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百人一首 11

満月を過ぎて欠けてゆく月を、下り月といいますが、昨日は下弦の月・半月で、今日は十五夜(満月)から九日目の下り月です。

十五夜以降の日の、夜明けの東の空に、出ている月を、「有明の月」ともいい、「朝月」 「明けの月」 残り月とも言われ今の時期が、見頃だとおもいます。
夏のころの九日目の下り月は夜が明けだし明るさもおぼろですが、秋も半ばになると夜が明けるのは遅くなり、下り月も明るく輝き美しく見えるものです。
21
今こむといひしばかりに長月の 有明の月をまちいでつるかな
           素性法師

   21素性法師碑


いますぐに来ようかと、あなたが言ったので、九月の有明の月を、迎えることになってしまし待ちわびている。

すぐに来ると言われたが、いつまで立ってもこないが、それでも待ち続けているうちに、明け方の月がでてきました、もう夜が明けてしまう、もう彼女はこないのだろうか。

素性法師は男であるが、当時は男性が女性のもとに通っていたので、女性の気持ちを変えて詠んだものと言われています。ただ待ち続けるしかない、女性の待ちわびる心の切なさを表したものでしょう。
最近は、待ち合わせをしても女性より男性の方が待ちぼうけを喰うようです。そのようにみると、現代の男の振られた切なさのようも、読み取ってみることもできるかもしれません。
しかし、今の優柔不断な男の気持ちは、長月でなく夜が明けて月も目立たなくなるころの、皐月や雨月(五月)の方があっているかもしれません。


素性法師(そせいほうし)
俗名は良岑玄利 生没年不詳。遍照の子。平安前期の歌人で三十六歌仙の一人でし。
左近将監に任官した後に出家し、権律師となっています。



22
吹からに秋の草木のしほるれば むべ山風をあらしと云らむ
            文屋康秀

   21素性法師碑

秋の風が吹くとすぐに 秋の草木がしおれ弱るので、なるほどそれで 山から吹きおろす風を、嵐というのであろうか。

嵐は山から吹き下ろす風で、その風は荒らし荒らしなので、嵐というのでしょうか。この歌はどこで詠んだのでしょうか。藤原定家が百人一首を編纂した小倉山荘は、京都の桂川沿いにある嵐山の近くにありました。


文屋康秀
六歌仙の一人で子の朝康も著名歌人で、親子揃って百人一首に撰入されています。官人としての身分は高くなかったが、二条の后のもとに出入りしていたので、小野小町とも親しかったとされています。古今集仮名序では「ことばは巧みにて、そのさま身におはず。いはば、商人のよき衣きたらんがごとし」と紀貫之に批判されていますが、勅撰入集には古今が五首、後撰に一首の計六首がえらばれている。


