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竹林の Twitter 新しいウインドウで開きます。

ゲノム編集の赤ちゃん その後は

去年の11月に衝撃的なニュースが飛び込んできた。
中国の南方科技大学の賀建奎准教授が、ゲノム編集により双子の赤ちゃん誕生と、別の女性の妊娠を確認と発表した。
賀准教授は、香港大学で開かれたヒトゲノム編集国際会議で、HIV(エイズウイルス)に感染しないよう遺伝情報を書き換えたと説明した。

その後この件に関して一時、報道番組などで取り上げられたが、その後、ゲノム編集について取り上げた番組はみないが、今の世界の最先端の医学技術はどうなっているのだろうか。
ときどき未来の技術や社会について書かれた書物に、デザイナーベービーという言葉がでてくる。親の好みにあった目の色や髪の色をした子供が産めるという。さらに、スポーツ選手になれる体質を持った子供、優秀な頭脳明晰な頭を持ち将来ノーベイル賞をもらえる子供も期待できる。

人間へのこの技術の適用は倫理的な面で現在は世界的に自粛され禁止されている。賀准教授はそれを無視して、提出書類を改竄して許可を得てしたといわれ、中国政府も賀准教授を批判している。

しかし、人間以外の植物や動物に対しては、多くの国がそれを推奨推進して、作物の収穫量を増やしたり、作物の大きさや味に特化して技術開発が進められ、牛や豚や鶏などに対しても、脂肪のつきかたや味のなどを、生産者が飼育しやすいゲノムをもった家畜の研究が進められ。穀類などにはすでに多く出回っている。

そのことを考えると、ゲノム編集が人間にも応用されるのは、時間の問題とみることができる。
賀准教授は、エイズにかからない体質になると主張している。このことを考えれば、同じように親が持ってもっている資質、たとえばガンになりやすい、特定の免疫にたいして抗体が少ないなど、それらのことにたいして生まれてくる子供が引く継ぐことがなくなるので、その点だけを取り上げれば悪いことではないという答えがでてくる。しかし、はたしてそれだけですむのだろうか。

アメリカなどのキリスト教福音派の考えが浸透している国では、ゲノム編集などは神をも恐れぬ冒涜した行為だという考え、ゲノム編集の人間へ応用は抑制があるだろう。
しかし、日本などでは、仏教や儒教では絶対神はなく、八百万神で一神教ではなく非常に多く無数の神がいる、そのような考えのもとでは、人間の尊厳をどのように位置づけて守ろうとするだろうか。
科学技術や産業の発達したた、欧米より日本や一神教でない東洋のほうが、その倫理を踏み越えてしまう恐れは高いと言えないだろうか。
わたしたち日本人のなかには、東洋の思想文化のなかには、仏教やチュごく文化の儒教や道教の、自然の中の古、自然の道理は天帝という、自然の摂理を大切にする考えを忘れてはならないだろう。
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徳仁天皇の、憲法への思いは。

新天皇が即位してから、3か月半ほどたつが、徳仁天皇は、憲法のことについてどう考えているのだろうか。
それを読み解くには、即位後朝見の儀での陛下のお言葉をみてみる。
宮内庁ノWebページ http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/47#156 に次のようにある。
「前略  ここに、皇位を継承するに当たり,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,自己の研鑽さんに励むとともに,常に国民を思い,国民に寄り添いながら,憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い,国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します。」と宣言している。
「憲法にのっとり」象徴の責務を果たすと述べられている。
明仁上皇の天皇即位の即位後朝見の儀のお言葉で「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、」と宣言をした。

憲法を守ると述べられているが、明仁上皇のお言葉と比べると、その尊守の姿勢はあきらかに弱まっている感じられる。

安倍首相は、天皇が即位する前の皇太子と一か月たらずのあいだに、2月22日、3月29日、4月8日と3度も面会している。面会にあたる、「内奏」は年に数回ほどで、しかも天皇とおこなわれるのが普通だが、首相が皇太子と一対一で面会をするのは異例です。

政権などからの天皇の政治利用は、「憲法4条天皇はこの憲法の定める国事に関する行為のみを行なひ、国政に関する権能を有しない。」ことから、禁止されている。
それなのに、首相は元号について決定する前の段階で、「令和」を含む新元号候補である6案を事前に説明したという。これは明らかに、天皇の政治利用にあたる恐れがる。
皇太子が六つの案をしめされ、首相がどれがいいですかなどと聞いていたら、大変なことになるだろう。

また、一部の情報だが、安倍政権が「新天皇のお言葉」から憲法のくだりを削除しようと圧力をかたというはなしもある。

宮内庁担当記者が「天皇陛下は、上皇陛下の姿勢を受け継ぎ、同じように日本国憲法を守ることを宣言する姿勢を見せており、上皇陛下もそれを強く望まれていました。ところが、官邸は『新しい時代にふさわしいお言葉を』と、暗に護憲色を抑えることを宮内庁に求めていたようです。官邸の代理人とも言われる警察官僚出身の西村泰彦次長が、東宮を通じて陛下を説得したという情報も流れましたし、この間、宮内庁内部でお言葉を巡ってせめぎあいがあったことは間違いない」と語っている。

明日4日に、新天皇の一般参賀がおこなわれ、国民に向けて「お言葉」をのべられ「我が国が諸外国と手をたずさえて、世界の平和を求めつつ一層の発展をすることをこころから願っています」といいわれた。

明仁上皇の憲法を尊重し国民に寄り添って象徴の勤めをはたす思いを、徳仁天皇もその思いを引き継ぎさらに発展させてられることを願いたいです。
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崇徳院の怨霊

2020年に東京でオリンピックが開催され、9月21日に開会式がおこなわれる。
今までこのブログで、2020年の東京五輪パラのために、崇徳院の怨霊を鎮めるため、鎮魂の祈りをするのではないかと思われる書き方もしたが、実際は、そのようなことはなく、世界の平和のための鎮魂がおこなわれるだろう。

よく考えると、1964年のオリンピックでは、開会式の前の月の9月21日に、崇徳院の怨霊を鎮めるたに、昭和天皇は、崇徳上皇が亡くなったとされる、日に白峯神宮でおこなわれる、秋の例大祭 崇徳天皇祭に勅使を遣わし執り行わせた。
しかし、2020年のオリンピックは、7月24日から8月9までで、パラリンピックも、8月25日から9月6日までです。
毎年白峯神社でおこなわれている秋の例大祭 崇徳天皇祭で、オリンピックが終わってからです。
つまり、一部に昭和天皇が、四国の崇徳天皇陵に勅使を遣わしたのは、オリンピックを無事に終わらせるためでなく、単に八百年式祭だったかといえる。鎮魂は100年800年900年とおこなわれるもので、原爆や戦争の慰霊の鎮魂も毎年おこわれている。
崇徳院の怨霊を恐れるなら、今までの開かれた国際的な催しものでもするだろう。
また、明人上皇は天皇とときから日頃、国のそして国民の安寧いを、象徴天皇として皇居の内宮かどこかしらないががいまも、毎日祈っているのだろう。それはわたしたちの一般の人も、毎朝仏壇に手を合わせたり、神棚があるところは手を合わせ、お寺の僧侶や神社の神官も朝のお勤めをするのと同じように。

ここ数日ブログで、崇徳院の怨霊のことを書いたが、安寧を祈っているなら、取り立てて心配をすることはないだろう。
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黄帝内経 の四気調神大論編 春

夏のことと秋のことを書いたが、春のことは書いていなかった。黄帝内経には春について次のように書いてある。
春の三ヶ月は、万物が古いものを推し開き、新しいものを推し出てくる季節。
春の養生は、少し遅く寝て少し早く起きる。朝、庭に出てゆったりと散歩をし、髪を解きほぐし体を伸びやかに動かす。心持ちは活き活きと生気を充満させる。つまり、春の植物の芽と同じように、心身とも陽気を発生させる。殺生をしてはならず、ただひたすら成長を促すべきで、剥奪してはならず、自然に息吹に心と目を楽しませるべきで、また、気候がよくなったからと、体を虐げてはならない。

春眠暁を覚えずというが、春は冬にくらべ夜が明けるのは早くなってくる。それに併せて就寝をすべきで、体の体内時計を自然の運行と合わせるということか。
また、早朝の散歩をし、太極拳などのゆったりとした運動をすることは、からだにとってよいことだといえる。
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全国戦没者追悼式

今日、終戦記念日です。日本武道館で政府主催の全国戦没者追悼式がおこなわれる。
安部首相が式辞をのべ、1分間の黙祷があり、そのあと新天皇がお言葉を述べられる。

新天皇のお言葉は、どのような内容になるだろうか。明仁上皇は10歳のときに終戦をむかえ、疎開先から東京に帰っり、帝都が焼け野原になっているのを見て、戦争というものはしてはならないと感じた。それが皇太子時代から天皇のときにと、全国そして海外の戦災地へと、平和と追悼の旅をされた。その気持ちがお言葉にもあらわれていた。

天皇になって初めての、戦没者追悼式のおことば、どのような平和への思いを述べられるのだろうか。


今日15日、終戦記念日、しかしこの日の終戦・敗戦の根拠はなにを持っていうのか。
アジア太平洋戦争は、中国と、東アジアの植民地国の宗主権を持つ宗主国の連合軍との戦争でした。日本はその
連合国がだした、ポツダム宣言を受諾した。すなわち連合国相手の戦争に負けたことになる。
ポツダム宣言の受諾を連合国に通知し、
天皇は臣民に、ポツダム宣言を受諾したことをラジオで伝えた、それが玉音放送といわれるものです。
ミズリー艦上で、降伏文書に署名している。

