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国政選挙と改憲投票

安倍首相は憲法を2020年に改正する、9条に3項を設けて自衛隊を明記すると語り、またテレビ番組で「衆院選、参院選と国民投票を別途にやることが合理的かどうか」ともかたっています。これらを受けて自民党内では、来年12月に任期が切れる衆議院議員の選挙と一緒に国民投票を実施する案が出てきている。それには、逆算すると党内で改憲原案を年内にまとめ、国会で他党との協議して来年の夏に国会としての発議する。
それで、来年12月に任期が切れる衆議院議員の選挙と一緒に国民投票を実施する案が浮上している。
憲法改正の国民投票法では、国会の発議から起算して60日以後180日以内実施するよう定められている。となると、国会発議を8月として、12月投票となると国民の間でぎろんされるのが、4ヵ月ほどしかないわけです。私は国民投票法の180日も短いのでさらに短くなるわけです。

短絡的に考えると、国政選挙と憲法改正の国民投票を同時に実施するのは、国政選挙の投票率を上げることになり、選挙経費の節約にもなるのでよいのではとも思えます。しかし、問題はそう簡単ではないと私は考える。

一つは、憲法をどのように変えるのか、自民党は2012年に自民党憲法案を発表しています。それがそのまま国会に、上程されるされることはないだろうが、どこをどのように変えるのか、複数条を一括して国民投票に掛けるのか、複数条を逐条で国民投票に掛けるのか、また、複数回にわたって国民の議論を経て国民投票に掛けるのか。国民生活の大きく関わってくる憲法となら、短絡的に拙速に国民に問うようなことをしてはならないです。

二つ目は、第一次安倍政権の2006年の>国民投票法の衆院審議では、提出者である自民党議員が「有権者の混乱を引き起こしかねないとういう観点から、同時実施は想定していない」と明言し、同日実施はしないという与野党の共通認識であるはずです。そのときの国会での積み重ねてきた審議を軽んじることは、議会制民主主義を軽視することで許されないことです。もともこのことを言っても馬の耳に念仏で、第二次安倍政権以降の聞く耳を持たない、強権政権には何ともおもわないだろう。

三つ目は、国会議員を選ぶ選挙と憲法改正の国民投票の違いがあることです。議員を選ぶ選挙運動には公職選挙法で厳しい規制がある。しかし、国民投票運動には多くの国民が自らの考えで憲法のついて考える観点から、表現の自由や政治活動の自由を配慮して、公職選挙の時のような規制は原則ない。そのように大きく違うルールの二つの運動が同時に展開されれば、混乱が起きることは目に見えている。選挙運動で憲法論議や運動をすれば、公職選挙法に触れかねない。また、憲法改正の国民投票には費用もビラ、ポスターの配布も、宣伝カーの台数も制限がなく、戸別訪問も認められている。一方選挙運動は、費用もビラもポスターも制限され、戸別訪問も買収も禁止されている。選挙立候補者が改正案に反対の運動をしら、公職選挙法違反位なりかねないでしょう。

四つ目は、安倍首相らが同日実施をめざす背景には、選挙と国民投票を一体化することによって、憲法改正への賛成機運を押し上げる思惑が見え隠れすることです。しかも、国民の間で議論を深める時間短くすれば、なおさら改正への賛成が押し上がるでしょう。国政選挙では与野党が選挙戦で論戦をししあって政権選択を問う衆院選ならそれでよいでしょう。しかし、憲法は国の最高法規です。政党や国民の間で時間を掛けて多くの議論をして、選挙戦のような熱戦のなかでなく、冷静な議論を通して国民の合意形成をつくりあげていいくべきです。
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最近のニュースなどから

 レインボーベーグルというのが、ニューヨークで、あか・き・みどり・むらさき、などの色粉をベーグル生地に混ぜ、それぞれの生地を重ねてこねてマーブル状にしたベーグルです。見た目はカラフル過ぎハレーションを起こしています。私には毒々しくとても食欲をそそるものではないです。昆虫の世界では、毒を持った昆虫には、派手な色肌をした虫が多いそうです、自分は毒を持っていると天敵に示していると考えられています。また、毒を持っていない虫にもその姿を倣っている虫もいる。
 キノコなどでも派手な色が着いているのは毒キノコといわれている、そのため本来人も派手な色の食べ物には警戒心を持ってまると言われています。しかし、いま日本でもそのレインボーベーグルの写真がSNSで拡散し、大変な人気だといわれています。一つ心配なのは人が色に対して本来持っている動物的な警戒感が失われてかないか心配です。

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 大型書店での本のタワー積の写真が拡散しているという。
 同じ本を10冊ほどタワー状に積み上げ、中には人丈以上の高さに積むこともあるそうです。その積み上げた本が全部売れるならよいが、売れ残った本はどうなるのでしょうか、書店が買い取ってしまうならよいですが、本には再販制度があるので、出版社が引き取ることになるでしょう。
 出版社は売れ残った本は在庫しておくと、税金がつくとききます。そうなると必要以上の在庫本は裁断処理されることになります。非常に無駄なことです。

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 北朝鮮の小型偵察無人機が、韓国こくないで墜落しているのが見つかりニュースになっている。韓国のテレビニュースみると、飛行機のエンジンはラジコン模型飛行機のエンジンのようで、搭載されたカメラも日本メーカーのデジタルカメラなどです。
 模型飛行機マニアのラジコン飛行機なら電波が届く距離は数百メートルぐらいだと思いますが、偵察飛行機となると少なくとも数十キロや百キロ以上の操作が可能なのでしょう。
もっとも、北朝鮮の偵察飛行機の韓国内への飛行は、は停戦協定違反になります。しかし、北朝鮮の言い分はアメリカは北朝鮮の遙か上空の宇宙からいつも偵察しているではないかと言いたいでしょう。

それはとかく、韓国のテレビニュースで見た、偵察機はラジコン飛行機マニアなら誰でも作れそうなものでした。いまならドローンなどもあるので、素人でも北朝鮮の偵察機より性能がよいのが作れそうです。

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フランス大統領選で、メディアとフェークニュースなどのが問題になっています。これはフランスだけでなくアメリカ大統領選でも同じようです。このようなことは、日本のSNSや2チャンネルなどを見ていくと、同じような事が起きるでしょう。特に最近安部首相がよくいう「印象操作」をメディアに圧力をかけることに厭わない人たちは、今後、選挙や改憲論議に好んで使ってくるかもしれないです。私たちはこれから心してニュースなどから読み解いていかないといけないでしょう。


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 自民党議員の豊田真由子衆議院議員は、政策事務所の職員に対し暴言や叩くなどの暴力を振るったりしたことが、公になり自民党を離党した。NHKのニュースで自動車の運転中と思われる時のやりとりが放送された。その様子をきいて豊田議員の聞くに堪えない感情的な罵声を聞くと、国民の代表者としての資質や自覚があるのだろうかと感じる。野党は国民を冒涜していると問題視し、離党ではなく議員辞職すべきだとし。自民党は離党したので解決されたとし、都議選や政権運営に問題はないとしている。
ところでこの豊田議員は安倍チルドレンの一年生議員だろうか、いやいや官僚出身のベテラン議員のよだ、しかしひどいぼうげんです。
ところで、世襲議員がよいとは言わないが数期務めている古参議員や、親から選挙区を引き継いだ議員なら、このような罵詈雑言などは致命的なことになるこ学んだり知らされているだろう。トップダウンの一本釣りで候補者になり当選した一年生議員なら、そのようなことに対しての自覚がないので、議員としての心得が欠け無いのでしょう。しかし、これが古参議員や世襲議員だったらお話にならないです。

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 ついでに、豊田議員が一年生議員だとして、最近の選挙で思ったこと。
日本では最近、地方自治で選挙では、首長が政治塾をつくりそこから議会に自分の配下をつくるため、選挙立候補者を立てて当選させようとすることが広がっている。国政では小泉政権の時のときには、郵政改革に反対する議員に対立候補の刺客を送り、小泉チルドレンという新人議員を当選させている。大阪では橋下知事が維新の会を作って、議会に配下となる議員を当選させている。また、東京都でも小池知事が都民ファーストという地方政党をつくり、都議会に配下となる議員を当選させ議会を牛耳ろうとしている。地方自治の首長は国政の首相と違い、はるかに大きい権限を持っています。そのようななか、議会を首長のいうことを聞く多く議員をつくり、反対者は少数にして地方自治の運営をするのは、民主主義地方自治の精神に反するのではないか。首長の施政の方針を議会と議論し合うのが筋で、自分の考えの従う人を議会で固めて施政を行なうのは、中国や北朝鮮と同じようになってしまいかねないです。
日本のいやフランスなどの民主主義の先進国といわれる国でも、このような議員が増える心配が高まっているようです。世襲議員による既得権を大事にする政治は問題だが、大阪は東京のように首長が議員を配下におき議会を牛耳ると、少数意見を無視するようなことにもなりかねず、民主主義として問題です。さらに、その一年生議員は始めて議員になり、自分は選ばれたのだから特別だと勘違いし、権力者だと思い違いをし、住民国民の代表者であることを忘れ、驕り高ぶる人も出てこないとも限らないです。
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しあわせ

手と手を合わせて、皺を合わせて「しあわせ」「幸せ」という広告のキャッチフレーズがありました。

自分の手と手を合わせると、一人で幸せ、ヒイフウミイヨウの「ひしあわせ」となります。「ひ」は「被」ですが「非」にはならないようにしたいものです。
人と向い合せになり、相手の手と手を合わせると、二つの幸せで、「ふしあわせ」となる。この「ふ」は、二つの幸せが周布される「布」や、富貴の「富」なればよいですが、「負」「不」にはならないようにしたです。

いまの安倍政権をみていると近い人と手と手をあせて、その人ばかりが優遇されれ幸せになり、それ以外の人は負け組になり不幸せになりかねないです。
決められる政治とかこれしかないいいながら、共謀罪法で委員会での決議の途中を取っ払って、本会議で直接採決する「中間報告」という手法で成立を急いだ強引な国会運営や、「森友」「加計」の不誠実な答弁は、安倍首相じしんが「真摯に説明責任を果たしていく。国民から信頼が得られるよう丁寧に説明する努力を積み重ねていく」と語る言葉を聞くたびに。白々しさ、空々しさがますばかりで、どこからその言葉が出て来るのかと思うばかりです。

秘密保護法、安保法制、武器輸出三原則を武器輸出を防衛装備移転と言い換え武器輸出を緩和し、憲法解釈を捻じ曲げ集団的自衛権を認め、共謀罪法の委員会採決を省略した強行採決、「存在が確認できない」文書を「怪文書」というな。どうにも止まらない安倍政権の暴走は何時までつづくのでしょうか。

このような状態は、日本だけでなくアメリカのトランプ政権やイギリスのメルケル政権やフランスのマクロン政権にも同じような空気が流れている。しかし、一つ違うところは、アメリカやイギリスやフランスはジャーナリズムの使命が生きていることです。
ただ、いまだに最大野党である民進党のふがいなさがつづいていることです、そのため「ほかに適当な人がいない」として安倍政権を支持する人がいることです。
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聞くにたえない

 安倍首相は神戸で産経新聞の正論関連の講演で、加計学園の疑惑は獣医学部を一校しか認めないとしているので疑われているので、今後全国で獣医学部の新設を認めると言った。

 そもそも、獣医学部の新設を認めなかったのは、今後酪農や牧畜などが国内で盛んになるとは思えず、ペットブームとういうが人口減少社会に入り、獣医師の需要は縮小方向に進むと言われ、今後の獣医師の需要が見込めないからだったのではないか。
それなのになにを血迷ったか、獣医学部を全国に新設するというのはなぜか。
 先にも書いたように獣医師需要の拡大が見込めない中で、獣医歯学部新設の申請はないと踏んでの発言だろう。当分臨時国会が開かれないからと、平気でこのようなことを口にするのは大いに問題があるはずです。
オリンピック誘致のとき、原発がどのような状況にあるかつかめていないのに、原発はアンダーコントロールと制御化にあると驚きのことばを使いました。秘密法や戦争法のとき共謀罪法のときは、そのような心配は全くあたらないと言っています。問題の核心にまともに答えずに、論点をそらして煙にまくことをしています。
このような人が後どれだけ日本の首相でいるのかと考えると、天が落ちてこないか杞憂する限りです。

