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帰ってきたヒトラー

共同通信のWebサイトに、各地方紙のコラムが掲載されているページがあるが、その欄に共同通信の「日めくり」という欄がある。

そこに、で去年に制作された「帰ってきたヒトラー」について書かれていた。
この映画は、ティムール・ヴェルメシュの「彼が帰ってきた(Erist wieder da)」小説の映画化です。
「帰ってきたヒトラー」の公式Webサイト[http://gaga.ne.jp/hitlerisback/
1945年に自殺したヒトラーが、現代にタイムスリップして現代に現れる。往年と変わらない言動で、周囲の人々が彼をヒトラーそっくりの芸人だと勘違いを呼び、本当のコメディンにさせられていく。テレビやインターネットの力で再び人心をつかんでい。その危険な笑いでドイツで賛否両論を巻き起こした小説の映画化です。

共同通信の記事の内容は、その映画の監督デビッド・ベンド氏にベルリンで会見が紹介されていた。
そのなかで、「映画のラストで、オープンカーに乗ったヒトラーが「好機到来だ」と語る。」に対して、ベンド氏は次のように答えている。
「ヒトラーが力をつけた1920年代から30年代と今は相似点がある。グローバリゼーションや自由貿易の後、保護貿易、国境閉鎖などの動きが出て世界恐慌が起き、社会がもの凄い勢いで変わった。結局、これがナチスに大きなチャンスを与えてしまった。物事がうまくいかなくなった時、人々はシンプルな解決法を求め、非難できる誰かを欲しがる。『難民のせいだ』『女性に力を与えすぎたせいだ』などと言い出す。ファシズムは優越感を約束し、大衆を扇動しようとする者は「私は問題を解決できる唯一の人間」と語る。この手法は今も生きており、まさにトランプ氏が使った。

今の日本も、次々と国民の多くが反対している法案を、数の力で押しきり強行採決している。
沖縄をみても、水産庁長官の「漁業権は消滅し、岩礁破砕などを行うために許可を受ける必要はない」としたことにより、防衛局が岩礁破砕許可の申請をしないと県に伝え。また、防衛局が本来は私人の権利救済を目的とする行政不服審査制度を、国土交通相から承認取り消しの効力を一時停止する決定した。
これらは、安倍首相は「法にしたがって」といい、菅官房長官は「わが国は法治国家」と言い正当化して、「粛々と進める」というが、法令を解釈をご都合主義で解釈していくなら、それ「法治国家ではなく」「人治主義の国家」といえる、君主が治める国での人治国家ならまだしも、選挙で選ばれた民主主義の国での、人治国家になればそれは1933年のドイツのようになりかねない。
アメリカのトランプ現象は、日本の現状の後追いのようだが、一つ違うのはジャーナリズムの違いです。今のところアメリカのジャーナリズムは、大統領の暴走しかねない言動を批判しているところです。しかし、日本のジャーナリズムは何も言えないのが現状です。

そして、最後に次のようにも言っていました。

 価値ある記事を応援する
 「極右や右派はかってネットワークづくりのためにインターネットを利用していたが、今は自分の意見を誇示したり虚構のニュースを広げる道具にしている。差別感情がネットにより表に出やすくなった。・・・以下略

アメリカでもヨーロッパでもグローバリゼーションや自由貿易の閉息感から、保護貿易、国境閉鎖やポピュリズムなどの動きが出ている、
トランプ大統領の登場、欧州各国での極右の台頭し支持をあつめている、いま世界がどのような方向にすすむか、後戻りせずに前に進む方向を見つけだしいかないといけなとこの記事を読んで思った。

トランプ大統領とオール・ザ・キングスメン

トランプ大統領の言動を見ていると、1949年に公開されたアメリカ映画、「オール・ザ・キングスメン」を思い出してしてしまう。

トランプ大統領と映画の主人公のスタークは生い立ちが全く違うが、権力を掌中にしてから、トランプ氏はスタークと被るところが出てこないか心配してしてしまいます。

「オール・ザ・キングスメン」の映画のあらすじ
ルイジアナ州メイソン市の郡出納官ウィリー・スタークは、校舎建設の入札に不正があることを訴えていたが、相手にされず逆に職を失う。彼を取材するクロニクル紙のバーデンが取材にやってくる。校舎の非常階段の崩落事故が起き、3人の子供が犠牲になり、スタークは脚光を浴びる。
スタークのところにダフィと名乗る男が訪ねてきて、ルイジアナ州の知事選に立候補するよう勧める。スタークは知事選に立候補したが、移動中の列車でダフィが対立候補のスタッフであり、対立候補の票を割れさせるために担ぎ出されたにことを知って怒り、スタークはは従来の州政府の政策と対立候補を下品な口調で激しく攻撃する。演説は貧困層の支持を集め、スターク勝利となり州知事となる。バーデンはスタークのスタッフとなる。
州知事就任後スタークは、貧しい人々の支持を受けながら、スタークは自分の政策を実現するために、脅しと買収等の手を使い実現していく。大企業や上流階級の利益を代表する議会や州裁判所とは対立し、上流階級からは冷笑的な扱いを受ていく。
大企業や上流階級が議員を州知事を弾劾する動きがあると知りスタークは、弾劾支持を表明したアーウィン判事を訪ね、翻意を迫るがアーウィンの決意が固いことを知ったスタークは、彼の翻意を迫れるスキャンダルをバーデンに探させる。
スタークは人気取りのため自分の名前を冠した新病院院を作りその院長に、人格者として人気のあるアダムを当てるが、スターク州知事の政治的な駆け引きのため、心の痛みを抱えることになる。スターク州知事反対派は「州知事がアダム・スタントンの兄妹を利用したこと」や州知事のスキャンダルなどをアダムに知らせた。激怒したアダムは州知事のもとに向かい銃殺してしまう。。

この映画「オール・ザ・キングスメン」はルイジアナ州知事のヒューイ・ロングがモデルで、同名の小説がロバート・ペン ウォーレンによって、「すべて王の臣」(白水社)書かれ、それをモデルにしている。

ロングの略歴は次のようなものです。
1893年、ルイジアナ州のウィン・パリッシュに誕生。
政治に関心を持ち大企業攻撃で民衆の人気を得た。1924年にルイジアナ州知事選挙に立候補したが落選。その4年後1928年に最年少で当選。在任期間中、ハイウェイ、アスファルトまたは砂利の道路、十一の新しい橋を建設することで、公共事業で失業対策をしたが、州の赤字が十倍となった。また多くの金が収賄や不正、リベートに消えた。議員を買収して州議会を牛耳り、司法や教員にも影響力をふるった。憤慨した下院によって知事弾劾案が提出されたが買収と脅しで無効になった。
1932年からオスカー・K・アレンを州知事にさ影から州を支配し、自らは国政を目指して上院議員に当選なり。大統領も目指した。あまりに敵が多くいつも身の回りをボディガードをかため、暗殺をいつも警戒していた。彼の最大の政敵で判事であったベンジャミン・ペイリーを排除するため州法を改正したため、医師でペイリーの女婿であったカール・ワイスにより1935年9月8日、ルイジアナ州会議事堂で銃弾を浴び2日後の死亡した。ワイスはその場で射殺された。ロングの葬儀には十万人に及ぶ支持者がつめかけたという。この暗殺には謎が多く陰謀説もあるが、ロングの死により、ルーズベルトが大統領に再選されている。

ロングは急進的なポピュリズムでルイジアナ州知事を務め、1934年には「誰もが王様」("Every Man a King")というスローガンの下に、世界恐慌のために引き起こされた犯罪と貧困を抑制するために、「富の共有運動」("Share Our Wealth")と呼ばれる富の再分配を運動を作りあげ、ロングの社会改革は大きな人気を集めたが、独裁の傾向対して批判された。

日本の映画産業

日本の映画は興行収入がこのところ、アニメブームで上向いているようです。
新聞によると上位5位の邦画は次のようになっている。
君の名は(アニメ)
シン・ゴジラ
名探偵コナン 純黒の悪夢(アニメ)
映画妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン(アニメ)
ONE PIECE FILM GOLD(アニメ)

洋画は次の通りです。
スター・ウォーズフォースの覚醒
ズートピア(アニメ)
ファインディング・ドリー(アニメ)
ペット(アニメ)
オデッセイ

日本での映画の興行収入は、これを見ると今やアニメ中心になっているようです。その是非はともかく昔のように大スペクタクルでしかも中身が濃く深い映画は少ないようです。
シン・ゴジラにしろスター・ウォーズもコンピュータグラフィックスを駆使したもので、実写で手間暇掛けて作られる作品はすくなくなっています。
もともとアニメは手作業で手間暇がかかるものだが、こちらもいまはコンピュータがなければ作れないものです。
日本映画制作者連盟の岡田祐介会長は「ここに来て、映画媒体価値が少し上がってきたのかな、と。お客さんはいいソフトにはお金を払ってくれる。大変自信がもてた1年だった」。とはなしている。

しかし、深く一つのことを見つめた映画や、報道映画やドキュメンタリー映画などの質の高い映画も多く作られいるが、それらの映画が注目されないのが残念です。

昔の、「ベンハー」や「偉大な生涯の物語」などのような映画はもう作られなくなってしまったようで残念でが、大きな映画館で上映されない、岩波ホールで上映される映画も製作されていて、多くの人が鑑賞しています。今後もそのような映画が作られることに応援をしていきたいです。

豊住書店とベニヤ書店

去年の暮れに、近鉄奈良駅の近くにある二つの書店のことを書いた。
その後わかったことですが、その書店の一つ「豊住書店」は、江戸時代に伊賀上野にて創業し、日本で3番目に古い歴史ある書店だそうです。明治時代に三条通の角振町に店を構え、大正時代に現在の東向北商店街に移転したということです。
この書店のすぐ近くには、「大学堂」という古書店もありこちらも覗いてみるのもよいでしょう。
最近の書店いやBOOKSTOREは雑誌やコミック本などが中心であまり魅力を感じないが、この書店は教養・学術系の書籍を中心に置いてあり、店の主人の方針がよく現れているようです。また、奈良の歴史に関する書籍も数多く取りそろえてある。
さらに、店主がこまめに調べたのか岩波文庫などには「絶版」「当分重版予定なし」の帯を付けています。

ブックカバーのことを「書皮」と呼ぶそうですが、豊住書店の書皮は、2007年に書皮大賞を受賞したそうです。
2007年 書皮大賞 受賞書皮
http://bcover.la.coocan.jp/taisyo/07taisyo-toyozumi.html


    選挙3

このブックカバーは人気があり、わざわざこのブックカバーを手に入れるために本を買いに来る人もいるとか。

それと、もう一つ紹介した「ベニヤ書店」
外観は正面に扉や窓はなく全面開放されてた造り。店口は雑誌を並べている台が置かれて、なぜか時々猫が鎮座しています。この猫店の名物店主のようです。木の本棚は時代物でなつかしい重いがする。
この二つの店とも、岩波文庫や岩波新書や講談社学術文庫や、岩波ブックレッド等も置いてあるなど、新刊本やベストセラーよりも、絶版になった本や稀有な本が多いです。
この店の向かいに、小間物やがあります。家庭でつかう雑貨類の荒物が所狭しと置かれています。

この2つの書店は東向北商店街と書きましたが、性格には、二条通りから入った所の豊住書店があるのは東向北商店街で、その突き当たり奈良女子大の近くあるベニヤ書店があるのは花芝商店街です。

新刊書やベストセラーやコミックが置いてないので、このような店ははやるのかと思い、お店の人に奈良女子大の学生さんが多いのですかと聞くと、女子大には生協や書店が入っているので、学生さんはそちらを利用すると言っていました。そこで、女子大の学生会館に言って生協と書店を覗いてみましたが。生協の書店部は授業などに関連する本が多く、書店は出版して時間がたつ本も置いてあるが今一つでした。この富住書店とベニヤ書店のほうが遙かに私には勝っていました。


翻訳

日本は翻訳大国だそうだ、日本ほど外国の古典文学を始め、学術書や評論、エッセイ種など、様々な海外の書物が翻訳され出版されている。それも英国や仏国や米国だけでなく、世界中の国の書物が翻訳され出版されている。これは世界的にみても希有だそうです。
そしてその翻訳された本の多くに、翻訳者や第三者の解説などが付けられて入ることが多い。しかし、最近知ったことだがこれらは、日本の翻訳本の特徴だそうです。

それが、最近変わってきて原書の出版元や原著作者が制約を加えることが多くなってきたそです。
その理由は、日本語で書かれたその解説などの文書は、原著作者は判読が困難で、なかには原書の内容と違うことがかかれその内容を損なうことになりかねないからです。
たしかに、翻訳の後に書かれた解説などに、本文を読んでこれが解説と言えうるのか、翻訳者の感想や評論を書いてあるようなものもある。

しかし、これを一部の翻訳家たちでは、翻訳出版の危機として受け取っている人たちもいるようです。
それは、海外の本の言語と日本語がその体系として大きく違うからだと言う。英語や仏語などヨーロッパの言語は同じ語原を持つ物が多いので、翻訳の差異は小さいが、日本語はその差異が大きいので、翻訳者によりその内容が大きく変わってくる。
外国の古典文学などの翻訳本をいくつか読み比べるとそれがよくかる。その作品の作られた歴史的背景や文化的背景を翻訳者がどのような考えを持っているのか。また、
どのような翻訳ぼんにしたいのかの、構想と展望がどのようなものかによって変わってきている。また、翻訳がされた時代によっても、翻訳された作品の味わいが変わってきている。

これは、原書と翻訳する国の言語の類異性のある国と、言語の差異が大きい国とでは、その翻訳の難易度は大きく違うだろう。私たち海外の翻訳本を手にするとき、翻訳者は誰かも意識するが、欧米語間の翻訳本には翻訳者の名前も載っていない本多くあるそうです。
このようなことを考えると、日本や中国、韓国などは特殊な立場にあるのでしょう。

そこで、翻訳者の考えを翻訳本文だけでは読者に伝えることができないから、解説を通じてどのような考えでこのような翻訳をしたのか説明する義務があると考えるからだ言える。
日本で数多くの作品が翻訳されてきたことにより、鎖国から開国して多くの西欧文化を取り入れることができたといえる。そうなると、西欧諸国の原書出版元や著者に、日本など中国や韓国などの特殊な事情を理解してもらう努力が必要になってくるだろう。
これからも、海外の多くの本が翻訳されていくことを臨みます。

脳はいかに治癒をもたらすか

紀伊国屋書店がscriptaと言う雑誌が年に4回無料で店頭の置かれている発。

それを手にとり、みていると紀伊国屋書店出版部から出版されている、『脳はいかに治癒をもたらすかー神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ著 3000円と言う本の紹介がのっていた。

脳は一度ダメージを受けると、身体の他の細胞と違い修復できないことはわかっている。脳梗塞などで一度傷ついた神経は回復できず、運動機能が麻痺してしまう。しかし、リハビリなどで運動機能が改善されるのは、脳のなかで傷紀伊国屋書店がscriptaと言う雑誌が年に4回無料で店頭の置かれている発。

それを手にとり、みていると紀伊国屋書店出版部から出版されている、『脳はいかに治癒をもたらすかー神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ著 3000円と言う本の紹介がのっていた。

脳は一度ダメージを受けると、身体の他の細胞と違い修復できないことはわかっている。脳梗塞などで一度傷ついた神経は回復できず、運動機能が麻痺してしまう。しかし、リハビリなどで運動機能が改善されるのは、脳のなかで傷ついた神経回路ととは違う神経回路ができあがるからです。

このほんでは、それらの中で特に特異な例が複数取り上げられているようです。
しかし、ここに紹介されたものは、学術的に受け入れられた話ばかりではなく、その特定の施術者でないと効果がでな物も紹介されている。なかには、まゆつば的なものも紹介されているようです。
この本を紹介している、仲野徹氏は書いている、「重要な事実は、特殊な施術者が必要であろうが、一部の患者でしか効果がなかろうが、まじないであろが、実際に症状が奇跡的に改善する人がいることだ」言っている。

