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竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

明仁上皇の立憲主義観

平成から令和になり二ヶ月が過ぎるが、徳仁天皇は立憲主義についてどのように考えられているのだろうか。

明人上皇は、一九歳のとき、エリザベス女王の戴冠式に出席するため英国を訪問したときに、チャーチル首相から午餐会の歓待をうけ、そのときチャーチルのスピーチから立憲主義の大切さを諭されたようです。

そのことが、「明仁皇太子エリザベス女王戴冠式列席記 波多野 勝著」に詳しく書かれている。

第8章イギリス訪問 チャーチル首相の”策略”P211 に書かれているが、要約を紹介してみる。

第二次世界大戦が終わってまだ8年ほどで、イギリス国内では反日感情が強く、皇太子の来英に反対する動きもあった。
そんなか、エリザベス女王の戴冠式に天皇裕仁の名代として明仁皇太子が参列するのに対して、戦前からの閣僚で東アジアの権益を継続することを主張しっていた、イーデン外相が午餐会を主催する予定だった。
しかし、イーデン外相は病気で出席できなくないり、チャーチル首相の主催で開かれることになった。
まだ、国民の中に日本の皇太子の来英に反対する人もいるなか、チャーチルは日英の親睦を深めるために、一計を企てた。イーデン外相の病気は本当のようだが、午餐会の主催をできないほどではなかったという見方もある。

チャーチル首相が明仁皇太子を気遣い、また、英日の友好の機会としようとして午餐会を開いた。
英外務省、チャーチルは午餐会の出席者の選考では、なかなか名簿は確定しなかった。そこには先にもあげたように反日勢力や雰囲気を静めるのに人選が難航したといわれている。

出席者は、労働党のクレメント・アトリー党首、セルウッィン・ロイド国務大臣、ハロルド・アレクサンダー国防相、反日論を展開していたデイリー・エクスプレス紙のビーバー・ブルック卿、知日派のハンキー卿、スコットランド銀行頭取のバックルー卿、ハリー・クルックシャンク保守党院内総務、ブッチャン・ヘップバーン大蔵政務次官、労組会議書記長のビンセント・チューソン卿、サンデー・タイムズ紙主筆のケムスレー卿、デイリー・メイル紙等の会長のロザミーア卿、ラウンド・オーク製鉄会社会長のダッドレー卿、元労組会議書記長のシトリン卿、チューター・イード労働党議員、トム・オブライエン労働党議員
レディング外務政務次官、日本研究家のジョージ・サンソム、源氏物語を翻訳したアーサー・ウェイリー博士、知日家のビゴット少将などで。当初の二〇人が二七人になっていた。

午餐会 でのチャーチル首相の予定のないスピーチした。参列していたジョージ・サムソン卿が、そのときの様子を吉田首相に書簡で伝えている。

「殿下のためにスピーチ及び乾杯をしたい。

この機会に一言したい。
・・・・・現在のイギリスの多様な政治的見解ーー政府、国会、組合、マスコミなどーーはイギリスの特徴であります。そして、イギリス人はたとえ意見が食い違っても、英国式生活を大切????の守ろうとする点で団結するのであります
・・・・中略・・・・
我々の体が呼吸をし、血が血管を流れるうちは(国を)守り通すのであります
・・・・中略・・・・
〔立憲主義について〕
英国式生活が引き続き安定しているのは、国家体制、特に立憲君主制に負うところが大きいのでああります。君主は『君臨すれど統治せず』(である限り)君主が(政治的な)誤りを犯すことはなく、もし政治家が間違いを犯せば、国民と国民の選んだ議会によって代わりの人間にとりかえられるのであります
・・・・中略・・・・
事実上、政府は間違ったことばかりやっているという人がいるかもしれません

我々の年若な女王がイギリス人に信頼と親密感をもたらした
殿下がイギリスを楽しみ、英国式生活を垣間見ることで益を得られることを願っております。・・・・・・皇太子はまだお若くて幸運であります。過去を振り返らざる得ない者は、成功だけでなく失敗や不運の記憶もあるもので、皇太子のような若者は未来の興味や功績を夢見ることができるのであります」

そして最後にチャーチルは母親が以前、日本訪問したときの楽しい思い出を聞かされたと語り、

「これからは、「国家の財産が戦闘機や軍艦の建設でなく、芸術に投資されることを祈るものであります」としめくくった。


このスピーチの言葉、決められる政治といって、十分に審議もせず納得のいく説明もせずに、議席の数の力で次々と重要法案を強行採決をしていく、
今の政権の人たちにもじっくりと考えて読んで見てほしいものです。

この本は212年に草思社から出版されたものだが、文庫本などで出版して多くの人に読んでもらいたいと思った本です。

歴史を見る視点の違い

以前このブログで、ハワード・ジンの「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」上下と「民衆のアメリカ史」上下の本についてかた。
その同じ著者が、「肉声でつづる民衆のアメリカ史」上下を書いている。この本は、コロンブスがアメリカ大陸を発見し、そのコロンブスの航海日誌の写しから、様々な先住民への虐殺と収奪がされたこと、また多くのヨーロッパ人が新大陸に移住し、先住民を虐殺したこと。アメリカあの先住民は奴隷にしようともしたがわないので、アフリカから黒人を奴隷として人身売買がさた。また、ヨーロッパから新大陸に移住した、年季奉公の移住者がどのように雇用主の主人から、搾取されたかが、黒人奴隷や年季奉公者が自分たちの不当な待遇と権利を訴えた訴状などが載せられている。また植民地であるアメリカが母国イギリスからどのように、収奪されそのため、どのような経緯で独立革命戦争に至ったかがか民衆の手紙や記録がそのまま載せられている。
また、イギリスからの独立革命戦争後、13州からいかに領土を拡大していったか、そして太平洋の対岸に到達し、東アジア、東南アジアと勢力を拡大し、中東中東地域まで及んでいる。第二次世界大戦後、そして冷戦後アメリカのアメリカファーストの世界戦略について、為政者からの視点でなく、庶民の視点からの声がかかれている。

日本には、古事記から日本書紀そして水戸光圀が編纂を着手し明治39年に完成sた大日本史などは、為政者側から見た歴史でだが、このハワード・ジンの庶民のアメリカ史は、庶民から見た視点のような歴史書は日本ではあまり見かけない。しかし、日本に庶民の記した古文書や庶民の訴状などが沢山あり、またそれらが発掘されて、今では本になっているものも多いです。それらを系統的に編纂してみると、「庶民の日本史」というテーマの書物ができるでそう。
しかし、ハワード・ジンが「庶民のアメリカ史」や「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」を著したとき、「あなたの歴史書は、ふつうのアメリカ史とはひどくかけ離れているのに、、若い世代の読ませていいと思うのか?」また、「あなたの本を読んだ者は、自分の国に失望するだけではないのか?」「政府のやり方をあんなに避難することは、はたして正しいのか?」との質問を受けたという。

日本ならどうだろう、古代や中世や江戸時代までの近世まではよいとしても、明治以降の近代の庶民の観点や視点での歴史書を書けばどのような質問を受けるだろうか。私はまだ「日本国記」を読んでいないが、そのような本なら絶賛されても、「庶民の日本史」は自虐的だとか売国的だと非難されるかもしれない。
過去の歴史をすべて賛美する歴史は、自分を直視することができず自慰的なことにすぎないと思うのだが・・・・・。

戦後再発見叢書『9条入門』

戦後再発見叢書の第8巻が出た、『9条入門』加藤典洋だが、その「はじめに」で、中江兆民の[論外交]の一説が紹介されている。

「意気  として絶えて顧慮する所なく、そのトルコ人もしくはインド人を待つの無礼なるkと、かつて犬豚にもこれしかず、一事心にかなわざることあれば、杖をふるってこれを打ち、もしくは足を挙げ一蹴し過ぎ、視る者恬としてこれを怪しまず」
「殊知らず、トルコ印度の人民もまた人なり。(略)宜しく循々然として之を導いて、徐々にその文物制度の美を味わわしむべし。此れ天の先進の国民に命する所の職分なり」(ふりがな略)

加藤氏は、兆民のこの文を、自分たちは優秀で進んだ民族だとして、中東やアジアの人を下等な民族だとしてさげすんでいることにたいして、自由や平等・博愛は西洋が作りだしもたらしたものだが、それを自分たちだけに適応している。これらの、自由や平等。博愛について本当のことを判っていない、この原理を生かすのは作り出した彼らではなく、彼らが見下されていてそれを学んだ自分たちの方だと指摘していると書いている。

加藤しは、憲法9条の理念も、西洋の民主主義や自由、博愛・平等の先進国であるアメリカが、世界大戦の惨事を振り返り、二度と戦争をしてはならないと、GHQの民政局の人に教えられ押しつけられたが、それを生かし形にするのはそれを教えられた私たちだとも見れると述べている。
わたしは、日本が西洋に学ぶのは終戦の憲法だけでなく、それは明治維新の時にもあったと考える。脱亜入欧のスローガンのもと、政治や経済を西洋化し近代化にするのに邁進していった。そのなかで、イギリスやフランスなどの、文明の劣った国を侵略し植民地とするのは正当なことだとし、日本は欧州の列強に倣い国名を「大日本帝国」とし、帝国主義化していった。それにより、日清・日露戦争が起き、台湾を清国から割奪し、朝鮮半島を併合し植民地化していった。さらに傀儡政権の満州帝国をうちたて、西欧の植民地政策を倣いそれおこなうことにより、近代化したと思い間違ってしまった。
それにたいして、岡倉覚三(天心)は、日清日露戦争に勝ち野蛮国から脱するなら、野蛮国で甘んじようとのべ、明治政府の近隣諸国への対応を批判した。

『9条入門』は、表題からわかるとおり、9条の成立過程が中心にかかれている。そのなかで、なにを学ぶのか、平和の重要さは憲法前文にも書かれているが、9条ではその2項で「戦力の不保持」が書かれている。これは、崇高な考えであるが、非現実的な文言でもあるといえる。ならどうすればよいのか、それを考える上で、その成立過程を振り返って見るのもよいだろう。
そして、その押しつけられた文言を、どのようにすれば実現でるかを、模索し考えて見るのは、非現実できなことでもそれは無駄なことではないと思う。その模索し考えたなかで新しい平和への発想の芽が見つかるかもしれないと思うからです。

またまたガリヴァー旅行記

ガリヴァー旅行記は、小人の国と大人の国だけを読めば、子ども供家のおとぎ話のように思えるが、全文をよむと、当時の社会の風刺して描かれたものと見ることができる。
ガリヴァー旅行記には、∇第一篇で小人の国、第二篇で巨人の国、第三篇で天空の島の国、死者をよみがえらす国、不死の国、日本が書かれ、第四篇では馬の国が書かれている。

小人の国では、当時の英国が戦争に明け暮れている状況にたいして、人には人間を辱め他人を嫌う心に優るがあり、美しきもの愛らしきものへの憧れがあるのではないだろうか。

巨人の国では、農夫を搾取していた社会を、国は農業が成り立つことにより、王室も農夫も家庭がなりたち人々が温かく親切な巨人の国を描き、スウイフトが描く理想の社会を描きたかったのではないかとおもう。

天空の島は、科学が発達した世界で、数学者と天文学者と音楽家の社会を描いている、学問が百家争鳴しているようなところがある。

死者を蘇らせる国は、人の生と死の連続性を描きたかったのだろうか。

不死の国は先に書いた通りです。

日本はただ一つ実在するくにだが、なぜスウイフトは日本をえらんだのか、私にはよく解らないが、当時日本は鎖国をしてヨーロパ―の人にとっては謎の国だったのだろうか、日本ではキリスト教弾圧の象徴といえる「踏み絵」のことが書かれている。

最後の馬の国は、馬は理性ある生活をしている人と描かれ、そこに家畜として買われている人間や賤しい動物としてえがかれている。これもスウイフトが、当時の社会の現状を風刺したものだろう。

