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五欲の味の欲について

仏教で修行を乱すものとして、「五欲は得れど厭くことなしとして、遠ざけべきもの」としている。
この五欲とは、色・声・香・色・触をさしている。
そのなかでも味は、酒肉・珍肴・肥腴・津膩・甘甜・酸辣・酥油・鮮血等なりと指摘している。
一つ目の、酒肉とはもじどおり、酒と肉のことです。酒池肉林のなどはもってのほかです。酒は百薬の長と言うがもってのほかで、この二つ過ぎれば百害にあまりあるものになる。
二つ目の珍肴(ちんきょう)とは、珍しくて美味い御馳走のことです。珍味佳肴といってこれももってのほかです。
珍未とか悪食とかいって、変わったものを食べるのはどうかとおもう。中華料理にツバメの巣のスープやカエルやヘビなどの料理がるが、それに飽き足らずもっと変わったものを食べたり。アヒルに餌をあたえつづけ肝臓を肥大せ肝臓病になったアヒルの肝臓を食べるフォアグラ料理がある。いろいろ珍未を追い求めるが、カエルやヘビは私たちホモサピエンスの永い歴史では、ホモサピエンスが誕生した黎明期では、食べられるものは何でも食べていただろう。しかし、フォアグラや霜降り和牛など、半分アヒルやウシを生活習慣病にさせて食べるのはいかがかと思う。
三つ目の肥腴(ひそう)とは、ジューシーな脂の乗った肉のこと。
・津膩(しんじ)とは、こってりした脂のこと。
・甘甜(かんかん)は、甘い旨味のこと。
・酸辣(さんしん)は、酸っぱい辛いもののこと。
・酥油(そゆ)は、ウシやヒツジの乳で作った飲やバターやチーズなど
・鮮血は、生血を味わおうとすること。
これらは、美食家はみな美味しいと追い求めているが、よく考えれば毒のようなものです。脂っこいものを好んで食べていれば肥満になり、塩辛いものを好んで食べていれば高血圧になり、甘いものを好んで食べていれば糖尿病になり。健康を害するものです。しかし、私たち人間は昔からこれらを美味として追い求めている。
また、スッポンやコイなどの動物の生き血を呑むなどはもってのほかです。新型コロナウイルスは、コウモリが媒体しているといわれているように、動物の鮮血などはもってのほかです。
味を貪り追い求めるのは、煮えてたぎる蜜湯を飲むと舌は焼けただれ、刃に蜜を塗って舐めるようなもので舌を切ってしまう。

しかし、私たち現代人は美味しさを追い求めている。この美味しさを追い求めることは悪いことでなく、生活を豊かにするもので大切なものです。季節の旬を頂き満足する、調理法にも道元あらわした精進料理の料理僧の教本である「典座教訓」にあるよに、料理は粗末な食材だからといって、いい加減な料理をしてはだめで、どんな食材も生かしきって、真心をもって調理すべきだとしている。そして、修行僧が美味しく食べてもらうことが、修行をなし終えるのに大切だとしている。
道元は、三徳を心得て料理するといっている。三徳とは軽軟(軽い味で柔らかい)、浄潔(食物も食器も清潔で安全である)、如作法(献立や料理方法や盛付けや食べる人への心遣い)そして、おいしさの本質・五味(甘味、酸味、塩味、苦味、旨味)の調味料、五色(黒[紫]、緑、黄、赤、白)のいろどり、五法(生物、煮物、焼物、蒸し物、揚げ物)の調理法が大切だといっている。
美味しいものでも過ぎてバランスを欠いて、脂っこいものや塩辛いものや甘いものばかり食べていたら、生活習慣病になってしまう。しかし、この生活習慣病という名の付け方も非常に面白いというか変です。
正しい良い生活の食習慣が身に付いていれば患わないものです。悪生活習慣病とすればいいかもしれない。

ふたたび、「いただきます」について。

食事をする前の「いただきます」。は、なんで言うの?と聞かれ。
「いただきますとは[いのち]を「いただきます]という意味だ」と、答えるとチコちゃんにしかられそだ。
1983年に明治生まれの人々を対象にした、食卓上生活史調査が行われ、それによると、こどものころ「いただきます」というのは一般的なものではなかたと言う。また、民間伝承の会(現・日本民族学会)が昭和16年に全国各地の農村地域で、食習調査がおこなった、こちらもも同じような結果がでた言う。(吉村昇洋 精進料理考)。

こんにち日常で「いただきます」と言うのは、吉村によると、戦前の帝国主義時代の教育統制下の、昭和初期に小学校で「箸取らば、天地御代の御恵み、君や親の御恩あじわえゑ、いただきます」。と唱えて食事をした。それが戦後「箸取らば・・・・・」の部分が取り除かれ「いただきます」だけが残ったという。戦後に育ったそのころの子どもたちが、親にとなって家庭を持つようになり、家庭内のの食事の作法として「いただきます」と「ごちそうさま」を取り入れて、いまのように一般的に広がったと指摘している。

しかし、昔から商家などは、奉公人が主人に「いただきます」「ごちそうさま」と言って食事をする。信心深い人などは、食べるときに手を合わせてから食事をするのは、ごく普通にされていただろう。私はカトリックのミッションスクールで学んだが、食事の前後には十字を切り食前食後の祈りをしていた。しかし、それは神への感謝の言葉で「いただきます」「御馳走様」の文言は言わなかった。また、小笠原流の食事の作法について、調べてみたが食事の前後に、「いただきます」「ごちそうさま」をするなど細かは書かれていなかった。
つまり、命をいただくという意味ではなく、それが礼儀的なものだたのだろう。

それより、食事をするとき吉村は曹洞宗の僧であるので、道元が赴粥飯法の食事前の五観の偈についてくわしくのべている。
しかし、道元が中国に留学した時に、修行をした南宋の叢林でカルチャーショックをうけた。道元が留学した鎌倉時代の日本では食事について重きを置いいなかった。食事を作る僧も典座はあったが、自己の修行として料理をつくるのではなく、雑用としての仕事だととらえられていた。
道元は、食事に関わらず中国では、日常生活のすべてが修行とされていたので、食事法についてもこと細かく取り決められていた。そこで、道元は日本に「真の仏道を日本に持ち帰れ伝えなければならない」思い、日本に帰り永平寺を建て曹洞宗を起こした。

ここでは、「いただきます」について考えているので、曹洞宗宗の食事の仕方についてだが、食事前の祈りである「五観の偈」につていみると、それは、曹洞宗宗だけでなく、浄土宗にも真言宗にも他の宗派にも同じようなものがあるが、これらのものは、曹洞宗の五観の偈がもととなっているようです。

五観の偈は、・功の多少を計り彼の来処を量る。・己が徳行の全欠を忖って供に応ず。・心を防ぎ過を離るることは貪等を宗とす。・正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり。・成道の為の故に今此の食を受く。とあるが、来処を量り、己の徳行の振り返り、心に三毒をふせぎ、そして感謝をこめて食を受ける(いただく)。となると考える。
つまり、「いただきます」には、仏教の修行での食事の祈りの考えがこめられていると私はとらえたいと考える。また、曹洞宗の修行は、生活のすべてで修業が行なわれるとするので、当然に食もそれに入るからだといえる。

いただきます ごちそうさま

「いただきます」「ごちそうさま」について、多くの人は「食材となってくれたものたちの命を奪うのでそれに敬意を表し、いただきます」「食材を育て用意してくださった方に感謝し、いただきます」「調理してくださった方に感謝し、いただきます」「食事の機会を与えられたことに感謝し、いただきます」とよく言われ、昔から「いただきます」「ごちそうさま」と言っていたと思っている人が多い。私もその中の一人だったが。
道元が著した「赴粥飯法」に、「一つには、功の多少を計り、彼の来處を量る。二つには、己が徳行の全缺と忖って供に応ず。三つには、心を防ぎ過を離るることは貪等を宗とす。四つには、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんがためなり。五つには、成道の為の故に今この食を受く」。とあるが、そこにはいただきますとは書かれていない。

曹洞宗八屋山普門寺副住職の吉村昇洋が「精進料理考」で、戦前に国民学校で使われた「生活訓 『孝行導草』に、
「箸取らば、天地御代の御恵み、(主)君や親の御恩あぢわゑ」」とある。
この文言は、江戸後期刊の生活訓『孝行導草』から取ったものとされるようだが、戦前の昭和期の帝国主義統制下の教育の国民学校で使われたことを考えると。教育勅語とでは、「臣民は朕の子どもであり、親を敬い朕や国に一旦緩急があれば、一身を捧げて皇室国家の為につくせ」とある。これとセットで考えると。
天の恵みとこの時代の主君たる天皇陛下、そして自分の父母に対して感謝を述べ、続けていただきますと言って、食事をすると指導する趣旨がある。

しかし、この「箸取らば、天地御代の御恵み、(主)君や親の御恩あぢわゑ」は江戸後期刊の生活訓『孝行導草』ともいわれているので、君なら帝で天皇になる。しかし、君ではなく、括弧がつき(主)君となっている。主君となると自分の仕えている君主・殿様あるいは、商家など市井なら旦那などになる。江戸後期の生活訓『孝行導草』どのように書かれているか私は確認できないのでわからない。ただ、江戸時代は句読点や括弧などをつける習慣がないので、「(主)君」は後で(主)がつけられたのではないだろうか。また、江戸時代は、京の都に住んでいる人ぐらいしか天皇の存在を感じていなく。江戸の町では公方さんといい徳川将軍を身近に感じていたので、この「箸取らば・・・・」は、戦前の昭和期の帝国主義統制下の教育政策でつくられたのだろうか。


それはともかく、戦後の学校でも食事の作法としてその「箸取らば・・・・」は、軍国主義できだとされ、「いただきます」「ごちそうさま」のフレーズが、残ったのだろう。
戦後の学校給食での「いただきます」が、親の世代のなても家庭で子の世代に引き継がれていったと考えられる。

しかし、私は中学校の教師をしていたが、お弁当の昼食指導のとき、クラスで皆で食べるとき、一年生の日番の生徒が、「いただきます」ではなく、「おあがりなさい」と言う生徒がいた。その生徒は小学校の時に担任が「おあがりなさい」と言っていたのだろか。わたしはそのような時「おあがりなさい」は命令形で、人間に対して使うものではない。イヌやネコに対して言うもので、食事に関しては上下関係はなく同等なので、「いただきましょう」でもなく「いただきます」と言うのがよいと指導をしていた。

