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巧詐は拙誠にしかず

巧詐は拙誠にしかず

これは、韓非子・説林の言葉です
故曰、巧詐不如拙誠。樂羊以有功見疑、秦西巴以有罪益信。

ゆえに曰く巧詐は拙誠に如かず。楽羊は功有るを以って疑われ、秦西巴は罪有るを以って益信ぜらる。

この話を理解するには、楽羊と秦西巴の二人のエピソードを知らなければこの言葉の意味を知ることはできないです。

まずは、拙速に表面だけを捉えた理解のしかたです。
物事を押し進めるに上手に技巧を使うより、多少やり方はつたなくても誠意をもって進めると、やがてその意向が伝わる位の方がそれにまさっている。
誤魔化し上辺を繕って物事を進めていき一時は持て囃されても、いずれは隠していた秘密ごとなどが知られ、後戻りできなくなってしまいます。
これが、個人間での問題ならよいが、国の政治で行われるなら、その災難や損害や危害を受けるのは国民です。


「楽羊」には次のような話がある。
魏の楽羊が、中山を攻めた。窮した中山は脅しとして、人質になっている息子を突き出された。それでも楽羊は攻撃をやめなかっ。中山の城主は楽羊の息子を殺害し、その肉をスープにし、楽羊に送り届けた。楽羊はスープを飲み干し中山を攻め落とした。
魏の王、文候は楽羊を頼もしとして、賞賛したが家臣から「己の息子の肉すら喰らなら、どのような相手の肉でも喰らうだろう」と諫言され、楽羊を恐れ遠ざけてしまった。
「秦西巴」次のような話がある。
魯の国の孟孫が狩りに出て子鹿を捉えた、家臣の秦西巴に連れて帰らせた。ところがそれに母鹿がついてくるのを見て、秦西巴は子鹿を逃がした。それにより孟孫は怒り秦西巴を追放した。しかし、後日、孟孫は再び秦西巴を呼び出し、わが子の守り役に命じた。
これは「子鹿にさえ愛情をかけるような者なら、わが子のことはきっと大事にしてくれるだろう」とのことである。

弁舌が巧みで上手に喋る人が、熱弁をふるうよりも、自分の言葉で時にはつかえ時には口ごもりながらも語った方が、誠実さが伝わってくるものです。
人間関係において、技巧をもてあそんで、ずるがしこくて抜け目がないさま手口の人と付き合うよりも、地道にこつこつと実績を積み上げて、相手の信用を得るような方法の方が効果があるからです。
言葉で表すことが下手でも真心がある方が、物事が成し遂げられることが多いといえるものです。

日本人は「巧言令色、鮮なし仁」「剛毅木訥、仁に近し」などの言葉が好きだが、口や態度の拙さにだって自ずと限度もあることは事実です。どちらがよいのでしょうか。

しかし、次のような話もあります。アメリカの脳性麻痺の障碍があるブル・ポーターは、訪問セールス一筋に五十年続け高い信頼を得て顧客を獲得している。
脳性麻痺のため、歩くのも辿々しく、構音障害がり話すのも辿々しい、そのため雇用した会社は成績がわるく、直ぐに辞めるだろうと考え雇った。しかし彼は誠実に仕事をし、トップセールスマンになっていく。
彼の人生は、『きっと「イエス」と言ってもらえる。』び本になり、「Door TO Door」という映画にもなり、日本でも同タイトルで二宮和也が演じて作られている。
この「Door To Door」は前にもこのブログで紹介したので、詳しくをそちらを見てください。

暴虎馮河

安部政権の強引な政治運営は、自身が正と信じ善意から生まれたものだろうが、猪突猛進のように直線的に走るかのごとくです。周りの参謀は、深慮遠謀のごとく緻密な術中を周到に仕掛けています。

論語の述而編に次のようにある。

子謂顏淵曰 用之則行 舍之則藏 唯我與爾有是夫
子路曰 子行三軍 則誰與
子曰 暴虎馮河 死而無悔者 吾不與也 必也臨事而懼

孔子が顔淵に言った 重く用いられれば全力を尽くし用いられなければ隠者として引き篭もる、この様な生き方ができるのはお前と私くらいだ
子路が言った 孔子が大軍を率いられるとしたら、誰を副官として任命しますか?
孔子が言った 虎と格闘したり黄河を泳いで渡るような向こう見ずな者は、任命しない。計画的に事を成す慎重な者を任命する

いわゆる「暴虎馮河」の一説です。

子路は孔子から高く評価されていましたが、勇気があり信義を重んじるが、その直情で勇を好むところは、何度も孔子から諭されていた、しかし子路戦場で死んでしまいます。

アベ政治は、善意から思うところで、その強引な一途な行動は評価されるところがある。しかしそれが、行き過ぎて少数者の意見や反対の声を聴き入れず、無謀な行動に走ってしまうと、その勇気や積極性として認められず、反対にその結果的に弊害が生れてくる。

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富貴の叢中に生長するは

菜根譚 洪自誠

生長富貴叢中的 嗜欲如猛火 権勢似烈焔 
若不帯些清冷気味 其火焔不至焚人 必将自爍矣


富貴の叢中に生長するは、嗜欲猛火のごとく、権勢は烈焔に似たり
若し些の清冷の気味を帯ざれば、その火焔人を焚くに至らざるも
必ず将に自ら爍かんとす

富貴の家に生まれ育った人は、裕福な生活への欲望は猛火のようであり、権力をもって人を支配しようとする志向は烈火のようである。
もし、そのような人は少しだけでも清貧な気持ちを醸成していないと、その欲望は人を焼くにいたらないで、必ず自分自身を焼いてしまうだろう。

先日来日した、南米ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領は、国連の演説で述べた有名な言葉がる。
「昔の賢明な方々、エピクロス、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています。『貧乏な人とは、少ししかモノを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ』」

ようは、人は育ちや環境で変わってしまう、だからこそ自我に芽生えたなら、その自我の考えをしっかり持たないと、私利私欲に走ってしまう。
白隠禅師の「坐禅和讃」にも、
譬えば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり 長者の家の子となりて 貧里に迷うに異ならず

それは水の中にいて のどが渇いたと叫んでいるようなものである。 裕福な家の子に生まれたのに 貧しい里をさまよい歩いているのと同じである。

だからこそ、己の今の生活の安住せず常に、点検し豊かな生活をもっと豊にとなると、喉が乾いたと水を貪りもとめ、餓鬼にならないよにしたい。

白居易 養竹記

白居易の詩に『養竹記』がある。

養竹記

竹本固 固以樹徳
竹性直 直以立身
竹心空 空以体道
竹節貞 貞以立志
故 君子樹之

養竹記

竹は本固し 固はもって徳を樹つ
竹は性直 直をもって身に立つ
竹心は空 空をもって道を体す
竹節は貞 貞をもって志を立つ
故に君子はこれを見習え


竹はうまれながらにして固い、固いことは品性や人格が育つものである
竹はうなれつき心や考え方が真っ直ぐで正直である、真っ直ぐということは人から認められることだ
竹は芯が空である、空は行いを身につけさせる
竹には節があり、節度は行いを正しくする
したがって、君子は竹を見てそれを見習うことすべきである

風に吹かれている竹林を見ると、なよなよとしている様にみえるが、非常に強もので真っ直ぐ育ち繁殖し浸食していく植物です。そこには白居易の養竹記に詠われているところがあるからでしょう。

しかし、どこかの国の政治家は、都合のよいように自説を曲げたり、国の根幹である憲法解釈をねじ曲げたり、質問に丁寧に正直に説明せず、のらりくらりと説明を交わしたりしている。これを見ると竹と間逆です。

国礼なければ則ち正しからず

荀子の一説を他にも紹介します、出典は大正十一年に発行さた、友朋堂書店の「漢文叢書 荀子 編輯 塚本哲三」 

荀子 巻第七 王霸編第十一 
彼の国を持する者は、必ず以て独なるべからず。然らば則ち彊固栄辱は相を取るにあり。身能に相能なり、是の如き者は王たり。身不能にして恐懼して能者を求るを知る。是の如き者は彊し。身不能にして恐懼して能者を求むるを知らず。安に唯便僻左右に己に親比する者を之れ用ふ。是の如き者は危削なり。之をきわめて亡ぶ。

これを現代文で表してみます。
国家を保持することは独力ではできない。そうしてみると、国家が強固にな栄誉や恥辱をうけてしまたりするのは、宰相やその他の臣下をどう選ぶかで左右される。君子が有能で宰相や臣下も有能なら、国家は強固で栄誉をえられるだろう。
君子が無能であっても、宰相や臣下を有能なものを登用しなくてはならないことをわきまえているなら、その国家は強固になるだろう。君子が無能であり宰相や臣下に有能なものを登用しないばかりか、側近者に自分たちのお友達や考えの近い者だけを登用するなら、その国家は削弱くなり衰退して、あげくの果ての滅亡してしまうだろう。


