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夜船閑話の内観法と自律訓練

夜船閑話の序
に白幽から教わったことが書かれている。

「若し此の秘要を修せんと欲せば、  らく工夫を放下し話頭を拈放して、先須らく熟睡一覚すべし。其末だ睡りにつかず、眼を合わせざる以前い向かって、長く両脚を展べ、強く踏みそろへ、一身の元気をして臍輪気海、丹田腰脚、足心の間に允たしめ、時々此観をなすべし」とある。
つまり、内観の法を実践せよと説いている。この内観の法は「自律練法」とよく似ている。
自律訓練法の標準練習として、七つの言語公式がある。
1、背景公式 安静練習
2、第一公式 両手足が重たい
3、第二公式 両手足が温かい
4、第三公式 心臓が自然に静かに規則正しい
5、第四公式 自然に息をしている
6、第五公式 お腹が温かい
7、第六公式 額が気持ち良く涼しい

白隠禅師の言う、内観の法は、夜船閑話に、今まで激しく修行してきたことを捨てて、先ずは深く熟睡して眠ることだとしている。そして、その前に仰向けに横になり、両脚を伸ばし、踏み揃え、一身に気を臍の周りから臍下丹田へと下ろし腰、脚から土踏まずへと落としていく。そして、気を落ち着け満たしていく。と書かれている。

自律訓練法は名の通り自律神経を訓練するものだが、自律神経は随意にコントロールできるものではないです。しかしその能力を高めることはできるとされています。
呼吸筋は自律神経の支配されているものだが、息を止めたり深く息をしたり、激しく息をしたりと随意に呼吸することができる。
また、寿司職人の板前さんは、まな板の前にたちシャリを握ると手の温度が数度下がるそうです。それにより魚の刺身が変化しないように、シャリが手に付かないようにするためだそうだが、これも板前さんが意識して呼吸の時のように意識して下げているのではないです。
このように、その無意識かでも自律神経は左右されることがわかる。

では、自律訓練法では、どうするか先ず仰臥位姿勢では、枕は深く首に掛かるようにするが、方までかけない。歯はかみしめないで顎をゆるめるが、口は開けず唇はやや開く程度。眼を閉じる。両足は肩幅ほどに開き、脚の筋肉は弛め足先は扇のように開く。肘や手首の下に手折ろう等を置き楽になるようにする。此の姿勢ができたら、呼吸を静かにして整えながら深くしていく。それと同時に両手脚が重くなっていくと思う、これは、四肢一度になろうとすると難しいので、右手右腕から左手左腕、右脚右腿左脚左腿と思い、四肢の緊張を抜き取っていく。次に、血の循環がよくするために片手両手片足両足と温かくなっていくと思う。さらに、心臓の鼓動が落ち着いていくことを想像し思う。そらに、同じように呼吸がさらに深くなってくことを思う。

まさに、「夜船閑話」に書かれていることそのもので、同じようにこのことは「天台小止観」にも書かれている、調心、調身、調息の心体息の調整のこといえる。

夜船閑話

仏教の雑誌「大法輪」の今月号の特集は「白隠ーその人と禅」です。
手にとって買ってみると、案の定「夜船閑話」についてのことも書かれている。
現代では「夜船閑話」は白隠禅師が顕した、健康法としてよく読まれていることで知られれている。
白隠禅師が、修行に励み悟りを開いたと感じたので、よりいっそう修行に励んだが逆に、心火逆上し肺金焦枯して、脚は氷のように冷たくなり、両耳は常に蝉が鳴いているように耳鳴りがするようになった。いわゆる修行をしすぎて逆に身体を壊す禅病にかかってしまう。これは、スポーツ選手が練習のしすぎや、間違った方法によりにより身体を壊し故障するようなものです。
そこで、いろいろと手を尽くし医者に診てもらったり、百石をするがよくならない。ある人が、白河の巖穴に居らす白幽と言う仙人に教えを請うたらよいと聞き、その教えに従ったら禅病が直ったことについて書かれたものです。

