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明仁上皇の立憲主義観

平成から令和になり二ヶ月が過ぎるが、徳仁天皇は立憲主義についてどのように考えられているのだろうか。

明人上皇は、一九歳のとき、エリザベス女王の戴冠式に出席するため英国を訪問したときに、チャーチル首相から午餐会の歓待をうけ、そのときチャーチルのスピーチから立憲主義の大切さを諭されたようです。

そのことが、「明仁皇太子エリザベス女王戴冠式列席記 波多野 勝著」に詳しく書かれている。

第8章イギリス訪問 チャーチル首相の”策略”P211 に書かれているが、要約を紹介してみる。

第二次世界大戦が終わってまだ8年ほどで、イギリス国内では反日感情が強く、皇太子の来英に反対する動きもあった。
そんなか、エリザベス女王の戴冠式に天皇裕仁の名代として明仁皇太子が参列するのに対して、戦前からの閣僚で東アジアの権益を継続することを主張しっていた、イーデン外相が午餐会を主催する予定だった。
しかし、イーデン外相は病気で出席できなくないり、チャーチル首相の主催で開かれることになった。
まだ、国民の中に日本の皇太子の来英に反対する人もいるなか、チャーチルは日英の親睦を深めるために、一計を企てた。イーデン外相の病気は本当のようだが、午餐会の主催をできないほどではなかったという見方もある。

チャーチル首相が明仁皇太子を気遣い、また、英日の友好の機会としようとして午餐会を開いた。
英外務省、チャーチルは午餐会の出席者の選考では、なかなか名簿は確定しなかった。そこには先にもあげたように反日勢力や雰囲気を静めるのに人選が難航したといわれている。

出席者は、労働党のクレメント・アトリー党首、セルウッィン・ロイド国務大臣、ハロルド・アレクサンダー国防相、反日論を展開していたデイリー・エクスプレス紙のビーバー・ブルック卿、知日派のハンキー卿、スコットランド銀行頭取のバックルー卿、ハリー・クルックシャンク保守党院内総務、ブッチャン・ヘップバーン大蔵政務次官、労組会議書記長のビンセント・チューソン卿、サンデー・タイムズ紙主筆のケムスレー卿、デイリー・メイル紙等の会長のロザミーア卿、ラウンド・オーク製鉄会社会長のダッドレー卿、元労組会議書記長のシトリン卿、チューター・イード労働党議員、トム・オブライエン労働党議員
レディング外務政務次官、日本研究家のジョージ・サンソム、源氏物語を翻訳したアーサー・ウェイリー博士、知日家のビゴット少将などで。当初の二〇人が二七人になっていた。

午餐会 でのチャーチル首相の予定のないスピーチした。参列していたジョージ・サムソン卿が、そのときの様子を吉田首相に書簡で伝えている。

「殿下のためにスピーチ及び乾杯をしたい。

この機会に一言したい。
・・・・・現在のイギリスの多様な政治的見解ーー政府、国会、組合、マスコミなどーーはイギリスの特徴であります。そして、イギリス人はたとえ意見が食い違っても、英国式生活を大切????の守ろうとする点で団結するのであります
・・・・中略・・・・
我々の体が呼吸をし、血が血管を流れるうちは(国を)守り通すのであります
・・・・中略・・・・
〔立憲主義について〕
英国式生活が引き続き安定しているのは、国家体制、特に立憲君主制に負うところが大きいのでああります。君主は『君臨すれど統治せず』(である限り)君主が(政治的な)誤りを犯すことはなく、もし政治家が間違いを犯せば、国民と国民の選んだ議会によって代わりの人間にとりかえられるのであります
・・・・中略・・・・
事実上、政府は間違ったことばかりやっているという人がいるかもしれません

我々の年若な女王がイギリス人に信頼と親密感をもたらした
殿下がイギリスを楽しみ、英国式生活を垣間見ることで益を得られることを願っております。・・・・・・皇太子はまだお若くて幸運であります。過去を振り返らざる得ない者は、成功だけでなく失敗や不運の記憶もあるもので、皇太子のような若者は未来の興味や功績を夢見ることができるのであります」

そして最後にチャーチルは母親が以前、日本訪問したときの楽しい思い出を聞かされたと語り、

「これからは、「国家の財産が戦闘機や軍艦の建設でなく、芸術に投資されることを祈るものであります」としめくくった。


このスピーチの言葉、決められる政治といって、十分に審議もせず納得のいく説明もせずに、議席の数の力で次々と重要法案を強行採決をしていく、
今の政権の人たちにもじっくりと考えて読んで見てほしいものです。

この本は212年に草思社から出版されたものだが、文庫本などで出版して多くの人に読んでもらいたいと思った本です。

歴史を見る視点の違い

以前このブログで、ハワード・ジンの「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」上下と「民衆のアメリカ史」上下の本についてかた。
その同じ著者が、「肉声でつづる民衆のアメリカ史」上下を書いている。この本は、コロンブスがアメリカ大陸を発見し、そのコロンブスの航海日誌の写しから、様々な先住民への虐殺と収奪がされたこと、また多くのヨーロッパ人が新大陸に移住し、先住民を虐殺したこと。アメリカあの先住民は奴隷にしようともしたがわないので、アフリカから黒人を奴隷として人身売買がさた。また、ヨーロッパから新大陸に移住した、年季奉公の移住者がどのように雇用主の主人から、搾取されたかが、黒人奴隷や年季奉公者が自分たちの不当な待遇と権利を訴えた訴状などが載せられている。また植民地であるアメリカが母国イギリスからどのように、収奪されそのため、どのような経緯で独立革命戦争に至ったかがか民衆の手紙や記録がそのまま載せられている。
また、イギリスからの独立革命戦争後、13州からいかに領土を拡大していったか、そして太平洋の対岸に到達し、東アジア、東南アジアと勢力を拡大し、中東中東地域まで及んでいる。第二次世界大戦後、そして冷戦後アメリカのアメリカファーストの世界戦略について、為政者からの視点でなく、庶民の視点からの声がかかれている。

日本には、古事記から日本書紀そして水戸光圀が編纂を着手し明治39年に完成sた大日本史などは、為政者側から見た歴史でだが、このハワード・ジンの庶民のアメリカ史は、庶民から見た視点のような歴史書は日本ではあまり見かけない。しかし、日本に庶民の記した古文書や庶民の訴状などが沢山あり、またそれらが発掘されて、今では本になっているものも多いです。それらを系統的に編纂してみると、「庶民の日本史」というテーマの書物ができるでそう。
しかし、ハワード・ジンが「庶民のアメリカ史」や「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」を著したとき、「あなたの歴史書は、ふつうのアメリカ史とはひどくかけ離れているのに、、若い世代の読ませていいと思うのか?」また、「あなたの本を読んだ者は、自分の国に失望するだけではないのか?」「政府のやり方をあんなに避難することは、はたして正しいのか?」との質問を受けたという。

日本ならどうだろう、古代や中世や江戸時代までの近世まではよいとしても、明治以降の近代の庶民の観点や視点での歴史書を書けばどのような質問を受けるだろうか。私はまだ「日本国記」を読んでいないが、そのような本なら絶賛されても、「庶民の日本史」は自虐的だとか売国的だと非難されるかもしれない。
過去の歴史をすべて賛美する歴史は、自分を直視することができず自慰的なことにすぎないと思うのだが・・・・・。

戦後再発見叢書『9条入門』

戦後再発見叢書の第8巻が出た、『9条入門』加藤典洋だが、その「はじめに」で、中江兆民の[論外交]の一説が紹介されている。

「意気  として絶えて顧慮する所なく、そのトルコ人もしくはインド人を待つの無礼なるkと、かつて犬豚にもこれしかず、一事心にかなわざることあれば、杖をふるってこれを打ち、もしくは足を挙げ一蹴し過ぎ、視る者恬としてこれを怪しまず」
「殊知らず、トルコ印度の人民もまた人なり。(略)宜しく循々然として之を導いて、徐々にその文物制度の美を味わわしむべし。此れ天の先進の国民に命する所の職分なり」(ふりがな略)

加藤氏は、兆民のこの文を、自分たちは優秀で進んだ民族だとして、中東やアジアの人を下等な民族だとしてさげすんでいることにたいして、自由や平等・博愛は西洋が作りだしもたらしたものだが、それを自分たちだけに適応している。これらの、自由や平等。博愛について本当のことを判っていない、この原理を生かすのは作り出した彼らではなく、彼らが見下されていてそれを学んだ自分たちの方だと指摘していると書いている。

加藤しは、憲法9条の理念も、西洋の民主主義や自由、博愛・平等の先進国であるアメリカが、世界大戦の惨事を振り返り、二度と戦争をしてはならないと、GHQの民政局の人に教えられ押しつけられたが、それを生かし形にするのはそれを教えられた私たちだとも見れると述べている。
わたしは、日本が西洋に学ぶのは終戦の憲法だけでなく、それは明治維新の時にもあったと考える。脱亜入欧のスローガンのもと、政治や経済を西洋化し近代化にするのに邁進していった。そのなかで、イギリスやフランスなどの、文明の劣った国を侵略し植民地とするのは正当なことだとし、日本は欧州の列強に倣い国名を「大日本帝国」とし、帝国主義化していった。それにより、日清・日露戦争が起き、台湾を清国から割奪し、朝鮮半島を併合し植民地化していった。さらに傀儡政権の満州帝国をうちたて、西欧の植民地政策を倣いそれおこなうことにより、近代化したと思い間違ってしまった。
それにたいして、岡倉覚三(天心)は、日清日露戦争に勝ち野蛮国から脱するなら、野蛮国で甘んじようとのべ、明治政府の近隣諸国への対応を批判した。

『9条入門』は、表題からわかるとおり、9条の成立過程が中心にかかれている。そのなかで、なにを学ぶのか、平和の重要さは憲法前文にも書かれているが、9条ではその2項で「戦力の不保持」が書かれている。これは、崇高な考えであるが、非現実的な文言でもあるといえる。ならどうすればよいのか、それを考える上で、その成立過程を振り返って見るのもよいだろう。
そして、その押しつけられた文言を、どのようにすれば実現でるかを、模索し考えて見るのは、非現実できなことでもそれは無駄なことではないと思う。その模索し考えたなかで新しい平和への発想の芽が見つかるかもしれないと思うからです。

またまたガリヴァー旅行記

ガリヴァー旅行記は、小人の国と大人の国だけを読めば、子ども供家のおとぎ話のように思えるが、全文をよむと、当時の社会の風刺して描かれたものと見ることができる。
ガリヴァー旅行記には、∇第一篇で小人の国、第二篇で巨人の国、第三篇で天空の島の国、死者をよみがえらす国、不死の国、日本が書かれ、第四篇では馬の国が書かれている。

