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竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

朝鮮通信使の歓迎否定する、杉並区議員

杉並区の区会議員佐々木千夏区議が区議会で、社会科教科書の記載について、「朝鮮通信使が歓迎を受けたというのは、全くのうそ。女性に対する暴行や殺人を起こしている」「創氏改名も全くのうそ」などとして、副読本を配ったり、教員への勉強会を開いたりするよう求めたという。
驚きの一語につきる。
佐々木区議は朝日新聞の取材に、「複数の区民から、教科書が問題だという連絡を受けて質問した。歴史的事実なので、発言を取り消すことは考えていない」と答えているという。
また、市民が教科書で朝鮮通信使について書かれていることについて問題視するのも異常だ。
朝鮮通信使は、朝鮮国王が任命した正式な使節団で、徳川幕府と朝鮮王朝がよしみをかわす使節です。また朝鮮は儒教国で、そのようなことはあり得ないし、略奪や暴行をしたという史料もないです。
区会議員である責任ある立場の発言とはとても思えない。

佐々木議員は、維新の会に所属していた、丸山議員が北方領土の国後島を訪問中に、酒に酔って「女を買いたい」などのくりかえし口走っていたという。維新の会は丸山議員を除名処分にした。その後、NHKから国民を守る党に所属しているが、この、佐々木議員もN国に所属していたが、その後、除名され、自身が所属している宗教団体の名前を冠した「正理の会」に所属しているという。
いろいろわけありの人のようです。

しかし、問題は市民が朝鮮通信使のことを問題にすることです、従軍慰安婦や徴用工について、教科書の記述が事実と異なると主張する人はいるが、豊臣時代から一転して徳川幕府になり、よしみをかわすことが、12回も交わされた朝鮮通信使まで否定しようとする人たちがいることは驚きです。過去の友好的なことまで否定しようとする歴史修正主義には驚きを隠せない。

寛容と不寛容

これしかないと突き進む安倍内閣が、改造されたが、麻生・管・二階は留任して、新人を大量に起用したが、女性活躍社会と言いながら、女性の入閣は二人だけです。
どうも、これしかないと今までと同じく、不寛容な政治が続くのだろう。

この不寛容な政治に対して、寛容であることを美徳とするも者はどのように対峙していけばよいのだろう。

自らの寛容を守るために、不寛容を倒すために、不寛容で立ち向かうべきだろうか。
しかし、そうなるとゆきつくところは、お互いが逆上したり狂乱してしまう。
つまり、寛容と不寛容の衝突は、理性とか知性での人間性が問われるもになる。

新し組閣をみると、日本会議や神道政治連盟などと関わりがあるひとで、日本の伝統文化は国家神道による天皇の国を目指す不寛容な人たちがほとんどです。
これから内政外交と日本はどこに向かうのだろうか。

五年後の世界

BUSINESS INSIDER JAPAN ビジネス インサイダー ジャパン https://www.businessinsider.jp/post-196644

この記事を読んでいると、イギリスのエコノミスト誌が、2050年の世界や技術予測を、上回るような予測もある。
50年前に「成長の限界」書いた著者が、10年ほど前に、2052年を予測したものも、

ファーウェイの予測を見ると、私たちの生活ははるかに便利になり、バラ色に見えるが。空恐ろしさを感じところもある。

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お台場の下水処理場

東京オリンピック・パラリンピックのトライアスロンのスイムの競技場となるお台場で、トイレの臭いがするという。パラリンピックのプレ大会で、環境基準の2倍を越える汚染になり、スイムが中止になってしまっている。
この原因は、東京都の下水処理システムの仕方に問題があるようだ。
東京都の下水処理法は、合流式とよばれ、生活排水、工業排水、雨水を1本の下水管に合流させ、下水処理施設で浄化した後、河川に流す方法を取っている。
豪雨などで一度に大量の雨水が下水管に入った場合、下水処理施設の処理能力を超えてしまう。
それにより、台所の排水やトイレの水などの汚水が処理されないまま川へ流れ、東京湾へと流れ込む。
高度経済成長のころ、東京湾に流れ込む、隅田川や利根川などの周辺の工場や家庭は排水が河川に流れ込み、河川のヘドロから悪臭がし、環境汚染が深刻になり、漁業などへの影響も心配され社会問題になった。
それと同じことが、都庁ぐるみで行われていたことになる。目の届かないところに捨てればいいと、ゴミを外国に輸出している、ゴミ問題と同じでではないか。

しかし、この問題、大阪などの大都市は対岸の火事として見ていてよいのだろうか。大阪や名古屋では、タワーマンションや高層商業施設ビル雨後の竹の子のようにたてられている。私はこれを見ていて、インフラの上下水道の設備は、それらが必要とする能力を受け入れることができるのだろうか思っていた。

お台場のトライアスロンのスイム中止のニュースを聞いていて、すでに限界の臨界近くになっているのだと感じた。東京都の場合は合流式だから、うちに自治体は違うと、他人事のように思っていいのだろうか。
中核都市や小規模の都市でも、最近タワービルを見かけるが、それをまかなえるだけの、インフラの整備はどうなっているのだろうか。

高度経済成長のころ、各地でベッドタウンが造成されたが、そのとき、自治体が頭を悩ませたのが、人口増による学校の整備だった。そこで自治体は住宅地を造成する許可を出すかわりに、学校の敷地と建物を作り自治体に提供するようになった。それから20年がたちいまは、住民の高齢化と人口減少により、学校運営ができなくなってくるという問題を抱えている。
それと同じように、タワービルを建てる場合、その開発業者には、上下水道や電気ガスや通信環境などの、インフラ整備を義務づけることも必要だろう。

雪の中のマイクロプラスチック

ドイツとスイスの調査チームが行ったこの研究が、学術誌「サイエンス・アドバンシス」で発表された。

調査チームはノルウェー領スヴァールバル諸島で、ごくありふれた手法で北極圏の雪を採取した。その採取した雪を調べると、混入物の大半は植物繊維や動物の毛といった自然由来のものだったたという。しかし、が、プラスチックやゴム、ニス、塗料などの欠片や、合成繊維とみられるものも見つかったと指摘している。

それを読むと、北極圏の雪の中からも、小さなプラスチック片が雪に交じって降っていることが明らかになった。1リットルの雪から1万個以上のプラスチック片が発見され、科学者はその数に衝撃を受けたと話している。
また、雪の中から、プラスチックだけでなく、ゴム片や二素や合成繊維も見つかっている。
ゴム片は、アスファルトの道路を車が走り、その摩擦でアスファルトとタイヤのゴムの粉塵がまき散らされ大気中に浮遊したものとみられる。合成繊維は人間の着ている衣類の綿埃で、それらが、大気中に広く拡散されていることがわかってきた。

また、ガン患者の人の肺の中からも、マイクロプラスチックが検出された報告ある。ことことは、人が空気中のマイクロプラスチックを吸い込んでいる可能性があることが明らかになった。マイクロプラスチック吸入による健康への影響は明らかになっていない。この問題は、マイクロプラスチックだけでなく、車の排ガスや工場から出る煤煙、などあらゆる人間の活動により出される、粉塵がマイクロ微粒子となて、大気圏を漂い何千キロと離れたとこりまで到達している。
最近、マイクロプラスチックの海洋汚染や土壌汚染が問題になっているが、実はそれだけでなく、人間のあらゆる活動は、その活動地点から離れた、地球上のいたるところを汚染していることを示していることになる。
人工が70億を越え、2050年には100億ともいわれている。わたしたち人間が暮らすには、他の野生動植物よりも、環境への負担が大きいことは、周知の事実でこれからいかに、環境への負担を下げるかが課題だといえる。

ライオンは獲物を躊躇なく襲うが

ライオンやオオカミは、空腹のとき目の前の獲物を躊躇なく襲う、そこには目の前の羊が可哀想だとか、情けや慈悲の感情は一切抱かない。
これと同じように人間も戦争の渦中にあるとき、敵と遭遇したときは、ライオンやオオカミが獲物を躊躇なく襲うように、敵に向かっていき攻撃をする。なかに、そのようなことにためらいの感情を持つ人もいる。また、戦闘のあと自分のおこなった行動を振り返り、自分がどれだけ残虐なことをしたかに、さいなまれれ精神的に安定を欠いてしまう人も多くいる。しかし、戦争の司令官はそのような人が普通にもつであろう感情を、もつこと事態が戦闘の遂行に支障があるので嫌う。
しかし、ライオンやオオカミは、満腹のときヒツジやヤギがいても無視をする。しかし、戦術の司令官は無視をせず、戦略上どのようにしたら有利にはたらくかを計算し、部下に命令を下す。

