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パン屋 和楽器店への忖度

2018年度から小学校で使われる道徳の教科書の検定で、小学校1年生の「にちようびのさんぽみち」という教材で登場する「パン屋」が「和菓子屋」に書き換えて検定が通ったことは以前このブログで書いた。

そのつづきです。
教科書の検定は文科省が、この記述は不適切だから、このように書きなさいと指示するものではないです。
指導要領の趣旨に不適切だから、別の表現にしなさいと意見がつきます。その意見を下に書き換えられます。

それにより、「にちようびのさんぽみち」では、文科省は「パン屋がダメというわけではなく、教科書全体で指導要領にある『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りないため」としたそうです。

それにより、教科書会社がパン屋は洋風なので、和風の和菓子店にするとしたのですが。

文科省の教科書調査官はどのような思いでこの意見をつけたのでしょうか。
自民党の憲法案では、前文に「日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため」と書かれています。また、最近「教育勅語」にはいいことも書いてある公言する政治家でてきています。そのため、まずは官僚や文科省が自民党の道徳観を推し量り忖度し、さらに、その忖度されてつけられた意見書を、教科書会社が忖度して、「パン屋」が「和菓子屋」になったのでしょう。
ほかにも、1年生の「大すき、わたしたちの町」という教材ではアスレチックの遊具で遊ぶ公園を、和楽器を売る店に書き換えられたといいます。
和菓子や和楽器をよりどこりにして、国や郷土愛などを教えるとすれば、ばかばかしい限りしか言えないです。

こんないきさつのある教科書を使って、評価をする道徳の授業では、教師の方も忖度して授業をし忖度をして評価してしまう授業にならないか心配します。

こんな教科書を使うと、旧学制下の小・中学校で、教育勅語をよりどころに道徳教育の修身の教科書いや「戦後版教育勅語」そのものになりかねないのではないでしょうか。

深夜のインフラ工事

早朝の散歩はまだあけやらぬ薄暗いころに家をでるが、10分もたたぬうちに空はしらけてきます。
今日も暗いうちに歩きだして、いつものように幹線道路のでると、道路で工事をしているので、よく見るとリフト車が何台も停まり、作業員が電柱の高所で作業をしているので、高圧電線の張り替えや変圧器の交換のようです。帰りはすっかり夜も明けていたが、行きに作業をしていた車は帰ってしまていました。自動車の通行量も増えてきたので、深夜の作業をしていたのでしょう。昨日までは道路に大きな円形の穴を掘っていましたが、共同溝の作業をしていました。ゆくゆくは電柱はなくなり電線や電話線などは地中の埋められるのでしょう。

便利な現代の生活は、私たちの知らないところで、電線の付け替え工事などがされています。幹線道路なので交通の混雑混乱がする事への配慮で深夜されていのでしょう。

このように普段の生活のなかでは、あまいり気がつかないところで、今の便利な生活を維持継続されるための、作業が日夜されているのです。
この深夜の作業を昼間にすれば、何の作業をしているのだろう迷惑だと思いながらも、自分たちの生活がこれらの作業により維持されていることに気がつきます。しかしそれらが深夜に行われるようになればそれに気がつくことがないです。
また、住宅地では昼間作業されますが、ガスや水道に関しては供給が止められて作業がなされます。しかし、電気に関しては電気が停まると電子機器などへの影響でるので、電気の供給を止めずに工事がなされます。私のこどものころは電気工事をするから2時間ほど停電になるとの知らせをして停電になり工事がなされていました。しかし今は電気を止めずに架線などの付け替え工事をするので大型車が停まるので協力と理解へのお願いの知らせがきて、停電にならずに工事がされています。

このようなインフラを維持するには、日常生活に影響がでないように、日頃の生活で気がつかないところで、インフラの維持管理がされています。私がこの電気を止めずに作業をする仕方ついて思うことは、ここまで配慮せずとも日常の生活に不便をかけるような方法であってもよいと思うのです。時々その不便があることにより今の便利な快適な生活ができるのだと改めてしらされ、それに対して感謝することへの気づきとなるでしょう。多少不便でもまたそもよしとすうる生活へのゆとがもてるようになりたいと思います。
ほかにも、これらのインフラ維持の工事だけでなく、日常のインフラの供給でも日夜目に触れないところで、私たちの生活が維持されるように働いている人がいることを思い出し感謝しなくてはならないでしょう。

また、100均のやすい商品に限らず、高級な商品でもその品物ができあがるまで、多くの人の苦労と手間暇が掛けられていることを頭の片隅にでも置くべきでしょう。そのなかには、劣悪な環境で低賃金で働かされている人がいてこの製品が手元に届いていることを知ることも大切です。
以前このブログで私たちはコーヒーを気兼ねなく飲んでいますが、コーヒー豆の生産国と現地では、低賃金で過酷な労働を強いられている、それにより安価な値段で毎日コーヒーを飲まれるのだということを書きました。このようなことは食料品に限らず、工芸品や日常品でもその品物がどのようにして作られているのかを想像してみることも大切だと思います。

日本でも過去の女工哀史のようなこと足尾鉱毒、最近では水俣公害や川崎や四日市や尼崎などの喘息がありました。しかし、先進国の企業が低賃金な途上国に製品を作らせている中には、過去に先進国が踏んだのと同じ徹を踏ませている事実もあります。100均の商品を買うときそのことも考えて見たく思います。いや、それは安いしょうひんだけでなく高級な商品の中にもそのような部分があるものだと言うことも知っておくべきでしょう。

佐保川

先日、大仏鉄道の話をしたとき、佐保川の話を書き込みました。
佐保川は春になると、川並にに植えられた桜の木が延々と続き、薄もも色が続いていて。奈良の桜の名所の一つ、とされています。行って見ると多くの人が、カメラを桜並木に向けたり、桜の枝にカメラを向けている人もいました。私が訪れた時は時期も終わりで、桜吹雪が舞い川面は桜色に染まっていました。

そこに、一つの立て看板がたてられていました。その内容は「ここでの花嫁衣装での長時間の写真撮影はご遠慮ください」です。二組ほど白いドレスの人の写真撮影をしている人がいました。
立て看板には、日本語、ハングル(韓国語)、英語、簡化漢字(中国語)の四カ国語で書かれていました。
どうやら、韓国か中国のネット上で満開の桜をバックに写真を撮ることしかも婚礼衣装でとることが話題になているらしいです。

近くにいる人に聞くとなかには、和装をした人もいると言っていました。

桜並木で写真撮影なら、大阪造幣局の桜の通り抜けとおもうのですが、こちらは立ち止まることができないので、奈良公園で鹿と写真を撮った後、佐保川にきてシカト桜の花を背景として撮って帰るのでしょう。

しかし、この佐保川の桜並木は住宅街の中にあるので、地域の住民としては迷惑な話ですね。

山本大臣の発言

山本地方創生相は、外国人観光客に対して観光案内に対して不十分だとしてたうえで、「学芸員は一番のガンで一掃しなければいけない」と発言した。海外からの観光客を受け入れるために、美術館、博物館などの学芸員は政府の観光行政にもっと協力しろ、さもなくば首にすると脅しているようなものです。さすがにこの発言に対して、本人もまずいと思ったようで、不都合・不適切なので撤回すると表明しました。

以前、国立大学の文系の学部は必要ないというようなこと言っていた。自分たちに不都合な研究に圧力を加える発言は、「学芸員は一掃しなければいけない」と同じような考えにもとづいているのではないか。

学芸員は観光ガイドではないです、歴史的文化財や美術作品の研究をするのが仕事です。
そこには、歴史の解釈や絵画や彫刻などその解釈は、その立場によって違いがり、千人いたら千様でてくるのものです。そのため、自分の解釈と違うからそれは間違っているとするのは、学問の自由を奪うものです。
最近の安倍政権の人たちは、画一的な考えを相手に押しつけようとする人たちが多いようで、この発言もそのようなところから生まれたのでしょう。