小人の国では、当時の英国が戦争に明け暮れている状況にたいして、人には人間を辱め他人を嫌う心に優るがあり、美しきもの愛らしきものへの憧れがあるのではないだろうか。

巨人の国では、農夫を搾取していた社会を、国は農業が成り立つことにより、王室も農夫も家庭がなりたち人々が温かく親切な巨人の国を描き、スウイフトが描く理想の社会を描きたかったのではないかとおもう。

天空の島は、科学が発達した世界で、数学者と天文学者と音楽家の社会を描いている、学問が百家争鳴しているようなところがある。

死者を蘇らせる国は、人の生と死の連続性を描きたかったのだろうか。

不死の国は先に書いた通りです。

日本はただ一つ実在するくにだが、なぜスウイフトは日本をえらんだのか、私にはよく解らないが、当時日本は鎖国をしてヨーロパ―の人にとっては謎の国だったのだろうか、日本ではキリスト教弾圧の象徴といえる「踏み絵」のことが書かれている。

最後の馬の国は、馬は理性ある生活をしている人と描かれ、そこに家畜として買われている人間や賤しい動物としてえがかれている。これもスウイフトが、当時の社会の現状を風刺したものだろう。

ガリヴァー旅行記 2

「ガリヴァー旅行記」の話をしたが、そのなかにラグナグ国での話のなかに、時々死なない人間が生まれるという、ガリヴァーはそれを羨ましくおもうが、ラグナグ国の人はとんでもないという。
死なない不死人間はとんでもにという。不死人間は30歳ぐらいまでは普通だが、しだいに憂鬱になり意気消沈し始める。80歳ぐらいになると、老人の愚かしさや脆さがあらわれ、さらに頑固で、気難しく、貪慾で・不機嫌・愚痴っぽくなり、そして、若い時や壮年時代の手柄話いがいは覚えていないという。そんなことだから、対人関係はわるくなり、ぎくしゃく90歳ぐらいになると、食べ物に賤しくなりなんでも飲み食をする。記憶力もなくなり人の名前ががわからなくなり親友や親戚の名前も忘れてしまう。さらに記憶力がなくなり、近所のひととも話を交わすこともできなくなる。
そして、ラグナグ国は、80歳になると、法的に死んだ者と見なされ、生活費として僅かな一部を残し他の財産はすべて跡取りが相続する。年老いた貧乏人は公費によって養われる。また、資格を剥奪された80歳以降の人は、重要な責任ある仕事には一切つけなくなる。
これをしったガリヴァーは「この不死人間の姿ほど恐ろしいものを、私はまだ見たことはない」と結論する。
これからの、超高齢化社会を予見したようなものです。
この、ラグナグ国の不死人間は極稀にしか生まれず、永いラグナグの歴史をみても、全国民で千数百人だという。しかし、私たちのいまは、不死ではなく必ず死ぬのだが、少子高齢化で高齢者の方が若い人より多くなることから考えるとより、恐ろしいと言えるだろう。

ガリバー旅行記

ガリバー旅行記
ガリバー旅行記と聞けば、小人の国と大男の国の話は子供のころ絵本などで読んだしっている。また、馬の国や日本を訪れた話があるとは聞いていた。
しかし今まで全部読んだことはなかったが、実際の小説を読むと、小人の国、巨人の国、学者の国、不死の国、馬の国など現実離れした国に行っている。しかし、そのなかに実際にある国に行っている。なぜガリバーは実際にないくに、東洋の西の端にある日本を題材に取り上げたのだろうか。
そもそも、ジョナサン・スウイフトはガリバーという人間を仕立てて、現実にありもしない国々に漂流させて、当時の社会の風刺的な話をしている。現実の世界に人間を様々な角度から観察、風刺していといえるだろう。
また、空に浮かぶラピュタという国の話しもでくる。また長寿こくでは、現在の高齢化社会の問題を予見をようでもある。
いままだ、途中までしか読んでいないが、アメリカのSFテレビ映画の、スタートレックで宇宙探査にでかけ、さまざまな異星人に出会い地球で暮らしている人間との価値観や人生観などの違いを、一話完結の物語で私たちのあり方を振り返らせるエピソードを思わせるところがある。

ヨーガの哲学 を読んでの覚書

ヨーガと聞くと、インドでおこなわれいる、からだを奇妙な形にポーズを取る柔軟な行者や、最近ではダイエットや健康運動を思い浮かべる人多いと思う。

しかし、ヨーガは紀元前800年から700年前にインドで生まれたと見られるもので、心の作用を統御して心理状態を高めるためのもので、ブッダの瞑想の方法の確立と前後して登場し、仏教にも大きな影響を与えている。
ヨーガは大きくわけて、バラモン正統派から体系化された「古典ヨーガ」と「ハタ・ヨーガ」がる、古典ヨーガの心の作用を止滅させ、霊我(ブルシャ)と原質(ブラクテイ)のに原理のサーンキャ哲学にもとづいている。一方、一元論のヴェーダーン哲学に基づいている、心の活性化の精神活動の行法の「ハタ・ヨーガ」の二つに分けられる。

ヨーガはもともとは瞑想法ひとつで、仏教の坐禅もヨーガの一方法と言えないだろうか。
ヨーガの発症の地のインドでも、家族を棄て世俗的ないとなみを拒否し遠く離れた地で、瞑想によりヨーガの境地を求める人もいる、それらの人々は生き生きと生きて入るのを見ることができるという。

ヨーガは、インドの民間信仰がバラモン教と融合とヒンズー教や、初期の原始仏教また、四禅と四無色定・大乗仏教また、龍樹、唯識論など仏教の瞑想法に大きく影響している。

ヨーガにはその修養のしかたに八階梯がある。
一 禁戒 道徳的基準
二 勧戒 精神・身体上の準備
三 実践の準備としての坐りかた
四 呼吸・気の調整
五 対象よりの心の離脱
六 特定の場における心の固定
七 固定された心の進展
八 客体ばかりとなった心

禁戒とは、仏教の五戒とよく似ている、不殺生 正直 不盗 不淫 無所有
ヨーガや仏教などの関わらず修行する上では重きが置かれるものです。

勧戒とは、心身を清める 足を知る 苦行を行う 教典の読誦 自在神を祈念する。坐禅のことについて書かれた、天台小止観本にも同じような指摘している。最後の自在髪とは、煩悩や業によって汚されていない霊我で、サーンッキャ哲学の霊我とは違う。ヨーガを修養する人のお手本のようなものです。

作法とは、ヨーガは坐法から始まるもので、ヨーガに限らず坐禅や瞑想でも安定した快適な坐り方によってよい結果が生まれる。坐禅と同じようなものです。

調息とは、気の流れに調節に入るで、呼吸を調えることだが、気と息の調和。気持ちを落ち着かせ調えることにより、呼吸を調えうるで呼気と吸気すなわち呼息と吸息の流れの調和で、長く細くすることにより息をしているのかしていないのかわからないぐらい静かな状態になる。

制感とは、眼・鼻・耳や肌などの感覚器官がそれぞれの対象と結びつきを絶つことで、心の動きのみに従う。騒がしいところや気が散るところではなく、静かな環境を選んで行うことが大切になる。

疑念とは、心を特定に場に結びつけることで、心がふわふわと気が散ってあちこちいくのではなく、凝固してしまったように一所にとどまって精神が集中しること。

静慮とは、坐禅をしているその場において、想念がひとすじに延びるようになること

三昧とは、雑念をがわき起こらなくなり、精神を一つの対象に集中するこできる忘我の状態になること。

日本国紀とワクチン本

筑摩書房のPR誌「ちくま」の1月号に斎藤美奈子氏が、「百田尚樹『日本国紀』をどう読むか」を寄稿している。
この本は、発売当初から賛否両論で、発売のキャッチコピーのような賛辞と、ウィキペディアのコピペだとか言われている本です。
斎藤氏そのようなか、この本について「自賛史観(歴史修正主義)の進化(劣化?)の産物」と言っている。私は、自賛ではなく自慰史観とおもうのだが。
斎藤氏ももちろん自国はすばらしい歴史を持っていると言うことは悪いとはいっていない。むしろそうおもうのは世界各国どこで当たり前のことだと、そのこと自体は否定もしていないし批判もしていない。
それより、この本は、90年代からじわじわでてきた、歴史修正主義の論点で書かれた「教科書が教えない歴史」(藤岡信勝+自由主義史観研究所)や西尾幹二氏の「国民の歴史」などの、自賛史観本の延長線上だと述べている。
そのような中で自賛史観の「国民の歴史」のおもしろい点として、多くの高校教科書は、フランス革命など下からの革命が、自由と平等、博愛を謳い、人権宣言の理想はたとえ暴力による血の犠牲があったからだで下からの革命を評価してる、それに対し「国民の歴史」は、明治維新の開国やビスマルクのドイツの統一をあげ上からの革命の方がはるかに有効だ指摘してるてんだと述べている。
ほかにも、百田氏の歴史史観について疑問呈している。
また、百田氏の偏向的な自賛史観の「日本国紀」に対してのワクチンとなる本を紹介している。それは、有名私学中学や大学の附属の中学でつかわれている、学び舎の「ともに学ぶ人間の歴史」をあげている。
この教科書は、多くの教科書は「人」ではなく「国」を中心に書かれているが、この教科書は「人」を中心に書かれていると指摘している。
その例として斎藤氏は教科書の巻末の年表の日本史は「北海道」「本州など」「沖縄など」の三本立てで、「アイヌ文化時代」「江戸時代」「琉球王国」に端的に分けられていることを評価し、この本がもっと大々的に広まっていく方法がないものだろうかと締めくくっている。

わたしも、学び舎の「ともに学ぶ人間の歴史」と筑摩書房のPR誌「ちくま」の1月号の斎藤美奈子氏の記事を多くの人が読まれたらとおもう。
「ともに学ぶ人間の歴史」についてはこのブログでも何回か取り上げ書いている。

『ジプシー』ニコル・マルテッネス著を読む

『ジプシー』ニコル・マルテッネス著 水谷驍訳を読んでの覚え書き1
まずは訳者の前書きから

ジプシーとは、「ヨーロッパ社会が生み出した社会的孤立集団」でヨーロッパの放浪民族と、ニコル・マルティネス氏が著書『ジプシー』定義している。しかし、以前は「インド起源の放浪民族」としていた。ジプシーはヨーロッパの各地での集団ごとに、その地域も主流社会からはみ出した人たちともいえる。いままでのインド起源説などは、ヨーロッパのジプシー学者の想像の産物だといっている。もっとも、マルティネスも元はその説を唱えていたが、1953年から30年余りの研究で、ジプシー研究は新しい展開をしていった。
インド起源説はどこから生まれたのか、ドイツの歴史学者のグレルマンが提唱したものだが、グレルマンが論文で発表してから200年も引き継がれていた。1950年代頃からのジプシーについての研究で、「ヨーロッパの主流社会からはみ出した、独自の生活と伝統を維持し引き継いできた人たちの集団」と言われるようになっている。ヨーロッパに各地にはいくつかのジプシー集団がいたが、それらは外から来た人たちでなく、ヨーロッパにいながら、主流社会にとけ込まず、独自の文化をもち生活し孤立した人たちなる。