しかし、「いただきます」「ごちそうさま」は、食事をするときに手を合わせて「頂きます」「御馳走様」というのは、無意識的にしている。そう考えれば、「箸取ば・・・・・御恩あぢわゑ」は帝国主義ていだが、「いただきます」「ごちそうさま」はよき習慣だといえる。
できれば「赴粥飯法の五観の偈」を唱えなくとも思いいただきたいものです。


ところで、私は中高とミッションスクールだたので、昼食の時間でつぎのようにしていた。
食事前に十字を切り
父よ、あなたのいつくしみに感謝して、この食事をいただきます。
ここに用意されたものを祝福し、
わたしたちの心とからだを支える糧としてください。
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
食後に
父よ、感謝のうちにこの食事を終わります。
あなたのいつくしみを忘れず、すべての人の幸せを祈りながら。
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

と唱えるか黙想する。(父とは神のこと)

イスラム教やヒンズー教
イスラム教はわからなかったが。

ヒンズー教ではネットで調べると次のようになっていた。
食事の前の祈りは、神のためのものではなく、自分のためのものです。神からの祝福をいただいて、食べものを清めるためだとされている。
捧げることは神であり、捧げるものも神である。
神は聖なる炎であり、その炎に捧げるものも神である。
神とひとつになる者とは、
すべての行為が神とひとつとなっている者だけ。

わたしは火の神ヴァイシュヴァーナーロー
すべてに広がる宇宙の力、
いのちの身体(からだ)に宿る者。
吐いて吸ういのちの呼吸とひとつになって、
すべての食事を消化する。

日本の神道ではどうなのだろうか、日本の神道はおのおのの神社に祀る神によって違うだろうが、聞くところによると神社本庁が、食前の感謝として先導役が合図うし、「たなつもの 百の木草も 天照す 日の大神の めぐみえてこそ」詠へ。
食後感謝として、「朝よひに 物くふごとに 豊受の 神のめぐみを 思へ世の人」と詠いようです。

また、日本の各地のやまびとや猟師や漁師など、それぞれの食事に対して自然の恵みを感謝す儀式をしたり、祈りをしたりする。
やはり、「いただきます」「ごちそうさま」は、自分たちのからだの糧となる食事への感謝を忘れないでいることが大切だろう。

伝統食

伝統食とは何か

現代の私たちの食事は、美味しいく高カロリーで栄養価高いものを、貪り追い求めている。しかし、だんだん高カロリーというより、カロリーの摂りすぎは肥満になり健康に良くないと、経済的に豊かな国ではカロリーを控える傾向になってきている。
私たち人間であるホモサピエンス以前の類人猿、いや哺乳類に限らず動物は、総じてカロリーの取りすぎとは無関係と言うより、その対極で飢餓に悩まされてきた。現代も野生動物は食べ物を食べるのに、常に飢餓と背中合わせの状態にあるといえる。そのよう状態の何百万年と脈々と、DNAが受け継がれ、現代の人間のDNAにも刻み込まれているから、私たちは飢餓には比較的強いが、カロリーの摂りすぎには弱く、高カロリーの生活が続くと、肥満になり糖尿病になってします。

現代の地球上で肥満とは無縁の生活をしてる人たちもいる。その人たちはアマゾンの奥地や、文明と隔絶した稀有な生活を送っている人たちです。また、そのよう未開の文明生活でなく、現代の近代的な食生文化でなく、伝統社会の伝統食生活で過ごしている人たちも、肥満とは無縁の生活をしている。その人たちは単に現代の私たちのように、食料が豊富にあるのではなく、食事が貧しいから栄養・カロリーが足りないから、肥えていないからではない。
それは、その人たちが伝統食を食べているからでもある。

それでは”伝統食”とは何か、国際文化交流出版社から出版されている「世界《伝統食》讃歌」に次のように定義している。
◇伝統食とは、人類が長い歩みの中で食べ続けてきた食事であり、それはあ、端的に言って、まだ、砂糖が用いられておらず、また穀類の精白技術が進んでいない時期の食物であり、更にまた農薬も化学肥料も食品添加物も使われていない時代の食物であり、牛・豚・鶏肉なども自然放牧・自然飼育の時代の食物であり、養殖魚も無しの天然魚貝類のみの自然健康食物のことです。
◇近代食とは、近代文明が生み出したものであり、それは、極端に言って、砂糖の発見による砂糖の大量使用、精白技術の進歩による穀類の精白どの高度化、農薬や化学肥料の大量生産・大量使用、食品添加物の大量使用に伴う加工食品の氾濫、家畜の蜜室飼育、養殖技術の進歩による養殖魚の大量摂取などを内容とする食物です。
と書かれている。

また、穀類の精白技術が発達していないため、澱粉の純度が低く、玄米などの〈素朴食〉とも言える。また、自分達の生活圏の中で手に入る地産地消の〈土着食〉で、文明以前からその風土の中で食べ続け、生存してきた〈未開食〉といえる。

健康のために、伝統食をすればいいと言えるが、現在の全ての食べ物を伝統食で供給することはできない。70億を超える地球の人口をとてもできない。もし先に書かれているような、伝統食しかなければ、10億の人口も賄えないだろう。

また、農産物などを生産するには、多大な労働人口が必要とする。また、需要を満たす量を供給するには、農薬と化学肥料を一切使わないで生産することはできない。また、昔のように、多くの人を使い人海戦術で、穀物や野菜を生産するには人件費がかかりすぎるので、近代的は農耕機具を使い大量生産をしないと、安く食べ物の供給できないし、今の地球の人口を賄えるだけの、食べ物を供給はできない。

つまり、現代人は好もうと好まざると、近代食に頼らざるえない。だからといって、伝統食は時代遅れだと言って、捨ててしまってはますます、私たち人間であるホモサピエンスの身体はむしばまれて行くだろう。大切なことは、伝統食を見つめ直し、その、私たち人間はもともと自然の動物から進化して猿人になり類人猿になり、ホモサピエンスに深海したことを忘れてはならず。美味しいだけでなく、本当にからだが必要としているもの、からだのためになるもの、またからだにわるいもの、必要としていないものを見分け、取捨選択していくべきだろう。

野菜を始める食べる

先日ニュースを聞いていると、ご飯などの炭水化物や肉などのデンプンより野菜を先に食べると健康で寿命が延びると、最近言われていることについて放送していた。
具体的には野菜食べて、5分おいてそのあと、ご飯など澱粉などの炭水化物や、肉や魚などのタンパク質を食べると、糖尿病の人の血糖値が下がったり、体重が減ったり、健康が改善するデータが出たという。
野菜などの繊維質を先に食べると、小腸で糖や脂質の吸収を抑え、血糖値を上げにくくするそうだ。
また、野菜を先に食べると、肉やご飯などの炭水化物や肉などのタンパク質を先に食べた場合に比べると、胃の動きが緩やかになり、食べ物が胃から小腸へ移動するがお遅くなるという。肉や魚など胃のこなれのよいものは、繊維質の野菜などと比べ、胃から腸へ送られる時間が早くなるのだろう。

それはともかく日本料理に限らず、コース料理では、オードブルという日本語でいうと前菜がでる。オードブルは、おおむね食欲をうながすための軽い料理で、西洋料理ではハムやスモークされたもあるが、日本料理の前菜は野菜などが使われることが多いようです。

学校給食でクジラの献立

学校給食で、クジラを献立に出すことが検討されているようだ。
日本がiWC国際捕鯨委員会を脱退して、7月から商業捕鯨を再開しているが、クジラと獲っても昔のように鯨肉を食べなくなっている。そこで捕鯨業者を保護するために、安定した需要を生み出すために、学校給食が狙われたのだろうか。

そこまでして、捕鯨産業を温存する必要があるのだろうが。わたしは小学校のころ給食や家でクジラとミズナの鍋物を食べたことがあり。大人になってからも居酒屋でクジラのベーコンやおでんでコロなどを食べたことがるが。しかし、いまはいろいろほかに美味しいものがあるのでとくだん懐かしいとも食べたいとも思わないです。
小学生に鯨肉の味を覚えさせ、大人にになてからもクジラを食べてもらおうとする思惑があるのだろう。

また一つムラができていきそうだ。
原子力ムラ リニアムラ、オリンピックムラ そして、クジラムラ

だんだん、利権を追い求めるそこに群がる亡者が貪ることが激しくなっていく。

新自由主義として自由競争を推奨しながら、かたやムラ保護の政策を繰り出す。
これがいまの、政権の姿だろう。

フォアグラ

世界のグルメの高級食材の珍味として、重宝がられているフォアが、ニューヨークで提供販売が禁止された。
10月30日のニューヨーク市議会で、カモやガチョウを強制的に太らせて肝臓を肥大化させた、高級食材フォアグラの販売・提供を禁じる法案を賛成多数で可決された。ニューヨークは、およそ1000店のレストランがフォアグラを使った料理を提供している。ニューヨーカーのグルメ通には、大きな影響を与えそうだと指摘されている。

フォアグラを生産する方法は、、カモやガチョウの咽にチューブを差し込み、強制的に飼料を胃に流し込み、肝臓を肥大化させる「強制給餌」と呼ばれる方法で飼育された肝臓からで。そのため、以前から動物愛護団体から残虐との批判が高まっていた。
ニューヨーク市の禁止法は2022年に施行される。強制給餌で生産されたフォアグラを販売・提供した場合、最高2000ドルの罰金が科される。
アメリカではカリフォルニア州が2007年からフォアグラの販売を禁止されてたが、15年に撤回され17年には州高裁判事が禁止を支持し、今年に1月に州最高裁が同様の判断をしめしている。また、シカゴ市議会も06年に禁止したが、2年後に撤回している。さらに、自然食品スーパー大手「ホールフーズ・ーケット」がフォアグラの販売を取りやめている。しかし、フランスではフォアグラを文化的遺産の1つとして保護している。それぞれのお国柄があるようだ。
フォアグラの強制給餌につちいて、フォアグラ製造者や支持者は肥育方法は、人々が考えるほど虐待行為でないなどと反論している。カモは移動の飛来に備え餌をたくさん胃に詰め込むため、カモの食道は伸縮可能なので、フォアグラのための強制給餌に苦しまないと指摘している。さらに、カモにえさを与えない場合、肝臓は正常な状態に戻り、害もないなどともいている。