わたしは、この仲野徹のこの本の書評を読んでいて、日本でもいろいろ、気功や呼吸法や静坐や整体法など独自な方法で、いろいろな病状を改善させブームが興ったりしてきた。そして、実際のその施術をうけたり、自分で指導のもとで実践すると、症状が改善したり癒されたりする例がある。しかしそれも、他の人がするとその効果が表れてこなかったようで、それらの方法はその人が亡くなると、忘れられてしまっている。
この本の『脳はいかに治癒をもたらすか』と同じようなものだとおもう。

ひとのからだとというものは、仲野氏はこの本を読み「からだと脳の関係の素晴らしさにわくわくした」と言っているが、わたしは、肢体不自由の支援学校で教鞭をとっていたときに、心理臨床動作法を勉強したが、そのときも脳の可塑性についていつも不思議におもっていたので、この本を買って読もうと思う。ついた神経回路ととは違う神経回路ができあがるからです。

このほんでは、それらの中で特に特異な例が複数取り上げられているようです。
しかし、ここに紹介されたものは、学術的に受け入れられた話ばかりではなく、その特定の施術者でないと効果がでな物も紹介されている。なかには、まゆつば的なものも紹介されているようです。
この本を紹介している、仲野徹氏は書いている、「重要な事実は、特殊な施術者が必要であろうが、一部の患者でしか効果がなかろうが、まじないであろが、実際に症状が奇跡的に改善する人がいることだ」言っている。

わたしは、この仲野徹のこの本の書評を読んでいて、日本でもいろいろ、気功や呼吸法や静坐や整体法など独自な方法で、いろいろな病状を改善させブームになった人がいる。しかしそれも、他のにとがするとその効果が表れてこない、この『脳はいかに治癒をもたらすか』と同じようなものだとおもう。

ひとのからだとというものは、仲野氏はこの本を読み「からだと脳の関係の素晴らしさにわくわくした」と言っているが、わたしは、肢体不自由の支援学校で教鞭をとっていたときに、心理臨床動作法を勉強したが、そのときも脳の可塑性についていつも不思議におもっていたので、この本を買って読もうと思う。

永遠平和のために

今放送されている、NHKの番組の「100分De名著」は、カントの「永遠平和のために」です。
津田塾大学教授の、萱野稔人が講師です。

この本は私が高校の時に読みましたが、なかなか理解できずそのままになっていました。改めて読んでみたくなりました。

積極的な世界国家か消極的な平和連合か、連合国家か国家連合か世界単一国家か。

積極的な平和
自分たちと思想・性質・行動などが違っている人たちを、武力でもって押さえ込んで平和を作りだす。

消極的な平和
自分たちと思想・性質・行動などが違っている人たちとの、共存を話し合いなどで模索しながら武力の行使をさけて平和を作りだす。

この消極的平和の方が、積極的平和より永遠平和を実現する可能性があるとカントは言っている。


このことについて、今の安倍自民党の考えについて思ったことがある。

前者は安倍晋三の言う、積極的平和主義です。
後者は、ドイツの哲学者が「永遠平和のために」で唱えた考え方です。カントは一つの世界国家では平和は作り出せない。連合や同盟などにより世界平和は作り出せるといっている。私自身は若い頃はインターナショナルとして世界国家が実現するのが理想と考えていた。しかし、ソ連のスターリンの粛清や、中国での毛沢東の文化大革命などをみ。ソ連崩壊後のロシアの分裂や、今の東欧の混乱を見。イスラム原理主義の過激な言動が引き起こされた。

それらは、自分たちの考えが違う物は排除しなければ、理想は実現できないとのもとで、正当化されたおこないによって引き起こされた結末は、平和とはほど遠い悲惨なものでした。

また、国家連合では、個々の国の言語や習慣や文化は尊重され、守られなくてはならないとカントは言います。
そして、カントは世界国家はそれらは、多数者の意見や強者の意見に赴かれ、弱者はそれに従うしかなくなると言います。

そもそも立憲主義は、民主主義の下にあり、国家とりわけ政府の暴走を縛るものにあると言えます。しかし、安倍首相は立憲主義は王政の時代のものといい、立憲主義のついて説明すると私はそのような説をとらないと、はばかりなくいう人がいる。

自民党の改憲草案をみても、前文からして日本は「固有の文化を持ち」とあり、単一民族単一言語の国家という前提で書かれている。そもそも、日本は琉球王朝を併合し、東北以北のエミシ蝦夷と呼ばれた人達を滅ぼし同化させ、アイヌ文化を北海道である蝦夷地を侵蝕していった、史実を認めようとしていない。
そして、「天皇を戴いただく国家であって」としいることは、文化の多様性よりも、和を尊ぶという言葉や公の秩序を重視することにより、文化を単一にすることが最善のあり方だという考えが貫かれている。

さらに緊急事態条項には、国民は国の指示に従う義務がかせられている。非常事態の時はそれも必用だが、自民党改正案の、13条は、その要旨が〔個人の尊重と公共の福祉〕が(人としての尊重等)になり、条文本文では、現行憲法で「国民は、個人として尊重される。」が「国民は、人として尊重される。」となり個性が否定されかねないものになっている。

ようするに、安倍自民党は日本を一色に単一かして、平和のためなら戦争も辞さない、米国のように戦争したい国を目指していると思えてならないです。

「「昭和天皇実録」の謎を解く」を読んで 2

「「昭和天皇実録」の謎を解く」を読んでいて、100Pで保阪が次のように述べている。
よく陸軍では、「大善」「小善」という言い方をしていと、軍内の秘密結社・桜会の会員だった軍人に聞いたことがあります。「大善」とは、陛下の一歩前に出て、陛下のお気持ちを察して、我々の手で明君主にしていこうという考え方。「小善」とは、軍人勅諭にひたすら忠実であろうとする考え方。・・・中略・・・
いずれにしても、この満州事変以降。軍は大元帥としての天皇と、立憲君主としての天皇をうまく利用していくわけです。

これを読んでいて、生前経済同友会副代表幹事を務めた品川正治の書いた、「手記反戦への道」を思い出した。このことは産経新聞が2013年に企画した【旧制高校 寮歌物語】(30)隠された軍人勅諭読み替え事件にも品川は紹介している。

概ねの内容は次のようなものです。
三高時代に起きた事件です。そのころは学校には配属将校がおり当日は、京都師団長の査閲があった、そこで、軍人勅諭の奉誦が始められたが。理系の一人の生徒浅沼実が手を挙げ、それにつられたように査閲官は浅沼を指名した。そこで浅沼は「我が国の軍隊は世々天皇の統率し給う所にぞある」と言うべきところを、天皇と軍隊を逆にして「我が国の天皇は世々軍隊の統率し給う所にぞある」と昂然と胸をはり、口調も荘重を極めて言った。指名した査閲官は次を促しかけたが、階級の高い査閲官の一人が言い換えに気づき、「何いっ、もう一度言え」と叫んだ。浅沼は「我が国の軍隊は世々天皇の統率し給われたのであります。違いますか?・・・・天皇に名を借りて軍は一体この国をどこに連れていこうとしたのですか?」査閲官は駆け寄り思わず軍刀の柄に手を書けたが、思い留まり「査閲中止!全員解散!」と叫んだ。
この後、総代であった品川は軍に志願し入隊し戦地に行くことになり、浅沼は退学処分になりその後の消息が不明になった。また、校長と教頭の辞任の品川の退学届は受理されなかったという。つまりこの軍人勅諭の読み替え事件は闇に葬られたのだ。

話を「昭和天皇実録」の謎を解くの本にもどす。
保坂の発言に対し半藤は、天皇には三つの顔があったと、「立憲君主」「軍を統率する大元帥」「皇祖皇宗に連なる大司祭であり神の裔である大天皇」がいたとと仮設をたてている。
そして、半藤はつぎのように述べている。
この天皇と大元帥は、一身でありながら、時に重大な相克や齟齬を生じさせ、それに大天皇である昭和天皇は深く悩まれたのではないかと思うのです。
そして、陸海軍の軍人の中で、玉音放送による終戦を認めない人がいて、軍の指揮下にある舞台に「抵抗すべからず、戦争は終わった」と指令を出された。すると、海軍省軍務局の大佐の柴勝男が、「すぐに命令を撤回せよ」・・・中略・・・「我々の上には大元帥がいる、大元帥の命令は出ていない」と柴田大佐はなおも頑張る。それに対して大井さんはこう反論したというのです。「大元帥陛下と天皇陛下の上に神の末裔としての大天皇陛下がいて、大元帥はその家来なのだ。大天皇は戦争をやめると言ったんだから、俺たちはその命令を聞かなくてはならない」

このことは、半藤の言うように当時の日本には、「立憲君主」「軍を統率する大元帥」「皇祖皇宗に連なる大司祭であり神の裔である大天皇」いたことは確かのようです。そしてなにが一番表にきているかによって、そのときの国の進む道が変わってしまうことになる。明治維新後明治政府は、西欧に追いつけ追い越せで近代化をはかるために、明治憲法を制定し、「立憲君主」の天皇がいちが、日清日ロ戦争を経てそれが、「軍を統率する大元帥」としての天皇に変わっていった。しかし、それがどうしても二進も三進も進まなくなれが、「大天皇」の登場となるのでしょう。

いまは、立憲主義の民主主義国家としての象徴天皇となっているが、安倍政権を取り巻く一部の人たちは、「大天皇」の再登場を願っているのではないでしょうか。


私は日本の歴史を明日香時代から奈良時代そして平安時代と見ていき、幕政と流れをみると実際の政務を司るのは幕府であり、天皇は実権がないがその上の存在で明治維新まで続いていきました。徳川幕府は天皇を潰そうと思えば潰せたであろうが、それをしなかったのは天皇を利用する価値があったからと考えています。
そして明治維新で長州などが天皇を担ぎ出して、米欧の列強からの日本を衛として、徳川縛藩体制を転覆に成功する。
しかし、その中心となった長州藩は、蛤御門で御所に砲撃したり、長州藩は尊皇攘夷を叫びなから、政権を握ると一転して、脱亜入欧となり廃仏毀釈などをと欧化政策一辺倒で、早く西欧の追いつこうと、日清戦争をはじめたり、植民地を作ろうとしていった。
これらのことを下敷きに、今の政権の有り様を見ていると、次のようになると思う。、
アメリカに媚び諂う姿勢と、天皇を元首ととする姿勢の二面性があり、その矛盾は、明治維新からの長州藩のありようを受け継いでいるようです。

「昭和天皇実録」の謎を解く を読んで

「昭和天皇実録」の謎を解く 半藤一利 保阪正康 御厨貴 磯田道史 対談鼎談 文春新書

   昭和天皇実録」の謎を解く


この本を読んでいて、その即位する前から昭和16-7年頃の実録に書かれていることを読み解いているところをよんでいくと、軍部の台頭が浮かび上がり次第にのさばり、天皇は臣下であるはずの軍を統帥できなくなっているのを感じる。

皇太子のときの大正10年に、北フランス北東部の第一次世界大戦の激戦地、ヴェルダンの戦場跡地を訪れ、殿下は「戦争というものは実に悲惨なものだ」と感想を漏らされたとしています。これについて半藤氏はこのことばが、陸軍軍人からしてみて、皇太子は腰抜けだと思った可能性があると言っています。それがのちに軍部が天皇をかなり無視して行動するようになる伏線があると言っています。
このほか昭和15-6年になると、詳しくはここでは紹介しないのが、軍属は天皇の言葉をかなり無視したり、都合のよいように解釈をして満州からさらに勢力を拡大して行ったことが明らかにされている。
いわゆる、天皇の大元帥としての統帥権が言葉だけのものになってしまっていることがわかる。詳しくはこの本を実際に読まれるとことを進めます。

そこで思ったことだが、今の日本は主権在民で主権は国民にあり、選挙で選ばれた信託された国会議員によって、国政が行なわれるものです。しかし、よく見ると戦前の軍部のようなものが政治を闊歩しているように感じる。その一つは世襲議員でありも一つは官僚です。官僚が今の国の現状を憂いて、官僚は政治家とりわけ首相に下で働いているという意識はなく、別のところに忠誠心があるようです。本来なら官僚は今までの流れのを把握していて、それを裏付ける資料や情報を持っているので、首相などの閣僚に伝えるべきですが。官僚は今までの自分たちがしてきたことを正当化するためにまた、自分の保身のために都合のよい事しか見せないようです。その一つの例として、鳩山内閣が普天間基地の移転は最低でも県外と言っていたのを、官僚たちは米軍の練習などの戦略資料として、今ではその資料がどこから出て来たかまた、その資料自体も見つからないものを見せて、鳩山首相に辺野古移転を容認させてている。そして、官僚政治から政治家による政治の政治改革をとなえた、鳩山首相は退陣し民主党政権も潰れてしまった。

このことを考えると、明治憲法下の主権者である天皇を軍部がないがしろにしたことと、今の官僚か主権者の代表である政治家を蔑ろにしていることは、通じるところがあるように思われる。
さらに言えば、昭和天皇の時代はこのあとアジア太平洋戦争への突き進んでいった。いまも、日本はアメリカと一緒に戦争ができる法的な条件が整ってきている。また、安倍政権がどれだけ官僚を掌握しているかわからないが。ますます暗澹たる状態に暗雲がこめ嵐の前夜にならなければお思うばかりです。

戦後再発見双書シリーズ 「核の戦後史」

創元社から出版されいる「戦後再発見」双書シリーズがあるが、その4冊目として「核の戦後史」木村朗がある。


   核の戦後史


この本は、ポツダム宣言とそれを日本が受諾したことと、広島と長崎に原爆が落とされが、その裏側にはなにがあったか。
著者は、次のように見ている、原爆投下は日本の降伏を早め、多くの人を救ったというが、それは作られた原爆神話ではないかと言っている。なぜかというと、天皇制維持を約束すれば、日本はすぐにでも降伏すると確信していた。しかし、ポツダム宣言には国体維持を明文化しなかったのは、原爆による被爆の実践人体実験をする為だったと疑っている。
また、地震の多い日本になぜ個々まで多くの原発が在るのか、福島の原発事故が起き外国では原子力政策の見直しをしている国があるのに、その当事国で在るくにがなぜ再稼働を急ごうとしているのかについて、膨大な資料から読み解こうとしている。

これを読んでいくと、3.11でアメリカ軍は「ともだち作戦」をしました、1.17の地震や熊本大地震では、そのような動きは微々も見せなかったです。福島原発事故での放射線被害の実態を調査するためだったのではないと思ってくる。

本を読んでいくと、まずは連合国はポツダム宣言の草案をつくるまえから、日本は天皇制を残すすなわち国体護持なら、降伏することを日本政府も受け入れることがわかっていた。そして、ポツダム宣言の一次案では、天皇制を残す言葉が入っていたと言っています。
米国は、ドイツより先に原爆を開発する事を目指していたそして、ドイツが原爆開発を断念したという情報もえていたといいます。それでも米国は原爆の開発を急いだという。それは、戦後の米国とソ連との力関係で、ソ連より先に原爆の開発に成功したことを示し、優位に立とうとした。もっとも、ドイツに原爆を落とすとその報復として、ドイツは原爆の開発をあきらめたが、報復として放射線爆弾の開発は進めていたとされている。そこでU2ロケットで英国などの放射性物質をばらまく事を恐れていたので、ドイツでの原爆投下は考えていなかったといいます。
もっとも原爆が開発される前に、ドイツはヒットラーが自殺し降伏してしまった。

さらに著者は次のように見ています、連合国は日本の降伏が間近だが、ポツダム宣言の一次案にはあった天皇制の存続を認める文言を、発表したポツダム宣言ではそれを抜いて、すぐの日本が降伏するのを遅らせたとしています。それは原爆を使ってソ連にその脅威を示してから日本が降伏するようにし向けて言ったといっています。

米国は原爆を落とすことにより、日本の降伏を早めたそれにより、多くの人が命を落とすことから救われたというが、ポツダム宣言に天皇制を維持すること書き込んでいたら、原爆を使わなくても降伏していたとしている。
ではなぜ米国は原爆を日本に落とすことに固執したのか、それは先にも書いたが、戦後の米ソの力関係から原爆を見せつけようと下と言っています。日本に原爆が二発も落ちたのは、米国の戦略か落とすべくして落としたとなります。

