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退位位天皇の称号

退位位天皇の称号をいまもう一度考えてみる。

世界の国々では、皇帝、王が退位すると特別な称号はない、しかし、日本では、天皇が退位すると上皇という、上皇とは正確には太上天皇(だじょうてんのう)という。太上とは、広辞苑によると、「最もすぐれたもんお。極めて善いもの。最良。最上。極上」。とある。つまり、天皇の上に位置することになる。また、日本の歴史では、「院政」が敷かれている。
西欧や中国・韓国などを含めても、王が退位すると特別な称号がなく、例外は稀にあるが普通○○公などと名前でよばれる。
この事実を見ると、日本は稀な国ということです。

しかし、明治22年につくられた、大日本帝国憲法も戦後に日本国憲法も、天皇については皇室典範の基づいて継承されるだが、明治以降は一世一代で天皇の地位は終身であるこを明確に記している。しかし、平成時代の天皇で明仁殿下がポツリと退位したいと洩らしたことがリークされ、マスコミや政界とくに自民党を中心に議論が多り、世間も高齢で激務をこなすのは大変だろうと、いたわりの心遣いが起き退位問題がたかまった。そもそも、目上に人にいたわりの心遣いは失礼に充るのだが。それにより一挙に明仁天皇の退位に傾いていった。

それにより、退位したら天皇はどのように呼ぶか問題が起きた。日本では歴史的にみて確かに天皇が退位すると、上皇とよばれがが、生前譲位した天皇は、35代の皇極天皇がはじめてだが、院政を行なったのが平安時代の白河天皇です。また、天皇の称号は天武天皇からでそれ以前は、日本書記などによると大王と呼ばれてる。
では、平成の天皇が退位したのでどのように呼べばよいのだろうか、そもそも天皇を退位譲位したのだから、天皇でなくなりただの皇族となうので、親王とか殿下でもよいはずです。上皇と呼ぶのは天皇の上をさすので、院政の復活になりかねないのではないだろうか。
明治以前は天皇が生前退位することはよくあっり、平安時代のドロドロした院政問題は知られている。また、政治の実権が幕府になってからも、天皇の院政は度々あり、119代の光格天皇の1817年-1840年まで行なわれている。

そのようことを考えると明仁上皇(親王・殿下)は、天皇に影響をあてるようなことはしないだろうが、この前例がその後に院政の復活につながりかねないとも言えない。

平成の天皇の今の呼称は、上皇でよいのだろうか、明人親王がよいのか、明人殿下がよいのだろうか。

最近の台風

台風12号が発生し、21日ころの予想では、和歌山の串本あたりに上陸し伊勢湾に抜けるコースを予報していた。これは伊勢湾台風と同じようなコースで心配したが、気象庁の予想コースは次第に、南の方にずれて本州には上陸しなかった。最近は、気象庁のスーパーコンピュータの人工知能をつかった天気予報はそんなに大きくずれることはないが、今回の台風12号のコースは珍しく予想コースをずれている。
これも、過去のデータの蓄積からの予想では当てはまらない、気候の変動が起きているからなのだろうかとも感じる。

そこで、過去の台風について、気象庁のWebページで調べみた。
それによると、私がオギャーと叫んでから、今まで一番台風の発生がすくないのは、2014年の14件、その次が1969年の19件、その次が2011年・2003年・、1977年・1975年・1973年・1954年・1951年の21件とある。
また、台風の発生が遅いのが、2016年・1998年の六月、今年はそれに次いで遅い五月でした。
日本に接近した数が少ないのは、1973年の4件、ついで995年の5件。1997年の6件。
数が多いのは、2004年・1996年・1960年の19件
日本に上陸した数が少ないのは、2008年・2000年・1986年・1984年の0件。
数が多いのは、2004年の10件、2016年・1993年・1990年の6件です。
これをみると、やや近年にかたよりがあるものもあるが、台風に関しては結構ばらついているようです。

ついでに、1951年から2020年2号までで、上陸の多い県は鹿児島県の41件 高知県の26件 和歌山の24件 静岡の21件です。
ここ70年間のデータだが、毎年上陸している県はなく、上陸地は南の方が多いが結構ばらついているようだ。

世界各地で異常気象と呼ばれる嵐の被害で、今前にない大きな被害をだしている。今後もいつどこでどのような、自然災害が起きるか分らないので注意していきたい。

包丁

包丁といえば、料理でつかう刃物のことで、本来「庖丁」と書くが、「庖」が常用漢字にないので「包」で代用表記している。
しかし、包丁は本来は刃物を指すものではなく、役職のことで、庖厨のことで寺などの厨房を指し、丁とは馬丁(馬番)や園丁(庭師)につかう丁で、厨房で働く人のことで今風に言うと料理長のことで、寺で言うと典座のことになる。
ではなぜ、庖丁料理に使う刃物のことになったのか、荘子の養生主編の二にその話がでてくる。
簡単書くと、魏の王文恵に庖丁(料理長)が、牛を解体して捌くのを献納したところ、文恵はその捌き方の手際の良さに感心した。文恵の問いに庖丁は「私が初めて牛を解体したときは、牛の大きさに圧倒され何もできなかった。だが三年たつと牛の大きさには目が入らなくなりました。私は目で牛を見ているのではなく、精神で見ているのです。自然な本来の筋道に従って、牛の皮と肉と骨の隙間に牛刀が入るようになり、牛の本来の仕組みのままに従っているだけです」と答え。さらに、「ふつうの腕のよい料理人なら一年で牛刀を取り替えるが、私はもう十九年も使い数千の牛を解体したが、刃こぼれせずいましがた研いだようです」。ここから、庖丁のことを料理で使う刃物を庖丁(包丁)と呼ばれるようなったといわれている。
この話にはまだ続きがある。
庖丁は続けて次のように述べた。
「けれど、牛を解体すると、筋や骨がかたまった所にくるたびに、心を引き締めて緊張し、視線はその一点に集中させ手の運びも慎重ににし、牛刀の運びも微妙にします。その動きが定まったときまるで土塊が落ちたように忽然と肉が離れるのです」。と。
それに大使、文恵は「なんと善い言であろう。われは庖丁の言を聞いて、真の生き方の道を会得した心持ちがする」。と言った。

魚を捌くときもその庖丁の入れ方により、その姿はかわってくる。この話のなかにでてくる「自然の本来に筋道の天理により、大郤を撃ち、大?(穴+穎-頁+欠穎)だいかんを導き、その固然に因り」とあるが、それぞれの骨と骨の隙間に刀を入れ、骨と肉の隙間から肉を削ぎ、筋肉と筋肉を分けるのも、その個体のありのままの姿にしたがって捌くことによってできるのだろう。

心知を働かせて真の生き方の道を得ようと技術のみに走ることに対しての愚かさが、庖丁の言葉のなかにある。
一刀彫りの仏師に、何を彫るのか、どの様に彫るのかと尋ねると、木の性に阿くままに彫っているだけだと、禅問答のような応えが返ってくると聞いたことがる。
このことは、牛の解体や魚を捌くことに限ったことではなく、私たちの生活に対してもいえることだろう。

「おしゃかになる

「おしゃかになる」というと、私は今まで物や道具が壊れてしまったときに使うと思っていたが、それだけでなく作りしそんじてしまったとき、「おしゃかにしてしまった」などとも言うようです。
広辞苑で「おしゃか」と引くと次のようにあった。
(一説に、地蔵や阿弥陀の像を鋳るのに誤って釈迦像を鋳ってしまったことから)つくりそこなうこと。つくりそこなったもの。不良品。「_にする」「_になる」
と載っていた。

また、日経新聞の日曜版に連載された、阿辻哲次の「遊遊漢字学」で2018年4月8日に連載された、『「卍」を「まんじ」と読む理由』に、次のようにもある。
ヒとシの区別のつかない東京下町の鍛冶屋が、火加減をまちがえた時に口走った「火がつよかった」が「シがつよかった」になり、それが「四月八日」と聞こえ、四月八日がお釈迦さんの誕生日であることから、不良品をつくって失敗することを「おしゃかになる」というようになった。
この話しできすぎているので、出所はどこだろう落語にあるのかと一寸と調べてみたがわからなかった。

それはともかく、「おしゃかになる」は、私が今まで思っていた、木の玉じゃくしの柄がとれてしまったりして、壊れてしまうのではなく、はじめから失敗してしまうことだったようです。

でも、広辞苑の地蔵とは地蔵尊のことで石仏が多いが、ここでは阿弥陀仏や釈迦像と同様に鋳像なのだろう、そのため鋳型があるので、その鋳型を取り違えて造ってしまう粗忽なおこないになる。
一方、阿辻の方は、火加減を間違えるているので、技術的な問題といえる。同じ「おしゃかになる」失敗でもその内容には大きな違いがある。