このブログにも「夜船閑話」につて書いたことがあるが、今一度読み返してみようと思う。

白隠禅師坐禅和讃

白隠禅師坐禅和讃

白隠禅師坐禅和讃といいますが、一説にこれは白隠禅師が著したものではなく、後世に弟子たちが白隠禅師の偲び教えを振り返り、書き表したともいわれています。しかし、この和讃は白隠禅師の教えがよく表されているとして、広く白隠禅師の坐禅和讃とされています。それを私の乏しい心で、解釈してみました。

「白隠禅師坐禅和讃」
衆生本来仏なり
水と氷の如くにて
水を離れて氷なく
衆生の他に仏なし

衆生近きを知らずして
遠く求むるはかなさよ
譬えば水の中に居て
渇を叫ぶが如くなり

長者の家の子となりて
貧里に迷うに異ならず
六趣輪廻の因縁は
己が愚痴の闇路なり

闇路に闇路を踏みそえて
いつか生死を離るべき
それ摩訶衍の禅定は
称嘆するに余りあり

布施や持戒の諸波羅蜜
念仏懺悔修行等
その品多き諸善行
皆この中に帰するなり

一坐の功を成す人も
積みし無量の罪ほろぶ
悪趣何処に有りぬべき
浄土即ち遠からず

辱なくもこの法を
一たび耳に触るる時
讃嘆随喜する人は
福を得ること限りなし

いわんや自ら廻向して
直に自性を証すれば
自性即ち無性にて
已に戯論を離れたり

因果一如の門ひらけ
無二無三の道直し
無相の相を相として
往くも帰るも余所ならず

無念の念を念として
謡うも舞うも法の声
三昧無礙の空ひろく
四智円明の月さえん

この時何をか求むべき
寂滅現前するゆえに
当処即ち蓮華国
この身即ち仏なり


「白隠禅師の心を安らかにすることば」
多くのことに迷い悩みを抱えるが 本当は その中に安らかな居場所となる心がある
それは ちょうど 水と氷の関係のようなものだ
水がないと氷が 作れないのと同じように
自分自身の今の生活を抜きにして 安泰な生きて活動することの場はない

自分自身の中に仏があるという真相を知ろうとせず考えないで
いろいろと手を出し あちこち探し迷うのは 愚かなことだ
このことは 水の中にいながら
のどが渇いたと 叫んでいるようなものです

本当のところは幸せな生活を送っているのに そのことに気付かず
「自分は不幸だ」と 嘆いているのと同じことだ
いつまでも迷い苦しみの世界から 解放されないのは
自分の境遇の 小さなことにこだわって いつまでも情緒に想像して心を働かされ思い苦しむからだ

心が迷って分別がつかなくなった状態から抜け出して
生きる・死ぬ という 想いから解放され自由になるることが大切なことだ
そのために 精神を一点に集中させ 雑念を退け心解き放たれた忘我の心境に入るというおつとめが
自分たちにとって 大きな支えとなるのだ

他人への施しや 自身への戒めなどの 迷いの世界から悟りの世界へ行うべきこと
ご先祖さまを おまつりすること 自分を反省すること
さまざまな よい行いがありるが
それらはみんな 精神を集中させ雑念を退けることに含まれるのだ

一時 心をおちつけて 坐禅をくむことは
諸々の心身を悩まし、煩わせ、苦しめる、一切の欲望、他者への怒りや憎しみ、仮の実在への執着などなどは消え去り そんなものは仮のものでなかったんだと気付くのだ
悪いありさまや出来事など 実際はどこにあろうというのか
一切の悩みと苦しみを離れた世界はいま すなわちここにある

ありがたくも この教えを
一度でも 耳にしたならば
深くすぐれているとして心を動かされることし素直な心が生じ 大いに喜ぶことのできる人は
かならず心が満ち足りた幸福を 手に入れることできる

ましてや自ら そのことだけに心を集中して修行し祈り、お唱えをし
あるべき自分を 感じとることができれば
生死や 男女などの 区別は無く
欲望に執着したり煩悩などの本気ではなく、遊び半分でふざけることから はなれているものだ

私たちは今、前世も現世も後世も 一つになるのだ
この ただひとつの 偽りのないことに歩んでいきましょう
真実には 本来 決まった形がないことを知り
どこにあっても 心穏やかなることを見つけだそう