菅官房長官は閣僚は緊張感を持って言動に注意して欲しいと記者会見してるが、山本大臣のような発言が繰り返されるのは、それが安倍内閣の体質だと言えるだろう。
自分たちが政治を行っているのだ、国民はそれに従うべきだいう考えが根にあるのだろう。そのため今後もこのような発言を失言として片づけてしまえば、このような発言は何度でも繰り返されるでしょう。
さらに、山本大臣の発言は単なる軽はずみな発言として済ませて終わりにしてよいものではないはずです。それは学問の自由に対しての挑戦であり、自民党憲法案に書かれている表現の自由にある「公益と秩序に反しない限り」の先取りではないでしょうか。明治憲法下でも表現と学問の自由は「法律の範囲いないで」とありました。それと同じようないや法律の範囲内ならその法律に明文化されているが、自民党案のように「公益と秩序」という抽象的であいまいな表現では、その解釈の仕方に於いていかようにもこれはよいこれはダメとできます。山本大臣の発言は、自分たちの意に沿わないものは「公益(外国人観光客を誘致し利益を上げる)と秩序(学問の自由より利益をあげること)に反する」から駄目だと言っているものです。これは現行憲法の表現の自由並びに学問の自由に違反するものです。

山本大臣の発言は単なる失言ではなく、それは表現の自由や学問の自由に対する挑戦で許されるものではないはずです、しかしこれを重大なものとして捉えずに曖昧うやむやにして見過ごしていくと、さらに第二第三のこのような発言がつづき知らないうちに、表現と学問の自由が息苦しくなってしまうでしょう。

武力行使と先制攻撃

アメリカのペンス副大統領が訪日したが、羽田や成田に降り立ったのではなく、米軍厚木基地に降り立ったこと。まった、韓国を訪問したときもまずは板門店の米軍基地を表敬した。朝鮮半島はいまだ朝鮮戦争において停戦状態で戦争が終わっていないのでそれもあり得るだろう。しかし、日本に来日するのに、横田空域から日本に入ったことは、北朝鮮に対しアメリカは臨戦態勢に入っているという姿勢を示す意味があるのだろう。

安倍首相は、トランプ大統領の北朝鮮への対応を評価すると、武力攻撃も辞さないことを容認しました。
また、ペンス副大統領が「アメリカは日本国と日本国民と共にある」と言った。しかしこれは逆で「日本国と日本国民はアメリカと共にある」ではないだろうか。アメリカファースト、アメリカファーストと主張する大統領です。アメリカのために日本はつくすべきだ言い。日本の首相は日本はアメリカと伴にあると言い。アメリカの北朝鮮に対する行動を支持する。
中国も韓国は国連の議決なしに、シリアへの巡航ミサイル攻撃、ISへの大規模爆風爆弾攻撃をしように、北朝鮮に対して、アメリカに対し、拙速に先走ったことをせずに、北朝鮮に対して軍事行動は慎重にあるべきだといっています。
しかし、安倍首相はいち早く理解を示し支持しました。

そうなると、集団的自衛権によるアメリカの先制攻撃。また北朝鮮は在日米軍を攻撃するとも言っていることにより、個別的自衛権による先制攻撃をが取りざたされてくるだろう。閣僚の中にはそれは正しいことで、強く正義の昔の日本を取り戻すことになると、本気で考えてると見られる人もいる。
そのような安倍内閣はどこに進むか、危うい歩行に進むなら、表現の自由があるいまのうちに声を上げて置かないとあとで悔いにならないようにしたいです。

国会審議

ベトナム国籍の出稼ぎ労働者の娘である、小学生が殺害されその容疑者が、地域でのこども見守りをしていた人であったこと。
またシリアで化学兵器が使用され、誰が使用したか特定できない状態で、アサド政権の空軍基地を巡航ミサイルで攻撃した直後。北朝鮮はミサイル実験をし、核実験もするのではないか取り沙汰さています。

それは、日本の国民にとっての重大な関心事なので、それらのニュースが盛んに流されています。

しかし、いま国会が開かれいるがまさにいま、与党曰くテロ党準備罪、野党曰く共謀罪である、組織犯罪準備罪が審議されてるが、それについての詳しい報道がなされていないです。前の二つのことは関心のあるものです。

しかし、いま国会ではいくつもの重要な法案が審議され審議されようとしています。それを知らされない状態に置かれているようです。
報道機関やマスコミは、視聴率をとれるから販売部数を増やせるからと言うだけで、先の二つのようなニュースの必要以上に時間を費やすのではなく、国民のこれからの生活に大きく関わる、共謀罪やその他の家族支援法や労働環境を変えるような法案についても詳しく報道するのが、ジャーナリストとしての使命ではないでしょうか。

先制攻撃

第2の真珠湾攻撃を行ってしまうのは、アメリカか北朝鮮か。
北朝鮮は政権維持のため、核の厳めしさにより国際社会に国の存立を認めさせようと、核開発とミサイル開発を行って、アメリカを挑発している。
アメリカは、北朝鮮の挑発に対して大国としての、慎重であるべきなのに、先制攻撃もあり得ると脅している。
北朝鮮はこの脅しには屈しない、先制攻撃をするならさきに自衛権行使すると牽制している。互いに引くに引けない事態に自分を追い込んでいるようです。

日本が真珠湾攻撃をした時の日本とアメリカの関係と、今の北朝鮮とアメリカの関係に似てはいないだろうか。

当時アメリカは第二次世界大戦にまきこまれていた。今アメリカはシリアやISとの戦いにまきこまれている。

北朝鮮が無謀なことをするのか、アメリカが軽はずみに、出る杭は打つと北朝鮮に先制攻撃をするのか。

どちらにしろ朝鮮半島が大混乱になり、それにより韓国、中国、日本とその火の粉どころか火焔が降りかかってくる。アメリカには十分に慎重にするように、中国はもちろん韓国や日本も働きかけをしうべきだろう。決してアメリカの好戦敵なやり方に理解するとか賛同するなどと言っていけないです。さて安倍政権はどのような対応をするのであろうか。

大規模爆風爆弾

アメリカのトランプ大統領はシリアの政府軍基地攻撃についで、大規模爆風爆弾をISへの攻撃として使用したとしています。

アジア太平洋戦争では、アメリカは1トン爆弾を日本の大阪などの都市に落として大きな被害を出している。
アメリカはISの相当のためのようだが、大規模爆風爆弾は十数トンいいます、1トン爆弾の10倍以上です。
ISの地下通路を破壊する目的だともされているが、どれだけの破壊力があるか未知の部分も多いようです。
アジア太平洋戦争の時、最近の研究によると、トルーマン大統領は原爆投下は人口の多い民間人を犠牲にすることには慎重で軍事施設を狙うべきだとした、軍部は原爆の実証をするのに市街地がよいとしていたといわれています。
これは、軍部は常に暴走する危険性をはらんでいるもことを物語っているといえないでしょうか。

トランプ大統領の側近には軍出身者や軍属が多いいます。トランプ大統領のシビリアンコントロールはどこまでできるか心配になってきました。トランプ大統領自身、政治や外交畑でなく素人といっていいでしょう。そのため官僚や周辺におくブレーンの考えが大きく左右されるでしょう。そのなかに、軍の力を過信しすぎた軍属などのことばにより、アメリカのシリアやISや北朝鮮への戦略戦術がどのようになるか気になります。
もっとも、トランプ大統領は、どのような判断をするか見通し難いところがありますが、現実的な判断は実業家として培っているようです。日本や中国などの経済政策を見ると大統領選時の前言と違っています。
しかし、外交とくに戦闘行為戦争については、それができるでしょうか、アメリカの軍部の独走を許してしまわないかしんぱいです。

「忠言耳に逆らう」になるか「忠言耳に従う」になってしまうか、世界情勢は目が離せないです。
特に日本にとっては、今の北朝鮮情勢がどうなるか、北朝鮮への圧力が北朝鮮の暴走に招いたり、悪の枢軸への先制攻撃により朝鮮半島の混乱を招いたり、日本も自衛とために先制攻撃としてアメリカの突出に理解や賛同を示すことになると、日本へ攻撃の口実を与えかねなないです。また、北朝鮮が崩壊や混乱が起きれば、北朝鮮の難民が日本に押し寄せてくる恐れもあります。
今後どうなるか注視していかなくてはならないです。

推量節

明治20年頃に、推量節という唄が流行ったそうです。
その時々に起こったことを歌詞にししたもので、時代を風刺した替えのようです。
東京の寄席からはやり始めた俗謡のようです。

時々の出来事を風刺した歌詞に頭や最後に推量々々と囃子とことから推量節と言われるものです。

いまは、官僚やテレビや新聞などのマスコミも忖度する時代です。

今なら忖度節がはやりそうです。

推量々々 推し量る 忖度々々 推量々々 推し量る 忖度々々


このブログ

わたしは、このブログを作った当初は、自分の思っている何気ないことや、身体や呼吸や心の調和にいより、けんっこを考えていきたいと思っていた。

しかし、どうしても、身体や呼吸や心の調和をはかっていくと、今のおかしなところが目についてしまい、書かずにおられなくなってしまう。

早く、このブログを作った初心の気持ちになれる状態になってほしいものです。

国民のための政治は間違い??

