、民主政治の発展に努めなければならない。
(3)政党は、政治活動に要する資金の収支を国民に明示しなければならない。
  略

第五章 国民の権利及び義務(現行第三章)
第一六条(基本宣言)国民は、すべての基本的人権を享有する。この憲法が保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。
第一七条(自由及び権利の保持責任)この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。また、国民は、常に相互に自由及び権利を尊重し、国の安全や公の秩序、国民の健全な生活環境その他の公共の利益との調和を図り、これを濫用してはならない。
第一八条(個人の尊厳)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の利益に反しない限り、立法その他国政の上で、最も尊重されなければならない。
第一九条(法の下の平等)
(1)すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
(2)華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
(3)法律の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行う。この場合には、第一項の規定を準用する。
(4)栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
第二○条(人格権)
(1)何人も、名誉、信用その他人格を不当に侵害されない権利を保障される。
(2)何人も、自己の私事、家族及び家庭にみだりに干渉されない権利を有する。
(3)通信の秘密は、これを侵してはならない。
第二一条(思想及び良心の自由)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
  略
第二八条(生存権、国の社会的使命、社会連帯)
(1)すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
(2)国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
(3)国民は、自己の努力と相互の協力により、社会福祉及び社会保障の向上及び増進を図るものとする。
第二九条(人為による生命操作等)人為による人の生命の操作及び生成は、人及びその生命の尊厳の保持、生命及び身体の安全の確保並びに社会秩序の維持に重大な影響を及ぼすおそれのあるときは、法律によって制限し、又は禁止することができる。
  略
第三三条(労働者の団結権)勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
第三四条(職業選択及び営業の自由)何人も、公共の利益に反しない限り、職業選択及び営業の自由を有する。
第三五条(財産権、知的財産制度の整備)
(1)財産権は、これを侵してはならない。
(2)財産権の内容は、公共の利益に適合するように、法律でこれを定める。
(3)私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる。
(4)国は、知的創造力を高め、活力ある社会を実現するため、知的財産及びその保護に関する制度の整備に努めなければならない。
制度の整備に努めなければならない。
  略

第十章 地方自治(現行第八章)
第一一一条(地方自治の基本原則)
(1)地方自治は、地方自治体及びその住民の自立と自己責任を原則とする。
(2)地方自治体の組織及び運営に関する事項は、前項の原則を尊重して、法律でこれを定める。
(3)地方自治体は、国と協力して、住民の福祉の増進に努めなければならない。
第一一二条(地方議会、長・議員等の直接選挙)
(1)地方自治体には、法律の定めるところにより、議会を設置する。
(2)地方自治体の長及びその議会の議員は、その地方自治体の住民が直接これを選挙する。
第一一三条(地方自治体の権能、条例制定権、財政)
(1)地方自治体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の趣旨に反しない範囲内で条例を制定することができる。
(2)地方自治体の財政は、国の財政や経済情勢を考慮し、自主財源を基礎とする健全な財政をめざして、適正に維持及び運営されなければならない。
第一一四条(特別法の住民投票)特定の地方自治体に適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方自治体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。
第一一五条(地方自治体の行政情報の開示請求権)地方自治体の住民は、条例の定めるところにより、当該地方自治体に対して、その事務に係る情報について、開示を求めることができる。


改憲案は審議を尽くされるのか

一昨年強引に成立した、安保法は新法の国際平和支援法と平和安全法整備法の改正、それと、後者の関連法10本の総称で、12本の法律を審議していた、それを単純に一本あたりの審議時間のにすると10時間に満たない時間で審議している。自民党は安保法は100時間もかけているので充分に審議が尽くされたと言っているが、果たして100時間は充分審議時間を確保したと言えるだろうか。また尽くしたとは中身が充実していてのことで、国会審議を見ていても到底丁寧な答弁と言えない応答で、それではただ時間をかけしただけで充分といえるのだろうか。

安倍首相は2020年に憲法改正をするといっているが、投票までの国民への周知期間が60日から180日となている。このことから、8月に開かれる臨時国会に、自民党は改憲案を上程するのだろう。2012年には全面改正案を公表しているが、しかし、自民党はどの部分をどのようにしたいのかまだ明らかにしていない。

安保法の審議が上記した状態だったのでは、憲法の改正案が国会に上程されたら充分に審議されるかいささか不安になります。
憲法は国に統治にあり方の骨幹となるもです。それは、憲法の一条一条は一つの法律以上の重みがあります。100条以上あるので、100本以上の法律を審議するようなものとの見方もできる。当然それは逐条審議されるべきす。
憲法のどこをどのように変えるのかまだ議論に上がっていないが、少なくとも自民党案が2012年に公表した案のように、丸ごと改正するのは無理でしょう

さきに、憲法9条をそのままにして、自衛隊を明記する条文か条項を加えると言っているが、戦力を保持しないと明記するのに、戦力の実行部隊を持つとするは、明らかに矛盾がそこにできてしまいう。安倍首相に頭に中では整合性があるとなるのでしょうが、私にはどのように考えてもそのような論理をつくりだせません。
正直に、9条を変えて、自衛隊を明記すればよいのですが何故そのような姑息は矛盾に満ちたことができるのでしょうか。
今かで歴代の首相が、集団的自衛権は違憲だとしてきたのを、ただの閣議で解釈を変更して合憲としたり。武器輸出三原則で事実上武器輸出ができないようにしてきたが、これも、歴代の内閣が慎重で守ってきた、それをこれも閣議決定で防衛装備移転原則として、武器輸出を可能にしてきました。この二つとも閣議決定で決めることは可能だが、国の今までの方針を大きく変えることなので、国会での意見も聞くべきものです。それを閣議で勝手に変えることは、やはり以前ブログに書いたがクーデターのようなものです。

そのようなことを考えるとやはり、憲法の改憲案について充分に審議が尽くされるのか非常に不安です。

改憲についての備忘録 2

論議の備忘録
保守的改憲論者の改憲案から国民の権利義務の条項の抜書


産経新聞 「国民の憲法」2013/0426
第一三条(国家主権、国および国民の責務) 国は、その主権と独立を守り、公の秩序を維持し、かつ国民の生命、自由および財産を保護しなければならない。
 2 国民は、みずから国家の一員であることを自覚し、その発展に寄与するよう努めなければならない。
第一八条(基本的人権の制限) 権利は義務を伴う。国民は、互いに自由および権利を尊重し、これを濫用してはならない。
 2 自由および権利の行使については、国の安全、公共の利益または公の秩序の維持のため、法律により制限することができる。
 第一九条(国民の義務) 国民は、国を守り、社会公共に奉仕する義務を負う。
 2 国民は、法令を遵守する義務を負う。
 3 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。

日本青年会議所
第八条 国民は、国家により個人として、又は共同体の一員として尊重され、基本的な権利の享有を妨げられない。この憲法が保障する基本的な権利は、現在及び将来の国民に与えられ、国民は、この基本的な権利を、不断の努力によって保持し、子孫に継承する責務を負う。
② 国民は、前項に掲げる権利を濫用してはならず、常に公の利益及び秩序を保つためにこれを利用する責務を負う。
③ 国民の基本的な権利及びその他の権利については、国の安全、公の秩序の維持、及び公共の利益を損なわない限り、又はこの憲法第九章に定める非常事態の場合を除き、最大限に尊重される。
 (共同の責務)
第九条 国民は、国及び共同体の利害並びに世代を越えた利害等を、利他の精神をもって一体となり、解決する共同の責務を負う。

自民党 2012/04/27
(国民の責務)
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
(人としての尊重等)
第十三条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。


現行の日本国憲法
前文
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
第11条国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕
第12条この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
〔個人の尊重と公共の福祉〕
第13条すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

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改憲大日本帝国憲法の臣民権利義務
第19条日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得
以下の条文で言論出版結社などの自由も保障されているが、いずれも法律に定められた範囲内でと書かれ、信教の自由に於いては安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テとなっている。

改憲についての備忘録

改憲論議の備忘録

自民党は敗戦により連合国特にアメリカから押し付けられたという70年間改正することができなかった憲法を変えようとしています。
そこで、自民党は何をどのように変えたいのかその意図は何なのかを考えて見るとともに、他にも今の憲法は自虐的だなどという人たちのなかに、独自に憲法案を作っているところがあります。それは要旨だけでなく逐条を具体的に公表しているので、その主なものを見てみようと思う。
これらの文言については、ここでは特に何も述べない、それは後ほどに徒然と書き綴っていくだろう。

保守的改憲論者の改憲案から前文の抜書

産経新聞社 2013年4月26日
国民の憲法  前文
 日本国は先人から受け継いだ悠久の歴史をもち、天皇を国のもといとする立憲国家である。
 日本国民は建国以来、天皇を国民統合のよりどころとし、専断を排して衆議を重んじ、尊厳ある近代国家を形成した。山紫水明の美しい国土と自然に恵まれ、海洋国家として独自の日本文明を築いた。よもの海をはらからと願い、和をもって貴しとする精神と、国難に赴く雄々しさをはぐくんできた。
 日本国民は多様な価値観を認め、進取の気性と異文化との協和によって固有の伝統文化を生み出してきた。先の大戦による荒廃から復興し、幾多の自然災害をしなやかな精神で超克した。国際社会の中に枢要な地位を占め、国際規範を尊重し、協調して重要な役割を果たす覚悟を有する。
 日本国は自由主義、民主主義に立脚して、基本的人権を尊重し、議会制民主主義のうえに国民の福祉を増進し、活力ある公正な社会を実現する。国家の目標として独立自存の道義国家を目指す。人種平等を重んじ、民族の共存共栄をはかり、国際社会の安全と繁栄に積極的に貢献する。
 われら日本国民は、恒久平和を希求しつつ、国の主権、独立、名誉を守ることを決意する。これら崇高な理想と誇りをもって、ここに憲法を制定する。


日本青年会議所 2012年10月12日
前文
日本国は、四方に海を擁し、豊かな自然に彩られた美しい国土のもと、万世一系の天皇を日本国民統合の象徴として仰ぎ、国民が一体として成り立ってきた悠久の歴史と伝統を有する類まれな誇りある国家である。
我々日本国民は、和を貴び、他者を慮り、公の義を重んじ、礼節を兼ね備え、多様な思想や文化を認め、独自の伝統文化に昇華させ、豊かな社会を築き上げてきた。
日本国は、自主自立の主権国家としての権利を行使するとともに、責務を全うし、互敬の精神をもとに日本を含む地球上のあらゆる地域から貧困と殺戮をなくし、全世界の平和に貢献すると同時に、国際社会を率先して牽引すべき国家であると確信する。
我々日本国民は、国の主権者として、悠久の歴史と誇りある伝統を受け継ぎ、現在及び未来へ向け発展・継承させるために、五箇条の御誓文以来、大日本帝国憲法及び日本国憲法に連なる立憲主義の精神に基づき、ここに自主的に新日本国憲法を制定する。


自民党 2012年4月27日
(前文)
日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

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大日本帝国憲法(明治憲法)には、告文と憲法発布勅語があり、前文にあたる部分がかかれている。
その前文に当たる上諭を示して於く。

朕祖宗ノ遺烈ヲ承ケ万世一系ノ帝位ヲ践ミ朕カ親愛スル所ノ臣民ハ即チ朕カ祖宗ノ恵撫慈養シタマヒシ所ノ臣民ナルヲ念ヒ其ノ康福ヲ増進シ其ノ懿徳良能ヲ発達セシメムコトヲ願ヒ又其ノ翼賛ニ依リ与ニ倶ニ国家ノ進運ヲ扶持セムコトヲ望ミ乃チ明治14年10月12日ノ詔命ヲ履践シ茲ニ大憲ヲ制定シ朕カ率由スル所ヲ示シ朕カ後嗣及臣民及臣民ノ子孫タル者ヲシテ永遠ニ循行スル所ヲ知ラシム
国家統治ノ大権ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ伝フル所ナリ朕及朕カ子孫ハ将来此ノ憲法ノ条章ニ循ヒ之ヲ行フコトヲ愆ラサルヘシ
朕ハ我カ臣民ノ権利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法及法律ノ範囲内ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス
帝国議会ハ明治23年ヲ以テ之ヲ召集シ議会開会ノ時(明治23年11月29日)ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ
将来若此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ継統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ
朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ為ニ此ノ憲法ヲ施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及将来ノ臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フヘシ

私たちが書く憲法前文

月刊誌『中央公論』で一般の読書から憲法前文を書くこが呼びかけられ公募された。それが連載されたた留と言う企画が10年以上前にありました。その内容を多くの人に知ってもらおうと一冊の本にという声もあった。本来なら『中央公論』の出版元の中尾公論新社からは、採算が採れないとの理由で見合わされ。なぜか角川書店から『私たちが書く憲法前文』というタイトルで2002年に出版された。また、同時に、あらたに、多くの庶民が憲法について考えるために、読者からの「憲法前文」ば公募され、多くの人から応募があったが。今度は10代の応募作品に絞られて、『「私」であるための憲法前文』のタイトルで角川書店から出版さてています。
前の本も後の本も、中学や高校の授業で憲法を考えるために、生徒に自分で考えた「憲法前文」を書かせた授業もあったようで、クラス単位などでの応募もありそれらが掲載されています。
憲法とは何か、また憲法全文を読んで考えるのは、憲法についての知識がないと、正しく考えることができず誤解にもとづいたものになりかねないです。
しかし、全文だけだと身近な生活の中から、その国に生きる上でどうあって欲しいかを考えることができます。そこから日本の政治は外交はどうか、経済はどうかを考え憲法とは何かを考える事ができるでしょう。