すべてのこころの集中を妨げるさまざまな思いを去り、無心になること思い
日々の生活のなりさまが 仏法となり人を救うのだ
雑念を捨て精神を一つの対象に集中することで
煩悩を離れた 清らかなお月さまが 輝いています

このような時 ほかに何を求めるというのか
心が静まり雑念を捨て精神を一つに集中すると 物事をつきつめた、きわまることのやすらぎが得られ、
そうするとこの世が そのまま 一切の苦患を離れた安楽の世界であり
この身が そのまま 仏なのです

白隠禅師の逸話 また一つ

白隠禅師の逸話 また一つ

松蔭寺に白隠という偉いお坊さんがいて、その高名を慕って全国から教えを請いに、たくさんの人がやって来ていた。備前国の池田家の藩主池田継政候が、参勤交代で江戸の下る途中、原の宿を通るたびに松蔭寺に寄り、禅師の話を聞くのを楽しみにしていた。
ある年、お寺に寄った継政候をもてなそうと、典坐の小僧がとろろ汁を作るために、すり鉢を用意しているとたった一つの大きなすり鉢を誤って割ってしまった。小僧は叱られるのを覚悟で、継政候と対談中の禅師のところに報告にいきました。すると禅師は「因縁成就」とただひとこと言っただけでした。それをみた継政候は小僧を責めもしないのに関心しました。そして、対談が終わると、「道中のことでなにももっていませんが、国へ帰るとなにか差し上げたくぞんじます」と尋ねました。
禅師は、「さきほど料理用のすり鉢が割れてしまいました、すり鉢を一ついただけませんか」と答えられた。
継政候は禅師の無欲に驚かれ、江戸に下られました。そして後ほど、備前焼の大きなすり鉢が届けられたそうです。そんな折りに寺の松の木が、大風で折れてしまいました。禅師はそれを見て雨が染み込んで腐っては困ると、継政候から戴いたすり鉢の中から一つを選び、折れた先にかぶせたそうです。それから後、すり鉢は落ちることなく、松の木もすくすくと育ち続けたそうです。
1685年生まれの白隠禅師が六十歳代の頃の話だそうだから、今から260年程前の逸話になります。しかし松の木の樹齢は、さらにさかのぼることになり、この松も寿命だったのでしょうか。因縁成就です。

すり鉢松のすり鉢は昭和六十二年に、その時の松蔭寺の中島玄漿師が、白隠禅師ゆかりの大切なすり鉢を割っては困ると、特注で作ってもらい交換して、三〇㍍近い木のてっぺんに据え付けたそうです。取り外した初代のすり鉢は、同寺の宝物館に収蔵されているそうです。
しかし、此の松も、平成に入ってから、立ち枯れがすすみ、檀家たちの供養のもと切り倒されてしまったそうです。

初代の松の松ポックリから種を取り、実生から育てた後継木が三、四十本あり、同寺に残るほか、一部は同寺ゆかりの寺院に分けられて、松の子孫が後世に引き継がれているそうです。
今あるすり鉢松は白隠禅師の逸話を伝えるための、二代目になるわけです。

白隠禅師の逸話  もう一つ。

白隠禅師の逸話  もう一つ。
白隠禅師の務める寺で、いつも修行僧と白隠禅師の食事が別で、しかも、白隠禅師自身が自分の食事を作っていた。
一人の修行僧それを見て、立派な高僧である白隠禅師と我々の食事とは別で、さぞ美味しいのだろうといつも気になっていた。ある日、寺の厨房の前を通ると、そこには誰もおらず、白隠禅師の食べる土鍋が竈にかけられ湯気を立てていた。そこで、その僧は以前から気になっていた、白隠禅師の食事はどんなものだろうと、確かめることにした。土鍋の蓋を開けると、何とも言えない異様な臭いがして、見た目にも黒ずんでいるものがクツクツと音を立てていた。少し味見をしよう匙ですくい一口に入れてみた。しかし、そのとたん今までに口にしたことがない、余りにも変な味がするので、思わず口から吐き出してしまった。ちょうどその時白隠禅師が入ってきて、「これは、おまえたちの食べるものではない、おまえたちが食べ残したものだ。食べ物を粗末にしてはいけない、そこで私はおまえたちが残したものを、集めてこうして食べているのだ」

