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竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

コロナ禍で考えるべきこと

このコロナ禍で世界的に対応を迫られている時だからこそ、コロナだけに気を捕らわれるのではなく、いままで目を逸らし先送りしてきた問題に対して正面から向き合うべきだ。何を言うのだ、このコロナ危機で他のことに目を向け、考えそれに対して対策をする余裕はないという人が多いだろう。しかし、この期を逃すとさらに、今まで目をそらし先送りする事がいつまでも続くことになり、気がつくと取り返しのつかないことになるだろう。

持続可能な開発目標とするSDGsのそれぞれの課題。その中でもとりわけ、地球温暖化は深刻な問題です。また、それ以外でも海や陸の豊かさが危機に面している問題。人や国の不平等・格差拡大の問題。産業と技術革新・科学技術の革新をどのように方向づけるのか。グローバル化する世界の中で、ナショナリズムの台頭、コミュニケーションのあり方の変化、文明の衝突、宗教、移民、世俗主義、などなど様々な複雑な問題が相互に絡み合っている。

特に問題なのは、20万年前に出現した私たちホモサピエンス人間のあり方を根本的に変えてしまうものがあることです。
政治的な制度や人と人とのコミュニケーションなどは、いままで幾度か危機を迎えたが、曲がりながらも何とか切り抜けてきている、それらについては今後も危機をつのらせながら同じように繰り返し切り抜けてゆくだろう。しかし、いままでになかった問題は、新たに私たちの前に立ちはだかり、今後子孫のあり方を全く変えてしまうものもある。
その代表的な問題は、分子生物学、バイオ技術、遺伝子工学。それとAIの人口知能の発展は何をもたらすのか。
生体に取り付けるインプラントの革新、それとのバイオテクノロジーと融合にり、人間が改造されてしまうことをどこまで許容していくのか。

遺伝子工学により生まれてく子供を知能体力容姿をデザインする。AIやインプラントにより、人間を工学的に改造することにより、優性人類の誕生により、人類との格差が生まれ、優者は劣者を見下し差別化がなされてしまうなそSFのようなことが現実のものとなりかねない現状になってきている。そのようなことを今だからこそ考えて置くべきだろう。

コロナ危機で、ままで導入が検討されていた。在宅でのテレワークやリモート会議や授業なっどが、十分に検討されないままに急速に普及している。ITによるマイナンバーカードの普及やキャッシュレス決済やスマートフォンを利用した生活様式など、深く考えずその内容を知らないまま飛びついてよいのだろうか。コロナ危機で考える予断を許さずに導入されたり飛びつくのではなく慎重にあるべきです。
同じことが、バイオ技術やAI技術を便利だからと盲目的に飛びつくのではなく、社会的にも輿論のなかで慎重に検討されていくべきです。

また、技術の革新と発展は今まで新しい仕事を生み出してきた。中世以前の労働力の多くは農業にあったが、農業の革新により農業の労働力が余剰してきたが、それは産業革命以降は工業に人員が回され受け皿となった。工業の機械化は工業の人員の余剰を生み出したが、生産量が増えそのための事務仕事が多くなり、そちらの方に人員が再配分されるようになった。工業ロボットやAI計算機は、工場から人がいなくなり、事務仕事もAI計算機がするようになり、会社の事務仕事から人がいなくなるようになってきている。これらの流れの後に何が起きどのようになるのかを検討しておくべきです。
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ホモサピエンスの未来

700万年ほど前に人類が出現して、現在わかっているだけで27種類の種が現れ、その中で現在も生存を続けているのは、一種類だけでその一種類あわれわれホモサピエンスである人間です。ではなぜ他の種は絶滅してしまったのか。地球上には進化の過程で種が分かれ今も生息している種がいくつもある。アジア象とアフリカ象、ライオンとトラ、ゴリラとオラウンターとボノボなどは、地域の違いや同じ地域でも共存してる。しかし、人間は一種類しかいない。
他の種が絶滅したのは、環境の要因か補食動物によるのか、細菌やウイルスなどによる病気なのか、あるいはDNAの欠落や欠陥によるのか詳しいことはわかっていない。ホモサピエンスが他の種を絶滅に追いやってしまったとは考えにくいです。
また、つい最近まで他の種が棲息していたことがわかってきている。現代でも、アマゾンの奥地やヒマラヤの雪男の話しなっどがある。ホモサピエンスが現れてから20万年ほど経つが、われわれホモサピエンスが他の種との出会いがあったろう。現にアフリカ中部以南を除いくと、私たちのDNAには、ネアンデルタール人のDNAが1~2%ほど混じっていることがわかっている。つまり、ホモサピエンスがアフリカを出た早い時期に、ネアンデルタール人と交雑していることを表している。

いまわかっている人類で一番古いのがサヘラントロプス・チャデンシスで700万年前~600万年前まで棲息して100万年ほどいたとされている。次に現れたのが、610万年前から580万年前までいたそうだ。次にアルディピテックス・カダバが575万年前から520万年前までいたと言われている。
それ以降、人類の多くの種が同時期に出現するようになり、70万年前頃から多くの種が同時期に出現している。ネアンデルタール人が20万年前から2万8千年前、デニソワン人が20万年前~3万年前、ホモフローレンセンシスが10万年前~1万3千年前、そしてホモサピエンスが20万年前から今に至っている。
これを見ると、最近というかホモサピエンスと同時期頃発生した人類はみな絶滅してしまっている。いずれ私たち人間ホモサイエンスもいずれは、終演のときがくるだろうが、それはいつかはわからない。細菌や疫病によるものか、気候変動により食糧不足によるか。はたまた、新種の人類が誕生するかもしれない。新種の人類といてもそれは。自然的に発生したものというより、遺伝子工学などバイオテクノロジーにより、優性人類が作り出され、ホモサピエンスを乗っ取ってしまう。それどころか人間の生体に人工物がインプラントされ強化され、AIやIT技術がそれに組み込まれ、サイボーグがホモサピエンスの世界を乗っ取ってしまうかもしれない。
優性人類であろうと、サイボーグであろうと、人間であるホモサピエンスより、機能的にも知能的にも優秀なので、優者は劣者を見下し、価値のないものとして駆除してしまうことを帰結すると、ホモサピエンスの時代の終焉になるだろう。
そして、万が一その方向にするむとなると、技術の進歩の特異点がくるときだろうが、それはこの世代のうちに起きるかもしれないし。また、このコロナ禍がそれの次期がくるのを縮めたり加速してしまうおそれもある。
デジタル化やITのネットワークが、今までの働き方や生活しかたを急激に変えていることを考えると、それを杞憂といえないかもしれない。
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菅総理は改革を押し進めるとは

菅総理は改革を押し進めると言っているが、アベ政治を継承するのだから、規制緩和などはロビストの経済活動の障害となる規制は撤廃して、経済の循環をよくするとの考えだ。つまり、巷の細々と企業活動をしている零細者は、規制緩和により弾き飛ばされ潰されてしまう恐れがある。つまり新自由主義を主張することにより、強いものは勝ち弱いものは努力が足りないのだので、自助の力を付けよとを押し付けることになってしまう。それにより菅の改革は、格差を広げる改革になるだろう。

また、菅総裁は、「(政策の)方向を決定したのに(官僚が)反対するんであれば異動してもらう」明言している。つまり政治家でも官僚でも、気にいらない助言提言をする官僚は、更迭し左遷するというようにとれる。それは左遷の言葉はまだ聞こえがよいが、粛清に近いものになるとまるで北の金王朝政権と同じだ。アベ政治はまだ人が良かったのか、頭が悪かったからかそこまでひどくなかった。となるとアベ政治より悪夢の政治になりそうだ。
また、気に入られないとすぐ更迭ととなると、忖度がますますはびこり、都合の悪いこと隠蔽と改竄が横行することになる。さらに、忖度政治、公文書改竄がさらに増え、国のリーダーは裸の王様になりこれからも裸の王様政治が続くことになる。
これは、世界中どこの国でも同じです。そして、全体主義的政治になってしまう。

また、自民党の三人の討論会を見ていても、質問に対して自らの考えを述べるというより、応答の時に下をみて答えていたのが一番多かったのは菅義偉のようだった。
アベ政治を継承するとうが、アベ政治の悪いところも引き継ようです。

これからの日本の政治はこのようなことで本当によいんだろうか。
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新総理の政治は?

自民党の新総裁に菅義偉が選ばれた。
第二次安倍内閣の立役者で、安陪を総裁に押したのも菅義偉といわれている。アベ政治の後ろで陰で工作したのは、菅義偉だろう。
となると、これからの政治を占うと、まずはアベ政治のメディアコントロールは、徹底して記者クラブや在京テレビ、大手新聞にニュースには、政府の都合のよいことしか、テレビや新聞のニュースにならなくなった。
これが、ますます顕著化する恐れがある。

安倍首相は自民党が下野に下ったのは、テレビや新聞が自民党の悪口しか報道しなくなったからと批判したが、菅義偉はクロ現の国谷裕子を中して降板させたり、報道ステーションの古舘伊知郎と古賀茂明が口論して降板になったのは、アベ政治批判に対する菅義偉からの圧力ともささやかれた。
そのようなことから見ると、元ニューヨーク・タイムズ東京支局長のファクラーさんが、「菅政権では一段とメディア管理が進むと」と予測しているのは、真っ当な見方だろう。

また、菅官房長官の定例の記者会見などをみても、記者からの質問に対してその応えは「その指摘はまったくあたらない」「今のべた通り」「全く問題ない」「その批判は当たらない」など、まったく質問の答弁になっていない、そしていつも木で鼻をくくったような定型句を繰りして、コミュニケーションを遮断している。それを考えると、首相の国会答弁などはますますひどくなるだろう。

しかし、官房長官の定例の会見は、新しい官房長官がするので、少しはましになるかもしれない。官房長官が普通の人かもう少しましな人なら、菅時代のようなことはないだろう。菅のような答弁をしても、悪を押し通しことができないだろうから、すぐにぼろがでてしまうだろう。