この二冊の本に書かれた憲法全文の内容は多岐にわたっています。
国家ありきのようなものから、日本の皇国史観を伝統文化としたような欽定憲法観にもとづくものや、国定憲法?のよなもの、しかし、多くは民定憲法観にもとづいたものが多いです。しかも憲法学者が考えた堅苦しいものは少なく、いまの日本のこの国に暮らす人々の声が聞こえます。
私がいまここで「人々」と書いたのは、日本国憲法の全文の冒頭は「日本国民は、」から始まりますが、英文の
「Japanese nation」ではなく、「Japanese people」と書かれているからです、本来なら「日本国民は」ではなく「日本人民は」とか「日本に住まいする人は」となるべきです。なぜそこにこだわるのかというと、なぜ people を国民と訳したのかを考えてみたいからです。それは明治維新以降藩閥政治を行い、それによる作られた伝統文化を守りたい思いがあったからではないかと私は思うのです。
この「私の書いた憲法前文」には、それに捕らわれ?囚われ?た人もいれば、それから解放されている人もいれば、自由に自律した考え芽生えを感じさせるものもあります。
この「私の書いた憲法前文」が出版されたころは、サッカーワールドカップはあり、小泉政権のころです。すでに15年以上になり、いまのようなナショナリズムが台頭しヘイトスピーチが横行していなか、国会では改憲議論を加速させようとしています。
そんなか今一度この本が世にでて多くの人が憲法とはないかを考える機会になればと思います。
また、いま、多くの民主主義や憲法についての本が新たに出版されています。その中にはリベラルなものもあれば、保守的なもの、反動的なもの、皇国史観や国家神道がよきものとするものもあります。
それらに惑わされることなく、一庶民としてこの国にすむ一個人として生活するにはどうあるべきかを考える「憲法前文」を自分なりに考えてみたいです。

また、「ふつうの一個人が考えた憲法前文」などのようなものがまた、企画されることを望みたいものです。

驕れる人も久しからず

「驕れる人も久しからず、只春の夜の夢のごとし」、これは盛者必衰の理です。
また、「賢い猫でも旺盛な好奇心はその身を滅ぼす」。いま、自然科学は等比級数的に進化しているともいえます。
自然科学の分野だけでなく、社会活動、経済活動や政治の面でもめまぐるしく変わっていっています。

次のような言葉があります。
「人間によったものたちは人間に滅び、愛によったものたちは愛に滅んだ、科学に驕るものたちは科学によって滅んだ、食に驕るものたちは食によって滅ぶ、国家を求めれば国家の牢に住む。」

これは沖縄で1981年に公表された、琉球共和社会憲法C私(試し)案の冒頭の部分です。

この文の前には次のようにありる。
「浦添に驕るものたちは浦添によって滅び、首里に驕るものたちは首里によって滅んだ、ピラミッドに驕るものたちはピラミッドによって滅びた、長城に驕るものたちもまた長城によって滅んだ、軍備に驕るものたちは軍備によって滅び、法に驕るものたちもまた法によって滅んだ。神によったものたちは神に滅び」

全文の最後にはこうかかれています。「前略 「日本国憲法」とそれを尊守する国民に連帯を求め、最後の期待をかけた。結果は無惨な裏切りとなって返ってきた。日本国民の反省はあまりにも底浅く、淡雪となって消えた。われわれはホトホトに愛想がつきた。好戦国日本よ、好戦的日本国民と権力者共よ、好むところの道を行くがよい。もはやわれわれは人類廃滅への無理心中の道行きをこれ以上共にできない。

この中の「裏切りとなって返ってきた」は、サンフランシ講和条約で、日本は独立し沖縄は米軍の統治下に置かれたことです。さらに沖縄は日本に返還されたが、米軍基地はなくならず今までと変わらなかった。また、さらに日本政府は米軍従属を続けている。それに対して、沖縄社会は琉球王国時代から、中国と日本の江戸幕府とは等距離外交で朝貢をして平和外交の道を取っていた。しかし、薩摩の琉球侵攻そして、明治政府により琉球処分により琉球は沖縄県となった。
それに、いままで従っていたが、沖縄の事を考えず平和憲法を持ちながらそれを尊守しない、それなら愛想が尽きたというのです。

今から四半世紀以上前のものですが、憲法解釈を変え戦争法をつくるなど、今の雨政権を見ると、琉球共和社会憲法C私(試し)案は、今の時を予見していたようで新鮮に感じます。

これからの民主主義はあるのか

戦後日本が主権在民、人権尊重の民主国家として平和国家として歩んできた道を、安倍政権になってことごとく壊されている。

武器輸出三原則を壊し、防衛装備(武器)移転(輸出)原則により武器輸出を進めている。自衛隊の中古艦船をアジアの国に売却譲渡することにより、軍事産業育大国になろうとしている。
今までの憲法解釈を変え、集団的自衛権ができる国にし、米国艦船の護衛をするなどしている。

秘密法を作ることにより、国民の知る権利に覆いを掛け、共謀罪(テロ等組織犯罪準備罪)をを成立させ、国民生活を監視しやすくなる。

教育の現場は教育基本法が変えられ、政府は「憲法や教育基本法に反しない形で教材として使用することは否定しない」という答弁書を閣議決定をした。それにより教育勅語を教育現場で使われることを厭わない考えを定着させようとしている。
武器開発購入に関しては、専守防衛中心ではなく、適地への先制攻撃などもできる兵器の装備配備を進めている。
また、平和利用のために科学技術を研究することから、武器開発のための科学技術研究をさせるために、防衛省が大学や研究機関に資金を出す制度を拡充させている。

自分の在任中に憲法を改正すると、改憲集会で自民党総裁として明言している。しかも憲法9条を変えずに自衛隊を明記することを付け加えてるなどの、今までの自民党との整合性や憲法の前の条文との矛盾をなんとも思わないのであろうか。

このまま進めば、憲法を厭わないで政治を何処まで進めるのであろうか。

共産党 維新 社民 生活 こころ の憲法談話

共産党の憲法記念日の談話
憲法施行70周年にあたって四つのことを上げている、憲法の三つの柱のうちの、平和主義と国民の権利と義務が具体的に明記されていることを高く評価し、憲法を生かす政治を実現する決意を新たにすると宣言している。
しすて、安倍政権の積極的平和主義や集団的自衛権が可能の憲法解釈は、日本を「戦争をする国」にするとし安倍政権の危険な改憲策動に断固反
するとしています。
また、北朝鮮など日本の周辺の緊張の高まりについて、その安倍政権の米国の軍事対軍事の緊張を高める行動を支持、歓迎する対応は、軍事対軍事の緊張をエスカレートさせ、トランプ政権が軍事力を行使したときに自衛隊を自動参戦させてしまうと指摘している。平和主義の日本として外交努力にもっと尽くすべきとしてき。
さらに、安倍政権の政権運営は憲法破壊の暴走政治としています。今審議されている「共謀罪」法案は、憲法19条で「侵してはならない」とする思想や内心を処罰の対象とする違憲立法として反対するとしている。
安倍政権の改憲については、自民党の改憲案の問題点をしてきしそれが、自民党自身がそれが問題だとわかっているから、現行憲法のどこをどう変えるのかを示すことができないとしています。また、「教育勅語」の再評価にも表れている安倍政権の戦前回帰の姿勢は、多くの国民には受け入れがたい異常なもので、安倍政権を暴走とモラルハザードとして批判しています。


日本維新の会の憲法記念日の談話
日本国憲法は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則を日本に根付か、国際社会での日本の地位を高める役割を果たしたとして、現行の憲法を評価してている。
しかし、国際社会の情勢や人権の考え方が変わってきて、そぐわないものもあるとしている。日本維新尾党は去年の3月に憲法改正原案を発表している。
その柱が、教育の機会均等を実現する「教育無償化」
東京一極集中を打破するため、地方自治の改革として道州制の導入。
安全保障上の重要法案等の合憲性判断のための「憲法裁判所の設置」の三点が必要としている。
それを下に日本維新の会の憲法改正案の理解を求めるとしてる。自民党のように自党の改憲案を唯一とせず、各党の意見にも耳を傾け真摯に協議を行き、国民にとってより身近なものとなるよう努力するとしています。


社民党の憲法記念日の談話
憲法の武力不行使の原則は、国連憲章をさらに発展させた、交戦権を認めないこと。憲法に書かれている生存権や幸福追求権を保障する人格権の人権尊重は、人類の叡智を結晶させた人類共有の財産としています。
日本の平和主義は諸外国とりわけ、アジア近隣諸国から信頼をかちとることができた支柱としている。
憲法が戦後70年改正されずにきたことは、国民が改憲の必要性としていない証であり、憲法の掲げた目標をさらに具体化し、現実の政治や生活に活かしていくとしている。
社民党の談話が一番長く書かれているが、その多くは自民の改憲案に多くが裂かれ、社民党自身の憲法に対する考え取り組みをどのようにして、政治に生かして行くかがかかれていない。
たしかに、憲法を無視したような安倍政権の政権運営に対して危機感を持たないといけない。しかし、社民党自身が国民主権、人権尊重、平和主義を具現化する立憲政治を社民党がどのように考えるか知りたかったです。
社民党が自民党憲法案のどこが問題なのかと考えているか、その項目をあげてみると、
9条で自衛隊を憲法に「国防軍」と明記し、国民の権利に対して「公益及び公の秩序」の枠内に制約し、憲法の国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則を踏みにじるとしています。
また、自民党の実際の政策は、文化的な最低限の生活保障は、生活保護費を下回る年金受給など社会保障制度、学問の自由については高額の授業料や不十分な奨学金制度、働き方改革では非正規労働の拡大、男女や正規・非正規等の格差の拡大、過労死や過労自殺を生み出す長時間・過密労働などの問題。地方自治を無視する辺野古新基地建設の強行など憲法が踏みにじられているとしています。
さらに、特定秘密保護法、集団的自衛権行使を容認する「戦争法」、共謀法は内心の自由を脅かし国民監視になりかねない。朝鮮半島情勢につては、米国に賛同し追随することは、危機を煽っていることになり極めて危険だとしてきしている。
これらに対しては、12条の「憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」をもって、押しとどめないといけないと締めくくっている。


生活の党と山本太郎となかまたちの憲法記念日の談話
現行憲法が日本の国のありかたと国民生活と意識に果たした役割を評価し、「憲法と立憲主義の精神が、この国と、国民の生活全体を支える欠くことのできない基盤となっていることはいうまでもない。」としている。
それを、この普段あまり意識することのない、憲法について考える機会とすることが大切だとしている。
また、安倍政権により戦後培って築きあげたものが崩されようとしていることに危機感をしめしている。
また、安倍政権の時代に逆行した考え、立憲主義は絶対王政の時代のものだと否定するに近いことを言っていることにも強く批判をしています。
憲法の三原則と国際協調を守り、国家権力の暴走を食い止めるのが、憲法の本質であることを理解していないとして、自民党改憲案に反対を表明している。そして、憲法軽視、権力の濫用の安倍政権に反対し、立憲主義も、議会制民主主義を守るために、徹底的に安倍政権に対峙するとしています。


日本のこころを大切にする党の憲法記念日の談話

日本国憲法のあるべき姿とはどのようなものか、独立国家としての憲法とはどうあるべきかなど、長時間議論を重ね、完成したものとしている。
いるが、自党の名前に冠している「日本のこころ」とはどのようなものであるかを語っていないです。
そもそも、「日本のこころ」とか「美しい日本」などの概念は100人いれば100通りあるものです。そのようなものを政党の名前にするのは、多様性を否定し一つの考えを押しつけるようなものです。

徳仁親王や秋篠宮文仁親王の憲法観

昭和天皇も明仁天皇も憲法ということについてよく勉強されているようです。
昭和天皇は美濃部達吉の「天皇機関説事件」について、1935年昭和10年2月が帝国議会貴族院で、天皇機関説事件がおきる。元陸軍中将菊池武夫が、「我が国で憲法上統治の主体が国家にあるということをだんぜん公言する学者著者というものが、いったい司法上から許すべきものでございましょうか。これは緩慢なる謀反になり明らかなる叛逆になるのです。」と美濃部を批判した。それに対し昭和天皇は侍従長の証言によれば、「君主主権説はむしろそれよりは国家主権の方がよいと思う、美濃部ほどの人がいったい何人日本におるか、ああいう学者を葬ることはすこぶる惜しいものだ」と語っています。このことは、昭和天皇が明治憲法の君主主権説と国家主権説、君主制原理説と国家法人説を併せ持つ矛盾点についても勉強していることこの考えを持たれていたのでしょう。
また、今上の明仁天皇は、天皇皇后両陛下御結婚満50年に際して、記者団から新たな皇室のありようについて聞かれたことに対して、「私は即位以来,昭和天皇を始め,過去の天皇の歩んできた道に度々に思いを致し,また,日本国憲法にある「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるという規定に心を致しつつ,国民の期待にこたえられるよう願ってきました。象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず,その望ましい在り方を求めて今日に至っています。なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば,日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天
皇の在り方に沿うものと思います。」と語っています。これも明仁天皇は憲法のありかたについてよく勉強をされているように感じます。
天皇の退位が話題になり、それに対する法律も成立される方向に進んでいます。皇太子殿下である徳仁親王や秋篠宮文仁親王の憲法に対する考えはどのようなお考えを持っているのでしょうか。お二人とも、昭和天皇や明仁天皇のように考えているのでしょうか。近代憲法学の考えにもとづいた考えを常日頃から考えられ、どのように考えておられるのか。
次期天皇が戦後今まで続いた国の在り方を守られるのか、復古主義的な考えをもった人たちに担ぎ上げられ、政治利用などされないか心配です。明仁天皇の言われた「日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います。」を引き継ぐ考えでおられて欲しいものです。

