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即応予備自衛官

非常時の自衛官の任用に「即応予備自衛官」がある。
ウィキペディアには、「即応予備自衛官とは、陸上自衛隊において即応性の高い予備要員として任用している官職またはその官職にある者」とされている。

「即応予備自衛官」と、後方支援にあたる「予備自衛官」がある。
ふだん会社などに勤務しながら、有事や災害の際に招集される予備の自衛官には、陸上自衛隊の第一線部隊で任務にあたる
「即応予備自衛官」と、後方支援にあたる「予備自衛官」がある。
前線に赴く「即応予備自衛官」は元自衛官に限られていたが、防衛省は去年、人材を確保するため自衛官経験のない人でも、予備自衛官を経て即応予備自衛官としての採用できるようにした。
そして、これにより初めて、4人が、36日の訓練を終えたそうです。それにより、今年9月に辞令が交付され正式に採用されるそうです。
NHKニュースによると「有事や災害で招集された場合、現役の自衛官とともに第一線で任務にあたることになる」と伝えている。

民間人の「即応予備自衛官」の任用は、現場の中核を担う任期制の自衛官となる「自衛官候補生」の採用は、6年連続で、計画を下回っている。また、今後採用対象となる18歳から32歳の人口は、今後急速に減少しする。これに対し防衛省は、これに対し、人口減少に高学歴化により、自衛官の採用環境は今後厳しさを増すので、「即応予備自衛官」の採用は増えるのではないだろうか。

自衛隊は国土の防衛や自然災害への対応が求められている。人で不足の問題は深刻であるが、日頃訓練をしている自衛官と違い、俄か訓練でその自衛官の安全訓練や、自衛官としての行動規範などの教育が充分なされることを期待する。また現場の臨場に派遣されることもあるので、そのときの正規自衛官と任務遂行するうえでのコミュニケーションが充分に取れるように日頃の訓練などの充実に期待したいとともの、自衛官としての宣誓の履行がされるように願いたい。
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萩生田文科相による北大学長の解任

北海道大学の学長を、萩生田光一文部科学相が解任した。
国立独立法人の大学の学長を、文科大臣が解任するのは異例なことだ。

北大の名和豊春学長が、大学職員らを過度に叱責するなどの不適切な行為が問題視されていた。問題が表面化した直後から名和豊春学長は休職し、1年半にわたって学長不在という異常事態が続いたが、北大側が対外的な説明を十分をせず、後任の学長が決められないでいることが理由のようだが、文科大臣が、学長の人事に介入するのは問題ではないだろうか。
教育基本法では、16条に「不当な支配に服することなく」と書かれ、外部の干渉は違法とされる。学問の自由に対する政府の介入をゆるすことになる。
教育基本法は06年に改定されて、、「国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」とあるのが、「教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。」が変わっている。これについて、同条が持っていた立憲主義的性格が損なわれるのとの質問に、政府答弁は、「趣旨は変わらない」との立場を
06年11月24日、12月5日の参議院教育基本法特別委員会でしている。
1947年の教育基本法の10条の「不当な支配に服することなく」について、教育基本う案委員会の辻田委員は、「教育が国民の公正な意思に応じて行はれなければならぬことは当然で」「戦前、従来官僚や政党など、その他の不当な外部的な干渉・容啄によつて教育の内容が随分ゆがめられた。そこで官僚や一部の政党などのみでなく、一般に不当な支配に教育が服してはならなく教育権の独立ということについての精神を表したのでる」と答えている。
そして、2項は、教育行政の在り方を規定したもので、教育行政は、第1項の自覚のもとに、教育の目的を達成するために必要な諸条件の整備確立を期して行われるべきものである。としている。

1948年に衆議員で「教育勅語等排除に関する決議」、参議院で「教育勅語等の失効確認に関する決議」がされている。教育勅語が萩生田光一の衆議院議員事務所には掲げてあると聞いたことがある。
そのことを、考えると北大の学長の不手際だるが、それに不当な支配への干渉しにあたるのではないだろうか。
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教科書と歴史

ハワード・ジン著の「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史 上下」という本がある。これは、著者の著書「民衆のアメリカ史 上下」を若い世代向けに、レベッカ・ステフォフ氏と編集し直したものです。「民衆のアメリカ史は、ジョージア州アトランタのスペル万・カレッジで教鞭をとっていたときに、自分の教えるアメリカ史に疑問をもち、本当のアメリカ史について考えてみたくなり著したものです。
ジンはその、前書きに次のように書いている、「民衆のアメリカ史」を出版してから、十代の少年少女に読める本を出してほしい言われてきたと、それと同時に。
「あなたの歴史書は、ふつうのアメリカ史ひどくかけ離れているのに、若い世代に読ませていいと思うのか?」「あなたの本を読んだ者は、自分の国に失望するだけではないのか?」「政府のやり方をあんなに非難するこては、はたして正しいのか?」「クリストファー・コロンブスや第七代大統領アンドリュー・ジャクソン、第二六代セオドア・ローズベルトといった、昔からの英雄をこきおろすのはよいことなのか?」「奴隷制度や人種差別、インディアンへの虐殺、労働者からの搾取ばかりを強調し、アメリカはインディアンや他国の人々を犠牲にして、無慈悲に領土を広げてきたんだ、と書くことは愛国心に欠けているのではないか?」などの批判もあったことも紹介している。

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     学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史

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  民衆のアメリカ史

日本では歴史をどのよう教えているのか。中学の歴史教科書を8社が発行しているが、その中で、2019年の検定で自由社の「新しい歴史教科書」が検定不合格になった。
書店で「教科書書抹殺 文科省は「つくる会」をこうして狙い撃ちした」藤岡信勝・新しい歴史教科書をつくる会著、を見つけた。
新しい歴史教科書をつくる会(以降 つくる会)は、中学の歴史教科書に従軍慰安婦のことが書かれるのは自虐的だと問題になったことから生まれた会といわれている。
この本を読んでいると、その思いは「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」と、対比して読んで見ると、歴史観とは何かを考えられ面白い。

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     教科書書抹殺

この本の、前書きである、「はじめに」、は次のような書き出しで始まる。「本書は、文部科学省の、常識では考えられないほど偏向し腐敗した教科書検定の実態を暴く抗議と告発書である」。と書かれることから始まっている。
そして締めくくりとして、安倍晋三が若手議員だったころに、従軍慰安婦をあつかった番組の放送前日に、NHKを呼び出し「勘ぐれ」と番組の改編を迫り、放送された番組は4分ほどしたことを取り上げ、当時のそれらの若手グループ讃え、「つくる会」の教科書が検定不合格になったことについて、「前略  もし、安倍政権が今回の教科書検定結果をこのまま容認するならば、安倍政権の掲げた理念の最終的な死を意味することに疑いの余地はない」。と締めくくっている。
つまり、「つくる会」は、検定ついて政治的な介入を白と言わんばかりです。教育基本法には、第十六条には次のように書かれている「教育は、不当な支配に服することなく」、とかかれ、次のように続く。「この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない」。とある。つまり、教科書検定に対して不当な圧力に屈しはならないもので、政治権力からの介入も許されないものです。旧教育基本法の第十条1項は次のように書かれていた、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対して直接に責任を負って行われるべきものである」。となっていた。
この「不当な支配」とは、特定の利益団体や宗教や組合や政党は当然はいる。旧基本法では、政府の統制も立法当時はあたるとしめされ、その後の判例でもその視点が提示されていた。しかし、新基本法では、「国民全体に対して」が削除され、「教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下」が付け加えられている。
今後、安倍政権は今後の、「つくる会」のロビイ活動に対してどのように対応するのだろうか。

「教科書抹殺」を読んでいくと、自由社の「新しい歴史教科書」の解説本のような感じがし、「つくる会」がどのような意図を読み解くことができる。
検定意見のついた所を、一つ一つ取り上げ、詭弁による恣意的だ、意識的に問題点を仕立てているとし、検定不合格は、揚げ足取りのようではじめから、不合格ありきだった不合格点を紹介している。検定意見をはじめから受け入れないような点がみ、反知性主義的なところが見え隠れする、だからそのような教科書だからら、一発不合格になてしまったのでは。

それはともかく、歴史は100人いれば100の歴史があるわけで、それぞれの歴新観は大切にすべきだが、相手のことも思いやることが大切だと考える。
そのように考えると、ジン著の「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」と、「つくる会」の教科書とは正反対といえる。
もっとも、ジンの本は教科書として著されたものではないが、「つくる会」の本ははじめから教科書を目的としてつくられたものでそのねらいが違う。
さらに、この本の前書きに、安倍晋三がNHK番組改編に関わったころからの、支援者であることと、最近の安倍政権はしたようだと批判している。(私はそうは思わないが)そのようなことから、熱烈な安倍支援者がどのように、考えているのかが判る本だといえると思うので、安倍支援者も安倍批判者にとっても、一読の本でもあろうだろう。
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都知事選とホリエモン新党

都知事選挙で、現職の小池知事が選ばれることは、投票前から予測できたことです。
しかし、わたしは、都知事選で不可解に思ったことがある。
それは、東京都の首長を一人、選ぶ都知事選に同じ陣営の人が、3人も出馬していることです。
「ほりえもん新党」からの推薦などで、出馬した人が3人いる。しかも、その3人の集票数が、5万4479票も集めていることです。
「ほりえもん」は堀江貴文のことを言うが、堀江氏は都知事選出馬をとりざたされていたが、出馬はしなかった。また「ほりえも新党」の党首は、NHKから国民を守る党の代表である立花孝志がつとめている。そして、立花氏自身が立候補し、あと二人も「ほりえもん新党」から推薦などを受け出馬している。
さらに選挙立候補者の掲示板には、立候補していない堀江氏の顔写真つきの「ほりえもん新党」と書かれた、ポスターが貼られたという。私は東京圏に住んでいないので、その掲示板をみていないが、ネットでそれを知って公職選挙法違反に触法しないかと思った。
だが、公選法違反には直接はあたらないようです。しかし、おもうに一人に首長を選ぶのに、同じ団体から3人が立候補し、選挙ポスターは立候補当事者でなく、関係ない人の顔写真を使うことは、選挙倫理として如何なものだろうか。また、東京都民はそれに対し、5万4479人の人が投票している。立花氏に投票した人はまだわかるが、それ以外の1万0567人の人はどのようん思いでいれたのだろうか。

この3人の票は、選挙結果になんら影響はしていないが、このことに対して、顔写真と名前を使われた、堀江氏はどのように考えているのだろうか、3人に抗議をしないのか、それとも顔写真を使うことを承諾していて別の思惑があるのだろうか。
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歴史について