ガリヴァー旅行記 2

「ガリヴァー旅行記」の話をしたが、そのなかにラグナグ国での話のなかに、時々死なない人間が生まれるという、ガリヴァーはそれを羨ましくおもうが、ラグナグ国の人はとんでもないという。
死なない不死人間はとんでもにという。不死人間は30歳ぐらいまでは普通だが、しだいに憂鬱になり意気消沈し始める。80歳ぐらいになると、老人の愚かしさや脆さがあらわれ、さらに頑固で、気難しく、貪慾で・不機嫌・愚痴っぽくなり、そして、若い時や壮年時代の手柄話いがいは覚えていないという。そんなことだから、対人関係はわるくなり、ぎくしゃく90歳ぐらいになると、食べ物に賤しくなりなんでも飲み食をする。記憶力もなくなり人の名前ががわからなくなり親友や親戚の名前も忘れてしまう。さらに記憶力がなくなり、近所のひととも話を交わすこともできなくなる。
そして、ラグナグ国は、80歳になると、法的に死んだ者と見なされ、生活費として僅かな一部を残し他の財産はすべて跡取りが相続する。年老いた貧乏人は公費によって養われる。また、資格を剥奪された80歳以降の人は、重要な責任ある仕事には一切つけなくなる。
これをしったガリヴァーは「この不死人間の姿ほど恐ろしいものを、私はまだ見たことはない」と結論する。
これからの、超高齢化社会を予見したようなものです。
この、ラグナグ国の不死人間は極稀にしか生まれず、永いラグナグの歴史をみても、全国民で千数百人だという。しかし、私たちのいまは、不死ではなく必ず死ぬのだが、少子高齢化で高齢者の方が若い人より多くなることから考えるとより、恐ろしいと言えるだろう。

ガリバー旅行記

ガリバー旅行記
ガリバー旅行記と聞けば、小人の国と大男の国の話は子供のころ絵本などで読んだしっている。また、馬の国や日本を訪れた話があるとは聞いていた。
しかし今まで全部読んだことはなかったが、実際の小説を読むと、小人の国、巨人の国、学者の国、不死の国、馬の国など現実離れした国に行っている。しかし、そのなかに実際にある国に行っている。なぜガリバーは実際にないくに、東洋の西の端にある日本を題材に取り上げたのだろうか。
そもそも、ジョナサン・スウイフトはガリバーという人間を仕立てて、現実にありもしない国々に漂流させて、当時の社会の風刺的な話をしている。現実の世界に人間を様々な角度から観察、風刺していといえるだろう。
また、空に浮かぶラピュタという国の話しもでくる。また長寿こくでは、現在の高齢化社会の問題を予見をようでもある。
いままだ、途中までしか読んでいないが、アメリカのSFテレビ映画の、スタートレックで宇宙探査にでかけ、さまざまな異星人に出会い地球で暮らしている人間との価値観や人生観などの違いを、一話完結の物語で私たちのあり方を振り返らせるエピソードを思わせるところがある。

ヨーガの哲学 を読んでの覚書

ヨーガと聞くと、インドでおこなわれいる、からだを奇妙な形にポーズを取る柔軟な行者や、最近ではダイエットや健康運動を思い浮かべる人多いと思う。

しかし、ヨーガは紀元前800年から700年前にインドで生まれたと見られるもので、心の作用を統御して心理状態を高めるためのもので、ブッダの瞑想の方法の確立と前後して登場し、仏教にも大きな影響を与えている。
ヨーガは大きくわけて、バラモン正統派から体系化された「古典ヨーガ」と「ハタ・ヨーガ」がる、古典ヨーガの心の作用を止滅させ、霊我(ブルシャ)と原質(ブラクテイ)のに原理のサーンキャ哲学にもとづいている。一方、一元論のヴェーダーン哲学に基づいている、心の活性化の精神活動の行法の「ハタ・ヨーガ」の二つに分けられる。

ヨーガはもともとは瞑想法ひとつで、仏教の坐禅もヨーガの一方法と言えないだろうか。
ヨーガの発症の地のインドでも、家族を棄て世俗的ないとなみを拒否し遠く離れた地で、瞑想によりヨーガの境地を求める人もいる、それらの人々は生き生きと生きて入るのを見ることができるという。

ヨーガは、インドの民間信仰がバラモン教と融合とヒンズー教や、初期の原始仏教また、四禅と四無色定・大乗仏教また、龍樹、唯識論など仏教の瞑想法に大きく影響している。

ヨーガにはその修養のしかたに八階梯がある。
一 禁戒 道徳的基準
二 勧戒 精神・身体上の準備
三 実践の準備としての坐りかた
四 呼吸・気の調整
五 対象よりの心の離脱
六 特定の場における心の固定
七 固定された心の進展
八 客体ばかりとなった心

禁戒とは、仏教の五戒とよく似ている、不殺生 正直 不盗 不淫 無所有
ヨーガや仏教などの関わらず修行する上では重きが置かれるものです。

勧戒とは、心身を清める 足を知る 苦行を行う 教典の読誦 自在神を祈念する。坐禅のことについて書かれた、天台小止観本にも同じような指摘している。最後の自在髪とは、煩悩や業によって汚されていない霊我で、サーンッキャ哲学の霊我とは違う。ヨーガを修養する人のお手本のようなものです。

作法とは、ヨーガは坐法から始まるもので、ヨーガに限らず坐禅や瞑想でも安定した快適な坐り方によってよい結果が生まれる。坐禅と同じようなものです。

調息とは、気の流れに調節に入るで、呼吸を調えることだが、気と息の調和。気持ちを落ち着かせ調えることにより、呼吸を調えうるで呼気と吸気すなわち呼息と吸息の流れの調和で、長く細くすることにより息をしているのかしていないのかわからないぐらい静かな状態になる。

制感とは、眼・鼻・耳や肌などの感覚器官がそれぞれの対象と結びつきを絶つことで、心の動きのみに従う。騒がしいところや気が散るところではなく、静かな環境を選んで行うことが大切になる。

疑念とは、心を特定に場に結びつけることで、心がふわふわと気が散ってあちこちいくのではなく、凝固してしまったように一所にとどまって精神が集中しること。

静慮とは、坐禅をしているその場において、想念がひとすじに延びるようになること

三昧とは、雑念をがわき起こらなくなり、精神を一つの対象に集中するこできる忘我の状態になること。

スタートレックの新シリーズ

スタートレックに新シリーズ「デッスカバリー」が作られ、アメリカでは2017年から放送され手いる。
日本では、Netflix日本で去年から放送され、今年の1月からシーズン2が放送されている。Netflixでなく地上波やBS放送でしてくれたらと思うのだが残念だ。

シーズン1のDVDはすでに発売されていて、アマゾンで買って視聴してみた。今までのスタートレックは、1シーズンが半年ほどで30話弱が、「デッスカバリー」のシーズン1は、15話しかない。4ヶ月ほどの放送です。また、今までのスタートレックの一話完結と違い、1シーズン通しての話になっている。
時代の設定年は、初代作の「宇宙大作戦」より10年前となっている。しかし、初代のエンタープライズ1701よりも、船の大きさは大きくブリッジの広さもはるかに広い。また、装備もオクダグラムのディスプレーよりも未来的で進化したタッチパネル操作になっている、それはそれで、メカニカルな装置でなくてもこれで良いと思う。
ただ、宇宙船の装備や技術では、胞子ドライブというものを開発して、空間を瞬時に移動できるようになっている。こんな技術があれば、デルタ宇宙域に飛ばされたヴォイジャーは瞬時にアルファー宇宙域の太陽系に帰還できたことになる。
初代エンタープライズより、10年前の技術だがなんだか、ボイジャーよりも技術が進んでいるようでは整合性が取れないのではないだろうか。今までのスタートレックの時代の整合性はとってあるようだが、科学技術の整合性はあまり関係ないよだ。
また、CGを駆使してつくられて映像の面白みや役者の演技の面白みが、だんだん落ちてしまっているのが残念です。

ストーリーについては、シーズン1はクリンゴン帝国との戦いを描いたもので、前述したように一話完結でなく1シーズンで完結するので、途中の一話だけ見ても面白くないのが残念です。話のストーリを深くできるからいいという人もいるようだが、私は一話完結すくなくとも2、3話で完結させる方がいいと思うのだが。

シーズン1の最後に、エンタープライズ初代艦のパイク船長の救難信号の話が出てくきて終わるので、シーズン2ではエンタープライズやパイク船長が登場することを予見させて終わっている。
パイク艦長は、「宇宙大作戦」のパイロット版に出てくるが本編ではカーク船長に代わってしまう。つまり、10年経てばなぜカーク船長に代わったのか詳しい経緯が描写されるかもしれない。パイク艦長は事故で負傷して意思の疎通も難しい車椅子生活の状態になって、TOSの一つのエピソードに登場する。パイク艦長がタロス星人と接触して囚われの身となったのがTOSのエピソードにでてくる13年前となっている。ディスカバリーはTOSの10年前だから、ディスカバリーのシーズン2の中で、その詳しい経緯もわかるかもしれない。

このディスカバリーの主人公マイケル・バーナムは人間だがバルカン人のサレクの育てられ、スポックとは義理の兄弟のようなもの。二人のやり取りも出てくるかもしれないので楽しみだ。スポックの異母兄のサイボックがなぜ、論理より感情が大切なものとし、異端児となったのかの経緯も描かれるかもしれないだろう。
今後の展開がたのしみだが、これからのディスカバリーもシーズン1と同じように1シーズン完結なのだろうか、それとも今までと同じように一話完結に戻っていろいろなことをテーマにして作られていくのだろうか。一話完結だと7シーズンぐらい作られるだろうが、1シーズン完結だと何シーズンかで打ち切りとなってしまうかもしれないと感じている。

猿人原人旧人新人などが生存していたら

# 猿人原人旧人新人などが生存していたら
歴史にはもしもと言う言葉はないが、あえて考えるなら今この時点で現在、猿人と呼んでいるアウストラロピテクス・ガルヒ人や、原人と呼んでいるホモ・エレクトスや旧人と呼んでいるネアンデルター人、さらに新人と呼んでいるクロマニョン人のいずれかが生きていたら、私たちはどう接するだろうか。

これらの猿人から旧人対する定義は現在DNA技術の進歩により飛躍的進み、分類の解明がすすんでいる。
これから仮定にはなしで適当ではないかもしれがいが。私たち現代人のホモ・サピエンスの出現以前の、人属に分類される種が棲息していたとしたら、私たちはどうするだろうか。
アマゾンの奥地で現代文明に接したことがない部族に逢うと、今の現代人はそれらの人たちを人として接しあつかうだろう。しかしかつては、アメリカ大陸に移住したヨーロッパ人は、アフリカから連れ去った黒人を、欧米の人間より劣った種として奴隷として扱ったり、人と見なさず動物と同等に一つの労働力とした歴史がある。

万一ホモサピエンス以前の種が生き残っていたらどうするだろうか、他のオランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボなどの類人猿と同じように、動物園の檻入れたり動物保護区の中で扱うのだろうか。動物としてではなくもっと丁重に扱ったり、人間と同じようにその種の人権を認めて接するだろうか。
猿人などは稚拙だが石器を使いこなし、ネアンデルター人は人間ほどではないが複雑な言葉を話していたという。クロマニヨン人になれば、かなり精緻に加工した石器や骨から作った道具を使ていたことが分かっている。

それらの人を、この宇宙船地球号に知的生命体として生き延びている私たちは、どこまで先行して生まれた人として、受け入れ接することができるだろうか。
また、猿人から新人が使っていた道具を見ると、旧人と新人の間には一瞥してその様相が違うほどの差があることは、旧人以前の種と新人とのあいだに大きな進化の差があるのだが、そのことを理由に、扱いの差をつけるだろうか。

# 人のDNA
ところで、私たち現生人類であるホモサピエンスのDNAをしらべると、その中にアフリカ中部以南の人を除いて、ヨーロッパ人からアジア人、南北アメリカ大陸の先住民族にはネアンデルター人のDNAが2%ほどあるという。つまり、ホモサピエンスはアフリカで生まれ、そののち北上しヨーロッパとアジアに行き、ベーリング海峡が陸橋だった氷河期のころアメリカ大陸に渡り広がったと言われている。2万年以上前の私たちの祖先であるホモサピエンスはネアンデルター人とどのような形かは分らないが交配していたことになり受け入れていたことになる。
それと同じように、異種属にり容姿があまり変わらないとされる、ネアンデルター人やクロマニヨン人を私たちホモサピエンスは、彼らを受け入れることができるだろうか。

