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竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

日本人の感染症の意識

COVID-19はドイツやイタリア、アメリカなどで多くの感染者と死亡者を出している。それによりウイルスに対して危機感を国も国民も持っている。しかし、日本は感染者・死亡者が少ないので、専門家などは危機感があるだろうが、一部の政治家は経済を優先に考え、情報が伝わらない国民は安易に考え、感染ウイルスを軽く見てしまうことが懸念される。それにより第二波のクラスターは巨大なオーバーシュートの恐れがあると感じている。

韓国は海外からの入国者を対象に2週間の隔離を義務づけているが、それに対し20代日本人が従わす拒み、外出して飲食店などを利用したとして逮捕された。韓国では 2012年にMERS(マーズ)の感染が拡大し大変な問題になった。その拡大したことを教訓として、ウイルス感染封じ込めに対する法律が整備され、国民もそれに対しての記憶があり危機感をもっている。そのため普段の自由を少し犠牲にして、不条理な個人の監視や自由を制限されることに対して一時的に容認する心構えができている。
しかし、日本で近年の感染症に対する感染拡大の経験がないので、感染症に対する意識が低いようだ。このCOVID-19も世界的にパンディミックが起き世界各国は危機意識を持っているが、日本は外国と比べて感染者死亡者の数が少ないので、外国ほど危機意識がいまだに低いようです。このCOVID-19が一旦収束しても第二波が強毒化して襲うと、今度は日本は致命的に打撃に襲われることも、考えてられるのでウイルスに対する意識を国民全員が高め持たないといけないだろう。


また、オリンピックが来年に延期されたが、安倍首相とIOCのバッファ会長とで、再延期はないことで合意したと伝えられている。つまり、来年に終息していないか、また第二波が襲うと再々延期ではなく中止とするようです。
来年オリンピック、パラリンピックが無事に開催されることを願うが、一旦収束して万一第二波が襲う恐れが出てくれば、日本はどのようにすれば良いだろうか。
また、オリンピック開催をしたいための、感染の事実を過小に見たりすることだけしてはならないです。安倍首相は「新型コロナウイルスに打ち勝った証としての大会」と述べているがこれからどのような対策を執っていくだろうか。
オリンピック誘致のとき、福島原発はアンダーコントロールされていると嘘をついたのを覚えている。このCOVID-19の感染が日本で広がり始めたときも、五輪会さが危ぶまれててか、感染者数の算出は低く抑えたと穿った噂がながれていた。同じようなことを繰り返すことだけはしてはいけない。
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瞑想 まとめ1 仏陀のアナパーナ・サチ

瞑想 まとめ1 仏陀のアナパーナ・サチ
数息呼吸法を邪魔する障害を取り除くには

いま、COVID-19禍が世界中に広がり、見えないウイルスと出口が見えないことにより、気持ちが塞ぎ正体の見えない心配をして、気分すっきりしない状態が続いている。
そのような状態がつづくと、良い方向よりも悪い方向にものごとを考えがちになってしまう。
そのような時こそ、呼吸を調え瞑想・坐禅をすることが大切です。
仏教の中心的な修行である、瞑想・坐禅について、仏陀はアナパーナ・サチ(大安般守意経)を弟子たちに説いている。

その中で、瞑想をするときの18の障害を説いている。
大安般守意経に「十八の悩あり、人をして道に随わざらしむ。一、貪欲。 二、瞋恚。 三、痴・愚痴。 四、戯楽。 五、慢。 六、疑。 七、行相を受けず。 八、他人相を受く。 九、不念。 十、他念。 十一、満念ならず。 十二、過精進。 十三、及ばざる精進。 十四、驚怖。 十五、強制意。 十六、憂。 十七、怱怱。 十八、不度意の行愛。」と瞑想を邪魔するものとしてあげている。

一から六までは、天台宗の教典である天台小止観や摩訶止観で天台宗の知者大師が、欲を呵せ、蓋を棄てよ、調和をはかれ、詳しく述べている。七から十八までもそれらに附随して述べられているが、大安般守意経では、細かく分けて述べられている。
では、瞑想を邪魔する十八の悩みとは具体的にどのようなものだろうか。
・第一の貪欲は欲を一切否定してるわけではない、欲にもいろいろあり、向上心などの欲は悪いものではないが、それも過ぎたるは及ばざるが如しというように良い欲にも注意が必要だ。食欲などは生命の維持のために必要だし、貧すれば鈍するというように欲がすべて悪いわけではない。食欲や財欲や名誉欲などは、外して正しい呼吸の妨げになる。
・第二の瞋恚は怒りのことで、思うようにならないと感情が高ぶっり、腹が立ち不快な感情になり呼吸が乱れてしまう。子どもや他人と会っていてい、自分の思い通りにしないとき、苛々したり腹が立ったりすことがあるが、そのとき深呼吸をして落ち着くとよいという。これも一つの呼吸法です、息を長く吐く呼吸で瞑想をするのも怒りの感情を抑えられ消し去ることができるようになる。
・第三の痴・愚痴は、過去の失敗したことなど、すでにすんだことなどの、言っても仕方がないことを言って嘆くことをいつまでも忘れられずにいることで、愚かでばかげて思慮が足りないことです。
・第四の、戯楽は、色声触などの快楽と大食漢の酒池肉林や適切な量よりも寝過ぎるなども、瞑想の妨げになる。
・第五の、慢は、驕り高ぶりいい気になりうぬぼれ、思い上がる傲りは、人を見下すことになると。坐禅で数息が少し巧くいったからと、まだ悟っていないのに、悟りを得たと勘違いして、しまい、悟ってもいないのに、自分の力を過信してしまう。
・第六の、疑は、仏の教えを疑い、呼吸法やい瞑想の効果を疑い、価値がないものや、軽く見てみくびりあなどってしまうと、呼吸に心を集中することができず。邪念が忍び込み数息に没頭できない。

ここまでは、瞑想・坐禅をするときの呼吸法の具体的な心構えについて述べている。
しかし、日常の生活を行う心構えが、瞑想・坐禅の呼吸法を実践するうえで、大きく影響してくるので日頃の生活はどのようにすべきかについても述べている。呼吸法は健康や心の落ち着きを得るのには非常によいものだが、これを常に実践し続けることはできないです。そこで日常の生活のなかで、心の安らぎに妨げのなるものは、次にあげられるものとして、日頃から注意して起きたいことがあげられている。

・第七の、行相を受けずは、呼吸法でいえば、呼吸法する上でのいろいろな心がけて置くべきとされることを重要視しないでいること。これはスポーツでもいえ、仕事や商売をする上でも同じです。商売ならお客を大切にし従業員を大切に扱わないといけない、自分の商いのポリシーはこうだとして、食べ物などを提供するのに、客に事細かにその食べ方を押しつけては、それに共鳴する特異な客しかこなくなるだろう。
・第八の、他人相を受くは、充分に数息の呼吸法が身についていないのに、先走り次のステップに進もうとすること。しいては急がば回れともいう、一つ一つの段階を得とくしているのか自分自身で感じとれることが大切です。
・第九の、不念は、気持ちを集中させ気を配らないといけないのに、集中力に欠けて数息の呼吸にしまりがなくなりまとまりがなくなること。
・第十、他念は、入息時に出息を念い、出息時に入息を考えてしまい、息を吐くときは出る息を、息を吸うときは入る息を感じ専念できなく混乱してしまうこと。
・第十一の、満念ならずは、物事が進めていくうえでその変化していく過程を重視せずに、飛び越えて進めてしまい先走りすること。
・第十二の、過精進は、ときに冷静さを失い、度を越えた呼吸法をしたりすること。仏陀や白隠禅師が若いころに息を止めるという断息をしたするよなことだろう。

・第十三の、及ばざる精進は、正しい呼吸を毎日続けるとい、心に決め目標に向けて進もうという決意に従って瞑想をしようとする、積極的な心の働き力
・第十四の、驚怖は、おそれをいだくと、呼吸が浅くなり正しい呼吸法ができなくなる。
・第十五の、強制意は、不安や心配ごとがあると、やはり呼吸が浅くなり正しい深い呼吸をする気も失せてくる。
・第十六の、憂は、気持ちが晴れないと苦しい気持ちがつのり、この憂いが続き心の中を占拠してしまうと、気がふさぎノイローゼにもなっり引きこもりがちになる、こんなときこそ気分転換に外にでて、身体を動かし深い呼吸すのよい、動禅や太極拳などをするのもよいだろう。
・第十七の、怱怱は、いそがしくあわただしいと、気分がおちつかなくそわそわしてくる。このようなときこそ、ゆっくりとした呼吸による瞑想が必要になってくる。
・第十八の、不度意の行愛は、ものごとの程合いに留めることができない欲望の心で、闇路に迷い込みしまうと正しい呼吸をすることにも無関心になてしまう。

物事を明晰に考えるためにも、呼吸を調え瞑想をすることは重要なことです。そのために日ごろから、精進する生活をすることが大切であるといえるのでしょう。
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コロナ禍後の世界

 コロナ禍は地球の30年後のあり方にどのような影響を与えるだろうか。
2050年以降の世界は今とまったく違う世界だと警鐘を鳴らす人がいる。私もそのように感じ、人類であるホモサピエンスにとって狩猟採取生活から、農耕社会になったとき以上の変かと感じている。狩猟採取から農耕生活には長い年月を経て変わっていった。また、農耕生活の集団から国家や都市ができるのも、狩猟採取から農耕生活の変化よりは短いがそれでも長い時間がかかり、蒸気機関の発明により産業革命により生活を一変させたが、それでも時間がかかっている。しかし、このコロナ禍の変かは、複数の今までの生活様式を同時に一挙に短時間で変えてしまうおそれというか可能性がある。

コロナ禍がなければ、30年後のせかいは、徐々に科学技術がパンドラの箱を開け、地球温暖化やエネルギー問題、グローバル化による経済と労働のありかたの変かなどだた、それらのさまざまな課題は、徐々に移行したり変化していくものと考えられていた。しかし、今回のコロナパンディミックにより、その後の世界が今までと同じではなく、より明るい方向にむくのか、それとも懸念されている問題が前倒しで訪れるのか。
社会の日常の制度はどうかわるのか、世界の政治体制はどう変わるのか、このコロナ禍が終われば、今までのもとの姿に戻るのか。それとも今までを一新する姿になるのだろうか。

より世界が分断から連帯の民主主義の方向に向かうのか、それとも自国第一主義の国民国家が再び世界を闊歩するのか。危機管理を乗り越えるため、世界の地域が全体主義世界や民主主義世界や原理主義世界など幾つかに分れ分断してしまうのか。それとも世界は連帯の方向にすすむのか、はたまた、世界連邦共和国の社会に向かうのか。

私は、世界連邦共和国の社会に向かうことはないと思う、それよりも、ジョージ・オウェルの「一九四五年」のようになる恐れもあるだろう。そして、それぞれの地域の政治体制はことなり対立を産むかもしれない。また、ジョナサン・スィフトの「ガリバー旅行記」のガリバーが難破して漂着したそれぞれの国のようなことになるかもしれない。
また、人の心はどう変わるのか、カミュ「ペスト」に登場するおのおのの心情はどのように変化するか、
メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」に出てくる怪物のように、今の最先端のAI技術より産み出されるものを、怪物として、創設者の復讐のために世界を闊歩しだすだろうか。