しかし、部下の兵士たちはつねに、自分の今までおこなった戦闘を振り返り、さいなまれたり、これからおこなわれる戦闘を想像し、さまざまな感情をいだく。だが戦略の司令官はそのような感情を兵士がもつことを、望まないし許さない。

そこで最近の脳科学は進歩し、戦闘をする上でマイナスになる感情をコントロールできる、プログラム装置を開発されているときく。実際に米軍などでは、訓練中にそのような装置をつかい兵士の戦闘能力が落ちるのを抑えようとしているときく。
ある女性のリポーターが、戦闘訓練用のバーチャルリアリティーを体験したら、戦闘の恐ろしさでほとんど結果を出せなかったが、脳の感情を刺激するヘッドギアーを被って訓練を体験すると、敵の兵士全員を狙撃できたという。そしてその体験をしてから、一週間ほど、もう一度そのバーチャルリアリティー訓練を受けてみたいと思ったそうです。
これはいわば、コンピュータプログラムが人の脳に侵入しコントロールしたということです。
また、最近の戦争は、遠くから変革操作された無人機が適地を攻撃している。米軍はすでにそれを使って攻撃しその成果を公表している。
しかし、ここで考えてみたいのは、その無人機を操縦していたのは、アメリカ本土の司令室にいた一人の男で、モニターに映し出された映像を見て、ミサイルの発射ボタンをおした。そして、その男は作戦が終了し、その成果を上官に報告したあと、その基地を定時に離れて、家に帰る途中電車に乗り、居酒屋でビールを飲んで今日の成果を振り返るかもしれない。
そこには、実際の戦闘にであるにも関わらず、その無人機を操縦した男は、その戦闘をどこまでリアルに感じただろうか。通常なら何十人も殺害し、それについて戦友とそのことについて話して、戦闘での高ぶった気持ちを癒しているのだが、彼は、見知らぬ人のよこでビールを飲んでいるかもしれない。
まるで、テレビゲームをし終わって、街に出て居酒屋で酒を飲んでいるかのようです。

この二つの、脳の感情をコントロールをできるヘッドギアーとで遠隔操作の無人機兵器の技術を結合させ応用した戦争が起きればどうなるだろうか。
現代の国際政治のなかで国家間の大規模な戦争は起きないだろう。それより一つのテロ組織が大国にテロを仕掛け、その報復としてそのテロ組織が潜伏している地域を攻撃する戦争は、アメリカでの9.11の同時多発テロ以降、アメリカは行っている。そしてアフガンやイラクを攻撃し、同時多発テロの首謀者を、訓練した特殊部隊が殺害した実況をオバマ大統領は見届けている。
地域紛争はこれからも続き、その地域で暮らす庶民は悲惨な状況におい込まれてしまうだろが、その紛争は大きく拡大することはないだろう。
しかし、先進国や超大国に対してのテロは今後も起きていき、それに対しての対応措置として、今後もアメリカが取った報復措置のようなことは、最新の技術を駆使しておこなわれるだろう。

ゲノム編集の赤ちゃん その後は

去年の11月に衝撃的なニュースが飛び込んできた。
中国の南方科技大学の賀建奎准教授が、ゲノム編集により双子の赤ちゃん誕生と、別の女性の妊娠を確認と発表した。
賀准教授は、香港大学で開かれたヒトゲノム編集国際会議で、HIV(エイズウイルス)に感染しないよう遺伝情報を書き換えたと説明した。

その後この件に関して一時、報道番組などで取り上げられたが、その後、ゲノム編集について取り上げた番組はみないが、今の世界の最先端の医学技術はどうなっているのだろうか。
ときどき未来の技術や社会について書かれた書物に、デザイナーベービーという言葉がでてくる。親の好みにあった目の色や髪の色をした子供が産めるという。さらに、スポーツ選手になれる体質を持った子供、優秀な頭脳明晰な頭を持ち将来ノーベイル賞をもらえる子供も期待できる。

人間へのこの技術の適用は倫理的な面で現在は世界的に自粛され禁止されている。賀准教授はそれを無視して、提出書類を改竄して許可を得てしたといわれ、中国政府も賀准教授を批判している。

しかし、人間以外の植物や動物に対しては、多くの国がそれを推奨推進して、作物の収穫量を増やしたり、作物の大きさや味に特化して技術開発が進められ、牛や豚や鶏などに対しても、脂肪のつきかたや味のなどを、生産者が飼育しやすいゲノムをもった家畜の研究が進められ。穀類などにはすでに多く出回っている。

そのことを考えると、ゲノム編集が人間にも応用されるのは、時間の問題とみることができる。
賀准教授は、エイズにかからない体質になると主張している。このことを考えれば、同じように親が持ってもっている資質、たとえばガンになりやすい、特定の免疫にたいして抗体が少ないなど、それらのことにたいして生まれてくる子供が引く継ぐことがなくなるので、その点だけを取り上げれば悪いことではないという答えがでてくる。しかし、はたしてそれだけですむのだろうか。

アメリカなどのキリスト教福音派の考えが浸透している国では、ゲノム編集などは神をも恐れぬ冒涜した行為だという考え、ゲノム編集の人間へ応用は抑制があるだろう。
しかし、日本などでは、仏教や儒教では絶対神はなく、八百万神で一神教ではなく非常に多く無数の神がいる、そのような考えのもとでは、人間の尊厳をどのように位置づけて守ろうとするだろうか。
科学技術や産業の発達したた、欧米より日本や一神教でない東洋のほうが、その倫理を踏み越えてしまう恐れは高いと言えないだろうか。
わたしたち日本人のなかには、東洋の思想文化のなかには、仏教やチュごく文化の儒教や道教の、自然の中の古、自然の道理は天帝という、自然の摂理を大切にする考えを忘れてはならないだろう。

電子辞書 紙の辞書どちらを使うか

電子辞書と紙の辞書とどちらがよいか。
手早く引くには電子辞書が便利です。最近の電子辞書は、国語辞典や漢和辞典、英和和英辞典が一つの電子辞書の入ってさらに百科事典や専門辞書が搭載されている。また、一つの単語を引くと一つの辞書からだけの言葉を検索するのではなく複数の辞書から検索された言葉を表示してくれる。これは大変べんりです。
普通に考えると、電子辞書で言葉を引く方が格段に速いはずです。

しかし、一概にそうとも言えないのである。最も私が高校生のころ、英語が得意な友達に、単語を引くのに辞書に手をかけ親指で適当にページを当て、ほぼ1-2ページ誤差で目的の単語のページを、一気に辞書を開ける友達がいた、一発であけることも少なくなかった。これなら、単語をタイピングしている間に単語を見つけてしまう。電子辞書よりその友達は引くほうが速いわけだ。しかしこのような人は特異な才能で、稀ではないだろうか。イヤしかし、英語の辞書を頻繁に使う人はそんなに特異なことではないとその友達はいっていたが。私にはやはりそれは希有なことだと今でも思っている。
しかし、電子辞書は先にも書いたが複数の辞書が搭載されているので、一気に言葉が引けるのが便利だ。しかし普通の使い方では単に単語の意味を調べるだけなので、何冊もの辞書を引き比べることはあまりしない。私も文書を書いていて言葉の意味を引用するときなど、たいてい広辞苑の一冊なので複数必要ないかもしれない。だが、私の本棚には国語辞典なり漢和辞典などそれぞれ出版社が違うものが並んでいる。

それはさておき、紙の辞書ならでの便利さもある、引いていてその前後の単語も自然と目に入り、自分調べようとした単語以外の言葉も知ることができ、思わぬメリットもある。
また、自分の辞書なら、調べた単語の気になるところなどに、マーカーなどで線を引いたりすると、過去の辞書で調べた履歴がわかる。線だけでなく線を引いた日時やコメントを入れてあればさらにそれが深まる。
ただ、この場合は自分の辞書に限ったことで、他人の辞書や図書館の辞書ですることは御法度です。

日産の自動運転車

日産自動車は、高速道路での運転手がハンドルをそうさしないでも、車線変更を車自身が判断してしる、自動運転が可能な車をこの秋から、販売すると発表した。
日産は、自動運転者ではなく、あくまでも運転をサポートするもので自動運転車でないとして、事故が起きれば運転者の責任になるとして、自社の自動車についての責任を曖昧にしている。