また、米軍が進駐後すぐに、原爆被害に関する情報を外部に漏れないように管理統制してしまった。また、被爆数値を低く見せ国際社会からの批判をかわしていたこと。被爆者への治療を人体実験の下で行われた事実も、米国の公開された文書から発掘しています。

また、日本の原発開発がやめられないのは、米国の原子力産業が儲け続けられるためだともしている。

この本を読んでいて、日本はあらゆる面で米国からの支配が何処まで浸透しているのを考えると、おそろしくなってくる。
それより、恐ろしいのは日本国憲法を米国から、押しつけられた憲法だといい。日本の伝統文化と独自性をさけびながら、実際に今の政権は米国従属をますます強めようとしていることです。

18歳からの民主主義

今年の参議院選挙から、選挙権が18歳に引き下げられます。
ぜひ高校生は、政治が私たちの生活にどうかかわってくるかを考える一つの本として一読をお奨めします。
高校生向けに書かれたほんですが、中高生から壮年の人、老人の方が読んでも読みごたえのあるほんです。
語っているのは、若い人から100歳のジャーナリストむのたけじ氏と様々です。


18歳からの民主主義
18歳からの民主主義
岩波新書編集部編
(新赤版1599)

くわしくい書籍のないようは、こちら岩波書店の「18歳からの民主主義」の書籍紹介

明治維新と平成の今を考えて見る

私自身中学や高校で学んできた、明治維新期の歴史と、江戸時代は徳川幕府の時代に一揆が多発して、庶民は武士の支配に苦しめられていたと教えられてきた。しかし、江戸時代江戸の町で浮世絵や歌舞伎など文化が花開いていたことから、百花繚乱とまで行かないにしても、武士はともかく町民は自由で生活を楽しんでいたのではないかと思っていた。

最近次の本を読んだ。

   「明治維新という過ち」 原田伊織著
    「明治維新という過ち」 原田伊織著

今本を読んでいると、安倍晋三首相は山口4区、高村正彦は山口1区の選出で長州出身ですが、これとは関係ないのだが、この本を読んでいるとついついだぶらせてしまうところがある。

著者も史実を述べるに際して、現代の都道府県と安易に必要以上に結びつけるものではない。と断言している。

この本の副題は「日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」となっている。
吉田松陰、桂小五郎、高杉慎作、山縣有戸朋などは、長州薩摩の下級武士で、そのおこないはテロリストと言えるとしている。

勤皇尊皇と言いながら王政復古と言いながら、結果は徳川幕府にとって薩長が政権を握ろうとした。しかし、下級武士で20代の若造なので、政治の運営とくに開国を迫る外国との外交などできるはずがない。「奇兵隊」をテロ集団としてそこで京の町を恐怖の混乱に陥れたと、史実をあげてその内容をときあかしている。さらに勤皇志士とは現代流にいえば「暗殺者集団」でテロリスト集団。つまり日本の初代内閣総理大臣は「暗殺者集団」の構成員だった知っておくべきだとも書いている。いままでの、日本の近代史をじっくり見直す必要があることが書かれている。
明治維新後日本の歴史教育は、勝てば官軍で薩長は官軍で、徳川や会津は賊軍という筋書きの官軍教育だとこの本は断じている。

今日、政権側側から、歴史教育が問われています。さらに高校の教科書の検定意見では具体的な書き方の例がしめされ、それに沿って書かれた教科書が合格しています。

この本を読むだけの価値が十分あると言える。この本を読まずに、タイトルと副タイトルだけで、この本に抗議する人がいるようですが、そのような愚かなことは、再び同じ間違いをしてしまう恐れがあるでしょう。

なぜ戦争は伝わりやすく 平和はつたわりにくいのか

なぜ戦争は伝わりやすく 平和はつたわりにくいのか 
伊藤剛 光文社新書

この本を読んでいて、冒頭の部分で感じた事がある。外交面などで政治家の発信する言葉は、日本語だけでなくそれが英語などの外国語でも発信されているなら、特にどのように訳されているかを調べなければならないと思った。
特に、安倍政権はその語彙の使い方を巧みに使い分けているように思える。

   なぜ戦争は伝わりやすく 平和はつたわりにくいのか


そのなかで、この本で安倍政権が言う「積極的平和主義」についてであるが、もともとこの、「積極的平和主義」という概念は、ノールウェーの平和学者ガルトゥングが使いだしあことばで、単に戦争がない状態でなく、貧困や搾取や差別など構造的な問題もない状態を指す言葉として定義している。このことは今までもこのブログで何回か取り上げたことがある。

さて、「積極的平和主義」だが、次のように書かれている部分がある。
少し長くなるがその文を紹介してみたい。


このガルトゥングの平和の概念を長年にわたって研究してきた平和学者たちは、安倍政権の言葉の使用について「概念の意図的な誤用または無知からの造語にほかならない」などと意義を唱えている。さらに、積極的平和の「英語訳」についての鋭い指摘もある。 東京新聞(2013年10月19日付)によれば、ガルトゥングのもとの英語は『Positive Peace』であるが、安倍首相がアメリカでスピーチした際に使った英語は「Proactive Comtributonn to Peace」であり、和訳すれば「『率先して』平和に貢献する存在」になるという。つまり、少なくとも英語圏の世界では「積極的平和(Positive Peace)」とは受け取られていないということだ。また、記事の中で平和学が専門の坪井主税(札幌学院大学名誉教授)は「Proactiveは軍事用語では『先制攻撃』のニュアンスで使われる。『米国人は集団的自衛の行使容認に踏み切ります』と受け止めるだろう。逆に、和訳によって、日本では『軍事力を行使しない』と解釈する人がいるかもしれない。言葉のマジックだ」と指摘している。


この日本語と英語の「(積極的平和)主義」だけでなく、安倍首相の戦後70年談話についても、日本語と英語、中国語、韓国語とのなかに微妙な違いがあると言われいます。また、他にもいろいろと同様な事が指摘されている。外務省などの公表する、公の文書で英語でも公表されているものがるが、それを対にして読み比べてみると、アベ政治は何を目指しているのか、国民にはあまり知られたくない、本心の齟齬があぶり出され紐解けるように思う。

ただ悲しいことに、私は英語は流暢でなく疎いので、今に思うに中学高校と英語をもっと勉強しておけばよかったといもっている。

そのような人は私以外にも多くいると思うので、是非とも東京新聞が、積極的平和について、『Positive Peace』を「Proactive Comtributonn to Peace」と使い変えていることを指摘したように、他の言葉でも日本語を英語などの訳すときに、微妙に使い分けて国民が解釈しているとことと、外国の人が解釈することの違いが生まれる事を、メディアもどしどし取り上げ、国民に紹介してほしく思う。

それと同時に、先制攻撃をして平和を守るを積極的平和主義。武器輸出のことを防衛装備移転。兵站のことを後方支援などなど、わかりやすい言葉をわざと難しく言い回しているように思える。もっとも兵站は軍事専門用語だから、後方支援のほうがわかりやすいかもしれないが、兵站とは兵器や食糧などの管理補給に当たることと辞書にでている。ならどちらかというと軍事物資補給と明確に言った方がわかりやすいだろう。

この言い換えは、安保法に関した事だけでなく、他の日常的なことにで、政治家や官僚などがよく目的を達成するため、国民に分かりづらくするためにつかう手段です。
ここでも、メディアはこの言い換えた言葉をわかりやすく解説することを、どしどし取り上げ、国民に紹介してほしく思う。

「人生を変える読書」 美達大和

「人生を変える読書」 美達大和

   「人生を変える読書」 美達大和

美達大和は「死刑絶対肯定論 新潮新書」を書いた著者です。美達大和は現在2件の殺人事件で終身刑で服役しており、仮釈放を放棄し、処世を遁世し刑務所の中で読書三昧にふけっている。私は、罪を犯した事に対して、このような生き方はっよいは思わないが。ただ、美達大和の生い立ちや、犯罪を犯したころの考え方などをみると、このような選択もあるのだと思うが、それは一つの出家遁世のようなものと言える。
しかし、この美達大和が膨大な数の本を読んで、42冊の感想と推薦の文書を読むと、過去の罪の背負い向き合い方を変えてみてはどうかと思う。
ただ、この本の痕が気に自分は将来、親のない子供たちの養護施設をつくり、一般家庭上の環境と高等教育を施せるようにしたいといっている。

それはともかく、全部で7章に分けて42冊の本のなかで、私がすでに読んだ本もあれば、また、読んでみたいなと思う本もある。

美達大和は、父はワンマンで非常に厳しく育てられ、つねに勉強も喧嘩も一番でないと許さない人だっとと書いている。そして、美達大和は父の願いを叶えている。しかし、そのワンマンに母親が疲れ家をでていき、父親は仕事をしなくなり家にも帰ってこなくなた。そこで美達大和は孝行を中退して、営業マンとして働きだし、20歳で支社長となり、21歳で独立して金融業、不動産業、外車販売と会社をおこします。もともと、頭も良く会社を経営するだけ、知恵を働かせて物事を処理する能力を持っている人と言える。それだからこそ、殺人事件を起こすが、美達大和は裁判と服役中の本を読む中で変わって言ったといます。

美達大和は本の中で「当時は相手の行為を自分の側からしか見られず、狭量で硬直的な思考だったため、動機は間違っていないと思っていたのです。しかし、やったことの責任を取る覚悟で、弁護士の先生たちには、「死刑でもいいから、是非をはっきりさせたい」と言って言っていたのでした。
それが無期懲役となり下獄したのですが。裁判も後半になって、自身の誤りに気づき始め、また父の死の契機に、出所せずに獄の中で終わろうときめたのです。」と書いています。
わたしや、美達大和の冒した罪を詳しく知らないが。殺人事件を起こすが、無頼漢ではなく自分の中での正しくないことを許されなくなり、殺人という確信犯を起こしたとようです。

本書では、犯罪を犯してしまった人の読書感想というか推薦文です。そこには、社会のエリートや品行方正な人の書いたありきたりの、書評とはまた違ったものがあることを見つける事ができ留といえる。

「ゲゲゲの鬼太郎」の作者・水木しげるさんが死去

「ゲゲゲの鬼太郎」などで知られる漫画家の水木しげる(みずき・しげる、本名武良茂=むら・しげる)さんが30日午前7時ごろ、心筋梗塞のため東京都内の病院で死去した。93歳。

    戦争と読書 水木しげる出征前手記

「戦争と読書 水木しげる出征前手記」を読んでいると、テレビのテロップが流れ、水木しげる氏の訃報が流れました。
新たに発見された水木しげる出征直前の手記を完全収録!『戦争と読書』

内容は、出征前の人生に対する苦悩が綴られています。

目次
第1章:水木しげる出征前手記
第2章:青春と戦争
第3章:水木しげるの戦中書簡
第4章:年表・水木しげると社会情勢

『戦争と読書 水木しげる出征前手記』角川新書 水木しげる・荒俣宏

記事の追加

12月1日、 今日の新聞、水木しげるさんの、記事がのっています。
水木しげると言うと、妖怪マンガがすぐに思いつきますが。
自分の戦争体験をもとにした、漫画も多く残しておられます。
・水木しげるのラバウル戦記
・敗走記
・白い旗
・総員玉砕せよ!
・ヒットラー
・コミック昭和史 全8巻
などなど

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七つのファシズムの成立要件条件

「開戦前夜」のファシズムに抗して さよなら安倍政権批判plusオルタナティブで、鹿児島大学の木村朗教員が、七つのファシズムの成立要件条件に付いてかいています。

私なりに、それを解釈して書いてみました。

七つのファシズムの成立要件条件
1、経済から社会の分断・二極化により、失業と貧困が増大し、貧富の極端な格差拡大が起きる。今までの雇用関係が崩れ非正規労働者・貧困層が増え、一握りの勝ち組の富裕層と負け組とされる大多数の貧困層の社会の分断・二極化か進んでいる。

2、政治の機能不全で、衆参の国会で与野党が一強多弱のになり、それにより、民意が反映されずと言うより聞き入れられていない。自民党は党執行部が絶対的に権力を握り支配している。それにより、自民党は派閥が百家争鳴していたのが、異論を許さない独裁政党になっている。

3、報道機関であるメディアの劣化により、国民に情報を流すという機能が働かなくなっている。
メディアは権力を監視し批判する、本来の役割を放棄しているばかりでなく、メディアは権力の意向を忖度し、政府や与党の広報機関になってしまっている。

4、司法が政権を忖度したり、当時福島県知事の佐藤栄策久氏や、美濃加茂市長藤井浩人や、小沢一郎の強制起訴など、検察や司法の暴走などがあり、冤罪や誤判があり、これは、司法が個人の人権を守るべきであるのに、日本の司法が、人権感覚が欠如している現れとも言える。

5、教育への国の関与が強まっていること。国立大学への介入や、教育現場で君が代・日の丸の強制、若い人が今まで日本の伝統的倫理観が崩れているとして、初等中等教育で、道徳の時間を教科化していく。教員免許の国家試験による教員資格認定制度。大学では、軍学産による共同研究などがある。

6、政治にさめてしまい、国の暴走に対して、声を上げなかったり無関心を装ってします。また、ヘイトスピーチなど、拝外主義的なナショナリズムや、大阪に見られるポピュリスムの台頭してきている。

7、世界から見ると、日本は右傾かしてりうと見られている。しかし、今の政権はますますそれを押し進めようとしている。このことは日本が国際的な孤立化しかねないです。

今の日本を見ると、経済の面では大企業は収益を増やしているが、中小零細企業は大企業への納入価格を抑えられて、収益を伸ばすことができず、大企業と中小零細企業の格差が広がっている。
政治の面では与党と野党は一強多弱で、決められる政治だと言うが、民意を無視した強引な政権運営で、政治の劣化と反知性主義ははびこっている。
報道機関は政権を握る政治家が、自分たちに反対する新聞は懲らしめないといけないと言ったり、報道の担当者を呼び出し事情聴取をされたりすることにより、報道側が自主規制したり、政権の移行を推し測ったりしている。そのため切れ味がいい、政治批判の記事や番組が少なくなってきている。
国立大学の卒業式などに、国旗の掲揚や国歌斉唱を強制したり、文化系の学科の見直しを迫ったりしている。学校教育での道徳の教科化がされ。国の期待される人間像教育が強まっていきそうです。
そして、政府の派遣労働法や労働時間の制度の見直しなどにより、非正規社員が増え国民が政治に関心を持つ余裕が奪われて、国民は政治にさめてしまってい、政府の言うことを鵜呑みにしてきいる。

など、すでにファシズムの土壌ができあがり、いまの政権は民意を聞き入れると言いながら、強引な政権運営はなんと呼べばいいのだろうか。

「開戦前夜」のファシズムに抗して 

「開戦前夜」のファシズムに抗して さよなら安倍政権批判plusオルタナティブ
かもがわ出版
2,160円

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安倍晋三は、オリンピック誘致のときに、「アンダーコントロールされている」と、世界中のだれでもが嘘だとわかることを大見得をきてつき。国民の大多数が反対している特定秘密法を強引に成立させ、憲法の捻じ曲げ解釈をし、集団的自衛権は合憲と閣議決定し。さらに、それによる米国との安全保障関連法をも強引に可決させました。
また、NHK会長に自分の考えの近い人を送り込み、日銀の総裁も同様な人事をして、日銀の独理性が危ぶまれています。また、財閥など産業界には法人税を引き下げ、労働者派遣法は、働く者の立場に立ったものではなく、より企業都合のよい法律に改悪しました。福祉の充実も先送りどころか引き下げの方向で進められています。

しかし、これらのことがあっても安倍自民は国会で安定多数をしめています。また、それぞれの自民党の政策には反対でも、先の民主党政権の失敗のため、他に変わる政党がいないからと、自民党を支持する人もいます。
これらのことに、危機感を感じた各界の論客が、アベ政治は何かを解き明かしこれから、私たち国民はこれからいかに、今のアベ自民党と向き合ったらよいかが書かれています。