自民、民進党、公明党の憲法談話

自民党の憲法記念日談話について。
自民党の憲法記念日においての談話は、強く憲法の改正に対しての思いがでている。しかし、自民党は2012年に自民党の改憲正草案を公表している。それにも関わらず、具体的にでの部分を変えたいかを明らかにするのを避けている。
安倍首相や自民党幹部も、今の時点で具体的にするのは、適切ではないとしてさけています。しかし、自民党の憲法草案や安倍内閣の閣僚や自民党の国会議員が多く参加している、日本会議や神道政治連盟などから、その考えと同じくするもと見るのが自然といえるでしょう。
現行憲法の三原則の国民主権、基本的人権、平和主義については、基本原理は普遍的価値として国民のなかに定着しているとしながら、基本的人権と平和主義の順番を入れ替えています。また、この三原則はわが国を取り巻く情勢が大きく変化し、時代の変化に即していかないといけないと、平和主義の考えを安倍流積極的へ和主義に変え、個人としての基本的人権と国家との考えをも変えようとしてい。それが基本的人権と平和主義を入れ替えた理由ではないだろうか。
憲法改正については、改正に対して強い願いがあるとしているが、護憲の考えも強くあることについては言及を避けあくまでも改憲を押し進める方向です。

民進党の憲法記念日談話について。
民進党も憲法三原則の順番は、「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」となっている。自民党との違いは今後も、この三原則をこれまでの歩みを重く受け止めるとして堅持していくとしています。
民進党のなかには、憲法の改正を必要とする人とその必要はないとする人がいて、護憲、改憲の意見はわかれるが、不磨の大典としないとしながら、自由と民主主義に立脚した立憲主義を断固として守るとしています。自民党の改憲ありきでの議論の進め方を批判しそれには反対している。
また、安倍政権の憲法の解釈の仕方を変えるのは、立憲主義、平和主義の本質を無視するものと批判している。安保法制も今国会で審議されてる「共謀罪」法案も、国民の内心を取り締まり、表現の自由などを委縮させるもので、憲法違反としえいます。さらに、憲法という国の根幹を、数の力で押し通そうとしていることに危機感をあらわしています。
民進党は改憲と護憲と意見がわかれていることにより、難しいであろうが、まずは現行の「日本国憲法」をよく吟味して行くことが求められます。そのなかで、変える必要があるべきところを、どのように考えているのかを考えて公表してほしいものです。


公明党の憲法記念日談話について。
公明党は、以前から現行憲法を維持した上での条文付加する加憲を主張している。
憲法の三原則である。国民主権主義、基本的人権の尊重、恒久平和主義の3原理を、積極的に評価しているとし3原理は将来とも変えるべきではないとしてる。しかし、自民党はこの口では三原則を堅持するといっているが、閣僚や自民党議員のかから、三原則を否定したりする発言があり、それが自民党の本音ともちれます。それに対して公明とはどれだけ抗することができるか、それにつては触れていないです。
戦争方も秘密法も反対しながらも、最後は連携を取っている自民党の歩調に合わせているの、どれだけ現行憲法の三原則とくに、国民主権と基本的人権が守れる不安です。
東日本大震災、熊本地震の復旧復興や核廃絶についてのべているが、自民党の暴走をにどこまでとめるか、それに対してどのように行動をとり努力するかが書かれいないです。
公明党が、国民の党、平和の党とうなら、自民とどこまで歩調をあわせるのではなく、与党の一党しての存在感をしめすためにも、自民との対峙も厭わない決意をしめしてほしかたです。

他の党はまた後日

憲法改正の国民投票

3日は憲法記念日でした、それにより憲法についてまた憲法改正についての新聞報道やテレビやラジオで取り上げられました。

しかし、すでに第一次安倍政権の平成19年5月時に成立している「日本国憲法の改正手続に関する法律」は、審議中や成立したときに多くの問題点があると指摘されたが、いまはその憲法改正についての国民投票法についてその問題点などは報道されていないです。

この法律が審議されたときも、国憲法改正という国政のあり方に大きな影響を与えるものに関わらず、国民に充分にその内容が知ることなく、国会の審議もわずか1か月間という短い審議で、審議が不十分と言える状況で可決・成立しています。憲法改正手続法の国民投票に関する規定の施行は公布から3年後とされているのですでにこの法律は有効になっています。
しかし、多くの問題点があり付帯決議もなされているにも関わらず、国民の意思を反映した国民投票ができるような法律になるように、抜本的な見直しが多くの団体から求められているにも関わらず、抜本的見直がなされいません。

さらに今の安倍政権の国会運営を考えると、憲法改正の案件がどのように上程されるかわからないが、自民党主導の国会で審議がなされると、私たちの生活に大きくかかわり国の在り方を変えることにもなるにも関わらず、国民の納得のいく審議が十二分になされない懸念があります。

それでは、憲法改正手続き法の問題点はなにか、よく言われていくつかを上げてみると、発議後投票までの期間に関する規定。
最低投票率または絶対投票率に関する定めがない。公務員・教育者の運動を規制する規定。憲法改正案の広報が公正かつ十分に広報されないおそれが強い。国会の発議から国民投票までの期間が僅か60日ないし180日とされている。

このなかで、日本国憲法は第96条で「この憲法の改正は、各議員の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、と特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と規定されている。この、国民投票の過半数とは何を分母にするのかが問われています。総有権者の過半数なのか、有効投票数の過半数なのかなどが明らかになっていないです。しかし、この過半数の母数にかんする議論は、2007年の国民投票法採択で決着がついたとされいます。白票や無効票を除いた投票総数の過半数の賛成で改正が成立するとういう条文である。

しかし、憲法改正という大きな問題を単純な有効投票総数の半分以上でよいのだろうか、多くの

アメリカでは、修正発議には上下両院の三分の二の賛成、または各州中三分の二の議会の要請があるときは憲法修正を目的とする憲法会議を招集しなければならない。そしてい修正は四分の三の州議会による承認か、または四分の三に州における憲法会議による承認によって修正は有効となる。アメリカでは国民投票に規定はないが、アメリカは連邦制で州の独立性が高く州議会あるいは憲法会議の賛否が国民投票にかわるものと考えられる。
大韓民国憲法は。改正発議は国会在籍議員の過半数または大統領とされ、改正案は国会在籍議員の三分の二以上の賛成を必要とし、国会が議決した後、30日内に国民投票に付し、国会議員選挙権者の過半数の投票と投票者の過半数の賛成をえなければならないとされている。
フランスは、改正手続きは複雑だが、改正案は、有効投票の五分の三の多数を必要としています。

このことから、日本の憲法改正がいったん発議されると、非常にあいまいな数字でそれが成立してしまう恐れがあると言えます。まずは、有権者の投票率の下限を明記しておくべきでしょう。

各党の憲法記念日での談話

各党の憲法記念日にあたっての談話・宣言を見てみました。
各党の考えを読み解いてみたいと思います。
新聞には要約・要旨しか紹介されていないのもあるので、各党のWebページから全文を紹介してみます。

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自由民主党 https://www.jimin.jp/news/discourse/134851.html
憲法記念日にあたって 平成29年5月3日
自由民主党

本日、憲法記念日を迎えました。
本年は、現行憲法が施行されて70年の節目の年にあたります。この間、わが国は不断の努力で平和と繁栄を築き上げ、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という基本原理は普遍的価値として国民のなかに定着しています。一方で、わが国を取り巻く情勢は70年間で大きく変化しており、時代の変化に即し未来への責任を果たしていかねばなりません。
憲法施行70年という節目を契機に、新しい時代の理想の姿を描き、憲法改正に向けた道筋を鮮明に示すことは、国民各層の願いであり、こうした認識のもと、衆参両院の憲法審査会等で議論を深め、各党とも連携を図りながら、憲法論議を加速させてまいります。
憲法改正は国民投票において国民の過半数の賛成が必要であります。このため、憲法改正への理解促進と国民各層の幅広い合意形成に向けた活動を、これまで以上に党を挙げて取り組んでまいります。今後とも多くの国民の皆様のご理解ご参加を頂きながら、わが国の未来は私たち一人ひとりの国民が自らの手で切り拓いていくという気概を持って、憲法改正に向け全力で取り組んでまいります。

=・=・=・_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/・=・=・= 民進党
https://www.minshin.or.jp/article/111643
【代表談話】憲法記念日にあたって
民進党代表 蓮舫
 本日、日本国憲法の施行から70年を迎えました。
 「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」という3つの基本原則を柱とする我が国憲法は、日本国民が長い年月をかけて育んできたものです。戦後の日本は、日本国憲法と国民とが手を携えて歩みを進めることで、自由と民主主義、平和と繁栄を築き上げてきたのです。
 これまでの歩みを重く受け止め、本日の憲法記念日を祝したいと思います。
 民進党は、綱領において、自由と民主主義に立脚した立憲主義を断固として守るとともに、時代の変化に対応した未来志向の憲法を国民とともに構想すると掲げています。憲法を「不磨の大典」とするのでなく、しかし「まず改憲ありき」という風潮に流されることもなく、着実な議論を進めてきました。
 しかし、いま日本国憲法は、大きな危機に瀕しています。
 安倍総理は、年々憲法改悪への野心を露にしてきました。衆参両院で3分の2を制しており、憲法改悪を数の力で達成することも厭わない姿勢さえのぞかせています。憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認にはじまり、安全保障関連法の強行など、立憲主義、平和主義の本質を全く理解しようともせず、これを大きく損なわせた安倍自民党政権が、いよいよ憲法改悪に手をつけようとしているのです。
 また、現在国会で議論が行われている「共謀罪」法案も、その本質は国民の内心を取り締まり、表現の自由などを委縮させようとするものです。憲法で保障されている基本的人権を侵害するおそれのある法案を、「テロ対策」とはならないのに、それを名目として、強引に成立させようとしているのです。
 数の力のみで日本の国のかたちを変えていこうとする安倍自民党政権の暴挙に、民進党は正面から対峙してゆきます。来たる衆議院選挙は、誤った方向への改憲を目指す安倍政権の暴走を止める機会にしなければなりません。
 憲法記念日にあたり、民進党は日本国憲法の根幹である「国民主権」、「平和主義」、「基本的人権の尊重」をさらに深化させ、時代の変化に対応した未来志向の憲法を国民とともに構想していくことを、改めてお約束致します。
以上

=・=・=・_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/・=・=・= 公明党
公明党のWebページからは、党の談話がどこにあるかわからなかったので、朝日新聞のWebページからの転載です。
■公明党「現行憲法を維持した上で条文付加する加憲を」

 日本国憲法は本日、施行から69回目の憲法記念日を迎えました。憲法に基づき日本は、民主主義を定着させ、平和を守り、国際社会からの信頼も確実に広げてきました。
 公明党は「人類普遍の原理」というべき、国民主権主義、基本的人権の尊重、恒久平和主義の3原理を骨格とする憲法を、優れた憲法であると積極的に評価しています。3原理は将来とも変えるべきではありません。この憲法の精神を具体化するため、公明党は真剣に努力を続けてまいります。
 公明党は、5年が経過した東日本大震災の復興について「一人として置き去りにはしない」との決意で被災者に寄り添い、「人間の復興」へ全力で取り組んでいます。この姿勢は、この度の熊本地震の復旧復興でも変わりません。
 また、国民主役の政治の実現では、公明党の長年の主張であった18歳選挙権が今夏の参議院選挙からいよいよ実施されます。若者の声を政治にしっかり反映させてまいります。
 核廃絶でも、公明党がかねてから提案してきた世界の政治リーダーによる被爆地訪問が、4月に広島市で開催されたG7外相会合によって一歩前進しました。核保有国と非核保有国の外相が共に平和記念資料館を訪れ、原爆死没者慰霊碑に献花し、原爆ドームを視察した意義は大きく、公明党は「核のない世界」に向けてさらに努力をしてまいります。
 3月には平和安全法制が施行されました。平和安全法制の目的は、憲法9条の下、専守防衛の基本理念に則(のっと)り、厳しい安全保障環境の下で国民の生命と平和な暮らしを守ることです。もっぱら他国防衛のための集団的自衛権の行使は、公明党が訴え、法律に明記された「自衛の措置の新3要件」があるため許されません。また、国際平和への貢献に関しても、人道復興支援や後方支援の分野で協力を進めます。
 非核三原則、他国に脅威を与えるような軍事大国にはならないとする戦後日本の平和主義の理念も変わっておらず、しっかり堅持されています。平和安全法制は日本の抑止力を高め、日本らしい国際平和貢献のあり方を明示しました。その上でさらに、他国との外交・対話を一層促し、紛争を平和的に解決できるように取り組んでまいります。いわば平和外交の推進力の裏付けとなる法整備です。
 公明党は、憲法も法規範である以上、新しい時代に対応した改正があってしかるべきとの立場です。憲法の施行時には想定できず、憲法改正しか解決方法がないような課題が明らかになる可能性もあります。公明党は改正について、現行憲法を維持した上で、改正が必要になった場合に新たな条文を“付け加える”形の加憲という方法を主張しています。
 公明党は加憲のテーマとして、環境権などの新しい人権、地方自治の拡大などを党内で議論してきました。今後、何を加憲の対象にすべきかについてさらに党内論議を深めるとともに、衆参両院に設置されている憲法審査会を中心に政党間の合意形成に努め、国民の理解を深めてまいります。