しかし、プログラムされて車線変更をするのではなく、車が勝手にドライバーの言しに関係なく、高速道路の状況を判断して車線を変更するのではないようです。詳しくは調べていないのでわからないが、ドライバーのハンドルの状況を車の人工知能が判断して車線を変更するのだろうか。もしそうだとしたら、車の判断とドライバーの判断が違った場合どちらが優先されるのだろうか。
また、米国のドライバーへのアンケート調査によると、わき見運転をなぜするかの回答は、退屈だからという答えが一番多かったそうです。
運転中に歌を歌ったりするだけでなく、飲み物を飲んだり食べ物を食べたり楽器を弾いたりするそうだ。スマフォのながら運転も退屈だからするのだろう。
このアンケート調査のドライバーの回答を見ていると、車線変更を自動でするくるまは、ますます車の運転を退屈にさせ、ながら運転を助長しかねないです。
このような車を製造すること、さらに、ながら運転を助長させるようなくるまを認可することも問題だ。
それより悪質と思うのは、前もって事故が起きればドライバーの責任だといって、製造責任やそのシステムの開発責任を逃れていることです。

日産のこの車は、これに対して、日産の対策は、ドライバーが前方を注視しているかを、車内に取り付けられたカメラが目線を確認する。目をそらし続けたり、目を閉じていたりすると、警報音が鳴る。目線が戻らない場合は緊急停止すそうだ。高速道路で走っている車が緊急停止をどうやってさせるのだろう。前の車が緊急停止したら危なくてたまらない。
それより、スマホのながら運転防止のために、この視線をそらす技術を活用できないものだろうか。

自動運転車の開発においての段階の一つだが、事故が起きたらドライバーの責任だと一方的に逃げるだけでなく、車の製造メーカーとしてはもっと責任を持つべきだ。

まあ、この時期に日産が個の自動車を発表したのは、オリンピック誘致の国際会議で、安倍首相は原発はアンダーコントロールされているといい、2020年には日本では自動運転車が走っているだろうと言ったことを受け、日産はオリンピックあで一年をきるこの時期に発表したのか、たまたまの偶然だろうか。

GAFAからのがれる

グーグル、アマゾン社会から脱却。GAFAから不便益を目指して。

川上 浩司の著書に「不便益のススメ: 新しいデザインを求めて」 (岩波ジュニア新書)がある。

それを書店の店頭で見て感じたこと。

便益とは便宜と利益を追及し都合がよく有益なことだが、それに逆らうのが不便益です。GAFA社会の耐えられない軽薄さに気づくことから始まるというより、不便益の奥深さのを知りそれを楽しむことです。

不便益を、「不便 益」とするのか「便益 不」とするのか。不便とは、辞書を引くと、何かをするのに都合が悪いこと。便利でないこととある。便利でなことが有益だと矛盾することだが、それについて私が日頃使っているポメラという機器で考えてみる。

私に限らず文書を書くとき、インターネットにつながったパソコンのワードや一太郎などのソフトを使う人が多い。ここで、注意したいのはインターネットにつながっていると言うことです。ちょっと分からないことがあれば、すぐにグーグルで検索して調べることができる。
ここでちょっと考えてっみる、わたしは、事務機メーカーのポメラという文書作成機を持ち歩いている。厚めの文庫版の本より少し大きい大きさなので、鞄にいれてどこにでも持ち歩くことができ、場所を選ばず取り出して文書が書ける便利だがある。しかし、ネットにつながってないので、文書作成中に調べたいことがあったら、あとで調べることになるが、即興で調べるのでないので、その分、十分に時間をかけ念を入れて調べることができる。

ポメラはパソコンと違ってその点でみると不便益といえるかもしれない。
また、ワードなどのワープロのように、文字の装飾や文書のレイアウトなどができないので、そのぶん文書作成に専念できるのも、不便益といえるだろう。
ポメラの話になったが、話の中心はポメラのことではない、不便益のことです。
読者は、不便益を進めるなら、ポメラを使わず紙と鉛筆で文書を書けばいいとおしかりを甘んじて受けなくてはならないだろう。

そうなんだ、私はポメラで作成した文書を一度ワープロでプリントアウトして推敲と校正をしたりはしていない。多くは直接テキストデータを、ブログに張り付けている。これが、手書きならプリントアウトなどする必要がなく、原稿用紙に直接赤ペンを入れればすむことです。これも手書きの不便益だろう。


もう一つ思うことは、SFテレビドラマのスタートレックなどを見ていると、報告書などを作成する場面を見ると、音声入力をしている場面がある。また、今の技術でも人間がしゃべった言葉を文字に変換する技術はかなり進んでいるという。10年ほど前に聞いた話では、新聞の記事を読んで文字変換させるとほぼ正確だが、日常会話を音声変換させると誤変換が多く使い物にならないと聞いた。それから、10年経っているのでどれだけ技術が進歩しているだろうか。
しかし、スタートレックのように文字入力の報告書でなく、音声入力で報告書が作成されるようになると、話し言葉と書き言葉との垣根はどうなるだろうかと思う。どちらかというと言葉がますます劣化していくとわたしは考える。

個人情報の収集と分析

芥川受賞作家の藤原智美が「スマホ断食」潮出版社、で次のようなことを書いていた。
少し長くなるが紹介する。
「都内のあるフィットネスクラブのことである、私は受付カウンターで会員証を提示しました。すると係りの女性はなんんためらいもなく、私に女性用のロッカーキーを渡しました。そこに通って三年ほど経ちますが、女性用キーを渡されたのがこれで四度目です。きっと彼女は、パソコン画面に映し出された「智美」という私の名前を見て、勝手に女性だと判断したのでしょう。そのとき私は、自分が透明人間になったような不思議な気分になります。彼女は笑顔で「こんにちは」と私に挨拶をし、その私からじかに会員証を受け取っている。私の風体はどう見ても中年男なのに、どうしてこんなことが起こるのか」

藤原はこのことについて、最近目の前のなまみの人を見ずに、画面に映し出されたデータをの方だけをみて判断する事が多くなってきている。病院で受信して診察をうけるとき、医者は患者の顔を見ているより、パソコンの画面を見ながら診察をしている。藤原の場合は受付の女性は藤原のデーを見ているのだが、名前の部分しかみていず、性別などの部分は目に入っていないのだろう。受付の女性は客の顔を見て対応するとそのようなまちがいはないはずである。データ至上主義の一つの現れともいえる。

このフィットネスクラブの間違いぐらいなら、その場で訂正したら済むことです。しかし、病院の医者が患者のデータの一部しか見ずに診断したら大変なことになる恐れがある。
また、最近のデータ至上主義社会では、たくさんのデータが集積され分析されている。そこには、地域の動向のデータ分析や、ある特定の手段の動向分析がされている。それ以上に特定の個人に特化したデータが集められ分析されている。インターネットで物事を検索したり、ネット通販でかい物をすると次から、パソコンの画面にその人が興味を持ちそうなものが画面に表示されたりする。これもその個人のデータが収集され分析されているからです。そしてその人が次に何を検索するか何を買うかを予測もしている。最近は、公共交通機関では、ICカード乗車券が使われ、クレジットなどの電子決算で買い物が済まされる。さらに最近はTポイントや楽天ポイントなど、いろいろなポイントカードというのがあり、そのカードがいろいろなところで使えポイントがたまる。しかし、そのかわり、その人の買い物傾向のデータが蓄積され分析されている。そうなると特定の人が、いつどこへ行くのかも予測されるようになってきている。

SFの世界なら、ある個人がコンピュータが予測したものと違う行動をすると、その人の個人の行いは社会の秩序を乱したとして罰せられる国も出てくる。そのようなことがもう現実のこっとして、目の前に迫っているのだろう。

藤原は、ベネッセホールディングスの顧客データ流出事件を取り上げ、その流出した二〇〇〇万件のデータは、転売され数百社が企業が手に入れていことを重視している。
デジタルデータはコピーが簡単で一度漏れるとその回収は不可能です。ベネッセのデータは学習塾のデータで、その流出したデータは、大学に進学する頃まで活用されるだろう。

わたしたちは、今の便利な世の中で個人のデジタルデータを、どこの誰か分からない人に収集されないように気をつけることが大切だといえる。それには、電子決済などの便利な物にどっぷりと浸からないことだといえる。

昨日の続き

「中高生からの論文入門」講談社現代新書という本がある。(以下「論文入門」)

そこに、「論文とは」
・一つのことをテーマにして疑問を投げかける
・先行の研究や調査や実験・観察をふまえて、それらの資料をもとに、研究・考察する
・先の二つのことをもとに、自分独自の結論を論理的に導き出し主張する
と定義している。