歴史書はそれを、書く人の立ち位置によって変わる。学校で使われる歴史の教科書などは、国を問わず、そのときの政権により、大きく変わったり、大なり小なり変わる。
日本で見ると、戦前の歴史教科書では、明治の始めに学制が始まり、国の歴史を教えるようになてから、敗戦までの教科書を見ても、しだいに国歌主義的な歴史観を教える方向に変わっている。天照大御神から授かった神武天皇の、皇祖皇宗の組み海の神話を国の正史とした歴史だったが、敗戦により国家神道による国体を書いた歴史教科書から、社会制度、教育制度が大きく変わったことにより、歴史教科書もそれまでの、皇祖皇宗史観の歴史から、歴史的事実を重視した教科書へとかわっている。このように、冒頭に書いたように歴史とはそれを書く人の立場によって変わることを知っておくべきだと言える。

日本の最古の歴史書は、「古事記」といえるが、これは奈良時代に時の天皇の天武天皇が稗田阿礼位に編纂を命じ、太安万侶が纏め上げ元明天皇献上したものと「古事記」序文にかかれている。もともとヤマトの一豪族であった、天皇家が大和を中心に周辺地域を治め、勢力を拡大してく上でその、家系の正当性を作り上げるために作られたものです。
このように、歴史は書く人の立ち位置によって変わるが、その歴史を記録する人により、同じことでもその視点が違うことにより、内容が大きく変わっくることは当たり前です。

また、為政者が書くものと、為政者によって制圧された部族や民衆が書いたものとは異なってくる。しかも、おおむね正史とされるのは、支配している為政者の側にたっている。
また、政治家が書いたもの、武士が書いたもの、民が書いたもの、民が書いたものでも商人が書いたもの、宗教者が書いたもの、農民が書いた物などによって変わってくる。このことから、歴史は一つでなくそれぞれの立場の数があるだけあることになる。
その歴史は、どれも自分に都合の良いように解釈され書かれていくことが多い。特に為政者や社会的な身分・職階などの地位高い人が書いた記録ほど、都合の良いように書かれているものが多いといえるだろう。

また、同じ側の戦記でも、武士や軍が書いた物でも、時の為政者と、中央の戦略家が書いたものと、前線の指揮官が書いたもの、一兵卒の日記として記録されたものとでは違ってくる。
また、隠れた歴史として、兵としてかり出されそこに残された家族の人たちの記録などもあり、それを見ることにより、本当の戦争の姿が浮き上がってくる。それと同じようなことが、あらゆることだあるはずです。

また、公的な歴史としては、記録されず消されてしまう歴史もあるだろう。歴史修正主義者によるもの。
また、私たち日本で学校で教わる米国の歴史は、1492年のコロンブスがアメリカ大陸を発見し、イギリスとの独立戦争後の歴史がでてくるが、それ以前の先住民の歴史や文化は教えられていない。米国の学校では国の歴史としてどのように教わっているのだろうか。

同様に日本の古代からの現代までの歴史も、百様ありそれぞれの歴史はそれぞれの立場の人にとって正しいかもしれないが、いろいろな立場の置かれた人がいろいろな状況に置かれていたことをなかったことにすることはできないものです。
それぞれの立場を重視しながら、相手の立場を尊重して歴史を直視していくことが大切だろう。
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シベリア永久凍土の融解

地球のいたるところで産業が活性化し、工業活動が活発化して、温暖化効果ガスの排出の増加がとまらない。そんな中でロシアのシベリアで気温の高い日が続いていると言われている。
これは、北極圏の温暖化が続いているということです。それによりシベリアの永久凍土の融解がおきていることが心配されている。永久凍土が溶け出すといことは、凍っていた腐葉土が溶け、腐葉土に閉じこめられていた、炭酸ガスが大気圏に放出されるということで、地球の温暖化に拍車がかかるのではないかと心配されている。

温暖化効果ガスの増加というと、工場からの排出がやり玉などのあげられているが、それだけでなく牛の反芻にによるゲップもあると指摘されている。それ以外にも、有機農業をするうえで、家畜の糞や腐葉土などで肥料を作る時にも、温暖化効果ガスが排出され、こちらも相当な量だと聞く。それと同じようにシベリアの永久凍土に封じ込められていた腐葉土に含まれていた炭酸ガスも相当な量だと言われ、シベリアの永久凍土のそれが、溶けだし大気圏に放出されだしていると指摘されている。
そうなれば人間の産業活動だけでなく、地球の温暖化による気温上昇により、シベリアの永久凍土が融解し、炭酸ガスが増えることにより、さらに気温上昇に拍車がかかることになる。

今、気候変動がおき異常気象が頻発しているが、温上昇は温暖化だけでなく、北極と南極の氷が溶け海面が上昇して、世界の低海抜地帯が海水に浸かると指摘され、早急な対策が急務だと指摘されているが。しかし、オセアニアなどの島礁国の当事国は別として、そんなに逼迫観がなく、目先の便利さを追求する方を優先させている。

そのように、なさまざまなこと、起きると予測し指摘されているが、それに対しての取り組みを急がなくてはならないのに、日本やアメリカをはじめ、先進国は喫緊のこととして取り込もうとしていない。

コロナ禍はすぐに目に見えて身近に現れるので、危機感を持っているが対処している。しかし、地球温暖化は、目の前の風景が変わらないので、今の目先の利権のことばかりが優先されち遅々として進んでいないのが現状だ。
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食べ物と添加物と毒

生体に対しての毒物には4種類があるという。

一つは、動物毒や植物毒、カビ毒、細菌毒などの「自然毒」
二つに、工業化学薬品や医薬品や農薬などの「合成毒」
三つに、重金属などの「無機毒」
四番目は、放射線などの「その他の毒」

そして、この二と三と四は、避けようと思えば避けられるものです。もっとも、現代の世の中では、自分がいくら注意していても突如とやってくる。福島の原発事故の放射線被曝や、光化学スモックなどのように、避けようとしても避けられないものもある。
しかし、一の中に含まれる食べ物については、自分で注意と工夫をするれば、その毒から避けられるものです。だが、この食べ物から来る毒が一番身にさらされる頻度が多く高いものともいえる。
このたべものには、スーパーやデパ地下やコンビニでう売られている、弁当などのその食品表示を見るとさまざまな添加物が使用されている。また、ファミレスやファーストフード店などの、料理もその多くはその店で一から料理したものでなく、工場などで作られたもので、それを加熱して盛り合わせたものほとんどのようです。そしてそれらの多くは、美味しく見栄えよくなるようさまざまな添加物が使われていると聞く。このことは、高級ホテルや老舗旅館なども大なり小なり同じようなものだろう。

私たち人間も生命体で、食べ物を食べないと生命を維持できず、食べ物を食べないといけないです。
しかし、現代の商業経済社会での中では、安全な食べ物だけを食べることは不可能でしょう。もし、安全な物だけを食べるとするなら、自給自足で野菜を育て、豚などを飼料から調達し育て、それを自分で調理するしかないでしょう。しかも、調味料の塩や醤油や味噌まで自分で作って初めてそれが可能になる。そのようなことは、現代社会ではまず不可能です。

しかももっと基本的なことを考えると、料理の味付けなどの添加物である、三大調味料をもっと考えてみる必要もあるだろう。

体に悪い調味料・添加物のベスト3は、次の三つです。
1は、塩。
2は、砂糖などの糖類。
3は、油。
しかもこれらは、三大調味料で料理をおいしくしてくれる。しかも次第に舌が麻痺するのか、脳が麻痺するのか次第に味が濃くなってしまう。
それにより、現代の三大病に患りかかる原因とも呼ばれている。
1は、高血圧。2は、糖尿病、3は、肥満などの原因で、生活習慣病として、消費者の関心が集まっている。


また、別の視点でみると、コーラなどの炭酸飲料は、炭酸を抜いて常温などで飲むと甘すぎて飲めない。それと同じように、甘さや塩辛さやコッテリとした味は、科学合成や自然由来の添加物などで、大量に使用していてもそれほど多く使われていると感じさせなかったり。少ししか使ってなくてもちょうどよい味に感じさせることができるそうです。

そのようなことから、添加物への関心も高まっろ、食品の使われていう添加物の表示をするよう義務化されている。
いまスーパーやデパ地下などでは、安い、簡単、便利、おいしい、見た目がよい、加工食品や調理済み食品やレトルト食品が売られている。そしてまた、それらの食品を作るときに使われている添加物に対しても、消費者の関心が高まっている。
だからといって、それらの添加物コッテリのお惣菜を買わないかと言えば、おいしい・簡単・便利・安い・見た目がよいのには勝てないのか、デパ地下はいつも人だかりだし、コンビニ弁当は財布にやさしいので人気がある。

私たちは、毎日、毒を食べているようなものだ。
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七世代あとのことを考える

アメリカ東部の五大湖周辺を生活圏にする、アメリカ先住民のイロコイ族が受け継いできた言葉がある。
「大事なことを決めるときは、七世代あとのことを考えてきめる」。
このことばは、集英社新書「癒されぬアメリカ:先住民社会を生きる」蒲田墫遵 、で紹介されている。
七世代後にもなると、大事なことを考えた、その人は生きていないどころか曾孫も生きていないだろう。20歳で結婚し子供を授かるとして、140年だ。日本では、自由民権運動が興ったころで。中央ヨーロッパでは三国同盟が成立し、コッホが結核菌を発見したころです。

さらに、鎌田は、この言葉について、カルフォルニア州北部のレッドウッド・バレーン・ランチェリア・ポモ族のエリカ・カーソンが祖先か受け継いできた心構えを紹介している。

 七世代前の人たちに感謝している。
 七世代前の人たちが生き抜いてきたから、
 いまの自分たちがいる。
 これから七世代は、自分たちの責任だ。
 自分たちの振る舞いのすべてが、
 七世代あとに影響する。

 七世代前は自分のために祈ってくれた。
 だから、自分たちは七世代あとのために祈る。
 七世代あとのために歌い、
 七世代あとのために踊り、
 七世代前のために生きる。

このことは、アメリカ先住民だけのための言葉としてではなく、わたしたち世界中の一人ひとりが、心に沁みて受け止めるべき言葉だろう。
自分たちの民族や民の祖先が、苦労して作り出してきた様々なものに感謝すること。そしてそれを受け継ぎ、構成に自信をもって伝え残せることが、孫への子孫への責任だ。
しかし、豊かで便利な飽食暖衣の、この宇宙船地球号の乗組員にとって、深く考えないといけないだろう。

先を見ないで資源を使い放題に消費しているいま、地球の温暖化問題や、地下資源の乱掘や、森林の乱伐や海洋資源の乱獲などにより、とてつもないダメージをあたえている。それにより七世代あとどころか、今日生まれた赤ん坊が、社会の第一線で活躍する30年後の、2050年の地球を想像したことがあるだろうか。悲観論かもしれないが私にはけっして明るくは見えない。