=・=・=・_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/・=・=・= 共産党
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-05-03/2017050301_04_1.html
憲法施行70周年にあたって
 憲法施行70周年記念日にあたり、日本共産党の小池晃書記局長が発表した談話は次の通りです。
 一、今年は、憲法施行から70年の節目の年になる。日本国憲法は、第9条という世界で最も進んだ恒久平和主義の条項をもち、30条にわたる豊かで先駆的な人権条項も盛り込まれている。日本共産党は憲法記念日にあたり、日本国憲法の全条項を守るとともに、憲法を生かす政治を実現する決意を新たにする。
 同時に、日本を「戦争をする国」にするための安倍政権の危険な改憲策動に断固反対し、広範な国民・市民のみなさんと、安倍改憲を阻止するため、ともに力をあわせる決意を表明する。
 一、国際的な緊張が高まっているもとで、憲法9条を生かすのかどうかが問われている。北朝鮮の核・ミサイル開発は断じて許されないが、解決の方法は外交的手段しかない。深刻な犠牲が必至となる軍事的選択肢は絶対にとってはならない。米国のトランプ政権が4月26日に経済制裁の強化と外交的措置の追求という声明を出したことは注目されるが、安倍政権が米国の軍事対軍事の緊張を高める行動を支持、歓迎してきたことは重大である。とくに、安保法制=戦争法を発動し、自衛艦に「米艦防護」の任務を付与したことは、それ自体が軍事対軍事の緊張をエスカレートさせるとともに、トランプ政権が軍事力を行使したときに自衛隊を自動参戦させてしまう、きわめて危険な行為である。日本国民の命と安全を守る立場に立つなら、軍事的緊張を緩和し、戦争を起こさない外交での解決に全力をあげるべきである。まさに日本国憲法の立場での外交が求められている。
 一、安倍自公政権は、憲法破壊の暴走政治を続け、「共謀罪」法案の強行をねらっている。「共謀罪」は、憲法19条で「侵してはならない」とする思想や内心を処罰の対象とする違憲立法であり、法曹界、作家、漫画家、ジャーナリストなど幅広い市民から強い懸念と反対の声が上がっている。日本共産党は、もの言えぬ監視社会をつくる共謀罪法案の廃案めざし、総力をあげてたたかう。
 一、安倍首相は、改憲になみなみならぬ執念を示しているが、現行憲法のどこをどう変えるのかを示すことができない。その本心は、9条を変え国防軍を明記し、基本的人権を侵してはならない永久の権利とした97条を全面削除するなどの「自民党改憲案」だが、これを真正面から国民に訴えることもできない。「教育勅語」の再評価にも表れている安倍政権の戦前回帰の姿勢は、多くの国民には受け入れがたい異常なものである。
 いま、くらし、平和、人権、民主主義などあらゆる分野で、安倍政権の暴走に立ち向かい、立憲主義を守り、個人の尊厳が大切にされる日本を願う国民・市民の運動が広がっている。野党と市民の共闘をさらに前進させ、必ずや安倍政権の改憲策動を打ち破り、暴走とモラルハザードの安倍政権を打倒しなければならない。
 日本共産党は、きたるべき総選挙で「改憲勢力3分の2体制」を打破し、自民・公明とその補完勢力を少数に追い込むために全力をあげるものである。

=・=・=・_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/・=・=・= 日本維新の会
https://o-ishin.jp/news/2017/05/03/3512.html
松井一郎代表による憲法記念日についての談話発表のお知らせ
2017.05.03 声明
 日本国憲法は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則を我が国に根付かせるとともに、国際社会での日本の地位を高める役割を果たしてきた。憲法の三原則をはじめ、現行憲法の良い部分は引き続き守っていくべきである。
 一方で、憲法制定当時に想定していなかった種々の問題も生じている。現行憲法でこうした問題に対応しきれない場合には、必要な範囲で変えていくべきである。 我が党は、国民が必要性を納得できるようなテーマについて、国民的議論を深め、憲法改正を進めるべきと考えている。
 我が党は、昨年3月に憲法改正原案を発表した。教育の機会均等を実現するための「教育無償化」、東京一極集中を打破するための「国と地方の統治機構改革」、安全保障上の重要法案等の合憲性判断のための「憲法裁判所の設置」の三点につき、あるべき憲法の姿を示している。
 今後、憲法改正の発議に向けて、我が党の改正原案への理解を求めるとともに、各党の意見にも虚心坦懐に耳を傾けて、真摯に協議を行っていく。そして、日本国憲法が国民にとってより身近なものとなるよう、国民とともに努力していく。
日本維新の会
代表 松井一郎

=・=・=・_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/・=・=・= 社民党
http://www5.sdp.or.jp/comment/2017/05/02/
2017年5月3日
憲法記念日にあたって(声明)
社会民主党
 本日、70回目の憲法記念日を迎えました。第2次世界大戦の惨禍の反省と教訓から生まれた日本国憲法は、「武力不行使の原則」を盛り込んだ国連憲章をさらに発展させ、「交戦権」を否認し、「戦力の不保持」を定め、生存権や幸福追求権を保障するなど、人類の叡智を結晶させた人類共有の財産というべきものです。わが国が平和国家として歩むことを定めた国際的な公約であり、他の諸国とりわけアジア近隣諸国の人々から信頼をかちとるための支柱でもあります。憲法が施行70年を迎えたということは、国民が改憲の必要性を感じていないことの証です。社民党は、本日の栄えある日本国憲法施行70年に当たり、憲法の掲げた目標をさらに具体化し、現実の政治や生活に活かしていくことを、改めて誓います。
 安倍首相は、施政方針演説で、「憲法施行70年の節目に当たり、……次なる70年に向かって、日本をどのような国にしていくのか。その案を国民に提示するため、憲法審査会で具体的な議論を深めよう」と呼びかけ、明文改憲に向けた準備を加速する意思を鮮明にしました。しかし、自民党の「憲法改正草案」は、自衛隊を憲法に「国防軍」と明記し、人権は「公益及び公の秩序」の枠内に制約し、政治権力を縛る憲法を逆に国民を統制するものに変える内容となっています。まさに安倍政権が目指す明文改憲は、現憲法の国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則を踏みにじる改悪であり、社民党は、衆参憲法審査会において、「自民党憲法改正草案」の問題点を厳しく追及します。
 憲法審査会の第一の任務は、「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制についての広範かつ総合的な調査」です。改憲の論点をあげつらう前に、国民に保障された諸権利を守る観点から、現憲法の理念・条項がどう活かされているかを、広範に総合的に調査することが必要です。「戦争法」の強行、生活保護費を下回る年金受給など社会保障制度の改悪、高額の授業料や不十分な奨学金制度、2000万人以上の非正規労働の拡大、男女や正規・非正規等の格差の拡大、過労死や過労自殺を生み出す長時間・過密労働、沖縄県民の民意を否定した辺野古新基地建設の強行、原発避難者の現実などは、立憲主義や憲法9条の戦争の放棄、平和主義の問題であるにとどまらず、13条の幸福追求権、14条の平等権、25条の生存権、26条の教育を受ける権利、27条勤労の権利、第8章地方自治などが踏みにじられ、活かされていない結果です。社民党は、こうした憲法理念や条文の空洞化をゆるさず、現実の政治や暮らしに憲法を活かす広範な「活憲」運動を展開します。
 この間、安倍政権は、特定秘密保護法の制定など監視国家化を進め、集団的自衛権行使を容認する「戦争法」を強行し、南スーダンPKO部隊への「駆けつけ警護」等の任務付与など、アメリカと一緒になって戦争できる体制づくりをさらに進めようとしています。そしていままた、テロ対策を口実に、国民の強い反対で3回廃案としてきた「共謀罪」を導入する組織犯罪処罰法改正案を強行しようとしています。憲法の理念や現行刑法の基本原則に反し、合意という「心の中」を処罰し、思想の抑圧、人権侵害や市民監視の強化、運動への萎縮効果をもたらしかねないなどの問題点や危険性は全く変わりません。「現代版の治安維持法」であり、断固廃案に追い込みます。
 米朝対立の深化によって、朝鮮半島をめぐる情勢が緊迫しています。もちろん、北朝鮮が核実験や弾道ミサイルの発射を繰り返し、アジアに大きな緊張をもたらしていることについては、社民党としても厳しく批判しています。しかし、安倍首相が、アメリカの軍事行動を容認し、共同訓練を実施するなど、米国に追随し一緒になって危機を煽っていることは、極めて危険なことと言わざるをえません。挑発に対し挑発、軍事力に対し軍事力では何も解決しません。外交の失敗が戦争につながるのであって、平和憲法を持つ日本こそ、朝鮮半島の緊張緩和のための非軍事的解決に積極的な役割を果たし、戦争の危機を回避する努力が求められています。「平和的な方法による朝鮮半島の検証可能な非核化」と「北東アジア地域の永続的な平和と安定のための共同の努力」を約束している、2005年の「6か国共同声明」に北朝鮮が立ち戻るよう、アメリカはもとより中国、ロシア、韓国への働きかけを強め、相互の主権尊重、平和共存、国交正常化の措置をとるとした6か国の合意を前に進めるようにするべきです。あわせて、2002年の「日朝平壌宣言」等に基づく懸案事項の解決のために、粘り強い交渉と対話を行うべきです。社民党としても、あらゆる努力を惜しまず後押ししていきます。
 本日は、地方自治法施行70周年でもあります。戦争放棄を宣言した日本国憲法は、官治中央集権の旧憲法とは異なり、第8章に「地方自治」の章を設け、地方自治を明確に位置づけ、保障するものとなり、第92条に基づく地方自治法が日本国憲法と同時に施行されました。「再び戦争をしない」という国家的意思・国民合意と、民主主義の学校である地方自治創設のねらいははっきり結びついています。地域に民主主義と自治を根付かせることによって、二度と戦争は起こさせないとした決意を今一度かみしめたいと思います。一方、地方自治条項の拡充や教育の無償化などを改憲の突破口にしようとする動きもありますが、地方自治基本法などの法律制定や予算措置で豊富化すればよく、あえて改正する必要はありません。9条をはじめとする憲法そのものの改悪のための「お試し改憲」は認められません。
 平和と民主主義が、今まさに危機に立っています。次期総選挙は、後戻りできない「ポイント・オブ・ノーリターン」と言われています。戦後日本の礎である日本国憲法を、安倍政権の意のままに変えさせるわけにいきません。国民に保障された諸権利を奪い、何より大切な「いのち」を切り捨てる暴走政治をなんとしても終焉させなければなりません。「憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」(12条)ことが問われています。社民党は、これからも平和を愛し憲法改悪に反対する多くの人々とともに憲法を活かす運動を全力で闘い、改憲の流れを押し戻していきます。
以上

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自由党 生活の党と山本太郎となかまたち
http://www.seikatsu1.jp/activity/declaration/20170503-2.html
憲法記念日にあたって
平成29年5月3日
代 表 小 沢 一 郎
 日本国憲法が施行されて、本日で70年を迎えた。
 確かに普段国民が憲法そのものを意識する機会は決して多いとはいえない。しかし、憲法と立憲主義の精神が、この国と、国民の生活全体を支える欠くことのできない基盤となっていることはいうまでもない。
 我々が、日々自由に活動できるのも、自由に発言・表現できるのも、すべて憲法の保障によるものであり、憲法記念日は、そうしたことを国民一人ひとりが改めて噛み締める良い機会である。
 しかし、同時に、憲法と立憲主義は現在、これまでにない最大の危機を迎えている。安倍政権は、現行憲法が戦後の「押しつけ」であるとして肯定的な評価を与えないばかりか、安保法制の強行採決に見られたように、あからさまに憲法をないがしろにする政治姿勢を続けている。
 そもそも総理は、信じがたいことであるが、「憲法で国家権力を縛るというのは絶対王政時の旧い考え方」と国会で答弁するなど、現行憲法と立憲主義を全く理解しておらず、この総理が提唱する憲法改正など、考えただけでも恐ろしいことである。
 すなわち、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義、国際協調主義の四原則をしっかりと守るため、国家権力の暴走を食い止めることこそ憲法の本質なのであり、これを全く理解せず、情緒的な反立憲主義の立場をとる安倍政権下での憲法改正は、全く認められない。
 このまま安倍政権による憲法軽視、権力の濫用・私物化を認めていけば、この国の立憲主義も、議会制民主主義もいずれ必ず終焉を迎える。我々は絶対的にそれを阻止すべく、この国の将来のため、引き続き徹底的に安倍政権に対峙していきたい。