それらに対して、マスコミの追求と国民が黙っていないで、フランスやベラルーシなどのように国民も声と行動で示さないと今までと同じ、政治がこれからも続くのだろうか。
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1945年以降を振りかえり

1945年の世界大戦の終結により、アフリカの諸国や東南アジアの国々が、ヨーロッパ列強の植民地支配から独立し、世界平和が実現するかにみえ、民主主義の政治制度が広がるかに思えた。しかし、独立した国々には、独立を勝ち取った英雄とされた人による独裁政権が誕生した。その独裁政権による人民への圧制が長く続くことになり、長期政権による汚職が蔓延し、国内の部族間の利権がからみ対立が起き、内戦状態に多くの国がなっていき、国の困窮を生むことになっていった。

また、米ソ東西の冷戦により、米ソの代理戦争と呼ばれるベトナム戦争や、中東やアフリカなどでは、米国やソ連の支援により勢力をつけたものが、内乱を起こしたりし内戦状態になった。しかし、東西冷戦も、1991年のソ連の崩壊後、東欧の諸国の多くは民主化され、東西冷戦が終結した。それにより、世界の国々には民主化が訪れ平和になると期待された。しかし、中東地域やアフリカ諸国では、東西冷戦時に、米ソが支援した部族や集団などが、国内の利権を争うようになり、内乱が深刻化している地域もある。
21世紀になり中東地域では、アラブの春が吹き、独裁政権が倒れ民主化されたかに思えたが、長くは続かず全体主義的な独裁政権が盛り返している。
そして、中国では、鄧小平の改革開放・市場経済導入による集団指導体制が築かれ経済発展を成し遂げていったが、習近平によつ全体主義的な政策にり、中国の自由主義的な近代化は後退したように見え、国家資本主義的な全体主義国家になってきている。一方アメリカでは、欲望の資本主義による新自由主義をさらに進める、トランプ政権の誕生により、米中の国家間の分断が再び現れ始めて対立は激化している。

独裁国家が民主化されうまくいっているのは、日本の敗戦により米軍の統治下、与えられた新憲法のもとで、民主化下国と。
中華民国(台湾)の国民党の李登輝は民主化を推し進め、1996年には台湾初の総統民選を実施、総統に選出されたが2000年の総統選挙には出馬せず引退をし、民進党の陳水扁が総統に選出され、その後も民主的な選挙が行われ現在にいたり、経済発展もなしとげている。また、大韓民国も1987年大統領候補の盧泰愚(民主正義党代表委員)が民主化の政治宣言し1993年に軍事政権終了し、大統領の民生選挙がおこなわれて、両国とも民主主義が定着している。

一方、日本は、米軍の日本の民主化政策ににより、新憲法が発布され戦前の封建・軍国制度と決別して、自由と人権尊重の民主主義が定着している。しかし、第1次安倍政権以降戦前の日本の復活を夢見る団体や政治家が勢力を盛り興してきて、国会では明治憲法下の日本を懐かしむ、政治家勢力が伸ばし憲法を改正して、戦前の憲法を取り戻そうとしている。
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簡化太極拳二十四式 套路 白鶴亮翅

簡化太極拳二十四式 套路 白鶴亮翅

三式の白鶴亮翅は、第ニ式の左右野馬分鬣と第四式の左右(手+婁)膝拗歩とのつなぎになるように、私んは感じるが重要なものでもある。

白鶴亮翅は野馬分鬣と同じように、その動きをイメージさせる名前です。各式の後にある跟歩抱手は、跟歩とは後ろ足を半歩寄せる歩法のことで、抱手とはとボールを抱えたフォームになるその動きを表す言葉でです。
しかし白鶴亮翅は、鶴が翼を広げ羽ばたこうとする姿をあらわしている言葉になる。

 三 白鶴亮翅 バイホーリシャンツー 白鶴が翔を広げる
 跟歩抱手 ゲンブーバオショウ
・上体をやや左に回し、左掌を返し下へ向け胸前におき、右手は弧を描き左上に向け、両掌を上下に向き合わせボールを抱えたフォームになる。
・右脚は前脚踵に半歩寄せてつま先を着地させる。

 後座転体 ホウズゥオズワンティー
・重心を後ろの右脚に移し、右足で踏みしめ、上体をやや右へ回す。
・右手を上げ左手を下げ分け広げ、左手指先は右腕よりやや低くする。視線は右手に先に向ける。

 虚歩分手 シェイブーフェンショウ
・上体を正し東にむける。右足を半歩前に移し、爪先から着地し足裏の半分を接地し、左虚歩になる。
・右手は上へ上げ頭部の右側でやや前で止め、掌は左後方へ向け、左手は左腿前に置き、掌は下に向ける。眼は前方を平に見る。

このとき、関節や腹を突っ張ったり、胸が丸くなったり、臀部を突きだしたり、両腕・歩型の虚実があいまいにならないようにする。
この三の白鶴亮翅は、虚歩・跟歩の鍛練にもなり、歩型は姿勢を整えるので、つなぎのようなものだとしても疎かにしてはならない。歩型の虚実とは、虚となる足の膝は伸ばし過ぎたり緩みすぎたりしてはならない。
太極拳の歩行練習と同様で、足先からの着地する虚歩や踵から着地する虚歩を正確にすることが、正しい姿勢が養われ保たれるようになるといえる。
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「アテナイの学堂」

「アテナイの学堂」

「アテナイの学堂」には、プラトンは、アリストテレスと共に画面の中央描かれ、彼の手には、プラトンは左手に、『ティマイオス』『クリティアス(未完)』『ヘルモクラテス(未筆)』の三部作の一冊である、『ティマイオス(TIMAIOS)』を持ち。右手指で天を指し、観念論哲学を表しているとされている。
一方アリストテレスが持っている書物は、『エティカ(ETICA)』だといわれている。『エティカ』は。『ニコマコス倫理学』と呼ばれ、原題はギリシア語で、『ĒTHIKA(エティカ) NIKOMACHEIA(ニコマケイア)』。また仕草は、手のひらを地面に向けて、経験論哲学を表してるとされている。

他にも多くの哲人賢人が描かれ政治家や王もえがかれている。
私はここに描かれている人をつぶさにしらないが、私は離れて描かれているが、アレキサンダー大王と樽の中で暮らし犬儒派(キュニコス派)の思想を体現したディオゲネスの逸話に興味がある。

ディオゲネスは、家を捨てて樽にすみ、不用のものの全てを虚飾として身につけず「犬のような生活」をし。何時も樽の中で生活して、皆からは「犬の哲学者」と言われて自由奔放な哲学者で、生涯たるの中で生活したと言われている。
そんな折に、アレキサンダー大王であるアレクサンドロスが、ギリシャに遠征の遠征で、ディオゲネスの噂を聞き会いにいった。アレクサンドロスがディオゲネスの前に立ち「余はアレクサンドロスだ」と名乗った。
ディオゲネスは「俺は犬のディオゲネスだ」と答え。「何故犬と呼ばれるのか」とアレクサンドロスが尋ねる。
ディオゲネスは「ものを与えてくれる人たちには尾をふり、与えてくれない人たちには吠え立て、悪者どもには噛み付くからだ。」と答えた。
さらに、アレクサンドロスは「何か所望するものはないか、何でも叶えてつかわそう」。
ディオゲネスは「そこをどいてくれないか、おまえの陰になり日があたらない、日向ぼっこをしているのだから」と言った。
この一言についてアレキサンダーは、なんと無欲であろうかと感心しまた恐れたそうです。

この話を聞くと、中国の竹林の七賢の阮籍はの話を思い出す。阮籍は、礼法を重視した儒家のような気に入らない人物に対しては白眼で対応し、気に入った人物に対しては青眼で対応し青眼と白眼を使い分けたと。
これから白眼視という言葉は、気に入らない人物を冷遇することを言うようになった。阮籍は、一方で彼は時事を評論せず、人の過ちを決して口にしない極めて慎重な人物であったとともいう。
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大統領選と総裁選

アメリカの大統領選が1カ月半程になった、ますます選挙戦はコロナ禍の下であるが加熱している。そして、現政権を握るトランプはその立場を利用して、経済面、外交面、内政面、また国内の諸問題も世論を煽ろうような、ツイッターなどでの発言がめだつ。
ツイッターなどの発言は公式な発言ではないので、後でその問題点を指摘されても、何処かの国の首相のように誤魔化して逃げることができる。どこかの国の首相は公式の場でもその責任を、官僚に押し付けたりして自殺者などをだしているようだが、そこまで行かないだけましかもしれない。
しかし、外交などの発言は非常に慎重であるべきだが、敵国をつくり自分の政策は、偉大なアメリカを作るものだと、国民の感情を煽り昂揚させるのは危険です。過去にイタリアやドイツの独裁者が国民の感情を焚きつけて、戦争を正当化していきました。日本でも盧溝橋事件の頃からおかしくなり戦争への突き進んでいった。アメリカでも共産主義との戦いだといいベトナム戦争へ突き進み、9.11ではテロとの戦いだといい、アフガニスタンとイラクを混乱に落とし入れいまだにその解決と終息が目えないです。
経済面でも米中経済戦争はエスカレートし、アメリカの一国主義は世界経済を混乱に陥れている。国内の人種差別問題も、トランプ大統領の法の支配と秩序の名のもとでの白人至上主義のような発言は、アメリカ国内をますます分断させることになるもんです。

日本でも、明日自民党総裁選挙の投票があるが、自民党総裁は日本の首相を選ぶようなもので、自民党の国会議員は自分の利権や次期衆議院選挙のことだけを考えるのではなく、自分の政治信条のもとでそれにぶれることなく、将来の日本のことを考えて総裁を選ぶべきだが、さてその結果はどうなるやら。
ほぼ、アベ政治を継承すると言っている菅官房長官が次期総裁になるようだ。菅氏の主張は「自助」「共助」「公助」社会保障費を抑制し企業の減税をし企業活動を盛んにする、新自由主義、経済自由至上主義の小さな政府を目ざしている。
ますます、アベ政治より暗い、悪夢の政治が続くことになりそうです。