国は之を巨用すれば則ち大に、之を小用すれば即ち小なり。大をきわめて王たり、小をきわめ亡ぶ。小巨分流する者は存す。之を巨用する者は義を先是を之を巨用すと謂う。之を小用する者は、利を先して義を後にす。安に是非を恤はず、曲直を治めず、唯便僻己に親比する者を用ふ。夫れ是を之れ之を小用すと謂ふ。之を小用する者此の若し。小巨分流する者、亦一は彼が若くなり、亦一は此の若し。故に曰く、粋にして王たり、駁にして覇たり、一無くして亡ぶと。此れの謂うなり。

これを現代文で表してみます。
国というものは、大きな治め方をすれば大きくなり、小さな治め方をすれが小さくなる。大きいきわみは王国となり、小さいきわみは亡びる。大と小の中庸の治め方をすれば、持続存続できるだろう。
大きな治め方等いうのは、道義を第一にして功利を後にし、親しい者や疎しい者、貴賤を問題にしないで、有能。な誠能の者を登用しようと務めることを大きな治め方とういう。小さい治め方は、功利を第一として道義を後にして、また是非や正邪を論じないで、ただ親しいお友達やおもねるお気に入りの人だけを登用る、このような治め方を小さい治め方と言う。大きな治め方は前者で、小さな治め方は後者で、大小半々の治め方は、前者のようであったり、後者の要であったりする。だから、「道義が完全であれば、王者に、混じっていれば覇者にになり、一つもなければ亡びてしまう」とういうのはこのことであろう。


国礼なければ則ち正しからず、礼の国を正す所以は、之を譬ふるに猶衡の軽重に於けるがごときなり。猶繩墨の曲直に於けるがごときなり。猶規矩の方円に於けるがごときなり。故に之を錯きて能く欺ふること莫きなり。詩に云う、霜雪の埓埓たるが如く、日月の光明なるが如し。之を為せば則ち存し、之を為さざれば則ち亡ぶと。此れの謂うなり。

これを現代文で表してみます。
国に礼がなければその国は正常ではない。礼が国を正常というのは、ちょうど秤と重さ、墨繩と直線、コンパスと円、定規と矩形のようなものである。一旦これを設けた以上は、誰でも自分の恣意的な考えて捻じ曲げて偽ることはできない。詩経に「霜雪が一面に振り月があまねく輝くように、これを行なえば存続sるうが行わなければ亡びる」とあるのはこの礼のことをいうのであうろう。


この荀子のこの説を読んでいて、今の日本はまさこの、国の責任者は仲良しのお友達を集め、小の国をめざし、礼をつくさない国になり下がってしまっているように思える。先日合った憲法審査会で自民党が推薦した参考人が、集団的自衛権に関する安保法制関連法案を憲法違反と発言しました。そのことに対し、自民党の閣僚経験者は「あくまで参考人の意見だ」として、参考人を指名するさいに、おなじ轍を踏まないように国会対策幹部に注意注文をつけたそうです。民主主義を無視するような、なりふり構わぬ言葉が、このところ自民党議員が口にするのを聞く。そして、そのことに対して、国民やマスコミがあまり騒がないことも、ここまできたのかと、この国の病の深さを思うばかりです。
ますますこれからの日本の行く末が、病み重篤化していくのを如実に感じてしまうのは、私だけだろうか。

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

問いのあらしき者には告ぐること勿れ

問いのあらしき者には告ぐること勿れ
告のあらしき者には問うこと勿れ
説のあらしき者には聴くこと勿れ
争気ある者とは与に辯ずること勿れ

故に必ず其の道に由りて至れば然る後にこれに接わり その道に非ざれば則ちこれを避くべし
故に体の恭にして而る後に与に道の方を言うべく 辞の順にして而る後に与え道の理を言うべく 色の従いて而る後に与え道の致を言うべし
故に未だ与に言うべからざるに而も言う これ傲と請い 与に言うべきに而も言わざる これを隠と請い 気色を観ずして言う これを瞽と請う
故に君子は傲ならず穏ならず瞽ならず 其の身を謹慎す
詩に匪の交わりの舒ならざる 天子の予する所 と曰えるは此れを請うなり


これは、荀子の第一巻 務学編 第一の八に書かれているものです。

現代語にくだけて訳すと次のようなものだろう。

質問の粗雑でくだらない者に対しては答えない。
ろくな答えができない者に対しては質問をするな。
くだらない下拙な話には耳をかさぬがよい。
やたらと上げ足を取るよう者と言にたいしては、議論をしない方がよい。

道理をわきまえている者とは交わり礼をつくし、そうでない非礼な相手にせぬことだ。物腰が丁寧で礼儀正しい時に、はじめて事柄のおおよそを語り合える。言葉つきがやわらかいときにはじめて事柄のわけをを話し合える。顔つきが穏やかなときにはじめて事柄の隅々まで細かく語り合える。
したがって、そのような状態でないときに、語り合うことは互いに傲慢になってしまう。ともに語るべきなのに語らないのは隠すという。相手の顔つきに関係なく話すのを分別がないとうい。
だから、君子は傲慢でも、隠すことも無分別でもなくそれをつつしまなくてはならない
詩経の小雅に次のようにある「彼の交際をおろそかしない者は天子から賞賜される」とあるのはこのことを言う。


いまの世の中ので欠けているのは、この事ではないだろうか。
国会の審議を見ていて、質疑に対しての答弁はまさに、この「故に未だ与に言うべからざるに而も言う これ傲と請い 与に言うべきに而も言わざる これを隠と請い 気色を観ずして言う これを瞽と請う」でなくてなんであろうか。

歳々年々 人同じからず

年年歳歳花相似
歳歳年年人不同

 唐代の詩人、劉希夷の[代悲白頭翁](白頭を悲しむ翁に代て)にある、一句です。

年々歳々 花相似たり
歳々年々 人同じからず

来る年も来る年も、花は変わらぬ姿で咲く
年ごとに、それを見ている人間は、移り変わる

日に日に暖かくなり、庭仕事もはかどるようになりました。日々草花は成長し、小さな庭も草引きを放って於くとすぐに繁ってしまいます。
しかし、私の頭の方は年々髪の毛が少なくなってしまいました。
そんな日々のなか、数日雨の日が続き、晴耕雨読と漢詩の本を紐解いていると、この「代悲白頭翁」が目にとまりました。
自分の人生も明らかに、折り返し点を遥かに超えているので、残りの人生を無駄なく有意義に過ごしたいと思っていますが。今までのいい加減な人生がためにその輪廻かしらないが、心配事やこれからもままならないことがありつづけそうです。
しかし、草花は毎年だいたい同じころに咲き月日が流れる。自分の人生は去年のときより、今年の方が再来年の方がよい年になるように、勤めて励んでいきたいと思うこのごろです。

詩の全文は、次のように書かれています。

代悲白頭翁 劉希夷

洛陽城東桃李花
飛來飛去落誰家
洛陽女兒惜顏色
行逢落花長歎息
今年花落顏色改
明年花開復誰在
已見松柏摧爲薪
更聞桑田變成海

古人無復洛城東
今人還對落花風
年年歳歳花相似
歳歳年年人不同
寄言全盛紅顏子
應憐半死白頭翁
此翁白頭眞可憐
伊昔紅顏美少年

公子王孫芳樹下
清歌妙舞落花前
光祿池台開錦繍
将軍楼閣画神仙
一朝臥病無相識
三春行楽在誰辺
宛転蛾眉能幾時
須臾鶴髪乱如糸
但看古来歌舞地
惟有黄昏鳥雀悲


白頭を悲しむ翁に代る 劉希夷

洛陽城東 桃李の花
飛び来たり飛び去たって誰が家にか落つ
洛陽の女兒顏色を惜しみ
行くゆく落花に逢いて長歎息す
今年花落ちて顏色改まり
明年花開いて復た誰か在る
已に見る松柏の摧かれて薪と爲るを
更に聞く桑田の変じて海と成るを

古人また洛城の東に無く
今人還た対す落花の風
年年歳歳花相似たり
歳歳年年人同じからず
言を寄す全盛の紅顔子
応に憐れむべし半死の白頭翁
此翁白頭真に憐れむべし
伊れ昔 紅顔の美少年

公子王孫芳樹の下
清歌妙舞す 落花の前
光禄の池台錦繍を開き
将軍の楼閣 神仙を画く
一朝 病に臥して相識無く
三春の行楽 誰が辺りにか在る
宛転蛾眉能く幾時ぞ
須臾にして鶴髪乱れて糸の如し
但だ看る古来歌舞の地
惟黄昏鳥雀の悲しむ有るのみ

槁木死灰

槁木死灰

菜根譚 後集

14 寒灯無焔、敝裘無温、総是播弄光景。身如槁木、心似死灰、不免堕落頑空。

寒灯に焔 無く、敝裘に温なき、総て是れ光景を播弄す。身は槁木の如く、心は死灰に似たるは、頑空に堕落するを免れず。


燃え尽きる寸前のロウソクや、着古してすり切れ薄くなった着物は暖かくないです。それを大切にすることは、貧乏を負け惜しみで楽しんでいるこのようだ。そこにはそれ以上の発展や、前に進むことを拒んでいるように見える。