今までに、このブログに書き込んだ、百人一首の一覧はこちらで紹介いしています。

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小倉百人一首

京都嵐山の百人一首の歌碑の紹介と、百人一首の歌で私が感じたことを書き綴っています。
先日二首について書いたのでちょうど5分の1の20首の歌の感想を書くことができました。
ここで改めて、記事投稿したそれらの歌にリンクを張り直して、100首の詠み直してみました。
  1. 秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ
       天智天皇
  2. 春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山
       持統天皇
  3. あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む
       柿本人麻呂
  4. 田子の浦にうち出でて見れば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ
       山辺赤人
  5. 奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき
       猿丸大夫
  6. 鵲の渡せる橋に置く霜の 白きを見れば夜ぞ更けにける
       中納言家持
  7. 天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも
       安倍仲麿
  8. わが庵は都の辰巳しかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり
       喜撰法師
  9. 花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに
       小野小町
  10. これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬもあふ坂の関
       蝉丸
  11. わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ海人の釣船
       参議篁
  12. 天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ 乙女の姿しばしとどめむ
       僧正遍昭
  13. 筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞ積もりて淵となりぬる
       陽成院
  14. 陸奥のしのぶもぢずりたれゆえに 乱れそめにしわれならなくに
       河原左大臣
  15. 君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ
       光孝天皇
  16. 立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む
       中納言行平
  17. ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
       在原業平朝臣
  18. 住の江の岸に寄る波よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ
       藤原敏行朝臣
  19. 難波潟短き蘆のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや
       伊勢
  20. わびぬれば今はたおなじ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ
       元良親王
  21. 今来むといひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな
       素性法師
  22. 吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風をあらしといふらむ
       文屋康秀
  23. 月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど
       大江千里
  24. このたびは幣も取りあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに
       菅家
  25. 名にし負はば逢う坂山のさねかずら 人に知られで来るよしもがな
       三条右大臣
  26. 小倉山峰の紅葉葉心あらば いまひとたびのみゆき待たなむ
       貞信公
  27. みかの原わきて流るるいづみ川 いつ見きとてか恋しかるらむ
       中納言兼輔
  28. 山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば
       源宗于朝臣
  29. 心あてに折らばや折らむ初霜の 置きまどはせる白菊の花
       凡河内躬恒
  30. 有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし
       壬生忠岑
  31. 朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に降れる白雪
       坂上是則
  32. 山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり
       春道列樹
  33. ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ
       紀友則
  34. 誰をかも知る人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに
       藤原興風
  35. 人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける
       紀貫之
  36. 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいずこに月宿るらむ
       清原深養父
  37. 白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける
       文屋朝康
  38. 忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな
       右近
  39. 浅茅生の小野の篠原忍ぶれど あまりてなどか人の恋しき
       参議等
  40. 忍ぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで
       平兼盛
  41. 恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか
       壬生忠見
  42. 契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波越さじとは
       清原元輔
  43. 逢ひ見てののちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり
       権中納言敦忠
  44. 逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし
       中納言朝忠
  45. あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたずらになりぬべきかな
       謙徳公
  46. 由良の門を渡る舟人かぢを絶え ゆくへも知らぬ恋のみちかな
       曾禰好忠
  47. 八重むぐら茂れる宿の寂しきに 人こそ見えね秋は来にけり
       恵慶法師
  48. 風をいたみ岩打つ波のおのれのみ くだけてものを思ふころかな
       源重之
  49. 御垣守衛士のたく火の夜は燃え 昼は消えつつものをこそ思へ
       大中臣能宣朝臣
  50. 君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな
       藤原義孝
  51. かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを
       藤原実方朝臣
  52. 明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな
       藤原道信朝臣
  53. 嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る
       右大将道綱母
  54. 忘れじのゆく末まではかたければ 今日を限りの命ともがな
       儀同三司母
  55. 滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ
       大納言公任
  56. あらざらむこの世のほかの思ひ出に いまひとたびの逢ふこともがな
       和泉式部
  57. めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に 雲隠れにし夜半の月影
       紫式部
  58. 有馬山猪名の篠原風吹けば いでそよ人を忘れやはする
       大弐三位
  59. やすらはで寝なましものをさ夜更けて かたぶくまでの月を見しかな
       赤染衛門
  60. 大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立
       小式部内侍
  61. いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重に匂ひぬるかな
       伊勢大輔
  62. 夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ
       清少納言
  63. 今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならでいふよしもがな
       左京大夫道雅
  64. 朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木
       権中納言定頼
  65. 恨みわび干さぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
       相模
  66. もろともにあはれと思え山桜 花よりほかに知る人もなし
       前大僧正行尊
  67. 春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそをしけれ
       周防内侍
  68. 心にもあらで憂き夜に長らへば 恋しかるべき夜半の月かな
       三条院
  69. 嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 竜田の川の錦なりけり
       能因法師
  70. 寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ秋の夕暮れ
       良暹法師
  71. 夕されば門田の稲葉訪れて 蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く
       大納言経信
  72. 音に聞く高師の浜のあだ波は かけじや袖のぬれもこそすれ
       祐子内親王家紀伊
  73. 高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山のかすみ立たずもあらなむ
       前権中納言匡房
  74. 憂かりける人を初瀬の山おろしよ 激しかれとは祈らぬものを
       源俊頼朝臣
  75. 契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり
       藤原基俊
  76. わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波
       法性寺入道前関白太政大臣
  77. 瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ
       崇徳院
  78. 淡路島通ふ千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守
       源兼昌
  79. 秋風にたなびく雲のたえ間より 漏れ出づる月の影のさやけさ
       左京大夫顕輔
  80. ながからむ心も知らず黒髪の 乱れてけさはものをこそ思へ
       待賢門院堀河
  81. ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる
       後徳大寺左大臣
  82. 思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり
       道因法師
  83. 世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
       皇太后宮大夫俊成
  84. 長らへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき
       藤原清輔朝臣
  85. 夜もすがらもの思ふころは明けやらぬ ねやのひまさへつれなかりけり
       俊恵法師
  86. 嘆けとて月やはものを思はする かこちがほなるわが涙かな
       西行法師
  87. 村雨の露もまだ干ぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮
       寂蓮法師
  88. 難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ 身を尽くしてや恋ひわたるべき
       皇嘉門院別当
  89. 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする
       式子内親王
  90. 見せばやな雄島の海人の袖だにも 濡れにぞ濡れし色は変はらず
       殷富門院大輔
  91. きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む
       後京極摂政前太政大臣
  92. わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らねかわく間もなし
       二条院讃岐
  93. 世の中は常にもがもな渚漕ぐ 海人の小舟の綱手かなしも
       鎌倉右大臣
  94. み吉野の山の秋風さよ更けて ふるさと寒く衣打つなり
       参議雅経
  95. おほけなく憂き世の民におほふかな わが立つ杣にすみ染の袖
       前大僧正慈円
  96. 花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり
       入道前太政大臣
  97. 来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ
       権中納言定家
  98. 風そよぐ楢の小川の夕暮は 御禊ぞ夏のしるしなりける
       従二位家隆
  99. 人も愛し人も恨めしあじきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は
       後鳥羽院
  100. 百敷や古き軒端のしのぶにも なほ余りある昔なりけり
       順徳院

