竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

干し椎茸の戻し方

乾物は生のものとは違った、また別のおいしさがあります。生のものよりも格段に、おいしくなるものも多いです。
その中でも干し椎茸は、戻し汁もおいしいく、だし汁として仕えます。ただ難点は戻すのに、1日ほどかかり時間がかかることです。

通常のもどしかたは、“うま味”を最大限に引き出すのに、低温でゆっくりもどのがコツとされています。。
ジッパー付きの保存袋や蓋付きの保存容器に、5度程度の冷水を入れ冷蔵庫で戻すほうほうです。
時間は椎茸の種類によって違い、傘が開いた薄いこうしんは5時間程度。肉厚の傘が閉じたどんこは10時間程度といわれています。

これでは時間がかかります。そこで、5分で干し椎茸を戻す方法があります。

それには真空容器を使います。
市販されている真空宇保存容器を使うと5~10分程度で戻せる。これは、真空にすることで乾しいたけ内の空隙に水を強制的にいれるほうほうです。
戻す時に熱を加えないので“うま味”成分が損なわれないです。
真空容器と聞くと大がかりなものと思われそうだが、普通の密封容器の蓋に空気を抜くために弁がついていて、付属品として空気抜きのポンプついているもので、ホームセンターなどで、1,000円以下のものから、数千円程である。中には高いものもあるが、長期保存のために使うなら、品質がよいものである必要がある。しかし、今回の干し椎茸戻しに使うなら、一時的に真空にするだけなので、1,000円程のもので十分でしょう。

それでは、干し椎茸の戻し方です。
(1)真空容器に、水でさっと洗った干し椎茸を入れ、全体が浸るぐらいまで水を入れる。
(2)できるだけ乾しいたけが水に浸かるように、氷や落とし蓋を使う。
(3)蓋を閉め付属のポンプで空気を抜く。椎茸から気泡が出て椎茸の中の空気がぬける。
(4)数十秒置いてから空気を入れる。これにより椎茸の中に水が入る。空気の出し入れは2~3回繰り返す。椎茸に水分が含まれると、椎茸が沈むのを確認する。
(5)軸の根元は戻りにくいので、途中で取り出して切り落としてから戻すとより早く戻る。

他にも電子レンジや湯を使う方法あるが、真空容器を使うのがベストのようです。

おまけ
その1
干し椎茸の戻し汁は、料理にだし汁として使うのだが、たくさんの干し椎茸を戻したため、大量の戻し汁が余った場合は、製氷トレーに戻し汁を入れ凍らして、冷凍庫で保存すると使いたいときに小口で仕える。

その2、
干し椎茸を多く戻しすぎたとき、これもジッパー付きの保存袋にいれ空気が入らないようにして保存する。また、ひとまとめにして入れるのではなく、重ならないように並べていれると、取り出すとき必要な個数だけ取り出せる。

その3
真空容器は保存や乾物を戻す時だけでなく、浅漬けをつくるときにも便利です。野菜の脱水と浅漬けの素が同時にできる。こちらも空気を抜く空気を入れる、容器を振るなどして野菜を混ぜることを数回繰り返してしばらく置いておくだでで、即席の浅漬けができる。

その4
真空容器やジッパー付きの真空ポリ袋もあります。
それらを使って、肉や魚の下拵えに使うと調理の、時間短縮ができます。
家に帰るのが遅くなってしまった。こんな時に短時間で下拵えができる。肉か魚などを入れ、醤油や香辛料を入れて空気を抜くだけです。時間をかけて熟成まではいかなくても、味が肉のなかまで浸み込みます。

おいしい食べきり運動ネットワーク

日本は食料自給率が非常に悪い国であるにも関わらず、食品の廃棄量は非常に多く食品ロスや残飯が大量にでています。
そのようなことから、これらを見直そうとする働きかけがあります。
全国おいしい食べきり運動ネットワーク協議会と言う競技会があり、多くの自治体がそれに参加し、啓発活動を行っています。
自治体がこの運動に関心をよせるのは、食品の無駄をなくすだけでなく、食べられるのに捨てる「食品ロス」による、ごみ削減により処理費用の削減にもまります。また、それが消却過程で地球温暖化の原因を防止。また家計への負担減にもつながるとして具体的な取り組みをしているところが増えてきているようです。

全国おいしい食べきり運動ネットワーク協議会は、外食時向けに「宴会五箇条」をを提唱している。
(1)料理の適量注文を心掛ける
(2)開始30分、終了10分前に食べきる時間をつくる(3)たくさん料理が残っているテーブルは少ないテーブルに分ける
(4)司会者は「食べ残しのないように」と声掛けする
(5)食中毒の危険のない料理は持ち帰り用として折り詰めを注文する。

これは、新年会や忘年会など様々な宴会があるが、宴会を首謀する幹事は参考にする必要があるでしょう。

また、家庭での取り組みとして、「食材使い切り」「生ごみ水切りチェック」などの取り組みも啓発している。
大根の皮はキンピラにするなど、野菜の皮やしっぽまで食べる。食材を腐らせないように、必要な分だけ購入する。残った料理は再利用して別のおかずを作ってみるなど、「食材の使い切り」は、始末の料理もなりその食材を食べるという感謝の現れともなるでしょう。

ゴミ削減については、国の調べによると、食品ロスは年間632万トンに上るといわれている。半分は家庭からで、残りは飲食店や工場から出ているそうです。これによると国民1人当たり、毎日茶わん1杯分のご飯を捨てている計算になるそうです。

「もったいない」だけではなく、食材を捨てることは食べる側の命を長らえるために、生命を捧げてくれるのだから、その食材に対して失礼になります。その意味でもこの「食べきり」運動が広がっていくとよいものでしょう。

テーマ : 美味しかった♪
ジャンル : グルメ

遺伝子組み換え食品

食品の表示をみると、「遺伝子組み換えでない」と表示されたものをよくみるようになった。
消費者庁は、食料品の遺伝子組み換え表示義務の拡大することの検討に入りることが明らかになった。

現在は大豆やトウモロコシなどの8作物の、33品の加工食品が対象とされている。
EUでは遺伝子組み換え作物を使ったすべての加工食品が対象だ。それと同程度の表示義務の導入ができるか検討にはいるそうです。
日本では、国の安全審査で確認された8品種の遺伝子組み換え作物、それを使用した33食品は、表示上位の3位以内と、重量に占める割合が5%以上なら、遺伝子組み換えであることを表示しなければならない。言い換えれば上記の条件を満たしていなければ、遺伝子組み換え作物を使っていても表示する義務がないと行くことになる。

この表示は消費者にとっては、できるだけ表示された方が選択する基準ができありがたい。しかし、加工食品がいしゃとしては、消費者が関心がたかく安全性に心配なだけに、販売に影響があるのでできるだけ表示したくないであろう。
また、遺伝子組み換え作物を使っていても、醤油や味噌な発酵や蒸留したものは検査では検出されないので表示義務はない。
一方で遺伝子組み換え作物を使っていなければ「遺伝子組み換えでない」との表示は、任意でできることになっている。
消費者団体は、現在も多くの遺伝子組み換え食品が出回っており、今の表示制度は不適切だとして、全食品を対象にするように義務づけるように望んでいる。

加工食品には使用している原材料の表示欄に「遺伝子組み換えでない」と表示されているが、その表示方法の見直しがなっされて、今までより表示が厳しくなるようです。
農薬はその作物に対する害虫を殺虫してしまうもので、その植物に対しては影響を及ぼさないが、害虫である生き物に対しては殺してしまうものです。虫は小さな生き物ですが生命体です、人間も同じ生命体で全く影響はないとは言えないものです。
そのため、農薬は時を経るとその毒性は次第に分解され減衰する。それにより、消費者が手にする時の残留農薬の数値が決められ、その使用法などが厳しく決められている。
しかし、遺伝子組み換えは食物は農薬のような、化学物質は付着していないが、時間が経つとその毒性が衰退(衰頽)していくのではな。しかし、害虫に強い植物とは生命体である害虫も食べないということは、虫がそれを食べれば何らかな影響があるから食べないということ。また遺伝子組み換え食物でも成長を促す組み換えもある。それらが生命体である人間にどのような影響を及ぼすかはよく分かっていない。

いま、消費者から農薬に対する安全性が厳しくなり、防虫での遺伝子組み換え作物が発明され。また穀物や野菜の収穫率をあげ単価価値を下げる、遺伝子組み換え食物が生産されている。しかし、日本では遺伝子組み換え食物に対して消費者の不審と警戒感が強く、規制や表示に対しての取り組みを強化する事を訴える声が強くなっている。
そのようななかで、遺伝子組み換え作物が使われているかいないかの表示制度のもっと明らかにすることが、色に対する信頼を高めることになる。消費者庁は消費者である国民の安全をまもるためにも、食品会社の意見を聞き入れるのではなく、消費者である国民の声を深く聞き入れるべきでしょう。

銀杏

イチョウの木にたわわにギンナンをつけて、ポトポトと地面に落としています。
そのギンナンを拾って家に持ち帰り、家で手袋をはめ果肉を取り除きギンナンの実を取り出し、果肉をきれいに取り除くと濡れているので黄土色をしている。それを笊籬に広げて二三日干してよく乾かすと、白いギンナンが、袋いっぱいになった。。

ギンナンは秋の風味としておいしいものですが、生では食べられないし、なかにアレルギーもあるようです。そのため、一度に10粒程度食べるのがよいようで、それ以上食べると体をこわすこともあるという。

ギンナンの火の通し方にはいろいろあるようですだ。わたしは、ペンチなどで殻にすこしヒビを入れて、殻を剥いて電子レンジで暖め殻を剥く。しかし、渋皮が残っているので湯に漬けてオタマの底でコロコロさせながら剥く。
また、生のまま湯で熱しながらオタマの底で皮をを剥く。これが一番よいようです。
他には、ギンナンの殻に少しヒビを入れてから、封筒などに入れて二三個ポンと弾ける音がsるまで、電子レンジで暖める。

さて、このギンナンをどうやって食べようか、いろいろな量に添えると、翡翠色をしたギンナンが調理した料理をおいしく見せてくれます。

また、油で少し炒め塩をふり、肴にするのもよいかもしれない。いろいろとためしてみようと思います。

最後にギンナンと栄養を調べてみました。
脂質、糖質、たんぱく質、ビタミンA・B群、ビタミンC、ビタミンE、鉄分、カリウム、パントテン酸などたくさんの栄養が詰まっているようです。昔から優れた滋養として重宝されてきている。
カロリーは1粒で約5キロカロリーほど。ナッツなどに比べるととてもヘルシーです。

夏バテに炊き立てのご飯?