自民党の議員は、安倍晋三が総裁になってから、政治家として今まで内心に留めていたことを、躊躇なく言葉にする議員が増えてきている。
そして、それらの多くは国民の個人としての人権軽視や憲法に違反するものや過激なものが多く見られています。
そして、憲法に違反するような発言やそれらの発言に、今までマスコミは批判してきたが、批判しなくなってきているかトーンが低くなったり、一時的な批判に止まりそのことの重大さに繋げようとしなくなっている。また、国民もそれに対して、以前は敏感に反応してきたが最近ではその感度が低くなってしまている。このことは、戦後作り上げてきた日本の民主主義にとて、非常に危ういことです。

憲法は国民に個人としての、表現の自由を保障しています。しかしその反面、権力を持った人たちすなわち、国務大臣、国会議員、裁判官やその他の公務員は、憲法を尊重し擁護する義務を課しています。
つまり、国会議員などの発言は一般の人よりも、その発言の意味するところをよく理解し慎重にしなければならないとうことです。

それなのに自民党議員が、憲法違反になるような発言が繰り返されることはどうしてであろうか。自民党議員の発言の多くは、自民党憲法案の先取りのようなものが多く、それが繰り返されるこちにより、国民がその意見発言への感度を麻痺させ鈍くさせることになる。このことは、憲法改正への馴らしの道筋作りになってしまうのではないかと心配しています。

そうなれば、改憲を党是としている自民党としては、これらは意図的に謀って行われているように最近思えてきた。着々と自民党は改憲を進める段取り整え、そのためのやりくり算段をしているのだろ。

国民に北朝鮮の驚異を煽り、中国の海洋進出は驚異だと煽り、従軍慰安婦問題で韓国への嫌悪感を焚きつけたり、ロシアへの不信感を植え付けたりして、近隣の国との善隣友好外交よりも、海を遠く隔てた国との同盟従属関係をより強固に進める。
善隣友好という言葉は遙か昔のことになってしまいました。
そしていま次のようなことを言う人がいることは恐ろしく感じています。
「国民の生活が大事なんて政治は間違ってると思います。いま私たちが生きているのは、私たちの今の生活だけが大切なんじゃなくて、先人から引き継いできた大切なものを私たちの子孫に引き継いでいくその責任を果たすのが、政治家の役割だと思っております。
そして世界中で日本だけが道義大国を目指す資格があるんです。なぜなら2千5百年以上、皇室は日本国だけでなく世界人類の幸福と平和を祈っておられる。そういう国だから、日本は道義大国を目指す資格があると思っています。
そのためには、国民一人ひとりのモラルが上らなければなりません。いくら政治の構造や仕組みを変えても、国民が変わらなければ日本は変わらないのです。」
さらに、学校法人「森友学園」が運営する幼稚園で教育勅語を暗誦させていることに、稲田氏は「教育勅語の精神である日本が道義国家を目指すべきであること、そして親孝行だとか友達を大切にするとか、そういう核の部分は今も大切なものとして維持をしているところだ」言っています。しかし、教育勅語は、家庭の絆を大切することよりも、その前後に書かれている、「朕は尊大なもので敬い仕えないなさい」と諭してる。
昭和初期に昭和維新が起こり、どんどんと全体主義、国家主義の道に突き進んでいった。その道に政治家も国民も、進んで言っているように感じるのは私だけだろうか。

武器輸出と軍事産業

中国の南シナ海での海洋進出により、フィリッピンの南沙諸島の警護防衛支援のため、日本政府は防衛装備移転として、自衛隊の飛行機や海上保安庁の海上警備にあたる巡視船の貸与や売却をしている。これは表面的にみるとフィリピンへの防衛装備移転すなわちフィリピンへの武器輸出にほかならない。もう少し別の視点で見てみると、自衛隊や海上保安庁が使用している武器や警備船などを中古品として売ることは、自衛隊や海上保安庁の戦力や警備力を削ぐことになり、その削がれ手薄になり弱くなったところを、新しく補充しなくてはならないです。日本は三菱重工や川崎重工などは、潜水艦や軍船をつくってます。また飛行機やヘリコプターや飛行艇などを、三菱や川崎重工や新明和などがつくっています。日本は海外で戦闘をしないので、所有して言うる艦船などは、事故や耐用年数で消却されるしかないので、武器産業はそれほど儲かるものではないです。しかし、アメリカなどは戦争を常にし続けているので軍事産業、武器産業の企業は、政治的にも大きな力を持っているといわれ
ている。日本は平和国家とし戦争をしてこなかったので、武器は消費されることがない、そこで、武器輸出三原則により武器輸出を禁止していたが、防衛装備移転原則に変えたことのより、武器輸出が可能になったことにより、海外に中古武器を移転してそこで、新しい武器を自衛隊に補充する必要になるり。軍事産業が儲かる仕組みができていく。

つまり、南シナ海の安全保障のためではなく、日本の産業の技術力の向上と保持と発展のために大きく貢献でるこtのなる。
さらに考えると、安倍政権のいう積極的平和主義は、武力による安全保障であり、軍事産業が儲かる構図をつくることになるといえる。そうなると、次にあるのは軍事産業が力を持ち、政治への圧力も強くなるおそれが高くなる。
さらに言えば、戦争をしない国から戦争が出きる国になったいま、次はアメリカのように戦争をし続ける国になってしまわないか心配です。

籠池泰典理事長の証人喚問

つくずく日本は民主主義国家を維持できるのかと心配になってきました。
「森友学園」の籠池泰典理事長(64)の証人喚問が、23日に衆参で2時間ず行われます。

当初は野党の国会での参考人招致の要求に、民間人であることを理由に難色をしめしていた。
しかし、籠池氏が安倍首相から学校建設の寄付として100万円をもらったと明かした。それにより、安倍首相周辺は侮辱されたとして、参考人ではなく虚偽証言をすると偽証罪に問われる証人喚問をすることにきめた。
理由として自民党の竹下国対委員長は「総理に対する侮辱だからしっかり受け止めなければならない。籠池氏をたださなければいけない」としてきしている。

今まで参考人招致を拒否していたのに、首相が侮辱されたからといって、証人喚問をすることは正当と言えるだろうか。これは、私たちの日常の生活に当てはめれば、ばかにされたからと刑事事件として訴えるのと同じようなものです。しかも、それが時の公職についた権力の第一人者なら、恣意的に訴えてよいものだろうか。敬意を払わず、礼儀に欠けるているので罪に値すると言っているようなもので、戦前ならお天子さまに対してではなく、安倍首相対して不敬罪と言わんばかりで、名誉毀損罪あたるといき巻いているように感じる。
なんだか、隣の北の国のように感じるのはわたしだけだろうか。
これも自民党が絶対過半数を握っていることからの驕りからくるものだろうか。

さらにひどいのは、このことに対してマスコミや野党が問題にしないことです。野党はここで証人喚問は行き過ぎで、まずは参考人招致から始めるべきだと言わない。自民党としては国民に向けて、より強い態度で問題を解決しているという姿勢を見せたいのでしょう。
マスコミも自民党のポチになってしまったのか、証人喚問によりこの問題が幕引きされることを手伝っているような感じです。