野党は閉会中審議や臨時国会の召集を要求しているが、自民党は拒否して近くに閉会中審議や臨時国会が開かれないからだろう。
 憲法53条では、第53条内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。
とあるが、何日以内に開けて書かれていないので、すぐには開く必要はないと、去年したようにまた今年も補正予算の召集までしないだろう。再びこのようなことをすると、自民党憲法案の臨時国会は、要求があった日から20日以内に臨時国会が召集されないとしていることについてどういう考えでいるのだおる。


政治というのは個人でするものではないです。政党なら政党の方針に従ってするのが政党政治です。しかし、わたしは当時それに関わっていなかったとして、20日以内に開くことなど知らないとするようなおこないはどうでしょう。
このような言動を続けるなら、ますます政治に対して信頼をすることができなくなってしまう。これでは、臨時国会を是非とも召集して、自身の言ったことの説明責任をはたすべきでしょう。
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粛々に対抗するのは口つぐまないこと

共謀罪が強引に参議院本会議に持ち込まれて成立した翌日の新聞各社の社説です。
大きく分けて二つにわかれるが、読売産経以外の各社は概ね、法に対しての疑問と成立への手続きに対して疑問を投げかけている。ただ読売もその共謀罪の運用のされ方が今後どのようになるか心配はあるようです。
日経は、別のことに社説を割いている。元文科省次官の前川氏が「あるものをないとは言えない」と記者会見をしたことについて、日経以外の全国紙はそのことを一面トップで報じていた、読売は一面だったがトップではなくトップの横の畳記事にしていた。日経は経済紙らしい記事を載せて目次欄に二面その記事があることを示していた。
今回は、日経もその法律の成立過程に疑問をしめしている。この法律により自由な経済活動の妨げにもなることを心配してであろうか。

全国紙
【朝日新聞】  権力の病弊 「加計」解明これからだ 
【朝日新聞】  権力の病弊 「共謀罪」市民が監視を
【読売新聞】  テロ準備罪成立 凶行を未然に防ぐ努力続けよ
【産経新聞】  テロ等準備罪成立 国民を守るための運用を 海外との連携強化に生かせ
【日経新聞】  成長の壁に挑んだイメルト氏
【日経新聞】  あまりに強引で説明不足ではないか
【毎日新聞】  共謀罪」法の成立 一層募った乱用への懸念
【毎日新聞】  加計文書の再調査結果 「総理の意向」確認は重い
地方紙の社説
【東奥日報】  「1強」のおごり極まった/「共謀罪」法成立
【福島民報】  「共謀罪」法成立 恣意的運用を許さない
【信濃毎日新聞】共謀罪法成立 民主主義の土台が崩れる
【山陽新聞】  「共謀罪」法成立 「良識の府」の使命どこへ
【高知新聞】  「共謀罪」法成立 民主主義壊す「安倍1強」
【沖縄タイムス】[「共謀罪」採決強行]極まった暴挙 信を問え
【琉球新報】  「共謀罪」法成立 民主主義の破壊許さず
【茨城新聞】  「共謀罪」法成立 1強のおごり極まった
【富山新聞】  テロ等準備罪成立 条約結び組織犯罪に備えを
【富山新聞】  国会閉会へ 「疑惑隠し」批判に違和感
【北國新聞】  国会閉会へ 「疑惑隠し」批判に違和感
【北國新聞】  テロ等準備罪成立 条約結び組織犯罪に備えを
【中国新聞】  「共謀罪」法成立 議論封じる暴挙許せぬ
【北海道新聞】 口つぐむ国民にはならぬ
【北海道新聞】 「共謀罪」法成立 国会の本分捨てたのか
【北海道新聞】 生乳の流通改革 安定供給を維持せねば
【河北新報】  「共謀罪」法が成立/「1強」の数の横暴極まる
【中日新聞】  「私」への侵入を恐れる 「共謀罪」法が成立
【西日本新聞】 「共謀罪」法案 監視すべきは1強政治だ
【中国新聞】  「村総会」検討 議会の在り方問われる
【北海道新聞】 「共謀罪」強行 与党の横暴は極まった

唐突だが、自民党の憲法案では、国民の自由と権利には制限が掛けられているが、職業選択の自由等に関しては制限が掛けられていない。そのこと踏まえて考えてみる。
自民党憲法案の居住、移転及び職業選択等の自由等に関しては次のように書かれている。
第二十二条 何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 全て国民は、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を有する。

現行憲法とのちがいは、1項の居住移転、職業の自由についてで、「公共の福祉に反しない限り」とあるのが削除されています。ほかの条文の多くで、「公共」が「公益」置き換えられているが、ここでは逆に削除されています。
2項では、「何人も」が「国民は」に置き換えられ、「自由を侵されない」とあるのが「有する」となっています。「何人と」ということは、日本国籍を持っている人や永住権を有している人だけでなく、外国から日本に一時的滞在している人も含まれることになる。また「侵されない」とは、権利や権限を損なわれないといことです。「有する」とは、その権利を持っているとことで、それを主張しても公益上に問題があれば、その権利が侵されることもあり得ると言うことです、ここで、共謀罪と関係づけてみると、他の国民の権利と義務に関して公益と秩序に反するなら、ビシバシと適用される日が遠からず来る恐れもあるでしょう。

話しは新聞各社の社説にもどして、安倍政権はこの新聞各社の社説のありようをどのように考えているのだろうか、安倍首相は放送局の停波もありうると高市総務相の答弁が問題になったころだったと思うが、自民党が選挙で下野に下ったのマスコミがみな自民党をよく書かず放送しなかったからだとの主旨の発言をしたことがある。
安倍首相と放送局や新聞社の幹部とよく食事をし、国会答弁では読売新聞を読めばわかるなどと言っています。安倍新聞になりつつある読売もその共謀罪の運用のされ方を心配しているようです。少なくともそのよみうりの心配が杞憂に終わるには、いくら安倍政権が国民に耳を傾けずに強引に物事を進めても、もの言わぬ国民になってしまえば、読売の心配は本当のことになってしまうでしょう。北海道新聞が書いているように、「口つぐみ国民にならぬ」もの言い続けることが大切ですね。
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テーマ : 安倍政権
ジャンル : 政治・経済

太極拳で使われる言葉 要領編01

太極拳で使われる言葉。 要領編 01

心静意導 呼吸自然(心を安定させることにより、意識によって動作を導きだし、呼吸は自然で平穏で動作と乖離させることなく一致させる。それにより気が養われ調息される)
中正安舒 松柔連貫(身体の軸を意識し、動作はのびやかにゆったりさせる、筋肉や関節に力を入れたり緊張させないで、悠悠と揺ったりさせ滑らかで途切れることなくする)
円活強調 周身完整(動作の多くは弧形・螺旋を描き、回転は円滑にして、前後は自然に連綿とし、頭眼手足身体は経調一致させる。)
軽霊沈着 剛柔相済(動作は根が生えた様に安定して、勁力は軟らかいが柔軟にならず、剛くても硬くならなず、外面は穏やかであっても、内面では精神的集中が潜まれているそれを綿中裹鉄の如くと例えている)

太極拳を学ぶに於いて、10の要諦があるという、その10の要諦を積み重ねることにより、心身共に磨き上げられ心身双修となり、長寿になり健康で充実した生活を送れる延年益寿不老春になるとかかれている。

01.姿勢正確:
中正安舒:太極拳練習の基本要領。心身の均衡の状態で、考えが穏やかで自然、身体は立身中正であること。この中正とは私は身体に軸ができていて、立った時は百会からフックで吊り下げられているよな感じとイメージしている。
不偏不倚:姿勢が偏らず歪まずとういことで、胸を張ったり萎縮したりしないことで、緊張してはいけないし緩めすぎて萎えてしまわないようにする。

02.重心安定:太極拳は片足で立つことが多い。また両足とも着地していても、ラジオ体操のように両足に均等の体重をかけるのではなく、両足は主従の関係がある。片足立ちしたとき身体がグラつくのは片足で重心が安定していないからで、足の運びが悪く重くなり、身体のバランスが取れずぎこちない動作になってしまう。
邁歩如猫行:猫のように足を進める。太極拳は物事に例えてそれを心のなかでイメージして仕草をするようにしている。

03.心静体松:気持ちを落ち着かせ意識を集中させる。体松とは身体を放松(リラックス)させ身体のどこにも圧迫感がない状態のこと。つまり不必要な緊張がなく滑らかで弛緩し過ぎることなく過緊張もないことで用意不用力となる。
内固精紳:
視動犹静:動いているが静かである。
視静犹動:静かであるが動いている。
心貴静:心を静かにする。
意領身随:身体の動きが意念の活動に従う。
動中求静:太極拳十要の一つで、動きの中に、静けさを求め、力を用いず、意を用いて、動きの中に静けさを求める。
用力則滞:

これらのことはよく言われるが、頭で考えてもなかなか身体がそのように動かないものです。なんだかそれとなんだか禅問答のようになてきたので今回はこれくらいにしておきます。
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太極拳の套路の名前について

太極拳の歩行練習のことについての記事を連続して幾つかかいた。

そこで一番大切なことは何かと考えて見た、大切なのは先に書いた套路の個々の動きやその流れを正確にすることにあるが、それよりもっと大切なことがあるのではないだろうか。
それは一口にいうと、からだをリラックスさせて虚実を一致させることのようです。

太極拳の本を読むと、やはり漢字の国で発祥した武術だけあって、漢字だらけで一寸たじろいてしまう。しかし、漢字にその一文字一文字意味がありその意味を知っていれば、概ね何が意味しているのかが理解できる。
しかし、そこは奥深く一見禅問答のように感じるものもあるが、だからこそまた太極拳は奥が深い心身の錬成鍛練になると言える。

まずは、太極拳の本にでてくる。練習の心構えの言葉を拾ってみる。それから次は身体の動きの言葉を拾ってみて、最後に套路の名前を拾ってみることにする。

まずは、心構えと要諦と言えることばです。

心静意導 呼吸自然(心を安定させることにより、意識によって動作を導きだし、呼吸は自然で平穏で動作と乖離させることなく一致させる。それにより気が養われ調息される)
中正安舒 松柔連貫(身体の軸を意識し、動作はのびやかにゆったりさせる、筋肉や関節に力を入れたり緊張させないで、悠悠と揺ったりさせ滑らかで途切れることなくする)
円活強調 周身完整(動作の多くは弧形・螺旋を描き、回転は円滑にして、前後は自然に連綿とし、頭眼手足身体は経調一致させる。)
軽霊沈着 剛柔相済(動作は根が生えた様に安定して、勁力は軟らかいが柔軟にならず、剛くても硬くならなず、外面は穏やかであっても、内面では精神的集中が潜まれているそれを綿中裹鉄の如くと例えている)

太極拳を学ぶに於いて、10の要諦があるという、その10の要諦を積み重ねることにより、心身共に磨き上げられ心身双修となり、長寿になり健康で充実した生活を送れる延年益寿不老春になるとかかれている。

01.姿勢正確  中正安舒 不偏不倚 
02.重心安定  邁歩如猫行
03.心静体松  内固精紳 視動犹静 視静犹動 心貴静 意領身随 動中求静 用力則滞 
(体松:身体を放松(リラックス)させ身体のどこにも圧迫感がない状態。つまり用意不用力:不必要な緊張がない。)
04.呼吸自然  能呼吸然後能霊活 拳式呼吸[起落 開合 虚実:起開虚の時に息を吸い、落合実の時に息を吐く] 心平気和
05.運転円活  棚勁
06.柔和緩慢  柔中寓剛 剛中寓柔 行雲流水 平心静気
07.協調完整  起落、進退、開合、伸縮、攻守、虚実、剛柔 上下相随 周身節説貫串
08.相連不断  勢断勁不断 勁断意不断
09.虚実分明  一処自有一虚実 処処総比一虚実 綿綿不断 虚中有実 実中有虚
10.内外相合  以心行気 以気運身 意領身随 一動無有不動 一静無有不静 意到気到 気到力到

太極拳に古くから言い伝えられている『十三勢歌』にあるように思う。
十三總勢莫軽視 命意源頭在腰隙
変転虚実須留意 気遍見躯不稍滞
静中触動動猶静 因敵変化示神奇
勢勢存心揆用意 得来不覚費功夫
刻刻留心在腰間 腹内鬆静気謄然
尾閭中正神貫頂 満身軽利頂頭懸
仔細留心向推求 屈伸開合聴自由
入門引路須口授 功夫無息法自修
詳推用意終何在 益寿延年不老春
歌兮歌兮百四十 字字真切義無遺
若不向此推求去 枉費功夫貽嘆息