国民の生活を犠牲にして、企業の経済活動を活発かしていく。
また、今までのアベ政治のマスコミのコントロールで、国民の知る権利を奪ってしまうことがより多くなるのではないだろうか。また、官邸主導の官僚人事により、官僚がますます忖度官僚になり、公文書の破棄や改竄が日常茶飯事になろう恐れもある。

そのために、野党の結集と躍進を期待したいし、国民は自民党の悪魔の囁きに惑わされず、自分の考えで国民の代表者を選んでいきたい。
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アテナイの学堂

フランスの議会は、二院制で国民議会と元老院がある。その国民議会の壇上にタペストリーが掲げられている。その絵はバチカンのラファエロの間にある「アテナイの学堂」の絵を、タペストリーに図案化されたもので。
その「アテナイの学堂」の絵には、プラトンやアリストテレスなど哲学を主題ととい、古典古代の学問を象徴する古代ギリシア哲学者が描かれ。また、数学や文学、音楽を象徴する哲学者・科学者から、幾何学者、天文学者、修辞学者、倫理学者も登場描かれている。

中央にプラトンとアリストテレスが描かれ、ミケランジェロをモデルとしたとされるラクレイトス、ピタゴラスの定理でしられる数学者ピタゴラス、幾何学の父と称されるエウクレイデス、哲学者ソクラテス、パルメニデス、エピクロス、医学百科を書いたイブン=ルシュド、数学者・天文学者・新プラトン主義哲学者であるヒュパティア、マケドニアの王アレクサンダー大王と所有財産をすべて捨て樽の中で暮らしていた哲学者ディオゲネスなどなど、そうそうたる哲人など、50人以上がえがかれている。

この、「アテナイの学堂」の絵は。イギリスのヴィクトリア&アルバート美術館にカンヴァスに描かれた複製画があり、アメリカ・バージニア大学のオールド・キャベル・ホールの観客席に、フレスコ画の複製画があり、ほかにも、ロシアのカリーニングラード、ケーニヒスベルク大聖堂ににも複製画があり、世界各国に複製ががあるようです。

それはともかく、国の立法府の最高機関にあるのは、フランスだけだろうか。このタペストリーの複製も年月が経ち煤けてしまっているので、修理修復され制作された当時の鮮やかさが蘇ってったと、テレビの国際ニュースで伝えていた。

国会の立法府の議事堂で多くの賢人、哲人の下で国政について戦わされるので、政治家も嘘を言ったり誤魔化したり改竄したりはしないだろう。
日本の衆議院の正面壇上の両サイドのこのような絵を掲げて、真っ当な国会審議ができるようになってほしいものだ。
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日本の法の支配

民主的な近代国家は、政治は政治家の属人性ではなく、法の支配がなければならない。
国の為政者は、自分の私有財産のように、税金を使って施策を実行するのではない。自分の支持者や自分のお友達に、個人的な関係を持っている人に処遇するのではない。主権者たる国民のために政治を行うのが近代国家といえる。
明治政府もその当初は、五箇条のご誓文の発布から、西欧に習った近代国家を目指したが、昭和維新のころからその民主制と近代国家制がなし崩しにされた。
敗戦により新憲法が発効され、民主制と近代国家としての形がつくられたが、この7年8ヶ月の日本の政治をみていると、モリカケや桜などを見ると、民主的な近代国家の体をなしていなかったところが多々あったように見える。

中国のもっとも古い詩集である、「詩経」の碩鼠に次のような詩がある。

大きなネズミ大きなネズミ
わたしのキビを食べないでくれ食
三年あなたのくにのもとで働いたが
あなたはわたしたちに気にかけることがなかった
あなたのもとをから去って
苦しみがなく、安楽に暮らせる土地いこう
楽土にいくことにより、安らぎをえられるだろう

大きなネズミ大きなネズミ
わたしの麦を食べないでくれ食
新天地になれば
志を実現できるできるだろう

大きなネズミ大きなネズミ
わたしの来年育てる苗を食べないでくれ食
新天地にいけば
こんなに不平もって叫びまわることもないだろう


安倍首相が辞任して、次期首相はどうやら菅になりそうだが、安倍政治を継承するといっているが、安倍首相の悪い点は引き引き継ぐなら、この詩経の大きなネズミを退治するか、楽土を探しにいこう。

安倍政権の問題点は、私物化の問題点はもちろんだが、政治の透明性と説明責任をおろそかにせず果たすこと、報道の自由を確保し、法の支配とは政治は法に従って行われることで、民を統治することでないことを肝に銘じて行うこと知ってほしい。
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いかりの心をもつのはなぜよくないのか

いかりの心をもつのはなぜいけないのか。

「いかり」とひらがなで書いたが、ふつう「怒り」と書くが、いかりを意味する漢字はたくさんある。怒り 憤り 忿り 瞋り 恚りなどがある。これらの漢字はそれぞれいかりの感情にいろいろな違いがありその違いをあらわすのに、古代中国の人が考えだしたものだが、ここではそれらの「いかり」を引っ括める意味で「いかり」とひらがなで書くことにする。

では、いかりはどのようなものかを考えれみると。「天台小止観」に次のようなことが書かれている。

いかりは善いことを実践しようとする心を、失わせるもととなると仏教では言われている。しかもそれにより悪道に堕ちるもとになると指摘している。
いかりは、善きことしてその喜びを得ようとすることに対して、あだとなる害の原因をつくる。それは仏道に精進しようとする心に対しての妨げにになる。
また、いかりはあの人が悪い、自分の悩ましているのはあの人が原因だなどと思い、それは悪口を思う原因を作るもとになる。そして、個人的なうらみを讃嘆してしまい、いかりの連鎖をつくりだす。
いかりは、過去のことをうらむとことにより、未来においてもそうなると思いわずらい、さらに新しいいかりを芽生えさせ、心が迷って分別がつかなくなる、いかりの闇路に嵌ってしまう。
悩まされると思うからいかりがうまれ、いかりにより恨みがうまれ、恨むことにより怨念がうまれ、怨むがあると仕返しをしてやろうと思う。それにより自分が闇路に迷うだけでなく、相手をも悩ましてやりたいと思うようになる。それらのいかりの心が善良な心、慈悲の心を暗雲で覆ってしまうのでそれらを棄てるべきで、決していかりを増長させるようなことをしては。
いかりに蓋をすれば心静かに落ちつけ、いかりを鎮め殺せば憂うことはない。怒りはいろいろなことに対しての害となり毒となり、いかりは善いことをしようとする心を滅ぼしてしまう。

このように、いかりは心によくないのだが、それだけでない。怒りをつのらせいかりを溜めと、身体と脳に悪い影響が及ぼすといわれ、それにより体の不調をきたしてしまう。そのために、いかりの毒を身体から排出する解毒をするデトックスが重要だといわれている。

いかりは、大日本住友製薬にWebページに、次のようなことが書いてある。
怒りを感じると自律神経が乱れて、心拍数や血圧が上昇。血流の悪化を招く。
その結果、細胞は栄養不足になり、老廃物や疲労物質は排出されにくくなる。
怒りは吐きだした方がいいとも言われるが、怒ると自律神経が長時間乱れる原因になる。
怒ると発生するのが、体を酸化させる活性酸素で、毎日イライラして怒っていると、どんどん体が錆びてしまう。
上記のようなことが書いてある。

怒りる感情が起こると、心臓の鼓動が早くなり心拍数と血圧が上昇する。また、さらに筋肉や関節は緊張し血行が悪くなる。
そうなると、神経や循環機能や、ホルモンの分泌のバランスがくずれ、脳の前頭葉と側頭葉にも影響し、胆汁が過剰に分泌されると言う。

眉唾的な話だが、小林正観が「一升瓶に普通の心理状態で息を吹き込み、そこにハエ入れると「40分」くらいで「窒息死」します。ところが、怒ったり、腹を立てた状態で怒気を含むと、瓶の中のハエは、「3分」ほどで「毒死」する」。と述べている。つまり、いかった時の息には悪いガスが貯まっているということです。この話どこまで本当かしらないが、人の呼吸は肺で血中の炭酸ガスを放出し酸素をとり込むガス交換をするのだが。いかり興奮して、筋肉や関節は緊張し血行が悪くなり心拍数が上がると血中の炭酸ガス濃度が上がってしまうと、吐く息の炭酸ガス濃度も高くなるので、吐く息の酸素濃度は低くなるので、いかった時の息には悪いガスが貯まっているのは間違いないだろう。

それでは、いかりで溜まったからだの悪いガスをどのように、排出するデトックスをしたらよいのか。それは呼吸法といえる。人と話していていかりの感情がでると、それに対して直ぐに応えるのではなく、一間おいて深呼吸をして応えるのがよいといわれている。
アメリカ合衆国の憲法を起草した、第3代大統領のトーマス・ジェファーソンは、交渉の場で怒りを感じたときは、深呼吸をして10まで数を数えよう。それでも怒りがおさまらなければ、100まで数えるといい」。と言っている。深呼吸をすると脳は、また冷静な判断ができる状態に戻る。また、そのように間を置くと、相手にも冷静さが戻り相手の怒りも治まっるということです。
先ずは、身体の中の毒素を抜く体内浄化のデトックスをするのがよいだろう。
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水の中で水を飲み息をする

白隠禅師の坐禅和讃に「たとえば水みずの中にいて 渇かつを叫さけぶがごとくなり」という言葉がある。
人間の欲望について語ったものだが、その次に「長者ちょうじゃの家いえの子ことなりて 貧里ひんりに迷まようにことならず」とも述べている。
長者の裕福な生活をしていると、それが当たり前に思え、より裕福なものを追い求めようとするのだと述べている。さらに、「渇と叫ぶ」のは今の現状に満足していない。そうなればさらに水を飲もうとすることになる。
しかし、水の中で喉が渇いたので、水の中にいると喉を潤すものはふんだんにあるのに気が付かず、まだ喉が渇いていると叫ぶのことは、単に欲望を満たされたらすむ問題だけではない。それより、水の中で水を飲み息をすると、溺れてしまうことに気がつかないのだろうか。それは喉の渇きだけでなくもっと大変な事態になってしまう。