なかなかこのようなことはできないですね。母親が子どもの残したものを食べるのとは違いますね。
托鉢で乞食をした残り物いただく。「もったいない」精神と、ものを無駄にせず、ありがたくいただけることに、感謝しなくてはいけないですね。



白隠禅師の逸話

白隠禅師の逸話

白隠禅師の松蔭寺の村で、一人の娘がお腹に子どもを胎んでしまった。そこでその娘の父親は、男は誰だと聞くが答えようとしない。執拗に訊ねるので、娘は父親が尊敬している白隠禅師だと答えると、許してくれると思い白隠禅師と言ってしまう。それを聞いて怒った父親は、白隠禅師のところに行き、おまえはなんて生臭な破戒僧なのかといって、赤子を白隠に押しつけ渡してしまう。白隠禅師は何も言わずに、ただ「そうか。」とだけ言って、赤子を引き取っりました。次の日から、白隠禅師は托鉢の乞食をするとともに赤子のために貰い乳をして周りました。村の人は今まで、立派なお坊さんと思っていたが、とんでもない生臭坊主だとして、村人から白眼視されてしまいます。それを見た娘は、親に本当のことを話します。娘の父親は白隠禅師のところにいき、今までの無礼を謝り赤子を返してくれるように頼みました。すると白隠禅師は、「おっ、そうか。」と言って、赤子をなにもなかったように返してたそうです。

何とも言えない逸話です。
身に覚えのない濡れ衣を着せられても、それを甘んじてうけ、周囲から白眼視されても、それを受け入れる。そしての濡れ衣が晴れても、今までうけた仕打ちや非礼に対してなにも言わない。それをあるがままに受け入れる。
私には到底できなことです。

軟酥丸スイーツの作り方、戴き方。2ー2/2 (付記)

軟酥丸スイーツの作り方、戴き方。2ー2/2 (付録)

★夜舟閑話書かれている、白隠禅師が白幽仙人から教わったとされ軟酥法を記しておく★
「譬えば色香清浄の軟酥鴨卵の大さの如くなる者 頂上に頓在せんに 其の気味微妙にして、偏く頭顱の間をうるおし 浸々として潤下し来つて 両肩及び雙臂 両乳胸膈の間 肺肝腸胃 脊梁臀骨 次第に沾注し将ち去る 此の時に当て 胸中の五積六聚 疝癖愧痛 心に随て降下すること 水の下につくがごとく、歴々として声あり 遍身を周流し 雙脚を温潤し 足心に至り即ち止む 行者再び応に此の観を成すべし 彼の浸々として潤下する所の余流 積り湛へて暖めヒタス事 恰も世の良医の種々妙香の薬物を集め これ煎湯して 浴盤の中に盛り湛へて 我が臍輪已下を漬けひたすがごとし 」「此の観をなすとき 唯心所現のゆえに 鼻根乍ち希有の香気を聞き 身根俄に妙好の蠕触を受く 身心調適なる事 二三十歳の時には遙かに勝れり」

そして、禅師曰く
「此の時に当て積聚を消融し 腸胃を調和し 覚へず調和し 覚へず肌膚光沢を生ず 若しそれ勤めて怠らずんば 何れの病か治せざらむ 何れの徳かつまざらん 何れの仙か成ぜざる 何れの道か成ぜざる 其の功験の遅速は 行人の進修の精麁に依るらくのみ」と。

軟酥丸スイーツ 2 作り方 戴き方1/2

軟酥丸スイーツ 2 作り方 戴き方1/2


臨済宗の白隠禅師が京都の北白川に住んでいた白幽仙人から教えられたとされる瞑想法で、禅師の著書『夜船閑話』にその内容が記されています。

白隠は若いころ無理な修行をおこない、禅病にかかり心身ともに禅病になり、京都の北白川に住んでいた白幽仙人から授かったもので、この軟酥法で治したと伝えられています。

さてその方法ですが、私なりに解釈してみます。軟酥と言われる仙薬、丸くて軟らかいバターの様な物をイメージして、それを頭の上に乗せ、それが体温で溶け出し身体の中をめぐってゆき、身体の悪い所を浄化して足から抜けて行くとイメージすることにより健康を回復しようとするものです。