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日本のこころを大切にする党
https://nippon-kokoro.jp/news/discourse/post_290503.php
声明・談話・コメント
【代表談話】憲法記念日を迎えて
2017.05.03
 4月27日、「日本のこころ」は、「日本国憲法」草案を発表しました。
 多くの有識者の方々のご指導を頂きながら、日本国憲法のあるべき姿とはどのようなものか、独立国家としての憲法とはどうあるべきかなど、長時間議論を重ね、完成したものです。
 「日本のこころ」は結党以来、自主憲法の制定を党是としてきました。私自身は、政治の世界に入りました時から、当時は自民党でしたが、自主憲法制定のための活動を続けて参りました。
 それは、中央アジアの国の特命全権大使を務めていた1999年夏に発生した、日本人鉱山技師4人がイスラム原理主義グループに拉致された事件に際し、幸いにもこの事件では、中央アジアの人々の協力があって、無事4人は救出出来ましたが、この救出に当たって、現行憲法では、海外で被害にあった日本国民を日本国が救出することになっていないこと、現行憲法が独立国家としての憲法ではないことを痛切に思い知らされた経験に基づいています。
 更に、その後北朝鮮による拉致問題に関わる中で、何故政府が一体となって救出することが出来ないのか、これも現行憲法が独立国家の憲法ではないことに行き着きます。
 今回の草案では、序章を設け、立憲君主国家であること、主権は国民にあること、人間の尊厳は保障されること、世界平和の実現を国是とすること、そして、国は、主権と独立を守り、国民の生命及び財産を守らなければいけないこと、更に文化を尊重し、国際交流に努めることを明記しました。
 今回の「日本国憲法」草案は、現行憲法の良い面は全て採用しつつ、憲法とは、国民自身がどのような国を創るのか、その「国のかたち」の基本となる法体系であるとの考えに立ち、日本の歴史や伝統、文化を基礎に置きつつ、現在の日本を巡る新たな情勢に対応できることを目指すものとなっています。
 私どもは、現行憲法の部分改正ではなく、日本国が本来持つべき憲法についての議論が深まることを願っています。そして、この「日本国憲法」草案が自主憲法制定に向けて一助とならんことを祈っています。
日本のこころ
代表 中山恭子

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新党改革のホームページにアクセスできなかったです。
朝日新聞に載っていたものを紹介します。

新党改革
「幅広く憲法のあり方を議論する」
 国民の皆様と共に、平和主義を守りつつ、私たちの生命や人権等を守るために、さらにどうあるべきかを真剣に検討し、幅広く憲法のあり方を議論して参ります。

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憲法記念日

5月3日、今日は憲法記念日です。
1047年に施行されて、70年が経ちます。そのような中今の憲法は、連合軍(実質米軍)の占領下に置かれたなか、作らされ進駐軍に押してられた憲法だ。また、施行されてから70年簡一度も改正されていないので、実状に合わなくそぐわなくなってきているので改正すべきだ。これらの主張ををする人たちは、それにより憲法を改正の必要性を説きます。

ではなっぜいまの「日本国憲法」押しつけられたのか。
現行の「日本国憲法」は、「大日本帝国憲法」通称「明治憲法」の改正手続きを踏んで作られたものです。そのため憲法の章立ては、「第2章 戦争の放棄」と「第8章 地方自治」が付け加えられているだけで、明治憲法と同じです。この二つの章は、日本を悲惨な惨事にした反省と、主権在民と民主主義を制度と作り上げるための住民自治具体的な形にするためのものです。この二つは日本が連合国に降伏するための、ポツダム宣言に書かれた必須条件のうちの二つです。

明治憲法は国民からすると欽定憲法であり、天皇が国民にこうあるべきだと押しつけた憲法といえる。日本国憲法は国や権力者からすると米軍から押しつけられたものといえます。
その日本国憲法を国民かすると、主権在民、人権尊重と民主主義制度が、明治憲法の下では「法律ノ範囲内ニ於テ」により制限されていたが、主権在民、人権尊重と民主主義制度が明記され、公共の福祉に反しない限り制限されなくなり自由になったんで、連合国から与えられた憲法となります。つまりどちらの言い分としても、自分たちで作った憲法ではないとなります。しかし、現行の憲法の成立過程を調べてみると、一方的に連合国に押しつけられたものでなく、日本の当時に民主的な憲法を望む人たちの憲法案が下地になっています。また、ポツダム宣言には、日本の政治体制を解体して、民主的な国家体制を作り上げることが条件だが、当時の日本政府はそれを有耶無耶にして当時の現状を維持することに腐心していました。それにより連合国側が新しい憲法案を作るように言われたが、時間稼ぎをし憲法案を出し渋り、明治憲法とほとんど同じ通称松本案を作っていた。それが毎日新聞社にスクープされたのですが、それをみたマッカーサーは憲法案では連合国を説得できない上、天皇の戦争責任まで追及されかねないと考え、他の日程からして急遽マッカーサーは日本の憲法案を9日間で作るように民政局の人たちに指示をだした。
このことについては、以前にこのブログで述べているのでこれ以上書かないです。

改憲について70年以上前に作られ、1度も改正されていないので、現状に合わなくなっていると主張する人がいます。これについては、そもそも日本国憲法はアジア太平洋戦争の惨事を二度と繰り返さない、また国際社会も力で押し通す帝国主義的外交交渉や軍事行為への反省が強くあり、理想とする平和な社会を作り上げることを希求していました。そして、このことは、民政局の人たちだけでなく、世界中の人や政府そして日本国民や政府もそう思っていまました。

そのような状況の中で作り上げられたのが「日本国憲法」です。日本国憲法の前文に次のようにあります。「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」

今の国際社会の現状や日本の近隣とりわけ北朝鮮や中国の海洋進出は、この日本国憲法にある、崇高な理想と目的はますます求められるものとなってきている。しかし、それは時代遅れや現状に合わないではなく、それらに対してますます背をむけ遠ざかっているようです。

いまこそ、「日本国憲法」の前文に掲げてある内容に基づいて外交努力を高め国際社会での役割を果たすべきではないか。憲法は時代・実状に合わないのでなく、70年経ったが未だにそれが実現できていないことの反省に立った上で、憲法の改正を考えるべきのはずです。
しかし、自民党などの憲法改正案を見ると、それとは正反対の改正案であり、主権在民、人権尊重、平和主義の憲法の三本柱を後退させ、戦後作りあげてきた民主主義と知る権利や表現の自由なども制限するものです。
いま、アメリカや西欧ではポピュリズムの嵐がまし、一国至上主義の道に進もうとしています。そのような状況だからこそ、いまの日本の憲法の理念を理想・目的を広げ押し進めるべきではないだろうか。

さらに言えば、今の現行の崇高な理想と目的を達成を実現するために、さらに高めた改正をしてゆくのが今日本にいきる人たちの努めとです。

改憲を主張する人たちのなかには、国家神道や皇国史観立っている人もいるが、その人たちも先の戦争による惨禍を繰り繰り返そうとは思っていないはずです。天皇中心の社会が日本の文化伝統というなら。天子である天皇の望むところは、「自国のことのみに専念して他国を無視するのではなく、国際的な政治道徳は、普遍的なものとしてそれに従い、日本の主権のもとに、他国と対等関係に立つことが各国の責任と義務としての行動をとり、それを国家の名誉にかけ、全力をつくしてこの崇高な理想と目的を成し遂げるためにつとめる」ことにあるのではないか。これは、現行の日本国憲法の前文にかかれた内容です。

教育勅語と日本国憲法

森友問題で森友学園で園児に「養育勅語」を暗誦させていることが話題になり、いままでさほど注目されていなかった「教育勅語」に国民の目が注目されることを期待している。
教育勅語に書かれている「父母ニ孝ニ、兄弟ニ友ニ、夫婦相和シ、朋友相信ジ、恭儉己レヲ持シ、博愛衆ニ及ボシ、學ヲ修メ」などは人として普遍なことだからよいことが書いてあるので、教育勅語は広めるのがよいという人もでてきて、閣議でも容認するような決定をしている。
そもそも、「教育勅語」を教えるなら、この前後の部分をしてきし、それにより国民に多くの犠牲を強いた事実を教えるべきです。家族愛とか学問に励めなどは、教育勅語をつかわなくても、他の教材で十分に教えられるものです。
そもそも教育勅語の一番要の部分は、父母孝行の部分ではなくその前後の「天皇は皇祖皇宗と続き世界的にも希有で素晴らしいものなので、その下で暮らす天皇の臣下である臣民は、ひとたび、天皇家国家に何かあれば駆けつけて、天皇家国家のために命を懸けて駆けつけなくてはならない。」であるはずです。
この部分は、日本国憲法が施行され教育基本法ができたことにより、「教育勅語」は、衆議院が「教育勅語等排除に関する決議」を、参議院が「教育勅語等の失効確認に関する決議」を決議し廃止され否定されています。
いま、教育勅語はよいことも書いてあると言っている国会議員や閣僚の人は、日本会議国会議員懇談会に入っている人たちです。
そもそも、日本会議は明治維新以降に作られた皇国の国家観がよきものとし、戦前の天皇を頂点とした国家体制がよいもので、それが日本の美しい伝統であると考えるひとたちです。それを実現させるためには天皇を敬い守ることの大切さを述べた「教育勅語」は重要視重要視しているものです。
それは、天皇を元首として戴く天皇主権のくにであり、個々の個人の個性よりも、全体としての秩序を重んじ天皇のための公益を優先することで。信仰信教の自由、思想の自由内心の自由、良心の自由が脅かされていった。
これは今の日本の三本柱である、主権在民、人権尊重、平和主義とは正反対のものであり、自由と互いの個人の幸福追求のための行いを否定しかねないものです。
さらに日本会議の人たちは、ポツダム宣言特にその中の「日本の人々の間に民主主義的風潮を強化しあるいは復活するにあたって、障害となるものは排除する。言論、宗教、思想の自由及び基本的人権の尊重が確立されなければならない」は、伝統的な天皇を戴いた国体の日本のあり方と相容れないところがあるとして、これを斥けそれにより日本国憲法を否定しています。
そのため多かれ少なかれ、日本会議国会議員懇談会に入っている人は、日本国憲法の全部もしくは一部は日本の伝統にあわないとの考えを持っていたり、主権在民や個人としての人権尊重はよくないと考えている人たちがいます。そして八紘一宇により、天皇家の繁栄が国民生活の向上につながると考えているのでしょう。
また日本会議国会議員懇談会に入っている人は、この日本会議の教育勅語に対する考えに近いものと思われます。それが稲田防衛相のような発言がでてくるのでしょう。

しかし国会の衆議院では「教育勅語等排除に関する決議」では、憲法98条により排除すると決議して。参議院の「教育勅語等の失効確認に関する決議案」でも、日本国憲法の人類普遍の原理に則り、教育基本法を制定したことにより、効力を失っていると決議しています。
このように、排除決議と失効を正式に決議されています。一度両院でそのような決議をしたなら、それを再び使うなら両院での「教育勅語」有効決議か、排除決議と失効決議の無効決議をするべきです。
それをしないで、「教育勅語」の一部であろうと有効だとするような閣議決定は憲法違反と言えるでしょう。
しかし閣議決定をしたということは、憲法に反しないと解釈ているのです。ここでも安倍政権は憲法のねじ曲げ解釈をしていると言える。なぜこれをマスコミや野党は追及しないのでしょうか。
そもそも、第98条には、「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」とあります。それにより、何度も書いているように教育勅語を使うことは認められないものです。
ますます安倍政権は憲法を自在に解釈して、改憲ならぬ壊憲をしている、安倍総理や菅官房長官は、法に従ってとか法治国家と口にするが、都合の好いように法律や憲法を解釈することではないはずです。憲法違反の過去の遺物を取り出して埃をはたいても、憲法違反は違反です。

もともと日本会議は任意団体であり、そこには憲法で保障されている思想信条の自由はあり、表現の自由があるので日本会議の主張は主張として問われることはありません。しかし、その内容が学問的に正しいかどうかは、討議し論戦しすることは憲法違反にはならないです。
だが、これが国会議員となると憲法の尊重擁護義務から憲法違反に当たるものです。そのように考えると教育勅語に関する閣議決定は憲法違反であり無効と言わざるを得ないですね。

憲法改正の可能なところから??