野党は「森友問題」の解明のために6人の「参考人招致」を求めていたのに対して、籠池氏を除く5人の参考人招致や証人関門には応じていないです。
これにより、籠池氏一人に責任を押しつけて、トカゲのしっぽ切りをしようとしているのか。そなると、籠池氏も腹をくくり自分一人に責任を押しつけるなら、一蓮托生とまだ明らかになっていないことも、話し出してくるかもしれないだろう。

ある学校でのできごと。

ある学校でのできごと。

悪戯好きの生徒が黒板消しをドアに挟んで先生が教室に入るのを楽しみに待っていた。
一時間目国語の先生は、黒板消しに気づかずにドアを開け、頭を白くしてしまった。それを見て悪戯好きの生徒は、二時間目もやってみた。

二時間目の保健体育の先生は、黒板消しが挟んであるのに気がつき、持っていた竹刀で、エイ・ヤっと叩きつけ、教室の反対の窓の外に飛ばしてしまった。これが面白がった悪戯好きの生徒は、三時間目の先生はどんなことをするだろうかと、三時間目も黒板消しをドアに挟んでみた。

三時間目の社会先生は、ドアに黒板消しが挟んであるのに気が付き、ドアを開け落ちてくる黒板消しを受け止め、黒板消しを黒板消しを黒板の溝に置いて授業を何事もなかったように授業を始めた。悪戯好きの生徒は四時間目も、ドアに黒板消しを挟んだ。

四時間目の数学先生も、ドアに黒板消しが挟んであるのに気がついた。そこで、先生は黒板消しを取ってドアをあけ、再び黒板消しを挟んでドアを締めて授業を始めた。しかし、授業が終わって先生が教室をでるとき、黒板消しをドアに挟んだのを忘れて、頭を白くしてしまった。

悪戯好きの生徒は、五時間目の先生はどんなことをことをするのか確かめたくなり、黒板消しをドアに挟んだ。
五時間目の理科先生は、ドアに黒板消しが挟んであるのに気が付き、ドアを開け落ちてくる黒板消しを受け止め、黒板消しをドアに挟んで授業を始め、授業が終わったら、黒板消しをドアに挟んででていった。

六時間メモ悪戯好きの生徒は黒板消しを挟んで見た。
ドアに黒板消しが挟んであるのに気がついた、美術先生は黒板消しを取ってドアをあけ、再び黒板消しを挟んでドアを締めて授業を始めた。授業が終わって先生が教室をでるときも、教室に入るときと同じように黒板消し取って再びドアに挟んで教室を出ていった。

実はこの話、武術家の塚原朴伝の逸話をもとにつくって見たはなです。

これを政治家の置き換えるとどなるでしょうか。
最近の政治家で見ると、第一次安倍首相と返り咲いた安倍首相。麻生首相 福田首相 管首相 鳩山首相、野田首相。

武術家、塚原朴伝の逸話

武術家、塚原朴伝の逸話

朴伝には三人の子どもがいた、いずれも父にならい武術家になることを志していた。朴伝は誰に継がそうとかと思い、三人の腕前を試すことにした。
朴伝は居室の入り口の幕の上に小さな木枕を置き、無警戒に居室に入る者の頭の上に落ちるようにした。そして朴伝は息子三人に一人づつ入るように命じた。
始めに長男が父の居室に入ろうとすると、垂れ幕の上の木枕に気づき、ひとまず木枕を下ろし、中に入ってから枕をもとに戻した。次に次男が入室しようとすると、木枕が落ちてくるので、とっさに両手で受け止め、居室に入ってから元に戻した。最後に三男はのっしのっしと居室の垂れ幕をくぐり、落ちてくる木枕を一刀両断にした。
朴伝の下した判定は次のよなものだった。長男には「心静かにすべてを見て取って事前に危険をさけたのは見事だ、剣を抜かぬ剣法こそ真の剣法。よくぞ剣の道を究めた」と褒め称え剣を与えた。次男には「そのまま修行に勉め励め、修行の方向には誤りはない」と励ました。三男には「そちの剣は見せ物だ、相手が枕だったからよいが、優れた剣客だったら、逆に斬り殺されていたであろう。この家の名を汚す愚か者」と叱った。
この話は、朴伝に限らず日本の武道家の話として、剣を抜かずに勝つ教えとしてある話です。

剣を立ち会えば三つの結果がる。一つは相手に勝つ、二つ目は負ける、三つ目は相打ちになる。じつはそれと四つ目があります。相手か自分が立ち会い場所に現れないことです。

朴伝は立ち会うまでの行いが大切だと言って、立ち会うような事態が引き起こらないようにするのが、本当の剣の道だといっていのでしょう。
武術でもスポーツでも試合ですから勝ち負けが必ずあります。
プロ野球の選手でも若い頃は、剛速球でストライクで三振をバッサバッサと採っていた選手も、年を重ねていくと技巧はになり、スローやカーブでフライなで打たせてアウトを取るようになる。これも、若い頃は朴伝の三男のようなものから、次男のようになり打たせてとる投手になる。さらに技法を磨き長男のような戦わずして勝つ投手になるのでしょう。
しかしだれでも人は年齢を重ねると体力の衰えがあります。武術でもスポーツでも必ず年老いてくると負けるのです。だから、アスリートは限界を感じると引退するのでしょう。そして武勇絶倫で天下に名を轟かせた武術家も、いつしか醜態を晒すのを恐れ消えてしまっています。

これを国家で見てみるとどうなるでしょう。政治の世界で見ても同じです。アメリカのトランプ世間は、朴伝の三男のようなもので、アメリカ第一主義、アメリカ一国主義す。力で押しきろうとしています。そこになにがあるのかなにが待っているのかを、歴史から学んでみる必要があります。
第一次世界大戦、第二次世界大戦をみても、帝国主義や時代遅れになった帝国主義をいつまでも持ち続けたことにあります。
背か経済がグローバル化して、世界各国が互いに結びついているなかで、一国至上主義の自由経済を声高らかにほえるのは、周囲との軋轢を高めるばかりです。
またそれのポチのようについて行くことは、今まで積み重ねてきた信頼が、世界の国々から信頼を失ってしまいます。

日本は、「日本国憲法」の国民主権、人権尊重、平和主義により、国際社会から信頼を得てきました。それが、アメリカの一国主義に従属すなら、金のあるうちはおだてられるでしょうが、経済的に行き詰まってしまうと、世界の国から見放されてしまいます。
日本は、どの国に対しても物言える国になるには、このトランプ政権に対して、ものが言えることにより日本としての独立自尊の国になれる、絶好の機会であるはずです。安倍晋三は、よく日本の言葉ではそのようなことを言うが、いまこそそれを示してほしいものです。

王さまトランプ

就任以来のトランプ大統領の言動をみていると、前王家を倒した王様のように思えてくる。就任前からそのような感じはあったが、このところますますその傾向が強くなってきている。
前政権が取り組んで立ててきた、政策や対策を批判し多くの大統領令をだしてきた。
そしてついに、ゆくところまできたようになってしまったようです。
トランプ大統領は、証拠を示さずに前オバマ大統領は、今回の大統領選挙中に、自分の居所であるトランプタワーを盗聴していた、これは重大な犯罪だと指摘し、とTwitterでつぶやき自分の正当性を主張しています。しかし、これに対しオバマ氏側はこれを否定しています。また共和民主両党から証拠を示せといっても、トランプ大統領は口を噤んでいます。
大統領選挙中から、大統領就任から40日程になるが、まるで王様のようです、「オール・ザ・キッングスメン」のようであり、「ハンプティ・ダンプティ」です。

近世以前の豪族貴族が王座を争っていた時代は、自分が王座に座る正当性と、前王家の治世がいかにひどいものかを国民に訴えます。
日本でも、明治維新後の藩閥政治は、徳川幕府はいかに悪いものであるとの批判であり、天皇の権威を担ぎ出しを脱亜入欧の主張や廃仏毀釈などにより薩長土肥の政権の正しさを作り出しました。
また、中興新興の民主主義国家でも、クーデターによる政権交代だけでなく、正当な選挙によって国民から選ばれた大統領が、前政権の批判したり大統領が汚職を摘発し逮捕されることがあります。