そのように考えればどこの国や地域でも、その国や地域でもその主流社会になじめず孤立して生活している人がいる。日本でもサンカと呼ばれた人たちが1960年代ごろまで見られた。主流社会の制度にはとけ込まず山の中などで暮らしていた人がいた。またいまでも、アメリカではオハイオ州・ペンシルベニア州にアーミッシュと呼ばれる、移民当時の生活様式を保持し、農耕や牧畜によって自給自足生活の中世のキリスト教の教えにしたがって、電気などの現代文明を拒否して暮らしている人がいる。

ブレルマンの説は、ヨーロッパの民族的優位説のもとで組み立てられ説とい、ジプシーに対して偏見に染まった説だとなっている。
しかし、200年前の説が未だに大手を振るい、マルティネスなどの「ヨーロッパ社会が生み出した社会的孤立集団」説を感情的に批判する人たちがいる。それについて、マルティネスの本を翻訳している水谷驍氏は、マルティネスの本への批判は、ヒステリックな罵詈雑言でそこには、学問的に議論しようという姿勢は微塵もないと言っている。しかし、日本の辞書などで「ジプシー」と引くとブレルマンの説がいまだに書かれているものがあるので、にほんでも偏見などを持っている人は多いでしょう。

ジプシーと言う呼び名は、もともと偏見と差別を持った呼び名で、自分たちはそう自称していない、現代はロマやロムという呼び方を使うことが一般てきなよだが、日本ではジプシーという呼称が使われてる。もともと、ヨーロッパでほど、ジプシーに対しての差別や偏見の意識がないあらというより、それ自体への認識がないからでしょう。もっともジプシーの人たち皆がジプシーと称されることに対して拒否をしているのではない。中には逆に「ジプシー音楽団」などと宣伝に利用している人もいる。

しかし、ジプシーに対してのそのような差別や偏見への展開は、世界中でいたるところにあり、ジプシーに限らず自分たち以外への他民族や他集団への攻撃はよくあることです。ミャンマーの人がロヒンギャの人への差別や攻撃もそうだし、ヨーロッパのバルカン地方の国での紛争もそうだろう。後から来た人たちを差別したり憎しんで迫害する。しかし、ヨーロッパに住んでいる人たちは、もともと700万年前にアフリカの中部で生まれた祖先である、ホモサピエンスが、中東の地を通りバルカン半島を通り、ヨーロッパ全土に広がっていった。そのとき、前に先住そていたネアンデルター人と取って代わってヨーロッパに全土に広がっていった人たちです。それから7万年たち、中世のころにバルカン半島にやってきた人たちの一部はジプシーとなり各地を渡り歩く放浪の民族となった。しかし、マルティネスなど現代のジプシー研究学者は放浪民とは言わず遊動民集団といっている。これからは特に言わない限り遊動民集団という。

しかし、もともとホモサピエンスは、アフリカの地から、中東に渡りヨーロッパ大陸に広がったものと、東へ進みインドや中国の方に広がったもの、さらに東アジアを北上して、ベーリング海峡を渡り、北アメリカ大陸たどり着き、それから南下して南アメリカに広がっていった。また、海を渡りオーストラリアや南太平洋への住家をひろげていた。このように、もともと、私たちのはそのホモサピエンスのあくなき好奇心は、遊動民集団の癖となりその遺伝子を引き継いでいるのかもしれない。いやおそらく引き継いでいるのだろう。しかし、次第に私たちの祖先は定住していったと考えられる。

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またまた、「日本が売られる」を読んで

玄冬舎新書「日本が売られる」堤未果 のあとがきを読んでいると、スペインのテレサ市の市民会議の参加者シルビア・マルティネス氏の言ったことが紹介されてる「国民はいつの間にか、何もかも<経済>ちう物差しでしか判断しなくたっていった。だから与えられるサービスに文句だけ言う<消費者>になり下がって、自分たちの住む社会に責任を持って関わるべき<市民>であることを忘れてしまっていたのです」と述べている。

ものを追い求めることにより人類は進歩し今の快適で便利な技術を得て暮らせるようになっている。しかし、地球規模で世界を見渡すと、その便利さを享受できているのは、何割のひとたちだろうか、しかもその中のほんの数パーセントの人だけが裕福な暮らしをおこたっている。そうでない人は今の新自由主義経済のなかで貧困のループにはまってしまている。

1980年頃までは富の再配分といわれ富める者は、税金を多く払いまた社会奉仕貢献などで寄付をして、中流社会の底上げと貧困層の救済をしてきた。しかし、2000年に入り20年を過ぎようとしているいまは、富める者はますます富を蓄えよとし、株式会社などの株主は株の配当を1円でも多く貰おうと会社に要求し会社はそれに応えようと勤しんでいる。

「吾唯足知」ではなく、「事たるたるにつけても足らぬなり」「水のなかで喝を叫ぶごとくなり 長者の家の子となりて貧里に迷うにことならず」と今の先進国の人々はその、貧里に迷い込んでいるようなものです。自己の欲望と深い妄執と不分別心のため、己を見失い迷っているようなものです。

いまいくつもの公共事業が民営化されていっている。鉄道事業の国鉄が民営化され、逓信事業の郵政が民営化されてしまている。公共であるべき事業が利潤追求の投資対象になっていく方向に向かっている。
鉄道は赤字路線が廃止され過疎地の交通手段を奪い、郵政事業も今は全国一の料金だが、過疎地などは料金が高くなってしまうかもしれない。
福祉サービスも行政事業で行なわれていたが、介護事業として民営化でサービス競争によりサービスの質が上がると言っていたが、事態は過酷な福祉業界の労働環境と採算をとるためにサービスが切り捨てられてしまったりしている。
これから、水道事業や公立の義務教育学校も民営化への話しがでている。民営化するということは利潤追求の事業とすることで、そこには効率を上げること、直ぐに結果を出すこと、利益を上げることです。公共事業のなんでも間でもを民営化してよいものだろうか。
株式化された事業で利益がでれば、株主はさらなる株の配当を望む、さすれば会社は配当を増やし人件費を押さえたり事業の質を落としたりすることになる。さまに、事たりているのに 足りないと叫び 貧里に迷うなりです。

いま読んでみている本

以下に紹介する人はそれぞれ違った分野で活躍しているが、安倍政権があと3年続くことを考えると是非読んで置く必要がある本と思う。
(本の画像をクリックするとアマゾンのページに飛びます、注意してください)

いや安倍晋三に限ららずられが、国のリーダーになろうとも、自分の住んでいるこの国のことを考えると読んでおくべきだと思う。

矢部宏氏がプロデュースした「戦後再発見双書」のダイジェスト版のような「知ってはいけない 隠された日本支配の構造」講談社現代新書
    知ってはいけない

NGO・国連職員として世界各地の紛争地での紛争処理、武装解除などに当って紛争解決人ともよばれている。伊勢崎賢治氏の近著「主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿」
    主権なき平和国家

国際ジャーナリストの堤未果氏の安倍政権が進める岩盤規制を打ち砕く特区制度の正体とはなにか「日本が売られる」
    日本が売られる

これらの本を読んでいると、日本という国の不甲斐なさに嫌気がさしてくるが、このことに対してみて見ぬふりをしたり蓋をしてやり過ごすと。ますますこの国は、世界から呆れられ見下された経済大国に留まり続けることになる。

そのような国でもいいから経済大国になるのか、国民一人一人が自信と誇りを持てる国とは何なのかを考えることができる本と言えるのではないか。

他にも、安倍政権が考えている憲法を改正した後、どのような国にしたいかを読み解く本もあるが、それらはまた、日本会議などが国家神道の復活を願っているその狙いとは何かをも考える本も読んでみたく思う。

だいぶ前に出版された本だが

上野千鶴子の選憲論 (集英社新書) 上野 千鶴子がある。改憲や護憲論いろいろあるが、違って視線から憲法を考えてみることができる。
    上野千鶴子の選憲論

教養派知識人の運命 書籍案内

大正から昭和の戦中・戦後あたりに、教養主義として高校・大学生によく読まれた『三太郎に日記』があるが、その著者である阿部次郎についての本が、教育社会学者である竹内洋によって、『教養派知識人の運命 阿部次郎とその時代』のタイトルで出版されている。

    選挙2

この本は単なる阿部次郎のでんきではなく、その社会的な背景や同時代の知識人との関係につていもかかれてる。
この本を読んで今一度、書架から『三太郎に日記』を取り出して読んでみよう。今まで幾度か読み返してみているが、なかなかボリュームがあり完読熟読ができていないが、阿部次郎との人となりを知ってこの本を読み、この本を読んでみるとまた、今までにないものを発見できるかも知れない。

三太郎に日記は角川叢書から、合本が新しくだされている
    選挙2

再び、知ってはいけない、隠された日本支配の構造

8月31日に、講談社新書の「知ってはいけない 隠された日本支配の構造」矢部 宏治氏の本の掲載されているマンガを紹介しましたが。

しかし、インターネットの通販では、品切れになっていたが注文できるようになっていたので、注文したところ入荷できないとの知らせがきました。そこで、書店を幾つか回って見つけました。裏づけを見ると第一刷になっているので、売れ残りです。

この本を読むと、
矢部宏治氏が創元社で企画した、「戦後再発見」シリーズ
・戦後史の正体 孫崎享著
・日米地位協定入門 前泊博盛編
・検証・法治国家崩壊 吉田敏浩・新原昭治・末浪靖司著
・核の戦後史 木村朗・高橋博子
・「日米行動委員会」の研究 吉田敏浩

矢部宏治氏自身が著し、集英社インターナショナルから出した。
・日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか
・日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか

この7冊の本のダイジェスト版というか解説本のように感じました。

7冊を読むのはかなりのボリュームだし、金額がはるのでこの一冊でかなり、戦後の日本がどのような歩みをしてたのか、そして今後どのように進むのかがわかります。

この本を読んでいて、すべての根源は中国で国民党が共産党に敗れ台湾に逃れたこと、つまり内戦状態にあった中国に共産党政権の中華人民共和国が樹立されたこと。それ以上に金日正の北朝鮮が南下して朝鮮戦争が始まった所から始まっていることがわかります。
そして、これからの日本を考えるうえで、国際法的に朝鮮戦争はまだ終わっておらず、休戦状態にあることをまずは押さえておくべきでしょう。朝鮮半島は戦争状態にあるため米軍は日本に駐留し続ける必要がある。しかし、ポツダム宣言に日本に民主的な環境が整えば、アメリカは米軍に日本から直ちに撤退する。この二つの相矛盾することを両立させるために、トリックが作らられたと言うのです。
それはサンフランシスコ講和条約と旧日米安保条約と日米行政協定(いまの日米地位協定)を結び、GHQの統治から外交的政治的には独立したが、連合国軍であるアメリカ軍の基地がいまだにあるばかりか、いまだに軍事的な占領下に出来ることが作られたことがわかりました。