いまコロナ禍で暗く見えるところもあるが、それがなかったら楽天的に、この宇宙船地球号は順調に航行しているように見る人が多いようだ。
今一度、いまの自分のことだけを見るのではなく、子ども世代孫の世代だけでなく、ポモ族のように七世代後のことも見通していくべきだろう。

また、七世代の時間は、今まで地球に与えた傷が復元され癒される時間でもある。その時間についても噛みしめて感じてゆくべきだ。

また、七世代は、地球へのダメージだけでなく、人に与えた傷を語り継いでいくことにより、人でなしの行為による与えた傷、与えられた傷と、その心の傷跡が互いに癒されていく時間でもあるだろう。それは、語り継いでいくことによりはじめて癒されるので、人でなしの行いを歴史修正主義者のように、なかったことにしたり見ないで置こうとするなら、いつまでも癒されず同じ過ちを繰り返ししまうことになるだろう。

このポモ族の言葉を大切にしたい。
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香港返還記念日のデモが不許可

香港返還記念日のデモが不許可に、民主派は「感染拡大予防を口実に、市民が声を上げさせないようにしている。市民の人権や自由が失われてつつある」と危機感を感じている。
香港では、反政府的な語気を取り締まる「香港国歌安全維持法案」が、28日から開かれる、全国人民代表者大会の常任委委員会で審議され、可決される見方が強まっていることもあり、香港政庁や中国政府が警戒し、返還記念日の集会デモに神経を尖らせている。
このコロナ禍で感染を理由に集会やデモの禁止は、香港や中国に限らず、アメリカでも人種差別への抗議行動の高まりでもみられている。世界の人種差別への抗議行動の連帯は、コロナ禍により行動を自ら制限することは、人種差別主義者に屈してしまうことにつながりかねない。
人種差別を受けている当事者とその身になってその現状と実情から受ける感情を共有しないと、この地球上から何時まで経ても人種差別や民族差別や国籍差別は無くならないだろう。

日本人は明治維新から脱亜入欧の近代化を進めそれにより、民族差別をするようになったので、西欧から人種差別をされているのにそれをあまり感じずにいて、隣国の民を差別し蔑んでみてしまっている。それにより、米国から発信した人種差別抗議運動への共鳴の動きや、香港の民主主義の制限への抗議の民主化運動に対しての市民レベルでの連帯などが起きにくいのだろう。しかもそれとは逆に、日本の国体論が文化伝統といって、個人の人権尊重と自由の民主主義は合わないとして、制限をすることを主張する人もいる。

そのようなことを考えると、香港の民主化運動や人種差別抗議行動を対岸の火事のように見ているだけでだと、そのうち足元の火がつくようになるだろう。
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農薬と昆虫による受粉

世界的に農薬の散布により害虫が駆除されると同時に、作物の受粉を助ける蜂などの昆虫にも影響がでている。ここ近年世界的にみて、大量のミツバチが姿を消してるといわれている。NHKのニュースではカメムシを駆除する農薬がミツバチが減少したと疑われるとケースがあると報告されたと伝えている。
ミツバチだけでなく、日本ミツバチなど野生の昆虫が植物の受粉に重要な役割を果たしている、昆虫へのリスクなどの影響を環境省が調査する方針を決めたとも伝えている。
わたしが、庭で家庭菜園をしていると、確かにいろいろな昆虫が蜜を集めにきている。害虫を駆除する農薬は散布していないので、キュウリがうどん粉病にかかるが、そのほかhそんなに虫に食われたり病気にかかったしない無農薬野菜です。

話しをもどして、野菜の生産効率を上げるために農薬をつかうと、それが逆に野菜の受粉を妨げてしまうのは深刻な問題といえる。今後、環境省がどのような方針を出すかに注視してたい。
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糠漬け

私は毎日、漬け物にぬか味噌漬けを作っている、キュウリやナスなどの野菜を買ってきて、自分でぬか床に入れてつけている。
ぬかはスーパーで売っている、ふつうの炒り糠です。まちの米屋さんをで糠を買ってもよいのだが、生糠でつけるより炒り糠でと思うが、家で糠を炒るのは大変なので、手抜きをするためだ。
スーパーで糠味噌漬け用として売っている糠には、二種類あり、成分表示をみて唐辛子や昆布や他の添加物がたくさん入っているものと、何も入っていないだだの糠だけの炒り糠を売っているが、私が使うのはただの炒り糠のほうです。

そして、漬ける時に野菜を塩もみをして漬け、大根を漬けるときには、数日干して水分を抜いてから漬ける。そして時々、鷹の爪や昆布やカラシなどを入れます。それと昔の古釘といいたいが、ナスの形をした鉄の塊をいれている。これはホームセンターで買ったものです。ついでに書くが、キュウリの形をしたものとセットで売っていたので、こちらはお茶を飲むときに、ヤカンに入れて湯を沸かして茶を出している。
では、なぜ自分でぬか漬けをつけるのか、それはスーパーで買った漬け物を見ると、いろいろな添加物が入っています。

ぬか漬け以外に、家では梅干しも毎年漬けるが、これは梅と塩と赤ジソ以外には何も入れません。
こちらもスーパーなどで買ってきた梅干しを見ると、どんなに有名なメーカーの高いものでも、いろいろそれそれ以外のものが添加さてています。美味しくするため、早く漬けるため、減塩のために保存のためでしょう。
しかし、自分で漬けた糠味噌漬けも梅干しも、買ってきた物のような味はしないが素朴な味がする。いろいろと市販の糠漬けや梅干しは、高級なものでも美味しく造られているが、わたしにはどうもその味が押し付けがましくあまり好ましく思わないからです。

いまは、スーパーや百貨店や小売店で売っている便利で便利な食品や調味料などの加工食品が売られているが、それらは私は最近どれも味が濃く感じる。
ぬか漬けとと同じように、便利なレトルト食品や加工食品やコンビニ弁当など、おいしい味付けがされているが、最近私には味が少々濃いいように感じる。
コロナ禍で日常に食材のために、スーパーなどに行く回数がへり、家で料理する機会も増えているので、自分で作った素朴な味を楽しめるようにしたく最近思っている。
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ワシントンDCを51番目の州に

アメリカで首都ワシントンDCを51番目の州と数留法案が、野党民主党が提出っし、下院で可決されてた。上院は共和党が多数を占めているので、法案は否決され阻止されるとみられている。しかし、地元メディアは歴史的は一歩だと伝えている。
ワシントンDCは、どの州にも属さない特別区という扱いだが、上院の各州に割り振られる二人の議員が選出でず。下院も投票権を持ち議員を送ることができないでいる。70万人の人が住んでいるが、地元では不公平立ちいう声がねずよくあった。
ワシントンのバウザー市長は「歴史的な投票によって、かつてなく51番目の州に近づいた」と歓迎する声明をだした。
ワシントンDCには、民主党支持者が多いので、共和党は選挙工作だと批判し、共和党が過半数を占めている上院では否決される。
地元メデァも「画期的なものだと」伝えているそうだ。
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個の応じた才能を育てる

アメリカの先住民のモハベ族は、部族を一つにまとめるために、子供たちへの教育は平等には扱わない。鎌田  の著書「癒されぬアメリカ 千住民社会を生きる」集英社親書 に先住民のマリエッタ・パッチの言葉を紹介している。「部族では、白人社会のように、すべてのこどもに平等にものごとを教えるということはしない。子どもの頃から、その子の素質、才能に合わせて、年長者が自然環境のなかで、英才教育を施す。リーダーに向いている子どもには統率力、呪術師になる子には精神世界とつながる力、芸術の才能がある子には、表現力を伸ばすような、それぞれの目的に合わせた教育がある。だから、スピリット・ランナーになる子は幼いころから、日々、特殊な訓練をかかせない」。
アメリカの先住民の部族の人口の規模は、コロンブス以前でも今の国家や都市のように多くはなく、多くても数百人程だと言われている。そして互いに部族間での抗争などもあっただろうかから、部族を率いるリーダにはそれなりの資質が必要とされ、小さいころから、部族のものみながその英才教育関わり、子どもがそだてられていたのだろう。

しかし、その集団の人数が数万、数十万、100万、一千万規模になるとそのようなことはできない。だから、集団が国家組織になると、すべて平等に教えるようになっていく。
今の、学校教育の制度では、日本では学習指導要領に沿って教えられ、教科書も指導要領に基づいて作られ文科相による検定がなされ、教科書は行政などのブロックで一括採用され、学校ではカリキュラムが編成され、時間割のよりその時間ごとに教室で一律に教えられている。
しかし、数十人や数百二程度なら、一人のリーダの資質によいり、部族の存続がかかっているので、各それぞれ個人にどのような資質があるか、部族全体で見極めそれに応じて育てられていたのである。
日本では、家業を継ぐ者はその家の者からと思われているが、昔から必ずそうとも言えない。江戸時代などの商家や武士では、必ずしもその家を継ぐのは長子とは限らず、資質がなければ廃嫡されたり、強制的に隠居させられたりする。出来の悪い不良ともなれば勘当され、家との縁をきあれてしまう。そして、次男に継がせたり養子を迎えたりしている。現代でも株式会社などでも社長になるのは、その会社の生え抜きとは限らず、外部から登用することも多い。
隠居させらた若い長男などは、自分の趣味を特技としてその方面の才能を伸ばすものも多くいた。

さて、現代ではどうだろうか。
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不自由な国、日本

不自由な国、日本
なぜ日本は不自由なのか。
敗戦後の民主憲法により、国家総動員法による、「欲しがりません勝つまでは」の戦中のような、自分を押し殺した生活を強いられることはない。また、戦中はみな、不自由に感じていただろうか。明治3年に出された、「教育勅語」による道義観が植え付けられ、昭和に入り、国体明徴運動が興り、「国体の本義」と「臣民の道」が文部省から出版され天皇の赤子としての臣民のあり方を倣って生きていたので、自由が奪われているという意識をどれだけの人が持っていただろうか。
現在は、移動の自由や個人の表現の自由が保障され、いっけん自由に生きているように見えるが、ネット社会のなかで、空気を読むことが以前より長けてきているように見える。そして、読んだ空気に従って生きている人が多くいるように見える。
その場の空気を読まないで、そのばで水を差すような事をいうと、「あなたは空気を読めないの」と批判されたりする。これが、SNS上のやり取りだと、炎上と言って批判の集中砲火を浴びてしまったりする。
それでは、空気を読んでそれに従って過ごしていくだけがよいのだろうか。