それはともかく、一般的に通常、玉音放送がされた、今日を国民、そして国が、戦争の惨禍と犠牲になった人を追悼し、平和を記念し祈念する日です。
ポツダム宣言受諾通知の日や降伏文書に署名した日なら、敗戦記念日だろう。
しか、終戦とするので玉音放送が放送それた日になるのだろう。
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黄帝内経 の四気調神大論編

黄帝内経 の四気調神大論編
その秋の季節について、次のように述べている。
秋の三ヶ月は万物が成熟して集まり、収穫の季節で収斂される。天気は夏のように暑くはなく涼しい、風は強く急いで、地気は静粛とし万物は色を変える。人々は鶏のように、早寝早起きをすべきである。夜明けとともに起き夕暮れとともに眠ることにより、秋の寒くなってくることに、身体に対するダメージを緩和させる。
心を外にはたらかせいないで、肺気を清浄に保持するとことにより、秋に適応し収気を保養できる。これに反すると肺気を損傷させ、冬になると潜伏閉蔵し、気に適応する能力が衰える。

秋こそが冬への滋養を蓄えるためにも、季節がいいからと暴飲暴食や夜更かしなどをすることは慎まなければならないということか。
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崇徳院の怨霊

1964年の東京オリンピックが催されたのは、崇徳院の800年忌の年でした。そして、1964年9月21日は、崇徳院の800年式祭が行われた。昭和天皇は四国の崇徳天皇陵に勅使を派遣して、八百年式祭を執り行われた。毎年、白峯神宮では、9月21日 崇徳天皇祭があり、「薪能」が奉納される。それが、崇徳院への鎮魂です。なぜ昭和天皇は、オリンピック開催前に、日本の三大怨霊の一つである、崇徳院の霊を鎮魂する八百年式祭をに祭祀をする使いを派遣したのか。それは単にオリンピックを成功させるためではなく、崇徳院が書き記したという、「皇を取って民となし、民を皇となす」ことばから、崇徳院の霊を鎮魂することにあると考えられる。


平成上皇は、退位を表明するビデオメッセージで、象徴天皇にしてはたす「象徴的行為」があるという新しい天皇制解釈をあらわした、象徴的行為とは、憲法に書かれている国事行為はもちろん、それと「鎮魂」と「慰藉」があるとした。
・「鎮魂」は先の大戦で斃れた人々の霊を鎮めるための祈り。明仁陛下は実際に死者がそこで息絶えた現場まで足を運び、その土に膝をついて祈りを捧げてきた。
・「慰藉」とは「時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うこと」と「お言葉」では表現され。さまざまな災害の被災者を訪れ、同じように床に膝をついて、傷ついた生者たちに慰めの言葉をかけてきた。

そのことは、御ことばのなかの、「私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この間かん私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。」から読み解ける。


では、なぜ昭和天のは崇徳院の800年式祭を重要視したのか、崇徳院は舌を噛み切って、次のようなことを書き記したと言われている。「日本一の大魔縁となり皇を取って民となし、民を皇となす」。わかりやすくいえば『日本一の大魔王となり、天皇家を平民に落とし、民を天皇家に取って代わらせる』この言葉は、後白河天皇以降の天皇家は、とりつかれているのではないだろうか。
崇徳院がなくなる以前は、政治の実権は天皇家が握っていたが、(それ以前から実質実権は、平清盛が天皇を動かし、それ以降も源氏が鎌倉幕府を開き、武士が握りだしっていたが)そのころから政治の実権は武家にとってかわられるようになる。それが、明治になるまで続くのである。
徳川家の大政奉還から政治の実権が天皇家に戻ったとき、孝明天皇はこの崇徳院の怨霊が再び、「皇を取って民となし、民を皇となす」ことを憂い、京都に白峯宮を建立にかかり、京の町や神州を夷狄に汚されることを懼れ崇徳院の怨いを慰めよとした。しかし、その途中で孝明天皇は病に倒れ崩御っする。明治天皇は、孝明天皇の遺志を継ぎ、讃岐から崇徳上皇の御霊を京都に戻し鎮魂するまで、明治天皇は即位を待って後を継いだ。そして、再び「皇を取って民となし、民を皇となす」ことがないように祈ったといえる。
それ以降、日本は天皇家の国として、近代化をはかり、日清日露戦争を起こし、台湾や樺太を日本領土とし、朝鮮半島を併合し、興隆を遂げていくかに見えた。しかし、アジア太平洋戦争の敗戦により、「天皇は侵ことべからずの」現人神の君主から。人間宣言をし、国民主権の象徴天皇に変わった。これも見方によれば「皇を取って民となし、民を皇となす」が、再び起こったことになる。
つまり、敗戦を契機にに天皇のあり方が変わったのは、崇徳院の怨霊のせとする見方もできる。
昭和天皇は、崇徳上皇が亡くなって100年ごとに異変が起こるとの見方もあり、昭和天皇も1964年は崇徳院の、八百年式祭になるので、勅使を使わし執り行ない、今後100年は平和な社会が続くように祈ったと見ることもできる。

明上皇は、在位中、鎮魂と慰藉を象徴の勤めてとしてきたが、在位中に大きな自然災害はあったが、蒙古襲来、応仁の乱、南北朝の争乱、など国内が混乱するような動乱や戦争による敗北はなかった。

さて、徳仁天皇はどのような象徴天皇になられるだろうか。
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強欲の資本主義は地球を救えるか

強欲の資本主義という言葉を聞くことがある。新自由主義のグローバル経済では、ますます資金は集中と投資が繰り返されている。過去にも富の集中により、貧富と権力の格差がうまれ、社会は混迷してきている。
それを是正するために、民主主義をいかに実現するかによって、強欲な野心と富の集中を是正すためにその仕組みが模索されつづけている。いまの民主主義の制度もその一つだが、その制度が考え出されたときは、多くの人はその制度に従って富の再配分を実現し社会の安定をはかろうとした。しかし、その民主主義の制度で社会が動き出すと、強欲な資本主義がその制度を巧みに利用して、自分に富がより集中するように出し抜こうとする。

それがいま起きている、自国第一主義でだろう。しかし、しかし今は、そのようなことを言っている場合だろうか。産業活動が活発になり、温室効果ガスの排出量は、気象変動まで起こすといわれ、人口爆発により地球の人口は七〇億を越え、2050年には百億人になるといわれている。科学技術も進み機械は人知を越えた能力をもつようになっている。また、人口の増加により人を養うだけの食料を供給できるだろうか。世界の人すべてが今の先進国のエネルギーを摂取できるだけの食料はできないだろう。また、肉食は野菜を食べるのに比べると非常に効率は悪い。牛を育てるには穀物や草を飼料としなければならない、それを直接人間が口にする方が効率はいい。また、人は水なくしてはいきられない、食べ物を生産するのに、工業製品を生産するのに水は欠かせないが、水は限りがありその水は、地球に均等にあるのではなく、水がある場所には偏りがある。
それらがいまこれから、争奪戦が始まろうとするのか、それともそれらを、均等に配分できるように、これから国際会議などが行われ話し合われるのか。
自国第一主義なら争奪戦に勝ち残らなくてはならないが、それには、貧困の社会を犠牲ににして、それを手に入れることになるが、それは本当に最良に道にだとは思えない。前途多難だがこれら、人口が百億になるこの宇宙船地球号で、人間がともに生きていく方法を考えなくてはならないことを、本当に今から真剣に考えて取り組まないと、気がついたときには手遅れになってしまう。。
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靖国参拝

田原総一郎が、岩波の月刊誌「世界」の連載、「我が総括」で、小泉純一郎が総理大臣になって何度も靖国神社に参拝している。(2006年は8月15日で、他の年は日をづらしている)そのことについて田原は小泉を番組に出演させて問うている。
「あなたは靖国に、A級戦犯が合祀されているのを知らないのか」
小泉は「もちろん、知っている」
「では、A級戦犯をどう思っているのですか。そして、昭和の戦争をどう思っているんですか」
「昭和の戦争は侵略戦争だよ。そしてA級戦犯はA級戦犯はだ、しかし、約300万の戦争犠牲者を無視するわけにはいかないじゃないか」と小泉は答えた。

これにたいして、安部は、東京裁判を何度も批判していた、その中で2013年12月26日に、靖国神社に参拝に行き、参拝後の談話で、冒頭に次のように述べている「本日、靖国神社に参拝し、国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました。また、戦争で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも、参拝いたしました」とのべた。なぜこの日を選んだかわからないが、12月8日は真珠湾攻撃で同じ月でもあるが、首相の参拝にたいし、アメリカ大使館は「アメリカ政府は、日本が隣国との関係を悪化させる行動をとったことに失望した」というコメントを発表した。

米国は小泉首相が靖国参拝をした時にはなにも言わなかった。それはなぜかと考えれば、小泉は侵略戦争とし、安倍は祖父の岸信介が侵略戦争を否定しているように孫の晋三も、安保法制の国会審議の時、アジア太平洋戦争の侵略について問われたとき、国際的に「侵略の定義は定まっていない」と答弁をごまかし、侵略ではないと考えている。アメリカの小泉と安倍との違いは、その戦争の考えが違うからだといえる。また、小泉は、当時官房長官だった福田康夫を軸にして、誰もが詣でることができる「国立追悼施設」を作るための委員会を半年ばかり続けていた。(実現はしなかったが)米国は小泉のこれらのこともよく知っていたし。安部が東京裁判を批判していたのも知っていたのだ。だからアメリカ大使館はアメリカ政府としてのコメントを発表したのだ。
これらのこともアメリカはよく調べて知っているのだろう。
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日本の大魔王

私は今まで、慶応から明治に改元されたは、光明天皇が崩御され明治天皇が即位したからと思っていた。それ以降天皇の代替わりのときに、元号は改元されるようになったと解釈していた。