それより、食品製造業界ではフォアグラよりはるかにたちの悪い方法がありながら、強い批判を受けないとも反発している。
どれだけを、たちが悪いかわともかく、フォアグラに限らず、私たちの食卓に上る牛肉や豚肉や鶏肉など、大なり小なりその動物の飼育法は、食肉として出荷されるのに一番良い状態になるように飼育される。野生で育っている動物や、ペットとして飼われている動物とは違う。酪農などでは牛は常に母乳が出るようにしくまえれ、卵を産む鶏は常に卵の時から雌雄を選別され、雄の雛は生まれた時から処分されている。

ドナドナだ。
「ある晴れた昼下がり 市場へ続く道 荷馬車がゴトゴト 子牛乗せて行く ・・・・・・・ 」

子どもの肥満と日本の学校給食

ユニセフ国連児童基金が、世界の子どもの栄養状態に関する報告書を発表し、日本は、調査した40余りの国のうち、「太りすぎ」「肥満」の割合が最も低かった。
学校給食が子どもの栄養バランスがよい給食を提供しているからだと評価されている。

世界中で、カロリーが高く栄養価が低いインスタント食品やファーストフードが普及し、先進国・途上国を問わずに子どもの肥満が急速に増えている、世界全体の5歳から19歳までの子どものうち、「太りすぎ」「肥満」の割合が、2000年では10人に1人だったが、2006年では、5人に1人に倍増していた。
OECD経済協力機構、EUヨーロッパ連合に加盟する41カ国で比較すると、2016年の数値で日本は14.2%と最も低かった。アメリカでは41.861%、ニュージーランドが39.46%だった。
日本が低い理由は学校給食によって、よい栄養バランスが作り出されているという。
日本で学校給食が始まったのは、先後の食料難の時に子どもの栄養状況を改善するために始められた。当初はアメリカからの小麦で作られたパンと脱脂粉乳で、空腹を満たすようなもで、それに副食がついたものだった。次第に経済的にも復興して、栄養のバランスとれたものが提供されるようになっていった。
いまでは、食育教育の観点からいろいろな献立が考えられ、その地域の食文化などを重要視した献立が提供されている。

現在アメリカでは、富裕層の人より貧困層の人の方に、「太りすぎ」「肥満」の割合が多い、それは、インスタント食品やファーストフードなど、カロリーが高く栄養価が低い食事をとっているからです。
イタリアのある自治体では、学校給食で肉なしデーという日が設けられているとニュースで報じられていた。保護者のなかから肉なしで栄養がとれるのかとの一部意見があるとういう。しかし、市の担当者は、インスタント食品やファーストフードなど、カロリーで育った子供の太りすぎと肥満のためだとのべている。
私は日本ある外国人学校を訪れたことがるが、そこでの給食は、大きなトレーに入った食べ物の中から、自分で選んでお皿に注ぐものだった。
これでは、肉の好きな人は肉をたくさん盛、ベジタリアンは肉を食べないことになる。それはそれでいよいのだが、それには栄養バランスの知識とそれを活用することの行動がともわないと、肥満になってしまう恐れがある。

しかし、日本の学校給食は、肥満などに考慮された栄養バランスを考えた献立で、全生徒一律に同じメニューでほぼ同じ量が提供されている。このようなこちが、子どもたちの肥満度が世界一低い結果になっているのだろう。

超加工食品とメタボ

超加工食品という言葉があるという。
超加工食品という明確な定義はないそうです。
冷凍食品やレトルト食品、インスタントラーメンなどを超加工食品と言っていいかもしれない。
ソーセイジやハムや竹輪や蒲鉾も、超加工食品と言って世のだろうか。
しかし、ソーセイジや竹輪などは、多くはそれを食材としてほかの組み合わせて調理して食べます。
レトルト食品などは、袋や缶やビンから出してそのまますぐに食べられます、それらを超加工食品と言うのでしょうか、となると、ソーセイジや竹輪なども袋から出してすぐ食べることもできるので、これらも超加工食品に分類していいのでしょうか。

アメリカで、超加工食品についての人体実験が行われたそうです。
人体実験といっても、数十人の被験者を数日閉じこめて、超加工食品と非加工食品をその間、強制的に指導して食品を提供して食べてもらったものです。

詳しく言うと、次のようなものです。
米国の国立衛生研究所が行ったもので、20人を1カ月見張って食べさせる。
健康体なボランティア20人を集めてメタボ臨床研究棟に収容して食事を与え、体の変化を観測してみる。
寝泊まりは無料で。
前半2週間が超加工食品なら後半は非加工食品、後半2週間が非加工食品なら後半は超加工食品とした。被験者にどっちが先かは、ランダムに決め。
実験のルール
栄養素については、栄養士が献立を組んで、カロリー、主要栄養素(脂肪、糖質、塩分、食物繊維など)が超加工食品と非加工食品で全部一致するようにカロリー計算する。食べる分量は、出されたもの全部平食べても、残してもいい。
間食はフリーで、いくらでも食べてよい。ただし、実験前の体重維持に必要な1日の接種カロリーの2倍を超えて食べてはいけない。
被験者が複数で一ヶ月の長期なので、かなりアバウトなところもあるが、これでも結構いい調査結果がでるのでしょう。

そして、22週間後の体を比べてみると、同一人物でも超加工食品の時の方が、1日平均500Kcalも食べ過ぎてしまっている。
超加工食品の方が脂肪がつき、約454g体重が増加。
非超加工食品の方は体脂肪が落ち、454g体重が減少。
という結果がでている。
つまり、超加工食品のほうが食べ過ぎて、体重が増えることがわかった。しかし、なぜ超加工食品のほうが食べ過ぎてしまうのかの原因はわからないという。
それと、もう一つ超加工食品と非超加工食品とで、でた違いに食べる早さに差があったという。超加工食品の方が、早食いになっている結果がでているという。
早食いをすると、満腹中枢へ送る信号が遅れて食べ過ぎると昔からよく指摘されていた。
もう一つ、美味しいから食べ過ぎるということに対しは、二つの食品の因果関係は見られなかったそうです。
つまり、超加工食品でも、食事に感謝してゆっくりと食べるとよいのだが、なぜ超加工食は早食いになるかはよくわからなかったそうです。
自分が超加工食品をたべるときは、心がけて食べたいと思う、しかし普段から私は食べるのが早い方だから、超加工食品、非超加工食品に限らず気をつけようと思う。


赴粥飯法に、朝の食事と昼の食事の仕方を細かくかいているが、そこには、急いで貪るように食べてはならない作法が書かれている。この赴粥飯法は禅僧が修行の一環としての食事の取り方につて書かれたものだが、健康のためにも、今一度日頃の食事の取り方を見直しながら読み返してみよと思う。
そこには、ご飯の戴かたとして、戒律に見る食事法に次のようなことが書かれている。鉢中の飯の中央をかき分けて食べてはいけない。ご飯を大きく丸めて口の中に放り込んで食べてはいけない。ご飯を噛みながら音をたててはいけない。吸ってはいけない。ご飯をかき混ぜてすすったり、音をたててはいけない。
また「仏は「ストゥーパ(高く盛り上げた土饅頭形の墓)の形にして食べてはならない」と言っている。頭鉢には、おかずなど*湿った食べ物を盛ってはいけない。汁類をかけて、頭鉢の中でご飯を洗うようにしてはいけない。おかずや羹を頭鉢の中にいっぱいいれ、ご飯と混ぜて食べてはいけない。一度に沢山のご飯を口に入れ、まるで猿が口いっぱいに餌をため込んで於いてから噛むようにしてはいけない。」*註[湿食-ご飯以外の湿った食べ物。ここはまた、「湿」は「溢」の誤写で、「盛溢食」でご飯を溢れさすことだとする説もある](講談社学術文庫 典座教訓 赴粥飯法)
ここでも早食いはいけないと道元は繰り返し修行の妨げになると書いてある。

ここには、してはいけないと繰り返しかかれているが、修行のための作法というより、私たち一人ひとりが、食べ物をにあたっての感謝と畏敬の念を抱く方法だともいえる。また、小笠原清忠は「小笠原流礼法で強くなる日本人の身体」青春新書の中の「正しい食事作法が「健康」を作る」で次のようにかいている。「・・・・前略。ちょっとずつ順番にいただきますから、一度にたくさん食べるより少量でお腹がいっぱいになり、食べすぎも抑制されるわけです。 背中をまるめてガツガツとかき込むような食べ方は、消化に悪く、つい食べすぎてしまう原因位にもなってしまいます。 口を閉めたまましっかりと噛んで食べる習慣がつくだけで、適量で満足でき、必要な栄養素をきちんと吸収することができるようになるでしょう。 また、背中を丸めた姿勢は胃腸を圧迫しますから、背筋を伸ばして正しい姿勢でいただくことも、胃腸の負担をかけず消火を助けることにもつながるわけです」。(改行略)

以前テレビで丼物や麺類のCMで熱々のものをすするようにかき込んで食べているところがあった。それらのスポンサーはたしか、超加工食品の製造メーカーだったように記憶している。
まあ、超加工食品がわるいのではなく、その食べ方にあるのです。ただ、それらの超加工食品というか即席食品というかインスタント食品は、簡単に皿に盛ることができ、簡単に食べることができるので、自然と意識しない食べるのが速くなるのでしょう。

もし能く食に於いて等なれば、諸法もまた等なり

NHKの朝の連続ドラマで、前作はインスタントラーメンを開発物語だったが、今のレトルト食品やこのインスタンラーメンまた、外食産業の発展と盛況ぶりはいまの、私たちの忙しい日常生活に於いて欠かせないものといえる。
しかし、それにより食に対する向き合い方どのようにかわってきただろう。
飽食の時代といわれ、外食産業などでは食べ残しが多く問題にもなっている。また、賞味期限まじかだとからと廃棄処分にされるものが多いことも問題になっている。

先日「赴粥飯法」のことを書いたが、これを顕した道元がいまの、日本の食に対する現状を見たらどう思うだろう。

「赴粥飯法」の書き出しは、「経に曰く、もし能く食に於いて等なれば、諸法もまた等なり、諸法等なれば、食に於いても等なり」で始まる。
これは、経に曰くの経とは維摩経のことで、仏が須菩提に維摩の病気見舞いに行くように言ったとき、須菩提が維摩に托鉢に行ったときに、維摩に次のように言われてたので、維摩は苦手なので見舞いに行くことを断ったとある一説を引いたものです。

この「赴粥飯法」の冒頭をいまの言葉で言うと次のようになる。
「もし、食事を正しく行うならば、すべての生活もまた正しい。すべての生活が平等一筋であるならば、食事もまた平等で一筋である」