夏目漱石の「草枕」で、「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにく」。と言っている。しょせん、世の中は大なり少ないり空気を読まなくては生きていけない。しかし空気を読んで自分を押し殺して、空気の流れに掉さしてうまく世間を渡るだけなら、流れにながされるだだの浮草になってしまうことになる。それで、本当に自我というのが保てるだろうか。また、それが本当に世の中にとってよいのだろうか。
私の住んでいる近くに溜め池があるが、以前、暑い日が続き、浮き草が大量発生したことがる。池全体にその浮草が発生し湖面を覆ってしまし、池に日の光が差し込まないので、池に棲んでいた魚が酸素不足になり死んでしまった。さらに、台風で大雨が降った翌日そのため池の横を通ると、浮き草は跡形もなく消えてしまった。このように、空気を読み過ぎて自分を見失った浮き草になってはだし、その集団全体にも悪影響がでる。

漱石は、「草枕」で次のように続ける。
「住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩がが生まれ、画が出来る。
人の世の作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするだだの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国に行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなおも住みにくかろう」。とある。
空気を読み従うことも必要だが、心までそれに染まってしまうより、面従腹背と言う言葉があるように、時に応じて臨機応変に空気に対応しなくてはならないのが世間だろう。
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万世一系の天皇が統治しる国体

万世一系の天皇が統治しる日本国体の考えを作り出したのは、岩倉具視とも言える。岩倉が、伊弉諾、伊邪那美による天孫降臨の国土創造の神話をもとに、万世一系の天子が統治する施政を基礎とすることが国体であるとして、幕藩体制政治から廃藩置県により、今まで武士が廃がなくなり浪人になり、それあの人をまとめ、中央集権化を徹底させるための方策として、岩倉があみ出した方策といえる。それから150年以上たつ、いま、明治回帰志向で教育勅語を賛美する人たちが、皇祖皇宗の万世一系の天子が統治する国であり。それが世界のなかでも希有であり、類を見ないな日本の伝統であって文化であり美であるとことを誇りとしポリシーとしている人たちがいる。それを一つの神話ものがたりするのはいいが。政治の一つのよりどころとしたり、道徳教育の中に取り込むのはお門違いとしか言いようがない。

天孫降臨の国土創造は神話でしかない。知ってのとおり、記紀である、『古事記』は、奈良時代に天武天皇が稗田阿礼命じ、太安万侶が712年に元明天皇に献上したもので。『日本書紀』は、舎人親王が完成させ元正天皇に献上したものです。記紀は天皇家の正統性をつくりだすために、当時の大和地方や熊野地域や伊勢地方にあった伝説とその地域の豪族の系統などをもとに作り出されたものと言える。
それにより天皇家の統治が正当化されたが、平安時代になると政治と統治の実権は武士に事実上奪われてしまい、幕末までにに至る。
大政奉還により天皇家に実権がもどったが、国をまとめるには工夫が必要だった。そこで岩倉があみ出したのが、天孫降臨の国土創造の神話といえる。それにより、大日本帝国憲法と教育勅語がつくられて日本の法治制度は調っていく。それから130年以上たつ。また、敗戦により民主憲法の日本国憲法と教育基本法から73年たつ。岩倉の時代ならわかるが今のそれを持ち出すのはどうだろう。明治維新期は、それまで幕藩体制の300ほどの藩がありそれぞれが独立国としてあり、それを幕府が一つに纏める連邦国のようだった。それが維新により藩が解体され、一つにまとめるには皇祖皇宗の万世一系は、国内の藩民であった県民をまとめ、連帯させるにの必要だったともいえる。しかし、21世紀のいまのそれは純粋な王政復古を源とするものだろうか。それらを持ち出す人たちは、むしろそれは、自分たちの利権を守り得ることをより所にする人たちで、それに群がる人たちからの後押しによって支えられている。その人たちの言う、日本の伝統や文化を大切にと言う言葉には注意したい。

戦後の民主憲法である『日本国憲法』により国民主権と人権尊重と内心の事由が培われ定着してる現在、自民党や維新などの中にいる、明治回帰を夢み天皇制の復活をさせようとすることは、日本の国を分断させてしまうことになる。
分断は、彼らが言う日本の伝統である、皇国史観にもとづく「教育勅語」的な道徳観、修身観は、他者を寛容に受け入れ、うちとけあい、仲よし、親しみ合うことことと言うが、分断してしまってはそれに相反することになるのではないだろうか。
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人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは

黒人差別への抗議行動が米国だけでなく、ヨーロッパをはじめ世界各国でも抗議行動が起きていると、テレビなどでニュース報道されている。そして米国での抗議行動をテレビ映像などを見ていると、その抗議行動に参加しているのは、黒人だけでなく白人の若い人が多くいる。そして、黒人差別だけでなく、人種差別を問う運動への高まっている。ヨーロッパでも外国人差別、人種差別への抗議行動となっている。また、米国はもちろんヨーロッパなどの国々では、かつての植民地政策時代の英雄の銅像への批判が起こり、抗議デモの中で銅像を引き倒す行動にでるまでになっている。
そのように、人種差別に対しての抗議行動の高まりは、なぜか日本国内では起きていない。起きていてもTVではそれが報道されないでいる。なぜ日本では人種差別反対、在留外国人、在日外国人への差別への抗議行動が盛り上がらないのだろうか。
それは、明治維新以降の万世一系の神武創業とする天皇制の貴種性が作り出された。それにより、近代日本の人種と人種主義は、天皇制による大和民族神話のナショナリズムが作り出され、国民の間に日本人の優位意識が作り出されとことからくるのではないだろうか。
明治以降日本では、身分解放令後に、異種論が出てきて被差別部落問題へと発展していっき、朝鮮半島併合により日本人の朝鮮半島への殖産興業により、住むところを奪われた朝鮮半島の人たちは、故郷をはなれて日本本土へ流氓としてやってくる。
しかし、日本本土の人たちはそれを、受け入れず異種として白眼視した。それは、明治政府が行った記紀神話による政策からきたものであったといえる。それが、戦後75年になろうとしているのに、未だに差別的なヘイトがおおでを振って行われるのはなぜか。従軍慰安婦の少女像に対して、少女像の苦渋の姿を見るのではなく、反日だとして日本人は従軍慰安婦があった事実から目をそらてしまう。
なぜ、日本人の一部には歴史的事実を直視し、反省し同じ過ちを繰り返さないように見ることができないのか。それは、自分に自信がないからではないだろうか、敵を外に作り西欧から差別されていることから目をつぶり、自分のそばにいる弱い人を攻撃しヘイトし、近隣の国を敵としてつくりだしていく。しかもそれを国や行政の首長が率先して行うことがある。

そのような今の日本だから、日本国内から、米国の差別への抗議行動への共鳴が起きないのだろう。
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分断

中国の一国二制度のもとで、中国本国政府が、香港の治安維持のために、直接介入することを正当化する、「香港国家安全維持法案」が成立すれば、香港の混乱と分断は危機の状態にたかまるだろう。さらに、香港行政府での、「国歌侮辱法」「犯人の本国への引き渡し法」の成立はなど、香港の反映に悪い影響を及ぼし、世界の金融センターの役割は低下するだろう。と同時に中華人民共和国の崩壊をまねきかねないだろう。
習近平の長期政権は権力一極集中を招き、集団指導体制がどのようになるかで、今後の中国の独自性を損ない、中国の経済発展にブレーキがかかってしうことになるだろうか。
ソ連崩壊の10年以上前に「ソビエト帝国の崩壊」を書いてソ連の崩壊を予測した、小室直樹が生きていたらいまの中国をどのように見るだろうか。

また、ボルトン氏が回顧録に書いているそのなかで、外交や政治でも国益よりも、自分を優先さていると述べている。トランプ大統領は、その言動が米国の分断を生むとしても、自分ファーストでファーストです。そして、トランプ大統領が再選されれば、米国の分断は危機的状況になるだろう。しかし、米国は南北戦争の分断があったが、それを乗り越えたように、トランプ分断も乗り越え民主主義と自由と多様性を寛容に受け入れる米国に再生することが出来るだろう。

日本では安倍政権の長期化がづづくが、親安倍派と反安倍・アンチ安倍の自民党内の分断が起き、それにより新生自民党がうまれるか、ポスト安倍も似非安倍になるかアップ安倍になるか。また、国民のなかにも安倍信奉者と安倍嫌悪者がいるが、分断とまではいかないようだ。しかし、敗戦時の国家神道の皇国日本から、民主主義を与えられれ経済復興をしたときは、分断はあまり起きなかった。しかし、日本を再生するには一度分断の混乱があった方がよいのか、敗戦時のように分断なき変身ができるだろうか。

ソ連崩壊の時、大きな分断は起きなかった。それにより、政体はプーチン政権をみると、だんだんソビエト帝国の揺り戻しのように、全体主義かしてきているように見える。同じように日本の1945年の変革には分断がなかったので、皇国への揺り戻しがいま起きようとしているのだろうか。
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長期政権

ロシアで憲法が改正され、大統領が4期までと改訂されるが、但し書きがついている。今までの大統領を除くと。つまり、プーチンは今度の大統領選挙に立候補でき、当選すれば最大16年大統領を務められることになる。
韓国でも5年の一期し務めれなかったのが、2期までに改正されている。中国も国家主席の任期が延長されている。
日本では憲法で首相の任期制限がないが、慣例として第一党の党首が首相を務めるている。自民党は党規約で総裁の任期を3年2期までを、安倍に首相をさせるために、3年3期に改めている。となると、党規約を再び改めて4期までとするとさらに首相の席に座ることもできる。

韓国の場合は、権力が絶大に大統領に集中するので、一期までとされていたが、5年では5年で結果を出さないといけないので、長期の政権運営は難しくなるので2期10年間でしたのだが、それがどのような結果となるだろうか。
アメリカでは、大統領の任期は定められていなかったが、初代大統領のワシントンが2期目を終え3期出馬しない意向を示したが、周囲から出馬を要請したが、ワシントンは一人の人が長く政権のトップをつとめることは、王政と同じになると断ったと言う。それにより以降大統領は慣例として2期までとしていた。しかし、ルーズベルト大統領は世界大戦のこともあって、4期目も出馬し大統領になっている。しかし、4期目にルーズベルトは病気で急死している。
このこともあって、憲法が改正され修正条項により、大統領は2期までとなった。

つまり、国のトップリーダを長期につとめると、そこにから腐敗がはじまる。それは王政による政治以上の弊害がある。
王政では、王による王道政治、王の神聖政治で民本主義ではないが、民を護るためための政治がおこなわれる。
中国では国家主席の習近平主席の任期が延長され中央主権体制がより強固になっている。その影響が香港の行政に対しても変化がでてきている。治安の面で中国が介入できるようになってしまった。
また、韓国の大統領の任期が延長され、文在寅はどのような施政統治を今後していくだろうか。
ロシアのプーチン大統領は、憲法が改正され次期大統領にえらばれると、そのごの統治の仕方はどのように変わっていくだろうか。
アメリカのトランプ大統領は再選に意欲を燃やしているが、コロナ禍のなか大統領選挙がどのように行われ、再選されれば次にどのように米国を引っ張って行くと言うより統治するだろうか・
しかし何れにしろ、現代の選挙による政治では、民主主義による統治さるが、長期政権になると宰相に全権委任していき、そこには利権に群がるハエが集まり、今の日本の長期政治のようにお友達政治になり腐敗してしまう。