太極拳の十三の基本動作である八法五歩を軽視してはいけない、生命の中心とされる腰椎にあるという。
これらのことについては、おいおいと調べてこのブログに書き込んでいこうと思う。
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テーマ : 武術太極拳
ジャンル : スポーツ

民主主義の危機と自虐的史観と自慰的感性

岩波ブックレットに「民主主義の危機:シンポジウム」「世界」編集部編といのがあるが、その後書きの最後に、民主主義の危機にどのように対処するより、あたらしい民主主義をどう作り上げていくかを考えるべきだと書かれている。このブックレットは
国旗・国歌法が成立したり、国民総背番号制の導入が議論されていた、2002年に出版されたものだが、それから15年経ったいま、この本に懸念されることとして書かれていることが次々と如実になってきている。

しかも、それらが実現したり成立する過程を見ると、明治憲政からみてもその手続きが異常と思える前例のないやり方で実現されてる。これらを見るともうすでに日本には、国民主権の立憲制での民主主義は風前の灯か崩壊しているんだろうか。

安倍政権が戦後レジームからの脱却といいい、脱却したあとはどのようなものを目指すとは今まで言ってこなかったが、その姿が現れてきていると私には感じられるところがある。

また、村山談話や河野談話など日本の戦争責任を認め、戦争被害国に対しての「お詫び」ことばを述べることや、従軍慰安婦問題や南京大虐殺などを考えることを自虐的だという人が増えてきている、歴史を真摯に直視しようとせずそれらを自虐的というなら。
大東亜戦争をアジア解放に寄与したとし、戦争責任を回避しようとし、また最近のテレビの日本の国土は美し、文化や伝統芸術芸能は素晴らしいなど自国を過度に礼賛・称賛するテレビなどの番組や出版物は、愛国心をことさら煽るもので愛国ポルノのようで自慰的だと言えるだろう。

民主主義の危機と、自慰的な愛国心は深い関係があるだろう、今こそ民主主義についてよく考えていくことが大切でしょう。また、日本国憲法の自民党憲法案では削除された「第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。 」と「第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」よく考えて、一人一人は自分自身が時の流れに流されないためにも声をあげていきたいです。
「自分自身が時の流れに流されないためにも声をあげて」などと書くと、テロ等組織犯罪防止法で監視されないだろうか。
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太極拳の歩行練習

私が早朝に歩行している要諦は以下のようになります。

 中国の簡化24式太極拳の公式テキストを引用してみる。(日本ではベースボールマガジン社から出版されている。)

●左右野馬分髪(ズオヨウイェマフェンゾン) ⇒ 馬のタテガミを分ける
抱手収客→転体上歩→弓歩分手→転体撇脚とこれを左右逆にして繰り
それを動きを追って言葉で説明すると次のようになる。

・身体をやや右に廻し、重心を右腿に移す。同時に右手を胸棟前に引き、掌は下へ向ける。左手は身体の前から右下へ弧を描き右手下へ、掌は上向き、両手はボールを抱えたフォームになる。左足はこれにつれて右足の内側へ引き爪先を地につける。眼は右手を見る。
・上体を左に回し、左足を左前方に一歩出し、右足を伸ばして左弓歩になる。同時に左右の手はゆっくりと左上、右下に分け開き、左手は眼と平に、掌は斜め上を向く。肘はやや曲げる。右手は右股関節のそばに下ろし、掌は下に向け、指先は前を向く。眼は左手をみる。
・上体をゆっくり後ろへ引き、重心を右腿に移す。左爪先を上げてやや外側に向け、左腿はゆっくり前弓歩となり、身体を左に回し、重心を再び左腿にかける。同時に左手を返して下に向け、胸前に引き、右手は左上へ弧を描いて左手下へ、両手は上下向き合いボールを抱えたフォームになる。右足はこれにつれ左足内側へ引き寄せ爪先を地につける。眼は左手を見る。
・右腿を右前方に一歩踏み出し、左足を伸ばして右弓歩になる。同時に左右の手はゆっくりと左下、右上に分け開き右手は眼と平に、掌は斜め上を向く。肘はやや曲げる。左手は左股関節のそばに下ろし、掌は下に向け指先は前を向く。眼は右手を見る。

●左右樓膝拗歩(ズオヨウローシーアオブー) ⇒ 膝を払う
左転擺臂→右転擺臂→上歩収手→弓歩推掌→擺臂収脚→上歩収手→弓歩推掌→擺臂収脚→上歩収手→弓歩推掌と繰り返していく。
それを動きを追って言葉で説明すると次のようになる。

・右手を体前方から下に下ろし、下から後ろ上方に向け弧を描いて右肩外側に至り、腕はやや曲げ、手と耳は同じ高さで掌は上に向ける。左手は上に上げ左から上へ、右下に向け弧を描き右胸前に至らせ、掌は下に向ける。同時に上体はやや左に向け、さらに右に回す。眼は右手を見る。
・上体を左に回し、左足を右寄り前に向けて踏み出し左弓歩になる。同時に右手を曲げて耳のそばから前に押し出し、鼻先と同じ高さにする。左手は左臂前を払って左股関節脇に下ろす。眼は右手指を見る。
・上体をゆっくり後ろに引き、重心を右腿に移し、左爪先を反らしやや外に向けて開く。同時に左腿をゆっくり前に曲げ左弓歩となり、身体を左に曲げ、重心を左腿に移し、右足は左足に寄せ、爪先を軽く地につけ、同時に左手は外に反らし左後ろから上へ平に上げ、掌は上へ向ける。右手は身体が回るにつれて上へ、左下へと弧を描き左肩前に下ろし、掌は下へ向ける。眼は右手を見る。
・上体を右に回し、右足を左寄り前に向けて踏み出し右弓歩になる。同時に左手を曲げて耳のそばから前に押し出し、鼻先と同じ高さにする。右手は右臂前を払って右股関節脇に下ろす。眼は左手指を見る。
・上体をゆっくり後ろに引き、重心を左腿に移し、右爪先を反らしやや外に向けて開く。同時に右腿をゆっくり前に曲げ右弓歩となり、身体を右に曲げ、重心を右腿に移し、左足は右足に寄せ、爪先を軽く地につけ、同時に右手は外に反らし右後ろから上へ平に上げ、掌は上へ向ける。左手は身体が回るにつれて上へ、右下へと弧を描き右肩前に下ろし、掌は下へ向ける。眼は左手を見る。
・ 上体を右に回し、右足を左寄り前に向けて踏み出し右弓歩になる。同時に左手を曲げて耳のそばから前に押し出し、鼻先と同じ高さにする。右手は左臂前を払って右股関節脇に下ろす。眼は左手指を見る。

●左右倒巻肱(ズオヨウダオジェンゴン) ⇒ 肱を巻き込む
転体撤手→退歩巻肱→虚歩推掌→転体撤手→退歩巻肱→虚歩推掌と左右を入れ替えて繰り返す
それを動きを追って言葉で説明すると次のようになる。

・右手を反し掌は上向き、腹前を経て下から後ろの上方へ弧を描いて平に上げ、腕はやや曲げる。左手はこれにつれて掌を反し上に向け、左爪先を地に下ろし。眼は身体を右に回すのにつれ、まず右を見てさらに左手を見る。
・右腕は肘を曲げて戻し、右手は耳のそばから前に向けて押し出し、掌は前に向ける。左手は左脇外側から戻し、後方上へ弧を描き平に上げ掌は上へ向ける。右手はこれにつれてさらに掌を反し上に向ける。同時に左腿を軽く左後ろへ一歩下げ、爪先を地につけ、それからゆっくりと踏む。重心は左腿にかけ右虚歩になる。眼は身体が回るにつれ左を見、さらに右手を見る。
・左腕は肘を曲げて戻し、左手は耳のそばから前に向けて押し出し、掌は前に向ける。右手は右脇外側から戻し、後方上へ弧を描き平に上げ掌は上へ向ける。左手はこれにつれてさらに掌を反し上に向ける。同時に右腿を軽く右後ろへ一歩下げ、爪先を地につけ、それからゆっくりと踏む。重心は右腿にかけ左虚歩になる。眼は身体が回るにつれ右を見、さらに左手を見る。
・右腕は肘を曲げて戻し、右手は耳のそばから前に向けて押し出し、掌は前に向ける。左手は左脇外側から戻し、後方上へ弧を描き平に上げ掌は上へ向ける。右手はこれにつれてさらに掌を反し上に向ける。同時に左腿を軽く左後ろへ一歩下げ、爪先を地につけ、それからゆっくりと踏む。重心は左腿にかけ右虚歩になる。眼は身体が回るにつれ左を見、さらに右手を見る。
・左腕は肘を曲げて戻し、左手は耳のそばから前に向けて押し出し、掌は前に向ける。右手は右脇外側から戻し、後方上へ弧を描き平に上げ掌は上へ向ける。左手はこれにつれてさらに掌を反し上に向ける。同時に右腿を軽く右後ろへ一歩下げ、爪先を地につけ、それからゆっくりと踏む。重心は右腿にかけ左虚歩になる。眼は身体が回るにつれ右を見、さらに左手を見る。

 歩行練習では上記のように手の動作をつけずにすることが多いようですが、、身体を右に向けたり左に向けたりで目を瞑ってするといつしがた身体の向きがずれて行きがちなどで、私は時に応じて手を付けてします。特に左右樓膝拗歩では手を前に出しながら後退していくので、その手の位置を意識しながら動作をしています。

 昨日の繰り返しになるが書いておく、からだの重心をどこに置き、左右の足のどちらにどれだけ体重を乗せるのかを意識してする。また、片方の脚を遊脚するとき一方の脚は支脚になりそれで身体を支えられた状態にする。けっして勢いで動くようにはしない。
 足は脚を引き寄せた時はつま先は下を向き、脚を前に出したときはつま先は上をむき、地につける時は踵からつけ、それから地面につま先までピタッとつける。
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ブラインド套路

 昨日、早朝に歩いていることを書いたが、その中で太極拳の練習でする歩行の歩き方について述べた。
 そこをもう少し、詳しく考えて見る。

 まずその歩き方だが、太極拳の套路の2番目と4番目6番目に、ズゥオヨウイエマーフェンヅォン 左右野馬分ヅォン(たてがみ) 髟+宗、ズゥオヨウロウシーアオブー 左右ロウシー(ひきあつめる)膝拗歩  手編+婁、ズゥオヨウダジュエンゴン 左右倒巻肱があるがその動きをする。2番目4番目は手の運び方が違うだけで、脚の運び方は同じで、6番目は前に進むのではなく後ろに進む方法です。

 中国の簡化24式太極拳の公式テキストにある套路です。
●左右野馬分ヅォン(たてがみ) 髟+宗
●左右ロウシー(ひきあつめる)膝拗歩  手編+婁
●左右倒巻肱

 身体を右に向けたり左に向けたりで目を瞑ってするといつしがた身体の向きがずれてしまいます。
 このとき、手の動作をつけて歩行する方法と、手をだらりと垂らしたまま動かさないで歩行するほうごうがあるが、手の動きをつけない方が難しくなります。歩行のとき一番意識するのは、膝がつま先より前に出ないようにすること。これにより腰はやや下に下がる、そうすれがバランスをとるため身体はやや前傾してきます。手の動きをつけると手でもバランスがとられるので、動作が楽になる。
 また、からだの重心をどこに置き、左右の足のどちらにどれだけ体重を乗せるのかを意識してする。また、片方の脚を遊脚するとき一方の脚は支脚になりそれで身体を支えられた状態にする。けっして勢いで動くようにはしない。
 足は脚を引き寄せた時はつま先は下を向き、脚を前に出したときはつま先は上をむき、地につける時は踵からつけ、それから地面につま先までピタッとつける。

目を開けて歩行するときと、目を瞑って歩行する時と比べると、身体への意識の持ち方が違う。目を瞑っている時は意識を注がないと身体のバランスを崩しやすくなり、向きが違ってしまいます。日ごろいかに資格情報に頼っているですね、逆にそれだけ身体を意識していないことでしょう。

それぞれの套路にちてはまた後で考えてみます。
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ブラインド歩行

毎日早朝の近くの運動公園まで歩いている。そこで、時々目を瞑って視覚情報を遮蔽して歩いています。
方法は、広いところで前方の目標を定めて、目を瞑り10歩歩き、目を明けて目標位置と身体が向いている方向とどれだけずれているか確認する。さらに20歩30歩と歩いてどれだけずれているか確認する。また場所により、直線のラインが書かれていたり、アスファルト舗装するときにできる仕切り線などを利用する事もある。