目次、
安倍的全体主義はどこから来てヽどこへ行くのか      山口 二郎
「熱狂なきファシズム」に抵抗するために         想田 和弘
「管理ファシズム」と現代日本政治             熊野 直樹
「日本会議」のルーツと国家神道              成澤 宗男
多くの歴史的過ちは、こうして始まった          森 達也
安倍首相とは何者なのか                 白井 聡
「民主主義を装ったファシズム」の危機に直面する日本社会 木村 朗
原ファシズムの兆候を呈す安倍政権の排外主義と言論統制  海渡 雄一
「民族根絶やし」の危機                 川内 博史

新しい道徳

北野武と言えば、人知らぬ「ビートたけし」ですが、この人が『新しい道徳』と言う本をだしました。

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ビートたけしの売りと言えば、反道徳的な即興で人を笑わせ引きつけるコメディーで人気を博していた。
それにより、人によっては反道徳は、コメディアンとのレッテルを貼る人もいるようです。

しかし、このを読んでいて本当の道徳とは何かを、考えさせられるものです。
いま、文部科学省は今までの道徳の時間を「道徳科」にして教科書まで作ろうとしています。また自民党の憲法草案では、国民はこうあるべきだと、国定道徳のような匂いがしてきます。

内容はビートたけしらしい切り口で、いまの世の中のあり方について語っています。
まずは、道徳の時間で使われている、教材の内容からはじまっている。
小学校1、2年生に「自分をみつめて」とか、「いちばんうれしかったことを書きなさい」と問うて、どれだけの意味があるのか。小学生1、2年生からそのような問いをすると、模範解答を促すようなもので、嘘をつくなといいながら、嘘をつけと言っているようなものだとしている。
そこには、人それぞれ自由闊達なものを封じ込めてしまうのではないだろうか。
「子どもたちに、正直にいきろとか、世の中みんなと仲良くしょうなんて、真面目くさって教えることにどれだけの意味があるのか。子どもはいつかそういう夢みたな話が通用しない現実の社会に出ていかなくてはならないのだ。」といい、金科玉条みたいなことを教えるのはやめた方がいいとしている。

「子どもに友だちとなかよくしましょうというなら、国と国だって仲良くしなくてはいけない。子どもに「いじめはいけない」と教育するなら、国だってよその国をいじめてはいけない。武器を持って喧嘩するなって、もってのほかだ。」など、いまの大人社会や国際社会の現場を辛辣に批判しています。

私もそう思うのだが、さらに、あいさつをする、ゴミを捨てない、老人に親切にすなどは、道徳というより行儀作法であり、その人の美意識の問題だとして、授業で教えるようなものでないとしています。

最後に次の言葉を紹介しておきます。
「誰かに押しつけられた道徳に、唯々諾々と従う必要はない。時代を作る人は、いつだって古い道徳を打ち壊してきた。新しい世界を作るということは、新しい道徳を作ることだ」
自分の個人としての倫理観や道徳観が大切なものであり、それは押し付けられるものでも、上から命令されそれに従うものでもないはずです。ここに北野武の道徳観があらわれていると思います。

また、そのことを考えながら、現行憲法と自民党草案の13条と見比べると道徳間の違いが判る。

「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」「全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。」

どちらが現行憲法で、どちらが自民党草案か分りますか。

前者が日本国憲法であり後者が自民党案です。自民党案では個人の尊厳より、公益や秩序が優先され時により個人より国体などの方が優先されるとも読み取れます。
そこで、この本は、個々の人は押しつけられた道徳に、唯々諾々と従うことはないと言っています。しかし、それは何をしてもよいとうのではないです、公共の福祉に反することは、当然法律で罰せられます。それにより秩序が保たれるし、その秩序が理不尽なら裁判で訴えることができます。

ハトはなぜ首を振って歩くのか

岩波科学ライブラリー 237「ハトはなぜ首を振って歩くのか」藤田祐樹


    ハトはなぜ首を振って歩くのか

公園などでよく見かけるハトを、見ていると首を振って歩いています。には鳥なども首を振ってあるいている。スズメはピョコピョコ両足で飛んで移動するので首を振らないです。
この本をよんでいると、実はハトが首を振っているように見えるのは、歩くときに頭の位置を固定して、身体を頭に引き寄せて移動しているからだそうです。
ハトは人間のように、両目は前についているのでなく、頭の両側についています。移動するとき、人は両目が前に付いているので、両目が合う前方の視覚が160度ほどです、前の景色がぶれないです。しかし、ハトは両側についていて、前の視覚が22度ほどです。逆に横の視覚の方が広く、片側170度ほどあります。そのため横を見ながら移動しているので、景色がブレてしまうので、目の位置を固定するために、まず、頭をズートー前に出し、身体を移動させるのに、頭の位置に引き寄せて歩くのです。

なかなか、面白ことがこの本には書かれています。人の歩き方との違いや、ペンギンは他の鳥とは違い、胸が地面に対し垂直で人の立っている姿に似ているようにみえます。しかし、実はペンギンはいつもしゃがんでいる。つまり、相撲の基本中の基本練習で、中腰の姿勢で上体はまっすぐ起こし、身体が上下左右にブレないようにして移動しています。この歩き方は大腿筋、大臀筋、腹筋、背筋が鍛えられ、太ももパンパンになってしまします。ペンギンのあのよちよち歩きは、可愛く見えても大変辛いもののようです。
他にも、魚や爬虫類などは、身体を左右にくねらせて歩くが、脊椎動物の多くは、身体を上下に上げ下げして移動する。などなど、人と鳥の違いなどがわかりやすく興味深く書かれている。

他に私の持っている本で、「ヒトはなぜ坐れるのか?」藤澤宏幸 北樹出版 なども面白いです。

    ヒトはなぜ坐れるのか?

私の「戦後70年談話」 ぜひ読んでおきたい本

岩波書店から、「私の「戦後70年談話」」という本が出版されている。
戦前戦中に生まれ、各界で活躍し、戦争体験を持つ41人の人たちの、今の人たちへのメッセージでが綴られています。

     私の「戦後70年談話
     私の「戦後70年談話 岩波書店
     岩波書店編集部編
     1,600円 


この本には、戦争による悲惨な状況や体験だけでなく、当時の世の中の雰囲気が、それぞれの人の立場から見た目で書かれています。世の中の自由がなくなり、違う意見を述べることが差し控えられ、重苦しい雰囲気になって行ったこと。また、そのような中で、小学生などは戦争をしている国の小国民のとして、小学生なりに積極的に国のために奉仕する、我慢する、今のその状況を当然と思っていた。などさまざまなことが書かれています。
この本は、私のよな60を過ぎた年寄りより、中高生や若い人に読んでもらいたい本です。
できれば、この本の新書版やジュニア文庫版などをだし、中学生のおこずかいで、買える値段で売られることを期待したいものです。
そして、若い人たちがこの本を読むにあたって、文字の字面だけを負うのでなく、想像力をもって文字の下に隠れているものをつかみ取って読んでほしいです。

目次を紹介しておきます。 

はじめに
I
満州でソ連軍の侵攻をうけて
   宝田 明
70年前の子供は今思う
   中川李枝子
飢えと寒さと絶望の〈戦後〉を生き抜いて
   ちばてつや
「もう,ロールケーキは出せないんだよ」
   高見のっぽ
平和がすべての基本
   海部俊樹
悪夢が再来するとき
   山中 恒
忘れないうちに,一言.
   山藤章二
戦争を知らない大人たちへ
   山田太一
病院で見つめた戦前・戦後
   日野原重明
死の影の下に
   梅原 猛
II
戦争ほど命が軽くなることはない
   香川京子
卑怯であることを恥じない時代だからこそ
   金子兜太
口を閉ざしてはいけない
   奈良岡朋子
裸にされつつある日本国民
   森村誠一
若者たちへ
   ジェームス三木
大阪~東京を生きた在日二世として
   梁石日
悪夢のような
   山田洋次
III
戦争が終わり,前座修業が終わった
   三遊亭金馬
英語の楽しさを学んだ中学時代
   神宮輝夫
文化国家へ
   古在由秀
アメリカから今の日本を見て
   入江 昭
自分の道を歩むために
   上田閑照
面白いと思うことを全力で
   益川敏英
戦後の若者たちの生き方から学ぶ
   辰巳芳子
IV
憲法九条を変えてはならない
   高畑 勲
反省だけならサルでもできる
   丹羽宇一郎
「戦間期の思想」をもたない宣言を
   保阪正康
戦後70年,沖縄からの問い
   新崎盛暉
「81%」の人々へ――安保と沖縄
   C.ダグラス・ラミス
日本の戦争の「復権」を許してはならない
   不破哲三
「小国」に腰を据える
   加納実紀代
政治家は過去と謙虚に向き合え
   野中広務
杖よるは信に如しくは莫なし―まずは信頼される国になること
   村山富市
V
戦後日本を生きて
   五木寛之
「戦わない民主主義」の転換?
   長尾龍一
「戦前80年」に目を向けよ
   坂野潤治
消え去るのみか
   半藤一利
自然への感性を失ってはならない
   池田武邦
思考停止を憂う
   野坂昭如
武力行使でなく,言葉の創造的機能による平和を
   石田 雄
眠れない夜――「戦後70年」に思うこと
   澤地久枝

「イマジン」 反響定位歩行

イマジンと言えば、ビートルズのジョン・レノンの名曲『Imagine』は誰でも知っていると思います。反戦歌でImagine は日本語で想像すると訳されます。自分たちの日頃の生活を想像して、平和の大切さを願ううたです。物事を考え判断するとき、想像力が大切だ言うことがこの歌は訴えています。

それとは、全く関係ないですが、同じイマジンというタイトルの映画があります。
ポーランドのアンジェイ・ヤキモフスキ監督の『イマジン』です。

   イマジン

この、映画の想像するは、日常の周りの人や建物や道路などを、想像するのですがその方法が特異です。視覚障碍者は通常白杖や盲導犬を使って歩いて移動します。このほか、「反響定位」という方法での歩き方があるそうです。
映画では歩行者自身が、口をならしたり手を鳴らしたり、口笛を吹いたりして、ノイズをだしてその音の反響から、周囲の障害物を察知て歩く方法です。
映画の主人公イアンはリスボンの視覚障害者訓練施設で、その反響定位歩行を教える指導員です。
それを、様々な年齢や様々な人を指導しながらの、人との交流がえがかれています。
目が見えないことにより、外出に不安を持つ子供たちが、白杖に頼らずに自由に歩くイアンに、次第に驚異をもち関心を抱いていくようすが描かれている。
私たちの生活のなかで、目からの情報は80%程を占めていると言われています。視覚障碍者にとて目が見えない事は大きなハンディーです。目からの情報の代替として、人がコウモリやイルカが自ら音波を出し、その反響を頼りに自由に飛び回ったり泳いだりするのように、反響定位歩行するイアンは、かなり正確に周囲の状況を把握できるのです。

その中でも引きこもりがちな女性エヴァが、イアンの歩行訓練している姿を見ていて、イアンに興味を持ち、互いに人として引かれていきます。しかし、主人公が指導員をしている視覚障碍者訓練施設では、反響定位法での歩行は危険だとして、解雇され施設を去らなくてはいけなくなります。
そして、目の見えない二人は互いにリスボンの街を探しまわり、いろいろな出会いがあります

日本では、視覚障碍者が街に外出するときは、法律白杖をもつか盲導犬を添わなくてはならないですと法律できめられています。
反響定位歩行は、推進活動する人がいる一方、安全性に疑義をはさむ人もいます。私もこの歩行技術を身につけるにはかなりの、訓練と技術がいると思います。それは白杖や盲導犬を使っての歩行とは比べものにならないでしょう。視覚障碍者といえば、点字を触読できると思っている人が多いようですが、実際に点字を触読む事ができるのは、ごく一部だと聞きます。
また、私が聞いたはなしですが、視覚障碍者の方が部屋に入ったとき、その平野に何人の人がどこに座っているのかがわかる時があると聞いたことがあります。
また、わたしが、ダイアログ・イン・ザ・ダークというプログラムがあります。大きな明かりがない真っ暗な部屋に街や林を再現して、そこを白杖を頼りに歩く催し。私はその催しに数回参加し体験いたことがあります。その部屋で最後のコーナーで飲み物を出してくれる所がありました。そのとき、コーヒーとワインとお茶の香りがしてきました。
このように、視覚からの情報がなくても、聴覚での音や臭いの嗅覚での情報からもいろいろな事が判るのだと知り、普段いかに視覚に頼っているを思い知らされました。

反響定位歩行は危険だという声もあるが、この映画は、障碍があっても自分の殻に閉じこもらず、勇気を出して街にでて人間らしく生きて、前へ進もうというこを訴えている。
イアンは訓練施設を解雇され、施設を去っていったが、入所者はイアンの自由な生き方に、心打たれ何かが残ったでしょう。

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上映劇場情報

追加情報です。

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ポーランド映画 「パプーシャの黒い瞳 」

パプーシャの黒い瞳

先日、30年ぶりに東京に行く機会があったので、神田の古書店街巡りをしました。そして、学生時代よく通った、岩波ホールのエキプドシネマで「パプーシャの黒い瞳」を上映していたので観てきました。

    パプーシャ


パプーシャは文字を持たない移動遊民民族のジプシーの娘です。移動型民族で文字を持たない故に、「ジプシー」という呼び方で長い間の偏見、差別などを受けてきています。
パプシャは母親は赤ん坊に「人形(パプーシャ)」と名付けた愛称で、ブロニスワヴァ・ヴァイスといいます。パプーシャは文字に惹かれ言葉を愛し、文字を教えてもらい、ジプシーの女性として初めての詩人となり、詩を綴るようになります。しかし、パプーシャが成長するにつれ、詩人としての天賦の才能を発揮するにつれ、ジプシー中なの社会に於いて、さまざまな波紋を呼び起こしていきます。
詩人イェジ・フィツォフスキと出会い、パプーシャの詩の才能を発見し、本を出版しよとします。しかし、ジプシーの仲間たちは、古くから伝わる自分たちの秘密を外部に曝したと、ジプシーの社会から追放されてしまいます。
パプーシャの詩は、第二次世界大戦前後にジプシーたちが直面した、差別や偏見の事実を伝えてくれます。
また、この映像と音楽が素晴らしく、ポーランド映画の質の高さが描かれていました。

映画を観ていて、ジブシーの暮らしが白黒の映像と音楽で描かれ見入ってしまいました。定住せず移動する民族への、愛憎に胸に痛く打たれました。
文字を持たない民族は珍しくないです、日本のアイヌ民族も文字を持っていなかったですが、多くの伝承文学があります。アメリカのインディアンも文字を持っていなかたし、移動民族でした。ジプシーと違う点は、定住し文字を持った文化の中で、そういった暮らしをしているということです。

日本にも旅芸人やマタギや炭焼きや鍛冶職なども、手に職を持ち村々を周って生活していましたが、定住せずに仕事を持ち渡り歩いて生活する人は昔からいます。それらの人は幌場やを仕立てた大きな集団ではなかったです。また、それが固有の民族ではなく技術集団だったですし、そのマタギや炭焼きや猟師などそれぞれの、文化とそれぞれの神をもち信仰を、作り上げていました。
それらの人は幌馬車を仕立てた大きな集団ではなかったです。また、それが固有の民族ではなく技術集団だったところが、その大きな違いでそれが、差別や偏見を産み、蔑みの目で見られたのでしょう。
(まったく関係ない、ひとり言です。宮本常一の「山に生きる人びと」や、 宇江 敏勝の「山びとの記」などを読み直しみようと思う)

しかし、だからこそその中にある民族としての誇りがあり、文字を持っている持っていないにかかわらず、その独自性には何ら関わりのないものです。
それはその民族としての誇りに大切さを、考えさせられるものをこの、パプーシャノ黒い瞳を見ていて感じました。

パプーシャの黒い瞳 公式ページ
http://www.moviola.jp/papusza/

上映映画館
http://www.moviola.jp/papusza/theaters/



詩集があります、「パプーシャ その詩の世界
F1000307.jpg
定価:1000円(税込)|発行:ムヴィオラ
『パプーシャの黒い瞳』上映劇場にて上映期間中販売
一部フェア開催の書店でも取り扱います。(後日詳細発表)
http://www.moviola.jp/papusza/news/