百人一首 10

17
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは
   在原業平朝臣

ずっと昔からの神代の時代にも、聞いたことがない。川一面に紅葉が浮いて流れる竜田川が、真赤に川の水を染めにしているなどとは聞いたこともない。

   17在原業平朝臣碑s


在原業平朝臣  平城天皇の皇子阿保親王の第五子。「伊勢物語」の主人公かとも擬せられている。六歌仙の一人。


ちはやぶる・・・と聞けば、からくれななゐに・・・・とくる、この歌は、百人一首の中でも耳に響き覚えてしまう歌のようです。

この歌の舞台になった竜田川は、奈良県生駒郡斑鳩町竜田で、JR法隆寺から30分程のところにあります。
紅葉の季節には、付近は紅葉の名所で、龍田神社の他、法隆寺などが近く、斑鳩の里を散策しながら竜田の流れをしのぶことができます。ことしは正倉院展の帰りにでも竜田川にも足を運んでみようかと思います。



36
夏の夜は まだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月宿るらむ
               清原深養

 夏の夜は、まだ宵だと思っているうちに明けてしまったが、いったい雲のどこに月は宿っているのだろうか。

   36清原深養父碑s


清原深養は清少納言の曾祖父です。


このころ使われていた暦は、太陰太陽暦で、旧暦の四月から六月が夏です。今年でいえば5月10日から8月6日にあたります。
そしてちょうど今頃が一年で一番、夜の短い時期です。私の住んでいる地域では、夜明けが4時8分頃で、日の出が4時46分ごろです。そして、この歌では月がまだ出ているはずだと歌っています。明け方に月がまだ出ているので、下弦の月ごろでしょうか、しかしその月も雲に隠れて見えないと言うので、丁度梅雨入りして月も雲に隠れているのでしょうか。
しかし、いまはもう一年のうち一番夜明けが早い時期はすでにすぎ、数日前から夜明けの時間がだんだんと遅くなってきています。

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百人一首 9

34
誰をかも しる人にせむ 高砂の  松もむかしの 友ならなくに
      藤原興風

誰をいったい昔なじみの知己と思えばいいのだろう 長寿で知られるあの高砂の松も、昔からの私の友人というわけではないのだ

   34藤原興風碑s


日本人の平均寿命がのび、100歳以上に人が5万人を越えながらも、核家族化が進み高齢者の地域との繋がりも稀薄になってきています。そんななか高齢者の孤独死が、時々新聞の紙面に載り社会問題になっています。
年老いてくると気の置けない友人も、一人また一人と旅立ち亡くなり寂しくなってきます。この歌はそうした老いの孤独感を詠んだ歌でしょう。
この高砂の松とは、結婚式などでよく謡われる、「高砂やこの浦船に帆をあげて・・・」能の高砂の松をさすそうです。この高砂の松は、遠い摂津の住吉の地にある松と合わせて「相生の松」といわれ、草木など万物に心がこもり、いつまでも緑の松はめでたく。相生の松は根がひとつで幹が二つに分かれていることから、夫婦の情を示す霊松として神木として知られた松です。兵庫県の高砂市ですが、その松は観光名所にもなっているとか。その松は代を重ね五代目とか。私は兵庫県に住んでいますが、まだ行ったことがないので、今度行って見ようと思います。


藤原興風  藤原道成の子です。三十六歌仙の一人で。管絃にも優れた能力を持っていたといわれます。
興風は生没年未詳ですが、はたして幾つぐらいまでいきたのでしょうか。


35
人はいさ 心も知らず ふるさとは  花ぞ昔の 香ににほひける
      紀貫之

  あなたは、さてどうでしょうね。他人の心は分からないけれど、 昔なじみのこの里では、梅の花だけがかつてと同じいい香りをた だよわせていますよ。

   
35紀貫之碑s

梅の花は最初に咲く花です、胡蝶にもあるように他の花のように緑の葉の中に咲くのではなく。また桜のように華やかに咲くのでもないです。しかし、ひときわよい香りがします。そのにおいはの思い出は、緑の芽吹く前にひっそりと侘びしく咲くのは、深く印象に刻まれいつまでも思い出に残るものでしょう。それと、思い出の女性とを重ね合わせているのでしょうか。
その様な女性に出会うことができたのは羨ましいかぎりです。また、いつでも男女を問わず、その様な人と出会いがありたいものです。

紀貫之
平安時代最大の歌人といわれ。土佐日記を書いた人です。

百人一首 8





天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも
   安倍仲麿

天を仰いではるか遠くを眺めれば、月が昇っている。あの月は30年前に奈良の春日でにある、三笠山に昇っていたのと同じ月なのだ。


    7安倍仲麻碑s






阿倍仲麻呂は一九歳の時に、吉備真備らとともに遣唐使として中国に渡り、勉学に励み玄宗皇帝に気に入られ、高位の役人として仕えました。皇帝に気に入られたがために、日本に帰国する事が許されなかったです。そして三十年後に帰国を許され、その送別の宴が催された時に詠まれた歌とされています。
しかし、途中で船が難破して引き返し、結局帰れぬまま唐の地で没してしまいました。阿倍仲麻呂は唐の李白や王維などの詩人とも親交があり、李白は仲麻呂の乗った船が沈み死んだと知らされ、大変悲しみ「哭晁卿衡」を詠んでいます。晁卿衡は仲麻呂の中国名です。
遣唐使たちは、旅立ちの前に春日神社で旅の無事を祈ったそうです。春日山の背後にある、若草山と三笠山と高円山の上に昇っていた月を懐かしく思って、この唐の地で見る月もこれが最後で、日本に帰れるのことの嬉しさをあらわしたものでしょう。
しかし、結局嵐で船は座礁して日本に帰れず、中国で五十四年暮らして、七十二歳でその生涯を閉じます。