物事に失敗をするのにも、違いがあるといえる。
政治の面でも、おこなう政治を取り違えるのと、その施策をする段取りを間違ってしまうのでは大きく違う。このコロナ禍においての施策でも、経済を優先させるのか、人の健康・命を優先させるのか違いでだろう。
また、現代の先進国などをみて、新自由主義の自己責任の民主主義の小さな政府なのか、弱者にも光と救済をする大きな政府の方針をとるのか、いま、アメリカや日本はその選択を決める時期だが、アメリカの国民はどちらを選ぶかにより、これからの世界情勢が大きく変わるだろう。

トイレのないマンション

原子力発電所などを、「トイレのないマンション」と揶揄されるが、それは原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場をどこに造るかが決められないからだ。
そもそも、原子力発電は安全だと言うなら、電力の送電ロスを考えると、電力の大量消費地に造らないのか、遠く離れたところに造るのは何故か。それは地方の過疎地への経済対策だと言う人がいるが、それは本当だろうか。

「トイレのないマンション問題」は、原子力発電だけではない。生活ゴミの処理問題を考えると、私たち人間の一人ひとりの生活がトイレのない生活といえる。
近代都市のインフラは、上下水道のシステムは完備し、生活ゴミの回収システムも一応滞りなく機能している。しかし、それらは自分たちの目から見えないところに追いやって供給され処分されているだけでしかない。

東京など大都市の中心部では、タワービル、タワーマンションが林立している。そこで仕事をし生活する人が、快適に過ごすにはどれだけのインフラを必要としているのか。
40階建のタワーマンションに水を供給するにはどれだけの大きさの給水菅が必要で、それを最上階まで上げるにはどれだけの設備が必要か、生活排水を処理するんはどれだけの排水管とその汚水を処理する施設が必要か。そのことをタワーマンションで生活している人がどれだけそれに感謝しているだろうか。

江戸時代の江戸の下町には上水道は完備され、下水道も完備され、生活ゴミの収集処理も機能していた。下町の長屋には区画ごとに上水井戸があり、長屋の路地にはドブ板がありそこから生活排水は川にながされ、上下水は分離されていた。また人の出す汚物や生ゴミは定期的に近郊の農家が買いに来て回収され野菜作りの堆肥にされ、そこでそこで育った野菜を下町の町人は食べていた。
しかし、これが長屋の一区画が40階建のタワーマンションだとどうなるだろうか。江戸時代のローテク技術では、上水を2階に上げることも難しいだろうし、40階の建物に住んでいる人の汚物や生活排水を処理どころかどのように建物外に出すことができるだろうか。

また、生ごみ以外に生活ゴミは、江戸時代は回収されリサイクルなどされていたが、現在はそこで住んでいる人は、生活で不要になったものがどのように廃棄され処理されていることにどれほど関心があるだろうか。

また、今年の夏は特に暑いが、私たちは涼をとるためにクーラを使うが、そのクーラの電気はどのように作られるのか、室内の熱を冷ました熱交換した熱はどのようになるかをどこまで考えているだろうか。
私が学生のころ、東京の地下鉄は今のようにクーラがついていなかった、ようやく私鉄など列車毎にクーラ設置されていたころだった。しかし東京の営団地下鉄の丸の内線の列車には各列車にクーラを設置する発想はなかった。列車のモータ熱とクーラの熱で地下鉄のトンネル内は猛烈な熱さになると言う理由だった。そのためトンネル全体を冷やすことを考えていて、赤坂見附付近はそれが整備されそのあたりを通過するときは、窓から入ってくる空気はす涼しかったのを覚えている。
タワーマンションなどはセントラルヒーティングだろうが、建売の住宅街ではクーラからでる熱交換の熱は、垂れ流しでそれこそトイレのない状態だろう。

同じようなことが、私たちの便利な生活の中でいくつでもある。

つづく

干からびたミミズ

今年の夏は暑いですね。
私は毎朝、近くの公園まで散歩しているが、今年はやけにミミズをみる。夜に地中からでて、涼んでいるかどうかしらないが、早朝、明るくなり気温が上がる前に、地中に戻ることができずに、コンクリートの敷きブロックの上で干からびているのをたくさん見かける。
また、その干からびたミミズか、地中に逃げそびれた弱ったミミズを、たくさんの烏が食べに集まっている。このようなのを見るのは今までになかった。

なぜ、ミミズの干からびたのを多く見るのか、公園の管理者がコロナ禍で清掃まで、手が回らないのか。そういえばいつもならなされている草刈りも今までされていない。

それか、地中の異変を察知して地上に出てきているのだろうか。

農薬と昆虫による受粉

世界的に農薬の散布により害虫が駆除されると同時に、作物の受粉を助ける蜂などの昆虫にも影響がでている。ここ近年世界的にみて、大量のミツバチが姿を消してるといわれている。NHKのニュースではカメムシを駆除する農薬がミツバチが減少したと疑われるとケースがあると報告されたと伝えている。
ミツバチだけでなく、日本ミツバチなど野生の昆虫が植物の受粉に重要な役割を果たしている、昆虫へのリスクなどの影響を環境省が調査する方針を決めたとも伝えている。
わたしが、庭で家庭菜園をしていると、確かにいろいろな昆虫が蜜を集めにきている。害虫を駆除する農薬は散布していないので、キュウリがうどん粉病にかかるが、そのほかhそんなに虫に食われたり病気にかかったしない無農薬野菜です。

話しをもどして、野菜の生産効率を上げるために農薬をつかうと、それが逆に野菜の受粉を妨げてしまうのは深刻な問題といえる。今後、環境省がどのような方針を出すかに注視してたい。

ミュラー筋

NHKの総合テレビの番組に、『チコちゃんに叱られる』というのがあるが。20日の番組では、「眠気がくるとなぜ目をこするの」というのがあった。
それは、顔の表情筋の一つに、瞼を上げ下げする筋肉に、ミュラー筋があり、そこを刺激すると眠気がさめるという。
眠気を覚ますほかの方法として。目を見開いたりするのも、このミュラー筋を使うからだと説明をしていた。

私が興味をもったのは、眠気を覚ますことではなく、反対に作用に興味をもった。
目を見開くのではなく、ミュラー筋を弛めて瞼を半分閉じると眠くなるということです。
ミュラー筋を刺激させて覚醒させるのではなく、逆にミュラー筋を弛緩させると眠くなるといっていたことです。
瞑想のとき半眼にするのは、このミュラー筋を弛緩させることです。
瞑想や坐禅をするときに、半眼と言って目を閉じるでもなく開けるでもない状態にする。それにより心を落ち着かせ、頭でものを考えないようにする。
眼を見開いていると目に映るものがあり、なにかを考えてしまう。逆に目を閉じて瞑るとこれもまた、雑念が沸々と湧いてしまう。

心理学の実験で快適なお湿気と温度の部屋で音も光も何もない部屋で、なにも考えないでいるように支持すると、逆に幻覚が起きてきたり、雑念が湧き上がるてくる結果がでている。
このことは、心理療法などのリラクゼーションなどをするとき、風の音や漣や木の葉のしぐれの音や、一定の柔い光の環境を作り出したりしするのもそのためです。そのほうが、精神が安定するからといわれている。

ミュラー筋のある場所は、眼瞼下垂のところで、鍼灸師は、うつ病や自律神経の乱れがあるひとなどの、灸を施したりすると聞いたことがある。
つまり、自律神経は体の心臓や内臓の働きをつかさどり、自分の意識とは無関係に働いている神経で、自律神経に働きかけることは活動的な神経の交感神経を休め、リラックスさせる副交感神経との調和を促すことになるようです。

最近、わたしは、半眼になること、瞑想をすることが疎かになっている。

路傍のゴミへの想像力

道ばたに捨てられている、ペットボトルや空き缶やマスクやハンバーグの包み紙など、その路傍のゴミはなぜそこに捨てられゴミとなっているのか。
ただ、心無い人が飲み終ったジュースのペットボトルや、ハンバーグの持ち帰りで、歩きながら食べて包み紙を処理に困ったが、近くにゴミ箱がないからと、ポイッと道端に捨てた、それだけで終わらしてしまったらただのゴミを瞑したで終わってしまう。

そこにはだまざまな物語があるはずです、それを想像してみることも一つかもしれない。
ジュースのペットボトルを、とあるところに行く途中に、喉が渇いたので自動販売機でジュースを買った。では、とあるところに何をしに行くのだろうか、その後その用事はうまくことはこんだのだろうか。
いや、行く途中ではなく帰りかもしれない、用事の一件はうまくことが運ばず、少々自棄になってジュースを飲んだのかもしれない。
ハンバーグの包み紙も、本当は職場に持ち帰り食べるつもりだったのが、待ちきれなくなり食べてしまったとか、これから仕事の訪問先にいくが、店に入って食べる時間がないので歩きながら食べたとか・・・。