これから訪れる新しい世の中について、自分の個を見失って慌ててしまわないように、知性を深めていくことが必要になってくる。
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瞑想 7 数息について

瞑想 7 数息について
仏陀は弟子たちからなぜ数息をするのかの問いに、次のように答えている。
数息をする理由は、四つある。
一つに、長く坐っていると、脚腰が痛くなりので、数をかぞえると気が紛れる。
二つに、心の散乱を防ぐことができる。なにも考えないで空でいようとすると妄想が忍び寄ってくる。
三つに、数息をしていると外からの雑音に心を煩わされない。
四つに、煩悩を解脱した悟りの境地の道を得たいからだ。と答えている。

また、坐禅をするのに、集団でするなら三坐の息があると仏陀は指摘している。
瞑想の数息はには、坐る 立つ 行の三つのおこないかたがあるとして。
一つに、立って瞑そうしたり、歩行して行うより、座がよい。と坐ることを推奨している。
さらに、一人でするより幾人かですのがよく、それには読経をすすめている。
二つに、読経の誦経坐を大勢で合唱して韻律の音響の中ですると、互いの声が調和し響き、雰囲気が醸し出されてよい。
三つに、その誦経の音響の声を聞く、聞経喜坐がよいという
まずは、集団でするならその時間と場所をみなと合わせないといけないが、修行道場でするならともかく、私たち日常生活のなかで、手軽にどこでもするとなると一人がよく、一人で瞑想するなら数息がよいだろう。

また、仏陀は坐には三品があり、次のように述べている。
坐に三品あり、一は味合坐、二は浄坐、三は無有結坐。
・何をか味合坐となすや。謂わく意が行いに著して離れず、これを味合坐となす。
・何を浄坐となすや、謂わく念せざるを浄坐となす。
・何をか無有結坐となすや、謂わく結が己に尽きたりを無有結坐となす

・瞑想・坐禅の行をするのに、心をこめた呼吸を繰り返し積み重ねていけば、意のこころが呼吸のと一つになり離れなくなり、出る息は出るとなり、入る息は入る息としてからだに沁み感じるようになると、味合坐となる。
・味合坐の、心が呼吸になりきってしまうことが、思い勤めようと努力しないで、神経が集中していて味合坐の境地に至ることを浄坐となる。
・無有結とは、結び目のない状態で、結び目とは煩悩や妄念や欲情が心に占拠されている状態だと、それがこだわりとなり正しい瞑想・坐禅ができないので結び目を解かない。結び目がない坐が無有結坐となる。

仏陀は瞑想・坐禅で呼吸法を繰り返し続けていると、上達していくもので、それには三段階あるという。
一つに雑息、二つに浄息、三つに道息がある。
呼吸は意識しないでも呼吸に無関心でも、自律神経により生命の維持のために行われそのような呼吸や、長呼数息を始めた頃の呼吸を雑息という。
二は、長呼数息を繰り返して、十の数をかぞえるとき心を散らさずに、心を込めて行える状態になうと浄息になる。三は、長呼数息の守らなければならないことに遵った呼吸ができ、もし好くない呼吸になっても、すぐに良い呼吸に戻ることができるようになうと、それを道息というと述べている。

瞑想も坐禅も呼吸法も継続は力なりで毎日する習慣をつけることが重要だといえる。
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瞑想 6 数息の呼吸

瞑想 6 数息の呼吸

瞑想をするには呼吸法を身につけるのが手っ取り早いが、その中で数をかぞえる数息法がよいとされている。

なぜ数息法がよいのかだが、数えるのには意義があり、数は重要ではない。
数でなくて他の言葉でもよいのだが、たとえば、平家物語の冒頭でもよい、「ぎおんしょうじゃの かねのこえ  しょぎょうむじょうの ひびきあり ・・・」のように、七五調になり唱えやすい。また、白隠禅師の坐禅和讃で、「しゅじょうほんらい ほとけなり  みずとこおりの ごとくにて ・・・」と唱えるのも、七五調で唱えやすい。しかしそれらには、それぞれ深い意味があるので、その意味に耽り意味を考えてしまい無心でいられなくなる、それでは、瞑想の邪魔になってしまう。

それで、只なにも想わず考えずに長く息を吐くには、ヒトーツ フターツ ミイーツと数えるのことにより、善悪はべつとしていろいろな思いが沸々と湧いてくことに蓋をすることができるだろう。
数をかぞえていくとことのよって、出る呼息を長く繰り返すことに意味があり、それを繰り返すうち、長呼息が継続され習慣づきかずを唱えなくても、長呼息ができるようになる。それにより大脳が数を数える負担がなくなり、物事を思うことなく。物事をそのままみられるようになる。
そして、長呼息を複式呼吸でするすなわち丹田呼吸でする。それにより自信がもてるようになり、明るい気持ちになってくる。
反対に外出を規制されたことを不条理と思い悩んだり、物事に失敗したりすると、呼吸が浅くなり弱いものなり、元気をなくして沈み込み、憂鬱な気分になり、食欲が落ちてしまい、身体の調子までもが悪くなってしまい、よい方向でなく悪い方向ばかり考えるようになる。そのようなときこそ浅く弱い呼吸を打破すうには、瞑想と長い呼吸の数息に励むことにより、元気を取り戻すことになる。
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瞑想 5 呼吸

瞑想のための仏陀の呼吸法

呼吸とは内蔵の肺による、二酸化炭素と酸素のガス交換だが、肺が自律的に動いてガス交換をするのではない、呼吸筋群という沢山の筋肉が協調して、肺を膨らませたり縮めたりする緊張と弛みの二相の調和です。それは、肺の内部にある細気管支の先端の半球状の肺胞が、肺胞壁を介して肺胞内の空気と毛細血管内の血液との間でガス交換が行われる現象です。
しかも、自律神経により働くが、随意的にも動かすことができる身体のシステムと言える。心臓などは随意に鼓動を速めたり遅くしたり、停めたり動かしたりすることはできない。また、肝臓や腎臓などは自らは動かないが、その臓器に血液通り、血液が浄化されるがその浄化を、随意にコントロールする事はできない。また身体の四肢の筋肉は随意に動かすことはでき、附随意に動くことはない。そのように思うと、呼吸機能は身体の中でも特異な臓器と言える。

仏教の修行をするうえでの呼吸法の教典がある。「仏説 大安般守意経」というが、漢字なので文字になにか意味があると思うが、サンスクリットの漢字での音訳です。安はアナで入息、般はパーナで出息、守意はサチで守意を意味する、アナパーナ・サチで簡単に言うと、呼吸の出入息法となる。仏説とは釈尊が説いたと言うことで、釈尊が苦行の末に禅病にかかり、苦行の誤りに気づき会得した息を長く吐く出入息法について書かれている。今から二千五〇〇年以上前にあみ出されたもです。

仏陀が苦行の誤りに気が付き、アナパーナ・サチの長出入息法を編み出し、それ以降この呼吸法は改良改善されている。単に呼吸を調え身体を調えるだけでなく、心も調えらていくことにも仏陀は気が付き、呼吸法による瞑想である坐禅は仏教の修行の中心的なものになっていった。
瞑想にはヨガでもキリスト教にもりあり、キリスト教では瞑想よりも黙想があり懺悔に重きをおくようですが。

私たちの生活のなかには、さまざまな心が乱されることが多い。平穏であるより心を乱されたり怒りを抱いたり嫉妬したり、妬み恨みを湧き起こさる方が多い。そのような中で平穏な気持ち保つためにも、是非瞑想は大切だといえる。

特にこのコロナ禍の不条理と、世界の政治外交や国内の国会のやり取りをみているが、怒りを禁じずにいられないが、それを思うばかり怒りを沸騰させてしまうと、攻撃する方に陥って自己の冷静さを失い反知性的になってしまう。そうなれば自己を見失い、ますます自分自身が惨めに感じるようになる。
この、コロナ禍とコロナ後の未曾有な世界への不安を感じる今だからこそ、瞑想が大切になってくる。
瞑想をして今の社会を冷静に見つめて、自らの思考で考え判断をし行動をすることが重要なので、瞑想とそれによる呼吸法を身につけていく。
これから、呼吸法に調べたことを紹介したくおもう。
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瞑想 4 ストレス ノイローゼ

瞑想 4 ストレス ノイローゼ

私たちの生活しているとさまざまなストレスから無縁であることはあり得ず。社会のなかでいくら大勢の人と関わっていいる。
ストレスには、よいストレスとよくない悪いストレスがあると言われる。適度な運動は体によい負荷をかけるよいストレスであり、過剰な運動は身体を壊す悪いストレスです。
同じよなことが身体面だけでなく、心に内面に対してもいえることです。己の生きざまの反省は、ストレスになるからといって、目を背けることをすべきではない。大なり小なり多かれ少なかれ反省は常にしていくべきである。
いま目の前にある問題からの抜け出すのに、将来に見通しが立たない暗澹たる気になることもある。初心の溌剌とした精神は消沈してしまうことは、なにもこのコロナ禍のことだけでなく、それはどちらかというと日常茶飯事にふつふつと起こっているのではないだろうか。

瞑想の呼吸法は、ストレスを抱え込みノイローゼになってしまわないために、家でも何処でもできるのでお勧めです。
外出ができず不条理だといい、人生に意義を見いだすことのできない絶望的だと、思い悩んでしまうと、身体の中でどのような変化が起きるのか。それによりまずは、呼吸が浅く弱くなる、これは身体にとってその能力を低下させることになり、体調を乱すことになり、さらに精神衛生面2もマイナスになってしまう。
そのために、瞑想をして深く力強く息を吐くことが重要になってくる。深く長く吐き吸う呼吸は、精神活動である心を調えノイローゼの乱れを回復させる。また瞑想をすることにより、日頃の生活の取り組みを、軽々しく粗末にするいい加減なことを防いでく、外からのストレスに対して精神的動揺から心身の調和をつくりだし安定へと導いてくれる。この瞑想による呼吸を実践することは需要です。
このようなときだからこそ瞑想・呼吸法の実践を、忙閑を問わず随時随所を問わず何処でもする習慣をつけることが重要です。
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瞑想 3 反知性主義に陥らないための瞑想