身体の肉体は枯れ木のようで、心は火の気がなくなって冷たくなった灰のようで、生気がみえない。
そうなれが、かたくななだけで中身がないものになり、品行が悪くなり、生活が乱れ身をもちくずすことになる。

政治がそうなれば、国政に物事が健全な状態からはずれ、国がみだれ劣悪になる。
それは、真理を見抜けず、政治を行うものとしては言えない。頑固に自分の意見を押し通し、人の意見を聞く振りをして、実のところは耳を傾けず、なんでもごり押しをしてしまうのはまさに末期的な状態になってしまっている。これは早めに治療をしないといけないであろう。

蝸牛角上

菜根譚 後集

13 石火光中、争長競短。 幾何光陰。蝸牛角上、較雌論雄。許大世界。

石火の光中、長を争い短を競あう。幾何の光陰ぞ。蝸牛の角上、雌を較べ雄を論ず。許大の世界ぞ。

人の一生は、石火の花火のようなもので、ほんの一瞬である。どちらが長い短いなど競いあっても、それがどれほどのものか。実にくだらないものである。
また、この世の中は蝸牛の競いのようなもので、それがどれほどのものであろうか。人々は勝った負けたと争い、優越におもい、卑下したりそれにより憎しみを募らせる、そのことはどれくらいの大きさのものだろうか。

人のはかなさ

人のはかなさ

菜根譚 後集

12 山河大地、已属微塵。而況塵中之塵。血肉身躯、且帰泡影。 而況影外之影。非上上智、無了了心。

山河大地も、已に微塵に属す。而るにいわんや塵中の塵をや。血肉身躯も、且つ泡影に帰す。而るをいわんや影外の影をや。上々の智に非ざれば、了々の心無し。


達人の域に達すれば、
山河や大地のような大きい存在でも、もっと大きな者から見れば、微塵のようなものだ。塵の中の塵でとるに足らないものだ。
人の肉体のように実体があるように見えるものでも、流れに浮かぶ泡や、物の影のようなもので、結局は消えてしまうものだ。まっしてや、影の影のような名誉や地位などは、虚しいものだと言わざるをえない。そのようなものだから、最上の智慧を得ないなら、このようなことはわかりようがないだろう。

猿の覚醒

猿の話で次のようなものがあります。

劉伯温 [郁離子] 猿の覚醒
明の政治家、思想家・劉伯温(1311-1375、名は劉基、字は伯温)

 昔、楚の国に猿を飼って暮らしている人がいた。その周りの人は彼を狙公と呼んだ。狙公は毎朝、猿たちに仕事を割り当て、年寄りの猿を遣わし他の猿たちを連れて山の果実を採ってくるように命じていた。彼はまた次のように取り決めた。猿たちが採ってきた果実をそれぞれ十分の一徴収して自分に差し出すようした。もし逆らう者がいれば死ぬまで鞭撻することにしていた。猿たちはみな彼のことを怖がり、長い間苦しめられていたにもかかわらず、逆らう勇気がわかなかった。
 ある日、ある勇敢な子猿が突然、仲間たちに聞いた。「山の果樹は狙公が植えたの」。仲間たちは「いいえ、それらは自然に生えたものだ」と答えた。子猿はさらに「もし狙公がいなければ、われわれ誰しもその果物を採ることも、採れないのか」と聞いた。「いや、われわれは誰しも採ることもでき、また採れもする」と、猿たちは口々に答えた。子猿は話を続けた。「そうだとすれば、われわれはその狙公にこき使われる必要がないのではないか?」この話が終わるや否か、猿たちはみなはっと悟った。
 その晩、猿たちは、狙公が寝た後に彼らを閉じこめている柵を壊し、そして狙公の積んだ果実を全部も持ち去り、林の中へ一目散に逃げて去った。その後、猿たちは二度と狙公のもとに帰らなかった。
 そうして、その狙公はついに飢え死にしてしまった。

 郁離子は曰く、「世の中には、手段をもって民を支配し、道義や法律を講じない者がいる。こういった人はおおむね狙公の件のごとく、民が一時的に愚かであったため目覚めなかったが、いったん誰かに諭し導かれたら、いかなる狡猾な支配者でもその権謀はもはや効かなくなるのだ」
政治にも道義と言うものがあるだろう。多数派や強者の意見を反映した、国家権力が少数派や弱者を踏みにじることは許されないことです。自分たちの意見を押し通すことは、反対意見の弱者や少数派の人たちが、どのようになるかを考え考慮しないといけないです。
そのとは、憲法憲法の13条に「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
人は個人として尊重され、国は政治をおこなう上で、おもっじたっとばなくてはならないということです。

これからの日本の政治がどのようになっていくのか、よく考えて注視していきたいです。

天知る、地知る、子知る、我知る。

天知る地知る子知る我知る(四知)
「天知る、地知る、子知る、我知る。何ぞ知る無しと謂わんや」

中国では食肉の偽装や政界中央のトップクラスの汚職。日本では、そのような企業の偽りや、政治と企業の汚職は、少なくなったように見えます。ひょっとして法の笊の目をを掻き潜っているのかもしれませんが。少なくとも今の中国の企業のように、なり振り構わないかつてのヤンキー行商人のようなことはしないのは確かです。
特にアメリカ経済は金融を中心とした経済で、会社を社員のためユーザーのために経営するというより、持ち株会社で株主の配当を中心に利潤を追及しています。そのため利益を最優先させることにより、今回の食肉の事件が起こるべくして起きたとも言えるかもしれません。
しかし、いくら物事を利潤追求のため、悪いことをしてもそれは、四知でありいずれ発覚するものでしょう。

政治のことも同じようなことが言えますが、反面、政治の世界では公然と隠し事ができたり、公約した事業の施策を実行できるようにするために、今まで防いであったその行いを正当化できる法律があったり、また正当化できるような法律が新たに作られていくものです。


冒頭の話は、後漢書の楊震伝や十八史略の東漢・孝安皇帝にある話からとったものです。
震畏四知
後漢の楊震は、茂才に推挙され、順々に出世し遂に荊州刺史となった。後、東莱の太守に任命され、東莱郡へ向かう途中、昌邑を通った。その時の昌邑令は王密だった。王密は、楊震が荊州刺史だった時、茂才に推挙した人間だった。王密は、大恩ある楊震が自分の任地に来ていると知り、挨拶に来た。そして深夜、懐からこっそりと金十斤を取り出して、楊震へ贈った。
楊震は言った。「私は君の人格を見込んで推挙した、だのに君は私の人格を見くびっている。」
王密は「夜も遅く、誰も知る人はいませんから。」
楊震は言う「天知る、地知る、子知る、我知る。何ぞ知る無しと謂わんや」
王密は恥じ入って退出した。


いつの世もどこにも、王密のような人もいれば、楊震のような人ともいるものです。

この、楊震については次のような話もある。
楊震は清廉潔白な人物で、内緒の贈り物など、絶対に受け取らなかった。そのため、家は貧しく子や孫は粗食に甘んじ馬車も持てないほどの暮らしだった。楊震の知人は見かね、子孫の為に生活の基盤を造ってやれと助言した。
そこで楊震は「清白な官吏の子孫とゆう誉れを遺してやるのだ。それが最高の遺産ではないか」。と言った。
その後、安帝の時に太尉となったが、中常侍に讒言され、卒した。

讒言され、卒してしまうとは。
人から事実をねじ曲げられ善行を悪く言われ陥れられ、そのため、今の地位を剥奪され死刑に処されてしまっう。

ということですから、いくら善行を行っても、周囲から疎まれるだけでなく。自分の地位やこれから行おうとしていることに対して、邪魔になるからと排除してしまことは、最近の日本の政治をみているとそれを地で行っているように思えます。

政治家はいろいろなことを聞き入れると言いながら、自分の考えの近い人を集めた委員会をつくり審議させたり。
自分の方に取り込み口封じをさせ、自分の方にこなかったら役職を与えないで手足を封じてしまったり。
また、官僚は自分たちの行いが正しいと信じ、これが国のため国民のためになると考え、その立場を守ろうとしています。そのため企みをいろいろな手段で巡らし、邪魔になる政治家や同僚を、ある好ましくない状態に追いやて排除したりて、政治を操ることをしています。

人を害するの心は有るべからず

人を害するの心は有るべからず 人を防ぐの心は無なかるべからずとは 此れ慮るに疎きを戒しむなり 寧ろ人の欺を受くるも 人の詐を逆うること母れとは 此れ察に傷るるを警むるなり 二語並びに在すれば 精明にして渾厚たり
         菜根譚  前130   洪自誠

「他人に陥れ危害を加えるような考えや心を持ってはならない、他人から陥れられ危害を加えられるようなことを警戒し避ける心を持たないといけない」この言葉は、思慮が浅い人を戒めたものである。「むしろ、人から欺かれても、人を偽らせるようなことをしてはならない」この言葉は、思慮が深すぎる人を戒めである。
この二つの言葉があることを念頭においていれば、思慮は深くなり、行為は大きく重々しくなる。


このところ、巷のでは振り込め詐欺などのニュースの話題になることがないくらいです。まるでこの菜根譚の反対をいく状況です。
他人に危害を加えたるようなことをしてはならないし、また、危害を受けるようなことに近づかない。