目を明けて歩行すると、無意識のなかで視覚情報をもとに、体の向きのずれを随時修正するので、歩く方向が変わってしまうことはないです。しかし、その視覚情報を遮断すると、自身の身体の動きのみで動かすので、普段からだのねじれがあると、それが素直にあらわれてくるのだと思います。私の推論なので身体について研究している人に機会があれば聞いてみようと思っています。

話を戻し、単に真っ直ぐ歩くのではく、さらに、以前にも書いた太極拳の練習の一つの歩行練習でも目を瞑り練習する。この歩行は先に書いた歩行とは違い、一定の目標に一直線に進むのではなく、30度から45度ほど身体の向きを右に左に変えます。左右の足に身体の重心を前後に移して身体の向きを変えるので、常に自分のいまの身体の向きはどちらを向いているのか、身体の向きや足の運びを意識して行わないと、目を明けてみるとかなり方向が違ってしまいます。

また話はそれます。目を瞑って足踏みを60回して目を明けてみると、わたしは同じところではなく、同じ方向でやや左前に20センチほど移動してしまっています。人によっては数メートル移動したり、反対を向いてしまう人もいるといいます。ひどい人は一回転したりするそうです。
数メートルとなると足踏みというより歩いてようです。反対を向く人は、かなり左右どちらかの脚が外旋しているのではないかと思います。それを修正するためには能などの仕舞でする。摺り足よいのではないかと思います。このとき大腰筋を使うことを意識するために、動かす方の脚をやや浮かすような感じで、着地足のつま先に来たときに、動かしている脚のつま先をあげて前に出すとよいのではないかと思っています。

それはともかく、日常生活で目を閉じて身体を動かすことは、実用的でない上に危険なのですることはないですが、広い安全な場所でときどき、目を瞑って身体を動かす機会を作ることは必要なのではないかと感じています。

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森友・加計問題を見ると、今の日本は法治国家だろうか

加計学園や森友学園の問題は安倍氏が関与したとかいうのでなく、不透明な形で認可されそれが進められていることにある。特に加計学園は構造改革、規制緩和や特区制度でも当初は石破氏が地方創生相のとき国家戦略特区担当で、加計学園は4条件から「既存の大学・学部では対応が困難な場合」としていたが、安倍首相に近い山本幸三氏に地方創生相が交代すると、急に加計学園の獣医大学の話が前に進んだ。
どう見ても、大臣が変わると話が急に進むのは、定められた手順やそのルールを守ているのだろうかと誰しもが不振に思うのはは普通ではないか。安倍政権はよく、法に従って粛々と進めると事あるごとに言うが、自分が思うことは法を飛び越えてでも粛々と進めるというのが本心だろう。

また、国会での与野党のやり取りも不自然でおかしいです。自民党と野党は加計学園問題をめぐり、参院予算委の集中審議を開くとしていたが、自民党は党首討論を持ち出してこの問題を先延ばしにしようとしているように見える。このように、安倍政権や官僚などに不振がつのるなら、国会での究明は必要で、すべての関係者の証人喚問や参考人招致でこの問題の真相をあきらかにすべきだろう。
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安倍政権を保守・反動というわけ

私はこれまでこのブログで安倍政権を保守・反動と言うことばを何度か使った。それについて改めて考えてみる。

まずは、保守とは何か、革新とはなにか。
保守とは、明鏡国語辞典によると「古くからの制度・習慣・考え方などを守り、急激な改革を避けようとすること。また、その立場」となっている。
革新とは同じく明鏡国語辞典によると「古くからの制度・組織・習慣・方法などを変えて新しくすること。特に政治では、現状の体制・組織を新しく変えようとする立場をいう。」となっています。
では反動とは「歴史の流れや進歩・改革に反対し、旧体制に逆戻りしようとする保守的な傾向。また、その人」となっています。
次いでに、「維新」とは詩経の「周旧邦と雖も、其の命維、新たなり」からきていることばで、物事を改めて新しくすることで、革命とは違い改革とも違います。
そうなると、安倍晋三は戦後レジームからの脱却と言って、今の政治体制を変えるといっている。これは抜本的な改革をするとうのだから保守ではなく革新のなるはずです。そして、革新は戦後の民主主義を守るとうのだから保守となります。自民党は保守を自認するなら、戦後の民主主義体制を守るのが保守です。しかし、安倍政権のねらいは日本会議の言っている、天皇制やそれにともなう家族性を重視し、個人としての人権より国家の一員としての国民としての人あり方を理想としています。また、自民党の憲法案を読むと、天皇を元首とし、憲法尊重擁護義務を元首から外し、国民に憲法尊重擁護義務課すことは、主権在民の考えの反し、国民を君主国の人民とみるものです。それは国民を臣民扱いをするものでその憲法は、明治憲法に逆戻りと言えます。そこで、私は安倍政権を保守反動と言いたいのです。
また、保守は、国家を人間社会の中で第一義的に考える国家主義の政党。それは、ナショナリズムに結びつきやすく、それがFIRSTならまだよいが、ONLYになり民族主義・国粋主義に陥る恐れがある。しかも、今の自民党は新自由主義を唱え、例外なき形成緩和のできる限り市場の自由な調節に問題を委ねようとする経済思想があります。さらに、小さな国家を目ざし国民には自己責任を強い、自由や民主主義の価値を広めるためには武力行使も辞さないとする積極的平和主義唱える人もいます(もっとも本来の積極的平和主義とネオ-コンとは違いますが)。もっとも、積極的平和主義を押し進めるのに莫大ない財政負担がいるが、その財政は国民の税金がいることになります。
民進党などは、政権を執っていない野党で革新ではないです。個人の尊重と自由を大切にするリベラルと言えまた、協調と調和を大切にしてどちらかと言えば福祉を充実する大きな国家を目ざしている。その福祉の財政もその負担は税金によるところです。

経済は国家が一方的に社会を統制するのではなく、競争原理で経済を発展させ、統治面では教育勅語に書かれているようなことを目指すしている洋などで、やはりどうしても反動的な考えが色濃いと云わざる得ない。
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加計学園 森友学園 そして次はカジノ事業者・・・・

国会の会期もあとわずかだが、森友学園や加計学園の問題は、その建設や設置における過程が、不自然なのにこのままで、これらの問題はあやふやになってしまうのだろうか。そうなると、カジノ法が成立したが日本においてのカジノ建設もこのように、あいまい不透明な状態で事業者が決まっていかないかと心配です。

また、国家戦略特区は、首相官邸のWebページに「産業の国際競争力の強化及び国際的な経済活動の拠点の形成を図るため、国家戦略特区を突破口に、あらゆる岩盤規制を打ち抜いていきます」とあります。しかし、規制改革特区は、内閣府 総合規制改革会議で、「これまでのような全国一律の実施にこだわらず、特定地域に限定して、その特性に注目した規制改革を実施することにより、全国的な規制改革につなげ、我が国全体の経済活性化を図ることを目的とする「規制改革特区」制度を創設することが、極めて重要である。」と内閣府 総合規制改革会議で決められています。それにはなんでもありではなく、基本方針が次のように決められている。
1.民間の提案を最大限活用して、地方公共団体が自発的に立案し、それに基づき様々な規制に関する特例措置を可能とする制度とし、具体的な特区の内容をあらかじめ国が選択したメニューだけに限定するという手法はとらないこ
2.「規制改革特区」制度の対象となる規制は、一定の基準を満たす範囲内で可能な限り幅広いものとするこ
3.国による税の減免や補助金等、従来型の財政措置は用いないこ
4.個別規制の特例措置は、地方公共団体の責任をもって実施すること。
となっています。
しかし、国家戦略特区はカジノ特区や加計学園などを見ると国の主導戦略となり、そうなると政権の意向が強く反映してくるのを疑い卓なります。、国家戦略は強暴と化し民意を重視するのは遠い国のようになってしまっている。
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天皇退位について

昭和から平成そして、憲法尊重擁護の義務を誠実に守り平和を願う明仁天皇の生前退位による元号改め、それと時を同じくして憲法尊重擁護の義務を国民に押し付ける憲法に改めることが目論まれている。

自由党と民主党が合併して自由民主党になって62年。その頃は中選挙区制と各派閥が競い合っていたが、小選挙区制になり選挙人事が執行部に握られ、派閥間が互いに切磋琢磨して野党と向かい合い、国民のことを思う政治が行なわれていたが。自民党が小選挙区制度で絶対多数の議席を占めるようになると驕りの暴走がはじまりました。しかも、保守で反動的な匂いのする安倍政権が誕生して、それはますますひどくなってきています。安倍首相は戦後レジームからの脱却とよく言っていたが、何から脱却してどこへ行くかは明言しないままでした。ただ言葉だけ聞くと戦後70年もたてばどんなものでも錆びついてくるので、それを磨き直してピカピカにするとでも言う、よく考えると具体形に欠けるもので、国民を煙に巻くようなフレーズでしかないです。しかし、安倍政権の閣僚などの言動をみているとそのようなものではなく、今までこのブログで述べて来たように、安倍政権の閣僚やお友だちの言葉からすると、戦後築かれてきた民主主義を崩し、天皇を戴いた国を夢見ているようです。そして尊実現のために憲法を変えよと狂暴となり数にまかせ強暴となってしまっている。
それは、教育基本法の改正、秘密保護法、集団的自衛権の容認、教育現場での教育勅語の使用の是、共謀罪などを強引に推し進める。これらは、国民の知る権利を奪い、平和主義を放棄し、人権尊重をないがしろにするものではないか。

天皇の退位の問題はそのニュースがNHKにリークされたこと自体が不可解で、また、それにより天皇のビデオメッセージやそれによる有識者会議の設置、国会での与野党の審議などすべて、結論ありきで不可解なものばかりで。

いま日本で何が起きているのか、その真相を知るにはどうすればよいか考えていきたい。

参考までに決議を退席した自由党の声明を紹介しておきます。

天皇の退位等についての考え
                           自由党
 天皇の生前退位については、明治維新以降、先人たちが日本国の安定のために一世一元の制を導入した経緯をみても慎重であるべきで、本来、昭和天皇をはじめ予てより活用されてきた摂政を置かれることが望ましい。
 しかしながら、先の陛下のお言葉を踏まえると、徒に議論に時間をかけず、立法府は国民的な合意を得る努力をすべきと考える。
 ただし、これには将来の天皇制の安定のためにも、その都度の法改正ではなく、皇室典範の改正で対処すべきであり、同時に、女性宮家の創設など、基本的な議論を深めるべきである。

私は自由党支持者ではないが、この考えはおおむね正しいと思うが、国会では欠席でなく、このような理由で反対でもっと審議をすべきとする意思を示してほしかったです。
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民主主義のための備忘録

経済がグローバル化し情報もインターネットで世界ともつながっています。また人的交流も世界中でお互いに活発に行われています。
そのような国際社会のなでどのような日本は国であるべきなのかを考えてみると、国家神道が日本の伝統で美しく良きものだとそれを国是とし、それを基とした自民党の憲法案などが成立すれば、日本はどのよう国際社会から評価されるだろうか。到底民主主義的と言えず国連の人権委員会からも報道表現の自由に問題があるとされ、国際的に孤立してしまうおそれがあります。それは、科学技術も発展し経済的に豊かでも、国家としての価値観はこれだと決めつけそれを押しつける、そしてそれに沿わないものは、公益を阻害し秩序を乱すものと決めつけるのは、ISや北朝鮮や独裁国家と同列にみなされてしまいます。

戦前は明治憲法と教育勅語により、天皇を頂点とする家族観により、全体主義国家になり悲惨な犠牲者を多く出す戦争の結末になってしまいました。
明治維新から150年たつが、近代日本の歩みはどうだったかを、私の備忘録として書いてみる。

幕末期は、『古事記』『日本書紀』『万葉集』などから、日本固有の思想・精神を究明しようと、江戸中期に以降、本居宣長・平田篤胤らの国学が確立していき。石田梅岩などが心の修養を重視す観点から儒教の教えを、平易な道話によって道徳の実践を説い心学がはやり。仏教などの教えを仰々しくその考えや解釈を説いて聞かせる講釈などがはやり学問的に日本は百花斉放していた時代です。
隣国の巨大な龍とされてきた中国が、西欧の列強に恣に弄られている。それを目の当たりに見た、幕府や諸藩は隣国の中国のように西欧の諸国に蔑ろにされるのを避けるため、どのようにすれば西欧の侵略から国を護ることができるのか百家争鳴になり、開国か鎖国維持か、尊王攘夷と公武合体など250年続いてきた幕藩体制の下での平和は混乱していきます。
しかし、幕府もそれに反する反幕府派の諸藩も基本的に同じで、隣国の中国のように侵略されないためには、西欧の列強のように強くなることとし、日本を近代化させるために脱亜入欧をかかげ、経済的発展、政治的な近代化と軍事力の強化近代化に努めていきました。
しかし、国力をつけていくと西欧の帝国主義を真似るようになり、日清日露戦争と突き進んでいき、それらの勝利により変、明治維新頃当初の近代的な国は、そのころ時代遅れとなりつつある帝国主義への道に進んで行った。