李白は仲麻呂の乗った船が難破して死んだという報をうけて、「哭晁卿衡」という詩を詠むのですが、仲麻呂が遭難死の知らせは誤報であり、約2年後に長安へ戻ってくるが、李白は讒言により長安を追放され、会うことはなかったようです。

「哭晁卿衡」李白   「晁卿衡を哭す」
 日本晁卿辞帝都   日本の晁卿 帝都を辞す
 征帆一片繞蓬壷   征帆 一片 蓬壷を繞る
 明月不帰沈碧海   明月帰らず 碧海に沈む
 白雲愁色満蒼梧   白雲 愁色 蒼梧に満つ

私自身今まで、百人一首などあまり、興味をもたなかったのですが、一首一首味わって詠んでみると、この歌のように様々な物語が隠されていたことを知ると。今まで何故もっと深く味わって詠んでこなかったのかと残念です。







三三
ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ
     紀友則

柔らかな日の光がのどかに射している春の日に、なぜ桜の花は落ち着かなげに散っているのだろうか。


    33紀友則碑s








今年は4月も半ばというのに雪が降って寒かったです。しかし、今年の桜は1週間ほど開花が早く、もう葉桜になってしまっています。しかし、春らしい暖かい風が吹くようになってきました。
桜の花が、一斉に咲き誇り春の日差しは長閑だた、花びらが散るのは忙しくも、散るのも一斉に散っていきます。人によっては桜の花の散るのがいいと言う人もいます。
なにか、そんなことを詠ったことを感じます。



紀友則は、「土佐日記」の作者で百人一首にも歌がある紀貫之のいとこです。
宮内権少輔有友の息子。40歳くらいまで無官だったが、その後土佐掾、大内記に昇進しました。三十六歌仙の一人と言われています。


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百人一首 07


秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ
   天智天皇

秋の田のそばにある作業小屋の、屋根を葺いた苫の編み目が粗いので、私の衣の袖に露が落ちて濡れてしまっている。

天智天皇
 舒明天皇の皇子です。天智天皇は平安時代には、歴代天皇の祖として非常に尊敬されていました。

   1天智天皇碑s


秋といえば「収穫の秋」で、山や野や畑から穀物や野菜、果物の収穫の時季でね。
田に撓わに実った稲を刈るための、作業のために仮に建てた粗末な小屋にいると、苫で覆いがしてあるが、それでは着ている着物の袖が露で濡れてしまう。
どうも、この歌を詠んでいると、天皇が田のそばにある、見張りようの小屋に泊まること自体おかしなものです。
そう思ってました。調べているとこの歌は、万葉集では詠み人知らずになっている「秋田刈る仮庵を作りわがおれば衣手寒く露ぞ置きにける」があります。それがなぜか口伝で伝えられるうちに、歴代天皇の祖として尊敬される天智天皇が、農夫のそのような姿を人間味ある暖かい目でとらえた歌とされたようです。

それはともかく、すべて人の手でしていた時代です。野良作業の大変でしょうし、せっかく稔った農作物を山の獣のから守る見張り番の山小屋で収穫が終わるまでの間ですが、屋内にも夜露が降り落ちるのを憐れんむことは、現代の人にはなかなかそれを実感とする事はできないでしょう。




春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山
   持統天皇

いつの間にか、春が過ぎて夏がやってくると真っ白な衣を干していたという、あの天の香具山に衣がひるがえっているようです。

   2持統天皇碑s

持統天皇
天智天皇の第2皇女で、壬申の乱の時に夫の大海人皇子を助け、夫の天武天皇崩御後、持統天皇として即位しました。政治には高い能力を発揮し、夫である天武天皇に助言し常に補佐していたようです。そして夫の死後政務をとり続け称制としえ政を行った人です。

天皇は、飛鳥浄御原令を施行し、それまでの「倭」の国号から「日本」に改めた人でもあります。他にも政治において敏腕辣腕だったようです。ちょうどサッチャー元英首相いのようだったのでしょうか。いやサッチャーは宰相でしたから、天皇と同じ次元で話してはいけないですね。

小倉百人一首

京都嵐山の百人一首の歌碑の紹介と、百人一首の歌で私が感じたことを書き綴っています。その一覧を作っりました。新しく百人一首について書くたびに、一覧に付け加えていきます。この記事が時々現れますが、失礼をお許しください。(あたらしいタブで開きます)