瞑想 3 反知性主義に陥らないための瞑想

コロナ禍の感染抑止のため、外出の自粛が要請され、事実上規制されているので、今までの日常の生活が自由にできないため。人生に意義を見いだすことのできない絶望的な、不条理な状態におかれていると思ってしまう人も多いだろう。
そのような状況がストレスとなり、ネットや市井でネットポリスや自粛ポリスなど、他人を攻撃する現象があらわれ、人々の行動に悪影響を及ぼしている。
それは、人々の心の中でストレスが渦巻き、外に出れない絶望を感じ自己中心的になりがちで、そのため自分や自分の属する組織だけを理解し、証拠や確証などの客観性を無視するようになる。それにより、現在や過去の行いに対し、反省することを自虐だと拒んだり、自分の都合のよいことや自分にとって耳に心地よいものだけ見て、それらによる考えを取り入れ自慰的に思索に耽ることに陥ってしまう。このような思いに陥るとアリジゴクのように、その感情から抜けだそうともがいても、なかなか抜け出せない苦しい状況になってしまう。
そのようなことにならないように、私たちはこの不条理な状況のなかでこそ、学問や教養や知識を身につけ、心の豊かさを求め、物事への理解と社会への理解を深め、感性を磨き物事の認識と判断から、思索することが重要になってくる。このコロナ禍から、自我を正しく維持するため、新しい認識を生みだす働き求めることに勤めるべきです。
決して、先に述べたような一面だけお認めるような反知性主義者になってはいけない。

そのためにはどうしたらよのか、自己を見つめる瞑想を実践するのは、非常に意義があることです。
瞑想するにあたり、身体の姿勢、息の仕方、目のあり方
心の持ち方についてもう一度考えてみたい。
このブログで、「天台小止観」について何度も書いたが。「天台小止観」は坐禅の取り組み方について書かれたテキストであり、瞑想の方法についての書ともいえる。
その中で、「心・身・息」について詳しく書いてあるが、さらに「摩 止観」や釈迦の瞑想法やヨーガの瞑想法なども調べてみようと思う。
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瞑想 2 呼吸

昨日、瞑想するのに呼吸が大切だと書き、呼吸筋と述べたが、呼吸筋と名付けられている筋肉があるわけではない、呼吸をするときに使われる筋肉群を総称して呼吸筋として使う。
呼吸をするには、肋骨、胸骨、胸椎、横隔膜、胸部、腹部、頸椎の筋肉が総合的に相互に関連して働いて作用してる。
呼吸は、息を吸うときに使われる筋肉を吸気筋とよぶ、息を吐くときに使われる筋肉を呼気筋とよぶ。また、吸気・呼気のとき、安静呼吸の場合にはたらく呼吸筋を主呼吸筋とよび、強制的に呼吸をするとき、すなわち深呼吸など意識して随意呼吸をするときにはたらかせる呼吸筋を補助呼吸筋とよばれている。腹筋群の筋は呼気のときに共同協調してはたらく重要な補助呼吸筋です。
安静時の自律呼吸で主にはたらく筋は、胸部の肋骨に付着する肋間筋群で、外肋間筋、内肋間筋があり。それぞれ呼気のとき吸気のとき筋の働き方が違う。筋のはたらきかたには、筋が収縮するときと緩むときがあり、吸気・呼気のとき主働筋(主動筋)の役割を交代しながらおこなわれ、息を止めるときは拮抗している状態になる。また、その拮抗状態でも、短縮性収縮、救心性収縮と伸展性収縮、遠心性収縮があり、その中間の等尺性収縮がある。
呼吸筋の筋肉のはたらきについてはここまでにしておく。
次に、呼吸の仕方について。
釈尊は苦行により禅病になり、心の限り息の出入りをするアナパーナ・サチを始めた、それが仏教の坐禅であり呼吸法であり瞑想法です。
坐禅とか瞑想とかいうと大仰に聞こえるが、根本的にはその柱はシンプルで、呼吸法といえそこでも、とっかかりとして数息と呼ばれる方法が入門として手頃だろう。

なにも考えず深く呼吸をすることは結構難しいもので、つい雑念が起こってしまう。
そこで、それを蓋する方法として、数を数えながら呼吸をする方法。
イーチイ ニーイー サアーンと、言いながら息を長く吐く、そして吸う。数と数の間は力を抜いて、軽く息を吸う。吐く方を意識して吸う方はさほど意識しなくても、呼吸は吐いたら自然と吸うものです。どれぐらい長く吐いたらよいか、はじめは10秒から20秒で、私は一分間に2呼吸でする事が多いです。吸う方もゆっくりとリラックスして吸っています。そして10まで言ったら、イチに戻り10までを繰り返す。つまり10呼吸を5分でおこない、20から30数えます。
上達したひとの中には40秒一分の人もいるようです。この長呼吸を相随と言うそうです。

では、どのような姿勢でするとよいのか。私は立ってする立位のときと、座てする坐位でするときがあります。
立位のときは、肩幅に足を広げ膝とつま先は前の向けている。坐位のときは、結跏趺坐か半跏趺坐か胡座でお尻に座布団を二つに折って敷いて座る。
立位のときは、始めにつま先立ちをして軸をまっすぐにする。坐位のときも始めにに腰落としてから腰を立てて背筋をまっすぐにする。
目は仏像の目のように半眼にして、舌は上顎の前歯の付け根に軽く当てるようにしている。
このように、長く吐く長呼呼吸をすると、息にあわせて心身の調和がとれてくる。

こうして、コロナ禍で家に籠もっていると、うやむやがたまってくるので、精神のリラックスをして安定をはか一つの方法だろう。
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瞑想 1コロナ禍のなかで

コロナ禍による外出自粛要請が出され、多くの人が外出を控えている。そうなると外出できなくなり家に引きこもり、気と落ち込んでくることになり、ストレスを溜め込んでしまうことになる。
そこで、私は毎日、早朝に瞑想とウオーキングしている。そのウオーキングでは息を調えることを心がけ、公園で太極拳している。
一番たいせつなのは、瞑想であるが瞑想は無心にするのだが、坐禅をするしだすと、おうおうにしてなにも考えないで無心になろう思うほど、いろいろな妄想などが走馬燈のように頭を巡ってしまう。
その妄想は、怒りや嫉妬や妬みや欲がでてきて、坐禅が終わればあれを食べようとかあれを買いにいこうかと頭をよぎってしまう。このように、逆によからぬ妄想を過ぎってしまうことになる。何か物事をしているとそのことに集中するので、他のことを思うことがないが、ただ空でいるとしようとするといろいろなことを考えしまう。

また、一番留意しないといけないのは、瞑想や気功や坐禅などをするのに、素人がよき指導者のなしですると、ついつい頑張って一心不乱に何も考えないで瞑想や坐禅をしようとしてしまう。

そこで、特に瞑想を行うときに、気をつけないといけないのが、呼吸法です。
仏教の開祖の釈尊が、釈迦族の太子の身をすて苦行による悟りを求めた仏陀は、息を止めるという断息という荒行をしたことにより、悟りの境地に入るどころが逆に、心身の不調をきたしてしまったという。
また、臨済宗の中興の祖と言われる白隠禅師も「夜船閑話」で、悟りをえたと思い>怡悦蹈舞し益益、寝食を忘れて修行に励んだところ、「心火逆上し、肺金焦枯して、雙脚氷雪の底に浸すが如く、兩耳溪聲の間を行くが如し」というように、重い禅病を患ってしまったという。
しして二人とも、瞑想の仕方を誤りを悟り、静かな呼吸の行いかたを見いだした。
よく、修験道士が悟りを開くたとして、断息・断食・不眠の荒行・苦行をするが、それにより尋常ではあり得ない精神的境涯を極めようとする。しかし、その是非は別として少なくとも、高度に極めたな指導者の下で適切になされないと、逆に釈尊や白隠のように、からだや心に重篤な悪影響を及ぼすだろう。
また、オーム真理教がサリンテロ事件を起こしたが、彼らも無理な呼吸法による荒行をしていたと言われている。そのためからだに対しての異常な体験だけでなく、精神面での異変が熾こり、周囲と己の個との関連性に対して、特異な妄想のような考えにとりつかれあのようなテロ事件を起こしたとも考えられる。
そのように、呼吸の仕方によってしまう。そのため特に呼吸は重要といえるだろう。そのため、瞑想は心静かに呼吸を調えることを目的とするので、心身の面で有効なものだといえる。

普段呼吸を意識することはまずないです。それは、呼吸をするための肺の臓器と肺に酸素と炭酸ガスの交換をする動きを促す呼吸筋は、他の臓器や筋肉と大きく違うところがある。心臓などは意図して随意に止めたり鼓動を早くしたり遅くすることはできない。脚や腕や手は自分の意図と関係なく動くことはなく、意図して随意に動かしている。
しかし、呼吸だけは自律運動をしながらも、随意にコントロールできる呼吸筋による、ガス交換をする臓器器官であり呼吸筋です。

しかし、とき人はよく気づかないで、呼吸を緩慢にさせたり、速くさせたり、呼吸を止めていることがある。思索に耽ったり、心配ごとがあったり、集中しているときなど、入る息出る息が緩やかになる。焦ったり怒ったり妬んだりするときは、呼吸を止めてしまうことがある。
呼吸は酸素と体の中にある体に有毒なガスを交換をするもので、呼吸を停めるということは、体の中に有毒なガスを留めて置くことにないり、他の内蔵に悪い影響が及ぶことはいうまでもない。断息という修行は私は百害あって一利なしと思う。

呼吸は自律的に不随意に働く臓器でなく、自律的不随意に働きもし、随意に機能させられるもので、他の臓器と違う特異なものなのです。
呼吸を意図的に意識できる時間をつくり、コントロールをする意識を持つことにより、心が荒れたり激高しない、安らかな落ち着いてた状態を機会をつくることは大切です。それにより、穏当な判断や言動ができるようになる。
コロナ禍で行動の自由が規制される不条理な状態だからこし、穏当な己を作り出せるように瞑想をする事は大切だといえる。

いま、コロナ禍のなかで、不条理な状態のなか、自分を見失わずにいるために、瞑想についてもっと深く考えみたく思う。
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憲法擁護の宣誓

大統領の憲法擁護義務の宣誓

公務員になれば、辞令を受けるときに、法的根拠の下で、宣誓書に署名することになている。
いくつかの事例を下にあげてみる。

●公務員の服務の宣誓
職員の服務の宣誓に関する政令
昭和四一年二月十日
政令第一四号
別記様式
  宣誓書
 私は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべき責務を深く自覚し、日本国憲法を尊守し、並びに法令及び上司の職務上の命令に従い、不偏不党かつ公正に職務の遂行に当たることをかたく誓います。
   年 月 日
       氏名

●警察職員の服務の宣誓に関する規則
昭和二九・七・一
国家公安委員会規則第七号
  宣誓書
 私は、日本国憲法及び法律を忠実に擁護し、命令を尊守し、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体または組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中立に警察職務の遂行に当たることを固く誓います。
   年 月 日
       氏名

●自衛隊法施行規則
昭和二九・六・三〇
総理府令第四〇号
  宣誓
 私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を尊守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、政治的活動に関与せず、強い責任感もって専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえることを誓います。

●裁判所職員の宣誓に関する規定
昭和二四・一〇・三
最高裁判諸規定第二一号
横書き
  宣誓書
 私は、ここに、主権が国民に存することを認める日本国憲法に服従し、且つ、これを擁護することを固く誓います。
 私は、国民全体の奉仕者として、公務を民主的且つ能率的に運営すべき責務を深く自覚し、国民の意思によって制定された法律を尊重し、誠実且つ公正に職務を執行することを固く誓います。
   年 月 日
       氏名