一方、日本の民主主義の芽生えは、明治維新後に起きた自由民権運動や憲法制定運動など、福沢諭吉、植木枝盛、中江兆民、徳富蘇峰などの明治デモクラシー運動がおきています。また、藩閥政府の流れをくむ周囲の動きを無視し超然とする内閣を民衆が抗議行動が高った大正デモクラシー運動が起きています。明治憲法が制定され始めて日本で選挙されたときは、1889年(明治22年)は25歳以上の男子で直接国税15円以上の納税者で人口の1%でしたしかも投票方法は誰が誰に投票したかわかる公開制。
1900年(明治33年) 25歳以上の男子で直接国税10円以上の納税者で人口の2.2%、投票方法がようやく秘密投票になりました。
1919年(大正8年) 25歳以上の男子で直接国税3円以上の納税者で人口の5.5%、秘密投票。
1925年(大正14年) 25歳以上の男子でようやく納税要件の撤廃され人口の20%になりました。
参政権も拡大していったが、女性に選挙権を持つようになるのは、戦後まで待たなくてはならなかたです。
昭和になると軍部が力を持ち、それに対して、王道による天皇による統治をと、五・一五事件で犬養毅首相を襲撃昭和維新が起きていく。

治安維持法
1928年:三・一五事件 全国で検挙1568名、起訴483名。4月10日に報道統制される
司法官や教員などが共産党シンパされ検挙される
美濃部達吉の天皇機関説事件
大本教弾圧
安維持法に予防拘禁制度の新設
大政翼賛政治
軍部の力が増すことになり
国家総動員令
世界大戦への突き進み
臣民は天皇の子で皇国に身を捧げよとなっていた。
(一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ是ノ如キハ獨リ朕󠄁カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺󠄁風ヲ顯彰スルニ足ラン)

敗戦による連合国による占領と日本の民主化
国際社会への復帰
55年体制の始まり
沖縄の返還
三島由紀夫の市ヶ谷駐屯地事件
高度経済成長
バブルの崩壊
民主党の政権交代そして、自民党の政権奪還

敗戦により神道令がでて国家神道が解体されたが、それその復活を目論む動きがその当初からありました。
明治節(明治天皇の誕生日)であった日に、新憲法が公布されその日を、新憲法の趣旨に基づいて「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」としたことは、明治節を祝日として残すために「文化の日」としたのか、その点は興味があり調べる必要があるでしょう。
しかし、戦後廃止されたり、なくなったものを着々ともとに戻そうとしている勢力があるように感じる。

建国記念日の制定
政治家の靖国神社への参拝
国旗国歌法の制定
元号法の制定
昭和の日の制定、
教育委員会制度の改革
教科書の検定制などへの圧力
教育基本法の改定
なども気になるものです。
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国連人権理事会の日本の表現の自由の特別報告書

政府の国連人権理事会の日本の言論と表現の自由についての特別報告書で、特別報告者、デービッド・ケイ米カリフォルニア大学教授が「政府がメディアに直接、間接に圧力をかけている」と指摘した報告書案をホームページ上で公表しました。
ケイ氏は「日本ではメディアに対し、政府当局者からの直接的、間接的な圧力があるとして、放送法4条の廃止」や機密保護法、共謀罪法や教科書への介入などについて、日本の表現の自由による民主主義をさらに強化するためだとして、6つの分野で勧告をしています。それについて、政府は次のように反論書している。「報告書案で示された事実の多くはうわさ話や臆測であり、客観的な情報に基づいていない。このような報告を発表することは、国連人権理事会の権威を著しく低下させる」としています。
このことは逆にみると、安倍政権は国連人権委員会を軽視していることを、世界に宣言したようなものです。ロシアや中国や北朝鮮などに対して、国連が人権問題に対してしばしば人権に問題があると指摘し懸念を表明するが、それらの国は指摘されたことに対して、我が国の法に従って人権は守られているので、その指摘はまったく当たらないと抗議しています。
日本もこれらの国と同じようなことをしないように求めたいとものです。

ところが読売新聞の電子版に載っていた、報告書と反論は次のようなものです。
 ケイ氏の報告書案は5月29日付
 報告書案では、高市総務相が政治的公平性を欠く放送を続けた放送局の停波の可能性に触れたことを引き合いに、「放送の自由と独立が損なわれる」として、政治的公平性に言及した放送法4条の撤廃を求めた。
 また、慰安婦問題に関連して日本政府が歴史教科書に介入したとして、教科書検定の見直しも求めた。報告書案は全般にわたり、政府や現在の与党が報道機関に圧力を加えているとの主張が目立つ。
反論書は5月30日付。
 日本政府の反論書では、「報告書案で示された事実の多くはうわさ話や臆測であり、客観的な情報に基づいていない」と指摘。「このような報告を発表することは、国連人権理事会の権威を著しく低下させる」と強い懸念を表明した。
 ケイ氏は昨年4月、政府の招きで来日し、政府やメディア関連団体、民間活動団体(NGO)などと面会、その結果を暫定版報告書として同月、公表した。その際も同様の主張をしていたため、日本側が訂正を求めていたが、報告書案には反映されていない。
これらを見ると、ケイ氏の報告書は、ケイ氏が日本で調査し離日する前に、日本外国特派員協会で記者会見した同じような内容のようです。

また、菅義偉官房長官が5月30日の記者会見で、報告書草案に放送法4条の撤廃勧告や、慰安婦問題など歴史教育への政府介入は慎むべきだなどど内容について「政府として反論すべきことは強く主張している」と抗議し、「何らかの意図を持ってやってきているとしか思えない」と不満を募らせていました。
このような事を見ると、政権は統治のためにどのような許されると考えているように感じてします。そうなれば、秘密保護法やいま参議院で審議されている共謀罪法などは、一般の国民には対象でなく全く心配ないというが。日本の報告書案に対しての反論を見るとわが政権は正しいと聞く耳を持たずにいます、そのような傲慢で自尊なことは驕り高ぶり、周囲を見下す態度で暴走しかねなく非常に心配です。
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ゆがめられる天皇の在り方

自民党には日本会議系の議員が多く、また日本会議がどれだけ自民党議員の選挙に動員の効果があるかわかりませんが、女系天皇反対の一番の旗振りをしているのは日本会議です。
日本会議は、万世一系と続く天皇を頂点とした、日本は男子による家長制を大切に守る、古い言い方をすると男尊女卑的な思想をよりどころにしています。
それは日本のよき伝統であるので、広く国民の中にも再び浸透させないといけないと言う思想によります。
そのような考えの諂ういまの自民なので、女系皇族を認めることはあってはならないことです。女性は家に入り子供を産み育てるのがいいのだと思っている、自民議員のなかでよく、そのような事をいい、あれは表現のしかたが誤解を招いてしまったと謝罪しているが、それこそが自民党議員いや自民党の本心でしょう。自民党議員のなかには進歩的民主的な考えの議員もたくさんいると思います。しかし今は面従腹背でいる人や、おとなしく黙って同調してついていくしかない人もいるでしょう。
しかし、日本国憲法の男女平等同権の考えを取り入れ、明治憲法の封建的で男性中心で女性はついて来るものとす考えを捨てたはずです。
これは世界のながれは男系王族の考えか男女平等の考えが広まっています。女系の皇族の考えも取り入れていくのが、現代、国王にいる国でその考えが広がっています。
いつまでも、男系にばかりこだわっていれば、アラブ諸国の王国よりも遅れてしまうかしれません。
ブータンなどのように国王の定年を取り入れている国もあれば、国王に任期制の国もあるようです。天皇の退位についてはいろいろな視点で考えるなら、天皇の政治利用を避けるためにも、意図的な退位の前例にもなりかねない天皇の退位はすべきではないでしょう。

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安倍政権の教育観

安倍首相は憲法記念日に憲法改正をするとことについて、平和主義の9条に3項を設けて自衛隊を明記すること、義務教育無償に加え高等教育の無償にすると、改憲集会にビデオメッセージを送りました。
繰り返しになるが、首相には憲法を尊重し擁護する義務があるのにあえて、憲法記念日で改憲派の集会にビデオ出席したことは、法に従ってということにあえて挑戦する心意気を示したものともいえます。

今回は安倍信三の教育についての考えはどのようなものかを見てみたい。

教育は時の政権はその時々に、統治権力が思い描く「理想の日本人像」を国民に押し付けようとしてきています。また、文部省そしていまの文部科学省も、そのときどき教育を通じてどのような日本人を育てるかを考えてきています。
明治維新直後のころは、欧米列強に侵略されな欧米に太刀打ちするために、封建制度にもとづくものでなく脱亜入欧をめざし、欧米の啓蒙主義的な日本人像が追求された「自由で独立した個人」求めた。しかし、日清・日露戦争に勝利すると「大国に相応しい勤勉な産業社会の構成員」としての国民を求めた。しかし、昭和期に入ると国体主義の下での「天皇に無条件で奉仕する臣民」が求められた。戦後の民主主義体制の下では「個人の尊厳を重んじ民主主義と平和を希求する人間」求められ、高度成長期には「勤労の徳を身につけた自主独立の社会人」が期待される人間像とされた。このようにその時代に理想の日本人像として掲げられています。そしてそれは時々の教育行政に反映されてきました。
戦後は立憲主義のもとづき民主主義と個人の人権尊重と平和主義を押し進めることは共通していました。しかし、いま安倍政権の求めるの人間像は天皇を頂点とする家族感をもった戦前の教育観に近いもののようです。

第一次安倍政権の時、教育基本法が改正され、その附則には次のようになています。
「 昭和二十二年に制定された教育基本法のもとで、戦後の教育は、国民の教育水準を向上させ、戦後の社会経済の発展を支えてまいりました。一方で、制定以来既に半世紀以上が経過し、我が国をめぐる状況は大きく変化し、教育においても、様々な問題が生じております。このため、この度の教育基本法改正法では、これまでの教育基本法の普遍的な理念は大切にしながら、道徳心、自律心、公共の精神など、まさに今求められている教育の理念などについて規定しています。
 この改正は、将来に向かって、新しい時代の教育の基本理念を明示する歴史的意義を有するものであります。本日成立した教育基本法の精神にのっとり、個人の多様な可能性を開花させ、志ある国民が育ち、品格ある美しい国・日本をつくることができるよう、教育再生を推し進めます。学校、家庭、地域社会における幅広い取組を通じ、国民各層の御意見を伺いながら、全力で進めてまいる決意です。」
この「真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間」の育成を目指すのは何を目指すのか、どのような時代認識に基づき、どのような日本人像を理想としているのか、その時々の状況によりどのような教育が押し付けられるかがしんぱいです。
明治憲法施行の翌年に教育勅語が下されたが、その直後から国家主義的全体主義的軍国主義な教育がなされていったのではないです。明治維新後の自由民権運動、憲法制定運動が起き、その後も大正デモクラシーがありそのころまでは、日本の教育には自由があったと言えます。しかし、満州事変は2.26のころから急に国家主義的にな教育になっていきました。
今の安倍政権は今の、日本の教育を皇国史観にもとづく国家主義的な教育にしようと思っていないでしょうが、いつ何時そのような考えを持った人が首相になるかもしれません。

事実安倍政権の閣僚の中に、過去に「国民第一の政治は間違っている」稲田防衛大臣がいたり、第一次安倍内閣の長勢甚遠法務大臣は「国民主権、基本的人権、平和主義、これをなくさなければ本当の自主憲法ではないんですよ」と言ったりしています。
そのような考えは、戦後築いてきた国民主権、基本的人権による民主主義を否定するものです。これらの人はその所属団体をみると皇国史観にもとづいた強い日本を夢描いているのではないでしょうか。その考えの持ち主が首相になれば一気に国家神道による国づくりを目指しかねなと私は杞憂しています。