暑い日が続くが、このような日が続くと夏ばてが心配です。

夏ばて解消に「気」について考えてみた。

私たちのは「気」のつく言葉がたくさんあります。元気 気迫 活気 血気 湯気 気息 気相 気体 気脈 気孔 外気 呼気 吸気 心気 磁気 湿気 蒸気 気風 気分 気味 気配 排気 病気 正気 邪気 気骨 気品 快気 狂気 内気 陰気 陽気 健気などまどまだあります。いかに「気」が日常の生活のなかに、余すところなく隅々まで、及んでいるかを示していると言えます

「気」は本来は「氣」と書きます。「气」は雲気や水蒸気などゆげを意味します。「米」は私たちの主食である米です。となると「気」はゆげの立っている温かいご飯のことになる。
つまり、暑いからと冷たい物ばかり食べるのではなく、温かいご飯をたべっることにより、身体の中に「気」取り入れることになるといえます。

おいしい炊き立てのご飯を食べるようにしたく思います。

料理の始末

広辞苑で「始末」と引くと
1はじめとおわり。始終。首尾。
2事の次第。事情。特に、よくない結果、傾城禁短期「この始末の男に身を売り給ひては、後の世とて恐ろしき事ぞ」。「何しろあの始末だ」「始末が悪い」
3きまりをつけること。整理すること。しめくくり。処理。「始末をつける」「火の始末」
4浪費せず、つつましいこと。倹約。世間胸算用(1)「貧家または始末なる宿には、是を買はずに祝儀をすましぬ」。「始末して暮らす」
とあります。

ネットなどで「始末 料理」と調べると。余り物でつくる、冷蔵庫に眠っているものを使ってのレシピがでてきます。
また、次のような記事もあります。大阪商人のケチとかドケチなどの言葉がでてくる。しかし、それはしみったれのようなものではなく、食材を余すことなく使い切る。やすい食材でも食べられるところが少なくてはいけない。鯛などでは、刺身を造り、焼き魚にし、頭はあら煮にし、骨はだしをとる。フフになると、鰭酒とうのがあるように、高い食材では余すとこなく使いこなすことが大切です。日本料理が世界的に注目され、京料理がその代表のようにいわれていますが、京料理なども始末の極意を極めたものといえます。京料理のその見た目と味の上辺だけでなく、その始末のしかたこそが京料理であり日本料理ではないだろうか。

この始末は私たち人間が生きながらえるため、他の生物の命を奪っていくのだから、食材を余すことなく使いこなすことは、その食材に対しての感謝を込めることになるのです。先に鯛についてかいたがそれ以外でも、たとえば大根料理をするとき、その菜っぱ葉を使って料理をする人は少ないでしょう。また多くの料理は皮をむきますが、その大根を使って料理をすることもすくないです。魚を三枚におろすと、骨が付いた部分は皆どうしているでしょうか。まあ、カボチャや人参でも里芋でも、煮くずれを防ぐため角を落としてしまいますが、それらの切り落としはどうしているでしょうか。味噌汁の具にするなり、ものよっては醤油などで下味をつて、豆腐と和えたり他の料理混ぜてしまうこともできます。三枚おろした真ん中の骨は出汁に使ったり、焼いて身を食べたりします。
このようにできるだけ、生き物であった食材を捨てることを少なくすすることが始末上手ということです。

しまつとは、始まりから終わりまでの事の一部始終で、顛末をつけることです。そのように考えると、あらゆる生物は、他の生き物の命を奪って、己の命をつないでいるので、始末上手は地球上の生き物の頂点にたっている人間として大切な事だと思う。

しかし、今の世の中を見ると、いかに食べ物を疎かにしていることでしょう。調理した料理の食べ残し、加工食品で製造過程で出る見栄えが悪いとされる歩留まり品、野菜や果物でも見栄えがわるいからと、出荷されず廃棄されるもの。このように私たちの手に入る前の段階のもの。市場などで食材を買い、調理する段階ででる食べ物の片材をしててしまうなどはできるだけ少なくしたいものです。またそのように心がけることは、命を奪った生き物の感謝をささげることじたいが、始末の極意を身につけることだとおもう。

サンマと松茸

秋の味覚と言えば、サンマと松茸。
松茸前線とうのがあるそうです、桜前線はよく聞きますが、私は初めてききました。南北に長い日本列島を、北海道から始まり、南下していきます。八月中旬に北海道で始まり、九月上旬に津軽海峡を渡り、九月下旬に中部地方。十月に入って、近畿地方から中国四国と、前線は下りといきます。

ところで、国産の松茸は高く、高嶺の花です。最近はそのため中国などからの輸入品が多いようです。ところで、松茸は香りを楽しむものですが、その香りは、松茸を採ってから、数日で香りが抜けてしまうそうです。だからやはり国産がよいのでしょう。外国からの輸入品はどうしても、採ってからの日にちがたっっていしまいます。
また、国産でも、買ってから大事に取っておいては、香りが抜けてしまいます。買ったらすぐに食べるのがよいです。

さらに、日本では赤松の林に生えたものを、松茸といいますが、外国産の松茸は、樹木が異なることが多いそうです。そうなると、厳密に言うと、松茸とは言えないでしょう。
春からなつんいかけて、降水量が多く、残暑が厳しいときは、松茸は豊作と言われています。

松茸が豊作の年は、サンマが不漁といわれますが、本当でしょうか。サンマ前線もしだに下がって来ています。

機能性表示食品

健康食品の「機能性表示食品」の表示制度が始まり、今日からその商品が店頭にならびます。日本消費者庁はこ、この制度は「消費者にメリットがあるから、有効に活用して欲しい」といっています。
しかし、食品を製造したり販売する側に、商品の広告やパッケージに、健康に良いと書くことができ、そのメリットがあるが、消費者には食品に対する情報を受け身的で、どれだけのメリットがあるのだろうか。「有効に活用してほしい」というが、有効に活用できない消費者には、その責任は消費者にあると言っているように聞こえる。
これは「消費者庁」という看板を降ろした方がよいのではないだろうか。
消費者庁は、食品会社が消費者を惑わすような宣伝をしないように、厳に監視監督を強化していくべきです。

私自身は、「トクホ」やこの「機能性表示」などはなくしてしまった方がよいと考えている。
いまの食品、特に野菜や養殖などの魚や、飼育されている鶏や豚や牛などの肉は、昔と栄養価が違ってきているという。どちらかというと栄養価が低くなっているといいますう。野菜などは、効率よく育てられるように品種改良がされ、さらに、消費者が癖のない味を好む人が多くなったせいか、味が薄くなってしまているように思います。トクホや機能表示食品をたべるより、少しエグ味があっても、味の濃い昔食べたような野菜などを食べたいです。

You are what you ea

私たちは生きたものを、食べて生きています。
しかし、人間は地球上の生物界の頂点にたっているとして、驕り振る舞っています。
牛や豚や鳥を殺して食べるだけではないです。
近代的な快適な生活をするために、薬や食品添加物また、様々な化学物質が、人にどのような影響を及ぼすかを、動物で臨床実験をしています。

遊行社が「先住民族の叡智」という本があります。

そこの次のような言葉が載っていました。

どのような動物も
あなたより
はるかに豊富な
知識をもっている
ネズバース部族


人間は粗末にした動物から
懲罰として
病気をもたらされ
その動物から
治癒する方法も
教示された
クリー部族

この言葉を読んでいると、英語のことわざをおもいさしました。

You are what you eat
食べ物によって人は生きられている

どのような生物も、他の生命力を犠牲にして、命を繋いでいます。このことは、私たち人間はあらゆる生き物を犠牲にして生きています。これらの言葉をよく噛みしめて、忘れてはならないものだとおもう。

江戸の食生活

先日、中央公論社の中公文庫の三田村鳶魚の著作集である、鳶魚江戸文庫の中の「娯楽の江戸 江戸の食生活」の前半「娯楽の江戸」の巻頭の一つを紹介しました。
こんどは同じ文庫本の後半の、「江戸の食生活」の巻頭の一つを読んでみます。

それによると、江戸の人は奢ることをよくしたそうです。「江戸時代の町人の人達は、その身分の差がいろいろありましたけれども、それには拘らず、奢りにいく、といいまして、毎月一回なり二回なり、家族を連れて料理屋へ行く、とういう仕癖がありました。これは、旦那株の人でも、半纏を着ている人でも、奢りに行くといえば、必ずこういうことをやったものです。その他にも、自分の家で出来るものばかり食っていないで、料理屋なり何なりについて、食物の供給を受ける。また、それを好む様子があった。これは、相当な台所を持っていないからそういう風が起こったかといいますと、そうではない。町家でも、家によっては、我儘な生活の出来る人でも、やはりそういう傾向がありました。それがまた、一々に料理の沿革というものになってゆくわけであります。」と書かれている。
しかし、江戸の初期幕藩体制が確立する寛永頃でも、「海道の立場のほかには、食べ物の供給をする場所がなかった。」また、江戸市中でも享保の半ばまで、「丸の内から浅草観音までの間には、食物屋がなかった」と鳶魚は書いています。
それまで、食べ物を買って食べるという、今で言う外食は、旅をするときぐらいしかしなかったようです。江戸時代では木賃宿が多かったそうですから、旅に出ても食事は、燃料の薪を買って自分で作ることが多かったようです。それが、江戸の町に食べ物屋が多くなったのは、「元禄十三年の地震火事(これは、元禄16年11月23日M7.9-8.2の『元禄地震』の間違いではないかと思う。)の後には、焼け場に田楽売りがでました。一串三文でしたが、何しろ震災後ですから、町人ばかりじゃない、士衆もこれを食べた。その翌年飢饉でみなが困った時、江戸の端々へ煮売り小店がでた。昔の飢饉は物がないので飢饉がくるので、今の飢饉とは違いますからどうしてもこういふうになる。」。
この事からしても、今のコンビニ店や食べのを出す店がいち早く、被災者支援のためと店を開けようとしていますた。その流れがどの時代にもあるのでしょう。
それはともかく、同じ中公文庫に三谷一馬が著している「彩色江戸物売図絵」「江戸商売図絵」みると、食事関係の棒手振り屋台や小店が沢山描かれていて、多くの店や屋台があったことがわかります。