それは、須菩提が仏に次のように言って断っている。
「世尊。わたくしもかれを訪れ病を問う任にたえません。なぜかと申しますと、わたくしは、かつてかれの家に行って食物を乞うたときのことを思いおこすものですから。そのとき維摩はわたくしの食器をとって食物を一ぱい盛りあげて、わたくしにこういいました。『やあ、須菩提さん。もし食物に対して平等であることできれば、すべてのもの(法)に対してもまた平等である〔ことができます〕すべてのものに対して平等である〔ことができる〕なら食物に対しても平等である〔ことができる〕このように食物を乞うて歩く〔ことができる〕なら、〔与えられた〕ものをたべてもよい。』」(平凡社東洋文庫 「維摩経」)(傍点略)
まだまだ、須菩提と惟磨とのやり取りは続くが、目の前の食事をいただくとき、自分の今日一日の行いは、食事をいただくに値する行いをしたかを問うてみよということです。

赴粥飯法に、「五観の偈」という教えが書かれている。
食べ物をいただく前に。次の5つのことを思えと。
一つに、功の多少を計り、彼の来處を量る。
二つに、己が徳行の全缺と忖って供に応ず。
三つに、心を防ぎ過を離るることは貪等を宗とす。
四つに、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんがためなり。
五つに、成道の為の故に今この食を受く。

一つは、食事が目の前にとどけられるまで、多くの人の手間暇と、多くの命が犠牲になり届けられていることを知れ。
二つは、自分が目の前の食事をいただくだけの功徳を積んだかを振り返れ。
とあります。
野菜を作るには、まず土地を開墾しないといけないです、また、野菜を栽培するには土づくりから始めないといけないといいます。そのして土づくりができれば種を蒔きます、稲なら苗代をし田植えをする。水の管理をし生育にあった追肥をし、雑草をかり害虫を駆除します。そして収穫する。米ならそのまま出荷するのではなく、天日干しをして乾燥させ籾を取り除くために脱穀して、業者に出荷される。そこですぐに店頭に並ぶかと言うとそうではなく、その前に精米をして袋詰めをして、運送会社を経て店頭にならびます。そして、洗米をして窯にいれて炊飯されて、焚きあがったご飯をお茶碗に持って、御膳に並び始めて食べられます。
牛肉や豚肉なら、牧場や養豚場で飼育され出荷できるまで生育されたら、ドナドナと市場に連れて行かれ、屠場で血抜きされ殺され解体され、部位ごとにわけられ、それぞれ出荷され搬送され店頭にならび、そこから、料理人によって料理される、そして配膳する人によって運ばれる。それだけではなく、御椀やお皿やお箸なども、みな人により作られそれ、業者により運ばれ店頭に並び、消費者に買われて食卓の上に並びます。しかし、それらも使う前に洗われ使い終た後に綺麗に洗われます。いかに、あらゆるものが手間ひまをかけられています。それに対しての感謝を忘れてはならないです。

また、食べるということは他の生き物の命を奪うことなので、それに値するだけの行いを今日の一日して来たかをについて振り返ることもたいせつです。
さて、飽食のインスタントとレトルトの食事をとる人は、これらのことをどれだけ考えることができるだろうか。

昨日の話できになったこと

道元の「赴粥飯法」とは、粥とは禅僧は朝食を粥だった、飯とはご飯のことで昼に食べた、朝餉と昼餉のとりかたのことです。いまは、日本では多くの人は一日朝昼晩と三食だが、江戸時代ご飯を炊くのは一回だったと聞きます。江戸は朝炊き 京・大坂は昼炊きときく、桂米朝の落語などではその話がよくでてくる。

しかし、一つ気がかりなことがる、一日一回米をたくのだが、夏の暑いころは朝焚いたご飯は、昼や夕ごろには腐ってしまわないかと心配で、どのように一日持たせていたのだろうか。

食事の作法

わたしたちは、ご飯を食べる前に、いただきますと合掌します。

そこにはどのような意味があるのだろうか、このブログにも何度か書いたことがあるが、改めて考えてみたく思う。

道元の「赴粥飯法」につぎのような、修行僧においての食事の作法がある。
・話は一切しない。
・きょろきょろしない。
・背筋を伸ばす。
・食器の音を立てない。
・食器は必ず両手で持つ。
・食べるときに音を立てない。
・口いっぱいに食べ物を詰め込まない。
・食べ物を残さない。
・舌で口囲をなめない。
・皆と食べる早さを合わせる。
などの作法は食事のしかたを美しく完成させたもので、茶の湯の作法と共通するてんがある、というより赴粥飯法が茶の湯に影響を与えたのでそしょう。

また、僧は「いただく時」五観の偈を唱えます。
それは食事をいただく精神を表しています。

一 計功多少量彼來処 一には、功の多少を計り彼の来処を量る。
二 忖己徳行全欠応供 二には、己が徳行の全けつをはかって、供に応ず。
三 防心離過貧等為宗 三には、心を防ぎ、過るを離るる事は貪等を宗とす。
四 正事良薬為療形枯 四には、正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんが為なり。
五 為成道故今受此食 五には、成道を成ぜんが為に今此の食を受く。

1 今、目の前にある食事が出来上るまでの手数を思い、その食材が如何にして 自分の前に出されたかの経路を思う。すべての食材は、いのちの犠牲の上にわれわれの成り立っていることに感謝する。
2 目の前の食事は多くの人の努力と供養によって、この食事を得ていることを銘じ、自分がそれを糧として食べるに足りる正しい行いをしているかを反省する。
3:迷いや過ちを犯さないように、貪り・怒り・愚かさ、の3つをいましめる心を持つ。
4:食事は良薬であり、身を維持し痩せて衰弱するのを防ぐことを思って食する。
5:仏道を成就するという目標の為にも、身を養うこの食事をいただく。

私は中高とカトリックのミッションスクールでしがが、
食事の前後の祈りというのがありました。
詳しくは忘れてしまいましたが、概ね次のようなものでした。

食前の祈り
右手で、左肩 右肩 額 鳩尾と十字を切り、合掌して。
『父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。
ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。
私たちの主イエス・キリストによって。アーメン』

食後の祈り
『父よ、感謝のうちにこの食事を終わります。
あなたのいつくしみを忘れず、すべての人の幸せを祈りながら。
私たちの主イエス・キリストによって。アーメン』

イスラム教では、食事をする際は、神の御名を唱えなさいと言われ、神の御名を唱え忘れたのであれば、「この食事の始まりと終わりのどちらも、神の御名のもとに。」というようです。

仏教に比べ他の宗教は食について、仏教ほど重視していないように思えるのですが、どうなのでしょうか。

食品ロスを少なくする

「賞味期限のウソ 井出留美 幻冬舎新書」に、食品ロスを減らすための10カ条とう、井出氏オリジナルな方法が紹介されている。
1.買い物前に冷蔵庫にある食品の種類と量を確認する。
2.空腹の状態で買い物に行かない。
3.買い物では、すぐ食べるものは、賞味期限の近いものから取る。
4.期間限定や数量限定の表示によるまとめ買いに注意。
5.調理の時食材を使い切る。
6.残った料理は別の料理に作り変える。
7.賞味期限はおいしさの目安。
8.保存食品は使ったら補充するローリングストック法
9.外食は注文しすぎない。
10.残さないで食べる。

これを見ていて、いろいろと反省させられることがあります。
3などは、自分のことだけを考え、今日食べるものでも、並べられているトレーから奥の方をとってしまいます。
6は、料理を多めに作り小分けして、保存して23日以内に食べるしているが。この手も有るのを教えられた。
9は、数人でいくとついつい、品数を多く注文してしまう。
10は、昔は持ち帰りなどをしていたが、最近は食中毒のことなどからみなくなりました。店によっては、小皿ものでも一串や一個から注文できる店が少なくなり。数個一皿にでしかオーダーできないところもあるようです。

この本の副題は、「食品ロスはなぜ生まれるのか」です。食品ロスは、野菜のどの規格外や、加工食品でも歩留まりの基準が厳しく、煎餅などでは焼きすぎや欠けたりしたものは、出荷されないです。また食品流通業界では、前にも書いたが、三分の一ルールで捨てられてしまうものが多いそうです。
しかし、家庭で捨てられる食品が非常に多いとも書いてあります。まずは、家庭から冷蔵庫の中から、食品ロスを少なくするようにしたいものです。

家畜と健康

一つ気になっていることがある。

スポーツ選手で、健康で釣り合い・均衡・調和のとれたコンディションがとれ、長寿の人のしているスポーツや運動活動はなにをしているのだろうか。
また、逆にスポーツ生命が短かったり、あまり長生きできなかったり、故障によりからだに障碍がでたり、からだの調子を崩してしまったりするスポーツ、また選手寿命が短いスポーツはあるだろうか。
いま、日本だけでなく先進国のひとは、健康に非常に神経質になり運動をしたり、食事につて気をつかっているが、それらが過剰になれば逆に健康に害がでているといわれる。

また、まったく違う話になるが、食用家畜は生まれてから、1年か2年以内ぐらいに、出荷され屠殺され市場にでて、消費者の食卓に並び、食べられてします。それらの中でとくに美味しいとされる家畜を、死ぬまで飼育すると何年(何歳)ぐらい飼育できるのか。また、そのまま飼育していくと病気などにならないのか。
私は、霜降りの肉にする牛などは、メタボと同じではないか、フォアグラは肝臓肥大ではないかと感じている。そう考えるととても健康で長生きできないと言える。それらの家畜は人間でいう成人病いまでいう生活習慣病ではないかと感じている。
そのようないわば病気とでもいえる、牛や豚などの肉を食べることは、人間の健康によいのだろうか。

人の食用になるため短い命をしかも病気になるように飼育されている家畜たち、人はそのような生活習慣病にかかったものを食べて健康には影響はでてこないのだるか。

江戸時代の粗食と小食

先日イギリスでの小食粗食について書きました。

江戸時代の1800年前期ごろ活躍したひとで、水野南北という人がいる。「養生訓」で知られる貝原益軒と同じ江戸時代の人だが、「南北相法極意修身録」を顕している。そこで、南北は、大食暴食を戒めるべきで、小食のすすめを説いている。