3月16日に仕事をしながら、ラジオのニュースを聞いていると、憲法改正について、「可能なところから改正したい」と語ってとアナウンサーが言っていた。16日は9時から衆議院で憲法審査会が開かれていたので、そのときの委員が言ったことばでしょう。以前にも自民党の高村正彦議員が、「実現可能なものからやるのは当然」言っていました。
16日の憲法審査会では、災害時の緊急事態条項の新設が議論され、国会議員の任期延長などがでた。大規模災害が国政選挙と重なったらと、緊急事態条項の新設の理由付けと位置づけしているが、その緊急事態条項の国会議員の任期延長だけでなく、他の内容の方が重大なことが書かれている。緊急事態が発令されると、全権が首相に委任されるようなもので以上に危険です。阪神淡路大震災のとき、東日本大震災のときは、国に伺いを立てるより地方自治を強化させ地方自治の首長の権限を強化すべだと言われました。災害時にも発令される緊急事態条項は、かえって災害からの復旧を遅らせると言われています。
これは、国民の憲法改正に対して慣れさせて、他の条項も変えていこうとしているとも言われいます。なにが何でも改悪でも改正でも一度変えて見ようというのが、見え見えです。
そもそも、憲法を改正をすることについてどのように思っているのだろうか。

可能なところからと言うことはどのような意味だろうか、憲法は必要なところを主権者である国民が熟議して改正すべきものです。憲法の改正の案を出すのは、国民の厳粛な信託によって選ばれた代表者が、国民が個人としての福利を享受できる案を国会に発議して、国民が国民投票により改正するかしないかを判断し選ぶものです。
憲法の改正の必要性とは、今の国際社会からみて時代に合わないもの、国際社会からみて近代国家として、主権在民、人権尊重の定義・価値観との整合性がとれているかなどとのかねあいから、その必要性が問われるてくるものからでてくるものです。

では、憲法改正の可能性とはどのようなことをいうのでしょうか。
現行の「日本国憲法」の三本柱である主権在民、人権尊重、平和主義だが、それらを改正することは非常に国民の反対が根強いです。そこで、お試し改憲として現憲法の96条にある、改正要件の3分の2による発議と国民投票である硬性性を、一般法律と同じ2分の1による発議に変えようとしたが、強い反発にあいその話はいつの間にか言わなくなりました。その代わりに自然災害でも発令できる緊急事態条項の創設を出してきています。
いま、自民党、公明党の与党に加え、改憲の必要性を高く謳う議席は3分の2を越えています。そして、それらの勢力のなかに改憲すべき理由に、現行憲法は敗戦によるGHQに押しつけられた憲法である、70年一度も改正されていないことをあげています。
また、現行憲法は日本の伝統文化精神に合わないものだとも言っています。

自民党がどのような憲法にしたいかは、自民党の憲法草案のQ&Aには概ねつぎのようなことが書かれています。
占領体制から脱却し、日本を主権国家にふさわしい国にする、現行憲法は、連合国軍の占領下におい制定された憲法で、国民の自由な意思が反映されていない。そして、その内容に我が国の歴史・伝統・文化を踏まえた文章が書かれていないことが問題だとしています。
現行憲法の前文には、憲法の三大原則の「主権在民」と「平和主義」は書かれているが、「基本的人権の尊重」は書かれていないと言っています。
次に、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分ええを、ユートピア的発想で自衛権の放棄にほかならないと書いています。

現行憲法は押しつけられたもので、日本の憲法にふさわしくないと言って、平和主義は理想主義の妄想だと決めつけています。平和主義の理想に向かってそれが実現するために努力すると言うことを否定しています。さらに、国民の基本的人権については、第三章の国民の義務と権利を両者を読み比べると、現行憲法では国民の個人としての人権は保障されているが、自民党案では「公益と公の秩序」のもとに大幅に制限され、個人としての人権ではなく人としての人権になって、国民の人権は動物愛護と同じレベルのようなものです。
現行の日本国憲法では国民主権について明快に「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。」とかかれています。しかし、自民答案では「国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される」と簡単に書かれているが、その前に「国民統合の象徴である天皇を戴く国家」と宣言しています


自民党の党是が「憲法改正」だから、必要性で改正するのはなく一度変えてみたいと聞こえてきます。さらに、第2次安倍政権になてから多くの法律が、強い反対意見があるにも関わらず、強引に強行採決されてる。このことから、憲法改正も数の力に任せて、国民の熟議が熟さないで強引に改正される恐れを感じます。
戦後レジームからの脱却と言って、憲法改正を唱えるがその前に、「占領体制から脱却し、日本を主権国家にふさわしい国にする」と言うなら、日米安保条約による日米地位協定の不平等を解消することから始めるべきではないだろうか。

また、なかなか改正できないからと、集団的自衛権を、憲法解釈を変更し正当としたように、憲法解釈変更は解釈改憲は壊憲につながるものです。
国務大臣や国会議員には、憲法尊重擁護の義務があるのに、憲法を軽んじるなら例え自民党憲法案に改正されても、都合が悪ければ都合のよいように、解釈を変更してしまうので、そのような人たちに憲法を改正させてよいものだろうか。

憲法のありかた

アメリカ独立宣言の起草者でもあり、第三代大統領ジェファーソンは、「アメリカ合衆国憲法は人民の自由を保障するために書かれた。しかし、いかなる社会も永遠の制度あるいは永遠の法とは成り得ない。地球は常に生きている世代に属している」して、ある世代がのちの世代を法的に拘束することはできないとして「世代憲法構想」の持ち主だった。
このこと世代憲法構想は、大統領が替わる度に憲法が変わることだが、一見するとその時々の情勢や実情や政権の統治者の考えに合わせられ、即応できるので悪くないように思う。しかし、このことについて第四代大統領マディソンは、世代憲法構想論に対して、「ある憲法が消滅し、次の憲法が成立するまでの間に、さまざまな出来事や党派てき確執が繰り広げられ、時には暴力を煽る可能性もあり、政府の安定性が著しく害されること必定である」と言っている。憲法は国のあり方の骨幹を明記したもので、時々の政権や情勢に簡単に左右されるべきでないものであると言うことを、世代憲法構想は否定するものです。

安倍首相が言った、「立憲主義とは王政の下での国の時代の話だ」、と言ったがこのジェファーソン第三代大統領の考えだと、王に限らず国民による選挙によって選ばれた人も、憲法によって縛られるのは当然なのは勿論となります。それはどのような憲法の国でも、立法府の主や行政府の主が、憲法規範に尊重し遵守する敬意を払わないでいたら、憲法は他の法律に対しての最高法規ではなくなり、しかもそれが不都合なものか判断しそれが施行されるのを阻止する仕組みが存在しない場合は、憲法は有名無実化してしまう。そこで、民主主義を標榜する国こそ、国民から選ばれた執行権者はそのことを銘記して執行権を行わなければならないことになる。

今の日本や世界の政治に目を向けてみれば、ここにきて急にこの危うさが現実になってきているのではないだろうか。
日本に於いては、今まで内閣は集団的自衛権は憲法上認められないとしてきたが、安倍政権は閣議で集団的自衛権は憲法上認められると憲法解釈を変え、安全保障法制として11もの法律を作ったり変えてしまいました。この安倍政権の行いかたは、憲法は有名無実化しかねないものではないだろうか。
そこで、チェックする仕組みである憲法裁判所が行うのだが、日本には憲法裁判所がないが、日本国憲法の81条に、〔最高裁判所の法令審査権〕が明記されている。
第81条最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。この条項は、最高裁判所に違憲審査権を付与されていることになる。
しかし、この最高裁判所の違憲審査権はしっかりと機能しているかと言えば、最高裁判官の任命は内閣にあるので、憲法規範に敬意を払わない内閣なら、最高裁判官に圧力を掛けたり、自分の考えに近い人を任命し機能しなくなるおそれがある。実際に憲法に関わる問題は、砂川判決にみるように、最高裁判所は憲法判断を放棄しているというか避けている。

また、第四代大統領マディソンは「人民が情報を持たずもしくは情報を取得する手段を持たない人民の政府は、道化芝居かまた悲劇の序幕にすぎず、あるいは多分その両方であろう」とも言っている。これはすでに日本にも忍び寄ってきているのではないか、政府が右と言ったことを左と言えないというような人が公共放送の会長なら、国民は偏った情報しか得られなくなり、道化の三流国となりはててしまうおそれが大いにある。

いかなる社会も永遠の制度あるいは永遠の法とは成り得ないが、その時々の執権者に都合のよいように解釈することは、その執権者の暴走を許すことになり、弱者や少数者は小声の人は無視されていくことになる。
大きな施行権を持った者こそ、多くの考え意見を真摯に聞き入れることが大切だろう。1月30日に書いた「孝経の諫爭章」を思い出した。

テーマ : 憲法改正論議
ジャンル : 政治・経済

憲法と緊急事態条項

安倍政権は今国会から、本格的に憲法の改正に向けての取り組みを始動させるつもりのであることが新聞に書かれていた。
衆参両院で現在、憲法改正発議を国会でするための、憲法改正に前向きな議席である3分の2以上を占めている。また、今まで安倍政権になってから、国民の反対の声が強いのに関わらず、幾つもの重要法案が強行採決されていった。それに国民はならされ強行採決が不自然なものだと思わなくなってきているとふんでいるのだろうか。

それはともかく、憲法破壊国会運営とでもいることをいつまでも許して置くことは、戦後今まで国民主権により民主主義を目指してきたこと葬りさるに等しいことです。

その一番端的なのは、憲法に緊急事態条項を付け加えることです。一見、他国が攻めてきたり、大自然災害が起きた場合に、迅速にそれに対応するために、内閣が法律と同等の効力を持つ制令を出すことや、宣言が発令している間衆議院が解散されないこと、地方自治体の首長に指示をすることがで、国民は政府のだす指示に従わなければならないなど、戦中の国家総動員法を思わせるものです。

自然災害に置いてならよいのではと考える人もいるが、現行法で充分に対応でき、逆に緊急事態条項により、現場の自治体が災害に対して中央に伺いをたてなくないといけなくなると、災害に対して即応できなくなり逆に混乱を招くと言う指摘もある。

また、現在よその国が日本に戦争を仕掛けてくることはまずあり得ないです。尖閣諸島などが中国軍が侵攻してきてもそれは、日中間の地域紛争として解決すべきで、戦争間戦争まで拡大する事は、日中両政府とも望んでいないでしょう。中国の漁船などの民間船が領海侵犯をしたときは、外交交渉で解決すべきだし、日本の海上保安庁にあたる中国の中国海警局の公船が侵犯しても、外交交渉で抗議し解決すべきです。そこに軍隊と同等の自衛隊が出動すると、中国も軍艦を出動させざるを得なくなり領土問題の解決は逆に遠のくでしょう。

安倍政権は緊急事態条項を憲法に追加する事を目論でいるようだが、それは戦後の日本が今まできづいてきた、国民主権の民主主義と人権尊重と自由と平和主義を脅かすものと言えるでしょう。
緊急事態条項の中に何が書かれているか。それがどのようなことを意味するのかを、私たち国民はよく考えていくべきでしょう。

いままでの、安倍政権の国会運営のしかたや、沖縄での基地問題に対する対応や、原発再稼働反対に対する政府のやり方、それと今までのマスコミへの圧力ともとれるやり方をみていると、天が落ちてきて日本の今まで築いてきたものが崩れ去るのではないと言う杞憂の終わらず、現実のものとなってしまわないかと思うところです。

自民党憲法改正草案の緊急事態条項

第九章 緊急事態(緊急事態の宣言)
第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
(緊急事態の宣言の効果)
第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

憲法と最高執権者

日本の憲法は民定憲法であり、改正には一般の法律よりも改正し難くできている、硬性憲法だといわれています。

そのことを考えて第一次から今までの安倍政権を見ていると、京都大学名誉教授の佐藤幸司が、放送大学叢書の『立憲主義について』で次のように書いてあることに考えさせられる。
「硬性憲法の国であても、立法権者や執行権者(行政府の長)が憲法規範に敬意を払わず、しかもそれをチェックする信頼にたる仕組みが存在しない場合には、憲法は有名無実化してしまう。」( )内は泉水が書き込み。

安倍政権は今までの政権が、集団的自衛権は憲法違反だという解釈を閣議決定で変更して、集団的自衛権は可能だと解釈を変え、自衛隊の海外派兵を可能にしてしまいました。
憲法改正について、今の時点での改正に批判的、慎重な人たちが、改憲ではなく壊憲だと、自民党の憲法草案で改訂すると、悔憲になるという人がいます。
確かにそのように思えるが、それいよりも今の状態なら憲法を改正する必要はなく、ときそれぞれの状況に合わせて憲法の解釈の仕方を変えていけばよいのであって、憲法がないにも等しいことになってしまっている。
いまの、政権の人たちは憲法に限らず、ことあるごとに法に従って粛々と進めると言う。
法を都合のよいように変え、変えることができなければ解釈を変えて、それに基づいて進めるなら。どのようなことでもできることになってしまう。

いま、憲法や法律のことを述べているが、学問のことに照らして考えてみると、学問で使われる言葉は一つ一つその言葉に決まった意味を定義して、話を筋道を立てて展開してい結論を導いていきます。
これが社会科学分野だったらその学問は支離滅裂になるでしょう。
しかし、自然科学の物理や化学ならその学説を実証していと、それが計画の通りいかず、目的が達せられることはないです。