これと同じようなことが、いま民主主義国の先進国であるアメリカで起きている。先に進んでいることは新しいことには違いがないが、それは進歩しているとは限らないです。時に逆行する事もよくあることです。今後のトランプ政権の動向から目をはなせないです。

また、これは対岸の火事ではなく、今の安倍首相の国会答弁を聞いていると、民主党政権時代はこうだった、自分が政権に返り咲いたらこのようになったと、民進党を批判し自画自賛して、話をすり替えてしまうことが多いです。

わたしは、これからニュースなどでも表面だけでなく、多面的にニュースを読みとっていき、これから日本やアメリカ、世界の国々がどのような国になっていくかを見ていいきたいです。

皇太子殿下の誕生日においての記者会見から

皇太子殿下の誕生日にさいしての記者会見

皇太子殿下は、記者からの質問に対し、象徴天皇の在り方はどうあるべきかを考えてきたと述べられ、国民の安寧をねがうのが、憲法に規定されている国民の統合の象徴としての勤めだと述べられていまいた。
その一つの例として、16世紀の後奈良天皇が飢饉や疫病に苦しむ庶民のために、天皇が自ら般若心境を写経し多数の社寺に奉納したことをあげられ、その般若心経の奥書には「私は民の父母として,徳を行き渡らせることができず,心を痛めている」と天皇の思いが記されていること、そして多くの天皇は災害や疫病の流行に対して,般若心経を写経して奉納していると述べられ。そのように庶民の安寧を祈り勉めるのが、象徴天皇の勤めだと述べられています。そして阪神淡路大震災や東日本大震災や台風などの災害の被災地を訪れ、直接国民と接することの大切さを実感し手いることをあきらかにされています。。

2007年から国連水と衛生に関する諮問委員会(UNSGAB)の名誉総裁を務めていることから、水問題は非常に大切な問題で、それを解決するには個別の利害や利権に執らわれず目標に従って、国際社会が協調して,すべての人々の安全な水と衛生施設へのアクセスする事が大切だとのべられています。

いま、世界はグローバル化していく一方、ナショナリズムが擡頭し、一国至上主義や国家主義的な方向にも進んでいます。しかし、水問題で皇太子殿下が指摘されているように、地球の温暖化や難民問題や経済問題なども国際協調で取り組んで行かないと、今のように経済や科学技術が成熟し政治体制が複雑化したなか後戻りができないところまで突き進んで破局に向かってしまいかねないです。

多様性を認め合い、話し合いとの中で協調できるところを見つけて行かないとならないでしょう。

5つの「蜘蛛の糸」

五つの『蜘蛛の糸』

芥川龍之介の小説に『蜘蛛の糸』がある。
この小説は龍之介の独創の創作ではないです、龍之介は日本の古典などに題材を見つけて創作活動を行っているが、この『蜘蛛の糸』もその一つです。
そこで、この話とよく似た話がいくつもあります。

・「キリスト伝説集」の『わが主とペトロ聖者』
・「スペイン民話集」の『聖カタリナの母親』
・鈴木大拙が訳したポール・ケーラスの『因果の小車』
・ドストエフスキイの「カラマーゾフの兄弟」にある『一本の葱』の話

これらは、仏教的に考えると、悪い事や良い事をすれば、その行いは車輪がぐるりと回る様に、いずれは自分のところに帰って来ると因果応報の思想といえます。。

◆『わが主とペトロ聖者』の話は、
ペトロ聖者が、自分の母親が地獄に堕ちているので、イエスに救済して欲しいと頼んだところ、イエスは天使にペトロの母親を連れて出すよう命じます。
しかし、天使にかかえられた助けられる母親を見た、他の地獄の亡者たちは一緒に救われようとしがみついたので、母親は自分だけが助かろうと、亡者を引き剥がしたところ地獄の落ちてしまい救われることがなかった。

◆『聖カタリナの母親』の話は
カテリーナは死後天国で主イエスと聖母マリアに可愛がられていたが、母が悪態をつくという罪から地獄へ落ち手いるのを知る。カテリーナは、主イエスと聖母マリアに母を天国に入れて下さいと頼んだ。聖母マリアに命じられた天使はカテリーナの母親を地獄から天国へ連れて行こうとする。天国に行こうとするカタリーナの母親に他の魂がしがみ付き一緒に天国へ行こうとした。そこでカテリーナの母親は「天国へ行きたければ私の様に聖女を娘に持て」しがみついた魂に悪態をついたので地獄に戻されてしまった。カテリーナは再び同じ頼み事を主イエスと聖母マリアにするが、聞き入れられなかったため、自ら天国を離れ母親のいる地獄へ移って行った

◆『因果の小車』
悪事を働いていた盗賊マハードータが、仲間の裏切りにあい瀕死の重傷を負った。手当てをしてくれた僧に懺悔しながらたずねた。
「私は多くの悪事を働き、良いことは一つもしていない。そのような私でも罪の網から遁れられるのか。それとも地獄に落ちるしかないのか、解脱の道を聞くことができないのか」
僧は、「因果応報で罪業は来生に報いる。だが、真の教に帰して、我執の妄念を除いたものは、一切の情念罪慾を離れて、自他を利生し、救われる」と語り、カンダタの蜘蛛の糸の話をした。(蜘蛛の糸の話は・・・略・・・)
このあとは、〈我執の妄念〉と〈信心の一念〉の不可思議な力について説かれている。
信心の一念は解脱の道に至るのだが、我執の念にとらわれると、カンダタのように独り占めしようとするとその糸は切れ地獄に落ちる。地獄とは我執であり、涅槃は正道の生涯に外ならないと、僧は説いた。
すると盗賊マハードータは、「私に蜘蛛の糸を取らせてくれたら、一心に糸を登るだろう。」と決意し、盗んだ財宝のありかを伝えて死ぬ。
一本の「蜘蛛の糸」は、地獄から極楽へ抜け出る道具ではなく、「信心の道」であった。
カンダタが再び地獄に落ちたのは、信心の道を信じられなかったからで、我執の念に囚われていたからとなる。そして、マハードータは信心を獲得して浄土に昇ったとなる。
「蜘蛛の糸」は「二河白道」と云え、「汝一心に正念してただちに来たれ、我よく汝を護らん。」
*『二河』は「火の河=瞋恚」と「水の河=衆生の貪愛」、「白道」は浄土往生を願う清浄の信心。

◆「カラマーゾフの兄弟」の『一本の葱』
昔あるところに、意地の悪い女が住んでいて、ぽっくり死んでしまた。死ぬまでひとつとして美談がなく。悪魔たちはその女をつかまえ、火の湖に投げ込みました。
その女の守護天使はこの女のが行なったただ一つの美談を思い出し、神さまに告げました。「この人は野菜畑で葱を一本引き抜き、乞食女に与えました」。すると神さまは天使に「その葱を取ってきて、火の湖にいるその女に差しだしなさい。それにつかまらせ引っぱるのです。もし火の湖から岸に上がれれば、天国に行かせてあげよう。でもその葱が切れたら、火の湖に残のです」。
天使は女のところに駆け出し、葱を差しだし「これにつかまって上がってきなさい」。といい、天使はそろそろと女を引きあげにかかりました。すると一歩のところで、罪びとたちが、女がひっぱり上げられるのを見て、一緒に引きあげてもらおうと女にしがみつきました。
すると女は、罪びとたちを両足で蹴り落とし罪人を罵りました。そのとたん、葱はぶつんとちぎれて、女は湖に落ち、今も火の湖で燃えつづけているのです。天使は泣き出しそこを立ち去りました。

◆芥川龍之介『蜘蛛の糸』
釈迦はある朝、極楽を散歩中に蓮池を通し地獄を覗き見ると、罪人どもが苦しんでいる中のカンダタがいた。カンダタは殺人や放火をする凶悪な泥棒だが、過去に一度だけ蜘蛛を踏み殺しかけたが、それに気づき命を助けた。釈迦はそれを思い出し地獄から救い出してやろうと、一本の蜘蛛の糸をカンダタめがけて下ろした。
暗い地獄で天から垂れて来た蜘蛛の糸を見たカンダタは「この糸を登れば地獄から出られる」と考え、糸につかまって昇り始めた。ところが途中で下を見下ろすと、数多の罪人達が自分の下の蜘蛛の糸に群がってしがみついている。このままでは糸が切れてしまうと思いカンダタは、「この糸は俺のものだ。下りろ。」と叫んだ。すると蜘蛛の糸がカンダタすぐ上で切れ、カンダタは地獄の底に堕ちてしまった。
無慈悲に自分だけ助かろうとし、地獄へ堕ちてしまったカンダタをさもしく思い、釈迦は蓮池から立ち去った。