そして、いま北朝鮮が核保有国になったとし必要以上に、米国の気を引こうとして挑発をし続けられるのも、朝鮮戦争が休戦状態にあり終わっていないからでしょう。そのような状況下で日本はどのよな選択をしたらよいのか。
今まで、アメリカが草案を作った憲法の9条により自衛隊は海外派兵ができないと米軍と共同歩調をとることを、歴代首相は拒否してきました。しかし、安倍政権は憲法解釈を捻じ曲げてしまい集団的自衛権を可能にし、安保法制を作り上げ自衛隊が米軍の指揮下に入らざるをえなくなってきています。
そして、戦争を知らない3代目の金正恩は休戦中だが、戦争を終わらせる気はなく火遊びをしてみたく思っているのだろうか。
自衛隊が有事の際米軍の指揮下に入るとなると、北朝鮮にとって格好の日本の米軍基地攻撃への口実になりかねないのではないでしょうか。朝鮮戦争は休戦状態だとすると、いままさに有事であることになる。そうなると日本がどのような道を進んでいくべきなのか、時の首相の考えが大きく左右されることになっています。戦後生まれの北の指導者のように戦争をしてみたいと思う政治家か、戦後生まれのお人よしでも平和について積極的に考えられる政治家とどちらがよいのだろうか。

講談社新書の「知ってはいけない 隠された日本支配の構造」の漫画を再掲して、日本はどのような国かを考えて見たく思います。
この本を読んで、「戦後再発見」シリーズ前出の本を読んで、いまの日本の現状としてよいのだろうかと、独立国としての自尊心がくずれてしまい、戦後から今までの自虐的な米軍との関係はこのまま続けて行くのがよいのか、それとも打ち切ることがよいのか考えるべきでしょう。
しかし、日本の政治家にもいろいろな人がいて、日本会議の人たちや、皇国史観を国体の大切にすべきものと考えたり、安倍晋三史観のような人たちがいるが、それらは日米安保体制と日米地位協定により、それらの人たちの暴走が今まで重石として働いていたのならそれなりの功罪があるわけです。
これから、不平等な日米関係の米国従属から本当の意味での日本の独立をするためには、私たち日本人として真剣に考えなくてはならないと思います。

もう一度この、「知ってはいけない 隠された日本支配の構造」の内容がまとめられている四コマ漫画は、矢部氏も拡散されこの密約の現状を多くの人が知ることを望んでいると言っています。そこで改めてのその漫画を見て見たく思う。

第1章 日本の空は、すべて米軍に支配されている
日本の空は、すべて米軍に支配されている

第2章 日本の国土は、すべて米軍の治外法権下にある
日本の国土は、すべて米軍の治外法権下にある

第3章 日本に国境はない
日本に国境はない

第4章 国のトップは「米軍+官僚」である
国のトップは「米軍+官僚」である

第5章 国家は密約と裏マニュアルで運営する
http://gendai.ismcdn.jp/mwimgs/0/2/640m/img_026e064ebe429727bffd25f76e9ab0d8149643.jpg
国家は密約と裏マニュアルで運営する

第6章 政府は憲法にしばられない
政府は憲法にしばられない

第7章 重要な文書は、最初すべて英語で作成する
重要な文書は、最初すべて英語で作成する

第8章 自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う
自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う

第9章 アメリカは「国」ではなく、「国連」である
アメリカは「国」ではなく、「国連」である

日本の隠された支配の構造

知ってはいけない 隠された日本支配の構造 矢部宏治 講談社現代新書

知ってはいけない 隠された日本支配の構造 矢部宏治 講談社現代新書

矢部氏は創元社からの「戦後再発見」シリーズを企画した人で知っていおられる方も多いでしょう。

新しく出版した本が今回紹介するほんですが、講談社の現代新書の紹介Webページには、次のように紹介されている。

なぜ日本は米国の意向を「拒否」できないのか?官邸とエリート官僚が国民に知られたくない、最高裁、検察、外務省の「裏マニュアル」とは?「戦後史の闇」に光をあてた決定版。3分で本書の内容がよくわかる四コマまんがつき。

しかし、この本をよんでいると、陰謀説をまき散らしているようにみえるが、矢部氏は膨大な資料にもとづいて暴いていいます。
IWJで岩上安身氏と矢部宏治氏とが対談していて、その対談が2018年8月1日まで会員以外の方にも全編公開いたします!


その中で、その本のつけられた四コマまんがは拡散してもよいと言っているので、このブログに張り付けてみました。
下の漫画は講談社現代新書の知ってはいけない 隠された日本支配の構造の紹介ページからリンクしたものです。

第1章 日本の空は、すべて米軍に支配されている
日本の空は、すべて米軍に支配されている


第2章 日本の国土は、すべて米軍の治外法権下にある
日本の国土は、すべて米軍の治外法権下にある


第3章 日本に国境はない
日本に国境はない


第4章 国のトップは「米軍+官僚」である
国のトップは「米軍+官僚」である


第5章 国家は密約と裏マニュアルで運営する
国家は密約と裏マニュアルで運営する


第6章 政府は憲法にしばられない
政府は憲法にしばられない


第7章 重要な文書は、最初すべて英語で作成する
重要な文書は、最初すべて英語で作成する


第8章 自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う
自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う


第9章 アメリカは「国」ではなく、「国連」である
アメリカは「国」ではなく、「国連」である


首都圏の米軍基地と言えば厚木基地、座間キャンプ、横田基地、横須賀基地だが、六本木ヒルズの近くにも米軍基地があり、「赤坂プレスセンター」と呼ばれている日米合同委員会が置かれている「ニュー山王ホテル」です。
そして、これらの基地間を米軍機は自由とう飛ぶことができ、日本の飛行機は飛ぶことができないです。これを横田空域と言いここを飛ぶときは米軍の許可がいる。そのために、日本の民間旅客機はそこを避けて飛んでいる。

これは日本の最高法規は「日本国憲法」ではなく、国権の最高機関は国会ではなく、日本を支配しているのは、米国との「密約」であり、最高機関は「日米合同委員会」でだと、安倍氏は言う。

この本を読むと、米国がいや米軍は日本は最も重要な同盟国と言うのは、日本は戦後連合軍に占領され、講和条約を結んだ後も日本国内を米軍が自由に活動できることになっている。しかも、フィリピンや韓国では米軍は当事国の国内法をに基づいて活動できるのだが、日本では米国内以上に自由に活動できるようになっている。
吉田茂とクラーク米軍司令官が1952年7月23日の口頭で交わした「指揮権密約」によるものだという。

豊住書店とベニヤ書店

去年の暮れに、近鉄奈良駅の近くにある二つの書店のことを書いた。
その後わかったことですが、その書店の一つ「豊住書店」は、江戸時代に伊賀上野にて創業し、日本で3番目に古い歴史ある書店だそうです。明治時代に三条通の角振町に店を構え、大正時代に現在の東向北商店街に移転したということです。
この書店のすぐ近くには、「大学堂」という古書店もありこちらも覗いてみるのもよいでしょう。
最近の書店いやBOOKSTOREは雑誌やコミック本などが中心であまり魅力を感じないが、この書店は教養・学術系の書籍を中心に置いてあり、店の主人の方針がよく現れているようです。また、奈良の歴史に関する書籍も数多く取りそろえてある。
さらに、店主がこまめに調べたのか岩波文庫などには「絶版」「当分重版予定なし」の帯を付けています。

ブックカバーのことを「書皮」と呼ぶそうですが、豊住書店の書皮は、2007年に書皮大賞を受賞したそうです。
2007年 書皮大賞 受賞書皮
http://bcover.la.coocan.jp/taisyo/07taisyo-toyozumi.html


    選挙3

このブックカバーは人気があり、わざわざこのブックカバーを手に入れるために本を買いに来る人もいるとか。

それと、もう一つ紹介した「ベニヤ書店」
外観は正面に扉や窓はなく全面開放されてた造り。店口は雑誌を並べている台が置かれて、なぜか時々猫が鎮座しています。この猫店の名物店主のようです。木の本棚は時代物でなつかしい重いがする。
この二つの店とも、岩波文庫や岩波新書や講談社学術文庫や、岩波ブックレッド等も置いてあるなど、新刊本やベストセラーよりも、絶版になった本や稀有な本が多いです。
この店の向かいに、小間物やがあります。家庭でつかう雑貨類の荒物が所狭しと置かれています。

この2つの書店は東向北商店街と書きましたが、性格には、二条通りから入った所の豊住書店があるのは東向北商店街で、その突き当たり奈良女子大の近くあるベニヤ書店があるのは花芝商店街です。

新刊書やベストセラーやコミックが置いてないので、このような店ははやるのかと思い、お店の人に奈良女子大の学生さんが多いのですかと聞くと、女子大には生協や書店が入っているので、学生さんはそちらを利用すると言っていました。そこで、女子大の学生会館に言って生協と書店を覗いてみましたが。生協の書店部は授業などに関連する本が多く、書店は出版して時間がたつ本も置いてあるが今一つでした。この富住書店とベニヤ書店のほうが遙かに私には勝っていました。


翻訳

日本は翻訳大国だそうだ、日本ほど外国の古典文学を始め、学術書や評論、エッセイ種など、様々な海外の書物が翻訳され出版されている。それも英国や仏国や米国だけでなく、世界中の国の書物が翻訳され出版されている。これは世界的にみても希有だそうです。
そしてその翻訳された本の多くに、翻訳者や第三者の解説などが付けられて入ることが多い。しかし、最近知ったことだがこれらは、日本の翻訳本の特徴だそうです。

それが、最近変わってきて原書の出版元や原著作者が制約を加えることが多くなってきたそです。
その理由は、日本語で書かれたその解説などの文書は、原著作者は判読が困難で、なかには原書の内容と違うことがかかれその内容を損なうことになりかねないからです。
たしかに、翻訳の後に書かれた解説などに、本文を読んでこれが解説と言えうるのか、翻訳者の感想や評論を書いてあるようなものもある。

しかし、これを一部の翻訳家たちでは、翻訳出版の危機として受け取っている人たちもいるようです。
それは、海外の本の言語と日本語がその体系として大きく違うからだと言う。英語や仏語などヨーロッパの言語は同じ語原を持つ物が多いので、翻訳の差異は小さいが、日本語はその差異が大きいので、翻訳者によりその内容が大きく変わってくる。
外国の古典文学などの翻訳本をいくつか読み比べるとそれがよくかる。その作品の作られた歴史的背景や文化的背景を翻訳者がどのような考えを持っているのか。また、
どのような翻訳ぼんにしたいのかの、構想と展望がどのようなものかによって変わってきている。また、翻訳がされた時代によっても、翻訳された作品の味わいが変わってきている。