以上のように公務員には、宣誓義務が課せられている。


海外の国では、大統領など国の首長に就任するときは、宣誓を必ずている。
アメリカの大統領は、憲法第2条八項で「大統領はその職務の遂行を開始する前に、次のよな宣誓もしくは確約をなすことを要する。「私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行し全力を尽くして合衆国憲法を維持、保護、擁護することを厳粛に誓う(もしくは確約する)」。」。と明記されている。(岩波文庫 世界憲法集 昭和三五年版)
またフランスは第5条で「1大統領は憲法の尊重に留意する。その仲裁により、公権の正常な運営および国家の永続性を確保する。2大統領は国家の独立、領土の保全、条約および共同体の協定の尊重の守護者である」。(前に同じ)

では日本の首相である総理大臣はどうだろう。日本の内閣総理大臣については、憲法に「文民でなければならない」「国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」。とあるが、就任時に宣誓の有無はかかれていない。
しかし、首相就任ときに慣例的にでも、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し日本国憲法を尊守することの宣誓をしているのだろうか、就任の時に天皇陛下が国会の指名に基づき任命の辞令を受けるだけなのだろうか、時々疑問に思うことがある。アメリカの大統領は、就任式のときに独立宣言か聖書かに手を置いて宣誓している映像がテレビなどで流れますね。日本では天皇から任命されるときに宣誓しないのだろうか。今の天皇も先の天皇も、即位のときに憲法にのっとり、日本国及び日本国民の統合の象徴の勤めを果すことを誓いますと述べられている。ならば宰相である首相は天皇から任命をされるときに、宣誓しなければ上下の関係がおかしくなる。

憲法第15条には、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」。とある。
国家公務員は、特別職と一般職に分けられ、一般職には国家公務員法が適用され、特別職は内閣総理大臣・国務大臣・副大臣・大臣政務官・大使・公使や裁判官・裁判所職員・国会職員・防衛省の職員・特定独立行政法人の役員などと、国家公務員法第2条第3項に掲げられているので、内閣総理大臣は、国家公務員の特別職になる。
憲法の99条には、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」とあり、憲法尊重擁護の義務を荷せられているので。内閣総理大臣は憲法擁護義務を負っていることになる。
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香港で中国国歌の侮辱罪

香港で、中国の国歌を侮辱する行為を禁止しする条例の制定をめぐり議会で混乱がおき、けが人もでてまた、市民の抗議デモが広がるかもしれない。
香港の議会で、この条例の反対する民主派と親中派との議員で激しくもみ合い、けが人がでるにいたっている。
民主派の議員らは、中国政府が条例を速やかに成立させるよう圧力を強めていることに、強く反発し今後も混乱が予想されている。

香港の議会にあたる立法会で8日、中国の国歌を侮辱する行為に刑事罰を科す条例案を審議するが、去年10月以降、民主派はこれを阻止しようとする抵抗で実質的に審議が止まっている。しかし、香港の中国政府の出先機関が、4月13日に民主派の議員を名指しで厳しく非難した。これに対して民主派は「香港の自治に介入するものだ」と激しく反発している。。
これに対して、多くの市民が抗議活動に「香港を取り戻せ」とスローガンを叫んで参加している。
香港では、雨傘運動や犯人引き渡し制令への抗議運動などでの抗議活動は、新型コロナウイルスの影響で、大規模な抗議活動は行われていなかったが、ここ数日、コロナウイルスの新たな感染者が抑えられていることもあって、再び中国中央政府の香港行政への干渉にたいする、抗議活動が呼びかけられるようになっている。

この香港議会の国歌・国旗の侮辱行為に対しての、罰則付きの法律・条例制定は他人事ではないかもしれない。
自民党の2012年の憲法改正草案(以下自民党憲法案)では、第3条1項で国歌国旗を「君が代」「日章旗」と明記され、2項で、「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」。と命令調で大切にあつかわないといけないと明記している。

憲法だから罰則規定は書かれていないが、憲法に尊重しなければならないと命令してあるので、大切に扱わなければ罰則付きに法律が作られるおそれがある。つまり、国歌国旗を侮辱する行為や汚したりすることに対しての罰則付きの法律などを作ることが可能になるものです。
日本でいまコロナ禍のさなかに、憲法改正を急ぐべきだという自民党議員がいる。緊急事態宣言と自民党憲法案の緊急事態条項とは別ものであるのに、それを言うのは火事場泥棒のようなものです。話は少しそれたが、もとに戻し、国歌・国旗の尊重義務をも追加してくるかもしれない。

そうなると、壮行に意味をこめて国旗に寄せ書きしたりすると、国旗を汚したとされ。アスリートが汗をかいたからだに国旗をはおってトラックを一周してエールをもらおうとすることも、国旗に臭い汗を染み込ませて、汚したなどとされ、そのようなことも禁止される恐れもある。

このコロナ禍により、いろいろな面で社会の在り方が変わろうとしているが、それによりだんだんと、中国のように自由にものが言いにくい社会に、日本も息苦しい国になっていくのだろうか。また、言いにくい社会になても、それに息苦しさを感じないような不条理さを感じない人間にならないようにすべきだろう。
それにはどうしたらよいか、呼吸を深くし身体を調え心をリラックスさせる、呼吸法により静坐と瞑想をして、不条理な息苦しさを乗り越えるようにしたい。
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米大統領選とコロナ禍 

トランプ大統領は中国に敵対心を露わにし、自分の責任を尽くすのに全力を使うよりも、国民の目を他にそらす為にその矛先を中国に転化しようとしている。
これは、今年の秋の大統領選を見据えて、強いアメリカ、自国ファース姿勢を国民にアピールする狙いがあるのだろう。

それは、悲惨な結末になる恐れが限りなく高まっていく恐れがある。世界の指導者はトランプ大統領の愚考をどのように見、それに歯止めをかけ諌めることができるだろうか。
同盟国などは、決して同調共鳴することはならず、それは世界のこのコロナ禍の危機を乗り越えるのは、連帯と協調により乗り越えられるもので、敵対からは決して生まれず、逆にコロナ感染の第2波 第3派が、より強力な感染力として襲ってくることになるだろう。

100年前に流行したインフルエンザである通称スペイン風邪では、戦争中で報道統制が敷かれた混乱のなか、400万人が死んだと見られているが、翌年の第2波はその10倍の4000万人が死んだと言われている。このように、グローバル化した現代で対立のなかで、コロナ禍に対抗しようとするのは、前輪と轍を進むことになり愚かなことです。

中国はマスクや医療機器などを増産し世界に供給しようとしているが、いかんせん中に粗悪なものもあり、生産業者にも儲け第一主義で悪徳な業者もいるるよだ。中国は市場経済を採っているが、資本主義の自由主義国家ではないし、自由市場経済の歴史も浅く、産業界を指導しコントロールするシステムも未熟でそのノウハウがない。西側の先進国は今こそ連帯して、中国に品質の向上のために、自由競争と市場経済の良い面のノウハウを伝授し強く促すべきだろう。


コロナ禍後の社会がコロナ禍を乗り越えるための連帯が、コロナ後も連帯し続け、この宇宙地球号がいつまでも、旅を存続し続けるかのカギになるだろう。
そして、それはアメリカと中国の対立や先進国同士の対立を乗り越えることにより、西欧的価値観や諸国がイスラム過激派の原理主義との対立の解決の道につながっていくだろう。
イスラム諸国や過激は勢力の中でも、コロナウイルスに対しての取り組みを進めるのに、世界の国々との連帯の必要性を感じ求めているだろう。
いまこそこのコロナ禍の危機を世界が協調でき共存できる福とする機会にすする方向に向くには、どのようなことをすべきだろうか。そちらの方向に進まないと、ますますこの地球は住みにくくなるだろう。
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コロナ対策と面従腹背

コロナ対策として、面従腹背が大切

このコロナ禍のパンデミックの時こそ、ウイルスを封じ込め、早くこの状態を終息させるには、鼎立していても連帯が必要でです。しかし、政府の指示などの盲従してしまうのは良くない。そこで大切なのは、面従腹背であることが重要になってくる。
このコロナ禍の危機を乗り越えるのに政府が何を言い何を為しているかを、平時よりしっかりと詳しく見極め知り、それに対して自由にものを言えることが重要だ。けっして面従服従や面従腹従することはよくない。そのような姿勢でいると、自己の自律性が失われ個が崩壊してしまう。
それにより、このコロナ禍が過ぎ去った後、今までと同じかあるいはそれよりよい生活が戻ってこない。

日本はこのCOVID-19の様々な情報がどれだけ、国民に提供されているだろうか。世界的に見て日本の感染者と死亡者の数が低いのは何故か。など不思議だななぜだろかと思うが、その疑問に答えてくれることができない。正確な理由を論理的な情報を知らされていないままに、感染者や死者数が少ない数字だけを捉えてしまうと、COVID-19は日本人に対しては、大したことはないと多くの人は誤解し、COVID-19への危機感を持つことができなくなる。

かろうじて、海外の国が行っているような強権的な方法を執らなくても、かろうじて持ちこたえているのは、お上の言うことは正しい従うのが道理だと考える、日本人の特性があるからだろう。それにより、いま行動の自粛を粛々と受け止めているが、時間がたつと諸外国に比べ感染者数や死者の数値の低さを見て、大したことはないと思い、行動の自由の制限の解除されるのを待ちきれなくなり、いま我慢して自粛しているその箍がはずれてしまう恐れがある。箍が外れると多くの人が外にでだすと類を見ないオーバーシュートを起こす恐れがある。

そのようなことが起こらないためにも、何故、日本は海外の国に比べて低いのか、検査数が少ないのでよいのかなどを説明し、感染者数などが海外の国と比べて低いのは、別の原因や理由があるかなどをいまわかっていることは公表していくべきだ。
それは、正しく判断が出来る情報を私たち市民・庶民は健康と安全な生活を守るために知る権利がある。
しかし、私にはCOVID-19禍に対してこれ以上の情報や知識がないので何も言えない。
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ラジオ体操とストレッチ

日本では小学校の時からほとんどの学校で、ラジオ体操を体育の時間に指導したり、運動会などを催す時にプログラムの始めに、準備運動としてラジオ体操をする。
つまり、こども時から日本の小学校で学んだ人のほとんどはラジオ体操を知って出来るだろう。

今、コロナウイルス禍で、感染の広がりを封じ込め収束させるために、外出を極力抑え込むために、政府は不要不急の外出の自粛を呼びかけている。そのために家に閉じこもり身体を動かす機会が減っている。それなら部屋の中でラジオ体操をするのも、運動不足を解消する一つの方法だろう。
私が思うに、単にラジオ体操をするのではなく、少しテンポをゆっくりとして、ストレッチをするようにラジオ体操をするのもよいと考える。
ラジオ体操は小学生の時からしているので、みんなが知っているので何時でも何処でも誰でも出来る。
やり方は、ラジオ体操の一つ一つの動きのポイント毎に身体の動きを止め、しっかりと身体を伸ばしながらすることです。

NHKラジオ第一放送で毎朝六時半からのリズムでは、テンポがストレッチ風ラジオ体操をするのには、テンポが少し早いので何か別の曲を流しながらするのがよいだろう。

どうですか、みなさんもやられてみていかがでしょうか。
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C0VID-19禍のパンデミック後の世界