一番大切なのは、テーマの設定にある。小学校などの自由研究は観察日誌のようなものなら、それは論文とはいえない。
また、自分の言葉と、引用などの他人の言葉を明確に区別しなければならない。
自分の言葉とは、自分なりの意見であり、論文のテーマを設定した理由であり、引用から得たものから、自分なりの解釈や答えの部分。
他人の言葉とは、他人の論文などの資料や観察データなどからの引用の部分
一番大切なのは、この二つを明確に区別する。


論文を作成するのに必要なのは、紙と鉛筆だけでは、資料などをもとにしのグラフ作成にはこころもとないので、パソコンが便利になってくる。最近のオフィスソフトには、ワープロと表計算ソフトがついていて、表計算ソフトはグラフ作成ができるので便利です。また後援会などでの発表のためのプレゼンテーションソフトがあれば、もっと便利だろう。また、画像処理ソフトがあれば、撮ってきた写真を必要な部分だけのトリミングなどの加工ができ、書いた論文の文書に資料として、張り付けられるので便利だろう。
最近はタブレット型のがあるが、文書作成の文字入力をするには、キーボードがあれば入力しやすいだろう。テンキーの文字入力では、心許ないし入力中の思考も断片的になりやすいだろう。また、画面キーボードが表示されるタッチボードでの入力も、文書画面が小さくなるので使いづらくなるので、やはりキーボードそれもテンキーがついたフルキーボードが使いやすい。

また、文字入力はキーボードを見ないで入力するブラインドタッチを見につけるといいでしょう。そうすれば思考がとぎれないで文書作成ができるようになる。
ブラインドタッチの収得は、ディスプレーの横にキーの配置を書いたキーボードの地図を貼って、キーが何処にあるかわからないときはその地図を見て指を動かして入力すると早く身につくと思う。

ほかに必要なのはプリンターは、作成した論文を推敲するんは、一度プリントアウトして、そこに赤ペンで書き込んで行くと便利だ。
また資料を見ながら引用を書き写すときなど、書見台か楽譜クリップがあれば、資料を机の上に広げておける。

論文作成は、大航海 粘土細工 ジグソーパズルにたとえられると、小笠原喜康・片岡則が「論文入門」でいっている。

・大航海 とは行き先がわからない
テーマを設定したときは、結論がどの様になるかまだ、暗中模索の状態だということ
・粘土細工 完成形がわからない
結論がどの様になるか、論文の構成がどの様になるかわからない、粘土で作品をつくるとき部分部分作っていったり、骨格となる芯をつくってそれに粘土着けていき部分を作りのも粘土の可塑性を利用して、粘土を着けたり捻ったり削ったりする。
「論文入門」では、「論文乃執筆の原則は「興味があって書けるところから書く」です。次にいくつかの部品ができてくる」と書いている。
・ジグソーパズル ピースからつくる
論文のジグソーパズルは「自分で白いピースを用意して、そこに絵を一つずつ描いて、組み合わせていくのです。」と、「論文入門」で書いている。

文書を書くのに、昨日かいた、反知性的にならない書き方と、この論文の書き方は、日常の文書を作るうえでも参考になるものだ。

反知性的な文書にならないように

詳伝社新書の「知性とは何か」佐藤優 その著者の後書きに反知性主義の罠にはまらないようにする三箇条があると書いてある。
264頁
佐藤優氏は次のように言う。265頁
第一は、自ら置かれた社会状況を、できるだけ客観的とらえ、それを言語化することだ。自分の考えていることをノート、PC、スマートフォンなどに記録する習慣をっみにつけよう。
第二は、他人の気持ちになって考える訓練をすることである。
第三は、LIN(ライン)などのSNSを用いた「話し言葉」的な思考ではなく、頭の中で自分の考えた事柄を吟味してから発信する「書き言葉」的思考を身につけることだ。重要な事柄については、SNSを用いずに、PCで文書を綴り、プリントアウトして、推敲した後で送付する習慣を身につけると「書き言葉」的思考力が向上する。

これらをすると、佐藤優氏は、反知性主義を恐れる必要はないと言う。

この三箇条を私に当てはめてみると、第一は、私は常にキングジムの「ポメラ」という電子メモとうかポケットに入る(岩波文庫大)文字入力しかできないワープロを持ち歩いている。そして、電車の中や出先の喫茶店などで思い浮かんだことを書き込んでいる。
また、表示形式は縦書きにしているので、日本語で考え易いためである。これらにより第一はほぼクリアーできているだろう。
第二は、私は日頃何かあると、相手のことを考える、たとえばニュースなどで事件があったら、被害者がどうなったかの事実より、加害者が何故そのような敬意に至ったのか乃方に関心が向くほうなので、半分ぐらいクリアーしているかもしれない。
問題は第三だ、私のブログなどの投稿記事を読まれた等わかるように、非常に誤字脱字が多いのは、書いてあまり推敲せずに、ポメラで作成した文書をPCに送り、ブログにつなげて送信ボタンを押してしまうのである。
常々反省はしているが、何度も読み返しまた、折角インターネットに繋がる環境にあるのだからもっと、確認して作製した文書を書き直すことをすべきだろうと反省させられた。

動物体内で人の臓器作る

時事通信のニューで、動物体内で人の臓器作ることを、東大の研究チームによる、動物の受精卵に人のiPS細胞(人工多能性幹細胞)を注入することが、文部科学省専門委員会で承認された。

わたしは詳しい情報がまだないのでよくわからないが、これは、簡単いいうと、動物の受精卵に人の細胞を入れ、動物の体内に戻して子を誕生させる研究のようだ。

つまり、ブタが人間の内臓の臓器を持たせて、それを人間の臨床現場で使おうというものだろうか。
逆にいうと、人間の脳と臓器と身体をもっていて、足の筋肉はチーターの筋肉を持った子供を誕生させることができるようにもなるかもしれない。
ブタに人間の臓器を持たせ、それを人間の臨床に使うとなると、そのブタの生命はどうなるのだろう。
また、チータの筋肉を持った人間は、人間といえるのだろうか、この文科省の専門委員会はどのような議論をして、承認したのだろう。これらの詳しい内容はいずれ公表されるだろうか、そのまから、メディアやジャーナリストはこの真相を究明されたく思う。

クジラの歌

私は、中学時代に放送されたSF映画邦題「宇宙大作戦」米題「Star Trek」のファンだが、テレビシリーズが終わり、大学生のときに劇場版上映され、その第一作は、NASAが打ち上げた宇宙の探査機ヴォイジャーを題材にしたものだった。実際のNASAが打ち上げたボイジャーには、銀色のデータディスクが搭載され、そこには地球の様々な文明が紹介され、ベートーベンの交響曲とともに、クジラの歌と呼ばれている、クジラが海で鳴く鳴き声が収録されていた。このディスクのことは知っていたが、クジラの歌が入っていることは知らなかった。なぜクジラの歌が選ばれたかはよくわからないが、クジラは知的な生き物だと、その当時から多くの人が感心を持っていたのだろう。
スタートレックの劇場版第4作は、地球に21世紀に絶滅したクジラの鳴き声を求めてやってきた探査機23世紀にやってきて、地球に異常気象を起こさせるものだった。

NASAの探査機ヴォイジャをディープスペースの宇宙人が見つけ、クジラの歌に興味をもち、太陽系の地球にやってくるかも知れない。

ノートルダム大聖堂火災による環境汚染

ノートルダム大聖堂の火災から3ヶ月になろうとしているが、環境汚染の問題が深刻かしている。

屋根に使われていた大量の鉛が燃え周辺に鉛の煙塵がまき散らされたからです。
周辺は通常の400倍の汚染が検出されるそうです。
聖堂ないに入って作業をするには、防護メガネと粉塵マスクと手袋と防護服をして作業をしなければならないという。しかし、すべての作業をしている人がそのようなことをしているかというと、暑さや作業効率が落ちるので、手袋やメガネなどをしていない人もいるそうです。

これを聞いているとなんだか、日本の原発作業員のように思える、しかし、原発はトータルの放射線線量が基準を超すと、作業ができなくなるので線量計の電源を切ってしまう人もいるそうだが、鉛には放射線はないのでその心配はないが、鉛を含む粉塵が皮膚についたり目などの粘膜から体内には言ったり、マスクをしていなければ粉塵を吸い込み肺ガンなどになる恐れもある。
いずれにしろ、昔建てられた建物はいまの環境基準がなかったので、解体したりするときは、周辺の環境汚染をしないように配慮しながら解体される。しかし、今回は、火災で燃えたので今の基準での汚染は深刻だろう。
そう思うと、戦争などの爆撃で破壊された建物や施設なども、その攻撃された施設に何があるかを、周辺住民はよく知っておかないといけないだろう。