私たち人類は地上に棲息している知的生命体で、海洋で棲息して知能が高いとされるクジラやイルカなどに対して、今は考えが別れています。簡単に言えばクジラを食用としてかまわない、いや高度な知能を持っているのでその尊厳を大切にしなくてはならないと言う考えです。
これと同じように、動物園の檻にいれ見せ物とするのか、私たちと同じ社会生活を送ることができるように、教育したりするだろうか。

私たちの祖先とである、猿人から新人までで、いま生き残っているのは、私たちホモサピエンスだけです、なぜ、他の種は絶滅してしまったのだろうか。それは、様々な要因があり環境に適応できなかったからだとされている。ホモサピエンスが手を下し駆逐してしまったという証拠はでていない、またこれからも出ないであろうと思う。一番の要因は環境に適応できなかったということだろう。


もし猿人と呼ばれたものから、原人、旧人、新人と呼ばれたものがいま棲息していたとしたら彼らは、化石で見つかっている文化や文明を、いまどこまで発展・発達させているただろうか。化石で残っているものと、ほとんど変わっていないかもしれない。逆にある時点で驚異的に進化をして、高度な文化文明を作り上げているかもしれない。

# 2050年問題
先日2050年問題としって、人類がそれ以降生き延びれるのか、滅びてしまうおそえたあると指摘されていることを書いた。現在の環境問題や、経済システムの変化や、AIや遺伝子工学の進歩により、新しい知的生命体が生まれ、私たちホモサピエンスにとって代わるかもしれないと指摘する人もいる。それは、遺伝子情報を書き換えられて優性人類かもしれないし、AIが組み込まれたサイバネテェックインップラントの人かもしれない。また、貧富の格差と権力の固定化が進み、強者や権力者が弱者や被権力者を見下し搾取し奴隷化してしまう世の中になるかもしれない。

こう考えていくと、スタートレックの優性人類やベル暴動が重なって見えてくる。スタートレックの話の中では、優性人類は20世紀後半に登場し世界制覇をもくろんだ。
格差と貧困からの暴動は2024年に勃発し、その2年後にアメリカと東洋連合との世界大戦が起きている。

優性人類は、iPS細胞はゲノム編集の技術から夢の話ではなく現実となりつつある。
AI技術や自律型学習型人工知能やナノテクノロジーやインプラント技術の目を見張る進化は、ボーグ*誕生をも思わせる。(*ボーグはスタトレックにでてくる生命体で、サイバネティックによって強化されたヒューマノドの集合たいで、ヒューマノドが体内にナノプローグを注入され、肉体は機械に乗っ取られて個人としての意識がなくなり、ボーグインプラントを移植され、知能と肉体は強化される。すべての意識はネットワークにより繋がれ共有され統合され、それぞれは機械部品のように役割をはたし行動する。)


これを書いていて、スタートレックの2っのエピソードを思い出した。新スタートレックの「タイム・スリップ・エイリアン」とヴォジャーの「原始惑星の人々」

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日本国紀とワクチン本

筑摩書房のPR誌「ちくま」の1月号に斎藤美奈子氏が、「百田尚樹『日本国紀』をどう読むか」を寄稿している。
この本は、発売当初から賛否両論で、発売のキャッチコピーのような賛辞と、ウィキペディアのコピペだとか言われている本です。
斎藤氏そのようなか、この本について「自賛史観(歴史修正主義)の進化(劣化?)の産物」と言っている。私は、自賛ではなく自慰史観とおもうのだが。
斎藤氏ももちろん自国はすばらしい歴史を持っていると言うことは悪いとはいっていない。むしろそうおもうのは世界各国どこで当たり前のことだと、そのこと自体は否定もしていないし批判もしていない。
それより、この本は、90年代からじわじわでてきた、歴史修正主義の論点で書かれた「教科書が教えない歴史」(藤岡信勝+自由主義史観研究所)や西尾幹二氏の「国民の歴史」などの、自賛史観本の延長線上だと述べている。
そのような中で自賛史観の「国民の歴史」のおもしろい点として、多くの高校教科書は、フランス革命など下からの革命が、自由と平等、博愛を謳い、人権宣言の理想はたとえ暴力による血の犠牲があったからだで下からの革命を評価してる、それに対し「国民の歴史」は、明治維新の開国やビスマルクのドイツの統一をあげ上からの革命の方がはるかに有効だ指摘してるてんだと述べている。
ほかにも、百田氏の歴史史観について疑問呈している。
また、百田氏の偏向的な自賛史観の「日本国紀」に対してのワクチンとなる本を紹介している。それは、有名私学中学や大学の附属の中学でつかわれている、学び舎の「ともに学ぶ人間の歴史」をあげている。
この教科書は、多くの教科書は「人」ではなく「国」を中心に書かれているが、この教科書は「人」を中心に書かれていると指摘している。
その例として斎藤氏は教科書の巻末の年表の日本史は「北海道」「本州など」「沖縄など」の三本立てで、「アイヌ文化時代」「江戸時代」「琉球王国」に端的に分けられていることを評価し、この本がもっと大々的に広まっていく方法がないものだろうかと締めくくっている。

わたしも、学び舎の「ともに学ぶ人間の歴史」と筑摩書房のPR誌「ちくま」の1月号の斎藤美奈子氏の記事を多くの人が読まれたらとおもう。
「ともに学ぶ人間の歴史」についてはこのブログでも何回か取り上げ書いている。

キングジムのポメラを宇宙艦隊仕様に

DeAGOTINIでスタートレックのDVDを頒布していたとき、貰ったスタトレックに登場するスターシップなどのステッカーが家にあるので、それをキングジムのテキストメモ帳のポメラに貼って、惑星連邦宇宙艦隊仕様のポメラにしてみた。

・ポメラDM20が、ジム・カーク船長が乗った改装後エンタープライズ[U.S.S. ENTERPRISE 1701-A]。
・ポメラDM100が、ジャンリュック・ピカード艦長の[U.S.S. ENTERPRISE-D]。
・ポメラDM30が、キャスリン・ジェンウェイン艦長の[U.S.S.VOYAGER NCC-74656]。
それぞれのスターシップのシルエットシールです。

   無題
   宇宙船だから時空の歪みにつかまてひずんでしまった。 

確か、ポメラDM20には、ガンダム仕様を出していました。ガンダムはどれほど売れたのだろうか、スタートレックファンはガンダムファンより少ないだろうが、50年以上の根強いファンがいるので、その中で何人か買う人もいるかもしれない。しかし、スタートレックファンの中に、どれかけポメラファンがいるだろうかとも思う。さらにポメラファン+トレッキーがいるとしても、ポメラをすでに持っているトレッキーは、同じ機種のポメラの見た目が変わっても、2台目も買わないだろう。

スタートレックに登場する新スタートレック以降のスターシップのコントロールパネルはタッチパネルだが、これをデザインした人にちなんで、オクダグラムと言うが、ポメラのキーボードがオクダグラム風のタッチパネルになれば、ポメラの厚みも薄くなり、携帯性も高まるだろうし、トレッキーは飛びつくかも知れない。

『ジプシー』ニコル・マルテッネス著を読む

『ジプシー』ニコル・マルテッネス著 水谷驍訳を読んでの覚え書き1
まずは訳者の前書きから

ジプシーとは、「ヨーロッパ社会が生み出した社会的孤立集団」でヨーロッパの放浪民族と、ニコル・マルティネス氏が著書『ジプシー』定義している。しかし、以前は「インド起源の放浪民族」としていた。ジプシーはヨーロッパの各地での集団ごとに、その地域も主流社会からはみ出した人たちともいえる。いままでのインド起源説などは、ヨーロッパのジプシー学者の想像の産物だといっている。もっとも、マルティネスも元はその説を唱えていたが、1953年から30年余りの研究で、ジプシー研究は新しい展開をしていった。
インド起源説はどこから生まれたのか、ドイツの歴史学者のグレルマンが提唱したものだが、グレルマンが論文で発表してから200年も引き継がれていた。1950年代頃からのジプシーについての研究で、「ヨーロッパの主流社会からはみ出した、独自の生活と伝統を維持し引き継いできた人たちの集団」と言われるようになっている。ヨーロッパに各地にはいくつかのジプシー集団がいたが、それらは外から来た人たちでなく、ヨーロッパにいながら、主流社会にとけ込まず、独自の文化をもち生活し孤立した人たちなる。

そのように考えればどこの国や地域でも、その国や地域でもその主流社会になじめず孤立して生活している人がいる。日本でもサンカと呼ばれた人たちが1960年代ごろまで見られた。主流社会の制度にはとけ込まず山の中などで暮らしていた人がいた。またいまでも、アメリカではオハイオ州・ペンシルベニア州にアーミッシュと呼ばれる、移民当時の生活様式を保持し、農耕や牧畜によって自給自足生活の中世のキリスト教の教えにしたがって、電気などの現代文明を拒否して暮らしている人がいる。

ブレルマンの説は、ヨーロッパの民族的優位説のもとで組み立てられ説とい、ジプシーに対して偏見に染まった説だとなっている。
しかし、200年前の説が未だに大手を振るい、マルティネスなどの「ヨーロッパ社会が生み出した社会的孤立集団」説を感情的に批判する人たちがいる。それについて、マルティネスの本を翻訳している水谷驍氏は、マルティネスの本への批判は、ヒステリックな罵詈雑言でそこには、学問的に議論しようという姿勢は微塵もないと言っている。しかし、日本の辞書などで「ジプシー」と引くとブレルマンの説がいまだに書かれているものがあるので、にほんでも偏見などを持っている人は多いでしょう。

ジプシーと言う呼び名は、もともと偏見と差別を持った呼び名で、自分たちはそう自称していない、現代はロマやロムという呼び方を使うことが一般てきなよだが、日本ではジプシーという呼称が使われてる。もともと、ヨーロッパでほど、ジプシーに対しての差別や偏見の意識がないあらというより、それ自体への認識がないからでしょう。もっともジプシーの人たち皆がジプシーと称されることに対して拒否をしているのではない。中には逆に「ジプシー音楽団」などと宣伝に利用している人もいる。

しかし、ジプシーに対してのそのような差別や偏見への展開は、世界中でいたるところにあり、ジプシーに限らず自分たち以外への他民族や他集団への攻撃はよくあることです。ミャンマーの人がロヒンギャの人への差別や攻撃もそうだし、ヨーロッパのバルカン地方の国での紛争もそうだろう。後から来た人たちを差別したり憎しんで迫害する。しかし、ヨーロッパに住んでいる人たちは、もともと700万年前にアフリカの中部で生まれた祖先である、ホモサピエンスが、中東の地を通りバルカン半島を通り、ヨーロッパ全土に広がっていった。そのとき、前に先住そていたネアンデルター人と取って代わってヨーロッパに全土に広がっていった人たちです。それから7万年たち、中世のころにバルカン半島にやってきた人たちの一部はジプシーとなり各地を渡り歩く放浪の民族となった。しかし、マルティネスなど現代のジプシー研究学者は放浪民とは言わず遊動民集団といっている。これからは特に言わない限り遊動民集団という。

しかし、もともとホモサピエンスは、アフリカの地から、中東に渡りヨーロッパ大陸に広がったものと、東へ進みインドや中国の方に広がったもの、さらに東アジアを北上して、ベーリング海峡を渡り、北アメリカ大陸たどり着き、それから南下して南アメリカに広がっていった。また、海を渡りオーストラリアや南太平洋への住家をひろげていた。このように、もともと、私たちのはそのホモサピエンスのあくなき好奇心は、遊動民集団の癖となりその遺伝子を引き継いでいるのかもしれない。いやおそらく引き継いでいるのだろう。しかし、次第に私たちの祖先は定住していったと考えられる。