それは、経済界も政治の世界も、同じようにようです。経済界の株式会社などは、一部の大株主のために利潤を追求しています。その中には、消費者や顧客を大切にする、商道徳は曖昧にされ利潤が追求されているようです。ブラック企業のように、そこに働いている者を犠牲にしてまで、利益を追求するのはよくないことです。それは商道徳の衰退といえるでしょう。経済人の商道徳が衰退したなら、法律などで消費者を護ることを強化しなくてはならないです。しかし、このところ不況からの脱出として、政府自ら働き方の多様性と言って、働く者が犠牲になりかねない、その働き方の見直しをしています。

そして、政治家の中にはその地位に甘んじてしまっている人が最近多くなってきているように思います。大企業の税制を優遇して、庶民から税金を取り立てたり、福祉予算を切り詰めたりする動きが活発です。弱者に我慢させ強者を優遇しているようです。なんか、「欲しがりません、勝つまでは」の昔の標語のようです。

企業活動で消費者をあざむくようなことがあれば、最近は株式制度において、一株主運動などで反社会的また、公の秩序を乱すような利益の追求があればその行為を追及する動きもでてきました。しかし、国の行いに対してはそのようなことが、以前よりだんだんできにくくなってきている潮のながっれを感じてしまうこのごろです。

群疑に因りて独見を阻むこと毋れ

群疑に因りて独見を阻むこと毋れ 己の意に任せて人の言を廃すること毋れ 小恵を私して大体を傷ること毋れ 公論を借りてもって私情を快くすること毋れ
         菜根譚  前131   洪自誠

大勢の人の疑いに惑わされてれて、自分の意見を曲げたり折ったり捨ててはならない。
また、自分の意見に拘らわれ、自分以外の意見を無視し排除してはいけない。
自分の小さな恵みのために、大局を損なうようなことをしてはならない。
世論や大衆の力をたくみに利用して、自分の思いだけを満足させてはならない。


いま、自分の意見に囚われて、強引に自分の意見を押し通そうとする人が増えている。
また、周りの意見に惑わされて、自分の主体的な意見を持てなくなっている人も増えてきている。
この二つの相互作用は働き出してしまうと、世の中一つの意見に流されてしまい、バランスを欠いた世の中になってしまうでしょう。

自分の意見をしっかりと持つことは大切なことであると同時に、そのぶん自分と違う意見をも大切に尊重しなければならないでしょう。
それらのことは、私たちが70年ほど守って来ている、憲法にもかかれていることです。

人の短処は曲に弥縫をなすを要す

人の短処は曲に弥縫をなすを要す 如し暴きて之を揚げくれば 是れ短を以て短を攻るなり
人の頑あるものは 善く化誨を為すを要す 如し忿かりて之を嫉まば これ頑を以て頑を済るなり
         菜根譚  前121   洪自誠

他人の短所は、ことこまかに思いやりをもって取り繕うのがよい。よく揚げ足をとったり批判する人がいるが、それはよくないもとだ。
人の短所を暴きたてて他人に広めたりするなら、それは自分の短所をひけらかしているようなものです。
また、頑固な人に対しては、辛抱強く教え諭すことが必要である もし、その頑固さを怒って、その人を憎んだりすると。それは自分の頑固さで、相手をより頑なにしてしまい、相手を改めることはできない。


最近、書店に行くと「他人を攻撃せずにはいられない人」「比べずにはいられない症候群」などのタイトルの、自分以外を攻撃して自分自身の存在を確認しようとする風潮に、警鐘を鳴らしそれを見直すように促す本がならんでいます。

この菜根譚の言葉をよく読み返しみたく思います。

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呂氏春秋にある話三つから

禍は思いがけないところに及ぶという話。

呂氏春秋にある話三つ

春秋時代の宋の国に司馬の桓という人がいて、見事な宝珠を持っていた。思いがけなく罪に問われた。そこでにわかに宝珠を持って逃亡してしまった。
桓の宝珠のことを聞いた王は、桓の宝珠を何とかしてそれを手に入れたいと考えた。そこで人を遣わして桓を探しだし、その隠し場所を尋問した。
桓は、「桓の宝珠は逃げ出すとき、池の中に捨てた」と答えた。
王は、さっそく臣下に命じてその池中を探させた。
池を探しても簡単に見つからず。最後には池の水を浚わせたが、宝珠はみつからなかった。池を浚ったので池は干上がり、池中の魚は哀れ、水を失って残らず死んでしまった。


春秋戦国時代のころの楚の国で、王宮に飼っていた猿が逃げ出した。捕えるために、その逃げこんだ林の木や枝がことごとく切り払われてしまった。

あるとき、城門が火災にあったので、傍らの池から水を汲んでは消火にあたった。そのため池が空っぽになってしい、池の中の魚はみな死んでしまった。

思いがけない所に禍が及ぶというが、この三つの話を読むといずれも共通点がある。
それは、己の欲のために全く関係ないものが、とばっちりをくらって災いを受けてしまう。
ことであり、強い者が禍を避けるために、その禍を避けるための行いにより、弱い立場にある者が災いを受ける。

昨日このブログで「リックオーバーの逆説」の話について書いたが、どれも権力を持っている者や他より優秀であるから、守られそれらは許されるのを良しとするのか、それとも公平公正であるべきなのか、逆に弱者であったり一般の人を優先して守られるべきなのか。
しかとこのことを権力を持つ人ほど考えるべきでしょう。

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葉々起清風

「葉々起清風」(虚堂録)
誰知三隱寂寥中 
因話尋盟別鷲峰 
相送当門有脩竹 
為君葉々起清風 

誰か知らん三隠寂寥の中
話に因って盟を尋いで鷲峰に別れんとす
相送りて門に当たれば脩竹あり
君が為に葉々清風を起こす


詩は、虚堂和尚の庵(鷲峰庵)に仲間きた。
遥か遠い天台山の国清寺の三人の隠者(寒山、拾得、豊干)の遺跡を訪ねるので、旅立つ前の別れに来た。
別れ難く脩竹の門のところまで見送りに出てきたら。
別れを惜しむかのよう一葉一葉がさらさらと音をなして清風を送ってくれている。


私は毎朝、早朝に散歩をしているが、朝の静けさのなか風に吹かれた木の葉が触れ合って奏でる音はまた格別なものがあります。
また、早朝や夜に車やバイクで道路を走っている時は何も感じないですが、バイクのエンジンを切るとその静けさを改めて感じ、また風に吹かれた葉が擦れ合う音に、今日これから始まる一日やまた、今日の一日のあったことのなんと小さなことだと感じることがありあます。
まさに、「葉々起清風」葉の一枚一枚が心地よい清い風を起してくれているのを感じます。

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風来疎竹

風来疎竹 風過而竹不留声
雁渡寒潭 雁去而潭不留影
故君子 事来而心始現 事去而心随空
        菜根譚 洪応明

風 疎竹に来るも 風過ぎて竹に声を留めず 雁 寒潭を渡るも 雁去りて潭に影を留めず 故に君子は 事来たりて心始めて現れ 事去りて随いて空し

竹藪に風が吹いてくると、竹の葉は風に吹かれてサラサラと音を立てる。だけど風が吹き去るともとの静けさにもどる。
雁がねが冷たく澄んだ湖の淵を渡ってゆくと、その姿を湖面に雁の姿を映すが、雁が飛び去ってゆくと、湖面に雁の姿はそれを留めることはない。
だから、君子というものは、何か出来事がおきると、はじめえそれに対応する心があらわれ、その事が過ぎ去り収まると、それにしたがって心もまったく無になってしまう。


竹林に風が吹き騒がしくなっても、風が吹きされば静けさやってくる。雁が騒がしく湖畔で鳴き姿を湖面にうつしていても、飛び去ってしまったら、元の静寂にもどてしまう。
これと同じように、指導者たる上にたつ者は、ことの時に及んで広く心を動かし的確に指示をだすが、ことが過ぎたことの囚われていてはいけない。
後々まで、執着して気を揉み続けずその日その日をを潔く過ごし、一日一生として生きろということか。

「そんな心持ちで居られれば、何もこう苦労するわないわ」。と言う人もいるでしょう。しかしだからこそいつまでもクヨクヨ過去のことに執着しているのではく、過去より未来に向けて今を大切にしなくてはならないと思う。
この「事去りて随いて空し」の心の持ち方を忘れてしまうと、気持ちは貪欲になり卑しく亡者のようになってしまうのではないかと思う。しかし、その二つの心の持ち方に、思い苦悩するのが人かもしれません。

和光同塵

沖而用之或不盈
淵兮似万物之宗
挫其鋭 解其粉
和其光 同其塵
湛兮似或存。
吾不知誰之子
象帝之先
     老子 道徳経

道は沖(チュウ)なれどもこれを用うればあるいは盈(ミ)たず。
淵として万物の宗(ソウ)に似る。
其の鋭を挫き、其の粉を解き、
其の光を和し、其の塵に同じくす。
湛として存するあるに似る。
われ誰の子なるかを知らず。
帝の先に似たり。

