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気になっている言葉

佛遺教経
足知の者は貧しと雖も富めり、
不足知の者は富めりと雖も貧し

孔子
足を知ること知る者は心安らかなり

ホセ・ムヒカ
貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ

最近の経済がグローバル化し、新自由主義経済と一国第一主義、保護主義経済などをみていると。
富めるものはますます富を集め、その集塵力も強まっている。

岡倉天心
もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。


これから、人として個人の自由を自覚して生きていくために、無限夫欲を捨て、足を知り、エレクトロザウルスに支配しうる能力を付けられるのか。付けられないならエレクトロザウルスから離れることを選べる選択肢もあってほし。

志村史夫
あくまでも、エレクトロザウルスを調教し支配するのは人間である。しかし、またわれわれが、エレクトロザウルスを支配すべき人間であることを自覚し、それを支配し得る能力、知力を身に着けない限り、われわれ自信がエレクトロザウルスに支配される可能性があることも否めない事実である。(砂からのエレクトロザウルス)

論語
其の鬼に非ざるして之を祭るは諂うなり、義を見て為さざるは勇無きなり

マハトマ・ガンジーの言葉

マハトマ・ガンジーの言葉

ガンジーは、非暴力・非服従闘争で独立運動を進め、インド独立の父と呼ばれています。

「あなたがすることのほとんどは 無意味であるが
 それでもしなくてはならない そうしたことをするのは
 世界を変えるためではなく 世界によって自分が 変えられないようにするためである」


第一次の統一地方選挙の投票もまじかです。先の衆議院選挙は選挙戦の争点がないのに、議会が解散されてのもので、投票所に行かず棄権してた人が多くいました。
それにより、国の政治に無関心な人が多くなり、押しなべて世の中の雰囲気が一つの方向の押し流されているようです。
世の中の流れがどのような方向に流れようとも、自分もそれに押し流されないようにしたいです。ましてや自分自身の真意が分らなくなり、その世の中の方向を自らが推進するよう人にはなりたくないです。自分の意見を持ち他人の意見も聞き入れ、その違いを互に認め合い考え合って、いくことが大切なことだと言えるでしょう。

貸せば金と友両方ともに失い、借りれば倹約の心が鈍る

金は貸すのも借りるのも、罷(まか)りならぬ。貸せば、金と友、両方ともに失い、借りれば倹約の心が鈍る。
シェイクスピア『ハムレット』

経済が発展してくると、物作りが産業をのばす時代から、金を動かす金融至上主義になった今の世の中では、借りて貸して金を動かさないと、世の中が廻らなくなってきている。そして、戦前亜節約節約と言っていたが、今は国民に国のために浪費しろというように消費を促がしている。また、少額の金融取引をなけなしでためた国民の預金を、産業発展のためと使わせようとしている。

そのため、老後のための預金や倹約の心は、経済発展のために邪魔になると言わんばかりです。

そのような今の世の中では倹約を「為すべきか為さざるべきか」迷うところです。
しかし、私は始末の極意というか、いま自分の目の前にある物は、食べ物も工業製品も100均の商品もすべて、多くの人の手がかかった物だから、それを粗末に扱うのは忍びないです。また、
大根の葉を料理に使ったり、大根の皮をぬか漬けにしたり、細く切って塩もみをして鰹節子かけて酒の肴にすうる。などなど、食べ物はできるだけ捨てることなく利用して食べたいものです。折角人間に食べられるために、作られ育ってきたので、何でもかんでも簡単に捨ててしまうのは申し訳ないです。

話は、全然違う方向に進んでしまったが、金を疎かに考え扱うとすると、自分の思考まで鈍ってしまうのではないだろうか。

それはともかく、「貸せば、金と友、両方ともに失い、借りれば倹約の心が鈍る」まこと言い得ていることだと思う。
したしい中では金の貸し借りはしない方がよいとよく言われる。貸した方は恩を売ることになり、借りた方は引け目を買うことになる。そして、お金の督促もしにくいので友を無くしてしまうことになる。
もし貸すなら、投資としてするのがよいだろう、投資するのだから相手に目論見書を書かせて、その返金計画や利益が出た時の配当計画も明らかにさせておくべきだろう。これが貸借とするなら相手が返せない時は、相手の財産を差し押さえすることになり、二人の友としての関係は崩れてしまうでしょう。投資なら相手が返済できないことのリスクも覚悟の上だからあきらめもつくでしょう。


ハムレットのなかで、いつも議論される一つの言葉を思い出した。

  [To be,or not to be  That is the question.]