謡曲 望月

能 望月

あらすじ
信濃の国の住人安田の荘司友春の家臣、小沢の刑部友房は所用があって都にいる間に、主人の荘司友春が望月秋長と口論の末殺害されたことを聞き、直ちに帰国の途についた。しかし、自らの命も狙われていることを耳にしたので、一時難を避けるため帰国をせずにいた。そこで近江国の守山で甲屋という旅館を設けて暮らしていた。
友春の妻は、夫の討たれた後は頼りとするすべもなく、友春の遺児花若の手を引いて都に上ろうと故郷を出で、守山の宿にたどりつき、甲屋に泊まる。こうして主従は奇しくも再会し、涙を流して喜びあった。丁度そこに計らずも敵の望月秋長が、都から故郷に下る途中で甲屋に宿を取った。
友房はかたき討ちの絶好の機会として友春を打つ謀を企て、その夜、旅の徒然をなぐさめると称し、友治の妻は盲御前として曾我兄弟が一萬と箱王と呼ばれていた時の敵討成就の曲舞を謡い、花若は八撥を打ち、友房も獅子舞を舞い興を添えます。望月の油断して、居眠ったすきを見ておどりかかり、花若と二人で敵討ちを成し遂げます。

この演目は私はまだ、一度見たいと思っていましたが鑑賞したことがない曲です。この曲について調べているうちに是非とも鑑賞したい思いがつのります。
能は普通、ワキが初めに名乗りをあげて語りだしますが、この望月は、シテから語り出します。また、能には珍しくシテに台詞言葉しかなく、謡のないまったくの台詞劇で、シテは言葉の運び具合や調子に乙り張りをつけ友房を演じます。
地謡の一番の聞かせどころは何といっても、子方と荘司友春の妻のシテツレが謡うサシ「ここに河津の三郎が子に一萬箱王とて、兄弟の者のありけるが」に続く、仇であるワキの望月秋長の前で、子方とシテツレが盲御前と偽って、出し物として曽我兄弟の敵討ちの話を始める場面でしょう。一つ私が辻褄が合わないように思うのが、子やくの歳です望月が主君を殺した咎で、今日に十三年間も京に留め置かれえていたのですから、子は当時としては立派に大人として振る舞えたのですが、演じる子方は年少が多いように感じます。

謡曲 望月 台詞
シテ「かやうに候ふ者は。近江の国守山の宿甲屋の亭主にて候。扨も某本国は信濃の国の者にて候ふが。さる子細候ひて此甲屋の亭主となり。往来の旅人を留め申して身命をつぎ候。今日も旅人の御通り候はゞ。御宿を申さばやと存じ候。
ツレ子方次第「波の浮鳥住む程も。/\。した安からぬ心かな。
ツレサシ「これは信濃の国の住人。安田の庄司友治の妻や子にて候。さても夫の友治は。同国の住人望月の秋長に。あへなく討たれ給ひし後は。多かりし従類も散り%\になり。頼む木蔭も撫子の。花若ひとり隠し置かんと。敵の所縁の恐ろしさに。思子を伴ひ立ち出づる。
二人下歌「いづくとも定めぬ旅を信濃路や。月を友寝の夢ばかり。/\。名残を忍ぶ古里の。浅間の煙立ち迷ふ草の枕の夜寒なる。旅寝の床の憂き涙守山の宿に着きにけり守山の宿に着きにけり。
ツレ詞「急ぎ候ふ程に。近江の国守山の宿に着きて候。此処にて宿を借らばやと思ひ候。いかに此家の内へ案内申し候。
シテ「誰にてわたり候ぞ。
女「これは信濃の国より上る者にて候。一夜の宿を御かし候へ。
シテ「易き間の事にて候。此方へ御入り候へ。不思議やなこれに留め申して候ふ御方を。いかなる人ぞと存じて候へば。某が古の主君の北の御方。幼き人
は御子息花若殿にて御座候ふはいかに。あら痛はしの御有様や候。頓て某と名乗つて力を附け申さばやと存じ候。いかにお旅人に申すべき事の候。信濃の国よりと仰せ候ふにつきて。古御目にかゝりたるやうに存じ候。
女「いやこれは行方もなき者にて候ふほどに。思もよらぬ事にて候。
シテ「何を御つゝみ候ふぞ。先某名のつて聞かせ申すべし。これこそ古御内に召し仕はれ候ひし。小沢の刑部友房にて候へ。
ツレ「さては古の小沢の刑部友房か。あら懐しやとばかりにて。涙にむせぶばかりなり。
子方「父に逢ひたるこゝちして。花若小沢に取りつけば。
シテ「別れし主君の面影の。残るも今は怨めしや。
子方「こはそも夢か現かと。主従手に手を取り交し。
地上歌「今までは。行方も知らぬ旅人の。/\。三世の契の主従と。頼む情もこれなれやげに奇縁あるわれらかな/\。
シテ詞「あれなる一間に御入りあつて御休あらうずるにて候。
ワキ次第「帰る嬉しき故里を。/\。誰憂き旅と思ふらん。
詞「これは信濃の国の住人。望月の何某にて候。さても同国の住人。安田の庄司友治と申す者を。某が手にかけ生害させて候ふ科により。此十三年が間
在京仕り候ふ処に。されども緩怠なきよし聞し召し開かれ。安堵の御教書を賜はり悦の色をなし。只今本国信濃に下向仕り候。急ぎ候ふ間。近江の国守山の宿に着きて候。今夜は此宿に泊らばやと存じ候。いかに誰かある。
狂言「御前に候。
ワキ「今夜は此宿にとまるべし。宿を取り候へ。又存ずる子細のある間。某が名をば申すまじく候。
狂言「畏つて候。いかに此家の主の渡り候ふか。
シテ「誰にて御座候ふぞ。
狂言「これは信濃の国へ御下向の御方にて候。御宿を申され候へ。
シテ「心得申し候。さて御名字をば何と申す人にて御座候ふぞ。
狂言「これは信濃の国に隠れもなき大名。望月の秋長殿では御座ないぞ。
シテ「苦しからず候。此方へ御入り候へ。
狂言「心得申し候。いかに申し上げ候。此方へ御通り候へ。
シテ「言語道断の事。我頼み申して候ふ人の北の御方。同じく御子息花若殿此家にとゞめ申して候ふ所に。花若殿御親の敵。望月が泊りて候ふ事は候。やがて此由申し上げばやと存じ候。や。いかに申し候。不思議なる事の候。今夜此処に望月が着きて候。
子方「何望月と申すか。
シテ「暫く。あたり近く候。まづ静まつて聞しめされ候へ。只今申す如く。望月が此家に泊りて候。是は天の与ふる所と存じ候。いかにもして今夜の中に。御本望達せさせ参らせうずるにて候。御心やすく思しめされ候へ。きつと思案仕りたることの候。今頃此宿にはやり候ふものは盲御前にて候。何の苦しう候ふべき。夜にまぎれ杖にすがり。花若殿に御手を引かれさせ給ひ。盲の振舞にて座敷へ御出で候へ。某彼の者に酒を勧め候ふべし。又何にても候へ御謡ひあれと申し候はゞ。そと御謡ひ候へ。花若殿は八撥を御打ちあらうずるにて候。某は獅子舞をまなび。其まぎれに近づきて。本望を遂げさせ申さうするにて候。
ツレ「ともかくもよきやうに計らひてたまはり候へ。
シテ「何事も某に御任せ候へ。
ツレ子方物着「。
ツレサシ「嬉しやな望みし事のかなふよと。盲の姿に出で立てば。
子方「習はぬ業も父のため。
女「竹の細杖つきつれて。
地「彼の蝉丸の古。/\。たどりたどるも遠近の。道のほとりに迷ひしも。今の身の上も。思はいかで劣るべき。かゝる憂き身の業ながら。盲目の身の習。歌きこしめせや旅人よ聞しめせや旅人。
シテ詞「いかに申すべき事の候。
狂言「何事にて候ふぞ。
シテ「此家の亭主にて候ふが。めでたき御下向にて候ふ間。御祝の為に酒を持たせて参りて候。然るべきやうに御申し候へ。
狂言「心得申し候。いかに申し上げ候。此家の亭主御下向めでたきよし申し候ひて。御樽を持たせ参りて候。
ワキ詞「此方へと申せ。
狂言「畏つて候。此方へ御参り候へ。又これなる人達はいかなる人にて候ふぞ。
シテ「さん候是は此宿に候ふ盲御前にて候。かやうの御旅人の御着の時は。罷り出で謡などを申し候。御前にてそと御うたはせ候へ。
狂言「日本一の事にて候。やがて申し上げうずるにて候。いかに申し上げ候。
ワキ「何事ぞ。
狂言「あれに候ふは。此宿にある盲御前にて候ふが。けしからず面白く謡ふ由を申し候。謡はせられ候へ。
ワキ「汝所望し候へ。
狂言「畏つて候。なうこれなる人たち。御所望にて候ふぞ面白からんずる所を一節御謡ひ候へ。
ツレ「一万箱王が親の敵を討つたる処をうたひ候ふべし。
狂言「いや/\思も寄らぬことにて候。
ワキ「何事を申すぞ。
狂言「これなる人達に謡を所望仕り候へば。一万箱王が親の敵を討つたる所を謡はうずるよし申され候ふ程に。御前にてはいかゞと存じいやと申して候。
ワキ「何の苦しう候ふべき急いで謡はせ候へ。
狂言「さらば今の仰せられたる所を御謡ひ候へ。
ツレクリ「それ迦陵頻伽は卵の内にして声諸鳥にすぐれ。
地「鷙といふ鳥は小さけれども。虎を害するちからあり。
ツレサシ「こゝに河津の三郎が子に。一万箱王とて。兄弟の人のありけるが。
地「五つや三つの頃かとよ。父を従弟に討たせつゝ。既に年ふり日を重ね。七つ五つになりしかば。いとけなかりし心にも。父の敵を討たばやと。思の色に出づるこそ。げに哀には覚ゆれ。
クセ「ある時おとゞひは。持仏堂に参りて。兄の一万香を焼き。花を仏に供ずれば。弟の箱王は。本尊をつく%\とまもりて。いかに兄御前きこしめせ。本尊の名をば我が敵。工藤と申し奉り。剣を堤げ縄を持ち。われらを睨みて。立たせ給ふが憎ければ。走りかゝりて御首をうち落さんと申せば。兄の一萬これを
聞きて。
ツレ「いはげなや。いかなる事ぞ仏をば。
地「不動と申し敵をば。工藤といふを知らざるか。さては仏にてましますかと。抜いたる。刀を鞘にさし。宥させ給へ南無仏。敵を討たせ給へや。
子方詞「いざ討たう。
狂言「おう討たうとは。
シテ「暫く候。何事を御騒ぎ候ふぞ。
狂言「御用心の時分にて候ふに。是なる幼き者がいざ討たうと申し候ふ程に候ふよ。
シテ「子細を御存じ候はぬ程に尤にて候。此者の謡を申したる後にては。また幼き者八撥を打ち候。其八撥を打たうずると申す事にて候。
狂言「日本一の事頓て打たせうずるにて候。いかに申し上げ候。これなる幼き者が八撥を打つべきよしを申し候。
ワキ「急いで打たせ候へ。又亭主は何にても能はなきか。
子方「獅子舞を御所望候へ。
ワキ「あら面白の事を申すものかな。いかに亭主。是なる幼き者の申すは。亭主は獅子舞が上手なる由を申し候。そと一指舞ひ候へ。
シテ「これは幼き者の条なき事を申し候。思もよらぬ事にて候。
ワキ「ひらに舞うて見せ候へ。
シテ「此上は御意にて候ふ程に。そと御前にて舞はうずるにて候。此まゝにては如何にて候ふ間。獅子頭を被きてまゐらうずるにて候。其間にこの幼きものに八撥を打たせ候ふべし。皆々かう渡り候へ。

中入「。

地(謡掛)「獅子団乱旋は時を知る。雨叢雲や。騒ぐらん。
羯鼓「。
乱序「。
獅子舞「。

上「余りに秘曲の面白さに。/\。猶々めぐる盃の。酔も勧めばいとゞ猶。眠もきたる。ばかりなり。
シテ「さる程に/\。
地「折こそよしとて脱ぎおく獅子頭。又は八撥打てや打てと。目を引き袖を振り。立ち舞ふけしきに戯れよりて。敵を手ごめにしたりけり。此年月の怨の末。今こそ晴るれ望月よとて思ふ敵を討つたりけり。
キリ「かくて本望遂げぬれば。/\。かの本領に立ち帰り。子孫に伝へ今の世に。その名隠れぬ御事は。弓矢のいはれなりけり/\。