しかし、慶応 2年12月25日 光明天皇崩御し、慶応4年8月27日 明治天皇が即位している。改元は、9月8日に改元されている。
なぜこれだけの時間が空いているのか、それは政治の実権が今までの幕府から、王政復古され天皇に戻ったが、そこには、天皇家には日本の三大魔王ので最強の魔王を恐れていたからと考えられる。
光明天皇、明治天皇は、京都に白峯宮を創建するが、その崇徳上皇の神霊が白峯宮に到着したのが、慶応4年9月6日で、それを待ってこれらの天皇家の治世の安泰を願って改元したと見ることができる。
また、昭和天皇は白峯宮の社格を上げ白峯神宮とします。それは、帝国政府が大東亜共栄圏建設を閣議決定し、その成功と安泰を祈るために社格を上げたともいえる。
しかし、大東亜共栄圏への結果、日本は惨憺たる惨事に見舞われてしまう。崇徳天皇800年式年祭が1964年に行われるので、先の大戦で犠牲になった人のその鎮魂の意味をこめて、白峯御陵に勅使を送っり同時に、10月10日から開催されるオリンピックが無事行われ成功することを祈ったのだろう。

このように書くと、崇徳院は850年も祟り続ける大魔王のようだが、落語の崇徳院で知られる、百人一首にも選ばれている、「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の  われても末に 逢はむとぞ思ふ」の歌などを詠むと、崇徳上皇は果たしてそのように恨み辛みを持ち続け怨霊となり、世の中を沢がし続けるような人だったのかと、疑問に思うところがある。また幼いときから、よく和歌などにしたしみ教養と知性があったことが知られています。
崇徳院の大魔王の物語は、作者不詳の『保元物語』によるところとも言える。山田雄司の「崇徳院怨霊の研究」によると、山田は怨霊伝説が生まれたのは、「都から流され帰ることが許されることなく、辺境の地で憤懣を抱いたまま無念の死を遂げざるを得なかったことにあるとみなされている。しかしこうした考えは、崇徳院自身のかんがえかたというよりも、『保元物語』の作者が崇徳院に成り代わって創り上げていった、作者自身の崇徳院像といえよう」と述べている。

金毘羅本『保元物語』に、血書で五部大乗経を写経したとある。現代の私たちからすると、血書というとおぞましい感じがあるが、平安末期は自分の指を切った血で写経するのは、自らの信仰心の高まりから起きたことで、功徳を期待するものだとみることができると山田は言う。
しかし、『保元物語』では、五部大乗経を受け取ってもらえなかったので、崇徳院は、
「吾深罪に行れ、愁 浅からず。速此功力を以て、彼科を救わんと思う莫太の行業を、併三悪道に抛籠、其力を以、日本国の大魔縁となり、皇を取て民となし、民を皇となさん」とて、御舌の先をくい切って、流る血を以、大乗経の奥に、御誓状と書き付ける。「願は、上梵天帝釈、下堅牢地神に至迄、此誓約に合力し給えや」と、海底に入させ給いける。
としたとある。
これが、後の崇徳院が日本の三大怨霊伝説の一つになたのではないかと思う。
しかし、怨霊の祟りとはそもそもは人個人に付くもので、世の中や社会などにつくものでは禍いという。そうなると崇徳院の怨霊は後白河天皇に付くもので、当時の庶民などには関係ないものだが、『保元物語』のように誇張して面白く書かれると読む方は、いつの世も同じでそれがより拡散されて、今の時代になっても語り継がれていると言える。

そう考えると、崇徳院の怨霊は崇徳上皇を追いつめた当事者の、恐れが生み出したものではないかと思う。またそれが1964年の東京オリンピックまでも、続いていることは、天皇家の崇徳院へのそれだけの引け目があるからともいえるのではないだろうか。
昭和天皇の時代は、戦争という惨禍があったが、平成は日本では戦争はなかったが、自然災害が幾度と襲ってきた、さて令和の時代は始まったばかりだが、どうなるだろう。
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東京オリンピックと鎮魂

能のワキ方の安田登がTwitterで、東京オリンピックのとき、怨霊を祓うことをしたとツイートしていた。なぜ怨霊を払わなければならなかったか、どのようなことそして怨霊を祓ったかは述べていないのでわからない。

怨霊というと日本最強の怨霊として、崇徳院の話が知られている、弟の後白河天皇との保元の乱で破れ讃岐に流された。その後、赦免のため、写経をし京に送るがそれを断られ、「我、日本の大魔王となり、皇を取って民となし民を皇となさん」と書き残し、舌を噛み切って死ぬ。その後、京では、後白河天皇の近親者が相次ぎ死に、平安京が焼失しするなど不吉な出来事が相次ぎ、崇徳院の怨霊だと恐れられた話はよく知られている。
明治天皇は、即位の際に崇徳院への詫び状を書き白峯宮を建立し、昭和天皇も崇徳院の800年忌(1964年)に讃岐の崇徳陵で式年祭をしている。
このことを見ても、皇室の崇徳院にたいしての気遣いはいまもあるのだろう。

能の演目に「松山天狗」というのがあるが、私の持っている観世流の謡本にはない。安田は宝生流のワキ方だが自分の流派にはないと言っている。
金剛・喜多・金春流になると思っていたら、わたしのもっっている「能鑑賞二百一番」の本に、「江戸時代にも埋もれていた時期があり、明治十年代に金剛流が演目に取り入れ以来、一九九四年七月に能劇の座で能本作成西野春雄により観世流で復曲試演するまで、金剛流だけで上演されていた。となっている」と書かれていた。
作者は不詳となっている。また作られた年代はわからない。上田秋成の「雨月物語」には、2話に「白峯」があるが、この謡曲が発端になったと見られる。

さて、二〇二〇年のオリンピックで、狂言方の野村萬斎がチーフディレクターをするそうだが、そこで「鎮魂と再生」と述べていたので、
どのような演出になるだろうか。それも一つの楽しみとするのもよいだろう。
一九六四年のオリンピックでは、アジア太平洋戦争やヨーロッパでの世界大戦の戦没者や犠牲者の鎮魂でもあった、今回も、冷戦が終わったというが、世界では戦争で多くの人が犠牲になっり、日本を含めて世界各国で自然災害で多くの人が犠牲になっている。それらの人の鎮魂を捧げる。また、鎮魂とは、死者の霊魂をなぐさめ、しずめること、鎮魂の祭りとする、肉体から霊魂が去ることを恐れ、遊離した、または遊離しようとする魂を呼び戻してしずめる「たましずめ」がある。このところ自然災害が頻繁におきているが、それが松山天狗とするなら、崇徳院の霊の鎮魂もするとよいだろう。
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暦では立秋もすぎもう秋だが

暦のうえでは旧暦七月八日の立秋もすぎもう秋ですが、ますます暑い日が続きそうです。黄帝内経の第二編 四気調神大論には次のようにある。
夏の三箇月という季節は、万物が繁栄し、秀麗となる季節で、天地間の陰陽が盛んに交流する、陽気が多くなり万物も花開き実を結ぶとなっています。

しかし、こう暑くては陰陽の交流も滞ってしまいそうです。

さらに次のように書かれている。
夏は、夜は少し遅く寝て、朝は少し早く起きるべきである。夏の日の長さ、暑さを厭うことなく、気持ちを愉快に持ち、ものごとに怒ってはならない。つまり、体内の陽気を外に向かって気持ちよく発散させる。これに背くと心気が傷む。
これが夏の養生法だとかいている。

外は暑いからと言って家の中でクーラーを聞かせてゴロゴロしていてはだめで、外に出て適度に汗をかくことがよいのだろう。しかし、最近年々と夏は暑くなってきている。黄帝内経が書かれたころと比べると、地球は温暖化しているであろうし、、都会はヒートアイランド化している。
それに応じて戸外での運動には気をつけて汗をかこうと思う。
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日本は女性活躍社会か

十年ほど前にかかれた、「2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する」の本の、第三章経済成長がもたらす女性の機会
その、冒頭に次のように書いてある。
「過去四十年、先進国でめざましい発展を見せた男女同権。今後はBRICsの新興国で、経済成長の必要性から女性の機会はより開かれる。が、中東などでは時間がかかるだろう」。

この一文を読んで日本はどうだろうか、日本国憲法では男女の同権が明文化こそされないが、選挙権や両性の合意に基づいた結婚が明記されている。また法的には男女機会均等法が施行されて、一見男女平等が進んでいるようだが、法整備はされても実態はまだまだ後進国です。

世界的に見て、女性の権利が拡大し男女平等になってきたのは、第二次世界大戦以降のことで、ヨーロッパやアメリカなどでも、女性が選挙権を持つようになったのは、ドイツが1919年でアメリカはその一年後の1920年だが、フランスは1944年の戦後で、日本は1945年でした。スイスなどはなんと1971年だといいます。
しかし、その後ヨーロッパの国などまた発展途上国といわれる国々では、女性の社会進出は目覚ましく政治の舞台でも活躍しています。

しかし、日本はというと、先の選挙を見ても最大与党の自民党の女性の立候補者数の割合の低さ、また、安倍首相は女性が活躍する社会といいながら、安倍内閣の女性閣僚の登用の少なさをみると、問題です。
また、産業界でみても女性の管理職への登用は、他の国と比べても劣っている方です。

米国など欧米諸国でも、第二次世界大戦前は男性社会で、女性の活躍するばは少なかったが、戦後それも冷戦後急速の女性の活躍ができる機構に変わってきている。また、BRICsのブラジル、ロシア、インド、中国などのくにでも、女性の進出はめざましいです。
しかし、日本はまだまだ遅々として女性が活躍できる社会にはほど遠いようです。
これからどれだけ日本社会が、女性の活躍が広がり内容が深化していくのか。
いまだに日本のなかに、女性は家庭を守るものという考えを持った政治家を、ためらいもなく国会に送り込まれることに、それは、日本の固有の文化だという人がいるが、それは、世界的に見て時代遅れだと気がつかないといけな。
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トランプは白人至上主義者か