  [在るべきか、在らざるべきか それが問題だ]

  [貸すべきか 可さざるべきか それが問題だ]
  [投資すべきか 投資せざるべきか それが問題だ]

チャーチルの有名な言葉

5日に、 ウィンストン・チャーチルの有名な言葉を紹介しました。彼はジョークが上手な人でも有名でした。

チャーチルの名誉のために他の、彼のよく知られた言葉をいくつか紹介してみます。
「正直であることは立派なこと。しかし正しくあることも大事だ。」
「資本主義の欠点は、幸運を不平等に分配してしまうことだ。社会主義の長所は、不幸を平等に分配することだ。」
「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。」
「私はいつも前もって予言をするのは避けることにしている。なぜなら、事が起こった後に予言する方が優れたやり方だからである。」

最後に、ある女性議員がチャーチルに「もし私があなたの妻だったら、あなたの飲む紅茶に毒を入れるでしょう」と皮肉を言った。それに対してチャーチルは「もし私があなたの夫だったら、喜んでその紅茶を飲むでしょう」と応えた。


もう一つ、「仏弟子の告白」から

もう一つ、「仏弟子の告白」から。

・わたしは、生まれを誇り、また財産と威勢とを誇って陶酔していた。わたしは、身体の形態と容色をひとえに誇っていた。
・自分に等しい者はだれもいないし、また自分よりすぐれた人もいない、と、わたしは考えていた。自分こそすぐれているという慢心に害なわれた愚か者で、しかもおごり高ぶって傲慢であった。
・母をも、父をも、また尊敬されるべき人々と一般に認められている他の人々をも、わたしは敬礼することをしなかった。ーー慢心に高ぶり、敬意をしめすことなく。
・光り輝く太陽のように修行僧の群れから敬われている最上の指導者、最上の御者(ブッダ)を見て、
・わたしは慢心と傲り高ぶりを捨てて、清く澄んだ心で、万人のうちの最上の人の両足に頭をつけて敬礼した。
・自分がすぐれているという慢心も、他人が劣っている軽蔑する慢心も、捨てられ、すっかり根絶された。われはこれこれのものであると思う慢心も断絶された。あらゆる種類の慢心が滅ぼされた。
       王家司祭者の子であるジェンタ長老
            「仏弟子の告白 岩波文庫」

ときどき、このジェンタ長老が悟りを開く前の政治家がいるものです。選挙で当選してジェンタ長老のように、光り輝く指導者に会えばよいのです。しかし往々にして選挙に当選したのは、市民からの洗礼を受けたのだと傲る人がいます。
そのような人が一人ぐらいなら影響は少ないでしょうが、しかしそれは、段々と周囲に感染していきその傲りが広がっていくようです。

だから、気のあう友達ばかりを周りに固めるのでなく、時には諫言をしてくれる人を常に選んでつき合い、間違った方向に進まないようにしたいものです。

見えないときに、ないと考えるのは?

海のほか何も見えないときに、陸地がないと考えるのは、けっしてすぐれた探検家ではない。
フランシス・ベーコン「学問の進歩」

目先のことだけに目を向けて、短期的なことだけを考え、物事を進めるのも必要でしょう。
しかし、状況が改善されたからといって、それに安堵してしまい有頂天になり、それだけに終始してしまってはいけないです。広く視野を広げて、長期的な展望で物事を押し進めないと、子孫に後戻りのできない、多大な負担を強いることになってしまいます。