よく知られる「和光同塵」のことです。
一言でいうと、自分の学徳や才能を隠して俗世間に交わり住むこととなるでしょう。

仏教では、摩訶止観に「和光同塵結縁之始、八相成道以論其終」とあります。
衆生に救済のために、菩薩がその徳の光を和らげ隠して、煩悩の塵にまみれたこの世に姿を顕して、衆生救済をすること。

以前このブログで紹介した、堀川惠子の「教誨師」と言う本に次のようなことがかかれている。
教誨師の渡邉はいつしか、その教誨のストレスからか、酒を浴びるようになっていた。そしてついに治療の為に入院。入院して数週間が経ったころ、渡邉が僧侶だと知った入院患者が訪れ人生相談にくるようになる。
「病院に相談役のカウンセラーは何人もいる。なぜこんない相談が絶えないのか。不思議に思た渡邉は病棟を観察してみた。 ・・・・中略・・・・ (カウセラーは)目線の高いオーラをらんらんと発していた。断酒が辛いなどと相談しようものなら叱られそうな雰囲気すら合った。一方で患者たちが一番、気さくに話ししていたのは、日に一度、部屋にやってくる顔なじみの掃除のおばちゃんだった。」

教誨師渡邉は、アル中で入院しながら、拘置所に通っていたが、入院していることは「アル中ではきまりが悪い」からと隠していた。しかし、度々教誨の面接を休むことになり、アル中を隠し休んだ理由の嘘をつくことが虚しく感じるようになり、ある時思い切って死刑囚に打ち明けた。
「「実はわっし、今、”アル中”で病院に入っとるんじゃ。酒がやめられんでね。たびたび面接も休んでしもうて、申し訳ないことですな」 ・・・・中略・・・・ 噂はあっという間に広まった。死刑囚たちは渡邉という一人の坊主に興味を持ったようだった。それまで黙って教典の解釈を聞いたいた者が、酒や女の話など自分の方から経験を打ち明けてきた。少し休んで面接にでかけると、「先生、大丈夫だったか」と抱きついてくる者まで現れた。死刑囚が教誨師に走り寄って抱きつくのだから、付き添いの刑務官は目を白黒させていた。」


どんなことでもそうですね、あまりにも品行方正な人の説教は、いくらありがたい教えでも煙たくなります。ましてや泥まみれになり働き生きている巷の人間にとては、煙たいどころではなく逆に、先生方に俺らの気持ちがわかってたまるかと反発してしまうでしょう。
これこそ和光同塵で相手に合わせることにより、相手が自分を受け入れることにより、自分も相手を受け入れることができるのでしょう。

言わざる 見ざる 聞かざる 為さざる

「言わざる 見ざる 聞かざる」この言葉、日光東照宮の神厩の三猿の彫りものなどで有名です。
これは、中国やインドそして日本でも、猿は馬の守り神だとされていこことから、子育てから恋愛、結婚、妊娠と人の一生が描かれたものです。「言わざる 見ざる 聞かざる」は、三猿の彫り物として皆にしられています。
中国の四大奇書の一つ、「西遊記」に登場する孫悟空は、天界で暴れていたころ天帝から、天馬を管理する弼馬温に任じられたのも、猿は馬の守護神からもので、三蔵法師の白馬を引くのが、緒八戒や沙悟浄よりも孫悟空が多いのはそれによるのでしょう。

それはともかく、この三猿の出どころは、論語 顔淵からきているようです。しかし、論語に三つではなく一つ多いは四つの非礼勿が言われています。

論語 顔淵第十二
顏淵問仁。子曰。克己復禮爲仁。一日克己復禮。天下歸仁焉。爲仁由己。而由人乎哉。顏淵曰。請問其目。子曰。非禮勿視。非禮勿聽。非禮勿言。非禮勿動。顏淵曰。回雖不敏。請事斯語矣。

顔淵、仁を問う。子曰、己に克ちて礼に復るを仁と為す。一日己に克ちて礼に復れば、天下仁に帰す。仁を為すは己に由る。而して人に由らんや。顔淵曰く、請う、其の目を問わん。子曰、礼に非ざれば視ること勿れ、礼に非ざれば聴くこと勿れ、礼に非ざれば言うこと勿れ、礼に非ざれば動くこと勿れ。顔淵曰く、回、不敏なりと雖も、請う、斯の語を事とせん。

顔淵が仁とはどういうことかを問うた。孔子はいわれた、「わが身を謹んで礼の規範に立ち返ることが仁と云うものである。上に立つ者が一日でも身を慎んで礼の道に立ち返るなら、天下はこれを見習い仁に回帰することになるだろう。仁を行うことは己しだいでどうして、他人に頼ることできるものか」といった。顔淵は、「どうかその実践の要諦をお教え下さい」と云った。孔子はいわれた、「礼にはずれたことは見ず、礼にはずれたことは聞かず、礼にはずれたことは言わず、礼にはずれたことは為さず」と答えた。顔淵は、「回は愚かで出来るかどうかわからないが、先生のお言葉を実行するといたします」と云った。

非礼いには見て見ぬ振り、非礼いな憎悪の言葉も聞いて聞かぬ振り、道を外れた非礼いになる言葉は自分から言わない、非礼いになる悪い行いも自分は行わない。多少の非礼は受け流す、心の余裕が大切だというのです。
仁となる、人を思いやる心、いつくしむ心。が自己を完成させる最高の徳になると、非禮勿視。非禮勿聽。非禮勿言。非禮勿動を孔子は重視したのでしょう。
仁に背くからと細かなことに一々反応していれば、自分自身も卑しくなって、それが相手にも伝わり、より相手との関係も損なわれてしまものです。
顔淵は自分は不敏と遜りながらも、これを確実の実行しようと努力を誓っていまが、このそれに努める心が大切なのでしょう。

どうも最近世の中をみていると、その心がなく、この非礼勿視、非礼勿聽、非礼勿言、非礼勿動の逆をいく人が増えてきているようです。
見て見ぬ振りができるぐらいの心のゆとりがなくなってきて、非礼には非礼でもって向かい合う。なんだか、このことが周囲に増えてきているように思います。
たしかに、悪いことは悪いと指摘して相手を正すことは重要なことです。
しかし、向かい合っているものの一部をあげつらって、相手と同様に張り合うのは、大人げない行いとしか言えないです。

学んで思わざれば則ち罔し

論語に次のようにある。
子曰、學而不思則罔、思而不學則殆。
             為政第二

子曰、学んで思わざれば則ち罔(くら)し、思うて学ばざれば則ち殆(あや)うし。

孔が宣まわれた、学問を学びながら思考しなければ、本当に物事を理解する事などは出来ない。もし学ばずに思考すれば独り善がりに陥って当てにならないものになってしまう。


科学などの学問の論文も、一つの筋を論理的に通して一つの説をあらわすことですが、それを都合のよいところだけ見せたり、他説を無視して自論を通そうとするのは、科学や学問とは違い妄想や戯言だと言われても仕方ないことです。

これは、昔から学問の学び方は、斯くあるべきと言われてきていることです。

中庸 第二十章には、「博くこれを学びて、審かにこれを問い、慎んでこれを思い、明かにこれを弁じ、篤くこれを行う。学ばざるあり、これを学んで能くせざれば措かざるなり。問わざるあり、これ問うて知らざれば措かさるないり。思わざるあり、これを思うて得ざれば措かさるなり。辨じて明らかならざれば措かざるなり」。とある。そしてさらに「一たびこれを能くすれば、己これを百たびし、人十たびこれを能くすれば、己これを千たびす。果たしてこの道を能くせば、愚と雖も必ず明らかに、柔と雖も必ず強なり」とあります。

ものごとを学ぶ時は、細かなところまで注意深しらべて、過ちがないようにしなければならない。その上に理解しきれないところは問う必要があり、注意深くそれを思索し、義利の辨・真実と虚妄をしっかりと見分けないと毫釐の差は千里となってしまう。そして疑問に思ったことは中途半端に納得するのではなく、徹底的に納得するまで、探求し研究に取り組まなければならない。
そして、人が一するなら百し、人が十するなら千して始めてそれが成し遂げられるものだ。とざっと中庸に書かれていることはこのようなことでしょうか。

最近、世の中便利になり食品はレトルトやインスタントが大流行です。卒論論を書くのも自分で研究するのではなく、インターネットで調べそれをコピペをしてしまう時代です。
世の中の出来事を見るのも、ワイドショーのニュースや2チャンネルなどの書き込みを見て、自分の考えの合うところだけを取り込んで思い込んでしまう人が増えているようです。

ない事も基本に帰り初心を忘れずに取り組んでいくべきことなのでそしょう。

喜び怒り、哀しみ楽しみ、慮り嘆き

喜び怒り、哀しみ楽しみ、慮り嘆き、恋いおそれ、うきうきしきままにし、啓き態づくり、楽は虚より出で、蒸は菌をなす、日夜前に相い代わるも、而も其の萌す所を知るなし。
荘子・斉物論