これは、原書と翻訳する国の言語の類異性のある国と、言語の差異が大きい国とでは、その翻訳の難易度は大きく違うだろう。私たち海外の翻訳本を手にするとき、翻訳者は誰かも意識するが、欧米語間の翻訳本には翻訳者の名前も載っていない本多くあるそうです。
このようなことを考えると、日本や中国、韓国などは特殊な立場にあるのでしょう。

そこで、翻訳者の考えを翻訳本文だけでは読者に伝えることができないから、解説を通じてどのような考えでこのような翻訳をしたのか説明する義務があると考えるからだ言える。
日本で数多くの作品が翻訳されてきたことにより、鎖国から開国して多くの西欧文化を取り入れることができたといえる。そうなると、西欧諸国の原書出版元や著者に、日本など中国や韓国などの特殊な事情を理解してもらう努力が必要になってくるだろう。
これからも、海外の多くの本が翻訳されていくことを臨みます。

脳はいかに治癒をもたらすか

紀伊国屋書店がscriptaと言う雑誌が年に4回無料で店頭の置かれている発。

それを手にとり、みていると紀伊国屋書店出版部から出版されている、『脳はいかに治癒をもたらすかー神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ著 3000円と言う本の紹介がのっていた。

脳は一度ダメージを受けると、身体の他の細胞と違い修復できないことはわかっている。脳梗塞などで一度傷ついた神経は回復できず、運動機能が麻痺してしまう。しかし、リハビリなどで運動機能が改善されるのは、脳のなかで傷紀伊国屋書店がscriptaと言う雑誌が年に4回無料で店頭の置かれている発。

それを手にとり、みていると紀伊国屋書店出版部から出版されている、『脳はいかに治癒をもたらすかー神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ著 3000円と言う本の紹介がのっていた。

脳は一度ダメージを受けると、身体の他の細胞と違い修復できないことはわかっている。脳梗塞などで一度傷ついた神経は回復できず、運動機能が麻痺してしまう。しかし、リハビリなどで運動機能が改善されるのは、脳のなかで傷ついた神経回路ととは違う神経回路ができあがるからです。

このほんでは、それらの中で特に特異な例が複数取り上げられているようです。
しかし、ここに紹介されたものは、学術的に受け入れられた話ばかりではなく、その特定の施術者でないと効果がでな物も紹介されている。なかには、まゆつば的なものも紹介されているようです。
この本を紹介している、仲野徹氏は書いている、「重要な事実は、特殊な施術者が必要であろうが、一部の患者でしか効果がなかろうが、まじないであろが、実際に症状が奇跡的に改善する人がいることだ」言っている。

わたしは、この仲野徹のこの本の書評を読んでいて、日本でもいろいろ、気功や呼吸法や静坐や整体法など独自な方法で、いろいろな病状を改善させブームが興ったりしてきた。そして、実際のその施術をうけたり、自分で指導のもとで実践すると、症状が改善したり癒されたりする例がある。しかしそれも、他の人がするとその効果が表れてこなかったようで、それらの方法はその人が亡くなると、忘れられてしまっている。
この本の『脳はいかに治癒をもたらすか』と同じようなものだとおもう。

ひとのからだとというものは、仲野氏はこの本を読み「からだと脳の関係の素晴らしさにわくわくした」と言っているが、わたしは、肢体不自由の支援学校で教鞭をとっていたときに、心理臨床動作法を勉強したが、そのときも脳の可塑性についていつも不思議におもっていたので、この本を買って読もうと思う。ついた神経回路ととは違う神経回路ができあがるからです。

このほんでは、それらの中で特に特異な例が複数取り上げられているようです。
しかし、ここに紹介されたものは、学術的に受け入れられた話ばかりではなく、その特定の施術者でないと効果がでな物も紹介されている。なかには、まゆつば的なものも紹介されているようです。
この本を紹介している、仲野徹氏は書いている、「重要な事実は、特殊な施術者が必要であろうが、一部の患者でしか効果がなかろうが、まじないであろが、実際に症状が奇跡的に改善する人がいることだ」言っている。

わたしは、この仲野徹のこの本の書評を読んでいて、日本でもいろいろ、気功や呼吸法や静坐や整体法など独自な方法で、いろいろな病状を改善させブームになった人がいる。しかしそれも、他のにとがするとその効果が表れてこない、この『脳はいかに治癒をもたらすか』と同じようなものだとおもう。

ひとのからだとというものは、仲野氏はこの本を読み「からだと脳の関係の素晴らしさにわくわくした」と言っているが、わたしは、肢体不自由の支援学校で教鞭をとっていたときに、心理臨床動作法を勉強したが、そのときも脳の可塑性についていつも不思議におもっていたので、この本を買って読もうと思う。

永遠平和のために

今放送されている、NHKの番組の「100分De名著」は、カントの「永遠平和のために」です。
津田塾大学教授の、萱野稔人が講師です。

この本は私が高校の時に読みましたが、なかなか理解できずそのままになっていました。改めて読んでみたくなりました。

積極的な世界国家か消極的な平和連合か、連合国家か国家連合か世界単一国家か。

積極的な平和
自分たちと思想・性質・行動などが違っている人たちを、武力でもって押さえ込んで平和を作りだす。

消極的な平和
自分たちと思想・性質・行動などが違っている人たちとの、共存を話し合いなどで模索しながら武力の行使をさけて平和を作りだす。

この消極的平和の方が、積極的平和より永遠平和を実現する可能性があるとカントは言っている。


このことについて、今の安倍自民党の考えについて思ったことがある。

前者は安倍晋三の言う、積極的平和主義です。
後者は、ドイツの哲学者が「永遠平和のために」で唱えた考え方です。カントは一つの世界国家では平和は作り出せない。連合や同盟などにより世界平和は作り出せるといっている。私自身は若い頃はインターナショナルとして世界国家が実現するのが理想と考えていた。しかし、ソ連のスターリンの粛清や、中国での毛沢東の文化大革命などをみ。ソ連崩壊後のロシアの分裂や、今の東欧の混乱を見。イスラム原理主義の過激な言動が引き起こされた。

それらは、自分たちの考えが違う物は排除しなければ、理想は実現できないとのもとで、正当化されたおこないによって引き起こされた結末は、平和とはほど遠い悲惨なものでした。

また、国家連合では、個々の国の言語や習慣や文化は尊重され、守られなくてはならないとカントは言います。
そして、カントは世界国家はそれらは、多数者の意見や強者の意見に赴かれ、弱者はそれに従うしかなくなると言います。

そもそも立憲主義は、民主主義の下にあり、国家とりわけ政府の暴走を縛るものにあると言えます。しかし、安倍首相は立憲主義は王政の時代のものといい、立憲主義のついて説明すると私はそのような説をとらないと、はばかりなくいう人がいる。

自民党の改憲草案をみても、前文からして日本は「固有の文化を持ち」とあり、単一民族単一言語の国家という前提で書かれている。そもそも、日本は琉球王朝を併合し、東北以北のエミシ蝦夷と呼ばれた人達を滅ぼし同化させ、アイヌ文化を北海道である蝦夷地を侵蝕していった、史実を認めようとしていない。
そして、「天皇を戴いただく国家であって」としいることは、文化の多様性よりも、和を尊ぶという言葉や公の秩序を重視することにより、文化を単一にすることが最善のあり方だという考えが貫かれている。

さらに緊急事態条項には、国民は国の指示に従う義務がかせられている。非常事態の時はそれも必用だが、自民党改正案の、13条は、その要旨が〔個人の尊重と公共の福祉〕が(人としての尊重等)になり、条文本文では、現行憲法で「国民は、個人として尊重される。」が「国民は、人として尊重される。」となり個性が否定されかねないものになっている。

ようするに、安倍自民党は日本を一色に単一かして、平和のためなら戦争も辞さない、米国のように戦争したい国を目指していると思えてならないです。

「「昭和天皇実録」の謎を解く」を読んで 2

「「昭和天皇実録」の謎を解く」を読んでいて、100Pで保阪が次のように述べている。
よく陸軍では、「大善」「小善」という言い方をしていと、軍内の秘密結社・桜会の会員だった軍人に聞いたことがあります。「大善」とは、陛下の一歩前に出て、陛下のお気持ちを察して、我々の手で明君主にしていこうという考え方。「小善」とは、軍人勅諭にひたすら忠実であろうとする考え方。・・・中略・・・
いずれにしても、この満州事変以降。軍は大元帥としての天皇と、立憲君主としての天皇をうまく利用していくわけです。

これを読んでいて、生前経済同友会副代表幹事を務めた品川正治の書いた、「手記反戦への道」を思い出した。このことは産経新聞が2013年に企画した【旧制高校 寮歌物語】(30)隠された軍人勅諭読み替え事件にも品川は紹介している。

概ねの内容は次のようなものです。
三高時代に起きた事件です。そのころは学校には配属将校がおり当日は、京都師団長の査閲があった、そこで、軍人勅諭の奉誦が始められたが。理系の一人の生徒浅沼実が手を挙げ、それにつられたように査閲官は浅沼を指名した。そこで浅沼は「我が国の軍隊は世々天皇の統率し給う所にぞある」と言うべきところを、天皇と軍隊を逆にして「我が国の天皇は世々軍隊の統率し給う所にぞある」と昂然と胸をはり、口調も荘重を極めて言った。指名した査閲官は次を促しかけたが、階級の高い査閲官の一人が言い換えに気づき、「何いっ、もう一度言え」と叫んだ。浅沼は「我が国の軍隊は世々天皇の統率し給われたのであります。違いますか?・・・・天皇に名を借りて軍は一体この国をどこに連れていこうとしたのですか?」査閲官は駆け寄り思わず軍刀の柄に手を書けたが、思い留まり「査閲中止!全員解散!」と叫んだ。
この後、総代であった品川は軍に志願し入隊し戦地に行くことになり、浅沼は退学処分になりその後の消息が不明になった。また、校長と教頭の辞任の品川の退学届は受理されなかったという。つまりこの軍人勅諭の読み替え事件は闇に葬られたのだ。