ロイター通信日本語版によると、トランプ米大統領は5日、31人が死亡した2件の銃乱射事件をに対して、「人種差別や偏見、白人至上主義は非難されなければならない」と述べた。
トランプ大統領は今まで、メキシコからの移民流入に対して壁を設けるや、イスラム教徒への差別的な言動があったが、今回の事件もトランプ大統領の言動に触発されて起きたともいえるものです。それに対して「人種差別や白人至上主義は非難されなければならない」などとどのような口が言っているのだろうかと思う。

さらに、人種差別などの「悪意ある思想は排除されなければならない」、「米国に憎しみの居場所はない。憎悪は精神を歪め、心を荒廃させ、魂をむしばむ」と述べている。アメリカンオンリーで対外にたいし敵愾心を煽るような発言をし続けているのはむしろ、トランプ大統領だが、その本人から、このような言葉が繰り出てくるとはどういうことだろうか。

しかし、これは米国に限ったことでなく、フィリピンやトルコやブラジルなども同じような指導やが現れ、西欧の国でもそのような政党が勢力を伸ばしていることを見ると、世界的な傾向といえるのではないか。
日本も同じように、安倍政権は言っていることとすることが一致しないことが多く、右を向いていう言葉と左を向いて述べる言葉が違うことがある。

参議院選挙の時を見ていても、安倍政権の外交の仕方を見ていると、自国第一主義や敵を作り関心を引くことをしている。それは、人種、民族などに係る、特定の個人や集団に対する偏見や憎悪が引き起こる肥しを作って、共感者や支持者の関心を引こうとしているいるようだ。
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地球温暖化問題

地球の温暖化は回避できるのか。いろいろな科学者が、地球の温暖化に対して警告を発している。政治家はそれらの科学者の警告を受け入れ、対策をとるだろうと多くの一般の人々は信じている。
しかし、議会制民主主義の選挙で選ばれた、政治家は科学者の声より、経済界からの要請の方を優先するだろう。それは、経済界からの政治への資金の流れにより、選ばれた政治家は、選挙民の声を無視できても、経済界の声を無視できないからだ。

百年前に、芸術界で未来派運動というものが興った。高い煙突からモクモクでる煙を描き、高いと摩天楼と飛行船や飛行機を描き、未来派は明るく輝く未来がると信じていたが、未来派ややがてすたれていった。それから五〇年後は、キノコ雲を描き、未来の時計は十一時五十五秒を過ぎていると危機感を感じるようになった。
そして、科学技術が発展しAIやロボット技術と、衛生・保健や医療技術が発展し、病原菌を駆逐していき、人の寿命が百歳に届くようになり、再び人類の未来は、明るく輝く未来がると信じる人がでてきた。

しかし、地球の温暖化問題は、産業界の要請を受け入れていることにより、より深刻化してきている。米国のトランプ大統領は、温暖化問題を躊躇なくヘイトだと一蹴している。しかし、現在世界の各地で起きている、異常気象や干ばつや洪水などの大規模の自然災害は、地球温暖化の予兆がすでに始まっていることをしめしている。
しかも、いったんダメージを受けた自然は、すぐには回復できず、逆にそれが慣性となる、さらに大きな災害を引き起こすおそれがあると指摘する人もいる。

また、地球の温暖化により異常気象は、人間の産業活動が大きな要因ではないと主張する人もいる。地球の異常気象は、地球が誕生したときから幾度もなく起きた現象で、千年前にも気象変動は起きていると主張する。そのようなことを主張する人にいいたい、ならば、いま起きている気候変動に対して何らかの対策をしなくてもよいのか。
気象変動が起き、干ばつや洪水が頻発するなら、作物の収穫に影響がでる。家畜などの成育に大きな影響がで、乳牛の乳のでが悪くなったり、鶏の産卵にも影響がでる。また海水の温度が変わり、回遊する魚の生態が変わったりする。これらを放置しておくとどうなるだろうか。いま七十数億の人口がいるが、今後もますます増えると見込まれている。地球はその人口をまかなえるだけの食料を供給できるだろうか。それに対する対策を早急にしないと手遅れになるのではないかと、地球の温暖化は人間の産業活動のせいでないというに人に強く言いたい。

もっというなら、科学者が予測する未来は、このまま地球の温暖化すれば、深刻な地球規模のリスクに見舞われるか、適切な舵を切れば最悪の事態は避けられるとみている。この最悪の事態を避けるには、産業界の声を聞き入れるより、科学者の警告に耳を傾け対策をとることだ。

また、もう一つ国際的の大きな問題がある、途上国やアフリカなどの国は、発展する必要があるということを認めることです。先進国は途上国の数倍のエネルギーを使い温室効果ガスを放出している、アフリカなどの国の地域はいまだ、それほどの温室効果ガスを放出していない。
途上国やアフリカなどの国が発展するために、

先進国は京都議定書などによる、温室効果ガスを途上国からの買い取り枠をやめることです。それには、劇的な産業構造の変化をが求められる。場合によれば、技術移転や工業や産業移転が必要になり、また、先進国の人の生活の見直しも求められてくることになることを覚悟しておかなければならない。
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電子辞書 紙の辞書どちらを使うか

電子辞書と紙の辞書とどちらがよいか。
手早く引くには電子辞書が便利です。最近の電子辞書は、国語辞典や漢和辞典、英和和英辞典が一つの電子辞書の入ってさらに百科事典や専門辞書が搭載されている。また、一つの単語を引くと一つの辞書からだけの言葉を検索するのではなく複数の辞書から検索された言葉を表示してくれる。これは大変べんりです。
普通に考えると、電子辞書で言葉を引く方が格段に速いはずです。

しかし、一概にそうとも言えないのである。最も私が高校生のころ、英語が得意な友達に、単語を引くのに辞書に手をかけ親指で適当にページを当て、ほぼ1-2ページ誤差で目的の単語のページを、一気に辞書を開ける友達がいた、一発であけることも少なくなかった。これなら、単語をタイピングしている間に単語を見つけてしまう。電子辞書よりその友達は引くほうが速いわけだ。しかしこのような人は特異な才能で、稀ではないだろうか。イヤしかし、英語の辞書を頻繁に使う人はそんなに特異なことではないとその友達はいっていたが。私にはやはりそれは希有なことだと今でも思っている。
しかし、電子辞書は先にも書いたが複数の辞書が搭載されているので、一気に言葉が引けるのが便利だ。しかし普通の使い方では単に単語の意味を調べるだけなので、何冊もの辞書を引き比べることはあまりしない。私も文書を書いていて言葉の意味を引用するときなど、たいてい広辞苑の一冊なので複数必要ないかもしれない。だが、私の本棚には国語辞典なり漢和辞典などそれぞれ出版社が違うものが並んでいる。

それはさておき、紙の辞書ならでの便利さもある、引いていてその前後の単語も自然と目に入り、自分調べようとした単語以外の言葉も知ることができ、思わぬメリットもある。
また、自分の辞書なら、調べた単語の気になるところなどに、マーカーなどで線を引いたりすると、過去の辞書で調べた履歴がわかる。線だけでなく線を引いた日時やコメントを入れてあればさらにそれが深まる。
ただ、この場合は自分の辞書に限ったことで、他人の辞書や図書館の辞書ですることは御法度です。
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日産の自動運転車

日産自動車は、高速道路での運転手がハンドルをそうさしないでも、車線変更を車自身が判断してしる、自動運転が可能な車をこの秋から、販売すると発表した。
日産は、自動運転者ではなく、あくまでも運転をサポートするもので自動運転車でないとして、事故が起きれば運転者の責任になるとして、自社の自動車についての責任を曖昧にしている。

しかし、プログラムされて車線変更をするのではなく、車が勝手にドライバーの言しに関係なく、高速道路の状況を判断して車線を変更するのではないようです。詳しくは調べていないのでわからないが、ドライバーのハンドルの状況を車の人工知能が判断して車線を変更するのだろうか。もしそうだとしたら、車の判断とドライバーの判断が違った場合どちらが優先されるのだろうか。
また、米国のドライバーへのアンケート調査によると、わき見運転をなぜするかの回答は、退屈だからという答えが一番多かったそうです。
運転中に歌を歌ったりするだけでなく、飲み物を飲んだり食べ物を食べたり楽器を弾いたりするそうだ。スマフォのながら運転も退屈だからするのだろう。
このアンケート調査のドライバーの回答を見ていると、車線変更を自動でするくるまは、ますます車の運転を退屈にさせ、ながら運転を助長しかねないです。
このような車を製造すること、さらに、ながら運転を助長させるようなくるまを認可することも問題だ。
それより悪質と思うのは、前もって事故が起きればドライバーの責任だといって、製造責任やそのシステムの開発責任を逃れていることです。

日産のこの車は、これに対して、日産の対策は、ドライバーが前方を注視しているかを、車内に取り付けられたカメラが目線を確認する。目をそらし続けたり、目を閉じていたりすると、警報音が鳴る。目線が戻らない場合は緊急停止すそうだ。高速道路で走っている車が緊急停止をどうやってさせるのだろう。前の車が緊急停止したら危なくてたまらない。
それより、スマホのながら運転防止のために、この視線をそらす技術を活用できないものだろうか。