さらに自民党は下村文科相の時に、国立大学の学部編成の見直しを通知し、その内容は理系は重視し文系を軽視するようなもでした。安倍政権は日本を世界でもトップクラスの科学技術大国と経済大国にするための戦略をとっています。文化的なことは軽視していますが伝統的な文化を大切にと言っています。伝統は留まって守るものではなく、発展して変わっていくものが伝統です。しかし、安倍政権は自分たちにとって不都合な面の学問の発展は嫌いなようです。
憲法につても立憲主義は西洋のもので日本の伝統に合わないというようなことを、自民党の憲法草案のQ&Aで書いています。そのような事と合わせて見ると、文系の廃止とも受け止められる通知は、中国を秦王朝が統治していた時代に発生した思想弾圧事件です、現代版の焚書坑儒は中国の文化大革命で、毛沢東思想に反するものは徹底的に糾弾され、中国の政治・経済・科学・文化・人権などあらゆるものが停滞して、中国の発展を10年遅らせたといいます。安倍政権の古典伝統の重視と文系軽視の教育観はそれと同じようなものです。そのようなことになれば、安倍政権のいう世界でもトップクラスの科学技術と経済発展というが、文化を軽視するものはその夢は夢でしかなく、実際に目で見ることはできなでしょう。

教育については、時の政権が勝手につくるものではなく、主権者である国民が、なにが日本人像が求められているかを国民的な議論を踏んですべきで、それは手間暇時間がかかり決められないがそれが民主主義です。そのような議論がないまま憲法や教育制度をいじることは、国民をまったく無視するものと言えるでしょう。
決断と実行力といいますが、聞く耳を持たず議論を尽くさずにするのは、それは単なる独裁でしかないです。
国連の人権委員会の報告も日本のこれからの歩む方向を心配しているように、日本がそのような国にすでになりかけているようで気がかりです。
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大洗の原発作業員

茨城県の日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターの原発での作業員が放射性物質が飛散し被曝した問題で、その作業をしていた人は派遣の作業員と職員ということです。
多くの原発の現場での作業をする人は、事業者の直接雇用ではなく下請けだといいます。それも、孫請け曾孫請けと幾階層にも雇用者が重なり、現場の作業員は日雇いでそれぞれの階層から、事業者の支払う賃金から手数料名目でピンハネされて低賃金で働かされています。また、今回のような被ばく事故があればその責任の所在は、大元の雇主である事業者でなく各階層の口入屋などにも責任が問われその所在があいまいになっています。
事故の原因やどのようにして起きたかなどよりも、被曝した人はどのような身分であったかは、あまりニュースとして報道されていないです。
今回の大洗の原発では原子力機構の正規の職員なのか、派遣社員とういがどのような形態の派遣なのか、下請けなら何次の下請けなのか、原発労働者の事態をマスメディアは国民に明らかにして、私たちが普段使っている電気がどのようにして、家庭まで送られてきているのか、また大口の工場まで送られ日ごろ便利に使っている日常生活用品が作られているかを知らせることも、メディアの務めではないでしょうか。
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日本の民主主義のための備忘録

GHQから与えられたと言われるが、いまの私たちが受け入れて、味わい自分のものしてした民主主義社会が、どのように作られたか、なぜあるかを考えるための備忘録。

自由の指令
10月 6日 特別高等警察廃止
10月 6日 新聞紙等掲載制限令廃止
10月10日 政治犯の釈放
10月13日 国防保安法廃止
軍機保護法廃止
言論出版集会結社等臨時取締法廃止
10月15日 治安維持法・思想犯保護観察法などが廃止
思想・言論に関する統制は急速に廃止された。
(治安維持法は暴力革命を標榜していた共産主義者が対象とするとしていたが、反政府的言論・思想・運動や反天皇的運動などに拡大していった)
(特別高等警察とは、大日本帝国憲法下の日本で共産主義・社会主義運動のほか、全ての反政府的言論・思想・運動を弾圧した秘密警察)

五大改革指令
(1)婦人の解放 婦人参政権(1945 年12 月)へとつながり
(2)圧政的諸制度の撤廃 政治犯の釈放、特別高等警察廃止、治安維持法・治安警察法廃止などに影響
(3)教育の自由主義化 皇国史観に基ずく国体思想の否定により、民主教育が広がる
(4)労働組合の結成 1労働三法制定と労働省設置が947年される
(5)経済の民主化 財閥解体により寡占状況は緩められ 農地改革により小作農が大幅減する

国家神道の廃止
神道指令(国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並に公布の廃止に関する件)により、神社は国家から分離された。

天皇の「人間宣言」1946年 1月 1日の官報号外にて掲載された詔書
人間宣言の部分とされるのは、後半の一部で次の部分とされている。
「然レドモ朕ハ爾等国民ト共ニ在リ、常ニ利害ヲ同ジウシ休威ヲ分タント欲ス。朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ」
「しかれども、朕はなんじら国民とともにあり。常に利害を同じうし、休戚を分かたんと欲す。朕と汝ら国民との紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説によりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神(あらひとがみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族として、ひいて世界を支配すべき使命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず。」

この部分が、天皇が神であることを自ら否定したものとされている。
そこには「私は神ではない人間である」などとは書かれていない。天皇は単なる神話と伝説によりて生ぜるものにあらずとして、天皇の祖先が日本神話の神であることを否定していないし。神話の神や歴代天皇の崇拝のために天皇が行う神聖な儀式を廃止するとも述べていない。

しかし、天皇の姿など見ることは恐れ多いこととしてその姿は帝国政府時代は見ることができなかった。しかし戦後昭和天皇は全国巡幸をし、テレビに皇室アルバムという番組にその姿をだし、またグラビア雑誌なども出版され、国民に近くなっり親しまれる存在となっている。

今上の明人天皇は、皇太子のころ沖縄を訪問したり、自然災害罹災者を頻繁に訪問され国民のことを心配されいます。しかし、戦前は臣民の前に姿をあらわすのは現人神としての威厳を失うとして、国民の前に姿を見せることはほとんどなかったです。そう考えると昭和天皇よりもより明仁天皇は国民に近い存在になっているのと考えます。
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平和の祈り

独りよがりな正義の味方はいつも最後の手段を語り、
莫迦な平和主義者は一つ覚えのように話し合えと主張し。
莫迦な正義の味方は最初の手段の語り合うことをしようとしない。
独りよがりな平和主義者は平和のことばかり夢見て最後の手段を想像しない。

安倍政権は独りよがりな正義の味方を気取り、反動的であることに気が付いていない。
おおかたの野党は莫迦な一つ覚えの平和主義者と、日和見なポピュリズムを主張する政党が闊歩している。
このような日本の議会では本当に民主的な平和な国として成熟してゆくだろうか、それどころか今まで培った民主的なものが劣化していきはしないだろうか。そうなると、70年間積み重ねてきた国際的な信頼も失ってしまいかねない。
今まで70年積み重ねてきた国際的な信頼より、積極的平和主義を標榜し力で平和を作りだす方が美しいと考えるのは、まるで天下布武 世界の警察国家気取りです。

そのような思いをしてい私自身を振り返ると、高校時代に教わった「平和の祈り」を思い出した。

主よ、わたしを平和の器とならせてください。
憎しみがあるところに愛を、
争いがあるところに赦しを、
分裂があるところに一致を、
疑いのあるところに信仰を、
誤りがあるところに真理を、
絶望があるところに希望を、
闇あるところに光を、
悲しみあるところに喜びを。
あぁ、主よ、慰められるよりも慰める者として。
理解されるよりも理解する者に、愛されるよりも愛する者に。
それは、わたしたちが、自ら与えることによって受け、許すことによって赦され、自分のからだをささげて死ぬことによって、とこしえの命を得ることができるからです。

これは、アッシジの聖フランチェスコの平和の祈りです。

愛と和と善、特に「和」と「善」は聖フランチェスコが最も重要としたものです。そしてそれらを生むのに「信頼」と「赦」は大切なものです。
争いに中には、信頼も赦しも一致もなく、そのような状態では希望も喜びも光も感じられなくなるものです。
互いに相手にこちらの要求を呑むことばかりを要求していてはそこには一致はないでしょう。
いまの、アメリカの一国主義はヨーロッパの情勢、極東の情勢などを考えると、この平和の祈りを誰もが思いに馳せ考え祈るときになってきている。
これらは、仏教で言うと人間が生来持っているとされる外にある五欲と内にある五種類の煩悩からくるものと言え、それらをいかにコントロールするかが重要になってくる。

しかしなかなか、この「平和の祈り」や五欲と五煩悩をコントロールする心境になるのは難しいものです。まづは心を落ち着かせることですが、それにはどのようにしたらよいのでしょうか。
心を落ち着かせるには瞑想や坐禅などの方法があるが、天台小止観には止観をを修習うするには、五つのことが大事と書いています。
第一には自分の身も心を清浄にすることへの努力
第二には衣類と食糧の用意
第三には静かな場所を選んで落ち着くこと
第四には種種の雑務から解放されるように努力すること
第五にはよき指導者をえらぶこと

この五つをみると衣食住に心配がなく、齷齪と時間に追われることなく落ち着いた時が過ごせることが大切なようです。やはり経済的な豊かさがないと得られそうにないですが、いくら経済的に豊かになってもあくことがない欲をもちつづけるなら、心落ち着かせることはできないでしょう。まずは足るを知ることなのでしょう。さらに、人は一人また二人で生きているのではなく、幾人の人との関係とのやり取りをしながら生活しいきています。それにより、第四の種々の雑務から解放されたりその外に立つことはできないです。そのため僧侶は俗界から隔離された環境で暮らすのですが、像人ではそうもいきません。ましてや組織や国家間になればより複雑になってきます。

しかし、捨てることはできなくともそれを自律的にコントロールしようとする気持ちをもつことと、さらにはそれを実践することはできるはずです。
天台小止観には、五種類の蓋を棄てよと書いてあります。
それらのコントロール五つは次のことです。
・棄貪欲蓋(自分の欲しいものを貪り求める心をコントロールする)
・棄瞋恚蓋(自分の考えや思いと違ことに対して怒り恨む心をコントロールする)
・棄擬蓋(自分や他人を疑い、師を疑い、法を疑う心をコントロールする)
・棄睡眠蓋(心を暗く重く沈み溺れさせ心を晦ます心をコントロールする)
・棄掉悔蓋(そわそわして落ちつかず、自分の行為に対してくよくよと悩みを持つ心をコントロール)
とくに、上から三つは特にいま必要としているのではないでしょうか。

次いでですが五欲とは、眼・耳・鼻・舌・身から入る刺激に対する色欲・声欲・香欲・味欲・触欲です。

今の、一国主義、排外主義、利益を貪る新自由主義は、格差を広げ格差を固定化して、自己責任論で片づけてしまい、自分さえよければよいとなてしまいる。
この、アッシジの聖フランチェスコの「平和の祈り」の、慰められるよりも慰める者として、理解されるよりも理解する者に、愛されるよりも愛する者に、そして、誰もが自ら与えることによって受け、許すことによって赦されを知りたいものです。
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軽トラハウスと10円易者

5月25日のNHK総合で、8:15からの <所さん!大変ですよ>という番組で「人生の楽園!?謎の“改造軽トラ”」というのをしていた。
軽トラを改造してさまざまなことに活用しているのを紹介していました。
移動販売ができるように、八百屋さんや魚屋さんを始め、いろいろな商売に活用したりされている。はたまた自分一人の隠れ部屋にしている人もいる。
そのなかでも極めつけは、トレーラーハウスならぬ軽トラハウスです。
暮らしに必要な機能をわずか1.6畳のスペースにコンパクトにまとめた小屋を作り、荷台に載せているのだ。寝るスペースはもちろん、電気や水回りの設備を施し小さな書斎まで備ええいます。いわゆる軽トラハウスです。退職後、旅行を楽しみたくても余裕がない高齢者や、自分の書斎が持てない中高年サラリーマンなどにそれらを活用している人が多いようです。
そのようななか、自衛隊員だったがリーダーとしてPKOとして派遣されたが、仕事に疑問を持ち中退して軽トラハウス生活で全国を転々としている人、IT企業に勤めていたがあわただしい生活より、質素でも悠々とした軽トラ生活を過ごしている素敵な女性、などが紹介されていました。女性によると駐車は夜間などでも止められる道の駅などに停めただ、水はもらい水でこれもただ、一か月の生活費は30.000円ほどとしていました。