話を「昭和天皇実録」の謎を解くの本にもどす。
保坂の発言に対し半藤は、天皇には三つの顔があったと、「立憲君主」「軍を統率する大元帥」「皇祖皇宗に連なる大司祭であり神の裔である大天皇」がいたとと仮設をたてている。
そして、半藤はつぎのように述べている。
この天皇と大元帥は、一身でありながら、時に重大な相克や齟齬を生じさせ、それに大天皇である昭和天皇は深く悩まれたのではないかと思うのです。
そして、陸海軍の軍人の中で、玉音放送による終戦を認めない人がいて、軍の指揮下にある舞台に「抵抗すべからず、戦争は終わった」と指令を出された。すると、海軍省軍務局の大佐の柴勝男が、「すぐに命令を撤回せよ」・・・中略・・・「我々の上には大元帥がいる、大元帥の命令は出ていない」と柴田大佐はなおも頑張る。それに対して大井さんはこう反論したというのです。「大元帥陛下と天皇陛下の上に神の末裔としての大天皇陛下がいて、大元帥はその家来なのだ。大天皇は戦争をやめると言ったんだから、俺たちはその命令を聞かなくてはならない」

このことは、半藤の言うように当時の日本には、「立憲君主」「軍を統率する大元帥」「皇祖皇宗に連なる大司祭であり神の裔である大天皇」いたことは確かのようです。そしてなにが一番表にきているかによって、そのときの国の進む道が変わってしまうことになる。明治維新後明治政府は、西欧に追いつけ追い越せで近代化をはかるために、明治憲法を制定し、「立憲君主」の天皇がいちが、日清日ロ戦争を経てそれが、「軍を統率する大元帥」としての天皇に変わっていった。しかし、それがどうしても二進も三進も進まなくなれが、「大天皇」の登場となるのでしょう。

いまは、立憲主義の民主主義国家としての象徴天皇となっているが、安倍政権を取り巻く一部の人たちは、「大天皇」の再登場を願っているのではないでしょうか。


私は日本の歴史を明日香時代から奈良時代そして平安時代と見ていき、幕政と流れをみると実際の政務を司るのは幕府であり、天皇は実権がないがその上の存在で明治維新まで続いていきました。徳川幕府は天皇を潰そうと思えば潰せたであろうが、それをしなかったのは天皇を利用する価値があったからと考えています。
そして明治維新で長州などが天皇を担ぎ出して、米欧の列強からの日本を衛として、徳川縛藩体制を転覆に成功する。
しかし、その中心となった長州藩は、蛤御門で御所に砲撃したり、長州藩は尊皇攘夷を叫びなから、政権を握ると一転して、脱亜入欧となり廃仏毀釈などをと欧化政策一辺倒で、早く西欧の追いつこうと、日清戦争をはじめたり、植民地を作ろうとしていった。
これらのことを下敷きに、今の政権の有り様を見ていると、次のようになると思う。、
アメリカに媚び諂う姿勢と、天皇を元首ととする姿勢の二面性があり、その矛盾は、明治維新からの長州藩のありようを受け継いでいるようです。

「昭和天皇実録」の謎を解く を読んで

「昭和天皇実録」の謎を解く 半藤一利 保阪正康 御厨貴 磯田道史 対談鼎談 文春新書

   昭和天皇実録」の謎を解く


この本を読んでいて、その即位する前から昭和16-7年頃の実録に書かれていることを読み解いているところをよんでいくと、軍部の台頭が浮かび上がり次第にのさばり、天皇は臣下であるはずの軍を統帥できなくなっているのを感じる。

皇太子のときの大正10年に、北フランス北東部の第一次世界大戦の激戦地、ヴェルダンの戦場跡地を訪れ、殿下は「戦争というものは実に悲惨なものだ」と感想を漏らされたとしています。これについて半藤氏はこのことばが、陸軍軍人からしてみて、皇太子は腰抜けだと思った可能性があると言っています。それがのちに軍部が天皇をかなり無視して行動するようになる伏線があると言っています。
このほか昭和15-6年になると、詳しくはここでは紹介しないのが、軍属は天皇の言葉をかなり無視したり、都合のよいように解釈をして満州からさらに勢力を拡大して行ったことが明らかにされている。
いわゆる、天皇の大元帥としての統帥権が言葉だけのものになってしまっていることがわかる。詳しくはこの本を実際に読まれるとことを進めます。

そこで思ったことだが、今の日本は主権在民で主権は国民にあり、選挙で選ばれた信託された国会議員によって、国政が行なわれるものです。しかし、よく見ると戦前の軍部のようなものが政治を闊歩しているように感じる。その一つは世襲議員でありも一つは官僚です。官僚が今の国の現状を憂いて、官僚は政治家とりわけ首相に下で働いているという意識はなく、別のところに忠誠心があるようです。本来なら官僚は今までの流れのを把握していて、それを裏付ける資料や情報を持っているので、首相などの閣僚に伝えるべきですが。官僚は今までの自分たちがしてきたことを正当化するためにまた、自分の保身のために都合のよい事しか見せないようです。その一つの例として、鳩山内閣が普天間基地の移転は最低でも県外と言っていたのを、官僚たちは米軍の練習などの戦略資料として、今ではその資料がどこから出て来たかまた、その資料自体も見つからないものを見せて、鳩山首相に辺野古移転を容認させてている。そして、官僚政治から政治家による政治の政治改革をとなえた、鳩山首相は退陣し民主党政権も潰れてしまった。

このことを考えると、明治憲法下の主権者である天皇を軍部がないがしろにしたことと、今の官僚か主権者の代表である政治家を蔑ろにしていることは、通じるところがあるように思われる。
さらに言えば、昭和天皇の時代はこのあとアジア太平洋戦争への突き進んでいった。いまも、日本はアメリカと一緒に戦争ができる法的な条件が整ってきている。また、安倍政権がどれだけ官僚を掌握しているかわからないが。ますます暗澹たる状態に暗雲がこめ嵐の前夜にならなければお思うばかりです。

戦後再発見双書シリーズ 「核の戦後史」

創元社から出版されいる「戦後再発見」双書シリーズがあるが、その4冊目として「核の戦後史」木村朗がある。


   核の戦後史


この本は、ポツダム宣言とそれを日本が受諾したことと、広島と長崎に原爆が落とされが、その裏側にはなにがあったか。
著者は、次のように見ている、原爆投下は日本の降伏を早め、多くの人を救ったというが、それは作られた原爆神話ではないかと言っている。なぜかというと、天皇制維持を約束すれば、日本はすぐにでも降伏すると確信していた。しかし、ポツダム宣言には国体維持を明文化しなかったのは、原爆による被爆の実践人体実験をする為だったと疑っている。
また、地震の多い日本になぜ個々まで多くの原発が在るのか、福島の原発事故が起き外国では原子力政策の見直しをしている国があるのに、その当事国で在るくにがなぜ再稼働を急ごうとしているのかについて、膨大な資料から読み解こうとしている。

これを読んでいくと、3.11でアメリカ軍は「ともだち作戦」をしました、1.17の地震や熊本大地震では、そのような動きは微々も見せなかったです。福島原発事故での放射線被害の実態を調査するためだったのではないと思ってくる。

本を読んでいくと、まずは連合国はポツダム宣言の草案をつくるまえから、日本は天皇制を残すすなわち国体護持なら、降伏することを日本政府も受け入れることがわかっていた。そして、ポツダム宣言の一次案では、天皇制を残す言葉が入っていたと言っています。
米国は、ドイツより先に原爆を開発する事を目指していたそして、ドイツが原爆開発を断念したという情報もえていたといいます。それでも米国は原爆の開発を急いだという。それは、戦後の米国とソ連との力関係で、ソ連より先に原爆の開発に成功したことを示し、優位に立とうとした。もっとも、ドイツに原爆を落とすとその報復として、ドイツは原爆の開発をあきらめたが、報復として放射線爆弾の開発は進めていたとされている。そこでU2ロケットで英国などの放射性物質をばらまく事を恐れていたので、ドイツでの原爆投下は考えていなかったといいます。
もっとも原爆が開発される前に、ドイツはヒットラーが自殺し降伏してしまった。

さらに著者は次のように見ています、連合国は日本の降伏が間近だが、ポツダム宣言の一次案にはあった天皇制の存続を認める文言を、発表したポツダム宣言ではそれを抜いて、すぐの日本が降伏するのを遅らせたとしています。それは原爆を使ってソ連にその脅威を示してから日本が降伏するようにし向けて言ったといっています。

米国は原爆を落とすことにより、日本の降伏を早めたそれにより、多くの人が命を落とすことから救われたというが、ポツダム宣言に天皇制を維持すること書き込んでいたら、原爆を使わなくても降伏していたとしている。
ではなぜ米国は原爆を日本に落とすことに固執したのか、それは先にも書いたが、戦後の米ソの力関係から原爆を見せつけようと下と言っています。日本に原爆が二発も落ちたのは、米国の戦略か落とすべくして落としたとなります。

また、米軍が進駐後すぐに、原爆被害に関する情報を外部に漏れないように管理統制してしまった。また、被爆数値を低く見せ国際社会からの批判をかわしていたこと。被爆者への治療を人体実験の下で行われた事実も、米国の公開された文書から発掘しています。

また、日本の原発開発がやめられないのは、米国の原子力産業が儲け続けられるためだともしている。

この本を読んでいて、日本はあらゆる面で米国からの支配が何処まで浸透しているのを考えると、おそろしくなってくる。
それより、恐ろしいのは日本国憲法を米国から、押しつけられた憲法だといい。日本の伝統文化と独自性をさけびながら、実際に今の政権は米国従属をますます強めようとしていることです。

18歳からの民主主義

今年の参議院選挙から、選挙権が18歳に引き下げられます。
ぜひ高校生は、政治が私たちの生活にどうかかわってくるかを考える一つの本として一読をお奨めします。
高校生向けに書かれたほんですが、中高生から壮年の人、老人の方が読んでも読みごたえのあるほんです。
語っているのは、若い人から100歳のジャーナリストむのたけじ氏と様々です。


18歳からの民主主義
18歳からの民主主義
岩波新書編集部編
(新赤版1599)

くわしくい書籍のないようは、こちら岩波書店の「18歳からの民主主義」の書籍紹介

明治維新と平成の今を考えて見る

私自身中学や高校で学んできた、明治維新期の歴史と、江戸時代は徳川幕府の時代に一揆が多発して、庶民は武士の支配に苦しめられていたと教えられてきた。しかし、江戸時代江戸の町で浮世絵や歌舞伎など文化が花開いていたことから、百花繚乱とまで行かないにしても、武士はともかく町民は自由で生活を楽しんでいたのではないかと思っていた。

最近次の本を読んだ。

   「明治維新という過ち」 原田伊織著
    「明治維新という過ち」 原田伊織著

今本を読んでいると、安倍晋三首相は山口4区、高村正彦は山口1区の選出で長州出身ですが、これとは関係ないのだが、この本を読んでいるとついついだぶらせてしまうところがある。

著者も史実を述べるに際して、現代の都道府県と安易に必要以上に結びつけるものではない。と断言している。

この本の副題は「日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」となっている。
吉田松陰、桂小五郎、高杉慎作、山縣有戸朋などは、長州薩摩の下級武士で、そのおこないはテロリストと言えるとしている。