この四つの話のどれも、地獄に堕ちた者が、救い出される手蔓を見つけ。それを独り占めにしようとした結果、それがかなえられなくなるのが共通した筋です。
そこには、自分だけがよければよいという我執に囚われたままだと、地獄からは抜けられないことを教えられる。そそして、『因果の小車』にあるように、マハードータは最後に盗んだ財宝の隠し場所を明かすことで、信心を獲得して浄土・天国に登れたといえる。

◆『蜘蛛の糸』に続編を作った人がいる。芥川虎之助言うらしい。大まかな粗筋は次のようなものです。
蜘蛛の糸が切れて、地獄に戻ったカンダダは、あの糸は生前にたった一度の善行から来ている。善行をすればもう一度糸が垂れてくるかもしれないと思った。
地獄で過ごしているなかで、道を譲ったり、新入りの罪人に声かけたり話を聴いていると、罪人たちの顔が和らいでいるのに気づいた。カンダタはそれが面白くなり、亡者の話を聴くことを続けた。亡者の話を聞くというカンダタの噂が広がり、カンダタに話を聞いてもらうため亡者が集まってきた。
ある日。カンダダの前に雲の隙間から、再び蜘蛛の糸が降りてきた。「すっかり忘れていたが、今度は慎重に登ろう。」と思った。そこで、この糸は皆でぶら下がったら切れてしまう。1人ずつなら上の界へ確実に登れる。自分がこの糸を登ると、亡者が後からまた登ってくる。それでは元も子もないので誰かが、1人ずつ登るように指図しないといけない。それならとカンダタは自分が最後に登ることにして、亡者を1人ずつ登らせてやろうと考えた。
亡者たちは、雲の隙間から差し込む光に気づいて集まってきた。カンダタは亡者に向かって言った。「この糸は俺の元へ降りてきた糸で俺のものだ。だが、1人ずつなら切れないから、誰でも登っていけば上の界へ出られる。俺が下で見張っていてやるから、1人ずつ順番に登っていけ。そうすればいずれ地獄から出られる」。そう言って、カンダダは糸の下端で罪人たちの話を聞き、登る順番を決めて1人ずつ登らせ始めた。亡者の話を聞いているうちに、亡者がどれだけ反省しているかが判るようになり、それを亡者に説得できるようになってきた。亡者もカンダタの言うことを聞いた。
地獄から亡者がいなくなることはないので、カンダダはずっと地獄に居続けていた。カンダダも救われたい一心で始めた話を聞くことが誰かを救うことになっていることに気づき満足をしていた。お釈迦様はカンダダのその様子を見て、カンダタを見守り続けた。

さてこの五つの話どれがいいだろうか。私は、『因果の小車』の「二河白道」の話がその中心にあると思う。

三つのニースから

・阿諛追従
カナダの首相がトランプ大統領と会談ました。カナダの首相と安倍首相のトランプ意大統領と比べるを比べると対照的でした。
カナダの首相は隣国の友好国のアメリカのトランプ大統領を評価しながらも、移民政策や中東7ヶ国入国禁止の大統領令にたいしては、言うべきことは言うべしとしよくないと指摘しました。
安倍首相は、中東7ヶ国に対する大統領令には、アメリカの内政のことなので言うべきでないとし、TPPを離脱に対し思いとどまるように説得しにいくと公言していたが、一転して二国間協議することに転換してしまいました。まさにこれは安倍首相は曲学阿世いや曲意逢迎で阿諛追従であり、まったく望塵之拝のお手本のようです。まことに日本国にすむ人として、恥ずかしく嘆かわしいものです。
安倍首相はそのような振る舞いであることに意を致さずに、トランプ大統領から信頼を得たので、それをもってドイツやカナダなどとの仲立ちをして、国際貢献をすると行っているが、のうてんきと言わざるをえない。民主主義を大切にする国なら入国禁止などの大統領令を批判しないのは、民主国家としての信頼を得られない国だと見られても仕方ないものです。

・自動運転車自動車と手動運転自動車
人の運転する車と自動運転車が事故を起こした場合園事故原因をどう判断判定いするのか。
人工知能で走行される自動運転車は信頼できる、一方人は間違いを冒す恐れがあるものだ、つまり事故が起きた原因は人にありその責任は人が負わなければならない。
このようなことにならないように、自動運転車がからむ事故は厳密に事故調査をされなければならないし、それに関連する法律も整備されなければならない。そうなると、ロボット三原則なようなものも、今一度どうあるべきかを考えなければいけないだろう。

・天皇の退位
天皇の退位について国会で各党の考えが討論されているが、それは国民の天皇に対する意識を気にして、各党が本当の考えを明らかにされないと恐れもある。
国民の多くは天皇の法的や制度として一世一代の在り方よりも、陛下のお気持ちを大切にすべきだというのが多いように思われます。一世一代は天皇を政治利用したりさせられたりしないことを避けるために、明治時代に制度として決められたことです。
憲法と現代の民主主義の考えや既存法律のありようから、天皇一代に一つの年号だけを用いる前提から、一世一元の原則を曲げるべきでないとの考えがある。そのことを党の方針として主張するなら、国民から今上天皇の気持ちを汲んでいないと見限る恐れがある、そのことから各党は党の考えと明らかにした主調の裏にどのような本当の党の考えかあるかを見抜いて行かないといけない。
もともと、天皇が退位することを前提で、この問題が語られているのも不可解で変なところだと思います。なぜ、高齢で心身ともに大変なので、公務を軽減に対してもっと考えないのかと思います。天皇の仕事として、国事行為と公務と天皇家の儀式がります。日本国として憲法に書かれている国事行為はおろそかにできないです。公務の中には省いてもよいもの、また他の皇族に委ねてもよいものが多くあると思います。また、天皇家の儀式は時代時代として見直していくことがよいでしょう。しかし、なぜか退位の話はでても、退位できないなら天皇の仕事の軽減の方に議論がでないのかと思います。
このように考えると、明仁天皇が退位を思われていることがNHKにリークされたことは不可解だが、今から考えるとこの問題を主導している政権の選挙を意識した人がリークしたのではないだろうかと思えてきます。

トランプと安倍

安倍首相がアメリカの行き、トランプ大統領と会談したが、その前後の様子をニュースで見ました。その様子を見ていて感じたのは、トランプ旦那と安倍幇間の関係のように思えた。

トランプ大統領と会い、握手し欧米式の拝察であるハグをし白い歯を見せて照れ笑いをする。のは殿や商家の旦那に侍りついているように見える。また、高飛車な物言いをする大統領を信頼できる人というのは、こびへつらい機嫌をとるのを想起させます。

このような素振りを見せる一国の指導者は世界に200カ国近くあるが、何人ぐっらいいるだろうか。欧米の国などは、イスラム圏の7カ国の人の入国を禁じる大統領令に対して、人道上問題があると批判し注意を促したが。安倍総理は他国のことだからと、言及をさけ悪いことではないとしました。

日本の利益のために、トランプ大統領の機嫌を損ねることをしないで、おだて上げていい気分にさせようとすることは、世界中の国が注目しているなか、世界の国の指導者はどのように見て感じたのでしょうか。

日本人として非常に恥ずかしいです。
面と向かって悪いことは悪い、間違っていることは間違っていると言うことこそ、世界から信頼される国になるはずが、幇間のような立ち振る舞いだと、日本ますますアメリカの属国どころか属地領のように見られてしまう。

さらに、トランプ大統領は元は不動産王と呼ばれるビジネスマンです、トランプ氏の商売の仕方を私はしらないが、商売人で儲けるなら恫喝など何でもするような人ではないだろうか。
そのような人に媚び諂い近づくなら、足下を見られ言いように利用されるだけになる。
子供のいじめでもいじめられているのに、遊んでいるだけだとそれを否定しる者もいる。なんだかそんな二人の関係にならないかと心配する限りです。