私たちの日常の生活は、一昔から比べると非常に便利です。白隠禅師の時代とは、電気はなく夜をすごすための明かりは、薪を焚くか灯明をともすかで、その薪は自分で山に柴を刈に行かなくてはならなかった。水道も通っていないので水は井戸か沢に汲みに行かなければならず、水を汲んでもすぐに使えるわけではなく、しばらく置いてゴミを沈め浮いたゴミは炉離のぞかなければならない。非常に手間のかかることです。もちろんコンビニもないです。

私の小さいころには、電気も水道もあったが、下水道はまだ未整備で、夏になると家の前の側溝からは悪臭を放っていた。洗濯機や炊飯器や冷蔵庫などの家電製品はあったが、どれも今のような多機能高機能ではなく、単機能で性能も悪かったです。それから60年そのころから見ると魔法のようなものばかりです。これからも科学技術や産業はさらに発展し進化してゆくでしょう。しかし、便利なものを後先を考えずに求めるてゆくことは、水の中にいて渇と叫ぶような状態になってしまうことに気がつくべきです。

いつまでも、人の欲望のままに、科学技術を発展させ、強欲に商業・経済が発展させ格差を拡大させるより、AIなどの科学技術や産業の発展を、鳶の再分配や社会的制度の充実に向けて発展させるべきでしょう。
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五輪パラ入国後2週間の隔離滞在

来年の五輪パラの選手などに、入国後2週間の隔離滞在を求めない方針を決めたようだ。
理由は、試合や練習に支障が出るのとのことだが、感染防止はどのようにするかは、これから考えるという。
また、選手以外の審判やコーチなどや、大会関係者は分けて、感染拡大を防止す課題を整理そて考えるとしてる。
選手などの関係者が行動できる範囲を制限し、選手村からの外出を控える。PCR検査の在り方などを検討するとしている。
これら、出入国管理や検査体制の在り方を、年内をめどに具体案の検討を進め中間報告を取りまとめるという。
五輪を実施は日本だけでなく世界の各国で、感染が収束していないと五輪開催は無理だろう。しかし開催そると言うことは感染が収束していることを前提に考えているのだろうが。

入国後2週間の隔離滞在しないまま、五輪を開催すると、選手が入国してすぐに活動を開始するとどのようになるだろうか。入国選手のなかに発症していない感染者がいてそのまま、練習活動や競技をしたら、五輪を契機に再び感染拡大の場となるおそれがある。そして、世界中から入国する人、そして帰国していくので、より感染のクラスターは至る所で起きる可能性があるのではないだろうか。

本当にそれでよいのだろうか。
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自民党総裁

どうやら次期総裁は菅がなり、安倍政権を継承するようだ。
そうなれば、今まで安倍政権を支えていた官房長官なので、モリ カケ 桜 河井などの問題は菅政権のときも、その真相は闇に葬られることになる。7年以上に安倍政権により、政治の膿がだいぶ溜まっているが、その膿を出すことはなにだろう。
あれらの責任を明らかに出来る人でなければ、自民党はますます悪くなるだろう。

しかい、多くの自民党の議員が安倍政権の腐敗に関わっているようなので、清廉潔白を求める人が総裁になれば、自分の身も危うくなるので、菅氏を推す人が多いのだろう。
一つ心配なのは、7年以上安倍政権を支えたので、菅政権が誕生すると、安倍院政の政治にならないかと危惧する。

いままでわたしは、安倍首相のような人が国のリーダを続ける国は恥ずかしく思い、正々堂々と私は国を愛しているとは言い難かったが、安倍首相の引退ごそれは無くなるかと思っていたが。まだまだ続きそうだ。
国民が愛せる国にするには、政治がまともでなければならないですね。


安倍政権は、日本国憲法を見っともない憲法として、憲法を捻じ曲げて解釈したり、臨時国会開催要求に応えないように無視した。さらにそれらに対して説明に応じようともしない。それを指南したのは誰だろうかと思うと、まずは官房長官役の菅氏だが、菅氏は憲法を尊守して政権を運営するだろうか。

岸田氏はよく分らないが、石破氏は9条2項の改正を主張し、それに対する説明もしていきているし、今後もするだろう。
それとも、憲法を押し付けらた恥ずかしい憲法として、憲法を軽んじるのは自民党の体質だろうか。

憲法を改正しても憲法を軽んじるのは変わらないように思う。前回も今回も野党の臨時国会開催の要求に応えない。しかし、自民党の憲法草案には20日以内に開催しなければならないと明記しているが、何日以内と書いていないので開かなくてもよいそうるのは、政治信条を疑ってしまう。

以前自民党は、民主党の党首選びにいちゃもんをつけたが、今度は自らそのいちゃもんにをつけてあ批判と同じ、両院総会で選ぼうとしてる。これでは、国民は何を信用したらよいのだろうか。
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大阪都構想 のわからないところ

大阪府の府政から都政へ改めることを、大阪維新の会が再び住民投票を11月に実施することを、府議会市議会が可決した。
これにより再び住民投票が実施されることになる。

わたしは、府民でないのだが、都構想についてわからないことがる。
・大阪都構想は大阪市を解体し、四つの特別区をつくり、知事の直轄地を作ることですか。
・大阪都になれば大阪市は廃止さ、市長と市議会がなくなるのか。
・四つの特別区が設置されるというが、区長は区民の選挙で選ばれるのか、府知事が指名するのか。
・市議会がなくなるのだが、選挙で選ばれた区議員による区議会は設置されるのか。
・区長は知事の指名で区議会が設置されないなら、区は知事の直轄区になる、これでは住民重視の地方自治が後退するのではないか。
・大阪を特別区にする以外で、大阪市以外の市町村についてはどのような点が今までと違うのか。

大阪市のありかたを問うのが、都構想のメインで、大阪市以外の市町村にはあまり関係ないのだが、大阪市民に都政を問うのと、大阪市民以外に大阪市のありかたを問う府民になるので。
そこの大阪市民の民意が他の市町村の府民との意識の違いをどのように、住民投票に結果に反映させるのだろうか。

府民投票にするなら、まずは大阪市民に大阪市を四つの特別区の賛否の住民投票をし、賛成が多ければ他の大阪府民にも問うたらよいと思う。
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新型コロナウイルス禍と人間の欲望

新型コロナウイルス禍と人間の欲望

私たちの生活は、産業革命以来目覚ましい発展をとげ、その恩恵は当初はイギリスのみだったが、やがてヨーロッパに広がり、やがて人間の欲望の拡張により、帝国主義の植民地政策についで、二度の世界大戦と冷戦などの幾多の惨劇を招いたが、それを乗り越えていまにいたっているといえる。

しかし、人間の欲望はつきることがない。経済の発展や科学技術の発展は、それによる悪影響を及ぼす物事に気がついていても、それについて対策をとろうとすることにより、利益が失われることが大きいとして、今後の危急存亡の秋であるのに、ここの問題に対して見て見ぬ振り目を瞑ろうとしている。

韓非子は、「喩老」で「象箸玉杯」を説いたように、細やかな贅沢として象牙の箸を手に入れると、それに見合った器と料理と酒が欲しくなる。そうなるとそれに見合った宮殿で食べたくなり、それらを手に入れるために、王は租税をより多く課すようになり、民は苦しみ国が滅んでしまうと説いている。一つの小さな欲はどんどんと膨らんでいくものです。
私たちの目の前にある便利さ豊かさを一たび味わうとなかなか手放したくなくなるものです。だからと言って、地球温暖化問題について、温暖化の原因のひとつである炭酸化ガスの排出量を減らすと、経済にダメージがあるのでそれはフェークだと言って、眼をそらしたり見て見ぬふりをすることは正しいことだろうか。

道元の著書「赴粥飯法」に、食事をいただく前に五觀の偈をとなえよとある。その一には功の多少を計り彼の來處を量る。二には己が徳行の全缺を忖て供に應ず。とあろう。
自分の目の前にある食事は、多くの人の手を経て目の前にありることを知り、それらをいただくだけのことができる徳を今日一日行なえたのかを考えよと述べている。

私たちが、電気をつけえ部屋を明るくするのも、その電気がどのようにして部屋の天井の電灯に送電されているのかを考える。朝起きて顔を洗うときも同じです。水道のカランをひねると蛇口から水がでてくる。それどころか温水もでてくる。それを当たり前のように利用してりるが、功の多少を計り彼の来処(來處)を知り感謝することは、これから大切なこととなっていくだろう。
それと同様に、持続可能な開発目標(SDGs)の17の目標などについて、いくべきだろう。
私たちが日常何事もなく使っている電気の多くは石炭を燃やすことにより得られているが、それにより炭酸ガスを排出し地球の温暖化につながっていることを考えることは大切です。しかしそれだけではなく、その石炭はどのようにして採掘されているのか、炭鉱の人が潜り危険を冒して採掘されている、時々落盤や粉塵爆発などが起き死傷がでている。最近では露天掘りがおこなわれているが、そこでは今まで密林であったところに重機で地表をを剥いで、青々としたところを荒野にしながら採炭されている。
また、私たちがコーヒーを安く手軽に飲めるのは、安いコーヒー豆が生産されているからで、そこで働いている労働者の労働環境がどうあるのかを知るべきです。低賃金で過酷な労働で、なかには子どもも苦役を強いられているとも聞きます。
コロナ禍で明るみになった、シンガポールの出稼ぎ労働者の現状、そこではシンガポールの綺麗な発展した街は、過酷な環境で働きその人たちの生活環境も、狭いところの大勢の労働者が押しこめられ生活していることなど想像もしていなかった。
私たちの身近なところでも、道路工事など多くのものが深夜におこなわれ、公示がおこなわれていることを知る人は少ない。
JRが終電車の二黒を30分早めると発表した、線路や架線などの保守点検を安全に確実に行うためです。深夜に行なわれるので鉄道の利用者はそれを知らないでいる。

コロナ禍で、私たちの労働環境もそのあり方の変更を余儀なくなれている。そして、社会の底辺で支えている人たちがどのような状況であるかを知り考え、私たちはどうあるべきかを考え行動に移す時が来ているのだろう。
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青蠅