  1. 秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ
                          天智天皇
  2. 春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山
                          持統天皇
  3. あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む
                          柿本人麻呂
  4. 田子の浦にうち出でて見れば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ
                          山辺赤人
  5. 奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき
                          猿丸大夫
  6. 鵲の渡せる橋に置く霜の 白きを見れば夜ぞ更けにける
                          中納言家持
  7. 天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも
                          安倍仲麿
  8. わが庵は都の辰巳しかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり
                          喜撰法師
  9. 花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに
                          小野小町
  10. これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬもあふ坂の関
                          蝉丸
  11. わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ海人の釣船
                          参議篁
  12. 天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ 乙女の姿しばしとどめむ
                          僧正遍昭
  13. 筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞ積もりて淵となりぬる
                          陽成院
  14. 陸奥のしのぶもぢずりたれゆえに 乱れそめにしわれならなくに
                          河原左大臣
  15. 君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ
                          光孝天皇
  16. 立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む
                          中納言行平
  17. ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
                          在原業平朝臣
  18. 住の江の岸に寄る波よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ
                          藤原敏行朝臣
  19. 難波潟短き蘆のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや
                          伊勢
  20. わびぬれば今はたおなじ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ
                          元良親王
  21. 今来むといひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな
                          素性法師
  22. 吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風をあらしといふらむ
                          文屋康秀
  23. 月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど
                          大江千里
  24. このたびは幣も取りあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに
                          菅家
  25. 名にし負はば逢う坂山のさねかずら 人に知られで来るよしもがな
                          三条右大臣
  26. 小倉山峰の紅葉葉心あらば いまひとたびのみゆき待たなむ
                          貞信公
  27. みかの原わきて流るるいづみ川 いつ見きとてか恋しかるらむ
                          中納言兼輔
  28. 山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば
                          源宗于朝臣
  29. 心あてに折らばや折らむ初霜の 置きまどはせる白菊の花
                          凡河内躬恒
  30. 有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし
                          壬生忠岑
  31. 朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に降れる白雪
                          坂上是則
  32. 山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり
                          春道列樹
  33. ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ
                          紀友則
  34. 誰をかも知る人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに
                          藤原興風
  35. 人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける
                          紀貫之
  36. 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいずこに月宿るらむ
                          清原深養父
  37. 白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける
                          文屋朝康
  38. 忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな
                          右近
  39. 浅茅生の小野の篠原忍ぶれど あまりてなどか人の恋しき
                          参議等
  40. 忍ぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで
                          平兼盛
  41. 恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか
                          壬生忠見
  42. 契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波越さじとは
                          清原元輔
  43. 逢ひ見てののちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり
                          権中納言敦忠
  44. 逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし
                          中納言朝忠
  45. あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたずらになりぬべきかな
                          謙徳公
  46. 由良の門を渡る舟人かぢを絶え ゆくへも知らぬ恋のみちかな
                          曾禰好忠
  47. 八重むぐら茂れる宿の寂しきに 人こそ見えね秋は来にけり
                          恵慶法師
  48. 風をいたみ岩打つ波のおのれのみ くだけてものを思ふころかな
                          源重之
  49. 御垣守衛士のたく火の夜は燃え 昼は消えつつものをこそ思へ
                          大中臣能宣朝臣
  50. 君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな
                          藤原義孝
  51. かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを
                          藤原実方朝臣
  52. 明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな
                          藤原道信朝臣
  53. 嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る
                          右大将道綱母
  54. 忘れじのゆく末まではかたければ 今日を限りの命ともがな
                          儀同三司母
  55. 滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ
                          大納言公任
  56. あらざらむこの世のほかの思ひ出に いまひとたびの逢ふこともがな
                          和泉式部
  57. めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に 雲隠れにし夜半の月影
                          紫式部
  58. 有馬山猪名の篠原風吹けば いでそよ人を忘れやはする
                          大弐三位
  59. やすらはで寝なましものをさ夜更けて かたぶくまでの月を見しかな
                          赤染衛門
  60. 大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立
                          小式部内侍
  61. いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重に匂ひぬるかな
                          伊勢大輔
  62. 夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ
                          清少納言
  63. 今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならでいふよしもがな
                          左京大夫道雅
  64. 朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木
                          権中納言定頼
  65. 恨みわび干さぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
                          相模
  66. もろともにあはれと思え山桜 花よりほかに知る人もなし
                          前大僧正行尊
  67. 春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそをしけれ
                          周防内侍
  68. 心にもあらで憂き夜に長らへば 恋しかるべき夜半の月かな
                          三条院
  69. 嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 竜田の川の錦なりけり
                          能因法師
  70. 寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ秋の夕暮れ
                          良暹法師
  71. 夕されば門田の稲葉訪れて 蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く
                          大納言経信
  72. 音に聞く高師の浜のあだ波は かけじや袖のぬれもこそすれ
                          祐子内親王家紀伊
  73. 高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山のかすみ立たずもあらなむ
                          前権中納言匡房
  74. 憂かりける人を初瀬の山おろしよ 激しかれとは祈らぬものを
                          源俊頼朝臣
  75. 契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり
                          藤原基俊
  76. わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波
                          法性寺入道前関白太政大臣
  77. 瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ
                          崇徳院
  78. 淡路島通ふ千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守
                          源兼昌
  79. 秋風にたなびく雲のたえ間より 漏れ出づる月の影のさやけさ
                          左京大夫顕輔
  80. ながからむ心も知らず黒髪の 乱れてけさはものをこそ思へ
                          待賢門院堀河
  81. ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる
                          後徳大寺左大臣
  82. 思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり
                          道因法師
  83. 世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
                          皇太后宮大夫俊成
  84. 長らへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき
                          藤原清輔朝臣
  85. 夜もすがらもの思ふころは明けやらぬ ねやのひまさへつれなかりけり
                          俊恵法師
  86. 嘆けとて月やはものを思はする かこちがほなるわが涙かな
                          西行法師
  87. 村雨の露もまだ干ぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮
                          寂蓮法師
  88. 難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ 身を尽くしてや恋ひわたるべき
                          皇嘉門院別当
  89. 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする
                          式子内親王
  90. 見せばやな雄島の海人の袖だにも 濡れにぞ濡れし色は変はらず
                          殷富門院大輔
  91. きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む
                          後京極摂政前太政大臣
  92. わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らねかわく間もなし
                          二条院讃岐
  93. 世の中は常にもがもな渚漕ぐ 海人の小舟の綱手かなしも
                          鎌倉右大臣
  94. み吉野の山の秋風さよ更けて ふるさと寒く衣打つなり
                          参議雅経
  95. おほけなく憂き世の民におほふかな わが立つ杣にすみ染の袖
                          前大僧正慈円
  96. 花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり
                          入道前太政大臣
  97. 来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ
                          権中納言定家
  98. 風そよぐ楢の小川の夕暮は 御禊ぞ夏のしるしなりける
                          従二位家隆
  99. 人も愛し人も恨めしあじきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は
                          後鳥羽院
  100. 百敷や古き軒端のしのぶにも なほ余りある昔なりけり
                          順徳院