池波正太郎の鬼平犯科帳の長谷川鬼平は、食通で知られ小説でも必ず小店に行き、箸を突く場面が書かれています。平蔵は延享2年-寛政7年5月19年の人で、晩年は幕末ですから、その比は江戸の町は棒手振りや屋台多沢山行きかっていたのでしょう。

鳶魚は商売の方法は三通りあると書いています。「行商する者と、辻売りと言って人の大勢寄る所へ持ち出して売る者と、場所を動かずに店を構えてやるんとと、おおよそ三通りあります。」。この行商は天秤棒を担いで売る棒手振のことで、屋台を担いで売るのが辻売りでしょう(江戸の町は荷車を使うのは制限されていたそうです。大店などは発達した水路で荷物を運んだといいます。今はその水路のほとんどは、道路になったりしてています)。

三代将軍家綱の寛文10年7月には、午後六時以降の商売を禁ているので、その比にはすでにこれらの店があったことが言えます。「テンヤ物といって、他から供給sる食べ物を嫌う風がある。料理屋からものを取ることさえ、嫌う家がありました。後々までも、買食いというのは、ごくいけないこととなっております。町家の堅い家では、武家の風を真似て、そうなったわけです。後にはそうばかりもゆかなくなりましたが、それでも、大きな町家では、外へ出る時には弁当を持って行く。あるいは、先々へ申しつけておいて、どこそこで昼食をするから、といって支度をさせて置く、と言う風になっている。以下略」
いまも、買い食いと言うことがは、あまりいい意味では使われないですね。

しかし、そういわれながらもここでは、いわゆる今でいう外食のことですが、あまり良い事ではなかったですが、現代はファーストフード産業が大流行のように、今と同じように当時も人気産業だったようでうす。

テーマ : 外食グルメ
ジャンル : グルメ

食品の安全について

最近次の本を手にしました。

   「コンビニの買ってはいけない食品、買ってもいい食品」
   「コンビニの買ってはいけない食品、買ってもいい食品」

   「コンビニの買ってはいけない食品、買ってもいい食品」
   「調味料の危険度 調べました」

   「加工食品の危険度 調べました」
   「加工食品の危険度 調べました」


この本を読んでいると、私たち日本人の食事は、どのようになっているか、それを考えると恐ろしくなってきます。
その上、このところ人気が出てきている食事サービスがあります。高齢者・健康志向者向け、食事宅配サービスです。
これらの給食宅配サービスは、営利企業ですからできるだけコストを下げることを考えます。その事業が順調に業績を伸ばし拡大するにつれ、その利益の追求と無駄と手間を省くことがされます。
そのため、給食宅配で調理される加工食品は、保存剤や添加物や科学(人工)調味料が大量に使われることになります。その多くは国などが認可したものですが、完全に安全と言い切れないです。ましてや、料理はいろいろな食材が使われ、食事を豊かにします。その分言い換えれば添加物や保存剤が複合的に使われていることになります。

確かに、自分で調理せず宅配で送られてくると便利です。しかし、その手間を省いた分だけ、健康を害するリスクもあるといえなく無いように思ってしまいます。
また、これらの本を読んでいると、ブラック企業ではないかと囁かれている、全国展開している外食産業業者が、高齢への健康な食事サービスの提供として、高齢や向けの宅配給食に進出しています。しかし、利益追求の体質からすると、そのサービスは要注意ではないかと疑ってしまう。食材が安価で調理に手間をかけず、一度の大量に作れ、宅配への輸送時間に耐えられる給食といえば想像ができます。一番安全と思われていた、学校給食でもその値段を押さえるために、その安全性が疑われるニュースが時々新聞に載ったりしています。

また、社会福祉法人などが提供している、老人向けのサービス付き介護賃貸住宅などので、食事のサービスも提供しています。それらも職員の手間を省くため、食材や調理の仕方に工夫がこらされているでしょう。しかし、その中には厚労省の食品の安全基準など満たしているとしえ、いろいろな調味料や添加物も使われているでしょう。しかし、その中には先に述べたように必ずしも身体害が無いと言い切れないものもあります。
また、高齢で咀嚼や嚥下が衰えた人に、食べ物にトロミを付けたりの加工もされます。いま様々なそのような添加物が開発されていますが、開発されたばかりなので長期的に見てどれだけ安全かまだ分かっていないものもあるようです。また、特定の食材と混ぜ合わせるとどうなるかも分からないものも多いです。
自分たちが食べるものが、どのような状況になっているのかをよくしりたいものです。
私が小さい時はまだ、チキンラーメンは世にでていなかったです。そのころから加工食品などのレトルトなどが広がっていきました。また、夏野菜は夏しか食べられず、冬野菜は冬しか八百屋に売っていなかったです。今は四季を通じて夏野菜も冬野菜も食べられます。それにより食卓の彩りは豊かになりましたが、それぞれの野菜の栄養価はというと、その季節をはずれた野菜は、栄養価が低いようです。

こう見ると自分が日頃口にしている食べ物にはいろいろな問題点があるようです。それらにも目を向けて生きたいものです。
最後に、中国の食肉の問題やファストフード店の異物混入事件がありますが。安全な食品としてスーパなどで売られている用品は、人口調味料、化学調味料、保存剤や着色料などの化学物質が入っています。
それでは食品に虫が入っていたとして、その食品の中に入っている化学物質とどちらが安全化といえば、自然の生物である虫かもしれません。皮肉な言い方ですが今の食べ物はそれほど、化学物質に汚染されてると言っていいかも知らない。


少余談ですがその、サービス付き賃貸住宅のチラシが新聞の折り込みで入っていたので見てみました。一戸の間取りを見ると、それはとても住宅と言うものでは無かったです。病院の洗面トイレ付きの個室か、安価なホテルのシングル部屋を思わせるものです。老後の余生を趣味をしながら過ごせる個室ではなく、ただ寝るだけのような個室でした。悪く言えば刑務所の独房の豪華な部屋といいたく思うほどでした。

食品の異物混入

食品の異物混入が問題になってきているが、なにが問題の本質なのだろうかと思う。目に見えるのはビニール片や鉄片や虫が入っていたり、歯が入っていてしまっている。それは、具体的に形のあるものなので分かりやすく、それが問題だの焦点だと思いがちです。
しかし、中国の食肉加工工場で使用期限が過ぎたものが使われていたり、床に落としたものやカビが生えたものを混ぜて加工し出荷されていた、ニュースは記憶に新しいです。わたしは、食品への異物混入と、カビが生えている材料を加工していた問題とは根は同じだと思います。
日本でも、3秒ルールと言われたり、返品商品の再利用などが問題になったことがあり、同様のことは何度も繰り返されてます。

その点をよく見ていると、小さな零細製造者ではなく、それらの問題を起こす会社は、チェーン店であたり、親会社が市場に大きなシェアーを占めている所です。
これらの消費者に提供される食品は、工場で生産されています。そのほとんどはベルトコンベアーに乗って、安く大量に生産されているものです。そこでは徹底した生産管理がされているはずですが、他社より商品の値段を安くするため、より大量生産をし生産効率を上げる工夫がされています。
小さな商店の商品に人気が高まり、商品がよく売れるようになると、店舗を増やしたたりして生産量を増やします。それ自体は悪いことではないが、よく言われるのは支店を増やしすことにより、商品の品質管理が落ち味が落ちたと言われることがあります。

また、商店や会社を大きくしていくと、雇っている従業員の生活を保障するため、雇用を維持し続けるた必要があります。そのため、今まで以上に会社を大きくしたり、維持することが大切になてきます。
そのため、より生産効率を上げるために、今まで余分な添加物や人工加工物を使っていなかっが、生産性を高めるために、家内工業的な生産をしていたのが、工場での加工生産をするようになったりします。
そのため、いろいろな自然界のものを使うだけでなく、化学物質も大量に使う企業が多くあります。現在の食品会は全てそうだと言ってよいでしょう。

しかし、それは本当に自分たちが口に入れるものだと言うことに対して、消費者自身がもっと気を使う必要があるのではないかと思う。

ひとえにそれは、マスコミなどジャーナリズムが、話題にしないからではないかと思う。それを物語るのに丁度よいタイミングで、食品異物混入事件があり、その直後と言うか事件の究明のタイミングからすると、同時と言える期間にコンビニなどで万引きや異物を入れるところを、動画サイトに投稿した事件がありました。マスコミ各社はそれを、大々的に報道し食品異物混入の事件の報道は潜めてしまいました。。
私たちの食品の安全性に関わる大きな問題でこれからも継続的にそのことを報じていて欲しいところです。しかしマスコミは「つまようじ少年」などと書き立て、読者・視聴者の興味を引き、結果的に目をそらしてしまうようなことをしています。

いま、私たちの食品の問題は、安全性や栄養面や健康面など、様々な課題が課せられています。マスコミはそのようなことを報道し、私たち国民がもっとそれらに対して意識が高まる報道がなされることにきたいしたいです。