勤皇尊皇と言いながら王政復古と言いながら、結果は徳川幕府にとって薩長が政権を握ろうとした。しかし、下級武士で20代の若造なので、政治の運営とくに開国を迫る外国との外交などできるはずがない。「奇兵隊」をテロ集団としてそこで京の町を恐怖の混乱に陥れたと、史実をあげてその内容をときあかしている。さらに勤皇志士とは現代流にいえば「暗殺者集団」でテロリスト集団。つまり日本の初代内閣総理大臣は「暗殺者集団」の構成員だった知っておくべきだとも書いている。いままでの、日本の近代史をじっくり見直す必要があることが書かれている。
明治維新後日本の歴史教育は、勝てば官軍で薩長は官軍で、徳川や会津は賊軍という筋書きの官軍教育だとこの本は断じている。

今日、政権側側から、歴史教育が問われています。さらに高校の教科書の検定意見では具体的な書き方の例がしめされ、それに沿って書かれた教科書が合格しています。

この本を読むだけの価値が十分あると言える。この本を読まずに、タイトルと副タイトルだけで、この本に抗議する人がいるようですが、そのような愚かなことは、再び同じ間違いをしてしまう恐れがあるでしょう。

なぜ戦争は伝わりやすく 平和はつたわりにくいのか

なぜ戦争は伝わりやすく 平和はつたわりにくいのか 
伊藤剛 光文社新書

この本を読んでいて、冒頭の部分で感じた事がある。外交面などで政治家の発信する言葉は、日本語だけでなくそれが英語などの外国語でも発信されているなら、特にどのように訳されているかを調べなければならないと思った。
特に、安倍政権はその語彙の使い方を巧みに使い分けているように思える。

   なぜ戦争は伝わりやすく 平和はつたわりにくいのか


そのなかで、この本で安倍政権が言う「積極的平和主義」についてであるが、もともとこの、「積極的平和主義」という概念は、ノールウェーの平和学者ガルトゥングが使いだしあことばで、単に戦争がない状態でなく、貧困や搾取や差別など構造的な問題もない状態を指す言葉として定義している。このことは今までもこのブログで何回か取り上げたことがある。

さて、「積極的平和主義」だが、次のように書かれている部分がある。
少し長くなるがその文を紹介してみたい。


このガルトゥングの平和の概念を長年にわたって研究してきた平和学者たちは、安倍政権の言葉の使用について「概念の意図的な誤用または無知からの造語にほかならない」などと意義を唱えている。さらに、積極的平和の「英語訳」についての鋭い指摘もある。 東京新聞(2013年10月19日付)によれば、ガルトゥングのもとの英語は『Positive Peace』であるが、安倍首相がアメリカでスピーチした際に使った英語は「Proactive Comtributonn to Peace」であり、和訳すれば「『率先して』平和に貢献する存在」になるという。つまり、少なくとも英語圏の世界では「積極的平和(Positive Peace)」とは受け取られていないということだ。また、記事の中で平和学が専門の坪井主税(札幌学院大学名誉教授)は「Proactiveは軍事用語では『先制攻撃』のニュアンスで使われる。『米国人は集団的自衛の行使容認に踏み切ります』と受け止めるだろう。逆に、和訳によって、日本では『軍事力を行使しない』と解釈する人がいるかもしれない。言葉のマジックだ」と指摘している。


この日本語と英語の「(積極的平和)主義」だけでなく、安倍首相の戦後70年談話についても、日本語と英語、中国語、韓国語とのなかに微妙な違いがあると言われいます。また、他にもいろいろと同様な事が指摘されている。外務省などの公表する、公の文書で英語でも公表されているものがるが、それを対にして読み比べてみると、アベ政治は何を目指しているのか、国民にはあまり知られたくない、本心の齟齬があぶり出され紐解けるように思う。

ただ悲しいことに、私は英語は流暢でなく疎いので、今に思うに中学高校と英語をもっと勉強しておけばよかったといもっている。

そのような人は私以外にも多くいると思うので、是非とも東京新聞が、積極的平和について、『Positive Peace』を「Proactive Comtributonn to Peace」と使い変えていることを指摘したように、他の言葉でも日本語を英語などの訳すときに、微妙に使い分けて国民が解釈しているとことと、外国の人が解釈することの違いが生まれる事を、メディアもどしどし取り上げ、国民に紹介してほしく思う。

それと同時に、先制攻撃をして平和を守るを積極的平和主義。武器輸出のことを防衛装備移転。兵站のことを後方支援などなど、わかりやすい言葉をわざと難しく言い回しているように思える。もっとも兵站は軍事専門用語だから、後方支援のほうがわかりやすいかもしれないが、兵站とは兵器や食糧などの管理補給に当たることと辞書にでている。ならどちらかというと軍事物資補給と明確に言った方がわかりやすいだろう。

この言い換えは、安保法に関した事だけでなく、他の日常的なことにで、政治家や官僚などがよく目的を達成するため、国民に分かりづらくするためにつかう手段です。
ここでも、メディアはこの言い換えた言葉をわかりやすく解説することを、どしどし取り上げ、国民に紹介してほしく思う。

「人生を変える読書」 美達大和

「人生を変える読書」 美達大和

   「人生を変える読書」 美達大和

美達大和は「死刑絶対肯定論 新潮新書」を書いた著者です。美達大和は現在2件の殺人事件で終身刑で服役しており、仮釈放を放棄し、処世を遁世し刑務所の中で読書三昧にふけっている。私は、罪を犯した事に対して、このような生き方はっよいは思わないが。ただ、美達大和の生い立ちや、犯罪を犯したころの考え方などをみると、このような選択もあるのだと思うが、それは一つの出家遁世のようなものと言える。
しかし、この美達大和が膨大な数の本を読んで、42冊の感想と推薦の文書を読むと、過去の罪の背負い向き合い方を変えてみてはどうかと思う。
ただ、この本の痕が気に自分は将来、親のない子供たちの養護施設をつくり、一般家庭上の環境と高等教育を施せるようにしたいといっている。

それはともかく、全部で7章に分けて42冊の本のなかで、私がすでに読んだ本もあれば、また、読んでみたいなと思う本もある。

美達大和は、父はワンマンで非常に厳しく育てられ、つねに勉強も喧嘩も一番でないと許さない人だっとと書いている。そして、美達大和は父の願いを叶えている。しかし、そのワンマンに母親が疲れ家をでていき、父親は仕事をしなくなり家にも帰ってこなくなた。そこで美達大和は孝行を中退して、営業マンとして働きだし、20歳で支社長となり、21歳で独立して金融業、不動産業、外車販売と会社をおこします。もともと、頭も良く会社を経営するだけ、知恵を働かせて物事を処理する能力を持っている人と言える。それだからこそ、殺人事件を起こすが、美達大和は裁判と服役中の本を読む中で変わって言ったといます。

美達大和は本の中で「当時は相手の行為を自分の側からしか見られず、狭量で硬直的な思考だったため、動機は間違っていないと思っていたのです。しかし、やったことの責任を取る覚悟で、弁護士の先生たちには、「死刑でもいいから、是非をはっきりさせたい」と言って言っていたのでした。
それが無期懲役となり下獄したのですが。裁判も後半になって、自身の誤りに気づき始め、また父の死の契機に、出所せずに獄の中で終わろうときめたのです。」と書いています。
わたしや、美達大和の冒した罪を詳しく知らないが。殺人事件を起こすが、無頼漢ではなく自分の中での正しくないことを許されなくなり、殺人という確信犯を起こしたとようです。

本書では、犯罪を犯してしまった人の読書感想というか推薦文です。そこには、社会のエリートや品行方正な人の書いたありきたりの、書評とはまた違ったものがあることを見つける事ができ留といえる。

「ゲゲゲの鬼太郎」の作者・水木しげるさんが死去

「ゲゲゲの鬼太郎」などで知られる漫画家の水木しげる(みずき・しげる、本名武良茂=むら・しげる)さんが30日午前7時ごろ、心筋梗塞のため東京都内の病院で死去した。93歳。

    戦争と読書 水木しげる出征前手記

「戦争と読書 水木しげる出征前手記」を読んでいると、テレビのテロップが流れ、水木しげる氏の訃報が流れました。
新たに発見された水木しげる出征直前の手記を完全収録!『戦争と読書』

内容は、出征前の人生に対する苦悩が綴られています。

目次
第1章:水木しげる出征前手記
第2章:青春と戦争
第3章:水木しげるの戦中書簡
第4章:年表・水木しげると社会情勢

『戦争と読書 水木しげる出征前手記』角川新書 水木しげる・荒俣宏

記事の追加

12月1日、 今日の新聞、水木しげるさんの、記事がのっています。
水木しげると言うと、妖怪マンガがすぐに思いつきますが。
自分の戦争体験をもとにした、漫画も多く残しておられます。
・水木しげるのラバウル戦記
・敗走記
・白い旗
・総員玉砕せよ!
・ヒットラー
・コミック昭和史 全8巻
などなど

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七つのファシズムの成立要件条件

「開戦前夜」のファシズムに抗して さよなら安倍政権批判plusオルタナティブで、鹿児島大学の木村朗教員が、七つのファシズムの成立要件条件に付いてかいています。

私なりに、それを解釈して書いてみました。

七つのファシズムの成立要件条件
1、経済から社会の分断・二極化により、失業と貧困が増大し、貧富の極端な格差拡大が起きる。今までの雇用関係が崩れ非正規労働者・貧困層が増え、一握りの勝ち組の富裕層と負け組とされる大多数の貧困層の社会の分断・二極化か進んでいる。

2、政治の機能不全で、衆参の国会で与野党が一強多弱のになり、それにより、民意が反映されずと言うより聞き入れられていない。自民党は党執行部が絶対的に権力を握り支配している。それにより、自民党は派閥が百家争鳴していたのが、異論を許さない独裁政党になっている。

3、報道機関であるメディアの劣化により、国民に情報を流すという機能が働かなくなっている。
メディアは権力を監視し批判する、本来の役割を放棄しているばかりでなく、メディアは権力の意向を忖度し、政府や与党の広報機関になってしまっている。

4、司法が政権を忖度したり、当時福島県知事の佐藤栄策久氏や、美濃加茂市長藤井浩人や、小沢一郎の強制起訴など、検察や司法の暴走などがあり、冤罪や誤判があり、これは、司法が個人の人権を守るべきであるのに、日本の司法が、人権感覚が欠如している現れとも言える。

5、教育への国の関与が強まっていること。国立大学への介入や、教育現場で君が代・日の丸の強制、若い人が今まで日本の伝統的倫理観が崩れているとして、初等中等教育で、道徳の時間を教科化していく。教員免許の国家試験による教員資格認定制度。大学では、軍学産による共同研究などがある。

6、政治にさめてしまい、国の暴走に対して、声を上げなかったり無関心を装ってします。また、ヘイトスピーチなど、拝外主義的なナショナリズムや、大阪に見られるポピュリスムの台頭してきている。