C0VID-19禍のパンデミック後の世界

私は阪神淡路大震災の時には神戸で仕事をしていたが、長田を始め神戸や隣の西宮の多くの地域で、震災以前から地域の再開発計画が議論されていたが、その計画の素案すらなかなかまとまらなかった。しかし、地震により建物は倒壊し、さらにその後に発生した火災により、地域一角が焦土と化してしまった。それにより一挙に再開発計画は進み、数年で地域は新生都市として生まれ変わってしまった。もし地震がなかったら今も地震前の姿のままの所もあり、再開発がされても今の様子とは随分違うだろう。

これと同じように、このコロナパンデミックによる、人の移動の禁止による、経済の停滞のその後が、引き起こすものはどのようなものだろうか。
経済活動の変化により、価値観の変化が起こり、生活様式が一変する懼れがある。その変化は私たちはどのように受け止めたらよいのだろうか、またその変化の流れを変えたりくい止めたりする事はできるのだろうか。
洪水のように一旦決壊し出した河の流れをくい止められないように、その変化は変えたりくい止めたりすることはできないだろう。
そして、その変化は人類そのものを、イスラエルの歴史学者ユバル・ノア・ハラリが言うように、ホモサピエンスからホモデウスと新種の人類を生み出すだろうか。ハラリがホモデウスの警鐘を述べたのは、コロナパンデミックは想定していなく、ある程度の時間の流れでの変化だった。ある程度の時間の流れと言っても、2 30年で人類史や生物の進化の歴史から見ると一瞬だろう。しかしコロナパンデミックが引き起こす変化は瞬きをする間もない変化かもしれない。

そして、いま起ころうとしている変化に上手に乗りこなせる者と、変化に乗り損ねてしまう者と2種の者に分かれてしまうだろう。
そうなれば2 30年後には、今地球上に生息している類人猿には、チンパンジーやゴリラやオラウンターと私たちホモサピエンスである人間がいるが、そこにホモデウスが誕生しこれからの地球を支配するようになる。そして、変化の波に乗り遅れたホモサピエンスは、野生の動物の保護区の中で生息している動物のように、特定の都市など地域を監察保護区のような養護地区がつくられ押し込められるだろう。あるいは、さらに年月が経つと動物園の檻の中で飼育されている状態になるだろう。

私たちホモサピエンスである人間は、今まで多くの転換点を経て今にある。最初は狩猟採取生活から農耕革命がおき大規模な集団生活をするようになり、その後、国家を作り産業を生み出し、技術革新をしてきて今日がある。さらに、いままで、気候変動や自然災害や戦争ににより、それぞれそのときに、今までの様々な価値観が通用しなくなり、新しい価値観をつくりだしてきた。それは、戦争や自然災害などだけでなく、病原菌も社会の価値観の転換期を作り出してきている。

それと同じように、いまのC0VID-19禍のパンデミック後も大きく変わるだろう、今までの転換と大きく違う所は、今までになく膨らんでいる貪欲な欲望の社会的システムである、新自由主義と欲望の資本主義や中国やロシアの国家資本主義の出現。それと、遺伝子工学やインフラを支える科学技術の驚異的な発展と、今までになかったAI技術とIT技術の出現と驚異的な発展です。

これらのかつてないものに、私たち人間の心や精神は適応していくことができるか、できないかが問われるだろう。これらの変化が徐々に進み改革されるのであれば、多くの人はその船や列車や飛行機やジェット機やロケットの乗ることができるだろう。しかし、いまその変化が一挙に起きようとしている。人類の永い歴史から見るとそれは瞬時の出来事だといえ、多くの人がいま出発しようとしている乗り物に遅れるだろう。たぶんこう書いている私もそれにのり遅れるだろう。
また、これから乗ろうとする船や列車や飛行機やジェット機やロケットなどの乗り物にの違いにより差がでてくるし、行き先が違うことによっても違いが出てくる。
終点が民主主義か資本主義か新自由主義か全体主義や科学至上主義などの行き先を、乗る人が自ら自分の意志で選ぶことができることはないだろう。
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100年前の教訓

与謝野晶子は、100年前のスペイン風邪が流行、家族が感染したとき、その体験を踏まえ、1918年11月10日付の横浜貿易新聞(神奈川新聞)に、「感冒の床から」と題した論評記事を寄稿し、政府を対応を批判している。その記事をよむと、なんだか今の日本社会の様子がだぶってしまう。

晶子の寄稿文の概要は次のようなものです。
・自分の子どもが感染したら家族全体が罹患し、感染力の強さを指摘
・政府の対応の遅さを批判。
・政府は人込みの多い場所の一時休業を命じないのか。
・日本人に共通した目先のことを優先する、都合がよいことや便利のよいことを優先する性癖を批判。
さらに晶子は、
収束が待ちきれなく外に出てしまうと、感染症の第二波がくる。とも言っている。

晶子は医者でもなく感染症学者でもなく、一詩人の文化人です。

100年前のスペイン風邪は日本でも数百万の人が死んだと聞くが、この晶子の寄稿文を読んでみると、私たち日本人はいかほどのことを勉強してきたのだろうか。

ビスマルクが「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言ったが日本人は愚か者だろうか。
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コロナ後の世界 

このコロナ禍により、国によっては、中国やヨーロッパの一部の地域なっどで、都市が封鎖されている。また、日本のように人の移動や活動の自粛が呼びかけられ、それにより、人生に意義を見いだすことのできない絶望的な状況にに陥ってしまっている人が多くでてきている。
戒厳令や都市封鎖のように、強権的に行動が制限されることは不条理で、他から強制されたり支配されての行動が制約されることは、耐えられないことではある。しかし、それ以上に、自らが納得しないで自粛するのだと言い聞かせて行われることは、いかほどの不条理であろうか。おのれ自身に対して、自ら立てた規律に従って自らの行動を規制するには、おのれ自身が納得してのことが前提だがそうではないのです。
そして単に権力から強制的に従わさせられるのではなく、自粛の強要が起きることが恐ろしい。いま、ネットなどでは自粛ポリスとか自粛自警団とか出現している。また、閉店していない店い批判する紙を貼ったり、外出している人を攻撃する人が現れている。


外出制限により、人との繋がりが断ち切られ、人生に意義を見いだすことのできな状況に、貶められてしまう。またそのような、不条理が永く続くと、それが当たり前に感じるようになり、感覚が麻痺してしまい不条理がであることを感じなくなってしまうことを恐れる。
そのようになると、先に書いたように他者を攻撃する自粛ポリスなどの荷担者になる恐れがある。不条理を感じなくなり、さまざまな感覚がなくなり、成り行きに任せてしまうことになってゆく。そうなると、非常事態だから文句を言うな、不条理を我慢しろ、あらゆることに対して異をとなえなくなり、自分の意をも捨ててしまうようになる。
戦中の標語にあった「欲しがりません勝つまでは」のようになってしまう。
そのように感覚が麻痺しないようにするにはなにをすればよいのだろうか。
まずは、常にわれに問いかけ思うことが大切で、そのなかで、現代のSNSなどの便利なツールを使うなどして、他者と連帯して我らの存在を感じ合うことが大切だろう。
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トランプ大統領の発言

トランプ大統領の陰謀論的COVID-19は中国のウイルス研究所から漏れ出たとの起源説は、中米対立を助長して非常に危険だ。過去にもアメリカの大統領は、9.11同時多発テロの時にアルカイダを潰すとしてアフガニスタン政権を崩壊させ、その後のイラクは大量破壊兵器を作っているとしてフセイン政権を崩壊させた。その時に、国内で新自由主義での資本主義経済の綻びから、国民の目をテロや大量破壊兵器の方に目を向けさせて、国民を戦争に駆り立てたて、二つの国を崩壊させ多くの兵士の命をうばった。しかし、その後に訪れたのはより多くの国家間とテロ組織との混乱をまねいてしまい、その処理が今も先が見えない状態に陥っている。

トランプ大統領は、ウイルス禍による経済の落ち込みと、その経済対策の行き詰まりに対する米国民の目を逸らすために、ウイルスとの戦争だとして国民の目を、国内問題から外に向けさえその具体的な対象として、中国にターゲットを合わせている。
トランプ大統領は11月の大統領選挙に勝利するために、ウイルス対策とそれに対して経済対策に国民の目を逸らして、別の敵を作りだしている。このことは、非常に危険な結果を招きかねないです。
9.11の時は、米国民みながパニックになり、ブッシュ大統領はテロを戦争だと国民を煽り、アフガニスタン政権を崩壊させ、イスラム原理主義の過激派との泥沼の戦いをいまも続ける結果になっている。
同じように、トランプ大統領が中国の研究所起源説を叫ぶのは、世界の二大経済大国が反目し合う結果になり、これから世界の経済的混乱は避けられなくなり、第一次世界大戦後の大恐慌以上の混乱になる恐れも出てくるだろう。大統領選挙対策の一つとして、このような稚拙なことすることは間違いです。
それを、アメリカ国民だけでなく、全世界の人々もそのようなことに対して冷静に対処しなくてはならないでしょう。
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オンラインでの紛争解決

司法界でAIとビッグデータを使って、賠償裁判などの活用ができないか議論されているという。
交通違反などの切符を切るのに、ITやAIとビッグデータを使うのは、交通違反の処理の迅速化にも役立つだろう。
法的なトラブルを迅速に解決するため、IT・AIを活用したオンラインでの紛争解決を、ORD(Online Dispute Resolution)というそだが、倍賞訴訟などでは、法律と今までの事例を検証して判決するのではないので、短期間に瞬時に双方納得の賠償額が算定されることが期待されている??そうだ。
損害賠償などでは、類似の事例などから損害賠償額がAIを使って素早く算出るので、当事者も納得しやすく、裁判になる前に紛争が解決できる可能性があると指摘する人もいる。

しかし、ほかの裁判でそれを積極的に活用するには、慎重に検討をしていかないといけないだろう。
倍賞請求や不倫の慰謝料など表面的な法律による判定はできるが、深く両方の当事者に寄り添った判断が、AIにできるのだろうか。
SFのコンピューターに支配され、ロボット警察と刑事・民事の事件などの裁判が、人間の裁判官などでは心情が入り、偏重された判決が出されることがないので、公平だとされる、社会のようにならないだろうか。

ORD裁判では、ビッグデータを活用するので、判決データの公平性公正性を必要とされるので、今まで以上に公開する必要があると指摘されている。そこには判決に含まれるプライバシーや、営業秘密への配慮などの問題課題がある。その点の運用上の監視などをしておかないと、1984年のビッグブラザーのような、為政者に使われると、監視社会を作ってしまわないだろうか。
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外出を控えて家でリフレシュと呼吸法

コロナウイルス禍で、外出を控え生活リズムが狂いストレスを溜め込んでいる人も多いでしょう。ストレスを溜め込むと、身体に不調をきたし、集中力が低下し物事に対しての意欲も低下します。身心息の調和をとり調える瞑想して、リフレッシュする自律訓練をお勧めします。呼吸を調え静座から始めましょう。