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またまた、「日本が売られる」を読んで

玄冬舎新書「日本が売られる」堤未果 のあとがきを読んでいると、スペインのテレサ市の市民会議の参加者シルビア・マルティネス氏の言ったことが紹介されてる「国民はいつの間にか、何もかも<経済>ちう物差しでしか判断しなくたっていった。だから与えられるサービスに文句だけ言う<消費者>になり下がって、自分たちの住む社会に責任を持って関わるべき<市民>であることを忘れてしまっていたのです」と述べている。

ものを追い求めることにより人類は進歩し今の快適で便利な技術を得て暮らせるようになっている。しかし、地球規模で世界を見渡すと、その便利さを享受できているのは、何割のひとたちだろうか、しかもその中のほんの数パーセントの人だけが裕福な暮らしをおこたっている。そうでない人は今の新自由主義経済のなかで貧困のループにはまってしまている。

1980年頃までは富の再配分といわれ富める者は、税金を多く払いまた社会奉仕貢献などで寄付をして、中流社会の底上げと貧困層の救済をしてきた。しかし、2000年に入り20年を過ぎようとしているいまは、富める者はますます富を蓄えよとし、株式会社などの株主は株の配当を1円でも多く貰おうと会社に要求し会社はそれに応えようと勤しんでいる。

「吾唯足知」ではなく、「事たるたるにつけても足らぬなり」「水のなかで喝を叫ぶごとくなり 長者の家の子となりて貧里に迷うにことならず」と今の先進国の人々はその、貧里に迷い込んでいるようなものです。自己の欲望と深い妄執と不分別心のため、己を見失い迷っているようなものです。

いまいくつもの公共事業が民営化されていっている。鉄道事業の国鉄が民営化され、逓信事業の郵政が民営化されてしまている。公共であるべき事業が利潤追求の投資対象になっていく方向に向かっている。
鉄道は赤字路線が廃止され過疎地の交通手段を奪い、郵政事業も今は全国一の料金だが、過疎地などは料金が高くなってしまうかもしれない。
福祉サービスも行政事業で行なわれていたが、介護事業として民営化でサービス競争によりサービスの質が上がると言っていたが、事態は過酷な福祉業界の労働環境と採算をとるためにサービスが切り捨てられてしまったりしている。
これから、水道事業や公立の義務教育学校も民営化への話しがでている。民営化するということは利潤追求の事業とすることで、そこには効率を上げること、直ぐに結果を出すこと、利益を上げることです。公共事業のなんでも間でもを民営化してよいものだろうか。
株式化された事業で利益がでれば、株主はさらなる株の配当を望む、さすれば会社は配当を増やし人件費を押さえたり事業の質を落としたりすることになる。さまに、事たりているのに 足りないと叫び 貧里に迷うなりです。

いま読んでみている本

以下に紹介する人はそれぞれ違った分野で活躍しているが、安倍政権があと3年続くことを考えると是非読んで置く必要がある本と思う。
(本の画像をクリックするとアマゾンのページに飛びます、注意してください)

いや安倍晋三に限ららずられが、国のリーダーになろうとも、自分の住んでいるこの国のことを考えると読んでおくべきだと思う。

矢部宏氏がプロデュースした「戦後再発見双書」のダイジェスト版のような「知ってはいけない 隠された日本支配の構造」講談社現代新書
    知ってはいけない

NGO・国連職員として世界各地の紛争地での紛争処理、武装解除などに当って紛争解決人ともよばれている。伊勢崎賢治氏の近著「主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿」
    主権なき平和国家

国際ジャーナリストの堤未果氏の安倍政権が進める岩盤規制を打ち砕く特区制度の正体とはなにか「日本が売られる」
    日本が売られる

これらの本を読んでいると、日本という国の不甲斐なさに嫌気がさしてくるが、このことに対してみて見ぬふりをしたり蓋をしてやり過ごすと。ますますこの国は、世界から呆れられ見下された経済大国に留まり続けることになる。

そのような国でもいいから経済大国になるのか、国民一人一人が自信と誇りを持てる国とは何なのかを考えることができる本と言えるのではないか。

他にも、安倍政権が考えている憲法を改正した後、どのような国にしたいかを読み解く本もあるが、それらはまた、日本会議などが国家神道の復活を願っているその狙いとは何かをも考える本も読んでみたく思う。

だいぶ前に出版された本だが

上野千鶴子の選憲論 (集英社新書) 上野 千鶴子がある。改憲や護憲論いろいろあるが、違って視線から憲法を考えてみることができる。
    上野千鶴子の選憲論

教養派知識人の運命 書籍案内

大正から昭和の戦中・戦後あたりに、教養主義として高校・大学生によく読まれた『三太郎に日記』があるが、その著者である阿部次郎についての本が、教育社会学者である竹内洋によって、『教養派知識人の運命 阿部次郎とその時代』のタイトルで出版されている。

    選挙2

この本は単なる阿部次郎のでんきではなく、その社会的な背景や同時代の知識人との関係につていもかかれてる。
この本を読んで今一度、書架から『三太郎に日記』を取り出して読んでみよう。今まで幾度か読み返してみているが、なかなかボリュームがあり完読熟読ができていないが、阿部次郎との人となりを知ってこの本を読み、この本を読んでみるとまた、今までにないものを発見できるかも知れない。

三太郎に日記は角川叢書から、合本が新しくだされている
    選挙2

蝉丸

これやこの 行くも帰るも わかれて
      知るも知らぬも あう坂の関

これは誰でもが知っている、小倉百人一首にもある蝉丸の歌です。

蝉丸は今昔物語によると、宇多天皇の息子敦弭昵實親王の雑子で、親王から琵琶の秘曲を聞き覚え、後に逢坂山に住んだとされ。醍醐天皇の皇子とも言われるが。能のでは延喜帝の第四皇子で、生まれついた目が不自由で、帝から逢坂山に捨てられ、暗夜に藁葺き屋ねの荒ら屋で、風の音を聞きながら寂しく琵琶を抱いて泣いていた。一方、第三皇子の姉宮が逆髪の存在が帝をそうさせたととも言う。
延喜天皇と言うのはいないが、醍醐天皇の治世のときの年号は、昌泰・延喜・延長なので醍醐天皇のことを、延喜天皇というのであろう。これは明治以降は天皇が崩御されるとその時の年号をつけて呼ぶのと同じでしょう。

蝉丸は生まれながら目が不自由であったが、歌を読み琵琶を奏でたことから、目が不自由なこと以外は、他の同世代の若者と何ら変わりなかった。
一方一つ上の、姉は「心より/\狂乱して。辺土遠郷の狂人となって。翠の髪は空さまに生い上つて撫づれども下らず」とあるように、路頭をさまよい歩いている。そのようななか逆髪は逢坂山に迷い込み、聞き覚えのある琵琶の音を聞き、蝉丸に再開するのだが。
この曲は、人気ある曲で今はよく上演される曲です。しかし、天皇家の悲劇を主題として扱ったもので、宝生流の上演を阻止しようと右翼が押しかけたこともあり、一時戦時中は右翼からの攻撃で上演が自粛されたことがあった。

しかし、離れ離れになった兄弟が再開するが、姉は狂乱し流浪の身で、弟は目が不自由の身で藁ぶきの琵琶法師。姉弟の障碍は前世の行いの咎からくるもので、後世のためにと父である延喜帝から放逐された身。それなら二人の一緒に暮らせばよいのだが、それもかなわぬことで姉の逆髪の声が遠ざかっていく聞きつけた蝉丸はただ佇み見送っている。

蝉丸は百人一首にも選ばれるような、優れた歌人であり琵琶法師でもある、また逆髪も狂乱するというが、いつもそのようではなく、発作がでるのかまた発達障害で周囲の状況によりパニックになるかのように思えるが、帝という身分の地位というものは無情なもので、当時の頃は天変地異や自然災害などが起きるのは、治政が悪いかとされていた時代。自分の子供に障碍がなどがあるのは、このように良くない災いを起こすので、最愛の子を放逐してしまうのは惨いことです。

この曲はそのような、人間の運命を描いた、貴種たちの悲劇なので人気があるのでしょう。

スタートレックに出てくる人工知能兵器

人工知能で敵を攻撃する自律型人工知能ロボット兵器の話しで、スタートレックにそのことを題材にしたエピソードがいくつかああると書いた。
そこで、ヴォイジャーのエピソードを幾つか拾ってみた。

ユニット3947
ヴォイジャーは一体のロボットを回収し、ベラナ・トレスは動かないロボットをなおすがそれが、戦争のために作られた兵士ロボットだった。兵士ロボットは攻撃してくるものは抹殺するようにプログラムされていた。戦争が終わりロボット兵器を作った建設者は機能停止させようとした。しかし、攻撃してくるものは抹殺するようにプログラムされているので、ロボットは自分たちを作った建設者を抹殺してしまった。建設者は万が一の安全策としてロボット自らが数を増やしたり修理できる能力を与えていなかった。しかしトレスはそのようなことは知らず、技術者としての好奇心んと興味からその能力を開発し与えてしまった。

惑星破壊ミサイル
ベラナ・トレスがヴォイジャーのクルーになる前、マキにいたころカーデシアのロボットミサイルのプログラムをし直し、カーデシアを襲うようプログラミングし直す。しかし、ミサイルはヴォイジャーと同様に管理者と呼ばれるものに、アルファー宇宙域からデルタ宇宙域に飛ばされていたが、ミサイルは自分はアルファー宇宙域にいると思い込み、関係ない惑星を破壊に向けて航行していた。それを知ったトレスはミサイルの乗り込みプログラムの機能を停止させるが。ミサイルはプログラムを自己修復し再び、惑星破壊に航行し始めた。

乗っ取られたドクター
救難信号を送っている人工知能を持つ兵器をヴォイジャーは収容してしまう。そこでヴォイジャーのホログラムのコンピュータドクターが乗っ取られて、人工知能を持つ兵器は故障箇所を修理するように要求する。それにより、敵種族を攻撃するミッション中である長距離戦術を思い出し、人工知能兵器はヴォイジャーに機能回復をするよう要求し、もし要求に従わなかったらヴォイジャーを破壊すると脅す。

自律型致死性兵器、通称殺人ロボットはSFの世界でなく、今や誕生するとのは時間の問題と考えられている。人工知能を持った兵器は大量の情報を瞬時に判断し、同時に複数の武器を使うこともでき、しかも人間のように感情がなく、疲れも知らなく一旦起動させると停止させない限り、限りなく殺し続ける大量殺戮兵器になってしまう。
ロボット兵器に限らず、科学者の欲望は一度、手にした技術にたいして、それが悪用されると知ってもその技術に見せられ限りなく開発を追い求めてきたのが、人間の歴史です。そのようなことを考えると殺人ロボットが開発されると、科学者はもちろん軍部はそれを放棄することはしないだろう。

再び、知ってはいけない、隠された日本支配の構造

8月31日に、講談社新書の「知ってはいけない 隠された日本支配の構造」矢部 宏治氏の本の掲載されているマンガを紹介しましたが。

しかし、インターネットの通販では、品切れになっていたが注文できるようになっていたので、注文したところ入荷できないとの知らせがきました。そこで、書店を幾つか回って見つけました。裏づけを見ると第一刷になっているので、売れ残りです。

この本を読むと、
矢部宏治氏が創元社で企画した、「戦後再発見」シリーズ
・戦後史の正体 孫崎享著
・日米地位協定入門 前泊博盛編
・検証・法治国家崩壊 吉田敏浩・新原昭治・末浪靖司著
・核の戦後史 木村朗・高橋博子
・「日米行動委員会」の研究 吉田敏浩

矢部宏治氏自身が著し、集英社インターナショナルから出した。
・日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか
・日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか

この7冊の本のダイジェスト版というか解説本のように感じました。

7冊を読むのはかなりのボリュームだし、金額がはるのでこの一冊でかなり、戦後の日本がどのような歩みをしてたのか、そして今後どのように進むのかがわかります。

この本を読んでいて、すべての根源は中国で国民党が共産党に敗れ台湾に逃れたこと、つまり内戦状態にあった中国に共産党政権の中華人民共和国が樹立されたこと。それ以上に金日正の北朝鮮が南下して朝鮮戦争が始まった所から始まっていることがわかります。
そして、これからの日本を考えるうえで、国際法的に朝鮮戦争はまだ終わっておらず、休戦状態にあることをまずは押さえておくべきでしょう。朝鮮半島は戦争状態にあるため米軍は日本に駐留し続ける必要がある。しかし、ポツダム宣言に日本に民主的な環境が整えば、アメリカは米軍に日本から直ちに撤退する。この二つの相矛盾することを両立させるために、トリックが作らられたと言うのです。
それはサンフランシスコ講和条約と旧日米安保条約と日米行政協定(いまの日米地位協定)を結び、GHQの統治から外交的政治的には独立したが、連合国軍であるアメリカ軍の基地がいまだにあるばかりか、いまだに軍事的な占領下に出来ることが作られたことがわかりました。

そして、いま北朝鮮が核保有国になったとし必要以上に、米国の気を引こうとして挑発をし続けられるのも、朝鮮戦争が休戦状態にあり終わっていないからでしょう。そのような状況下で日本はどのよな選択をしたらよいのか。
今まで、アメリカが草案を作った憲法の9条により自衛隊は海外派兵ができないと米軍と共同歩調をとることを、歴代首相は拒否してきました。しかし、安倍政権は憲法解釈を捻じ曲げてしまい集団的自衛権を可能にし、安保法制を作り上げ自衛隊が米軍の指揮下に入らざるをえなくなってきています。
そして、戦争を知らない3代目の金正恩は休戦中だが、戦争を終わらせる気はなく火遊びをしてみたく思っているのだろうか。
自衛隊が有事の際米軍の指揮下に入るとなると、北朝鮮にとって格好の日本の米軍基地攻撃への口実になりかねないのではないでしょうか。朝鮮戦争は休戦状態だとすると、いままさに有事であることになる。そうなると日本がどのような道を進んでいくべきなのか、時の首相の考えが大きく左右されることになっています。戦後生まれの北の指導者のように戦争をしてみたいと思う政治家か、戦後生まれのお人よしでも平和について積極的に考えられる政治家とどちらがよいのだろうか。

講談社新書の「知ってはいけない 隠された日本支配の構造」の漫画を再掲して、日本はどのような国かを考えて見たく思います。
この本を読んで、「戦後再発見」シリーズ前出の本を読んで、いまの日本の現状としてよいのだろうかと、独立国としての自尊心がくずれてしまい、戦後から今までの自虐的な米軍との関係はこのまま続けて行くのがよいのか、それとも打ち切ることがよいのか考えるべきでしょう。
しかし、日本の政治家にもいろいろな人がいて、日本会議の人たちや、皇国史観を国体の大切にすべきものと考えたり、安倍晋三史観のような人たちがいるが、それらは日米安保体制と日米地位協定により、それらの人たちの暴走が今まで重石として働いていたのならそれなりの功罪があるわけです。
これから、不平等な日米関係の米国従属から本当の意味での日本の独立をするためには、私たち日本人として真剣に考えなくてはならないと思います。

もう一度この、「知ってはいけない 隠された日本支配の構造」の内容がまとめられている四コマ漫画は、矢部氏も拡散されこの密約の現状を多くの人が知ることを望んでいると言っています。そこで改めてのその漫画を見て見たく思う。

第1章 日本の空は、すべて米軍に支配されている
日本の空は、すべて米軍に支配されている

第2章 日本の国土は、すべて米軍の治外法権下にある
日本の国土は、すべて米軍の治外法権下にある

第3章 日本に国境はない
日本に国境はない

第4章 国のトップは「米軍+官僚」である
国のトップは「米軍+官僚」である

第5章 国家は密約と裏マニュアルで運営する
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国家は密約と裏マニュアルで運営する

第6章 政府は憲法にしばられない
政府は憲法にしばられない

第7章 重要な文書は、最初すべて英語で作成する
重要な文書は、最初すべて英語で作成する

第8章 自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う
自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う

第9章 アメリカは「国」ではなく、「国連」である
アメリカは「国」ではなく、「国連」である

日本の隠された支配の構造

知ってはいけない 隠された日本支配の構造 矢部宏治 講談社現代新書

知ってはいけない 隠された日本支配の構造 矢部宏治 講談社現代新書

矢部氏は創元社からの「戦後再発見」シリーズを企画した人で知っていおられる方も多いでしょう。

新しく出版した本が今回紹介するほんですが、講談社の現代新書の紹介Webページには、次のように紹介されている。

なぜ日本は米国の意向を「拒否」できないのか?官邸とエリート官僚が国民に知られたくない、最高裁、検察、外務省の「裏マニュアル」とは?「戦後史の闇」に光をあてた決定版。3分で本書の内容がよくわかる四コマまんがつき。

しかし、この本をよんでいると、陰謀説をまき散らしているようにみえるが、矢部氏は膨大な資料にもとづいて暴いていいます。
IWJで岩上安身氏と矢部宏治氏とが対談していて、その対談が2018年8月1日まで会員以外の方にも全編公開いたします!


その中で、その本のつけられた四コマまんがは拡散してもよいと言っているので、このブログに張り付けてみました。
下の漫画は講談社現代新書の知ってはいけない 隠された日本支配の構造の紹介ページからリンクしたものです。

第1章 日本の空は、すべて米軍に支配されている
日本の空は、すべて米軍に支配されている


第2章 日本の国土は、すべて米軍の治外法権下にある
日本の国土は、すべて米軍の治外法権下にある


第3章 日本に国境はない
日本に国境はない


第4章 国のトップは「米軍+官僚」である
国のトップは「米軍+官僚」である


第5章 国家は密約と裏マニュアルで運営する
国家は密約と裏マニュアルで運営する


第6章 政府は憲法にしばられない
政府は憲法にしばられない


第7章 重要な文書は、最初すべて英語で作成する
重要な文書は、最初すべて英語で作成する


第8章 自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う
自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う


第9章 アメリカは「国」ではなく、「国連」である
アメリカは「国」ではなく、「国連」である


首都圏の米軍基地と言えば厚木基地、座間キャンプ、横田基地、横須賀基地だが、六本木ヒルズの近くにも米軍基地があり、「赤坂プレスセンター」と呼ばれている日米合同委員会が置かれている「ニュー山王ホテル」です。
そして、これらの基地間を米軍機は自由とう飛ぶことができ、日本の飛行機は飛ぶことができないです。これを横田空域と言いここを飛ぶときは米軍の許可がいる。そのために、日本の民間旅客機はそこを避けて飛んでいる。

これは日本の最高法規は「日本国憲法」ではなく、国権の最高機関は国会ではなく、日本を支配しているのは、米国との「密約」であり、最高機関は「日米合同委員会」でだと、安倍氏は言う。

この本を読むと、米国がいや米軍は日本は最も重要な同盟国と言うのは、日本は戦後連合軍に占領され、講和条約を結んだ後も日本国内を米軍が自由に活動できることになっている。しかも、フィリピンや韓国では米軍は当事国の国内法をに基づいて活動できるのだが、日本では米国内以上に自由に活動できるようになっている。
吉田茂とクラーク米軍司令官が1952年7月23日の口頭で交わした「指揮権密約」によるものだという。

謡曲の三卑賤「善知鳥」「鵜飼」「阿漕」の備忘

能の曲のなかで、殺生をして地獄に落ちる三卑賤と呼ばれる曲、「善知鳥(うとう)」「鵜飼」「阿漕」についてのメモ、まずはその最後の部分を抜き出してみた。

◆善知鳥(場所は越中立山・富山)
地「娑婆にては。善知鳥やすかたと見えしも。/\。冥途にしては。怪鳥となり罪人を追つ立て鉄の。嘴を鳴らし。羽をたゝき銅の爪を。磨ぎ立てゝは。眼をつかんで肉を叫ばんとすれども猛火の煙にむせんで声を。あげ得ぬは鴛鴦を殺しし科やらん。遁げんとすれば。立ち得ぬは。羽抜鳥の報か。
シテ「うとふは却つて鷹となり。
地「我は雉とぞなりたりける。遁れがた野の狩場の吹雪に。空も恐ろし。地を走る。犬鷹に責められて。あら心うとふやすかた。やすき隙なき身の苦を。助けてたべや。御僧助けてたべや。御僧といふかと思へば失せにけり。
◆鵜飼(甲斐石和・山梨)
地「唯一乗の徳によりて。奈落に沈みはてゝ。浮びがたき悪人の。仏果を得ん事は此経の力ならずや。
地「是を見彼を聞く時は。/\。たとひ悪人なりとても。慈悲の心を先として。僧会を供養するならば。其結縁に引かれつゝ。仏果菩提に到るべし。げに往来の利益こそ。他を助くべき力なれ/\。
◆阿漕(伊勢の国安濃・三重)
地「唯罪をのみ持網の。波ははへつて。猛火となるぞや。あら熱や。堪へがたや。丑三つ過ぐる夜の夢。/\。見よや因果のめぐり来る。火車に業つむ数苦しめて。目の前の。地獄も誠なり実に。恐ろしのけしきや。
地「思ふも恨めし古の。
地「思ふも恨めし古の。娑婆の名を得し。阿漕が此浦に。なほ執心の。心引く網の手馴れしうろくづ今はかへつて。悪魚毒蛇となつて。紅蓮大紅蓮の氷に身をいため。骨を砕けば。叫ぶ息は。焦熱大焦熱。焔けぶり。雲霧。立居に隙もなき。冥土の責も。度かさなる阿漕が浦の。罪科を。助け給へや旅人よ。助け給へや旅人とて。また波に入りにけりまた波の底へ入りにけり。

この「善知鳥」「鵜飼」「阿漕」ですが、それぞれ殺生を生業にして咎に落ちる三卑賤とよばれています。しかし、それぞれ結末が違います。
「善知鳥」は、猟師の生業のために善知鳥の親鳥と幼鳥を繰り返し獲るのです、それにより地獄に落ち殺生した鳥獣から地獄の責め苦をうけ、旅僧の回向を願うが地獄の責め苦からのがれられないのです。
「鵜飼」は、生活のため禁断の漁をし殺生を繰り返すのですが、訪れた僧の縦僧の一人が馳走してくれた得度を思いだし、僧の法華の回向をうけ仏果菩提に到ります。
「阿漕」は、生活のためとはいえ禁断の海で漁をし咎を受けたのを、伊勢太神宮に参詣しに行く旅人に地獄での責め苦を見せるのですが、救われることはありません。

◆善知鳥
善知鳥安方 うとう‐やすかた
陸奥国外ヶ浜にいたという鳥。親が「うとう」と呼べば、子が「やすかた」と答えるという。
うとうは蝦夷の言葉で、突起を表す言葉。チドリ目ウミスズメ科の海鳥。大きさはハトぐらい。背面は灰黒色、腹部は白色。顔には2条の白毛を垂れる。生殖時期には上嘴基部から角状突起を生ずる。北方海洋の島で繁殖し、冬期本州から九州の海上にまで南下する。子を取られると鳴くという。

自分が狩った善知鳥やすかは「怪鳥となり罪人を追つ立て鉄の。嘴を鳴らし。羽をたゝき銅の爪を。磨ぎ立てゝは。眼をつかんで肉を叫ばんとすれども猛火の煙にむせんで声を。あげ得ぬは鴛鴦を殺しし科やらん。遁げんとすれば。立ち得ぬは。羽抜鳥の報か。」と責め続けられることで終わる。

◆鵜飼
能。榎並左衛門五郎原作、世阿弥改作の鬼物。甲斐の石和川いさわがわで禁漁を犯して殺された鵜飼が、旅僧を供養した功徳で成仏する。
このそうは日蓮とも言われているが、石和川いまの笛吹川には鵜飼橋がありその近くに日蓮宗の遠妙寺がありその山門には鵜飼山と書かれた額が掲げられているすです。また、鵜供養塔と漁翁堂などがある。この鵜飼の名を勘作といいその墓がある、この勘作は、平清盛の北の方二位殿の弟平大納言時忠という伝承もある。