喜んだり怒ったり、悲しんだり楽しんだり、先行きを案じたり過ぎたことを嘆いたり、慕い憧れたり恐れはばかったり、浮き浮きしたりだらけたり、あけすけに取り繕ったり。
笛の音が空洞の竹管から奏でられ、蒸せた湿気で黴がはえたてくるように、昼夜の区別無く代わる代わるでてくるが、それでいてそうしたことがどうして起こってくるかはわからない。

これは、荘子 斉物論の中に書かれているものです。

日々生活をしていると、いろいろな感情がでて、喜んで爽快になったり、思い煩ったりします。
天変地異の災害などは別として、それらの多くはは、今までの自分の行いからくる、善し悪しの行いの結果に応じて、その感情がでてくるものです。
ここでは、竹笛の仕掛けは穴があいているだけで、クラリネットやハーモニカなどのような、空気を振動させて音を出すリードがないです。黴が生えるのは湿気と高温でムシムシした条件があると生えてきます。そのよに其の因果があるのだが、おうおうにしてそれらがいつ自分の身に振り返ってくるか分からないものです。様々な感情が自分におこってから、あれがよかたのだ、あれがよくなかったのだと思うものです。因果応報というので日頃から自分の行いに注意したいものです。
しかし、後悔先に立たずということが多いものです。

この荘子の言葉の後に、さらに人との関わりとして、次のように書かれている。

已みなん 已みなん、旦暮に此を得るは、其の由りて以て生ずる所か。彼に非ざれば我れなく、我れに非ざれば取る所なし。是れ亦た近し、而も其の為使する所を知らず、真宰あるが若きも、而も其のあとを得ず。行なうはなはだ信なるも、而も其の形を見ず、情あれでも形なし。
荘子・斉物論

いつまでもどこまでえも、明け暮れにこうした心の変化が起こるのは、もともとその原因があって生み出されたものであろうか。
そもそも相手がなければ自分のそのような感情も生まれず。自分が相手と関わりなければ、相手のさまざまな心もうまれてこない。このように互いに関係しあって煩うのが本当のところだろう。しかし実のところ、何がそのようなさまざまな状態を起こさせるのかは分からないものだ。
真の原因となることがあるように思うのだが、じつは僧とは限らずそういいきれないものだ。結果は確かであるが、そうさせたものを、一つに断定することはできない。実質はあるが原因の姿形はないのである。

さらに、体のことについて自分自身が思い感じるべきかについて書かれている。

百骸九竅、六臓、かねて存す。吾れ誰れをか親しむことを為さん。汝みなこれを説ばんか。其れ私するありや。是くの如くんば皆もって臣妾と為さんか、其れ臣妾は以て相い治むるに足らず。それ逓に君臣と相い為らんか、其れ真君ありて存す。其の情を求め得ると得ざるの如きは、其の真に益損なし。
荘子・斉物論

人の体には百の骨節、九つの竅、六つの内蔵がすべてそろっているが、自分はそのどれかを特に選んで愛するということはない。お前はそれらをすべて愛しようとするか、きっとえこひいきが起こるであろう、もしそうなら、愛情を離れてみな召使いのように見なしておこうか、召使いだけでは治められないことになるであろう。召使いたちが交代で主人になったり召使いになったりするのか、やはり真実の主人が存在するのであろう。そうした実情が分かろうと分かるまいと、この真実ーー肉体のすべてがうまく働いていることに何の増減もないのだ。

人の体には百の骨と述べていますが、実際は200ほどあります。九の竅は目や鼻・耳・大小便の出口です、人の身体のそれらの内蔵や筋肉や感覚は複雑に絡み合って機能しています。しかし日常生活でそのようなことを、意識する事はありません。心臓よこれから運動するのでいつもより早く動けと思っても鼓動が早くなるわけでもないです。これから宴会があるので、胃腸よ活発に動けと思っても活発に動く訳はないです。健康であれば特に動かそうとしなくても、うまく動いてくれるものです。逆に言えば自分の身体に、自分で命令して動かせるものではないです。
ただ、自分の意にそて動かすことができるのは、呼吸器dけでしょう、しかしこの呼吸器意図的に動かすと、かえって健康を害することがあります。そのことは先に呼吸法で書いた通りです。
人の身体のそれぞれの五臓六腑である、器官は単にそれぞれの働きをしているが、それぞれは密接に関連仕合、連携仕合っています。その関連しあっていることがたいせつで、それらの絡みが調えられていないとうまくかないということです。

十八層地獄

西遊記(太田辰夫・鳥居久靖訳 平凡社刊)に、罪を犯した者が死後おとされる、地獄のことが書かれています。

竜王は、玉帝の勅旨に対して、魚偏+時(ヒラコノシロ)軍師が言上したことを受け入れ、雨を降らすのを少し違えたことが、発覚して首を落とされることになるが、唐王の太宗が助けてをもとめる。太宗が助けられなかったことを逆恨みして、太宗は死んでしまうが。閻魔王が生死帳簿に貞観一十三年と書いてあるところ、一の字に二本の線を書き、貞観三十三年として、生き返らせました。

地獄からの帰りに、背陰山の背後に十八層地獄があり、生前犯した罪により、それぞれの地獄に落とされたようすをみています。

十八層地獄とは次のようなものです。
吊筋獄(ちょうきんごく)
幽枉獄(ゆうおうごく)
火坑獄(かこうごく)
生前さまざまな罪深い業を行った者がおちるところ。

(豊+おおざと扁)都獄(ほうとごく)
抜舌獄(したぬきごく)
剥皮獄(かわはぎごく)
不忠不孝者で自然の道理を破り、仏口邪心の者がおちるところ。

磨涯獄(まがいごく)
碓搗獄(うすつきごく)
車崩獄(しゃほうごく)
瞞心昧己で不公道、巧言花言で人を騙した者おちるところ。

寒氷獄(かんぴようごく)
脱殻獄(だつかくごく)
抽腸獄(ちょうぬきごく)
大枡や小秤で人を騙す詐欺師がおちるところ。

油鍋獄(あぶらなべごく)
黒暗獄(くらやみごく)
刀山獄(とうざんこくごく)
善人をいじめ強暴な強盗や暴行犯がおちるところ。

血池獄(ちのいけごく)
阿鼻獄(あびごく)
秤杆獄(はかりざおごく)
欲張のため人に危害を加えたりする者がおちるところ。

それをみた、太宗は心中驚きかつ心を痛めました。
しかし、この西遊記にはそれぞれの地獄での責め苦の様子はかかれていません。

しかしいずれにしろ、いろりとなことをすると死後にそれなりの償いが永遠に続くとされ、多くの地獄絵などがかかれてきました。

娯楽の少ない時代は、人の生き方により因果応報の考えがありましたが、科学技術の発達した便利なよのなかは、因果応報でものごとに感謝する気持ちが希薄になってしまっているようです。

そのようなことを思いながら、二度三度と、岩波文庫の西遊記と平凡社の西遊記を読み返しています。

明明徳

中国の古典「四書」の一つに、『大学』の首章につぎのようにある。
大学之道 在明明徳 在親民 在止於至善

「大きい学びの道は、明徳を明らかにするにあり、民に親愛するにあり、至善に踏み止まることにある」

君子が国を治める肝要は昔に「明明徳 親民 止至善」は君子の備えるべき要件と言われてきました。

国を治める君子の学問は、自分の為にあるのではなく、国家のため民のためにあるのであって、その素養を高め深めることにあったと言えます。
それを現代のこの民主主義の社会に於いては、君子を国家の指導者、人を指導する立場の人するなら、「明明徳 親民 止至善」はどのように考え解釈し捉えればよいのでしょうか。

徳は、天与の徳であり、善悪・正邪を判断し、自分の行いを正しいものとし、他を思いやり、いつくしむ心である。特に、儒教では、他を思いやる心をもの徳を持つことです。そして、巧言令色を遠ざけその気持ちをを持たないようにすることでしょう。
しかし、なかには権力につき富を得ると、始めは清廉な気持ちで挑んでいても、次第に曇ってしまい欲に溺れたり権力に驕ったりする人がいるようです。
「明徳を明らかにする」の「明徳」は、人が生まれながら有る公正で私意のない立派な本性のことです。「在明明徳」はそれを自分の周りの世の中の為に使うことです。

「大学」は「君子の明徳」「大衆の教導」「至善の保持」がおおもとでそのなかで特に大切なのは、八つあるとして、八項目あげえいます。
・格物:
・致知:
・正心:
・誠意:
・修身:
・斉家:
・治国:
・平天下:
この八つです。

物事を正しく見ることにより、知るに到り。知に到れば意が誠になり。意を誠にすれば心が正しくなる。
心が正しくなると行いも正しくなり、行いが正しくなれれば家庭が安定する。
家庭が安定すると、国が落ち着き発展する、各国の政治が平和になれば国際社会は争いがなくなり天下泰平になる。

水の中にいるのを忘れた魚

14日に、
「魚が干上がった土の上に集まり、互いに湿った息を吹きかけ合い あぶくで湿らし合うというのは、豊かな水を湛えた湖水の中にいて、お互いの存在を忘れているには及ばない」荘子の大宗師編の一説について書きました。