七草粥

今日は七草粥です。

春の七草とは春を代表する7種の若菜のことですね。

・芹(せり)
水辺や湿地に自生するセリ科の多年草。特有の香気をもつ若い葉と茎を食用にする。、…食欲が増進。

・薺(なずな)
道端などに自生するアブラナ科の越年草。春、茎頂に白い小花をつけ、のち三味線のばちに似た実を結ぶ。春の七草の一つ。三味線草。ペンペングサ。…江戸時代にはポピュラーな食材でした。

・御形(ごぎょう)(=ハハコグサ)
春から夏、茎頂に黄色の小花を多数つけるキク科の越年草。若い葉・茎は食用。春の七草の一つで、御形(ごぎょう・おぎょう)…風邪予防や解熱効果

・繁縷(はこべら)(=ハコベ)
春、白い五弁花をつけるナデシコ科の越年草。春の七草の一つ。ハコベラ。…目によいビタミンAが豊富で、腹痛の薬。

・仏の座(=タビラコ)
早春、花茎の先に黄色い頭花をつける、キク科の二年草。田の畦(あぜ)などに自生する。若い葉は食用。春の七草の一つ。ホトケノザ。コオニタビラコ。…物繊維が豊富。

・菘(すずな)(=カブ)
野菜として栽培されるアブラナ科の越年草。主として球形の根を食用にする。品種が多い。カブラ。カブラナ。カブナ。スズナ。…ビタミンが豊富。

・蘿蔔(すずしろ)(=ダイコン)
ダイコンの古称。古くから野菜として栽培されるアブラナ科の一年草または越年草。まっすぐに伸びる根は太くて白い。葉は羽状に裂ける。根・葉ともに食用。栽培品種が多い。春の七草の一つ。…消化を助け、風邪の予防


七草粥の行事はもともと、季節の変わりめを祝った五節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)の一つで一年で最初の行事です。
人日の日とは、古代中国では正月一日を鶏の日 二日を狗の日 三日を猪(豚)の日 四日を羊の日 五日を牛の日 六日を馬の日としてその日には、その獣畜を殺さない日でした。そして七日を人の日として占う習慣があったと言われいます。
その習慣が中国からつたわり、近世になり武家で七種粥を祝いそれが、町家や農家に広がったものと言われています。そして人日の日に「七種菜羹(ななしゅさいのかん)」という7種類の若菜を入れた汁物を食べて、無病息災を願うものです。

いまはスーパーなどで7種類をパックに詰めて売っているので、野にでて摘み取りに行くこともなく便利な世の中です。
ただ、季節はまだ冬の真っ盛りでまだ若菜の芽も土の中でそしょう。今年の旧暦の一月七日は2月25日でそのころになると、七草も野にでると摘める摘めるようになってくるでしょう。

「食らう」と「身土不二」

「食らう」と「身土不二」

からだと土は一つ、生活しているその土地で育ったものをたべ、見た目や味でなく身体が欲するものを食らう。

いまの近代的な生活は、食生活を変化に富んで多種多様で豊かです。一年中いろいろな野菜や魚や肉が、いつでも食べることができます。キュリやトマトなどは夏の野菜で、大根や白菜は冬の食べののです。しかしこれらの野菜は、一年を通して八百屋さんやスーパーなどで買うことができます。また、物流通が進化して、地球の裏側の食べ物も食べられます。このことは決して悪いことでなく、むしろ逆に私たちの生活を豊かにしてくれます。また物流の発展は、食べ物を安定して供給してくれています。それにより、ヒモジい思いをすることより、肥満だと生活習慣病だと贅沢な心配をしています。

ただ、そのような贅沢さのなかでも、忘れてはならないことがあるとおもいます。
それは、その土地で育ったものを食らう、その季節の旬を食らうということです。

動物は他の生き物を食べることによいり、自分の生命を維持させていきます。そして、その生命を維持するには、栄養のバランスをとりながら、食べることは言うまでもないです。しかし最近は美味しいものばかりに、目が行ってそればかり食べてしまう。それにより糖尿病になったり、他の様々な内蔵病を患ってしまう人が多いです。お金を持って豊かな食生活を送れる人だけでなく、お金がなく日々の食事の遣り繰りが大変な人は人で、お腹に溜まりやすく満腹感が味わえる脂ら濃っい物をよくとるので、肥満に名ってしまう人もいます。

しかし、人間としていや一動物として、素朴なからだを支えるものを食べていくことが大切です。それは、植物は大地が育んだものであり、肉なども大地が育んだ植物を食べているので、野菜も肉も大地の気を食らっていることになると考えることができます。
そして、生活しているその土地その土地の野菜や動物などは、その土地の気候風土に合い、その気候風土の変化に適応し、また気候の変化にも抵抗して育まれています。
温暖な地域で育った野菜と、厳しい環境で育った野菜なら、同じ野菜でもその味に違いがあるでしょう。厳しい環境では野菜も自分自身が成長し続ける為の栄養を取り込み蓄えます。温暖な栄養豊かな土地なら、いつでも栄養があるので、わざわざ栄養を貯める必要はないです。
人間も厳しい環境にいれば、それなりの栄養をとらないといけないですから、それなりの栄養があるものを食べることが大切です。

昔はその土地その土地で、それぞれの野菜があり、それを育ててその地域で食べていました。最近は、地域特産の野菜などが手に入りにくくなってきています。あまり売れないないのや、味が好みに合わないためか、生産しても儲けにならないからでしょうが残念に感じます。


人間は大自然の摂理に従って生きることが大切だと思う。しかし、四季を通して同じ野菜があり、地球の裏側で育てられた物を食べる時代ではなかなかそのようなことを感じるのも難しくなってきているようです。
なにか生きにくくなってきたものです。

都会と田舎暮らし
都会では、スーパーなどに行って、野菜などの食べののお金を払って買ってこないと生きることができない。
田舎は、多少お金がなくても、畑で野菜などを育てていたら、生きていくことができる。自分の生活しているその土地のその時々の恵みを喰らうことができるのです。

都会ぐらしと田舎ぐらし、どちらを選ぶのがよいのでしょうか。

野菜の普段棄てているところ

今年の夏は、例年の倍以上の雨が降って、日照不足になっています。そのため野菜の値段が上がっています。

わたしの学生のころは、八百屋で大根を買えば葉がついて売っており、店先で落とし売っていました。わたしは、その落とした葉をタダで貰って、下宿に帰り大根なめしにしたり、大根の葉を細かく刻んで炒め醤油で味付けして佃煮にしたりしていました。
最近は、大根を葉付で売っている店を探すのが苦労するほどです。他の野菜でも、ホウレンソウや小松菜なども根付で売っていないです。この根のところやその付け根には栄養が溜まっていると言われますが、いまはそのような所は食べないので、ゴミになるだけだと敬遠されるようです。

しかし、野菜を料理するときに捨てる部分も、工夫しだいで美味しく食べられる部分がものです。それを考えると実は、捨てなくていいところを捨てているのが多いとおもいます。

そこで、クックパッドという料理のレシピを紹介したサイトがあります。
しらべてみると、ゴーヤのワタは栄養もあり苦みもないの美味しい食べ方があるそうです。
かぼちゃの種も食べられると載っていますが、かぼちゃの種は中華料理で南瓜のたねとして、おつまみなどとして昔からよくしられています。
そうだ、私は時々ですが、すいかを買ってきたら、皮をぬか漬けにします。クックパッドにはウリ科なので、ウリの料理と同じようなレシピも紹介されていました。

トウモロコシのヒゲ
かぼちゃの種
ゴウヤのわた
すいかの皮
大根の皮
大根の葉

それぞれ、いろいろな調理の仕方のレピシが載っていいます。
他の野菜でも普段棄ててしまうよなところの料理も載っているようです。ほかにもまだまだたくさん載っていましたので、リンクしてみました。興味のある方は参考にしてみてください。

牛肉の赤身

日本では牛肉といえば、霜降り肉といわれます。
最近健康志向のためか、脂身が少ない赤み肉に、人気が集まっているようです。
牛にとっ筋肉に脂身が溜まってる、霜降りが入っているのは、よいことなのでしょうか。人が筋肉に牛のような霜降りになっていると、重度の生活習慣病で即入院になるのだろうか。
そこで霜降り肉について調べて見ると、次のように書いてあることをまとめると、次のようになると思います。

霜降り肉の牛は、霜降りができやすい遺伝子を持った牛で、本来は異常な状態だと言えるそうです。
霜降りを採れる部位はそれほど多く、肩ロースからその周辺の部位に限られる。
また、次のようにもあります。肉牛を飼育する時に、運動をさせ健康に育てると肉が硬くなる。そうすると肉の中に脂肪が入りにくくなる。霜降りは筋肉の中に、細い脂肪が巻き付いた状態で、異常といえば異常なものでです。


(もともと、筋肉には赤筋と白筋があるが、これは遅筋と速筋とも呼ばれ、筋肉自体の色で脂肪によるものではないです。
白筋は赤筋に比べて筋肉の収縮速度が2~3倍速いです。そして、赤筋は酸化的リン酸化系によって、ブドウ糖を二酸化炭素まで分解して多くのエネルギーが得られるが、白筋は解糖系によって無酸素的エネルギーを得るので、ブドウ糖をピルピル酸・乳酸までしか分解できないので疲れやすいと言われています。ただ、この白筋、赤筋は脂身でなく筋肉自体の質の違いです。)


筋肉に脂身があると体にはどう影響するのか。
普通体に脂肪分が溜まるのは、筋肉に霜降りができるのでなく、筋肉と皮膚の間や筋肉と筋肉との間に脂質が溜まるのを指します。
人間の肥満は、皮下脂肪についたもので、霜降りの筋肉の中についた脂肪は別でといえる。牛肉の赤み思考は霜降りの病気にさせられないようになりいいことかもしれない。

しかし、最近サルコペニア肥満というのがあるそうです。霜降りのように筋肉に脂肪が溜まるものです。
誰でも年を取っていくと、筋肉の量は減っていきます。これは、筋細胞が壊れていく方が新しく出来るより多いからです。そうすると、筋細胞が縮小し細胞間にすき間ができ、その間に脂肪が溜まるそうです。このような筋肉は、血流も悪く健康によくないです。