コロナウイルス禍で、外出自粛要請や人が集まるイベントや行事などの中止や休止の要請なされたことにより。
外出を控える人が多くいる。それにより生活リズムが狂いストレスを溜め込んでいる人も多くいるようです。
ストレスを溜め込むと、身体に不調をきたし、集中力が低下し物事に対しての意欲も低下します。それにより、家庭に籠もってしまうことにより、家庭内暴力や虐待が増えることが心配されている。

家庭内のそれらの問題には、家に籠もることによって、個人にストレスが溜まり、精神的にバランスが崩れて、家庭内の問題が起きる。また、その人自身の精神的また身体的なバランスが崩れ病気になってしまう人も多く出てくる。
そのようにならないためにも、身心息の調和をとり調える瞑想して、リフレッシュする自律訓練をお勧めします。呼吸を調え静座から始めましょう。そして、その中で一番簡単なのは、まずは呼吸法を考えてみたく思う。
このブログにも、呼吸法と静座と坐禅などについて書いたが、もう一度過去の記事を読んで考えを纏めてみようと考えている
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これからの世の中の限界

2012年に1972年『成長の限界』を著した、ヨルダン・ランダースが『2052年 今後40年のグロバル予測』という本を著している。2020年の現在からみると30年後の世界です。
この本では、社会の持続可能性や資本主義の終焉や経済成長の限界、民主主義のあり方、世代間の調和、気候変動などについて問題点を提起し、今後、収入の激減する人々が増え、行政は小さな政府を目指し福祉が後退し、様々な面で、いたる所でオーバーシュートによる崩壊が起きると警告している。

そこには、人口と消費の問題、新自由主義の資本主義による摩擦と葛藤、エネルギー消費によるCO2の問題、食料事情の問題、水の問題、インターネットによる社会変化などについて、それらのこれから徐々に変化していくであろう、社会のあり方について詳しくのべている。

「成長の限界」後の「2052年」の30年後の世界へ移行するのには、徐々に変化していくものと私は考えていたが、この、このCOVID-19のパンデミック後の世の中は、それらのいくつかの課題や問題が、一挙に急激に一方向に舵が切られて変化してしまうことが、現実として起こりだす可能性が高まっている。

私は、学者でも研究者でもジャーナリストでも政治家でもないので、それらの詳しい情報はもっていなし、それらのソースすらない。また、分析法の技法も得手いないです。しかし、世の中の流れを注視していきたいと思っている。
私がワープロを使いだしたのが、34年ほど前、パソコンの表計算ソフトとMS-DOSを使い出したのが、31年ほど前、本格的にパソコンを使い出しパソコン通信をし出したのが、28年ほど前でD0Sパソコンで、電話回線でインターネットにつなげたのがその2年後で、ウインドーパソコンを使い出したのが25年ほど前だ。
しかし、ウインドーズパソコンになって、マウスでクリックするだけで操作できるようになって、パソコンの使いかたがわかりにくくなってしまった。また、しかし、携帯電話を持ち出したのは10年程前で、スマートフォンはまだ持っていな。
こんな状態だから、これからスマホを持っていないと生活できないような生活になっていきそうで非常に恐ろしく感じている。

できれば、現金で生活することを死ぬまでしたく思うが、それができるんだろうか、またこれから、感染症などの追跡をするために、外出時にはスマホ携帯を必須が条件になったりすれば、私は、どのようにすればよいだろうか。
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COVID-19禍後の世界

COVID-19のパンデミックにより世界の活動は凍結したかのように、人々の移動は制限されている。このパンデミックの氷山が溶けた後どのような世界になるだろうか。北極・南極の氷が融けて海水面が上がるように、世界は変わっていくだろう。
けっして、COVID-19パンデミック前と同じ世界にはならないだろう。AIとIT技術によりオンライン授業の導入に慎重だった大学がオンライン授業を導入を始めたところもある。また、日本では学校の学年始めを4月から9月に変更しようと声があるように、いままで議論は俎上になっていたが、その議論の進展は遅々として進んでいなかったが、このCOVID-19のパンデミックにより、熟議されなままにいろいろなものが急激に一転してしまう恐れがある。
このCOVID-19禍後の、世界はどう変わるだろうか。それが、良いように変わるか、それとも最悪の方向に変わるだろうか。
以前のこのブログで、監視社会や全体主義の方向に進む恐れがあると書いたが、それだけでなく、社会の制度自体や経済活動が、いまの新自由主義と株主中心資本主義とグローバル化の寡占化は格差の拡大をもたらしている。それらの今の問題とされてる点が改善される方向に進む、よりその問題点が深刻化する方向に進む方向に舵が切られるだろうか。

また、市民生活の面でみてみると、電車などは三密を窮めているので、パリでは自転車を利用する人が増えているという、そのため臨時の自転車専用レインが新しく整備されたり各福されたりしているという。さらにこのウイルス禍が終息しても、自転車レーンを臨時ではなく恒久的なものするのがよいという考えの人もいるようです。電車・バスでの通勤でなく自転車や電動キックボードでの通勤する人が定着していくこともありうるだろう。

上下水や電気やガスなどのインフラを供給するための制御をする人や維持する人が、感染症にかかり出勤禁止になれば、それらのインフラの混乱が起きる恐れがある。また、今後日本など先進国では少子化での人口減少が進み、インフラの供給維持するための働き手不足になる恐れがあるために、それらの様々なインフラシステムの操業を、人間の操作がすべきものまでが、AIとIT制御させてしまうようになることもあり得るだろう。
鉄道などは、新交通システムと呼ばれるものは、車掌はもちろん運転手も乗務せず中央制御室のコンピュータが路線の全車両の運行を制御している。そしてこの技術は既存の電車にも応用されていく。JR東日本のリニア中央新幹線は、すべてが中央のコントロール室で制御されるようだ。そのようなことが、バスやタクシーにも自動運転自動車に応用されて、無人バス無人タクシーが街中を走る世の中になるかもしれない。

COVID-19の封じ込め対策は万全にしなければならないが、これからのCOVID-19のパンデミック禍後の世界を心しておかなければならないだろう。
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感染拡大を激甚災害に指定してよいか

感染拡大を激甚災害に指定し失業給付の特例をしたらどうかと、一部の弁護士が提言している。
災害時の復興支援を続けてきた弁護士のなかに、コロナウイルスの影響で休業を余儀なくされた企業の雇用を守る、対策として感染拡大を「激甚災害」に指定して「失業給付の特例」を活用すべきだと主張する人がいる。
つまり、感染拡大を災害対策基本法の災害に認定するなど、弾力的な運用が必要だとする。確かに一理あると思うがそれに対して安易に同調することは危険が潜んでいる。
激甚災害の指定については、NHKのニュースで、内閣府の災害担当は次のように述べている。「法律が伊勢湾台風をきっかけにできた経緯を考えれば、法律の念頭にあるのは「自然災害」であり「感染症」は当たらない。すでに新型インフルエンザの特別措置法が、新型コロナウイルスも適用できるよう整備されている。すでに整備されている感染症に関する法体系の中で対応するのが適切で大切だ」。と指摘している。また、「COVID-19を、激甚災害に指定するためには、土木施設や農地などの復旧にかかる費用を基に定めているので、現在の指定基準についても見直す必要がある」。とも述べている。
たしかに、COVID-19禍で、休業中の企業で働いていた労働者の賃金が不払いになって、問題が深刻化してきている。そこで、企業支援に自然災害での法律を、感染症のCOVID-19は自然災害と同じだとして、この法律を得んようして企業支援に使うことは許されるだろうか。

COVID-19禍による様々な対策が迅速にするためとして、既存の法律の解釈をねじ曲げて運用することは、法の下での民主主義を根幹から破壊することになる恐れがある。
そうではなく臨時の時限立法での特別措置法や、既存の法律で対策を講じるなら、特別時限の条文追加や付則などを付け加えてするべきだと思う。
緊急事態だからと超法規的措置として、なし崩しに様々な対策をする事は許されない。このような時こそ法の順守をして工夫と連帯とで協力していくべきです。そのようなことをしたら、時間がかかるという理由で緊急事態だといって、既存法をねじ曲げて解釈して運用するのは非常に危険です。

法律をねじ曲げて適用することは、時として必要だという人がいる、私はその主張に分らなくもないが、平時のときに、民主的考えの正常な人が運用を指揮するなら、たしかに問題はあまり起きないだろう。
しかし、そうではなく、悪意を持っていたり異常な考えを持っている人ならどだろう。法律をねじ曲げることに正当性を与えてしまうと、その為政者はこれは便利なツールだとして、捻じ曲げ解釈を連発して、法秩序を崩壊させてしまい、全体主義の道に進んでしまう恐れがある。
このような時こそしっかりと皆で知恵を出し合って、議論をして政権の行おうとすることをしっかりと監視していくべきです。
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コロナ後の世界

この新型コロナウイルス(COVI-19)のパンディミックの危機を、人類は乗り越えられるか。

答えは、乗り越えられると断言できるだろう。
しかし、最悪の事態は人類の絶滅か、もしくは人口の大激減で地球上の人口が半減以下になる。

今までに人類にウイルスでみると、今の第一波のパンディミックを収束させて沈静化するか、インフルエンザのように、毎年定期的に少数の感染確認がされる状態で落ち着いている。14世紀にヨーロッパで流行したペストは10年ほど感染の何を繰りえ返し。ユーラシア大陸全域に広がり、2億人が死んだとともされる。あるいは、100年前のスペイン風邪(原因ウイルスはA/H1N1亜型)のように第1波よりも、翌年の第2派の方がはるかに多くの犠牲者を出し、その後に封じ込めに成功し収束している。スペイン風邪の場合は第一次世界大戦のさなかだったので、第2派の感染が大きくなったのだろうと思う。今の感染予防の医療や衛生技術では、第一波より第二派の方が大きくなることは、先進国ではその可能性は低いと思う。(私は医療にも感染症のことについても素人です) 
ただ、アフリカなどの衛生や医療や水などのインフラなどが未整備の地域では、第二派の方が大きくなる可能性も否定できないだろう。そのために、このCOVID-19を押さえ込むには、全世界が連帯して取り組む必要がある。

しかし、このCOVI-19のパンディミックをどのような状態で封じ込め押せえ込みに成功するかです。分断・分裂で孤立して押さえ込むのか、連帯し協調・協力してかにより大きく変わってくるだろう。

一番理想的なのは、世界の国々がお互いの利害を乗り越えて、情報の共有と連帯をして協力し合って、ウイルスとの戦いに勝つことです。しかし、今の国際社会の状況をみていると、情報の共有はされているが、連帯については一部しか行なわれず、逆に自国に感染の波が襲ってこないように、極端な自国第一主義をとり世界で分断・分裂が見られたり、相手国が悪いと主張することが見られるようでは、連帯して乗り越えるのはほど遠いかもしらない。

それはともかく、楽観的に見て世界は連帯して、COVID-19後の世界はウイルスの封じ込めで世界が連帯した経験を生かして、その後も世界の各国はその後も多方面で連帯をし、さまざまな地球や人類の存亡の課題に取り組む世の中になるかもしれない。
しかし、逆に世界が分断・分裂されたの中でウイルスを乗り越えたときは、ジョージ・オーウェルの小説「一九八四年」の世界のようになってしまう恐れが高いです。