捻れているからと決められないからといって、
96条改正の他に何も打ち出さないのは、
けっして優れた政治家ではない。

衆参の多数を持つ議席数が与野党で違うことについて、誰がねじれといったのだろうか。ねじれていることを悪の根源のように、一部の人は言うが決してそうではないはずです。
その衆参の議席の違う中で如何に、議論をするかしないかで民主主義としての決定を下せるか下せないかが問題になるのではないだろうか。

次のような言葉があります。「広く会議を興し、万機公論に決すべし」そして、「上下心を一にして、盛に経綸を行ふべし」といっています。この言葉を現代的に解釈して政治を行って欲しいものです。この言葉を誰が何時、発せられたか、96条改正を推進されている方はよくご存じでしょう。これで以上はなすのは釈迦に説法かもしれないので話は終わりにします。

テーマ : 哲学
ジャンル : 学問・文化・芸術

この世に客に来たと思へば

伊達政宗は、次のように言い残しています。

一、仁に過ぐれば弱くなる 義に過ぐれば固くなる 礼に過ぐれば諂となる
智に過ぐれば嘘を吐く 信に過ぐれば損をする
一、気長く心穏やかにして よろずに倹約を用い金銀を備ふべし
倹約の仕方は不自由なるを忍ぶにあり この世に客に来たと思へば何の苦しみもなし
一、朝夕の食事はうまからずとも褒めて食ふべし元来客の身に成れば好き嫌ひは申されまじ
一、今日行くをおくり 子孫兄弟によく挨拶して 娑婆の御暇申すがよし。


他を思いやり、いつくしむ心は大切ですが、その度が過ぎてしまうと、周囲の流れに押し流されてしまったり、巧言令色鮮しになってしまい道を誤ってしまうでしょう。
道理や筋道に厳しすぎれば角が立ち、周囲の関係も気まずくなってしまい、事を成し遂げるのも難しくなってしまう。

相手の人に対して社会の習慣やしきたりなどを重視しすぎると、媚びへつらうことになってしまう。

そして伊達政宗さらに次のように言っています。
あまり焦らず心穏やかにするのがよい。そして今の快楽にふけるより、飢饉の時などのために日頃から倹約をするのがよい、倹約も便利さだけを追い求めるのではなく、その不自由をつらい思いを受け止め耐える心が必要である。客人と招かれていたらその接待に一地文句などいえないのでそれを受け入れるのと同じことだと思えばいい。

朝夕の食事も酒池肉林ではなく、質素にし粗食でいるのがよい、これも客人と思えばいい。

毎日、誰とでもよく挨拶を交わし、今日の一日一日が最後と思ってその時々を大切にするのがよい。


特にこの伊達政宗の遺訓でおもしろいと思うのは、「この世に客に来たと思へば何の苦しみもなし」だと私はおもいます。
なにも、今を贅沢に我が儘に振る舞わないで、我を自重して控え目にしていく心の持ち方が大切なのでしょう。

テーマ : 日本古典・名言
ジャンル : 学問・文化・芸術

たのしみは・・・ 獨樂吟

江戸時代の末期に、国学者の橘曙覧の歌集に獨樂吟がありあす。
いまの、この豊かなハイテクの時代には、いささか時代遅れで黴の生えた歌ですが、そのなかには、心の本当の豊かさが醸し出されている言葉が綴られています。

その中からいくつか、こころひいたものを上げてみます。
獨樂吟  橘曙覧
・たのしみは草のいほりの筵敷ひとりこゝろを靜めをる時
・たのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふ時
・たのしみは雪ふるよさり酒の糟あぶりて食て火にあたる時
・たのしみは炭さしすてゝおきし火の紅くなりきて湯の煮る時
・たのしみは庭にうゑたる春秋の花のさかりにあへる時々

この句を一つ一つ読んでみると、「貧すれば鈍する」という言葉がありますが、決してそのようなことはなく、貧していても心の持ち方、心の向け方で、生き方というのは豊になり、些細なことの中にでも豊かなものを見いだし、楽しみを見つけることができるものだと思います。