さて、話を食べ物にもどします。
フランス料理の高級食材に、フォアグラがあります。フォアグラは、強制的に肥育したガチョウの肥大した肝臓です。ガチョウは無理矢理食べさせられて、育てさせられて、挙げ句の果ては肝臓を食べられる為に殺されてしまいます。
そのことを考えると、霜降り肉は遺伝子が異常な肉を、大切に育てて食べていることになる。

人間の食欲とは貪欲なものです。
人も動物であるから、他の命を頂かなければ生きていけない。動物の命を頂くのは心傷むものです。それを己の腹を満たすために、他の生き物たちのことを省みずに、奪って行くことはいかがなものか。命を頂くにも、頂方があると思う。

道元の「赴粥飯法」の食事前の五つの瞑想に次のようにある。
一つには功の多少を計り、彼の来処を量る
   目の前に置かれた食事が出来上がって来るまで、いかに多くの手数が掛けられたかを考える。
二つには己が徳業の全欠を忖って供に応ず
   この食事を頂くことは、数多くのものの供養を受けることにほかならず、自分にはその供養を受けるにたる事をしてきたかを反省して供養をうけよ。
三つには心を防ぎ過を離るることは、貪等を宗とす
   常日ごろ迷いの心が起きないように、過ちを犯さないように心がけるが、その際に貪りの心 怒りの心 道理をわきまえない心の三つを根本として考える。このことは食事においても同じである。
四つには正に良薬を事するは、形枯を療ぜんが為なり
   こうして食事を頂くのは、良薬を頂くのと同じである、体が痩せ衰えるのを防ぐためである。
五つには成道の為の故に、今此の食を受く
   食事を頂くことは、仏道を成就するという目標があるのだ。

これらを考えると、他の生命を奪って己の命を継ぐんでいくことを、よくよく考え自分の生き方を省て、その食べ物を頂く資格があるのかを考えることどれだけしているでしょうか。
健康に悪いから食べないとか、健康によいから食べるといいながら、飽食で残飯を大量の廃出している。テレビなどでは食べ物を題材にした番組も大流行です。それだけならいいが、大食らいや食材を疎かにして笑いをとる番組の、視聴率が高くなったりする。

道元の「赴粥飯法」の食事前の五つの瞑想は大切にしたいものです。
 功の多少を計り、彼の来処を量る
 己が徳業の全欠を忖って供に応ず
 心を防ぎ過を離るることは、貪等を宗とす
 正に良薬を事するは、形枯を療ぜんが為なり
 成道の為の故に、今此の食を受く

他の宗教では食べるときにどう向き合うのでしょうか。
キリスト教では
天にましますわれらの父よ、
願わくは、み名の尊(とうと)まれんことを
み国の来たらんことを
み旨(むね)の天に行なわるるごとく地にも行なわれんことを。
われらの日用(にちよう)の糧を今日(こんにち)われらに与え給(たま)え。
われらが人にゆるすごとく、われらの罪をゆるし給え、
われらを試(こころ)みに引きたまわざれ、われらを悪より救い給え。
アーメン。

イスラム今日は私は詳しくは知りませんが、食に対する戒めは豚肉を食べてはならないなど、不浄のものは食べない厳し戒律はよく知られています。
少しネットで調べたのですが、食前の祈りは、たくさんありますがあるようで、「主よ、現世でわたしたちに幸いを賜い、また来世でも幸いを賜え。業火の懲罰から、わたしたちを守ってください。」が、有名だそうです。また、アッラーによって食べ物を与えられた者は、次のように言うそうです。『アッラーよ、それにおいて私たちを祝福し、それ以上に良いものを私たちに施してください。』

どちらにせよ食べ物を疎かにしてはならないという点では共通しているようです。

フカヒレを食べる、タラコを食べる明太子を食べるために、フカやタラを獲るのですがヒレや卵巣以外の部位はどうしているのでしょうか。
命を頂いているのですからそれらの部位も無駄にしてはならないはずですね。

テーマ : 美味しいもの
ジャンル : グルメ

健康食品とはなんだろう

健康食品などが身体にどのようによいかを具体的に表示する、機能性表示が企業責任で解禁されるそうです。これより国の管理指導責任はなくなり、企業が独自に開発した食品が、どの身体の部位によいかの表示ができるようになるそうです。しかし、食品はその食品だけが身体の特定の部位に影響するものではないです。複合的総合的に身体に影響するものです。ある一つの健康食品を食べたから、身体によいとは言えないものです。その健康食品を食べたたことによるより、他の食材や自身の生活習慣の方が、人間の身体に大きく影響するもです。
そのため今後、広告の内容を検証する機関がこれから必要になるでしょう。

また、「間違いだらけの食品選び」という本を書けばよく売れるようになるでしょう。そしてその本が公正厳正で科学的な根拠にもとづいたものなら、食品の品質も上がるうえ、何よりも消費者が食品に対して正しい考えをもち、粗悪な健康食品が駆逐されていくことになればと思います。

素麺と冷や麦 と「冷やしうどん」

学校は夏休みに入り、夏本番になりました。

夏の涼をたのしむ食事といえば、「素麺(そうめん)」と「冷や麦(ひやむぎ)」です。
この二つの違いはどう違うのでしょう。
「ざるそば」と「ざるうどん」の違いは、そば粉を使っているかいないかと、太さの違いがあり一目瞭然です。
「そうめんや冷や麦」と「うどん」の違いは、延ばすのと切る違いです。そうめんには「手延べ素麺」と言い、うどんは「手打ちうどん」と言います。

では、素麺と冷や麦の違いはどこが違うのか。私は今まで素麺は少しずつ細く延ばす製麺の段階で、乾燥を防ぐため油をつかうか使わないかだと思っていました。
しかし、乾めんの太さの定義(JAS規格)と言うのがあり、それによると、そうめん: 直径1.3mm未満。冷や麦  : 直径1.3mm以上、1.7mm未満。と決められているそうです。そして、1.7mm以上になると「うどん」になり、幅が4.5mm以上、厚さが2.0mm未満になると「きしめん」になるそうです。

それでは、油を使う使わないの違いはあるのかと思うと。「全国乾麺協同組合連合会」によると、双方の違いは太さのみで、太いのが冷や麦、細いのがそうめんだそうです。

今年の夏も暑くなるとのこと、私は冷や麦より素麵の方が好きでなので、たくさん食べて涼を楽しみたいと思います。

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野生の肉

ジビエ料理が地方で注目されているそうです。

ジベエとは野生の狩猟された野生動物の肉のことです。
日本では主にシカやイノシシなど害獣として、狩猟された肉が食用肉として出回っている。しかし、実際に市場に出回るジビエ肉は、狩猟される全体の3%にとどまり、ほかの動物の肉は棄てられているそうです。

人口の過疎化により耕作放棄地が増えたり、山林の手入れがおろそかになり山林があれ、野生の動物たちが里に出てくることが多くなっています。それにより里に下りてきた野生動物は畑を荒らしたり、人に危害をおよぼすことも増えてきています。そのため害獣として捕獲されて殺されています。

ジビエ用の狩猟は食肉となるので、銃弾による食べる部位の損傷や、銃弾により内臓が飛び散り味が悪くならないように気を気をつかう。また狩猟直後に血抜きや解体といった処理を適切に行う必要が、法律や条例で義務づけられいる。また、狩猟して直ぐに食べるのではなく、数日をかけて熟成させるので、保存設備もいります。。

また、ジビエが提供される時期もあります。私の住んでいる地域では、シシ肉(いのしし)料理がこの時期になれば売り出されます。このように野生の鳥獣は、冬に備えて体に栄養を蓄えるため、秋がジビエの旬の時期となるのです。
ある週刊誌にはジビエ肉の生肉の刺身や生レバーやなどが、美味しいと紹介しているのがあると聞きます。
牛レバ生刺しのレストランなどでの、提供することがウイルス肝炎の危険性があるため禁止させました。そうすると、法律で禁止されていない、牛より怖い豚レバを生で食べさせる店が出てきました。豚には豚ヘルペスウィルスやトキソプラズマを保有しているので、生で食べてはいけないと、昔から言われ子どもころから教わってきました。
法規制以前の問題ですが、それを食用に提供しようとする、儲かればよいという商道徳心を疑ってしまいます。
ましてや、野生の動物の肉には、まだまだ判っていないウイルスや寄生虫がいます、豚肉以上に危険なしょくざいで、適切な加熱処理をして食べないとものです。

人間の都合で害獣とされ狩猟され、殺される野生動物のためにも、捨てられるのではなく「いただきます」「ごちそうさま」と、人が食べることはよいことだと思っています。そして、ジビエ料理をだす料理店が増えたり、ジビエを普及させるため、その美味しさを紹介して、家庭の食卓に乗るのは大変良い事です。
しかし、先の週刊誌のように美味しいからと、健康や生命に危険性のある、間違った食べ方を推奨と思えるな記事を書くのは、大手の週刊誌などが記事にするのは驚きです。
そのようなことをすれば、ジビエの販路の拡大の妨げになるでしょうし、野生動物の肉に対しての誤った知識を、人々の植え付けることになるので、野生動物に対してもしつれいでしょう。