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百人一首 6

95
    おほけなく うき世の 民に おほふかな
      わがたつ杣に 墨染の袖
             前大僧正慈円

    95前大僧正慈円碑s

私が、身の程を辨え(わきま)えずにも、つらいこの世の中で生きている人々に覆いをかけることができるのを願うのだ。この比叡山に住みはじめた私の墨染めの袖を。

前大僧正慈円は、法性寺関白藤原忠通の息子。13歳で出家し、37歳の時に天台宗の首長である座主となる。
史論『愚菅抄』を著した。

保元・平治の乱で都が荒れた、平安時代末期の動乱の世に13歳出家し、自らの使命感と理想を抱いた、若い頃に詠んだ歌と言われています。
恋を詠んだ歌が多いなか、人を救うための自覚と使命感を力強く歌った歌で、百人一首の中では数少ない歌と言えるでしょう。


8
   わが庵は 都のたつみ しかぞすむ
        世をうぢ山と 人はいふなり
              喜撰法師

   8喜撰法師碑s

私の庵は都の辰巳の方角(東南)にあって、このように心おだやかに暮らしていというのに、私が世を憂いて宇治山に引きこもって逃げていると、世間の人は言っているようだ
喜撰法師 六歌仙の一人。宇治山の僧という他は経歴不明。
紀貫之は古今集の中で喜撰法師のことを「宇治山の僧喜撰は、言葉かすかにして、初め終りたしかならず。いはば、秋の月を見るに、暁の雲にあへるがごとし」と言っていますから、活発で外交派の人ではなかったようですね。。


何時の時代も同じようです、現代社会でもTVなどをみていると、ワイドショーなどで、他人の事を気にして、自分と違うことをしえていると、「何かあの人は変わっている」「何か辛いことがあったんだろうい」憶測して冷やかしたりほめそやしたりしています。
そのような世間の騒がしさや、あくせくと出世競争から逃れて山に隠るのは、人生の勝負に負けてた寂しい事なだけではないです。
それより、自由な心を手に入れ自由奔放に生きる事を考える人は、いつの世にも昔からいるのでうす。この歌は世の中からの敗者の歌ではなく、世間の人は、都から離れて宇治山に暮らしている私を評して、「あの人は憂し(宇治)、つまり世の中をうとましく思ってここに隠棲しているんだよ」と言う。しかし私自身は、平穏無事に心のどかに暮らしているんだよと、山に住む心の安らかさを詠んだものでしょう。

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百人一首 5

15
  君がため 春の野に出でて 若菜摘む
   我が衣手に 雪は降りつつ
            光孝天皇

    15光考天皇碑s


  あなたにさしあげるため、春の野原に出かけて若菜を摘んでいると
    私の着物の袖に、雪がしきりに降りかかってくる。

今年はところにより、もう夏日になったり、そうかと思うと20度近くも気温がさがったり。
また黄砂もたくさん飛来してきています。
この歌の、若菜は七草のことでしょうか、そうだとすれば今年は旧暦の正月七日は2月16日でした。
そうすると、雪が降ってもおかしくはないですね。
ことしのように、遅い雪も珍しくないですが、レンゲやシロツメ草などかもしれません。
私の住んでいるところでは、つくしの便りも聞こえてきました。
気候がよいので、春の野原に野草を摘みにいくのものどかでいいですね。

光孝天皇は、仁明天皇の第3皇子で、陽成天皇の後、藤原基経に擁立されて即位したが、政は基経を経て政治を奏上し関白の始りとされています。政より風流にいそしんだようです。
光孝天皇が若菜を摘んだ場所というのは、京の嵯峨の芹川野あたりで御幸を行い、鷹狩りをして和歌を詠んだそうです。



52
  明けぬれば くるるものとは 知りながら
    なほうらめしき 朝ぼらけかな
            藤原道信朝臣

   52藤原道信朝臣碑s



  夜が明けると、また日が暮れて、あなたにまたお逢いできると分かっていのだが
    それでも夜が明けていくのが恨めしく、思いながら帰らなければならないです。


 源氏物語を読んでもそうですが、当時は男性が女性のところに夜になると、恋する女性のところに通って、朝になる前に立ち去るという逢い方でした。ですから、夜がしらじらと明けていくことへの恨めしさと恋の情熱を感じます。