今日は水ではなく空気の話です。

公害問題では環境が徐々に悪化してゆき、ある限界を超えると急速にそれによる問題が表面化してくる。
いま、新興国では大気汚染が深刻な問題になっています。特に中国の大気汚染は日本のニュースでは、頻繁に報道されています。中国の大気汚染の様子が頻繁に報道されるのは、中国上空の偏西風にのり、日本にスモックがやってくるからです。しかし、地球規模で考えると大気汚染が深刻なのは中国だけでなく、発展著しい新興国でも同じ状況です。

二十世紀のはじめ頃、芸術の運動としえ未来派が起こりました。工場の煙突から朦々と揚がっているのを賛美し絵、や機械仕掛けで明るい未来を予見させる絵が描かれまた。そのころ、霧の都と言われるロンドンでも、スモッグの問題が深刻化していたようです。これは40年ほど前に聞いた話で、真偽は判りませんが次のような話があります。
二十世紀前半当時、スモックは身体によくない、しかし工業の発展は人の生活を明るく豊かにする、そこでロンドンの中学校では、毎朝全校朝礼でタバコを吸わせ、煙に対する抵抗力を免疫力をつけさせた。これはかなり眉唾物ですが、ロンドンのスモック深刻さを指したものと言えるでしょう。

日本でも、40年ほど前は、四日市や神奈川の川崎、兵庫の尼崎などの、工業地帯は工場からの煙で深刻な状態で、喘息や健康被害もでていました。
死人団体の運動のおかげで、政府は法整備をし企業も環境対策に取り組み、環境に対する技術も高くなり、いまでは世界のトップレベルの、技術があるといわれています。法律メンでも進んでいると思います。

日本はもっと、この環境技術の輸出や、環境に対する取り組みのノウハウや法律面での助言などをすべき積極的にすべきでしょう。それいより外貨が獲得でき国際的な信頼も高まるといえるでしょう。

魚は水の存在を忘れ

荘子 大宗師編
泉涸れ 魚相い与に陸に処り 相い吹くに湿を以てし 相い濡すに沫を以てするは、江湖に相い忘れるに如かず sの堯を誉めて桀を非らんよりは 両忘して道に化sるうに如かず

魚が干上がった土の上に集まり、互いに湿った息を吹きかけ合い あぶくで湿らし合うというのは、豊かな水を湛えた湖水の中にいて、お互いの存在を忘れているには及ばない。堯を聖天子としてほめたたえ、桀を暴君として謗るのよりは、どちらのことも忘れて絶対の道と一体になる方が勝っている。


子貢曰く 然らば則ち夫子は何の方にかこれ依るやと 曰わく 丘は天の戮民なり 然りと雖も 汝とこれを共にせんと 子貢曰く 敢えて其の方を問うと 曰わく 魚は身に相い詣り、人は道に相い造る 水に相い造る者は 池を穿ちて養い給り 道に相い造る者は 事することなくして生足る 故に曰わく 魚は江湖に相い忘れ 人は道術に相い忘れると 子貢曰く 敢えて畸人を問うと 曰く 畸人なる者は 人に畸にして天にひとし 故に曰く 天の小人は人の君子 天の君子は人の小人なりと

子貢は聞いた「先生はどんな世の中に拠り所にしておられるのですか」
孔子曰わく「私は天の刑罰を受けている人間だ、しかし、私もお前と一緒に彼らについて行きたいと思う」
子貢はさらに聞いた「その方法を教えてください」
孔子が答えて曰わく「魚は水と離れられないし、人は道と離れられない。水と離れられない者は、池を掘って水をためれば生きていける。同様に道と離れられない者は、ことさらな事を捨て、道を守っていけば、満ち足りた人生が送れる。だから、『魚は大河や湖水の中ではたいがいの存在を忘れ、人は道の実践ではたいがいの存在を忘れる』と言われている」。
子貢はいった、「どうか畸人についてお教え下さい」
孔子曰わく「畸人と言うのは、普通の人間とは変わっていて、天にひとしく自然のままでいる。だから、『天の立場で小人物が人の世界での君子であり、天の立場での君子は人の世界での小人物だ』といわれるのだ」


今の「宇宙船地球号」や、世界の大海を航海する「日本丸」にたとえて考えると、地球の資源をこれとばかり採掘し掘り出し、自然資源も森林を伐採し山を切り崩し生態を破壊していっている。汚染物質も排出し続けるが、いずれ資源は枯渇して、汚染物質も飽和濃度を超えるて、初めて魚が水がないと叫ぶようなことになりかねないです。
日本の中も同じでいまは、戦後からの日本の航路を大きく舵を切ろうとしています。面舵いっぱいに切るとどこにゆくのでしょうか。

飽和濃度と書いて、おもしろい一つの手品を思い出しました。
「角砂糖を水に入れても溶けない」手品です。
種明かしは、水ではなく砂糖の飽和溶液に入れるのです。
・魚が水がなくなってから気づく。
・周りが変わっても、自分がそれに汚染されていたら気づかない。

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一心如鏡、一心白道

「一心如鏡、一心白道」という言葉があります。

一心鏡の如し
心を一つにし他念のない専念する心は、明曇りの鏡と静かな水面のようで邪念がない。

一心白道
白道とは、二河白道のことで、[火の河(怒りを表す)と水の河(貪欲を表す)の間にある、極楽浄土に通じる白い道]をさします。心を一つにし極楽往生を願う信心

現代社会は、ものが満ちあふれ、様々な情報も満ちあふれた、それらの洪水のなかにいます。そして、そのなかで身一つで泳いで対岸に行くのか、海原の中を小さな小舟で航行するのか。また、丈夫な橋を架けて渡るのか、大きな船で航海するのか迷うところです。
そしてそのいずれにしろ、様々なものが身に降りかかり寄り添ってくることから、一心に唯ひたすら心を尽くすことは難しいことです。

今朝、ポストに倫風というある社団法人の冊子が入っていまし。そこに朝の誓いとしての心持ちが書かれていました、その一つに「腹を立てず 不足の思いをいたしません」と書いてありました。
これも白道の怒りと欲に蓋をする不足の思いを持たず、唯吾知足であり、老子の、足を知る者は富ということでしょう。


知人者智、自知者明。
勝人者有力、自勝者強。
知足者富、強行者有志。
不失其所者久、死而不亡者壽。

人を知る者は智、自ら知る者は明なり。
人に勝つ者は力有り、自ら勝つ者は強し。
足るを知る者は富み、強めて行なう者は志を有す。
その所を失わざる者は久しく、死して而も亡びざる者は寿し。

ひとのことが分かる者は智者で、自分のことが分かる者は明者で、物事に明るく頭の働きの鋭い人である。
ひとに打ち勝つ者は強いが、自分に打ち勝つ克己を持っている者が本当の強者という。
足を知るものは自ずから失わないので富む、勤めて足を知るものは必ず志を遂げられる。
自分の居場所を失わない者は長続きする。死でも亡びることはない、道のままに生きた者は長寿である


「足を知り分に安んず」と言う言葉があるように、現在の境遇を自分に見合ったものとして不満を抱かないことが、とどのつまりは目的が成熟し豊かになり長続きするのでしょう。

同じことを言っても、賞賛される 避難される

「呂氏春秋の有始覽 聴言」に次のような話がある。

もし人が「あそこの家には財産が多く、家の塀も低く鍵もちゃちだ。番犬が死んだら、あそこ野壁に孔をあけて盗みにはいれるぞ」
と言ったら、必ず非難されるだろう。
しかし「あの国は飢饉だ。城壁も低いし、軍隊も柔で装備も時代遅れだ、襲えば征服できるぞ」
と言っても、非難されないだろう。
同じことなのにおかしな話だ。

この話、現代では他国を攻め落とすことは許されないですが、戦国の時代では間違ったことではないとされました。それよりむしろ宜しきこととされました。
それは、中国に限らず日本の戦国時代もそうであり、西洋の列強の国は帝国主義時代に植民地政策を進め、植民地先の住民の抵抗を悪としました。日本の太平洋戦争が終わるまで、帝国主義を押し進めることは賛美され続けました。

しかし、今は180度考えの方向が変わり、その考の帝国主義的な考えは悪とされます。
しかし、テロとの戦いは正義のための戦争といい、集団的自衛権などといい、積極的平和主義といい、自分たちの行動を正当化しようとするのは、昔も今も変わらないようです。
私はとくに、積極的平和主義の定義がよく分らないのです、非武装中立ことが積極的に平和へ向けての活動始りだと思うのでが、武器を持って平和を作っていこうとするのは、織田信長の「天下布武」とあまり変わらないようだし、それが進んでゆくと金正恩の「先軍領導」となってしまう。