【詞章】

シテ「これは信濃の国の住人。安田の荘司友治のみ内にありし。小沢の刑部友房と申す者にて候。さても頼み奉りて候友治は。従弟の望月と口論し。あえなく討たれ給いて候。其おりふしは在京つかまつり候ところに。この事かくと承り候間。夜を日についで本国へ罷り下り候ところに。某を路次にて狙うよし申し候ほどに。本国へもかなわず。かなたこなたと仕り。今はふしぎに近江の国守山の宿に。甲屋の主と罷りなりて候。旅人のおん通り候わば。留めてばやと存じ候。
(次第)
ツレ子方「波の浮き鳥住むほども。波の浮き鳥住むほども。下安からぬ心かな。(地取り)
ツレ「これは信濃の国の住人。安田の庄司友治と申しし人の妻や子にてさむろう。さても夫の友治は。望月の秋長に。あえなく討たれおわします。多かりし従類も。みな散り散りになり。頼む木陰も撫子の。花若ひとり隠しおかんと。敵のゆかりの恐ろしさに。思い子をいざない立ち出ずる。
ツレ子方「いずくとも.定めぬ旅を信濃路や。月を友寝の.夢ばかり。
子方「月を友寝の夢ばかり。
ツレ子方「名残を慕う古里の。浅間の煙.立ちまよう.草の枕の.夜寒なる。旅寝の床の憂き涙.守山の宿に着きにけり.守山の宿に着きにけり。
ツレ「ようよう急ぎ候ほどにこれははや。近江の国守山の宿に着きて候。この所に宿を借らばやと思い候。いかにこの内へ案内申し候。
シテ「誰にてわたり候ぞ。
ツレ「これは旅の者にて候。一夜の宿をおん貸し候え。
シテ「心得申して候。さていずくよりいず方へおん通り候ぞ。
ツレ「これは信濃の国より都へのぼり候。
シテ「あら痛わしや。女性上臈のおん身として。幼き人を伴い。はるばるのおん心づくし推量申して候。今夜はおん心安くおん泊りあろうずるにて候。こなたへおん入り候え。言語道断。ただ今の旅人をいかなる人ぞと思いて候えば。いにしえのおん主安田の荘司友治の妻や子にて候はいかに。やがて名のって力をつけ申さばやと存じ候。いかに申し候。今は何をかつつみ申すべき。これこそいにしえ信濃の国にて召し使われし。小沢の刑部友房にて候。かいなき命ながらえて。三世の主君に会い奉れば。嬉し泣きの涙の.覚えずこぼれ候。
ツレ「さてはいにしえの小沢の刑部友房か。あら懐しやとばかりにて。涙にむせぶばかりなり。今は何をかつつむべき。これは安田の荘司友治の.妻や子供の果しなり。
子方「父に会いたるここちして。花若小沢にとりつけば。
シテ「われも主君にとりつきて。別れし主君の面影の。残るも今は懐かしやと。主従手に手を.取りくみて。
地謡「今さら人の別れさえ。思い出でられて.袂のかわく.隙もなし。今までは行くえも知らぬ.旅人の。行くえも知らぬ旅人の。三世の契りの主従と。頼む情もこれなれや.げに奇縁あるわれらかな.げに奇縁ある.われらかな。
ワキ「帰る嬉しき古里を。帰る嬉しき古里を。誰憂き旅と.思うらん。(地取り)
ワキ「これは信濃の国の住人。望月の秋長にて候。さても安田の庄司友治と口論し。念のう友治を討って候。この事上に聞こしめされ。聊尓の者とやおぼしめしけん。某が本領ことごとく召し離されて候を。この度在京つまかつり。よき縁をもって申しひらき候えば。本領ことごとく返し申されて候。安堵の御教書を頂き。ただ今本国へ罷り下り候。急ぎ候ふほどにこれははや。近江の国守山の宿に着きて候。いかに誰かある。しかるべき所に立ち越え宿を借り候え。また某が名字ばし申し候な。
狂言「心得申して候。さてもさても目出たき事かな。頼うだる御方の御訴訟も叶い。御下りは思召ままの御事にて候。さて御宿をとり申そうが、今夜は初宿ぢゃ程に。ずいぶん好い宿がとりたいものぢゃが。どこ許がよかろうぞ。やあやあ甲屋が大きな宿ぢゃと言うか。さらば甲屋に致そう。これは大きな宿かな。いかにこの内に案内申し候。
シテ「誰にてわたり候ぞ。
狂言「頼うだる御方を御伴申して候。御宿を申され候らえ。
シテ「安きことお宿参らしょうずるにて候。またあれにござ候おん方のご名字をば誰と申し候ぞ。
狂言「おおあれこそ、信濃の国の住人。望月の秋長ではおりないぞ。
シテ「いや苦しからぬ事こなたへおん入り候え。
狂言「心得申し候。
狂言「いかに申候。お宿をとり申して候。こうこう御通り候え。
ワキ「近頃お宿祝着申して候。
シテ「こなたへおん入り候え。言語道断、ふしぎなる事の候。花若殿のおん親の敵。望月がこれへ着いて候。やがてこの由申し候べし。いかに申し候。旅人にお宿参らせて候間。こなたへおん出で候え。いかに申し候。なんぼうふしぎなる事の候。ただ今この屋の内へ望月が着いて候。
子方「いかにもして討ってたまわり候え。
シテ「ああ音高や候。かように申す内に案じ出だしたる事の候。おん身はこの辺りの盲御前におんなり候いて。花若殿におん手を引かれ座敷におん出で候え。自然謡を所望申し候わば。何にてもおん謡い候え。われらは酒を持ちて参り候べし。
ツレ「嬉しやな望みし事の叶うぞと。盲の姿に.出で立てば。
地謡「かの蝉丸の.いにしえ。かの蝉丸のいにしえ。たどりたどるも遠近の。道のほとりに迷いしも。今の身のほどの。思いはいかで.まさるべき。かかる憂き身の業なれば.盲目の身の習い歌。聞こしめ召せや旅人よ。聞こしめ召せや.旅人よ。
シテ「これはこの屋の主にて候が。酒を持ちて参りて候。
ワキ「近頃祝着申して候。さて今の謡の声は誰にてわたり候ぞ。
シテ「さん候是はこの辺りの盲御前にて候が。おん旅人のござ候えば罷り出でて謡い申し候。
ワキ「さらば一節所望候え。
シテ「畏って候。何にても面白からん事を一節おん謡い候え。
ツレ「一万箱王が親の敵を討ったるところを謡い候べし。
狂言「いやいやそれは差合がある。余の事を御謡い候らえ。
ワキ「いや苦しからぬこと。ただ謡わせ候え。
狂言「畏って候。さあらばそのた次第、何にても一節御謡い候らえ。
地謡「それ迦陵頻はかいごの内にして.声諸鳥にすぐれ。鷙という鳥は小さけれども。虎を害する.力あり。
ツレ「ここに河津の三郎が子に。一万箱王とて兄弟の者のありけるが。
地謡「五つや三つの頃かとよ。父を従弟に討たせつつ。すでに日行き時来たって。七つ五つになりしかば。
ツレ「いとけなき身の心にも。
地謡「父の敵を討たばやと。思いの色に出ずるこそ.げに哀にぞ.覚ゆる。
〔クセ〕ある時おとといは。持仏堂に参りて。兄の一万香をたき。花を仏に供ずれば。弟の箱王は。本尊をつくづくとまもりて。いかに兄御前きこしめせ。本尊の名をばわが敵。工藤と申し奉り。剣をひっさげ縄を持ち。われらを睨みて。立たせたもうが憎ければ。走りかかりておん首を.うち落さんと申せば。兄の一万これを聞き。
ツレ「いまいまし。いかなる事ぞ仏をば。
地謡「不動と申し敵をば工藤というを知らざるや。さては仏にてましますかと。抜いたる刀を鞘にさし。許させたまえ南無仏.敵を討たせたまえや。
子方「いざ討とう。
狂言「討とうとは。
シテ「暫く。何をおん騒ぎ候ぞ。
狂言「いざ討とうとおっしゃるによっての事でござる。
シテ「いざ打とうとは羯鼓を打とうとのおん事候よ。
狂言「羯鼓ならば羯鼓とおっしゃらいぞ。聊爾なる事をおっしゃるに依っての事にて候。
ワキ「また亭主は何をつかまつり候ぞ。
子方「亭主には獅子をご所望候え。
ワキ「日本一の事を申す者かな。さらば羯鼓ののち獅子を舞うておん見せ候え。
シテ「某は獅子舞うたる事はなく候えども。御意にて候ほどに拵えて参ろうずるにて候。その間に幼き者に鞨鼓をおん打たせ候え。
<中入>
(子方物着)
(狂言独白)
狂言「いかに幼き人へ申し候。亭主の身ごしらえの内。羯鼓を打って御見せ候らえや。
子方「吉野初瀬の花もみじ。
地謡「更級越路の。月雪。
<羯鼓>
子方「獅子団乱旋は時を知る。
地謡「雨むら雲や。奏すらん。
<獅子ノ舞>
地謡「あまりに秘曲の面白さに。あまりに秘曲の面白さに。なおなおめぐる盃の。酔もすすめばいとどなお。眠りも来たる。ばかりなり。
シテ「さるほどにさるほどに。
地謡「おりふしよしとぬぎ置く獅子頭。または八撥を打てや打てやと。目をひき袖をふれ。立ち舞う気色に戯れ寄りて。敵を手ごめにしたりけり。
ワキ「こは何者ぞいかなる者ぞ。
子方「おん身の討ちし安田の荘司友治が。その子に花若われぞかし。
ワキ「さてまた亭主と見えしは誰なれば。かほどに我をばたばかりけるぞ。
シテ「小沢の刑部友房よ。
ワキ「あらものものしとひったてゆけば。
シテ「ひきゆする。
ワキ「振れども切れども。
シテ「放さばこそ。
地謡「この年月の怨みのすえ。今こそかえせ望月よとて.思う敵を討ったりけり。思う本望とげぬれば。やがて故郷に立ち帰り。かの本領を友治の。子孫に伝え今の世に。その名隠れぬおん事も。弓矢のいわれなるらん。弓矢のいわれ.なるらん。

謡曲 「頼政」

能 頼政

源三位頼政は、Wikipediaみると、「保元の乱と平治の乱で勝者の側に属し、戦後は平氏政権下で源氏の長老として中央政界に留まった。平清盛から信頼され、晩年には武士としては破格の従三位に昇り公卿に列した。だが、平氏の専横に不満が高まる中で、後白河天皇の皇子である以仁王と結んで平氏打倒の挙兵を計画し、諸国の源氏に平氏打倒の令旨を伝えた。計画が露見して準備不足のまま挙兵を余儀なくされ、そのまま平氏の追討を受けて宇治平等院の戦いに敗れ自害した」とあります。この能の場面は、その謀叛をおこした平等院に布陣して戦い自害した様子を、宇治の里に参詣した旅僧が、頼政の亡霊からその話を聞く様子が演じられています。

頼政 あらすじ
旅の僧が宇治の里に着き景色を眺めていると、老人が現れ此処の名所のいわれを教え、平等院へと案内します。扇の形に残されている芝の事を聞くと、源三位頼政が武運つたなく自害した場所であり、今日は丁度その命日にあたり、自分こそは頼政の幽霊であると名乗り消えます。旅の僧はそのちょうど通りかかった里人に頼政のことを詳しく聞き、哀れに思い霊を弔い読経します。法体の身に甲冑姿の老武者が現れ、高倉の宮を擁しての挙兵、宇治川を挟んでの決戦で平家に川を渡って攻められての敗退、そしえ平等院の芝の上に扇を敷き自害したことを語り、僧に回向を頼み草の陰に消えてゆきます。


台本と舞台展開
1:諸国一見の僧が都から奈良への途中の宇治の里を訪れ。景色を愛で、此の地の言われを知るのに里人が来るのを待つ。

ワキ詞「これは諸国一見の僧にて候。我此程は都に候ひて。洛陽の寺社残りなく拝み廻りて候。又これより南都に参らばやと思ひ候。
道行「天雲の。稲荷の社伏し拝み。/\。なほ行くすゑは深草や。木幡の関を今越えて。伏見の沢田見え渡る。水の水上たづねきて。宇治の里にも。着きにけり宇治の里にも着きにけり。
ワキ詞「げにや遠国にて聞き及びにし宇治の里。
詞「山の姿川のながれ。遠の里橋の景色。見所おほき名所かな。

2:一人の里の老人が現れ、老人は僧の求めに応じ、宇治の里の名所旧跡を教える。

詞「あはれ里人来り候へかし。
シテ詞呼掛「なう/\御僧は何事を仰せ候ふぞ。
ワキ詞「是は此所はじめて一見の者にて候。この宇治の里に於て。名所旧跡残なく御教へ候へ。
シテ「所には住み候へども。いやしき宇治の里人なれば。名所とも旧跡とも。いさ白波の宇治の川に。舟と橋とは有りながら。渡りかねたる世の中に。住むばかりなる名所旧跡。何とか答へ申すべき。
ワキ詞「いや左様には承り候へども。勧学院の雀は蒙求を囀るといへり。処の人にてましませば御心にくうこそ候へ。先喜撰法師が住みける庵は。いづくの程にて候ふぞ。
シテ「さればこそ大事の事を御尋ねあれ。喜撰法師が庵は。我が庵は都の巽しかぞ住む。
詞「世を宇治山と人はいふなり。人はいふなりとこそ。主だにも申し候へ。尉は知らず候。
ワキ詞「又あれに一村の里の見えて候ふは槙の島候ふか。
シテ「さん候槙の島とも申し。又宇治の河島とも申すなり。
ワキ「是に見えたる小島が崎は。
シテ「名に橘の小島が崎。
ワキ「向に見えたる寺は。いかさま恵心の僧都の。御法を説きし寺候ふな。
シテ「なう/\旅人。あれ御覧ぜよ。
歌「名にも似ず。月こそ出づれ朝日山。
地「月こそ出づれ朝日山。山吹の瀬に影見えて。雪さし下す島小舟。山も川も。おぼろおぼろとして是非をわかぬ景色かな。げにや名にしおふ。都に近き宇治の里聞きしにまさる名所かな/\。

3:老人は僧を平等院へ案内するが、僧は扇のように取り残された芝を不審異思い尋ねる。老人は、昔、宮戦で負けた源頼政が扇を敷いて自害した所で、名将の古跡〔扇の芝〕だと語る。

シテ詞「いかに申し候。此所に平等院と申す御寺の候ふを御覧ぜられて候ふか。
ワキ詞「不知案内の事にて候ふ程に。いまだ見ず候御をしへ候へ。
シテ「此方へ御出で候へ。これこそ平等院にて候へ。また是なるは釣殿と申して。おもしろき所にて候よく/\御覧候へ。
ワキ「げに/\おもしろき所にて候。またこれなる芝を見れば。扇の如く取り残されて候ふは。何と申したる事にて候ふぞ。
シテ「さん候此芝について物語の候。語つて聞かせ申し
候べし。昔この処に宮軍ありしに。源三位頼政合戦に打ち負け給ひ。この処に扇を敷き自害し果て給ひぬ。されば名将の古跡なればとて。扇のなりに取り残して。今に扇の芝と申し候。


4:僧は、文武に名を得た源三位頼政でも儚いものだと傷わしく思い、合掌して弔う。老人は僧の弔いを喜び、今日がちょうど宮戦の日に当たると述べ、実は自分は頼政の幽霊だと名のり消る。

ワキ「痛はしやさしも文武に名を得し人なれども。跡は草露の道の辺となつて。行人征馬の行くへの如し。あら痛はしや候。
シテ詞「げによく御弔ひ候ふものかな。しかも其宮軍の月も日も今日に当りて候ふは如何に。
ワキ「何と其宮軍の月も日も今日当りたると候ふや。
シテ「かやうに申せば我ながら。よそにはあらず旅人の。草の枕の露の世に。姿見えんと来りたり。現とな思ひ給ひそとよ。
地歌「夢の浮世の中宿の。/\。宇治の橋守年を経て。老の波も打ち渡す遠方人に。物申す我頼政が幽霊と名のりもあへず。失せにけり名のりもあへず失せにけり。


5:里人が現れ、僧の尋ねに応じて、頼政挙兵の経緯や宇治橋の合戦の様子などを語り、回向を勧める。
6:僧は頼政の霊を弔い、夢での再会を待つ。

ワキ詞「さては頼政の幽霊かりに現れ。我に言葉をかはしけるぞや。いざや御跡弔はんと。
歌「思ひよるべの浪枕。/\。汀も近し此庭の扇の芝を片敷きて。夢の契を。待たうよ夢の契を待たうよ。


7:法体の身に甲冑を装った姿で経を読んでほしいと言う老武者が現れる。僧は源頼政の幽霊だとし、弔いにより成仏疑いないことを伝える。

後シテ一声「血は琢鹿の河となつて。紅波楯を流し。白刃骨を砕く。世を宇治川の網代の波。あら閻浮恋しや。伊勢武者は。皆緋縅の鎧着て。宇治の網代に。かゝりけるかな。うたかたの。あはれはかなき世の中に。
地「蝸牛の角の。争も。
シテ「はかなかりける。心かな。
詞「あら尊の御事や。なほ/\御経読み給へ。
ワキ「不思議やな法体の身にて甲胃を帯し。御経読めと承るは。いかさま聞きつる源三位の。その幽霊にてましますか。
シテ詞「げにや紅は園生に植ゑても隠なし。名のらぬさきに。
詞「頼政と御覧ずるこそ恥かしけれ。たゞ/\御経読み給へ。
ワキ「御心やすく思し召せ。五十展転の功力だに。成仏まさに疑なし。ましてやこれは直道に。
シテ「弔ひなせる法の力。
ワキ「あひにあひたり所の名も。
シテ「平等院の庭の面。
ワキ「思ひ出でたり。
シテ「仏在世に。
地歌「仏の説きし法の場。/\。こゝぞ平等大慧の。功力に頼政が。仏果を得んぞありがたき。


8:頼政の霊は、宮戦の起こりから宇治川に陣を構えるまでの経緯、宇治川の橋合戦の様子、敵の武将・忠綱の攻め、対する防戦を仕方話で再現して見せる。

シテ「今はなにをかつゝむべき。これは源三位頼政。執心の波に浮き沈む。因果の有様あらはすなり。
地「抑治承の夏の頃。よしなき御謀叛を勧め申し。名も高倉の宮の内。雲居のよそに有明の月の都を忍び出でて。
シテ「憂き時しもに。近江路や。
地「三井寺さして落ち給ふ。
クセ「さるほどに。平家は時をめぐらさず。数万騎の兵を。関の東に遣はすと。聞くや音羽の山つゞく。山科の里近き。木幡の関を。よそに見て。こゝぞ憂き世の旅心宇治の河橋打ち渡り。大和路さして急ぎしに。
シテ「寺と宇治との間にて。
地「関路の駒の隙もなく。宮は六度まで御落馬にて煩はせ給ひけり。これは先の夜御寝ならざる故なりとて。平等院にして。暫く御座を構へつゝ宇治橋の中の間。引きはなし。下は河波。上に立つも。共に白旗を靡かしてよする敵を待ち居たり。
シテ詞語「さる程に源平の兵。宇治川の南北の岸に打ちのぞみ。閧の声矢叫の音。波にたぐへておびたゝし橋の行桁をへだてて戦ふ。味方には筒井の浄妙。
詞「一来法師。敵味方の目を驚かす。かくて平家の大勢。橋は引いたり水は高し。さすが難所の大河なれば。
詞「左右なう渡すべきやうも無かつし処に。田原の又太郎忠綱と名のつて。
詞「宇治川の先陣我なりと。名のりもあへず三百余騎。
地「くつばみを揃へ河水に。少しもためらはず。群れゐる群鳥の翅を並ぶる羽音もかくやと。白波に。ざつ/\と。打ち入れて。浮きぬ沈みぬ渡しけり。
シテ「忠綱。兵を。下知していはく。
地「水の逆巻く所をば。岩ありと知るべし。弱き馬をば下手に立てゝ。強きに水を。防がせよ。流れん武者には弓弭を取らせ。互に力を合はすべしと。唯一人の。下知に依つて。さばかりの大河なれども一騎も流れず此方の岸に。をめいてあがれば味方の勢は。我ながら踏みもためず。半町ばかり。覚えずしさつて。切先を揃へて。こゝを最期と戦うたり。さる程に入り乱れ。我も/\と戦へば。