自動運転車の開発においての段階の一つだが、事故が起きたらドライバーの責任だと一方的に逃げるだけでなく、車の製造メーカーとしてはもっと責任を持つべきだ。

まあ、この時期に日産が個の自動車を発表したのは、オリンピック誘致の国際会議で、安倍首相は原発はアンダーコントロールされているといい、2020年には日本では自動運転車が走っているだろうと言ったことを受け、日産はオリンピックあで一年をきるこの時期に発表したのか、たまたまの偶然だろうか。
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真人 至人 聖人 人

中国の古典、「黄帝内経」のなかに、上古の時代に『真人』『至人』『聖人』『賢人』がいたと黄帝が問うている。

明鏡国語辞典で、
【真人】と引いてみるとつぎのようにある。
(1)仏教で、真理を悟った人。仏や羅漢(らかん)をいう。
(2)道教で、奥義を悟り、道の極致に達した人。至人。
【至人】
道を修めて最高の境地に達した人。
【聖人】
(1)仏教で、広大な智慧(ちえ)と慈悲心をそなえ、悟りの道へと進む人。
(2)高僧の敬称。上人。
【賢人】
(1)かしこい人。また、聖人に次いで徳のある人。賢者。

しかし、黄帝内経での、真人、至人、聖人、賢人はそれとは違う。黄帝内経は医学書であり養生書であるので、次のように言っている。

「まんが黄帝内経」医道の日本社によると
『真人』心身とも天地の運行にとけこんだ状態となり、その寿命は天地と同じく無限である。
『至人』天地の大道にかない、その寿命は可能な限り延ばすことができる。
『聖人』心身ともに過労せず、百歳以上の寿命が享受できる。
『賢人』自然の正邪をわきまえ、悪い気に当たらないように気をつけ、長生きできる。
以上のように書かれている。ざっくり述べられていて非常に大まかだが当を得ているだろう。

真人の心身とも天地の運行に溶け込んだについて考えてみると、江戸時代の人はそれに近い生活をしていたといえる。
明治以前の江戸時代は、不定時法というと時刻表示を使っていた。現代社会では、時の流れは定時法で、地域の緯度や経度に関係なく指定された地域はすべて同じ時間です。しかし江戸時代は不定時報といい、太陽の運行により時間が計られ、太陽の日の出と日の入りにより、明け六つと暮れ六つが決められ、日の出から日の入りまで正確には、太陽の中心高度が-7°21′40″となる時刻、夜明け、日暮れです。これをそれぞれ6等分しています。
とうぜん春から夏は夜明けの早く明け、夕暮れは遅くくれます。冬は夜明けは遅く明け、夕暮れは早く暮れます。ということは、夏と冬の時間の長さが違てきます。また、その地域の経度と緯度によって、夜明け夕暮れの時間も変わってきます。
わたしは、毎朝早朝にウオーキングをしていますが、定時に家をでるのではなく、国立天文台の暦計算室で調べておいた時刻表をみて、だいたい五日おきぐらいに出かける時間が変わってきています。
つまり、私の散歩は、真人の心身とも天地の運行に溶け込んだについて考に合致しているといえます。しかし、後の食事や運動の素行はといえば、決して褒められたものでないので、この賢人までもいかないでしょう。

ではなぜ、真人、至人、聖人、賢人のようなおこないができないのか、それは現代社会のなかでは出家遁世でもしない限りむりです。日ごろの食事も狩猟採集で日常の糧を得ない限り、農薬や化学肥料や添加物などを避けて生活することができないからです。また、社会生活をするうえでは、日常の活動をするうえで人との共同活動を行うことに支障をきたすからです。

これらについては、またこれからジックリと考えてみることにする。

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GAFAからのがれる

グーグル、アマゾン社会から脱却。GAFAから不便益を目指して。

川上 浩司の著書に「不便益のススメ: 新しいデザインを求めて」 (岩波ジュニア新書)がある。

それを書店の店頭で見て感じたこと。

便益とは便宜と利益を追及し都合がよく有益なことだが、それに逆らうのが不便益です。GAFA社会の耐えられない軽薄さに気づくことから始まるというより、不便益の奥深さのを知りそれを楽しむことです。

不便益を、「不便 益」とするのか「便益 不」とするのか。不便とは、辞書を引くと、何かをするのに都合が悪いこと。便利でないこととある。便利でなことが有益だと矛盾することだが、それについて私が日頃使っているポメラという機器で考えてみる。

私に限らず文書を書くとき、インターネットにつながったパソコンのワードや一太郎などのソフトを使う人が多い。ここで、注意したいのはインターネットにつながっていると言うことです。ちょっと分からないことがあれば、すぐにグーグルで検索して調べることができる。
ここでちょっと考えてっみる、わたしは、事務機メーカーのポメラという文書作成機を持ち歩いている。厚めの文庫版の本より少し大きい大きさなので、鞄にいれてどこにでも持ち歩くことができ、場所を選ばず取り出して文書が書ける便利だがある。しかし、ネットにつながってないので、文書作成中に調べたいことがあったら、あとで調べることになるが、即興で調べるのでないので、その分、十分に時間をかけ念を入れて調べることができる。

ポメラはパソコンと違ってその点でみると不便益といえるかもしれない。
また、ワードなどのワープロのように、文字の装飾や文書のレイアウトなどができないので、そのぶん文書作成に専念できるのも、不便益といえるだろう。
ポメラの話になったが、話の中心はポメラのことではない、不便益のことです。
読者は、不便益を進めるなら、ポメラを使わず紙と鉛筆で文書を書けばいいとおしかりを甘んじて受けなくてはならないだろう。

そうなんだ、私はポメラで作成した文書を一度ワープロでプリントアウトして推敲と校正をしたりはしていない。多くは直接テキストデータを、ブログに張り付けている。これが、手書きならプリントアウトなどする必要がなく、原稿用紙に直接赤ペンを入れればすむことです。これも手書きの不便益だろう。


もう一つ思うことは、SFテレビドラマのスタートレックなどを見ていると、報告書などを作成する場面を見ると、音声入力をしている場面がある。また、今の技術でも人間がしゃべった言葉を文字に変換する技術はかなり進んでいるという。10年ほど前に聞いた話では、新聞の記事を読んで文字変換させるとほぼ正確だが、日常会話を音声変換させると誤変換が多く使い物にならないと聞いた。それから、10年経っているのでどれだけ技術が進歩しているだろうか。
しかし、スタートレックのように文字入力の報告書でなく、音声入力で報告書が作成されるようになると、話し言葉と書き言葉との垣根はどうなるだろうかと思う。どちらかというと言葉がますます劣化していくとわたしは考える。
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個人情報の収集と分析

芥川受賞作家の藤原智美が「スマホ断食」潮出版社、で次のようなことを書いていた。
少し長くなるが紹介する。
「都内のあるフィットネスクラブのことである、私は受付カウンターで会員証を提示しました。すると係りの女性はなんんためらいもなく、私に女性用のロッカーキーを渡しました。そこに通って三年ほど経ちますが、女性用キーを渡されたのがこれで四度目です。きっと彼女は、パソコン画面に映し出された「智美」という私の名前を見て、勝手に女性だと判断したのでしょう。そのとき私は、自分が透明人間になったような不思議な気分になります。彼女は笑顔で「こんにちは」と私に挨拶をし、その私からじかに会員証を受け取っている。私の風体はどう見ても中年男なのに、どうしてこんなことが起こるのか」

藤原はこのことについて、最近目の前のなまみの人を見ずに、画面に映し出されたデータをの方だけをみて判断する事が多くなってきている。病院で受信して診察をうけるとき、医者は患者の顔を見ているより、パソコンの画面を見ながら診察をしている。藤原の場合は受付の女性は藤原のデーを見ているのだが、名前の部分しかみていず、性別などの部分は目に入っていないのだろう。受付の女性は客の顔を見て対応するとそのようなまちがいはないはずである。データ至上主義の一つの現れともいえる。

このフィットネスクラブの間違いぐらいなら、その場で訂正したら済むことです。しかし、病院の医者が患者のデータの一部しか見ずに診断したら大変なことになる恐れがある。
また、最近のデータ至上主義社会では、たくさんのデータが集積され分析されている。そこには、地域の動向のデータ分析や、ある特定の手段の動向分析がされている。それ以上に特定の個人に特化したデータが集められ分析されている。インターネットで物事を検索したり、ネット通販でかい物をすると次から、パソコンの画面にその人が興味を持ちそうなものが画面に表示されたりする。これもその個人のデータが収集され分析されているからです。そしてその人が次に何を検索するか何を買うかを予測もしている。最近は、公共交通機関では、ICカード乗車券が使われ、クレジットなどの電子決算で買い物が済まされる。さらに最近はTポイントや楽天ポイントなど、いろいろなポイントカードというのがあり、そのカードがいろいろなところで使えポイントがたまる。しかし、そのかわり、その人の買い物傾向のデータが蓄積され分析されている。そうなると特定の人が、いつどこへ行くのかも予測されるようになってきている。

SFの世界なら、ある個人がコンピュータが予測したものと違う行動をすると、その人の個人の行いは社会の秩序を乱したとして罰せられる国も出てくる。そのようなことがもう現実のこっとして、目の前に迫っているのだろう。

藤原は、ベネッセホールディングスの顧客データ流出事件を取り上げ、その流出した二〇〇〇万件のデータは、転売され数百社が企業が手に入れていことを重視している。
デジタルデータはコピーが簡単で一度漏れるとその回収は不可能です。ベネッセのデータは学習塾のデータで、その流出したデータは、大学に進学する頃まで活用されるだろう。

わたしたちは、今の便利な世の中で個人のデジタルデータを、どこの誰か分からない人に収集されないように気をつけることが大切だといえる。それには、電子決済などの便利な物にどっぷりと浸からないことだといえる。
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バーニー・サンダース演説 格子