また、国家間の視点ではなく、市民の日常の生活を見ていくとこの、ウイルス禍後の世の中はどのようになっているだろうか。
いま、都市の封鎖や外出の自粛 マイホームステイが推奨されて、働き方ではAI・IT技術によるテレワークが一挙にすすめれれている。また、ドライブスルーやテイクアウトなどの商品の販売や、通販での商品の販売などがされている。医療現場でもオンライン診療などが実際現場で広がっている。これらの新しい技術や仕事の仕方や商売のしかたは、この先の未来はいずれはそちらの方に徐々に移行していくはずだったが、このコロナ禍によりそれが一挙に以降して変わっていく恐れがある。
恐れがあると書いたがそれは、楽観的もので実際はそちらの方に完全にシフトしてしまうだろう。
そうなれば、どうなるか。それについて行けない多くの人が取り残されてしまうことになる。新しいものにはほとんどの人が慎重になりなかなか進まないのだが、一度どれに触れるともとの生活に後戻りをする人がいるだろうか、いやいるかいないかよりも後戻したくても、その流れがいったん出来上がるとりで後戻りできるだろうか。
私たちの生活様式ががらりと変わってしまう恐れがある。

また、今回のウイルス感染が広がるのを防ぐために、スマートフォンに搭載された様々な技術と位置情報を駆使して、その人の健康状態を把握して、位置情報を使ってその人がどのような動態をし誰と合ったり逢ったりしたかを分析して、その人本人に周囲に感染者がどれだけいるかを知らせ警告を発したり、その人の行動自体を制限するようなことがなされていると聞きます。
このようなアプリを中国や韓国などでは強制だそうです。韓国では、2015年のMERSウイルス感染の教訓として、特別法が作られ、そのような緊急時には毎日体温と血圧を報告が義務づけられている。それを今回のCOVIー19に適用して行われていると聞きます。
また、ドイツでも同じようなアプリを使っての、COVIー19に感染した人を知らせるシステムを導入すると聞くが、このアプリのデータは中央に一括保存されるのではなく、各自のスマホに分散して保存されること、スマホにアプリをインストールするかしないかは、スマホの持ち主の自由に任せると聞きます。また、オーストラリアでも同じように濃厚接触者と近くにいるかいないかなどが判るアプリを導入するようで、こちらも利用するかしない化は自由だが、正確に機能するには40%以上の人が利用しないと効果がないともいいます。また、集まったデータは一定期間がすぎると消去されるそうです。
このようなアプリは使い方によっては、国民を監視する道具としてもつかえるので、使い方とその運用をする機関とデータの保存のされかたは、公明で公開されれデータを収集される方は、自分のデータについてのアクセス権は必要でしょう。また、感染ウイルス対策のために使うのだから、その運用は保健機関などがすべきで、公安や警察などがおこなうげきでないでしょう。日本では、毎日のジョギングしているときの血圧や心拍や体温などの身体のデータを、サーバーに送り健康状態のアドバイスが得られるアプリがあるときく。また、このようなデータをオンライン診療にも使われている。今回のCOVID-19での特定の地域の人出の様子を携帯通信会社が、各繁華街などの人の密集度合を調べ、それがニュースなどで流れている。それを考えるといま直ぐにでも、韓国のようなスマートホンでのCOVID-19管理の運用は簡単にできるだろう。

いまのこのウイルスの緊急事態状況なので特例としてそれは認められるかもしれないだろう。しかいし平時でこのようなことが行なわれることは許されれるだろうか。また、このようなシステムは統治者や公安にとっては、市民の動きを把握し監視するのに非常に便利なツールと為り得るので、いつなんどき心悪き人が政権の座についたら使いたいと思うだろう。
いまのこのウイルス禍の非常時だからそれは許されても、平時には許されるものではないが、このウイルス禍が収束したあとは速やかにこれらのシステムが使われることなく、封印するか停止されるべきです。そうしないと恐ろしい監視の世の中になってしい、オーウェルの一九八四年のビッグブラザーが統治する世界になるだろう。
それは、危機である緊急事態のときに、これしかないとして決められる政治という、独裁的全体主義の道を選ぶのか、平時にはなかなか決められなくもどかしくても、民主主義が機能する道を選ぶのか。いま世界はどちらの道を選ぶのか問われているのではないだろうか。
行動の自由が制限される不条理を押さえ込むことは、緊急事態の状態の時こそ、その運用の公平性と透明性を市民は不正に運用されいか、人権が侵されていないかを監視して行かなければならないです。そうしないと知らないうちにビッグブラザーズの国のようになってします。

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人類とウイルスとの付き合い

人類の歴史は戦争の歴史とも言われるが、有史以前から見ると、病原菌・細菌・ウイルスとの戦いの歴史とも言える。
ウイルスとの戦争という表現に対し好ましくないと言う人がいるが、ではどのような表現をすればいいだろうか。

わたしたちホモサピエンスが誕生してから、今まで様々な病原菌がわたしたちを悩ましてきた。
思いつくままにあげると、コレラ ペスト 結核 はしか ポリオ ジフテリア 百日ぜき 破傷風 マラリア 赤痢 ウイルス性肝炎などなどです。そして、ここ2000年以降のウイルスをみると、エボラ出血熱、HIV、インフルエンザ、サーズなどなどがある。

それらのウイルスの中には、感染しても発症しない人が多くいウイルスもあれば、すぐに感染して発症するものもあれば、感染すると非常に高い割合で死に至るものもある。また、インフルエンザのように飛沫感染で近くで話したりすることにより、感染してしてしまうものもある。また肝炎ウイルスのように血液を介して感染するものもある。

いま問題になっているCOVID-19は、感染しても軽傷であったり発症しないと言われ、サイレントウイルスと呼ばれるたり、目に見えないウイルスとして、ステルスウイルスと呼ばれ、これが知らない間に感染を広げてしまうので恐れられている。保菌者が発症していないので自覚がなく、多くの人に移してしますことになる。
そのため、都市封鎖は外出制限や外出の自粛が取られのだが、自分は症状が出ていないので感染していないから、外出するのは間違っていることになる。

連休のさなかだが、その点を考えてこの行動の自由を奪う不条理とどう受け入れ戦うかをよく考えるべきだ。
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禁断のIT・AT・科学技術

科学技術の革新が進み、新しい発見と発達をしている。そのなかで、原子爆弾のようなパンドラの箱をあけてしまうようなものもある。それに対してどうあるべきか。まずは科学者そしてそれを実用化させる技術者、そしてそれを使う企業や軍人、そしてそれを利用してさらに社会役に立つように制度を作る政治家がいる。
それらの人は、どのような心構えでいるべきだろうか。

・科学者としての責任感と科学探究への欲望と社会貢献と倫理観
・技術者としての責任感と技術開発への欲望と社会貢献と倫理観
・商業者としての責任感と利益追求への欲望と社会貢献と倫理観
・政治家としての責任感と統治への欲望と政治信条追求への欲望と社会貢献と倫理観
・軍士官としての責任感と軍事力への欲望と軍隊の社会貢献と倫理観

この問題で一番わかりやすいのが、兵器開発でその中でも核兵器と言えるだろう。
しかし、兵器以外でも遺伝子組み換えや、スーパーコンピュータの演算速度を上げることや、人工知能の開発で自律型学習型人工知能での開発にもいえるだろう。

これらの人がパンドラの箱をあけるような、暴走を防ぐには、それぞれの科学者や技術者や商人や政治家や軍人の性善説の倫理観にまかせていては、暴走をとめられない。
そのためには、予防原則という考えを取り入れる必要がある。予防原則とは「一般公衆の健康や環境や安全などに、悪影響を与える可能性がある問題について、それを警告するものには立証責任はなく、それを実施しようとする者に全責任を負う」。
また、私は理論を打ち立てただけだとか、私が開発下だけだ、それを使い実行していないとして、その責任を逃れようとするのは許されるだろうか。

いままでいろいろなものが発明され開発され技術が進歩してきている。核爆弾のように、技術が一端出来上がると、その技術は広まり始める。核爆弾をみるとアメリカは第二次世界大戦の時に、ドイツが核爆弾を開発するのではと、各開発を国全体を挙げて進めた。そその後ソ連が開発に成功し、イギリス、フランスも開発を成し遂げ、次いで中国と続き、今ではインド、パキスタンが核を保有し、北朝鮮も開発に成功している。このほかイスラエルも核爆弾を持っているといわれている。さらに日本はすぐにでも核爆弾をもてる技術があるとされている。
このように一端出来上がると広がってしまうものです。もっと身近なものでいうと、今までなかった家電製品が一つのメーカーが出すと、しばらくすると多くのメーカーが同じような製品を市場に出すようになる。
それが民生の家電製品ならよいが、原爆のように私たち人類の未来の明暗を左右するものもある。

遺伝子編集や、AI技術などの人工知能やロボット技術また、インターネットやスマートフォンなどのITの情報技術革命などの技術であるが、それらはウイルスの拡散が止められないように、一度わたしたちが手に入れ使い出すと、一挙に広がりだし止めどもなく広がてしまう。
そして、その中の多く
様々な禁断の技術があり、現代社会はそれを抱えている。それに対して私たちはどれだけ向き合っているだろうか。いや向き合っているというより、それぞれの様々な禁断の技術の問題にについての情報を知っているだろうか。

私たちの食卓にならぶ、牛肉の牛がどのように育てられ、どれほど飼育され屠畜されているかを教えられず、気にしないように、スターバックスで飲むコーヒーの味だけを楽しみ、そのコーヒーが何処でどのように栽培されているのかを知らないで気にもとめないように。今の、禁断の技術が日夜研究開発されていることも知らないでいる。
それと同じように、禁断の技術はわたしたち一般の人々にはあまり目に触れることがなく、その技術の研究・開発が進められている。
牛肉やコーヒーは日頃は問題意識を持つことはないが、それでも比較的身近な問題で想像しやすいものです。しかし、自分たちの生活のなかに溶け込んでしまっている、IT技術やAI技術が融合したスマートフォンについて、便利だからどんどん進化していてよいと思ってよいのだろうか。
今度のコロナ禍で、中国や韓国ではスマートフォンで、毎日体温の情報や健康に関する問診の送信を義務づけられ、その人の位置情報を利用して、自分の周辺にどのような健康状態の人がどれぐらいいるかを表示するサービスも提供されているという。
確かに健康に対して気をつかえ安心できるアプリソフトだが、これを利用すれば国民の監視にも使えるようになる。このれからこのような技術がますますこれを期に進むのではないかと思う。
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英国議会でテレビ会議の導入

NHKの海外のテレビ局のニュースを見ていると、BBCがイギリスの議会で、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、700年の歴史で初めてテレビ会議の形式による審議を導入されたと報じていた。
議員が自宅などから質問し、療養中のジョンソン首相に代わってラーブ外相が答弁をしたと伝えている。

