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売茶翁 10円易者

10日に売茶翁の話を書いた。そのとき松山の10円易者と呼ばれた村上桂山の紹介もした。売茶翁である高遊外ももとは僧であったり、桂山も僧であったが還俗して俗界にまみれながら生涯を終えている。
一度功徳をつむため清貧の生活をし修業するが、出家遁世するが還俗してしまう。清貧の生活は赤貧ではなく、赤貧では貧すると鈍すになるおそれがるが、清貧を目指すことにより貧すれど鈍さずとなることを目指した。
良寛は出家したままで清貧の生活を過ごし修業をしたが、この二人は在家に戻り清貧の中で自由奔放にすごした。
このそれぞれの生活をみていうると、人の生き方はどのようなものであるか、どのように自己を磨いていけばよいのかを考えさせられる。そのように考えていると、6月にNHKで放送された「100分de名誉」の「維摩経」を読み返してみたくなった。

維摩が病になり床に臥すと釈迦は弟子たちに見舞いに言うことを依頼するが、10大弟子たちはみな固辞しる。その理由は維摩に以前にやりこまれたからでした。
維摩は釈迦の弟子たちになんと言ってやりこめられたのか。
・舍利弗(シャリホツ)
樹下で坐禅をしていると、そのような修業ではだめだ坐禅は行住坐臥ですべきで、修業で獲得したものを棄てないで、普通の生活の中で修業べきです。
・大目揵連(ダイモッケンレン)
在家に説法をしているとき、出家者の道を説くだけではだめで、ありのままの姿をとくものです。
・大迦葉(ダイカショウ)
托鉢をしていたときに、贅沢な施しをされないように富豪を避け、生活が困窮している人に功徳がつめるようにと貧乏な人ばかりに乞うている。
・富楼那弥多羅尼子(フルナミタラニシ)
修行僧に説法をしていると、話す相手の内面をみて説法を考えるべきで、あなたは修行僧の志を見抜いていない。
・優婆離(ウバリ)
戒律を守ることにたいして、ただ戒律を守れと説くだけでは意味がない。水や鏡に月が映るが水や鏡の中に月があるわけではない
・羅(目+侯)羅(ラゴラ)
出家の功徳や利益を説くのはいかがか、利益も功徳もないのが出家ではないか、それらから離れた世界であるはずです
・摩訶迦旃延(マカカセンネン)・須菩提(ソボタイ)・阿那律(アナリツ)・阿難(アナン)なども維摩からやりこめられている。
釈迦はそこで、弥勒菩薩に維摩の見舞いを頼むが断られてしまう。その訳は。
維摩に、あなたは仏になることを約束されているがそれはおかしいのでは、仏教ではすべてのがこの瞬間にしか存在しないとううので、過去や未来があるのはおかしいのでは。
釈迦は文殊菩薩に頼みようやく引き受けてもらう。
維摩は、文殊菩薩が見舞いに来ることを知って、家の者を外出させ、部屋の中のものすべてを出して空にしてしまう。
訪れた文殊は維摩次のように尋ねる、どうして部屋にはなにもなく家の人がいないのですか。と。
維摩は、「それは空だからです。空だから空っぽなのです」と。「空は分別がないことで、認識したりすることができない。認識することじたいが空ということにならなければ、無分別とは言えない」といいて、世俗の中に身を置いて生きることが大切で、それにより自らと他者を解放できる。

このことは、売茶翁も村上桂山も世俗のなかで生活し、何物にも縛られずに京の市井の人に茶を振る舞い、松山の多くの人に易を見て解放して、多くの人に慕われたのでしょう。

しない生活

小池龍之介が朝日新聞に週一回連載した、「心を保つお稽古」から108を集めたものが本になり、幻冬社から新書として出版されている。
「しない生活 煩悩を沈める108のお稽古」幻冬新書339 本体780円

    しない生活 煩悩を沈める108のお稽古
    しない生活 煩悩を沈める108のお稽古


この本を読んでいて、以前に書店で見かけた真反対の本を思い出した。

タイトルは「最後に思わずYESと言わせる最強の交渉術―かけひきで絶対負けない実戦テクニック72」
大阪市長の橋下徹氏が若い頃に書いた本です。
私はこの本を書店で積んであるのを見て、面白そうだと興味を持ち手に取ってページを繰ってみました。内容は覚えていないが、この本を開いて読んでいくうち、ページを閉じて元あったところに戻したことを覚えています。
そのときの感想は次のようなものでした。

詭弁を使い、詐欺まがいに言いくるめ、なんでもありという論法でした。普通の常識を持った人だと、使うのに憚る内容で、煩悩の亡者のようなもので餓鬼道・畜生道・修羅道などを渡り歩く海千山千の指南書のようだと思ったのを記憶しています。