9:頼政は敗戦を悟り「埋木の 花咲く事もなかりしに 身のなる果は あはれなりけり」と辞世の句を詠み、平等院の芝の上に扇を敷いて自害した自らの最期を語り、回向を頼んで草の蔭へと失せて行く。

シテ「頼政が頼みつる。
地「兄弟の者も討たれけば。
シテ「今は何をか期すべきと。
地「唯一筋に老武者の。
シテ「是までと思ひて。
地「是までと思ひて。平等院の庭の面。是なる芝の上に。扇を打ち敷き。鎧ぬぎ捨て座を組みて。刀を抜きながら。さすが名を得し其身とて。
シテ「埋木の。花さく事もなかりしに。身のなるはてはあはれなりけり。
地「跡弔ひ給へ御僧よ。かりそめながらこれとても。他生の種の縁にいま。扇の芝の草の蔭に。帰るとて失せにけり立ち帰るとて失せにけり。

観世能楽堂の最終公演と能

月曜日の朝日新聞に渋谷の観世能楽堂が最終公演をした記事が載っていました。観世能楽堂は、学生時代の大学院のときは渋谷が縄張りだったので、渋谷の松濤にある観世能楽堂によくいきました。いまは関西に住んでいるので40年近く行ったことがなかったです。以前に耐震性に問題があると言うので、建て替えると聞きましたが。3月30日に最終公演があったそうです。
2年後に銀座の再開発ビルの中で、観世能楽堂が再開場されるそうです。

能楽堂と言えば、宝生流の水道橋能楽堂にも学生時代よく通いました。こちらは、東京大空襲で焼失し昭和25年に再建されてたが、昭和53年に新しく建て替えらいます。
五流ある能の観世流と宝生流の二大流派です。今後も日本の伝統古典芸能として、活動して言って欲しいものです。

こんど5月に久しぶりに数日間、東京に滞在することになりそうなので、宝生能楽堂にいって観能してみようとおもう。
そこで、ネットで上演演目を調べたら、修羅場者の代表作の「頼政」と、能には珍しい劇的な構成の敵討ちものの「望月」があるそうです。時間をつけていこうと思いますが、やりくりが出来るかどうか、時間の調整をしてみたいと思います。

スタートレック DS9 星に死の満つる時

スタートレック ディープスペースナイン
第96話「星に死の満つる時」 The Quickening

ベシアとダックスとキラはガンマ宇宙域のテプラン星系内の星から発信されてい、「攻撃を受け、大規模な被害、死傷者多数」という断片的な内容救援信号をキャッチする。
ベシアとダックスはその惑星に転送降下する。そこはジェム・ハダーに破壊された星で、住民たちはブライトという生化学兵器によって、不治の病におかされていた。住民たちはみな安楽死を望んでいるので、家族や知人が集えるその安楽の場所と、苦痛から解放されるためのすぐに死ねる毒物を提供している、トレヴィアンという人のもとに集まっていた。それにたいしベシアは治療によって救おうとする取り組みにかかる。

転送降下で惑星に降りたつと、一人のブライトに罹った一人の女性が、「ここで死ぬのは嫌トレヴィアンのところへ連れてって」と言う。ダックスとベシアはトレビアを探してつれてゆく。
そこにはたくさんの患者がいるが、病院というよりホスピスのようなところだった。そこに来ている皆は、トレビアにお礼をいうが礼には及ばないとトレヴィアンはいう。
患者の一人タマルは昨日の朝発病したことを知ったが、取り乱さずに済んだのはここへ来られることを知っていたからだ、生まれて初めてベッドの上で、心地よい音楽を聴きながら眠りについた。そして「今朝は暖かい風呂に入って清潔な服に着替え、友人や家族とここにいる。ありがとうトレヴィアン、夢を全てかなえてくれた」そしてタマルは持っていた器の中身を飲み干した。
ベシアとダックスにトレヴィアンが付き添いかと聞く。
トレヴィアン「もう少し早ければ助けられた」
ベシア「ブライトの治療法はあるんですね」
トレヴィアン「発病すれば死ぬ」と否定する。
ベシア「助けられたといったじゃないですか」

トレヴィアン「この星にもかつてはあった、昔からこうだと思うのか、200年前までは君らと変わらなかった。都市を築き、近隣諸国を旅し、最強の国だと思い上がっていた。」「ドミニオンにさえ対抗できればという。決して逆らうな、そうでないと我々と同じような目に遭うという。」
トレヴィアン「ジェムハダーは見せしめとして、この星の世界を破壊したのだ。」「ドミニオンはその強さを我々の体に刻みつけるために、ブライトがもたされ、生まれつき冒され、発病すると傷が赤くなりまもなく死ぬ。ほとんどの人間は自分の子供ができる前に死ぬ、私のような者は珍しいとい。」

時急に、タマルが叫び声をあげ苦しみ出した。駆け寄るベシアにトレヴィアンはやめろという。診ようとするベシアを他の者も邪魔をするなといって止めようとする。
ベシア「死にかけているんだぞ」
トレヴィアン「死にに来たんだから当然だと言った。発病すると安らかに死ぬために家族や友人を呼び、ここへやってくるのだ。」
ベシア「自分の言っていることがわかっているのか」
トレヴィアン「与えた薬を飲めば数分で死ぬ。この病は死ぬまでに時間がかかる、誰だって苦しみたくない。望みをかなえてやっただけだ」
ベシア「ここは病院だと思っていた、あなたは医者だとという」
トレヴィアンは「患者の痛みを取り除く医者だ、君はタマルの死を邪魔した、出ていってもらおう」
ベシアたちは何も言わずに出て行った。

外に出るとベシアにエコリアという女性が「本当にお医者様」と話しかける。
ダックスとベシアはブライトの研究を続けるが行き詰まっていく。そのうち患者のスキャナーを使う。見る見るうちに赤い血管が広がってしまう。機械の電磁波が悪影響を及ぼすことが判り、ブライトの抗体づくりの研究は断念してシャトルに帰ることなる。
しかし、ベシアは彼らを置いては行けないと感じエコリアのもとに戻ることにする。
ある時ベシアがビーカーの中の液体をかき混ぜていると、エコリアの大動脈に注入した抗原の痕跡がないことに気が付く。エコリアの症状が悪化していくが、子どもを無事出産する。ベシアは赤ん坊を見て子どもにはブライトに侵されていない。しかし、エコリアはまもなく息絶えてしまう。
ベシアはトレヴィアンたちに見せる。
トレヴィアン「治療法があったのか」
ベシア「ワクチンだ、一刻も早く妊娠中の女性に接種した方がいい。母親は助けられなくても子供は守れる」
トレヴィアン「ブライトの脅威からか」
ベシア「ワクチンは簡単に作れるが、全員分を作るにはかなりの負担がかかる」
トレヴィアン「負担じゃない、特権だ。作り方を教えてくれ」
ベシア「そう言ってくれるのを待ってた」
ベシアは赤ん坊をトレヴィアンに抱かせると、赤ん坊の顔を見てトレヴィアンは笑った。

この、「星に死の満つる時」の大まかなあらすじです。

安楽死の問題をあつかったエピソードと戦争による化学兵器や細菌兵器への警鐘や、エボラ出血熱などの未解明の病や、不治の病などにどう向き合うべきかについて考えさせるものです。
安楽死を推奨する者も、医療を信じそれを否定する者も、患者のことを思っていることは同じことが、トレヴィアンが赤ん坊を抱いて笑ったことや、エコリアのところに訪れたときの言葉からもわかります。
寝ているエコリアの、頭の血管に薬を塗る者がいる。トレヴィアンだ。
目を覚ましたエコリア「私死ぬのと」
トレヴィアン「望むなら痛みを終わらせてやる。君の子供も苦しまずに済む」
だがエコリアは首を振り、だめ、この子には生きる権利があるという。
トレヴィアン「産んでもブライトで死ぬだけだという」
ベシアが戻ってきてトレヴィアンに「往診はしなかったはずだが」
トレヴィアン「私のところへ来たくても来られないんじゃないかと思ってね」
ベシア「わからない、なぜ人を死に急がせるんだ」
ベシアがトレヴィアンに「なたは誰よりも長くブライトと共に生きているのにという」
トレヴィアン「誰より多くの犠牲者を見てきたからだといい、子供が無事産まれることを祈っている」

昨日の記事で、アメリカ人女性の安楽死のことにについて書きましたが。医療技術や社会制度が昔と違い変わってきているので、これから私たち一人一人が向き合って考えていかないといけない課題だと思います。そして一つのルールをつくるのかいく通りかの考えがあって、それを選択していくのがよいのか複雑な問題だと思います。


この、「星に死の満つる時」一つのスタートレックのドラマとしては、医療をテーマにした、オーソドックスなヒューマン・ドラマで斬新なテーマでもなく、特にSFとしての話の必要でもない話です。しかし、ヒューマニズムとして押さえておくべきポイントが押さえられて、見る者に対して問いかけてくるものがあるところがよく。そしてドクター・ベシアが一人の普通の人間として描いているところも面白いと思います。

直観

アメリカのSFテレビ映画のスタートレックのヴォイジャーのエピソード「裏切られたメッセージ」の一こまに次のようなやりとりがある。

ジェイウェイ艦長とセブンとがベロシティーというホログラムゲームをしているとこから始まる。
(*セブン:子供のころボーグという改造人間に同化されていたが、ジェイウェイらに助け出され、サイバネティック機会を取り除かれ人間の身体を取り戻してきている。
*ホロブラム:コンピュータで3次元イメージを再現し実体験できるもの。*ベロシティー:二人で競技し円盤を打ち落とすもの)この物語の内容とこれから紹介する冒頭の部分は、そのエピソードとは直接関係するものではないです。

ジェインウェイとセブン・オブ・ナインが、ホロデッキの中に円盤が縦横無尽に飛び回っている円盤を互に撃ち合っている。ジェインウェイは壁にぶつかり転んだが向かってくる円盤を打ち落としゲームオーバになり、『勝負あり。ジェインウェイ。勝者、ジェインウェイ。』とコンピューターが言う。
ジェインウェイ「やるわね」
セブン「そっちがな。」
ジェインウェイ「10ゲーム中 4ゲームはあなたが取ったのよ。立派じゃない?」
「それがおかしいのだ。視力とスタミナは私の方が勝る、全勝しても当然なのに」
ジェインウェイ「ヴェロシティに大切なのはスタミナじゃなくて機転よ。」
セブン「あなたは腹の立つ敵だ。ファイナルラウンドでフェイザーを落とした後、ディスクを見ていなかったにも関わらずターゲットにヒットさせた。何故だ」
ジェインウェイ「直感よ。」
セブン「直感は単なる思い込みだ。予知能力など有り得ない」
ジェインウェイ「予知とは違う。無意識に心のどこかで気づいてるの、いくつかの要因にね。壁に当てた後のディスクの軌跡や、戻ってくる時の音。壁に映る影」
セブン「とても信じがたい」
ジェインウェイ「とにかく、私の勝ちよ」
セブン「もう一勝負だ」
ジェインウェイ「今度ね」
   以下略 ・・・

ここで、セブンは直感と思いこみを同等に使っていますが。日常生活の中でも「直感」を「思い込み」と同じように使ってしまうことがあるようです。

辞書を引くと、
広辞苑では、【直感】説明や証明を経ないで、物事の真相を心で直ちに感じること。
明鏡国語辞典では、【直感】推理や考察によらず、感覚によって物事の状況などを瞬時に感じ取ること。
となっています。
【予知】は、前もって知ること
【思い込む】は、すっかり信じてしまう。根拠もないのに固く信じてしまう。
 となっています。


最近なにかにつけ、根拠をしめせとか、ことの後には説明責任を問われることが多い。
そのため、直感で物事を進めるのは、よくないことのように言われることがある。
しかし、そればかりではすべてのものが上手く進むとは限らない。早急に結論をだし行動に移さなければならないこともある。そのような時は裏付けがある「直感に従う」ことも必要なときもある。
人の脳は自分が意識していない、意識の潜在下での情報をも取り入れて、それを分析して経験的に正しいと思う、判断をすることができる。

例えば、瞬時に判断をしなければならないことがある。
バトミントンの潮田玲子さんは時速250Kmで飛び交うシャトルを追うことができるそうです。そのうえコートを20分割にしてみていると言っています。他のトップアスリートは同じように、凡人にとっては神業のように、相手やボールなどを見て競技しているのでしょう。
また、卸売市場で青果物の競や、漁港で水揚げされたばかりの魚を競っているのを、テレビの番組などで見ることがある。そこでは、猛烈なスピードでその品質や鮮度などを瞬時に見分けて競り落としている。
これは、潮田選手や卸のセリ業者などは、磨き抜かれた優れた能力である。しかし、日常の生活の中にも直感で判断し行動していることの方がむしろ多いと思う。

それらのことは、今までの経験と培ってきた鋭利な感覚とで、それらのものを分析し見分けているものです。それが直感であり直感はジェインウェイ艦長が「無意識に心のどこかで気づいてるの・・・・」と言うように、けっして思い込みとは違うと言える。そして、この直感を磨いていければと思います。

スタートレック ヴォイジャー「偽善者の楽園」

先に紹介した、スタートレックのヴォイジャーのエピソードの「虐殺の記憶」は、自分たちの過ちを悔いて後世にその過ちを伝え、二度と同じ過ちを繰り返さない為の、記念碑が起こしたエピソードでした。
こちらの「偽善者の楽園」は、自分が若いとき政府の方針に従ったことを後悔しつづけていた。年老いてそれを後世に伝えて機会訪れたはなしです。

第48話 「偽善者の楽園」 Remember"
このエピソードの「Remembe」直訳は、「記憶」とか「わすれないで」となります。

「偽善の楽園」
ヴォイジャーは、フィーマ星系のコロニーでエラナ人と出会い、エラナ人を故郷のエラナ星に送り届けることになった。エラナ人はテレパシーを使うことができ、自分の体験した記憶も伝えられる。その中に頬に傷のある、コレナ・ミレルという女性がいた。