英国議会の様子がこれまでテレビで流される議場の様子は、隙間なく議員が座って審議に参加している様子だった。それが、議場に入れるのは50人までに限定され、その他の議員は120人がテレビ会議システムを使って参加することになった。そのため議場では議員が間隔を空けてチラホラいるだけです。英国議会も日本と同じく、議員からの激しいヤジが飛び交うが、静かな議場になったと報じている。

日本でも、このようにテレビ会議システムを使った、委員会や議会が開かれるようになるかもしれないが、やはりヤジが飛び交わない静かな質疑応答がなされるだろう。
それはよいことだろうかそれともマイナスになるだろうか、ヤジは議会の華と言う人もいるが、たしかに質の高いヤジは、審議を活発にするものだが、なかには、みだりに発言したり騒いだりして他人の発言をさまたげてしまうような、悪質なヤジもある。また、テレビ会議ではその会議場に居ないので、その場の空気がわからないので、ヤジも飛ばすにも飛ばせないだろう。

日本人は空気を読むことに長けてそれに従がってしまうと言われるが、テレビ会議では空気も読めないので自分の意見を素直に云うことができるかもしれない。反面に、持ち回り会議ではその議題の趣意書のコメントを付けずにただハンコを押すだけで次に廻される会議も多いようです。そのように質疑と答弁だけの沈黙サイレントの議会になってしまう恐れがある。
テレビ会議は、空気が読みないので、お互いに率直な意見が交わされ、議会が躍り熟議されるようになってほしいものです。
さてこれからの、テレビ会議と民主主義の在り方が試されることになるでしょう。
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生命の大絶滅

宇宙が誕生して128億年たつと言われ、太陽系が誕生したのは今から46億年前と言われている。そして地球上に生命が誕生したのが、38億年まえ。それから今までに5度の生命の代絶滅が起きたと言われている。人類の祖先である猿人が現れたが700年前と言われ。多くの種類の猿人が進化して、猿人から原人へそして旧人へと多くの種が誕生しては消えていっている。さらに新人へと進化していき。そして、私たちホモサピエンスがアフリカの中部の東側に現れたのが20万年前。さらに5万年前ごろにアフリカの地から旅立ち、中東からアジア、ヨーロッパにに広がり、ユーラシア大陸全域からオーストラリア、オセアニアと広がる。氷河期にユーラシア大陸とアメリカ大陸が陸続きの、ベーリング陸橋から北アメリカ大陸へ渡り南アメリカ大陸と広がっていった。しかし、他の人類はいまは絶滅してしまっていない。アフリカを旅立った、5万年前ごろから人類は、言語を持ち知能を発達させ、しだいに文明を培ってきたと見ていいだろう。
しかし、地球に生命が誕生してから、生命が何度も絶滅しては現れるのを繰り返してきている。ホモサピエンスは生命の頂点に立っているといると言われるが、私たち人間もその文明の興亡が幾度も繰り返され、文明の破綻が繰り返しおそってきている。そして現在もいままで文明の興亡があったように、現代の科学技術の進歩と、あくなき欲望の追求を続けていくと、これからの数十年以内に、壊滅的なまた後戻りできない絶滅的な破綻が起きるおそれがあるだろう。

ウイリアム・H・マクニールは、「マクニール世界史講義」ちくま学芸文庫のおさめられている、「人間のの営みにおける統制と破綻」のなかで次のようなことを書いている。
「文明が誕生して以来、人々が何を経験してきたかを私たちに教えてる解読可能な記録を見ると、破綻は頻繁に、絶え間なく起きています。飢饉、伝染病、戦争、そのどれか一つにでも見舞われれば、一定の期間、文明社会のほとんどすべての人々に影響が及びました。現在では、高度な技能を駆使できるにもかかわらず、こういった破綻のいずれか、あるいはいくつかと誰も無縁にはくらせないでしょう」。そして、マクニールはさらに続けます「破綻のリスクこそが人間が置かれた環境の隠れた一面であることを認識すべきなのかもしれません。自然の均衡を変化させ、集団的な取り組みや道具の利用によって地球の表面を変えられる代償ともいえるでしょう」。


過去地球で起きた5回の大量絶滅はどのようなものか概観をみると次のようになるだろう。、
・4億4300万年前のオルドビス紀の終わりに、86%の海洋生物が地球上から姿を消した。
・3億6000万年前のデボン紀の終わりに、全生物の75%が絶滅。
・2億5000万年前のペルム紀の終わりに、生物の96%が消滅。
・2億100万年前の三畳紀の終わりに、全生物の80%が姿を消す。
・6500万年前の白亜紀の終わりに、恐竜やアンモナイトなど76%の生物が死に絶えた。
あと、1万年前の、更新世の氷河期の終わりに巨大動物の絶滅

そしてこれらの大量絶滅の原因は、火山の噴火や気候変動などの天災が原因と考えられている。そして、白亜紀の終わりの、恐竜の大量絶滅の原因は一つの巨大隕石の衝突であることがわかってきた。この巨大隕石の衝突はその、粉塵が地表全体を覆い日照不足による寒冷化による気象環境を一変させたと考えられている。
大量絶滅で生物種の8割が絶滅した惨禍の後、生態系は2~3年後には新しい種が生まれ復活したとみられている。常に生物は進化してきている。海洋の無脊椎生物が脊椎動物に変わっていき、海洋生物は陸に進出して、両生類が生まれ爬虫類が現れ、哺乳類が現れ類人猿があらわれ人類が誕生している。
また、ホモサピエンスが現れてから、18万年ほど経った、1万年前の氷河期の終わりの大型哺乳類の絶滅は、気候変動に加えて最新の研究では、ホモサピエンスである人類による狩猟採の影響と考えられるようになってきている。
それ以降の地球上の生物種の絶滅は、地球の気候変動などよりも一生物種である、ホモサピエンスすなわち人間の
活動によるものだと考えられ、過去400年間に哺乳類や鳥類、両生類、爬虫類が絶滅をみると、人間である人類ホモサピエンスの活動によるものがほとんどのようです。
両生類は40%が絶滅しかけ、針葉樹が34%、サンゴ礁が33%、サメやエイなどの軟骨魚類が31%、哺乳類が25%、鳥類が14%、無脊椎動物では甲殻類の27%、昆虫の数も激減してる。
現在、これからの宇宙船地球号の乗員である、さまざまな生命は、現在知られている種の4分の1が絶滅の危機に瀕していると言われている。

ホモサピエンスである我々た人間は、肉食や草食性だけでなく、一つの固有種を食べるのではなく雑食性にあった。それによりいままで、人類は病原菌やウイルスのよる疫病との戦いだった。そしてその脅威を乗り越えることができた。今まで他の種を絶滅させていった人類が絶滅するようなことはなく、このCOVID-19も、時間がかかるだろうが乗り切ることができるだろう。

しかし、まずは
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
遠くの異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱忌、唐の禄山、これらは皆、旧主先皇の政にも従はず、楽しみを極め、諫めをも思ひ入れず、天下の乱れんことを悟らずして、民間の愁ふるところを知らざつしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。
近く本朝をうかがふに、承平の将門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、これらはおごれる心もたけきことも、皆とりどりにこそありしかども、間近くは六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま、伝え承るこそ、心も詞も及ばれね。」
このCOVID-19を、前輪の轍として、人間のいままでの驕りを誡めるものとできるだろうか。
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からだの動かす方法

私は毎日朝起きると、ベッドの整理をし、食器の水切りカゴから食後洗っておいた食器を水屋にしまう。
その次にすることは、からだを動かすことです。
からだを動かすのは、床に足を延ばして腰を下ろしたり、胡坐になり体を動かす。
その後、中国の気功体操である練功十八法の前段・後段、それと練功十八法続集の益気功をする。
その後、雨が降っていなければ、歩いて20分程のところにある公園に行き、二十四式太極拳をする。
その後、家に帰り食事をしています。

このコロナで外出を控えているんで、調度よい機会として、健身気功でして覚えようと思っている。
・八段錦 ・五禽戯 ・易筋経 ・六字訣 をマスターしようと思う。
また、導引養生功十二法 と 馬王推導述 もマスターしてみようと思う

ほかに、立て系動作法体操 臥位式動作法体操を考えてやってみようと思う。

また、最も重要なこととして、呼吸法としての、立位での呼吸法と静坐での呼吸法と臥位での呼吸法も考えてみようと思う。
からだを動かす場合は、そのからだのと自問して行えばよいです。
しかし、ただ呼吸を腹式で深く永く無心ですることは、からだを動かすよりも難しい。
ただ何も考えずに無心に空に呼吸を調えようすれば、そのうちにいろいろな雑念が忍び寄ってくるからです。
静坐して深く呼吸を調え、吐いて、吸うのを繰り返していると、この後に何をしようか、昼に何をたべようかと、いまあの人は何をしているのか、会いたいなとか、喋りたいとか一緒に何かしたいとかを考える。他にも善いことをしてみたいと思ったり、なにか悪いことをしてみようと思ったりする。と、いろいろな雑念がふつふつと湧いてくるが、それに蓋をして抑えなくてはならないです。
考えれば、静坐して呼吸を調えることが一番難しいのだろう。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 100年前の教訓
    竹林泉水 (05/09)
    コメントありがとうございます
  • 100年前の教訓
    レインボー (05/09)
    初めてコメントします。

    100年前のスペイン風邪が流行ですが、与謝野晶子の指摘、感心しました。
    ご指摘のとおり、100年前と同じことが繰り返されているとは、驚きました
  • 東京五輪の延期は
    竹林泉水 (03/27)
    オリンピックの開催はようやく、1年程度の延期との結論がでました。
    ただ、政府は新型コロナウイルスの封じ込めにどこまで、本気でいるのかヨーロッパやアメリカや韓国など
  • 東京五輪の延期は
    アジシオ次郎 (03/25)
     おはようございます。

     東京オリンピック・パラリンピックは1年延期となったわけだが、新型コロナウイルスという道の猛威には勝てなかったというか、この状況で予定通
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    竹林泉水 (02/20)
    「桜を見る会」などを棚上げすれば、モリカケのようにうやむやにされ、日本の行政がますますゆがめれれていく。
    コロナウイルスの対処は別問題では?
    一所にすれば、両方と
  • 「無意味だ」ヤジについて思う
    幽村芳春 (02/19)
    「桜を見る会」の論戦はいったん棚上げにして、今国会ではコロナウィルスなどの防疫問題を論議してほしいと思います。
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    竹林泉水 (02/07)
    コメントありがとうございます。
    五観の偈をとなえて食事をなさっておられるのですか。 頭がさがります。

    企業活動や時の政権も、この「五観の偈」を、政治や商売に置き
  • 昨日の続きである、「カラクテール」から
    幽村芳春 (02/03)
    私も必ず「五観の偈」を唱えてから食事をいただいています。実際に唱えると五観の偈の意味がよくわかります。
  • 津久井やまゆり園の裁判
    竹林泉水 (01/15)
    こちらこそ 今年もよろしくお願いします。

    やまゆり園の裁判で、被告が突然暴れ出したとニュースされたとき、詳しいことが報道されなかったので、よく分からなかったです
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