 藤原道信は、右大臣を祖父に、太政大臣を父に持ち、謙徳公藤原伊尹を母方の祖父に持ち、和歌を詠むのが上手でしたが23歳の若さで亡くなり惜しまれました。

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百人一首 4

10
これやこの 行くも帰るも 別れては
  知るも知らぬも 逢坂の関
蝉丸

   10蝉丸碑


これが、都から東へ下って行く人も、都へ帰って来る人も、ここで別れては、
知っている人も知らない人も、ふたたび会えるという、名のとおりの逢坂(あふさか)の関だ。

東海道といえば、今も昔も日本の大動脈で東国や北陸から都に上ってくる人で、往来が盛んだったのでしょう。
蝉丸は生没不詳で言い伝えも正確なことは解っていませんが、いろいろと思いはせる歌でもあり人物でもあると思います。

 逢坂の関といえば、歌川広重の「東海道五十三」でもしれた大津の宿場町の近くです。大津の宿場をしばらく上ると、逢坂の関がありその近くには蝉丸神社の分社があります。
   歌川広重 東海道五十三次 大津宿
    歌川広重 東海道五十三次 大津宿

蝉丸については、以前このブログに書いたことがあります。「能」の演目「蝉丸」では、延喜帝すなわち醍醐天皇の第四の皇子とされて、生まれながらの盲目で、延喜帝は前世の罪を負っているのを不憫に思い、逢坂山に捨てられるところから物語がはじまります。盲目で生まれたのは前世の罪を負っているので、今世でその罪を負っておかないと、来世では地獄に落ちると我が子を不憫におもい、下放させ出家して世を捨てさせたのです。

「小倉百人一首」の坊主めくりに、「蝉丸ルール」というのが地方によりあります。一人が「蝉丸」の札を引いた場合全員が手持ちの札を吐き出す。そして、次に「姫」の札を引いた参加者が、戻された全ての札を手にできる。こんなことで、坊主めくりではこの蝉丸が姫以上に人気があるようです。また、百人一首の絵札では琵琶を持ち坊主頭なので、坊主めくりでは僧侶として扱われていることがありますが、僧侶として扱わない場合もあります。



77
瀬をはやみ岩にせかるる滝川の
  われても末にあはむとぞ思ふ

崇徳院

   77崇徳院


急な渓流のため川の瀬の流れがはやくて 一度は岩の関に止められて
流れが二つに分かれても また一つにになるように
恋しいあの人と 今は別れていても いつか必ず再び逢って結ばれようと思っている

恋心を歌った歌ですが、実の兄弟である崇徳上皇と後白河天皇が対立して、後白河天皇に讃岐に流され。
仏教に帰依し写経に励み、寺に寄進しようとしたが、後白河天皇に「呪詛が込められている」として突き返され、写経に舌を噛みきった血で、「日本国ノ大悪魔卜成ラム」」と書き記した話を聞くと。都の帰り再び権力の座につきたい。それか、今は対立しているが実の兄弟だから中を戻したいとの願いのようにも読み取ってしまいそうです。
しかし、この歌が詠まれたのは、「久安六年御百首」の折に詠まれたとされているので、鳥羽院が流される「保元の乱」より前えなので院の怨念などは露ほどもこもっていないのは明らかです。
ただ、舌の血で書き記したとされるその激しい気性は、この歌の恋心に炎のような激しいものが読み取れるでしょうし、また写経をして寺に寄進しよとした心根の中には、いまは仲たがいをしているが、兄弟の仲のあるべき願いもあるようにおもいます。

崇徳院のことについても、以前このブログに「能」の演目である「松山天狗」でも書いたのでそちらも読んでみてください。


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百人一首 03

 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
  皇太后宮大夫俊成(藤原 俊成)

   皇太后宮大夫俊成

   この世の中には、悲しみや辛さから、
   逃げる方法はなどはないのだ。
   思い詰めてこの深い山に分け入ったのだが、
   この山深い中でさえも、
   つらいことから逃れられない、
   鹿が哀しそうに鳴くのが聞こえてくる。


皇太后宮大夫俊成は藤原俊成のことです。
この歌は、弟のように思っていた佐藤義清が出家(西行法師)したり、他にも多くの慕って人が出家していて、俊成も世の中の疎ましいさまざまな悩んでも、どこへ行っても悩みはつきない。そのような気持ちを歌に詠んだものといわれています。




 滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ
  大納言公任

   大納言公任

   滝の流れる水音は途絶えてから久しい月日が流れるが、
   その滝の名は今に流れ伝わって、
   今でもなお人々の名声を保っている。


関白太政大臣頼忠の子供で、四条大納言と呼ばれました。作文・和歌・管絃にたけて「三船」の才を兼ね備えていたといわれていました。


嵐山に小倉百人一首殿堂として「時雨殿」というミュージアムがあります。
そこに、嵐山にある百人一首の歌碑の案内地図が紹介されていました。

 ・百人一首の歌碑の案内地図(PDFファイル)