また、まれにこんなものがと思うものを目にすることもある。靴や帽子など思わぬものが路傍で見つけることがる。時々、ハンカチなどならポケットからとか、鞄からものを出すときに一緒に落ちたのだろうかと思うが、靴などが落ちていたらその人はどうやって帰ったのだろうかと思う。
公園などなら靴が一足なら忘れたのだろうと思うが、片方だけのこともあるのが、その時ほどいろいろと想像してみる面白い。

いそいでいたのか、数人できていてせかされ、あわててしまい忘れてしまったのか。また、数人できてその人たちは何をしにきたのだろうか。子どもの靴が片方だけ残され他のを見ると、その子は帰ってから親に叱られただろうか、ママが早くしなさいと言われたので慌ててしまった、ゴメンなさいとあやまり、それを聞いた母親は自分がせかしたことに対してどのように思ったか、それとも、子どもになに言い訳をしているのとさらに叱ったりしないか、その母親のそのさらに叱るなら、その人の心理状態はどうしてつくられたのか。ママ友との関係や夫婦のなかなとの周囲の環境をあれやこれやと思い巡らしてしまう。
さて、これから散歩に出かけるが、カメラを久しぶりに持って出かけよう。そして落ちているゴミの写真を撮ってみよう。そこには、人間が写っていないゴミの写真だが、それを現像して焼いてみてから、その写真を見るとまた、リアルにその現場にいたときと違う感じがするだろう。

クマ三頭が診療所で冬眠のその後

新潟県南魚沼市でクマ三頭が診療所の倉庫で冬眠してた。
クマは3頭は捕獲保護されたが、その後三条市月岡の総合物流マルソーの敷地内の停めた保冷車に檻を持ち込みそこに入れ越冬するなったそうだ。
保護した日本熊森協会は、クマは3頭とも健康状態はいいという。協会は来春、南魚沼市の山へ3頭を帰すことにしている。どのよう森に帰すかは、南魚沼市や県と相談しながら適切な時期や場所を決めたいといっているという。協会は3頭が越冬するのに十分な餌が既に確保されており、室谷悠子会長は皆からの支援を、「大変ありがたい」と話しているそうです。ただ、3頭のクマが人に馴れてしまってはいけないので、「見学などで人が訪れると冬眠に影響する上、自然に戻すためにも人にならすわけにいかない。温かく見守ってほしい」とし、見学などはさせず静かにさせておいてほしいと呼び掛けている。

また、マルソーの渡辺雅之社長は「クマは好きこのんで里に下りてくるわけではない。山に餌がなく、やむを得なかった」と里の下りてきたことを思いやっている。マルソーには市民らからリンゴやドングリなどの餌が次々と寄せられ、おりに敷くわらも届いているそうです。

診療所で冬眠しようとした3頭のクマ、どこかの山に運び置き去りにするわけもにもいかないので、その後どうなたのか気になていたが、日本熊森協会と物流会社のマルソーが支援の手を差し伸べてまずはめでたしめでたしのようです。
このマルソーは熊森協会の会員で、「お手伝いができれば」と引き受け、社員らが餌やりなどの面倒を見ていとういう。

ホモサピエンス約20万年の進化

私たちホモサピエンスは、約20万年前に樹上生活から、地上に降り二足歩行をするようになり出現した。手が使えるようになり、行動範囲と手作業によりすることが増え、頭が大きくなり進化していった。初めの頃は、地上での狩猟採取生活により、地上の肉食獣から身を守る術を身に付け知能を発展させていった。
さらに約5万年前のアフリカを旅たち、中東からヨーロッパ、中央アジア、東南アジア、東アジア、さらにオーストラリア、オセアニア諸島へ。また、氷河期にベーリング海峡が陸続きになり、その陸橋をつたって北アメリカ大陸、南アメリカ大陸と世界中に広がっていった。そして、それぞれ独自の文化・文明をつちかってきて、今日にいたっている。今日にいたってると言っても、そこには、コロンブスがアメリカ大陸を発見し、南北アメリカの先住民を虐殺したりした歴史がある。それはさておいて。

ホモサピエンスがアフリカを出立したのが、狩猟採取時代が農耕技術をえてからなのか、その前からかはわたしはよく知らない。
しかし、生物学的な進化は約20万年前からほとんど変わっていないようだ。つまり、アフリカ大陸を旅たったときから進化はしていないといえる。
ホモサピエンスは、それぞれの定住した地域に適応し、皮膚の色や髪の色が変わっていった。私たちは約20万年前から見た目のそれらの違いがあるが。生物学的にはどれほど違いがあるのだろうか。
文化文明の進歩の観点からみても、狩猟採取生活から農耕生活をするようになり、多くのものを得てきたが失ってしまったものも多い。
狩猟採取生活では、その時々の収穫はそれほど多くなく、グループ全員が一つになり収穫のための活動をしていった。たしかに、狩りをするためのリーダーや四季の中でどの季節はどこに行けば何が収穫できるかを仕切る人はいたが、それがヒエラルキーにはならなかった。
しかし、農耕生活をするようになり、余剰生産が生まれ食べ物を保存するようになると同時に、農作物の栽培の季節や手順を仕切るものが生まれ。狩猟採取より多くの食べ物が得られるようになり、一つのグループの生きられる人数も増え、農作業の分担が起き、グループ内での階層が生まれてた。それによりそのグループ独自のしきたりや決まりごとができ、そのグループの文化が芽生えていった。

狩猟採取生活では、そのグループ全員が、いつどこに行けばなにが収穫できる、この植物は食べられるこれは食べられないなど、自然に対する知識や感性をもっていた。
それらは、農耕生活をするようになっても、引き継がれていったが、そのかたちに変化があらわれ、どこに行ったら何が収穫できるかだけでなく、どこでいつなにをしたらよいかも知っておかなければならないようになる。それらを知っている人や指図人が長老と呼ばれ、リーダーとなりる。また、食べ物の備蓄が進むとそれらの中の余剰物のを交換したり。また、食料が不足しているところや、農作物がよくできるなどの差がでてきて、それらを争奪する争いが始まる。そのものの交換の外交や、ものの争奪を指揮する人が必要になる。

それは、農耕生活の時代の場面だけでなく、人間のあらゆる生活が高度になればなるほど複雑になってきている。
しかし、大昔の農耕生活の時代は自分たちがいつどこでなにをすべきかを、グループの全員が周知していたが。しかし、現在の私たちは、それぞれのすべきことが分担され、一人の人がすべきことはほんのごく一部で、それをこなしていればこと足りるので、他のことは全く知らなくてもすむようになってきている。
たとえば、大阪から東京に飛行機を利用していくに、飛行機の操縦の仕方を知らなくてもいける。また、パイロットは飛行機の操縦の仕方をしておけばよく、操縦に必要な位置情報や方角などのデータは、大西洋を初めて横断した、リンドバーグのように星や太陽を見て自分で収集したが、今のパイロットは自分で収集するのではなく、別に提供される。また、飛行機の搭乗の仕方や、客室乗務員が提供するサービスの仕方を知る必要がない。このように、役割は分担されごく一部のことを知っておけば十分になっている。

狩猟採取生活は農耕牧畜の生活を始めたころは、自分たちが何をすべきかそのグループ全員が知る必要があった。そのことは、世界各国の神話や民話の話を調べると、植物の収穫や魚などの漁のしかたなどについての教えがある。いつどこに行けばどんな魚が取りる、どのような植物が生えている。また、どれだけ収穫すればよいのか、取り過ぎれば身内に不幸が起きるなどと、地の恵みが来年にももたらされるように、お話として代々伝えられ知るべきことを共有していた。
このように、私たち人類の祖先であるホモサピエンスが身につけている、知恵というか感性となどや、いか生きていく上での術は、いまの現代人より格段に多くことを共有して、知っていたと言える。

今の現代人の人にとって明日の天気が晴れるか雨が降るかをしる術よりも、キャッシュレスで電車に乗る方法の知識の法が重要であり。2000年前の人にとって電車に乗る方法無意味だが、明日の天気をしる方法は必携なことです。
このように考えると、その時代々々、時々ので必要とされる能力が変わってくる。
しかし、生物学的みて、明日の天気をしる能力は、現代人は2000年前の人と比べて退化していると言えるのではないだろう

電車の中で出産

ニュースを見ていると、JR湘南新宿ラインで、赤ちゃんが出産したという。去年にも、1月にJR常磐線で20代の人が出産したケースがあると言う。乗り物の中で産気づき出産するということはそうないことだが、稀なことではないようだ。

JR湘南新宿ラインの車掌は、列車のSOS釦で乗客に急病人が出たことをしり、すぐに指令所に連絡し同時に車内放送で急患が出たのでお医者さんがいれば応援を願いたいと連絡したという。
急患は病気ではなく産気づいたもので無事出産したという。

いまは、出産は産院などでするのほとんどだが、昔は自宅で出産することがほとんどだった。
多くの人が出産直前まで仕事をしていたりすると、このようなことは茶飯事だったかもしれない。