この番組をみていると、学生時代に教授から四国の松山に面白い人がいる、松山の市民に施しを受けて生活している易者がいると聞いたことを思い出した。松山だけでなく全国的に知れた知る人ぞ知る有名人だとききました。
松山の当時の市民なら今も誰でもが知っている、村上桂山という市井の有名人です。

少し調べてみました、いでたちは、ねじり鉢巻きに、着古した着物をまとい、リヤカーに小屋を乗せて、易を占い見料は10円です。そして、易を見た後は、半紙に書いた、軽妙な絵と自作の句や詩を添えた紙を渡していたそうです。
戦前から松山で妻との生活を別にして、亡くなる昭和51年(1976)までの約40年間その出で立ちで、松山の市中の人を占ったそうです。当時は現代版の良寛さんとも言われ、気ままな自由人とも、天衣無縫の禅僧詩人、乞食僧ので松山の市民に親しまれたといいます。
私が学生時代に聞いたので、亡くなる数年前ですが数年前に、「十円易者村上桂山・風狂の路上人生―狂わざれば生ける屍 アトラス出版」を読んだことがます。その中にあった詩の幾つかを紹介します。
「生きておれ 食うことのみが 人の道」
「皆そうよ 釈迦も 孔子も キリストも」
「死なざれば 生まれた事が 偽になる」
「つらかろう おれも乞食を 五十年」

話は戻して、軽トラハウスで過ごしている人も、このような心境で日々を過ごしているのでしょか。
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ヤクザと憲法

東海テレビドキュメンタリーに『ヤクザと憲法』というのがある。
2016年公開された圡方(土方)宏史監督の映画です。いまも、各地で自主上映などがされています。
ヤクザにとっての人権とは何かをかんがえさせられるものです。
暴力団排除条例により、銀行口座の解約、宅配便や出前の拒否、幼稚園の登園を拒否されるなど、反社会的勢力とされヤクザ本人とその家族が人権侵害の実害を受けている。人によれば反社会的行動を繰り返すので、それは憲法に公共の福祉に反するとして人権が制限されても当然だという人もいます。
この映画の公式Webページでは、作家の宮崎学氏は基本的人権や法の下の平等を定めた日本国憲法の各条文には「但し、ヤクザを除く」とする但し書きがついているのが現実だ。というコメントを紹介しています。
しかし、憲法に書かれている国民の権利及び義務には次のようになっています。
〔国民たる要件〕第10条日本国民たる要件は、法律でこれを定める。
〔基本的人権〕第11条国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
日本国憲法に書かれている

「公共の福祉に」とは何かについては、
〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕第12条この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
〔個人の尊重と公共の福祉〕第13条すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

日本国民であったら、すべての国民は基本的人権は保障されると明記されています。ただし、他人の人権と衝突しても自分の利益権益のみを追求するような、公共の福祉のために権利を主張できるのであって、それに反することをことをしてはならないと書いてあります。そして、「公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」となっています。この部分の主語は「立法その他の国政の上で」となっているので国は個人の自由を最大限尊重しないといけないということでしょう。それでは、公共の福祉に反する反社会的な行いを繰り返すヤクザにたいしては、基本的な人権が制限され侵されてもよいとするのだろか。特に本人はともかくその家族やこれから将来のある子どもはどうなのだろうか。

いろいろ考えさせらるる問題です、これを単にヤクザとその家族の問題としてみてしまうのではなく、自分の身近な問題として捉えて一人一人の人権はどの様にあるべきなのか、どのように私たちはそれらと取り組んでいくべきなのか。普段私たち多くの人はあえて、これらの問題から目をそらしたり、見て見ぬふりをしていまています。それらにあえて目を向け考えることにより、今の貧富の差が増大し格差が広がり、その格差が固定化され、人権が混沌してきたなかでの民主主義を考える上で大切な、問題提起の一つとすべきもののように感じます。
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ケイ氏の国連人権報告書の草案

森友学園、加計学園の問題も、忖度があったや誰の圧力があったかなどよりも、国有地の払い下げの過程や、特区制度で獣医学部の設置が決まるその決定の仕方が不自然でです。それについての国会での質疑で首相の答弁は「ファクト」「それは印象操作だ」を連発している。さらに、「あるものをないと言えない」と言った天下り問題で辞任した前川前文科省次官を、天下り問題の責任は重いと論点をすり替えたり、出会い系バーに行ったことを取り上げて自分の方が印象操作をしている。
官房長官は「出所が不明確なので調査しない」と無視の一点張りです。また、国連の人権委員会の表現の自由に関する調査報告の調査団のケイ氏の報告書の草案にたいしては、、「事実の誤認や不確かな情報に基づいて勧告している」として、事実無根と誤解に満ちていていると猛反発している。また、告書の内容を受け止め改善すべき点は改善しする気はなく、報告書の内容については一切聞く耳を持つ気はないようです。また、調査団に代表の委員会に提出する草案を、ケイ氏個人の見解だ無視するようです。しかし、数日後には、ケイ氏の草案が理事会を通りそのまま日本に勧告されるかもしれません。そこで、安倍政権は国連の人権委員会に日本政府は反発していると圧力をかけ委員のメンバーに忖度でもさせたいのでしょうか。

ケイ氏の国連人権報告書の草案は次の8点です。(ビデオドットコムから)
1.放送法4条の改正
2.沖縄問題や原発事故、日本の戦争責任などのセンシティブなテーマを調査報道すジャーナリストの自由を保障
3.記者クラブの門戸を拡げることで強力なジャーナリストの連帯の構築
4.歴史教育への政府の介入
5.選挙活動やデモ及びその取材活動の自由を保障
6.秘密保護法を改正しジャーナリストの取材活動を対象としないこと及び公益目的の情報開示が罰されないことを保障
7.広汎な反差別法(ヘイトスピーチを含む)の制定
8.盗聴やサイバーセキュリテイ強化におけるプライバシーや表現の自由の保障(盗聴は例外であり、いかなる場合にも独立した司法機関の監督を要する)

1は、放送法4条は高市総務相の発言によるもの。2は、政府にとって都合の悪い取材に対する圧力。3は、記者クラブ制度のありかた。4は、アジア太平洋戦争の正当性や、従軍慰安婦問題などの教科書検定など。5は、選挙活動とその報道の公平公正。6は、秘密保護法や共謀罪。7は、ヘイトスピーチ。8は、プライバシーや表現の自由の保障。これらの問題があり表現の自由が脅かされている。表現の自由が抑圧されると自粛が始まり、その次に人々は自分の人権に抑制的になり、その次には皆が一律的になることが正しいと思うようになります。

これは、報道メディアにとって大変なことです、テレビや新聞はそのことを大きく取り上げないです。このことはすでに、2と3がすでに危機的状況に近づいていることを物語っているのでしょう。
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女系皇族に反対するわけ

天皇陛下の退位についての特例法が見えてきたが、生来の安定的な皇族継承のため、女系皇族につい考えて行くことについての付帯決議が付けられることになった。しかし、その女系皇族について考える会議に開催時期は明記されなかった。

女性皇族についての付帯決議は、民進党などの野党に配慮したものだが、会議の開催時期を明記しなかったのは、自民党内に強く反対する人たちに配慮したものです。

そのことは、日本の天皇と神道について、また、自民党の憲法の天皇観、また最近明治憲法発布の翌年に出された、教育勅語を読んでいくと理解できそうです。

女系皇族に反対している人は、記紀に基ずく明治維新後に作られた歴史観を日本の伝統として、男系社会が正統でそれを維持して行かなくてはならないとの考えからでしょう。
古事記、日本書紀にあるように、天上無窮の神勅を初めとする天照大神より受け継がれてきた国であり。その皇祖
皇孫に与えられた三つの神勅とし、天皇は日本の永遠の王である。八咫鏡・天叢雲剣・八尺瓊勾玉の三種の神器が皇位の象徴として不可欠なものでそれを、2000年以上のながきにわたり代々引き継いできちる。稲作を初めとする神から与えられた神勅は、天皇が日本の政治、祭祀両面における王であるいうのです。
そして、教育勅語にあるような天皇の臣民は一つの家族であるという観点から、家長制度を今の日本に復活させることが、美しく強い日本にする一番の方法だという思いからだです。
そして、「日本は万世一系の天皇が統治し」、「天皇は神聖にして犯すべからず」とあるところから、記紀などの神話に由来する歴史的伝統に依拠して国家を統治しようとするものは、国民は国家を無自覚的に受け入れに与えられた共同体としてするものです。それは民主主義の根本則からかけ離れたものといえます。
そのような体制では、制度的にあっても実質上は立憲主義は機能しなくなり、議会は充分な役割を果たせなくなります。日本は中国から伝来した王道政治を取り入れ、天皇は王道の王にして覇道の王ではなく、天皇が専制君主でないと主張して、立憲主義は西洋の思想として否定してもやぶさかではないと思っている人もいるようです。

このようなことから、多元的な価値観を重視し、個人の確立と合理主義、民主主義等の思想にからくる男女同権平等は、皇国日本を熱愛しその回復に全力を尽してきた国家神道の復活を願う人にとっては耐え難い事のでありましょう。

私は、本来は神道の本質は、自然信仰より発する人間と自然を区別なく融合の内に捉える、祖霊信仰より発するもので共同体的信仰であること、多神教である事より発する価値多元性と相対性、基本的価値意識として善悪より美醜を優先すること、のが民衆の生活のなかに息づいている神道が歴史的伝統として尊重されるもので、国家神道と日本の本来の伝統的な神社神道とはかなり違うものだと考えています。

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自分が変えられないようにするには

5月31日に記事のなかで、マハトマ・ガンディーの『あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである。』 の言葉を引用しました。

世の中の流れに任せるままに過ごす、多数者の意見に従う、カリスマ性のある指導者に盲目的に従属していくと、気が付いたら自分の意図していない方向に自分も進んでしまっている、それどころか自分は率先してそれに加わって率いている。このような状況になってしまうと、いかがわしい宗教団体や勧誘商法の研修会や集会に参加してしまうのも、それらの集会で参加者を巧みにマインドフルネスが満たされたように錯覚されて、その宗教団体の信者になったり、勧誘商法の勧誘者になってしまったりします。
自分の自主性を大切にし自律的コントロールを奪われないようにすることはたいせつです。小選挙区制の選挙せいどになり、自民党は執行部が選挙人事権を握るようになってから、総裁や執行部の顔色を見て自分の言動をするようになってしまいました。それにより、執行部の考えが違うならそれを押しとどめて面従腹背で従おうとする。しかしそのうちガンディーの指摘するように、気が付いたら面従腹背ではなく面従腹従になってしまう恐れがある。
なんだかそのように見ていると、自由民主党は Liberal Democratic Party of Japan というが、リベラルでもデモクラシーとも相容れない、カルト的な宗教団体のような組織になってきている。
自民党をもっと Liberal Democratic を大切にする党とあって欲しいです。そのためには、今のように党の執行部や内閣の閣僚をお友達で固めるならますます、党の名前と相反する羊頭狗肉な党になってしまうのではないか。

自民党に限らないが、選挙区から立候補者を選ぶとき中央の執行部の作った踏み絵を、立候補希望者に踏ますようなことをしているようです。そのようなことをすればその時は選挙に勝つだろうが、長い目で見るとそれは組織の力を減退さえるはずです。
先日も、このブログの記事に「マジョリティーがマイノリティーを駆逐するようになってはならない」と書きました。組織は常に少数者の意見も取り入れることにより、しの組織の多様性が出てきていろいろなことに対応できるはずです。少数者の意見も大切できる寛容さが重要なのではないでしょうか。
しかしこの10年ほどを見ていると、地方自治体の選挙では知事立候補者は選挙塾を立ち上げて、自分の考えの染まった人を地方議会の選挙に送り込み、議会を知事の意向にそうように乗っ取ろうとするようなことが起きています。その例として、大阪の橋下氏の学習塾からはじまる維新の会の手法がそうで、関西を中心に広がり全国にも広がっていっているよです。

王政の時代ではないので、国政も地方自治も首相や首長がその議会も牛耳ってしまうような状況に進むよなこと、民主主義に対して大きくマイナスになります。しかし、日本だけでなく民主主義の先進国の欧米やまあ、後発の東南アジアや南米でも同じような問題を抱えているようです。今一度、民主主義はどうあるべきかまた、民主主義の危険性とその敵を探し求めるために考えていきたいと思います。
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前川喜平前文部科学事務次官の発言について