◆阿漕
伊勢の海あこぎが浦に引く網も度かさなれば人もこそ知れ 西行
恋の忍び逢いにももちいられ密事を重ねる罪を、阿漕に例えられるのは悲しいことだと、罪深きものだが賎しみ給ひ候ふなよ

伊勢の海阿漕が浦に引く網も度重なれば現れにけり
逢ふことも阿漕が浦に引く網も度重なれば現れやせん
古今和歌六帖
逢ふことを阿漕の島に引く鯛のたびかさならば人も知りなむ
千束の契忍ぶ身の阿漕がたとへ浮名立つ

帰ってきたヒトラー

共同通信のWebサイトに、各地方紙のコラムが掲載されているページがあるが、その欄に共同通信の「日めくり」という欄がある。

そこに、で去年に制作された「帰ってきたヒトラー」について書かれていた。
この映画は、ティムール・ヴェルメシュの「彼が帰ってきた(Erist wieder da)」小説の映画化です。
「帰ってきたヒトラー」の公式Webサイト[http://gaga.ne.jp/hitlerisback/
1945年に自殺したヒトラーが、現代にタイムスリップして現代に現れる。往年と変わらない言動で、周囲の人々が彼をヒトラーそっくりの芸人だと勘違いを呼び、本当のコメディンにさせられていく。テレビやインターネットの力で再び人心をつかんでい。その危険な笑いでドイツで賛否両論を巻き起こした小説の映画化です。

共同通信の記事の内容は、その映画の監督デビッド・ベンド氏にベルリンで会見が紹介されていた。
そのなかで、「映画のラストで、オープンカーに乗ったヒトラーが「好機到来だ」と語る。」に対して、ベンド氏は次のように答えている。
「ヒトラーが力をつけた1920年代から30年代と今は相似点がある。グローバリゼーションや自由貿易の後、保護貿易、国境閉鎖などの動きが出て世界恐慌が起き、社会がもの凄い勢いで変わった。結局、これがナチスに大きなチャンスを与えてしまった。物事がうまくいかなくなった時、人々はシンプルな解決法を求め、非難できる誰かを欲しがる。『難民のせいだ』『女性に力を与えすぎたせいだ』などと言い出す。ファシズムは優越感を約束し、大衆を扇動しようとする者は「私は問題を解決できる唯一の人間」と語る。この手法は今も生きており、まさにトランプ氏が使った。

今の日本も、次々と国民の多くが反対している法案を、数の力で押しきり強行採決している。
沖縄をみても、水産庁長官の「漁業権は消滅し、岩礁破砕などを行うために許可を受ける必要はない」としたことにより、防衛局が岩礁破砕許可の申請をしないと県に伝え。また、防衛局が本来は私人の権利救済を目的とする行政不服審査制度を、国土交通相から承認取り消しの効力を一時停止する決定した。
これらは、安倍首相は「法にしたがって」といい、菅官房長官は「わが国は法治国家」と言い正当化して、「粛々と進める」というが、法令を解釈をご都合主義で解釈していくなら、それ「法治国家ではなく」「人治主義の国家」といえる、君主が治める国での人治国家ならまだしも、選挙で選ばれた民主主義の国での、人治国家になればそれは1933年のドイツのようになりかねない。
アメリカのトランプ現象は、日本の現状の後追いのようだが、一つ違うのはジャーナリズムの違いです。今のところアメリカのジャーナリズムは、大統領の暴走しかねない言動を批判しているところです。しかし、日本のジャーナリズムは何も言えないのが現状です。

そして、最後に次のようにも言っていました。

 価値ある記事を応援する
 「極右や右派はかってネットワークづくりのためにインターネットを利用していたが、今は自分の意見を誇示したり虚構のニュースを広げる道具にしている。差別感情がネットにより表に出やすくなった。・・・以下略

アメリカでもヨーロッパでもグローバリゼーションや自由貿易の閉息感から、保護貿易、国境閉鎖やポピュリズムなどの動きが出ている、
トランプ大統領の登場、欧州各国での極右の台頭し支持をあつめている、いま世界がどのような方向にすすむか、後戻りせずに前に進む方向を見つけだしいかないといけなとこの記事を読んで思った。

トランプ大統領とオール・ザ・キングスメン

トランプ大統領の言動を見ていると、1949年に公開されたアメリカ映画、「オール・ザ・キングスメン」を思い出してしてしまう。

トランプ大統領と映画の主人公のスタークは生い立ちが全く違うが、権力を掌中にしてから、トランプ氏はスタークと被るところが出てこないか心配してしてしまいます。

「オール・ザ・キングスメン」の映画のあらすじ
ルイジアナ州メイソン市の郡出納官ウィリー・スタークは、校舎建設の入札に不正があることを訴えていたが、相手にされず逆に職を失う。彼を取材するクロニクル紙のバーデンが取材にやってくる。校舎の非常階段の崩落事故が起き、3人の子供が犠牲になり、スタークは脚光を浴びる。
スタークのところにダフィと名乗る男が訪ねてきて、ルイジアナ州の知事選に立候補するよう勧める。スタークは知事選に立候補したが、移動中の列車でダフィが対立候補のスタッフであり、対立候補の票を割れさせるために担ぎ出されたにことを知って怒り、スタークはは従来の州政府の政策と対立候補を下品な口調で激しく攻撃する。演説は貧困層の支持を集め、スターク勝利となり州知事となる。バーデンはスタークのスタッフとなる。
州知事就任後スタークは、貧しい人々の支持を受けながら、スタークは自分の政策を実現するために、脅しと買収等の手を使い実現していく。大企業や上流階級の利益を代表する議会や州裁判所とは対立し、上流階級からは冷笑的な扱いを受ていく。
大企業や上流階級が議員を州知事を弾劾する動きがあると知りスタークは、弾劾支持を表明したアーウィン判事を訪ね、翻意を迫るがアーウィンの決意が固いことを知ったスタークは、彼の翻意を迫れるスキャンダルをバーデンに探させる。
スタークは人気取りのため自分の名前を冠した新病院院を作りその院長に、人格者として人気のあるアダムを当てるが、スターク州知事の政治的な駆け引きのため、心の痛みを抱えることになる。スターク州知事反対派は「州知事がアダム・スタントンの兄妹を利用したこと」や州知事のスキャンダルなどをアダムに知らせた。激怒したアダムは州知事のもとに向かい銃殺してしまう。。

この映画「オール・ザ・キングスメン」はルイジアナ州知事のヒューイ・ロングがモデルで、同名の小説がロバート・ペン ウォーレンによって、「すべて王の臣」(白水社)書かれ、それをモデルにしている。

ロングの略歴は次のようなものです。
1893年、ルイジアナ州のウィン・パリッシュに誕生。
政治に関心を持ち大企業攻撃で民衆の人気を得た。1924年にルイジアナ州知事選挙に立候補したが落選。その4年後1928年に最年少で当選。在任期間中、ハイウェイ、アスファルトまたは砂利の道路、十一の新しい橋を建設することで、公共事業で失業対策をしたが、州の赤字が十倍となった。また多くの金が収賄や不正、リベートに消えた。議員を買収して州議会を牛耳り、司法や教員にも影響力をふるった。憤慨した下院によって知事弾劾案が提出されたが買収と脅しで無効になった。
1932年からオスカー・K・アレンを州知事にさ影から州を支配し、自らは国政を目指して上院議員に当選なり。大統領も目指した。あまりに敵が多くいつも身の回りをボディガードをかため、暗殺をいつも警戒していた。彼の最大の政敵で判事であったベンジャミン・ペイリーを排除するため州法を改正したため、医師でペイリーの女婿であったカール・ワイスにより1935年9月8日、ルイジアナ州会議事堂で銃弾を浴び2日後の死亡した。ワイスはその場で射殺された。ロングの葬儀には十万人に及ぶ支持者がつめかけたという。この暗殺には謎が多く陰謀説もあるが、ロングの死により、ルーズベルトが大統領に再選されている。

ロングは急進的なポピュリズムでルイジアナ州知事を務め、1934年には「誰もが王様」("Every Man a King")というスローガンの下に、世界恐慌のために引き起こされた犯罪と貧困を抑制するために、「富の共有運動」("Share Our Wealth")と呼ばれる富の再分配を運動を作りあげ、ロングの社会改革は大きな人気を集めたが、独裁の傾向対して批判された。

日本の映画産業

日本の映画は興行収入がこのところ、アニメブームで上向いているようです。
新聞によると上位5位の邦画は次のようになっている。
君の名は(アニメ)
シン・ゴジラ
名探偵コナン 純黒の悪夢(アニメ)
映画妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン(アニメ)
ONE PIECE FILM GOLD(アニメ)

洋画は次の通りです。
スター・ウォーズフォースの覚醒
ズートピア(アニメ)
ファインディング・ドリー(アニメ)
ペット(アニメ)
オデッセイ

日本での映画の興行収入は、これを見ると今やアニメ中心になっているようです。その是非はともかく昔のように大スペクタクルでしかも中身が濃く深い映画は少ないようです。
シン・ゴジラにしろスター・ウォーズもコンピュータグラフィックスを駆使したもので、実写で手間暇掛けて作られる作品はすくなくなっています。
もともとアニメは手作業で手間暇がかかるものだが、こちらもいまはコンピュータがなければ作れないものです。
日本映画制作者連盟の岡田祐介会長は「ここに来て、映画媒体価値が少し上がってきたのかな、と。お客さんはいいソフトにはお金を払ってくれる。大変自信がもてた1年だった」。とはなしている。

しかし、深く一つのことを見つめた映画や、報道映画やドキュメンタリー映画などの質の高い映画も多く作られいるが、それらの映画が注目されないのが残念です。

昔の、「ベンハー」や「偉大な生涯の物語」などのような映画はもう作られなくなってしまったようで残念でが、大きな映画館で上映されない、岩波ホールで上映される映画も製作されていて、多くの人が鑑賞しています。今後もそのような映画が作られることに応援をしていきたいです。

豊住書店とベニヤ書店

去年の暮れに、近鉄奈良駅の近くにある二つの書店のことを書いた。
その後わかったことですが、その書店の一つ「豊住書店」は、江戸時代に伊賀上野にて創業し、日本で3番目に古い歴史ある書店だそうです。明治時代に三条通の角振町に店を構え、大正時代に現在の東向北商店街に移転したということです。
この書店のすぐ近くには、「大学堂」という古書店もありこちらも覗いてみるのもよいでしょう。
最近の書店いやBOOKSTOREは雑誌やコミック本などが中心であまり魅力を感じないが、この書店は教養・学術系の書籍を中心に置いてあり、店の主人の方針がよく現れているようです。また、奈良の歴史に関する書籍も数多く取りそろえてある。
さらに、店主がこまめに調べたのか岩波文庫などには「絶版」「当分重版予定なし」の帯を付けています。

ブックカバーのことを「書皮」と呼ぶそうですが、豊住書店の書皮は、2007年に書皮大賞を受賞したそうです。
2007年 書皮大賞 受賞書皮
http://bcover.la.coocan.jp/taisyo/07taisyo-toyozumi.html


    選挙3

このブックカバーは人気があり、わざわざこのブックカバーを手に入れるために本を買いに来る人もいるとか。

それと、もう一つ紹介した「ベニヤ書店」
外観は正面に扉や窓はなく全面開放されてた造り。店口は雑誌を並べている台が置かれて、なぜか時々猫が鎮座しています。この猫店の名物店主のようです。木の本棚は時代物でなつかしい重いがする。
この二つの店とも、岩波文庫や岩波新書や講談社学術文庫や、岩波ブックレッド等も置いてあるなど、新刊本やベストセラーよりも、絶版になった本や稀有な本が多いです。
この店の向かいに、小間物やがあります。家庭でつかう雑貨類の荒物が所狭しと置かれています。

この2つの書店は東向北商店街と書きましたが、性格には、二条通りから入った所の豊住書店があるのは東向北商店街で、その突き当たり奈良女子大の近くあるベニヤ書店があるのは花芝商店街です。