現代の日本では産後もしばらく産院に入院して母子の経過を見届けているが、欧州では産後すぐに仕事に就く人もいると聞く。
しかし、無事に赤ちゃんが生まれてめでたしめでたしです。

湯水のように使う

「湯水のように使う」という言葉がある。
明鏡国語辞典によると「どこにでもふんだんにあるもののたとえに使う。「湯水のように使う(=金銭などを湯や水を使うように乱費する)」

贅沢で浪費することのたとえにつかわれるが。湯と水はただのようなたとえとされる。
本当に、湯水は本当に、計画を立てないで、使えるものだろうか。現代社会では、水道、ガスや電気がありふんだんに使える。しあし、ガス・電気は使えば使用料を払わなければならない。
昔は、今のように電力会社やガス会社はないし、水も今のような公共の水道施設はなかった。しかし、江戸時代には江戸の町には、今のように浄化されてはいないが、江戸市中を水道が網の目のように敷かれ、各町の区画には水道井戸が設けられていた。
水道のないところは、水を使うには川に水を汲みに行かなくてはならないか、井戸かある所まで行き、水を汲み上げて、家まで運び水桶に移してしばらくおいてから、初めて使えるようになる。しかし、これらの水を使うには、各所で使用の権利を払わなければ使えないです。
町でもそうだが、田舎でも農業をするには水は欠かせないが、その水の使用権があり水を管理する村組合に加入しそれなりの、管理の役割と仕事をしなければならない。

また湯を使うには水を湯に沸かさなければならない。湯を沸かすには、燃料がいるが今ではガスや電気で沸かせる。しかし、ガスや電気がない時代は、薪を使うことになるが、薪を手に入れるには、薪を買うか、山に柴を取りに行かないと、湯を沸かす燃料を手に入れることはできない。また、山に柴を刈に行くのには、水同様に山に入る権利と許可がその山の所有者や管理者の許可がいる。そのようにして手に入れた燃料で、竈に火を熾してからでないと、水は湯にならないです。
このように、実は湯も水もどこにもあり、ふんだんに使える潤沢なものではなく大変手間と手続きは本当はあるのです。

しかし、現代の生活は、水もガスも電気も、カランを捻りコックを開けスイッチを入れると、それこそ湯水のように使える。それにより、水はガスや電気は、湯水のようにの勘違いがおき、電気水道をただのように思えて、そのように使ってしまっている。


では空気はどうだろうか。
空気は地域によって、澄んだ清涼なところもあれば、澱んで息苦しいところもある。現代では人口が多く便利なところは、都心から離れて自然が豊かで不便なところよりも、空気は澱んで汚いと考えてよいだろう。
産業革命後のロンドンは工場からの煤煙でスモッグが発生していた。日本でも経済の高度成長期は、東京や大阪や名古屋の空は汚れ、周辺の川崎や尼崎や四日市は日中でも太陽が見えないほどで、喘息など深刻な健康被害がでる状況だった。河川は工場や生活排水で汚れヘドロからなおガスで悪臭を放っていた。いまでこそ、先進国のそらは環境への意識と技術の進展によりだいぶ綺麗になってる。
それはもかく、いまでも途上国の大都市では、深刻な大気汚染問題が表面化して、それへの対策が急務になっている。

空気も住民税を払うので、ただではないともいえる。そのように考えると、空気は汚れている地域の方が、高いことになる(^_^;)

地下鉄のソプラニスト

アメリカのロサンゼルス地下鉄で、カートを引き、バッグを数個持った金髪のお下げ髪のホームレスの女性が、地下鉄のホームに立ち、プッチーニのアリアの1編をソプラノの美声で歌う女性の動画が投稿され反響を読んでいる。

投稿したロス市警の報道官は、地元紙のロサンゼルス・タイムズに「ザモルカさんの声が心の琴線に触れた、この報道官はこれまでに50回も動画を見た」といっていいる。

この女性は路上生活者で、たまたまロサンゼルス地下鉄の駅で歌っているところを、ロサンゼルス市警の警察官が、偶然見かけた女性を撮影し、市警に持ち帰ったところ、市警が次の言葉を添えて26日、ツイッターに投稿した。
 「400万人が暮らすロサンゼルス。そこには400万の物語があり、400万の声がある…時には立ち止まってその中の1人の美しい声を聞くことも必要だ」
これに対して大きな反響を呼び、数日で再生回数は30万回以上再生されたという。

ツイッターに投稿されたときは、女性の名前は不明だったが、地元テレビ局が彼女の居場所を突き止めた。彼女の名前は、24歳の時にロシアから移民してきたエミリー・ザムルカさん。
ザムルカさんは健康上の理由でホームレスになり、市内の通りでバイオリンを弾いてその日をしのいでいた、3年前にそのバイオリンを盗まれ後に壊れた状態でみつかったそうです。
ザムルカさんは、地下鉄構内で歌ったのは「音響効果が素晴らしいから」と話し、夢は、再び音楽の世界で仕事ができるようになることだという。
ザモルカさんは、地元ラジオ局KABCのインタビューに対し、「今は駐車場に段ボールを敷いて寝泊まりしている」「眠れるところでならどこでも眠る。同情してくれる人はいるけれど、誰の重荷にもなりたくない」「路上生活から抜け出し、屋根と楽器のある暮らしをするための支援を得られたらありがた」などと述べているそうです。


このザムルカさんだけでなく、路上での生活をしているひとは、路上生活から抜け出し、仕事と屋根ある暮らしができることを願っているでしょう。

音楽とは関係ないが、人の心に打つ路上生活者というと、このニュースを聞いていて、松山の十円易者、村上桂山を思い出した。
昭和50年ごろでは、松山では知らない人はいないといわれ、自分で箱車と呼んだリヤカーで野宿生活をし、わずか十円の見料で、雨の日も風の日も雪の日も日差しの強い日も、路傍にすわり、年齢に関係なく老若男女かんけいなく見たという。およそ一日に100人から300人を見ていたともいわれ、街行く庶民に耳を傾け親身に応え、「易のおじちゃん」「駅のおいさん」と多くの人に慕われ、松山の市民がみなで桂山を養っていた感じだという。また、多くの俳句でも川柳でもない句を多く残し、今風の松山の良寛さんのような感じでもあったのだろう。
わたしが、桂山を知ったのは、大学のゼミで教授から松山に稀有な人がいる、松山市民から生かされている坊主で易者がいると話していたのを覚えている。
良寛は庵を持ち乞食をしたが、ともに僧であった賣茶翁は茶を売り、放浪の乞食俳人山頭火は草鞋や酢を売り市井で生計を立て、桂山は易の見料で生計を立てていた。


これらの人は、みな修行を積んだそうであり、それなりの悟りを開いた人だが、高い地位を目ざさず豪華な寺での生活は、釈迦の求めたものではないと、市井の人となり庶民の悩み暮らしの中で生活をしたので、それらの人の俳句や歌や漢詩などが身なの共感を与えるのだろう。
ロサンゼルスの地下鉄のソプラニストも、街頭の市井の中で唄い暮らしているなから滲み出したものが、みなの共感を呼ぶのだろう。

小鹿と小犬

先日なら公園近くで、鹿が十数頭が道路脇の植え込みの木の芽を食べていると、鎖で繋がれた飼い小犬が飼い主とともにそれを見ていると。子鹿がよってきて「おまえなんで鎖に繋がれているのか、ぼくらは鎖などで繋がれていなくて、こうしてどこにも行け好きなものを食べられて食べ等重自由だよ、かわいそうに」と言っているかのようだった。
飼い主は、突然に子鹿が寄ってきたのに驚き、鎖を引っ張ると小犬は驚き、子鹿に向かって吠えると、子鹿は驚いたようすで固まっていた。周りにいる大人の鹿は平然と、小犬と子鹿のやりとりを見ていた。

奈良や宮島の鹿は野生の鹿だが、人になれていてその時々の状況でどのようになるかがわかっているのだろう。人の方が戸惑っているようだ。

あいちトレンナーレ展

いまだに、あいちトレンナーレ展に対する、騒動がくすぶっているが、現代芸術とはどんなものだろうかを考えてみたい。

第二次世界大戦前夜、ナチス政権の宣伝省は、近代美術を道徳的・人種的に堕落したもので、ドイツの社会や民族感情を害するもとして禁止すして、それらを批判する芸術館のため「退廃芸術展」を催した。そして、ロマン主義的写実主義な英雄賛美的なものを、健康的な芸術として、「大ドイツ芸術展」を催しナチスの公認芸術として賞賛した。