8月31日は 831で、ヤサイの日

8月31日は 831で、ヤサイの日だそうです。
今日の朝刊にキユーピーマヨネーズの広告に「野菜から食べる」とありました。

・食べる順序 1野菜を炭水化物より先に食べる 2血糖値が急速に上がらない 3インスリンの分泌が抑えられる 4血糖が脂肪に変わりにくい
・食べる測度 食事は一口30回かむなど、ゆっくり食べる
   血糖値を急速に上げないためには、ゆっくり食べることも一つの方法です。
   一口30回ほどかむように意識すると、食べるスピードを落とすことができます。
・食べる時刻 すべての食事を12時間以内に取る
   朝食から夕食までが12時間で収まっていれば、体の代謝は持って生まれたリズムで働くと考えられています。
   12時間のサイクルを意識して実践するだけで減量につながることもあります
 朝:昼:夜の食事は3:3:4
   一日の食事でエネルギー量の理想的な配分比は、3:3:4。朝食を抜いたり、夕食だけ高カロリーなものをたくさん食べたりせず、バランスよく3食食べることが大切です。
・人の生体リズムは約25時間、1日1時間ずれる
   人は一日約25時間の生体リズムを持っています。これを放っておくと、夜更かしのほうにずれてしまいます。
   これを防ぐためには、朝の強い光を浴びて、栄養バランスのとれた朝食をとること。体が朝であることを認識し、リズムがリセットされます。

この広告で言われていることは、昔からよく言われていることです。
しかし、忙しい現代社会ではなかなかできないこともあります。また、一人で住んでいればよいですが、家族で住んでいると他の者に気をつかって、生活のあり方を合わせたりしてしまいます。
この中で、できることを見つけてまずやって行きたいとおもいます。

「野菜から食べる」「ヒトクチ30回噛む」「朝起きて日の光を浴びる」
それと、次のことを私はしています「一箸ごとに箸を置く」

生活が乱れないように、していきたいものです。

食べ物はどのように食卓にのぼるのか

私たちの食卓には、毎日おいし御馳走が並びます。その料理に使われる材料がどのようにして作られているのか。NHKなどのテレビ番組で、農家や漁業の方、畜産業の方が美味しい食材が、食卓に登るように大変な苦労と知恵と汗の結晶であることが放送されています。しかし、それと同時に人間の胃袋を満足させるために、いかなることがなされているかの知らないところが非常に多いのです。先にブログに書いた、賭場のようすなどを思うことなどはないです。

「動物の解放」という運動をされている方がいます。その中で紹介されている動物の虐待とも言える行為には、なんと私たちの食卓の上に乗る肉などは、このようにして作られているのかと、驚かされるものがありあます。
さきに、屠殺場のことのブログ記事をかきましたが、屠殺だけでなく食料となる肉をせ産する上で、神をも恐れぬような繁殖や飼育の方法がなされているのは、推測すればできたことかもしれませんが、そのようなことが行われて食卓の上に上っているなどとは夢にも思わなかったです。

私は、この「動物の解放」の運動が正しいとは思いません、逆におかしいと思うところがあります。この運動している人が訴える、それらの行為すべてを悪だとは思いません。それより、自分たちの生命の糧として戴いている食べ物は、このようにして食卓の上に上るのだと言うのは知っていてもいいとおもいます。そして時々でもいいですから、他の生き物の命を戴いているということを思いまし、人間の驕りにたいして反省しなくてはならないと思います。

粥百珍

[赴粥飯法]によると、お粥には十の利点があると言われています。
粥有十利
・色つやが良くなる
・力が出る
・寿命が延びる
・安らかになる
・頭が冴え口中爽やかになる
・消化が良い
・病気を防ぐ
・飢えを満たす
・渇きをいやす
・便通が良くなる

これを見ると、変なシリアル食品や健康食品などを食べるより遙かに利点が多くありいいように思う。

禅僧など初めて入門する人が、寺の精進料理を食べると始めは、量の少なさに物足りなく味気なさに不満がつのるそうです。しかしそれを数日、数ヶ月続けてゆくとだんだんと、身体に変化がきたしてくるそうです。始めは空腹のつらさがあったが次第になくなり。便通がよくなり肌の色つやが良くあり、身体が軽くなり力もついてきて、集中力もましてくるそうです。
そして、粗食で菜食で味も薄い素食なので、味覚が鋭利になってくると言われています。

以前にもブログの記事で[典座教訓]のことを書いたとき、「時に随って改変し、大衆(修行僧)をして受容安楽ならしむるべし」。要は、季節の食材をそのときの状況に応じ臨機応変に工夫し調理し、修行者している人を満足させ明日の修行に励める料理を造れ。と言っているのでしょう。

調理とは、食材を道理に適って調えることで。
料理とは、料は米に斗で、米を升で量ることです。食材を正しくバランスを善く適え合わせることです。

粥は禅僧の朝食にでる料理です。それを考えると単に粥といっても、されど粥、まさしく粥というべきでしょう。

昆虫食

NHKの「おはよう日本」の世界のニュースザッピングで、イギリスのBBCが放送したニュースを紹介していました。その内容は、人口爆発で、このままだと今世紀末にはタンパク源が足りなくなる。その解決策として昆虫をタンパク源とするようになる。おいしい昆虫の食べ方などが研究されていると紹介されていました。

昆虫を食べると言うと、ゲテモノ好きだと眉をひそめられそうですが、イナゴやハチの幼虫など本当は、日本人も昔か良よく食べている食材です。フランスなどではカタツムリは高級食材として食べています。それを考えると昆虫を食べることはそんなに奇異なことではないのでしょう。
ニュースの映像をみていると、無造作に鉢に盛られるのでなく、姿造りでしたが、洋皿にフランス料理のように美味しそう?に盛られていました。

去年私の近所の資料館で、昆虫についての展示をしていましたが、その中に世界の昆虫食のコーナがあったのをおもいだしました。そのときは、いろいろな虫を食べる地域があり、それぞれの文化があるのだと思いながら見ただけでした。
しかし、このニュースを見て、これからの人口爆発などからの、食料危機として昆虫も魚や肉や大豆などの穀類などと、同じように昆虫を食べることを考えて見るのも一つかなと思いました。

私はイナゴの佃煮やハチの幼虫や、スズメの焼き鳥などは、その姿を見るとなれていないと食欲はあまり起こらないです。
それは、それが何であるか知っているかより、その見慣れた昆虫の姿がをみるからと、その棲息している処もよく知っているからでしょう。

私たちが日常たべている、豚のロースや、ハムなどは何ら抵抗無くたべますが、目の前で焼いている豚の丸焼き見ると、食欲はそそるでしょうが、一寸驚きと豚君可哀相と思い、感謝の念を抱いて食べるでしょう。魚なども鰯の一夜干しを食べる。生きたエビを剥いて食べるときの、咽を通るときの感触は生きたものを戴いているという感触をうけます。

また、見た目が判らないように調理してあっても、普段食べ慣れていないものに対して、抵抗感もあるのも現実でしょう。
私は依然友人と中華料理を食べに行ったとき、次のようなことがありました。手羽先を揚げたような肉がでてきました。私も初めて食べたのですが、鳥のようですがすこしちがくので、これはカエルではないかと思い、店の人に尋ねてみました。すると店の人はカエルだと教えてくれましたが、そのとたん今まで美味しそうにた食べて、もう一皿追加しようかと言っていた友人、は食べるのを止めてしまいましった。

先に述べた、資料館での昆虫食の展示コーナーには、どのように食べるのかや、缶詰や袋詰めなども展示されていたので、国によっては食料品店で手軽に買えるもののようです。それを見ると、これから昆虫が飼育養殖され、スーパーなどの棚に並ぶ日が、日本でも来るかもしれませんね。

モリーユ茸

去年の4月18日のブログを見ると、庭に見かけない茸が生えてきていることを書いています。

    蕗の薹02
    これはちょうど1年ほど前に紹介した、
    アミガサタケの写真です。


「アミガサタケ」というもので、西洋ではモリーユ茸といい珍重され食べるそうです。見た目はグロテスクですが、美味しいというので今年も生えてきたら、食べてみようかと思案しています。

それはともかく、今年もそろそろその季節になるので、また生えてくるかと気をつけて見ているのですが、まだ生えてきていません。しばらく庭を注意深く観察していこうと思います。


モリーユ茸をgoogleで検索してみると、楽天やAmazon で高級食材として、目の飛び出るような値段で売られていました。
それなら、たくさん採れたら、食べないで近くの洋食レストランに持って行って、料理してもらうのもいいかとも思っています。
調べると、微量のヒドラジンを含むため、生食することは避けるべきと書いてあるので、なおさら料理の専門家にお願いするのがいいかもしれません。

自分で調理して食べるべきか、レストランで調理してもらうべきか、シェークスピアの心境です。

それより、今年も生えるか、生えないかもわからないのでのです。高値で売れるとなると「とらぬ狸の皮算用」でね。

テーマ : これは美味い!!
ジャンル : グルメ

インスタントラーメンの変わった食べ方

2013/01/208
何年ぶりでしょうか、家の者が買ってきた、元祖3分間待つインスタントラーメンを食べました。いわゆる「チキンラーメン」です。

私は中学高校のころの昔は「チキンラーメン」に限らず、インスタントラーメンを、時々食べていましたが、ここ最近はインスタントラーメンなどは食べたことがなかったです。特にこのチキン出汁味のラーメンは、味が濃いので臭いをかぐだけで今一つでした。

しかし今回は特に理由があるわけでもないと言うより、それしかなかったので昼飯に食べてみました。そのときの食べ方はちょっと変わった食べ方をしました。

まず、ドンブリに麺を入れ、お湯を入れてる。ここまでは誰もが食べる食べ方と同じです。
それからが違います。一旦入れたお湯を一度棄てて、再びお湯を入れて3分待って食べました。
みなが、美味しいというところのスープを一でお捨てて食べたのです。
そうすると適度な味の濃さで食べやすく、美味しく食べられました。

それ以降、インスタントラーメンだけでなく、他の出汁付きのラーメンなども、付いている出汁の 2/3 から 1/2 を使って作るようにしています。

少しあっさり目で私には非常に美味しくいただくことができました。


テーマ : ラーメン
ジャンル : グルメ

天命地令人従身土不二

天命地令人従身土不二

天は命じ地は令し人は従う身土不二

人はとどのつまりは、動物にほかならず。動物は植物と離れて動物はなく、植物は土を離れて植物はなく、すなわち土をななれて人はないです。
この地上に存在するものは、回転する車輪がまわるようにすべて循環しているもので仏教でいう、衆生が死後、迷妄の世界である三界・六道の間で生死をくり返す輪廻の思想と同じです。