外交や政治の世界も同じで、言葉の定義を一つにするために、二国間の条約なら条約文は互いの国の言葉で、その言葉の持つ定義を吟味して作られ結ばれます。
それをしないと条約を締結したがいいは、互いの国が批准の段階で、全権委員が調印した条約文を当事国の国会がそれぞれの言葉の定義はどのようにされているかを確認して承認されます。
これは、国内法に於いても同じで、その定義が曖昧なら裁判で多様な判決でてしまい混乱をしてしまいます。

政治をおこなうものとして、執行権者の都合で勝手な解釈をすすことは許されないことです。そのようなことをする国は民主主義国家と言えず、独裁国家と同じようなものです。

ことしも、安倍政権がどのように法を解釈し執行していくのか見守っていきたいです。

テーマ : 憲法改正論議
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不断の努力の民主主義

国家社会主義者、日本ファシズムの理論的指導者とされる北一輝は、明治維新は西欧的な政治の近代化を目指したが、民主主義に向けての準備を欠いた近代革命と言うようなことをいっている。

日本の場合フランスなどのように下から持ち上がった革命で民主主義を作り上げたものではなく、飛鳥時代からつづく天皇家の権威を借りた権力者の争いの中で権力の後退がなだれてきた。明治維新も徳川幕府を倒しそれを正当化したのも天皇の権威に基づいたものでしかなかったというのです。

しかし日本の政治を今まで見ると、飛鳥時代から奈良時代頃までは政治の実権を握っていたといえるかもしれないが、平安時代以降は権力の実権は武士が握り、天皇の威光のもとでそれ正当化され、天皇は権力の象徴としてりようされてきた。黒船到来により欧米列強から鎖国政策対し開国を迫られた。それが倒幕を目指す薩摩長州は今までの徳川家の大御所の地位を崩すために、尊皇攘夷を掲げ天皇家の権威を最大限に利用して打ち立てたのが明治政府といえるんだろう。
そのため、明治維新は上の権力がすげ替わっただけで、公方を倒した新しい権力は、天皇の権威のもと正当化された。
そのため、明治22年まで国会も開かれず、憲法も日本には存在されなかった。しかし、明治維新を景気に民権運動がわき起こり、中江兆民 植木枝盛や北一輝らの運動や千葉胃卓三郎の私擬憲法である通称五日市憲法などつくられている。その数は現在わかっているだけで100を越え、五日市憲法のように、実存するものもかなりの数が残っている。

これらの中には、明治政府が明治22年に天皇の名で勅下した、大日本帝国憲法よりも強度の欽定憲法もあるが、民権を重視した民定憲法と言えるものが多くある。その中でも政府が国民を弾圧したりしたときの、人民の武器を持っての抵抗権を明記し、それを権利として保障したものもある。
このことは、いかに明治時代に多くの人が、日本の在り方はどうあるべきかを考えていたといえるものであり、また、明治政府が自分たちの政権を守るために、多くの人民を抑圧弾圧していたから、それは許されざることと言う住民の危機感があったのであろう。

また、ポツダム宣言を受諾し降伏した後に、連合国から新しい憲法を作るように言われたとき。帝国政府はすぐに応じようとしなかったが、このときも民間で明治維新期ほどではないが、新しい憲法を考える動きもあったようで、そのいくつかは国会図書館に、社会黨や自由黨、進歩黨、共産黨などの案が所蔵されている。ほかにも、巷下でいくつもつくられたようで、わたしが聞いたところで50ほどあると言う人もいるようです。

連合国とっくに米国は敵国である日本のことをよく調べていて、日本には明治政府いらい封建的な非民主的な皇国でそれ以外の動きはなかのではなく、自由民権の運動は明治維新以前から合ったとしているようです。
そのことは、ポツダム宣言の10条と12条に表れている。

十、・・・前略 日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ
十二、前記諸目的カ達成セラレ且日本国国民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府カ樹立セラルルニ於テハ聯合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収セラルヘシ

10条の日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化は、明治の民権運動や大正デモクラシーの運動をさしているといえる。
しかし、日本憲法を制定し、サンフランシスコ講和条約を結んでも、12条の平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府カ樹立セラルルニ於テハ聯合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収セラルヘシは実現していない。これは、枢軸国を敵としていて東西の冷戦生まれていないときのもので、中国に共産党政党ができ、朝鮮戦争が勃発し東西冷戦が始まり、ベトナム戦争が激化したことにもよるが。神道指令がでて今までの体制は解体されても宗教法人として神社本庁が復活したこともあるのではないだろうか。

いまの安倍政権は憲法の改正に並々ならぬ情熱を持って取り組んでいるが、その素案となるであろう自民党の憲法改正草案の、前文と第一章やほかの各条項を読むと、帝国憲法の復古の臭いがしてくる。

日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、
この部分は皇祖皇宗の国家のことをさしていることは秋あらかで、国家神道の復活の意図が見え隠れする。

第一条 天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、
この第一条の元首の解釈の仕方により変わってくるが、この部分は他の条文の読み解いていく必要があるだろう。
しかし、特に国民の権利義務について、公益と秩序に反しない限りの文言が頻繁に出てくることをどのように解釈かが問題とわたしはみる。

このことは万一自民党の憲法案のようなものが、国民投票で実現すればいまだ日本は、北一輝の言うように、民主主義に向けての準備を欠いた状態に戻ってまうのではないか。

国家神道と信仰の自由

本の敗戦後、GHQが1945年12月15日出した神道指令により、政教分離がなされ、明治維新後の1871年明治4年に太政官布告により、大・中・小の官弊社、別格官弊社、大・中・小国弊社、府・県・郷・村社と無格社に分けられた社格制度は廃止された。
この、徳川幕府の体制を否定し、新政権の正当性を定めるため、天皇を利用し天照大神から神武天皇の皇祖皇宗の、国家統治のために作られたもとの見方もある。それは、伊勢神宮を頂点としいた、神社の国家管理を正当化するためのものです。
また、明治維新の廃仏毀釈運動は、仏教と日本の民族宗教が、入り混じり寺のなかでも、鎮守などが祀られ手いることに、仏像や仏典に対して、排斥運動がなされていた。
しかし、それが一部地域で過激になり、廃寺させられた寺も多くあるという。
社格は神道国教化政策を進めるために、官弊社・国弊社が位づけされたと言える。
そこで、官弊社・国弊社は国家の保護のもと、保護され支援された。
明治維新までは、秋の実りに感謝する、秋の祭りは天皇家で行われていた新嘗の行事だったものだったが、国家としての祭りとして、新嘗祭が行われるようになり、現在でも勤労感謝の日として、国民の祝日に指定されている。
明治政府になってから、国家神道を押し進めるため、新嘗祭に関わらず、紀元説、天長節などが、国家行事として行われたいた。
ここで、政治と宗教の関わり方をみる上で、憲法にかかれている政教分離について見てみる。

それぞれの、「信教の自由」の条文をみてみる。

・日本国憲法
第20条信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

・自民党改正草案
第二十条 信教の自由は、保障する。国は、いかなる宗教団体に対しても、特権を与えてはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及び地方自治体その他の公共団体は、特定の宗教のための教育その他の宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。

・大日本帝国憲法(明治憲法)
第28条日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス

明治憲法では「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限」とかかれ、世の中を乱すようなこと、天皇に仕える国民としの義務に背かない限り保障されると制限されている。

このように、戦前は国家と国家神道が結びついていたことの怖さを感じます。
自民党案の3項の「ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。」は、これが拡大していき、伊勢神宮を頂点とした神道神社への国家の関わりにまで、国がその活動を支援したり幇助刷る方向に進まないかと心配なところがあるように思う。

タイの国民投票

タイのインラック首相が2014年に軍のクーデターで失脚し、軍政下にあるそのタイで、民政移管に向けた新憲法草案が国民投票で承認さました。
しかし、新憲法は軍から民政へ移管され、軍政から民政への復帰として喜ぶべきものだが、その新憲法の内容は、軍の政治介入を許す内容となっている。
共同通信の遠藤一弥氏よると、非民選議員だけでなく軍人なども首相就任を認め、選挙後5年間は上院議員の公選を廃し事実上軍の任命制となっている。また、上院は下院知音や政権に強い監視権限を持つ、憲法裁判事の任命権限を持つなど、軍の政治介入を認める軍政色の強いものとなっている。
このような新憲法をタイ国民は選んだのだが、タイは2001年にタクシン氏が首相に就任し民政への行政改革を進め、軍予算の削減など伝統的権力基盤と既得権益の打破をしようとしたが、軍や既得権を持っている者から抵抗を受け、2006年に軍のクーデターで失脚、その後の総選挙でタクシン氏の妹のインラック氏が首相に就任したが、2014年に失脚した。
タイの国民の信望を集めるプミポン国王も88歳で心臓病などの健康不安も指摘され、以前のような両派への仲裁が難しい状況となっているそうです。
一方隣国のミャンマーは民政移管されているが、タイはその逆を進んでいるようです。

遠藤一弥は、1970年代以降、タイでは軍主導のクーデターが頻発している、そのことに対して「40年前に戻った時計の針と」たとえている。

日本では自民党が主だって憲法の改正を押し進めようとしているが、自民党の憲法改正草案は70年前の憲法に戻ろうとしているところがある。また安倍政権の閣僚の多くが所属している、日本会議や神道政治連盟などの憲法観や産経新聞の憲法案も70年前の憲法と似ている。

タイは40年前にもどるのだが、日本は70年前に戻ってしまうことが無いように、今の私たちの民主主義と自由と個人の人権尊重の大切さを今一度考えて見たく思う。

日本国憲法と自民党改正草案

日本国憲法と自民党の日本国憲法改正草案

両憲法のそれぞれの最も重きを置いているものはなにか。
日本国憲法(以下現行憲法)は、自由と平等と平和といえる。
前文には次のようにある。
日本国民は、恒久の平和を念願し、・・・中略・・・、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
・・・中略・・・
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


自民党の日本国憲法改正草案(以下自民党案)は、国民の自由やびょうどうより、天皇制・国体・秩序を重きにおいていると言える。
自民党案にの前文は次のようになっている。

日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
・・・中略・・・
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
・・・後略・・・

国民主権といいながら、「天皇を戴く国家」としている。また、「日本国民は、国と郷土を誇りと気概をもって守り」は国体護持にもなりかねない。さらに、「自由と規律を重んじ」や条文本文の随所にみられる「公益と公の秩序」は、国あっての国民という考えです。

また、それを具体的にもっとも示しているのが、次にあげるところと言える。
第11条国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

このところが自民党案では、「妨げられない」と「現在及び将来に国民に与えられる」が削除されている。
このことは、現行憲法では、国や政府など権力者に対して、この基本的人権は不可侵であり、永久の権利とし保障するものであり、改正するにあたってもこの条文は維持されなくてはならないといっているといえる。

また、
第12条この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

これにたいしても、つぎに公共の福祉のために利用する責任を負うと書かれ、他人の権利や社会秩序を侵し、踏みにじることをしてはならないと書かれているのに、お節介にも「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し」が付け加えられ、さらに「常に公益及び公の秩序に反してはならない」となっている。

現行憲法で13条と22条は次のようになっている。
第13条すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第22条何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

しかし自民党案では、個人が人になり、ここでも「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」になっている。さらに「必要」とするが、「されなければならない」になっている。個人としての尊厳より国体としての秩序を求めよとしていることが窺える。

戦争法とも呼ばれる安保制法が国会で審議されているとき、多くの人が国会前で抗議集会を開きデモをしました。そのとき国会前の集会をテロと同じだと言った閣僚がいました。デモをテロと同一視するなら、公の秩序を乱したことになり、70年以前の学生運動が盛んな時の過激なデモでなくとも、デモ参加者は逮捕されることになり、それ以前にデモは禁止されできなくなります。表現の自由のところで自民党案は2項で「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」とあり、国政に対して抗議行動を計画するだけでも罪に問われるおそれがあります。

また、22条ではほかの国民の権利義務の条項では書かれている、「公益及び公の秩序」が書かれていないです。これは何を意味するのか。安倍首相はよく、世界一経済活動をしやすい国にすると言っている。つまり、公共の福祉である。人と人の衝突による個人の不利益、つまり企業活動は働くものの権利よりも優先されうるとも解釈しうるものです。これはますます、ブラック企業や残業代ゼロや企業の都合でこよう打ち切りや、契約社員などが、さらに自由にできることを可能にしうるとも言える。
主権者は国民であると、憲法に明示していうなら、国民の生活基盤である働く権利と義務を、ないがしろにするようなこの条文はよいのだろうか。

どうみても、天皇を戴く国家で天皇が元首であり、国民はその下で国家のために働く人として位置づけいるように読みとれる。
これは、明治憲法と何らか変わらないのではないだろうか。

ポツダム宣言に10条に書かれた、「民主主義的傾向の復活強化」と真逆のもので、GHQが驚愕し9日間で憲法を作らすことになった、松本案と同類なものといえる。
国連憲章にはいまだに敵国条項明記されているが、それがまだ有効であるなら、厚木や横田基地の米軍は再び日本を占領しようとすると、それに対して安倍政権はどのように対応するのであろう。