また、1863年に、フランスで公式のサロンの審査員で落選した作品を集めた展覧会があり、これを通称落選者展ともいわれている。
落選展は1830年代ころから始まり、パリのアート・ギャラリーが、サロンに落選した作品を集めて催され。
小規模でプライベートな展覧会だが、863年の展覧会ではサロン展より評判が高くないり、フランスの印象派運動へ発展していく。この年、サロン展で3,000点以上の作品がサロンに落選したことに、美術家たちが抗議によりおこなわれた。
落選の作品に対して、多くの批評家ならびに大衆は落選作品を嘲笑し落選の正当性を訴えた。
マネの『草上の昼食』、ホイッスラーの『白の少女』などがあった。今までにない道徳観・価値観の絵で批判されたが、印象派の画家たちは、サロンの外での展覧会は次第に認められ落選展は、その後も開催され、パリ・サロンの名声や影響力はしだいに衰えていくことになる。

現代社会で、ナチスの「大ドイツ展」や「パリ・サロン」をそのまま引き映すようなことを望むような声が、今の日本で高まっているが、それは衰退への道を同じように歩むことになる。

パーム油

先日テレビを見ていたら、パーム油について外国の放送局がニュースとして流していた。
パーム油は現在、食べ物を始め、化粧品などあらゆるものに使われている。そしてパーム油を生産することにより、熱帯林が開墾され、オランウータン、トラ、アジアゾウなどが住む貴重なを環境を破戒して作られている。また、パーム油を生産するのに現地の子ども達の労働力として駆り出され、アドカボで述べた時と同様に自然環境も破壊されているという。

しかし、あらゆる食品や石鹸や化粧品に使われているが、私たちにはなじみがない名前です。商品の成分表を見ても、パーム油などどこににも書かれていないせす。それもそのはずで、日本では加工食品等の原材料表示は単に「植物油脂」と表示すればよいようになっているからです。

どんなものにパーム油が使われているかといえば、食料ではバター、マーガリン、即席めん、マヨネーズなどはもちろん、菓子類のクッキー、チョコレート、スナック菓子、アイスクリームなど、食用以外では石鹸、洗剤、化粧品、塗料、化学製品などに幅広く使われている。

では、パーム油とはなにか、パーム油はアブラヤシの果肉から得られる油脂で、大豆油を抜き世界で最も多く生産される植物油脂。またアブラヤシの種からは性質の異なるパーム核油が得られる。(そういえばカシューナッツのカシューの実からは、カシュー漆という塗料が作られている。)

パーム油はなじみがない名前だが、このところその需要が世界中で高まれ、これからも需要の拡大が見込まれている。
パーム油はほかの植物油脂に比べ、多用途に利用でき、価格が比較的安価なので、中国・インドやアジアの人口増加や生活水準の向上による消費量の増大が見込まれている。またバイオ燃料としての期待がある。アジアでは食用油として多く使われている。

アブラヤシはアフリカが原産地だが、赤道周辺で一定以上の雨量が必要とされることから、マレーシア、インドネシアを中心に大規模なアブラヤシ農園開発が行われ、全世界の供給量の85%はで生産されているという。
そとため、多くの熱帯林が伐採され、焼き払われてパーム油生産地になり、地域の環境面などで深刻な影響がでている。
熱帯林、泥炭湿地林の消失、絶滅のおそれのある野生生物の減少、伐採、森林火災による温室効果ガスの排出、大規模工場生産の方式の開発と栽培による土壌、水、大気の汚染など。
また、経済の発展政策により、社会面で森林に依存する先住民等との不和、農園での低コスト生産による劣悪な労働環境と人権侵害、周辺住民と生息地を奪われた野生動物との衝突など、深刻な問題を引き起している。

アドカボは一つの商品だが、パーム油は多方面で利用され私たちの生活を豊かにしてくるものだが、その生産現場は生産地の現状がどのようなものかを、私たちはそれを知らずに過ごしている。このことはパーム油はに限らない。便利なスマートホンも、その個々の原材料である鉱物資源などを採掘する現場でも、アドカボやパーム油と同様に自然環境を破壊され、現地の原住民などとの衝突などを知らずに、都会でスマホを使って便利に過ごしている。
いまの便利なさまざまな機器などを、ないも知らずに考えずに使って日常を過してよいものだろうか。

そこで、赴粥飯法の「五観の偈」は、食事をする時の心得だが、私たちの日常の生活一つ一つも、「五観の偈」としてみたい。
一つには、功の多少を計り、彼の来處を量る。
  自分がこれから使おうとしているものが、どのようにして作られているのを考えそれに感謝する
二つには、己が徳行の全缺と忖って供に応ず。
  これからそれを使おうとするのに値するだけのことをしてきたのか、またその使い方をするのか
三つには、心を防ぎ過を離るることは貪等を宗とす。
  欲をだし多く貧らず足るを知り慎むこと
四つには、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんがためなり。
自分の行いやこれから得ようとする知識を健全なる心身を維持する為につかうこと
五つには、成道の為の故に今この食を受く。
  自分の行ないはすべて、人としての道を修める為にすること

日本独自の文化とは

徹底検証神社本庁 藤生明 ちくま新書 を読んでいると、歴史学者の家永三郎が、明治百年にあたる1968年2月11日に開かれた総評系平和集会で、「明治百年史観は日本の歴史をのっぺらぼうな一直線の発展・栄光の歴史ととらえ、その間の起伏をほとんど無視し、すべてをバラ色に染めてしまおうとする考えだ」と述べたと書いてああった。それから半世紀以上たったいまも、過去を反省する考えを自虐的と避難し、クールジャパンだといい、日本は希有な美しさがあると、自慰的なテレビ番組などが流され続いている。
50年前に、家永三郎が述べ警鐘はなんら生かされていない。

また当時を振り返ると、むしろ逆に当時の保守層では、国民総生産が世界第二位になったのは、明治の政策の賜であり、戦後に失われた日本の精神・明治の精神を取り戻し昂揚を図るべきだとの声が聞かれるようになっていた。
この点でも、半世紀後の今をみると、その地下水脈は流れ続け、いま、伏流水となってそこかしで、インターネットなどのSMSなどで、湧き出ている。その湧き出方を見ると、過去の歴史を振り返った言い方などに対して、周囲からパッシングされ、ネット炎上という現象が起きたりする。

また、家永の述べたことは、ネットユーザーだけでなく、政治家の方がその言動を見ていると、深刻な状況になっている。その政治家たちは、戦前の大政翼賛政治の時代を知らない、戦後生まれのしかも若い政治家に、明治はよきもの美しきものと、無条件で礼賛するものが多く、その中には国家神道が日本の伝統的な文化とだとしてその復興を願う者もいる。
国家神道とは、神社などの神社神道の神道とは別物で、明治政府が、国家統治のために日本の統合の権力の正統性を位置づけるために作り出されたもので、日本を統治するうえであみ出したものです。日本が元号を使うようになった大化の改新(645)からっみて1500年ほどたつが、そのかん天皇家が政治の実権を執行していたのは、平安時代の中頃までで、それ以降幕末までは武士が実権を握っていた。それを見ると、国家神道は、たかだか150年ほどの歴史しかないのです。

あらためて、私たちの文化とは何だろう、日本の文化とはなんだろうと考えてみるべきです・
日本の元号は中国の元号を倣ったものであり、江戸時代以前また、明治になっても日本の公文書は漢文で書かれたり、書き下し文を使っている。
萬葉集は万葉仮名でかかれ、上代のころに日本語を表記するのに、漢字の音を借用して用いられたているので、漢字でかかれている。そのようなことを考えると、日本独自とオリジナルの文化などはないのです。このことは、日本に限らず中国もそうだし、ヨーロッパやエジプトやメソポタミア文化も、それぞれ周辺から相互に影響を受けて形づくられたものです。そのことをよく知った上で、日本の独自な稀有な文化を見ていくことが大切です。

岡倉覚三の「茶の本」を読みなおして

岡倉覚三(岡倉天心)が、日本の文化を紹介するため、1906年にアメリカで『The book] of tea』を出版した。この本は日本でも翻訳され『茶の本』として現在でもよく読まれている。
その中で岡倉覚三が次のように行っている有名な一説がある。

「 おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例に過ぎないと思って、袖の下で笑っているであろう。西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は、野蛮国と見なしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的殺戮を行ない始めてから文明国と呼んでいる。近ごろ武士道――わが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術――について盛んに論評されてきた。しかし茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の術を多く説いているものであるが。もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。われわれはわが芸術および理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。」
明治維新後、明治政府は脱亜入欧の政策を進め、西欧の列強を見習って日本の近代化を進めるため、帝国主義を見習い植民地化政策を東アジアで進めようとした。日清・日露戦争や満州への進出により、日本の地位・見方は野蛮国から文明国へのと変わっていった、しかし、岡倉覚三は「血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。」と言っている。