新しい時代

令和の時代の経済成長はどのような成長をするだろうか。以前から成長ありきの社会よりも、循環型経済社会をと訴える人がいる。江戸時代がその見本だというのだが、その人たちはなにも、何にも江戸時代に戻れと、乱暴なことを言っているのではない。
今の弱肉強食の成長ありきの社会に疑問を投げかけているのです。

現代の世の中は資本主義の原理として、成長をし続けることを念頭に経済活動が行われている。金融が滞ってしまうと景気は一気に冷え堕ちてしまい不景気になってしまう。しかし、経済成長をするために工業を盛んにすることにり、いまは、自然環境が破壊され人間生活にもその影響が及びだしている。森林破壊や水資源の汚染や地球の温暖化問題が深刻になってきている。循環型社会をと訴える人は、その解決さくとして江戸時代の経済活動に学んだらと考えている。

循環型経済社会はいわばゼロサムゲーム経済で経済成長がゼロに近い社会です。
ゼロサムゲームを日本語にすると、いわば差し引きの和がゼロなので、「零和ゲーム」となります。
平成から令和になったのだから、国家予算が100兆を超えたと喜び多くの借金により国家予算が成り立っていることを、見て見ぬ振りをするよりも、零和の国家予算のあり方を考える方が大切なのではないだろうか。

ゼロサム社会とは、経済成長が止まり経済が飽和して拡大していない社会で、成長の限界を超えていることになる。いわゆる循環型経済社会となる。
市場マーケットの観点からみると、市場のマーケットで得られる利益は一定であるから、一方が利益が増収したら、も片方は利益が減収したり損益を出したりするが、全体としてはその総和はプラスマイナスゼロとなる。つまり弱肉強食の経済で自己責任の社会ということになる。

令和の時代の零和社会は前者になるだろうか、後者になるのだろうか。

残留遺骨のDNA鑑定

アジア太平洋戦争で外地での戦没者の遺骨は今まで焼骨して日本に帰還させていたが、それではDNA鑑定ができないのでので、遺族から遺骨を焼かずにそのまま持ち帰ってほしいとの要望があった。それにより、今回、厚労省は、今後遺骨を焼骨せずにそのまま、日本に持ち帰るようにすることが検討されている。
DNA鑑定などの技術がなかったころは、防疫などのりゆうからか焼骨していたのだろうが、DNA鑑定はいまは太古の骨からもDNA鑑定によりその骨の主の進化の系統がわかる時代です。また、犯罪捜査にも使われている時代です。今まで、何故DNA鑑定ができるように、遺骨をそのまま持ち帰らなかったのだろうか。

遺骨は焼骨して持ち帰るので遺品などがなければ身元が分からないままになり、現在では身元不明のまま、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に納められている。
それが、DNA鑑定を活用できるようになり、遺族のもとに届けられるようになり、亡くなられた御霊や遺族にとってよいことだろう。

厚労省によれば、いままで、身元が特定できる名前が書いてある遺留品などがある場合に限ってDNA鑑定をしてきたので、シベリアに抑留され死亡したひとの埋葬記録が残っている人のDNA鑑定が行われたしている。
しかし、南方での遺骨には特定できるそのようなものがほとんどないので、遺骨をできるだけ早く弔うために、荼毘に付すため、焼いて持ち替えていたという。それはそれで意味のあることだったが、DNA鑑定技術が確立しているいま、厚労省の今回の検討は当然で早く、決定することがよいだろう。

ホモサピエンスは尊大でいいのか 2

昨日は、人類であるホモサピエンスが知能・知性を発達させ文明・文化を発展させ豊かな社会を築いてきた。それにより動物を家畜に支配してきた。それに対しって私は地位さときから疑問に思ってたとかいた。
また、三大発明をし、蒸気機関を発明し産業革命以降めまぐるしく文明を進化?さえてきた、そして1940年あたりから、科学が等比級数的に進化して発展してきたいま、今まで大きな自然の力や理解しがたいことは、神の仕業と解釈したりしてきた。しかし、分子生物学やIT技術の発展により、人類は「我はゴッド」の智慧や力を得たりといえるまでになってきたことに疑問があると書いた。

私はもう一つ小さいときから、疑問というか分からないことがある。それは人間には感情とか情念と言うものもっっているとされている。それが動物との違いだと説明されてきた。しかし、私は本当に動物にはそのようなものをもっていないのだろうか。他の動物ももっているのに、人間が理解したり感じたりする事ができないだけではないだろうかと。
家畜とペットでは、明らかに牛や馬や犬や猫とはそれぞれ違い、飼い主などに対しての接し方が違い、特にペットは飼い主の思いを感じとっている。多くの学者は動物には意識はあるが、人間のように自分自身を唯一無二のものとしての自己意識がないと言う。しかし、私はいや多くのひとはそのように思ってだろうか。
昔から寓話や民話や神話などで、動物を擬人化したり、神が宿っていると描かれている。また現代ではアニメなどで、多くの動物を擬人化してストーリーを展開させている。そちらの方がわたしたあち一般人には受け入れやすい。
しかし、目の前のいる動物やペットなどに対していくら思い入れを持っていても、主人と動物の関係は、人間でいうと雇い主と雇用人の間には、その前提として人間としての人権が前提としてある。しかし、ペットにはそれはないのはよいとして、自然界で自然に自由に生息している動物は、それなりの動物としての生息権などの権利を認めてよいのではないかと思っていた。
私が小学生のころ、小学校の裏山がブルドーザーで切り開かれていったが、そのとき思ったのはここに住んでいた、リスやイノシシなどの野生動物は、どこに追いやられたのだろうかと思った。
私が30代前の勤務地の前の広がる緑の丘陵が、1年の間に瞬く間に切り開かれてしまった。そして今では多くおの人間がそこで暮らしている。
いま、私たちの便利な生活を支えている、電気エネルギーや電化製品などの原材料は、自然豊の地の森の木を伐採して採掘されている。そこの暮らす動物や植物には何ら了解をとっていない。
私たちは別段動物の許可を必要だと思っていない。自然保護団体や動植物保護活動をしている人も、多くの人はそれらを絶滅させてしまったら将来自分たちに降りかかってくるものがあるとして、それらの保護活動をしている。
だれも、人間がその生息圏に入る前から生息している動植物のことを中心には考えようとしない。

わたしたち、人類はあまりにも増えすぎてしまっている。だからといって、この宇宙船地球号の一員は人間だけであるという考えをあらため、たのあらゆる生物も同じ一員だという考えでこれから生きていくことはできないのだろうか。

ホモサピエンスは尊大でいいのか

私が小学校低学年ころに思っていたことがる。
大人は、家畜や犬や猫などペットを、鎖などで拘束して自由を奪っている。また、毎日食卓に上る魚や肉などを食べるがそれは、魚や豚や牛や鶏などを本当に食べていいのかの疑問があった。
人間はホモ・サピエンスであり、地球上の生物のなかで霊長類のなかで頂点に立ち、地球上の至高の生き物で、他の地球に生息する生物を支配できる地位にあるとの、人間至上主義とする、考えにはおかしいと思っていた。
中学ごろになると、狩猟採集生活をしていたころは、自然の中で自由に生きて動物たちを捕ってたべていたが、農耕がはじまると、動物たちを拘束して自由を奪って、天命を全うしないで食べられたり。一生たまごを産み続けたり、乳を出し続けたりさせられている。人間はそこまで動物たちを奴隷のように搾取してよいのだろうかと思っていた。