新しい自民党総裁がどうやら、第2時安倍政権で8年弱官房長官を務めた菅氏が選ばれそうだ。
つまり、安倍政権の方針の多くが引き継がれるのだろう。
善いことが引き継がれるのはいいが、そうでない部分は引き継がれないように願うばかりだ。

「詩経」の小雅に「青蠅」と言う誌がある。
蠅とはあまり感じのよい虫ではない、「五月蠅」と書いて「うるさい」とようむのだが、追い払っても追い払っても集ってくるむしであまり感じのよいものではないです。

詩経の小雅に「青蠅」という詩がある。

 青蠅
營營青蠅 止于樊 豈弟君子 無信讒言
營營青蠅 止于棘 讒人罔極 交亂四國
營營青蠅 止于榛 讒人無極 構我二人

  營營たる青蠅は 樊に止る 豈弟の君子 讒言を信ずること無れ
  營營たる青蠅は 棘に止る 讒人は罔極 交四國を亂る
  營營たる青蠅は 榛に止る 讒人は無極 我が二人を構

樊   垣根
讒言  ありもしない事を目上の人に告げその人を悪くう
棘   おろろ もつれからみあっていること   とげ 
讒人  讒はよこしま  他人をあしざまに訴える人。讒言する人
罔極  限りがないという
榛   はしばみ かばのき科の落葉低木
無極  果てがないこと。限りのないこと

権力を持った人には、ハエがたかるがごとく、利権の恩恵の恵みを受けよとする。
靑蠅は、汚職にしてよく白黒を変えずという、汚職はもともと涜(瀆(サンズイ+賣))職と書きます。職を冒涜し穢すもので職に就いている人はしてはならないものとして、政治家などはそれに近づくことは特に避けよとされてきた。
政治家には青蠅がたかるものだが、ただでさえ安倍氏には特にたかっているようにみえたうえ、長期政権になりその青蠅のDNAが引き継がれている、そのようなことだから次期政権はそうあって欲しくない。指導者が裸の王様になれば、讒言をする憎むべき青蠅の小人が群がるので、それらを刷新できる正廉で正直な人を自民党総裁に選ぶべきだ。それができないようなら自民党を見限る人がより増えるだろう。
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強欲さについて

「象箸玉杯」(韓非子 喩老)
「事たりる 足るにつけても 足らるなり  足らて 事たる身こそ やすけれ」(北斎漫画 第十一集)
「見小曰明、守柔曰強」(老子 52)
「生死不断絶 貪欲嗜味故」(天台小止観 呵欲)

これらの言葉を読むと、岡倉覚三が「茶の本」で、日本が鎖国の状態の中で茶の湯の文化を成熟させているのを見て、欧米などの列強の国は、日本は東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖といい、野蛮国と見なしていた。ところが日清日露戦争で多くの人の死者がでたら、西洋の国は日本を文明国と言った。そのような名声で文明国となるなら、「むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう」と述べていることに考えさせられる。
日本は岡倉の言ったその後も、列強の仲間入りをしようと、欲望をむさぼるように拡張政策を拡大させていったのだ・・・・。

人類は歴史にどれだけのことを学び取ることができるのだろうか。欲望を持つことは大切だが、その持ち方はどうあるべきだろうか。欲望は人を向上もさせれるも、破滅へ導くもその欲望のありかた内容により変わってくる。第一次世界大戦と第二次世界大戦以降は大きな世界大戦は起きていない。その点を指して反省してるかのようなことを言う人がいる。しかし、世界に国民国家が出現する前から、一国対複数国の戦争はそれ以外は起きていない。それ以前はローマ時代から侵略戦争がくりかえされている。第二次世界大戦以降はベトナム戦争を除いてそのような戦争でなく、民族間の利害の違いやイデオロギーや宗教観などの違いによる争いがおもです。

そして、いま起きている経済戦争は米中間での摩擦が際立って目立つが、世界中で大なり小なり起きている。そこで、国家間や地域での貿易協定の条約をつくり、摩擦が拡大をするのを防ごうとしているが、自国ファーストを掲げる指導者が、選挙により民主的に国民選んでしまう国があらわれている。それは、国家の暴走ではなく国民の欲望が産みだしていることになる。このまま、欲望を貪りつづけるとどうなるだろう。

今の先進国の飽くなき欲望の資本主義の欲望では、先にも書いたが破滅は薄々わかっていても、その欲望に離縁し人類の未来に対して深く見つめることはできないものだろうか。
古来から、欲望による贅沢な生活は、邯鄲の夢であり、一炊の夢であり、南柯之夢として、栄華を求めることの儚さを指摘してりいる。日本でも「祇園精舎の鐘が鳴る・・・・」の平家物語や、織田信長が好んだ幸若舞の「人間五十年下天の内をくらぶれば 夢まぼろしの如くなり ひとたび生を享け 滅せぬもののあるべきか」とあり、良寛和尚の「回首五十有余年 人間是非一夢中」など数多くある。

現代文明の便利さと栄華をより発展させることだけを見るのではなく、今、見て見ぬふりをしている問題を改めて考えてその打開策を議論し実践していくときにきている。
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貧すれど鈍せず

貧すれば鈍す
鈍すれば窮す
窮すれば通ず

貧するということはどのようなことだろう。

水の中に居て渇を叫ぶ、長者の家の子となりて貧里にまよう、このような事を貧するという。
六趣輪廻の因縁は己の愚痴の闇路にまよい、蟻地獄の如く闇路に闇路を踏みそえてしまう。
何ごとに対しても讃嘆随喜すれば福を得ること限りなし
富めれば欲望が募り貪欲になり、さもしさが雪の坂を転げ落ちるごとく、どんどん大きく膨らんでゆく。
めめしく懦弱になりより貧里の道に迷い喝を叫ぶことになる。


このコロナ禍のなかで、私たちの生活を一から見直してみる機会にすることが大切です。
人々はみな貧里に迷ていることに気が付くべきです。
私たち特に先進国の人々は、今の生活よりよりよい生活をしようと思う欲望のため、これまで気づいていいるが、それらを見ぬふり知らぬふりをしてきた問題を先送りしてきた。またまだ余裕があり、時間が問題を解決してくれるとしてきた。
先進国の余裕がある私たちはそれに気づき考える余裕があるが、この地球上には日々の生活を過すのが精いっぱいな人たちも多くい、それらの人はそのようなことを考える余裕がないです。だからこそ、裕福な人こそ貧里にまようのでなく足らずとも心やすけれとあり、それらの問題について考えるべきでだろう。


しかし、COVID-19禍のパンでミックにより、いままで見ようとしてこなかった様々な問題点などその弊害が一挙に噴出している。そしてそれらの問題への手当がせまられてる。
見て見ぬを振りをしてきた問題とは、格差、貧困、極端な大量消費、科学至上主義、地球温暖化、制度疲弊などそれらは、割れ窓として放置してきている。確かに一部の人たちが手を差し伸べているがそれでは不十分です。まさに割れ窓理論として人類存亡の問題として捉えるべきです。
しかし、トランプ大統領は公然と、温暖化問題はフェイクだと否定し、経済成長至上主義を貫こうとしている。これらを割れ窓としていつまでも放置しておいてよいのだろうか、家の窓が割れたらそれを放置しておくと、別のところの窓も割れ、虫や動物が入り込み棲みかにして、いずれ家が壊れてしまうように、この地球も生物が棲めないような環境になっていく。
COVID-19禍のパンでミックが収まったとしても、この地球は窮していることに気づき、通じなければならない。窮しているそれらの問題を継続的に本格的に取り組まないと、割れ窓の地球になってしまうだろう。
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簡化二十四式太極拳 ニ 左右野馬分鬣

簡化二十四式太極拳 套路 ニ 左右野馬分鬣

第ニ式 左右野馬分鬣 ズゥオユウイエマーフェンゾン(野生馬がたてがみを分かつ)
 左野馬分鬣 ズゥオイエマーフェンゾン(左に野生馬がたてがみを分かつ)
  抱手収脚 バオショオショウジャオ
・上体をやや右に廻し、重心を右腿に移す。同時に右腕を胸前に引き、掌は下へ向け高さは肩の高さを超えない。左腕は肘を曲げ弧を描くように、掌を腹前に移し上に向け、両手を向かい合わせににし、抱球のボールを抱えたフォーム(両手上下が相対する)になる。左足はこれにつれて右足の内側へ引き寄せ爪先を地に着け、視線は右手に向ける。

  転体上歩 ズウンティーシャンブー(体を回し上歩)
・上体を左に回し、左足を左前方に一歩出し東に向く、踵からかろやかに着地させ、重心は右脚に置いたままで、両手は分け開く動作に移る。

  弓歩分手 ゴンブーフェンショウ(弓をで両手を分け開く)
・上体を引き続き左に回すとともに、爪先も着地させ足裏全部を地につける。左右の手はゆっくりと左上、右下に分け開ける。左手は眼と平にし、掌は斜め上を向く。肘はやや曲げる。右手は右股関節の傍らに下ろし、掌は下に向け、指先は前を向け、右足の踵を外側に開き脚を伸ばし左弓歩になる。視線は左掌にの先にの方を見る。


 右野馬分鬣 ユウイエマーフェンゾン(左野馬分鬣の逆になる)
  転体(手+敝)脚 ズワンティーベエジャオ
・上体をゆっくり後ろへ引き、重心を後ろ右腿に移し、やや上体を左にまわし、左爪先を上げてやや外側に向ける。
左腿はゆっくり前弓歩となり、上体を左に回し、重心を再び左腿にかける。同時に左手を返して下に向け、胸前に引き、右手は左上へ弧を描いて左手下へ、両手は上下向き合いボールを抱える抱球のフォームになる。視線は左に向ける。

  抱手収脚 バオジョウシュジャオ (足を収め抱手になる)

・右腿を右前方に一歩踏み出し、左足を伸ばして右弓歩になる。同時に左右の手はゆっくりと左下、右上に分け開き右手は眼と平にし、掌は斜め上を向く。肘はやや曲げる。左手は左股関節の傍らに下ろし、掌は下に向け指先は前を向く。眼は右手を見る。