南北は、次のように書いている。
・食、分限より少なき者は相貌悪しくとも吉なり。相応の福分有って短命なし。尚老年吉なり。
・食、分限より多き者は、たとえ、相貌善きといえども諸事整いがたし。手もつれる事多く生涯心労たえずして老年凶なり。
・食、分限に応ずる者は、吉凶相に顕わるるごとく別に善悪なし。
・常に大食暴食の者は、たとえ相貌大いによろしくとも身分しかと治まりがたし。貧者は次第に窮す。また、相応の福ある人は家を損す。若し、相貌悪しければ死して棺なしと知るべし。
・常に分限より美味を好み喰らう者は、たとえ相貌宜しくとも大いに凶なり。慎まざれば家を損す。猶、生涯出世発達なし。若し貧者は労して其の功を見ず、生涯くるしみ終ると知るべし。
・初物を好み喰らうものは、たとえ福有りの相有りとも、散財を司り家を損す。貧者は徳尽きて終に行方知らず。
・常に分限より麁食なすものは、たてえ貧相あるとも相応の福分あって寿を主り老年吉なり
・又、麁食少食に定めあるものはたてえ極悪貧窮の相有りとも福寿を主り猶生涯に子孫の家督を遺し、死して其の功をあらわす。

いま、これを読むとかなり荒っぽい言い方でかいているが、要は初物を貪り暴飲暴食は散在するだけでなく、健康を害し命を縮めると言うことだろう。反対に腹八分目がよく小食がよいといっている。富裕者が美食を求めるのはよくないが、貧者が腹いっぱいの喰らおうとするのはもっとよくないと言っている。
江戸時代は食品の加工や流通の技術は今のように進んでいなかった。今は、超加工食品といわれるいろいろな添加剤が使われているが、それがからだにどれだけ悪い影響があるか問題になってる。
また、貧困層は、安い値段の加工食品などを食べることが自然と多くなり、そのようなものは腹持ちが良いように、脂っこくて高カロリーになってきて、高所得者より低所得者の方に肥満が多いと言われている。
南北は金持ちより貧乏人の暴食大食の方が悪いと言っているが、江戸時代よりも今の超過去食品の時代の方がからだにとて悪いのであろう。

この南北の「南北相法極意修身録」もう少し読んでみようと思う。

粗食と小食

イギリスでも、カロリー過多による肥満が問題になっている。このことはイギリスに限らず日本でもそうであり、経済が発展している国ではどこでも同じでしょう。それらの各国は様々な対策をとっているが、イギリスでは公共放送のBBCによると、高カロリーの食事などによる、いわゆる日本で言う生活習慣病への対策として、糖尿病や高血糖や脳卒中予防のため、政府がファーストフードなどカロリー過多のメニューに対して、カロリーを抑えたものにするように要請いしたりしている。以前は砂糖税なるものの話は聞いたがそれとは別に、商品の値段を上げて消費を抑えようとするのではなく、スイーツなどのお菓子も、甘さを控えたりサイズを小さくしたりするレシピ自体を国が管理まではいかなくても、そこまで突っ込んで、消費者の過食を押さえようとしてわけだろう。

日本でも同様でカロリー過多は深刻な問題で、それに対する国民への啓発や対策を考えていかないいけないだろう。それと同時に日本では、まだ食べられるのに、廃棄される食材や食品が世界でもトップクラスの多さといわれている。このことも大きな問題です。しかし、その一方で日本でも、貧困に陥りおなかを空かせている子供たちも多くいて、貧富の格差は深刻なもんだいです。また、貧困になれば贅沢な食事を多くするのではなく、低価格高カロリーで、脂っ濃い腹持ちがよいものを食べがちになり、生活習慣病に陥りやすくなるといわれている。

方や、世界には飢餓にあえぐ国や地域があることも、見逃してはならないです。もともと、人間に限らず哺乳類に限らず生命体は、飢餓には強く肥満には弱いものです。先進国の飽食は大きな問題だが、それ以上に飢餓にあえぐ国の問題は、同じ宇宙船地球号に住んでりこととすると、その深刻さはより重大な問題ではないだろうか。しかし、貪欲な富に取りつかれている者は、それに顧みずに富を増やすことに勤しみ、利権を増やすことに勤しみ暮れているのが今の地球の現状ではないか。

いまの私たちの飽食に明け暮れいることに対して、粗食と小食について少しは考えて見たく思う

納豆の食べ方

以前干し納豆の話を書いたが、私は納豆は日本独特のものと思っていたが、東南アジアなどの国にも納豆があるようです。
テレビをみていると、講談師の神田山陽が自転車でミャンマーを旅していると、納豆を潰して伸ばして板状にして、それを焼いてピーナツ油を漬けて食べるところが紹介されていた。

これを見ていると、納豆を様々な形で食べていいる。日本は納豆の食文化については、納豆に生卵をかけて食べることぐらいしか知らない私にとっては、後進国のように思えてしまいました。
それではと、神田山陽さんが紹介した食べ方から、一つ発展させ潰した納豆を平たく伸ばし干してから炙って、スキッピーのピーナツバターをつけて食べる方が美味しいく思えるのでそれを試してみようと思う。

どちらがお美味しいだろうか。

もう一つ私は以前からしていたこと、一つは納豆を細かく刻んでピザチーズを細かく切り、ベーコンも細かく切り、簡単に混ぜ合わせ23日置いて、餃子の皮で包んで、餃子を焼くように焼いて食べる。この中に高菜漬けを買ってきてこれも細かく刻んで入れても美味しい。

もう一つ小粒の納豆が納豆を細かく切り、ニンジンを細かく切り、生卵に混ぜ合わせて卵焼きを作る。

わたしが、最近考え出した納豆料理です、まあほかにも納豆汁や納豆味噌汁もあるが、添えより美味しいく私には思います。
もっとも、納豆に熱を加えた匂いが嫌な人はだめだろうが、私には香しい薫りに感じるので、私は特別なのであろうか。

干し納豆

干し納豆

私の小さいころの納豆と今の納豆を比べると、納豆の製造技術が進んだためか、今の納豆の方が糸の引き方が格段によく引く。その分栄養の方への影響は、向上しているのだろうか、変わらないのだろうかそれとも低下しているのだろうか。
そのようなことを思っていると、40年ほど前だが好日山荘で干し納豆を売っていたので、それを買って家の近くの山を一日かけて登ったりしていたことを思い出した。
一度、干し納豆を作ってみようと思うが、どのようにすればよいか。納豆をザルに盛って干せばよいのか、皿に入れて干せばよいのか、それとも紙に乗せて干せばよいのか。ザルなら干したあと納豆のネバネバはどうなるのか。竹のザルが良いのか、金属製のがよいのかプラスチックのがよいのか。皿なら干しあがったあと納豆が皿にこべりついてしまわないか。紙ならなおさらだろうか、硫酸紙だったらどうだろうか。そうだ、スーパーなどで肉や魚を売っているトレーを使ってみたらどうだろうか。
そのようにいろいろ思いを馳せながら、ネットで「干し納豆」と入力して検索してみた。

まずは、ドライ納豆の栄養
きらっとのすごいぞドライ納豆のページからhttps://kira-to.com/dry-nattou-eiyou/
ドライ納豆の主な成分(100gあたり)
エネルギー  520Kcal
脂質  30.6g
たんぱく質  32.2g
炭水化物  29.0g
ナトリウム ( 280mg
マグネシウム  180mg
リン  342mg
ビタミンE  ?mg
亜鉛  3.4mg

粒納豆の栄養価
株式会社ヤマダフーズのページよりhttp://www.yamadafoods.co.jp/library/nutrient/
たんぱく質 6.6g
脂質 4.0g
炭水化物 4.8g
ビタミン 1.2mg
ミネラル 430mg
食物繊維 2.7g

それぞれ量や計測法が違うので参考にならないかな。

干し納豆の作り方には二通りあるそうです。一つは塩をまぶして干す、もう一つはぬめりを取ってほす。
いくつかのページを見てみたがおおむね次のように書かれていました。

そのまま干す方法は、市販の納豆一パックに塩1~2グラムを入れて皿やザルに入れて干す。
冬の天気の良い乾燥した日に3日から1週間ほど干す。むら無く干すためにには空気にまんべんなく触れるように、一日1回程度納豆を交ぜる。

ぬめりを取る方法は、ボールに納豆を入れ、水を4~5回ほど変えて、ぬめりがなくなるまで水で洗いながす。よく水気をきって塩をまぶしてキッチンペーパーに納豆を広げて干す。干す期間はそのまま干すのと同じです。

ほかに、オーブンで乾燥させる方法では、100度から130度で1時間のどで出きる。ただ目玉の血管を詰まらせる「血栓」を溶かすナットウキナーゼが高温で壊れてしまうと書いてありました。
冷蔵庫で乾燥させる方法がありました。これはふたとフイルム取って冷蔵庫に入れておくだけだが、乾燥させるにはかなり時間がかかるようです。
それよりビックリした方法が紹介されていた。それは食器乾燥機を使う方法で、50度の設定で12時間乾燥させるという、それを見たとき食器乾燥機が臭くならないかとおもったが、続きを読んでいくと部屋が臭くなると書いてありました。

いろいろ試して自分で作ってみようと思います。

干し納豆

干し納豆

私の小さいころの納豆と今の納豆を比べると、納豆の製造技術が進んだためか、今の納豆の方が糸の引き方が格段によく引く。その分栄養の方への影響は、向上しているのだろうか、変わらないのだろうかそれとも低下しているのだろうか。
そのようなことを思っていると、40年ほど前だが好日山荘で干し納豆を売っていたので、それを買って家の近くの山を一日かけて登ったりしていたことを思い出した。
一度、干し納豆を作ってみようと思うが、どのようにすればよいか。納豆をザルに盛って干せばよいのか、皿に入れて干せばよいのか、それとも紙に乗せて干せばよいのか。ザルなら干したあと納豆のネバネバはどうなるのか。竹のザルが良いのか、金属製のがよいのかプラスチックのがよいのか。皿なら干しあがったあと納豆が皿にこべりついてしまわないか。紙ならなおさらだろうか、硫酸紙だったらどうだろうか。そうだ、スーパーなどで肉や魚を売っているトレーを使ってみたらどうだろうか。
そのようにいろいろ思いを馳せながら、ネットで「干し納豆」と入力して検索してみた。

まずは、ドライ納豆の栄養
きらっとのすごいぞドライ納豆のページからhttps://kira-to.com/dry-nattou-eiyou/
ドライ納豆の主な成分(100gあたり)
エネルギー  520Kcal
脂質  30.6g
たんぱく質  32.2g
炭水化物  29.0g
ナトリウム ( 280mg
マグネシウム  180mg
リン  342mg
ビタミンE  ?mg
亜鉛  3.4mg