ハンプティ・ダンプティとトランプ

ハンプティ・ダンプティ

ハンプティ・ダンプティ 民主主義の椅子にドップリ座った
ハンプティ・ダンプティ 民主主義の椅子から抜け落ちた
大統領の側近も
星条旗の軍隊も
星条旗の民も
誰もハンプティ・ダンプティを止められなかった

徳仁親王

天皇の退位について方向が定まってきています。ただなんだか結論ありきのような進め方には不安を感じますが。私は次の天皇はどのような考えを

もっておられるかが国民にあまり見えてこないのもいかがかと思っているところです。

明仁天皇が退位をすれば、徳仁親王が天皇に即位し徳仁天皇の誕生にな。徳仁親王はどのような人なのでしょうか。
明人天皇は皇太子であった10歳のときに、敗戦向かえました。疎開先から東京に戻ったとき、焦土と化した東京をみて、深く心を痛めたとききます

。また、帝都東京市民の困窮した生活も目の当たりにして、力になれない自分に心を痛めたといいます。
また、天皇が国内を巡幸してまわったが、ただ一ついけなかった沖縄に明仁皇太子は、1975年7月17日に沖縄海洋博の開会式出席のため、沖縄を訪

問されたが、出発前にお気持ちを次のように述べられています『石でも投げられてもいい そうしたことに恐れず 県民のなかに入っていきたい』

と言われました。そして、明仁皇太子親王が沖縄を訪れ待ったいたものは、最初の訪問地で火炎瓶を投げつけられました。しかし、明仁皇太子は煙

の臭いが染み着いた服のまま、たの訪問箇所をまわり、沖縄の県民の心と向き合おうとしました。
また、予定を変えず訪れた次の慰霊の「魂魄の塔」へ向かわれ、歌を詠まれています。歌も日本の大和の歌形式ではなく、「琉歌」という沖縄の伝

統的な形式で詠まました。 花よおしやげゆん (花を捧げます)
 人 知らぬ魂 (人知れず亡くなった多くの人の魂に)
 戦ないらぬ世よ (戦争のない世を)
 肝に願て (心から願って)
その後も明仁殿下、そして明仁天皇になってからも沖縄を訪れ、沖縄県民から慕われるようになってきています。

昭仁陛下は象徴天皇という現行憲法下の天皇のかたちを探し求めるものではないでしょうか。

しかし徳仁皇太子殿下はどのような考えをお持ちであるかはあまり国民には紹介されていません。
天皇陛下が退位され徳仁親王はどのような天皇になるのでしょうか。

トランプ大統領と安倍首相の相性

世界中から批判の声が集まっているトランプ米国大統領だが、安倍首相は就任前に会談し、その感想を聞かれ信頼のできる人だと答えていました。今年の通常国会での施政方針演説に対しての質問で、就任た今もその信頼できる人だということに変わりないかという民進党への答弁は、今も信頼できる人だと答弁をしていた。

就任式の様子を伝えたメディアに対して、式への参加者は150万人はいた嘘を報道するなと批判し、トランプ大統領の報道官も同様なことを言っていた。
これも、戦争法案についてのニュース番組で、安倍首相が出演したとき、戦争法案に批判的な市民の声を紹介すると、安倍首相は透かさず賛成している人もいるので批判的な声を放送するのはおかしいと失言していました。本来なら戦争法案に対して心配する気持ちもわかるが、具体的にコレコレで心配ない、また心配が起きないように十分にやって行くと答えるべきでした。それもせずに一方的に批判をするのは、論点を絞らせずそらせることになり、政治家として誠意のあるやり方とは思えなかったです。

このような点からトランプ大統領と安倍首相は似たもの同士で気が合うので、信頼できて当然なのかもしれない。
また、アメリカのポチ化がさらに進むのではないだろうか。心配限りです。

トランポノミクス

NHKの日曜討論を聞いていると、トランポノミクスという言葉が使われていた。まともな言葉で言うと、トランプ政権の経済政策になるものです。
また、トランプ大統領の経済政策を語るために、例をあげるためレーガン大統領の経済政策を、今まで言ってこなかったレーガノミクスという言葉も使われている。
これも、安倍晋三政権が自画自賛するために、自らの安倍政権の経済政策をアベノミクスと言ったのを他国の経済政策についても使っている。安倍政権の経済政策の主要な三つを、経済政策の三つの柱と言えばよいところを、毛利元就の「三本の」矢の故事になぞらえて、アベノミクスの三本の矢と言って安倍首相は自賛した。これは、毛利元就は安倍晋三の地元である山口県であるが、その山口県は元長州藩の地域で、子孫が長州藩の藩主となったことから、長州藩の始祖とされている。このこをかぶらせて三本の矢と言ったものだが、日曜討論の出席者からは。こちらの方の引用はされなかった。

何でもかんでも、新しい言葉を作ったらよいものでない、「兵站」を「後方支援」と言ったり、「武器」のことを「防衛装備」と言い、「輸出」する事を「移転」というのと同様に、言葉の定義を曖昧にしてしまい、話の筋をわかりづらくするものではないだろうか。経済政策を○○ノミクスなどと言うのはそろそろやめたらどうだろうかと思う。

衆議院議員選挙

衆議院選挙がいつあるか分からない状況になってきた。
今のように自民党が数の力にまかせて、少数の意見を無視するかのように「これしかない」と言いながら強行採決をする。このままの国会運営をを続けるなら。野党は政策はともかく選挙での連携を深め、今のような民主主義の理念にあわないことに警鐘を鳴らす上でも。選挙協力は急務と言えるでしょう。
野党は日本の民主主義の危機を捉え、政策の小異を捨て、自民党の横暴を阻止するという大同の下に、選挙をタイアップすることが大切ではないか。

今のままでは野党同士の票と食い合いになってしまい、自民党の圧勝が目に見えているので、野党の民進・共産・自由・民社は民共自社合作の提携する事が大切といえる。それでも政権交代は無理であろうから、まずは政策提携ではなく選挙提携をし、自民・公明に議席の大幅減少をつくりだし、今のような振る舞いに対し、お灸をすえることに力を注ぐべきでしょう。

このままで行くと、戦後培い築いてきた日本の民主主義は崩壊してししまうのではないかとおもうほど、今の自民党の国会運営はひどいです。
しかも、当の自民党はそう思っていないので、それに気づかさせるためにも、野党の連携はしなければならないでしょう。
いまのように、いまの安倍総裁の自民党の一人がちにすれば、その民主主義の崩壊に向かう追い風は次第に広がっていくでしょう。
それを阻止するためにも是非とも小異を捨て、野党の提携を実現してほしいものです。

米大統領の就任演説

トランプ次期大統領は、今月20日にある就任式での就任演説の草稿を考えているそうです。新聞などの報道によると、ケネディー大統領のアポロ計画で国民に夢を抱かせたような内容、さらにレーガン大統領の強い米国と訴えた国民の自尊心を持たせた内容、この二人の就任演説を参考にしていると言われる。
しかしこの二人、ケネディー大統領はダラスで暗殺され、レーガン大統領も銃で撃たれ大けがをする暗殺未遂にあっている。
ちょっと縁起のよくない人の就任演説を参考にするのだし、就任演説のときその近くでは抗議集会が幾つか計画されているともききます。時の自国のリーダーである米大統領への抗議デモや集会は、自由を自認するくにでは正常なことだが、暴力に訴えたり暗殺などの手段にでるのは、正常な民主主義国家とはいえないです。

まずは、トランプ新大統領はどのような、政治運営をするのでしょうか。

五尺の身体に八尺の着物を買っても身に合わない

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます

五尺の身体に八尺の着物を買っても、着てみると裾を引きずってしまい、自分で自分の着物の裾を踏んで転んでしまう。
身の丈に着物を着ないと、周囲から見て笑われてしまうばかりか、自分自身も危うい目に遭ってしまう。