  転体上歩 ズウンティーシャンブー(上体を回し上歩になる)
・上体を右に回し、右足を前に一歩だし、踵から着地させる、両掌は前後に分け開く。
  弓歩分手 ゴンブーフェンショウ(弓歩になり手を分ける)
・上体を右に回し、重心を前に移し、右足で立、右脚は膝を曲げ左脚は自然に伸ばす。左足踵が外側になり弓歩になる。
・両手は前後の分け開き、右掌は目の高さに移し、掌はやや上を向ける。左掌は左股関節傍らに寄せ抑えるよう下を向け指先は前を向け両肘はやや曲がる。視線は右指先の先に向ける。

 左野馬分鬣 ズゥオイエマーフェンゾン(左に野生馬がたてがみを分かつ)
 ・右野馬分鬣と同じだが、動作が左右入れ替わる。
  転体(手+敝)脚 ズワンティーベエジャオ(体を回し脚を払う)
  抱手収脚 バオショウシュウジャオ(ボールを抱え脚を収める)
  転体上歩 ズワンティーシャンブー(体を回し上歩になる)
  弓歩分手 ゴンブーフェンショウ(弓歩になり手を分る)
  転体(手+敝)脚 ズワンティーベエジャオ(体を回し脚を払う)
 右野馬分鬣 ユウイエマーフェンゾン
・上体を回し爪先を上げ重心を後ろに移し、体は真っ直ぐ軸が通ってるようにする。
・掌を返して抱球のポーズになり、後ろ足踵を上げ引き寄せ前足の内側に下ろす。

以上が、簡単化二十四式太極拳の、二の套路になる。このとき、姿勢の完成と、その安定感、勁力の充実、虚実の変化をはっきりさすが、意念は強すぎないようにし、緊張しすぎないように気を付ける。
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欲を呵せ

それでは欲望の門とは何か。
これについてかんがるのに、「天台小止観」の第ニ章「欲を呵せ」に次のようにある。
(天台小止観 関口真大 大東出版社)
欲を呵(カ)すというのは、五種類の欲望を呵責(カシャク)することである。ことに坐禅して止観を修習しようと思ったら、必ずこれを呵責しなければならない。
その五欲とは、世間的な色・声・香・味・触についての五種類の欲望で、これらはつねによく一切の凡夫(ボンブ)を誑わして愛著(アイジャク)の心を生じさせる。だが、もし予めよく深くその過ちやそれから起こる罪のことを知っていれば、それに親しみ近づかないことになる。これを欲を呵責するというのである。

向上心の欲は大切だが、修行僧にとっても在家の凡夫の煩悩によりおきる欲も、それを追い求めれば、癒されることはなく、一たび欲を求めれば、どんどん限りなく膨らんでいくので、小さなところで見極めて棄てなくてはならない。と、老子も韓非子も天台智顗も言っている。

私たち特に先進国と言われる人たち、また私たち日本人も江戸時代までは欲望を貪ることはそんなになかった。日本は江戸幕府を連邦政府とし各藩が自治国のようなものだったが、徳川家の大政奉還により明治新政府が誕生し、西洋列強に対抗するためそれに対抗できる国づくりをめざし、列強に襲われないように強い国づくりに勤しむことになり、それをとどまることを知らなくなり、海外進出を展開することになっていった。

しかし、人類は極端な消費主義と科学史上主義と経済発展至上主義は、その成長の限界に達しているのではないだろうか。繰り返しになるが、このグローバルの時代によるコロナパンディミックにより、今まで見えなかったり、表面に現れていなかった問題が噴出している。インターネットがない時代や、交通手段がふたむかし前なら、自国至上主義でもよかっただろうが、いまは、そのようなことをすると逆に連鎖が拡大してしまう。
いまこそ、人類が成長してきて格差の拡大や、貧困の問題、極端な大量消費により経済と環境への影響、科学技術の発展により倫理を脅かす問題、そして身近な地球温暖化、制度疲弊などについて真剣に取り組み行動を起こすときがきている。
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小を見るを明と曰う

小を見るを明と曰う

老子の、「小を見るを明と曰う」の出典は、老子:第五十二章歸元にある。

天下有始、以爲天下母。既得其母、復知其子。既知其子、復守其母、没身不殆。
塞其兌、閉其門、終身不勤。開其兌、濟其事、終身不救。
見小曰明、守柔曰強。
用其光、復歸其明、無遺身殃、是謂習常。
(岩波文庫の「老子」参考)

天下に始め有り、以って天下の母と為すべし。既にその母を得て、以ってその子を知る。既にその子を知り、またその母を守らば、身を没するまで殆うからず。
その兌(あな)を塞ぎ、その門を閉ざせば、身を終うるまで勤(つか)れず。その事を済(な)さば、身を終うるまで救われず。
小を見るを明と曰い、柔を守るを強と曰う。
その光を用いて、その明に復帰すれば、身の殃(わざわい)を遺す無し。是れを習常と謂う。

現代意訳
この世界には始めがある。それを世の中の母と呼ぶとすると、その世の中のことが明らかにすると、さらにその子のこの世の中のことも知ることができる。その子のありようを知った上で、さらにその母を守っていくことにより、身が終わるまで安らかになる。
欲望が呼び起される目や耳などの穴を塞ぎ、欲望が生じる心の門を閉ざせば、一生、疲れることはない。しかし、欲望の穴を開き、欲望のいとなみのままにすると、一生癒されることはない。
細かなものまで見極め明らかにする、柔弱さを守っていくことを強という。
その光を働かせ、明の状態の原点に帰れば、わが身に災いが降りかかることはない。このことを、恒常の道に順うという。


ものごと何事を進めるにおいて、剛健がよいわけではない、ものごとに固執してとらわれてしまうと、いくら多くなものを手に入れてもそれに飽きたらずさらに多くのものを欲することになる。その意味で柔弱は大切なもので、ものの理を得ることができる。そうすれば、こころやすくなる。ものごと何事も足を知ることが大切です。
しかし、いまこのコロナ禍のなかでも、立ち止まりもせず、あくことなく貪欲のここころの蓋を開けたままにする人のなんと多いことか。いまこそ、欲望の性の行く先を考えて見るべきではないか。
欲望のために、これまで気づいていたが、見ぬ振りをしてきた問題が、COVID-19禍のパンデミックにより、その弊害が噴出している。そしてそれらの問題への手当がせまられてる。
見て見ぬを振りをしてきた問題とは、格差、貧困、極端な大量消費、科学至上主義、地球温暖化、制度疲弊などです。トランプ大統領は公然と、温暖化問題はフェイクだと否定し、経済成長至上主義を貫こうとしている。今こそ私たちは、欲について考える時ではないだろうか。
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象箸玉杯

「象箸玉杯」という言葉がある。
「ぞうちょぎょくはい」と読み、贅沢な欲求が生まれ始めるととどまることを知らなくなる、と言う意味だが。
この出所は、『韓非子』「喩老」にある。

昔者紂為象箸、而箕子怖、以為象箸必不加於土?(金+刑)、必将犀玉之杯、象箸玉杯必不羹菽?(草冠+霍)。必旄象豹胎、旄象豹胎必不衣?(ころもへん+豆)褐而食於茅屋之下、則錦衣九重、広室高台。吾畏其卒、故怖其始、居五年、紂為肉圃、設炮烙、登糟邱、臨酒池。紂遂以亡、故箕子見象箸以知天下之禍、故曰、見小曰明、

昔者、紂、象箸を為りて箕子怖る。以為らく、象箸は必ず土(金+刑)(ど けい)に加えず、必将ず犀玉の杯ならん。象箸玉杯には必ず菽(草冠+霍)(しゅく かく)を羹にせず。必ず旄象豹胎ならん。旄象豹胎には、必ず(ころもへん+豆)褐(じゅ かつ)を衣て茅屋の下に食らわず。則ち錦衣九重、広室高台ならん。吾れその卒りを畏る、故に其の始めを怖ると。
居ること五年、紂、肉圃を為り、炮烙を設け、糟邱に登り、酒池に臨む。紂遂に以て亡ぶ。故に箕子、象箸見て天下の禍を知る。故に曰わく、小を見るを明と曰うと。


むかし、殷の紂王が象牙の箸を作った。それを堅臣の箕子が不安を抱き考えた。
「象牙の箸を使うとなれば、きっと今まで用いていた素焼の器などを使わなくなり、犀の角の杯や翡翠の器を用いたくなる。象箸玉杯(象牙の箸と玉の杯なら、今まで食べていた豆や豆の葉の藜の汁などにするまい。旄牛や象の肉、豹の腹子などの珍味が盛られるだろう。豪華な食器に豪華な食事をするようになれば、民衆のように粗末な衣服に粗末な茅葺きの家では満足しなくなる。からならず錦の着物を幾重も重ね、豪華な宮殿が欲しくり住むようになるだろう。私はその行く末を恐れるので、その始まりの象箸に不安を抱くのだ」。
それから五年たつと、紂王は酒池肉林の贅沢三昧をし、紂はこのようにして滅んだ。だから、箕子は象牙の箸を見て、のちの天下の大難を予見した。
老子は「微小なものを見ぬくことを明という」*と言った。
(*老子五十二章)

簡単に要約すると、古代中国の殷の名臣の箕子は、主君の紂王が象牙の箸を作ったことを聞き、箸だけでは満足できずに宝石の杯を作り、それに合わせ食事や住居も贅沢になっていき、最後には世界の全てのものを集めても満足しなくなり、その行きつく先は国を滅ぼすことになる。老子は「小を見て大を知ることを明という」と言っている」とまとめている。


この、「象箸玉杯」の話を聞いて、私がこのブログにも書いたことのある。北斎漫画 第十一集の裏付けを思い出した。そこには、唐子が身の丈以上の大きさの銭を抱えている図がある。その銭の図案は京都龍安寺にある蹲踞の「吾唯足知」が図案化されている。
北斎の裏付の唐子の絵には、次のような言葉がそれられている「事たりる 足るにつけても 足らるなり  足らて 事たる身こそ やすけれ」