たとえ物質的な文化が豊かでなく、その日暮らしの貧乏でも、心豊かな人はたくさんいます。いや、その人の方が本当の意味で、心豊かな人が多いのではないでしょうか。
日本やアメリカなど物質的に豊かなになり、富も増えてくるとそれを目当てに犯罪も増え、さもしく強欲になりはて業苦にあえいでいる人がいかに多いことでしょう。

しかし、アフリカやアマゾンの奥地や貧しい東南アジアの国など、未だ西洋風の近代文明文化があまり及んでいない地に行った人の旅行記などを読むと、その地の人々と接すると、心優しく、心豊かだという体験談がよく書かれています。
今の日本人は、電気や水道がなければ一日たりとも暮らせない人がほとんどです。しかしその現地の人たちは、電気もガスもな水道もない暮らしをしていても、心豊かで今の自分たちの生活に満足しています。自分たちがそれらを求めていないので、電気もガスも水道もない生活のままで十分で、他人と争うことも、羨むことも憎むこともなく心豊なのでしょう。
本当の豊かさは物質的なものでなく、そのいま生きている地といかに一つになって過ごし、満足しているかと言うように思えます。

そのようなことを考えると先進国の人はそのような貧しい国々の地域に、近代的な豊かな文化を援助支援しようとして、現地で支援活動などをしています。物質的な価値観や所有権などの概念を植え付け、近代的な生活ができるように活動し取り組んでいます。しかし、その結果いままで人々のこころひろくにあった心優しさ、心豊かさが消え去っていき、物欲を貪ったり争いが絶えなくなってしまっているところが多くあるとききます。

最後にもう一度 二つの句を。
・たのしみは草のいほりの筵敷ひとりこゝろを靜めをる時
荒ら屋の庵にムシロを敷いて、そこで独りぽつん坐り、今日の一日を振り返り物思う。心静かに自分を振り返るのもよいものです。

・たのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふ時
明日食べる米がないと嘆くのではなく。米櫃に米が入ってときに明日も白い米が食べれるというその喜び、大切にしたいものです。

テーマ : 日本古典・名言
ジャンル : 学問・文化・芸術

石もダイヤもみな宝

「石もダイヤもみな宝」
石は石でいい、ダイヤはダイヤでいい
大事なのは、その特長を早くつかみ、適材適所に配慮することである
そうすれば、石もダイヤもみな かけがえのない宝になる。


日めくりカレンダーに書かれていた言葉です。
本多技研の創始者である本多宗一郎の言葉だそうですが、どのようなときに言ったことばか、分かりませんでした

この言葉の中に二つの意味合いを感じます。
本多技研といえば、今の世界的自動車メーカ「ホンダ」ですが。はじめは小さな町工場で、自転車に発動機を付けて売り出したことから始まりました。
そして、この人の経営哲学や経営方針はべつとして。人を雇用する上での大切なことが込められていると思います。そして、それは人を教育し指導し育てることにも言えることです。

人にはそれぞれの能力には差があり、その差を見抜きその能力に応じて、仕事を割り与えなくてならない。


そして、もう一つは簡単にその人が、能力がないと決めつけて、解雇しないことの大切さもいっていると思います。そのことは、従業員を家族と思え自分の子を心配するようにその、従業員の生活を心配し責任を持たないといけないと言っているのではないかと思います。

耕雲種月

耕雲種月

仏教の教えでよく聞くことばです。この意味は「雲を踏んで耕し、月をいただいて種を蒔く。苦労をいとわずに修行精進に励むこと」といわれています。

「晴耕雨読」という言葉があります。「晴れた日には畠を耕し、雨の日は書を読む。隠居して生活に困らないい悠々自適な生活の願望」をあらわしたものです。

この二つの言葉、「晴耕雨読」は理想の願望の姿ですが、上の「耕雲種月」は修行の厳しさを厭わずに励まないと解脱しないものであることをいってます。しかし、巷の人は定年での年金生活になっても、先行きが見えないなか、なかなか「晴耕雨読」とはいかないものです。そして、引き続き働いたり、新たな生活のための仕事も見つからないです。
そして、歳をとって幾つになっても修行修養とは関係なく、雨の日も雪の日も朝から晩まで働き続ける「耕雲種月」で暮らさないといけないのが現実です。その働く仕事もなかなか見つからず、幾つの歳になっても働き続けると、若い人たちの活躍すべき場所を奪ってしまいます。