私のねらいは安倍政権打倒ではない、行政での意思決定での過程がおかしい、きちんとした手中を踏んで議論をし納得のいく意思決定ができていないことはおかしいと言っているので、国民がきちんと見えるようでなければ、おかしい過程の意思決定が行われた文書があるのに、文書はないと言えない、これでは国民の信頼をますます失墜する。またこのようなことがまかり通れば民主主義がなりたたなくなるので私は発言した。このようなことを、学校法人加計学園の獣医学部新設計画に関する記録文書を巡り、文書の存在を「本物」と証言した前川喜平前文部科学事務次官は、ニュース専門ネット局のビデオニュース・ドットコムで言っています。
しかし、政府側のそれに対する対応は、「出会い系バー」に「調査」名目で行ったと報じられた。前川氏もこれを認め、菅義偉官房長官は「教育行政の最高責任者として到底考えられない」と指摘しました。前川氏は「出会い系バー」について、行った事実を認めているが、行ったのは前川氏が天下り問題で辞任する前の話で、また、「出会い系バー」に行ったことについて、特区の問題が出てくる前の昨年の秋に内閣官房副長官の杉田さんから呼び出され、事実関係を聞かれ教育にかかわる文科省の官僚がこのようなところに出入りするのは適切ではないと注意したまえ指摘されたそうです。それ以降「出会い系バー」には行っていないといっています。
読売新聞は前川氏の「出会い系バー」に行っていたことをスクープしました、しかし、このネタは週刊新潮によると「安倍官邸は警察当局などに前川前次官の醜聞情報を集めさせ友好的なメディアを使って取材させ彼に報復するとともに口封じに動いた。事実前川前次官を貶めようと取材を進めるメディアがあった。読売新聞の二人がきていた」。政府からリークされたものようです。

このことを見ると、トランプ大統領がマスコミの批判的ニュースをフェークだと言い報道機関と批判する。また、トランプ大統領の娘婿のジャレッド・クシュナー氏とロシアの関係。このことはロシアや中国のように不都合な事を言った人に、信用をおとしめる中傷攻撃のようです。ロシアはソ連時代に政敵を追い落とすために、相手を中傷する情報をメディアに流し、政敵を追い落とし粛清してきていました。このようなニュースは今のの北朝鮮でききます。
このような事を考えると、権力者は常に政敵や官僚の弱みを探り握っておこうとするのは常のようです。このことと、自民党の憲法案には思想及び良心の自由で「第十九条の2項で、何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。」となっています。権力者は個人情報を集めてよいが、他のものはだめだというようです。
「何人も、個人に関する情報を不当に蒐集されない。またプライバシーを侵されない。取得され、保有されている情報な保護され目的外に利用してはならない」。とあってほしいものです。
権力者は、与党議員や身内や官僚の醜聞やスキャンダルなどのプライバシーなどの個人情報を集める目的が二通りあるとされています。一つは身内を守るためにもみ消しをするため。もう一つは権力の源泉として使うことがあるとされています。
このような事を考えると、権力者は常に政敵だけでなく身内の動向を監視しようとしているこになる、そうなれば今、国会で審議されている共謀罪、テロ等組織犯罪防止法の運用が心配です。
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リークは正当なのか

前文部科学省事務次官の前川喜平氏が、加計学園の問題で、怪文書と言われる「これは総理のご意向」の内容の文書の存在を、政権は「存在は確認できなかった」と回答し全面否定していることについて、文科省内の関係者は誰もが件の文書の存在を知っていものを、「あるものをないことにはできない」としてその存在を明らかにしました。また、官邸の意を汲んで虚偽の報告をしていることが明らかだからだとも言っています。

アメリカでいまトランプ大統領のロシアとの関係が、リークされたりしているが、それに対して報道機関の対応は真相を明らかにするよう、トランプ大統領に攻勢を掛けています。しかし、日本の主要紙は前川氏の証言を掲載はしたが、その後の追求は積極的ではないです。それどころか前川氏が在職中に出会い系の風俗店に出入りしていたことを、安倍政権に近いとされる全国紙が伝えています。
前川氏が存在があったとする事実の問題点をそらすような記事を載せています。そのことについてその後前川氏は、風俗店に行く素行は文科省の信頼を落とすものとして、注意されたと自ら告白しています。
政権側は前川氏のその事について、一つの新聞社にリークしたのはなにを意図しているのでしょうか。

わたしは、以前に官僚は誰のために働くのかの記事を書きましたが、前川氏のリークは政権のためではなく、省益や国民に事実を知らせるたのものといえます。そこには、時の政権と対峙する意図よりも事実を明らかにするためといえるでしょう。それはしいては日本のためにもなるでしょう。
しかし、日本の報道機関が政権に遠慮しているようにかんじる、それはジャーナリストとしての使命を放棄しているように感じる。
日本の民主主義を守るためには、国民の知る権利が冒されてはならないが、いま、その知る権利が侵されてしまっていないかしんぱいです。
また、自民党憲法案の表現の自由について次のように書かれている。「第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。」となっているが、次の文言が付け加えられている。「2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」となっている。この「公益及び公の秩序を害する」がどのように運用されるのか心配です。

マジョリティーがマイノリティーを駆逐するようになってはならないです。少数者の意見も取り入れ、公共の福祉の実現を目指すのが、民主主義が重要視するところです。しかし、自民党議員の中には国会前のデモの参加者が増え、抗議の声も大きくなるとそれをテロと同じだと言い、抗議をする人が畏縮するような発言をしたり。国会では野党の質問に真摯に答えず審議も尽くしていないのに、誠意をもって答弁している審議は尽くされたとして、数の力に任せて強硬採決しています。自民党のいう「公益と秩序」とは、マジョリティーにマイノリティーが従うことのように感じます。
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天皇退位の審議が2時間半

1日に衆議院の委員会で、天皇退位についての法案が審議されたが、2時間半の質疑だと言う。自民党の幹部が退位の問題が出たころ「陛下の退位を政局に利用してはならない、激しい論戦にはなじまない」と言っていました。
しかし、国民主権の下での象徴天皇制に大きくかかわる問題です。それを国民の関心があるのに、それに対して国民の思いや考えを言うのは、許されないような空気を作っていくのは、議会制民主主義にとって大きな危機を招くことになりかねないです。
野党も天皇の問題に大きくかかわることは、国民にどのように受け取られるのかを気にして、審議の論戦を展開することに慎重になています。また、自民党幹部はこの退位の問題を、院外での野党との水面下での根回しをして、静かに速やかに終わらせようとしているようです。

私は、自由と人権を尊重する民主主義の日本国憲法のなかで、一番人権が侵されているのは、天皇陛下や皇族だとおもいます。
選挙権もないし、政治に関することは言うことができない、自由に市中を遊びまわることもできないです。ここに日本国憲法の象徴天皇と自由と人権尊重においての矛盾点があります。

憲法によると、第1条で「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」とあり天皇の地位と主権在民が明記されえいます。
第3章の国民の権利義務では、第11条で〔基本的人権〕第12条で〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕第13条で〔個人の尊重と公共の福祉〕第14条で〔平等原則、貴族制度の否認及び栄典の限界〕が、国民は・すべて国民はとして保障され尊重されています。では、天皇はどのような位置づけとして考えればよいのか。

国籍法では、第一条日本国民たる要件は、この法律の定めるところによる。とあり。日本国民である第一の要件は、第2条に、出生の時に父又は母が日本国民であるとき。と書かれています。
明治憲法は天皇は、第3条で「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とさ神格化されています。戦前は奉安殿が設置され、天皇と皇后の御真影(写真)と教育勅語を納められ、奉安殿の扉は普段は閉ざされ祭祀がある時だけ開けられました。しかし、扉を開けるときは、国民(臣民)は恐れ多いと頭を下げて見ることはできないとされていました。日本国民とは別格として天皇は神格化され、日本国民は天皇に仕える臣民とされました。
戦後ポツダム宣言を受諾し、明治政府の統治体制を民主転換に制度変えていきました。しかし、天皇制は深く手がつけられずそのまま明治体制が維持されたような感じです。そのため、天皇は日本国民であるかは曖昧なままになっています。

今の象徴天皇は天皇の有史いらいこれほど天皇が国民に親しまれることはなかったです。それを自民党の人たちはこころよく思わず、自民党の天皇退位の問題でて国民が象徴天皇についてよく考えて欲しくないと思っているのではないかと思う。
今までの、自民党議員の発言や、自民党の改憲案を読むと、今の象徴天皇より戦前の天皇を国の最高位に戴いた天皇制が、日本の美しい伝統に仕立てたいのでしょう。

そのようなことを考えると、国民主権のいまにおいて天皇の退位の問題を短時間で審議を終わらせるのは問題あるでしょう、より親しみのある象徴天皇の位置づけにするためにも、与党自民党も議論をすることに前向きであるべきでしょう。
もっとも、自民党は天皇は神聖で侵してはならないものなので、そのようなこと議論すること自体が不敬にあたると考えているのでしょう。しかし、明仁天皇の平和を愛し民主主義を重視する言葉を繰り返し述べられています。それ対して、安倍政権の憲法を軽んじ人権を軽んじ民主主義を軽んじる言動は、それこそ天皇を尊崇しり気持ちなどなく早く退位してもらい、自分たちの理想とする思いの天皇に仕立てたい思いが自民党にあるのではないかと思います。

良識の府である参議院では衆議院のような拙速の審議ではなく、充分吟味された審議になることを望みます。

□ 参考 □
六、吾等ハ無責任ナル軍国主義カ世界ヨリ駆逐セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序カ生シ得サルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレサルヘカラス
十、・・・・略 日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ
Huffingtonpostによる日本語訳
6. 日本の人々をだまし、間違った方向に導き、世界征服に誘った影響勢力や権威・権力は、排除されなければならない。無責任な軍国主義が世界からなくなるまでは、平和、安全、正義の新秩序は実現不可能である。
10. ・・・・略 日本政府は、日本の人々の間に民主主義的風潮を強化しあるいは復活するにあたって、障害となるものは排除する。言論、宗教、思想の自由及び基本的人権の尊重が確立されなければならない。
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■竹林乃方丈庵の主から■

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記事へのコメント
  • しあわせ
    風と雲 (06/26)
    何故?国会は一年の半分以下しか開催されないのでしょうか。国内外に毎日大きな動きのある現代に於いては、さまざまな問題を国民の前に提示し、議論を深め理解を求め、国民
  • 森友・加計問題を見ると、今の日本は法治国家だろうか
    竹林泉水 (06/20)
    まずは自分を正当化して自画自賛をしてさらには、「印象操作のような議論に対して、つい、強い口調で反論してしまう。そうした私の姿勢が、結果として、政策論争以外の話を
  • 森友・加計問題を見ると、今の日本は法治国家だろうか
    風と雲 (06/18)
    >自分が思うことは法を飛び越えてでも粛々と進める安倍政権・・

    飛び越えてではなく、→ 潜り込み裏をかき開き直って、鉄面皮と二枚舌で、 と言うのが最近の安倍政権
  • 国連人権理事会の日本の表現の自由の特別報告書
    竹林泉水 (06/15)
    マスコミは権力を監視するというより、権力者が何をしようとしているのかを主権者である国民に知らせるのが使命であり、権力を監視するのは国民ではないでしょうか。

  • 国連人権理事会の日本の表現の自由の特別報告書
    アジシオ次郎 (06/13)
    こんにちは。

    本来権力を中立的な立場で見て、時に監視する役割であるマスコミ、そのマスコミに対して自分たちに不当な報道を禁止するのは報道規制であり独裁国家のや
  • 女系皇族に反対するわけ
    竹林泉水 (06/09)
    自民党が女性天皇や女系皇族をみとめたくないのは、安倍政権の閣僚の多くが所属している、日本会議の影響もあうのでしょう。日本は天皇を頂点とする家族的な国家という藩閥
  • 女系皇族に反対するわけ
    アジシオ次郎 (06/06)
    こんにちは。

    天皇陛下の退位問題について、これからの皇室のあり方が問われる問題にもなっているけど、今の皇室において男性は悠仁さまのみであとは佳子さまなど女性
  • 安倍政権の功罪は何だろうか
    竹林泉水 (06/03)
    [GHQの幻想から]は何かよくわからないのですが、欧米との対等の関係だけでなく、強いあいてとも弱い相手とも相手を認め対等の関係を築くのが大切ですね。しかい、どうも
  • 天皇退位の審議が2時間半
    竹林泉水 (06/03)
    天皇退位の法律が成立しそうですが、一部の議員が反対、自由党は欠席で議論が深まらないのが残念です。自民に押し切られたているようです。
    敗戦後に日本人が自ら民主的な
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