ところで、老子の、「小を見るを明と曰う」はなんだろう。
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包丁

包丁といえば、料理でつかう刃物のことで、本来「庖丁」と書くが、「庖」が常用漢字にないので「包」で代用表記している。
しかし、包丁は本来は刃物を指すものではなく、役職のことで、庖厨のことで寺などの厨房を指し、丁とは馬丁(馬番)や園丁(庭師)につかう丁で、厨房で働く人のことで今風に言うと料理長のことで、寺で言うと典座のことになる。
ではなぜ、庖丁料理に使う刃物のことになったのか、荘子の養生主編の二にその話がでてくる。
簡単書くと、魏の王文恵に庖丁(料理長)が、牛を解体して捌くのを献納したところ、文恵はその捌き方の手際の良さに感心した。文恵の問いに庖丁は「私が初めて牛を解体したときは、牛の大きさに圧倒され何もできなかった。だが三年たつと牛の大きさには目が入らなくなりました。私は目で牛を見ているのではなく、精神で見ているのです。自然な本来の筋道に従って、牛の皮と肉と骨の隙間に牛刀が入るようになり、牛の本来の仕組みのままに従っているだけです」と答え。さらに、「ふつうの腕のよい料理人なら一年で牛刀を取り替えるが、私はもう十九年も使い数千の牛を解体したが、刃こぼれせずいましがた研いだようです」。ここから、庖丁のことを料理で使う刃物を庖丁(包丁)と呼ばれるようなったといわれている。
この話にはまだ続きがある。
庖丁は続けて次のように述べた。
「けれど、牛を解体すると、筋や骨がかたまった所にくるたびに、心を引き締めて緊張し、視線はその一点に集中させ手の運びも慎重ににし、牛刀の運びも微妙にします。その動きが定まったときまるで土塊が落ちたように忽然と肉が離れるのです」。と。
それに大使、文恵は「なんと善い言であろう。われは庖丁の言を聞いて、真の生き方の道を会得した心持ちがする」。と言った。

魚を捌くときもその庖丁の入れ方により、その姿はかわってくる。この話のなかにでてくる「自然の本来に筋道の天理により、大郤を撃ち、大?(穴+穎-頁+欠穎)だいかんを導き、その固然に因り」とあるが、それぞれの骨と骨の隙間に刀を入れ、骨と肉の隙間から肉を削ぎ、筋肉と筋肉を分けるのも、その個体のありのままの姿にしたがって捌くことによってできるのだろう。

心知を働かせて真の生き方の道を得ようと技術のみに走ることに対しての愚かさが、庖丁の言葉のなかにある。
一刀彫りの仏師に、何を彫るのか、どの様に彫るのかと尋ねると、木の性に阿くままに彫っているだけだと、禅問答のような応えが返ってくると聞いたことがる。
このことは、牛の解体や魚を捌くことに限ったことではなく、私たちの生活に対してもいえることだろう。
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「おしゃかになる

「おしゃかになる」というと、私は今まで物や道具が壊れてしまったときに使うと思っていたが、それだけでなく作りしそんじてしまったとき、「おしゃかにしてしまった」などとも言うようです。
広辞苑で「おしゃか」と引くと次のようにあった。
(一説に、地蔵や阿弥陀の像を鋳るのに誤って釈迦像を鋳ってしまったことから)つくりそこなうこと。つくりそこなったもの。不良品。「_にする」「_になる」
と載っていた。

また、日経新聞の日曜版に連載された、阿辻哲次の「遊遊漢字学」で2018年4月8日に連載された、『「卍」を「まんじ」と読む理由』に、次のようにもある。
ヒとシの区別のつかない東京下町の鍛冶屋が、火加減をまちがえた時に口走った「火がつよかった」が「シがつよかった」になり、それが「四月八日」と聞こえ、四月八日がお釈迦さんの誕生日であることから、不良品をつくって失敗することを「おしゃかになる」というようになった。
この話しできすぎているので、出所はどこだろう落語にあるのかと一寸と調べてみたがわからなかった。

それはともかく、「おしゃかになる」は、私が今まで思っていた、木の玉じゃくしの柄がとれてしまったりして、壊れてしまうのではなく、はじめから失敗してしまうことだったようです。

でも、広辞苑の地蔵とは地蔵尊のことで石仏が多いが、ここでは阿弥陀仏や釈迦像と同様に鋳像なのだろう、そのため鋳型があるので、その鋳型を取り違えて造ってしまう粗忽なおこないになる。
一方、阿辻の方は、火加減を間違えるているので、技術的な問題といえる。同じ「おしゃかになる」失敗でもその内容には大きな違いがある。

物事に失敗をするのにも、違いがあるといえる。
政治の面でも、おこなう政治を取り違えるのと、その施策をする段取りを間違ってしまうのでは大きく違う。このコロナ禍においての施策でも、経済を優先させるのか、人の健康・命を優先させるのか違いでだろう。
また、現代の先進国などをみて、新自由主義の自己責任の民主主義の小さな政府なのか、弱者にも光と救済をする大きな政府の方針をとるのか、いま、アメリカや日本はその選択を決める時期だが、アメリカの国民はどちらを選ぶかにより、これからの世界情勢が大きく変わるだろう。
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マイクロチップ

マイクロチップ

ペットにマイクロチップを埋め込むことが推奨され、欧米などで広く使用されていると聞く。
マイクロチップは、直径2mmほど、長さが8~12ミリの円筒形の電子器具で、内部はICとコンデンサーと電極からなり、外装は生体適合ガラスで覆われていて、ペットの体には影響を与えないものです。
それぞれのチップには、15桁の番号が記録されていて、この番号を読み取り機で読みとることにより、そのペットの識別や飼い主などがわかるそうだ。

犬の首輪の鑑札など違い、脱落したり消失することもなく、ペットが盗まれても取り出さない限り、その持ち主がわかることになる。また、マイクロチップ事態にはデータは記録されず、マイクロチップの中央サーバに保存されるので、データが書き換えられることがないので、確実な身元証明になる。
読みとり機から発信される電波を利用して、マイクロチップがデータ電波を発信するので電池も不要で半永久的に使える。電車などのIC乗車券と同じ仕組みのようです。
埋め込みは少し太い注射器のようなインジェクターとよばれる器具を使って埋め込まれる。また、埋め込まれれば体内を移動する事もないという。
またペットなどに不要な痛みや負担を与えないので、ペットだけでなく哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類や魚類などにも使用できるという。
データの登録方法は、飼い主の名前と住所、連絡先を飼い主が「動物ID普及推進会議」のデータベースに登録摺る必要がある。つまり、自転車の防犯登録のようなものだ。
使い方によっては、電車のICカード乗車券なら、利用履歴もサーバに記録されているので、同じように、狂犬病などの予防接種履歴や病歴なども登録ができればさらに活用が広がるだろう。

イギリスなどでは、昨今のコロナ禍により、家にこもるひともふえ、ペットの需要が増え、それによりペットの盗難が増えているという。このマイクロチップが普及されていれば、盗難されても売買するときにわかるだろう。ただ除去されてしまえばわからいないが。

よのなかだんだん便利りなり、人間にも同じようにマイクロチップが埋め込まれ、健康保険証の番号などにより、や間ドックの記録や病歴や病院でのカルテが電子化され、中央のサーバで一括管理されれば、保険証を病院に持参しなくても、受診できまた必要以上の検査も省けるようになるかもしれない。
また、運転免許所の番号やマイナンバーなどと連動していくとより複雑な問題が出てくるだろう。
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トイレのないマンション

原子力発電所などを、「トイレのないマンション」と揶揄されるが、それは原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場をどこに造るかが決められないからだ。
そもそも、原子力発電は安全だと言うなら、電力の送電ロスを考えると、電力の大量消費地に造らないのか、遠く離れたところに造るのは何故か。それは地方の過疎地への経済対策だと言う人がいるが、それは本当だろうか。

「トイレのないマンション問題」は、原子力発電だけではない。生活ゴミの処理問題を考えると、私たち人間の一人ひとりの生活がトイレのない生活といえる。
近代都市のインフラは、上下水道のシステムは完備し、生活ゴミの回収システムも一応滞りなく機能している。しかし、それらは自分たちの目から見えないところに追いやって供給され処分されているだけでしかない。

東京など大都市の中心部では、タワービル、タワーマンションが林立している。そこで仕事をし生活する人が、快適に過ごすにはどれだけのインフラを必要としているのか。
40階建のタワーマンションに水を供給するにはどれだけの大きさの給水菅が必要で、それを最上階まで上げるにはどれだけの設備が必要か、生活排水を処理するんはどれだけの排水管とその汚水を処理する施設が必要か。そのことをタワーマンションで生活している人がどれだけそれに感謝しているだろうか。

江戸時代の江戸の下町には上水道は完備され、下水道も完備され、生活ゴミの収集処理も機能していた。下町の長屋には区画ごとに上水井戸があり、長屋の路地にはドブ板がありそこから生活排水は川にながされ、上下水は分離されていた。また人の出す汚物や生ゴミは定期的に近郊の農家が買いに来て回収され野菜作りの堆肥にされ、そこでそこで育った野菜を下町の町人は食べていた。
しかし、これが長屋の一区画が40階建のタワーマンションだとどうなるだろうか。江戸時代のローテク技術では、上水を2階に上げることも難しいだろうし、40階の建物に住んでいる人の汚物や生活排水を処理どころかどのように建物外に出すことができるだろうか。

また、生ごみ以外に生活ゴミは、江戸時代は回収されリサイクルなどされていたが、現在はそこで住んでいる人は、生活で不要になったものがどのように廃棄され処理されていることにどれほど関心があるだろうか。