また、中世からそれ以降の、世界の歴史を知る上で、西欧の至上主義という、西欧人はアフリカや中東やアジアの人々より優秀だ、だから、西欧以外の地域を植民地化し支配し、その地域の民を奴隷として扱っても、神のご意志に反しないし、それは神が我々西欧人与えて特権だとする考えには納得いかなかった。
西欧人至上主義は、ヒューマニズムからいま世界では受け入れられなくなっているが、人間至上主義の考えはいまも、ほとんどの人が当然だと思っている。
私たちは、ルネサンスや近代産業革命以降以前は、人間の上には創造主の神がいると信じていた、キリスト教やイスラム教などには唯神がいる。仏教などにも人の力では及ばない至高の領域があると考え、不死・不老・幸福の力は神聖な領域で踏み込んでは行けないと考えていた。
しかし、300年ほど前から、その神聖な領域を乗り越えようとする試みはためしみられてきた。
科学技術がすすみ今まで未知なものが解明されてきて、自分たちのホモ・サピエンス人類の、不老の生命と幸福を自分たちの手中に入れようとしている。
言い換えれば、神をもおそれぬことで、「我がゴッド」となろうとしているに等しいものです。
今までは、天災や不幸があれば神の思し召しで、我が身に降りかかる災いは、今までの我々の行為が悪かったので、神が反省を促すためにしたものだと考えていた。
しかし、それが「我がゴッド」となると、天災も含めて我が身に降りかかるすべてのことに責任を持たなければならなくなる。
私たちは今現在、そのようなことに対して心構えは持っていない。しかし、今後科学技術がますます進化して、死や年老いて衰えることが解明され、それらに対しての対処法を見つけだした以降。また、自然現象の起こり方が解明されあらゆる予測が可能になったとき。私たちホモ・サピエンスである人類は、それに対して適応できる心構えはできているだろうか。


アフリカの地を旅たったころのホモ・サピエンスが現代の我々を見るとどう思うだろうか、遠くのバイソンを撃ち取ったり、奇妙な形をした物に乗り遠く離れたところから瞬時に移動してくるのをみて、「ゴッド(神)」と思うかもしれない。しかし、7万年前にホモ・サピエンスが持っていた、食べられる植物がどれなのかやバイソンなどの動きを感じ取ることができないのを見て、なんとバカで愚かな神だと思うかもしれない。いや私たちの遙か7万年前の祖先だけでなく、今の野生動物なども人間を見てどう思うだろうか。次々の仲間を捕獲したり殺したりする恐ろしい神とみるが、同じように研ぎ澄まされた感性がない愚かな神と思うかもしれない。


また、現代人が飼育している家畜やペットはどのように思っているのだろうか、牛や豚は従順に飼育されて、飼料をむさぼっているが、次から次に与えられる飼料にどのように思っているのだろうか。いずれドナドナと市場に売られていくことを知っているのだろうか。もし私がDr・ドリトルのように動物の言葉は話せ、それぞれの動物の行く末を教えて上げると、豚や牛や鶏はどうするだろうか。酪農場の牛は、肉用の牧場の牛は、産卵用の鶏は、食肉用の鶏はどうするだろう。豚はどうするだろうか「豚に真珠」ではないが豚は暴動を起こすだろうか。
また、それぞれの飼育されている、豚や牛や鶏はどのように選別されいまの自分があるのかを教えるとどうするだろうか。

人間は条件下で情報を制限され強制的に従わされることが続くと、自分で考えることはしなくなり思考停止し、従順になってしまうことが、今までの様々な事例で明らかになっている。
それと同じことが、家畜にも起き人間を神とみて、神の思し召しだから仕方ないと従うのだろうか。


それと同じように、私たちの未来の人間はどうなっているのだろうか。
先に書いた、「我はゴッド」と思う人間は、未来に人全員がその恩恵に浴するのではない、ごく限られた裕福な一部の人だろう、それ以外の人は中世以前の王や貴族が庶民を下々のの者とした目で見るのだろうか。それ以上に「我はゴッド」だそれ以外の人間は、原始的ないきものとして、いま私たちがチンパンジーなど霊長類を見る目で見てしまうかもしれない。
スタートレックの中で遺伝し工学が進み、人工的に遺伝子操作された超人が創り出され、地球を支配しようと人間に戦争を仕掛ける話があるが、それと同じよなことが起きないだろうか。またアメリカの人気映画に「スーパーマン」があるが、彼は善人で正義の味方として描かれたが、その続編は同じ星からきたスーパーマンは地球を支配しようとする。
優秀な人間は過当な人間を蔑み支配しようとするのは、過去に歴史の常で、それと同じことが起きる危ぶみはあるだろう。

ヒョットしたら、ゴッドへになれなかった、取り残された人間は、スラム街に暮らし仕事もなく、無駄に食料の資源を食いつぶす人間・生き物として扱われるかもしれない、そうなれば、コロンブスがアメリカ大陸を発見し、草原に無数にいたバイソンを刈り尽くしたように、人間狩りを楽しむかもしれない。
チンパンジーから枝分かれして、二足歩行をし知能を持った人は、ホモ・サピエンス以前に数多くの猿人から原人、新人と生まれていたが、その全部な絶滅している。
なぜ絶滅したか明確な結論はでていなが、ホモ・サピエンスが絶滅に関わったとの説は否定だれている。一番有力なのは生存競争に勝ち残ったが、ホモ・サピエンスすなわち現有の人間だという。
私たちホモ・サピエンスの進化はこれで止まったと考え定位のだろうか、7万年前から遅々として進化のスピードは止まっていたが、ルネサンスや300年ほど前の産業革命から急速の進化の特異点が芽生え、いまの分子生物学や医T技術はさらにその特異点の転換期に入ってしまったかしれない。
私たちは、その取り残されたホモ・サピエンスはこれからどうすべきなのだろうか。平和理にその地球の頂点としての座を明け渡すべきか、それともそれに抗し続けるべきなのだろうか。

科学技術や医学の進歩

私たちの現代の生活は、科学技術や医学の進歩、通信技術の進歩でめまぐるしく進化して、今後もますます進歩進化していくだろう。

今後このまま技術が進んでいくと、スタートレックの、優性人類やアンドロイドのデータやホログラムドクターが現実のものとなったり、機械人間のボーグ・セブ&ナインなどが現実のものとなってしまうかもしれない。

私はどれにもなるのも遠慮するが、DNA工学技術の進歩により、各競技に特化した身体を持った人や、知能指数の極端に高い人や、また容姿の美しいに人などを作りだす「デザイン ベイビー」が現実のものとなり、いまはそれは国際的に見てもカ国は禁止しているよだが、科学者の中にはそれらの技術は他の面にも応用でき、必要なものだと密かにあるいは、閉鎖期間で研究している人もいるだろう。
また、日常の不慮の事故などで脚や腕などを失う身体欠損をしてい、義手や義足でそれを補うが、最近はバイオ技術ちIT技術が融合して、自分が思うように動かしてくれるものも実用化されつつある。健常な人がその技術を応用してもっと自分の能力を発揮したしたいと思ったらどうするだろうか。自分のからだの一部を機械に置き換えるサイボーグの誕生になるだろう。
それらの技術が人に応用されるまで確立完成されたとしても、それを実際に自分にまた、自分の子どもに使おうする人はどれだけいるかはわからない。
なかには、あくなき好奇心と探究心と自分の欲望のためそれを、それらの技術を自分の身体にとって変わらせようとする人も出てくるかもしれない。

そのような極端なことばかりでなく、私たちの健康寿命は確実に伸びているし、また生きられる寿命も延びているようです。
また、どんどんと身の回りの生活道具が便利になり多様化していくが、しかし、それらに適応できない多くの人類はその恩恵にさずかることができずに、次のように思うようになる「自分は時代遅れな人間になり、周囲の世界の進歩が理解できず、社会に役立たずのにいる自分をみて、昔はよかったあとノスタルジアに浸って、老後をの生活を送り、死を何年も待ち続けている」そのような生活を過ごすのは絶対にいやだと思いながら過ごしてときがじわじわと忍び寄っているのではないだろうか。

多くの人がいまの、科学技術やIT技術や医療の進歩に一喜一憂して固唾をのんで喜んで迎えている。
しかし、それは先に書いた憂いがもうすでに現実のものとなるのために一歩一歩と進んでいるのでいるように、私は感じている。いまの、新しい科学技術の開発に成功したと喜ぶことは、今の時点の人間にとて本当によいことだろうか、未来の人間はそれらをどのように受け止めているのだろうか。

健康 長寿への投資

人が不老不死を得たらどうなるだろうか。
いかし、人類が不老不死の技術を得たとしても、その恩恵を受けるのはごく一部の人に限られほとんどの人は得られないだろう。
また、不老不死のどちらか一方を得られるとすればどうなるだろうか。
不死が現実のものとなれば、考えただけでも恐ろしいものです。自分の身は衰え、思考力も感覚も衰えるが死なないのである。
また、不老はどうだろうか、年をとっても身体も思考力も感覚も生殖力も若いままならどうだろうか。
今地球の人口は70億を越えている。それが人が死なない、また何歳になっても子供を作れるとなると、地球上の人類の数は際限なく増えるだろう。また、同時の子供を持つ年齢も際限なく高齢になっていくだろう。