安倍政権以前まで、日本では1~2年で首相が替わっていたたことにより、腐敗の温床がなかなか出来なかった。それにより政界にも国民にも腐敗への免疫や抗体が出来ていなかった。しかし、安倍政権が長期に続くことにより、腐敗菌に感染してしまい、その菌はステルス化していて、国民にも腐敗していることに気がついていない人が多い。腐ったものを食べてしまうと、腹を下してしまい、ときにそれが原因で死んでしまう。そうなると、新自由主義の経済は混乱し、産業は利権とロビー活動により寡占化し、人心は倫理観を失い混乱してしまう。
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人種差別に対する抗議行動

いま、米国で人種差別に対する抗議行動が、コロナ禍の中でも大規模に起きている。また、米国だけでなく世界各地でそれに共鳴して起きている。米国では、リンカーン大統領が奴隷解放宣言後も奴隷が使役されをていたが、1865年の6月19日に解放されていなかった、テキサス州に北軍の部隊が進軍し、25万人の奴隷を解放した日として、米国南部に住む黒人の間で大切な祝日とされ、テキサス州では州の正式な祝日に指定されている。それほど、人種差別に対する抵抗は重要なものと言える。
しかし、特に米国の人種差別主義者は未だに、「白人以外は人間でないから、白人以外に人権はなく、白人以外は野獣である」。と考える人もいる。
今までにも、米国で差別に抗議した黒人が立ち上がった行動は何度もあっが、毎回その動きは1-2週間の一過性で終わっていたが。今回の人種差別撤廃への要求は終息しそうにもない。しかも、20代の若い人たちが多いというこです。

20代の世代は、プライバシー保護の意識が高く、ブランドではなく本質に価値基準を置き、9.11の経験により社会課題への意識が高い、Z世代と呼ばれている。彼等は、黒人であるバラク・オバマが大統領に座に着き、
それを違和感なく見てきている世代でしす。それにより民主主義と自由の国である米国が肌の色で人間を差別していることが信じられない。つまり属性を問題にしてはいけないとの良識派の人たちです。
また、世界各国でも、人種差別に対する抗議行動がおきているのは、米国の白人警官による黒人殺害に対する抗議ではなく、自分たちも差別されていること実感しているからだろう。
では、日本では海外の国ほど人種差別への抗議が高まっていないのはなぜだろうか。日本では国民の間に生活の中で、人種差別や民族差別をすることがあっても、人種差別をされる実感することがないのだろう。それが、人種差別撤廃条約を批准したのに、人種差別禁止が義務づけられいるのに、法的規制ができる種差別撤廃基本法を成立されないのだろう。
逆に、明治以降に作られた国家神道による浸透が、戦後否定された国家神道の日本は神の国で特別な国という思いがあるのだろう。
コロナ禍後の世界の中で、日本が名誉ある地位にとどまるには、まずは日本は神の国だという思いを棄てることが大切だろう。
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人種差別について


文化人類学者の竹沢泰子は著書『人種概念の普遍性を問う』の冒頭で次のように書いている。「二〇世紀は、ホロコーストを始め、人種主義に根差す多くの悲劇を生み出した。共存の世紀と期待された二一世紀を、われわれは今ふたたび悲劇の生き証人として歩み初めている。人種主義による争いや差別は絶えることなく繰り返されて、しかも、より複雑かつ巧妙化した姿でわれわれの前に現われている」。

人間は、自分は他よりも優秀だ思いたいところがある。また、自分はあの一人より仕事ができないと思いたくない。しかし、あの人より低く見られていること感じるとそれに対して、自分以外のほかのところにその原因があるとして、別のものに原因を見つけようとしたり、それを作り出したりする。それが個人レベルだなく、国レベルになってくると、民族差別や人種差別になり、他民族への憎悪となり大量虐殺などがいきる。

また、自分たちは優秀だとする見方は歴史てきにみて、経済の成長が行き詰また帝国主義時代は、植民地政により侵略は正当化され、多民族を奴隷として扱うのは神から選ばれた特権だと考えたりした。西欧とりわけスペインやポルトガル、イギリスやフランスなどは、自分たちは他の地域より文化文明が進んでいる。これは進んでいるのは自分たちが立派で、神から選ばれ神がその差を作ったのだと正当化していた。ちょうどキリスト教の創世記で神が人間を作り、地球を支配することを神託されと解釈するのと似ている。

もともと、世界史でみれば中国の唐の時代では、中国が世界の中で一番政治制度も技術も進んでいたが。中国はそれから進歩の歩みを止めてしまった。それにより、ヨーロッパはルネッサンスのころから人間復興運動により、科学を発展させていき1492年以降新大陸を発見し、フロンテァ精神によりますますその発展は加速させた。その発展の原動力は飽くなき欲望だったと私は思う。

1491年以前のアメリカ大陸には、多くの人々が住み素晴らし文明が南北アメリカ大陸で栄えていたが、ヨーロッパ人が持ち込んだ疫病で滅ぼしてしまっている。
いまの私たち日本人は、アメリカ大陸と言えば、遊牧民族のインディアンが入植者たちを襲う野蛮人と見てします。それはアメリカ映画の西部劇で刷り込まれたものだろう。中米や南米のインカやマヤなどの巨石文明やナスカなどを見てわかるように、高度な文明・文化を持っていたことがわかる。

中国や朝鮮や東南アジアの国々では、自分たちの文化やアイデンティティを守ろうとし、西欧の文化・文明の受け入れを拒み、西欧の国に侵略されていった。しかしそれを見ていた日本では、日本明治新以降の明治政府は、中国がアヘン戦争に敗れ植民地化されていくのを見て、西欧の列強に侵略されないように、脱亜入欧政策により西欧文明と科学技術を無条件に受け容れていた。しかし、それでも西洋人から偏見と差別の目でみられ差別された。しかし、脱亜入欧による急速な近代化をはたし日清戦争と日露戦争の勝つことにより、世界の文明国に仲間入りしたが、それでも西欧からの差別は払拭されずにいて。今度は自分たちは名誉白人で優等アジア人で、中国や韓国や東アジアの国々を下等と見るようになってしまった。それが、大東亜戦争はアジアの解放の戦いだった見る、アジアを上から下を見る目線だったが、それがいまも続いているようです。

日本人にある変な欧米大好きはよくないですね。欧米ばかり見るのではくアジアやアフリカなどに目を向けるべきですね。そのためにも、差別する心は誰にでもいつにでもあることを自覚して差別のない世の中にしていきたいです。
竹沢の言うように、人種差別による争いは絶えることなく繰り返されて、より複雑かつ巧妙化していってる。
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ミュラー筋

NHKの総合テレビの番組に、『チコちゃんに叱られる』というのがあるが。20日の番組では、「眠気がくるとなぜ目をこするの」というのがあった。
それは、顔の表情筋の一つに、瞼を上げ下げする筋肉に、ミュラー筋があり、そこを刺激すると眠気がさめるという。
眠気を覚ますほかの方法として。目を見開いたりするのも、このミュラー筋を使うからだと説明をしていた。

私が興味をもったのは、眠気を覚ますことではなく、反対に作用に興味をもった。
目を見開くのではなく、ミュラー筋を弛めて瞼を半分閉じると眠くなるということです。
ミュラー筋を刺激させて覚醒させるのではなく、逆にミュラー筋を弛緩させると眠くなるといっていたことです。
瞑想のとき半眼にするのは、このミュラー筋を弛緩させることです。
瞑想や坐禅をするときに、半眼と言って目を閉じるでもなく開けるでもない状態にする。それにより心を落ち着かせ、頭でものを考えないようにする。
眼を見開いていると目に映るものがあり、なにかを考えてしまう。逆に目を閉じて瞑るとこれもまた、雑念が沸々と湧いてしまう。

心理学の実験で快適なお湿気と温度の部屋で音も光も何もない部屋で、なにも考えないでいるように支持すると、逆に幻覚が起きてきたり、雑念が湧き上がるてくる結果がでている。
このことは、心理療法などのリラクゼーションなどをするとき、風の音や漣や木の葉のしぐれの音や、一定の柔い光の環境を作り出したりしするのもそのためです。そのほうが、精神が安定するからといわれている。

ミュラー筋のある場所は、眼瞼下垂のところで、鍼灸師は、うつ病や自律神経の乱れがあるひとなどの、灸を施したりすると聞いたことがある。
つまり、自律神経は体の心臓や内臓の働きをつかさどり、自分の意識とは無関係に働いている神経で、自律神経に働きかけることは活動的な神経の交感神経を休め、リラックスさせる副交感神経との調和を促すことになるようです。

最近、わたしは、半眼になること、瞑想をすることが疎かになっている。
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政治のありかた

現在の国際社会は、新自由主義と自国ファーストにより、国家間の分断が生まれ、今までの民主主義を否定するような政治家が世界各国で誕生している。
アメリカのトランプ大統領、日本の安倍首相、フィリピンのドゥテルテ大統領、ブラジルの   大統領、ロシアのプーチン大統領などをがそうだ。
このような現状の世界を見ていて、アメリカのSFテレビドラマ、スタートレックの一場面を思い出した。

スタートレックのシリーズの、ディスカバリーのシーズン1の最終回で、マイケル・バーナムが叛逆罪で名誉回復したとき次のような演説をした。
「戦いは終わっても、自分に問いかけてしまう。昔の兵士が尋ねた質問を「どうしたら恐怖に勝つ方法は?」指揮官は答えた「恐怖に打ち勝つにはノーと言うしかない。正義を求め、近道を行くか?、ノーです。卑しい衝動から守る規則を破っていいのか?、ノーです。追い詰められようが道徳的なより所を捨ててはならないです。私は罪を犯しました。人生はやり直しは利かないと言います。経験上正しいと思います。私はそれを思い知りました。しかし、前を見ることはできます。我々が光の衛兵となり永遠の平和を通じる道に光を灯さねばならないです。そして我々は新たな世界や文明の探索を続けます。そうです、それが惑星連邦なのです」。