生きているその地で汗水ながし身体を動かし働き、その地の恵みを糧にして喰らうことが、身体を作る上で一番大切なことです。

またその地の厳しい自然の気候の中で生き抜き育った物を、その旬のときに喰らう。食べ物は旬の時が一番おいしく一番栄養価も高いと言われます。そして、その地で育ったものはその地の自然の力に立ち向かう力が凝縮されています。その季節その地の野菜や穀物を食べることはそれなりの大きな意味があるのです。

しかしいまの世の中の現実は、田舎ですらその地で、その季節だけのものを食べていくことは難しいことです。小麦や大豆などのほとんどは輸入に頼り、魚や野菜なども流通手段の発展により、遠で採れたり水揚げされたものが商品棚に並んでいます。
また、いまや冷蔵冷凍庫は各家庭に大きいものがあり、その中には沢山の冷凍食品が詰まっています。

日々の買い物はその日必要なものを、近くの市場や小さな小売店に行き、その日に必要なものを買いにいくことはなくなってしまいました。郊外の大型ショッピングセンターにいき、数日分の食品を買いだめしします。そのように、健康々々といいながら、新鮮なものといいながら、遠くの地で育ったものを買いだめし、家の冷凍庫や冷蔵庫に保存して、古い野菜などを食べているのです。
また毎日の食事も、家庭で手間暇かけて料理を作ることはしなくなり、加工食品などは調味料、香辛料・保存材になにが安全かわからないままに、手軽で手間暇かからないので便利だから、おいしいからといって調理済みの冷凍されたものを買ってきて、冷凍庫に保存しておき家でチンして食べています。
その食べ物には、料理することでの食材への感謝が忘れられ、食べるときに手間暇かけて料理されたことへの感謝を忘れてしまっています。
最近、テレビを見ていても食べので笑いをとったりする番組や、食べ方も品のない食べ方をする人が多いのもそのためでしょうか。

今の時代はもう、天命地令人従身土不二 は難しくなってしまったようです。
このことばは、萩原井泉水の句ですが、つぎのように続いています。
 天命地令人従身土不二
 土ハくろし
 生出でて あおし
 光なり

陽光燦々たる春日、黒々とした土より麦が青々として天に向かって成長せんとする 天地の化育に参ぜんとする

身土不二が難しくなってきていても、マンションのベランダでの家庭菜園や、近郊の貸し市民農園菜園は、人気が高く菜園借りるのに順番待ちだと聞きます。そう簡単に人類が何千年と大地に過ごし、体のなかに流れる血に埋め込まれた、「人は天命地令人従身土不二」は忘れてしまうことはないようです。
これから、益々科学技術が発展し便利になり、自然と遠のく中それを今の生活に生かし、後生にも引継いでいくかが問われているようです。

   従天而耕
   即地而喰
         天に従って耕し
         地に即して喰らう

テーマ : 料理日記
ジャンル : グルメ

ふりかけ

おもしろい本があります。

     ふりかけ


この本の装丁を見て分かるように、丸美屋の「のりたま」そっくりです。市販されているふりかけのことについて書かれている本です。

「ふりかけの本」
株式会社コスミック出版

まずは、丸美屋、永谷園、三島食品が、今までに販売したふりかけが紹介され、懐かしいふりかけの写真がたくさん載っています。

表紙の装丁自体が、懐かしい「のりたま」ふりかけの袋そのものです。

そして、この本の著者が、日本全国を巡ってコレクションされた、ご当地ふりかけの紹介されています。なかには、昔から在るその地域の野菜を使ったものもあります。

そしてこんなにもいろいろなご当地ふりかけが在るのかと、びっくりするほどです。これも、おいし白いご飯があるから、みなこのように工夫しているのでしょう。


そして、それ以外に手作りのふりかけの作り方が紹介されいます。
「鮭の皮のふりかけ」
「ファイバーボーンふりかけ」
「鰺の干物ふりかけ」
「トリ皮と大根の葉ふりかけ」
「天ぷらふりかけ」
「豚ニラザーサイふりかけ」
鮭の皮のふりかけや鰺の干物のふりかけなどは、日頃夕食や朝食で出された、塩鮭や鰺の干物の身をほぐして、炊き立てのご飯の上にのせ、熱いお茶をかけて食べたりしますが。それをいつでも味わえるように、ふりかけにしてみたものです。概ね作り方はどれも同じで、フライパンで炒めて水分をとばすか、揚げて油分を落とす、鍋で煎ったり、焙烙で熬るのが共通したつくりかたです。

大根などを干して、漬け物にしていますが、その大根の葉を一度ぬか漬けにし、もう一度寒風にさらして乾かしたものを、みじん切りにして熬ってふりかを作ってみようと思います。
それに合う他の材料をなににしようかと考えてみます。


ところで全国のふりかけで、おもしろいと思ったものをいくつかあげてみます。
北海道の「かにふりかけ」、   青森の「いか塩辛ふりかけ」、
群馬の「下仁田ネギふりかけ」、 茨城の「納豆ふりかけ」、
新潟の保存食をつかった「きりあいふりかけ」、
長野の「野沢菜ふりかけ」、   富山の「きざみとろろふりかけ」、
福井のこちらも保存食をつかった「へしこふりかけ」、
三重の「伊勢海老ふりかけ」、  大阪の「たこやきふりかけ」こちらはあまり食べたいと思わないですが流石大阪らしいです、
兵庫の「玉ねぎふりかけ」、   広島の「かきふりかけ」、
福岡の「明太ふりかけ」、    熊本の「ふりかけ高菜ごはん」、
沖縄のゴーヤを使った「うちなーふりかけ」と醗酵ウコンごまの「うちなーふりかけ」。

などなど、全国それは、ご当地の特色のあるふりかけがあるのがわかります。

そしてこの全国のご当地ふりかけをみていると、各地に冬を越すための保存食を使ったり、昔飢饉に備えて蓄えられていた保存食などを、ふりかけにしたものがあるようです。そして、これ以外にも在るのではないかと思います。
また、そのような保存食を材料にして、ふりかけをつくると、今の時代結構素朴な味で評判になるのではないかと思いました。

ソウルフードと肥満と贅沢

6日の朝日新聞の朝刊に、真鍋弘樹記者の報告に、次のような内容の記事がありました。
「揚げ物大好き、三人に一人太り過ぎ」の見出しですが、その中で記者は以前肥満だった人の取材で「一日中、揚げて揚げて揚げる。朝からディープフライした(たっぷりの油で揚げた)チキンなどを子どもにも与えていたの、後は豆、米、ひき肉などが副菜だった」という。そして、安価な食品ほど高脂肪高カロリーなので、貧困が肥満をまねく結果になっていると報告しています。

アメリカの歴史の事情からくるものも、その肥満をまねく原因の一つとしています。なぜアメリカ人はフライドチキンばかり食べるのかということを、奴隷制の昔、白人が食べないものをたっぷりの油で揚げた、ディープフライした物を食べていたのがフライドチキンの始りで、だからソウルフードと呼ばれるそです。

フライドチキンと言えば、私が学生のころアメリカからチェーン店がやってきて、初めて食べた時はスパイスが利いていて、今までにない味で美味しくたべました。そのころは若かったのでその油濃さも美味しく感じたものです。しかし、この記事を読んでいて、毎日食べるのは体に良くないといえます。しかし、濃い塩と砂糖とスパイスの味と油濃さには、中毒性があるのでそれらを食べ続ける人に、単に自制心に欠けると言うだけではなようです。

少し話しが変わってしまうが、日本では最近、ご当地のB級グルメと呼ばれる食べ物も、安価で高カロリーで味付けも濃いものが多いのではないだろうか。そういえばB級グルメ番組に出て来る、タレントは太り目の人が多いようなきもします。B級グルメ人気ですが、肥満と成人病などにならないように、そればかり食べたりしないように、気をつけなければならないと感じてこの記事を読みました。


今のようなご当地B級グルメが話題になる前の、少し昔の日本のご当地B級グルメは本来、粗食で素食だったと思います。今のようなものではなかったようにも思えます。なかには、昔からある庶民の郷土料理や、漁師や漁師や百姓料理などもあるでしょう。

古守豊甫博士が著した「長寿村の教えるもの」を改めて読み返してみると、今の贅沢な脂濃く味付けの濃い食べ物を見直し、粗食の大切さを見直していかないといけないと感じます。

     長寿村
     日常出版 高齢者学級副読本シリーズ 500円

この本は昭和54年に初版が発効されていますが、昭和13年ごろから昭和50年ごろにかけて、山梨県の棡原村での診療記録をまとめて報告したものです。
その、棡原村は現在の山梨県上野原市棡原になっています。古守博士が初めて訪れた、その当時は交通の便も不便で、村の住民は貧しい生活をしていました。しかし、村の住民は皆元気で70、80になっても元気で働いていて、病気にならず死ぬ時もポックリと亡くなる人が多かったです。その様な村も戦後、道路ができその環境が一変して生活が豊かになり、衛生環境が整い食生活も豊かになりました。しかし、毎年棡原村を巡回検診をおこなっていた古守博士は、「村を歩いてみると、大正生まれの中年の多くが成人病で急死、あるいは不如意な生活を送っていて、村人は何かのたたりだとおののいていたんです。しかるに、kの現象はやがて昭和一ケタ生まれにも波及し、今日に及んでいます。明治生まれの老父母が中年の子どもに先立たれるんを、村人は逆仏と呼んでいいます」と言っています。
昔とその変わりようがどこから来るかと思い、博士が食生活を調べたら、長生きをしている人は、小さいときから麦や粟、吉備などの雑穀やイモ類を主食にし野菜や山菜などをよく食べ、栄養豊かな肉や乳製品をほとんど食べていなかったそうです。そして労働環境も山間の畑ですから急な坂道を上り下りする重労働でした。
そして、そのような粗末な粗食でありながら、過酷な重労働をしてきた人の方が長生きをしています。
しかし、戦後になると栄養がある食べ物を食べ、耕作幾などで重労働から解放された人たちの方が早く亡くなってしまっているのがわかりました。