また、不老不死の技術が現実のものとなっても、その技術を得られる人は、高所得のある極一部の人だろう。そして、それらの人はどのように考えて、不老あるいは不死の技術を我が身に応用するのだろうか。
我は特権のある者だと思いこみ、自分の想うがままに世の中を作り替えようという気にはならないだろうか。
古代から現代までの、過去の歴史をみても、特権的権力を得た独裁者は、自分は神であると思いこみ暴政をし、他国を侵略してすべてを我がものとしようとした歴史を繰り返してきている。

ガリバー旅行記の 死なない国という話がある
ストボコー
年老いて認知機能も衰えた高齢者は役立たずとして扱われている。
300年ほど前に書かれた風刺文学だが、これから世の中を予見しているようでもある。

また、スタートレックには、遺伝子操作により、生み出された優性人類が地球を支配しようとした「宇宙の帝王」という話がある。そこには、われわれ人類の誰かが超人的な能力を身につけるとどうなるかの問題定義がされている。


不老不死まで行かないでも、現代社会は医療と衛生健康の技術がすすみ、過去の様々な疫病はウイルスに打ち勝ってきている。天然痘は撲滅されたとWHOは宣言している、また中世のヨーロッパで人口を半減させたペストなどもその発生はまれでまた、発生しても封じ込めている。また新たに生まれた、ウイルスなども当初は現代のペストかと騒がれたが、撲滅はしていないが拡大をする事を封じ込めている。このように衛生状態は格段によくなっている。
また、以前は不治の病とされた多くの病気は、今や治療できる段階になってきている。
そのように考えると、不老は身近なものとなりつつあるのかもしれない。

衛生技術などは、誰でもがその恩恵を受けるであろうが、不老の関する技術などは高額な技術なので、その恩恵を受けられる人はごく限られた人だろう。
現に、不治の病の人が、人口冬眠で仮死状態なり、その不治の病の治療が確立されたときに、目覚めて治療してもらうとばかばかしいビジネスがあるとニュースで聞いた記憶がある。

健康、長寿への投資 02

仕事をしていて遣り甲斐のある仕事についている人はどれぐらいいるだろう。いまのある仕事をみてみると、昔は人口御大半を占めていた、農業や工業などの仕事はその生産人口はどんどん下がり、ロボットに置き換わっている。では知的な研究などの仕事はどうかと言うと、その専門知識を活かす仕事に就く人は限られている。では他の人はどのような仕事に就くのだろうかとみると、小売業の売り子などしかないようにみえる。大手小売店の売り子の仕事でどれほどの遣り甲斐を感じることができるだろうか。しかも賃金は安いうえ生活費を得るために馬車馬のように働き続けなくてはならない。そのような人の人口が増えることで、明るい未来はあるのだろうか。一部の高給をえている人や投資家などは、裕福な生活をして健康にたいしての投資をして、100歳になっても健康で生きられる生活ができるだろうが。
そうでなく、低賃金で働かされている人にとっては、いくら先進的な健康や病気治療があっても、それは高額すぎて受けられない人が殆どになるのではないだろうか。

国民健康保険も国民年金の負担金も、多額の負担金を納めているのに、それによる恩恵を受けられるのは高額な納付金を納めた高額所得しゃで、低額所得者は受けられないことにならないだろうか。
わたしの20代ごろまでは、高額所得者は高額の負担をして、低額所得者は負担金はすくなかった。つまり、そこで富の再配分がなされていたが、いつのころか。高額負担者の税金や社会負担金は、高額で重過ぎると声をあげられ、高額所得者の負担はどんどんと軽減さてきている。しかし、それでも中間層以下に比べると、はるかに支払う負担額は少ないのです。
むかしは、いや今でも、超高額所得者は自分のその収入の幾ばくかを、社会に還元する活動をしている。
その還元の仕方は行く先はいろいろありその人の価値観や社会観によって変わってくる。税金だと自分がこのように使ってほしいと思っても、時の政府の方針やせいさくにより、使われたくないものに使われる。しかし、自分が基金を作れば、その基金の活動方針に沿って使われるので、自分の社会貢献をしたものに使われ理に適っているともいえる。
しかし、社会保障などを自己責任として政府はそれに対しての支出を抑えるなら、中間層以下の人たちの社会保障の質は、基本的な文化的な生活を維持できる生活ができるとは限らないです。

また、超高額所得者のなかにも、社会還元などに関心がない人も多くいる。そのような人にはやはり富の再配分として相応の税負担をしてもらうのが酔うのではないだろうか。
また、社会還元への基金もその偏りが起きる恐れがあるので、そのバランスがとれるようにする何らかの方策も必要でしょう。

まずは、高額所得者の収入のなかの税金や社会負担の割合が年々下がっていることは、本当によいことだろうか。

健康や長寿への投資 01

現在の資本主義社会では、投資家や銀行は利益を上げるものに対しては、それが先にどのような結果をまねくかを考えずに、惜しみなく投資するといえる。
特に、さまざまなお疫病やウイルスに対する研究や、健康や寿命を延ばすことに対しての、研究は今後も盛んに行われ、投資家や銀行は投資を続けるだろう。
いま、世間では健康で長く生きられることに関心をもち、投資家や富裕者でなくても、一般の庶民もそれに関心もち、多くのお金を使って、健康を得ようとして長く生きられることはよいと考えている。

世界の平均寿命はどんどんと延びている。わたしは1950年の初頭生まれだが、その頃の平均寿命は50歳ぐらいだった。私の生まれたころはまだ、衛生状態も今のように完璧でなく、いろいろな疾病で幼くしてなくなる人も多かったが、15歳16歳を超すと、そんなに病気などで死ぬことも少なくなり、60以上も生きる人も多くいたが、加齢により身体の衰えを克服するkとが課題になっていた。しかし、いまはそれも克服しつつあり日本の平均寿命は男女とも80歳を越えている。
そして、100歳以上の人もたくさんいる。
しかし、健康でいられる人の平均年齢は、75歳ぐらいだといわれている。それから平均寿命を引くと、25年間何らかの病気か障碍と共にして暮らさなければならないことになる。
そう考えるとますます、健康な寿命を延ばすことに対し期待がたかまり、それへの投資も盛んになり、健康と寿命を延ばすことに対しての研究も盛んになり、健康な年寄りがますます増えることになるだろう。

しかし、現在先進国ではどこの国も、少子高齢化になりそれに対しての対策が喫緊の課題になっている。
社会保障の充実が叫ばれているが、高齢者が増えることにより社会保障の負担はますます重くのしかかっている。政府は人生100までといい、100まで働き続けろと言い出してきている。
100歳まで健康でいられる時代が当たり前になれば、どのようになるだろう。子供を産む年齢はだいたい20代から30代後半までとすると、それ以降の70年から60年は仕事に打ち込んで働けばよいが、今の労働市場の現状をみれば、そう楽観的とは言えないのではないか。

サクラダ・ファミリア教会

1885年にアントニ・ガウディが設計し、いまも建設中のサクラダ・ファミリア教会は、建築許可がおりていなかったとうい。
もっとも、建設し出した当初は建築許可をとっていたが、その後、自治体の合併により再度の建築許可申請を出すのをわすれていたそうです。そして、2006年に、建築許可の更新が行なわれていないことが発覚した。
まあなんとのんびりしたことでしょう。そして、教会とバルセロナ市が協議して、ようやく2019年6月7日に許可が下りたそうです。建築中の建造物であるにもかかわらず、世界遺産に登録されているのに、なんとのんびりしことだろうか。

現代のあくせくした時代だが、こんなのんびりしたこともあってよいと思う。

裸の王様の暴走

アメリカファーストの国際政治をみていると、アメリカの無理難題を、アメリカの方針に従わないと制裁を科すと脅し、超大国に異議を思っても正面から異といえず、面従腹背ながら従う。世界の国々が多くこれからの国際社会はどのような方向にすすむのだろうか。
それに大きく抵抗するのが中国だが、次のEU連合は足並みが揃わず、アメリカの思う壷です。

これをみていると、日本の国会とダブって見えるところがある。
一国超大国とEUやロシアや中国が対立し、あと烏合の国でまとまらない。
そして自民党をみると、派閥があるがそのなかで、今の自民党の中枢に異を感じていても、異をとなえると役をホサレルので、異を感じても異を唱えない。面従腹従になてしまっている。