いま、科学技術が進み日常生活の仕方が目まぐるしく変わり、それについて行けない人も多くいる、いま、そのような人たちを、最先端の技術を取り入れて生活している人は、それにつてこれない人をどのように見えいるだろうか。野蛮人とまではみていないが、これがこのまま進むと遅れた人とみるのではないだろうか。19世紀から20世紀の半ばまで、先進国の人間は、アフリカなどの後進国の人々をさげすみ見て、なかには自分たちは優秀な人間で、後進国の人は人間の価値がないとして、奴隷として扱っていた人も多くいた。
いまは、世界中の人々は同じ種でアフリカを起源とするホモ・サピエンスということが、DNA技術で証明され世界中の人間を同等に扱っている。

しかしいま、科学技術が格段に進化し、それにより生活が便利になり、IT技術は人工知能であるAIの演算速度は人間が数百年かかっても計算し終えない式を、一瞬でこなすようになり、またビッグデータと呼ばれる、日常のあらゆるデータを集積し解析分析し、今後どうあるべきかの予測を正確にたてることができるようになってきている。それらの技術を巧みに使いこなせる人と、そうでないそれからこぼれた人との間に格差は生まれてこないだろうか。

振りかえてみると、そこには人類が今まで築いてきた人間性と言うものを変えよとしている。
人類が狩猟採集生活から農耕生活に変わっていったとき、蒸気機関による産業革命で工業生産力が向上し、電気の発明により日常生活を便利にし情報伝達速度は飛躍的に速くなった。さらに、インターネットの出現により、情報は世界中を覆い網羅した、WWWが出現した。それにより、地球の裏側でなにが起きているかを、瞬時に性格に把握できる。
今のような通信網が整備されていない時代、江戸時代は大坂の早朝の米相場は、昼過ぎにならないと江戸でははからなかった。東海道に張り巡らされた、旗振り場や狼煙を上げるところで、リレー方式で伝えれた。そのようなものが整備されていないところは、大坂と江戸より近いところであっても、数日かかったりしていた。ローマ時代ローマ帝国軍隊が遠征地で勝利したことが、皇帝がわかるのは数日後だった。
しかし、いまはリアルタイムに世界中の誰もがしることができる。今年は人類が月に足を踏み入れて50年になるが、50年前その様子を、私は青函連絡船の中でテレビを見ていた。世界中の人が同時中継でそれを見ていた。
それから50年たつので、今の技術はそれを遙かに凌いでいることはいうまでもない。

今後、岡倉覚三が言う、西欧人が日本人を野蛮人と見る目のように、現代の科学技術の発展に馴染めない人は、いままで、人類が培てきた、人権と平等の文化の理想を追い求めて、最先端の技術を身に装着しているひとから、未開人と呼ばれてもよいのではないか。
しかし、それらの人は次第に淘汰されていくのではないかと思うし、いま地球上に70億以上に人が暮らしているが、ひょっとすると其のほとんどが淘汰されてしまうかもしれないと最近感じている。

早朝のウオーキングをしてふと思ったこと

スキーのジャンプ競技では、私の若いころは、飛ぶときの姿勢は足をそろえ手を体側に沿えてジャンプしていた。姿勢が乱れると原点されていた。
しかし、いまは脚を広げスキー板をVの字にして、手も逆Vの字にしてジャンプしている。このようなジャンプを昔していたら大きな原点をされていたのに、大きな変わりようです。
ジャンプして空を翔ぶときできるだけ空気を抱えて浮力をえるために、脚を広げてを逆Vの字に広げるのでしょう。
それを考えていると、トビが空でクルリと輪を書いているときの、翼の先を頭の上に浮かんだ、また尾は広げている。

中国の気功に「五禽戯」というのがあるが、この気功は、虎・鳥・熊・鹿・猴の形態ををまねたものだが、その鳥の形態に手の形があります。鳥翅といい、五本の指はまっすぐ伸ばし、親指、人差し指、小指は上に跳ね上げ、中指と薬指は揃えてやや下に押さえるようにする。

スキーでジャンプするとき、腕は今選手が飛んでいるように広げ、手は広げて指先を五禽戯の鳥翅のようにし、スキー板は後ろの方に支点があるXの字にして飛と、鷹のように空を滑空するだろうか。

スキーのジャンプをする人はみな同じ飛び方をするが、それがもっとも飛翔距離をのばすからだろう。しかし、例えば鳥のように羽ばたいてみせるとか、独自の飛び方をする人はいないのだろうか。

ツバメの巣立ち

毎朝、早朝のウオーキングのために、運動公園に言っているが、その途中に個人の店舗兼住宅があるが、そこのガレージのシャッターが4月ごろから、全部下ろさずに下半分ほどがあいている。しかし、少し前からシャッターが完全に下ろされるようになった。
実は、このガレージには毎年ツバメが巣をつくっているのです。
ウオーキングをしているときなどに、ツバメが出入りしているのをよく見かけました。シャッターが全部下ろされるようになったということは、ツバメのひなは育ち、巣立ったのでしょう。
ところで、ツバメは日ごろはどこで、寝たり過ごしたりしているのでしょうか。たぶん近くの林や軒先などの足がかりがあるところでしょう。

安全について

いつも通っている道路にあるガソリンスタンドに、
「ダイア点検実施中!! 安全・安心・快適」と書いてある横断幕が掲げてあった。
車のタイヤ点検は、法律で義務づけられて定期点検や車検の時にする人が多いが、運転者自身の安全をまもるもので、それは、法廷義務以前に自分の身を守るために、能動的自発的にすべきもので、多くのドライバーは法廷義務だからと嫌々行って入るものではないです。
私はミニバイクによく乗るが、タイヤの空気圧やタイヤの溝は時々気にして観ている。

自動車のタイヤ点検にかぎらないが、今日、安全は当たり前のように思い、只であ、あるのが当たり前だと、思いこんでいる人もいる。
安全な生活をえるのは、自分たちの権利でもあるが、それれが最近与えられて当然だと思っている人も多いようです。
ガソリンスタンドの横断幕を見て、みずから、身の回りの安全点検に意識をすることは大切な殊だと思った。

また、工事現場や工場などに掲げてある標語に、[ 安全第一 ]とあるが、これも自らが安全について意識をしないといけないということだが。それがなんだか、私たち庶民生活のなかでは、どこまで定着しているのかと感じた。

ソメイヨシノの実

毎朝ウオーキングをしている運動公園では、桜が沢山植えられているが、その桜はソメイヨシノだが、毎年桜のツボミの様子を見ている木で、よく見ると小さな実がなっている、
ソメイヨシノだけでなく、桜の木は、自家不和合性という性質があり、同一体の木からは花が咲いても実がならないと聞きます。つまり、ソメイヨシノは一本の木から、挿し木や接ぎ木をして増やされたものなので、実がならないと聞いたが、この運動公園のこの木のソメイヨシノは実がなっているが、たぶんこれ以上大きくならず種はできないでしょう。たとえ種ができたとしても、発芽することはないのでしょう。

同じようなことで、月下美人も日本に伝わっている月下美人はすべて同じ固体から増やしたもので、実がならないと聞いたことがり、さらに、東京農業大学の進化学研究所がメキシコから取り寄せた月下美人と交配したら、実を付けたということを書いてることを一度本で読んだことがります。それと同じなのでしょう。ソメイヨシノは人工交配してつくられたものなので、それこそこど遺伝子はひとつですから実はならないのでしょう。

障害という字について

発達障害という言葉をよく聞くようになった。
発達障害は、生まれつき脳機能の発達のかたよりによるものとされている。
そして、発達障害には、3つのタイプと特性があると現在定義されている。
・自閉症スペクトラム(ASD)、・注意欠陥・多動性障害(ADHA)、・学習障害(LD)です。

・ASDは、対人関係や社会性と他人とのコミュニケーションがにがて。また興味や関心の幅が狭く物事に強いこだわりが強い、柔軟な思考や急な場面や環境の変化への対処が難しい。
・ADHAは、・気が散りやすい、・集中力がない、・思いつきで行動してしまう、・落ち着きがない、・忘れっぽい、など年齢ににつかわしくない行動がみられ、多動や不注意や、衝動的とみられてしまう。またそれらの言動が日常生活や学校生活で支障が出てしまう。それらは自分での感情や行動のコントロールが苦手なため、まわりから批難を受けたり、親のしつけが悪いと批判されがちです。

LDは、知的発達に遅れは大きくないが、読む・書く・話す・聞く・計算など特定の分野に困難があったり、特定な分野だけが突出した能力を持っていることが見られる。

これらのことを見ていて、身体障碍者や知的障碍者そして精神障碍者などもそうだが、その障害者という言葉にわたしは違和感がある。いまこの文をパソコンで書いていて(打って?)、「しょうがい」と入力していくと障害で「妨げになるもの」とでてくる。決して妨げになる者ではないですが。障害の後ろの者がつくと、その人は社会に妨げになる人と言っているように感じるのです。