粒納豆の栄養価
株式会社ヤマダフーズのページよりhttp://www.yamadafoods.co.jp/library/nutrient/
たんぱく質 6.6g
脂質 4.0g
炭水化物 4.8g
ビタミン 1.2mg
ミネラル 430mg
食物繊維 2.7g

それぞれ量や計測法が違うので参考にならないかな。

干し納豆の作り方には二通りあるそうです。一つは塩をまぶして干す、もう一つはぬめりを取ってほす。
いくつかのページを見てみたがおおむね次のように書かれていました。

そのまま干す方法は、市販の納豆一パックに塩1~2グラムを入れて皿やザルに入れて干す。
冬の天気の良い乾燥した日に3日から1週間ほど干す。むら無く干すためにには空気にまんべんなく触れるように、一日1回程度納豆を交ぜる。

ぬめりを取る方法は、ボールに納豆を入れ、水を4~5回ほど変えて、ぬめりがなくなるまで水で洗いながす。よく水気をきって塩をまぶしてキッチンペーパーに納豆を広げて干す。干す期間はそのまま干すのと同じです。

ほかに、オーブンで乾燥させる方法では、100度から130度で1時間のどで出きる。ただ目玉の血管を詰まらせる「血栓」を溶かすナットウキナーゼが高温で壊れてしまうと書いてありました。
冷蔵庫で乾燥させる方法がありました。これはふたとフイルム取って冷蔵庫に入れておくだけだが、乾燥させるにはかなり時間がかかるようです。
それよりビックリした方法が紹介されていた。それは食器乾燥機を使う方法で、50度の設定で12時間乾燥させるという、それを見たとき食器乾燥機が臭くならないかとおもったが、続きを読んでいくと部屋が臭くなると書いてありました。

いろいろ試して自分で作ってみようと思います。

干し肉

干し肉について調べてみると、干す場所は風通しのよい場所ならばどこでもよいが、直射日光を避ける。 腐ってしまう原因になると書いてありました。りますから。

それなら漬け込むのが手軽のようです。料理をする前に肉に下味をつけることを発展させたものと考えられます。

・チャック付きの透明のビニール袋に、香辛料や醤油や酒や赤ワインなどを適当に配分して漬け込む、肉は買ってきたら水道で洗って、水分をよくふき取る。
・できるだけ、空気を抜いてチャックをするる。
・冷蔵庫に入れて半日から数日好みに合わせてお好みで漬けます
・長期漬ける場合は一日一回、数秒くらい揉むと肉全体に味がなじむようです
  別に長期間漬けたから美味しくなるとは言えない、2日ぐらい着けるのがよいようです。
・また、牛肉の味噌漬けや酒粕漬けなどもありますね、こちらは発酵食品に漬け込むのでまた別の味わいがあるでしょう。
・発酵食材にいつけるなら、ヨーグルトに漬けたり、納豆をみじん切りにしてそれに漬け込むのもよいかもしれないですね。

昔戸建に住んでいたので、燻製を作ったことがありましたが、魚やチーズ、卵、肉や野菜などに挑戦したが、こちらは火を使うので目を離すことができないし煙が出るので近所にも配慮が必要になるので、集合住宅では難しいです、ベランダですると近所迷惑です、隣の家の洗濯物に匂いが付いたらたいへんです。それならと部屋の中ですると煙探知機が検知してひと騒動になりそうです。

干し肉についてはもう少し調べて見たく思います。

干し魚

3日に干し野菜ついて書いたが、多くの野菜を干すと甘みがまし、いろいろなビタミンが生成され栄養価が高まる。

では、魚や肉ではどうだろうか、魚で代表的なのがスルメやイワシやシシャモの目刺しなどでしょう、荒巻シャケなどでしょう。
魚を干すのは塩をまぶしたり刷り込んだりでしょう。それよりまずは新鮮な魚を手に入れることが課題です。
漁村町などでは新鮮な魚も手に入れやすいでしょうが、住宅地名のどの町ではそうはいかないです。

少しインターネットで調べてみました。
やはり一番は新鮮な魚で作るのが一番と書いてありました。
次に大切なのは、魚をつける塩水の濃度で、濃すぎても薄すぎてもいけないと書いてありました。
・先ずは、はらわたを取り出すこと。次に切り身でも、魚丸ごとでも簡単に水洗いをしてヌメリをとる。水に晒し過ぎると魚の旨味が逃げたり、身に水分が浸み込んでしまう。
・次に塩をまぶす、これも多すぎても少なすぎてもいけないが、保存期間や好みもあるようです。
・塩水につける場合は、塩分濃度は約3.5%が最適で、塩分濃度3.5%は海水と同じ濃度だそうです。これにより魚の余分な水分を抜くと旨味成分であるアミノ酸が濃縮され、天日干しで乾かすことで、干物の表面に膜をつくり、魚の身の水分を抜けにくくする。これが干物魚は焼いたとき身がふっくらとしているのは身の水分が抜けていないからでしょう。。

・具体的には、魚を丸ごと買ってきたなら、はらわたやエラを包丁で丁寧に取り除く。
・魚を開いたら水洗いして汚れをとる。水洗したら水分を丁寧にふき取る。魚の臭みが気になる人は、血合をきれいに取り除くと匂いがとれる。
・塩分濃度3.5%の塩水に酒を少々いれて、約20分ほどつける。
・魚を塩水から取り出し、ザルに並べて水分を切る。ここで水洗は絶対しない。キッチンペーパなどで水分を適当にふき取るのもよいよようです。
・ザルごと天日干し用のネットに入れ、風通しのよい軒下などに吊り下げ天日干しする。
・針金ハンガーに魚を突き刺して干すのもよいでしょう。この場合ネットに入らないのでハエなどの虫除けが課題ですね。
・風通しが悪いところでは扇風機の利用も一つだと思う。

干物に塩味をつける方法は、「振り塩(直接塩を振りかける)」と「立て塩(あらかじめ作った塩水に漬ける)」というそうです。脂が多い魚ほど塩が回りやすく、脂が少ない魚ほど回りにくいそうです。

次回は、肉の干し方

干し野菜

朝がかなり寒くなってきました。
最近干し野菜に少し凝っいるので、干し野菜を作るのにはよい季節になってきた。

私がよく作る干し野菜は、シイタケ、大根、ニンジン、ゴボウ、小松菜などです。他に玉ねぎを干していて、乾きをよくするために裏返していると、玉ねぎの美味しそうな匂いがしてきます。

シイタケはそのまま干します。
大根、ニンジンは千切りにしてそのまま干すか、一度湯でこぼしをして干すこともあります。
使い方は、豆腐を作るときに出るオカラにいれたりしています。
大きく拍子切りして、針金の洗濯ハンガーに刺して干し、ぬか漬けに漬けたりする。
ゴボウも笹切りにして、オカラに入れたり、炊き込みご飯に入れたれする。
小松菜は一度ゆでて、ハンガーに刺して干してカラカラに乾かしよく揉んで細かくして、ふりかけの材料にするなど。
他にも、ナスやピーマンなどにも挑戦してみたく思っている。

また、魚や肉にも挑戦したく思っています。

作るときに使う道具は、
・ホームセンターなどで売っている、吊るしネット籠
・竹の笊
・ステンレス製の油切り網
・巻き簾
などです。

巻き簾は適当な大きさがないので、市販のを幾つか買ってきて、ばらばらにして適当な大きさになるように作り直しています。
まあ、いろいろ苦労してつくてみているが、これからも工夫して、食べ方をもっと調べて工夫してみたく思っています。

食品原料の原産地表示義務

河北新聞の社説に、食品表示の表示義務の新しい制度が9月1日から施行されたことについて書かれていた。
それによると、これまで産地表示は加工度合の低い食品に限られていて、原産地表示があるのは27%にとどまっていたという。もっともこの表示には4年の経過措置があり完全実施されるのは2022年だという。
加工食品の原材料の産地国表示にはいろいろ難しい問題があると、社説で紹介されていました。複数の原材料を使いそれぞれ産地国が違う場合にそれぞれの産地国を表示するのか。加工食品を輸入しさらに加工された食品はその中間加工の場合はどう表示するのか、原材料の輸入先が数カ国だった場合、また原材料の輸入先が頻繁に変わったりする場合にはどうするのか、そのため、包装の表示をその都度変えるのか、可能性のある国を複数列挙すのか、「輸入」とするのか、まだ具体的な表示の素案も定まっていないようです。
遺伝子組み換え食品も、EUでは加工食品すべてが原則とされているが、日本では一部の食品に限られていて、遺伝子組み換え食品に対しての表示義務のありかたにも、課題が残っていると指摘しています。

遺伝子組み換え原材料を食品への使用が認めれている国内で食品への使用が認められているのは、トウモロコシ、大豆、ジャガイモ、菜種、8作物。そしてそれらを原材料とする加工食品の重量に占める割合が、原材料の3位以内で、その量が5%以上の場合は、遺伝子組換えと表示する義務になっていると言う。
また、しょうゆ、ドレッシング、菜種油など、加工の工程で組み換え遺伝子が検出できない食品は対象外とされてるそうです。
日本は世界一の遺伝子組み換え食物の作物輸入国で、米産のトウモロコシは、その9割が遺伝子組み換えと言う。また、それらのトウモロコシは家畜の飼料に使われているが、その家畜と牛や豚はどうなるのだるか。中間加工食材として扱われるのだろうか。

このブログでも遺伝子組み換え食品について、数回かいたが害虫に強い野菜ということは虫も好まない食べ物ということで、見方によっては生き物にとって有害なもかもしれない。遺伝子組み換え技術は歴史も浅く人体への影響もどれだけあるかまだ実証も無ければ検証も難しいです。
それらのことを考えると、原産地表示の問題が食品加工者の問題としてではなく、消費者の安全性や健康への問題として進めていかないと、余分な消費者の不信を招いてしまわないかとおもいます。なにはともかく、食品の情報はオープンで行なわれることが食品の信頼を高めることになるのではないだろうか。