しかし、逆にこの小池龍之介の「しない生活」とは、実際に生活しているところは、「する生活」です。ものごとの追い立てられ、次から次に問題が起きてきます。それにせき立てられ、走り放しといってよいでしょう。この本を読んでみると、ときには走るのをやめ立ち止まってみることの大切さを思いださせます。

目次を見ていても、『相手を屈服させて自分の価値を実感するという愚かしさ』『「どちらが得か」を迷う宇のはこころにとって損』『正義を振りかざしても醜悪な子悪人になるだけ』『わざと敵をつくる脳の過剰防衛反応に振り回されない』『「ありえない」という否定語は傲慢で不寛容』『「自分を理解させたい」病同士の寂しいすれ違い』『人は生きている限り「満足しない」という苦を味わう』『困っている人を助けたいという動機にひそむ名誉心の煩悩』『自分が守戒めを他人に押しつけないように気をつける』『他人からの厳しい指摘に感謝できることこそ真の「反省」』と、たくさんあっそうなのだと思わされる言葉が並んでいます。
日常の出来事のあくせくと思うのでなく、立ち止まりないもしないでゆっくりと自分を見つめ直して、自身の言動や考えを深くかえりみることの大切さを教わります。

盗人に取り残されし秋の月

今日は旧暦で八月十五日で、中秋の名月です。
今日は台風が近づいているので、十五夜の月がみれそうにありません。
 
「盗人に取り残されし秋の月」
良寛
 
 なにも無い良寛さんの、五合庵に盗人が入り、わずかな物まで持ち去って言った。庵の中は空っぽでなにもない、ただあるのは月の明かりが、綺麗に輝いて部屋を射しているだけだ。
 
この句には幾つかの話があります。
一つは、
人里離れた村の端の山にある、良寛の何もない庵に盗人が入った。持ってゆく物などは何もないのに、途方に暮れた盗人に心を痛めた良寛は、自分の着ている着物をさしだした。盗人はそれを持って立ち去ったが、良寛が目にしたのは明るい月の光が窓から射しこんでいる満月だった。
 
また、一つは、
良寛が住んでいる庵に泥棒が入った。泥棒は庵の中を見渡したものの、盗むものが何もない。ちょうど泥棒が入ったのに気がつき寝返りを打つと。泥棒は良寛の煎餅布団を盗んで去った。窓を見ると満月が輝いていた。
 
この句は良寛が約20年間住んで、修行と芸術にいそしんだとされる「五合庵」で読んだものといわれています。
『堂宇間数 間口弐間 奥行九尺』ということですから、2間×9尺ですから、六畳ぐらいでしょう。
詫び住まいといえば、鴨野長明の方丈庵があり、こちらは、一丈四方ですから四畳半ほどの大きさでしょう。
 
小さな庵に質素に住まいする良寛さんは、不思議なお坊さんです、沢山のお坊さんがいる中で、さんづけされるのは良寛さんと一休さんぐらいではないでしょうか。「五合庵」は真言宗の国上寺の住職の万元和尚の隠居用として建てられたもので、建てられてから百年以上たって空き家となっていたので、良寛さんは住むことができたのです。しかし曹洞宗のお坊さんである良寛さんが借りれるのも、良寛さんの人柄と時代なのでしょう。国上寺の住職が隠居して「五合庵」に住むので、良寛さんは「五合庵」を出て各地を転々と宿を借りるお坊さんとして、托鉢をしながらの生活をしていた不思議な方です。
 
それはさておき今日は、団子を月に見立てて月を愛で食べましょう。
中国やベトナムでは月餅を食べるそうです。農耕民族は、秋は収穫をもたらしてくれた神様に感謝し、収穫の喜びを込め美しい満月を拝むのでしょう。秋は空気が乾燥してきて澄み、月が大変美しく見えます。みんなで秋の夜長を楽しみ、今までの農耕の労を互いに労ったのでしょう。
 
 
月の句を
 
菜の花や月は東に日は西に
月天心貧しき町を通りけり
蕪村
 
名月や畳の上に松の影
其角
 
 
もう一つ月にまつわる言葉を、
 
紀貫之の《土佐日記》に次のようにあります。
「唐とこの国とは、言異なるものなれど、月の影は同じことなるべければ、人の心も同じことにやあらむ。」

猫と鼠の重い軽い

家有猫与鼠   家に猫と鼠あり
総是一蒙皮   総て是れ一に皮をまとう
猫飽白昼眠   猫は飽きて白昼眠り
鼠飢玄夜啼   鼠は飢えて夜になく
猫児有何能   猫児は何のあたうるか
覘生ロウ中機  生をうかがいしばし機に中る
鼠子有何失   鼠子に何の失あるか
穿器也太非   器を穿つことまた非太し
器穿而可補   器穿つも補うこと可なり
逝者不復帰   逝きした者は復し帰らず
若問罪軽重   若し罪の軽重を問うなら
秤可傾猫児   秤は猫児に傾くべし
良寛
  