私はよく障害を障碍と書きますが、では「害」と「碍」あるいは「礙」はどう違うのだろうか。

碍を新漢語林を引くと
[その他] 礙の俗字
   とある。
そこで礙を引くと
【異体】 碍 《俗字》
【字義】 さまた‐げる(さまたぐ)。さえぎる。じゃまをする。また、さまたげ。じゃま。「障礙」
【解字】 形声。石+疑《音符》。音符の疑は、人が思いまようさまにかたどる。石を前にして人がたちつくすさまから、さまたげる・さえぎるの意味を表す。
   とある。

改めて、害を引くと
【字義】
[一]
 〔1〕 そこ‐なう(そこなふ)。〔ア〕傷つける。また、殺す。「傷害」〔イ〕こわす。
 〔2〕 さまたげる。「妨害」
 〔3〕 きらう。にくむ。ねたむ。
 〔4〕 わざわ‐い(わざはひ)。災難。また、うれい。
 〔5〕 防ぐに都合よく、攻めるに困難な場所。「要害」
[二]
 助字。〔ア〕なに。いず‐れ(いづれ)。いつか。疑問を表す。=何。〔孟子、梁恵王上〕時日害喪(このひいつかほろびん)。⇒太陽はいつ消滅するのだろう。〔イ〕なんぞ…ざる。再読文字。疑問または反語を表す。=盍。
【難読】害人(ししひと)
【参考】現代表記では〔碍〕の書きかえに用いることがある。「障碍→障害」「妨碍→妨害」
【解字】 形声。宀と口とに、横棒三本に縦棒一本を引いた形を音符として組み合わせたもの。音符は、刻みつけるの意味。宀は、おおうの意味。口は、いのりの言葉の意味。いのりの言葉を切り刻み、ふさぐさまから、わざわい・さまたげの意味を表す。
【逆引き】 禍害・干害・危害・公害・災害・殺害・惨害・残害・自害・傷害・障害・侵害・阻害・損害・大害・迫害・被害・弊害・妨害・無害・要害・利害・冷害

とあります。
そこで、明治22年初版昭和6年628版の「言海」で、「志ようがい」を引くと、障害を意味する言葉はなかった。

「碍」や「礙」は当用漢字や今の常用漢字にはないので「害」使うのだが、漢字って難しいですね。
このことは国際連合の「連」も「聯}と書く方が正しが常用漢字にないいで連を使っている。このように代替や当て字で使ているのがあるが、当用漢字が定められてから70年以上になり、熟語の正しい意味を戦後生まれの私たちはどこまで本当に理解しているのだろうか。
話が横道にそれてしまったので一先ずはこれでおしまいにする。

日めくりカレンダー

筑摩書房から面白いカレンダーがでている。「日めくり 大江戸味ごよみ」だが、私は2018年版を去年かい、今年も来年の2019年版を買った。

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二つの年度の内容を比べ、図版と解説の文が同じところあったば、新しく図版と解説部を新たに差し替えているところもある。
図版は江戸時代の食に関する風俗や、屋台や店などが描かれた当時の本などからとったもので、解説文は江戸時代から続く老舗の人が執筆している。執筆陣は、「にんべんの監査役」、「重箱の八代目」「神田まつやの五代目」「八百善の十代目」「菊正宗記念館名誉館長」「山本海苔副社長」「豊島屋社長」「銀座ハゲ天社長」などです。
なかなか読みごたえのあるカレンダーとも言えます。

ただ、江戸時代の食べものなどに特化するなら、できれば、食の季節を感じさせるためにも、太陰太陽暦の旧暦の表示をもう少し大きくし、二十四節季と七十二候と月齢を絵で添えてあってもよいかと思った。もっとも旧暦の月日を記していたら、月齢は判るのですが。

この記事を書いていると、ないも江戸のこだわらなくよいなと思い。「浪速の味ごよみ 食い倒れ暦」や、「全国行脚 味ごよみ」として「東海道味ごよみ」「中山道」「山陰道」「奥州道」などもどうかと思ってしまった。
いやいや、やっぱり食道楽と言えば、池波正太郎の「鬼平 味ごよみ」などはどうかとおもった。

パームロイヤルの琉球入朝図引

沖縄の那覇市に、パームロイヤルNAHA国際通りホテルの新館RAM(ロイヤル・アート・ミュージアム)タワーが開業された。
パームロイヤルホテルは、「球王国時代から交易を通じてつながりがあったアジアの国々の古美術から、ヨーロッパのモダンアートまでオリジナリティーあふれる芸術品でお客様をお迎えいたします。」とホテルの公式Webページで紹介している。
その、展示品の一つに、琉球入朝図引(にゅうちょうずひき)(江戸上り)」が展示される。
江戸幕府に対しての琉球通信使のようなもので、このことから、江戸時代から日本は琉球王国を独立国として認めていたことになる。

それが、島津藩が琉球に侵攻し奄美を島津藩のものにしてしまった。
NHKの大河ドラマ「西郷(せご)どん」(安倍首相に読ませるとセイゴドンになるかも 冗談です。)でも、島津藩の流刑地として奄美諸島が描かれています。さらに島津藩は琉球王朝から武器を取上げ支配してしまう。それにより、武器を取上げられた琉球と人は、素手で戦く武術を中国の拳法から拳骨の活用を思い凝らし編み出したのが、唐手で今の空手といわれていると、海軍大佐の漢那憲和が、琉球拳法唐手でのべている。
話はそれてしまったので、もとに戻す。

絵巻は14mほどで、冒頭に「山景徳正懋」「寛政二年」、末尾に「洞秀藤原美敬筆」と書かれている。。高倉さんの父・幸次郎さん(故人)が40年ほど前に手に入れ、自宅で保管していた。入手の経緯は分かっていないという。
ほかにも、尚育王直筆の掛け軸、1853年に琉球王国を訪れたペリー提督の随行画家ウィリアム・ハイネの水彩画も展示されているという。9階建ての新館の各フロアにテーマ別で高倉社長所蔵の美術品100点以上を展示されているそうです。

ただ、琉球入朝図引絵巻は12月29日まで同タワー1階のパームギャラリーで一般公開されているそうです。


(沖縄タイムズより)

絵巻よると、寛政二年と記されている。
琉球大学付属図書館での資料を調べると次のことが書かれている。13回目の江戸上りに関する記録があり、その江戸上り文書 献上品目録明細書付によると、(1)使節の官職名・使者名、(2)献上品、など記され。献上物は太刀・馬、貢布・香・泡盛のほかに、螺鈿細工や堆錦細工の卓や籠飯などの品目が記されていると書かれています。

琉球王国は、1609年に薩摩の支配下におかれ、江戸幕府の下での幕藩体制に組み込まれた。それにより将軍や琉球国王の代替わりのきに江戸へ使節を送た。
琉球王国からの使節は約100人前後で、それに薩摩藩の藩主や役人達も加えて全体で1000人を超える一大行列だったと言われて、これが「江戸上り」である。
江戸上りは第1回目の1634年から最後の1850年まで、18回実施され琉球と江戸の往復には、およそ1年前後かかったそうです。
琉球から薩摩を経て伏見までを船で、伏見からは美濃路・東海道を経由して江戸までを陸路徒歩で移動した。琉球王からの贈り物をたずさえ、楽器を演奏しながら行列していくので、当時の人々の目を大いに引きつけ、街道沿いの住民は朝鮮通信使と同様に興味を示し歓迎したとききます。

江戸上りの一行や琉球を紹介する出版物が出回り、行列や服装等が描かれた錦絵はが多くだされ、それらは行列を見物するパンフレットような役割を果したようです。
いまより沖縄に関して関心が高かったのかも知れないですね。
(沖縄タイムズ参考)

メキシコ 死者の日

メキシコ  伝統の行事「死者の日」
http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/txn/news_txn/post_165480

https://allartesania.com/day-of-the-dead-2017/
毎年おこなわれる墓参りが行われる前にに、27日死者を連想させる骸骨に仮装した人たちがパレードすされた。
骸骨は様々に彩りされ、派手で華やかな仮装に身を包んだダンサーたちが、街を練り歩きまるそです。

一方ことしは、海洋のプラスチックゴミの問題で、海洋生物が死んでしまうことをうったえての、ウミガメやクジラをかたどった風船を掲げている人いたそうです。地元の女性は「死者の日はメキシコの伝統で、世界の人と共有したい」言っていました。

自動運転自動車の哲学的な問い

自動運転自動車の事故について哲学的な問い。

走行している自動運転自動車が、信号なない横断歩道のある四つ辻で、急に少年の運転する自転車が横断してきた。
少年をはねる事故を回避するには、急ブレーキをかけても間に合わない。横断歩道側にハンドルを切ると歩いているお年寄りの歩行者をはねて死んでしまう。反対側にハンドルを切ると対向車と衝突して自分も死に対向車の人も死んでします。急ブレーキをかけると自分と後続車が死んでしまう。このような事故を想定した場合、どのような選択をするプログラムを組むべきか。