人間は、飢餓には強いが、飽食肥満には弱いと昔からいわれています。しかし、あくなき食への欲求はつよいもので、美味しいものを腹一杯食べることはやめられません。もともと、原始時代から人はいや動物は飢餓に苦しんでいます。食べられなくなるときのために、生理的に腹一杯食べるのが生理的な本能なのでしょう。しかし、先進国などの国では、いくら貧しくても餓死をしてしまうことは普通ありません。
しかも、働くことや家事をすることなど、すべてが身体を動かすことが、昔と比べると格段に少なくなってしまいました。一度人間の食生活と労働と身体を動かすことについて考え直してみようとおもいます。

台所の音と食事の楽しさと食事の安全

先日のNHKの朝のテレビで、高齢者のデイサービスで入浴もレクレイションのサービスがなく、食事をメインにしたデイの施設が紹介されていました。
そこでは、高齢になり嚥下などが不得手になり、他の施設などでは、ミキサーなどで細かく砕いたり、ペースト状などにの食事が必用とする人にも、単にすりつぶしたどろどろした食事でなく、見た目をその食材に近づけるなど、食事を楽しく食べられるように工夫しているそうです。
いつも、ペースト状などの食事をしていると、食欲への意欲も低下して、生活する気持ちも萎えてくると言われています。このことは、以前から言われていましたが、食事の加工の手間や時間、食事介助を必用とする人への、食事時間がかかるなどで、人手が足りなくなり人件費もかかります。その上、他の重要なサービスである入浴や、レクレーションなどの時間がなくなり、他のサービスを提供できなくなるので、ペースト状などの食事を提供すしているのが現場の実状です。

この、食事だけのデイは実は他にも、提供しているサービスがあります。それはお菓子作りなどの調理実習です。そして実際に、自分で料理しそれを食べることにより、食に対しての関心を高め、気持ちもなごみ生活への意欲もでてきていると聞きます。

また、この食事中心のデイは、食事をつくる厨房が、利用者の生活空間の横にあり、食事を作っているときの包丁の音や鍋で煮物を作る音、皿を並べる音などが聞こえてくるそうです。それにより、今日はどのような食事が出るのか楽しみが湧いてきて笑顔がでてくるそうです。

このNHKの番組を見ていて、幸田露伴の娘、幸田文が父露伴から言われたことを、書き綴っている本を思い出しました。

     幸田文台所帖
     全国書店ネットワークのe-honから


『幸田文台所帖』の「台所の音」に、次のように書かれています。
「京都のおんなのひとはやさしいといわれているが、どういうところが優しいとおもうか、と娘のころ少し改まった調子に父親にただされたことがあった。
ものいいがやさしく、立居ものごいがやさしい、などとそんな表面のことだけ感服していては駄目で、台所へ気をつけてみるんだ、といわれた。鍋釜や瀬戸ものへの当たりのおだやかさ、動きまわる気配のおとなしさ、こういうところにしみだしている優しさを考えると、これは決して付焼刃や、一代こっきりのその人だけという、底の浅いやさしさではないと思う。女代々伝えてきた、厚味のある優しさがうかがえるものだ、と教えられた。
  ・・・・中略・・・・
京都のおんなのひとの好さもしさが話にでると、それとなく私は期待して聞くのだが、言葉のやさしさ、身ごなしの美しさは誰もいうが、台所の音のことは誰もいわない。でも私の父のいう、京都にはやさしい台所の音がある、」


同じ本の「私の音」にも、次のようなことがかかれています。
「むかし父が時折、食べによる小さなうちがあった。老人の夫婦が小女一人置いてやっていて、夜だけ少人数の客をとる。老人二人が苦にならない程度に開いているうちなのだそうだ。住まいの一室を客用に少し座敷らしくしているにすぎないーー「毎年冬になるとその猫の額みたいな庭に、藪柑子がぽちっと紅い実をつけるし、夏は袖垣のそばへ百合を二三本咲かせるのが自慢さ。」そこへ父はよく不意の時間外れに、寄ってたべさせてもうらのだそうな。迷惑を承知で押しかけるのだ。すると老人たちはことわりもならなくて、手間がとれますよと申しわけする。そしてやがて、鰹節をかく音が伝わってくる。しゅうっ、しゅうっと。刻みものの音がいかにも老人だった。という。聴いていると、その台所の近さ、その音の清さ、うまさ。ああもうじき出て来るなと思うと、襖があいて、うまさがそこへ形になって現れる。
  ・・・・中略・・・・
さかな屋さんにはさかな屋さん独特の包丁の音があり、肉屋さんには肉屋さんの包丁の音があり、リズムもトーンもあやふやではない。家庭の厨房には家庭の厨房の音があり、私の台所は私の台所の音をたてている。
・・後略  」


これを読んでいて、御もてなしの心を感じました。デイサービスの厨房が、利用者の活動場所から離れていたら、単に給食を提供するだけになってしまいます。しかし、このデイは活動場所と台所が同じところにあり、料理する人の利用者への心遣いが伝わるのでしょう。美味しく見た目がよく、食べやすく安全な優しい食事を出そうという、心遣いが包丁の音となって、御もてなしの音として利用者に聞こえ、利用者を生き生きとさせるのでしょう。

テーマ : 高齢者と共食
ジャンル : 福祉・ボランティア

食材そのものの味

味も芋の中に閉じこめられて美味しい。包丁などで皮を厚く剥いてて取ってしまうと、うま味も逃げてしまう。しかも、里芋の栄養のあるところは、皮と身との間にあるのでそれも捨ててしまうことになるといっていました。そのためにも、日本の棒を使ってかき混ぜて皮を剥くのが一番良いといいます。しかし、家庭でそのような向き方はできないので、家庭でも簡単に剥く方法が紹介あれていました。それは、アルミホイルをクシャクシャに丸めて、芋の表面をなでるようにこそげることです、簡単にきれいに芋の表面の皮が剥けるのです。
 
 
食べ物は果物でも肉でも魚でも、皮と身の間が美味しいとよく聞きます。栄養価も同じようです、漁師食や田舎の食事は素材にあまり手を入れないで調理します。
しかし、高級料理店などでは、食材をきれいに見せたりするため、見栄えの悪いところや、アクやエグミを取るため皮などを必要以上に剥いたりします。
そうなると、本来持っているはずの栄養価などが下がってしまっているのでは内でしょうか。
 
科学的な栄養に対する知識がなかった昔ですが、宮廷料理など美味しいものを沢山食べていた人は、健康に気を付けて栄養価の高いものなどを食べていましたが、寿命はいかほどだったのでしょうか。
食材の綺麗さは美味しいことだけを追求して、多少エグミや苦みなどや見栄えの悪いところは取り除いてしまって、その野菜などの本来以ている、食材の栄養を捨ててしまっていて、栄養が偏ったりしてしまい身のバランスを崩して今っていたのではないかと思う。それらは、一般庶民と比較はできないが、貴族や武将や豪商などの食生活や健康が記録が残っているので、それを調べて見るとおもしろい結果がでるかもしれないと思う。
逆に農村や漁村で貧しく充分に栄養があるものが食べられなくても、粗食であるが食の素材が持っているものをそのまま食べるような調理加工をしていたので、案外宮廷の貴族などより、病気にもなりにくかったのではないだろうかと思う。

しかし、庶民の食生活や健康状態の記録などは、貴族や武将や豪商などほど残っていないし、本などに書かれているのも少ないし読んでいないので、これはあくまで私の勝手な推測でしかないです。
ただ、言えることは粗食の素晴らしだと思います。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    竹林泉水 (03/18)
    今一度野田首相が宣言したように、安倍総理は原発事故は収束したと本当は言いたいのでしょう。政府は必ず嘘をつく、それは、オリンピックの施設建設や、豊洲市場もそうです
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    アジシオ次郎 (03/18)
    おはようございます。

    今年の東日本大震災追悼式典で福島第一原発事故に言及しなかった安倍総理だが、未だに原発事故処理が解決していない、避難区域解除も進んでいな
  • マンションの挨拶禁止
    竹林泉水 (03/13)
    アジシオ次郎さん
    コメントのお返事大変遅くなり申し訳ありません。
    いまのよのなか、スマホが行き渡り本当におかしくなってきた感じですね、友達と集まってもみなそれぞ
  • マンションの挨拶禁止
    アジシオ次郎 (03/01)
    こんにちは。

    マンションで挨拶禁止って、正直近所づき合いを否定するようなものだし、挨拶をしっかりすると言う人としての常識に思いっきり反する行為だと思います。
  • これからの世界のゆくへ
    竹林泉水 (02/20)
    わたしには、トランプ大統領のメディア批判は、日本の首相を見習っているように思えてしまいます。
    アメリカは自由と民主主義国の国でこのようなことはないと思っていまし
  • 軍隊は国民を守るにあらず国を守るもの
    竹林泉水 (02/20)
    コメントありがとうございます

    自衛隊法にどのように明記されていようが、文官と武官との考えの違いはあるのではないでしょうか。
    栗栖弘臣の言ったことは、上級指揮官
  • これからの世界のゆくへ
    アジシオ次郎 (02/18)
    こんにちは。

    アメリカのトランプ大統領のメディア批判は、自分に都合の悪い話をする者はケチョンケチョンにこき下ろすと言う子供じみた言動にしか見えないが、自分に
  • 軍隊は国民を守るにあらず国を守るもの
    まり姫 (02/07)
    自衛隊法第三条に人命救助をする仕事として書かれていますよ。
    主たる任務ではないけれど、副次的任務としてきちんと規定されています。
    元統合幕僚議長の述べていること
  • 世界の民主主義が行き詰
    竹林泉水 (01/26)
    以前から時々コメントされるのですが。
    コメントを投稿されても、ロシア文字のような文字化けや、タグを書き込みそれがそのまま表示されるコメントがります。

    そのよう
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