このよう組織のトップをなんと言うのか、裸の王様という。
しかし、裸の王様に「王様は裸だ」と言った子どもはどうなったか。子どもはとらえられ罰を受けたのだろうか。いや話の中では、子どもの言葉に王様は自分の過ちに気づき、自分の行いを改め、子どもを褒めたのです。

さて日本の裸の王様は、どうするっでしょうか。
アメリカの裸の王様こと、ハンプティ・ダンプティはどうするでしょうか。

昨日のブログの続き

私たち日本人は、戦前一時期は鬼畜米英とアメリカに対して、敵愾心を煽られ国民の多くまた、特に国民学校に通う児童などは、軍国少年となり米国は敵だと洗脳されていた。

しかし、戦後は連合国軍が進駐して、マッカーサーと天皇陛下が会談しその写真が公表されると、アメリカへの信奉者へと変わっていった。
日本は敗戦国でアメリカは戦勝国で、事実上米軍の占領統治下にあったので、米軍が撤退する前まではそれも仕方がなかったかもしれない。しかし、日本が連合国の統治から独立し、米軍が撤退してからも、日本の政界の中枢の人たちは、その米国信奉はやめず、逆にそれを、ますます強めていった。国民よりも国の為政者の方がその色がつよかったのである。

とりわけ戦後から、今までをみても、その色は安倍政権はとりわけそ強く思われる。
日本が国際世界に復帰した吉田内閣以降の政権は、冷戦時代でもあり、国内の産業・経済の復興のために、アメリカ従属をし、軍事面ではアメリカから与えられた憲法の9条を理由に、軍事面の協力を拒否し経済発展にいそしんできた。
しかし、先に書いたように、安倍政権はアメリカとの軍事同盟を強化し、アメリカとともに戦える環境を作ろうとしている。

それは、本当にこれからの独立国としての日本としていいのだろうか。アメリカの本当の姿は、昨日のブログで紹介した本をよむと。決して、民主的で自由で平和を求める国とは言えない、新自由主義の弱肉強食で狡猾な自己責任の国であることがわかる。アメリカはイギリスからの独立革命以降、領土を西に西に拡大してアメリカ大陸の西岸まで、領土を割譲したり、併合したり、購入したりして拡大してきている。そして、その後も、太平洋のは多くの信託統治領をたくさん持ち、9.11でアフガニスタンへの介入を正当化したり、イラクは大量破壊兵器をもっているとして、イラクへの攻撃を正当化していまもそのための戦後処理に追われている。それらを考えてもアメリカは自国の利益のために、今後も戦争を続けるであろう。
そう考えると、アメリカと強固な同盟関係を続けるのは得策でないだろう。
なぜ、安倍政権は今までの日本の為政者と違い、アメリカ従属を強めるのだろう。まあ、神道や国家神道は日本の伝統と文化だとする、人たちも安倍政権を支援したり容認したりするのはなぜだろうか。私にとっては理解に苦しむところです。

超小型衛星と宇宙ゴミ

超小型衛生のビジネス活用が広がる。
農作物の生育状況などを、数十個の超小型衛星を打ち上げて調査して、情報を活用してもらおうとのビジネスが開始されたという。いまは、衛星は一基だが今後3年で数十個打ち上げると発表している。このようなビジネスは世界的に広がっているという。

アメリカのスペースXは、インターネットサービスのため、60基の衛星を打ち上げるという。このような超小型衛星を民間企業が無秩序に打ち上げられると、地球の軌道上に超小型衛星や、大型の衛星また、国際宇宙ステーションのような大きな構造物が、地球の軌道上に散在してしまい、今後の宇宙開発の支障にならないのだろうか。

スペースXのインターネットサービスは、今まで以上の細かなサービスができる用になり、私たちの生活は便利になるでしょう。しかし、私たちの空は、衛星だらけになり、耐用期間が過ぎた衛星は次第に降下しだし、やがて大気圏に突入して燃え尽きるか、地表に激突することになる。
衛星は地球の周りをすごいスピードで回っている。静止衛星では地球の自転と同じスピードで回っているが、これらにより新たな衛星を安全に打ち上げることがいつまでできるのだろう。

また、国際宇宙ステーションのよに、超大型の構造物が耐用年数がすぎたら、どのように廃棄処理をするのだろう。軌道上を次第に降下させ、いくつかに分解させ大気圏上で燃え尽きさせるなどをするのだろうが、その中には燃え尽きず地球の大気圏突入し地表に落下するものもあるだろう。
その軌道を正しく計算できればよいが、それはどこまでできるだろうか。洋上に落とすとしても、空には飛行機が飛び、海上には船舶が航行している。それらに当たる確率は低いだろうがゼロとは言えない。
やはり、国際的な取り決めそして管理が必要だろう。
また、宇宙空間は南極大陸と同じで、先に手を付けたものが勝ちであてはならないでしょう。今はまだ宇宙開発に技術がない国にも開放されるべきです。そのためにも早い者勝ちにならないように、早急に国際機関を作って、その取り決めルールを作っておくべきだと思う。

奈良の鹿とプラスチックゴミ

洋上のプラスチックゴミが問題になっているが、シカで有名なならでもプラスチックゴミが深刻な問題になっている。

奈良公園のシカの死んだ胃袋の中から、プラスチックゴミが見つかっている。このなかには、観光客が捨てたと思われるレジ袋などもあるが、奈良でのシカの様子を見ていると、奈良のシカは観光客にも人なれし、また観光客が持っているレジ袋には、おいしいものが入っていることをしっていて、それをねだったり奪ったりしてしまうシカもいる。野生のシカは包装を破いて除いて食べてしまうことはないので、そのまま食べたプラスチックは胃袋の中に残ってしまうという。

奈良公園で売られている、シカ煎餅は、煎餅はもちろんドングリなどシカが食べられるものだが、煎餅を巻いている紙もシカが食べてもと言うより食べられるものという。シカに優しいものだが、それ以外はそうとは言えない。

また、このシカのプラスチックの問題は、奈良のシカの問題だけでなく、ほかの地域の野生動物やカラスはイノシシなどにも言えることでしょう。
プラスチックゴミの問題は、もう凄まじい勢いで、私たちの生活に深刻な影響をおよぼし初めているのだろう。今日、それを解決するには、私たちプラスチック製品を使っている、マナーの問題とが一番の解決さだといえる。しかし、私たち人間は残念ながら、この問題を解決できるだけの理性はないかもしれない、私たちの太古の祖先からの歴史をみれば、多くの自然環境を変えて住んでいるところを変えていったが、それは破壊してきたことであり、また今まで多くの人間以外の生き物を絶滅してきた。今度は、自らの酬いとしてプラスチックゴミの中に溺れてしまうかのようだ。

この問題を解決するには、個人個人のマナーの問題でもあるが、社会の仕組み見たいから考えていかないと、解決できないだろう。

ペットにマイクロチップを埋め込んで管理する

犬や猫にマイクロチップを埋め込み、飼い主を登録することができるそうだ。これは阪神淡路大震災のときに、迷子になったペットを探す方法として編み出され、技術的にはそのころからあるそうです。
今回、動物愛護法が改正され、販売業者の義務づけるようになった。ペット販売業者ではすでに、マイクロチップを埋め込んだペットを販売している業者もいる、業者によっては仕入れた時に犬や猫に埋め込んで、客が買ったときに情報を登録している業者もいるようです。
それが、今回義務化されるわけです。それによいペットを買ったはいいが、買い続けることになり、業者に引き渡されず、野犬化したり野良猫化しても、購入者がとくていできるので、そのようになることがない抑止力にもなると期待されている。

マイクロチップを埋め込む場所は、多くは肩甲骨の間に埋め込むそうです、そして、15桁の数字で飼い主がわかるようになるという。
このこのマイクロチップの技術とGPSを組み合わせると、ペットの常に行動を監視でき迷子になってもすぐに居場所が分かるようになるかもしれない。
まあ、人間はスマホなどを常に持ち歩いているので、すでにペットのようにマイクロチップを埋め込まれているようなものだが。
同じ技術が人間にも適用されると恐ろしいかぎりです。しかし、フランスなどでは、手の甲にマイクロチップを埋め込み、セキュリティー施設の施錠解除やキャッスレス技術と組み合わせコンビニなどで買い物ができるようにしている人が、すでに数百人いると聞きます。
総監視社会になるのもそう遠いことではないようです。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
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  • 日本の報道の自由
    アジシオ次郎 (06/10)
    おはようございます。

    こういう指摘についてすぐに「内政干渉だ!」って反論も出てくるけど、日本の報道の自由度というか報道が健全かという点において先進国において❝
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