また、奈良には神鹿とされる鹿がいる。このしかが急にしかが車道に飛び出してきた場合をみる。
神鹿としての鹿を重視するのか、鹿を避けた場合前記のような事故を想定した場合。人の命と神鹿の命をどちらを大切にするのか。また、他の動物と神鹿と差をつけてよいのか。
また同じ鹿でも、奈良の春日神社周辺の鹿だけを神鹿として他の地域はたの動物と同じようにあつかうのか。

これらの問題は、自動運転自動車のプログラムに限らず、人が運転する自動車でこのような状況に遭遇することが考えられ、そのとき自動車の運転手はどのような判断をせまられるのか。そのとき死亡事故が起きたとき、司法はどのような判断を迫られるのか。

それが、自動運転自動車の人工知能のプログラムをどのように組めばよいのか。それを組むときになにを優先させるかの判断をさせるプログラムの責任はそのプログラマーに問われるのか。

この問題は真新しい問いではなく、昔からある問ですが、プログラムのアルゴリズムを作るうえで、その人工知能なりの自律性のおける責任を人工知能に問うのか、それをプログラムした人に問うのか。未永年のしたことに対しては、その保護者が責任を負わなければなりません。それと同じように人工知能のプログラムを作ったプログラマーにも問われるでしょうが。問題としての複雑さはそのプログラムを作ったのは、一人ではなく多くの人が介在していることでしょう。今後ますます、日常生活で人工知能を搭載されたものが出てくるでしょう。その製品が何らかの事故を起こした場合、その製造責任は機械自体にあるのか、それを動かすOSにあるのか、それを設計した人にあるのか、それをプログラミングした人にあるのか。また、自律型学習型人工知能であれば、それを使って学習させたユーザにあるのでしょうか。

このことを考えると夜も眠れなくなってしまいました。

to be not to be さらに to do not to do

人類の進歩と調和

人類はいや人間は、森を切り拓き、湿地を干拓し、川をせき止め平原を灌漑していき、周囲に生息するすべての生物とその環境にとらわれそれに依存していく必要がますますなくなってきている。道路や鉄道を敷設していき、産業基盤・生活基盤を強固なものにしていっている。そして、超高層ビルを建ていくことにより、ほんらいそこに生息しているはずの、動植物の生態系を破壊して、まったく違ったものにつくりかえてしまっている。
私が小学校のころまで済んでいたところは、その当時にはすでに住宅地化していたが、近くには原っぱがあり10分少し歩けば山があり生前が豊かだったが、いまは山の中腹あたりまで縦に延びる長屋である高層の集合住宅が建っている。
以前に住んでところは、私がそこに住む数年前は山林でタヌキやキツネやイノシシが走り回っていたところだった。そしてそこに引っ越したころは、夜になるとキツネの鳴き声がしていたが、いまはめったに聞くことはなくなってしまっている。いま住んでいるところも、昔の地図をみると何本も水路があり、畑や田に灌漑していたようだが、いまなくなっているか暗渠になてしまっている。
そのように、五六十年で様変わりしてきている。また、私たちの出す生活ゴミもそのほとんどが、自然分解するものだったがいまや、プラスチックゴミが毎日大量に排出されている。

これも、私たち人間が増えすぎたために起きている現象です。しかも人によっては、このように人もいる、人類をすべて上皿天秤の片方に乗せ、大型野生動物をもう片方の上皿に乗せると、人間の方の皿が下がるといいます。

人間が飼育している家畜やペットの犬などの数と、野生動物の数を比較しても、前者の家畜やペットの数の方が遙かに多いという。そのようなことを考えるともうすでに、人間はこの宇宙船地球号の取り返しのつかない生態系に影響を及ぼしてしまっていることになる。

私が学生のころ、世界の科学者や経済学者や教育学社や経営者が集まって結成したローマクラブが、地球の資源の人口問題や枯渇や環境汚染などの警鐘をならした。そのなかで、資源についてはいままでに見つかっていなかった資源があらたにみつかり、資源の枯渇はとうぶん先き延べされているようです。
しかし、人口問題や環境問題はいまや先に書いたようなことを考えると喫緊のことといえます。これらの、問題は人間のあくなき欲の追及により、現代の豊かな文明と文化が築かれているのだが、本当にそれでよいのだろうか、失われてしまったものも多いのではないだろうか。


先日大阪府知事が万博を誘致するためにプレゼンをしに言ったようだが。どのようなことを目的に万博をひらくのだろうか。1970年大阪万博ではそのシンボルとして太陽の塔が岡本太郎によって建てられた。岡本太郎が太陽の塔を造るときに、万博のテーマ「進歩と調和」だったが、岡本太郎は、お祭り広場の屋根をつらぬく現代文明に疑問をなげかけ、「縄文の怪物」を表現している。
いま、欲の追及に貪欲に邁進している、人類の文明の進歩に疑問を投げかけられている。2025年の大阪万博なにをテーマにするのか、大阪府市はカジノを含み統合型リゾートを誘致しようとしているが、カジノは賭博博打を含む施設で、欲を象徴したものである。そのようなところに本当に、万博を誘致してよいものかと疑問に思うがどうだろうか。


席を譲るとことわられて

お年寄りなどに座席を譲ると、断る方がおられるが、そのようなお年寄りには、強がりで断るのではなく、座る方がつらかったり、一度座ると座席を立つときつらい人もいる。そのために、座席を譲られても断るのです。
SNSに次のような書き込みがあった。「立ち上がるのが難しいんじゃ」この書き込みに対して、2日間で2万2000以上のツイートがあり、様々な反響をおこしている。
席を譲られて断る人には、個人々々それぞれ、様々な理由がようです。
NHKニュースによると、次のような書き込みがあったと報じられていた「私も杖をついている障碍者だから譲ってもらえるとうれしいけど、一駅だったら座って立つとかするより入り口近くに居ときたいというときがあります」これは、日本に限らず外国でも同じという書き込みがあったそうです。
また高齢になり加齢による筋力低下で、立ち上がったり、車内を移動するのがつらい一もいるようです。また、膝関節痛や腰痛などで立ったり座ったりすることが辛い人もいる。

私が肢体に障碍があり動作に不自由がある人などの、動作指導に関わったことがるが、確かに席まで移動して座るまた、立ち上がりドアまで移動するのは大変な労力で、座った方が楽だが一駅ぐらいならその立ったり座ったりすることを考えると立っている方が楽な場合もありそうです。しかし、ここで一番注意しないといけないことは、揺れなどでの転倒防止が優先されるべきでしょうが、座席を譲っても断られても無理強いしないことがよいでしょう。また、それぞれに事情があることも理解しておくことも必要だろう。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 臨時国会の開催はいつか
    竹林泉水 (08/09)
    日本の現状いや世界でも同じよな風潮になっている。
    アメリカでも、トランプ政権の外交政策や内政も、アメリカ自己国第一主義のアメリカファースト。
    日本の安倍政権も、こ
  • 臨時国会の開催はいつか
    風と雲 (08/04)
    一体今の日本はどうなってしまったのだろうかと思う。アベ内閣も与党も憲法に違反することを完全に無視して悪びれもせず堂々と実行してきた。、政府高官も最高裁も報道機関
  • 難病と尊厳死
    竹林泉水 (07/29)
    コメントありがとうございます。

    自ら生きる権利、自ら死ぬ権利があるのはよくわかります。
    それにはどちらも人・個人としての尊厳が保たれている必要がある考えます。
  • 難病と尊厳死
    風と雲 (07/28)
    意識して自ら命を絶つことができるのは人間だけだと思います。人には生きる権利と自由があるように、自らの命を絶つ権利も自由もあって然るべきではないでしょうか。このA
  • 不自由な国、日本
    アジシオ次郎 (07/01)
     自分よりも周りを優先する集団主義的な考えが同調圧力などがまかり通る社会なことについて前に
    >日本的なこの価値観は、海外から見たら奇異の目でしか見られないでしょ
  • 不自由な国、日本
    竹林泉水 (06/29)
    日本語に「世間」と言葉があります。「世間体が悪い」「世間がうるさい」「世間を渡る」「世間に顔向けできない」「世間の目を気にする」「渡る世間に鬼はいない」などとつ
  • 不自由な国、日本
    アジシオ次郎 (06/27)
     おはようございます。

     日本はやはり集団主義が根強い社会であり、いわゆる「ムラ」社会的価値感が強い為に変に「和」を重んじる傾向の上に上の言うことは絶対だという
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    竹林泉水 (06/26)
    なんで日本人は欧米人に対してコンプレックスを持っているのだろうか。明治政府は今までの幕藩体制をぶっ壊し廃藩置県をし、国内の不平不満のエネルギーを外に敵を作ること
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    アジシオ次郎 (06/25)
     こんにちは。

     日本人は長年欧米コンプレックスを抱いたせいで白人に対して好意的に見る一方でアジア人や黒人を平気で見下すような傾向が強いけど、自分たちが置かれて
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