これはなにも着物のことだけでなく、レストランなどで沢山のおいしいご馳走をオーダーしても、おなかが一杯になりオーダーしたもの全部を食べられなく残してしまう。

お金でも沢山あればあるほど、無駄遣いをしてしまうばかりか、使い方を間違ってしまう。孫子に残すのも身の程が分かっていないと使い方を誤ってしまう。

身の程を知って、身の程を分かって、身の程にあった生活とは大切なものだと言える。

高価なものを残してもその価値が分からないなら、二足三文で売り払ってしますかもしれない。
子は子の分限で生計を立てたらよいもので、子の範囲内で生計を立てないと、身の程以上のものを望みそれを手に入れようとしてしまう。そんなことはまさに悲惨なことに陥ってしまう。

だから我にはまさに我のはかりごとすべきであり、子には自らのちあからではかりごとをすべきです。

もし子に援助するなら、このことをよく考えてしないと、子はいつまでも援助を期待して、己での生活をすることの努力を疎かににしてしまう。

軍属見直し

辺野古の基地建設が県民の声を無視して押し進められ、オスプレーの空中給油訓練も再開されていく。沖縄の基地負担問題のほんの一部分の米軍関係やによる事件もうやむやになってしまいそうです。日米安保条約の下での日米地位協定での合同委員会で、軍属の範囲を狭めることが合意されたそうだが、そもそも一番の問題は米軍兵や米軍軍属の犯した事件に日本の司法か介入できないところにあるはずです。
その米軍兵や軍属の特権については何も触れず、軍属の範囲を見直すことにするのは、沖縄県民いや日本国民より米軍の方が重要だというこではないだろうか。
このことは、いまだ日本は戦後は終わっておらす、いまだサンフランシスコ講和条約以前の状況が続いていることに等しいように私には軍属の範囲縮小についてみると見える。

トランプ次期大統領の米軍の経費を支払って貰うと言う、基地負担経費の発言は横暴に思えるが、それなら思いやり予算飲み直しと、米軍兵の日本国内での特権を反故にする事を引き替えにすべきです。

政府はなぜ、沖縄を米軍に譲れ渡すようなことをし、日本の主権を捨てるような、必要以上の米軍の特権を認めるのだろうか。
敗戦後日本は武力を持たない丸裸の国になり、そこで米国の軍事力に守ってもらうことになり。中共(中国共産党)の大陸支配、朝鮮戦争、冷戦の始まりにより、日本は中曽根元総理大臣が言ったように、浮沈空母にならざるをえなくなった。それが未だに続いているのではないだろうか、戦後体制からの脱却と言う今の首相はこの問題をどのように解決するつもりだろうか。

オスプレーの飛行再開

オスプレーの飛行再開がなされることになった。

沖縄県は沖縄県民は、驚愕のなか強く反発している。一方政府は歓迎とも受け止めるような、容認の趣旨が防衛相がコメントをはっしている。

これが、次期大統領のトランプ氏や、フィリッントドテルテ大統領やトルコの    がもし、日本の首相だったらどのような発言をするだろうか。

アメリカ軍は、機械的な不具合ではないとして、また、操縦士の海に不時着し大破したことは、賞賛に値するとして、早期の飛行再開に理解をもとめた。しかし、空中給油中の、訓練ミスだとしている。つまり人為的なミスとなると機械的不具合より申告ではないか。オスプレーに限らずたの戦闘機などでも人為的な事故が起きる可能性があることになる。

また、どこで空中給油の訓練をしていたかは、私はよく把握していないが、海上上空なら今回のように海上に墜落して、被害はなかったが、陸上上空での空中訓練をしていたら、大きな被害がでるおそれがある。

くには、事故の内容が明らかでないなか、政府は飛行再会を容認することは、国民のことを考えるのではなく、アメリカと関係を重視した売国的なことだと思えてならないと感じるのはわたしだけだろうか。

駆け付け警護の後は

駆けつけ警護の任務が自衛隊に附与され、南スーダンに派遣された今、日本はどうあるべきかとの問いに、「国際秩序は法によって維持されるという価値観を共有できる国との連携協力を進めていく必要がある」されている。要請されたときは、当然国連の下にそれが実施されることになる。

首相である安部首相はよく「法に従って進める」と言うがこのことは、もっともで正しいことです。また「粛々」と言う言葉もよく耳にする。
しかし、法に従ってについては、自分の恣意や時の状況によって、都合のよいようになされてはならない。また、その法自体が不平等であったり偏務的であれば問題である。さらに解釈を自分の都合のよいように、今までの解釈と状況が変わったので、違う解釈をすることはよくない。

粛々については、「粛々」は広辞苑によると、静かひっそりとの意味があると書かれている。しかし、元総理大臣の麻生太郎が以前に「憲法を変える議論は騒いで行うのは良くない、ナチを見習って知らないうちに変えてしまったらよい」と言うようなことを言った。まさに、この静かにひっそりと目立たないようにと言うことです。そのように今の状況を変えるために、新しく法を作ればよいとするのも法を無視することになる。

今のアベ政治の進め方を見ると、この解釈を変えたり新しく法を作ったりする、法案を充分審議していないとい野党が言い国民が思っているのに、拙速に通してしまことが多い。それはそのよくない点があちこちにまばらに見え隠れしているように、私には見えるが私のこの感じていることは誤解なのだろうか。

これを、国際社会に対してこの「国際秩序は法によって維持される」ことも、相手国やその状況を充分に踏まえ、納得行くまで問題解決駆け引きをして行かなければならなです。
それを一部の国や一部の勢力や日本の都合の良いように解釈し、それを日本の役割とするなら、軋轢が生じ国際社会から今までの信頼をなくしてしまうことになる。
そのようなことが無いように充分に慎重に作戦行動が行われるべきでしょう。
■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 今村氏の発言より二階氏のマスコミへの苦言
    アジシオ次郎 (04/28)
    こんにちは。

    自民党・二階幹事長のこの発言は「報道規制」につながりかねないが、自分たちに都合の悪い情報や報道を抑圧しようとするのは客観性がない以前のもので、
  • 山本大臣の発言
    竹林泉水 (04/22)
    自民党の議席を多数とったことによる驕りと、下野に下った時のトラウマがあり、自分のすることが正しい思いこんでいるのでしょう。

    アメリカ追随が自民党の一部の反動的
  • 山本大臣の発言
    アジシオ次郎 (04/21)
    こんにちは。

    どうも閣僚や若手議員の不祥事が相次いでいる自民党、正直言って自分たちは政権与党だとか一強状態なことから慢心して周りが見えなくなっているんじゃな
  • 社会の管理化が巧みになり監視社会になるのか
    竹林泉水 (04/07)
    愛国者法での通信傍受は、国民は当初、イスラムなどのテロ犯罪者対象と思っていたが、アメリカ国民全員の通信が監視傍受されていたいいます。

    ツイッターやフェースブッ
  • 社会の管理化が巧みになり監視社会になるのか
    アジシオ次郎 (04/05)
    こんにちは。

    日本で議論の的となっている共謀罪をアメリカに一時期あった「愛国者法」になぞらえて指摘する声もありますが、テロ対策を理由に司法が国民生活に干渉で
  • 道徳教科書
    竹林泉水 (04/04)
    私が教鞭を執っていたころは、市が作成した特別授業の副読本もとに道徳の授業、また、時限立法の同対法や地対法がありそれにより、県の作成した人権に関する副読本をもとに
  • 道徳教科書
    アジシオ次郎 (03/25)
    こんにちは。

    「道徳」が必修科目になるのに伴い教科書検定が行われたが、本気で道徳教育を強化しようと言う狙いでもあるんでしょうか。

    そもそも道徳や倫理と言っ
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    竹林泉水 (03/18)
    今一度野田首相が宣言したように、安倍総理は原発事故は収束したと本当は言いたいのでしょう。政府は必ず嘘をつく、それは、オリンピックの施設建設や、豊洲市場もそうです
  • 東日本大震災追悼式で安倍首相は原発事故に触れなかった。
    アジシオ次郎 (03/18)
    おはようございます。

    今年の東日本大震災追悼式典で福島第一原発事故に言及しなかった安倍総理だが、未だに原発事故処理が解決していない、避難区域解除も進んでいな
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