ヴォイジャーの機関主任のトレスは、夢の中でエラナ人のコレナになり恋人のデイサンと会う夢を見る。その夢は次第に話が進展していき、エラナ人の隠された秘密をしることになる。
トレスが伝えられたものというのは、急激な開発に反対するエラナ人を、政府のテクノロジーの発展こそが人を幸せにすると言う方針に反対しするのは、社会を混乱に陥れるものとして、隔離して新たなコロニーに移住させるものだった。しかし開発を拒むエラナ人の間では、移送される人とは一人も連絡が取ることができなくなる。そのため、新たな入植地が待っていると言うが、全員抹殺されるという噂がながれていた。
恋人のデイサンはコレナたちとは違い、急激な開発に反対しているため隔離・管理されている人たちの一人だった。
ボイジャーの機関主任のトレスは夢のなかでコレナになり、そのような夢を見るようになり次第に内容が過激になってきた。ある時そのためかトレスは機関室の前で倒れてしまう。そこで、ドクターに診てもらうと、それは夢ではなく本人の同意なく無意識に埋め込まれた記憶によるものだとわかる。トレスはドクターにテレパシーの抑制装置をつけてもらい夢を見なくなる。そのような夢を見ていることを、エラナ人のリーダーのブレルなどの聞いて原因を探るがわからないままになる。
トレスは夢に出てくるコレナのことが気になり抑制装置をはずして夢の続きを見ることにする。ある時、コレナが移住者を調べているとき、逃げようとした開発反対派の男とぶつかり、コレナは頬に怪我をする。
その夢をみたトレスは、いまヴォイジャーに頬の怪我の痕があるコレナ・ミレルを思いだしミレルの部屋にゆく。するとコレナ・ミレルは誰かの襲われて倒れていた。コレナ・ミレルは自分の記憶を最後まで受け取って欲しいと言い残して死んでしまう。最後にトレスが夢見たコレルの記憶は次のようなものだった。
コレナの部屋に来たデイサンは、輸送船に乗せられた者とは誰も連絡がとれず殺されているという。そこにコレナの父ジャレスが部屋に来たのでデイサンは隠れる。父親は大量虐殺など我々がするわけがないとコレナにいう。進んだテクノロジーに反対する「開発反対派」は、隔離されコロニー惑星への移住を強いられている。実際は人々は行き先も知らず連れて行かれ、行方しれずになるというのは作り話だという。
コレナは父ジャレスにデイサンが隠れていることを教えてしまい連行されてしまう。そして、デイサンたち開発反対派は、社会を混乱に陥れたとして、衆人の前で公開処刑されてしまう。そして「殺せ、殺せ」という市民たちの中で、コレナも同じように叫んでいた。
その後教師となったコレナは、廃墟になった街の中で子供たちに話していた。
「開発反対派は、変わった生活を望んだの、新しいことを嫌がり、テクノロジーも嫌い使おうとしなかった。そして自分たちだけで別の星に移り住むことをきめた」。「しかし、新しい暮らしでもうまくいかず、仲間同士で争ったり、恐ろしい病気がはやったりして自分で滅びたの。悲しいことね。でも私たちはその過ちから学べる」。「この廃墟を見るたびに、彼らのようにかたくなに狭い心を持つことは、いけないと言うことを思いだすために、この門を残してあるのよ」

エナラ人の過去の虐殺の過ちを知ったトレスは、エナラの代表ジョー・ブレルに抗議した。
トレス
「隠そうとしても無駄よ、全部見て知っている。」
「開発反対派を彼らを虐殺しておきながら、罪を自滅したとすり替え、罪を反対派に擦り付け、真実と隠し続けてきた。時がくると罪が風化すると思っていた。」
「行き過ぎた開発の反対するグループがいて、彼らは独自の生き方を追求していた。なのに今は誰一人生き残っていない。あなたたちが殺したから」
エナラ人のジェセン
「もう止めて、エナラ人がそんなひどいことをするわけない、考えられない」
トレス
「正気の沙汰じゃない、妄想や幻覚として片づけるのは簡単だが、私にはできない。だって私もミレルの人生を生きこの身で感じた(テレパシーを受けて)」
「愛する人を裏切った時も、虐殺に荷担したときも、それがエナラは社会のためだと信じていた」。
「コレナ・ミレルは偽らずにすべて見せてくれた。謝罪することも許しを請うこともなく、真実だけを見せてくれた。コレナ・ミレルには、自分が間違っていたことを認めるだけの良心があった」
「それは、あなたたちが持っていないものよ」
このあと、ドラマは艦隊の理念である、他人のもめ事に干渉しないことを貫くため。これ以上このエナラの問題にヴォイジャーとして深入りを避けた。

しかし、トレスは何とかしてこの記憶の事実を、エナラ人が後世に伝えていくべきと思ったが、エナラ人は逆にそのようなことを我々がすることはないと信じトレスに対し怒りをつのらせた。
トレスは艦長から、エナラ人は今、機関室で機材を搬出の準備中であることを教えてもらい、さらに「何か伝えたいことがあるなら、今しかない」。と耳打ちされた。
トレスは機関室に行き真実を確かめてとジェセンに、コレナ・ミレルの記憶を受け継いでくれるよう頼む。ジェセンは考えた末、テレパシーでトレスの記憶を受け取る。それにりコレナ・ミレルの記憶は引き継がれることになる。


先のエピソードの「虐殺の記憶」は自分たちの過ちを認め悔いる話ですが、こちらは全く逆の話になります。過去の過ちを何とか隠したり、論点をすり替えたりする人はいるものです。そして、それらの多くの人は自分の行いを、美談で包み隠し、自分は悪くない善いことをしたと言い聞かそうとする人がいます。
そのような人やそのようなことは、いつの時代にもどこにもありがちなことです。しかし、その中に必ずそれは違うと言う人が出てくるもいるものです。内部告発などはその例でしょう。その勇気ある行いをする少数の人が入ることにより、組織を健全に保つ大きな原動力にもなるのでしょう。
コレナが死に際にベラナに「真実を消さないで。お願いよ」と入ったことが印象てきです。
歴史的に私たちの先輩や祖先がした過ちは過ちでそれを、引き継いでいく勇気は崇高なものだと思もいます。

また、以前の、2014/08/10 ブログの書いた記事、天知る、地知る、子知る、我知るを思い出しました。

テーマ : 海外ドラマ(欧米)
ジャンル : テレビ・ラジオ

スタートレック ヴォイジャー 「虐殺の記憶」

最近、何回か歴史上人類にとって負の遺産のことについて書きました。
そして、思い出したものがあります。

アメリカの人気テレビ映画、スタートレック ヴォイジャーのエピソードの一つです。

第134話 "Memorial" 「虐殺の記憶」

シャトルで任務に出ていた、パリス、キム、チャコティー、二―リックスの4人は、ボイジャーに帰還してから虐殺に加担した夢をみるようになる。
4人の断片的な記憶を繋ぎ合わせると、ナカーン人をコロニーから退去させる命令を、サーヴドラ司令官から命令を受ける。しかし、任務遂行中に逆に抵抗され。その結果、コロニー入植者全員を殺してしまったことを思い出した。それにより罪もない人を虐殺した記憶がよみがえり、4人は罪悪感にさいなまれる。
ヴォイジャーのジェインウェイ艦長は、虐殺が本当にあったのかを調べるため、シャトルが訪れた惑星へ行く。それにより惑星の姿を見たクルーたちの中に虐殺の記憶がよみがえりだす。ジェインウェイも戦闘に加わり、虐殺の証拠を消すため、民間人の遺体を蒸発さた記憶も蘇った。他の約40名のクルーも同じ影響を受けていた。
ドクターは事態が悪化する前に星系を離れるように勧めるが、ジェインウェイは詳しく調査する。そのタラキス惑星へ到着するが、船や生命反応は全くない。だが何らかのエネルギー反応を感知した。ジェインウェイ艦長たちは地表へ降りて調査するが、その惑星は緑が広がり戦場の痕跡はない。キムは地形から洞窟の場所を思い出し、中へに入りると人の骨が転がっていた。しかし、それは300年前のものでだった。さらに調査すると神経性パルスを発する塔を見つけた。実はその塔は星系を通りかかった者に、言葉では伝えきれない悲劇を残すため、虐殺の体験をさせるように設計されたものだった。しかし、長い間に劣化していたために、クルーの記憶が断片的になってしまっていた。ヴォイジャーのクルーたちは、記録を残すかそれとも機能停止にするかを議論する。
虐殺の記念碑には「言葉だけでは、悲劇の再発を防げない、言葉を超えた経験のみで真実が見える、この真実を生きよ」と文字が刻まれていた。
この記念碑は虐殺を目撃させるためだったが、目撃だけでなく事件の追体験させ、それによりヴォイジャーのクルーはトラウマを受けてしまった。それが虐殺を忘れないための目的だった。もともとすべてを体験できるようになっていたはずだた、200年以上放置されていたため、システムが劣化して事件を断片的にしか体験できなくなっていた。
チャコティーは、さらなる被害が出ないように機能停止をすることを提案する。
ドクターは「たとえ機能を停止してもクルーに植え付けられたの記憶は永久に残る」
トゥボックは他の船に被害が出ないよう賛成する。
しかし、迫害を受けた経験がある異星人の二―リックスは、
「そのようなことをすると、悲劇の記憶が消える」と反対する。
チャコティー「記念碑はあのまま残す」
二―リックス「それでは全然意味が違う、人々の祈りがこもっている。勝手に機能停止にする権利があるのか」
キム「僕らにあんな追体験をさせる権利はあるのか」
二―リックス「二度と悲劇を起さないために、心に深く刻みつけるためだ」
チャコティー「他人の残虐行為に苦しまなければならない理由がどこにある」
二―リックス「同じ過ちを防ぐにはそれしかないからです。あの記録を消せば、サーヴドラと同じだ」
パリス「二―リックスの言うとおりだ」
キム「他人の罪だ僕らの責任でははい」
トゥボック「危険度を論理的に整理すれば・・・・」
二―リックス「論理など関係ない歴史を忘れてはダメだ!」
チャコティー「忘れた方がいいものもある」
ジェインウェイ艦長「これは違う、私はあの時何もできなかった。今度は傍観しない」「わたしはあの時サーヴドラが遺体を消すのを見ていた」
パリス「出も艦長これは他人の記憶なのです。」
ジェインウェイ艦長「キトマーもゲティスバークも、過去の人の記憶だけどそれを軽んじたりしない。82名の入植者が殺された事実は記憶にとどめるべきだ」チャコティー「艦長・・」
ジェインウェイ艦長「塔は停止させない、いいですね」
トゥボック「このまま放置しておくのですか」
ジェインウェイ艦長「いいえ、修理します。パワーセルを充電してあと300年は機能するようにする。」「それと、軌道上にブイを置き近くを通る船に事前に警告して知らせる」「解散」
そして、虐殺の記念碑は修理される。
ジェインウェイ艦長「あなたたちが心に傷を負ったのはわかっている。でもみんなが来なかったらこの星で死んだ人は忘れ去られていた。虐殺された彼等はきっと、心に傷を負ったあなたたちに感謝している」

このエピソードの特徴は、被害者からのモニュメントではなく、加害者側の視点でその罪悪感を伝えようとする点にあると思う。自分の自中に虐殺する罪の芽ああることを自覚することが本当の勇気であり大切なことだと思う。
サーヴドラ司令官らが自ら引き起こした、虐殺事件を反省して築かれた記念碑。その懺悔の念には敬服するが、必要以上に全くの他人の心にトラウマになるほどのことをす記念碑はいかがかと思う。
しかし、戦争の悲惨が不快感を与えるからといって、その事実を伝えないで風化させ忘れてしまうことは、同じ過ちを繰り返すことにもなるかもしれない。
アメリカが、イラクやアフガニスタンまた、今のイスラム国の支配地域での空爆なども同じことが言えるのではないだろうか。第二次世界大戦で日本の制空権を奪い焼夷弾を大量落とし多くの犠牲者がでたこと。ベトナム戦争で枯れ葉材を大量に撒き、今もその後遺症の苦しめられている人が多くいることなどが、正確に的確に世界の人たちの伝えられていないから、アメリカは同じことを繰り返しているのではないだろうか。

世界遺産などで過去の自分たちの祖先が犯した過ちを負の遺産として残すことは意味のあることだと思います

最近、自分たちの過ちを振り返ることを、自虐的だ非難する人がいるがそれは間違っている。それより、恥ずかしいのは自分たちのよいところを、自分で褒め讃えるのは、他人からみると自慰的な自画自賛で逆に滑稽に見えてしまうでしょう。

テーマ : 海外ドラマ
ジャンル : テレビ・ラジオ

品川正治の[遺言 「財界の良心」から反骨のジャーナリストへ]

品川正治の[遺言 「財界の良心」から反骨のジャーナリストへ]を読んで。
    財界の良心」から反骨のジャーナリストへ

品川正治の[遺言 「財界の良心」から反骨のジャーナリストへ]に旧制三高での軍人勅諭読み替え事件について述べている。
そこには次のようなことが書かれています。
三高で軍人勅諭事件が起こった。京都師団長の査閲があり、軍人勅諭を暗唱する事になっていた。手を挙げた品川の友人が指名され「我が国の軍隊は世々天皇の統率し給う所にぞある」と言うところを、「我が国の天皇は世々軍隊の統率し給う所にぞある」と主語を入れ替えてよんだ。査閲官はすぐに気づき、「もう一度言え」。すると友人は「わが国の天皇は世々軍隊に統率され給われたのであります。違いますか?」と言った。査閲官はすぐに駆け寄り軍刀に手をかけたが思いとどまった。友人は確信犯として退学処分、品川は生徒総代をしていたので、責任をとらないといけないと考え、退学願いを出し一兵卒として最前線に志願する嘆願書を軍にだした。品川が10ヶ月後中国大陸の最前線に出征し、瀕死の重傷を負い帰還する。
友人は事件後行方不明になるが、戦地から帰還してみると、自殺して轢死していたことを知らされる。
戦後、品川は友人のこと、軍人勅諭読み替え事件について調べる。しかし、読み替え事件の記録はなく、友人の記録もなく、中退した品川自身は卒業したことになっていて、同窓会名簿にも載っている。その上出した覚えのない、東大に入学願書を出したことになっている。
そして、読み替えた友人は、その実家も含めて家そのものが絶えてなくなっていたそうです。

この話を読んで組織の恐ろしさを感じました。特に国家権力や軍隊が暴走したとき、どのようになるのかをしめしています。学校の在学生台帳や卒業者台帳などの公文書を書き換えたり抹消したり、一国民の一家を跡形もなく抹殺してしまうことができるものだと背筋が寒くなりました。

いまも外国の独裁政権の中には、権力者が不都合な事実はもみ消し、恣意的に都合の悪いことは隠す。都合の悪いことを揉み消す、そしてそのためには人の命を奪うことも厭わない政権もあります。

日本でも秘密保護法ができ、国家機密というものを隠すことが法的に認められるようになりました。今の首相は断じてそういうことは(恣意的に隠す)ないといっています。そのことが何時までも守られることを願います。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    竹林泉水 (03/18)
    今一度野田首相が宣言したように、安倍総理は原発事故は収束したと本当は言いたいのでしょう。政府は必ず嘘をつく、それは、オリンピックの施設建設や、豊洲市場もそうです
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    アジシオ次郎 (03/18)
    おはようございます。

    今年の東日本大震災追悼式典で福島第一原発事故に言及しなかった安倍総理だが、未だに原発事故処理が解決していない、避難区域解除も進んでいな
  • マンションの挨拶禁止
    竹林泉水 (03/13)
    アジシオ次郎さん
    コメントのお返事大変遅くなり申し訳ありません。
    いまのよのなか、スマホが行き渡り本当におかしくなってきた感じですね、友達と集まってもみなそれぞ
  • マンションの挨拶禁止
    アジシオ次郎 (03/01)
    こんにちは。

    マンションで挨拶禁止って、正直近所づき合いを否定するようなものだし、挨拶をしっかりすると言う人としての常識に思いっきり反する行為だと思います。
  • これからの世界のゆくへ
    竹林泉水 (02/20)
    わたしには、トランプ大統領のメディア批判は、日本の首相を見習っているように思えてしまいます。
    アメリカは自由と民主主義国の国でこのようなことはないと思っていまし
  • 軍隊は国民を守るにあらず国を守るもの
    竹林泉水 (02/20)
    コメントありがとうございます

    自衛隊法にどのように明記されていようが、文官と武官との考えの違いはあるのではないでしょうか。
    栗栖弘臣の言ったことは、上級指揮官
  • これからの世界のゆくへ
    アジシオ次郎 (02/18)
    こんにちは。

    アメリカのトランプ大統領のメディア批判は、自分に都合の悪い話をする者はケチョンケチョンにこき下ろすと言う子供じみた言動にしか見えないが、自分に
  • 軍隊は国民を守るにあらず国を守るもの
    まり姫 (02/07)
    自衛隊法第三条に人命救助をする仕事として書かれていますよ。
    主たる任務ではないけれど、副次的任務としてきちんと規定されています。
    元統合幕僚議長の述べていること
  • 世界の民主主義が行き詰
    竹林泉水 (01/26)
    以前から時々コメントされるのですが。
    コメントを投稿されても、ロシア文字のような文字化けや、タグを書き込みそれがそのまま表示されるコメントがります。

    そのよう
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