準備
背筋を延ばして座り、軽く目を閉じます。結跏趺坐がよいでしょうが、あぐらや椅子に腰掛けた楽な姿勢でもかまわないでしょう。病気の人などは仰臥位になってしてもさしつかえないでしょう。

開始
一、頭の上の方に、お餅程の大きさの金色に輝きよい香りのするクリームのような、軟酥丸が出現する。
その軟酥丸はしばらくすると、少しずつさがり頭の上に乗り一旦留まっているのをイメージする。そして軟酥丸は身体の体温でゆっくりと溶けだす。バターが体温で溶けて行くような感じをイメージする。ゆったりとたれてきて、その溶けた軟酥丸は頭の中に滲み込んでゆき一旦溜っているのをイメージする。
二、頭に滲み込んだ軟酥丸が頭のなか一杯になったとき、軟酥丸は溶け終わって、頭が火照り眠気が漂り、気持ちがよくなってくる。頭の中に一杯になった軟酥丸はさらに下降し、咽喉や頸を通ってさらに下がり、軟酥丸の融けたとろみは体温でさらに粘りがゆるみ、身体にさらに滲みわたり下がっていく。
三、身体を下がっていった軟酥丸は、一つは両肩から両腕に一つは項を垂れ背中から腰へ、一つは喉から気管そして肺へと流れ、一つは心臓から肝臓へや胃腸から腹部へと全身に染み渡っていくのをイメージする。
四、このとき、一つひとつの流れがゆっくりと流れていくのをイメージする。身体のの中を通過して行く軟酥丸によって、身体の隅々まで洗い清められてゆくのをイメージする。そして、ついには軟酥丸は両足の踵を経て爪先まで滲みてゆくのをイメージする。頭からはすっかり軟酥丸が溶け落ちると、爽やかに頭の冴えたのを感じ、身体はほのかに火照り温かく、身体の隅々まで爽快な気分になっているのを感じる。
五、最後に爪先から軟酥丸が抜けると、頭上には初めにできた軟酥丸と同じ大きさの良い匂いを放つ軟酥丸が、再び現れるのをイメージする。また軟酥丸はゆっくりと下降し初めてゆくのを繰り返しイメージします。

・これを繰り返していくと、徐々にイメージがはっきりとしてき、身体も暖まり、爽快に目覚めたときのような、新鮮な気分の自分になっていくのに気がづくようになります。
・しかし、この時に無理に身体を弛めようとしたり、意識し過ぎる、逆に緊張が入って体によくないです。そのような時は、ゆっくりと徐々に中断して、一旦瞑想から抜けることがたいせつです。


「少し余談になります。
この緊張が入ってくるのを、そのまま続けると麻痺がおきたり痙攣がおき、今までにない感覚が走ったりします。その緊張と痙攣で、身体が一瞬数センチ飛び跳ねる、ほど強いものもあるといわれます。しかし、生理学的にも過度の緊張を身体に与えすぎると現れる現象であるそうです。また、これは決して身体にも、精神にも、心にも害がありよいものとはいえないです。
しかし中に、この現象を修行に取り入れ、摩訶不思議な体験だ、修行と称して人を惑わす宗教もあり、気をつけないといけないです。」

話を軟酥の法に戻します。
・軟酥の法から抜ける
軟酥の法を繰り返し練習していると、だんだんと深く軟酥の法に入ることができるようになります。
深く軟酥の法に入ると軟酥の法から抜ける方法を正しく身にることが大切です。
軟酥の法を行っている状態から抜けるのためには、抜けるのを急がずまず両手の平をゆっくりと握ったり広げたりするなど、身体の末端から動かす簡単な動作から始めます。そして徐々に身体の各部分から体幹へと動かします。



軟酥丸のスイーツ  1  

軟酥丸のスイーツ  1  

夜船閑話を読んでいると、身体に善いスイーツの話について書いてあります。そこでこの軟酥丸スイーツに興味をち調べてみました。
そうすると、軟酥丸の作り方には幾つかあるようです。