今の世界の国の指導者のなかに、このマイケルが指摘している。「正義を求めて近道を行く、卑しい衝動や追い詰められた」ような行いをする人たちがその椅子に座り続けている人たちがいる。
世界経済はグローバル化し、新自由主義による欲望の資本主義により、グローバル化した時こそ、世界各国は寛容と融和を持って連帯をすることで、新自由主義による混乱と分断を避けなくてはならない。しかし、ナショナリズムと自国ファーストの指導者の登場により、それが逆の方向に進み、国内の政治体制や世論も国家主義的、全体主義的な方向に向かう空気が漂いはじめている。

民主主義を実現するためには本来、時間がかかりまた、そこには混乱が伴い、それを乗り越えるために不断の努力を怠ると、すぐに政治は暴走を始め一部の人のためのものになってしまう。今の世界の政治のながれは、再び時計の針を逆戻りしてしまうようなものです。
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日本は人種差別への抗議行動が昂まらないのか。

日本でなぜ、外国のように人種差別への抗議行動が昂まらないのか。

本来日本、徳川幕府の幕藩体制から、明治維新のころ西欧から劣ったアジアは劣った民族だと見られ蔑んでみていた。それに対し日本もそれに苦しんでいたはずです。そのなかで、脱亜入欧として西欧の帝国主義を見習い列強に仲間入りをのぞんでいた。そして、日清・日露戦争に勝利し列強の仲間入りをし、自分を名誉白人と考えるようになり、同じアジアの人たちを蔑んでみるようになった。しかし敗戦により「日本国憲法」を制定したが、その前文に「日本国民は、… 略 … われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。… 略 … 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」。とあり。
第14条では「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」とある。
ここで「すべて国民は、・・・・」とあるが、前文の「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたい」とあるこから、国民だけでなく、その恩恵は日本に在住す外国人はもちろん、外国の人権侵害や新種に差別に対しも侵してはならないことと読むべきだろう。

しかし、日本の国政や国民の現状は、憲法の人権尊重をうたったことは、まだまだ実現していないようだ。

人種差別撤廃条約が国連で採択されたのは、1965年だが、日本が批准したのは1995年で30年以上たってからで、国連の加盟国のなかで、146番目です。条約締約国には人種差別禁止が義務づけられ、法的規制も求められているが、人種差別撤廃基本法の制定が国内からも求められていうるが、批准してから25年経つのにいまだ法律が内のが現状です。外務省のWebページの「あらゆる携帯の人種差別の撤廃に関する国際条約」の締約国一覧表の日本のところを見ると、1995年12月15日に加入となっているが、署名年月のところは空白になっている。
普通国際条約は、国家間や国際機関と締結署名して、国会で承認の批准されるのあだ、外務省の締約国一覧表で、日本の書名年月が空欄になっているのは何を意味しているのだろうか。

この人種差別撤廃条約だけでなく、日本は、難民条約や国際人権規約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、人種差別撤廃条約に加入していいるが、それを実現するための国内法の整備は遅れているようです。
そのため、学校でのいじめや、門地や人種などによる就職差別入居拒否や入店拒否、また、韓国朝鮮人に対するヘイトスピーチなどへの規制対策が取られず、外国人住民に対する偏見と差別行為が繰り返されている。
また、女性に対するパワハラや就職や地位に対する差別も依然としてあり。子どもの虐待などについても同じことが言えるでしょう。
このように、日本人にはまだだ、民族差別・人種差別や人権尊重に対しての意識が低いようだ、それは、明治憲法と教育勅語、そして、国体明徴運動と文部省から出版された「国体の本義」や「臣民の道」の考えに基づいて教育されていない人が、殆どを占めるようになってもいまだに、国体至上主義で国民の人権や内心の自由などは二の次だという考えの人が、政治家の中にも多くいるから、アメリカの白人警官により黒人が殺されたことにたいして、外国のように高まらないのだろう。


議員連盟などから「人種差別撤廃基本法案」制定の動きがあるようだが、少しネットで調べたが、その法案の内容などは見つからなかったが、探してみようと思う。

人種差別についての法律は、普通の一般法のような「人種差別撤廃法」とするのではなく、「人種差別撤廃基本法」とするのが大切といえる。教育基本法と同じように教育法典として、学校教育法や教科書無償配布の法律などが作られたように、その法典に基づいて環境を整えていくことがよいと言える。
人種差別撤廃の法律をただ作るので終わりではなく、その基本法によりそれを実現させるために、関連法を制定できるような仕組みにするこが大切です。それが本当に人種差別民族差別などの人権に関わる差別をなくすことになるでしょう。
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人種差別から思ったこと

アメリカで連続して警察官の公務執行時に黒人が死ぬ事件が起きた。

それによるものだけではないが、世界的に人種という言葉を使うことに、その「人種」と言う言葉が適切かどうかで見直し、「人種」と言う言葉を使わないようにしようとする動きがある。

もともと生物学的に、人間すなわちホモサピエンスは一つの種で、ホモサピエンスの中にいくつもの種はないことは、遺伝学的にも証明されている。
しかし、ネットで人種と検索すると、驚くほど人種があるようなことが書かれたものを目にする。

人種については、ドイツの人類学者ブルーメンバッハによって、ネグロイド コーカソイド モンゴロイド オーストラロイド アメロイドと現在便宜的に使われている。しかし、これらはなんらそれらの間に優劣があるもではないが、現在は、政治的、経済的また倫理的な差別をも意味含めた言葉になってきている。
人種と現在も、現生の人類であるホモサピエンスすなわち今の人間を骨格・皮膚・毛髪などの形質的特徴で分けたものといえる。
日本では福沢諭吉が、始めてて『掌中万国一覧』で「人種ノ論」使ったようである。そこには、白皙人種は美しく優秀で、黄色人種、赤色人種、黒色人種、茶色人種はそれと比べ劣るような記述になっている。
このことから、幕末から明治維新のころにかけても、福沢らでも西洋を崇拝し人種的偏見を持って世界を見ていたようです。
現在は人種自体が否定されている。しかし現実は、白人・黒人・黄色人種など人種の言葉が使われ、白人は優秀だが、他の人種は劣っている、欧州圏で思われてきている。しかし、今日の地球に生息する人類であるホモサピエンスは、アフリカで誕生し20万年前にアフリカの地から中東、ヨーロッパ・アジアと広がり、オセアニア、氷河期にベーリング陸橋を渡りアメリカ大陸へと広がっていった同一の種です。

しかし、529年前に、アメリカ大陸に進出したヨーロッパ人は、アメリカ大陸の各地を植民地化するだけでなく、ヨーロッパ人が持ち込んだ疫病で、先住民に感染させてその地の先住民と文明文化を滅ぼしていった。またアメリカ大陸に渡ったヨーロッパ人は、先住民の人たちを宗主国に産物を届けるための労働力の苦役をさせ、なかには今の米国に移住した人たちは、アフリカの人たちを無理やり連れてきて、奴隷として苦役に付かせた。それにより、アメリカでの今の差別が生まれていった。同様に、帝国主義時代にはヨッロパの列強国は、中東やアジアの国々を、植民地化したそれぞれの地域の人を未開だとし、差別をしていった。それがいまだに、白人と他の人種は優劣があると考える人がいて、人権を無視する蛮行がおこなわれる要因になっているといえる。

繰り返すが。遺伝学的に、DNAからみて、人間ホモサピエンスは皆おなじで、人種の違いというのはない。
いま、世界では、3週間前の米国での黒人殺害の事件が、人種差別によるものだとして、世界中で人種差別への抗議が起き広がっている。その運動にはアフリカ系の人もアジア系の人もヨーロッパ系の人も参加し、人種差別問題について考え抗議運動が繰り広げられているていることが、ニュースとして報道されている。いまこそ人種という言葉自体の使用について考えないといけないだろう。
このような動きは、世界的に広がっているが、日本ではそのような抗議行動が催されたとのニュースは聞かない。日本人は人種差別に対して意識がないのだろうか。アメリカでの事件は無関心なんだろうか。いやそうではなく、抗議行動が起きていても、メディアがニュースとして取り上げないのだろうか。

日本でも、福沢諭吉の『掌中万国一覧』にあるように、人種的偏見があったし、明治以降特に、民族差別が如実におきている。特に関東大震災後にそれがエイスカレーとし、朝鮮人の虐殺事件も起きている。戦後も民族差別、偏見による迫害と差別がいまも行われている。東京の大久保や大阪の鶴橋などでは、公然とヘイトデモする人もいれば、それに対して抗議する人はいる。
さらに、かなしいことに日本人の中に有色民族である日本人は名誉白人だと思いこんでいるのか。黒人に対してのアメリカでの抗議の行動を他人事と思っているのだろう。

現在の日本では外国人労働者を受け入れ、南米や東南アジアの人が多く日本で働いている、その中でも地域のなかで友愛と寛容で外国人労働者と共生している地域もあれば、差別的な地域もあるようです。
アメリカで事件は決して他人事ではない。もっと自分の身近なこととして考えていき、それと同時に人種と言う言葉とその偏見をいかになくしていくかを、私たち自身が考えるべきです

郷に入っては郷に従えということばがるが、郷に入った人は郷に従ってもその生まれ持ったアイデンテテイまで棄ててしまってはならず、郷のひとは他郷の人のアイデンテテイを尊重し、それを受け入れ新しい共生の文化を見つけ出しいくことが、少子高齢化人口減少のこれからの日本の新しい道です。頑なに日本は道義大国だとしてゆく道は、世界から取り残されてしまうだろう。
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濃厚接触アプリ

「濃厚接触アプリ」が日本でも今週中にも実用化され導入されようだ。
半径以内で15分以上接触した人に通知される。
アプリをインストールして、感染者がアプリに登録すると、アプリをインストールしている他の人に通知されるという。かこ14日間のデータが蓄積されるようだが、このようなアプリはすでに導入されている国によると、国民の7割以上の人が使わないと効果がないという。

また、移動と健康の個人情報が収集され活用されるので、その使い方や使われ方、誰が管理するなど、事前に明らかにし、それらは透明性のあるものであるべきです。

それやこれやで、このアプリをインストールしても、コロナ禍が落ち着けば、直ぐにでも削除してしまおう。
そうだ!私の持っている携帯電話は二つ折式だが、最新の液晶パネルを折りたたむスマートフォンではなく、縦にパカット開けるガラパゴス携帯だった。たぶんスマホ用のアプリはインストールできないだろう。
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司法制度の民主主義度

インターネットのニュース専門ネット局 ビデオニュース・ドットコムの最新番組の1001回のタイトルは「検察を市民社会が絶えず監視しなければならない理由」だが、この番組を聞いていると、アメリカのSFテレビドラマの「スタートレイク」にでてくる、クリンゴン帝国とカーデシア帝国の司法制度と裁判制度のように思えた。
どちらも似たり寄ったりの全体主義の帝国で、自国の司法・裁判制度は他に類を見なくすばらしいもので、逮捕される前から裁判の結果が判っているとして描かれている。
このような司法・裁判制度なので、そのモデルは私は今まで、クリンゴンの裁判、カーデシアの裁判は、ソ連や中国のなどを風刺してると思っていたが、この番組で日本の司法の実状を聞き知ると、スタトレックの出てくるクリンゴンやカーデシアの司法・裁判制度は、日本の司法・裁判制度にも当て考えられると感じた。