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

百人一首 歌碑 02

京都嵐山は、藤原定家が小倉山荘で百人一首を編纂したところと言われていあます。
そのため、百人一首の歌の石碑が一つにあります。

これからぼちぼち、ランダムに紹介していけばと思います。

小倉百人一首 100

順徳院

    100順徳院碑


    百敷や ふるき軒端の しのぶにも
      なほあまりある 昔なりけり

宮中よ、時代を経て古びてしまった建物の軒の箸に、
しのぶ草が生い茂っている。
それを見るにつけ、
朝廷が栄えた昔のよき時代がしのばれて
懐かしく思われることだ。

順徳院は後鳥羽天皇の第三皇子で、十三歳の時に第八十四代の天皇に即位し、承久三年後鳥羽院を中心に北条氏追討のために挙兵したが、敗れて佐渡に流されたまま崩御しました。



小倉百人一首 11

参議篁

    11参議篁碑


    わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと
      人には告げよ あまのつり舟

海原はるかに多くの島々を目指して私を乗せた船は
漕ぎ出して行ったと、都にいる私の親しい人につげておくれ。
そこにいる漁師の釣り舟よ。

この歌は、篁が遣唐副使に任じられたが大使と争い、仮病と偽って舟に乗らなかったため、隠岐に流されたときに読んだうたです。そして、二年程で赦免になり都に帰ってきます。
篁は遣隋使の小野妹子の子孫で小野道風は孫で、美人で知られる小野小町は遠縁になうそうです。
篁の話は「今昔物語」にもでてきます。京の六道珍皇寺の井戸を夜毎降りて、閻魔大王と裁判を手伝ったと言われています。

テーマ : 京都
ジャンル : 旅行

百人一首の歌碑

今日は嵐山に行ってきました、前に見える山が小倉山です・

      小倉山

そこの嵐山東地区の公園に行くと、百人一首の歌碑が沢山ありました。

     
      西行法師
      写真の歌碑は、西行法師の

      嘆けとて 月やは物を 思はすうる
        かこち顔なる わが涙かな

石碑の解説文に次のように書かれていました。
   「月が私をかなしませようとでもしているのか、
    いやそんなはずはないのだが、そうとでも思いたくなるほど、
    月にかこけるようにして涙が流れてしまうのだ。」

西行といえば、俗名佐藤義清で、北面の武士左兵衛尉となったが、二十三で出家し、各地を行脚し多くの歌を詠んだひとです。
平清盛と崇徳天皇と源義朝などとも親交が深かったひとです。


他にも後鳥羽院などあり、またの機会にユックリと訪れてみたく思います。

      後鳥羽院

      後鳥羽院の歌碑です。

      人もをし 人もうらめし あちきなく
        世もを思ふゆゑに 物思ふ身は

石碑の解説文に次のように書かれていました。
   「ある時は人びとを愛しく思い、またある時は恨めしいとも思う。
    この世はどうにかならないものだろが、
    それゆえに物思いをする私であよ。」

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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 独裁者の国会解散
    風と雲 (09/23)
    かかる為政者の存在を許してきたのは、日本人の「ながいものにまかれる、お上に任せば・・、なるようにしかならない」と付和雷同性の強い国民性に由来するものではないでし
  • フェイクニュース
    アジシオ次郎 (09/16)
    おはようございます。

    ネットの普及に伴い様々なニュースが見れるようになった昨今、ただ自分の好みに合った情報しか信じないという弊害が出ることもそうだし、多様性を
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    竹林泉水 (09/10)
    顔認証技術が進み、個人の識別だけに利用されるならまだしも、個人の管理に利用されるのは非常に問題が多いと思います。

    松井知事の発言があまり問題になっていないのも不
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    アジシオ次郎 (09/09)
    こんにちは。

    いくらギャンブル依存症対策とはいえ、入場確認や顔認証システムを導入するのは一部から「プライバシーの侵害だ」と批判を浴びてもおかしくありませんね。
  • 終戦の日の前後のテレビ番組
    竹林泉水 (08/23)
    国際的な政治・外交問題は素人的な言い方をすれば、早い者勝ちで勝ち逃げすればセーフ的なところがありますね。
    国の名前に「帝国」冠して大日本帝国として、そのころ時代
  • 終戦の日の前後のテレビ番組
    アジシオ次郎 (08/22)
    こんにちは。

    毎年この時期は戦争にちなんだドキュメンタリー番組をやるけど、NHKが積極的にやるのに民放はニュースでミニコーナー程度しかやらないと言うのはどうか
  • 安倍内閣改造
    竹林泉水 (08/08)
    > 一強なのに天狗になって周りを見ない姿勢のせいで支持率が低下したのに、それを教訓にしないようでは自浄能力がないというか学習能力がないと言われるだけです。ア
  • 安倍内閣改造
    アジシオ次郎 (08/05)
    こんにちは。

    お友達内閣と揶揄された反省から、今回は異なる派閥からすすんで入れた改造内閣、バランスいいとはいうものの、女性閣僚が2人だけというのは男性優位色が
  • 見ざる聞かざる言わざる
    竹林泉水 (07/30)
    いつもコメントありがとうございます。
    三猿の教えは、子どもより大人の方が三猿について考えないといけないでしょうね。

    一つのことしか知らない大人になるのは、人それ
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