7、世界から見ると、日本は右傾かしてりうと見られている。しかし、今の政権はますますそれを押し進めようとしている。このことは日本が国際的な孤立化しかねないです。

今の日本を見ると、経済の面では大企業は収益を増やしているが、中小零細企業は大企業への納入価格を抑えられて、収益を伸ばすことができず、大企業と中小零細企業の格差が広がっている。
政治の面では与党と野党は一強多弱で、決められる政治だと言うが、民意を無視した強引な政権運営で、政治の劣化と反知性主義ははびこっている。
報道機関は政権を握る政治家が、自分たちに反対する新聞は懲らしめないといけないと言ったり、報道の担当者を呼び出し事情聴取をされたりすることにより、報道側が自主規制したり、政権の移行を推し測ったりしている。そのため切れ味がいい、政治批判の記事や番組が少なくなってきている。
国立大学の卒業式などに、国旗の掲揚や国歌斉唱を強制したり、文化系の学科の見直しを迫ったりしている。学校教育での道徳の教科化がされ。国の期待される人間像教育が強まっていきそうです。
そして、政府の派遣労働法や労働時間の制度の見直しなどにより、非正規社員が増え国民が政治に関心を持つ余裕が奪われて、国民は政治にさめてしまってい、政府の言うことを鵜呑みにしてきいる。

など、すでにファシズムの土壌ができあがり、いまの政権は民意を聞き入れると言いながら、強引な政権運営はなんと呼べばいいのだろうか。

「開戦前夜」のファシズムに抗して 

「開戦前夜」のファシズムに抗して さよなら安倍政権批判plusオルタナティブ
かもがわ出版
2,160円

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安倍晋三は、オリンピック誘致のときに、「アンダーコントロールされている」と、世界中のだれでもが嘘だとわかることを大見得をきてつき。国民の大多数が反対している特定秘密法を強引に成立させ、憲法の捻じ曲げ解釈をし、集団的自衛権は合憲と閣議決定し。さらに、それによる米国との安全保障関連法をも強引に可決させました。
また、NHK会長に自分の考えの近い人を送り込み、日銀の総裁も同様な人事をして、日銀の独理性が危ぶまれています。また、財閥など産業界には法人税を引き下げ、労働者派遣法は、働く者の立場に立ったものではなく、より企業都合のよい法律に改悪しました。福祉の充実も先送りどころか引き下げの方向で進められています。

しかし、これらのことがあっても安倍自民は国会で安定多数をしめています。また、それぞれの自民党の政策には反対でも、先の民主党政権の失敗のため、他に変わる政党がいないからと、自民党を支持する人もいます。
これらのことに、危機感を感じた各界の論客が、アベ政治は何かを解き明かしこれから、私たち国民はこれからいかに、今のアベ自民党と向き合ったらよいかが書かれています。

目次、
安倍的全体主義はどこから来てヽどこへ行くのか      山口 二郎
「熱狂なきファシズム」に抵抗するために         想田 和弘
「管理ファシズム」と現代日本政治             熊野 直樹
「日本会議」のルーツと国家神道              成澤 宗男
多くの歴史的過ちは、こうして始まった          森 達也
安倍首相とは何者なのか                 白井 聡
「民主主義を装ったファシズム」の危機に直面する日本社会 木村 朗
原ファシズムの兆候を呈す安倍政権の排外主義と言論統制  海渡 雄一
「民族根絶やし」の危機                 川内 博史

新しい道徳

北野武と言えば、人知らぬ「ビートたけし」ですが、この人が『新しい道徳』と言う本をだしました。

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ビートたけしの売りと言えば、反道徳的な即興で人を笑わせ引きつけるコメディーで人気を博していた。
それにより、人によっては反道徳は、コメディアンとのレッテルを貼る人もいるようです。

しかし、このを読んでいて本当の道徳とは何かを、考えさせられるものです。
いま、文部科学省は今までの道徳の時間を「道徳科」にして教科書まで作ろうとしています。また自民党の憲法草案では、国民はこうあるべきだと、国定道徳のような匂いがしてきます。

内容はビートたけしらしい切り口で、いまの世の中のあり方について語っています。
まずは、道徳の時間で使われている、教材の内容からはじまっている。
小学校1、2年生に「自分をみつめて」とか、「いちばんうれしかったことを書きなさい」と問うて、どれだけの意味があるのか。小学生1、2年生からそのような問いをすると、模範解答を促すようなもので、嘘をつくなといいながら、嘘をつけと言っているようなものだとしている。
そこには、人それぞれ自由闊達なものを封じ込めてしまうのではないだろうか。
「子どもたちに、正直にいきろとか、世の中みんなと仲良くしょうなんて、真面目くさって教えることにどれだけの意味があるのか。子どもはいつかそういう夢みたな話が通用しない現実の社会に出ていかなくてはならないのだ。」といい、金科玉条みたいなことを教えるのはやめた方がいいとしている。

「子どもに友だちとなかよくしましょうというなら、国と国だって仲良くしなくてはいけない。子どもに「いじめはいけない」と教育するなら、国だってよその国をいじめてはいけない。武器を持って喧嘩するなって、もってのほかだ。」など、いまの大人社会や国際社会の現場を辛辣に批判しています。

私もそう思うのだが、さらに、あいさつをする、ゴミを捨てない、老人に親切にすなどは、道徳というより行儀作法であり、その人の美意識の問題だとして、授業で教えるようなものでないとしています。

最後に次の言葉を紹介しておきます。
「誰かに押しつけられた道徳に、唯々諾々と従う必要はない。時代を作る人は、いつだって古い道徳を打ち壊してきた。新しい世界を作るということは、新しい道徳を作ることだ」
自分の個人としての倫理観や道徳観が大切なものであり、それは押し付けられるものでも、上から命令されそれに従うものでもないはずです。ここに北野武の道徳観があらわれていると思います。

また、そのことを考えながら、現行憲法と自民党草案の13条と見比べると道徳間の違いが判る。

「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」「全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。」

どちらが現行憲法で、どちらが自民党草案か分りますか。

前者が日本国憲法であり後者が自民党案です。自民党案では個人の尊厳より、公益や秩序が優先され時により個人より国体などの方が優先されるとも読み取れます。
そこで、この本は、個々の人は押しつけられた道徳に、唯々諾々と従うことはないと言っています。しかし、それは何をしてもよいとうのではないです、公共の福祉に反することは、当然法律で罰せられます。それにより秩序が保たれるし、その秩序が理不尽なら裁判で訴えることができます。

ハトはなぜ首を振って歩くのか

岩波科学ライブラリー 237「ハトはなぜ首を振って歩くのか」藤田祐樹


    ハトはなぜ首を振って歩くのか

公園などでよく見かけるハトを、見ていると首を振って歩いています。には鳥なども首を振ってあるいている。スズメはピョコピョコ両足で飛んで移動するので首を振らないです。
この本をよんでいると、実はハトが首を振っているように見えるのは、歩くときに頭の位置を固定して、身体を頭に引き寄せて移動しているからだそうです。
ハトは人間のように、両目は前についているのでなく、頭の両側についています。移動するとき、人は両目が前に付いているので、両目が合う前方の視覚が160度ほどです、前の景色がぶれないです。しかし、ハトは両側についていて、前の視覚が22度ほどです。逆に横の視覚の方が広く、片側170度ほどあります。そのため横を見ながら移動しているので、景色がブレてしまうので、目の位置を固定するために、まず、頭をズートー前に出し、身体を移動させるのに、頭の位置に引き寄せて歩くのです。

なかなか、面白ことがこの本には書かれています。人の歩き方との違いや、ペンギンは他の鳥とは違い、胸が地面に対し垂直で人の立っている姿に似ているようにみえます。しかし、実はペンギンはいつもしゃがんでいる。つまり、相撲の基本中の基本練習で、中腰の姿勢で上体はまっすぐ起こし、身体が上下左右にブレないようにして移動しています。この歩き方は大腿筋、大臀筋、腹筋、背筋が鍛えられ、太ももパンパンになってしまします。ペンギンのあのよちよち歩きは、可愛く見えても大変辛いもののようです。
他にも、魚や爬虫類などは、身体を左右にくねらせて歩くが、脊椎動物の多くは、身体を上下に上げ下げして移動する。などなど、人と鳥の違いなどがわかりやすく興味深く書かれている。

他に私の持っている本で、「ヒトはなぜ坐れるのか?」藤澤宏幸 北樹出版 なども面白いです。

    ヒトはなぜ坐れるのか?
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 安倍首相の愛国心とは
    本当に教員? (09/10)
    興味ある内容なので拝読したが「教育勅語」を親孝行等の道徳ではなく戦争に洗脳させるためだとか思い違いも甚だしい。
    貴方が現役の教員であれば授業中が退屈で眠気が襲っ
  • トランプは白人至上主義者か
    アジシオ次郎 (08/07)
    おはようございます。

    アメリカにおいてまた立て続けに銃乱射事件が起こったけど、テキサス州・エルパソでのケースは容疑者がヒスパニック系に対する憎悪感丸出しの書き
  • 商業捕鯨に思う
    竹林泉水 (07/11)
    調査捕鯨のための捕鯨業者への補助金は、毎年数十億だときくが、商業捕鯨になればそれはカットされるのだろうか。商業捕鯨で補助金を政府がだしていたら、反捕鯨団体はどう
  • 商業捕鯨に思う
    アジシオ次郎 (07/08)
    おはようございます。

    IWC(国際捕鯨委員会)を脱退して今月から商業捕鯨を再開した日本、組織として機能していないIWCへの反発から脱退して商業捕鯨再開に至った
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    竹林泉水 (07/05)
    菅官官房長官は徴用工問題に対する報復ではないとの趣旨の発言をしている。
    しかし、誰が見ても徴用工に対するもににしかみえない。
    それを白々しくそうではないといい、よ
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    アジシオ次郎 (07/05)
    おはようございます。

    韓国への半導体輸出規制という措置に踏み切った日本、でも韓国が徴用工問題を蒸し返すという日韓請求権協定に反する行為をしたことで、その見返り
  • 日本の報道の自由
    竹林泉水 (06/17)
    コメントありがとうございます
    まったくそう思います。
    民放は広告収入元のスポンサーからの収入があるので、その顔色を見るからしょうがないにしても、政権の顔色を見る必
  • 日本の報道の自由
    風と雲 (06/10)
    政権に不都合なことは隠す、曖昧にする、知らしめない。これは政権が世論を最も恐れっるからだ。現政権は硬軟取り混ぜた巧みなメディア操作と中身の無いパフォーマンスが功
  • 日本の報道の自由
    アジシオ次郎 (06/10)
    おはようございます。

    こういう指摘についてすぐに「内政干渉だ!」って反論も出てくるけど、日本の報道の自由度というか報道が健全かという点において先進国において❝
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