愚痴を言うのはやめにしようと思います。歳をとって貧しくても在る程度の、「晴耕雨読」の生活ができるなら、自分の在処を見つめ直してみるのもいいかもしれません。
「脚下照顧」という言葉があります。自分の足下をよく視て反省して注意せよ、真理を外にではなく自己自身の内に求めよ。ということです。今の貧しくてもエレクトロニクス技術のつけられた生活を見直し、生き物としての人として、科学技術のもと楽に生きるのではなく、不便でも自然とどのようにともに生きるかを考えてみたいです。

若いとき利潤追求で仕事をしていると、つい足下を視ること疎かにして見るだけに終わってしまします。歳をとり在る程度余裕がでてきたら、欲を出さずに「吾唯知足」で己自身と世の中を見つめていくことができればと思います。

テーマ : 日本古典・名言
ジャンル : 学問・文化・芸術

歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。

希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
魯迅『阿Q正伝・狂人日記 他十二篇』


道はどうしてできて言ったのでしょう。はじめ何もないところに、小さな動物が通り草が踏み倒され。何度もそこを通るうちに道がはっきりしてくる。また、そこをそれより大きな動物が通ることにより、低いところの枝などが折れて、道がよりはっきりとしてくる。そこに、人が通ると高いところの枝が、刈り取られ、より人が頻繁に通るようになり道になってくる。そして、そこまでくると、人が通ると道は多くの人の労力で整備されて、立派な道になっていくものです。

そして、そのように人の労力で整備され人が頻繁に通るようになると、一番最初に道をつくった小さな動物は、その道を通ることを避けるようになるでしょう。
しかし、そのようにできた道も一度、その道を整備した労力を忘れ怠ったり、人が通らなくなったりすると、草がはえだし次第に草木はおい茂り、道は埋もれてしまうものです。そして、再び獣だけが通る道になってしまう。何かの事情で獣も通らなくなると、その道も無くなってしまう。

しかし、現代の道をつくるときは、そのような段階を踏まえて作られのではなく、発破を炸裂させブルドーザーなどの重機で、山を切り開きアスファルトで土を覆い、草木も生えなくしてしまいます。


魯迅は『阿Q正伝』のなかで、希望を道にたとえて、みんなが願いそれに向けて努力することにより、その願いがかなえられる道ができ、それをみんなで通りさらに努力することにより、それらは現実のものになると言っているのでしょう。
しかし、道がいったんできあがるとその道をつくった労力を忘れてしまい、その道を維持するのも怠ったりしていしまいます。それは、江戸時代のようにそこに住んでいる住人がつくるのでなく、国や地方自治体などが他人の力で発破やブルドーザーなどの重機でつくり、与えられた道ならなおさらその道を維持しなければならないという意識はなく、維持しなければいけないということを知らないままです。

それと同じように自分たちの力で勝ち取り培ったことによって、希望を実現させたものもができあがり時間がたつと、それが空気のようになりその必要性を感じなくなってしまうのです。それが、一番怖いことで多くの人が努力して築き上げてものを、通らなくなった道のように消えていくことです。

私の、近くに秋になると毎日道を竹ぼうきで掃いて、落ち葉をかき集められている方がいます。その方がおられる周囲の道はいつも綺麗です。しかし道の筋が変わると、落ち葉がたくさん落ちています。現代の整備された道もこのように、小さな小さなこのような手入れも必要でしょうね。

いま、日本の社会は社会保障などが充実して、希望がかなえられていると言えます。そして、その希望を今後も維持するには、人々の一人一人の努力が必用と言えます。それには、応分と負担も必用です。それより有ることが当たり前という感覚になってしまうと、その希望は崩壊してしまうでしょう。それらの希望がなくならないように、皆はその負担を背負う努力と、その希望を守り維持させるたことを守る努力をつづけなくてはいけないでしょう。