新刊書やベストセラーやコミックが置いてないので、このような店ははやるのかと思い、お店の人に奈良女子大の学生さんが多いのですかと聞くと、女子大には生協や書店が入っているので、学生さんはそちらを利用すると言っていました。そこで、女子大の学生会館に言って生協と書店を覗いてみましたが。生協の書店部は授業などに関連する本が多く、書店は出版して時間がたつ本も置いてあるが今一つでした。この富住書店とベニヤ書店のほうが遙かに私には勝っていました。


翻訳

日本は翻訳大国だそうだ、日本ほど外国の古典文学を始め、学術書や評論、エッセイ種など、様々な海外の書物が翻訳され出版されている。それも英国や仏国や米国だけでなく、世界中の国の書物が翻訳され出版されている。これは世界的にみても希有だそうです。
そしてその翻訳された本の多くに、翻訳者や第三者の解説などが付けられて入ることが多い。しかし、最近知ったことだがこれらは、日本の翻訳本の特徴だそうです。

それが、最近変わってきて原書の出版元や原著作者が制約を加えることが多くなってきたそです。
その理由は、日本語で書かれたその解説などの文書は、原著作者は判読が困難で、なかには原書の内容と違うことがかかれその内容を損なうことになりかねないからです。
たしかに、翻訳の後に書かれた解説などに、本文を読んでこれが解説と言えうるのか、翻訳者の感想や評論を書いてあるようなものもある。

しかし、これを一部の翻訳家たちでは、翻訳出版の危機として受け取っている人たちもいるようです。
それは、海外の本の言語と日本語がその体系として大きく違うからだと言う。英語や仏語などヨーロッパの言語は同じ語原を持つ物が多いので、翻訳の差異は小さいが、日本語はその差異が大きいので、翻訳者によりその内容が大きく変わってくる。
外国の古典文学などの翻訳本をいくつか読み比べるとそれがよくかる。その作品の作られた歴史的背景や文化的背景を翻訳者がどのような考えを持っているのか。また、
どのような翻訳ぼんにしたいのかの、構想と展望がどのようなものかによって変わってきている。また、翻訳がされた時代によっても、翻訳された作品の味わいが変わってきている。

これは、原書と翻訳する国の言語の類異性のある国と、言語の差異が大きい国とでは、その翻訳の難易度は大きく違うだろう。私たち海外の翻訳本を手にするとき、翻訳者は誰かも意識するが、欧米語間の翻訳本には翻訳者の名前も載っていない本多くあるそうです。
このようなことを考えると、日本や中国、韓国などは特殊な立場にあるのでしょう。

そこで、翻訳者の考えを翻訳本文だけでは読者に伝えることができないから、解説を通じてどのような考えでこのような翻訳をしたのか説明する義務があると考えるからだ言える。
日本で数多くの作品が翻訳されてきたことにより、鎖国から開国して多くの西欧文化を取り入れることができたといえる。そうなると、西欧諸国の原書出版元や著者に、日本など中国や韓国などの特殊な事情を理解してもらう努力が必要になってくるだろう。
これからも、海外の多くの本が翻訳されていくことを臨みます。

脳はいかに治癒をもたらすか

紀伊国屋書店がscriptaと言う雑誌が年に4回無料で店頭の置かれている発。

それを手にとり、みていると紀伊国屋書店出版部から出版されている、『脳はいかに治癒をもたらすかー神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ著 3000円と言う本の紹介がのっていた。

脳は一度ダメージを受けると、身体の他の細胞と違い修復できないことはわかっている。脳梗塞などで一度傷ついた神経は回復できず、運動機能が麻痺してしまう。しかし、リハビリなどで運動機能が改善されるのは、脳のなかで傷紀伊国屋書店がscriptaと言う雑誌が年に4回無料で店頭の置かれている発。

それを手にとり、みていると紀伊国屋書店出版部から出版されている、『脳はいかに治癒をもたらすかー神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ著 3000円と言う本の紹介がのっていた。

脳は一度ダメージを受けると、身体の他の細胞と違い修復できないことはわかっている。脳梗塞などで一度傷ついた神経は回復できず、運動機能が麻痺してしまう。しかし、リハビリなどで運動機能が改善されるのは、脳のなかで傷ついた神経回路ととは違う神経回路ができあがるからです。

このほんでは、それらの中で特に特異な例が複数取り上げられているようです。
しかし、ここに紹介されたものは、学術的に受け入れられた話ばかりではなく、その特定の施術者でないと効果がでな物も紹介されている。なかには、まゆつば的なものも紹介されているようです。
この本を紹介している、仲野徹氏は書いている、「重要な事実は、特殊な施術者が必要であろうが、一部の患者でしか効果がなかろうが、まじないであろが、実際に症状が奇跡的に改善する人がいることだ」言っている。

わたしは、この仲野徹のこの本の書評を読んでいて、日本でもいろいろ、気功や呼吸法や静坐や整体法など独自な方法で、いろいろな病状を改善させブームが興ったりしてきた。そして、実際のその施術をうけたり、自分で指導のもとで実践すると、症状が改善したり癒されたりする例がある。しかしそれも、他の人がするとその効果が表れてこなかったようで、それらの方法はその人が亡くなると、忘れられてしまっている。
この本の『脳はいかに治癒をもたらすか』と同じようなものだとおもう。

ひとのからだとというものは、仲野氏はこの本を読み「からだと脳の関係の素晴らしさにわくわくした」と言っているが、わたしは、肢体不自由の支援学校で教鞭をとっていたときに、心理臨床動作法を勉強したが、そのときも脳の可塑性についていつも不思議におもっていたので、この本を買って読もうと思う。ついた神経回路ととは違う神経回路ができあがるからです。

このほんでは、それらの中で特に特異な例が複数取り上げられているようです。
しかし、ここに紹介されたものは、学術的に受け入れられた話ばかりではなく、その特定の施術者でないと効果がでな物も紹介されている。なかには、まゆつば的なものも紹介されているようです。
この本を紹介している、仲野徹氏は書いている、「重要な事実は、特殊な施術者が必要であろうが、一部の患者でしか効果がなかろうが、まじないであろが、実際に症状が奇跡的に改善する人がいることだ」言っている。

わたしは、この仲野徹のこの本の書評を読んでいて、日本でもいろいろ、気功や呼吸法や静坐や整体法など独自な方法で、いろいろな病状を改善させブームになった人がいる。しかしそれも、他のにとがするとその効果が表れてこない、この『脳はいかに治癒をもたらすか』と同じようなものだとおもう。

ひとのからだとというものは、仲野氏はこの本を読み「からだと脳の関係の素晴らしさにわくわくした」と言っているが、わたしは、肢体不自由の支援学校で教鞭をとっていたときに、心理臨床動作法を勉強したが、そのときも脳の可塑性についていつも不思議におもっていたので、この本を買って読もうと思う。

永遠平和のために

今放送されている、NHKの番組の「100分De名著」は、カントの「永遠平和のために」です。
津田塾大学教授の、萱野稔人が講師です。

この本は私が高校の時に読みましたが、なかなか理解できずそのままになっていました。改めて読んでみたくなりました。

積極的な世界国家か消極的な平和連合か、連合国家か国家連合か世界単一国家か。

積極的な平和
自分たちと思想・性質・行動などが違っている人たちを、武力でもって押さえ込んで平和を作りだす。

消極的な平和
自分たちと思想・性質・行動などが違っている人たちとの、共存を話し合いなどで模索しながら武力の行使をさけて平和を作りだす。

この消極的平和の方が、積極的平和より永遠平和を実現する可能性があるとカントは言っている。


このことについて、今の安倍自民党の考えについて思ったことがある。

前者は安倍晋三の言う、積極的平和主義です。
後者は、ドイツの哲学者が「永遠平和のために」で唱えた考え方です。カントは一つの世界国家では平和は作り出せない。連合や同盟などにより世界平和は作り出せるといっている。私自身は若い頃はインターナショナルとして世界国家が実現するのが理想と考えていた。しかし、ソ連のスターリンの粛清や、中国での毛沢東の文化大革命などをみ。ソ連崩壊後のロシアの分裂や、今の東欧の混乱を見。イスラム原理主義の過激な言動が引き起こされた。

それらは、自分たちの考えが違う物は排除しなければ、理想は実現できないとのもとで、正当化されたおこないによって引き起こされた結末は、平和とはほど遠い悲惨なものでした。

また、国家連合では、個々の国の言語や習慣や文化は尊重され、守られなくてはならないとカントは言います。
そして、カントは世界国家はそれらは、多数者の意見や強者の意見に赴かれ、弱者はそれに従うしかなくなると言います。

そもそも立憲主義は、民主主義の下にあり、国家とりわけ政府の暴走を縛るものにあると言えます。しかし、安倍首相は立憲主義は王政の時代のものといい、立憲主義のついて説明すると私はそのような説をとらないと、はばかりなくいう人がいる。

自民党の改憲草案をみても、前文からして日本は「固有の文化を持ち」とあり、単一民族単一言語の国家という前提で書かれている。そもそも、日本は琉球王朝を併合し、東北以北のエミシ蝦夷と呼ばれた人達を滅ぼし同化させ、アイヌ文化を北海道である蝦夷地を侵蝕していった、史実を認めようとしていない。
そして、「天皇を戴いただく国家であって」としいることは、文化の多様性よりも、和を尊ぶという言葉や公の秩序を重視することにより、文化を単一にすることが最善のあり方だという考えが貫かれている。

さらに緊急事態条項には、国民は国の指示に従う義務がかせられている。非常事態の時はそれも必用だが、自民党改正案の、13条は、その要旨が〔個人の尊重と公共の福祉〕が(人としての尊重等)になり、条文本文では、現行憲法で「国民は、個人として尊重される。」が「国民は、人として尊重される。」となり個性が否定されかねないものになっている。

ようするに、安倍自民党は日本を一色に単一かして、平和のためなら戦争も辞さない、米国のように戦争したい国を目指していると思えてならないです。

「「昭和天皇実録」の謎を解く」を読んで 2

「「昭和天皇実録」の謎を解く」を読んでいて、100Pで保阪が次のように述べている。
よく陸軍では、「大善」「小善」という言い方をしていと、軍内の秘密結社・桜会の会員だった軍人に聞いたことがあります。「大善」とは、陛下の一歩前に出て、陛下のお気持ちを察して、我々の手で明君主にしていこうという考え方。「小善」とは、軍人勅諭にひたすら忠実であろうとする考え方。・・・中略・・・
いずれにしても、この満州事変以降。軍は大元帥としての天皇と、立憲君主としての天皇をうまく利用していくわけです。

これを読んでいて、生前経済同友会副代表幹事を務めた品川正治の書いた、「手記反戦への道」を思い出した。このことは産経新聞が2013年に企画した【旧制高校 寮歌物語】(30)隠された軍人勅諭読み替え事件にも品川は紹介している。

概ねの内容は次のようなものです。
三高時代に起きた事件です。そのころは学校には配属将校がおり当日は、京都師団長の査閲があった、そこで、軍人勅諭の奉誦が始められたが。理系の一人の生徒浅沼実が手を挙げ、それにつられたように査閲官は浅沼を指名した。そこで浅沼は「我が国の軍隊は世々天皇の統率し給う所にぞある」と言うべきところを、天皇と軍隊を逆にして「我が国の天皇は世々軍隊の統率し給う所にぞある」と昂然と胸をはり、口調も荘重を極めて言った。指名した査閲官は次を促しかけたが、階級の高い査閲官の一人が言い換えに気づき、「何いっ、もう一度言え」と叫んだ。浅沼は「我が国の軍隊は世々天皇の統率し給われたのであります。違いますか?・・・・天皇に名を借りて軍は一体この国をどこに連れていこうとしたのですか?」査閲官は駆け寄り思わず軍刀の柄に手を書けたが、思い留まり「査閲中止!全員解散!」と叫んだ。
この後、総代であった品川は軍に志願し入隊し戦地に行くことになり、浅沼は退学処分になりその後の消息が不明になった。また、校長と教頭の辞任の品川の退学届は受理されなかったという。つまりこの軍人勅諭の読み替え事件は闇に葬られたのだ。