また、今年の夏は特に暑いが、私たちは涼をとるためにクーラを使うが、そのクーラの電気はどのように作られるのか、室内の熱を冷ました熱交換した熱はどのようになるかをどこまで考えているだろうか。
私が学生のころ、東京の地下鉄は今のようにクーラがついていなかった、ようやく私鉄など列車毎にクーラ設置されていたころだった。しかし東京の営団地下鉄の丸の内線の列車には各列車にクーラを設置する発想はなかった。列車のモータ熱とクーラの熱で地下鉄のトンネル内は猛烈な熱さになると言う理由だった。そのためトンネル全体を冷やすことを考えていて、赤坂見附付近はそれが整備されそのあたりを通過するときは、窓から入ってくる空気はす涼しかったのを覚えている。
タワーマンションなどはセントラルヒーティングだろうが、建売の住宅街ではクーラからでる熱交換の熱は、垂れ流しでそれこそトイレのない状態だろう。

同じようなことが、私たちの便利な生活の中でいくつでもある。

つづく
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太極拳と呼吸

太極拳と呼吸

ゆったりとした動きと「深く長い呼吸」が太極拳の特徴だが、太極拳初心者にとっては、呼吸を意識し過ぎるのはよくない。
太極拳の練習法について書いてある本の中には、呼吸法について詳しく書かれているものもあるが、その内容に沿って忠実に実践しようとするのはよくない。
自然呼吸が要求されているが、太極拳を始めたての初心者は、まず一つ一つの套路の動作・型の掌握が優先すべきで、練習を続けていくうちに、呼吸も自ずと合ってくるものです。それを動作に無理に呼吸を合わせようとする緊張してしまので、動作もぎこちなくなり、呼吸も乱れてしまうことになる。
練習を積み重ねていくうちに、動作・型に習熟してスムーズに動けるようになってくると、腹式呼吸が深くなり、気沈丹田の呼吸による柔、均、細、長も出現してくる。

呼吸を修得するなら気功による呼吸をまず修得するのがよいでしょう。
気功にも立位でするもの、坐位でするもの、臥位でするものがる。臥位でも仰臥位、腹臥位、側臥位があるが、太極拳のためにするなら立位がよいだろう。精神修養のためなら坐位がよく、からだが疲れたり弱い人などは臥位がよいだろう。

立位でするには、腿幅を肩幅に広げ両足に体重をかけ、重心を股間にもち、天上から頭の百会に吊り下げられている感じで背筋を伸ばす。脊柱の軸は真っ直ぐにする。
呼吸は吐く息を長く吸う息は自然にする。
呼吸を感じる方法にはいろいろあるが、両肘をまげ胸前で両掌を向い合せ間隔は15~20㎝ほどにする。両掌で膨らんだ風船を支えている感じ。そしてそのその気の風船が呼吸につれ膨らんだり萎んだりする感じをつかむ。
気功の呼吸は、通常の呼吸より深く長くする。息を吐く時にお腹をへこませ、息を吸う時にお腹を膨らませる腹式呼吸でする。基本的には、鼻からゆっくり細く長く息を吐き、吐く息は腹がへこみ吐き切るまでする。息を吸うのは鼻から深くゆっくりと息を吸って、お腹を膨らませたる。吐く息はなれて熟練してきたら20秒ぐらいで、吸う息は10秒ぐらいになる。吐く息は口をすぼめて息を少しずつ吐くのもよい。また吐く息を調節するためストローを銜えてするのもよい。ストローの太さや本数により息の量を調整できる。始めのうちは太いのを使い、熟練してくると細いのを使うのがよだろう。

太極拳の動作での呼吸はどうなるのか。呼吸は横隔膜を使って深くするのだが、息の空気は胸郭の肺に出入りするので、基本的には、体を伸ばす時は吸い、縮める時は吐く。手を体に引き寄せる時は吸い、手を押し出したり広げる時は吐きく。手を上げる時は吸い、下げる時は吐くことになる。しかし、太極拳はそれぞれの套路の式が連続し、バランスをたもちながらの動作なので、基本どおりの呼吸は難しい。練習をしていくうちに、呼吸と動作が合ってくるものなので、焦らず稽古を重ねてていくことです。
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最近のコロナに関するニュースに思う

最近のニュースますますおかしくなってきている。
特にNHKは変だ、籾井元会長の言ったように、政府が右といったら左とは言えないのようになってきている。

コロナ禍により、産業活動が停滞し経済が落ち込んしまっている。それは、感染拡大を防止するために、国民生活に制限を求めるのだから当然の結果でもある。だからといって国民の移動の自由を野放図にすると、感染を封じ込めることは何時までもできないだろう。

民主党政権時代に立法化した、新型インフルエンザ特措法を新型コロナウイルスにも適用できるように改正したが、その運用もなんかチグハグだし。同時に感染症法も新型コロナウイルスにも適用できるように法を改正したが、こちらの方は法的強制力があるのにそれをあまり使おうとしない。こちらは、クラスター感染などができた施設を強制的に期限限定で封鎖消毒ができ、また感染者は強制的に隔離でき、症状により隔離期間を延長できるものだが、特措法による隔離措置しか取らないようです。
これは自民党は強権的な方法はとらない、経済優先で国民生活を守ると言っているように聞こえる。

また、政府の政策にマスコミも有識者会議も強く疑問を投げかけたり批判をしたりしない、一丸となってオールジャパンでコロナに取り組むことは必要だが、その対策について自由にものが言えるようになっていないと、裸の王様になって後戻りができなくなるのではないか。
いまの米中の指導者が裸の王様のようで、米中関係も抜き差しならぬ状況になっている、それと同じようにコロナVS日本政府・国民と言う構図にはなってもらいたくないです。


政府の有識者会議やマスコミは政府が行なおうとしていることにたいして、正当に声を出せるようになって欲しいものだ。
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太極拳の歩法訓練

太極拳においての歩法訓練

太極拳のからだの動きを修練するのに、よく歩行訓練をすることを進められる。能の仕舞でも基本的な練習として摺り足での歩行練習が大切だとしている、能で仕舞いで移動するとき、多くは摺り足が使われる。腿を上げずに足を床を摺るようにする。まず片足を前に進め終わると、爪先を上げぴたりと全足裏を床につける動作をする。これは大腰筋を鍛える効果があるり、からだを安定させることができるとされている。

では、太極拳の歩行訓練とはどのようなものか。
簡化二十四式太極拳の、ニ式の左右野馬分鬣 ゥオユウイエマーフェンゾン、四式の左右(手+婁)膝拗歩 ズゥオユウロウシーアオブー、六式の左右倒巻肱 ズゥオユウダオジュエンゴンの、一つの式を繰り返しに集中して行う。この場合、手の振りを附けずにからだの重心と軸を感じながらその移動のあり方に集中する。このとき、虚歩と実歩を明確におこなう。上体を真っ直ぐに安定させてからだの軸を意識し、重心の移動を安定させ、動作はゆっくりと自然に連協貫調させる。

手の振りを附けなくても附けてもよいが、手の振りを附け得ない場合は、からだの軸と腿の動きを意識する。附ける場合は、腿(あし)と腕(て)の動きを協調一致ささ、からだの動きと視線と手の振りを協調一致させることを特に心がけてする。

しかし何れにしろ、歩行の動作はゆっくりと均一を保っておこなう。からだはリラックスさせ柔和で柔軟であることが大切なので、それぞれの動作を意識しすぎ集中しすぎると、余分な力は入ってしまうので注意しなければならない。
また、眼は平らかにする。目をつぶったり、目先を凝視しない。歩行の動作で、上体が不必要にゆれたり不安定に不安な状態になるのは、腰・背・胸・肩などの部分が緊張していることにより、全体の動作が協調一致をするのを妨げられているので、それらを取り去りバランスよくゆったりと歩行動作が行えるように心がけることが、歩行練習のねらいです。

どのようなものでも基本が大切で、太極拳ではこのは、気持ちと心を落ち着けてるためにするのであり決して焦ってしたり、気張ってしたりするのはよくない。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 臨時国会の開催はいつか
    風と雲 (08/04)
    一体今の日本はどうなってしまったのだろうかと思う。アベ内閣も与党も憲法に違反することを完全に無視して悪びれもせず堂々と実行してきた。、政府高官も最高裁も報道機関
  • 難病と尊厳死
    竹林泉水 (07/29)
    コメントありがとうございます。

    自ら生きる権利、自ら死ぬ権利があるのはよくわかります。
    それにはどちらも人・個人としての尊厳が保たれている必要がある考えます。
  • 難病と尊厳死
    風と雲 (07/28)
    意識して自ら命を絶つことができるのは人間だけだと思います。人には生きる権利と自由があるように、自らの命を絶つ権利も自由もあって然るべきではないでしょうか。このA
  • 不自由な国、日本
    アジシオ次郎 (07/01)
     自分よりも周りを優先する集団主義的な考えが同調圧力などがまかり通る社会なことについて前に
    >日本的なこの価値観は、海外から見たら奇異の目でしか見られないでしょ
  • 不自由な国、日本
    竹林泉水 (06/29)
    日本語に「世間」と言葉があります。「世間体が悪い」「世間がうるさい」「世間を渡る」「世間に顔向けできない」「世間の目を気にする」「渡る世間に鬼はいない」などとつ
  • 不自由な国、日本
    アジシオ次郎 (06/27)
     おはようございます。

     日本はやはり集団主義が根強い社会であり、いわゆる「ムラ」社会的価値感が強い為に変に「和」を重んじる傾向の上に上の言うことは絶対だという
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    竹林泉水 (06/26)
    なんで日本人は欧米人に対してコンプレックスを持っているのだろうか。明治政府は今までの幕藩体制をぶっ壊し廃藩置県をし、国内の不平不満のエネルギーを外に敵を作ること
  • 人種差別抗議行動への共鳴が日本で起きないのは
    アジシオ次郎 (06/25)
     こんにちは。

     日本人は長年欧米コンプレックスを抱いたせいで白人に対して好意的に見る一方でアジア人や黒人を平気で見下すような傾向が強いけど、自分たちが置かれて
  • 長期政権
    アジシオ次郎 (06/24)
     おはようございます。

     長期政権がもたらすもの、それは腐敗と閉塞感以外の何物でもないが、一人の人間が十何年、何十年と居座ってては健全さなど皆無だし、変化を知ら
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