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

マハトマ・ガンディの七つの社会的罪

インド建国の父と呼ばれた、マハトマ・ガンディの言葉です。

私が小学校のころの教科書に、非暴力抵抗運動の指導者として紹介されていました。偉大なインドの指導者だけでなく、世界の偉人として教わりました。また私の尊敬する人の一人です。

その、マハトマ・ガンディの七つの社会的罪とする戒めの理念です。
・理念なき政治  ・Politics without Principles
・労働なき富   ・Wealht without Work
・良心なき快楽  ・Pleasure without Consience
・人格なき学識  ・knowledge without Character
・道徳なき商業  ・Commerce without Morality
・人間性なき科学 ・Science without Humanitiy
・献身なき信仰  ・Worship without Sacrifice


これを見ていてかつて日本人がかつて忌み嫌ったものそのものです。しかし、今はこの多くが当てはまる政治家が多いように思います。

もう一度このマハトマ・ガンディの言葉を授戒してみてはどうかと思います。
いや政治家だけでなく、人としても真摯にいきる上では戒めないといけないmのだと思います。そして、真摯に生きるには心に余裕がなければ、なかなかそうなれないものです。心に余裕をつくるには、心を豊かにしなけれが、迷いに負けて余裕が無くなってしまいます。心を豊かにするには、人から愛されることだと思います。人から愛されるには、人を愛さないと人からは愛されないでしょう。

なんだか、メビウスの輪のようになってしまいましたが、上の七つの戒めを噛みしめたいと思います。

 天に向かって矢を射ても、 その勢いがなくなり、 必ず落ちてくる。

天に向かって矢を射ても、 その勢いがなくなり、 必ず落ちてくる。    
  白隠禅師    隻手音聲 


人間の善果は羨ましがることではない。「天に向かって矢を射ても、その勢いがなくなり、必ず落ちてくるようなののです。」裕福な環境に生まれたり、恵まれた環境であっても、それはいつしかは勢いを無くして、没落することもあります。  
今の恵まれた生活は、前世の善業から生まれたことを忘れてはならないです、今の善業や苦業が来世の富貴につながることを忘れてはならないです。  

にたような言葉に「天に向かって、唾を吐き」というのがありますが、これとは別なもので違いますね。
こちらは、「他人に悪言憎言を吐いたりしても、それは廻りまわって自分に帰ってくる」

「今日は死ぬにはいい日だ」"It's a good day to die" 

「今日は死ぬにはいい日だ」"It's a good day to die"   
アメリカインディアンの有名な言葉です。    
「潔く死ぬためには、潔く生きなくてはならない、そのためには日々の生き方は、悔いのない生活をしないといけない。」ということでしょうか。   

四字熟語に「人間(ジンカン)青山(セイザン)」があります。   
僧釋月性の漢詩「將東遊題壁」にでてくるもので、人間到処有青山で青山は骨を埋めるところです。
どこでも、精いっぱい働いて尽くせばい、骨を埋めることできる。 

また、山本常朝『葉隠』には「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり。」「我人、生くる事が好きなり」とあります。

また、大涅槃経には「生者必滅会者定離」(命あるものは必ず死に、出会った者は必ず別れることになるという意味。)とあります。

日本人は、このような言葉がすきですね。



りんとした気持ちでいれば、七呼吸の間に判断がついてしまうものである

「りんとした気持ちでいれば、七呼吸の間に判断がついてしまうものである。」     
山本常朝  葉隠

日本一の下足番になってみろ

下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。
小林一三 阪急電鉄の創始者

魚は自分が水の中にいることをどうやって知るのか?