食の栄養について

最近の私たちの食にまつわることを考えると、私たちは殺生をして生きのびていりのだといくことから目をそらしていると書いた。

もう一つ最近思っていることがある、食べ物の加工技術が進み、食べ物本来の栄養素が低下しているのではないかということです。
一つは、玄米や胚芽米は健康にいいと言われているが、米の精米技術向上です。私の小さいころいや学生のころもそうだったように思う。精米したコメでも胚芽が完全に取れていなく残っていたように記憶している。しかし、今は完全なデンプンの塊にちかく、ビタミンやミネラル類が殆どなくなっている。精米器の発達で白米の純度があがったが、石臼で引いていた時代から比べると、はるかに栄養価が減ってしまっている。
江戸時代五代将軍綱吉は、白米などの美食をしたために、脚気になったと言われていることは良く知られたはなしです。
そのころ、日本文化の中心地であった江戸で、「江戸煩い」と呼ばれた脚気や、手足が麻痺し歩行が不自由で、口・舌などのよく回らない「よいよい病」が流行して大きな社会問題になっています。このころ白米の精米技術が発達して、白米の精白度が上がったといわれています。
また、明治維新後も脚気患者が増え、特に米飯を取り入れていた陸軍は、脚気は深刻な問題だったと言われるている。

これは、米に関したことだけでなく小麦にもいえるようです。小麦は米のようにそのまま炊くのではなく、一度製粉にしてパンにしたり麺にしたりします。この製麺も人力で臼で挽いていたのが、水車を使った水力になり、風車から蒸気になり電力になっていく、石臼もスチールのローラーになり、栄養物が失われていた。小麦には本来ビタミンやミネラル、酵素などあるのだがこれも失われていってしまっている。

これらは、米や小麦に関したことだけでなく、加工野菜にもいえることでしょう。またそれだけでなく、野菜の生産の技術が上がり、温室栽培や促成栽培などにより栽培効率が上がった反面、栄養価が低下しているとも言われています。

最近は農薬の恐ろしさに関心が高まり、無農薬野菜が注目されています。しかし、化学肥料を使わない有機栽培野菜にも関心が集まってきています。さらに、加工食品に対しての保存剤や人工着色料、人工香辛料や防腐剤や酸化防止剤など、数十年前までは使わいなかったものが使われるようになってきています。

食べ物の栄養価の低下や多くの食品添加物は私たちの身体にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

今と昔の料理本に思う

江戸時代には多くの料理本が書かれているが、どれも非常に簡単に書かれています。
いまの料理本は作り方が食材の切り方や調味料の分量や、火加減などが事細かに書かれているのになれている現代人には、とても料理の本とは言えず、これで作れといわれても戸惑ってしまうでしょう。その中から二つほど上げてみる。江戸時代に出された『豆腐百珍』というものから。

・あらかね豆腐
よく水をしぼり、つかみくずし、油気を用ひず、酒しほと醤油にて、炒つけ、すり山椒うちこむ也

・高津湯とうふ
絹ごしとうふを用ひ、湯烹して、熱葛あんかけ、芥子おく。又、南禅寺ともいふ。
大阪高津の廟(生田魂神社)の境内に、湯とうふ家三、四軒あり。其料に用ゆる豆腐家、門前に一軒あり。和国第一品の妙製なり。
京師に南禅寺とうふあり。江戸浅草に華蔵院(天台宗新堀東光院の末寺)とうふあり。

先日書いた記事もそうだが、料理のつくり方は要点だけ書いてあり、非常に簡単すぎる。これでは、読み手によって解釈の幅があり、如何様にも解釈ができる。ある程度の料理に対しての基本的な知識がないと、どのように作るかわからないところもある。また味付けのが書いていないので、味が変わってしまうだろう。

これをいまの料理帖では、次のようになります。本によるともっと細かいものもあるでしょう。
新潮社の「とんぼの本」シリーズに『豆腐百珍』を紹介した本がある、それによると次のようになっています。

あらかね豆腐
【材料】
木綿豆腐
酒、醤油
粉山椒
【作り方】
1豆腐はしっかり水を切りをし、表面の水分も布巾かペーパータオルで拭き取る。
2鍋を熱し、そこに1の豆腐を手でつかみ崩しながら入れる。火は強火。
35、6本の箸でかき混ぜながら、豆腐の水分を飛ばす、鍋に豆腐がくっついたり、大きさがまちまちであっても構わない。ともかく手早くがポイントだ。
4水気がなくなったところで、酒と醤油を加えて万遍なく混ぜ、火を止めて粉山椒をふり込む。

神津湯豆腐
【材料】
絹ごし豆腐
出し汁
醤油、味醂

からし
【作り方】
1四半分に切った豆腐を、湯豆腐の要領で温める。
2出し汁に醤油と味醂を加え味を調え、葛を引き、あんを作る。
3豆腐は網杓子などで崩れないように、湯から上げ、乾いた布巾に網杓子ごとのせて水を切り、深めの器に入れる。水気があるとあんが薄くなるので要注意。
4あんを豆腐の上から静かにかけ、豆腐の中央にからしをのせる。

この料理本もいまの親切な料理本に比べると、かなり簡単に書いてあるが、豆腐の水分の飛ばし方や、扱い方で注意すべき所など要点を押さえて書かれているなど非常にていねいです。

いまの時代料理に限ったことでなく、他のことでも解説本などでも事細かに書かれている。
江戸時代の『豆腐百珍』を、読んでみるとどのように作るのか、その手順で途中はどのような状態か、などかなり想像力を働かせなないと、ちんぷんかんぷんです。
一方いま書かれた本は、読むだけで作り方がわかりすぐにでも出来そうです、それだけに読みながら想像したり、作りながら工夫を凝らしたりする必要がないです。インスタント料理本と言ってもいいくらいかもしれません。

いまの時代は、忙しいというより慌ただしいと言う感じです。本当は必要がないのにその慌ただしさを自分で作ってしまっているようです。それなのに内容のない無駄なテレビ番組を見たり、スマホなどをいじって誰かとやり取りをしています。そのため、江戸時代の料理本んのように、想像力を張り巡らしながら読むような悠長なことをするのをきらい、すぐに役立てられるような本がよく売れる時代になっているのでしょう。
そういえば今は、数値目標を設定しそれを達成できたか、どれだけ近づいたかなど、すぐに結果を出すことを求められます。インスタント料理本などがよく売れるのは、それだけ生きづらい世の中になっているからでしょうか。

料理心得の歌

明治の作家に村井弦斎と言う人あり

その人が「料理心得の歌」を作っている。

・筒井筒井戸の水は虫ぞ棲む
     沸かして飲めよ漉して使え
川の水でも井戸の水でも、水瓶に溜めてその上澄みを、掬って使うものです。いまのような近代水道の水を使っていては、そのよな気を遣うことをする人も少なくなっている。

・水道の初めの水は使うなよ
     鉛の管に毒ぞ籠らむ
わたしの小さいころは、朝起きて初めて使う水は使うな、カランを回して蛇口から出た水をしばらく捨てて使えと教わった。いまは、水道の鉛菅を使うことはなく、塩ビ管なのでその必要なないですね。

・弱き火に焼かば魚の味抜けむ
     強き遠火に限るとそ知れ
最近の機密性のい台所で匂いがこもり、またガスレンジでは石綿の魚焼き網は使えず、グリルでも美味しい焼き魚は無理でしょうか。

・竹の子の皮をば先に剥き取るな
     糠諸共にゆでるこそ好き
旬の竹の子の季節、いつも水煮の竹の子を使うが、この時期は筍の木の芽あえなどいいですね。

・つやのある玉子は古き徴にて
     つや無き物が新しきなり
玉子の殻を通して息をしている卵、卵のからのつやがあるのは、殻が目づまりしているので息ができないからだと、小さいころ聞いたことがありました。

・裏漉しを横目縦目にこするなよ
     斜めに置いて使うこそ好き
最近はゴマでも「炒りゴマ」ま「擂りゴマ」が売っているじだい、家庭では裏漉しするのに少なくなってきている。

・赤茄子を刃物で剥くな湯を掛けて
     手で薄皮をとるのがかし
赤茄子とはトマトのこと、湯を掛ければ簡単に皮をむくことだできます。

・素麺をゆでるに指でさわるなよ
     油の匂ひ消えやりもせず
・じゃが芋の芽には毒あり切取って
     紅き處を口に入れるな
これも、小さいころよく聞いたはなしです。ジャガイモがでたので、ジャガイモにつてもう一つ
・ジャガ芋の新は湯に入れ古きをば
     水からゆでるものとこそ知れ
一寸した料理のコツ
・吸い物は薄めに立てよ濃過ぎて
     湯を注しなば味無くなる
・味噌汁は濃いめに立てようす過ぎて
     塩を注しなば味は無くなる
まさに塩梅ですね。

・小児には辛き料理を与えるな
     刺激のものは何よりも毒
小さいころよく聞かされたはなしです、いまもそのように言われているようですね。

小児のはなしが出たので、最後に
・小児には徳育よりも知育よりも
     体育よりも食育が先き

干し椎茸の戻し方

乾物は生のものとは違った、また別のおいしさがあります。生のものよりも格段に、おいしくなるものも多いです。
その中でも干し椎茸は、戻し汁もおいしいく、だし汁として仕えます。ただ難点は戻すのに、1日ほどかかり時間がかかることです。

通常のもどしかたは、“うま味”を最大限に引き出すのに、低温でゆっくりもどのがコツとされています。。
ジッパー付きの保存袋や蓋付きの保存容器に、5度程度の冷水を入れ冷蔵庫で戻すほうほうです。
時間は椎茸の種類によって違い、傘が開いた薄いこうしんは5時間程度。肉厚の傘が閉じたどんこは10時間程度といわれています。

これでは時間がかかります。そこで、5分で干し椎茸を戻す方法があります。

それには真空容器を使います。
市販されている真空宇保存容器を使うと5~10分程度で戻せる。これは、真空にすることで乾しいたけ内の空隙に水を強制的にいれるほうほうです。
戻す時に熱を加えないので“うま味”成分が損なわれないです。
真空容器と聞くと大がかりなものと思われそうだが、普通の密封容器の蓋に空気を抜くために弁がついていて、付属品として空気抜きのポンプついているもので、ホームセンターなどで、1,000円以下のものから、数千円程である。中には高いものもあるが、長期保存のために使うなら、品質がよいものである必要がある。しかし、今回の干し椎茸戻しに使うなら、一時的に真空にするだけなので、1,000円程のもので十分でしょう。

それでは、干し椎茸の戻し方です。
(1)真空容器に、水でさっと洗った干し椎茸を入れ、全体が浸るぐらいまで水を入れる。
(2)できるだけ乾しいたけが水に浸かるように、氷や落とし蓋を使う。
(3)蓋を閉め付属のポンプで空気を抜く。椎茸から気泡が出て椎茸の中の空気がぬける。
(4)数十秒置いてから空気を入れる。これにより椎茸の中に水が入る。空気の出し入れは2~3回繰り返す。椎茸に水分が含まれると、椎茸が沈むのを確認する。
(5)軸の根元は戻りにくいので、途中で取り出して切り落としてから戻すとより早く戻る。