また、番組の中で紹介されている、国連拷問禁止委員会で、ポーランド特命全権大使やオーストラリア特命全権大使を勤めた、国連の人権人道担当大使の上田秀明大使の記者会見が紹介されている。
モーリシャスの代表が日本の刑事司法制度が中世のようだと言ったことについて、上田氏は反論し、そこで、日本の制度は素晴らしいものだと言うと会場から笑いが起き、上田氏はそこで「笑うな、何故笑うんだ!シャラップ!シャラップ!黙れ!」と言った。仮にも大使館の大使を勤めた人であり、そのときのは現職の国連人権人道担当大使として、モーリシャスの大使の指摘への反論だがあまりにもその態度は、大人げないものです。
上田氏は、日本の刑事司法制度について、「もちろん日本は中世ではありません、われわれはこの分野では世界で最も進んだ国のひとつです、(すると会場から失笑がおきそこで上田氏は)笑うな 何故笑うんだ 黙れシャラップ シャラップ」と声を荒げた。さらに「われわれはこの分野では世界で最も進んだ国のひとつです、それを誇りに思います。まだ足りないところもありますが、どこの国にも足りないところはありあます。我々はそれを改善するために懸命に努力してます。紳士淑女の皆さま、日本の代表に変わりここにお礼を申しあげます」

なぜ、モーリシャスの代表は中世のようだと言ったのか、また何故「われわれはこの分野では世界で最も進んだ国のひとつです」と言ったところで、会場から笑い声が起きたのだろうか。それは、日本の刑事司法の現状と世界の実状を比較してみるとわかる。国際比較をしてみると、日本の現在の刑事司法のありかたは、人道人権尊重の観点から見ると遅れていると言わざる得ない。

特に、日本で逮捕され起訴されるまでの拘留は異常に長いことです。外国との拘留期間を見ると、アメリカで18時間延長なし、イギリスでは延長も含めて72時間だが、日本は逮捕拘留で72時間それにプラス起訴前拘留が10日間認められ、さらに10日間の延長ができるようになっている。さらに、同じ事件でも、複数の容疑があると逮捕状を一度に取り、逮捕されるのではなく、一つずつ個別に逮捕状を裁判所で取り逮捕さたりする。つまり、最長23日の拘留を、幾度も繰り返し身柄を拘束され、検察に拘束され訊問をうけることになるのです。
さらに、日本の刑事事件の有罪率は99%という、日本の警察と検察の優秀さを示していると言うことのなっている。さらに、取締りの期間は弁護士の立ち合いが認められていこと、取り調べの可視化の対照率が非常に低いことです。
これは、検察の拘留期間がながく、繰り返しの尋問で容疑者は真犯人であろうと冤罪であろうと、不用意に自白してしまう土壌があると指摘する人もいる。
この、裁判での有罪率が99%であることが、世界で最も進んだ国のだというなら、冤罪などはないので検察の取り調べには弁護士の立ち合いは認められてもいいはずです。しかし、裁判で刑が確定しても、冤罪だとして再審請求がだされています。人権人道の立場から言うと、疑わしきは罰せずで容疑者被疑者の人権も尊重されるべきです。

さて、アメリカのTVドラマのスタートレックに出てくるカーデシアの裁判では、逮捕される前から既に罪は確定し、裁判では裁判ではその経緯が示されるだです。クリンゴンの裁判も弁護士はつくが、裁判所の失墜が起こらないように被告に助言することが、優秀な弁護士とされているに。
モリシャスの大使が中世のようだと言ったのは、拘留期間の長さ、弁護士の立ち合いが認められない、起訴されればいや逮捕されれば99%有罪になる現実を指摘したものです。そして、検察の改革がいわれているが、日本の司法検察制度は、本当に世界で最も進んだ国だと言えるだろうか。

このところ、教育現場で教育勅語のよいとこは使えるなどと主張する政治家がいるが、政治家の中に道義大国と主張する価値があり、国民には民度が高いと主張する政治家がいる。
それは、日本は皇祖皇宗の2600年の長きを一系統突いている、道義大国でそれによより国民は国が示す道徳心と倫理観に従がっているので、国民の民度が高い国なので、司法制度も最も進んだくのと言いたいのだろうか。
しかし、それらの考えは戦前の、教育勅語は国家主義的なものであり、昭和になり文部省が出した「國軆の本義」や「臣民の道」に基づくもので、それは、カーデシア帝国やクリンゴン帝国のさながらの国を実現するために実践されるようなものだ。

あの、モーリシャス大使の指摘への反論で、世界中の人が見ているんかで、上田大使が「笑うな黙れシャラップ」と叫ぶのは日本の、刑事司法制度が全体主義的な要素をはらんでいることを証明したようなものです。
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コロナと世界経済の大気汚染だどとゴミ

COVID19の世界的パンディミックにより、先進国も新興国も先進国の工業を請け負っているくにでも、経済が停滞して工業生産が落ち込んでいる。
それにより、中国やベトナムやインドなどの工業都市で、スモックで青空を見ることが出来なかったが、青空を見ることができるようになっている。また、衛星写真の解析によっても、インドや中国での大気状態が綺麗になっていること写り解析されているとが伝えられている。ニュースでインドのニューデリーでは30年ぶりに、ヒマラヤ山脈が見られたと伝えられている。
それは、一見よいことだが、経済活動が元に戻ると、再びそれらの地域の大気汚染が心配される。
また、大気汚染や環境汚染は、世界の工業地帯と呼ばれる地域だけではない。自然を求めて世界中から観光客が訪れる、世界の風光明媚な景勝地でも、50年前や100年前に普通に見られていたが、それが見られなくなっげ久しいが、それらの、生き物が戻ってきたことが伝えられている。このことは、人間の活動はあらゆることに影響を与え手いることの現れでしょう。

私が、小中学学のころは北九州地帯や阪神地帯、中京の四日市地帯や京浜や京葉などの工業地帯では、大気汚染がひどく空は晴れた日もどんよりとしていた。また工業地帯や都会の河川は魚もいないドブ川のようで悪臭をはなっていた。
大気汚染では公害喘息などが社会問題になり、大学生のころは排ガスなどにより、光化学スモックなどが発生し、小中学校などでは、光化学スモックが発生を知らせる赤旗が校庭にてられ、体育や休み時間は、運動場に出ることが禁止されたりした。
また、1985年プロ野球の阪神タイガースが優勝したとき、悪臭の道頓堀川に飛び込んだことがニュースになったが、飛び込んだ人は、悪臭のため電車などに乗るのを断られたとも聞くほっだった。しかし、下水道が整備されたのと、町工場が海外などの移転したことにより、いまは道頓堀川に魚が戻ってきていると聞く。

つまり、日本の空や河川が綺麗になったのは、公害への対策が進みその技術が高くなっただけでなく、それ以上に日本の工場が中国やベトナムやインドなどに移転することにより、日本の空と河川は綺麗になっていったのだ。私たちの便利な豊かな生活は、ゴミや都合の悪いものは、目の見えないところに押しやってしまって成り立っているといえる。
毎日生活出でるゴミで、そのその生ゴミは各その生活している自治体が消却処理されているようだが、半世紀ほど前には中には埋め立て処分されていたところもあった。こえはまだ自分たちで処理をしているので、埋め立てたゴミは後どうなっても、今のはやりの言葉で言うと事故責任といえる。
しかし、プラスチックゴミや古紙や衣類などでは、国内で処分されるものもあるが、多くは中国やベトナムなどに輸出されている、つまりゴミを目の届かないところに棄てに言っていることになる。しかも、最近はゴミの汚染がひどいので、今までゴミを輸入していた国は環境汚染になると、輸入に制限をかけたり汚れのひどいものは輸出こくに送り返す措置をとるようです。

このコロナ禍で生活の仕方の見直しを考えるようになってるが、大気汚染や河川の汚染さらには、日常生活で出すゴミなどについて考えてみるべきです。
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コロナと民主主義の危機

いまのコロナ禍後の世界はどのように変わるだろうか。これにより主権を自ら制限していき放棄してしまわないか憂慮する。

コロナ禍の国民の対応は国によって違う。
アメリカで黒人男性が白人警官により膝で頸を圧迫されことに対する、トランプ政府のWhiteFirstな対応により、抗議が激化し、夜間外出禁止令を冒してでも、抗議行動に参加して、人種差別に抗議するのは、自分たちの人権と自由が侵されることに危機感を持っているからだ。

しかし、日本では行政者は、自粛を要請(必要なであるからと、国民に強く自ら進んで行動や態度を慎むことをもとめる)を発令したが、それにより、自粛警察と言うのが現れた、ライブハウスなどの施設や出演者などに、攻撃的な誹謗中傷が浴びせさせられている。また、コロナ禍とは関係ないが、それらの土壌は愛知県のトレンナーレ展での表現の不自由展にたいしての、大村知事のリコール運動が起きていることにも言えることだが、日本の自粛要請での日本人の心の持ち方が心配される。

そのようなことを考えると、このコロナウイルスには、これからの民衆主義や国の政治のありかたの先行きについて、幾つかなお危機を孕む要因がると感じる。

その一つは、新型コロナウイルスの感染症そのものです、保健衛生や感染症対策は、日進月歩で急速にその技術変わっている。中世のころは目に見えないウイルスなので、悪魔の仕業とか神の怒りに触れたとされた。しかし現代は電子顕微鏡などでそれならの実態を目で見ることができ、そのウイルスのゲノムの構造までわかるので、中世の時代のように悪魔の仕業だとパニックなったり、特定の人を悪魔だと決めつけ悪魔狩りなどはおきない。今後の研究でウイルスの実態が解明されることが期待される。
しかし、地球の未開に人が進出し開発が進み、21世紀になりエボラ出血熱やサーズやマーズや新型インフルエンザあどの、未知のウイルスの感染が頻発するようになっている。今後もますます未知のウイルスとの戦いは頻発するだろう。

二つ目は、経済の破綻が起きる。ウイルスの感染が広がると、当然人の活動が縮小し経済に大きな影響を与える。過去はその地域の経済の破綻にとどまったが、新自由主義とグローバル化した経済では、一部の地域の経済的な停滞や破綻は、世界的規模に影響して、大きな破綻につながっている。