魚は自分が水の中にいることをどうやって知るのか? 
水の中から出されてはじめて、魚は自分が水の中にいたことをしる。  
アメリカインディアンの格言

悪ししとも善しともいかに言い果てん 折々かわる人の心

悪ししとも善しともいかに言い果てん 折々かわる人の心
弘法大師

幸せに近づく一足づつ

何がしあわせかわからないです。 
本当にどんなに辛いことでも、 
それが正しい道を進む中の出来事なら 
峠の上りも下りもみんな 
本当の幸せに近づく一足づつですから 
宮沢賢治  銀河鉄道の夜 

智に働けば角が立つ

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
夏目漱石 草枕

私の前を歩くな、私の後を歩くな、

私の前を歩くな、私が従うとは限らない。
私の後を歩くな、私が導くとは限らない。
私と共に歩け、私たちはひとつなのだから。
「ネイティブアメリカン ソーク族の格言」

小さなこと

大きなことを出来る人はたくさんいますが、小さなことをしようとする人はごくわずかしかいません。
マザー・テレサ

千手千眼

葉一つに心をとられ候わば、残りの葉は見えず。一つに心を止めねば、百千の葉みな見え申し候。是を得心したる人は、即ち千手千眼の観音にて候
沢庵宗彭

日本一の下足番になってみろ

下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。
小林一三 阪急電鉄の創始者

楽しみということ、心配ということ

健康な人には病気になる心配があるが、病人には回復するという楽しみがある。
寺田寅彦 物理学者

自分の周りの空間

世界的に有名な選手は、自分の周りの空間を「自分のもの」にしている感じがあります。
名波浩 サッカー選手 (時速250Kmのシャトルが見える 光文社新書)

身体空間は広がります。野球選手はバットを持つとバットは身体の一部になり、バスの運転手さんはバスのボディーを自分の身体のように扱いますね。


科学は不思議を生み出すもの

科学は矢張り不思議を殺すものでなくて、不思議を生み出すものである。
寺田寅彦
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • これからの世界情勢
    アジシオ次郎 (05/15)
    こんにちは。

    移ろい易い国際情勢、韓国とフランスで大統領が代わり、欧米ではポピュリズムに訴えて支持を伸ばす政党が台頭するなど、予断を許さない状況ではあります
  • 安倍総裁のビデオメッセージ
    竹林泉水 (05/11)
    > 2006年に安倍晋三は「新しい国へ 美しい国へ」という本を書いています。
    これについて、追加です上記のタイトルの本は、2013年に増補として出されたもので、2006年の
  • 安倍総裁のビデオメッセージ
    竹林泉水 (05/11)
    2006年に安倍晋三は「新しい国へ 美しい国へ」という本を書いています。
    それを読んだらわかるのではないかと思います。
    70年前の日本を取り戻したいと思っているようで
  • 安倍総裁のビデオメッセージ
    風と雲 (05/07)
    安倍政権になってから、日本の国をどういう風にしたいのか、何が今の日本で足らないのか、不整備だとしているのかさっぱり分らない。70年間大きな過誤なしに比較的平和に
  • 今村氏の発言より二階氏のマスコミへの苦言
    竹林泉水 (04/29)
    > 自民党・二階幹事長のこの発言は「報道規制」につながりかねないが、自分たちに都合の悪い情報や報道を・・・・
    マスコミがこのことに対して抗議しないのは、すでに
  • 今村氏の発言より二階氏のマスコミへの苦言
    アジシオ次郎 (04/28)
    こんにちは。

    自民党・二階幹事長のこの発言は「報道規制」につながりかねないが、自分たちに都合の悪い情報や報道を抑圧しようとするのは客観性がない以前のもので、
  • 山本大臣の発言
    竹林泉水 (04/22)
    自民党の議席を多数とったことによる驕りと、下野に下った時のトラウマがあり、自分のすることが正しい思いこんでいるのでしょう。

    アメリカ追随が自民党の一部の反動的
  • 山本大臣の発言
    アジシオ次郎 (04/21)
    こんにちは。

    どうも閣僚や若手議員の不祥事が相次いでいる自民党、正直言って自分たちは政権与党だとか一強状態なことから慢心して周りが見えなくなっているんじゃな
  • 社会の管理化が巧みになり監視社会になるのか
    竹林泉水 (04/07)
    愛国者法での通信傍受は、国民は当初、イスラムなどのテロ犯罪者対象と思っていたが、アメリカ国民全員の通信が監視傍受されていたいいます。

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