  
家には猫と鼠がいる
どちらも毛をまとっている
猫は喰飽きて昼は眠っている
鼠は腹をすかせて暗い夜鳴いている
猫にはどういう善いところがあるか
生き物を狙って鼠を駆ってくれる
鼠にはどういう非があるのか
器物に穴をあけるのが非なること大きい
しかし、器物に穴をあけても修理ができる
死だものは生き返ってこない
どちらの罪の重い軽いを問うなら
秤の皿はやはり猫の方に傾くだろう。
 
 
良寛さんは、猫は鼠を喰ってしまい、一度失われた命は帰ってこない。鼠は壁に穴をあけるが、穴は塞ぐことができる。そこで、猫が鼠を喰らい殺生しているのに、罪があるとしているが、ほんとうに罪が重たいのだろうか。
猫は、人の糧である貯米を喰らい、壁に穴をあける鼠を捕ってくれる。またねこは殺生をする。鼠は蔵を壊し、人のものを盗むが、殺生はしない。しかし人はみな、猫を大切にして鼠と見ると悪い生き物と嫌う。しかし、このことを考えると、猫の罪は鼠より軽いと言えるだろうかと、良寛さんらしいこの、問いかけに今のこの世にあるあらゆる問題を重ねてみると、どのような答えがでるでしょう。

言語は常に出し易く

言語は常に出し易く
理行は常に虧け易し
斯の言の出し易きを以て
彼の行の虧け易しを逐う
弥よ逐えば則ち弥よ虧け
弥よ出せば則ち弥よ非なり
油を溌いで火聚を救わんとす
都て是れ一場の癡のみ
良寛 草堂集
 
 
立派な言葉は、いつも出しやすい。
しかし、道理を修めて実行することは、いつも行われにくい。
それなのに出来そうにもない立派な言葉で、その実行されにく道理を追い求めていないか。
だが、立派な言葉で求めれば求めるほど、道理は実行されにくくなり、
言葉に出して言えば言うほど、くい違いは大きくなる。
ちょうど火事を消そうとして油をかけるように
無益で愚かなことだ。
良寛 草堂集
 
いつの時代にもどこにいても、立派なことを言う人はいるものです。ただこの立派な言葉とその人の行動が伴っているかというと、大概の場合その言葉と裏腹のことをしているようです。
また、立派な言葉通りそれを実現させようとすると、現実の狭間でそれを行うことが難しく、ただの理想に終わってしまうこともあります。理想を追い求めすぎると、ゆとりがなくなり窮屈になってしまいます。
 
漱石が言うように「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角く此の世は・・・・」です。
なんでも、バランスが大切ですが、そのバランスを取るのもまた難しいです。
 
 

お迎えがきたときは

お迎えがきたときは
  
                  

先日、昼食を食べに入った食堂に、掲げられてていた文言です。
  
 節目に迎えがきたら 人世は山坂多い旅の道
  還暦( 六十)では、とんでもないよと追い返せ
  古希( 七十)では、未だ早いと突っ放せ
  喜寿(七十七)では、急くな老楽はこれからよ
  傘寿( 八十)では、なんの未だ未だ役に立つ
  米寿(八十八)では、もう少しお米を食べてから
  卒寿( 九十)では、そう急がずともよい
  白寿(九十九)では、百才のお祝いが済むまでは
  茶寿( 百八)では、未だ未だお茶が飲み足らん
  皇寿(百一十一)では、そろそろゆずろか日本一
  天寿(百二十五)では、人は二十五歳まで成長する その五倍が人世
  
    念ずれば花開く 気は永く 心は丸く 
    腹も立てず 口を慎めば 命ながらえる
 
 
百に一が足りない九十九の白寿までは知っていましたが、
茶の字を十と十と八十八で108歳、
皇の白を九十九と皇の下の王を一と十と一として十二、で111歳。
 
しかし、天寿に定めがあるとは知りませんでした。
 
ところで、この文言を作った方は、いくつまで生きられるつもりなのでしょうか。

浄玻璃の鏡

人は常に浄玻璃鏡に 日夜の振舞のうつることを思ふべし。こは隠れたる所なれば こは心中に竊に思えば、人知らじと思ふべからず。曇り陰れなく彼の鏡にうつる 恥ぢかましきことなり。
(栂尾明恵上人 阿留邊幾夜宇和)
*浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ) 閻魔王が亡者の裁判で、亡者の善悪の見極めに使用する、水晶製の鏡。