バーニー・サンダース演説 格子
昨日、バーニー・サンダース演説 について書いたが、その演説の格子は次のようなものです。
 ◎独裁と権威主義に立ち向かう、世界的民主運動を構築する。
世界的に見て軍事費に多額の金が使われているが、世界的に人権危機の状態があり、国内では三〇〇〇万人の人々がが健康保険に加入していない、何十万もの若者が大学に行く余裕を持てず、貧困にあえいでいる。これらのことを鑑みると、外交政策、新しい時代をどのように変えていく必要があるかについて、もっと活発な議論に取り組みべきだ。
 ・いま、地球規模で起きていること

一方で独裁権威主義、寡頭政治、泥棒政治の高まりに向かい。もう片方で、民主政治、平等主義、そして経済・社会・人種・環境の正義を増強していこうとする動きが見える。しかし、世界の最上位一パーセントが下位九九パーセントよりも多くの富を所有しいる。このなかで、政界中でドナルド・トランプのような指導者が支持をあつめ、世界で新しい独裁権威主義の枢軸の台頭が起きている。

・独裁権威主義の共通する傾向
枢軸を形成するリーダーは、極めて重要な複数の特性を共有している。
少数民族や宗教的少数はに対する不寛容
民主制度の規範に対する敵意
報道の自由に対する敵対心
外国の陰謀に関する絶え間ないパラノイア
そして利己的な金銭上の利益を享受するためなら政府指導者が権力の立場を利用しても構わない
これらは、政治学者ローレンス・プリットのファシズムの初期症候と共通する所がある。
そして、これらは世界を自分の経済的な利益を寡占する超億万長者は、独裁支配ネットワークとも深い結びつこうとし結びついている。

・トランプの存在が権威主義を後押ししている
反人権主義的、反民主主義的政権への容認するトランプ政権は、米国の同盟国の民主的基盤を脅かす精力側権威主義を後押していることなる。

 ・あからさまに腐敗する政治
富裕な外国の利害関係者たちがトランプ指示したり、トランプへの影響力やアクセスを求めようとすることは、またトランプの縁故者たちが富の約束を求めアクセスをする企ては政治的な腐敗を産む。
それは、互いにが密接な関係を保ち、戦術を共有していくことは、ヨーロッパと米国の右翼運動が、同じ資金提供者がでてくる。それは、右翼理念のため金を注ぎ、不寛容と偏見の計略を広めることになる。

 ・現状維持から決別し、地球規模の連帯を生み出す
右翼の独裁権威主義に効果的に対抗するには守りの態勢に立っているだけでは不十分で、見越した積極的な姿勢をとる必要がある。今の事態をうんだのは、今までのそれの現状維持が生んだもことを認識する必要がある。
気功変動の問題や、富の偏重や移民問題などに対して、少数独裁主義に対して、抵抗を示すことが必要だ。

 ・資源を軍備ではなく人々を支えるために使う
トランプは力による平和のため武器にもっと金をかけるべきだといっているが、減らすべきです。
アイゼンハワー大統領が就任後に「作られたすべての銃、発進するすべての軍艦、発射されるすべてのロケットは、究極的には、空腹なのに食事を与えられなかった人々や寒さに震えているのに衣服を与えられなかった人々から盗まれたものだ。武装された世界は、単に金だけを費やしているのではない、科学者の才能、子どもたちの希望を無駄遣いしているのだ」。
任期を終えようとしたときに「政府の様々な委員会では、それが意図的に求められたものか否かにかかわらず、軍産複合体による不当な影響力の獲得を防ぐ必要がある。根拠のない権力が破滅的に台頭する潜在的可能性は現に存在しており、今後も根強く存在するだろう」。と言った。
過去数十年間その潜在的可能性が実現するのを目にしてきたが、それにたいして、立ち上がって「もっと良い富の使い道がある」と主張する時がきている。

 ・創造的な意志と国際的な運動が必要だ
そしていまの、寡占独裁主義、寡占権威主義に対に抗するには、創造的な意志と国際的な運動が必要になってくる。
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れいわ新撰組

岩波の月刊誌「世界」二〇一九年二月号に、バーニー・サンダースが、ジョン・ポプキンス大学での講演が掲載されていた。
それを、参議院選挙が終わったいま、改めて読み返してみると、この講演は、二〇一八年の八月のものだが、今の米国の情勢、日本の情勢、世界の情勢ををいいあてている、サンダダースは、米国では珍しく自ら民主社会主義者と自称する人だが、先の日本の参議院選挙で山本太郎が訴えたことと通じるところがある。
この講演の再議の述べたサンダースの言葉を紹介してみたい
「私たちは人間の連帯に根ざした世界秩序ーーこの惑星上の一人一人が共通の人間性を根ざしていることを認める秩序、子どもたちが健康に育ち、良い教育を受け、適切な仕事を持ち、きれいな水を飲み、きれいな空気を吸い、平和に生きることをわたしたち皆が望んでいるのだと認識する世界秩序を再び捉えなおす」

そう思っていると、東京大学非常勤講師の大井赤亥やジャーナリストの田中龍作もサンダースと山本太郎を対比し記事を、ネットで見つけることができた。

しかし、サンダースと山本太郎を同じ土俵で比べるのは少々無理がある。
サンダースはバーモント州バーリンドンの市長を1981年から89年まで勤め、1991年から2007年まで下院議員を勤め、2007年から上院議員を勤めている、政治のべてらんでもある。
一方山本太郎は、前々回の参議院選挙で当選し、、参議院議員を6年勤めた人である、その間素人の山本太郎はベテラン政治家の小沢一郎と連立を組み政治のノウハウを学んでいる。

しかし、サンダースと山本太郎は弱者に視点を当てていることに対しては共通点がある。しかし、利権を独占しようとすうる政治家や経済界からすると、山本太郎のような人が勢力を伸ばすと、うるさい存在になるので今後自民党や野党の中からも疎ましく思われ、水面下で追い落としや潰しにかかってくる、既存の利権を持った勢力が仕掛けてくるかもしれない。

今回当選したれいわ新選組の二人は、政治家としては素人だし、れいわ新選組の支援者も素人がほとんどろうから、その政治資金の運用の仕方の指南をしていかないと、政治資金を不正に使ったなどと思わぬところから追求されかねない。
そのためにも、山本太郎が6年間培った政治経験と指南役のブレーンの存在が大切になってくるだろう。
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臨時国会におもう

安倍政権の暴走はなにが生みだしているのか、河野洋平は、自民党内で議論が活発におこなわれているとは思えないといっている。
岩波の月刊誌「世界」7月号の河野洋平とのインタビュー記事をよむと、第二次安倍政権になる前までは、派閥間がそれぞれ党のような感じで、自由闊達な政策論議がされていた、それが若い議員にとって政治家として議員としての資質を高めていたと述べている。しかし、今の自民党は執行部中枢が右向けと言えば右を向く議員が多くなっている。そのため、自民党議員の信じられない聞くに堪えない言葉が出て切ると指摘している。
河野は、自分が若いころは、朝な夕なに派閥の食事会がありそこで研修や自由闊達な議論があり、そこで議員としての資質が磨かれていったと言っている。しかし、今の自民党や他の野党などで、そのようなことが活発に行なわれているとは見えないと言っている。
河野は私は、憲法の原則、議会制民主主義や立憲主義の原則という、左右を問わず政治家として踏まえておかなければならない根本的なことを、それらの食事会で教わったが、今の若い議員はそれが理解できていないと指摘している。

河野のいうことが事実なら、今の日本の民主主義は危機に瀕しているのではないだろうか。その先はなにがあるかというと、河野は、政党そのものが崩れていき、その先は政党、すなわち議会によチェック機能の弱体化していき独裁政治が芽生えてくる。そのプロセスのひとつとして河野は「お友達」による「お友達」のための利益誘導政治が生まれつつあると指摘している。さらに、軍拡だといっている。
武器のことを防衛装備といったり、空母のことをヘリ搭載型護衛艦といったり、軍事力行使を積極的平和主義といったり、私は平和主義者だといいながら、軍備を着々と増強しているのが、今の安倍政権だといえないだろうか。

来月1日から、国会が開会されるが、参議院は戦前は貴族院だったので、その名残として、参議院の開会式は天皇が参列する。そのあと休会に入り9月中旬に臨時国会が開かれるようだが、それまでに、自民党や他の野党は夏休みなどを取らずに、各派閥やグループや各会派での勉強会研修会をして議員としての研鑽を深めて、臨時国会での委員会などの質疑が、活発に面白くなるようにしてほしいものです。
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65年国会を見続けた人の杞憂

岩波の月刊誌「世界」8月号の、読者談話室に、「政治を見続けて六五年国会は今こそ責任を果たせ」市東和夫の投稿を読んで感じたことがある。
市東氏は、終戦時のとき旧制中学三年生の軍国少年だったが、今当時を振り返ってこう思う、どうしてあの無謀な戦争が起きたのかを今も考え続けている。その結論は事実を隠し情報操作をして、国民の合理的判断力が奪われてことに尽きると言う。

大正時代は、阿部次郎の『三太郎の日記』に見て取れるように教養主義が大正昭和期の旧制中・高校生のバイブルとなっていた。しかし、昭和に入り二・二六事件などがおこり、世の中は自国至上主義の風潮が強まっていった。国会総動員法が敷かれ、国民は銃後の戦士として徴用されていった。旧制中三年生の軍国少年のように、国民はみな国の行うことに疑いを持たず、疑いを持つ暇もなかった。