このような自民党案は、立憲主義の観点においても、安倍政権は法に基づいてとよく言うが、国際的な法の歴史的な流れにおいても、非常に問題点が多いといえるものだと私は考えます。

二つの憲法の一条文を読み比べて

自民党案
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。
国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない

日本憲法
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

この二つの条文の主語は、それぞれどこにあるのだろうか。それぞれの前段の部分の締めくくりは「保持されなければならない」と「これを保持しなければならない」です。

私自身法律を学んでいないので、ここで使われている言葉をどう定義し、どう解釈するれば正しいのかはわからないが、私なりに解釈してみた。

それによると、自民党案では、文脈から憲法は国に対して自由と権利を保障する事を怠ってはいけないとしている。そして国が怠ることが無いように受け身的に働きかける権利があるとなっている。つまり、これは自民党憲法は国民に国家が、与えるものという性格をもってるのではないか。

現行憲法は、保持する努力を対象を明確にこれとして指定し、しなければならないとことは権利であり努力義務を課している。つまり国が自由と権利を保障しなければ、国にそれを履行するように働きかけないといけないと、国民の義務を明記している。これは国民主権の一つである抵抗権がかかれてていると言えないだろうか。


では後段の部分はどうか。
自民党案では
国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない

とあり濫用してはならずと明確に国民に命令している。その上お節介にも「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し」と説教文が書かれている。
さらに、公益及び公の秩序に反してはならないと、秩序を大切にするように国民に押しつけている。
この「公益及び公の秩序」とは何だろう。多数の意見に異を唱えずに従えということか。そうなると、以前にも書いたが選挙で選ばれた政府の政策に反対するデモなどはどこまで保障されるかが危うくなってくる。


現行憲法は
国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

「濫用してはならないのであって」とあり国民の自覚のもとで責任ある行動をとるように促している。さらに、国民お互いの自由と平等のたの公共の福祉を実現させるためとあり、「公共の福祉」とは自由と権利を行使する義務を負うということであり、他人の権利を脅かさない限り認められるとなる。

自民党は、現行の日本国憲法を押しつけ憲法と言うが、自民党憲法は、国民に押しつける憲法と言うことが言え。現行憲法は、国家や政府、権力者に押しつけた憲法と言うことがいえる。

では誰が押しつけたかであるが、現行憲法はマッカーサーがGHQの民政局の職員に起草案を作らしたので、GHQと言えるが、その内容は当時の日本の国民の中の考えが多く取り入れられていることは、今までの研究者のあいだで明らかになっている。

そして、国民にとっては、自分たちで直接起草したものでないので、GHQから与えられたと言える。しかし、鈴木安蔵の憲法研究会の案などの考えが取り入れられていることを忘れてはならないです。

さて、この条文を読み比べてどちらがよいだろうか。

日本の憲法を書いたのは、

米国のバイデン米副大統領が異例の発言をした。
クリントン民主党米大統領候補の演説で、トランプ氏の主張する日本や韓国が核武装の容認に対して、「私たちが核保有国になり得ない日本の憲法を書いた」と述べ批判しました。
これは、安倍晋三などの改憲派にとっては、押しつけ憲法だという絶好の追い風の材料になるだろう。

トランプ氏の発言を私の知る限りでは、日本の米軍基地がフィリピンや韓国などの基地に比べ、日本政府がどれだけ資金を拠出して、他のいろいろな面で優遇しているかを知らないようです。

また、バイデン米副大統領も、日本国憲法は私たちが書いたと言うのは、日本国憲法がどのように作られたかを正確に知らないようです。

現行の「日本国憲法」は、確かにGHQの最高司令官であるカッカーサの指示でその原案は、GHQの民政局の人たちと手で作られました。しかし、マッカーサーが日本の憲法の草案を民政局員に作るようにの指示を出すにいたったのは、ポツダム宣言に基づいて、新しい憲法を作るように言われたが、日本政府が明治憲法と殆ど変わらない憲法を考えていることが、毎日新聞のスクープでわかり、これでは他の連合国の同意を取り付けられないと考えたからです。
その前に、自由民権運動期の憲法学者の鈴木安蔵らが作った「憲法研究会」が日本の新しい憲法を考え、それをGHQにも提出し受理されている。それをGHQの民政局法規課長マイロ・ラウエル中佐は詳細検討をして、「この憲法草案中に盛られている諸条項は、民主主義的で、賛成できるものである」と評価している。それを日本の憲法を作るように言われた民政局の人たちも当然、見せられて参考にしているだろう。また、その憲法研究会案とGHQの原案を比べて類似点があることから明らかだといわれています。

それらのことを踏まえていくと、戦争放棄の条項は、日本は武装しないというのは、GHQからの押しつけではなく、日本が早く独立国になるために選び、独立後に改正すればよいと考えていたとも見方もあります。その後サンフランシスコ講和条約が結ばれた後、今までに憲法の改正がしてこなかったのはそれを日本国民が受け入れてきたからと言えるでしょう。


また、バイデン米副大統領は中国の習近平主席との会談で、北朝鮮の核開発防止の協力を求める文脈のなかで、「日本は事実上、一夜で核兵器を製造する能力がある」と語ったそうです。これは新聞に載っていた記事で、前後に何をどのように会話されていたかがわからないが、以前から言われている潜在的な核保有国であることを改めて言ったことになる。
いろいろ物騒な発言をする閣僚がいるが、日本は非核三原則を改めて強調しておきたいものです、

しかし、この非核三原則も武器輸出三原則が、防衛装備移転三原則にかわり、憲法解釈がねじ曲げられて集団的自衛権を合憲としているので、非核三原則の持たず、作らず、持ち込ませずの三原則を、使わず、作らせず、使わせずに変えられてしまうかもしれない。
そのようなことがないように、今まで以上に核に対して敏感になってる必要があるだろう。

日本国憲法と自民党憲法

日本国憲法と自民党の日本国憲法改正草案

両憲法のそれぞれの最も重きを置いているものはなにか。
日本国憲法(以下現行憲法)は、自由と平等と平和といえる。
前文には次のようにある。
日本国民は、恒久の平和を念願し、・・・中略・・・、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
・・・中略・・・
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


自民党の日本国憲法改正草案(以下自民党案)は、国民の自由やびょうどうより、天皇制・国体・秩序を重きにおいていると言える。
自民党案にの前文は次のようになっている。

日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
・・・中略・・・
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
・・・後略・・・

国民主権といいながら、「天皇を戴く国家」としている。また、「日本国民は、国と郷土を誇りと気概をもって守り」は国体護持にもなりかねない。さらに、「自由と規律を重んじ」や条文本文の随所にみられる「公益と公の秩序」は、国あっての国民という考えです。

また、それを具体的にもっとも示しているのが、次にあげるところと言える。
第11条国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

このところが自民党案では、「妨げられない」と「現在及び将来に国民に与えられる」が削除されている。
このことは、現行憲法では、国や政府など権力者に対して、この基本的人権は不可侵であり、永久の権利とし保障するものであり、改正するにあたってもこの条文は維持されなくてはならないといっているといえる。

また、
第12条この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

これにたいしても、つぎに公共の福祉のために利用する責任を負うと書かれ、他人の権利や社会秩序を侵し、踏みにじることをしてはならないと書かれているのに、お節介にも「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し」が付け加えられ、さらに「常に公益及び公の秩序に反してはならない」となっている。

現行憲法で13条と22条は次のようになっている。
第13条すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第22条何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

しかし自民党案では、個人が人になり、ここでも「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」になっている。さらに「必要」とするが、「されなければならない」になっている。個人としての尊厳より国体としての秩序を求めよとしていることが窺える。

戦争法である安保制法が国会で審議されているとき、多くの人が国会前で抗議集会を開きデモをしました。そのとき国会前の集会をテロと同じだと言った閣僚がいました。デモをテロと同一視するなら、公の秩序を乱したことになり、デモ参加者は逮捕されることになり、それ以前にデモは禁止されできなくなります。表現の自由のところで自民党案は2項で「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」とあり、国政に対して抗議行動を計画するだけでも罪に問われるおそれがあります。

また、22条ではほかの国民の権利義務の条項では書かれている、「公益及び公の秩序」が書かれていないです。これは何を意味するのか。安倍首相はよく、世界一経済活動をしやすい国にすると言っている。つまり、公共の福祉である。人と人の衝突による個人の不利益、つまり企業活動は働くものの権利よりも優先されうるとも解釈しうるものです。これはますます、ブラック企業や残業代ゼロや企業の都合でこよう打ち切りや、契約社員などが、さらに自由にできることを可能にしうるとも言える。
主権者は国民であると、憲法に明示していうなら、国民の生活基盤である働く権利と義務を、ないがしろにするようなこの条文はよいのだろうか。

どうみても、天皇を戴く国家で天皇が元首であり、国民はその下で国家のために働く人として位置づけいるように読みとれる。
これは、明治憲法と何らか変わらないのではないだろうか。

ポツダム宣言に10条に書かれた、「民主主義的傾向の復活強化」と真逆のもので、GHQが驚愕し9日間で憲法を作らすことになった、松本案と同類なものといえる。
国連憲章にはいまだに敵国条項明記されているが、それがまだ有効であるなら、厚木や横田基地の米軍は再び日本を占領しようとすると、それに対して安倍政権はどのように対応するのであろう。

このような自民党案は、立憲主義の観点においても、安倍政権は法に基づいてとよく言うが、国際的な法の歴史的な流れにおいても、非常に問題点が多いといえるものだと私は考えます。

テーマ : 憲法改正論議
ジャンル : 政治・経済

敗戦の日

今年も8月15日がきます。8月15日は昭和天皇が、国民に向けて敗戦の肉声の勅語をラジオで放送された日です。

それを、終戦の日として紀念する日です。

そして、それはどのようにするかは、日本国憲法の前文と9条に書かれいます。

日本国民は、・・・中略・・・諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


第9条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

ここで、この敗戦にいたった戦争の責任は誰にあるのかが明確に書かれいます。国民にあるのではなく政府にあると明記されています。そして国民は政府が再びそあのような戦争を犯さないように、国家の名誉にかけてそれが維持実現できるように努義務があると書かれています。

平和とは安倍首相の言う「積極的平和主義」ではなく、ヨハン・ガルトゥング博士の言う戦争や争いがない「消極的平和主義」から一段高め、戦争や争いがなくその中で格差や差別などもないて「積極的平和主義」の実現に向けての努力をいかにするかを考える日にしたいです。

ガルトゥングの積極的平和における「積極的」は「positive(自信のある 建設的な 前向きのなど)」の訳であるが、安倍首相積極的平和の英語訳は、外務省の英文Webページでは「proactive)(先取りする 先を読んで行動するで事前対策)」で。つまり、安倍首相の言う「積極的平和主義」は、武力によって平和を作り出すことで、ガルトゥング氏のとは真逆です。

今日8月15日、平和についてしっかりと考えてみよう。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 終戦の日の前後のテレビ番組
    アジシオ次郎 (08/22)
    こんにちは。

    毎年この時期は戦争にちなんだドキュメンタリー番組をやるけど、NHKが積極的にやるのに民放はニュースでミニコーナー程度しかやらないと言うのはどうか
  • 安倍内閣改造
    竹林泉水 (08/08)
    > 一強なのに天狗になって周りを見ない姿勢のせいで支持率が低下したのに、それを教訓にしないようでは自浄能力がないというか学習能力がないと言われるだけです。ア
  • 安倍内閣改造
    アジシオ次郎 (08/05)
    こんにちは。

    お友達内閣と揶揄された反省から、今回は異なる派閥からすすんで入れた改造内閣、バランスいいとはいうものの、女性閣僚が2人だけというのは男性優位色が
  • 見ざる聞かざる言わざる
    竹林泉水 (07/30)
    いつもコメントありがとうございます。
    三猿の教えは、子どもより大人の方が三猿について考えないといけないでしょうね。

    一つのことしか知らない大人になるのは、人それ
  • 見ざる聞かざる言わざる
    アジシオ次郎 (07/26)
    こんにちは。

    周りをよく見る・すすんで自分の意見を言う・人の話を聞く。当たり前の常識だが、子供に説くのも大事だが大人も改めてそれを認識してそれに基づく正しい行
  • アベ政治はクーデター
    竹林泉水 (07/19)
    政権を握っているのでクーデタだと言えるのでは

    しかし、安倍晋三の頭の中の辞書には、民主主義の言葉はあるが、政治家としての誠実さをなかなか感じることができないので
  • アベ政治はクーデター
    雲と風 (07/18)
    勉強になりましたが、「安倍政権はクーデター」でしょうか? 権力と威嚇によるテロリズムだと思います。内閣府の中の一派が壊憲と日本の民主主義制度の堕落無力化を共謀し
  • 教育福祉などへの株式参入は
    竹林泉水 (07/12)
    なんでも自由競争になれば、サービスの質が向上すると考えるのは間違いで、鉄道などで見ると都市部はサービスが向上するが、過疎部では反対で最悪の場合は撤退になります。
  • 教育福祉などへの株式参入は
    アジシオ次郎 (07/10)
    おはようございます。

    教育や福祉に株式参入することは、教育や福祉をビジネスに利用しかねないし、アメリカ式の市場主義経済に基づく価値観を正当化しかねないです。た
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