三つ目は、外出が禁止され自由な行動ができなくたった不条理な生活により、そこで暮らす人の精神の崩壊がおき、互いに不審になり始めに上げたような、自粛警察や暴動や悪魔狩りがおきることです。また、今までの日常生活ができないことにより、
そのよりどころを何に求めるようになるか。ファシズムやナチズムや皇国史観に基づいた国体思想のように走らないようにしなけれならない。

そして、四つ目は、三つ目によるもんだがが、外出禁止令や自粛要請により国が直接かかわらなくても、自粛警察などが出現し相互監視の状態になり、民主主義崩壊の危機へと進んでいくことです。そこには、相互監視の不条理な心理状態により、テレワークや遠隔会議リモート会議などをして、最先端のICT技術を使って、文明人の顔をしていてもその内面は、外出できず自粛により内面の自由を奪われ、知性と理性と寛容を見失った野蛮な行動をすることになりかねないです。

いまこそ、私たちは特に日本人は、民主主義について考えるべきです。
2006年に教育基本法が改定され、閣議で衆参議会で否定されたはずの「教育勅語」が学校現場で使われることを容認する決議がされ。憲法改正が言われている。敗戦により、押しつけられたと言われる憲法により、押しつけられた民主主義を本当に民主主義にするのか、國軆を復活させるようになるのか。
このコロナ禍において、日本の民主主義について、一人ひとり個人々々が自分の考えて、いまの状況を何を意図して意味を持っているのかを考えるときです。
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教育基本法に思う

私は、このブログに戦後、旧教育基本法について書いてみた。それは、教育勅語復活をもくろむ動きが、このコロナ禍でも沸沸と囁かれているので、教育勅語、47年の教育基本法と06年に改定された教育基本法について考えてみようと思ったからです。

昭和21年11月3日に日本国憲法が公布され、翌年教育基本法ができ、その翌年に教育勅語について、衆議院で教育勅語等排除に関する決議がなされた。同日に、教育勅語等の失効確認に関する決議がなされている。
しかし、その直後から教育勅語の復活すべしとのもくろみがされている。それは、ポツダム宣言を受諾するときに、天皇を頂点とする国体護持について議論され、天皇の戦争責任と主権者が曖昧なままで、その問題点について解決されないまま、今日まできている。
そんななか、2006年の第一次安倍内閣のときに、教育基本法が改定された。第2次安倍内閣は、自分が憲法改正を成し遂げると明言し、憲法改正に積極的な方針をたてた。また、2017年3月31日には閣議決定で、「憲法や教育基本法に反しないような形で教育に関する勅語を教材として用いることまでは否定されることではない」との見解がしめされた。
その後、閣僚からも学校教育で教育勅語は、不偏の道徳的な内容が書かれているので、その部分については、積極的に使うべきだとの発言が相次いでいる。

そして、コロナ禍のなか様々な政権運の不透明な部分にを追求するのは、コロナ禍の対策に足を引っ張るのは適切でないとして、そのような意見や動きを封じ込めようとする空気が、匂いを放ち漂っている。確かに、コロナ禍については与野党は連帯して取り組むべき問題です。しかし、国民の税金を執行する責任を持っているものが、公明な正当な説明責任を果たさず、説明責任に消極的な姿勢を正すようを追求すべきです。


教育基本法は、憲法が保障し統治権者や行政権者が不当に、教育に介入して教育の自由と学問の自由を侵すべきでないとし、学問の事由と、内心の事由について、教育はどうあるべきかを示したものです。しかし、06年教育法はそれが後退した内容になっているので書いてみた。

今後は、06年教育法と教育勅語についても、読んでみようと思う。
第十条(教育行政)教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
2教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

とあるが、06年教育法は、
第十六条 教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。
2 国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。
3 地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。
4 国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。

となり、不当な支配の相手は行政者ではなく、他の者になっている。
戦前の教育は、「教育勅語」によりなされ、文部省から昭和十二年に「國體の本義」が出版され、ベストセラーになり、国会は大政翼賛会が発足し、学校制度は尋常小学校から国民学校に改変され、文部省から「臣民の道」が出版され、真珠湾の奇襲攻撃に国民は沸き立ち、戦争に突き進んでいった。
「我が国体に則り、肇国の御精神を奉体して、皇運を扶翼する精神」が重視され、「個人主義教育学の唱へる自我の実現、人格の完成といふが如き、単なる個人の発展完成んみを目的とするのことは、全くそその本質を異にする」として、教育の自由は学問の自由は、個人に対してではなく国体に対してだとだれ、個人の創造性の涵養や個人の開発等を重視する教育は、個人に偏し個人の恣意に流れ、自由放任の身勝手な人格を形成するので、皇祖皇宗の国の教育にあわず、日本は皇国としての国体を体現するところの臣民育成が重要だとされた。
このことを考えると、国や地方行政の不当な支配や介入にも服することなく、独立性が必要だいえる。そのような教育にり、国家の暴走を許さない心がうまれ、それが本当の愛国心といえるだろう。
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食品添加物と学校給食

加工食品や食品添加物について書かれた本はたくさんでている。
コンビニ弁当を買うなとか、インスタントラーメンやレトルト食品は、健康によくないとなどと書かれた本は多い。
そんな中で、ニュース専門ネット局のビデオニュース・ドットコムが、1000回記念で過去に放送した番組のリクエストをつのったところ、添加物アドバイザー??で『食品の裏側』の著者である安部司さんの、262回に放送したそれでもあなたは食べますかがた選ばれた。

このリクエスト放送と、安部司さんの『食品の裏側』『食品の裏側2』を読んでいると、コンビニや百貨店などでの弁当や、ファミレスなどのランチなどに、添加物が思う以上にまた、想像を超えたいろいろな問題があることがわかる。
そして多くの食品用の人工添加物があることをを知り、改めてそら恐ろしさを感じた。
また、それは食品業者が悪徳なのではなく、手軽で便利で美味しく安い食べ物を望んでいる消費者のニーズに応えているだけなのがわかる。

そして、これを視聴したり、安倍氏の本を読んでいういると、学校給食はどうなっているのかと考えてしまった。
学校給食は、戦後は自家調理の学校がほとんどだったが、高度経済成長期に、各学校で調理するのではなく、複数の学校の給食を一括して給食センターで作り、そこから給食が配送さえるようになった。
いまでは、学校独自に調理している自家調理校とセンタ給食のがっこうがある。障碍児が通う学校では、アレエルギーや障碍に応じた食べやすさするため、自家調理をしている。
そんななか、中学校など給食を提供していなかった、自治体でも中学校でも給食をするようになったが、それらの多くの自治体では弁当給食が多いようです。

それらの地域では当初は弁当業者に委託して、弁当給食を始めたころ、紙切れや缶詰のものと思われる異物の混入があり、業者選定と監督責任に不備があったことがニュースとして報道されていた。(中学校の弁当給食になる遙か数十年前の話しだが、私が高等部の養護学校に勤めていたころは、その学校は一般の弁当業者に委託した弁当給食だった、内容と味は別として一般の会社などにも納入しているので、弁当箱にタバコの焦げ跡などがあったのを覚えている。)それから数年がたち、今ではそのようなことは訊いたことがない。

話しをもどし、学校の弁当給食としての、食育と食の安全はどのようになっているのだろうか。それらについての、食品添加物の問題があまり取り上げられていない。子ども達が毎日食べるものだから、行政はたぶんそれらについての指導監督はしていると思うが、どうなのだろうか。
安部氏の本を読むと、学校給食は子供たちに、安全な食事を提供することも一つの責任です。それと同時に、食品の加工法や添加物で、偽物と材料や偽物の味を、子ども達に提供しているのではないかと心配になってくる。
自家調理やセンターでの給食には、コンビニ弁当のようなことはないだろうが、食品会社から加工食品を温めて給食として提供されることもあるようなので心配です。それなら、コストを抑えるよう求められている、学校での弁当給食業者は、どのような現状なのだろうか。

最近は食育とよくいわれるが、私は教育現場で働いていたが、食育という言葉の定義や意味を詳しくしらないが、子ども達には本物の食べ物を知って欲しいと思う。スーパで切り身しか売ってなければ、子どもは魚はどんなものかしらないし、缶詰のパイナップルしか食べたことがなければ、どのようにしてなっているのか知らないだろう。
また、旬ので完熟した味というものも味わって欲しく思い、私は子どもが小さにころは庭の家庭菜園で夏にはキュウリやトマトやトウモロコシやナスをつくり、冬は大根や白菜などを作ってみた。
また、ぬか漬けをつけているが、スーパーなどで買うといろいろな味付けがせれているので、糠味噌の素ではなく煎り糠を買ってきて、鷹の爪や昆布などを入れてぬか漬けを作っている。それは素朴な味を求めているからです。

子ども達にも本物の素朴な味と、魚の泳いでいる姿とパイナップルの本当の姿を知って欲しく思うだけです。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 不自由な国、日本
    竹林泉水 (06/29)
    日本語に「世間」と言葉があります。「世間体が悪い」「世間がうるさい」「世間を渡る」「世間に顔向けできない」「世間の目を気にする」「渡る世間に鬼はいない」などとつ
  • 不自由な国、日本
    アジシオ次郎 (06/27)
     おはようございます。

     日本はやはり集団主義が根強い社会であり、いわゆる「ムラ」社会的価値感が強い為に変に「和」を重んじる傾向の上に上の言うことは絶対だという
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    竹林泉水 (06/26)
    なんで日本人は欧米人に対してコンプレックスを持っているのだろうか。明治政府は今までの幕藩体制をぶっ壊し廃藩置県をし、国内の不平不満のエネルギーを外に敵を作ること
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    アジシオ次郎 (06/25)
     こんにちは。

     日本人は長年欧米コンプレックスを抱いたせいで白人に対して好意的に見る一方でアジア人や黒人を平気で見下すような傾向が強いけど、自分たちが置かれて
  • 長期政権
    アジシオ次郎 (06/24)
     おはようございます。

     長期政権がもたらすもの、それは腐敗と閉塞感以外の何物でもないが、一人の人間が十何年、何十年と居座ってては健全さなど皆無だし、変化を知ら
  • 人種差別から思ったこと
    竹林泉水 (06/21)
    コメントありがとうございます。

    人間は、自分は他よりも優秀だ思いたいがります。逆に自分はあの一人より仕事ができないと感じたり、あの人より低く見られていることに対
  • 人種差別から思ったこと
    アジシオ次郎 (06/18)
     おはようございます。

     相変わらず現代において根強く蔓延る人種差別の問題、長い歴史において人種差別や偏見はヒドかったけど、その歴史から何を学んでいるのかとも思
  • 人生二十最
    omachi (05/23)
    あなたの知らない日本史をどうぞ。
    歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。 グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索するとヒットし、小一時間で読めま
  • 100年前の教訓
    竹林泉水 (05/09)
    コメントありがとうございます
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