私の小さいころは何か悪いことをしたら、「お天道様が見てる。地獄に落ちて閻魔様に舌を抜かれる。」などと言われ戒められた。
最近はどんなことを親は言っているんだろう。誰か自分より権力や威厳がある者に代わって叱ってもらおうとしているようだ。それこそ、親としての威厳を放棄していのではないだろうか。

「お天道様」云々は、誰れ彼れが見ているから、善行をするのではなく、自分のためにするのでる。現世の行いにより、来世が蛆虫としていきるのか、今より良い人生を送るのか、お前はどちらを選ぶのかと諭される気にさせる。

三毒

仏教には三毒というものがあると説いている。

貪・瞋・癡 のことで「欲・怒り・おろか」の三つをいう。

貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに)・愚癡(ぐち)のことで、

愚痴とは、不平不満を言うことでなく、仏教では、物事を知ろうとせず、学ぼうとしない怠けることをいう。

私たちには、好き・嫌いという感情があります。

あるものを、好きだと感じた時、そのものを欲しくなり、それが貪欲となる。特に色・声・香・味・触の五つを、戒めないといけない。

あるものを、嫌いだと感じた時、そのものを避けたくなり、それが瞋恚となる。瞋恚は善いことをも見失い迷ってしまう。

あるものにたいして、何も感じず、何も考えなければ、それは怠け者となり愚痴となる。

この、「貪欲 必要以上にものを求めること。瞋恚 自分に背くものに対し怒ること。愚癡 愚かで道理のわからないこと」
この三毒が興ると、こころ穏やかに過ごすことができなくなる。


そのときは、ゆっくりと呼吸して、心を落ち着かせることが大切です。
そのとき、おなかを凹ませ ゆっくりと息を吐き、息を出し切ったら、鼻から息を吸う。

息を出すことが大切です、ゆっくり吐くのための工夫として、ストローを加えて口から吐くのもいいです。
ストローを使う方法は、なれるまで結構しんどいです。それは、普段の呼吸の仕方が結構速いからと、普段は息を出し切るということをしていないからです。
でも、深くゆっくりと息の出し入れをすると、自然と気持ちが落ち着いてくるものです。

■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 茶番の衆議院選挙
    アジシオ次郎 (10/05)
    おはようございます。

    民進党の解体、小池百合子東京都知事が立ち上げた希望の党、ハッキリ言って今回の選挙は乱立の様相を呈しそうですが、野党票割れを起こして自民党
  • 独裁者の国会解散
    竹林泉水 (09/26)
    > 政策に反対表明するための無抵抗なデモ行進、座り込みや集会を無理に解散させようとする警察官たちが、職務とは言え反対する人たちを排除しようとするのを見るとむし
  • 独裁者の国会解散
    風と雲 (09/24)
    民主的な選挙で政権交代がなされるようになり、政府への反対で暴力を使うことは、民衆の支持を失い反発され逆効果になるようになりました。>政策に反対表明するための無抵
  • 独裁者の国会解散
    竹林泉水 (09/24)
    日本人は長いものにはまかれろ、付和雷同性の国民性もあるのは確かだと思います。それは別段日本人に限ったことではないと思います。
    第二次世界大戦でフランス政府はドイ
  • 独裁者の国会解散
    風と雲 (09/23)
    かかる為政者の存在を許してきたのは、日本人の「ながいものにまかれる、お上に任せば・・、なるようにしかならない」と付和雷同性の強い国民性に由来するものではないでし
  • フェイクニュース
    アジシオ次郎 (09/16)
    おはようございます。

    ネットの普及に伴い様々なニュースが見れるようになった昨今、ただ自分の好みに合った情報しか信じないという弊害が出ることもそうだし、多様性を
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    竹林泉水 (09/10)
    顔認証技術が進み、個人の識別だけに利用されるならまだしも、個人の管理に利用されるのは非常に問題が多いと思います。

    松井知事の発言があまり問題になっていないのも不
  • ギャンブル依存症に顔認証は問題
    アジシオ次郎 (09/09)
    こんにちは。

    いくらギャンブル依存症対策とはいえ、入場確認や顔認証システムを導入するのは一部から「プライバシーの侵害だ」と批判を浴びてもおかしくありませんね。
  • 終戦の日の前後のテレビ番組
    竹林泉水 (08/23)
    国際的な政治・外交問題は素人的な言い方をすれば、早い者勝ちで勝ち逃げすればセーフ的なところがありますね。
    国の名前に「帝国」冠して大日本帝国として、そのころ時代
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