いま、国政はでは、公的文書・記録の廃棄改竄や審議会の報告が気に入らないと受け取らず、その報告を無かったことにしている。国会でも野党の質問に対して、正面から答えず、それに対数して野党もさらなる追求に一歩欠けている。また、これらの政府や国会の現状に対して、マスコミは厳しく分析し批判した報道をせず、タレントなどのゴシップばかり報道し、国民の目をそれらからそらしているように思える。
さらに、今の若い世代や就職氷河期と言われた世代以降のひとは、派遣労働などの低賃金で働かされ、今の政治を時間をかけて見る暇もなく、働かせ方改革により、低賃金のため幾つもの兼業をせざるをえず、政治に関心をもつ余裕を与えられていないのが現状ではないだろうか。

こう考えれば、終戦の時に旧制中学三年の軍国少年が、今を振り返って当時の状況は、事実を隠し情報操作されていたと振り返っている。いまそれとにたような状況に、なっていていると感じている。そして戦後生まれの私が、今の様子をみて、戦前の状況はこのような状況立ったかと思うと、政治に無関心な若い世代が多く、また、選挙の投票率の低さからみると、いまのそれらは嵐の前の静けさかもしれない。
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昨日の続き

「中高生からの論文入門」講談社現代新書という本がある。(以下「論文入門」)

そこに、「論文とは」
・一つのことをテーマにして疑問を投げかける
・先行の研究や調査や実験・観察をふまえて、それらの資料をもとに、研究・考察する
・先の二つのことをもとに、自分独自の結論を論理的に導き出し主張する
と定義している。

一番大切なのは、テーマの設定にある。小学校などの自由研究は観察日誌のようなものなら、それは論文とはいえない。
また、自分の言葉と、引用などの他人の言葉を明確に区別しなければならない。
自分の言葉とは、自分なりの意見であり、論文のテーマを設定した理由であり、引用から得たものから、自分なりの解釈や答えの部分。
他人の言葉とは、他人の論文などの資料や観察データなどからの引用の部分
一番大切なのは、この二つを明確に区別する。


論文を作成するのに必要なのは、紙と鉛筆だけでは、資料などをもとにしのグラフ作成にはこころもとないので、パソコンが便利になってくる。最近のオフィスソフトには、ワープロと表計算ソフトがついていて、表計算ソフトはグラフ作成ができるので便利です。また後援会などでの発表のためのプレゼンテーションソフトがあれば、もっと便利だろう。また、画像処理ソフトがあれば、撮ってきた写真を必要な部分だけのトリミングなどの加工ができ、書いた論文の文書に資料として、張り付けられるので便利だろう。
最近はタブレット型のがあるが、文書作成の文字入力をするには、キーボードがあれば入力しやすいだろう。テンキーの文字入力では、心許ないし入力中の思考も断片的になりやすいだろう。また、画面キーボードが表示されるタッチボードでの入力も、文書画面が小さくなるので使いづらくなるので、やはりキーボードそれもテンキーがついたフルキーボードが使いやすい。

また、文字入力はキーボードを見ないで入力するブラインドタッチを見につけるといいでしょう。そうすれば思考がとぎれないで文書作成ができるようになる。
ブラインドタッチの収得は、ディスプレーの横にキーの配置を書いたキーボードの地図を貼って、キーが何処にあるかわからないときはその地図を見て指を動かして入力すると早く身につくと思う。

ほかに必要なのはプリンターは、作成した論文を推敲するんは、一度プリントアウトして、そこに赤ペンで書き込んで行くと便利だ。
また資料を見ながら引用を書き写すときなど、書見台か楽譜クリップがあれば、資料を机の上に広げておける。

論文作成は、大航海 粘土細工 ジグソーパズルにたとえられると、小笠原喜康・片岡則が「論文入門」でいっている。

・大航海 とは行き先がわからない
テーマを設定したときは、結論がどの様になるかまだ、暗中模索の状態だということ
・粘土細工 完成形がわからない
結論がどの様になるか、論文の構成がどの様になるかわからない、粘土で作品をつくるとき部分部分作っていったり、骨格となる芯をつくってそれに粘土着けていき部分を作りのも粘土の可塑性を利用して、粘土を着けたり捻ったり削ったりする。
「論文入門」では、「論文乃執筆の原則は「興味があって書けるところから書く」です。次にいくつかの部品ができてくる」と書いている。
・ジグソーパズル ピースからつくる
論文のジグソーパズルは「自分で白いピースを用意して、そこに絵を一つずつ描いて、組み合わせていくのです。」と、「論文入門」で書いている。

文書を書くのに、昨日かいた、反知性的にならない書き方と、この論文の書き方は、日常の文書を作るうえでも参考になるものだ。

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反知性的な文書にならないように

詳伝社新書の「知性とは何か」佐藤優 その著者の後書きに反知性主義の罠にはまらないようにする三箇条があると書いてある。
264頁
佐藤優氏は次のように言う。265頁
第一は、自ら置かれた社会状況を、できるだけ客観的とらえ、それを言語化することだ。自分の考えていることをノート、PC、スマートフォンなどに記録する習慣をっみにつけよう。
第二は、他人の気持ちになって考える訓練をすることである。
第三は、LIN(ライン)などのSNSを用いた「話し言葉」的な思考ではなく、頭の中で自分の考えた事柄を吟味してから発信する「書き言葉」的思考を身につけることだ。重要な事柄については、SNSを用いずに、PCで文書を綴り、プリントアウトして、推敲した後で送付する習慣を身につけると「書き言葉」的思考力が向上する。

これらをすると、佐藤優氏は、反知性主義を恐れる必要はないと言う。

この三箇条を私に当てはめてみると、第一は、私は常にキングジムの「ポメラ」という電子メモとうかポケットに入る(岩波文庫大)文字入力しかできないワープロを持ち歩いている。そして、電車の中や出先の喫茶店などで思い浮かんだことを書き込んでいる。
また、表示形式は縦書きにしているので、日本語で考え易いためである。これらにより第一はほぼクリアーできているだろう。
第二は、私は日頃何かあると、相手のことを考える、たとえばニュースなどで事件があったら、被害者がどうなったかの事実より、加害者が何故そのような敬意に至ったのか乃方に関心が向くほうなので、半分ぐらいクリアーしているかもしれない。
問題は第三だ、私のブログなどの投稿記事を読まれた等わかるように、非常に誤字脱字が多いのは、書いてあまり推敲せずに、ポメラで作成した文書をPCに送り、ブログにつなげて送信ボタンを押してしまうのである。
常々反省はしているが、何度も読み返しまた、折角インターネットに繋がる環境にあるのだからもっと、確認して作製した文書を書き直すことをすべきだろうと反省させられた。
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動物体内で人の臓器作る

時事通信のニューで、動物体内で人の臓器作ることを、東大の研究チームによる、動物の受精卵に人のiPS細胞(人工多能性幹細胞)を注入することが、文部科学省専門委員会で承認された。

わたしは詳しい情報がまだないのでよくわからないが、これは、簡単いいうと、動物の受精卵に人の細胞を入れ、動物の体内に戻して子を誕生させる研究のようだ。

つまり、ブタが人間の内臓の臓器を持たせて、それを人間の臨床現場で使おうというものだろうか。
逆にいうと、人間の脳と臓器と身体をもっていて、足の筋肉はチーターの筋肉を持った子供を誕生させることができるようにもなるかもしれない。
ブタに人間の臓器を持たせ、それを人間の臨床に使うとなると、そのブタの生命はどうなるのだろう。
また、チータの筋肉を持った人間は、人間といえるのだろうか、この文科省の専門委員会はどのような議論をして、承認したのだろう。これらの詳しい内容はいずれ公表されるだろうか、そのまから、メディアやジャーナリストはこの真相を究明されたく思う。
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岡倉覚三の「茶の本」を読みなおして

岡倉覚三(岡倉天心)が、日本の文化を紹介するため、1906年にアメリカで『The book] of tea』を出版した。この本は日本でも翻訳され『茶の本』として現在でもよく読まれている。
その中で岡倉覚三が次のように行っている有名な一説がある。

「 おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例に過ぎないと思って、袖の下で笑っているであろう。西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は、野蛮国と見なしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的殺戮を行ない始めてから文明国と呼んでいる。近ごろ武士道――わが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術――について盛んに論評されてきた。しかし茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の術を多く説いているものであるが。もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。われわれはわが芸術および理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。」
明治維新後、明治政府は脱亜入欧の政策を進め、西欧の列強を見習って日本の近代化を進めるため、帝国主義を見習い植民地化政策を東アジアで進めようとした。日清・日露戦争や満州への進出により、日本の地位・見方は野蛮国から文明国へのと変わっていった、しかし、岡倉覚三は「血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。」と言っている。

いま、科学技術が進み日常生活の仕方が目まぐるしく変わり、それについて行けない人も多くいる、いま、そのような人たちを、最先端の技術を取り入れて生活している人は、それにつてこれない人をどのように見えいるだろうか。野蛮人とまではみていないが、これがこのまま進むと遅れた人とみるのではないだろうか。19世紀から20世紀の半ばまで、先進国の人間は、アフリカなどの後進国の人々をさげすみ見て、なかには自分たちは優秀な人間で、後進国の人は人間の価値がないとして、奴隷として扱っていた人も多くいた。
いまは、世界中の人々は同じ種でアフリカを起源とするホモ・サピエンスということが、DNA技術で証明され世界中の人間を同等に扱っている。

しかしいま、科学技術が格段に進化し、それにより生活が便利になり、IT技術は人工知能であるAIの演算速度は人間が数百年かかっても計算し終えない式を、一瞬でこなすようになり、またビッグデータと呼ばれる、日常のあらゆるデータを集積し解析分析し、今後どうあるべきかの予測を正確にたてることができるようになってきている。それらの技術を巧みに使いこなせる人と、そうでないそれからこぼれた人との間に格差は生まれてこないだろうか。