話を「昭和天皇実録」の謎を解くの本にもどす。
保坂の発言に対し半藤は、天皇には三つの顔があったと、「立憲君主」「軍を統率する大元帥」「皇祖皇宗に連なる大司祭であり神の裔である大天皇」がいたとと仮設をたてている。
そして、半藤はつぎのように述べている。
この天皇と大元帥は、一身でありながら、時に重大な相克や齟齬を生じさせ、それに大天皇である昭和天皇は深く悩まれたのではないかと思うのです。
そして、陸海軍の軍人の中で、玉音放送による終戦を認めない人がいて、軍の指揮下にある舞台に「抵抗すべからず、戦争は終わった」と指令を出された。すると、海軍省軍務局の大佐の柴勝男が、「すぐに命令を撤回せよ」・・・中略・・・「我々の上には大元帥がいる、大元帥の命令は出ていない」と柴田大佐はなおも頑張る。それに対して大井さんはこう反論したというのです。「大元帥陛下と天皇陛下の上に神の末裔としての大天皇陛下がいて、大元帥はその家来なのだ。大天皇は戦争をやめると言ったんだから、俺たちはその命令を聞かなくてはならない」

このことは、半藤の言うように当時の日本には、「立憲君主」「軍を統率する大元帥」「皇祖皇宗に連なる大司祭であり神の裔である大天皇」いたことは確かのようです。そしてなにが一番表にきているかによって、そのときの国の進む道が変わってしまうことになる。明治維新後明治政府は、西欧に追いつけ追い越せで近代化をはかるために、明治憲法を制定し、「立憲君主」の天皇がいちが、日清日ロ戦争を経てそれが、「軍を統率する大元帥」としての天皇に変わっていった。しかし、それがどうしても二進も三進も進まなくなれが、「大天皇」の登場となるのでしょう。

いまは、立憲主義の民主主義国家としての象徴天皇となっているが、安倍政権を取り巻く一部の人たちは、「大天皇」の再登場を願っているのではないでしょうか。


私は日本の歴史を明日香時代から奈良時代そして平安時代と見ていき、幕政と流れをみると実際の政務を司るのは幕府であり、天皇は実権がないがその上の存在で明治維新まで続いていきました。徳川幕府は天皇を潰そうと思えば潰せたであろうが、それをしなかったのは天皇を利用する価値があったからと考えています。
そして明治維新で長州などが天皇を担ぎ出して、米欧の列強からの日本を衛として、徳川縛藩体制を転覆に成功する。
しかし、その中心となった長州藩は、蛤御門で御所に砲撃したり、長州藩は尊皇攘夷を叫びなから、政権を握ると一転して、脱亜入欧となり廃仏毀釈などをと欧化政策一辺倒で、早く西欧の追いつこうと、日清戦争をはじめたり、植民地を作ろうとしていった。
これらのことを下敷きに、今の政権の有り様を見ていると、次のようになると思う。、
アメリカに媚び諂う姿勢と、天皇を元首ととする姿勢の二面性があり、その矛盾は、明治維新からの長州藩のありようを受け継いでいるようです。

「昭和天皇実録」の謎を解く を読んで

「昭和天皇実録」の謎を解く 半藤一利 保阪正康 御厨貴 磯田道史 対談鼎談 文春新書

   昭和天皇実録」の謎を解く


この本を読んでいて、その即位する前から昭和16-7年頃の実録に書かれていることを読み解いているところをよんでいくと、軍部の台頭が浮かび上がり次第にのさばり、天皇は臣下であるはずの軍を統帥できなくなっているのを感じる。

皇太子のときの大正10年に、北フランス北東部の第一次世界大戦の激戦地、ヴェルダンの戦場跡地を訪れ、殿下は「戦争というものは実に悲惨なものだ」と感想を漏らされたとしています。これについて半藤氏はこのことばが、陸軍軍人からしてみて、皇太子は腰抜けだと思った可能性があると言っています。それがのちに軍部が天皇をかなり無視して行動するようになる伏線があると言っています。
このほか昭和15-6年になると、詳しくはここでは紹介しないのが、軍属は天皇の言葉をかなり無視したり、都合のよいように解釈をして満州からさらに勢力を拡大して行ったことが明らかにされている。
いわゆる、天皇の大元帥としての統帥権が言葉だけのものになってしまっていることがわかる。詳しくはこの本を実際に読まれるとことを進めます。

そこで思ったことだが、今の日本は主権在民で主権は国民にあり、選挙で選ばれた信託された国会議員によって、国政が行なわれるものです。しかし、よく見ると戦前の軍部のようなものが政治を闊歩しているように感じる。その一つは世襲議員でありも一つは官僚です。官僚が今の国の現状を憂いて、官僚は政治家とりわけ首相に下で働いているという意識はなく、別のところに忠誠心があるようです。本来なら官僚は今までの流れのを把握していて、それを裏付ける資料や情報を持っているので、首相などの閣僚に伝えるべきですが。官僚は今までの自分たちがしてきたことを正当化するためにまた、自分の保身のために都合のよい事しか見せないようです。その一つの例として、鳩山内閣が普天間基地の移転は最低でも県外と言っていたのを、官僚たちは米軍の練習などの戦略資料として、今ではその資料がどこから出て来たかまた、その資料自体も見つからないものを見せて、鳩山首相に辺野古移転を容認させてている。そして、官僚政治から政治家による政治の政治改革をとなえた、鳩山首相は退陣し民主党政権も潰れてしまった。

このことを考えると、明治憲法下の主権者である天皇を軍部がないがしろにしたことと、今の官僚か主権者の代表である政治家を蔑ろにしていることは、通じるところがあるように思われる。
さらに言えば、昭和天皇の時代はこのあとアジア太平洋戦争への突き進んでいった。いまも、日本はアメリカと一緒に戦争ができる法的な条件が整ってきている。また、安倍政権がどれだけ官僚を掌握しているかわからないが。ますます暗澹たる状態に暗雲がこめ嵐の前夜にならなければお思うばかりです。

戦後再発見双書シリーズ 「核の戦後史」

創元社から出版されいる「戦後再発見」双書シリーズがあるが、その4冊目として「核の戦後史」木村朗がある。


   核の戦後史


この本は、ポツダム宣言とそれを日本が受諾したことと、広島と長崎に原爆が落とされが、その裏側にはなにがあったか。
著者は、次のように見ている、原爆投下は日本の降伏を早め、多くの人を救ったというが、それは作られた原爆神話ではないかと言っている。なぜかというと、天皇制維持を約束すれば、日本はすぐにでも降伏すると確信していた。しかし、ポツダム宣言には国体維持を明文化しなかったのは、原爆による被爆の実践人体実験をする為だったと疑っている。
また、地震の多い日本になぜ個々まで多くの原発が在るのか、福島の原発事故が起き外国では原子力政策の見直しをしている国があるのに、その当事国で在るくにがなぜ再稼働を急ごうとしているのかについて、膨大な資料から読み解こうとしている。

これを読んでいくと、3.11でアメリカ軍は「ともだち作戦」をしました、1.17の地震や熊本大地震では、そのような動きは微々も見せなかったです。福島原発事故での放射線被害の実態を調査するためだったのではないと思ってくる。

本を読んでいくと、まずは連合国はポツダム宣言の草案をつくるまえから、日本は天皇制を残すすなわち国体護持なら、降伏することを日本政府も受け入れることがわかっていた。そして、ポツダム宣言の一次案では、天皇制を残す言葉が入っていたと言っています。
米国は、ドイツより先に原爆を開発する事を目指していたそして、ドイツが原爆開発を断念したという情報もえていたといいます。それでも米国は原爆の開発を急いだという。それは、戦後の米国とソ連との力関係で、ソ連より先に原爆の開発に成功したことを示し、優位に立とうとした。もっとも、ドイツに原爆を落とすとその報復として、ドイツは原爆の開発をあきらめたが、報復として放射線爆弾の開発は進めていたとされている。そこでU2ロケットで英国などの放射性物質をばらまく事を恐れていたので、ドイツでの原爆投下は考えていなかったといいます。
もっとも原爆が開発される前に、ドイツはヒットラーが自殺し降伏してしまった。

さらに著者は次のように見ています、連合国は日本の降伏が間近だが、ポツダム宣言の一次案にはあった天皇制の存続を認める文言を、発表したポツダム宣言ではそれを抜いて、すぐの日本が降伏するのを遅らせたとしています。それは原爆を使ってソ連にその脅威を示してから日本が降伏するようにし向けて言ったといっています。

米国は原爆を落とすことにより、日本の降伏を早めたそれにより、多くの人が命を落とすことから救われたというが、ポツダム宣言に天皇制を維持すること書き込んでいたら、原爆を使わなくても降伏していたとしている。
ではなぜ米国は原爆を日本に落とすことに固執したのか、それは先にも書いたが、戦後の米ソの力関係から原爆を見せつけようと下と言っています。日本に原爆が二発も落ちたのは、米国の戦略か落とすべくして落としたとなります。

また、米軍が進駐後すぐに、原爆被害に関する情報を外部に漏れないように管理統制してしまった。また、被爆数値を低く見せ国際社会からの批判をかわしていたこと。被爆者への治療を人体実験の下で行われた事実も、米国の公開された文書から発掘しています。

また、日本の原発開発がやめられないのは、米国の原子力産業が儲け続けられるためだともしている。

この本を読んでいて、日本はあらゆる面で米国からの支配が何処まで浸透しているのを考えると、おそろしくなってくる。
それより、恐ろしいのは日本国憲法を米国から、押しつけられた憲法だといい。日本の伝統文化と独自性をさけびながら、実際に今の政権は米国従属をますます強めようとしていることです。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 安倍首相の愛国心とは
    本当に教員? (09/10)
    興味ある内容なので拝読したが「教育勅語」を親孝行等の道徳ではなく戦争に洗脳させるためだとか思い違いも甚だしい。
    貴方が現役の教員であれば授業中が退屈で眠気が襲っ
  • トランプは白人至上主義者か
    アジシオ次郎 (08/07)
    おはようございます。

    アメリカにおいてまた立て続けに銃乱射事件が起こったけど、テキサス州・エルパソでのケースは容疑者がヒスパニック系に対する憎悪感丸出しの書き
  • 商業捕鯨に思う
    竹林泉水 (07/11)
    調査捕鯨のための捕鯨業者への補助金は、毎年数十億だときくが、商業捕鯨になればそれはカットされるのだろうか。商業捕鯨で補助金を政府がだしていたら、反捕鯨団体はどう
  • 商業捕鯨に思う
    アジシオ次郎 (07/08)
    おはようございます。

    IWC(国際捕鯨委員会)を脱退して今月から商業捕鯨を再開した日本、組織として機能していないIWCへの反発から脱退して商業捕鯨再開に至った
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    竹林泉水 (07/05)
    菅官官房長官は徴用工問題に対する報復ではないとの趣旨の発言をしている。
    しかし、誰が見ても徴用工に対するもににしかみえない。
    それを白々しくそうではないといい、よ
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    アジシオ次郎 (07/05)
    おはようございます。

    韓国への半導体輸出規制という措置に踏み切った日本、でも韓国が徴用工問題を蒸し返すという日韓請求権協定に反する行為をしたことで、その見返り
  • 日本の報道の自由
    竹林泉水 (06/17)
    コメントありがとうございます
    まったくそう思います。
    民放は広告収入元のスポンサーからの収入があるので、その顔色を見るからしょうがないにしても、政権の顔色を見る必
  • 日本の報道の自由
    風と雲 (06/10)
    政権に不都合なことは隠す、曖昧にする、知らしめない。これは政権が世論を最も恐れっるからだ。現政権は硬軟取り混ぜた巧みなメディア操作と中身の無いパフォーマンスが功
  • 日本の報道の自由
    アジシオ次郎 (06/10)
    おはようございます。

    こういう指摘についてすぐに「内政干渉だ!」って反論も出てくるけど、日本の報道の自由度というか報道が健全かという点において先進国において❝
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