まず軟酥とは、羊の乳やを煮つめて濃くして固めたもので、貴重な薬とされ、古代のインド、中国で作られたといわれていいます。チーズのような物と思われます。
そして軟酥丸とはその軟酥をイメージした瞑想法に使われるものです。

軟酥丸スイーツの作り方、戴き方。1

・まず始めに、朝の冷たい水で手をよく洗い清める。
・両手を合わせ、手のひらをゆっくりとよくすり合わせ、温かくします。
・温かくなったら、きれいな掌の中に己の憤りを入れ込み、両手で丹念に練り合わせ柔らかくします。
・その中に、欲、憂い、嫉妬、心配ごと、悲しみなどを、一つ一つ丁寧に入れてよく練り込みます。
・黒くなるまでよく練り込んで丸く丸めていきます。
・つぎに、厚情を持って感謝のありがとう丹を平たく延ばして、黒くなった丸を包みこみます。
・それを両手の平でさらによく、練り込むように転がし、皺が取れまん丸にしていきます。
・次第に真珠のような輝きをましていき、よい香りがしてきます。
・そのようにしてできた丸くて軟らかいバターのようなものが、軟酥と言われる仙薬です。
・そのよい香りがする丸まったものを。口の中に入れて静かに数十回口の中が唾液で一杯になるまでよく噛み呑み込む。
・そのとき、両手の平で顔を包むように覆い上下にさする。

門より入る者は家珍にあらず

「門より入る者は家珍にあらず」 
外から入った知識は、決して大悟の助けにはならない。

白隠禅師の隻手音聲より

■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 安倍内閣改造
    アジシオ次郎 (08/05)
    こんにちは。

    お友達内閣と揶揄された反省から、今回は異なる派閥からすすんで入れた改造内閣、バランスいいとはいうものの、女性閣僚が2人だけというのは男性優位色が
  • 見ざる聞かざる言わざる
    竹林泉水 (07/30)
    いつもコメントありがとうございます。
    三猿の教えは、子どもより大人の方が三猿について考えないといけないでしょうね。

    一つのことしか知らない大人になるのは、人それ
  • 見ざる聞かざる言わざる
    アジシオ次郎 (07/26)
    こんにちは。

    周りをよく見る・すすんで自分の意見を言う・人の話を聞く。当たり前の常識だが、子供に説くのも大事だが大人も改めてそれを認識してそれに基づく正しい行
  • アベ政治はクーデター
    竹林泉水 (07/19)
    政権を握っているのでクーデタだと言えるのでは

    しかし、安倍晋三の頭の中の辞書には、民主主義の言葉はあるが、政治家としての誠実さをなかなか感じることができないので
  • アベ政治はクーデター
    雲と風 (07/18)
    勉強になりましたが、「安倍政権はクーデター」でしょうか? 権力と威嚇によるテロリズムだと思います。内閣府の中の一派が壊憲と日本の民主主義制度の堕落無力化を共謀し
  • 教育福祉などへの株式参入は
    竹林泉水 (07/12)
    なんでも自由競争になれば、サービスの質が向上すると考えるのは間違いで、鉄道などで見ると都市部はサービスが向上するが、過疎部では反対で最悪の場合は撤退になります。
  • 教育福祉などへの株式参入は
    アジシオ次郎 (07/10)
    おはようございます。

    教育や福祉に株式参入することは、教育や福祉をビジネスに利用しかねないし、アメリカ式の市場主義経済に基づく価値観を正当化しかねないです。た
  • 食べることは殺生をすること
    竹林泉水 (07/06)
    日本人は頂きます・ご馳走様と日本人なら誰でもいいますが、外国の方はどうなのでしょうか。キリスト教のクリスチャンなら食前食後の祈りがあります。
    私は中高とミッショ
  • 食べることは殺生をすること
    アジシオ次郎 (07/05)
    こんにちは。

    人間は生きる為に他の生物の命を奪わなければいけない。と言う「原罪」を背負っている以上、食べると言うことはそうなのかも知れないです。動物の命を奪い
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