武力には武力で制するとする、「目には目、歯には歯は」の考えは、今の平和ボケした日本には通じるかもしれないが、グローバル化した国際社会では時代遅れに感じる。

荘子 徳充符編 足を切られた男 3

荘子 徳充符編 足を切られた男 3

魯の国に叔山無趾は、罪を犯し足の筋を切る刑にあた。
叔山無趾は、足を引きずりながら、孔子に学ぶため会いにやって来た。
孔子は叔山無趾に「君が身を節度をわきまえず慎まなかったから、刑に触れてそのように罰を受け、そのような姿になったのだ。いまさら私のところに来ても手遅れだ」と言った。
叔山無趾は「私は未熟で無分別だったので,足の筋を切られる刑を受けました。私は足よりも貴いものがあると思いそれを求めて参りました。だから私はそれを学びそれまで失ってしまわないように大切に守っていきたいのです。天はあまねく万物を覆い、地はどんな万物でも載せるといいます。先生はそうした天とも地とも仰ぐべきお方と思っていました。足切りの刑を受けた私をさげすむとは思いも寄らなかったです」。
それを聞いた孔子は謝って言った「これは私が悪かった、中に入って、私が知って入ることをお教えしよう」。
しかし、叔山無趾は立ち去った。叔山無趾が立ち去ると、孔子は弟子たちに「よいかね,教訓にしなさい。叔山無趾は前に犯した過ちを償おうと、勉学に励んでいる。ましてや欠けるところがないお前たちはなおさらしっかりとしないといけない」
無趾は老子のところに行き「孔子は聖人となるにはまだまだですね。どうして彼はあなたにつて熱心に学ぼうとするのでしょう。きっと物知りととい埒も無い評判を得ようとしているのでしょうか。そんな評判は自分の自由を束縛する手枷足枷なってしまうことに気が付いていないようです」。
老子が言った「生と死を一つの連続だと考え、可能も不可能も同じこととみる万物は一つだという原理に貫かれていると、彼に教えてやればよかったのだ。そうすればつまら束縛だということに気がつくだろう」と答えた。
無趾は「彼は天の刑罰を受けている、どうしてその束縛から解かれるでしょうか」と言った。


叔山無趾は自分の行いの過ちにきずき、それに対して反省し、自分はその過ちのためそれを一生背負って生きていくと考えるのでなく、だからこそ今までの生き方でなく、より貴い生き方を学ぼうと孔子の門を叩きました。
しかし、孔子はそれに対しての、仕打ちはむげもなく罪人だと言うだけで追い払いました。
そして、叔山無趾が本気で学ぼうとしているのを知ると、態度を豹変させ迎え入れようとするが逆に愛想をつかれると、弟子たちに罪を犯し足が一本ない叔山無趾ですら勉学に励んでいる。健常なお前たちは・・・・といい、障碍者や前科のあるものにたいして偏見の目でみています。

この話は、荘子に書かれているものですから、儒教と道教では互いに悪く言うので孔子のことを悪く書かれています。
しかし、この孔子が話したことを為政者の言葉として読むとまた、別のものが見えてきます。このような為政者が政治を行えばどのようになるでしょう。都合のよいことばかり公表し、自分の言ったことも時とともにねじ曲げ得筋を通そうとする。そうならないためにも目先のことに気を取られて、間違ってもそのような人を選ばないように気をつけようとおもいます。

刑罰により片足を切られた申徒嘉

更け待ち月

荘子 徳充符編 足を切られた男 2
申徒嘉は刑罰により片足を切られ不具者であった。彼は鄭国の宰相子産と共に,伯昏無人を師として学んでいた。
子産が前科者の申徒嘉を嫌って言った「私が先にここを出るときは,君は席にいてくれ。君が先に出るときは、私は残って後にでる」。翌日、申徒嘉と子産の二人は同じ建物のの中で出会ったで。子産が言う「自分がここを先に出るときはこ、君はここにいてくれ。君が先に出るなら、自分は私は残る。私は今ここを出るので、君はここに残ってくれるか、それともいやかね、君は一国の宰相に対して遠慮がない、君は宰相の私と同じ身分だとでも思っているのかね」。
申徒嘉が言う「伯昏無人先生の教えは、君の言うようなものでは無いはずだ。君は自分が宰相であることで驕り、そのため人より先生の教えを学ぶのが遅れているようだ。『鏡明らかなれば則ち塵垢止まらず、止まれば則ち明らかならず』という言葉がある。長いあいだ賢人といっしょにいる者は、過ちを犯さないようになるというが、君は先生を尊敬して学んできたというのに、まだそんなことを言っているのかね、君はそれがひどい過ちだとおもわないのかね」。
子産が言う「君は罰を受けて足切りの刑にあっているのに、君はなお堯より大聖人になろうと思っているのかね。君の姿そのものが,君の過去の過ちを映しているではないか反省はできないのかね」。

申徒嘉が言う、「自分で犯した罪を弁解して、自分の足は切られるべきではなかったと愚痴を言う者は大勢いる。一方で,私のように自分の不品行を隠し立てしないで,足切りの刑にあって仕方ないとする者は少ない。運命は人の力ではどうしようもないことを悟り、それを受け入れ従うのことが出来るのは、徳のある人だけができることだ。

有名な弓の名人のゲイ(羽+廾)が弓を引く的の前で遊ぶなら、その的の真ん中に立っていれば当たらないことはない。しかし当たらない幸運なこともあるが、それが運命というものだ。世の中には、私の足のないことをあざ笑う、足のある健常者がたくさんいる。私はそれが実に腹立たしく思うものだ。だが、伯昏無人先生の下で学ぶと、それを気にすることがなく平常な気持ちになる。伯昏無人先生が備えておられる徳が、私の心の中を綺麗に洗い落としてくれるのか、先生の教えで自分が悟ることができたのか。何れにせよ、伯昏無人先生に学んで十九年になる、今は自分が足きりの形を受け、足がなく体がまともでないことを気にしたことはない。君と私とは形骸を越えた精神の王国を逍遙しているというのに、君は形骸にとらわれた視点から私を観ている。それは誤りではないのかね」
それを聞いた子産は今までの態度を改めて申徒嘉に言った「わかった、それ以上何も言ってくれるな」。


なんか、この話を読んでいていまの政界のことを頭に浮かべる。今の国会は自民党の一党支配のように、多数を占めて驕っているし、与党も野党も互いに悪口ばかりいっていいる。自民とも野党時代に協力しなかったのに、与党になって野党に協力しろと急き立てる。野党も自分のことばかり考えて、楊枝で隅をつつくように相手のミスにつけ込む。
この構図は、いっこうに国民のことを考えていないことから来るものでしょう。特に最悪なのは、以前の自民党と変わってしまったことです。自民党が再び政権の座に着いたとき、以前の自民党と変わったといいました。確かに変わろよくなった所もあるのですが、今までそれぞれの派閥が互いに牽制しあい、政策の暴走などの歯止めなりました。いまで、集団的自衛権の憲法解釈や、機密保護法などに対して、考えの違いがあるにはあるのですが、それに対して互いの意見が戦わされるのでなく、今の政権の流れの一本に流れ込んでしまっているようです。
国のあり方というものは、国民主権に基づいた立憲主義であるべきものです。

形骸を越えた精神の王国を逍遙すべきで、形骸にとらわれた視点から、ものごとをおこなっていくべきではないでしょうか。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    竹林泉水 (03/18)
    今一度野田首相が宣言したように、安倍総理は原発事故は収束したと本当は言いたいのでしょう。政府は必ず嘘をつく、それは、オリンピックの施設建設や、豊洲市場もそうです
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    アジシオ次郎 (03/18)
    おはようございます。

    今年の東日本大震災追悼式典で福島第一原発事故に言及しなかった安倍総理だが、未だに原発事故処理が解決していない、避難区域解除も進んでいな
  • マンションの挨拶禁止
    竹林泉水 (03/13)
    アジシオ次郎さん
    コメントのお返事大変遅くなり申し訳ありません。
    いまのよのなか、スマホが行き渡り本当におかしくなってきた感じですね、友達と集まってもみなそれぞ
  • マンションの挨拶禁止
    アジシオ次郎 (03/01)
    こんにちは。

    マンションで挨拶禁止って、正直近所づき合いを否定するようなものだし、挨拶をしっかりすると言う人としての常識に思いっきり反する行為だと思います。
  • これからの世界のゆくへ
    竹林泉水 (02/20)
    わたしには、トランプ大統領のメディア批判は、日本の首相を見習っているように思えてしまいます。
    アメリカは自由と民主主義国の国でこのようなことはないと思っていまし
  • 軍隊は国民を守るにあらず国を守るもの
    竹林泉水 (02/20)
    コメントありがとうございます

    自衛隊法にどのように明記されていようが、文官と武官との考えの違いはあるのではないでしょうか。
    栗栖弘臣の言ったことは、上級指揮官
  • これからの世界のゆくへ
    アジシオ次郎 (02/18)
    こんにちは。

    アメリカのトランプ大統領のメディア批判は、自分に都合の悪い話をする者はケチョンケチョンにこき下ろすと言う子供じみた言動にしか見えないが、自分に
  • 軍隊は国民を守るにあらず国を守るもの
    まり姫 (02/07)
    自衛隊法第三条に人命救助をする仕事として書かれていますよ。
    主たる任務ではないけれど、副次的任務としてきちんと規定されています。
    元統合幕僚議長の述べていること
  • 世界の民主主義が行き詰
    竹林泉水 (01/26)
    以前から時々コメントされるのですが。
    コメントを投稿されても、ロシア文字のような文字化けや、タグを書き込みそれがそのまま表示されるコメントがります。

    そのよう
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