他にも電子レンジや湯を使う方法あるが、真空容器を使うのがベストのようです。

おまけ
その1
干し椎茸の戻し汁は、料理にだし汁として使うのだが、たくさんの干し椎茸を戻したため、大量の戻し汁が余った場合は、製氷トレーに戻し汁を入れ凍らして、冷凍庫で保存すると使いたいときに小口で仕える。

その2、
干し椎茸を多く戻しすぎたとき、これもジッパー付きの保存袋にいれ空気が入らないようにして保存する。また、ひとまとめにして入れるのではなく、重ならないように並べていれると、取り出すとき必要な個数だけ取り出せる。

その3
真空容器は保存や乾物を戻す時だけでなく、浅漬けをつくるときにも便利です。野菜の脱水と浅漬けの素が同時にできる。こちらも空気を抜く空気を入れる、容器を振るなどして野菜を混ぜることを数回繰り返してしばらく置いておくだでで、即席の浅漬けができる。

その4
真空容器やジッパー付きの真空ポリ袋もあります。
それらを使って、肉や魚の下拵えに使うと調理の、時間短縮ができます。
家に帰るのが遅くなってしまった。こんな時に短時間で下拵えができる。肉か魚などを入れ、醤油や香辛料を入れて空気を抜くだけです。時間をかけて熟成まではいかなくても、味が肉のなかまで浸み込みます。

おいしい食べきり運動ネットワーク

日本は食料自給率が非常に悪い国であるにも関わらず、食品の廃棄量は非常に多く食品ロスや残飯が大量にでています。
そのようなことから、これらを見直そうとする働きかけがあります。
全国おいしい食べきり運動ネットワーク協議会と言う競技会があり、多くの自治体がそれに参加し、啓発活動を行っています。
自治体がこの運動に関心をよせるのは、食品の無駄をなくすだけでなく、食べられるのに捨てる「食品ロス」による、ごみ削減により処理費用の削減にもまります。また、それが消却過程で地球温暖化の原因を防止。また家計への負担減にもつながるとして具体的な取り組みをしているところが増えてきているようです。

全国おいしい食べきり運動ネットワーク協議会は、外食時向けに「宴会五箇条」をを提唱している。
(1)料理の適量注文を心掛ける
(2)開始30分、終了10分前に食べきる時間をつくる(3)たくさん料理が残っているテーブルは少ないテーブルに分ける
(4)司会者は「食べ残しのないように」と声掛けする
(5)食中毒の危険のない料理は持ち帰り用として折り詰めを注文する。

これは、新年会や忘年会など様々な宴会があるが、宴会を首謀する幹事は参考にする必要があるでしょう。

また、家庭での取り組みとして、「食材使い切り」「生ごみ水切りチェック」などの取り組みも啓発している。
大根の皮はキンピラにするなど、野菜の皮やしっぽまで食べる。食材を腐らせないように、必要な分だけ購入する。残った料理は再利用して別のおかずを作ってみるなど、「食材の使い切り」は、始末の料理もなりその食材を食べるという感謝の現れともなるでしょう。

ゴミ削減については、国の調べによると、食品ロスは年間632万トンに上るといわれている。半分は家庭からで、残りは飲食店や工場から出ているそうです。これによると国民1人当たり、毎日茶わん1杯分のご飯を捨てている計算になるそうです。

「もったいない」だけではなく、食材を捨てることは食べる側の命を長らえるために、生命を捧げてくれるのだから、その食材に対して失礼になります。その意味でもこの「食べきり」運動が広がっていくとよいものでしょう。

テーマ : 美味しかった♪
ジャンル : グルメ

遺伝子組み換え食品

食品の表示をみると、「遺伝子組み換えでない」と表示されたものをよくみるようになった。
消費者庁は、食料品の遺伝子組み換え表示義務の拡大することの検討に入りることが明らかになった。

現在は大豆やトウモロコシなどの8作物の、33品の加工食品が対象とされている。
EUでは遺伝子組み換え作物を使ったすべての加工食品が対象だ。それと同程度の表示義務の導入ができるか検討にはいるそうです。
日本では、国の安全審査で確認された8品種の遺伝子組み換え作物、それを使用した33食品は、表示上位の3位以内と、重量に占める割合が5%以上なら、遺伝子組み換えであることを表示しなければならない。言い換えれば上記の条件を満たしていなければ、遺伝子組み換え作物を使っていても表示する義務がないと行くことになる。

この表示は消費者にとっては、できるだけ表示された方が選択する基準ができありがたい。しかし、加工食品がいしゃとしては、消費者が関心がたかく安全性に心配なだけに、販売に影響があるのでできるだけ表示したくないであろう。
また、遺伝子組み換え作物を使っていても、醤油や味噌な発酵や蒸留したものは検査では検出されないので表示義務はない。
一方で遺伝子組み換え作物を使っていなければ「遺伝子組み換えでない」との表示は、任意でできることになっている。
消費者団体は、現在も多くの遺伝子組み換え食品が出回っており、今の表示制度は不適切だとして、全食品を対象にするように義務づけるように望んでいる。

加工食品には使用している原材料の表示欄に「遺伝子組み換えでない」と表示されているが、その表示方法の見直しがなっされて、今までより表示が厳しくなるようです。
農薬はその作物に対する害虫を殺虫してしまうもので、その植物に対しては影響を及ぼさないが、害虫である生き物に対しては殺してしまうものです。虫は小さな生き物ですが生命体です、人間も同じ生命体で全く影響はないとは言えないものです。
そのため、農薬は時を経るとその毒性は次第に分解され減衰する。それにより、消費者が手にする時の残留農薬の数値が決められ、その使用法などが厳しく決められている。
しかし、遺伝子組み換えは食物は農薬のような、化学物質は付着していないが、時間が経つとその毒性が衰退(衰頽)していくのではな。しかし、害虫に強い植物とは生命体である害虫も食べないということは、虫がそれを食べれば何らかな影響があるから食べないということ。また遺伝子組み換え食物でも成長を促す組み換えもある。それらが生命体である人間にどのような影響を及ぼすかはよく分かっていない。

いま、消費者から農薬に対する安全性が厳しくなり、防虫での遺伝子組み換え作物が発明され。また穀物や野菜の収穫率をあげ単価価値を下げる、遺伝子組み換え食物が生産されている。しかし、日本では遺伝子組み換え食物に対して消費者の不審と警戒感が強く、規制や表示に対しての取り組みを強化する事を訴える声が強くなっている。
そのようななかで、遺伝子組み換え作物が使われているかいないかの表示制度のもっと明らかにすることが、色に対する信頼を高めることになる。消費者庁は消費者である国民の安全をまもるためにも、食品会社の意見を聞き入れるのではなく、消費者である国民の声を深く聞き入れるべきでしょう。

銀杏

イチョウの木にたわわにギンナンをつけて、ポトポトと地面に落としています。
そのギンナンを拾って家に持ち帰り、家で手袋をはめ果肉を取り除きギンナンの実を取り出し、果肉をきれいに取り除くと濡れているので黄土色をしている。それを笊籬に広げて二三日干してよく乾かすと、白いギンナンが、袋いっぱいになった。。

ギンナンは秋の風味としておいしいものですが、生では食べられないし、なかにアレルギーもあるようです。そのため、一度に10粒程度食べるのがよいようで、それ以上食べると体をこわすこともあるという。

ギンナンの火の通し方にはいろいろあるようですだ。わたしは、ペンチなどで殻にすこしヒビを入れて、殻を剥いて電子レンジで暖め殻を剥く。しかし、渋皮が残っているので湯に漬けてオタマの底でコロコロさせながら剥く。
また、生のまま湯で熱しながらオタマの底で皮をを剥く。これが一番よいようです。
他には、ギンナンの殻に少しヒビを入れてから、封筒などに入れて二三個ポンと弾ける音がsるまで、電子レンジで暖める。

さて、このギンナンをどうやって食べようか、いろいろな量に添えると、翡翠色をしたギンナンが調理した料理をおいしく見せてくれます。

また、油で少し炒め塩をふり、肴にするのもよいかもしれない。いろいろとためしてみようと思います。

最後にギンナンと栄養を調べてみました。
脂質、糖質、たんぱく質、ビタミンA・B群、ビタミンC、ビタミンE、鉄分、カリウム、パントテン酸などたくさんの栄養が詰まっているようです。昔から優れた滋養として重宝されてきている。
カロリーは1粒で約5キロカロリーほど。ナッツなどに比べるととてもヘルシーです。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 100年前の教訓
    竹林泉水 (05/09)
    コメントありがとうございます
  • 100年前の教訓
    レインボー (05/09)
    初めてコメントします。

    100年前のスペイン風邪が流行ですが、与謝野晶子の指摘、感心しました。
    ご指摘のとおり、100年前と同じことが繰り返されているとは、驚きました
  • 東京五輪の延期は
    竹林泉水 (03/27)
    オリンピックの開催はようやく、1年程度の延期との結論がでました。
    ただ、政府は新型コロナウイルスの封じ込めにどこまで、本気でいるのかヨーロッパやアメリカや韓国など
  • 東京五輪の延期は
    アジシオ次郎 (03/25)
     おはようございます。

     東京オリンピック・パラリンピックは1年延期となったわけだが、新型コロナウイルスという道の猛威には勝てなかったというか、この状況で予定通
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    竹林泉水 (02/20)
    「桜を見る会」などを棚上げすれば、モリカケのようにうやむやにされ、日本の行政がますますゆがめれれていく。
    コロナウイルスの対処は別問題では?
    一所にすれば、両方と
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    幽村芳春 (02/19)
    「桜を見る会」の論戦はいったん棚上げにして、今国会ではコロナウィルスなどの防疫問題を論議してほしいと思います。
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    竹林泉水 (02/07)
    コメントありがとうございます。
    五観の偈をとなえて食事をなさっておられるのですか。 頭がさがります。

    企業活動や時の政権も、この「五観の偈」を、政治や商売に置き
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    幽村芳春 (02/03)
    私も必ず「五観の偈」を唱えてから食事をいただいています。実際に唱えると五観の偈の意味がよくわかります。
  • 津久井やまゆり園の裁判
    竹林泉水 (01/15)
    こちらこそ 今年もよろしくお願いします。

    やまゆり園の裁判で、被告が突然暴れ出したとニュースされたとき、詳しいことが報道されなかったので、よく分からなかったです
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