振りかえてみると、そこには人類が今まで築いてきた人間性と言うものを変えよとしている。
人類が狩猟採集生活から農耕生活に変わっていったとき、蒸気機関による産業革命で工業生産力が向上し、電気の発明により日常生活を便利にし情報伝達速度は飛躍的に速くなった。さらに、インターネットの出現により、情報は世界中を覆い網羅した、WWWが出現した。それにより、地球の裏側でなにが起きているかを、瞬時に性格に把握できる。
今のような通信網が整備されていない時代、江戸時代は大坂の早朝の米相場は、昼過ぎにならないと江戸でははからなかった。東海道に張り巡らされた、旗振り場や狼煙を上げるところで、リレー方式で伝えれた。そのようなものが整備されていないところは、大坂と江戸より近いところであっても、数日かかったりしていた。ローマ時代ローマ帝国軍隊が遠征地で勝利したことが、皇帝がわかるのは数日後だった。
しかし、いまはリアルタイムに世界中の誰もがしることができる。今年は人類が月に足を踏み入れて50年になるが、50年前その様子を、私は青函連絡船の中でテレビを見ていた。世界中の人が同時中継でそれを見ていた。
それから50年たつので、今の技術はそれを遙かに凌いでいることはいうまでもない。

今後、岡倉覚三が言う、西欧人が日本人を野蛮人と見る目のように、現代の科学技術の発展に馴染めない人は、いままで、人類が培てきた、人権と平等の文化の理想を追い求めて、最先端の技術を身に装着しているひとから、未開人と呼ばれてもよいのではないか。
しかし、それらの人は次第に淘汰されていくのではないかと思うし、いま地球上に70億以上に人が暮らしているが、ひょっとすると其のほとんどが淘汰されてしまうかもしれないと最近感じている。
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今後の憲法改正の行方と問題点。

参議院選挙結果が確定し、自民党が単独過半数を獲得したが、憲法改正の発議をするのに必要な3分の2には、4議席とどかなかった。

しかし、安倍政権は2020年の憲法改正には意欲的です。今までの選挙ではアベノミクスで戦い、憲法改正については前面に出してこず控えめだったが、今回の参議院選挙では改憲についても言及してきた。
このことからも、今後安倍政権は改憲を目論んでくるだろう。

では、安倍政権の改憲とはなにか。
自民党の2012年の改憲草案は、憲法の前文の改憲案をだしていたが、中身は時代遅れの内容や、国民主権より統治権者に都合のよいもので、多方面から批判された。それにより2012年の改憲草案は半ば凍結されたていた。

しかし、安倍総裁は突如、その後安倍首相は憲法9条をそのままにして、自衛隊を明記すると言い出した。それに加えて、自民党は憲法改正について、緊急事態条項と、選挙区の合区の問題、教育無償化を打ち出している。
選挙区と教育無償化については、現行法とその改正で充分できることなので、9条と緊急事態条項について、自民とはどのように考えているかを調べてみた。

_/_/_/_/
第2章 戦争の放棄
〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕
9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
(加憲案)
9条の2 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

---------------------------------
第四章 国会
64条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。

第五章 内閣
73条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
2 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。

━ ━ ━ ━ ━ ━
第二章 9条については、現行憲法の9条の表題は「戦争放棄」だが、自民党案は「安全保障」になっている。「戦争放棄」や「国防」ではなく、「安全保障」ということは、日本が他国から攻めれたときの自衛権だけでなく、他国との集団的自衛権や、たとえばホルムズ海峡での日本の船を守るためにも出動できるようにすることが、その名前に隠されているのだろう。

また、緊急事態条項の問題点はどこにあるだろうか。2012年の緊急事態条項は、ナチスドイツの全権委任法にのようなものだったが、今回自民党の案は、現行に法律で対処できることをわざわざ憲法にかき込もうとしているのはなぜか意味不明なところがある。
64条の2にある「内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。」これをどう解釈するかによって変わってくると指摘する人がいる。
「法律で定めるところにより」法律が定めた枠内でと解釈するのか、法律を定めれば何でもできると解釈するのかによって、変わってくる。つまり、政令にを好きなように制定できると解釈すると、物流や国会任期の延長や放送法の政令を制定することができるようになる恐れがある。

災害と書いてあるが、自然災害と書いていないので、外国からの武力攻撃やテロや動乱も災害と解釈されたら大変なことになる。石破氏は安保法制での大規模な抗議行動をテロと同じだと言ったことを忘れてはならないです。

また、国会の任期の延長は、外国の非常事態宣言や緊急時では、その宣言が限定的であったり、厳しく制限がされていたり、その期間が明記されているが、自民党の新しい案ではそれが一切書かれていないのが問題といえるだろう。
このことを考えると、2013年7月29日に麻生太郎腹総理兼財務大臣がシンポジュームで憲法改正問題の発言だ。「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口を学んだらどうかね。」と発言している。麻生氏は、憲法の議論が国民的な議論になるり騒ぎ過ぎると、統治権者として都合のよいことが書けなくなる。そこで、当たり障りのない言葉で内容をオブラードで包んで、論議をはぐらかせららよいと、6年前にいっている。もっとも、麻生氏はワイマール憲法について事実誤認している、憲法は変えていないで、全権委任法により、憲法を無力かさせたのであり、麻生氏の事実誤認はどうでもよく、その「しらないうちに変わっていた」これを行なおうとする考えは、民主主義の根本にかかわることで許されることではない。
自民党の新しい4つの改憲案を読むと、まさに、麻生氏の言ったことを行なおうとしているように感じる。
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選挙速報を見て、

今日に、朝の7時台のテレビのニュースを見ていて、一つ気になることがある。NHKは立候補した党すべてを実名で獲得議席を報じているが、民放の幾つかの局では、各党の獲得議席数の紹介で、一議席の社民党は党名で報じているが、2議席のれいわ新選組は諸派のなかに入れられ、党名が伏せられてしまって無視に近い扱いだ。

他にも気になることがある、NHKの朝のニュースを見ていいると、重度身体障碍者が2人議席を獲得したのに、そのことについての一切の報道がない。
現在の国会の現状は障碍者に対して、鉄のバリアで閉ざされているようなものです。それが2人が議員になり登壇することにより、その鉄のバリアに対して大きく挑み、障碍者にとっても開かれて国会になる意味がある第一歩になるが、そのことにテレビは無視をしているかのようだ。
国会の議場や委員会室には、審議者一人しか入れないという、今回議員になられた2人は、介助者がいないと命に係わることがおきる。また、自分の質問を自分の口で伝えられないので、前もって書いておいた原稿を、パソコンで読ますのだが、それの操作を手助けする人が必要です。しかし、今の国会ではそれが認められていないとききます。
そのことに対して、すべての国会議員はそれを認めることに賛成するだろか、今までの前例がないと認めない人もいるかもしれない。

これらのことに対して、放送局はなぜ迅速に放送をしないのだろうか。パラリンピックなどのことについては、各局いろいろと番組を作っているが、議会でのバリアに挑む人についてはなぜ、放送をしないのだろうか。各局は閉鎖的な国会に対して、2人が当選したことをもっと伝えるべきでないだろうか。
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■竹林乃方丈庵の主から■

・いつも拙文を読んでいただきありがとうござます。
・見聞きしたことを独断と偏見で、気ままに綴ったものです。
・自分のために無責任に書き留めたものですから、読み終わったら捨て下さい。

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記事へのコメント
  • 商業捕鯨に思う
    竹林泉水 (07/11)
    調査捕鯨のための捕鯨業者への補助金は、毎年数十億だときくが、商業捕鯨になればそれはカットされるのだろうか。商業捕鯨で補助金を政府がだしていたら、反捕鯨団体はどう
  • 商業捕鯨に思う
    アジシオ次郎 (07/08)
    おはようございます。

    IWC(国際捕鯨委員会)を脱退して今月から商業捕鯨を再開した日本、組織として機能していないIWCへの反発から脱退して商業捕鯨再開に至った
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    竹林泉水 (07/05)
    菅官官房長官は徴用工問題に対する報復ではないとの趣旨の発言をしている。
    しかし、誰が見ても徴用工に対するもににしかみえない。
    それを白々しくそうではないといい、よ
  • 韓国への輸出優遇措置の見直
    アジシオ次郎 (07/05)
    おはようございます。

    韓国への半導体輸出規制という措置に踏み切った日本、でも韓国が徴用工問題を蒸し返すという日韓請求権協定に反する行為をしたことで、その見返り
  • 日本の報道の自由
    竹林泉水 (06/17)
    コメントありがとうございます
    まったくそう思います。
    民放は広告収入元のスポンサーからの収入があるので、その顔色を見るからしょうがないにしても、政権の顔色を見る必
  • 日本の報道の自由
    風と雲 (06/10)
    政権に不都合なことは隠す、曖昧にする、知らしめない。これは政権が世論を最も恐れっるからだ。現政権は硬軟取り混ぜた巧みなメディア操作と中身の無いパフォーマンスが功
  • 日本の報道の自由
    アジシオ次郎 (06/10)
    おはようございます。

    こういう指摘についてすぐに「内政干渉だ!」って反論も出てくるけど、日本の報道の自由度というか報道が健全かという点において先進国において❝
  • 夏のサンマ
    竹林泉水 (06/02)
    逆に一年間漁をやめるなどしてはどうだろうかと思うが、それでは漁業者の生活権を奪うことになる。また、今まで、外国人に日本の美味しい食材を紹介して、それを海外に売り
  • 夏のサンマ
    荒野鷹虎 (06/01)
    漁獲量は年々細くなっていますが、資源本来の減少も一因と思います。期限を撤廃するのは大きな間違いと思います。
    資源は有限ですから資源保護政策をとる必要はあると思い
  • 記事へのトラックバック
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